Communio -In Paradisum-   作:白鷺 葵

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序曲 Introitus:「それでは、異伝を始めるとしよう」
1-1小節.「ポケットモンスターの世界へようこそ!」


 …………で、あるからして、今回の場合は――おや。

 もうカメラが回っているのか。不親切な話だな。

 チェスくん。アレをやるぞ。

 

 

 了解です、リーフェウスさん。

 

 

 せーの。

 

 

 

 『ポケットモンスターの世界へようこそ!』

 

 

 

 ……そんな怪訝そうな顔で見られてもな。

 これは第4の壁の向こう側へ向けた『様式美』だ、気にするな。

 

 

 まあ、実際はコレ、正規のナンバリングではないんだけどね。

 「全速前進でグレーゾーンを突っ切ってる」って言った方がいい?

 

 

 いや、言わんでいいでしょう。あまり言いすぎると消されます。

 

 

 パラノイアかな?

 まあ、妥当な判断だな。

 早速本題に戻ろうか。

 

 心の目で見てごらん。四角い箱の液晶画面に、白衣を着たオッサン2名が見えるだろう?

 

 

 あなたは外見詐欺、私の場合は年齢的にオッサン呼ばわりされる筋合いはないと思うが……まあいい。

 そんな水掛け論に興じている暇がないことは、お互いに分かっていることでしょう。

 

 

 ああ、チェスくん26歳だっけ? 若いね。

 

 

 それはどうも。

 ――さて、仕切り直して。

 

 俺はチェスナット・クリ、コムニア地方でポケモン博士をしている。

 

 ……何、ファミリーネームが奇妙だと? それは正しい。

 フスベシティ出身はどこか奇妙なんだ、文句は俺の祖先に言ってくれ。

 

 

 言われてみれば、あそこの出身者や関係者って色々『濃い』よな。

 ボディコンみたいな服を着てマントを羽織ったジムリーダーとか、人に向けて破壊光線を撃つ元チャンピオンとか。

 特に後者は、『非正規ルートでカイリューを入手したのでは?』って疑われてた時期があったな。

 

 

 前者はあまり弄ってやらないでほしい。そして後者は……ワタルさんのことか。

 彼のカイリューは、レベルと進化条件が見合わないポケモンだったな。

 結局は『特異個体』ということで決着はついたが、実際のところはよく分かっていないらしい。

 マサゴに居を構えるトモヤ博士がそれ関係の研究を行っているとは聞いたが。

 

 

 そうそう。トモヤの奴、今日も弟子と殴り合いを繰り広げているのかなぁ。

 

 

 ……貴方も一時期、まことしやかにささやかれていたのではなかったか?

 風の噂で耳にしたが、割とグレーゾーンを突っ切っていたように思うぞ。

 具体例としては、『神速搭載ピカチュウ』とか、『電磁砲搭載イーブイ』とか。

 

 

 好奇心で死んだ人間を知っている身としては、「ノーコメントで」と言わざるを得ないな。

 師匠(せんせい)もそれで首を突っ込んだ挙句、某下種野郎の尻尾を掴み――ああ、いけない。俺の自己紹介がまだだったな。

 

 俺の名前はリーフェウス・ヴァルハラ。カントー地方のマサラタウンに住んでいる、しがないポケモン研究者だ。

 家は代々研究者をしており、それなりの名門一家なのでな。無駄にデカイ屋敷と無駄に広い庭がある。

 それと、トージョウに跨る山間地帯――所謂『シロガネ山』と呼ばれる場所は、代々ウチが所有している私有地だな。

 

 

 金有り土地有りの研究者涙目な御仁だな、博士殿。

 

 

 その分、心無い連中に遺産やら何やらを狙われたがな。特に叔父とか。

 叔父の件で資産的に大打撃を受けたが、今はそんな傷も存在しなかったように家は存続している。

 

 さて、第4の壁の向こうにいる諸君は「あんた誰や?」と思ったことだろう。

 マサラタウンという単語で、何かを察した方もいらっしゃるかもしれない。

 まあ、俺の存在を簡単に説明するとするなら、「『サトシ』や『レッド』枠」と言った方が手早いかもしれんな。

 

 付けられた二つ名は“生きる伝説(リビングレジェンド)”。

 最近、誤植でルビが“リビングデット”表記になっていたか。

 

 

 あながち間違いでもないだろう。

 突撃審査される側からすれば悪夢だ、された側がリビングデッドになると考えれば良い。

 

 

 その意味でも間違いではないが、もう1つ、別の側面では言い得て妙なのだがな。

 

 

 別の側面?

 

 

 ()()()()()()()()()、という意味だ。何度もな。

 

 父と兄を目の前で殺され、留学の名を借りた追放によって叔父に実家を乗っ取られ、その復讐行を成し遂げた。

 更に、『ポケモンリーグチャンピオンとして、祭典で雌雄を決しよう』と約束していた師匠が殺され、その復讐のために奔走した男だぞ。俺は。

 そんな経歴を持つ人間の精神性が、()()()()()()()だとは誰が断言できる? できるはずがない。俺の関係者たちが全員目逸らししたからな。

 

 ――まあ、そんな話に時間を割いても、楽しいことは何もないか。

 

 さっさと先に進むとしよう。

 チェスくん、頼む。

 

 

 ……了解。

 

 この世界には、ポケモンと呼ばれる生き物たちが、至る所に住んでいる。

 動物図鑑にも載っていない、不思議な生き物たちのことだ。

 まずは映像資料をご覧頂くとしよう。

 

 

 

★★

 

 

 

 麗らかな太陽が降り注ぐ、過ごしやすい午後の昼下がり。

 木々の間から差し込む木漏れ日は、この場が平穏であることを伝えてくれる。

 

 実際、ここ――マサラタウンにあるヴァルハラ邸の庭は、世界の喧騒など知らぬ存ぜぬを決め込むかの如く平和だ。屋敷を根城にする野生ポケモンや、庭に顔を出す地域住民たちの姿が頻繁に見受けられる。遠い地方からも来客が訪れ、全てのしがらみを投げ捨てて、ティータイムに興じることができる程に。

 

 

「――それじゃあ、俺たちとリーフェウスは入れ違いになったってことか」

 

「はい。きっと、夫も残念がっているでしょうね。……ジュドーさんに会うと、あの人、とても嬉しそうな顔をするんですから」

 

 

 コーヒーを啜る()()()()()()()()()――ジュドー・フォルトゥナートは、残念そうに苦笑した。コーヒーの水面に浮かぶ彼の表情は、どこか寂しそうに見える。夫であるリーフェウスにとって、師であるジュドーの来訪は、とても心躍る出来事だっただろうに。

 夫の師であるジュドーは、『訳有って、人間としての死後を迎えた後、デスマスになってしまった』という特異な経歴を持つ存在だ。彼の未練となった要素は既に解消されたが、現在でも、ジュドーは元気に娘や娘婿と家族団欒を送っている。

 視線を向ければ、マサラタウン在住の子どもたちや近所を根城にする野生ポケモンたち相手に、1組の男女が何かを語っている。茶髪の髪をポニーテールに結った女性――ユーリィも、翡翠色の髪を爽やかに切りそろえて白衣を着た男性――Nも、目を爛々と輝かせていた。

 

 遠い異国にいる夫のことを思いながら、女性――ヒノン・ヴァルハラも同意した。心地よい風が金糸の髪を揺らす。

 眩い木漏れ日に目を細めつつ、ヒノンは自らの胎を撫でた。自身の中で育まれる命が、存在を主張するが如く脈打った。湧き上がる愛おしさに、思わず口元が綻ぶ。

 

 

「確か、今月で妊娠6か月だっけ? 随分と大きくなったなあ」

 

 

 妻が我が子を妊娠していた頃か、あるいは娘が孫を妊娠していた頃か――もしくはその両方か。

 ジュドーは懐かしむように大きく息を吐くと、優しい眼差しでこちらを見つめた。ヒノンも頷く。

 

 

「今回は大事を取って、あの人の出張には同行しないことになったんです」

 

「アイツ、見た目に寄らず子煩悩で愛情深いからな。妥当な判断だと思うぜ。……心配か?」

 

「いいえ」

 

 

 ヒノンは首を横に振った。

 

 

「確かにあの人はよく無茶をしますけど、でもそれ以上に、約束はちゃんと守ってくれますよ」

 

 

 ティーポットにお湯を注ぐ。茶葉は、爽やかな香りを漂わせるアップルティー。

 向うで子どもやポケモンたちと戯れる、ユーリィとNの分だ。

 

 

「――だから、今回だって無事に帰って来るに決まっています」

 

 

 ユーリィとNが座るべき席にティーカップを置いて、ヒノンは微笑んだ。ジュドーも静かに微笑み返し、空になったコーヒーカップをテーブルの上へ置く。

 顔を見合わせていた2人は、すぐに若夫婦――外見年齢は20代であっても、中身はもう既に三十路半ばではあるが――へと向き直り、2人の名前を呼んだ。

 

 

 

★★

 

 

 嫁ちゃんと師匠(せんせい)が尊い。

 

 

 お、おう。

 

 

 こんなに尊くって魅力的な人間であっても、本編には出演予定が皆無ってのが悲しい。世の中は不平等だ。

 あっぱらぱーとらりぱっぱを拗らせた狂信者とかどうでもいいから、嫁ちゃんと師匠(せんせい)に出てきてもらいたい。

 

 ――今、「映像資料としてコレはおかしいのでは?」と思った奴。

 

 手を挙げろ。嘘でもいいぞ。

 今からお前ん()行くからな。

 

 喜べ。ボルテッカー搭載物理型ピカチュウも一緒だ。

 今なら、メガシンカしたカメックスやハイボを搭載した特殊プクリンもついてくるぞ。

 他にも両刀型のウィンディとか、マルスケカイリューとかもいるぞ。

 あと、クソヤンデレな原初の一もいるぞ。滅茶苦茶やべー奴。

 

 

 第4の壁をぶち破るつもりですか。……如何に博士殿が平行世界のパイオニアと言えども、流石にそれはまずいのでは?

 

 

 っていうか、師匠(せんせい)がウチに来てたなんて知らなかったぞ……!

 あまり連絡を入れるタイプではないことは知っているが、これは酷い……っ!

 ニアミスにも程があるぞ! ――畜生、だから俺は神様なんて信じてないんだッ!!

 

 

 相当な荒れ具合だな……。ま、まあでも、嫁御殿を騒動に巻き込まないと考える点では合理的思考だと思う。

 巻き込まれる当人側としてこんなことを言うのは色々とアレだが、嫁御殿はこちらに来なくてよかったのでは? 身重の身体にはキツそうな現場とかあるし。

 

 リーフェウスさんのお師匠さんだってそうだろう。好奇心で一度命を刈り取られている訳だから、恐らく今回も、悪癖側としての好奇心を発動する可能性が高い。

 

 もし黒幕に「邪魔だ」と認識されたら最後、今度こそ()()()()()()消されてしまう危険性がある。実際、嘗てのプラズマ団の首領もそうしたからな。

 場合によっては、『妹弟子殿とその夫も一緒に巻き込まれて全滅』……なんてことになりかねん。宗教狂いが相手故、何をしてくるか分かりにくい部分がある。

 「教義のため」という大義名分を掲げて、見ても聞いても悍ましいことを平然とした顔でやらかす危険性も高い。相手は過激派宗教団体だ。

 

 ……だから、これでよかったのでは?

 

 

 …………。

 

 

 では、本題へ戻ろう。

 

 我々は、この世界に生息するポケモンと、様々な関係を築きながら共生している。

 その1例としては、まず「ペットとして仲良く遊ぶ」関係性だろうか。

 こちらの映像資料を見てほしい。

 

 

 

★★

 

 

 

 ――『化け猫娘』。

 

 嘗て、カントー地方で名を馳せた“最凶のニャース使い”と呼ばれた誉れあるトレーナーである。“絶対王者”と名高かった負けなしのチャンピオン(イッシュ地方)に土をつける一歩手前まで善戦した人物として、ニャース使いたちの間では語り継がれている伝説的な存在でもあった。

 トレーナー全体の中では『マイナー・イロモノ系』に分類される『化け猫娘』ではあるが、ニャースというポケモンの知名度が高いアローラ地方において、その名は広く知られている。とある島に住まう寂れたお巡りさんも、その名前を聞くと背筋をピンと伸ばすレベルらしい。

 

 

「――あら。マダム・ビニー。ご機嫌麗しゅう」

 

 

 燦々と照り付けるアローラの太陽。逆光のせいか、女性の笑顔に強い影が差しているように思ったのは、恐らく気のせいではないのだろう。

 健康的な小麦色の肌に、白髪が混じり始めた茶髪の髪をドレッドヘアに束ねたマダムが微笑んでいる。彼女の傍らには、アローラライチュウをモチーフにしたサーフボード。

 齢60近いと言えど、彼女は現役のサーファーである。今日もまた、ハウオリビーチで波に乗るのだろう。女性の脇に控えるニャースも、ニコニコ顔で主を伺っている。

 

 気まぐれに毛づくろいを始めたニャースの小判が鋭く輝いたように思えて、マダムのビニーと呼ばれた女は、反射的に後ずさりした。自慢のパートナーであるアローラニャースも、顔を真っ青にしてビニーの背後に隠れる。ビロードの如き体毛はぶわりと逆立ち、体躯は小刻みに震えていた。

 

 脳裏によぎるのは、マウンティングを試みようとして彼女に挑みかかった在りし日の自分たちだった。

 もしも過去へ戻れるならば、今すぐあの時間に戻って、あの一軒家から逃走したい。

 

 

「あ、ああ、奥様! お出かけで?」

 

「ええ。ちょっとハウオリの波に乗ってこようと思って!」

 

 

 眩い太陽の如く微笑む女性は、アローラ地方で初代チャンピオンになったヒマリ・エーテル――旧姓:コウヅキ ヒマリの御母堂だ。朗らかで優しい笑みは、娘であるヒマリと非常によく似通っている。

 だが、嘗て“そんな笑みを浮かべたコウヅキに対してマウンティングを試みた”ビニーは知っている。コウヅキの正体が、誉れ高き『化け猫娘』であることを理解したビニーは知っている。

 

 ――アレは、能ある者がかぎ爪を隠すが故の余裕なのだと。

 

 

「そ、そうですか! 今日のハウオリは晴天ですし、絶好のサーフィン日和ですものね! では、私はこれで!」

 

 

 そう言い残して、相棒共々逃げ出そうとしたビニーだが、そうは問屋が許さなかった。

 

 

「お待ちになって、マダム・ビニー」

 

 

 女性の凛とした声によって、ビニーとアローラニャースはこの場に縫い留められる。

 

 カントーのニャースの特性は、物拾いとテクニシャン。隠れ特性は緊張感だ。間違っても、影踏みや蟻地獄という特性は持っていないし、鋼タイプを交代不能にする磁力でもない。

 カントーのニャースは<締め付ける>なんて技を覚えていないし、ビニーのアローラニャースはそんな技を喰らった状態ではない。<フリーフォール>で連れ去られた訳でもないのだ。

 そして何より、ビニーと女性は戦闘中ではないのだ。ポケモントレーナー同士ではあるが、お互いに「バトルしよう」という意思表示をしたつもりもなければ状態でもない。

 

 ――だと言うのに。

 

 ビニーとアローラニャースは逃げられなかった。彼女とアローラニャースの首が、軋んだ音を立てて女性とカントーニャースに向けられる。

 カントーのニャースは、相変わらず毛づくろいに興じていた。ギラギラと照り付けるアローラの太陽光を反射し、小判が鋭く輝く。

 

 邪気など一切宿していない、晴れ渡った蒼穹のような――逆光でできた影によって、強烈なコントラストで彩られた笑顔を浮かべた女性は、朗らかな調子を崩さず、こう言った。

 

 

「折角ですし、ご一緒に遊びませんか?」

 

 

 

★★

 

 

 

 最後の方、映像が滅茶苦茶乱れてたぞ。

 放送事故かな?

 

 

 『遊ぶ』の意味を調べ直したくなるような映像資料だが……まあ、それは後でもできるか。

 

 ビニー夫人に関しては……昔のトラウマに会ったんだろう、スルーだスルー。

 強いて言うなら、嘗ての『化け猫娘』も今は親、と言ったところか。

 

 

 嘗て師匠(せんせい)を敗北寸前まで追いつめた女傑は伊達じゃないな。

 ……最も、俺もまた、ヒマリが殿堂入りして暫く経過するまで、『化け猫娘』が彼女の母親だなんて知らなかったんだが。

 『あの親にしてあの子あり』と言ったところか?

 

 

 大部分には貴方の教えも混ざっているように感じるが、どちらにしても、アローラチャンプの輝きは変わらないだろうさ。

 満たされぬ者を満たし、極夜の如き闇に黎明を齎した日食の誓約者。善き仲間や師に恵まれた人物だ。

 今までも、そうしてこれからも、多方面に恵みの光を齎し続けるような存在として、あの玉座に立ち続けることだろうな。

 

 

 ……善い師、ね。

 

 俺の振る舞いの大部分が『師匠(せんせい)のトレース』だからな。本当の意味で善い師か否かの保証はできない。

 嘗ては俺も、「師匠(せんせい)のようになりたい」と願ったものだ。――まあ、到底『かなう』はずがなかったんだが。

 

 

 …………。

 

 話が脱線してしまったか。ここから軌道修正しよう。

 色々言いたいことはあるだろうが、先程の映像資料はあくまでも「ペットとして一緒に遊んでいる」図だと思ってほしい。

 『俺が打ち合わせで見た映像と何か違う』とは思っていないさ。――ああ、断じて思ってなんかいないぞ。

 

 先の関係の他にも、我々は「ポケモンたちと助け合う」関係性を築いてるんだ。

 次の資料映像はそれを表しているものだ。……表している、ハズだが……。

 

 

 

★★

 

 

 

「――さて」

 

 

 茶髪をお団子に結び、簪で留めている女性――シジョウ カユキは、出来上がった作品を眺めた。

 

 表紙からして『R-15指定にするには無理がある』イラストが描かれている。下手すれば、R-18でも『指定内容に不備がある』としてお叱りを喰らうようなレベルだ。

 勿論、ページを開けば表紙同様のどえらい内容が所狭しと描き込まれていた。モザイクや黒塗りが無ければ、周囲からの要望によって発禁にされていたことだろう。

 しかし、例えモザイクや黒塗りによって塗り潰されてしまっても、イラストや漫画、文から滲み出る官能的な魅力は留まることなど知らない。

 

 

「通常のシーン、濡れ場のシーン、ストーリー展開……どれも非の打ちどころのない素晴らしさだ」

 

恐悦(サンキュー)至極(ベリベリ)

 

 

 カユキの賛辞を受け止めた相手は、噛みしめるような声色でそう返した。

 

 地球の人類にさようならを告げそうな、あるいは中華料理屋で馬鹿みたいな辛さの麻婆豆腐を食い漁る八極拳の使い手(本職は神父)のような、もしくは死すべき定めを迎えた者に対し慈悲を持って「首を出せ」と言いそうな――そんな、重厚感に溢れた厳かな低音だった。

 白い巨体に、炸裂する閃光の眩さを示すが如き形をした翼のようなパーツが展開する。この世の宇宙を作り上げた『創造神』の名に相応しい神々しさをいかんなく発揮しながら、カユキの誓約相手たるポケモン――アルセウスは、粛々と首を垂れる。

 

 

「私がモデルAの服をひん剥き、モデルBの気を引いている間に、これ程までの作品を仕上げるとは……流石はルセ。最高の相棒よ」

 

「なんの。誓約者が創造する作品には遠く及ばぬよ」

 

 

 アルセウス――ルセはそう言って、先日カユキが書き上げた官能小説を拾い上げる。彼は本を開き、気に入っている一文をさらさらと諳んじて見せた。

 できればその文章をすべて描写したいが、それをしてしまえば最後、多方面からお叱りを受ける。最悪の場合、この世界が上位存在によって消されてしまうだろう。

 幾ら誓約者や創世神と呼ばれる誉れ高き伝説のポケモンと言えど、逆らえないものはあるのだ。世の中の真理に対して内心文句を垂れ流しつつ、カユキとルセは語り合う。

 

 

「お前の作品がこの世界で産声を上げたその瞬間、私はお前を見出した。お前が生み出す本には、我が夢と理想、そうして希望が詰まっている」

 

「わはははは。それはそれは、恐悦至極」

 

 

 ルセの賛辞を受け止めながら、カユキは小さく頷いた。持つべきものは最高の友――理解ある誓約ポケモンだ。

 どエロい世界に足を踏み入れて以後、カユキの人生は美しく色づいている。毎日が刺激と愉快に満ち溢れていた。

 

 

「ぐっすん、ひっぐ……酷いよぉ……!」

 

「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

 

 

 丁度背後の方では、カユキに服をひん剥かれた赤髪の男性――マシマ レイジが、べそべそと泣いていた。着せられた白衣からちらりと覗く白い肌が煽情的だ。レイジ――外見は20代、中身は40代――は、悪意に晒されかけた生娘のように身体を震わせている。少女漫画宜しく、自分に着せられた白衣の襟元をぎゅっと握り締めていた。

 えぐえぐ涙声を漏らすレイジを宥めているのは、白衣の持ち主だ。黒髪黒目の男性――レイゼイ ツカサは、親身になってレイジに寄り添っている。どこからどう見ても『出来上がっている』図にしか見えないのに、ツカサがレイジに向けるベクトルは「Like」なのである。レイジはツカサへ一途に「Love」を向けているというのにだ。

 そんなレイジに対し、殺気に満ちた眼差しを向ける者がいた。ミズホ/バクフーン、カガヤキ/デンリュウ、アサマ/キングドラを筆頭としたポケモンたち――ツカサに対し、種族を超えた愛を寄せる、彼の手持ちたちだ。泥棒猫(レイジ)に対して、彼女たちは怒りと殺意と憎しみを燃え滾らせている。

 

 

(身近にネタが溢れているとは、なんと幸いなことであろうか!)

 

 

 背後の喧騒を聞きながら、カユキはルセと顔を見合わせる。

 お互いに同じことを考えていたのか、1人と1匹はニンマリとした笑みを浮かべた。

 

 

 

★★

 

 

 

 なんだ、「いつものこと」か。

 

 

 いつものこと。

 

 

 俺も何度かネタにされたことはあるが、その際に「嫁ちゃん以外のCPと純愛以外のジャンルは地雷だ」と要請しといた。

 結果、俺と嫁ちゃん関連は純愛本がリリースされるだけで済んでいる。

 

 

 割と寛容なんだな、リーフェウスさん。貴方のことだから、てっきり暴れると思ったんだが。

 

 

 カユキの場合、相手が「何も言わない」から、文字通り「好き勝手する」タイプでな。

 こちらが「ここはダメだが、ここまでならOK」と指定しない限り、無法地帯を突っ走り始める。

 進んでいい道さえ指定してやれば、奴は自ら逸脱するような真似はせんよ。

 

 

 ……趣味は自由だが、周りの目もある程度考えてくれないものか。そのせいで、無理矢理目撃させられている側の気持ちも。

 ツカサさんとライブチャットしていたとき、『背後でレイジさんの服をひん剥いているカユキさん』が映ったときの俺の心境は――

 

 ――ああ。誰も知らない方が幸せだ。

 

 そもそも何でこんな映像が資料として存在しているんだ。『助け合う』という議題には不適切だろうコレ。

 先程の『遊ぶ』の具体例もおかしかったし、次の映像資料の内容にも嫌な予感しかしないぞ……!

 

 

 確か、次の映像資料は『力を合わせて戦ったりしながら、一緒に暮らしている』という具体例だったか?

 早速確認してみるとしよう。

 

 

 

★★

 

 

 

「ヤミラミヤミィィ!」

 

「ガァァヴァァァァイト!」

 

 

 眼前で吼えるのは、部屋一杯に犇めくヤミラミとガバイトの群れ。

 

 前者のタイプは『ゴースト・悪』、後者のタイプは『ドラゴン・地面』の複合タイプだ。前者は『単一進化形態無し』、後者は『第1進化後にして、もう1形態の進化先が控えている』種族である。生息地に関しては、前者は『鉱石や宝石が採掘されるような洞窟』を根城にし、後者は『険しい山岳地帯や洞窟』を根城にしている。

 ぱっと見た限り、ヤミラミとガバイトの共通点は2つ。『両者ともに複合タイプのポケモンである』こと、『分布図に「洞窟」が挙げられる』ことが目に付くだろう。――しかし、この2匹の共通点は2つだけではない。()()1()()()()。この2匹が揃った理由こそ、奴らと対峙している自分宛のメッセージなのだ。

 

 

「――メダグロス、<地震>!」

 

 

 透き通った天色(あまいろ)の髪を振り乱したい衝動に駆られつつ、男は相棒のポケモンへ指示を出した。

 己の声に呼応するが如く、青い鋼のポケモン――メダグロスが、物々しい腕を振り下ろす。部屋全体を崩壊させんばかりの振動で、大地は派手に揺れた。

 文字通り「能力差のゴリ押し」と言えるお粗末なやり方ではあるが、部屋一杯に犇めく群れ相手に対し、馬鹿正直に戦うよりはよっぽどいい。

 

 飛びかかってきたヤミラミとガバイトの群れは、こちらの予想通り壊滅した。

 弱々しく呻き声を上げる2匹の手は、こちら――正確には、『こちらの懐にしまってある石』に対して向けられている。

 

 

(人の趣味に対して、ピンポイントに刺さりすぎだろ……!)

 

 

 自分が持ち歩いている分のコレクション――キラキラ輝く石の数を確認する。危うくヤミラミとガバイトに奪われそうになったものの、どうにか全部無事であった。男性は思わず息を吐く。

 

 ズタボロになったスーツの埃を払い、男性は相棒を伴って先へ進む。地震の影響で立て付けが悪くなった扉を蹴飛ばして部屋を出れば、そこには1人の男が仁王立ちしていた。

 大分額の面積が増え、白髪交じりになった黒髪のオールバック。赤い立て襟のトレーナーを着た初老の男性の瞳は、どこまでも鋭利な閃きを宿している。

 

 

「流石はツワブキ ダイゴ。元・ホウエンチャンピオン経験者だ。あの群れを退けるとは」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます、お義父さん」

 

「褒めてない。あと、貴様に『お義父さん』と呼ばれる覚えはない」

 

 

 スーツの男性――ツワブキ ダイゴの言葉を、オールバックの男――アユミ センリはにべもなく切り捨てた。

 そんなことを言われても、ダイゴは彼の娘と結婚している。立場上、センリを『義父さん』呼びするのは何もおかしくはない。

 しかし、センリはそれが許せない様子だった。……もう既にセンリには孫――ダイゴの息子がいて、あの子を猫可愛がりしているというのに。

 

 

「それにしても……よくもまあ、これ程までのヤミラミとガバイトの群れを集めることができましたね」

 

 

 ダイゴは背後の部屋を振り返った。

 

 蹴破った扉の向こうには、仰向けになって転がるヤミラミ、うつ伏せになったまま体を小刻みに痙攣させるガバイトらの姿が伺える。部屋の入口から奥まで、びっしりだ。

 幾らセンリがジムリーダー――次代社長のダイゴ並みとはいかないが――で稼ぎがいいとは言えど、ダイゴ専用のトラップを仕掛けるための資金調達は楽じゃない。

 

 しかし、ダイゴの問いに返答したのは、下手人たるセンリだった。彼は至極真面目な顔を崩さぬまま、口を開く。

 

 

「デポンの先代が手配してくれた。『最近のアイツはちょっとたるんでるから、しっかり引き締めてやってほしい』と」

 

「あんのクソ親父!」

 

「貴様に『親父』と呼ばれる覚えはない!」

 

「今のは貴方のことじゃない!!」

 

 

 ついうっかり父親――ツワブキ ムクゲを口汚い呼称で呼んでしまった結果、妻側の父親が釣れてしまった。ダイゴは慌てて弁明するが、センリは殺気を更に溢れさせる。

 センリはモンスターボールを利き手に握り締めた。そのまま肉弾戦を始めそうな気配を撒き散らしている。トウカジムのギミックが道場形式であることも相まって、変に怖い。

 現在のセンリは、師範という言葉が服を着て歩いているような人物だ。トウカジムを守るリーダーとして、現在も現役を張り倒す実力者である。実力も折り紙付きだ。

 

 元チャンピオンとしての勘が訴える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 今回の一件における関係性を知ってしまったせいか、腹を抱えて大爆笑する老紳士(父・ムクゲ)の姿を幻視してしまい、ダイゴは思わず顔をしかめた。

 

 ……それを、センリがどう取ったのかは分からない。だが、彼は相変わらず真顔のまま、ダイゴを睨みつけていた。

 

 

「デポンの先代が何を考えて手を貸してくれたか等、私にとっては些事に過ぎん。だが、デポンの先代直々の依頼だ。――私のうっぷん晴らしも兼ねて、付き合ってもらおう」

 

 

 センリが先発のポケモンが入ったボールを握り締め、振りかぶる。

 ボールが宙に放り投げられて開いたのと、センリが叫んだのはほぼ同時。

 

 

「――ケッキング、<ギガインパクト>!」

 

「受け止めろ、メダグロス!」

 

 

 ほぼ反射と言えるタイミングで、センリもダイゴも行動を起こした。轟音と砂煙がお互いの視界を潰す。

 

 ダイゴは胸元のラペルピンを握り締める。ラペルピンにあしらわれたキーストーンと、メダグロスに持たせていたメガストーンが鮮やかな光を放った。

 風が巻き起こり、メダグロスの身体が光の殻に覆われた。ケッキングの<ギガインパクト>による衝撃をすべて受け止め切った光の殻を、メダグロスは躊躇うことなく破る。

 高らかな咆哮を上げ、メガシンカを果たしたメダグロスが降臨した。最古参の相棒と築き上げた絆の証にして、ダイゴの持ちうる最大の切り札だ。

 

 メダグロスは、<ギガインパクト>を放った直後のケッキングの両手両足を掴む。

 ケッキングは逃れようと暴れるが、メダグロスの方が早い!

 

 

「<バレットパンチ>!」

 

 

 問答無用の先制攻撃を叩きこまれ、ケッキングは派手に吹き飛ばされる。

 

 

「そのまま追撃! 思念の頭突き!」

 

 

 メダグロスは躊躇うことなくケッキングに頭突きを喰らわせた。だが、センリは真剣な面持ちを崩すことなくこちらを見据えている。

 まるで、この瞬間を待ち構えていたかのように――そこまで考えて、ダイゴは思わず自身の短慮さを思い知る。顔を上げたときにはもう遅い。

 

 

「<カウンター>」

 

 

 センリの厳かな声が響く。

 

 今度はメダグロスが吹っ飛ぶ番だった。道場を模したフィールドに、メダグロスが叩き付けられる。致命的なダメージとまでは行かないが、痛い一撃だったことには変わりない。

 センリは鋭い眼差しを崩すことなく、仁王立ちを保ち続けている。ケッキングもごろごろと寝そべりながら、反撃のチャンスを待ち構えていた。ダイゴは思わず苦笑を漏らす。

 あの日の少女――今自分の妻として立つ女性(ひと)も、センリと同じ目をしていた。父親とは違って強気な笑みを浮かべていたけど、纏う雰囲気は非常によく似通っている。

 

 

(やはり、親子か)

 

「――どうした。まさか、その程度で終わるとは言わないよな?」

 

「――上等」

 

 

 不敵な表情を崩さぬセンリに対し、ダイゴも同じように笑って見せた。

 

 

 

★★

 

 

 

 超ガチな奴じゃんこれ。

 

 『力を合わせて戦う』方向性とか非常にアレだけど。

 それさえ抜かせば、完璧にガチな奴じゃん。

 

 そりゃあ、俺も昔、スティーブン――ダイゴに対してヤミラミの群れを嗾けたことあるよ。

 シロナだって、ボケの延長で、ダイゴをフカマルの巣穴に蹴落としたことあったよ。

 そのどちらのケースでも、アイツ、ズタボロになったけどちゃんと帰って来たよ。

 

 宝石が大好物のヤミラミと、光物大好きなガバイトのダブルパンチなんて、完璧に対ダイゴ用兵器じゃん。ピンポイント過ぎるだろコレ。

 

 

 コレクションルームに彼らを転送されないだけ、まだ良心的だろう。自力で守れる様にはなっているからな。

 ……若輩者の身故、娘婿に対する父親の心境はよく分からないが……あそこまでする程のことなのか?

 

 

 センリさんの場合、人一倍重いんだと思う。昔のハルカって、身体が弱くて引っ込み思案だったらしいし。

 生まれた当初から未熟児で、医者からも「長く生きられないのでは」と危惧されていたという話も小耳に挟んだかな。

 ……まあ、ポケモン塾に来たときにはもう、勇気凛々や元気溌剌という言葉が似合う活発な女の子になっていたが。

 

 

 なんと。

 

 

 他にもアレだ。シシコ座流星群の際に起きた事件があったろう。

 

 あのとき、結果的にだが、ダイゴは何もできなかった。想像力不足の女が不用意に突っ込んだせいだとはいえ、全部ハルカに任せて、彼女に解決させてしまっただろう?

 『年端も行かぬ我が子にレックウザと誓約関係を結ばせ、単独で隕石を破壊させ、自分は何もできなかった情けない奴』――センリさんの評価はこんな感じなんだろうさ。

 だから未だに、ああいう態度を崩せないままでいるのかもしれん。親にとって子どもは、いつまでも頼りなくて可愛い庇護対象なのだから。

 

 

 子持ちの父親が言うと説得力が違うな。

 

 

 チェスくんはまだ未婚なんだっけ? ああでも、妹のカータは?

 近々誰かに嫁がせる予定とかないの? それ関連なら疑似体験できそうだけど。

 

 

 …………ノーコメントで。

 

 

 そうかあ。

 

 

 散々脱線したが、話を戻そう。

 

 残念なことに、我々はポケモンに関するすべてを知り尽くしている訳ではない。まだまだ謎や未知なる部分は存在している。

 俺は『ポケモンの外見と、そのポケモンが保有するタイプの関連性』を専門にしているんだが、未だに分からないことだらけだ。

 だが、分からないからと言って、停滞に甘んじているつもりはない。研究者の誰もがみな、自分の得意分野から、謎を解き明かすためのアプローチをしているんだ。

 

 

 

★★

 

 

 

 走る。

 走る走る。

 走る走る走る。

 

 先程からずっと走っていたせいか、肺が潰れてしまいそうな痛みを訴えている。必死に動かしている足も、時々おぼつかなくなってしまう有様だ。酸素を欲して呼吸を繰り返すも、身体にきちんと回っていかない。

 それでも、足を止めることはできなかった。草をかき分け、木の枝を払いのけ、男性は走る。必死になって走る。足を止めてしまえば最後、自分に待ち受ける運命は『死』一択だからだ。男性は咳き込みそうになるのを堪えながら走り続ける。

 

 

「――ウォォォォドゥァァァァムァァァァクィィィィ!」

 

 

 背後から轟くのは、男性を一心不乱に追いかけてくるポケモンの呻き声だ。

 

 地を這うような低い声は、逃げている男性側に対して心理的な圧をかけてきている。こんな奇妙な鳴き声を発するポケモンなど、101番道路近辺――或いは他の区域で目撃したことはない。

 普段ならば「大発見!」と喜んで、背後にいるポケモンを観察したことだろう。だが、男性の背中に突き刺さって来る殺気と、己の背を伝って這い上がって来る悪寒がそれを許さなかった。

 “足を止めたら死ぬ。背後にいる何かによって、息の根を止められる”――どう説明すればいいのかは分からなかったものの、そんな確証だけが、はっきりと男性の意識の中にあった。

 

 

(くそっ……! こっちは夜行性のポケモンを観察した徹夜明けだってのに……!!)

 

 

 平時であれば、背後から襲い掛かってきたポケモンに対応しながら文句の1つや2つを愚痴ることができただろう。

 しかし、男性は今、命の危機を抱えている。徹夜明けでフラフラな身体に鞭を打った上で逃げているのだ。余裕なんてない。

 

 

(とにかく、ミシロかコトキに逃げ延びないと……! それが無理なら、せめて戦いやすい場所へ……)

 

 

 眠りたいと訴える脳みそに喝を入れながら、男性は必死に思案していた。

 自分に襲い掛かって来るポケモンを、穏便に落ち着かせるための計画を練っていた。

 後ろを振り向く暇はない。振り向いたら即座に命を刈り取られる。故に前を向いていた。

 

 ――だから、男性は気づかない。

 

 

「ねえ。あれ、ルネシティのジムリーダー・ミクリじゃない?」

 

「ミクリさんが追いかけてるのって、オダマキ博士のところのユウキくんよね?」

 

「ねーねーお母さーん。あの人たち、また追いかけっこやってるよー?」

 

「しっ! 見ちゃいけません!」

 

 

 男性――オダマキ ユウキを追いかけている存在が、ポケモンですらないことを。

 

 

「ミクリさん、未だにユウキくんのこと認められてないみたいよ?」

 

「可愛い姪っ子が連れてきた恋人がそんなに憎いのか……。トウカジムのセンリさんと似たところがあるなぁ」

 

「あそこまで感情をむき出しにしたミクリさんなんて、僕、あの件以外で見たことありませんよ」

 

 

 今ユウキを追いかけている人物が、恋人の伯父に当たる人物――ルネシティのジムリーダー・ミクリであることを。

 

 

「ユウキくん、また勘違いして逃げ惑ってるの? もう、ドジねぇ」

 

「お父さん譲りなんでしょう。オダマキ博士も、引っ越し屋さんのポケモンや自分の奥さんのことを“凶暴なポケモン”と勘違いして逃げ回っていたらしいし」

 

「親子だなー」

 

 

 

「アアアアアアアアアアアニクイニクイニクイニクイィィィィ! ブッ【ピー(あまりにも過激な言葉なので放送規制)】シテヤルゥゥアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「う、うわあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 ――全力疾走するユウキが『背後を振り返る余裕』を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうである。

 

 

 

★★

 

 

 

 ……い、いつもこうなのか? ユウキ博士は。

 

 

 そうだね。元・コンテストアイドル、現・凄腕コーディネーターやってる恋人ができたときからこんな感じだ。

 

 この前は引っ越し屋さんのゴーリキーから逃げ惑ってたぞ。ユウキを追いかけてたゴーリキーの方が、心配そうな顔してアイツを見ていたな。

 ……オダマキ博士も自分の嫁さんを凶暴なポケモンと見間違えていたし、ダイゴ憎しで暴走していたセンリさん相手でも同じような勘違いをして逃げ惑っていた。

 もしかしたら――……いいや。これはあくまでも俺の予想でしかないからな。あまり口に出して本当になられたら困るし。

 

 

 二度あることは三度ある、だったんだな。ユウキ博士……。

 徹夜明けとは言えど、フィールドワークでの観察力は何処へ行ったのだろうか……。

 

 

 帰り際を襲撃されたってのもあるんじゃないか? あとは親子としか言いようがない。

 

 

 親子。

 

 

 それに、ミクリの声もかなりドスと巻き舌がかかってたからな。

 普段の声からじゃ全然想像つかない荒れっぷりだぞ。判別つかずともしゃーない。

 

 ――おや、やっとすべての映像資料を見終えたのか。ここまで長かったな。

 

 

 色々と突っ込みたいことが山々あったが、今回はさして重要なことじゃない。

 実際こういうときにそんなことを言ったら大問題だが、今回はスルーしてくれ。

 でないと『ここから先には永遠に進めない』なんて事態に陥ってしまう。

 

 

 進行不能バグかな?

 

 

 放送事故以上にヤバい案件だな。

 

 ……さて、ここまでずっと放置してしまって悪かったな。娯楽も無ければ茶請けもない極限状態だが、あともう少し付き合ってくれ。

 散々放置した挙句にこんなことを訪ねるのは些か気が引けるが、これも所謂『形式美』というヤツだ。終わったら幾らでも苦情を受け付ける。

 いや、これに関する不平不満を記憶していられるかどうかも怪しいが……それでも、覚えていたら受け付けるぞ。俺はどうか分からんが。

 

 では、質問だ。

 キミの出身地と名前を教えてほしい。

 

 

 

>>ホウエン地方出身、ツワブキ ショウマ

 

 

 

 ほう、アスチルベの別名か。適応力が高いことで有名だな。第2世代として色々プレッシャーはあるだろうが折れるなよ?

 

 

 アスチルベの花言葉は『恋の訪れ』や『自由』、『熱心な気持ち』や『落ち着いた明るさ』、『燃える愛』や『控えめな愛』等がある。

 その中に、お前を言い表すようなモノはあるか? ……ああ、答えられなくても結構だ。

 お前が今それを持っているのかもしれないし、これからそれを手に入れるのかもしれん。

 

 さて、これから旅立つであろうお前に、俺たちから激励の言葉を送ろう。

 ……そんなに不審そうな顔をするな。コレもまた『形式美』というヤツだ。そういうもんだと軽く流してくれればいい。

 

 本来ならば『夢と希望に満ち溢れたポケットモンスターの世界へ、勇気をもって飛び込んでみてくれ!』という明るい言葉をかけるべきなのだろうが、ここまで来るまでに出てきた俺の経歴からして、そんな言葉を期待するのはお門違いだと理解できている頃だろう。だから俺も、遠慮せずに言いたいことを言うぞ。

 

 

 

 

 正規ルートの博士たちが言うような『夢と希望』なんて保証しない。

 特に、此度の旅路は予期せぬトラブルだらけだ。現実なんてそんなものさ。

 

 ――それでも、ただ1つだけ、言えることがある。

 

 今回の旅は、お前にとって“決して忘れられない旅になる”だろう。

 

 

 

 

 リーフェウスさんの言葉はあまりにも過激だが、的外れではない。

 俺も『形式美』に則り、キミへ激励の言葉を送らせてもらおう。ショウマくん。

 

 確かに現実は甘くない。人生は長い旅路に例えられ、困難苦難が多く立ちはだかるだろう。

 

 ――だがな、あえて言わせてもらおう。

 

 諦めるな。毒も薬も、全力で飲み干してみせろ。

 然すれば、君の旅路は得難いものになるだろう。

 

 

 

 

 

 ……そろそろ、『形式美』もお終いだな。

 チェスくん、格好良くまとめてくれ。

 

 

 心得ました。

 

 ――それでは、異伝を始めるとしよう。

 

 『Communio -In Paradisum-』。

 鎮魂歌は歌われず、楽園は何処にも無い。在るのは現実のみ。

 

 

 

 

 それじゃあ、また後で会おう。

 キミの訪れを待っているぞ、ショウマくん。

 

 




【参考資料】
・『ポケットモンスターFRRG オープニングイベント』
・『ポケットモンスターORAS オープニングイベント』
・『花言葉-由来「由来も知りたい!」誕生花,画像など花情報満載』<http://hananokotoba.com/
・『花言葉と誕生花-花の持つ言葉』<http://www.language-of-flowers.com/

<スペシャルサンクス>
 あなたAさま
ご協力、ありがとうございました!
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