「――は、はじめまして」
気持ちがよいほどに綺麗な青空を背にし、眼前で俺へと視線を向け話しかけて来ている少女へと視線を返す。
今の自分が持つ仮初の身体――肉体年齢とほぼ同じ、いや、俺より少しばかり下であろう年齢の少女へと一瞥をし、軽く観察してみる。
黒いマントを羽織り、その下には白いブラウス、グレーのプリーツスカートを着ている。彼女が着用しているそれらは恐らく学校かなにかの制服だろう。黄金色に近い綺麗な金色の髪が腰近くまで伸びており、きめ細やかな肌、吸い込まれそうになるほどに透き通った綺麗な碧い眼をしているのがわかる。
彼女の手へと目を向けると、小さく細い木の枝でできている“杖”が握られているのが見えた。
そして、それだけではなく、彼女の名前や身長、体重、性格、年齢、家族構成、体調、思考……秘密にしたいだろう情報までもが一瞬で頭の中になだれこんで来るのがわかる。
周囲には、眼前の少女と同様の服装をした少女たち、そしてどこか似通った服を着用している少年たちがいる。
彼ら彼女らからは、奇異や興味等を含んだ物珍しそうな視線や感情が向けられて来ているのがわかる。
そんな少年少女から目を離して少し遠くを見ると、石造りであろう大きな城が見えた。
そして、俺は外から内へと――自身の肉体と精神へと意識を向けて現状を確認する。
生前のそれと比べてまったく違う身体ではあるが、元からそうであるかのように思えるほどに自然かつ健全な状態にあることが理解できる。知識、力……生前には持ちえるはずがなかった特殊なそれらもまた自身の手足のように使用することができるということも理解できる。なによりも、今行使しているこれもそうなのだから。
「――あ、あの……」
こちらが反応を一切返さないでいることに対して、言葉が通じていないのかなどといった不安に感じ始めてきたのだろう。少女は、ワタワタとしながらも恐る恐るといった風にして言葉を紡ぎ、こちらへと顔を覗き込ませて来る。
俺はそんな少女に対してしっかりと面を向け、意識を切り替えて口を開く。
「失礼。言葉はしっかりと通じていますよ」
「良かった……」
「では改めて――“サーヴァント”、セイヴァー。“召喚”に応じ、参上した。問おう、貴女が私の“マスター”か?」
「は、はい! えっと……」
反射的に返事をしてしまったといった様子を見せる少女に対し、思わず俺の頬が緩んでしまう。が、キッと強く結ぶ。
「“平民”? いや、にしては……」
「いや違うだろう、あの格好はどう見ても」
「おいおい“サモン・サーヴァント”でヒトが呼び出されるなんてないだろう? いや、“ゼロ”にしかできないことだろうにどうして彼女が……」
周囲からは、眼前の少女と俺を交互に見やり困惑の声を上げる少年たち。周囲の少女たちもまた、声には出してはいないが、酷く困惑をしている様子だ。
「ミスタ・コルベール」
少年少女たちが生み出していた人垣が割れ、そこから中年の男性が姿を現した。
彼の服装や手にしているモノを見る。
彼は、真っ黒なローブを纏い、大きな木の枝で作られた"杖"を持っている。
この場にいる少年少女たちの様子からすると、彼は上の立場にいる存在――教師であろうことがわかる。
「えっと、その……コルベール先生……」
戸惑い小さな声を出す少女に対し、コルベールと呼ばれた中年の男性はゆっくりとこちらへと歩み寄って来る。
彼ら彼女らからすると得体の知れない相手がこの場に突然現れたということもあって警戒をしているのであろう。かなり慎重にこちらの様子を伺って来ていることがわかる。
そして、彼――ミスタ・コルベール(以降コルベールと呼称)の歩き方、そして発せられている雰囲気。それらから少しの違和感を覚え、直ぐにその正体に気が付いた。
ただ生きているだけでは身に付かないであろう歩法、そして発することができないであろう雰囲気と意思の強さ。相当に厳しい環境や状態などに置かれ、体験して来たであろう人物だということがわかる。
「失礼ですが、ミスタ。今、貴方は、“召喚に応じた”、とおっしゃいましたか?」
「ええ、確かに。彼女の呼ぶ声に応え、私は今ここにいます」
コルベールからの質問に対し、できる限り落ち着いた雰囲気で、敵意などを抱かせないように返答する。
コルベールとのやりとりを目にし、眼前の少女は安心をしたのかホッと息を吐きだし、そっと胸を撫で下ろした。
「2年生に進級する際に行われる“使い魔召喚の儀”……その“サモン・サーヴァント”をおこない、“使い魔”を“召喚”して“契約”することで、今後の“属性”を固定し、それにより専門課程へと進むはずなんだが……先ほどのミス・ヴァリエールといい、今年はどうなっているんだ?」
ミス・ヴァリエール。
ミスということからも女性であるとうことは直ぐにわかる。
そして、ヴァリエールという名前。
そのことや先ほどから出て来ている“サモン・サーヴァント” という言葉、ミスタ・コルベールと呼ばれた男性、周囲の彼ら彼女らの容姿から、今自分がいる場所――世界に対して強く確信を抱く。
どうやら自分は、“サーヴァント”として“ゼロの使い魔”シリーズの世界へと“転生”することに成功したようである。
「ですが、貴方はその……」
「なにか?」
「服装からの判断で申し訳ないのですが、“貴族”――いや、それに等しい立場の――」
「あ、ああ………そういうことか……」
コルベールからの恐る恐るといった具合の質問に、最初はどうしたのだろうと思ったが、直ぐに合点が行く。
改めて自身の姿を、着用している服をチラリと見る。
今俺が着ている服は、この世界のこの時代に於いてはかなり高価な、そして稀少な素材を使用して作られるモノなのである。それらで編まれたモノを今着用しているのだから。ここにいる少年少女たちやコルベールが着ている服よりも遥かに上質な素材でできているのが一目でわかるだろう。それも、この世界の文化や文明レベル的には“貴族”や“王族”でさえも着ることができないであろうほどの上質のモノを、だ。
もう少し正確に言うのであれば、|“貴族”や“王族”が着ているだろう服に使用されているモノよりも明らかに良い材質《見たこともないが、上質であろう素材》を使用して作られた服装であるということが一目で判る。
そういったことからも、どこかの指導者や“王族”など、またはそれ以上の立場に就いているとそう判断したのであろう。
「なに、気にする必要はない。先ほども言ったが、私は彼女の求める声に応えただけ……“召喚”に応じたのだから」
「で、では――ミス・エルディー。“儀式”の続きを」
「は、はい……」
コルベールの緊張した様子に影響を受けてしまったのか、眼前の少女――ミス・エルディーもまた強い緊張感を覚えている様子だ。
「わ、我が名はシオン・アフェット・エルディー……“5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ”……そ、その……失礼、します!」
上ずった声を出しながらも途切れさせることなく、聞き覚えのある“呪文”を彼女は唱え始めた。
手にしている“杖”を俺の額へと向け、恐る恐るといった具合に軽く、コツンと当てる。
そして、ゆっくりと唇を近付けて来た。
だが、その唇は直ぐに俺の唇に当たることはなく、途中で止まっている。そして、彼女はプルプルと身体を震わせている。
「そんなに緊張する必要はない。肩の力を抜いて……深呼吸を」
「は、はい……」
俺の言葉に対し、シオン・アフェット・エルディー(以降シオンと呼称)は深く息を吸い吐き出す。
そして彼女は再び、俺の唇へと自身の唇を付け、重ねられる。
柔らかい唇の感触が感じられ、それと同時にふと生前の国で聞いたことのある知識――キスはレモンの味ということを思い出す。
(まあそんな味、必ずする訳ではないがな)
口づけをしているが、そんな時でもシオンがまだ緊張をしているということがわかる――伝わってくる。
彼女のファーストキスを奪う――生前からの時間も含めて俺自身のファーストキスを奪われてしまったことに対し、少なからず俺もまた同様にショックを受ける が、今それをより強く感じているのは少女――
俺は、彼女の小さな身体と小さな唇へと軽く触れるのと同時に、童貞であるということが理由ないし原因か、即座に離れるべきか少し深くするべきか悩んでしまう。
が、そうしていると、どうやらキス――必要な工程は終了したのか彼女の唇は離れて行く。
「大丈夫かな?」
顔を真赤にして照れている彼女に対し、俺は平静を装いながら質問をする。
「だ、大丈夫れす……」
当然、大丈夫だと返して来るのだが、その様子――言動からは平時のそれではないだろうことは力を使わずともわかる。
「流石ミス・エルディーだ。“サモン・サーヴァント”も“コントラクト・サーヴァント”も1度で成功させてしまうとは」
コルベールは自身のことであるかのように、とても嬉しそうにしている。
「ま、“ゼロ”とは違うし当然だな」
などと外野からの言葉が聞こえて来るが、その“ゼロ”と呼ばれている人物――“ゼロのルイズ”――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだろう少女は顔を俯向かせ、悔しそうに身体を小さく震わせているのが遠目に見える。
そして、その足元にはふてくされれているような様子を見せ、座っている平賀才人だろう少年がいるのも見える。
彼女と彼の姿を目にし、彼女が“ゼロの使い魔”シリーズのヒロインであるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール(以降ルイズと呼称)だということを、そして彼が平賀才人(以降才人と呼称)だという事を確信する。
「“ゼロ”は、相手がただの“平民”だから“契約” できたんだよ」
「そいつが高位の“幻獣” だったら、“契約”なんてできないって」
何人かの生徒が嘲笑いながら、桃色がかったブロンドの髪をした少女――ルイズと才人へと視線を向ける。
そんな生徒たちに対し、ブロンドの少女はキッと強く睨み返し、反論をする。
「馬鹿にしないで! わたしだってたまには上手く行くわよ!」
「ホントにたまによね。“ゼロのルイズ”」
巻き髪とそばかすが特徴な魅力的な少女は、そんなルイズを嘲笑う。
「ミスタ・コルベール! 洪水のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が洪水ですって!? 私は“香水のモンモランシー” よ!」
「あんた小さい頃、洪水みたいなオネショしたって話じゃない。洪水の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! “ゼロのルイズ” ! “ゼロ” のくせになによ!」
売り言葉に買い言葉といった具合に、互いに強く睨み付け鋭い刃物のような言葉を口にして行く少女たち。
モンモランシーと呼ばれた少女は恐らく、最初こそ単にうるさいと言うだけのつもりだったであろうが、タイミングや言葉選びなどを色々と間違えてしまったのだろう。
だがそれ以上に、俺はそれよりも前の幾人かの生徒たちがルイズへと向けた言葉と視線が気になった。いや、気に喰わなかったと言うべきだろうか。
あれは明らかに見下したモノ、相手を馬鹿にしたモノだということは自明の理であろう。
「こらこら。“貴族”はお互いを尊重し合うモノだ」
コルベールはそんな言い争いをする2人の少女の仲介に入ろうとする。
少女たちよりも経験していることが多く濃いということもあって、その言葉にはかなりのモノが込められているだろう。
そうしていると、身体の底から少しばかり熱を感じ始める。呻き叫ぶほどの熱や痛みではないが、それでも少しは気になる程度だ。
その熱と痛みは身体全体に広がっており、自身の身体に“使い魔”の“ルーン”が刻まれているだろうことがわかる。
「失礼ながらルーンの確認をさせて頂きたいのですが、どの辺りに熱を感じましたか?」
「全体だ」
コルベールからの質問に対し、俺は答え、臆面もなく上半身の服を脱ぐ。
周囲の少女たちからは黄色い悲鳴が飛び、少年たちからは羨望の眼差しが向けられて来ているのが判る。
そして、眼の前のシオン・アフェット・エルディーはまたも顔を真赤にし、両手で顔を隠す。が、指の隙間からチラチラとこちらの様子を伺うかのようにして覗き込んで来ているのがわかる。
「これは凄い……」
俺の身体に刻まれている“使い魔”の“ルーン”を目にし、コルベールはありきたりな驚嘆の言葉を口にする。
コルベールはそんな言葉を口にしながら、手にしているノートにペンで模様を見ながら書き記している。
俺の身体全体に刻まれた“使い魔”の“ルーン”は、赤い模様であり、幾何学模様を描いているらしい。
意識を体内と精神に向けて確認をするが、この世界に呼び出された直後と比べても特にこれといった変化は見当たらない。
「痛ッ、なに、これ……?」
そうしていると、シオンの左手の甲に、赤い模様が現れ始めた。
だが直ぐに発生する際に出る痛みもなくなったのか、浮かべる表情は困惑のそれになる。
「ほほう、これもまた変わった」
「あの、これは一体……?」
ミスタ・コルベールは興味津々といった風であり、対するシオンはひどく困惑し、戸惑っている。
「“令呪”だ」
「――え?」
「詳しいことはまた後で話したいと思う。それよりも」
俺の呟きに対して訊き返すシオンとコルベール。
「ああ、すまない。じゃあ皆教室に戻るぞ」
皆からの無言の催促に気付いたコルベールは、名残惜しそうに踵を返し、“フライ”の“魔法”を使用したのかフワリといった風に宙に浮かぶ。
才人は、その光景を目にして口を大きくあんぐりと開け、その様子を見詰めている。
科学が世の理であり、常識であった世界から来た彼からすると、今眼の前で起きているそれはまさしくファンタジーのモノだろう。
種や仕掛けなど当然ありはするのだが、ワイヤー等を使用しての浮遊ではないということをしっかりと理解してしまったのだろう才人は言葉も出せないでいる様子を見せている。
そうして、コルベールに続いて他の生徒たちも宙へと浮かぶ。
コルベールや宙に浮かんでいる生徒たちは、先ほど確認した石造りの城へと向かい飛んで行く。
「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」
「こいつ“フライ”は疎か、“レビテーション”さえまともにできないんだぜ」
「その“平民”、あんたの“使い魔”にお似合いよ!」
口々にルイズへとそう言って嘲笑いながら飛んでいく生徒たち。
後に残されたのは、“ゼロのルイズ”と呼ばれた小さくも気が強い少女、呼び出され突然法則や常識の違いに戸惑うだけの少年、そして俺と俺を喚んだ少女だけになった。
そうしてルイズは大きく溜息を吐き、我慢の限界が来たといった風に才人の方へと向いて大声で怒鳴った。
「あんた、なんなのよ!?」
そんな少女に対して少年の方もまた怒りで大声を上げ、対抗する。
「お前こそなんなんだ!? ここはどこだ!? お前たちはなんなんだ!? なんで飛ぶ!? 俺の体になにをした!?」
「ったく、どこの田舎から来たか知らないけど、説明して上げる」
「田舎? 田舎はここだろうが! “東京”はこんなド田舎じゃねえぞ!」
「トーキョー? なにそれ? どこの国?」
「“日本”」
「なにそれ。そんな国、聞いたことない」
「ふざけんな! ちゅうかなんであいつら飛んでんの? お前も見ただろ? 飛んだよ! あの人たち!」
大きく動揺し、不安や疑問を口にすることしかできないでいる才人。
しかし、ルイズはというと当然全く動じていない。
「そりゃ飛ぶわよ。“メイジ”が飛ばなくてどうすんの」
「“メイジ”? いったいここはどこだ!?」
などなど我慢できなくなったのだろう、才人はルイズの肩を掴み怒鳴ってしまう。
「“トリステイン”よ! そしてここは斯の有名な“トリステイン魔法学院”!」
「“魔法学院”……?」
ルイズからのやや雑な、そして乱暴な口調での説明を耳にし、理解はできたが、それでもやはりにわかには信じられないといった様子を見せる才人。
「私は2年生のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人さまよ。覚えておきなさい!」
ようやく理解と実感を一緒に覚えられたのだろう、少年の身体から力が抜けたのかヘナヘナと座り込んでしまう。
「あの……ルイズさんよ」
「なによ」
「ホントに、俺、“召喚”されたの?」
「そう言ってるじゃない。何度も。口が酸っぱくなるほど。もう、諦めなさい。わたしも諦めるから。はぁ、なんでわたしの“使い魔”、こんな冴えない生き物なのかしら……? もっと格好良いのが良かったのに。“ドラゴン”とか、“グリフォン”とか、“マンティコア”とか。せめてワシとかフクロウとか」
「“ドラゴン”とか、“グリフォン”とかって、どういうこと?」
「いや、それが“使い魔”だったら良いなぁって。そういうことよ」
「そんなのホントにいるのかよ!?」
「いるわよ。なんで?」
「……嘘だろ?」
どうやら少しは落ち着いたのだろう少女と少年は、まだ言葉に棘はあるモノのどうにか会話をすることができている。
ファンタジーな世界に来てしまったということを理解はしただろうが、それでもやはり夢見心地なのか、才人は“ドラゴン”や“グリフォン”などの存在を信じられずにいる様子である。
「まあ、あんたは見たことないかもしんないけど」
呆れた声で、ルイズは言った。
当然彼女からすると冗談ではなく、当然のこと――常識である。
「飛ぶからもしや……と思ったんだけど。マジでお前ら“魔法使い”?」
「そうよ。わかったら、肩に置いた手を離しなさい! 本来なら、あんたなんか口が利ける身分じゃないんだからね!」
どうにか立ち上がり、ルイズへと弱々しく質問を投げかける才人。
だが、1度立ち上がりはしたが、彼は直ぐにヘナヘナと地面に膝を付いてしまう。
そんな少女と少年の様子を見て、俺、そして俺を喚んだ少女――シオンは温かい目になってしまう。
「ルイズ」
「呼び捨てにしないで」
「殴ってくれ」
「――え?」
才人からの突然な頼み事に対し、ルイズとシオンは鳩が豆鉄砲を食らったような反応を見せる。
先の展開を既に識っている――理解している俺ではあるが、それでも少しばかり彼女たちと同様に面食らってしまった。
「思いっ切り、俺の頭を殴ってくれ」
「なんで?」
「そろそろ夢から覚めたい。夢から覚めて、“インターネット”するんだ。今日の夕飯は“ハンバーグ”だ。今朝、母さんが言ってた」
周囲の反応に気付いていないのか、才人は現実逃避を始めてしまう。
あまりにも自身の常識から外れた出来事や情報に対し、才人の脳はパンクでもしてしまったかもしれない。
「いんたーねっと?」
「いや、良い。お前は所詮、俺の夢の住人なんだから。気にしなくて良い。とにかく俺を夢から覚めさせてくれ」
気になっただろう単語をオウム返しで訊き返すルイズだが、そんな彼女の言動に対してもどこ吹く風で、才人は話を続ける。
「なんだか良くわからないけど、殴れば良いのね?」
そんな才人の頼みを受けて、ルイズはそう確認して小さな握り拳を作り出した。
他者を殴ることに対しての恐怖や不安、そして眼の前で話続けている彼に対する怒りなどからなのか、その小さな手はワナワナと震えている。
「お願いします」
そして、才人からの言葉を受けて、ルイズは握り締めたその拳を振り上げる。
「……なんであんたはのこのこ“召喚”されたの?」
「知るか」
「このヴァリエール家の三女が……由緒正しき旧い家柄を誇る“貴族”のわたしが、なんであんたみたいなのを“使い魔”にしなくちゃなんないの?」
「知るか」
拳を振り下ろすことなく、ルイズは沸々と湧き上がる怒りなどの負の感情と共に感じているだろう疑問を口にする。
が、対する才人はというと素知らぬ顔で応える。いや、当然知る訳がないので仕方がないのだが。
「ル、ルイズ。その辺りで、ね?」
不味いと感じたのだろうシオンは、ルイズへと落ち着くように声をかけた。
が、効果はない様子である。
「……“契約”の方法が、キスなんて誰が決めたの?」
そして、そのルイズの口から出た言葉に、シオンは先ほどのそれを思い出してしまったのか、また顔をゆでダコのように真っ赤にする。
「知るか。良いから早くしろ。俺は悪夢は嫌いだ」
「悪夢? こっちの台詞よ!」
「君たち、そろそろやめたま――」
これ以上はと思い、俺は中断するようにと声をかけたが、既に遅かったのか。ルイズはついに怒りを爆発させ、才人の頭を思い切り強くぶん殴った。
そんな彼女の手の甲にある赤い痣がチラリと見える。
「――ファーストキスだったんだからね!」
少しばかり威力があったのであろう、平賀才人は怒りに肩を震わせている少女に殴られ気を失ってしまう。
そんなファーストキスから始まった2人の恋のヒストリーを、俺は特等席から観ることができるということに口元を思わず緩ませてしまった。
「では改めて自己紹介を。“サーヴァント”、セイヴァーだ。よろしく頼むよ、“マスター”」
「うん、よろしくね。えっと、私はシオン・アフェット・エルディーって言うの。シオンで良いよ。セイ、ヴァーで良い、のかな?」
「ああ、それで構わない」
「えっと訊きたいことがあるんだけれど……」
「なんなりと」
「昼の“使い魔召喚の儀”の時、“令呪”って言ってたけど……」
「そうだな。“令呪”というのはいわゆる“サーヴァントへの絶対命令権”だ。3回限りのだがな。君の場合だと、左手の甲に赤い痣があるだろう? それが“令呪”だ」
「これが……」
「使用するのには意識を強く向けるだとか、個人差はあるが……基本的には、1回使うごとにその痣を構成する3つのうち1つが消え、形が変わる。君自身の身体能力強化や魔法の使用時のブースト等に使用もできるだろう。まあ、3回分しかないから使い所は慎重に考え、見極めるべきだがね。まあ、君であれば絶対服従などといった命令に使うことはないだろうが……」
夜。
正確な時間を知ろうと思えば知ことができるが、そういった気にはなれず、曖昧で大雑把な時間の感覚を楽しんでいる。
そして、昼頃に俺を“召喚”したことで“マスター”となったシオンの部屋におり、そこで改めての自己紹介と簡単な質疑応答といったコミュニケーションを取っているところである。
彼女は、俺の回答を聴いて自身の左手にある“令呪”へと目を向けている。
「えっと、まだいくつか訊きたいことがあるけど」
「ああ構わない。君の疑問が解消され、晴れるのであればなにも問題はない」
「それじゃあ、その……“サーヴァント”って、なに?」
「そうだな。簡単に言えば、“過去に存在した英雄たちが霊となった英霊を使い魔という枠へと無理矢理に落とし込み、人が使役できるようにしたモノ”っていったところか……」
「えっ!? それじゃあ、セイヴァーはどこかの“英雄”? でも、過去って言ったし……まさか、幽霊!?」
「ハハッ、原則にのっとった“サーヴァント”であればそうだろうな。だが、俺は違う」
大袈裟とは言えないが、それでも大きなリアクションを取ってくれるシオンに対し、俺の頬が少し緩んだ。
「まず俺は“転生者”という存在だ」
「“転生者”?」
「“輪廻転生”と言ってな。色々と省いて大雑把に説明するが、死ぬと次の段階に入り、また別の人生を歩むために生まれ変わる――新しい命を貰い、誕生するんだ」
「……“輪廻転生”」
「そう。だが、本来の“輪廻転生”とは違い、俺は“神様転生”というモノを行っている。伝説や伝承、想像上の道具や能力を貰い、死ぬまでに生きていた世界とはまた“違う世界へと転生をする者”。簡単に言えばだが、それが“転生者”だ」
やはり厳密には違うだろう。
だが、できる限り噛み砕き、できる限りやさしく説明をするとするならば、このような感じで良いだろうか。
「“転生者”のことはわかったわ。でも――」
「――わかっている。“サーヴァント”についての説明だったな。まず、例外のないルールなどという存在などないということを理解しておいて欲しい。俺の場合その例外の1つ――1人で、強い“サーヴァント”になるという特殊な力や道具を貰って“転生”したんだ」
「そして、私に“召喚”された、と」
「そうだ。理解が速くて助かる」
俺の雑な説明を聴きながらも、それをしっかりとシオンが理解したということに驚きを感じ素直に賞賛の言葉を送る。
すると、シオンは笑顔を浮かべる。
幼い顔立ちをした少女であるということもあるだろうが、整った顔立ちなどの容姿で笑顔を浮かべるということもあって、その破壊力は凄まじいモノがある。
「“サーヴァント”って基本的には過去の“英雄”なんだよね? それじゃあ、やっぱり幽霊……身体はどうなってるの?」
「そうだな……“エーテル”でできた仮初の身体を持っていると言っても上手く理解できないだろうな。ふむ……前提として理解し覚えておいて欲しいのだが、この世界、俺の元いた世界もそうだが、世界はとても小さな粒――素粒子というモノ、またはそれよりも小さな粒で構成されている」
「うんうん、それで?」
「その素粒子が集まり引っ付き、陽子や電子などといったモノになり、そして原子や分子といったモノになる。そして、それらが更に集まり、複雑に引っ付き相互作用して細胞というモノになり、またその細胞が更にいくつも集まり、君たち人を始めとした生き物を生き物たらしめているんだ」
「うーん、なんだかとても難しい話ね。それに、なにかわからないモノがいくつも集まって私という存在があるなんてにわかには信じられないし、信じることができたとしても少し気持ちが悪いわ」
「そうだろうな。まあ、話を続けるぞ。ヒトの場合は、その細胞を構成するのはいくつもの種類と数の分子だが、“サーヴァント”の場合は“エーテル”という”魔力”――素粒子の1つとでも想って欲しい。それらがいくつも集まり、緻密に精密に、複雑に引っ付き相互作用を起こすことで、私たち“サーヴァント”の身体は構成されているんだ」
できる得る限り、簡単な説明を。
そう努力をしているが、そうそう簡単なことではないだろう。
上手くできているという確信はあり、理解はしているのだが、それでも不安を覚えずにはいられない。
「そして、私たち“サーヴァント”の肉体は2種類に分けることができて、今のこの状態である血肉を備えた状態の実体。そして、不可視かつ物理的に縛られず影響を受けることがない“霊体”の2つがあるんだ」
「実体、ね。私たちの身体となにも変わらないと思うんだけどなぁ……“霊体”はどんな感じなの?」
『これがそうだ』
俺の身体へと指でツンツンと突いて来るシオンは、やはり信じられないといった様子を見せている。
そして、俺はそんな彼女の質問に対して、実際に“霊体”になる――“霊体化”することで実証し、見せてみせる。
「どこにいるの? と言うか、頭に……」
『これが“霊体”だ。そして今こうしているのは、頭に直接語りかける技術――思念通話とでも言ったところか。もちろん、これは実体を持っている時にもできるし、貴方にもできますよ』
「そ、そうかな……」
できるという確信はありはしたのだが、それでも実際にして見せて確認するのとでは大きな違いがそこにはある。
自分でも少しばかり驚いたが、直ぐに平時と変わらない感情や気分になる。
そして、俺の思念による通話に対し、シオンは困惑している。が、ただ困惑しているのではなく、“魔法”を使用するのと同じように、使用しようとしているのがわかる。
『こ、こんな感じかな……?』
『そうです。呑み込みが速いですね』
『えへへ』
俺からの素直な賞賛に対し、やはり嬉しそうな言動を取るシオン。
俺は再び実体へと戻り、彼女へと向き直る。
「あなたのこと、もっと知りたいな」
「わかりました。ですが、時間も遅い。夜更かしは美容の大敵などと言いますし、そろそろ就寝するべきだと私は思います」
「そうね。なんだか眠くなって来たし、そろそろ寝ます。でも、あなたは?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、お気になさらず。“霊体”になれば良いだけですから」
「……なるほど」
部屋の中にあるベッドは1つだけであり、彼女はどのようにして就寝するのか悩んでしまったのであろう。
だが、“サーヴァント”には“霊体化”というかなり便利な能力や技術がある。
それを使用すればまったく問題はないだろう。
「では睡眠前に1つ。改めて」
「なにかしら? セイヴァー」
「“サーヴァント”、セイヴァー。“召喚に応じ、参上した。これよりこの剣は貴女と共にあり、貴女の運命は私と共にある。ここに契約は完了した”。これからよろしく頼む、“マスター”。シオン」
「ええ。よろしくね、セイヴァー」
台詞の順番は間違っているかもしれないが、それでも言いたいこと、やってみたいことはできたということに満足する。
するとしないでは、モチベーションにかなりの差が出るのだから。
「おやすみなさい、セイヴァー」
「ええ。お休みなさい、シオン。よき夢を」
夜空には2つの月が浮かび上がっており、その月から優しい光が“トリステイン魔法学院”を照らしている。
寝息を立て始めたシオンを前に、俺は“霊体化”した。