褐色の肌と燃えるような赤い髪をした妖艶さを漂わせた美少女が、廊下を早足で進んでいた。少女の名は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。もっとも今は、妖艶さの欠片もなかったが。身振り手振りで大げさに話していた。
「信じられる?あの平民、フーケを追い返したんですって」
「方法は?」
隣にいる寒々しい青い髪の小さな少女が、見かけに似合わず少しばかり興奮の混じった口調で尋ねてくる。この少女の名はタバサ。二人共、この学院ではかなり上位の生徒だ。そんな二人が話題にしているのは昨晩の事だった。すなわち、巨大ゴーレムによる学院襲撃である。その犯人はフーケという盗賊と目されている。
"土くれのフーケ"。貴族相手を専門とする稀代の盗賊だ。巨大ゴーレムが現れたという証言から、学院は犯人をそう断定した。フーケは土系統の魔法を使いこなし、その魔法の腕は一流とも言われている。さらにここトリステイン魔法学院の宝物庫には、貴重なマジックアイテムが多数保管されている。狙われても不思議ではない。
キュルケは答える。ルイズから直に聞いた話を。
「ゴーレムの肩にいたフーケを、直に殴ったそうよ」
「実は魔法が使えた?」
「違うわ。腕を伝って、肩に駆け上がっただけだって。ああ、一応、ルイズが失敗魔法でフォローはしたって言ってたけど」
「……」
黙り込むタバサ。考えを巡らす。フーケのゴーレムは、30メイルはあると伝わっている。そんな高さまで、魔法も使わず上がれるものなのか。ゴーレムも、じっと動かなかった訳でもないだろうし。ルイズとただの平民の使い魔のペアでは、とても可能とは思えない。あの二人は、自分の知らない能力でも持っているのか。サイトとギーシュの決闘を見ておけばよかったと、後悔するタバサだった。
やがて二人は目的地に到着する。昨晩のゴーレム襲撃現場だ。野次馬が現場をぐるりと囲っている。キュルケはタバサの手を掴むと、小走りで人垣へと突入する。そして最前列へ向かっていった。
巨大ゴーレムが暴れた現場の中心。そこには学院長であるオールド・オスマンをはじめ教師達がいた。側には、直にゴーレムと遭遇したルイズとサイトもいる。
ルイズ達から昨晩の経緯を聞いた後、オスマンは壁に空いた穴を長いひげをいじりながら見つめている。飄々としながらも、その目には厳しいものが宿っていた。何故なら空いた場所が問題だったからだ。ここは学院宝物庫。その壁は固定化の魔法が何重にもかけられ、大砲の直撃ですらヒビも入れられないもののはずだった。それが見ての通り穴が開いている。
隣にいるコルベールが、眉間にしわを寄せながらつぶやく。
「この壁に穴を空けるとは……。さすがは土くれのフーケと言うべきでしょうか」
教師達の会話を側で聞いていたルイズ。昨晩の出来事に考えを巡らせていた。穴が空いた場所は、確か魔法で爆発させた場所ではなかったか。ルイズは記憶の底を攫いなんとか思い出そうとするが、朧でハッキリとしない。
そもそも何故あの時、フーケは自分達を襲ったのか。目撃者を消すため?あんな大きなゴーレムを使って目撃者も何もないものだ。もしかしたら、単に穴を空ける壁の側に、たまたま自分たちがいただけかもしれない。あれほど巨大なゴーレムだ。動いたら足元の蟻を踏みそうになった。その程度の話。だがその後は、反撃して怒らせてしまったから、追って来たのだろうが。
さらに、根本的な疑問が浮かんできた。これほどの腕のあるメイジが、何故盗賊なんてものをやっているのかと。兵になれば栄光を手に入れるのも容易いだろう、商売に生かせば巨万の富を得られそうだ。考えれば考えるほど、気になってくる。
穴に入っていた教師が出てきた。
「盗まれたものはありません。すべて無事です」
「そうか。それは重畳。盗まれておったら、言い訳に困るところじゃった」
オスマンは一つ大きな息を漏らす。他の教師も胸を撫で下ろす。だがコルベールは、厳しい顔つきのまま。
「しかし、土くれのフーケに狙われてると分かったのです。警備を考え直しませんと。これほどの固定化を破る相手なのですから」
「安心したまえ、ミスタ・コルベール。その方法は考えてある」
「と言われますと?」
「フーケを捕えてしまえばよいのじゃ」
「なんと!しかし、どのようにして?」
貴族相手にも関わらず見事に逃げ続けているからこそ、その名が鳴り響いているのだ。それをこの学院長は捕まえるという。中年禿教師には、信じがたいものがあった。オスマンは余裕の笑みを浮かべると、視線を横へと流す。
「ふむ、待っておったもんが来たようじゃな」
釣られるように全員が、学院長の視線の先を見る。そこには野次馬をかき分ける一人の女性がいた。ミス・ロングビル。オスマンの秘書だ。側まで来ると眼鏡をかけ直す。そして淡々と話し始めた。
「フーケの隠れ家を見つけました」
驚く教師達。コルベールが身を乗り出すように尋ねる。
「いったいどうのようにして!?」
「実は昨晩、あの騒ぎに私も外に出たのです。その時、偶然、ローブを纏った男を見かけたのです。その人物は逃げるように、森の中へと入っていきました。私はその後を付けたのです」
「なんと……そんな危険な事を……」
「この学院に籍を置く者として、やらねばならないと思ったもので」
「そうですか……」
感慨深げに小さくうなずくコルベール。正義感と勇気に溢れた行動。しかもその成果を自慢する訳でもない。目の前の女性に感じ入る他ない。
「隠れ家はこちらに書き記しました。捕縛隊を編成し、向かわせてください」
ロングビルは一枚の紙を手にし、教師達の輪の中央へ足を進める。全員がその紙に注目しつつ、誰が捕まえに行く事になるのかと思案していた。
そんな中、一人の生徒が彼女に近づこうとしていた。ルイズだ。平然とした様子のまま、ロングビルの右側から近づく。あたかも、紙に何が描かれているか知りたいだけかのように。そしてすぐ脇まで近づいた。
射程圏内。ルイズの眼光が鋭くなる。
左頂肘。ロングビルの右脇に直撃。
「ぐぅっ!」
秘書は右脇を押さえつつ悶絶。思わず膝を落としてしまう。そんな彼女に、ルイズはさらに一歩踏み出した。そして手にした長い杖を反転、彼女の顎先を狙う。しかし、ロングビルは後方へ宙返り。見事にかわした。ただの秘書とは思えない動きで。
周りを囲む連中には、何が起こっているのかまるで理解できない。慌てて、サイトが飛び出してくる。
「ルイズ!何やってんだよ!」
「こいつがフーケよ!」
「ええっ!?」
ルイズの言葉に、誰もが唖然と口を開けたまま。一方のロングビルは、秘書然とした態度を崩さない。ただ痛みのせいか、汗だけは止められなかった。ルイズはそんな彼女に告げる。
「前から、怪しいって思ってたのよ。あんた、姿勢が良過ぎよ。軽業師みたいにね」
体術に通じているルイズは、バランス感覚が異常にいいロングビルに、以前から違和感を抱いていた。とてもただの事務仕事をする人間には思えないと。まるで、不安定な高所での仕事に長く就いていたかのようだと。例えば、巨大ゴーレムの肩の上のような。
「今の押さえた所。サイトがフーケを殴った場所と同じだわ。骨折してるでしょ」
「とんだ言いがかりです。数日前に怪我をしたのですよ。それがたまたま同じ所だっただけですわ」
ロングビルの様子は変わらないまま。しかし、彼女の言葉をルイズは余裕を持って返す。
「それでごまかしたつもり?」
「……」
「骨折するとね、どんなに堪えてても動きに出ちゃうもんなの。あんたの今日の姿勢、昨日とまるで違うわよ」
「……」
苦々しげに、歯ぎしりを始めるロングビル。
「フッ……。フフッ……。ハハハ!」
右脇を押さえながら、急に高笑い。すっと背筋を伸ばす。同時に杖を振った。まるで切り払うように。すると彼女の足元が盛り上がる。見る見る内に高くなっていく。もはやロングビルには、秘書の雰囲気など消え失せていた。
「大したもんだよ!まさか小娘に見破られるとはね!」
盛り上がった土は人型を形作っていく。巨大ゴーレムへと形を変えていく。茫然と身を固めるオールド・オスマン。あの気真面目そうに見えて、愛嬌のあった秘書がまさか盗賊だったとは。
「な、なんと……、まさかミス・ロングビルが……!?」
「学院長!こちらです!」
オスマンは他の教師に引っ張られ、校舎へと逃れる。同じく野次馬たちも蜘蛛の子を散らすように、この場から退散していった。残ったのはルイズ、サイト。それにコルベール、キュルケ、タバサだけだった。
すでに完全に巨大ゴーレムは形作られていた。その肩の上にロングビル、いやフーケがいた。右脇腹を抑えながら。
「小娘!あんたのせいで全部台無しさ。借りを返させてもらうよ!」
真っ直ぐルイズを睨みつけるフーケ。しかしルイズも負けてはいない。マントを襷の様に巻き上げると構えを取る。だがそんな彼女の肩を、サイトが掴んだ。
「おい!何やってんだよ!逃げるぞ!」
「いやよ」
「お前なぁ、昨日は何で逃げなかったとか言ってたじゃねぇか!」
「今は違うわ」
「何、言ってんだよ!」
サイトにはどうしてここまで、拘っているのか分からない。意地とも違うように感じる。何か考えがあるのかもしれない。だがそうだとしても、自信をもって言い切れる理由が分からない。
ルイズはフーケから目を離さないまま、隣にいる使い魔に声をかける。
「サイト。手伝って」
「えっ!?」
「やっぱ、あんた普通じゃないわ。火事場の馬鹿力、使ってもらうわよ。だいたいあんた、私の使い魔でしょ」
「いや……けど、あ~、分かったよ!やってやるよ!」
パーカーの黒髪少年は覚悟を決めた。しかしすぐに気づく。なんの武器も手にしていない事に。昨晩は木刀を持っていたが、今は本当に何もない。辺りを見回すが、武器など落ちていなかった。舌を打つサイト。
「チッ!素手でかよ。あ……、デルフリンガー!」
デルフリンガー。先日トリステインで買ったインテリジェンスソードだ。錆だらけで切れ味は期待できないが、この巨大ゴーレム相手ならそれで構わない。むしろ重量があるだけに、打って付け。だがあの剣は部屋に置いたまま。今から取りに戻る暇はない。
歯ぎしりをするしかないサイト。その時だった。サイトに向かって何かが飛んできた。凄まじい勢いで。
「えっ!?」
慌てて飛び退くサイト。その直後、飛んできたものは、さっき彼がいた場所の隣に突き刺さった。錆だらけの大剣が、地面に立っていた。
「よぉ。相棒。呼んだかい?」
「デルフリンガー!お前飛べたのかよ!」
「俺も訳分かんねぇんだわ。突然、引っ張られたみたいに飛んでな。もしかして、お前が呼んだのかもと思ったんだが。違うのか?」
「違わねぇ!お前の出番だぜ!」
「そりゃ、良かった」
サイトは地面に突き刺さった大剣を掴む。左手で。その時、刻まれたルーンが光った。すると軽くなっていくような感覚が、全身を突き抜ける。異世界からの使い魔は、口元を緩める。
「これが火事場の馬鹿力の種か」
ルイズへ、力強い声をかけた。
「こっちは準備完了だぜ!で、どすんだ?」
「ゴーレムを転ばせる」
別の声が脇から届いた。向いた先に見えるのは、青髪ショートの無表情な少女。確かタバサという名だ。彼女は振り返ると淡々と言う。当たり前かのように。
「キュルケ、手伝って」
「仕様がないわねぇ」
赤髪褐色の美少女は不敵に口端を釣り上げると、颯爽と杖を抜いた。そこに慌てて駆け寄るコルベール。
「君たち!何を言ってるんだ!すぐに逃げなさい!」
「フーケはルイズに、借りを返すって言ったんですよ。逃げても追ってくるだけですわ」
キュルケは平然と返す。
「それは……そうだが……」
「なら手伝ってください。ミスタ・コルベール」
「え?私が?しかし戦いは……」
「教師は生徒を守るもんじゃなくて?」
「……。そうだな。その通りだ」
急に目元が勇ましくなるコルベール。いつもの、どこか頼りなさげな様子がここにはない。歴戦の戦士のような気配を漂わせる。
サイトは不思議そうに彼等を見ていた。自然にルイズに協力しようとする三人。それはかつて、一つのチームでも組んでいたかのような、ピッタリとした呼吸を感じた。
30メイルはあろうかという巨大ゴーレムを前に、ルイズはどういう訳か高揚感が湧き上がるのを抑えられずにいた。同時に奇妙ななつかしさも。策を編み出し、役割を分担し、強大な相手に向かう。そして目的を果たす。その達成感を自分は知っている。何故かそう思った。
キュルケがルイズに叫ぶ。
「ルイズ!あんた達が先方やって!」
「それで行けんの!?」
「あんた達がフーケに届くなら、ってタバサは言ってるわ」
「分かった!」
ルイズは躊躇なく答えていた。危険な役割だというのに。
「代わりにフォロー頼むわよ!」
「ま、いいわ」
さっさと行けとばかりに、手を振るキュルケ。ピンクブロンドの拳法家は、次に使い魔に命令。
「サイト!やる事は昨日と同じよ!」
「おう!」
二人は並んで駆けだした。巨大ゴーレムに向かって。
対するフーケ。自分に向かってくる二人に、驚きを隠せずにいた。ルイズの事は知っている。魔法の使えない学生だと。それが何を考えているのか、戦う気満々だ。
「一体、なんのマネだい?」
だが好都合なのは間違いない。巨大ゴーレムは振りかぶると、拳を落とす。それは砲弾でも打ち出すかのように。
地面が弾け飛んだ。しかしそこに相手の姿はない。探すフーケ。だが、わずかに遅かった。
「そらよっ!」
サイトがデルフリンガーを振り下ろす。大剣はゴーレムの手首を切断。
少し離れた場所では、ルイズが構えを取っている。二人とも、ゴーレムの攻撃をかわしていたのだった。大きなモーションの攻撃だ。彼女にとって動きを読むのは造作もない。またサイトも、人間離れした素早さでかわし、さらに攻撃まで加えていた。
ただこの攻撃は、ゴーレムにとっては効果などないも同然。地面の土を吸収し、すぐに手首を再生し始める。しかしこれが裏目に出る。再生のため手を地面から離せずにいたのだ。止まった腕の上をサイトは昨晩と同じように、一気に駆けあがる。そして、あっという間にフーケへ接近。同時に肩口で爆発が発生。これもまた昨晩と同じ。
「バカの一つ覚えだね!」
フーケは爆発する前に、『フライ』で飛んでいた。希代の盗賊だ。二度も同じ手にかかる訳がない。そして余裕を持って、反対の肩へと降りようとする。ところが、降りる場所がなくなっていた。というか、巨大ゴーレムは倒れている途中だった。
「な!?」
盗賊には何が起こっているのか、理解できない。しかし、次の瞬間には気づく。巨大ゴーレムの足がなくなっていたのだ。タバサの『エア・カッター』で切り刻まれ、キュルケとコルベールの『ファイヤー・ボール』で溶けてしまっていた。通常ならそれでもすぐにゴーレムは再生し、ダメージを無効にする事ができるのだが、今、フーケは『フライ』の魔法で飛んでいた。他の魔法が使えない。系統魔法は、同時に二つ発動する事はできないのだから。その隙を突いた、と言うよりは隙を作らされた。
「チッ!」
舌を打つ盗賊。降りようとするが、地上ではルイズとサイトがすでに待ち構えている。『フライ』を解いて下りれば確実に狙われる。だが魔法を解かなければ、ゴーレムは操れない。
フーケは決断した。『フライ』を解く。落下し始める盗賊。着地地点に、ルイズ達が殺到。しかし目標の場所に、突然壁が生えてくる。着地地点を壁がぐるりと囲む。フーケは着地を狙われないように、先に魔法で手を打った。
だがルイズは諦めない。
「サイト!」
主を見る使い魔。すると彼女はどういう訳か投げる仕草。一瞬、サイトは何の事かと思ったが、すぐに察する。同時に呆れていたが。
「滅茶苦茶だぜ。けど、やってやるよ!」
彼はデルフリンガーを地面につけ、剣の腹を見せる。そこに、ルイズが走り込んで来た。力を込めるサイト。左手のルーンが輝きを増す。
「そら!行け!」
デルフリンガーに乗ったルイズを、力技でぶん投げる。宙へと舞うルイズ。まだ空中にいるフーケに突撃。
「これで終わりよ!」
ルイズ、旋風脚!見事直撃。しかもまたも右脇腹。
「かはっ!」
フーケは、雷にでも当たったかのような衝撃を受け、そのまま気を失った。
落ちる二人を、タバサとコルベールが『レビテーション』の魔法でなんとか着地させた。気を失って泡吹いているフーケに近づく一同。タバサがフーケに触れ、ポツリと言う。
「肋骨が数本、完全に折れてる。重症」
「ええっ!?」
慌てるコルベール。タバサに応急処置を頼むと、校舎へと駆け出す。医者を呼ぶために。
側ではキュルケがルイズを横目に一言。
「あんたがしつこく、同じ所ばっか攻撃するからよ」
「弱点突くのは戦いの基本よ」
「容赦なさすぎでしょ」
「だって相手は盗賊だもん。油断は禁物」
乏しい胸を張る、勇ましい小さな美少女。そんな彼女にキュルケは肩を竦めていた。だが、どことなしに楽しそう。
ルイズはその場から少し離れ、一息付こうと腰を下ろした。その彼女の側にサイトも座る。彼女は、頬を緩めていた。嬉げに。
「よく私の考え分かったじゃないの」
「お前、ぶん投げたヤツ?」
「うん」
「直接殴るの好きそうだから、一発ぶん殴りたかったのかなって」
「はぁ!?何よ!暴力バカみたいに言うんじゃないわよ!」
「だって、すぐ喧嘩売るじゃんか」
「ち、力づくじゃないと守れないもんもあるの!」
苦笑いのサイト。一体誰の影響で、こんなふうに育ってしまったのかと思ってしまう。もしかしたら、彼女はとんでもないトラブルメーカーかもしれないと不安が過る。これから苦労しそうだと。ただ一方で、真っ直ぐな性格をしているのも感じていた。いろんな意味で素直なのだろう。隣に座っている女の子は。
異世界の少年は、不思議と満たされた気持ちが胸の内にあるのを感じていた。その時ふと自分の左手が目に入る。刻まれているルーンが。
「ルイズ。火事場の馬鹿力だけどさ。あれ、どうも自由に使えるみたいなんだ」
「え!?やっぱそうじゃないの!隠してたのね!」
隣の少女は、露骨に文句。サイトは宥めながら答えた。
「知らなかったんだよ。っていうか契約した時に、身に付いた能力らしいんだ」
「どういう事?」
ちびっこピンクブロンドは首を傾げる。彼女の疑問に答えたのは、使い魔ではなく、その脇に置かれた大剣だった。
「そりゃ『ガンダールヴ』だからさ」
「『ガンダールヴ』……。それってなんだ?」
サイトはその名に、強く惹かれるものが何故かあった。デルフリンガーは雑談でもするように言う。
「そうだなぁ……。伝説の勇者の称号って所か」
「真面目に答えろよ」
「特殊な使い魔って事だ。ただそれ以上はなぁ……ちょっと記憶が曖昧で。正直言うと、よく覚えてないんだわ。けど、一つだけハッキリ覚えてるもんがあるぜ」
「なんだよ」
「『ガンダールヴ』は、あらゆる武器を使いこなせる。身体能力も上がる。だから俺を掴んだ時、お前の動きが素早くなったんだよ。俺も武器だからな」
「あらゆる武器……」
武器を使いこなす能力。何故そんなものが、自分に授けられたのか。サイトはもう一度ルーンを見つめる。すると、そのルーンを影が覆った。目線を上げるサイト。そこにはルイズの顔があった。しかも何故か目を輝かせている。
「すごいじゃないの!」
「何が」
「何聞いてたのよ!伝説の勇者よ!」
「あんな話、信じてんのか?」
「けど、火事場の馬鹿力、自由に使えるんでしょ」
「そりゃそうだけど……」
「やっぱあんたは、並の使い魔じゃなかったんだわ!」
満足げに大きくうなずくルイズ。そしてすくっと立ち上がると、自分に宣言するように言う。
「私も、とっとと魔法使えるようにならないとね」
まるで夢に一歩近づいたかのような、満足げな態度。その様子から、サイトはふと思い出した。召喚された日の彼女の話を。
「そう言えば、すごいメイジになりたいんだったよな。出世でもしたいのか?」
「出世なんてしたくないわよ。動き辛くなるから」
「んじゃぁ、どうしてすごいメイジになりたいんだよ」
「いろんな所行きたいから」
「は?」
言っているキーワードが今一つ、頭の中で繋がらない。
「旅行が趣味なのか?」
「そうじゃなくって。世界中を見ていろいろ知りたいの。フーケ捕まえようと思ったのも、あれほど腕があるのに、なんで盗賊やってんのか知りたくなったから」
「悪人捕まえようじゃなくって、それが理由かよ」
「うん」
悠然と立つピンクブロンドの少女を、意外そうに見上げる異世界の少年。そこに見えるのは好奇心に溢れた表情。その桜色の瞳に、吸い込まれそうな気持ちになる。
ルイズはもう一度腰を下ろすと、空を見上げながら話し始めた。楽しげに。
「昔、変な知り合いがいてね」
「幼馴染?」
「違うわ。ハッキリとは覚えていないんだけど。お客様だったかも。それにたぶん、皆、ハルケギニアの人間じゃなかったと思う」
「皆って大勢いたのか。どんなヤツ?」
「かなり変わった連中よ。恰好も変だったし。スクウェアクラスなんて、相手にならないってほど強かったし」
「そんなに強いのが大勢!?」
「うん。だけど、それを自慢する訳でもなくってね。偉そうって感じもなかったわ。だいたい相手が、平民だろうが貴族だろうが妖魔だろうが、全部同じって態度だったし」
「へー……」
もしかしてルイズが、衛兵へ挨拶するなど身分の意識が他の貴族より薄いのは、その連中の影響のせいだろうかなどとサイトは考えてしまう。
「そいつら、客って言うけど、何しに来たんだ?」
「なんか、研究だったか観光だったかそんな感じだったと思う」
「研究と観光?」
「うん。しかも自分の興味のあるもの以外は、眼中にないって感じなのよ」
「なんか、かなり自己中な連中に聞こえるな」
「う~ん……。確かにそんな印象あるわね。しかも強いから始末に負えないわ」
「よく相手できてたな。しかも客なんだろ?接待するだけでも、気疲れしそうだぜ」
「うん。大変だったような気がする。よく覚えてないけど」
そんな客を迎えるのが自分だったら、全力で拒否したいと思うサイト。ただ同時に不思議に思う所がある。それほど厄介な連中と付き合っていたというのに、ルイズの顔付きはさっきから緩んだまま。大切な宝箱を覗き込んでいるかのよう。
「私、その時思ったのよ。こんな連中もいるほど世界は広いんだって。スクウェア以上の力を、自分の趣味にしか使わないのよ。ハルケギニアじゃ考えられないわ。でも悪くない気はしたわ」
「もしかしてお前さ、そのすごいメイジの力が手に入ったら、やりたい目標でもあるのか?」
「分かんない。だから、いろいろ見てみたいのよ。何か見つかるかもってね。そのための力でもあるの」
それが世界の果てを見るための旅だとしても、真理を見極める研究だとしても、力は必要とルイズは理解した。その変わった連中を前にして。
異世界の使い魔は、主に魅入っていた。その穏やかな横顔に。
「その見つけるもんの中に、俺が元の世界に帰る方法も入れてくれ」
「いいわよ。私も、あんたの世界、行ってみたいし」
「マジかよ」
「いろいろ見て回りたいって言ったでしょ」
「……。分かった。なら、手伝ってやるよ。お前の夢……ってのかな?それを」
サイトはすっと立ち上がると、ルイズへと柔らかな笑顔を見せる。しかし当の本人は何を言っていると、呆れた声を返すだけ。
「あんたは私の使い魔なのよ。手伝うのは当たり前でしょ」
「でした、でした」
溜息をこぼしつつ、肩を落とす。もう少し、かわいげのある返事が返って来るとか期待したのだが、やはり使い魔としか見ていないらしい。
それにしても、あまり身分を気にしない割には、主と使い魔という立場には拘っている。なんともアンバランスだ。その時ふと閃きが、頭の中に灯った。サイトは余裕の態度を見せると、ルイズへ流し目。
「もしかして、お前さ……。俺を誰にも渡したくないから、私の使い魔って何度も言ってんの?」
「はぁ?何言い出すのよ」
「つまりさ。お前が、俺を好きとか……」
「バ、バ……!この!」
溶鉱炉の鉄のように真っ赤になったちびっこピンクブロンドは、破裂するように立ち上がる。すぐさま一閃。サイトの顎先を、右掌底で抜いた。
「え?」
身体中が溶けるように倒れるサイト。見上げる先に、地獄の業火のような憤怒の主様がいた。長い杖を鬼の棍棒のように、地面に突き立てて。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!調子に乗り過ぎました!」
必死に手を合わせ、謝罪を並べる使い魔だった。
その後、ある意味彼等の願いは叶う事になる。
なぜなら、ハルケギニアは動乱の時代へと向かったからだ。
同時にルイズは、虚無という伝説の系統に目覚める。
だが逆にそれは、彼等がこの動乱の中心に位置してしまうという意味でもあった。
彼等は世界中を飛び回った。伝説の力で、厄災から皆を救うために。
様々な人々の助けや、彼等自身の必死の働きの甲斐もあって、厄災は最終的には収まった。
平穏が再びハルケギニアに訪れた。
そして結果的にはだが、一応、彼らは世界各地を見られた訳だ。望んだ形とは程遠いものだったが。
やがてルイズは無事、トリステイン魔法学院を卒業する。
サイトも動乱での活躍もあり、貴族の称号と所領を手に入れる。
そして二人は結ばれたのだった。
鬱蒼とした森の中、人通りの途絶えた雑草まみれの道を、二頭の馬で進む男女の姿があった。
「だんだん、ひと気が無くなって来てる気がすんだけど」
「そう?」
「村に吸血鬼が出たって話だったよな。本当にこの先に村があるのか?」
「あるわよ。嘘ついてないわ」
上機嫌で先を進むのはピンクブロンドの少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。訝しげに後に続くのは、黒髪の少年、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。
二人の男女が、森の奥へと躊躇なく進んでいた。先を進むルイズは楽しそうだが、後ろのサイトは少々当惑気味。吸血鬼が出たので、なんとかしないといけないとルイズに言われ、こうして出てきた訳だ。装備を固めて。
マントはあるものの、今でも平民のようななりのサイト。これでも領主様だ。その所領がここオルニエール。領民が困っているなら手を差し伸べるのは当然と出てきたはいいが、問題の目的地をルイズが何故か言わなかった。
だいたい領民の訴えなら、領主に話を通すのが筋。しかしルイズの命令なのか、使用人の誰も自分に言おうとしなかった。
「いい加減教えろよ。どんな訴えがあったんだよ」
苛立ちを増しているサイトに構わず、ルイズは辺りを見回す。見える景色は相変わらず深い森。さらに道の方は最初よりも雑草が多くなり、分かりづらくなってきている。
「う~ん……。そろそろいいかしら。吸血鬼が出たってのは嘘」
「ちょっと待て。さっき嘘ついてないって言ったろうが」
「村があるのだけは本当よ」
「んじゃ、他は嘘か。なんでそんな嘘ついたんだよ?」
「だって、そうでも言わないと、あんた外に出ないでしょ?」
「出てるぜ」
「領内視察じゃなくって」
オルニエールはそう広くはないが、額面上はそこそこの領地という事になっている。だが実態は、耕作放棄地だらけ。額面上の評価には程遠い土地だった。サイトは領主としてこの状況を好転させようと、日々精力的に働いていたのだった。おかげで、あまりルイズの相手をしてやれていない。ようやく落ち着いて二人で暮らし始めたというのに、甘い生活には程遠い状況。もちろんルイズは理解していたが。
彼女は気分よさげに話す。
「だから、骨休みのためのちょっとした小旅行……違うわね、小冒険よ」
「冒険?」
不穏な言葉が耳に入った。ますます顔を顰めるサイト。ルイズは構わず続ける。
「ほら、昔、キュルケ達と宝探ししたの覚えてる?」
「宝探し?あ!なんか胡散臭い宝の地図手に入れたとかで、廃村に行ったヤツ?」
「そうそう」
「あそこ、実はオルニエール領内だったのよ」
「へー、そうだったんだ……って、行先ってそこか?」
「そうよ。だから村に向かってるのは間違いないって言ったでしょ」
「村って……、廃村じゃん……」
ルイズの学生時代。キュルケが古物商屋から手に入れた宝の地図を元に、宝探しをする事となった。結局、宝は見つからなかったのだが。だがそれを切っ掛けに、サイトはゼロ戦を手に入れる。今となっては、懐かしい思い出だ。
その時の記憶が過ったのか、ルイズは急にサイトの方を向く。
「あ!そう言えば、あの時、あんた散々邪魔したでしょ」
「なんかしたっけ?」
「オーク殺させなかったの」
「ああ……あれか……。だってさ、俺たちは宝を探しに来たんだぜ。追っ払えばいいだけだろ。だいたいお前だって、オーク殺さず倒してたじゃん」
「あんたが、うるさいからよ。それに見た目は違うけど、中身は人間とそんなに変わらないもん。頭揺らせば一発よ。動きが大げさで、ただ腕力あるだけの相手を倒すなんて、そう難しくないわ」
ルイズの拳法の腕はさらに冴えを増していた。オークすらも倒してしまう程。今の彼女に接近戦に持ち込まれたら、スクウェアクラスのメイジですら勝つのは難しいだろう。
「結局、サイト、戦争でも誰も殺さなかったもんね」
「悪いのは、上の方のヤツだけだからな」
「でも度が過ぎてたわよ。馬とかドラゴンの命まで心配するとか」
「いいじゃねぇか。なんとかなったんだから」
少しふて腐れているサイトを横目に、ルイズは今でも不思議に思う。何故こうも命に拘るのか。自分の命が危険にさらされている時ですら、この不殺を貫こうとするのだから。命を大切にすると言っても、度が過ぎている。まるで禁忌、戒律のようにすら思えた。
ただ、それを破らなかったおかげか、サイトにはある時期から不思議な力が宿っていた。いずれの魔法とも違う謎の力が。虚無に関わる力は、ハルケギニアを救った時に失ったが、その力だけは今でもある。本人にもそれがなんだか、今でも分からない。
一方でルイズの方も変わった事がある。虚無の魔法を失ったのだ。しかし魔法が使えなくなった訳ではない。ただ、虚無の魔法をベースに組み立てていた戦い方がまるでできなくなったので、本人は不便に感じていたが。現在、新たな戦い方を構築中。
戦争という言葉が呼び水になったのか、ルイズは最後の戦いを思い起こす。その後に起こった事を。独り言のように、彼の名を口にするルイズ。
「サイト」
「ん?」
「なんで地球に帰らなかったの?」
「あん時、話したろ」
全てが終わった後、ほんのわずかな間、サイトには地球へ帰るチャンスがあった。だがそれを目の前にして、サイトは地球に帰るのを拒否する。そしてハルケギニアに残ると決断した。
彼は舞台俳優かのように、大げさに言う。
「男は、いつか独り立ちするもんさ。その場所が異世界ってだけの話だぜ」
「ごまかさないでよ」
いつになくまじめなルイズに、サイトも態度をあらためる。そして、つぶやくように語り始めた。
「……。俺も、こっちに居場所ができたしな。ルイズだって、そうだろ?昔みたいに、一人で意地張る必要もなくなったし。友達もできたしさ。キュルケとも結構連絡とってるんだろ?」
「キュルケは……腐れ縁で仕方なくよ!」
「そっか?なんか一番気が合うように見えるぜ」
「あんたの目がどうかしてんの!」
頬をふくらますルイズ。だがサイトはそんな彼女に、微笑ましさすら感じていた。
「ま、結局はさ。お前がこっちにいたからだよ」
「……!な、何、恥ずかしい事、さらりと言ってんのよ!全く……」
ルイズはその桜色の双眸以上に顔を赤くして、背を向ける。ただ頬が緩んでいくのを止められなかった。
やがてピンクブロンドの魔法拳法家は、嬉さを解き放つように叫ぶ。
「さあ!この先に冒険が待ってるわ!」
「冒険たって、行った事ある場所じゃん。旅行みたいなもんだろ」
「いいのよ。サイトがいっしょなんだから」
「……。お、おう」
サイトも言葉に詰まる。こそばゆいものが体中を駆け巡っていた。
二頭の馬は、しばらく並んで進む。雑草で曖昧になった道を。すると突然、深い森が切れた。目に映るのはかつて訪れた廃村。だが、それまでピンク色に包まれていたかのような二人の様子が、がらりと変わった。一転、緊張感が芽生えてくる。
サイトがポツリと漏らした。
「妙だな」
「ええ」
「あんだけいたオークが、一匹もいない」
オークを殺した訳ではない以上、住処は変わってないハズ。にもかかわらず、痕跡すらない。ルイズがおもむろに話しだす。
「ちょっと前に、この近くの村の住人が来たの。行商人から変な話を聞いたって」
「どんな話だ?」
「この廃村の方から、出てくる人影を見たって」
「オークの見間違いじゃないのか?」
「それはないって。確かに人だったそうよ。それに……来てみて分かったけど、やっぱりここ変だわ」
「確かにな」
あらためて村を見回す二人。人が出てきたと言うが、オークはもちろん、人が住んでいる気配もなかった。
「とりあえず調べてみようぜ。これじゃ何にも分からねぇ」
「うん」
二人は馬を木に結び付けると、廃村へと入って行く。周囲を警戒しながら先へ進んだ。
村はそれほど大きくなく、短時間でだいたい見終わってしまった。その間、人っ子一人、もちろんオークも見なかった。それどころか、鼠や虫すらもあまり見かけなかった。草木も長らく見放されていたにしては、あまり伸びていない。
「なんだよここ。おかしすぎるぞ。ルイズ、気抜くなよ。やっぱ、なんかあるぜ」
「そうね。だけど一体何が……」
ハルケギニアの動乱で、方々を飛び回った二人。想像を超える強敵にも、何度も巡り合った。しかしここにある異様な気配は、そのどれとも違った。今では歴戦の勇者と言ってもいい二人が、背に冷たいものを感じていた。
二人は神経を尖らせると、最後の場所に向かう。この村の寺院に。
寺院は以前来たときと、ほとんど変わっていなかった。相変わらず朽ちた様子で、幽霊でもでそうなくらい不気味な佇まいだ。
息を飲むルイズ。
「サイト、行くわよ」
「おう」
寺院の中は薄暗く、まるで夜の墓地かのよう。だが一か所だけ光っていた。ステンドグラスの割れた窓から差し込む陽ざしが、その場所を照らしていた。そこに人影があった。奇妙な姿の少女が。
昼間だというのに、ナイトキャップを被り、服装は寝間着のよう。紫がかった長い髪の先にリボンが結ばれている。その少女は椅子に腰かけ、淡々と本のページをめくっていた。
ルイズはその姿を目にすると、まるで彫像になったかのように身が固まってしまう。体中に電流でも走ったかのような感覚に襲われる。
サイトはルイズの前に出ると、得物を手にした。
「おい!誰だ、お前!」
敵意を覗かせる少年に対し、少女はわずかに首を向けるだけ。しかしその瞼は大きく開いていた。驚きに囚われたように。
彼はさらに語気を荒げた。
「誰だって聞いてんだよ!」
「誰……ね。ま、こんな所で立ち話もなんだから、お茶に招待するわ」
少女は本を閉じ、すっと立ち上がると祭壇の方へ向かった。慌てて声をかけるサイト。
「ちょ、ちょっと待て。答え……」
その時、軽く肩を叩かれた。ルイズだった。
「お茶に招待してくれるって言うんだから、御相伴に預かりましょ」
「え?ええっ!?どうしたんだよ、ルイズ!どう見たって怪しいだろうが!」
サイトの叫びを無視して、ルイズは少女の後に悠々とついていった。訳も分からず続くしかない少年。
祭壇の脇の隠し戸から、地下へ続く階段があった。そこを下ると、広い空間があった。中央の廊下は広く長い。左右にはいくつもの扉があり、部屋数は多そうだ。ちょっとした屋敷の規模。そして突き当りには両開きの扉が見える。
その廊下を、ナイトキャップを被った紫髪の少女が、先頭になって進む。やがて突き当りの部屋の前まできた。そして両開きの扉を空ける紫寝間着。
扉の先から、紅茶の香りを伴って、ルイズの目に、異質でありながらもどこか懐かしい光景が飛び込んで来る。そこは子供の頃に読んだ、楽しい絵本の中のよう。
おとぎ話から出てきたようなメイジに、大商人の娘らしき少女、カラフルなエプロンを付けている青髪の少女、フルリのついた大きな羽衣を纏った女性、黒い羽根の翼人に、兎の耳が生えている少女、蝙蝠羽の翼人もいる。
ルイズの胸の内に、湧き上がるものがある。言葉にしがたいものが。それはとても温かかった。
隣にいたナイトキャップの少女が話しかけてくる。
「自己紹介がまだだったわね。私はパチュリー・ノーレッジ」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。それで、彼は夫のサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール」
堂々と夫と紹介されて、気恥ずかしさが浮かぶサイト。警戒心が解けてしまう。そんな二人を見るパチュリーは、わずかに頬を緩めていた。嬉しさが滲んでいるかのように。
「フフ……。夫……ね。あなた、随分功徳を積んだようね。法力が上がってるわ」
「え?法力?」
法力。これそこサイトが今、手にしている謎の力だった。地蔵としての力だ。だがそれをパチュリーは説明する事もなく、ルイズの方へ視線を戻す。
「歓迎するわ」
「ありがとう」
ルイズは、いっぱいの笑顔が自然と浮べていた。パチュリーはふと思い出したように一言。
「あ、言うのを忘れていたわ。はじめまして、ルイズ」
「うん。はじめまして、パチュリー」
二人の「はじめまして」には、長年の友人だったかのような気安さが籠っていた。
了
あとがき
ここまで読んでくれた方、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
正直、こんなに長くなるとは思っていませんでした。始めた時は、期間的にもボリューム的にも多くても今の半分いかないだろうと思っていたんですが。話としてはルイズ達の物語を始める話となりました。東方って設定を生かそうと思い、こうなりました。
実は他にも理由がありまして、書いている途中で東方とゼロ魔って相性悪いんじゃなかろうか思ったもので。特に今回選んだメンバーは。
東方キャラって、自分本位な所が強く、善悪には無頓着な印象があります。白蓮とか例外もいますけど。ですがゼロ魔は王道。しかし東方キャラで王道は難しいと思い、世界の謎を解くというような展開をベースにしました。その謎に選んだのがメタ展開です。他にも案はあって、小宇宙的な何かをその謎にするとか、途中から才人をダゴンと入れ替えるとかもあったんですが、いろいろ考えた末、東方っぽい方を選びました。別の案を選んでいたら、ゼロ魔の世界として本作なりの終わりがあったと思いますが。
後、いろいろ反省としては、東方側のレギュラーメンバー多すぎました。立場が被ったり、空気にならないように無理にシーンやら展開やらを作るハメに。尺が増えたのもこの点が大きいです。今考えると、半分で良かったかもしれません。また伏線のいくつかは、中途半端な回収になったものもありました。長く書いている内に、想定していた展開に思いついたアイデア加えたら、結局想定と違う展開になってしまったとかもあったもので。
個人的には、キャラやら世界を組み立てるのは、中々楽しかったです。
あらためて、お読みいただきありがとうございました。