Communio -In Paradisum-   作:白鷺 葵

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【追記】
<2019/1/1>
1-1小節を加筆修正し、再度投稿しました。


第1楽章 Responsorium <Libera me>:今日は何の日、受難の日
1-1小節.旅人の一歩目


 膝の上に感じた重みで、目が覚めた。真っ先に飛び込んできたのは、頭の上に大きなヒレを持つ水色のポケモン――沼魚ポケモン・ミズゴロウの姿だった。ミズゴロウは頭上のひれと尻尾をパタパタと揺らしながら、じぃっとこちらを見つめている。

 現在時刻は到着予定時刻の15分前。少年の傍らには、読みかけの観光ガイドブックが鎮座していた。どうやら自分は、ガイドブックを読んでいる間に眠ってしまったらしい。ミズゴロウはそんな少年に気を効かせてくれたのだろう。

 

 

「ありがとう、チグサ。起こしてくれたんですね?」

 

「ごろごろ」

 

 

 自分の名前を呼ばれたミズゴロウ/チグサは嬉しそうに一鳴きし、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。その衝撃で、緑のイヤーウォーマーがずり落ちてしまう。整えられていたはずのオールバックが乱れ、前髪が幾らか落ちた。

 少年はやんちゃな相棒に苦笑しつつ、彼の頬を撫でてやる。チグサは気持ちよさそうに目を細めた後、満面の笑みを浮かべて少年の足元を駆け回った。ひとしきり構ってもらって満足したのだろう。チグサは少年の隣に腰かけ、満足げに一鳴きする。

 チグサは構って貰いたかったのだろう。彼を寂しがらせてしまう程、自分は長い間眠りこけてしまったらしい。少年は鏡を取り出して身だしなみを確認する。(あま)色の髪をオールバックに再度整え、イヤーウォーマーを直し、乱れたカッターシャツの襟元を整えた。

 

 

「ああ、起きたのか。丁度いい。そろそろ声をかけようと思っていたところだったんだ」

 

 

 そう声をかけてきたのは、少年と同じ色彩を持つ男性であった。

 

 黒と紫を基調にしたシングルのスーツを身に纏い、襟元には赤いクラバットを巻いている。ベストの胸元には、虹色に輝く特別な石――キーストーンをあしらったラペルピンが、静かに存在を主張していた。

 穏やかで理知的な佇まいに、好感を抱く者は多い。威風堂々として自信に満ち溢れていながらも、嫌味さを感じさせない姿。母と結婚する以前は多くの女性がこぞって父を狙ったようだが、これは頷けそうだった。

 

 

「おはよう、父さん」

 

「おはよう、ショウマ」

 

 

 父――ツワブキ ダイゴに、少年――ツワブキ ショウマは返事する。ダイゴもまた、にっこり微笑み返した。

 

 

(何だか、長い夢を見ていたような気がする)

 

 

 隣に腰かけて下りる準備に入ったダイゴを横目に、ショウマは周囲を見回してみた。船内は多くの観光客やビジネスマンでごった返しており、思い思いに過ごしている。

 デッキからキャモメに餌を与える者、誰かと語り合う者、船内で読書やゲームに興じる者、携帯端末で会話をする者、長旅に疲れて眠る者など、過ごし方は様々であった。

 ショウマは先程まで見ていた夢を思い出そうと思案する。自分の記憶力が間違いでなければ、『見覚えのある男性と、全く知らない青年が何かを語らっていた』ような気がした。

 

 

(夢の内容はもう殆ど思い出せないけれど、でも、激励の言葉をかけられたような気がする)

 

 

―― 夢も希望なんて保証できないし、待ち受けるのはトラブルだらけ。それでも1つ言える確かなことがある。『この旅は、ショウマにとって、決して忘れられない旅になる』 ――

 

―― 現実は甘くない。人生が長い旅路に例えられるように、困難苦難が待ち受ける。だが、諦めてはいけない。毒も薬も全部飲み干し終えたとき、その旅路は得難いものになる ――

 

 

 『鎮魂歌は歌われず、楽園は何処にも無い。在るのは現実のみ』――その言葉に込められた意味を、ショウマはよく分からずにいる。大層なことを言っていたが、所詮は夢の中の話。正夢か、逆夢か、全く関係ない夢の話かもしれないのだ。

 

 ショウマは早速下船の為の準備を始める。客室に戻ったショウマは、確認しながら荷物を回収していった。母の知りあいであるオダマキ ユウキ博士から貰ったポケモン図鑑や傷薬などが入っている。新型のマルチナビもきちんと動いており、異常はない。

 コムニア地方関係のデータは既に組み込まれている。後は適宜、ショウマ自身の手でアップデートしていけばいいだろう。伊達に技術者の卵をやっている訳ではないのだ。祖父や父はショウマに会社を継いでほしそうにしているが、技術革新に打ち込む方が性に合っていた。

 

 

「よし。忘れ物はありませんね」

 

 

 相棒のチグサや、ボールに入ったままの仲間たちの様子を確認する。みんな元気一杯で、新天地であるコムニア地方に対して強い好奇心を抱いている様子だった。

 船に乗り込んでからは、ポケモンたちを自由に外へ出してやれなかった。その分、向こうに到着したら、思い切りのびのびと過ごさせてやりたい。

 チグサも“自分だけが船内を自由にうろついていた”ことを気に病んでいたのか、モンスターボールに入っている面々を見て申し訳なさそうにしていた。

 

 

『長らくお待たせいたしました。コムニア地方パッションシティに到着です。降りる際は、お忘れ物等無いようにお気を付けください』

 

 

 荷造りを終えたのと、船内にアナウンスが響き渡ったのはほぼ同時。

 

 

「ショウマ、準備は?」

 

「ばっちりです。それじゃあ、行きましょう」

 

 

 ダイゴに促され、ショウマは部屋を後にした。真っ青な海と透き通った蒼穹のコントラストに目を細めつつ、ツワブキ親子はタラップを降りる。

 眼前に広がったのは、故郷ホウエンにある港町の大都会――カイナシティやミナモシティとは比べ物にならない程発達した街並みだった。

 

 

(イッシュのヒウンに似た街並みだ)

 

 

 高層ビルが立ち並び、あちこちに商業施設やオフィスの看板が並んでいる。街頭テレビジョンも多数並び、どれもこれも違う番組を放送していた。港町とあって、コムニア地方の人間だけではなく、海外からの来訪者たちも行き来するのだろう。人の絶えぬ街に思えた。

 以前、両親と家族旅行――どちらかと言えば、父の趣味である『石探し』を兼ねたものだ――で訪れたイッシュ地方のヒウンシティの街並みを思い出しつつ、ショウマは父と一緒に大通りを歩く。観光パンフレットによれば、嘗てのここは小さな漁村だったらしい。

 受難の名を冠した小さな漁村は、現在では活気溢れる大都会の港町へと変貌している。昔の人々は、自分の住んでいた漁村がこんな有様に変貌するなんて想像できなかったに違いない。ショウマはそんなことを考えながら、父と一緒に大通りを行く。

 

 今回、自分たちがコムニア地方を訪れたのは、デポンコーポレーションの新しい取引先候補であるセクエンツィア財団を視察するためだ。

 

 ショウマは自ら進んで、父ダイゴの視察に同行することを選んだ。社長として忙しいと言うのに、こちらの自主性を重んじて同行の許可をくれた父には頭の下がる思いである。

 『ショウマももう16歳だ。自分で考えて行動できる年齢だものな』――そう語った父は、少しだけ遠い目をしていた。まるで、何かを懐かしむかのように。

 

 

(そういえば、父さんが母さんに会ったのは、母さんが16歳のときだったっけ?)

 

「なあ、ショウマ。ハルカちゃ――母さんにお土産を買おうと思っているんだけど、何かいい案ないかな?」

 

 

 息子にそんな質問を投げつけてきた父親の眼差しは、何処までも真面目だった。ショウマは思わず目を瞬かせた後、観光パンフレットに視線を落とす。

 

 

「お勧め欄の項目に上がっているのは……コムニア地方全土で売られている紋章のキーホルダー、ロータスのアルトマーレグラスのレプリカ、ティリアの木の実細工、ペルシダのガラス細工、ヒイラギの結晶塔ミニチュア、ロウバイの木製・真鍮製のカラクリ細工でしょうか?」

 

「そうなると、ハル……母さんが喜びそうのは、ガラス細工や木の実細工あたりかな?」

 

 

 ダイゴは真剣な目をしてパンフレットを見つめていた。父はブツブツ呟きながらパンフレットに印をつけ、自分の持つ電子手帳や紙の手帳に書き込んでいく。

 電子手帳は耐水性機能を搭載したデポンコーポレーションの新製品だが、父は「万が一の時に備えて」紙媒体の手帳も使っているのだ。

 本人は「念には念を」と語っているが、息子と妻は知っている。――()()()()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()()()()()()”と。

 

 

「そんなに心配なら、街に立ち寄る度に購入して、その場で配達してもらったらどうです?」

 

「……なあショウマ。それは、僕――お父さんが“お母さんへのお土産を買い忘れる”という前提で語ってるのか?」

 

 

 余程心外だったのだろう。ダイゴはジト目でショウマを見返した。ショウマは苦笑する。

 

 

「だって、父さんは()()()()()でしょう? 母さんから聞きましたよ。シシコ座流星群のこと」

 

 

 ショウマの脳裏に浮かんだのは、拗ねたように頬を膨らませた母の横顔。

 ヘイゼルの瞳は、当時にタイムスリップしたかのように瑞々しく鮮烈な感情を秘めていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよね? それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 

 子どもっぽい表情を浮かべて愚痴を零していた母親の姿を思い出しながら、ショウマは苦笑した。その後に続いたダイゴの弁明と、「お父さんが頑張り屋さんだからね」と微笑み、惚気話へと繋げていくハルカの姿が浮かんでは消える。

 ショウマが寝落ちしかける度に「ちゃんと聞いてほしい」と声をかけてくるし、1つ1つの話が長いし、本人が満足するまで終わらないしで大変だった記憶も連鎖的に思い出してしまったためだろう。

 

 

「――――」

 

 

 ちらりとダイゴを伺えば、彼は眉間の皺をぐっと深くして目を見開いていた。その顔つきが非常に鬼気迫っていることに気づき、ショウマは思わず目を瞬かせる。

 

 白くなるまで握り締められた拳が戦慄く。何かを言おうと試みたのか、彼の口が小さく動く。

 吐息の中に紛れた言葉は、ショウマの聴覚が捕らえるより先に、雑踏に飲み込まれて消えてしまった。

 ショウマが父の名を呼ぶより先に、ダイゴが困ったように笑う方がはるかに速い。

 

 その表情は、どことなく悲哀に満ちていた。

 泣きたいのを堪えているように見えたのは、多分、気のせいではない。

 

 

「……そうだな。気をつけなきゃな」

 

「……父さん。あの――」

 

「――っと、着いたみたいだ」

 

 

 ショウマの言葉を遮るかのように、ダイゴが足を止めた。眼前には、格調高い老舗ホテルが威風堂々と佇んでいる。以前カロスで見かけたパルファム宮殿に施されていた技巧と非常によく似ているため、同時期の同年代に建設されたのかもしれない。ホテルの看板には、金文字で『ベネディカムス・ドミノ』と記されていた。

 どうやら、このホテルがコムニア滞在時の拠点となるらしい。父の長期出張分は経費であるが、ショウマの滞在費分は実家のポケットマネーで支払われていた。ショウマも、自分の小遣いから一部の費用を支払っている。同行を申し出た身として、それくらいのことは当然だと言う自負があった。閑話休題。

 

 案内されたのは、普通の部屋よりランクが高いラグジュアリールームだ。それよりも上のランクには、スイートやロイヤルスイート等がある。

 しかし、ダイゴの目的はあくまでもビジネスである。一定のセキュリティと手ごろな値段であれば、無理に格の高い部屋に泊まる必要は皆無だった。

 そういえば、別の企業が会社の費用を無駄に使っていたということでマスコミに取沙汰されて大騒ぎになっていたか。同業者として、あんな醜聞は御免被りたい。

 

 

「財団代表との会食は、確か夜の7時からでしたっけ?」

 

「ああ。遅くても、夕方までにはホテルに戻ってくるようにな」

 

 

 「お前ももう16歳なんだから、自分でちゃんと行動できるだろ?」とダイゴは悪戯っぽく笑った。ショウマも微笑んで頷き返す。

 自由時間を謳歌する許可は得た。その気配を感じ取ったチグサが嬉しそうにぴょんと跳ねる。ボールに入った面々も、楽しみだと言わんばかりにボールを揺らした。

 

 足取りが浮足立ってしまったのは当然だ。初めて訪れた異国の地、自分の意志で何をするかを選択する――その高揚感を、何と例えればいいのか。

 

 ホテルから飛び出せば、先程自分が歩いていた大都会の大通りが広がる。多くの人々が行き交うコムニア地方の玄関、パッションシティ。

 チグサも異国の空気を満喫しているのか、鼻歌混じりにぴょんぴょん飛び回っていた。ショウマはベルトについた4つのボールに手をかける。

 

 

「ハクギン、ヒイロ、クロハ、トクサ――みんな、出ておいで!」

 

 

 ショウマの声に応えるように、手持ちのポケモンたちが飛び出した。

 

 色違いのダンバル/ハクギン、ロコン/ヒイロ、スバメ/クロハ、キノココ/トクサ――みな、ショウマの故郷であるホウエン地方で手にしたポケモンたちだ。幼い頃から一緒に過ごしてきた兄弟のような存在であり、かけがえのない仲間たちである。

 客船にいたときはずっとボールの中にいたためか、彼や彼女たちは「待ってました!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。大人しくしていたが、本当は窮屈で退屈だったのだろう。ショウマは労るようにして、仲間たちの頭を撫でてやった。

 ハクギンは磁力の反発を活かしてゆらゆらと宙に浮き、ヒイロはショウマの足にぺったりくっつく。クロハはショウマの頭上を優雅に旋回し、トクサは太陽光を浴びて心地よさそうに目を細めている。ショウマの周辺を駆け回っていたチグサも、勢いそのままショウマの肩に飛び乗った。

 

 

「それじゃあ、出発!」

 

「ごろごろ!」

「バルー!」

「こーん♪」

「すばー!」

「のこ~」

 

 

 ショウマの音頭に応えて、面々は楽しそうに声を上げる。

 そのまま、ショウマと5匹の手持ちたちは、大通りへと繰り出した。

 

 

***

 

 

 観光客向けの巨大なショッピングモールには、所狭しと専門店が軒を連ねる。ショーウィンドウにはぬいぐるみや洋服などが並んでいた。

 

 その中には、コムニア地方の民族衣装も多く見られる。ここの民族衣装は“黒や白を基調とした修道服”のようなデザインが多い。中には様々な色の刺繍や装飾が施された豪奢なものもあったが、どちらかといえば式典用としての品物らしく、値段が1桁程違っていた。一般の観光客では手が出せる品物ではないものの、購入者はそれなりにいるようだ。

 他にも、カロスで見かけたトレーナープロモ――トレーナーとポケモンが出演してプロモーションビデオを作るスタジオで、配信して他のトレーナーに映像を見てもらうことができる――や、フォトクラブ――トレーナーとポケモン、あるいはポケモンのみで写真を撮り、好きなようにデコレーションすることが可能――が点在している。

 ポケモンと人が一緒に食事ができるカフェやパーラー、廃人系のバトルマニアが出入りしている食事処、ポケモン専用の遊び場も密集しており、絶えず人がごった返していた。どの店も、ショウマや手持ちたちの興味関心を惹いてやまない。ダイゴが石に対して並々ならぬ執着を見せるのは、今のショウマの心境に近い部分があるためだろうか?

 

 

「……コンテストドレス専門店?」

 

 

 ショウマがそんなことを考えていたとき、とある看板が目に入った。店の名前は『マリア・アンティフォナ』。

 内装を見る限り、煌びやかなコンテストドレスを専門に扱っている店らしい。ご丁寧に、別看板にはコンテスト会場への案内も記されている。

 

 

(そういえば、母さんが言ってた。『コムニア地方でも、古くからコンテストが行われていた』って。……確か、コムニアのコンテストは元々、伝説のポケモンへの信仰の為に始まった催し物が起源だとか)

 

 

 マルチナビのタウンマップ機能や、コムニア地方の文化および風習辞典と睨めっこしつつ、ショウマは母・ハルカのことを思い出す。母はバトルの傍らポケモンコンテストに参加しており、ホウエン地方ではコンテスト専門であるルチアと互角の知名度を誇っている。

 時折、他地方のコンテストにも参加したこともあった。……ただ、海外には飛び出せないようで、コンテスト参加は国内――ホウエン地方とシンオウ地方が中心――で留めている。石を探しに遠征を頻繁に行っていた父・ダイゴとは偉い違いだ。

 ショウマは看板を確認する。コンテスト会場は、ドレス専門店の丁度裏手にあるらしい。それならばすぐ辿り着けるだろう――そう思ったとき、どこからかざわめきが聞こえてきた。方向を確認すると、丁度コンテスト会場の方角かららしい。

 

 

「野良でコンテストバトルするんだって!」

 

「嘘!? 見に行ってみようぜ!」

 

 

 ざわめきを辿って会場近辺へと赴けば、周囲は野次馬でごった返していた。彼や彼女らは、会場前の広場を取り囲むように陣取っている。

 

 その中で、ショウマの目を惹いた人物がいた。ダークブラウンの髪を肩まで伸ばし、緑の瞳を持った少女。彼女はカメラを構え、『何か』が始まる瞬間を、今か今かと待ちわびているように思える。その横顔は、美しい輝きを宿していた。

 白いケープ風のジャケットや紺色のレイヤードタートルネック、黒いホットパンツやニーハイソックスからちらりと見えるのは、やや色白ではあるが、程よく健康的に焼けた肌。所々に伺える小さな生傷からして、彼女は非常に活発な性格なのだろう。

 

 

「すみません。何かあったんですか?」

 

「!?」

 

 

 突然声をかけられて驚いたのか、少女はびくりと肩をすくませて振り返る。

 ショウマが不埒な真似に出ないことを確認すると、少女は興奮気味に状況を説明した。

 

 

「私の友達がコンテストバトルに挑戦するんだ! 憧れのコーディネーターさんに弟子入り志願したら、『試金石がてら、コンテストバトルをする』って話になってね……」

 

 

 少女の話を総合すると、以下の通りになる。

 

 少女は行き倒れていた少年を助けたことで意気投合し、友人関係を築いた。その後、少女が外部からの巡業挑戦者であることを知った少年は同行者として名乗り出る。その際、少年は自分が行き倒れる原因となった要素――自分がパッションシティにやってきた理由を思い出した。

 彼がこの街へ足を踏み入れたのは、憧れのポケモンコーディネーターが出演する試合を観戦し、且つ、彼に弟子入りを志願するためだった。少女と語り合っている間に、コンテストの試合は終了してしまっていた。それを目の当たりにした少年は大層落ち込んでしまったという。

 だが、神は少年を見捨てなかった。少年が落ち込んでしまったタイミングを待ちわびていたと言わんばかりに、丁度良く、少年が弟子入りを志願していたコーディネーターが、少年と少女の前を通りかかったらしい。少年はこの好機を逃さず、彼に弟子入りを志願したそうだ。結果、実力試しのコンテストバトルが行われることになった。

 

 

「私の故郷――アローラ地方には、ポケモンコンテストが無いんだ。テレビでしか見たことないから、すっごく楽しみなの!」

 

「そうなんですね。ホウエン地方ではコンテストは盛んに行われていますが、コムニアのコンテストとはルールが大きく異なっているんですよ」

 

「本当? 具体的には何が違うの?」

 

「うーん……。正直、コンテストは僕の専門分野外なので、こっちのコンテストに関してはよく分からないんですけど……」

 

 

 話し始めると、面白いくらいに会話が続く。その傍らに広場を見れば、試合終わりで帰る予定だった審判が、何とも言えない顔で始まりを待っていた。

 技術者が慌ただしく行き交い、即席でコンテストのモニターを設置している。機材の調子を確認しているようだ。画面には、対戦者と思われる少年と青年の顔写真が表示されていた。

 

 暫し話をした後て、ふと気づく。ショウマは少女に名乗っていないし、少女もショウマに名乗っていない。相手もそれに気づいたようで、ちょっと罰が悪そうに苦笑した。

 

 

「私、ナトセ! アローラ地方から来たの。貴方は?」

 

「僕はショウマです。先程も言いましたが、ホウエン地方から来ました」

 

「出会いを記念して、1枚どう? 私、これでもカメラマンの卵なんだ」

 

 

 ショウマの名乗りを聞き終えた少女――ナトセが、満面の笑みを浮かべてカメラを指示した。見るからに高性能そうなカメラである。部品を付け替えれば、ズーム機能やタイマー機能などを追加することが出来そうな逸品だった。

 彼女の申し出に頷き返した時、機材の動作確認を終えたことを告げる技術者の声が響いた。一仕事終えて健闘を称え合う技術者の背中を見つめていた審判も、自分の仕事が回ってくる瞬間を待ちわびているように見える。

 ざわめく群衆たちも、コンテストバトルがお手軽に観戦できるという事実に湧いていた。街中や道路のポケモンバトルも、観戦者が集っておひねりを投げてくることがある。『いいバトルを見せてほしい』という期待も入っているのだろう。

 

 コムニア地方の場合、野良のコンテストバトルでもおひねりが発生するらしい。一部の群衆が広場に向かってお金を投げ込んでいるのが伺えた。

 ショウマはマルチナビに搭載されている時計を確認する。ここでコンテストバトルを観戦するくらいなら、財団総帥との会食に間に合うだろう。

 

 程なくして、コンテストバトルの主役たちが姿を現す。煌びやかなコンテストドレスを見に纏った少年と青年が、広場の中央で向かい合った。

 

 

「これより、試合形式の確認を行います」

 

 

 司会進行役にして、審判である男性が厳かに宣言する。

 

 

「ルールはコムニアコンテスト・二次審査における『コンテストバトル』のルールを採用。使用ポケモンは1匹、持ち点は双方100点。制限時間内に片方の持ち点が0になるか、制限時間終了後の持ち点が多い方が勝者となります。よろしいですね?」

 

「ああ、構わない」

 

「はい! 宜しくお願いしますっ!」

 

 

 試合を行う2名は納得したように頷き、手持ちを確認する。バトルで繰り出す自慢の1匹を選出するためだ。

 

 薄紫色の燕尾服を身に纏った少年が連れているポケモンはエーフィ、ラプラス、リザードンの3匹だ。みなやる気を漲らせており、我こそはと言わんばかりに訴えている。エーフィは少年の服の袖をぐいぐいと引き、ラプラスは黒い革靴をペタペタと叩き、リザードンは少年のネクタイをいじっていた。

 銀色の貴族風衣装を身に纏っていた青年が連れているポケモンはエンペルト、めらめらスタイルのオドリドリ、デンリュウの3匹である。こちらもみんなやる気に満ちていた。誰も彼もが右手を挙げながらジャンプし、声を上げてアピールする。そんな3匹の様子を確認しつつ、青年はシルクハットの位置やフェイクファーをいじっていた。

 

 程なくして、2人は自分のポケモンをモンスターボールへと戻した。真っ直ぐな面持ちからして、誰を選出するかを決めたらしい。

 広場で向かい合った少年と青年の姿を確認した審判が頷く。野外用モニターに、少年と青年の写真が映し出された。

 少年――シトナベ ヒスイと青年――サネチカ・アカザの画像の下に、点数ケージが表示される。

 

 

「それでは、試合開始!」

 

 

 審判が叫んだのと、少年と青年が腰のボールに手をかけたのはほぼ同時。

 彼らは自分が選んだ相棒の名を呼んだ。

 

 

「フィーナ、お前に任せた!」

 

「フィィィっ!」

 

 

「派手に魅せるぞ、カイザー!」

 

「きゅおおおんッ!」

 

 

 ボールから飛び出してきたのは、フィーナ/エーフィとカイザー/エンペルトだ。前者は勢いよく飛び出し、<シャドーボール>を自身の周囲に展開させながら着地した。後者は登場すると同時に、<アクアブレイク>による派手な水芸を披露して着地する。それを目の当たりにした群衆たちがわっと声を上げた。

 コムニア地方のコンテストは“ポケモンの登場の仕方”から点数の変動が発生するらしい。双方共に持ち点が減ったが、僅差でサネチカが保持点数を上回っている。試合はまだ始まったばかりだ。ヒスイが挽回する可能性も充分あり得る。ヒスイ本人もその気概や闘志を燃やしていた。

 

 

「先手必勝! フィーナ、<スピードスター>!」

 

 

 仕掛けたのは、ヒスイとフィーナの方だった。フィーナは高らかに嘶くと、煌めく星々をカイザー目がけて発射する。

 <スピードスター>のタイプはノーマル。水・鋼の複合タイプであるエンペルト/カイザーに対して、バトルでは有効打になり得ない。

 だが、こちらはコンテスト。不規則に降り注ぐ星の弾幕は、全弾必中技である。見栄えも良いし、相手の演技を潰す手段には持って来いだ。

 

 ――しかし。

 

 

「惰弱惰弱惰弱ゥ! その程度で、俺たちを止められると思うなよ!」

 

 

 サネチカとカイザーだって負けていない。後手に回ったとて、挽回する方法は幾らでもある。それを示すが如く、サネチカは指示を出した。

 

 

「カイザー、<剣の舞>、<鋼の翼>! ――舞いながら、あの弾幕を撃ち落とせ!」

 

 

 星の弾丸のすべてが自分たちの方に向かってくる“必中攻撃”ならば、それをすべて迎撃すればいい――考え方としては実にシンプルだ。剣舞を思わせるような舞を踊りつつ、カイザーは硬質化した手/翼を使って星の弾丸を次々と叩き落としていった。

 元々物理攻撃を得意としているのだろう。<剣の舞>で上乗せされた攻撃力も合わさり、カイザーはフィーナの放った<スピードスター>を次々と粉砕していく。カイザーが舞えば舞う程、砕けた星屑が煌めきを放った。此度の根競べは、星を全弾粉砕したカイザーに軍配が上がる。

 最後は星屑ごと星を粉砕し、風圧で吹き払った。その様を目の当たりにしたヒスイは目を大きく見開くが、感嘆の息を吐きながら口元を綻ばせた。自分が押されているというのに、サネチカとカイザーの演技に見惚れているらしい。点数ケージが変動し、サネチカ有利に切り替わった。

 

 

「まだまだ……! 反撃するぞフィーナ、<シャドーボール>!」

 

 

 ヒスイの指示を受けたフィーナは頷き、闇を凝縮した弾丸を発射した。

 

 本来<シャドーボール>は一発ずつ撃ち出していくのが普通だが、フィーナは複数個の<シャドーボール>を展開することができるらしい。

 ボールから登場したときとは違い、彼女はそれを自分の周りに展開するのではなく、複数の場所へランダムに飛ばした。

 

 

「カイザー、<アクアブレイク>で迎撃!」

 

「フィーナ、<サイコキネシス>!」

 

 

 サネチカとカイザーが迎撃態勢に移るも、撃ちだされた闇の弾丸は<サイコキネシス>によって静止する。念動力によって、弾丸の軌道を操作したのだ。

 自身の技で相殺しようとしたカイザーであったが、<シャドーボール>の弾丸は<アクアブレイク>で発生した水を躱すようにしてすり抜けた。

 舌打ちしたサネチカだが、即座に対応しようと試みる。再び<アクアブレイク>を撃ちだしたカイザーは、<雪雪崩>による冷気で氷の防壁を作り上げた。

 

 

「<アイアンテール>!」

 

 

 防壁が展開されることを予測していたと言わんばかりに、ヒスイが声を張り上げた。彼の指示に呼応するが如く、フィーナが大地を蹴って飛び出す。

 彼女は自身の尻尾を一時的に硬質化させ、氷の壁へと叩き付けた。防壁の一点にひびが入り、それは蜘蛛の巣状に広がる。氷の壁は粉々に砕け散ってしまった。

 

 元々エーフィは特殊攻撃型。物理技を覚えさせるトレーナーもいない訳ではないが、覚えさせているトレーナーは“かなり珍しい”部類に入る。……最も、それを言った場合、サネチカのカイザーも“珍しいタイプ”と言えよう。エンペルトもまた、特殊攻撃を得意としているポケモンだからだ。

 後者の物理攻撃特化型が存在しているのは、“エンペルトが<剣の舞>で攻撃力を飛躍的に上昇させることができる”ことや、“多彩な物理攻撃技を習得することができる”という特徴があるためだった。そうやって、相手の意表を突く――バトルでもコンテストでも、戦術の根本的な部分は似通っているらしい。

 

 

「そこだ、<サイコキネシス>!」

 

 

 間髪入れず、ヒスイは攻撃命令を下した。フィーナも迷うことなく、強い念派を発生させる。

 

 発生した念派は、単純な“カイザーへの攻撃手段”としてだけではない。静止していたシャドーボールや飛び散った氷を制止させ、飛んでいく方向を操作する。<氷のつぶて>を連想させるかの如く、砕けた氷は徒党を組んでカイザーへと襲い掛かった。

 カイザーも<鋼の翼>で応戦した。しかし、フィーナの<サイコキネシス>によって発生した念派のせいで、うまく動くことができなかったらしい。星形弾とシャドーボールの攻撃に晒される。威力を完全に相殺することは叶わなかった。おまけに、“演技を潰された”という事実は点数に影響を与える。

 

 

「ヒスイくんが逆転した! 頑張れ!!」

 

 

 ナトセが声援を送る。カメラのシャッターを切るのも忘れないあたり、彼女は生粋のカメラマンであった。

 彼女の言葉に惹かれるような形でモニターを見れば、サネチカの点数ケージが大きく減ったらしい。

 

 

(残り時間もあと僅か……。ここから逆転するなんて、至難の業だ)

 

 

 ショウマがサネチカに視線を向ければ、彼は不敵な笑みを浮かべたまま。

 

 

「そのまま追撃だ! フィーナ、<スピード>――」

 

「――馬鹿め。この程度、承知の上だ!」

 

「やべっ!? フィーナ、避け――」

 

「カイザー、<アクアブレイク>!」

 

 

 星の弾丸を放とうと身構えたフィーナの真正面に、カイザーが一撃を見舞った。初手に繰り出された<剣の舞>の強化は健在。零距離攻撃を止める術はない。

 派手な水芸と水音は、ヒスイの指示とフィーナごと飲み込んでしまう。一歩遅れて発動した<スピードスター>の弾丸だが、それはカイザーの勢いを止めるには威力不足だった。

 

 

「相手が殴ってくれて丁度良かった。カイザー、<雪雪崩>!」

 

 

 後攻になると威力が上がる<雪雪崩>は、不本意な形で発動した<スピードスター>を“相手側の先制攻撃”とみなしたらしい。上昇した攻撃力も相まって、凄まじい冷気を発生させた。

 <アクアブレイク>で発生していた水が一気に凍りつき、フィーナの身動きを完全に封じ込める。彼女は逃げようと体をよじるが、その有様はまな板のコイキングも同然だ。

 トドメと言わんばかりに、カイザーは<鋼の翼>を叩きこんだ。砕け散った氷ごと、フィーナは派手に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。ヒスイは指示を出そうとして口を開く。

 

 ――だが、彼に許されたのは“そこまで”だった。

 

 彼の持ち点数が0になったのと、制限時間が0になったのはほぼ同時。

 

 

「試合終了! この勝負、サネチカ・アカザの勝利です!」

 

 

 審判の宣言を聞いた野次馬たちが、わっと歓声を上げた。誰もが両者の健闘を称え合い、両者の演技を絶賛している。

 

 サネチカは得意気に胸を張りながら、誇らしげに鼻を鳴らすカイザーとハイタッチしていた。威風堂々とした佇まいは、どのような状況でも揺らがないらしい。勝利の余韻に浸るのもつかの間、彼は考え込むようにして顎に手を当てる。視線の先には、あと一歩及ばなかったヒスイの姿があった。

 ヒスイは苦笑しつつもフィーナを労り頭を撫でていた。フィーナも甘えるようにして足に擦りつく。しかし彼女は、主の「悔しい」という感情を察しているようだ。表情もむすっとしている。悔しさを前面に押し出していた。だが、ヒスイは苦笑したまま首を振る。それを見て、やっとフィーナは眉間の皺を消した。

 

 2人のコーディネーターは、観客たちに対して恭しく一礼する。ポケモンたちも同じように一礼した。観客たちがおひねりを投げ込んでいく。

 戦いが終わり、熱気が緩やかに拡散していった。野次馬たちも、1人また1人と立ち去っていく。ショウマ一行はその場に残り、彼等の顛末を見守っていた。

 フィーナをボールに戻したヒスイは、じっとサネチカの背中を見つめていた。サネチカもまた、カイザーをボールに戻して振り返る。

 

 

「あ、あの、俺――」

 

「未熟だな」

 

 

 サネチカは険しい顔のまま、はっきりと言い放った。

 眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、冷徹な眼差しで言葉を続ける。

 

 

「なんだ、あの<スピードスター>の弾幕は!? 星の飛ばし方、弾幕の展開図、全部ワンパターンじゃないか! 相手の演技に見惚れてる暇があるなら、次の指示出しを考えろ! それに、引き際の見極めもまともにできないのか貴様!!」

 

 

 怒涛の勢いで投げつけられた暴言の嵐に、ヒスイはびくりと肩をすくませ萎縮した。ナトセの話を聞く限り、ヒスイはサネチカに弟子入り志願してこの戦いに挑んでいたらしい。憧れの人からボロクソに扱き下ろされ、平然としていられる人間はまずいないだろう。

 案の定、ヒスイは完全にしょげてしまった。どんよりとしたオーラを揺らめかせ、肩を落とす。この世の終わりを間近に目撃したと言わんばかりの有様だ。罵倒した側であるサネチカであるが、マシンガントークでがなり立てていたためか、苦しそうにゼイゼイと息を吐いた。

 

 言うだけ言った後、サネチカはふんすと鼻を鳴らす。

 

 

「……だが、貴様の判断力は悪くない」

 

「えっ?」

 

「<アイアンテール>で氷の壁を粉砕した直後のタイミングで<サイコキネシス>を使い、一転攻勢に出た部分だ」

 

 

 サネチカの言葉に、ヒスイが目を点にした。先程までの暴言とは打って変わって、ヒスイたちの“良かった点”を指摘し始めたためだろう。

 言葉遣いは回りくどいものの、サネチカはコンテストバトル――試金石で、ヒスイたちが持っている才能や努力を見出したのかもしれない。

 心なしか、険しい表情は消えていた。顎に手を当てて思案する彼の口元は、楽しそうに緩んでいる。

 

 

「貴様のエーフィ……フィーナ、だったか。“<シャドーボール>の弾幕を展開できる”ポテンシャルも、充分見どころがある。まだまだ粗削りではあるがな。それに――」

 

 

 振り返ったサネチカは笑っていた。だが、その笑い方は、試合で見たときのような不敵な笑みではない。

 

 尊いものを見たのだと言わんばかりに、眩いものを見たのだと言わんばかりに、口元を柔らかに綻ばせている。細められた青の瞳は、ヒスイを真っ直ぐに見つめていた。

 サネチカの微笑に覚えがあるのだろう。ヒスイは大きく目を見開いた。いつか見た光景をなぞるようにして揺れる瞳もまた、静かな微笑を浮かべるサネチカを映し出している。

 

 

「貴様のその目だ。『コンテストが楽しくて仕方ない』と言わんばかりの、燃え滾るような輝き。――本当に、いい目をしている」

 

「サネチカさん……」

 

「……やれやれ。まさか俺ともあろう者が、この年で『誰かを育てよう』などと思うとは」

 

 

 「俺は生涯現役の心づもりでいたのに」と悪態をついたサネチカであるが、浮かべた微笑は崩れない。

 静かに細められた瞳から、すべてを察したヒスイの表情が一気に明るくなった。

 

 

「ぼさっとするなよ、馬鹿()()! 無駄に浪費していい時間など、1分1秒たりとも存在していないのだからな!」

 

「――はい、師匠!」

 

 

 師弟関係はここに成立した。ヒスイが挑んだ大勝負は、試合に負けたが勝負に勝った――サネチカの心を動かした――のだ。心なしか、サネチカの声色が優しい響きを滲ませたように感じる。弟子に対する態度は、幾分か柔らかくなるらしい。

 試合開始から師弟関係構築までの様子をカメラに収めていたナトセも、満足げに頷いた。いい写真が撮れたのだろう。彼女はヒスイの元に駆け寄り、彼が無事に弟子入りを果たしたことを言祝いでいた。同行者がいたとは知らなかったサネチカが目を見開く。

 ナトセとヒスイが何かを語らい、サネチカが眉間に皺を寄せて何かを言う――瞬く間の間に構築された3人の関係に、ショウマは微笑ましさを覚えた。両親を取り巻く関係者各位の姿を連想したのは、きっと気のせいではない。

 

 コンテストバトルの余韻に浸りながら、ショウマは3人のやり取りを見守っていた。

 

 ふと気づくと、時計の針は午後5時15分を指している。コンテスト会場からホテルまで、および、会食の準備を考えると、そろそろ戻らねばなるまい。

 堅実な所は父・ダイゴに似たのだとショウマは考えているが、年の離れた母・ハルカを伴侶に選んだ部分に関しては、多方面の意味で押し黙らざるを得なかった。閑話休題。

 

 

「ナトセさん、僕はこれで」

 

「分かった。それじゃあね、ショウマくん!」

 

 

 ナトセはヒスイと共に、サネチカと議論を続けることを選んだようだ。一時といえど意気投合した友人に別れの言葉を告げ、ショウマはコンテスト会場に背を向けた。

 

 マルチナビのガイドを開き、時間を確認しながらショウマは足を進める。ここからホテルまで徒歩約45分、準備諸々で約30分と考えれば、少々余裕があると言えるのかもしれない。だが、少し余裕があるくらいが丁度いいとショウマは思っていた。取引先になる予定の財団に対して、失礼のないように。

 既に日は傾き、街の空は黄昏時を迎えていた。街灯はぽつぽつと灯りを燈し、ネオンの苛烈な光が目に訴えかけてくる。「もうすぐ夜が始まる」とショウマに伝えてきているようだ。自由時間の終わりを感じ取り、ショウマは一抹の寂しさを覚えていた。心なしか、チグサたちも名残惜しそうな顔をしている気がする。

 表通りが煌びやかになるのと入れ替わりに、大通りの脇から伸びる路地裏の闇は、ほの暗さをじわじわと増してきた。大通りから迷い込んできた人間を深淵へ引きずり込もうとするかのような、不気味な静寂を漂わせている。そちらに視線が行ってしまうのは、人間の性というヤツだろうか?

 

 

(『大都会は、繁栄している箇所とそうでない箇所の差が大きい』って、父さんがよく言ってたっけ……)

 

「…………!」

 

 

 ショウマの肩を定位置にしていたチグサが、頭のヒレをぴんと立てた。険しい顔をして、彼はじっと路地裏を睨みつけている。

 主である自分が何かを問う前に、彼は地面へ飛び降り、ショウマの服の袖を引いた。「早く来い」、あるいは「一緒に来い」と言わんばかりに。

 

 ミズゴロウのヒレはレーダーの役割を持っており、性能も高い。濁った水の中でも目を使わず活動できる程だ。

 水の流れや空気の流れの変化を機敏に察知したチグサは、迷うことなくショウマの袖を引っ張った。顔つきからして、何かの危機的状況を察知したらしい。

 こういうときのチグサが、状況を見誤ったことはなかった。同時にショウマも、誰かの危機を放置できるようなタイプではない。

 

 

「……よし」

 

 

 時計から視線を外したショウマは、意を決して路地裏へと飛び込んだ。ショウマを先導するのはチグサ、ショウマに付き従うのはハクギン、ヒイロ、クロハ、トクサだ。

 チグサの高性能レーダーがあるとはいえ、仲間たちは慢心せず周囲に気を配っている。彼等の心強さに背中を押され、ショウマとチグサは足を速めた。

 

 

***

 

 

「メロディ、ピアノ! しっかりして!」

 

「まったく、手間かけさせやがって! さあ来い!」

 

「い、嫌! 離してっ!」

 

 

 誰かが言い争うような声が響く。声のトーンからして、多勢に無勢という言葉がよく似合う状況らしい。

 ならば尚更、急がなくては。走るスピードを上げて角を曲がった先は、広場のような区画になっていた。

 

 四方への道も無い、文字通りの袋小路。――そこに、声の主たちがいた。

 

 黒を基調にした制服を見に纏った複数人の男たちが、1人の少女を取り囲んでいる。男たちの制服の胸ポケットには、同じマーク――十字架と音符が描かれた“特徴的なシンボル”が刻まれていた。統率されたような様子からして、彼らは1つの組織に属しているのだろう。

 少女は、自分の足元で倒れているラルトスとイーブイを心配していた。桃色の髪を振り乱し、シャツやニットが泥まみれになっている。必死になって逃げ回っていたのか、体中が切り傷と擦り傷だらけだった。組織に属する男たちから、自分の鞄を渡すまいとしているように見える。

 どこからどう見ても、少女が被害者で男たちが加害者だ。どんなに譲歩しても、男たちの手助けをしようとは思えない。ショウマとチグサは顔を見合わせる。他の仲間たちも、やる気満々で迎撃態勢を敷こうとしていた。――ならば、何も問題ない。

 

 

「貴方たち、そこで何をしてるんですか!?」

 

 

 ショウマが声を張り上げると、男たちは慌てた様子で振り返った。

 

 しかし、狼狽していたのは最初だけ。この場にいるのがショウマだけと見るや否や、男たちは即座に不遜な態度に戻る。

 警察関係者相手だと逃げようとし、一般人――成人していない子どもであれば口封じできると思い込むあたり、予想通り“碌な連中”ではなかった。

 

 

「ガキには関係ない話だ。今なら見逃してやるから、さっさとおうちへ帰りな」

 

「お断りします。――『貴方方のような手合いを野放しにしていてはいけない』ことは、先生から口酸っぱく教えられましたので」

 

 

 男の言葉に怯むことなく、ショウマは堂々と言い放った。仲間たちも制服を着た連中に対して威嚇体勢を取り、いつでも飛び出せるように身構える。

 

 ショウマの脳裏に浮かんだのは、白衣を着た研究者の背中だった。前髪が爆発気味な黒髪に、深い緑の瞳が瞬く。眼鏡のレンズ越しだというのに、苛烈さがびりびりと伝わってきた。――期間としては短いものの、確かに自分は、彼の教え子の1人だったのだ。

 

 

『ゴミはゴミ箱に、屑は屑籠に。じゃあ、犯罪者はどこに捨てるかって? ――豚箱だよ』

 

 

 彼は、過激なことばかり言う人だった。普通の人間とはかけ離れた経験を積んでいるということも、艱難辛苦の道のりを乗り越えた軌跡も、その理由だったのだろう。“父を殺した犯人が悪党とつるんでいた”という事実が、悪党を見ると速攻で潰しにかかる原因の1つかもしれない。

 ダイゴは『ポケモン協会に対するストレス発散も兼ねているのでは』と難しい顔をしていた。彼とダイゴは留学先が一緒だったという縁で出会い、同じ人物に師事して以来の付き合いなのだという。父はあまり気乗りしていないようだが、最終的には深いため息をついていたか。

 そんなことを考えながら、ショウマは男たちと対峙する。少女はラルトスとイーブイを庇いながら、茫然とショウマを見つめる。ショウマが自分たちの思い通りにならない人間だと知った途端、男たちはモンスターボールに手をかけた。子どもの1人、簡単に黙らせることができると踏んだのだろう。

 

 

「レクイエム団に歯向かう背教者め……! 貴様に罰を与える!」

 

 

 制服に身を包んだ男はそう叫ぶなり、手持ちのポケモンを繰り出した。ショウマとチグサも、レクイエム団を迎え撃つために飛び出した。

 

 

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