ギーシュとの決闘で勝利したサイト。だが方法が方法だったので、むしろ生徒達からは白い眼で見られるようになってしまった。一方で、方法はともかく貴族の鼻を明かしたという事で、使用人達の評判は妙にいい。なんとも複雑な気分の日々を送る、異世界からの使い魔だった。
あの決闘から数日後。彼の日常は、早朝のルイズとの鍛錬から始まる。彼女が考えた訓練メニューをこなしていく。訓練は想像以上に厳しいものだった。だがルイズの鍛錬内容は彼のものを超えていた。サイトは呆れるやら感心するやら。
そして今朝の鍛錬も終わり、寮へ戻っている途中の事だった。
「あんた、手抜いたでしょ」
不意にルイズから文句が飛び出す。サイトは疲れていたせいもあって、ぶっきら棒に返した。
「これでも一生懸命なんだよ。お前から見たら、なっちゃないかもしれないけどさ」
「そうじゃないわよ。最初に私と組手した時」
「え?召喚された日のヤツ?」
「そうよ」
「本気だぜ。あれでもな」
「嘘」
「?」
彼には何故、疑われているのかサッパリ分からない。ルイズの方は、不満いっぱいのまま。
「ギーシュと決闘した時。あんたの踏み込み、ものすごく速かったわ。あんな動きができるのに、組手の時は遅かった」
「速い?」
そうは言うものの、決闘の時の動きが特別速かった覚えはない。というより意識していなかった。
しかし、ルイズは確信していた。サイトの動きの速さを。あの決闘では、一番近くで見ていたのだ。さらに体術に通じている彼女。ただ走っただけでも、彼の動きが異常である事くらいすぐに分かる。オールド・オスマン、コルベールを含め、他の者は一人も気づいていなかったが。
だが、当人は首を傾げるだけ。
「う~ん……。もしかしたら、火事場の馬鹿力かもな。勝たないとって思ってたし」
「火事場の馬鹿力?あんた、そんな魔法使えんの!?」
「魔法じゃないって。火事の時に、助かろうとしてものすごい力が出るって、俺のいた世界の言葉だよ」
「……。本当にそれ?」
「だって、他に思いつかないし」
「……」
腕を組むと、黙り込むちびっこピンクブロンド。一見すると、この平民使い魔が何か隠しているようには見えない。それにここで問答しても、何も分からない気がした。
「ん~……。一旦、その話は置いとくわ。話は変わるけど、あんたの剣買うわ。体術だけじゃやっていけないし、剣術の教本なら手に入るから」
「任せるよ。俺はそういうの素人だからさ」
まだまだこの世界を勉強し始めたばかりだが、日本などよりもずっと危険だというのは分かった。警察は一応あるが、日本と比べれば論外の代物だ。おかげで強盗などの荒っぽい犯罪も多いらしい。さらに猛獣はもちろん、妖魔や幻獣と呼ばれるモンスターまでもいる。使い魔かどうかは関係なく、身を守る術は必要だった。
寮へ向かう主の背を見ながら、ふと、サイトは少し意外に思っていた。彼女の事を。考えていたよりも面倒見がいい。もちろん、相変わらず使用人かのような扱いをされてはいる。しかし、こうして彼をなんとか成長させようとしているのも事実だった。
もっとも、これもまた使い魔という立場のせいかもしれないが。使い魔としては今の所、最低レベルの能力しかないのだから。主としては、一刻も強くしたいと思うのは当然と言えば当然だろう。ただそれにしては、心なしか、楽しげに見えるのは気のせいなのだかろうか。もしかして育成ゲームでもやっているつもりなのか、などと思ってしまうサイトだった。
ともかく、週末にこの国、トリステイン王国最大の町、トリスタニアへ買い物に行く事となった。この学院の外への、初めてのお出かけだ。
トリスタニアの大通り。サイトの目に、ヨーロッパの古都のような光景が映っていた。
学院からここまでの道のりは、彼にとっては厳しいものだった。なんと言っても慣れない馬に、数時間も揺られて来たのだから。
だが、その疲れはどこかへ飛んでいる。むしろあるのは高揚感。ヨーロッパなど行った事のない彼にしてみれば、目の前の景色は、なかなかに興味をそそらされるもの。こちらに来てから、楽しみの乏しい生活を送っていたのだ。なおさら今回の買い物に、期待していたものがあった。
サイトは商店に珍しいものを見つけると、足を止める。そして尋ねるのだった。隣のちっちゃな主様に。
「なあルイズ!あれなんだ?」
「もたもたすんじゃないわよ!」
返答の代わりに急かすルイズ。別に急いでいる訳ではないのだが、答えるのが面倒なので。だがサイトの方も、引き下がらない。悠然と返す。さも正当行為だと言いたげに。
「使い魔としては、この世界を知らないといけないだろう?何にも知らないままじゃ、主の役に立てないからなぁ。世の中を勉強しろって言ってたのは、誰だっけ?」
「ぐぐぐ……」
歯ぎしりするしかない主様。嫌々ながらも、教えるハメとなる。かなり雑にだが。
そうこうしている内に、目的の店まであとわずかとなった。何気なしにサイトは尋ねる。
「ルイズって、貴族とか平民とかあんまり気にしないのか?」
「何よ。いきなり」
「他の生徒って、学院の衛兵に挨拶とかしないじゃん。けど、お前はしてるだろ?だから、身分とか気にしないのかなって」
「……」
ルイズは思う所でもあるのか、間を置いて答えた。
「いつも組手の相手やってもらってんのよ。挨拶くらいは、しとかないとね」
「え?衛兵と組手してんの?」
「体術は、一人で練習しても強くなれないわ」
「そりゃそっか」
「けど、ウチの生徒も教師も、剣術もまともにやってないから練習相手にならないのよ。でも衛兵は違うわ。逆に剣術やってないと衛兵なんてできないし」
「なるほどな」
「それに……」
何故かルイズの頬が綻ぶ。楽しい思い出が、一瞬過ったかのように。そんな彼女の始めて見る表情を、サイトは不思議そうに眺めていた。
「それに?」
「なんでもない」
「なんだよ。教えろよ」
「着いたわ」
ルイズが指さした先に、看板があった。いかにも武器屋と言いたげな。使い魔を置いて、先へ進むルイズ。サイトは、彼女が何を言い淀んだのかが気にはなったが、もはや興味は武器屋の方へ。慌ててピンクブロンド少女の後を追う。
武器屋に入り、サイトは店内をぐるりと見回す。目立つ場所に、店の目玉商品なのかフルメイルが飾られていた。しかしそれ以外は、まるで倉庫かのように雑多に武器が置かれている。こんな所に、まとも武器などあるのかという気になってしまう。
しばらくすると店の奥から、五十前後の親父が出てきた。
「入る店をお間違いじゃありませんか?貴族様。ここは武器屋ですぜ」
「間違ってないわ。これに見合う武器が欲しいのよ」
そう言って、ルイズはサイトを指さす。指された当人は"これ"呼ばわりはないだろうと、不満げ。
店主はサイトを値踏みでもするかのように、頭の天辺からつま先まで視線を流す。そして鼻で笑うと、背を向けた。サイトは親父の背を睨みつけると、胸の内でこのやろうと文句をこぼす。もっとも、剣士の体にはとても見えないので、店主の反応も無理はないが。
彼は一本の剣を差し出す。それは一見、まともな剣に見えた。シンプルなデザインだが、だからこそ実用性十分に見える。
「さ、手にしてみな」
「ああ」
サイトは店主に言われるまま剣を握り、鞘から剣を抜いた。そしてポーズを取る。伝説の勇者のごとく。悪くない気分だ。彼はあっさりと決定。さっそくルイズへお願い。
「ルイズ。これにし……」
「ちょっとあんた!粗悪品、売りつけるつもり!?」
ちびっこピンクブロンドは店主に食ってかかっていた。親父の方は、言いがかりだといわんばかりに肩を竦める。露骨に作った笑みを浮かべ。
「おやおや、何を言いなさる。これは当店のお勧めの業物の一つで……」
「貴族が全員、剣に疎いと思ったら、大間違いよ!」
ルイズはいつもの強気で、長い杖を店主に向かって突きつけた。
サイトには、どの辺りが粗悪品なのかさっぱりわからない。だがさっきの会話を思い出す。彼女は、よく衛兵と組手をやっていたと。ならば、実際に使っている剣をいくつも見てきたのだろう。だからこそ、剣の良し悪しが分かるのかもしれない。普通の貴族とやらとは違って。
それにしても、このちびっこは気に障ったら誰彼構わず喧嘩を売らないと気が済まないのかとも思ってしまう。商品を断るにしても、言い方というものがあるだろうと。
「おい、ルイズ。ちょっと待てよ」
「何がよ!」
なんとか彼女を宥めようとする才人。ここには剣を買いに来たのである。こんな態度では、店主がへそを曲げ、法外な値段で売りつけられたり、何も買えなくなるかもしれない。
険悪な雰囲気で満たされる店内。だがここに、場違いで楽しげな声が飛び込んで来た。
「やっと、来たか」
この場にいる三人ではない。ルイズとサイトは辺りを見回すが、他に人影はない。眉をひそめる二人。ただ店主だけは、声の在り処が分かっているのか棚の方を見ていた。そこには、山のように積まれている剣しかなかったが。
「商売の最中だ。お前は黙ってろ」
「いや、上手い話があるんだよ。親父にとってもな」
「あ!?」
店主が話している方を二人は見る。彼の視線の先には、一振りの剣があった。錆の浮かぶ大剣が。
「「剣が話してる!?」」
重なる声が店内に響いた。店主は仕方なさそうに、その剣を取り出した。
「こりゃ、インテリジェンスソードなんでさぁ。珍しいんで仕入れたはいいんだが、見ての通り錆だらけ。その上口が悪い。そんで買い手がつかないもんで」
「そう……」
ルイズは何故か、この錆だらけの大剣から目が離せない。どう見ても、実用性の欠片もない剣から。インテリジェンスソードは構わず話し始める。
「そこの坊主。俺を握ってみな。左手でな」
「え?」
「いいからよ」
言われるまま、サイトはテーブルの上に置かれた剣に手を伸ばした。店主が肩で笑っている。
「止めときな。お前じゃ、持ち上げるのも……。え?」
サイトは、錆びた大剣を左手一本でなんなく持ち上げ、構えていた。
「なんかしっくりくる。悪くないぜ」
「だろ?」
インテリジェンスソードが親しげに話しかけてくる。剣を手にした当人も満足げ。
「ルイズ。これにしようぜ」
「……。うん。これにするわ」
ルイズの返事に驚く店主。さっきの彼女の喧嘩腰など、すっかり忘れるほどに。
「いいんですかい?この坊主には大きすぎる。しかも見ての通り、サビだらけですぜ。でかいから研ぎ代も馬鹿にならねぇ」
「なんとかするわ」
「そうですかい……。買うってなら、止めやせんけどね。こっちも厄介払いができて、大歓迎だ」
「うん。売って」
こうして、錆だらけの話す大剣はサイトのものとなる。剣の名はデルフリンガー。自称、6千歳のインテリジェンスソードである。ただ6千年前から存在していると言いつつも、ほとんど記憶がないと付け加えるのも、忘れていなかったが。
双月が大地を照らしている。本来ならルイズは、勉強に励んでいる時間だ。しかしここ、学院の広場にいた。使い魔と共に。
「今度こそ、本気出してもらうわよ」
長い杖がまっすぐサイトに向いていた。杖の先にいる当人の方は、疲れた態度で同じ言葉を繰り返だけ。
「だから、あれが本気だって」
「火事場の馬鹿力とかを出せばいいでしょ」
「お前、勘違いしてないか?火事場の馬鹿力は、魔法とかじゃないんだぞ。出そうと思って出るようなもんじゃねぇよ」
ルイズから何度聞かれても、出てくるのは以前と同じ返事。手にした木刀も、彼の気持ちを表すように垂れたまま。
それにしてもとサイトは思う。どうしてこうも拘るのかと。もちろん主としては、使い魔の力を知っておきたいというのは分からなくもない。しかし、しつこい気もする。もしかして、彼女はバトルフェチなのかもという考えが過った。喧嘩っ早い所もあるのでなおさらだ。一体、誰の影響なのかと思ってしまう。昔の知り合いに、バトルフェチでもいたのだろうか。
だが、そんなサイトの考えを他所に、ルイズは苛立ちを高めていた。どうも火事場の馬鹿力を、勘違いしたままらしい。
「力づくよ!」
ルイズが、宣言と共に杖を振る。
横の壁辺りが爆発した。土煙が舞い上がる。何も見えない。その時、キュルケから聞いた話が脳裏に浮かんだ。爆発を目くらましに使う戦い方が。ルイズは本気だ。冗談ではない。今のルイズは、長い杖を手にしている。このままでは、最初の組手以上に悲惨な結果になるのは間違いない。サイトは一瞬で行動方針を導きだした。逃げると。
「シャレになってねぇ!」
土煙から離れようと、壁の反対側へ脱兎。しかし、急停止。視界が開けた先に、ピンクブロンドが舞っていた。動きを読まれていた。サイトはすぐさま両手を、真っ直ぐ上げる。
「ま、ま、待った!降参だ!お前の勝ち!」
「簡単に諦めんじゃないわよ!」
「だって魔法まで使われちゃ、敵わねぇよ」
「はぁ?」
動きを止めるルイズ。魔法など使っていない。と言うか使えない。一応、爆発させたのは魔法と言えば魔法だが、失敗魔法だ。あれを魔法と言われるのは、バカにされているような気がする。
だが目の前の使い魔が、咄嗟に口車を考え出したようにも思えない。そして彼は手を上げたまま、何故か顎先で上の方を指していた。怪訝そうに眉間を狭めるルイズ。構えを解く。
すると突然、サイトに飛びかかられた。そして押し倒される。バトルモードの頭が、急にピンク色に。
「ど、ど、どさくさに紛れて何やってんの!」
「バカ!助けてやったんだよ!」
「何言って……え!?」
頭上に巨大な石柱らしきものが見えた。石柱は壁に向かって倒れ込んでいる。サイトが押し倒してくれなかったら、壁と柱に挟まれ押しつぶされていたかもしれない。
しかし何故こんな所に、石柱があるのだろうか。この広場にはこれほど巨大な柱などない。ふと柱の先、壁とは反対側へ視線を向ける。柱は巨大な影から伸びていた。
「ゴ、ゴーレム!?」
石柱と思っていたのは、巨大ゴーレムの腕だった。それがルイズ達に振り下ろされ、辛うじてかわしたのだった。慌てて立ち上がる二人。
「お前の魔法かと思ったけど、そうじゃないみたいだな」
「当たり前でしょ!だって私は……」
言葉を切るルイズ。分かってはいても、自分から魔法が使えないなどと口にはできない。だが、そんな悠長な会話をしている暇などなかった。ゴーレムがまた動き出す。今度は膝を落として始めていた。二人に向かって。
「クソッ!」
サイトは吐き捨てるように言うと、ルイズを抱えて横っ跳び。この攻撃もかわした。だが、これで終わりという訳でもないだろう。すぐさま振り返る。そして気付いた。双月を背負った黒い影に。フードを被った人物が、ゴーレムの肩にいた。
「ルイズ!逃げろ!」
「言われなくても……。こら!どこ行ってんのよ!」
「ヤツを止める!」
魔法も使えない、体術も剣術もできないただの少年が、どういう訳かゴーレムに向かっていく。しかもそれは、狙いを定めた鷹のごとくとてつもなく素早く迷いのないもの。ルイズは呆気に取られつつも、彼の背から目が離せずにいた。どこか温かく懐かしい気持ちと共に。
しかしそれもほんの数刻。すぐにサイトが向かった先へ意識は移る。彼はゴーレムの腕に飛び移ると、肩へ向かって走り出していた。人間離れした速さで。その先にあるのは、この巨大ゴーレムを作り出したメイジらしき人影。その人影の手が動き始めていた。杖を持った手が。
「サイト!そのまま突っ込んで!」
叫ぶと同時に、彼女も杖を振る。ゴーレムの肩口に爆発が発生。しかし巨大ゴーレム相手では、大した効果はない。だが当のメイジには効果があった。爆発は視界を奪っていた。
「チッ!」
メイジは舌を打つ。見失ったターゲットを探す。だが相手はすでに至近。土埃の中にいた。
「うぉっ!」
思いっきり木刀を振るサイト。メイジの脇腹に直撃。
「ぐぅっ!」
悶絶の声を漏らすフードの人物。だが殴られるに任せ、ゴーレムの肩から飛ぶ。上手くダメージを逃した。しかしここは、地上から10メートル以上ある場所。
「お、おい!」
まさか、飛び降りると思っていなかったのか、サイトは驚いて手を伸ばす。しかし相手はメイジだ。『フライ』の魔法で、反対側の肩へとなんなくたどり着いた。
苦悶の表情で右脇腹を押さえる。歯を食いしばる。飛んだはいいが、無傷とはいかなかった。最低でも肋骨にヒビが入っているのが分かる。すぐに顔つきは怒りの形相へ変わり、サイトへと向いた。メイジはゴーレムに指示。サイトを振り払おうとする。
「げっ!」
慌ててゴーレムの腕を駆け下りるサイト。辛うじて地上に辿り着けた。
「サイト!こっち!」
ルイズの声の方へと、力の限り走る。背後では爆音がいくつも上がっていた。おそらく彼を狙って振り下ろされたゴーレムの拳が、地面を弾き飛ばしているのだろう。しかし、それを確認する余裕などない。
彼女と合流すると、全力で逃げる。だがゴーレムの追撃は止まらない。ゴーレムが歩くたびに、背に地響きが届く。
「どうすんのよ!」
「どうするって……」
ゆっくりに見えるゴーレムの動きだが、その巨大さ故か、意外に速かった。このままでは、メイジの精神力と二人の体力の持久力勝負となる。しかし、ルイズ達の方が先に底を尽きそうだ。
だが突然様子が変わる。足音が離れ始めているのだ。足を止め、振り返る二人。ゴーレムが敷地外へ向かって歩いていた。同時に気付く。校舎のあちこちから騒めきが聞こえるのが。この騒ぎに、動き出した者がいるらしい。時間切れはゴーレムの方だった。
大きな息と共に、肩から力を抜く二人。
「助かった……」
サイトが落ちる様に座り込む。疲れ切ったと言いたげに、深い呼吸を繰り返しながら。ルイズも隣に腰を下ろした。ただしこちらは、かなり不機嫌、というより怒っている。
「ねぇ、サイト」
「何だよ」
「何で、ゴーレムに向かってったの?」
「……。なんでだろ?」
「死んじゃったかもしれないのよ!」
ルイズは怒鳴りつけてきた。今にも殴りかかってきそうな勢いで。唖然とするサイト。
「えっと……その……なんていうか、なんとなくだよ」
「なんとなくで、あんな大きなゴーレムと戦おうなんて考える訳ないでしょ!普通、逃げるわよ!」
「そうだよな……。そうなんだけど……」
思えば、何故逃げるという考えが出てこなかったのか。あの時、頭に浮かんだのはなんだったのか。
気付くと、隣の少女が今までと違うものに見えた。その整った顔から眼を離せずにいた。吸い寄せられるように。ふと、サイトはああそうかと思ってしまった。何故逃げなかったか分かってしまった。この気の強い小さな女の子を、守りたかったのだと。
サイトがじっとルイズを見ている。彼女の方も、溶けるように表情から険しさが消えていく。頬が染まっていく。
「な、何よ……」
「いや……えっと……」
言葉に詰まるサイト。胸に不思議な高まりが湧き上がる。ルイズも奇妙な気持ちに襲われていた。体中を駆ける熱いものに。
突然、ごまかすように急に声を張り上げるちびっこピンクブロンド。
「あ!サイト!またよ!」
「え?」
「火事場の馬鹿力!」
「いきなりなんの話だよ」
「気付いてないの?あんたがゴーレムに突っ込んでいった時。ものすごい速さだったわ」
「そうだったか?やっぱ必死だったから……。いや……」
顎を抱え考え込むサイト。メイジがゴーレムを動かす隙も与えず、アッと言う間にゴーレムの肩まで駆け上がり、一撃を加え、同じくあっという間に駆け下りた。10メートル以上の落差を、わずかな時間で上り下り。あんなに自分の運動能力は高かっただろうか。いくら必死だったとは言え、それだけで説明がつかない気がする。
ふと左手にあるルーンに目が行った。使い魔になるとは、ただの主従契約だけではないのかもしれない。そんな考えが浮かんでいた。