Communio -In Paradisum-   作:白鷺 葵

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【注意事項】
・過激な発言あり。但し、差別や違反行為を助長・推奨する意図は一切無い(重要)
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1-3小節.サクラとエテルナ

 うろうろ。

 うろうろ、うろうろ。

 

 うろうろ、うろうろ、うろうろ、うろうろ。

 

 先程から目の前を行ったり来たりするのは、如何にも高級そうなスーツを身に纏った青年実業家である。時折、天色(あまいろ)の髪をがしがしと掻く様は、彼が抱える懸念や憂い――もしくは苛立ちの程を示すかのようだ。

 本人は黙っているつもりなのかもしれないが、彼の本音は一文字一句欠かさず垂れ流しになっていた。早口で経を唱えるような有様は、遠い昔、シオンタウンのポケモンタワーを根城にしていたトレーナーたち――イタコを連想させる。

 ……いいや、『ポケモンタワーがイタコの根城となっている』というよりは、『イタコにとって、ポケモンタワーは職場という位置づけのため、姿を見ることが多かった』と言った方が正しいのかもしれない。閑話休題。

 

 

「そんな風にうろうろしていたところで、何も変わらんでしょう。冷静さを欠いたところで、事態が好転するわけではないんですから」

 

「……そう言うキミは、随分と落ち着いているようだね。クリ博士」

 

 

 チェスナット・クリの言葉に対し、青年は淡々とした口調のまま振り返った。勤めて感情を抑え込もうとしているのだろうが、どことなく刺々しさが滲み出ている。

 

 彼の年齢が御年40代だと言ったところで、誰がチェスナットの言葉を信じてくれるのか。件の青年と同じ背景を持っているか、その背景に詳しい人間でなければ無理な話だ。

 青年は『感情を押し殺しきれていなかった』ことに気づいたのだろう。罰が悪そうな顔をして、チェスナットに頭を下げた。

 

 

「すまない。八つ当たりみたいな真似をしてしまった」

 

「気持ちは分かりますよ、ダイゴさん。……俺にも、大事な妹がいますので」

 

 

 チェスナットは苦笑し、視線を青年――ツワブキ ダイゴから、パッションシティの空へと向けた。

 

 黄昏時は既に過ぎ去り、空は既に夜闇で覆われてしまっている。街の街頭やネオンが酷く眩しい。別荘が立ち並ぶこの区画でも、窓から零れる家の灯りが灯っている。眼前の別荘にも、とうに明かりがついていた。

 別荘のキーパーをしていたメイドからも「上がって待ってた方がいい」と声をかけられている。だが、ダイゴはそれを断り、ずっと家の前で待ち人を迎えることを選んだ。険しい顔とは対照的に、天色(あまいろ)の瞳は、待ち人のことを一心に案じている。

 

 

「まさか、初っ端からトラブルに巻き込まれるだなんて思わなかった。……しかも、僕じゃあなくてショウマの方が、過激派宗教団体と関わるだなんて……」

 

 

 『鋼の如く堅実に』をモットーとしているダイゴからしてみれば、此度のトラブルは憂いしかないのだろう。視察への影響もあるし、何より子息であるショウマの安全に関わる。現状、ダイゴは蚊帳の外に置かれてしまい何もできない。――それが、酷く歯がゆそうだった。

 他者に八つ当たりしないようと務め、少しでも『キツい言い方をしてしまった』と思えばすぐ謝罪するあたり、まだ彼は理性的だと言えよう。……最も、本能と感情で動いたところで、彼は自分の無力さを噛みしめることしかできないのだろうが。

 もしかしたら、昔起きた事件――ホウエン地方に隕石が急接近――のときも、こんな様子で、恋人が世界を救いに行く姿を見ていたのかもしれない。彼の恋人は、現在は妻名義に変わっている。当時の出来事(妻の一件)現在の出来事(息子の一件)と被って見えていてもおかしくなさそうだった。

 

 

「奥様が解決した事件のことを思い出していたのですか?」

 

「それもある、かな。やっぱりあの子は、ハルカちゃんの息子なんだよなあって」

 

「貴方のお子さんでもあるでしょう」

 

「そうなんだけどね。でも、やっぱり妻に似たんだよ、あの子は」

 

 

 仕方がないと苦笑したダイゴであるが、瞳には憧憬と羨望が揺れている。

 その有様は、空に瞬く星へ手を伸ばそうとした子どものように一途だった。

 

 

「ショウマが僕に似なくてよかった。――僕に似ていたら、肝心要な所で、こんな風に右往左往するしか能がない人間になってただろうから」

 

「……ダイゴさん」

 

「祈ること以外に何もできないというのは、辛いものだよ。……いつになっても」

 

 

 ダイゴはそう呟いて、ゆっくりと左手の甲へと視線を向ける。彼の手首にちらつくのは、星を象ったような痣の跡。

 大分薄くなっており、注視しなければ気づかないだろう。痣に込められた意味を知っているのは、この場にいるダイゴと自分だけだ。

 彼は懐かしそうに目を細めながら、もう片方の手で痣の跡をなぞった。流星に何を願ったのかを思い返すかの如く。

 

 背後から喧騒が聞こえてきたのは、丁度そのときである。喧騒の主が待ち人であることを悟ったダイゴは即座に振り返り、躊躇うことなく喧騒の元へと突っ込んでいった。

 

 

「ショウマ! お前、なんて無茶をしたんだ!?」

 

「すみません、父さん。どうしても見過ごせなくて……」

 

 

 憂いを抱いた青年はもういない。息子の無茶を咎める父親の姿だけがそこにある。息子も父親の気持ちは分かっているのか、申し訳なさそうに苦笑していた。そんなダイゴをからかうようにして諌めるのは、チェスナット側の待ち人であり別荘の持ち主――リーフェウス・ヴァルハラだ。

 お互いの意見交換会とセクエンツィア財団の長――レックス・トレメンデ・セクエンツィアとの談笑をすっぽかされ、待ちぼうけを喰らったのは何時間前のことだろう? 少なくとも、まだ太陽が出ていた時間帯だったはずだ。そうして今も、このまま放置されそうな気配が漂っている。

 

 

「――立ち話に興じるよりも、やるべきことがあると思うのですが、いかがです?」

 

 

 チェスナットが声をかけて、ようやく喧騒が収まった。

 

 チェスナットを放置して取り乱していたことを悟ったダイゴが申し訳なさそうに頭を下げ、チェスナットの姿を見た少年と少女が揃って首を傾げる。リーフェウスに至っては、飄々とした態度を崩さないままだ。彼の在り方は、数年前にコムニア地方へ来訪してきたときと変わらない。

 脳裏をよぎったのは、本土からの尖兵としてここへ足を踏み入れた彼と初めて相まみえたときのことだ。コムニア地方では『史上最大の文化侵略事件』として大々的に取沙汰されており、チェスナットはその片棒を担ぐような形で事件に関わっている。嵐のような数日間の出来事は、今でも忘れられなかった。

 

 そんなことを考えていたときである。

 ダイゴから説教を受けていた少年が、チェスナットの方に視線を向けてきた。

 天色(あまいろ)の眼差しは、こちらに対する疑問感心で満ちている。

 

 

「先生。そちらの方は?」

 

「ああ、すまん。自己紹介がまだだったな」

 

 

 見ず知らずの人間に対してそう質問するのは当然のことだ。チェスナットは頷き、少年の問いに応えるために口を開いた。

 

 

「俺はチェスナット・クリ、ポケモンの外見とタイプの関係について調べている。チェスナットでもチェスでも、好きなように呼んでくれ」

 

 

 

★★

 

 

 

 立ち話を済ませたショウマたちは、リーフェウスの別荘へと足を踏み入れた。

 

 別荘内部は清潔で、整理整頓が徹底している。専任のハウスキーパーがしっかりと仕事をした結果だろう。持ち主本人が利用する機会は多くないが、普段は長期のフィールドワークを行う研究者やポケモントレーナーの宿泊所として開放されているそうだ。

 内装はシンプルで、余計な装飾や調度品は置かれていない。ゆったりとした間取りのリビングダイニングにはテレビと本棚があり、奥の方にベッドのある2階に行くための階段があるのみ。実用性をメインにした内容にしているらしい。

 

 

「落ち着いた?」

 

「は、はい……」

 

 

 リーフェウスの問いかけに、少女はこっくりと頷き返した。夕食を食べ終え、食後に飲み物――マシュマロを浮かべたココア――をちびちびと舐めるように飲み進めていく。彼女の横顔は、路地裏で顔を合わせたときよりも、表情が幾分か柔らかくなったように見えた。泥と傷に塗れたまま逃げ回っていたのだから、当然、心理的余裕なんてなかっただろう。

 傷の治療を終え、シャワーで汚れを洗い流し、着ていたものと同じようなデザインの洋服――但し、今着ている服は、お古とはいえど高級ブティックで揃えられたものばかりだ――に袖を通したことも、イーブイとラルトスが無防備にポケモンフーズを食べている姿も、彼女の緊張がほぐれた理由なのかもしれない。

 

 ショウマがそんなことを考えたのと、少女がココアを飲み終えてカップを置いたのは同時だった。何かを決心したように顔を上げる。

 出会ったときから『訳あり』の気配を漂わせていたのだ。路地裏で過激派宗教団体の構成員に絡まれていたのも、それ相応の理由があるに違いない。

 大人たちは少女の言葉を待っていた。ショウマもそれに習い、彼女が言葉を紡ぐのを待ち続ける。その姿勢に感謝するようにして、少女は小さく頭を下げた。

 

 

「私、サクラって言います。……でも、自分の名前以外、何も()()()()()()んです」

 

()()()()()()?」

 

「それはまた、意味深だな。話してもらっても?」

 

 

 ダイゴの言葉を引き継いで、チェスナットが少女――サクラに促す。サクラはこっくりと頷き返した。

 

 

「それも、よく分かりません。レクイエム団の人たちが『実験の後遺症』と話していたことくらいで」

 

「実験の後遺症って、まさか……!?」

 

「――成程。人体実験ってヤツか」

 

 

 ショウマの予想を裏付けるようにして、リーフェウスが顎に手を当てた。あまりにも重苦しいワードが飛び出してきたことに、思わず息を飲む。誰もが真剣な面持ちで、サクラの話に耳を傾けた。

 

 幼い頃にサクラは何者かに拉致され、今までずっとレクイエム団の研究所で人体実験を受けていたという。実験内容がどのようなものだったかの記憶は曖昧で、辛く苦しかったこと以外思い出せないらしい。覚えている限りの情報を繋ぎ合わせると、それも『実験の副作用』である可能性が高いようだ。

 被検体も何人かいたらしいが、数はどんどん減っていき、最後はサクラ1人だけになっていたらしい。被検体の行方については詳しく分からないようだが、サクラの様子からして“禄でもない末路を迎えた”ことだけは容易に想像がつく。過激派宗教団体の行動方針は、嘗てカントーで蔓延っていたロケット団を連想させた。

 

 

「……どこの地方にも、豚箱にぶち込むべき犯罪者がいるらしいな」

 

「どうどう。博士殿、ここは冷静に」

 

「お前の気持ちは分からんでもないが、サクラちゃんが怯えてるだろう」

 

 

 レクイエム団の所業を聞いてロケット団の所業を連想したのは、どうやらショウマだけではなかったらしい。リーフェウスは剣呑な面持ちになり、どす黒いオーラを滲ませた。

 彼がそこまで感情を滲ませたのは、“ロケット団という固有名称そのものが、リーフェウスの過去と繋がっていた”ためだろう。

 リーフェウスが悪の組織や悪人に対して苛烈になったのは、ロケット団との戦いが関係しているというのは周知の事実だからだ。

 

 撒き散らされた怒りの感情を真正面から浴びたサクラは委縮し、それに気づいたチェスナットと父がリーフェウスを宥める。リーフェウスは罰が悪そうに肩を竦め、大きく深呼吸した。過去の怒りと同調してしまったようだが、どうにか落ち着いたらしい。

 

 それを確認したダイゴは安堵の息を吐いた。

 本題に戻ると言う代わりに、サクラの方へと向き直る。

 

 

「キミはどうやって、施設から脱出したんだい? 話を聞く限り、警備は厳重そうだが……」

 

「助けてもらったんです。……私と同じように、施設に捕らえられていたポケモンがいて……」

 

 

 サクラは不安そうな面持ちで目を伏せる。

 

 

「『私も後から逃げるから』って、言ってたんです。でも、あのポケモンには、逃げようとする様子は一切無かった」

 

「“サクラさんのために、自ら時間稼ぎを引き受けた”ということですか?」

 

「……そういうこと、だと思う。実験のときも何度か顔を合わせただけだし、同じ実験の被検体として同じ場所に閉じ込められたこともあったけど……」

 

 

 “自分は決して、そんなことをしてもらえるような存在ではないのだ。自分のせいで、あのポケモンが危険な目に合っている”――青い瞳は、ずっと自分自身を責め続けていた。

 主を放っておけなくなったのか、彼女の手持ちであるメロディとピアノが寄り添う。サクラはそれに気づくと、そんな2匹の頭を撫でてやった。彼女の手つきはどこまでも優しい。

 

 ショウマは思わず口を開いた。何かを言わねばなるまいと思うのに、何も言葉が出てこない。表現する術を持たない己の未熟さを痛感する。

 

 結局何も言えなくて、ショウマは目を伏せ――ふと、サクラが持ち歩いていた肩掛けタイプの鞄が目に入った。

 数時間前、何かを察知したチグサが、鞄をじっと見つめていたことを思い出す。彼のヒレは、一体何を感知したのだろうか?

 その謎については、未だ明かされていない。サクラが頑なに鞄を手放そうとしなかったためだ。

 

 

(そういえば、サクラさんはあの鞄を脱衣所にまで持ち込んでいたような――?)

 

 

 ショウマがそんなことを考えたとき、不意に――ショウマの見間違いかもしれないが――鞄が不自然に動いた。それに気づいて目を丸くする。

 ショウマの様子に気づいたサクラが慌てて鞄に手を伸ばしたのと、彼女の鞄から“何か”が飛び出したのはほぼ同時だった。

 

 ――それは、見たことのないポケモンだった。

 

 嘗てこの世界に生息していた動物で例えるならば、シマエナガだろうか。体格は小柄で、他の鳥類と比較して尾が長い――そんな特徴を持った外見をしている。雪のように真っ白で、真綿のような毛で覆われた、小型の鳥ポケモンだ。

 現役研究者にして博士の地位を関するリーフェウスとチェスナットが目を剥く。彼等の眼差しから嫌な思い出を連想したのか、サクラは博士2名の眼差しから鳥ポケモンを庇おうとした。

 だが、鳥ポケモンはそんなサクラの心を知ってか知らずか、彼女の肩や頭をうろちょろした。――そうして、当たり前のようにサクラの胸元へと納まる。居心地が良かったのか、鳥ポケモンはそこから動かなくなってしまった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ――正直な話、目に毒な光景だ。

 

 ショウマは何とも言えない気持ちになり、視線を彷徨わせる。サクラも“空気的な方面で”の居心地悪さを感じたようで、困惑した顔で鳥ポケモンに視線を向けた。

 抗議の眼差しもなんのその。鳥ポケモンは誇らし気な顔をして、小さく鳴いて見せた。渾身のドヤ顔を披露されても、こちらは困る以外何もできない。

 

 

「なあ、博士殿」

 

「どうしたチェス」

 

「適切な反応が分からないんだ。あのポケモンに対して破廉恥だと指摘すべきか、未知なるポケモンについて驚けばいいのか、どちらが正しい反応だと思う?」

 

「ここは後者にしておけ。……まあでも、前者を選びたい気持ちは分かる。嫁ちゃんの胸の谷間にダイブされた挙句、あんな風にドヤ顔されたら、俺はそのポケモンに対して何をするか分からんからな。性別が雄だったとしたら尚更だ」

 

「リーフェウス、やめろ。お前の発言は洒落にならねーから」

 

 

 心底困り果てた顔をしたチェスナットは、斜め向かいにある上座に座っていたリーフェウスへ助けを求める。適切な答えに関する采配を振るったリーフェウスであったが、自ら脱線することを選んだらしい。結果、自分で地雷を起爆させてしまったようだ。今の彼は、言葉に出来ない程酷い顔をしていた。すかさずダイゴがリーフェウスを制し、事なきを得る。

 ハウスキーパーとサクラを除けば、大人3人の性別は男性オンリーである。しかも、ハウスキーパーは徹頭徹尾“我関せず”を貫いていた。“どんな教育をすればあんなハウスキーパーが出来上がるのか”と考えたくなるレベルで、彼女はこちらの話題に踏み込んでこない。夫の過激性ばかり取り上げられるが、妻も妻である。閑話休題。

 

 

「……駄目だな。研究者専用――しかも、最新式の全国図鑑でも、あのポケモンに該当するデータは存在していない」

 

 

 いつの間に行動していたのだろう。リーフェウスの手には、彼が持ち歩いているポケモン図鑑があった。それを見たチェスナットが感慨深そうに呟く。

 

 

「今から30年近く前の型番……。図鑑のモデル遍歴は一通り把握しているが、そのモデルで現在でも『動いている』のを見たのは、博士殿の図鑑が初めてだったな」

 

「俺がマサラから旅立つことになった日に、オーキド博士から貰ったヤツだ。思い入れが深くて、どうしても手放せないままでいる」

 

 

 リーフェウスは口元を緩ませつつ、ショウマたちに画面を見せてくれた。図鑑の画面には、真っ赤な文字で『Error! :NOT FOUND』と表示されていた。

 図鑑のモデル――型番自体はかなり古いものだが、データのアップデートを繰り返しており、情報量は新型図鑑と遜色ないデータ量になっている。

 今は亡き研究者の師――オーキド博士から手渡された図鑑なのだ。彼の形見としても、リーフェウスはこの図鑑を大切にしているのだろう。

 

 

「お前って、本当に物持ちいいよな」

 

 

 ダイゴはそう呟くなり、眼差しをリーフェウスへ向けた。――正確には、リーフェウスが身に着けている伊達眼鏡へ。

 

 それに気づいたリーフェウスは「当たり前だろう」と言わんばかりに微笑を浮かべた。眼鏡のつるに触れる指の動きはとても繊細で、壊れ物を扱っているみたいだった。身に着けている伊達眼鏡も、今は亡き“トレーナーとしての師匠”からの贈り物らしい。身内や知り合いの多くを失くしてきたリーフェウスにとって、替えの効かないものでもある。

 ……最も、彼の師匠――同時にダイゴの師でもあるトレーナーは、ある意味では()()()()()()()と言えるのだが。その該当者は死後に色違いのデスマスとなり、現在も元気に活動中である。最近は「孫の成人式を見るまで死ねない」と豪語しているのだとか。閑話休題。

 

 リーフェウスは大きくため息をついた。

 

 

「研究者用の図鑑に掲載されていないということは、一般トレーナー用の図鑑に掲載されているはずがないか……」

 

「サクラさん。このポケモンについて、何か知っていることや覚えていることはないか?」

 

「私は、この子のことを『エテルナ』と呼んでます。この子が自分から教えてくれて……」

 

 

 チェスナットの問いに答えたサクラは、自分の胸元でドヤ顔を披露する鳥ポケモン――エテルナに視線を向けた。ショウマもエテルナに視線を向け――女性の胸を直視せざるを得ないという状況を受け入れられず、少しだけ視線をずらした。幾ら珍しいポケモンだったとしても、『その姿を見るために、女性の胸を凝視する』というのは如何なものか。

 助けを求めるように大人の男3人に視線を向ければ、彼等も同じような心境を抱いていたらしい。“エテルナを直視する”ことが“サクラの胸元を凝視する”ことと結びつかないよう気を付けている様子だった。その方法がうまくいっているのは、涼しい顔をしているリーフェウスだけのようだ。残り2名は何とも言えない表情を浮かべている。

 

 サクラの話を聞く限り、エテルナは人語を介することができるポケモンらしい。多くのポケモンは人語を理解するものの、人語を話せる種族や個体は極めて少なかった。“喋るポケモン”というのは非常に珍しい。

 

 喋るポケモンの筆頭として挙げられるのは、誓約者を見出す力を持つポケモンたちが多い。具体例としては、リーフェウスが所有しているポケモンだろう。

 ドヤ顔を披露しながらぴいぴい鳴くエテルナを観察していたリーフェウスが、腰のボールに手をかける。ボールはガタガタと音を立てて振動していた。

 ボールの開閉スイッチを押して放り投げる。鮮やかな光幕と共に、中に入っていたポケモンが飛び出してきた。――桃色の体躯に細長い尻尾を持つ、幻のポケモン。

 

 

「――『女の子同士だから合法です!』とか、ドヤ顔で言うことじゃないだろ」

 

 

 心底呆れ果てたように、件のポケモンはため息をつく。伝説や幻という肩書に対して夢を見ていた人間の多くに衝撃を与えてきた張本人は、ふよふよとその場に漂った。

 

 原初の一、最初に『幻のポケモン』と定義づけられた存在――ミュウ。可愛い見た目とは裏腹に、ポケモンが覚えるすべての技を自在に使いこなす存在だ。それ故、つい30年以上前までは、『ミュウの遺伝子がすべてのポケモンの元になっている』という学説が最有力視されていたという。

 それから現在までの間に、神話や昔話で語られていた存在――ジョウトのスズの塔へ来訪していたと言われるホウオウ、かねの塔が燃えたことからうずまき島へと住処を変えたルギア、シンオウ神話における『神』とされたディアルガ・パルキア・ギラティナ、各地に散見する創世神話でメインを張るアルセウスなど――が現れ、学説も多種多様になっていた。

 

 

「喋れるのに喋れないフリをするのやめなよ。それとも、喋る相手を選んでるってことかい? わあお、意外と賢しいんだね!」

 

「馬鹿野郎、威嚇させてどうする」

 

 

 怯えるように身構えたサクラを庇うかのように、エテルナは体中の毛をぶわりと逆立てていた。その様を見たリーフェウスは、ミュウの尻尾を容赦なく引っ張る。

 ミュウは叩き付けられるような形でテーブルに激突した。「ぶみっ!?」という奇妙な悲鳴を上げたミュウだが、つまらなさそうな顔をして再び宙へ浮き上がった。

 伝説や幻の名を冠するポケモンの中で、ミュウは過激な言動と性格をしていると有名だ。彼の姿と言動を目の当たりにした研究者の多くが、その態度の悪さに度肝を抜かれる。

 

 中には“泣きながら帰っていった”研究者もいたらしい。どうしてそうなったかについては、本人曰く「覚えておく価値が無いくらいクッソつまんなかったから忘れちゃったー」とのことだ。ヤバいの3文字で表現できてしまうのは、誓約相手と見出したリーフェウスとそっくりである。

 

 暫しリーフェウスと言い合いを繰り広げていたミュウだが、彼はすぐエテルナに向き直った。

 威嚇を続けるエテルナを眺めていたミュウは、チェスナットの方に視線を向けた。

 

 

「そこの玩具は、僕たちが持っている『タイプ』が気になってるって言ってたよね」

 

「あ、ああ。正確には、『ポケモンの外見と保有するタイプの差異』が俺の専門だが……」

 

「エテルナって奴、鳥みたいな外見してるけど、()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「なんだって!?」

 

 

 ミュウの発言に立ち上がったチェスナットだったが、彼の理性はしっかり仕事を果たしたようだ。伸ばしかけた手を宙で制止させ、何事もなかったかのように席に着く。

 実際“何事もなかった”ので、ショウマも何も言わなかった。サクラも同じ判断らしい。自身を落ち着かせるように深呼吸したチェスナットは、顎に手を当てて考え込む。

 

 エテルナは哀れなものを見るような眼差しでこちらを見つめていたが、サクラの胸元から出ていくつもりはないようだ。……何だろう。酷く腹立たしい。

 

 研究者たちが自己分野で盛り上がり始めたのを尻目に、ショウマとダイゴはサクラの方へ向き直った。

 彼女の周囲には、彼女の手持ちポケモン――ラルトスのメロディとイーブイのピアノが寄り添っている。

 

 

「その2匹は、サクラさんの手持ちなんですか?」

 

「……詳しいことは思い出せないままですけど、覚えている限り、私はこの子たちとずっと一緒でした。実験を受けていないときも一緒の部屋にいて……だから、私が逃げるとき、この子たちも一緒についてきてくれたんです」

 

 

 サクラは静かに目を細め、メロディとピアノを手招きした。2匹はサクラの腕の中へすっぽり収まり、嬉しそうに擦り寄っている。

 

 

「これからどうするか、決めましたか?」

 

「分かりません。帰りたくとも、私には記憶が無いし……そもそも、待っている人がいるかどうか……」

 

 

 サクラは不安そうに目を伏せた。そんな主を放っておけなかったのか、メロディとピアノがぐりぐりと頭を擦りつける。「私たちがいるから大丈夫」と訴えるかのようだ。

 2匹の優しさを感じ取ったのか、サクラは静かに目を細めた。そのまま、彼女はメロディとピアノを抱き込む。――今までも、こうして温もりを分け合ってきたのだろう。

 

 過激派宗教団体の施設に拉致され、長らく被検体として囚われていたのだ。サクラとポケモンたちは、そんな地獄の中で、身を寄せ合って生きてきた。

 今は運よく自由の身になれたが、記憶障害という副作用のせいで、自分のルーツ――故郷や家族のことを一切思い出せなくなってしまったのだ。……考えるだけで、胸が痛む。

 ショウマだったら、どうするだろう。突如両親と引き離され、訳の分からない実験のモルモットにされて、終いには両親のことを忘れてしまったら――。

 

 

(サクラさん、不安だろうな……)

 

「――――」

 

 

 ショウマがサクラの過去に思いを馳せていたときだった。隣に座っていたダイゴが、何かに憑りつかれたような形相で、ある一点を凝視している。

 つられてショウマが視線を動かせば、父の視線の先にはメロディがいた。もっと確認すると、父の視線の先にあったのは――メロディの胸元で輝くペンダント。

 

 

「……スティーブン?」

 

「――石」

 

 

 突如大人しくなった父の様子に気づいたようで、リーフェウスがこちらを振り返る。彼の呼びかけにも反応することなく、ダイゴはじっと、メロディのペンダントを舐めるように見つめていた。

 

 メロディが慌ててペンダントを隠そうとしたタイミングで、サクラが反射的にメロディを抱える。その拍子に、メロディの手からペンダントの宝石が零れ落ちた。

 彼女が手に持っていた石は、美しい虹色の光彩を宿している。宝玉の中心には、稲妻のような紋章が刻み込まれていた。稲妻も、見る角度によって、色が変わっていく。

 

 

「メガストーン、か? ……すまない。その石を見せてくれないか?」

 

 

 ダイゴがずいっと顔を近づける。いきなり距離を詰められたことに驚いたのか、サクラは表情を引きつらせた。

 

 

「な、なんですか!?」

 

「サクラさん。僕の父は無類の石マニアで、蒐集家なんです。だから、石のことについては、この中にいる人間の中で一番詳しいと思いますよ?」

 

 

 ショウマはすかさずフォローを入れた。石のことになると、ダイゴはいつもこんな感じになってしまう。ラティアスによって名もなき島へ誘われたときも、島で出会ったラティオスを観察した際、「目覚め石と水の石、どちらがラティオスを例えるのに相応しいか」で考え込んでしまったレベルだ。

 他にも、父と石に関するエピソードは山ほどある。“母への結婚指輪に何の石を使うか”とか、“母へのプレゼントに贈るアクセサリーにどの宝石を贈るか”とか、“母を例える例としてどの石がいいのか”とか。ショウマが生まれたときは「ショウマへどんな石を贈るべきか」で三日三晩徹夜したらしい。

 何かを察したチェスナットから、こちらへ向けられた憐れみの視線が痛い。彼は向かい側に座るダイゴに対して何か声をかけているようだが、メロディが持っている石へ釘付けになっていたダイゴには、一切届いていない様子だった。……ショウマにできることは、苦笑しながら肩を竦めることのみである。

 

 困惑するサクラを見て何を思ったのか、リーフェウスが助け舟を出してくれた。

 ――最も、懐かしそうに目を細めている様子からして、恐らくフォローにならない可能性が高かったが。

 

 

「社長業より石堀りしてるほうが天職じゃないかってくらい詳しいぞ。しかもコイツ、チャンピオン時代の二つ名が“鋼のいしを持つ男(スティーブン・ストーン)”って呼ばれるくらいだからな」

 

「煩いぞ。その名前で呼ぶなって言ってるじゃないか」

 

 

 リーフェウスから仇名で呼ばれ、ダイゴはすぐに反応した。先程までメロディの持つ石に夢中だったのに、えらい反応の速さ――否、食いつきようである。ダイゴから不満そうに睨まれても、リーフェウスは気にする様子はない。

 

 

「……おほん。――改めて、メロディが持っている石を見せてもらいたいんだけど……」

 

「わ、分かりました」

 

 

 ダイゴは自分の非礼を詫びた後、改めて石を観察する許可を求めた。サクラも頷き、メロディに促す。

 メロディは暫しダイゴを観察していたが、信じることにしたらしい。彼女はおずおずと石を手渡した。

 

 

「――成程。……やはりこれは、メガストーンの一種だね」

 

 

 暫く石を観察していたダイゴは、納得したように頷いた。

 

 メロディが持っていたメガストーンは、サーナイトをメガシンカさせるために使う道具の1つ――サーナイトナイトだ。ポケモンをメガシンカさせるためには、該当ポケモンに対応するメガストーン――名称はポケモンの名前の後に『ナイト』とつく――と、キーストーンが必要だ。

 メガストーンもキーストーンも希少品であり、この石を取り扱っている施設は少ない。一部界隈から『廃人収容施設』と呼ばれるバトル施設や、石を取り扱う専門店くらいだ。場合によっては、石に関係するコネや趣味を持っている個人くらいしかいないだろう。具体例は父・ダイゴが真っ先に挙げられる。

 “自分のポケモンが、進化後に使うメガストーンを所持している”――その事実に、サクラは目を丸くした。メロディはこてんと首を傾げている。彼女たちの様子からして、この石がメガストーンであることは知らなかったらしい。

 

 

「……彼女がメガストーンを持っていたことに、何か意味があるのかもしれないな」

 

「意味、ですか?」

 

「もしかしたら、キミのルーツと関わっているのかもしれない。――その石は、サクラちゃんとメロディが持っていた方がいいと思うよ」

 

 

 ダイゴは小さく頷いて、サーナイトナイトから手を放した。メロディは戻ってきたサーナイトナイトを大切そうに抱え込む。サクラも、そんなメロディの頭を撫でていた。

 

 

「……父さんだったら、大金叩いてでも買い取るのかなと思ってました」

 

「お前は自分の父親を何だと思っているんだ」

 

 

 思わず本音を零したショウマに対し、ダイゴは眉間に皺を寄せながら小突いた。それを聞いたリーフェウスが噴き出し、親友の反応に気づいたダイゴが彼を睨みつける。――しかし、彼はすぐにショウマの方へ向き直った。

 

 

「そりゃあ、興味が無いわけじゃない。……けど、あの石には、『あの子たちが持つに相応しい』と強く示すような……そんな意味が宿っているように思うんだ。そんな大切なものを無理矢理奪うような真似、するわけないだろうが」

 

 

 ――そういうところが、“鋼のいしを持つ男(スティーブン・ストーン)”という二つ名/仇名で呼ばれる理由なのかもしれない。

 

 迷うことなく言い切り、清々しい笑みを浮かべる父親。その横顔をまじまじと見つめながら、ショウマはひっそりそんなことを考えた。勿論、ダイゴにばれたら面倒なことになる。

 息子がそんなことを考えているだなんて、きっと自分の隣に座るダイゴは気づかないのだろう。即座にリーフェウスと口論を始めたあたり、ショウマの思った通りになりそうだ。

 ショウマが思わず苦笑したのと、憐れむような視線を向けてきたチェスナットが時計を見たのはほぼ同時。チェスナットは眉間に皺を寄せると、わざとらしく咳払いした。

 

 怪訝そうな顔で口論を辞めたダイゴとリーフェウスに、チェスナットは時計を指示した。

 現在時刻は午後11時。サクラを保護し、事情を聴いている間に、既にこんな時刻になっていたらしい。

 

 

「2人は明日の予定もあるでしょう。そろそろホテルに戻っては?」

 

 

 チェスナットの言葉に反論する余地はない。ショウマとダイゴは顔を見合わせて頷き返した。入れ替わるようにして、サクラが表情を曇らせる。

 

 ショウマたちとは違い、サクラには行く当てが無いのだ。故郷や家族に繋がるであろう手がかりは、実験の後遺症によって根こそぎ奪われてしまっている。今から帰る手立てを探そうにも、現在時刻は深夜と呼ばれるべき時間帯だ。

 宵闇や暗がりに紛れるからこそ、活発化する連中もいる。そういう輩は総じて碌なものではない。危険地帯と分かっている場所へ、サクラ1人を放り出すことなど言語道断。勿論、この事態に動いた人間がいた。――別荘の持ち主、リーフェウス。

 

 

「サクラ、暫くここに泊まりなさい」

 

「……いいんですか?」

 

「ああ。キミが『これからどうするか』決めるまでの間、ここを自由に使って構わない」

 

「! ……あ、ありがとうございます」

 

 

 当面の居場所を得たことで安堵したのか、サクラはほぅとため息をついた。

 心なしか、表情が先程よりも明るくなったように感じる。

 そんな彼女の笑みを見ることができた――ショウマも思わず頬を緩めた。

 

 

「よかったですね、サクラさん」

 

「ショウマさん……」

 

「何かあったら連絡ください。僕も、できる限りお手伝いします」

 

「――はい!」

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