百合は難しい。
畳六畳程のその場所には年頃の女の子が二人、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。
一人は夕焼けに輝く稲穂のような明るい金色の髪を背に流し、はらりと床まで垂らした、翡翠色の瞳を持つ女の子。朗らかな顔は温かみがあり、笑えば大輪の花を咲かせるだろう。一目見て溌剌とした性格をしていると分かるほどの、まるで太陽の如く明るい少女だ。
もう一人は菫の花弁のような淡い紫色の髪。艶があり、まるで朝露に濡れたかのような、しっとりとした色合いはえも言われぬ色香が漂うほど。全体的に短く、女性らしくまとまったショートカットに、側頭部それぞれから一房ずつ纏めた髪を鎖骨の辺りまで垂らし、風に靡かせている。瞳の色は紫、しかし髪とは違い。色濃い紫は透き通っており、まるでアメジストのよう。端麗な顔は年齢に見合わない大人っぽさで、落ち着きがあり、涼しげな様子はまるで夜空に霞む月のような、そんな少女だ。
そんな印象も性格も真反対の二人、弦巻マキと結月ゆかりは幼馴染である。
幼い頃から幾度となく足を運んだこの場所で私、弦巻マキは冷や汗をかいていた。
勝手知ったる幼馴染の部屋で何故、こうも居心地の悪い思いをしないといけないのか。と、胸の内に溢した所で現状は変わらず、話し声がパタリと止んでから部屋には時計の針が進む音しか響いてない。
或いは喉を震わせ沈黙を破れば、いつも通りの二人に戻れたかもしれない。いや、戻れた。けど、居心地の悪い思いをしながらも、沈黙を破れなかった。
ーーゆ、ゆかりんが!ゆかりんがわたしのおっぱい見てる!!
そう。それも一重に見られている場所が悪いのだ。
かれこれ、体感で五分は見られてる。
宿題が一息つき、軽く伸びをした時からずっとだ。ゆかりんの視線が私の胸に釘付けになり、それっきり黙り込んでしまった。直前まで休日にカフェに行く話をしていたのに、だ。
クールで落ち着いているように見られるけど、ゆかりんは甘いものに目がなく、はしゃいだりもする。先ほどのお出かけもゆかりんから誘ってきたものだ。
なんでも新しくできた喫茶店のケーキが美味しそうだったらしい。かわいい。
じゃなくて。
どうしてゆかりんは私の胸を穴が空くほどに見つめてるんだろう。確かに私の胸は大きくて、クラスメイトの女の子に羨ましがられることはよくある。
けれども、ゆかりんはそこら辺無頓着だ。
びっくりするくらいなんの興味も示さない。お化粧も最低限だし(それでも物凄い美人さんだ)着る服も適当で(それなのに様になっているのは納得いかない)自分がどう見られてるのか考えもしない。
そんなゆかりんが私のおっぱいを凝視してる。
「………………」
「………………」
沈黙が辛いよゆかりんっ!
というか、今更見るほどのものなのだろうか?
幼い頃から一緒にいたから、私の裸なんて数えられないくらい見られてるし、見てもいる。
よくゆかりんには抱きつくから、か、感触だって知ってるはずだしぃ。ゆかりんに頼まれて触られたこともある。
ちょっと触られて、柔らかいですね。で終わったけどねっ!
同性で幼馴染だとしても、もっと…なにか、こう………なにかあってもいいと思うんだ!
無感動で、感想短くて、一揉みだけしてすぐ読書に戻るから私、10秒くらい固まってたよ!
あんなことやこんなことも妄想したよ!
女の子同士で…………。
はっ!?ま、まさかゆかりん。
ついに、ついにこっちに目覚めたの!?
だとすれば私のおっぱいを食い入るように見つめてることにも説明がつく。
よく見るとゆかりんの目が普通じゃない気がする。
あれは、そう!まるで飢えた獣!欲望にギラついてる瞳をしてるよゆかりん!
ーーだ、駄目だよゆかりん!私はそういう目で見られてもゆかりんなら構わないけど!むしろ嬉しいかもだけど!!ゆかりんのご両親に申し訳ないというか…世間様の目とか…赤ちゃん欲しいし!!
「………プリンが食べたいですね」
思いっきりテーブルに頭を打ち付けた。
すごい音が部屋中に響いて反響してる。もしくは頭の中で。
ぐわんぐわんいってるよぅ。
「ど……どうしたんですか?」
ゆかりんが引き気味に聞いてくるのが辛い。
「何でもないよ。ちょっと舞い上がっちゃって」
「いや、むしろフォールダウンしてるんですが」
その通りなんだけどなんだか納得いかない。
別に私も半分おふざけだったけど、この頭の痛みは看過できない。
決めた。今日はいろんなところに連れ出して、振り回してやろう。
「ゆかりん!」
「はい」
「今から喫茶店行くよ!」
「今からですか?」
「そう!だから準備して!」
「準備もなにも、このまま財布だけ持って行けばいいんじゃないですか?」
メイクもしないでなにを言っているんだろうか、この子は。
服もそんな無防備な服を着て、自分が男の子にどんな目を向けられるかわかってない!
「いいから着替えるの!ほら、この服とこれ着て!あとすっぴんじゃなくてメイクも!」
「えぇ、わかりましたよ」
「ちゃんとやっといてね!今からデートなんだから」
「同性でデートとは言わないのでは?」
「つべこべ言わずにさっさと準備する!」
いちいち水を指すんだから。
「マキさんはどこへ行くのですか?」
「私も着替えてくるから」
そう!せっかくのデートなんだから、目一杯おめかししなきゃ。せっかくのデートなんだし。
「必要あります?」
「あるよ!」
私を何だと思っているんだろうか、この子は。
「女の子はいつだって自分を可愛く見てもらいたいものなの!」
「なら必要ないじゃないですか。マキさんは今日も可愛くて素敵ですよ」
「…………へぅっ、やっ……ゆ、ゆかりんのばかぁ」
「マキさん?なぜ急に罵倒を?」
「知らないっ!」
「マキさん!?」
「三十分後にいつもの公園だからね!」
そう言って私は逃げ出した。