ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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揺れる心

 才人が中洲で暴れた日の夕方……。

 ルイズは、自分に与えられた居室で才人の帰りを待ち侘びていた。

 主街道を抱え、観光のメッカでもあるこの“カルカンソンヌ”は宿屋が多いのである。そのほとんどは現在、“ロマリア”軍が接収していはするが、それでもルイズ達“トリステイン”組やシオンを始めとした“アルビオン”組にも、一軒の宿、それぞれ個室が割り当てられている。

 あの後、ルイズは直ぐに宿舎へと引き揚げて来たのだが、待てど暮らせど中々に才人は帰って来ないのであった。

 扉がガチャッと開いた時、ルイズの顔が輝いた。

 だが、そこに立っていたのは2人の金髪少女、ティファニアとシオンであった。

 ティファニアは、未だユッタリとした“聖女”としての衣装に身を包んでいる。フードで耳を隠すことができるために、都合が良いのである。“始祖ブリミル”の巫女に、「フードを取れ」などと言うことができる人は先ずこの“ハルケギニア”にはいない。いるとしても、教皇であるヴィットーリオくらいであろう。

「わ、私達でごめんなさい」

 ティファニアは、恥ずかしそうにモジモジとした。

「なんで謝るのよ?」

「え? いや、あの、サイトを待ってるのかなーって。そんな風に見えたモノだから」

「別に待ってないわ」

 ティファニアの言葉に、ルイズは照れ隠しのために顔を背けて答える。

 そんなルイズを、シオンは笑みを浮かべて見遣った。

 ティファニアは、ルイズの隣に腰を下ろす。それから、「何だか大変なことになっちゃったね」と困ったような声で言った。

「全く、こんな状況なのに暢気なもんだわ」

「ご、ごめんなさい」

「貴女じゃないわ。サイトよ。ここは敵地で、敵軍と睨み合いが続き一触即発の状態だというのに、敵味方に挟まれた川の中洲で、敵の御調子者と一騎討ちごっこに興じているなんて。どういう積りかしら?」

 ルイズのそんなブツブツとした愚痴じみた文句を、ティファニアはモジモジとしながら、シオンは静かに時偶首肯きなどをして、聞いている。

「理解ってる? 今はもう“聖戦”迄発されて居るのよ。退っ引きなら無い状態成の。姫様から“くれぐれも自重してください”って言われてるのに、一体どういうつもりよ!?」

 ルイズは、才人には才人の考えがあるということを理解はしている。理解はしてはいるのだが、一騎討ちを引き受けた理由などまでは知らないこともあり、そういった不満をルイズは抱いているのであった。

 ルイズは川を挟んで対峙している2つの大軍の様相を想い出し、(あれだけの大軍が打つかり合う戦は、どれほどのモノになるのかしら?)と身震いした。

 だがそれと同時に、彼女達にとってジョゼフ王は斃さねばならない悪ではあるのだが、かといってその手段が戦というのはどうにも間違っていると、ルイズには想えるのであった。

「……ごめんなさい」

「だからどうして貴女が謝るのよ?」

「私の所為だわ。私がルイズの記憶を消さなかったら、こんなことには……」

 ルイズは、ティファニアの手を握った。

「違うわ。私の所為よ。私はサイトをあいつの世界に帰すことを条件に、“ロマリア”に協力を申し出てしまった。“アクイレイアの聖女”としての私の存在が、“聖戦”発動の1つの後押しになったことは間違いないわ」

 才人の記憶を消したことで自分が自分でなくなっていたとはいえ、ルイズにとってそれは自分の意志で行ったことであるということもあって到底赦すことができないことであるといえるだろう。

「だからこそ、この戦は絶対に止めたいの。本当の意味での“聖女”として、それこそ今私がしなくてはいけない仕事なのよ」

「誰が悪いとかはおいといて、確かに今はこの戦を止めることに集中するべきね。それに、セイヴァーが言っててでしょ? これもまた既に決まってることなの。だから問題はないわ」

 ティファニアとルイズの言葉に首肯きながら、シオンは自らの考えを述べる。

「何か釈然としないわ……と言うか、ハッキリと言うとムカつくわね。既に決まってるなんて。何か、セイヴァーの玩具みたいじゃない」

「でも、セイヴァーの説明、そしてこの世界の造りからすると、“根源”から生まれ出た時点で決められたことだから……セイヴァーも、その仕組みから、枠組みからは脱することができないみたいだよ」

「…………」

 シオンの言葉に、ルイズとティファニアは言葉にできない感情を表情に表した。

 それから、ティファニアは真っ直ぐにルイズとシオンを見詰めて言った。

「難しいことは理解らないけど、私にできることがあるなら、御手伝いするわ」

「有難う」

「ううん。私のためでもあるの。“エルフ”と人間達が争うなんて悪夢だわ。両方の血が流れている私だからこそ、できることがきっとあると想うの」

 ルイズの素直な感謝の言葉に、ティファニアは強く言った。

「そうね、私、貴女と御友達になれて、本当に良かったわ」

「ええ。貴女のような娘が、従妹で本当に嬉しい。というよりも、誇らしいわ」

 ルイズとシオンがそう言うと、ティファニアははにかんだ笑みを浮かべた。

「でも、ホントに“ロマリア”の動向は不気味ね」

「と言うと?」

 ルイズの言葉に、ティファニアは首を傾げる。

「“アクイレイアの聖女”……“聖戦”の象徴として私を担ぎ上げたはずなのに、最近は何も言って来ないわ。何らの命令すらもない。ほとんど放置された状態じゃない」

「そうね」

「こんな所で足止めを喰らって、“ロマリア”はかなり焦っているはずなのに……何故私達に何も言って来ないのかしら?」

 見張りは着けられてはいるが、それでも直接ジュリオやヴィットーリオからの接触は今現在のところないのである。

 ルイズは、(もう既に、役目は終わった、ということかしら? それとも、次の手のために温存されているのかしら? いいえ、タバサを女王にするために動いてるとか?)と考えた。

「……兎に角今は姫様、アンリエッタ女王陛下に期待しましょう」

 ルイズは、強く言った。

 アンリエッタは、「何とか解決策を見付けます。それまで時間を稼いでください」と言い残して帰国したのである。毅然とした、決意に溢れる表情をしていたといえるだろう。

 だからこそルイズは、アンリエッタを信じることにしたのである。幼い頃の妄信ではない。アンリエッタのその態度と言葉の力に、信ずるに足るモノを感じたからこその決断であるということができるだろう。

「貴女達の従姉妹は、必ず何らかの解決策を提げて、この“ガリア”にたって来るわ。それまで待ちましょう。“ロマリア”に協力しているふりをしながら……私達がここにいれば、姫様は戦に介入できる」

 ティファニアも、ルイズの考えに同意し首肯いた。取り敢えず彼女は、難しい決断はルイズやアンリエッタ達に任せるつもりでいるのであった。(彼女達になら、自分の“運命”を預けられる)と想い、そう決めているのである。

「ルイズ凄いわ。ちゃんと考えているのね。私、一体どうなのかなって、不安で怯えていただけだったわ」

「仕方ないわよ。ずっと“アルビオン”の森の中で暮らしていたんだもの。世事に疎いのは当然だわ。でも、それなのにあいつと来たら……」

 ティファニアの賞賛の言葉に、ルイズは満更でもない様子を見せる。が、直ぐに、ギリギリギリ、と歯を噛み締めた。

「サイトのこと?」

「ええ。何一騎討ちごっこなんかやってるのよ!?」

「サイトには、きっとサイトの考えがあってのことだと想うわ。きっと、男の子の理屈で、そうした方が良い、と感じて行ってるのよ。それに」

 ティファニアは、不満そうなルイズを見ながらどうにかフォローを入れ、次いでシオンへと目を向ける。

「そうね。セイヴァーの言ってた通り、“ロマリア”と“ガリア”は睨み合いをして、模擬戦基一騎討ちごっこじみたことをしている。このまま行くと……」

「へん! あいつがそこまで考えが回るもんですか! 近頃はやっとマトモなことも考えることができるようになって来たのかしら、なんて感心してた矢先にあのトンデモ妄想だわよ! 何が3人で以下略よ! 中庭は兎も角、あれが男の子の理屈って、言うんなら、やっぱりあいつは死んだ方が良いわ」

「それは言い過ぎよ」

 ティファニアが窘める。

 そんなティファニアの言葉に、シオンは同意する。

「そうよルイズ。サイトも年頃の男の子だもの。それに、“ハルケギニア”とは違う世界、“トリステイン”とは違う“国”から来たんだもの……私達の常識に当て嵌めて考える、決め付けるのはあまり良くないわ」

 そんなティファニアとシオンに向けて、ルイズは目を吊り上げて言った。

「あんた達、あの犬っころがどんだけ、際どい空想で私を苛めているのか知らないから、そんな寝言が言えるのよ」

「き、際どい空想?」

 ルイズは、ティファニアのフードを上げると、ティファニアとシオンにだけ聞こ得るていどの小さな声でゴニョゴニョと呟いた。。

「……な、中庭で!?」

「ゴニョゴニョゴニョ」

「ルイズを犬の様に四つん這いにさせて!?」

「ゴニョゴニョ、ゴニョ。ゴニョゴニョ、ゴニョニョ。ゴニョゴニョノゴニョ」

「……を叩きながら!? ……のここが……で……なってるじゃねえか!? 俺の……を……こうしながら……自分で!? それからおもむろに!? はう!? ひう!?」

 ティファニアは、混乱と驚きと恥辱のあまり、ルイズの説明を復唱しながらそのたびにピクピクと震えた。

「ね? ありえないでしょ。あの犬」

「私半分も理解んないけど! 何だかとんてもないことってことだけは理解るわ!」

「アブノーマルね……でも、それもまた男の子としての部分から来てるのかしら? 後ティファニア、貴女はそのままでいてね」

「これで、軽い方だから」

 ティファニアは顔を真っ赤にさせて、膝の上で手を握り締めた。

「軽いんだ……そ、そお……で、でも信じられない。サイトが……そんな……」

「ゴニョゴニョゴニョ」

 ルイズが重めの奴を呟くと、ティファニアは白目を剥いて後ろに倒れてしまった。

 ルイズは、そんなティファニアに活を入れて叩き起こす。次いで、再開する。

「ゴニョゴニョゴニョ」

「やめて! ルイズもうやめて!」

 ティファニアは胸を押さえながら、荒い息を吐いた。

「で、何が赦せないってね」

 ルイズの目が徐々に、より吊り上がり始めた。

「こんな妄想を抱いている相手は、私に向けてだけじゃないってことよ。3人で以下略、でそれが発覚したの」

「あのねルイズ。気になってたけど……そんなことされたら、私だったら死んじゃうと想うんだけど、ルイズは平気なの?」

「どういう意味?」

 ティファニアの質問に、ルイズはキョトンとした様子を見せる。

「だって、その、3人で以下略、が発覚するまでは、そんなに怒っているようには……ひう!? うわ!? あうっ!?」

 ルイズは、ティファニアの胸を掴むと、憎々しげに捏ね回し始めた。

「胸が言わせるのね。この憎い胸が、そんな生意気を言わせるのね」

「ごめんなさい! 気の所為! 気の所為だったわ! ルイズとっても怒ってたわ!」

「でしょ」

 ルイズは腕を組んで、横を向いた。

 そんなルイズとティファニアを見て、シオンは苦笑を浮かべた。

「でも、男の子って怖いのね……」

「なに暢気なこと言ってるのよ。あんた達だって、あの犬ころの空想の中で、何をされているのか知れたもんじゃないわ」

「わ、私?」

 ティファニアは、ルイズの言葉を聞いて、ピクリを身を震わせた。

「そうよ。だってあんたってば、こんなの付けてるんだもの。きっと私が知らないだけで、出演回数第一位だわよ!」

 再びルイズは、ティファニアの胸を捏ね回し始めた。

 ルイズの小さな手が、巫女服の下にある凶悪ともいえる2つのブツに埋まり込み、自在に形を変えさせて行く。

「ど、どんな演技を……この胸に……! く、くく、きっと顔とか埋めた! くらいに! して!」

「ひう! あう! ルイズ! 御願い! 御願いよ! やめて! シオンも! 救けて!」

 やっとのことで、ティファニアは自力でルイズを引き離すことに成功した。

「はぁはぁはぁ……」

「……ごめん」

「私の胸は別に悪くないと思うから苛めないで欲しいの……」

「言われてみればそうね。にしても彼奴、一体どこで油売ってるのかしら? どこで又候、薄ら下らない妄想のネタでも拾ってるんじゃないでしょーね!?」

「サイトなら、騎士隊の男の子達と呑んでるんじゃない? 昼間、一杯身代金貰ってたから」

 ルイズは怒りに震えながら言った。

「ホントに馬鹿に金持たせると碌な事にならないわね」

 シオンは、「そうね」、と言いながら、いつかのルイズが為出かした賭博のことを想い出していた。

 

 

 

 

 

 ティファニアを連れてルイズとシオンが酒場に向かった。

 そこには既に出来上がってしまっている少年達が、先程の身代金を当てにして更に酒を体内に流し込むべく、エンジンを掛けているところであった。

「おお! “アクイレイアの聖女”殿と、巫女殿、そして“アルビオン”女王陛下が光臨されたぞ!」

 ギムリが大声で叫んで、椅子を引いた。

「ささ! 御座りください! 神と“始祖ブリミル”に仕える巫女殿の酌を、我等神の戦士一同賜りたいと存じます!」

 ふざけた口調でギムリは言った。

 少年達は、ルイズとティファニアとシオンの周りに群がると、酔っ払った口調で万歳を三唱した。

「“聖戦”ばんざーい! “ロマリア”ばんざーい! “アクイレイアの聖女”ばんざーい!」

 それから顔を見合わせ、少年達は、「心にもないことを!」と笑い合う。

 ルイズとシオンは、そんな少年騎士達を冷ややかに見回す。

 そこに才人の姿がないことに、ルイズは気付いた。

「サイトは?」

「ああ。奴ならいないよ。何だか“タバサに渡すモノがある”って言って、どっかに行っちゃったよ」

 マリコルヌがそう言った。

「タバサ?」

 ルイズの肩が、ピクン、と震えた。

 ルイズの中で、(やっぱりあいつ、あのちびっ娘に……手を出していたのかしら?)などといった風に、敢えて考えないようにしていた疑惑が膨れ上がる。シエスタやアンリエッタやティファニアに対して抱くのとは違った種類の嫉妬心がルイズを包む。

 女性的な魅力に溢れた彼女達に、才人が魅力を感じる。それに対しては、ルイズは(まあ、しょうがないわね)と想っている。

 だが、タバサに対しては違った。

 ルイズより小さく、胸が控え目であるのだから。

 才人にもしそういった趣味や嗜好があれば、その時点でルイズはタバサに負けているといえるだろう。

 逆に、才人がもしそうではない趣味を持っているのであれば……。

 そういった欠点を打ち消すほどの魅力を、才人はあの小さな青髪の少女に感じている、とルイズは考えた。

 ルイズは震えた。どちらの場合も、勝ち目はないように想えたためである。

 また、タバサは“ガリア”の“王族”である。血筋や家柄でも、ルイズを凌駕している。

 ルイズは震えた。

 ルイズは、今までの才人とのコミュニケーションからそういったことはない、と理解はしてはいるが、それでも直ぐに落ち着くことができるほどに成熟をしていないのである。

 それからルイズは、(もしかしてあの娘は……今までで最強の敵なんじゃないのかしら?)と考えた。

 タバサが才人に対して、特別な感情を抱いていることを、ルイズは知っていた。だがそれは……恋愛感情ではなく、仕えるべき騎士、という、尊敬に近い感情であった。

 風呂覗きの時に裸のまま救けたり、才人にキスをしたり、など、ルイズの御仕置きという名目のそれを止めてみたり、など、怪しいと想わせる部分はありはしたものの、それはそれでそれなりの理由があっての行動であることが判っていた。少なくとも、好意、からではあるだろうが、それが恋慕などといったモノからではないはずだ、と。

 ルイズは、(それが間違いだとしたら?)、(全ては単なるサイトへの恋的好意だとしたら?)と女の勘が急速に警鐘を発し始めたのを感じた。

 取り敢えず現場を抑えるつもりであろう、ルイズは駆け出した。

 

 

 

 タバサは、“カルカンソンヌ”の寺院正門前の階段に腰掛け、本を読んでいた。

 辺りは徐々に暗くなり始めている。

 街道のそこかしこには篝火が焚かれ、細長い街を行き交う住人や、槍や銃などを背負っている“ロマリア”兵達を幻想的に彩り始めた。

 そんな灯りだけでは当然本を読むことはできないため、タバサは“杖”の先に“魔法”の灯りを灯した。

 次いで、(どうして、私はこんな所で本を読んでいるんだろう?)といった疑問がタバサの中に浮かび上がる。

 本を読むだけであれば、自分に割り当てられた部屋で読めば良いのである。何も、こんな人通りが多い場所で、広げる必要などないのだから。

 冷静に、タバサの理性は、自身の秘めたる欲求について分析をする。

 ……見付けて欲しいから。

 だから、このように目立つ場所で本を広げているのだ、とタバサは理解した。

 その意思が、“杖”の先に灯した“明かり(ライト)”の“呪文”に表れているといっても良いであろう。本を読むには明る過ぎるのである。

 先程のジュリオとのやりとりが、タバサを不安にさせていたのも一因であろう。ジュリオの言葉もまた一理あるのだから。“ロマリア”軍の力を借りれば、復讐はなし遂げやすくなるのは明白である。

 だが……そうしてしまえば、争いが激化する。“ガリア”人同士が血で血を洗う、内乱が始まってしまうであろうこともまた想像に難くない。

 だが、今だって状況は大して変わっていないということができるだろう。

 タバサの中のどこか冷静な部分が、そう言った。

 南部諸侯は“ロマリア”側に着き、既に国は2つに割れているのである。今となっては、逆にタバサが神輿になった方が、相手の戦意を挫き、こちらへの寝返りを期待することもでき、余計な血を流させる必要も低くなるであろう。

 だが、今のタバサには、どうして善いのか判らなかった。

 眼の前の本を、タバサは眺めた。眺める、といった表現が正しいであろう。内容は一行に頭の中に入って来ないためである。表情の起伏が乏しくとも、タバサの内面は嵐の海のように激しく揺らいでいた。

 だからこそ、タバサは彼に逢いたいのである。不安で、どうすれば善いのか判らないために、ただ顔が見たかったのである。

 タバサは、(私が仕えるべき騎士。恋とか、そう言うのでは、決してないけど……そう。だから私はこんな目立つ場所に腰掛けて、待っている……不安だから。私の騎士、と敬う少年に逢いたい。それは恋じゃない。恋なんかじゃない。決して……)と想った。

 そんなタバサを、イーヴァルディは“霊体化”したまま、静かに見守っている。

「ここにいたのか」

 その声で、タバサは思わず本を取り落としてしまった。慌ててしゃがみ拾おうとするのだが、肩に手を置かれた。

「……!?」

 才人の顔が近付き、タバサは頬が染まるのを自覚した。

 タバサの耳元で、才人が呟く。

「渡したいモノがあるんだ」

「……何?」

「……その、手紙だ」

 言い難そうに、才人が告げる。

 タバサは、(手紙? それって、恋文だろうか?)と心臓が跳ねたように思った。(これは恋じゃない。仕えるべき騎士に恋するなんて、あってはならないこと)、と自身に言い聞かせる。

 それでも喜びなどから、タバサの身体に色々なモノが満ちて行く。

「ここじゃ不味いな。どこか人が来ない場所が良いんだけど……」

 チラッと才人は横を見詰めた。

 兜を冠り、長い槍を握った“ロマリア”の兵士が立って、横目で2人を盗み見ているのである。

 タバサは口笛を吹くと、シルフィードを呼んだ。

 何故か小躍りしながら、シルフィードは降りて来た。シルフィードにとって、望んでいた展開だから、である。

 タバサと才人は、シルフィードに跳び乗った。

 2人を見張っていた“ロマリア”の兵士が、慌てて駆け寄って来る。

「どちらに行かれるのですか!? もう夜ですよ!」

「ちょっと夜の散歩。いわゆるデートって奴ですよ」

 そう才人が答えると、兵士は困った顔で首を振った。

「直ぐに帰って来てください! 私が怒られますから!」

 兵士を尻目にして、シルフィードは飛び上がる。

「……さてと、じゃあそれらしくしないと不味いな」

 と、そう言って才人は、前に座っているタバサの肩を抱き締めた。

 タバサの頬が、ユックリとではあるが……染まっていく。

 タバサは、(夜で良かった)と想った。赤い頬に、気付かれ難いためである。

 タバサが黙ったままであるために、才人は彼女が怒ったのだと勘違いした様子を見せる。

「……ごめん。嫌だったか?」

「……平気」

 空から見下ろす“カルカンソンヌ”の街を見て、才人が感嘆の声を漏らす。

 街道沿いに並んでいる篝火が、細長い街を夜の闇に浮かび上がらせている。

「空から見るとやっぱり凄いな、この街。夜の高速道路みたいだ」

「こうそくどうろ?」

「ああ。きっとセイヴァーがいた世界もそうなんだろうけど、俺がいた世界では、そういうのがあんだ」

「見てみたい」

 ポツリ、とタバサは言った。

「コルベール先生みたいなこと言うんだな」

 才人が笑みを浮かべた。

 それから真顔になり、懐から一通の手紙を取り出す。

「……昼間、中洲で俺達“ガリア”軍の“貴族”と一騎討ちやってたんだよ」

「知ってる」

 燻だ色をした封筒である。

 タバサの胸が高鳴って行く。が……その高鳴りは、次の一言で掻き消された。

「最後の相手が、俺にこれを託した。タバサにこれを渡してくれって。御前の味方じゃないのか?」

 タバサは気持ちを切り替え、真顔になり、手紙を受け取った。

 封筒を破ると、中から1枚の便箋が出て来た。

 “杖”に灯りを灯し、タバサはそれを読み上げた。

「カステルモール」

「やっぱり、知ってる奴か?」

 タバサは首肯いた。

「……なんか聞いたことがあるな。そうだ! 御前を救け出した時に、“ガリア”国境で俺達を逃してくれた奴だ! あいつだったのか……顔を隠していたから判んなかった」

 才人は、感慨深そうに言った。

 バッソ・カステルモール。

 いつかタバサが任務を共にした“東薔薇騎士団”団長であり、“スクウェア・クラス”の“風”の使い手である。そして、亡き父の信奉者……彼はシャルロットに忠誠を誓っているのである。

 意外な送り主に驚きながら手紙を読み進めると、そこには驚くべきことが――既に知っていることが記載されていた。

 このたびの“ガリア”の陰謀に憤りを感じ、決起したこと。

 “ヴェルサルテイル”にいるジョゼフ王を襲いはしたが、失敗してしまったこと。その際に“東薔薇騎士団”が壊滅したこと。

 運良く生き残ることができた彼は、生き残りの騎士数名と共に、傭兵のふりをして“ガリア”軍に潜り込んだこと……。

 そして、 「正当な王として即位を宣言されたし」とも書かれている。「そうすれば、“ガリア”王軍の中からも離反者が続出する。彼等を纏め上げ、シャルロットの元に参陣いたす……」とも書かれている。

 そこまで読み、タバサは唇を噛み締めた。

「俺も読んで良いか?」

 タバサは首肯いた。

 手紙を受け取り、書かれている内容を読み、才人もまた険しい顔付きになった。

「セイヴァーの言ってた通りか……難しいことになって来たな……で、どうするんだ?」

 目を瞑ると、タバサは呟くように言った。

「どうすれば善いのか判らない」

 才人は、少し考えた後、口を開いた。

「……もしだよ。もし、ここに書かれているように、タバサが即位を宣言したらどうなる? やっぱり戦は激しくなるのか?」

「……判らない。なるかもしれないし、ならないかもしれない」

「そっか。どっちにしろ、俺はあんまり賛成できないな。タバサの危険が大き過ぎる。そんな目立つ存在になれば、躍起になって向こうは御前を狙うだろう」

「それは確か」

 才人は、真剣な顔で言った。

「今、姫様……アンリエッタ女王陛下は国に帰っている。この“聖戦”を止めるために、何か策を練っている最中なんだ。俺達はそれまで自重しろと言われてる。一騎討ち騒ぎとかやっちゃったけど……だから、タバサも取り敢えずこの件は置いといてくれないか?」

「……理解った」

 そして2人は、手紙の末尾の一行に、目を丸くした。

 

――“ジョゼフは恐ろしい魔法を使う”。

 

――“寝室から、一瞬で中庭に移動して退けた”。

 

――“くれぐれも御注意されたし”

 

「タバサ、こんな“魔法”聞いたことがあるか?」

 タバサは、自身の中の汎ゆる知識を漁ったが……当然、該当するような“呪文”を想い出すことはできない。

「となると……未知の“呪文”……まさか、“虚無”か“魔術”か?」

「……その可能性は低くない」

 伝説とされている“虚無”は、“王家”の血筋に伝わるといわれている。

 元“王族”のタバサは家族とそのような話をしたことを、ボンヤリとではあるが覚えていた。勿論、その時は、誰も“虚無”の復活など信じてはいなかったのだが……。

 今現在、“虚無”は復活し……“ハルケギニア”を揺るがす事件を後押ししている。

 タバサは、ルイズ以外の“虚無の担い手”について、ティファニアとヴィットーリオがそうである、程度の事しか聞いていない。また、“始祖”と“虚無”、“魔術”と“魔法”などの知識はついこの前手に入れたばかりであった。

 タバサは、(自分の叔父王が、そうであっても可怪しくはない。何せ彼には、“4系統”の才能がなかった。だからこそ、才人溢れる自分の父に嫉妬を抱いていたのだ)と考えた。

「この話はここに留めておこう。“ロマリア”軍がどこで聞いているか判らないからな。全く、空の上かセイヴァーの近くくらいでしか落ち着いて内緒話が出来ないなんて」

 タバサは、こくり、と首肯いた。

 少し前までは、復讐は個人的なことであった。だが……タバサの正体を知る様々な勢力が利用しようと動き始めている。“虚無”の復活などが、それを加速させたといえるだろう。

 タバサは、(自分は、この“ガリア”の地では高度に政治的存在なのだ)とそのことを肌で実感した。今までは、母と自分と“使い魔”のことだけを考えていれば、どうにかなっていたのだから。

 だが、今はそうではない。

 タバサの動き1つで、“ガリア”軍の兵士や“ガリア”の民の運命が決まるといっても過言ではないといえるだろう。何万何十万と云う、人の命が賭かっているのである。

 ……おまけにあの叔父が“虚無”に覚醒めている、ということもあり、タバサは、どうすれば良いのか本当に判らなくなった。

 だからこそ、タバサは決心した。

 タバサは、(でも、このサイトなら……彼等なら間違えないだろ)と何度も自分の危機を救ってくれたこのサイト達になら、己の“運命”を預けても構わない。この荒れ狂う嵐の海のような“ハルケギニア”の政治状況の中、自分は翻弄される小舟のようなちっぽけな存在だ。でも、彼等なら……そんな嵐の海上でも、真っ直ぐに港を目指してくれる)とそういった気がした。いや……(下手したら、その嵐さえも止めてしまうんじゃないだろうか?)とも想ったのである。

 タバサは、(だから彼等が選んだ道を歩こう。私の勇者。私の騎士。私の“英雄”。私の……そうするのが1番良い。彼等の行く道なら、どことなりとも歩んで行く)と決心した。

 その決心は……涙が溢れそうなほどの喜びに満ちているといえるだろう。何せ、タバサにとって、才人と一緒に行ける、ということはそういうことであるのだから。

 どこまでも。震える心の中で、タバサは何度も、(恋じゃない)、(それは善けないこと)、(とっても不敬な考え)とそう自分に言い聞かせる。

 そう考え言い聞かせはするのだが、やはり勝手にというべきか、タバサの心は喜びに満ちて行くのである。複雑な状況に置かれた自分の立場さえ、何でもないことのようにタバサに想わせるのである。

 恋じゃないと理屈が何度否定しようとも、身体と感情が自然に動く。

 タバサは思わず、才人へと寄り添った。

「どうした? 寒いのか?」

 風は、シルフィードが上手く逸らしてくれている。

 だが、タバサは、こくり、と首肯いた。心の中で、嘘を吐いたことを父に詫びる。だが同時に、こういった嘘は吐いても良いように、タバサは想った。

「そっか……夜だし、空の上だもんな」

 才人はマントを広げると、その中にタバサを導き入れる。

 才人の温もりを、身体に感じ……タバサは不意に泣きそうになった。

 その時になって初めて、この数週間というモノ、自分がどれだけ気を張り詰めていたのかを、タバサは知った。泣きそうな気持ちで、(私、安心してる。こんなに安心できるのは……初めて)とそう心の中で呟いた。

「……じゃあ、そろそろ帰るか?」

 才人がそう言った時、タバサは首を横に振った。次いで、自然に口を吐いていた。

「もうちょっと」

「え?」

「……もうちょっとだけ、飛んでたい」

 それは、この地に来てタバサが初めて口にした正直な欲求dえあった。

 シルフィードが飛行する場所から100“メイル”上を、1羽の黒い梟が飛んでいた。その姿は夜空の闇に紛れ込み……驚くほどに目立たない。限界まで発達した己の聴力が効果を発揮する距離を保ちながら、シルフィードの速度に合わせて、梟は飛び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ガリア王国”の首都“リュティス”。

 ここは……南部諸侯達の離反により、そこにいることができなくなった現王派の“貴族”や難民達で溢れ返り、さながらかつての“アルビオン”を想起させるほどの混乱を呈している。

 “ロマリア宗教庁”により、突然に“聖戦”にされてしまった戦の中――自国を“聖敵”とされてしまった中、“ガリア”国民達の混乱は当然ながら尋常ではない。連日“リュティス”の寺院には敬虔な“ブリミル教徒”達が群がり、救いを求める始末であった。

 “ガリア”王ジョゼフには信仰心がなかったために関係が薄かった、寺院の神官や司教達は、“ガリア”と“ロマリア”、双方どちらに与するかを慎重に避け、この戦に対しての徹底した中立を宣言した。

 “ロマリア”軍の侵攻から1週間で、栄華を極めた華の都“リュティス”は、この世の終わりを迎えたかの様な陰惨な空気漂う街へと変わり果てていた。

 精鋭であった“東薔薇騎士団”の反乱と壊滅……その恐怖と外国軍に対する嫌悪などからなんとか殆どの王軍はジョゼフ側に着いてはいるのだが……その士気は最低値であるといえるだろう。

 誰もが“ガリア”の敗北を確信しており、占領軍として現れるであろう“ロマリア”の統治に怯えていた。

 自分達が、異端、ではないということを証明するために、裕福な商家は溜め込んだ金銀財宝の目録を寺院に運び込み、これを預けたとすることで信仰の証としようとしている。

 良くも悪くも、常識家でただの善人であった“王党派”の宮廷“貴族”達は、いきなり壊滅しつつある祖国を何とか立て直そうと、躍起になって働いた。

 だが彼等は、“リュティス”の郊外、“ヴェルサルテイル宮殿”の一角……青い壁が美しかったであろう“グラン・トロワ”が崩れ落ちた姿を目にするたびに、自分達の仕事が無駄になるであろうことを実感せずにはいられなかった。

 

 

 

 崩れ落ちた“グラン・トロワ”の主人はというと、宮殿の敷地の東に建てられた迎賓館を仮の宿舎としていた。

 “ガリア”が“聖敵”となって以後、ここを訪れていた各国の大使や、文官達は火事場から逃げ出す鼠であるかのように帰国してしまっている。今や外国からの客など訪れることもなく、そこは閑散としていた。

 ジョゼフは晩餐会室のテーブルを運び出し、代わりに置かれたベッドの上に座り、床に置かれた古木瓜たチェストを見詰めていた。外の混乱とは無縁ということができる穏やかな顔を、青い美髯の中に浮かべている。

 そのチェストには、ジョゼフにとって懐かしい想い出が込められているのである。

 

 

 幼い頃の記憶……広い宮殿の中、5歳ほどのシャルルと、8歳くらいのジョゼフは、隠れんぼに興じていた。

 ジョゼフは、苦労して探し出したこの秘密の場所に隠れていた。これは、小姓達が使うチェストである。パッと見は人が入ることができるようには見えないのだが、“魔法”で中が3倍ほどの広さへと拡張されている。特殊な“マジックアイテム”を使用しているのである。

 ここであれば見付かるまいとたかをくくっていたジョゼフであったのだが……カパッと蓋が開けられ、シャルルがそこから顔を覗かせたのであった。

「見付けたよ。兄さん」

「御前、良くここが判ったな」

「えへへ。“ディテクト・マジック”を使ったんだ。そしたらここが光った。これ、“マジックアイテム”だったんだね」

「御前、もう“ディテクト・マジック”を覚えたのか? なんて奴だ!」

 シャルルは得意げな笑顔を浮かべた。

 

 

 ポツリ、とジョゼフで呟いた。

「1度で良いから、御前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎにならずに済んだのになあ。見ろ、御前の“愛”した“グラン・トロワ”はもう、なくなってしまった。御前が好きだった“リュティス”は、今や地獄の釜の中のようだ。まあ、俺がやったんだけどな。それでも、俺の感情は震えぬのだ。呆気なく国の半分が裏切ってくれたが、何の感慨も持てん。実際、どうでも良い、以外の感想が持てぬのだよ」

 それからジョゼフは、ん~~~、と唸りながら頭を掻いた。

「取り敢えず奴等を灰にしてみよう。御前の元に、国の半分を召使として贈ってやる。待っていろ、シャルル」

 ジョゼフは、溜息を吐いた。

「嗚呼、何だか俺は面倒になってしまったよ。街を1つずつ、国を1つずつ潰して行けば、そのうちに泣けるだろうと想っていたが……考えてみれば面倒臭い話じゃないか。まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと想う。勿論、この“ガリア”も含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」

 そこまで呟いた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。

「父上!」

 大股で入って来たのは、ジョゼフの娘であり、王女で在るイザベラである。“王族”ゆかりの長い青髪をなびかせ、ツカツカと父王の元へと歩いて行く。いつも意地が悪そうな笑みを浮かべた顔は、蒼白に歪んでいる。

「一体、何があったというのですか? “ロマリア”といきなり戦争になったと聴いて、旅行先の“アルビオン”から飛んで帰ってみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという話ではありませぬか!」

「それがどうした?」

 ジョゼフは、煩そうに言った。

「……“それがどうした?” ですって? “エルフ”共などと手を組むから、このようなことになるのです! とうとう“ハルケギニア”中を敵に回してしまったではありませんか!?」

「誰と手を組もうが俺の勝手だろうが。と言うか、余程あの長耳共の方が、我々“ブリミル教徒”よりマトモな考えを持っているぞ。ま、どうでも良いことだが」

 不意にイザベラは、父王のそのような態度に対して恐怖を覚えた。

 今まで、(どこか可怪しい)、(奇妙だ)と想っていたイザベラではあったが……今日はその、奇妙さ、に色が付き、ありありとその姿を見せ付けられたような気がしたのである。

 イザベラは、物心着いた時より、ほとんどこの父ジョゼフと話したことがなかったといえるだろう。幼い頃、母が亡くなってからは、更に関係が浅くなったということができるだろう。

 そのことを、あまり不思議には思わずにイザベラは育って来た。

 “王族”というモノは、親子といえども、王と王女という関係が重視される傾向があるためである。

 沢山の召使や女官や侍従、そして御遊び相手を着けられて育って来たイザベラは、寂しいと感じる暇もなく大人になったのであった。

 たまに親の“愛”に触れてみたくなる時も勿論ありはしたが、そのたびにイザベラは「父君は御忙しいのですよ」と言い含められて来た。

 したがって、ほとんど公式の場でしか顔を合わさなかったといっても良いであろう。

 その言動、“無能王”という渾名、叔父であるオルレアン公を殺したという噂……いずれもイザベラにとってはあまり関係のないことであった。何かを望めば、ジョゼフは必ず与えてくれたからである。

 だが……飄々として捉えどころのないいつものジョゼフとは違う、素のジョゼフに触れ、イザベラは身体が震えていることを自覚した。

 眼の前にいるのは、イザベラにとって全く未知の化物であるといえるのだ。

 ヒトの姿をしてはいるが人ではない、とイザベラに感じさせた。父の仮面を冠った何か別の生き物を前にしているかのような、そのような恐怖がイザベラの身体を包んで行く。

 それでも、勇気を振り絞り、イザベラは叫んだ。

「と、父上の仰ることが、全く理解できませぬ! 王国がなくなりそうじゃありませんか!? 私はどうなるのですか!?」

「知ったことか。気に要らぬなら国を出て行け」

 イザベラは、とうとうガチガチ、と震え始めた。

「……一体、父上は何を御考えなのですか?」

「去れ。御前を見ていると、自分を見ているようで嫌になる」

 何の抑揚もないその声が醸し出す冷たい雰囲気から恐怖を覚え、イザベラはもう我慢ができなくなってしまった。あたふたと、父王の寝室を飛び出して行く。

 次いで現れたのは、黒い髪のシェフィールドである。

「“ミューズ”か」

「ビダーシャル卿より伝言です。例のモノができあがったとのことです」

 ジョゼフはニッコリと笑みを浮かべると、立ち上がった。

 

 

 

 ジョゼフと“ミョズニトニルン”は、並んで“ヴェルサルテイル”の端に在る礼拝堂を目指した。

 護衛も着けずに歩く2人の主従に、“ヴェルサルテイル”に駐屯する騎士達は直立して敬礼した。

 その手が震えているのは、彼等の主君が、彼にとって訳の判らぬ“魔法”で、裏切り者を“グラン・トロワ”ごと葬り去ったからではない。最近……“軍港サン・マロン”が反乱勢も与してからというモノ、堂々と“宮殿(ヴェルサルテイル)”で行われるようになった、研究、とそれに関わる人物が原因であった。

 研究が、“サン・マロン”の実験農場で行われている頃から、その噂は騎士団や王軍の間を流れていた。

 ジョゼフは、“エルフ”を味方に着けている。

 “ロマリア”が、それを理由に“聖戦”を発動した時も、言い掛かりだと“ヴェルサルテイル”に詰めている“貴族”や将兵達は一笑に付した。真相を知っている一部の者を除いて……。

 だが、それは嘘でも言い掛かりでも何でもないということを、彼等は知ることになったのである

 いつもと変わらぬ調子で歩き去るジョゼフと、得体の知れぬ黒いローブに身を包んだ女官……彼等が向かう先には、“ヴェルサルテイル”の礼拝堂があり、そこで“エルフ”を長とした怪しげな一団が、何やら善からぬ研究を行っているのである。

 ビダーシャルと名乗るその“エルフ”の男は、今や、長い耳を隠そうとすらもしない。城下でもそのことは、既に噂になっているようである。

「“ロマリア”が我等を“聖敵”とするの、致し方ありませんな。まさか祖国が“異教徒(エルフ)”と手を結ぶなどとは……まるで悪夢を見ているような気分です」

 そう溜息を吐いて、ジョゼフ達を見送った騎士が呟く。その顔は、かつて警邏の最中、カステルモールを見咎めた若い騎士であった。

 彼と隣で歩哨に立つ老騎士は、あの後直ぐに発見され、事なきを得たのである。

「私はあの夜、カステルモール殿の御伴をするべきだったかもしれませぬ」

「どうしてだね?」

 老騎士が、優しい声で己の生徒へと尋ねた。

「そうすれば、少なくとも神と“始祖”を裏切ることにはなりませんから。我が君は、選りにも選って礼拝堂を“エルフ”に明け渡しているのですよ?」

「ならば今からでも遅くあるまい。南部諸侯のように、“聖戦”の旗の下に参じれば良いではないか」

「貴男が、“そうせよ”、と仰るならば……」

 若い騎士が、老騎士を仰ぎ見た。そこには、父親を頼る子供のような不安が宿っているのが判るだろう。

 溜息混じりに、老騎士は言った。

「土地も爵位も持たない。わずな年金頼りの我々が、王国を離れてどうしようと言うのだね?」

 それは、“ガリア”王軍所属の、ほとんどの“貴族”の本音であるということができるだろう。わずかな時間の間に、目紛るしく変わってしまった祖国の境遇と立場に不満がない訳ではない。だが、彼等は追う国に寄生して生きているのである。寝返ったからといって、“ロマリア”がその身分を保証してくれる訳でもないのである。下っ端“貴族”である彼等など、異端審問に掛けられた後抹殺されるのが落ちであると、見えているのだ。

 同じ“貴族”といっても、領地を持つ本物ということができる“貴族”と、彼等のような軍人や官職“貴族”では、全くその立場が違うのである。

 かつて騎士勲章を受けた日のことを想い出し、目を細めながら老騎士は言った。

「良いかね君。忠誠を誓う、ということはこういうことなのだ。結局、行き場所などどこにもないのだ。沈む“フネ”から逃げ出すことなど、できんのだよ。我々はもう、汎ゆる意味で王国の一部なのだ」

「はぁ」

 若い騎士は、気のない返事をした。

「いつも通り真面目に仕事をしながら、見守ろうじゃないか。我々は何、小舟の底に張り付いた藻のようなちっぽけな存在に過ぎぬのかもしれぬ。だが……藻は枯れぬ。小舟の持ち主が変わろうが水の底に沈もうが、藻はいつまでもそこにある」

 老騎士は、遠い目をして呟いた。

「フランダール君。ただ、黙々と真面目に仕事を熟すのだ。私はそうやって、戦場で生き残って来たのだよ」

 

 

 

 歩きながら、“ミョズニトニルン”はこの1週間ほどで集めた情報をジョゼフへと報告した。

 残念なことに、情報収集に使用していた“アサシン”がいなくなってしまったがために、その収集速度や鮮度や正確さなど、色々と考慮や鑑みるべきところがあるだろう。

「死体の見付からなかったカステルモールの件ですが……どうやら生きているようです。“リネン川”に布陣した王軍の中に紛れているとのこと」

「そうか」

「シャルロット様と接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」

 ジョゼフは首を横に振った。

「それには及ばぬ」

「どうしてですか?」

「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴等は、俺を斃せるかもしれぬ、という希望を抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、早々味わえるモノではない。羨ましいことだ」

 ジョゼフのその言葉には、本音が混じった声であるといえるだろう。

「御意」

 それから“ミョズニトニルン”は半歩下がると、ジョゼフに深々と頭を下げた。

「……申し訳ありませぬ。“ヨルムンガント”をむざむざ100体も失ったばかりに……“サン・マロン”の反乱を引き起こす結果になってしまいました」

 “ミョズニトニルン”から出る声は、流石に苦しそうなモノである。

「その件については聴いた。もう良い」

「……ですが、つつしんで罰を受けとう御座います」

「正直言ってな、罰と言われても何も想い付かんのだよ。俺が命令した。御前は失敗した。そして、国の半分が裏切った。所詮、それだけの話ではないか。それがどうしたと言うのだ?」

「御怒りではないのですか?」

「怒る? 俺がか? 怒りなどという感情を俺が持っていたら、世界を灰にしようなどとは考えなかったであろうな」

 口元に自嘲の笑みを浮かべ、ジョゼフは言った。

「では……独り言と想って、ただ御聞き届けくださいますよう。実のところ、私は焦ってしまったのです」

 “ミョズニトニルン”は、そこまで言って顔を赤らめた。焦った理由を述べるということは……内心に秘めた気持ちを公にしてしまうことに繋がるのだから。それは、シェフィールドにとって耐え難いことであるといえるだろう。

「焦った? 御前がか? 珍しいこともあるものだな」

「はい……その、見慣れぬ……強力な大砲を鉄の車に載せた兵器など繰り出されたモノですから。“オルタネーター”の能力もあります。混乱してしまったのです。前にも報告した通り、貫通性に優れたあの大砲と、“オルタネーター”の恐らく“宝具”でしょうが謎の能力で、我が“ヨルムンガント”は次々と破壊されてしまいました。“アルビオン”で多大な戦果を上げたあの妙な飛行機械と言い、奴等が“エルフ”の技術に匹敵するような武器や能力を、多量に所有していることは間違いありませぬ」

「御前の出身……“東方(ロバ・アル・カリイエ)”の武器ではないのだな?」

「はい」

 シェフィールドは首肯いた。

「我々“東方の民”は、確かに“エルフ”に対抗するために技を磨きました。しかし……結局は“エルフ”の技術の模倣に過ぎませぬ」

「かなり強力なモノと聞くが」

「幾つかは……そうかもしれませぬ。しかし、私はただの神官の娘に過ぎませんでしたから」

「そうだったな」

 興味がなさそうに、ジョゼフは視線を前に戻した。

「イザベラ様を、“愛”してはおられないのですか?」

 先程のジョゼフの態度を想い出したのだろう、シェフィールドは主人に尋ねた。

「イザベラ? まさか。娘を“愛”さない父親はいない、などと言うが、俺からすればそんなことはただの美談の一種だ。別にそのことで俺が特別とは想わん。子を愛せぬ親など、掃いて捨てるほどいるからな」

「もし“愛”しておられたなら……」

 ジョゼフは淡々とした調子で言った。

「嗚呼。真っ先に手を掛けていただろうな。だが、それに値する人間とも想えなかったのでな。所詮、ただ血を分けたというだけの他人に過ぎぬ。なまじっか俺に似ているから、どちらかと言うと不快が先に立つ」

「どうでも良いから、御手に掛けぬ。そういう訳ですか?」

「そういうことになるだろうな」

 シェフィールドは悲しげに目を伏せた。

 だが、隣を歩くジョゼフは、それに気付いた様子はない。

 季節の花が咲き乱れる、石畳の歩道を何本も抜けると、尖塔の上に“聖具”が煌めく礼拝堂の前に出た。礼拝堂の前には、警護の騎士すらいない。中で実験を行っているこの主に、護衛は必要ないためである。そこに地にある力……彼等が“精霊”と呼ぶ太古からこの地に存在する自然の力と“契約”した“先住魔法”の担い手は、ほぼ最強の存在であるといえるだろう。

 ジョゼフとシェフィールドが中へと入り込んで行くと、石造りのためだろうヒンヤリとした空気が肌を刺した。初夏だというにも関わらず、妙に肌寒いのは建物の造りの所為ばかりではないようである。

 ジョゼフは、軽く身震いをした。

「御気付きになられましたか?」

 シェフィールドが尋ねる。

「ああ。御前ほど鋭敏ではないがな。成る程、俺もきちんと“虚無の担い手”のようだ。仇敵の本当の力に身体が震ておるわ」

 シェフィールドは、礼拝堂の奥へと進むと、説教壇の後ろの緞子をズラす。

 そこには、地下へと通じる階段があった。

 そこはかつてこの礼拝堂の倉庫であったが、今は違った。

 陛下から、薄っすらと煙が昇るのが見える。そのことから、火が使われていることが判る。

 一段ずつ階段を下りるたびに、煙は濃くなる。

 半分まで下りると、奥で激しく火が燃え盛る様が見えた。バチバチと火が爆ぜる音が聞こ得出し、そのうちに激しい音へと変化した。

 そこでは、材木を積み上げて造られた櫓が燃えていた。

 3“メイル”四方はあろうかという、大きな櫓である。

 合計で4つある。

 それぞれ、倉庫の壁の真ん中に置かれて、激しく煙を噴出している。壁に造られた空気穴からは、強い勢いで空気が出入りして、まるで鞴のような音を立てている。

 驚くことに、これだけの炎を使いながら、地下室は全く暑くないのである。それどころか、まるで真冬のような寒さであるといえるだろう。

「話には聞いていたが、実に奇妙な光景だな」

「周りの熱を吸い取って、凝縮するのです。あの“火石”という奴は……」

 部屋が真冬のような寒さであるのは、そういう訳であった。

 ジョゼフは笑みを浮かべた。

 櫓の真ん中には、小さな祭壇が造られ、その前には長く透き通るような金髪の“エルフ”がいる。

 ビダーシャルである。

 ビダーシャルは、手を翳し、一心不乱に“呪文”を唱えている。

「炎よ。我が“契約”せし炎よ。我の指し示す先に行き先を変えよ」

 “先住”と呼ぶばれる口語の“呪文”を唱えるビダーシャルの手の先には、拳大ほどの小さな赤い石があった。

 赤い……というよりも、透明なボールの中に炎を閉じ込めたかのような、不可思議な光彩を放っている石である。

 ジョゼフが近付くと、ビダーシャルは顔を上げた。

「完成したと聞いたのだが?」

「そこの女に、“そろそろ使える大きさなのか?”と尋ねられたから、首肯いたまでだ。“火石”の精製に、完成という概念はない。これは、火の力を集めてできた結晶だ。小さかろうが、大きかろうが、結晶は結晶だ。何をもって、完成、とするのかは、御前達が判断することだ」

 すると、ジョゼフは大声で笑った。

「全くもって貴様等“エルフ”という生き物は融通が利かんな! そんなもの、テキトウに判断すれば良いだろうが」

「我々は曖昧さを嫌う」

 ビダーシャルの眼が細まり、ジョゼフを睨み据える。

 天然自然の“火石”は、地中の奥底で精製される。ヒトが掘り起こすことは不可能に近い深さである。“エルフ”にとっても、掘り起こすことは容易ではないといえるだろう。

 火の力を抑える結界は硬く、ヒトが扱える代物ではないために、“ハルケギニア”では知る者は少ない。だが、ジョゼフの傍らにいる女――ミューズと呼ばれる妙な女は、その存在を知っている。なおかつ、それをビダーシャルに、造らせるよう、ジョゼフに進言したのであった。

「さて、では一体これを何に使うつもりなのだ?」

「“風石”は風の力の結晶……そして“火石”は火の力の結晶。そうだな?」

 “エルフ”の中でも、高位の“精霊”の行使手は、自らこのような“先住”の力の結晶を造り出すことができる。

 ビダーシャルは、その数少ない行使手である。

「簡単に言えばそうなる。まあ、貴様達に正確な概念が理解できるとは想えぬがな」

「概念などどうでも良い。結果が全てだ。さて、この小さな“火石”……これはどのくらいの広さの土地を、燃やし尽くすことができるのだね?」

 ビダーシャルは目を細めた。ジョゼフの質問の意図を、測りかねたのである。

 “エルフ”達にとって、“火石”は恒久的に熱の力を取り出すための道具である。冬に街を暖めたり、街頭の灯りに使用したり……破壊に使うことなど、ビダーシャルは想像すらしなかったのである

「そうだな……蓄えた力をもしも一時に解放できれば……御前達の距離単位で半径10“リーグ”……いや、この大きさなら20“リーグ”は灰にできような。だが、どうやって解放するというのだ? これだけの力を閉じ込めた結界を、破る方法などないぞ」

「俺の“虚無”を使えば可能だ。そうだろう? ミューズ」

 シェフィールドは微笑を浮かべた。

「御意」

 その告白に、流石のビダーシャルも目を丸くした。

「“虚無”だと? 御前が? まさか……御前が?」

「何だ。知らなかったのか?」

「まさか。いや……そうなのか? 貴様が、“悪魔の力の担い手”なのか? 何ということだ……」

 ビダーシャルは、信じられぬとばかりに頭を左右に振った。

「一体、“ガリア”の“担い手”は誰だと想っていたのだ?」

「少なくとも、貴様ではないと想っていた。それではあまりにもでき過ぎと言うモノだ」

「何故だ? 俺は隠すような真似はしなかったつもりだが」

「我は本当に貴様が理解できぬ。人間とは、そういう生き物なのか? 良くも我の前に姿を曝せるものだ。御前達にとって、その存在は最終的な切り札ではないか? 御前達の言葉で言う、カードを曝す、ことに他ならぬ」

 初手から覚えた、生理的嫌悪の理由に気付いたビダーシャルは、忌まわしげに仇敵の姿を見詰めた。

「そうか。それでは、知った御前はどうする? 俺を殺すか? “虚無”の復活という、御前達にとっての悪夢をこの場で終わらすことができるぞ? それとも、この期に及んで“争い事は好まぬ”などと寝言をほざくつもりか?」

 心底愉しげな声で、ジョゼフは言った。

 ビダーシャルは、悔しげな表情を浮かべた。

「……新たな“悪魔”が復活するだけだ」

「ほう。興味深いな。俺が死んでも代わりはいるということか!?」

「……そういう時代なのだ。少なくとも、貴様ならまだ御せる」

「そうだな! “ロマリア”の莫迦共のような、妙に糞真面目な“担い手”が1人増えたら、貴様達にとってこれ以上の悪夢はないだろうからな! だから貴様達は、全力て俺を守られねばならない。全力で俺の意に沿わねばならない」

 ジョゼフは馴れ馴れしい態度で、ビダーシャルの肩に手を回した。

「俺はもしや、“エルフ”と1番に理解り合える人間なのかもしれぬな」

「これは、理解り合う、とは言わぬ」

 怒りを押し殺した声で、ビダーシャルは呟く。

「見解の相違だな。さて、では先程の貴様の質問に答えよう。だが、貴様ほどの慧眼の持ち主なら、俺がこの“火の力の塊”とやらを、どう使うか理解できようが」

 ビダーシャルは、一瞬で理解した。

「……本気か? 貴様。草1本、虫1匹残らぬぞ。比喩でも何でもなく、本当の意味でだ。そんなモノを、貴様は同胞に用いようというのか?」

「用いるのだ。俺は」

「悪魔め!」

「どちらが悪魔なのだ? このような恐ろしい塊を造り出したのは、どこのどいつなのだ? そして、貴様は罵りこそすれ、俺を止めようとはしないだろうが。冷静に天秤に掛けてな。所詮、俺達が幾ら殺し合いをし合おうが、貴様達はどうでも良いのであろう? そうだろう? 親愛なる“エルフ”よ」

 ビダーシャルは、怒りの色を目に浮かべた。あまり感情を表すことのない“エルフ”にとって、珍しいことであるといえるだろう。

「我はやはりこの地に来るべきではなかった」

「そうだな。己の心の中にいる悪魔に気付かずに済んだだろうしな。まあ、確かに御前の言う通り、剣や矢玉や“魔法”に罪はない。それを使う者の心掛けが、力を悪にも善にもする。面倒だからそういうことにしておこうじゃないか」

 ジョゼフはスッとビダーシャルから離れると、「同じものを後4~5個造れ。安心しろ。使うのは御前じゃない。あくまで俺だからな」と言った。

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