ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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蜜月

 眼の前には、広げた1冊の日記帳らしきモノが置いてある。

 それを眺めながら、ルイズは溜息を吐く。

 それは、ルイズが付けていた日記である。才人に関する記憶を失っている間は付けていなかったのだが、持ち物の中入れていたことを思い出し、取り出したのである。

 そこには、“アルビオン戦役”からこっち、いかにルイズが才人によってプライドを傷付けられてしまったのかが克明に記載されていた。

 同時に、才人にして貰って嬉しかったこともしっかりと書かれている。そちらは前者と比べると未だ圧倒的に数がたりなかったのだが、それでも密度が濃く克明に書かれている。

 ルイズは、ギリギリギリ、と唇を噛んだ。

「どうやって赦せっていうのよ!?」

 ルイズは日記帳を持ち上げ、バシン! とテーブルに叩き付けた。それから、顎を日記帳の上に乗せる。次いで、足をブラブラとさせながら、目を瞑った。

 日記帳の革表紙を、頬の下で感じながら、ルイズは、(……もし、この日記帳をこっそりサイトに読まれたら、私はどんな気持ちになるのかしら? あんまり、良い気はしない……記憶が流れ込んで来るということって、それと同じようなことなんじゃないかしら? いいえ、別に勝手に読んだ訳じゃないのよ。偶然目に入っちゃうのよ。でも、それでも……)と考えた。

 ルイズは、壁に付けられた鏡を見詰めた。

 そこには当然、不機嫌な女の子の顔が見える。

 ルイズは、(こんな顔してるから、サイトは他の娘の所に行っちゃうのかしら?)と想い、無理矢理に笑顔を浮かべてみせた。だが、無理矢理であるために、どうしても引き攣ってしまう。

 再び日記帳の上に横顔を置き……なんとなくルイズは窓の外を見詰める。

 そのうちに、空が白んじて来るのであった。

 

 

 

 

 

 朝……。

 才人は、眠そうな目で帰って来た。

 結局、捜しても捜しても才人を見付けることができなかったルイズも、眠れずに悶々とした一夜を過ごしてしまったであった。それ故、ルイズも目の下に隈を作り、才人を迎え入れた。

 さて、では昨晩は一体何をしていたのかと問い詰めようとルイズが椅子から立ち上がる。

 すると、才人な何やら想い詰めたような顔でその横を通り過ぎ、ベッドへと滑り込もうとした。

「待ちなさい」

 むんずと、ルイズはそのシャツの裾を摘む。

 才人は、ルイズを見詰めた後、困ったように目を逸らした。

 そんな態度が、くすぶっていたルイズの猜疑心を殊更に燃やして行く。

「さ」

「さ?」

「昨晩は、一体誰と一緒にいたの?」

 言い難そうに、才人は言った。

「タ、タバサ」

 ルイズは深く深呼吸をすると、手を振り上げた。(やっぱり! ずっと一緒だったんだわ!)と、眠ることができず、悶々と過ごした夜の分だけ、才人のことが赦せなくなったのである。そのまま平手を叩き付けようとしたルイズであるが……ルイズはどうにか想い直した。

 先日の、キュルケの「自分と同じ分だけ、相手が自分のことを考えてくれないと、ついつい怒っちゃうのよね」という言葉などがルイズの胸中に蘇ったのである。

 ルイズにだって自分の時間があるように、才人には才人の時間がある。そういった基本的なことを想い出したのであった。

 今は、このような時期であり、そのため誰かと密談する時間もまた必要であろう。

 タバサと一緒に居たからといって、それがイコール浮気ということにはならない、何か重要なことを相談して居たのかもしれないじゃない、とルイズは考え直した。

 ルイズは、(先ずはちゃんと確かめよう。怒るのは、それからでも遅くはない……)と、プルプルと震えたまま、手を下ろした。

「タバサと何してたのよ?」

 才人は才人で、ルイズからの質問に悩んだ。昨晩のタバサとの会話の内容を、正直にルイズに話しても良いモノだろうか、と考えているのである。“ガリア”軍の中に、タバサに王として名乗り出て欲しいと想っている連中がいるということ。だが、事が事だけに、ルイズに声に出して話すことさえ今の才人には憚られた。今はなるべく事を荒立てずに済ませる必要があるのだから。

 また、“ロマリア”の者が、どこで聞き耳を立てているのか判らないためでもある。

 だから取り敢えず、危険は承知で才人は少しばかり暈して言った。

「……その、何ちゅうかあいつの進路と言うか、そういう相談を受けてたんだ」

 ルイズは唇を尖らせて、才人を睨んだ。目の下の隈が痛々しい。

 才人は、気不味さを覚え、軽く俯いた。

 ルイズは、暫くジッと見詰めていたが……。

「理解ったわ」

 と言って、ルイズは横を向いた。

 才人は、当然これに驚いた。てっきり、「何してたのよぉ~~~!」などといった風に怒鳴られた上股間を蹴られてしまういつもと何ら変わら無い騒ぎが御っ始まるモノだと想っていたのだから。

 だが、ルイズは才人の言葉を信じると言う。

「な、何よ?」

「いやぁ、凄いな御前……今度ばかりは、ボコボコになると想ってた」

「はぁ? 私に怒られるようなことしたの?」

「してない! してないよ! そうじゃなくって!」

「……一体相談って、どんな相談受けてたのよ?」

 才人は真剣な顔で、唇を噛んだ。

 その様子を見て、逆にルイズは自分が心配するようなことは何もなかった、と確信することができた。

 何かあれば、才人はこういった顔をすることができないのだから。

「私にも話せない内容なの?」

「実はな……」

 と、才人は口でこそ出任せの言葉を並べ立て始める。

 が……。

『セイヴァーが言ってたこと、本当に起こったんだ』

『え?』

『俺が中洲で“ガリア”の“貴族”達と一騎討ちしてたの知ってる?』

『ええ』

『その時に、“ガリア”軍の中にいるタバサの味方から手紙を託されて……』

『それを、タバサに渡したって訳ね?』

『そうなんだ』

『で、内容が……』

『正統な王としての……それって大変なことだわ!』

『何だか、セイヴァーの言ってたことが本当に起きて、あいつの掌の上って感じで気分が悪いぜ』

『そうね……でも』

『ああ。あいつはそれを理解した上で、しっかりと話してくれた。こうなることを恐れて話さなかったんだ……だからさ……俺は信じてみることにするよ。疑うよりも信じることの方が簡単なようで難しいけどさ、仲間に対して疑いの気持ちを向けるってのもさ』

「そう何だよ、だからさルイズ」

「あんたってホント……」

 思念通話じみたことをして、ルイズと才人はそれぞれ口と心では全く違う会話を交した。

「そう。なら良いわ」

 ルイズは、(もう、日記帳を覗き込むような真似はしたくない。まあ、目に入って来てしまうのは仕方ないが……)と何であれ才人を信じることにした。それから、思念通話での会話内容についても色々を想った。

「じゃ、私寝るわ。眠いの」

 ルイズは落ち着いた声でそう言うと、横になろうとした。

 すると才人は、未だ疑われていると想い込んでいるのか、それとも芝居の方を続けているのか……ルイズの肩に手を置いて、真剣な目で顔を覗き込む。

「ホントにごめん。でも、時期が来たらちゃんと話す。約束する。ホントは御前に隠し事なんてしたくないんだ」

 ルイズは、頬を染めた。(私、大事にされてる)と想ったからである。何だか嬉しくて、頬が染まるのであった。

 だが、喜んでいると想われたくないために、ルイズは目を瞑った。それから、腕を組むと、殊更に拗ねたような、なおかつ甘えたような声を出した。

「隠し事一杯してるじゃない。良く言うわ。正直に言いなさい。ホントは、あの娘と、私に怒られるようなことしたかったんでしょ?」

 才人の否定の言葉が聞きたいがために、ルイズはついそういった質問を口にしてしまった。

 こういう時のルイズは、才人からすると何故か神掛かるほどに可愛らしく、一瞬で惹き込まれてしまうのである。

「し、したい訳ないじゃないか!」

「嘘ばっかり。したかったんだわ。妄想の中で、私にしたのと同じこと、あの娘にもしたかったに違いないわ」

 夢中になって否定して来るのが気分好く、ルイズは更に責めるような台詞を口にする。

「し、したくなかったって言ってるだろ?」

「信じられないわ。だってあんた破廉恥だもの。妄想犬だもの。それが人間様の真似して、生意気に騎士の振りしてるんだもの。笑っちゃうわ!」

 才人は、頭に来るより、何故か興奮してしまった。何だか訳の理解らない情熱らしきモノが、身体を包んでいたのである。詰まるところ……。

「理解からず屋だな!」

 才人は、ルイズの顎を掴むと、強引に唇を重ねようとした。

 ルイズはスルリと器用にそれを躱すと、逆に、才人の肩へと噛み付いた。

「いでッ!?」

 ぷはっとルイズは唇を離し、再び才人を罵り始めた。

「何しようとしたの? もしかして、夢の中で色んな娘にしたこと? 同じことを、私にもしようっていうのね?」

 だが、ルイズのその言動には、刺々しいモノは全く感じられることができない。何か独り言であるかのように、力なく呟いているのである。

 そう、まるで照れ隠しのように……。

「何よ何よ。なーにーよ。他の娘とすれば良いでしょー。何も私じゃなくたって良いんでしょー。誰だって良いんでしょー。むっ!?」

 才人がその唇を塞ぐと、ルイズは一瞬で大人しくなった。

「馬鹿。御前はこんなに可愛いのに、そんなことするかよ」

 唇を離して、才人がそう言うと、ルイズは顔を真っ赤にして「可愛くないもん……」と言うくらいしかできなくなってしまった。

 才人も、もう訳が理解らなくなってしまっていた。そのような可愛らしいルイズを前にして、才人は色々な想像が巡るのを覚えた。今は大変な時であるが、これからのこと……全てが片付いた後のことなどなど。ギーシュが「服か宝石でもプレゼントしろ」と言っていたことを想い出す。

「なあルイズ。俺、結構金儲けたんだ」

「し、知ってるわ。馬鹿じゃないの? 姫様から“自重しろ”って言われてるのに……」

「そうだけどさ。もし、この戦いが終わったら……“ガリア”との戦いも“聖戦”も“聖杯戦争”も終わったら……色んなこと、ちゃんとしないといけないだろ?」

「ふぇ?」

 意外な言葉に、ルイズは跳び上がった。

「城を買うとかレイナールは寝言言ってるけど……何だっけ、10,000“エキュー”くらいあるからさ。まあ皆で分けるにしても、2,000だか3,000あれば、屋敷くらい買えるだろ。森付きのさ」

「何よそれ!? あんた、“こっちの世界”に根を生やすつもり?」

「いや……まあ、何つうの? 帰る方法はあるんだから、ちゃんと挨拶しに帰ったりはするよ。でももう、“こっちの世界”も1つの故郷。そんな気持ちがするんだよ」

 抱き締めたルイズの香りに包まれて、才人は言った。

「……ホント?」

「ああ。そうじゃなかったら、あの時“ゲート”を潜ってた。まあ、そうしてら殺されてただろうけどな」

 才人は力強い声で言った。

「……で、御屋敷を買ったら、その」

 恥ずかしそうに、才人は言った。

「な、何よ……?」

 け……と言いそうになり、才人はどうにか口を噤んだ。それは流石に時期尚早だと、判断したのである。

「い、一緒に暮らそう。今だって一緒だけど……寮だし。もっと広い所が良いだろ? これからのこと考えるとさ」

 ルイズは、途轍もない幸せで胸が一杯に成って行くのを感じた。「将来、一緒に暮らそう」と言われて天にも昇るような気持ちに、ルイズはなったのである。輝かしい未来のことを考えると、今の辛い状況も本当に何でもないことのように思えるから不思議である。

「……か」

「か?」

「家具は綺麗なのが良いわ」

「理解った。うん。綺麗なのにしよう」

「“トリスタニア”に、とっても品の良い家具を揃えている御店があるのよ」

 それからルイズは、「壁の色は白が良い」、「庭には池が欲しい」、「馬小屋は南頭の馬が入って……」、などと細かい注文をペラペラと並べ始めた。

「でも、メイドは要らないわ」

「……ところで、御前の父さんや母さんは、許してくれるかな?」

 心配そうに才人が問う。

「平気よ。私だってもう子供じゃないもの。私が決めたことに、文句なんか言わせ無いわ。そんなことより……」

「ん?」

「別に御屋敷じゃなくても良いの。小さい、こぢんまりした御家でも構わないわ」

「どうして?」

「だ、だって……そしたらいつも近くにいられるじゃない」

 恥ずかしそうにそのようなことを言うルイズは、才人からするとどう仕様もないくらいに可愛らしかった。

 才人は、(いやもう世界中で1番可愛い。ホントに可愛い。やっぱ御主人様だわ。何のかんの言ってやっぱルイズが1番だわこんちくしょう)と想った。

「ルイズ……御前、可愛かたんだな……が、頑張ればできるじゃねえか」

「何それ? 可愛くなんかないもん」

「か、可愛いって。まるでレモンちゃんだ」

「レ、レモンちゃんじゃないわ。と言うかレモンちゃんって何よ?」

「肌が滑々で、レレレ、レモンちゃんだ」

 夢中になって、ルイズの首筋に唇を這わせながら、才人は呟く。脳内は既に花畑であり、自分が何を言っているのか、才人自身が理解できていなかった。

「馬鹿ぁ……こんなことするサイトなんて嫌いなんだから……ちょ、や、やめ……」

「わ。ここはもっとレモンちゃんじゃないか。こ、ここなんかどう仕様もないほどにレモンちゃんだ」

「はう……わ、私、良く理解んないだけど、ほんとにレモンちゃんなの?」

「そうだよ。取り敢えず、“レモンちゃん恥ずかしい”って言って御覧」

 沸いてしまっている、というレベルを光年の単位で超えている才人の茹だった台詞である。いや別に、光年は、距離の単位でも、沸いた状態を指す単位でもないのだが。

 そのような才人の台詞であるが、ルイズも根は相当アレであるために、何だかそれがとてもロマンチックな響きに聞こ得てしまった。というより一旦こうなってしまえば、結局ルイズからすると何でも良いのであった。その辺の趣味は、才人よりある意味酷いといえるだろう。

「レ、レモンちゃん恥ずかしい……」

 で、ルイズは言った。頬を真っ赤に染め、トロンとした目で、口を半開きにして。

 ルイズがそれを言ったために、才人は更に興奮した。

「可愛い! レモンちゃん可愛い! 本気可愛いよ! さ! じゃ脱いじゃおうっか! 服とか邪魔じゃない? 君の魅力を隠してしまう、いけない布じゃない?」

 と、今時三流カメラマンでさえも言わないような台詞を吐き出しながら、才人がルイズのシャツのボタンへと指を掛けた。

 その時……ベッドの脇の壁が、隣の部屋からトントンと叩かれる。

「んなッ!?」

 ルイズと才人は、抱き合ったまま固まった。

 再び壁が、トントンと叩かれる。

 ルイズと才人は顔を見合わせた。

「な、何だ?」

 脱力した声で才人が言うと、壁の向こうからマリコルヌの声がした。

「風の妖精さんから御知らせがあります」

 ルイズと才人が部屋の隣は、マリコルヌの居室である。

 というよりも、“トリステイン組”と“アルビオン”組は全員この同じ宿であるのだ。

「は、はい……」

「壁薄いんだヨ。この宿。妖精さんもビックリさ。ま、君達は“聖戦”とか薄い壁とか“貴族”のプライドとか羞恥心とかどうでも良いんだろうが、隣の部屋の人のことを、少しは考え給え。じゃ無いと、僕も飛ばしたくもない“風魔法”を飛ばさにゃきゃいかんくなる訳で」

 2人は顔を見合わせて、恥ずかしそうに俯いた。

「と言うか」

「はい」

「レモンちゃんはないわ」

 ルイズは激しく顔を茹だらせながら、怒鳴った。

「私じゃないわ! サイトが言えって言ったのよ!」

「“レモンちゃん恥ずかしい”」

「やめて!」

 急速に冷静になると、自分がとんでもないことを口にしたのだと、ルイズは気付いた。

「“レモンちゃん恥ずかしい”」

 マリコルヌは、淡々と言葉を続けた。

 そのマリコルヌの調子が、ルイズを逆上させてしまった。

「やめろって! 言ってる!」

「“レモンちゃん恥ずかしい”」

「でしょおおおおおおがぁああくぁああああああああああああッ!」

 絶叫しながら“杖”を握り締め、ルイズは“呪文”を“詠唱”した。

 “エクスプロージョン”が壁ごと隣の部屋のマリコルヌを吹き飛ばす。

 ポッカリと空いた穴を見詰め、才人は溜息を吐いた。

 瓦礫の中からマリコルヌが起き上がり、額から血をダラダラと流しながら嬉しそうに叫んだ。

「おやおや! とうとう同室だな! もう変なことするんじゃないぞ!」

 才人は、ルイズの頭をグリグリと掻い繰った。

「何してんだ御前!? 壁壊してどーすんのよ!? 甘い時間とかなくなっちゃうでしょ!」

「煩い! あんたが言えって言ったのよぉおおおおおお!」

 ルイズの“エクスプロージョン”で才人は吹き飛び、逆側の壁に打ち当たった。

 安い漆喰のそれを粉々にして、隣の部屋へと才人はすっ飛んで行く。

 そこのベッドで寝ていたティファニアが、飛び込んで来た才人に目を丸くした。

「な、何? どうしたの!?」

 寝姿のティファニアは、薄い布を申し訳程度に身体に巻き付けているだけであった。いつも寝る時はユッタリとした“エルフ”の服を身に着けているはずであったのだが、“ロマリア”軍と行動を共にしているために、その衣装は避けたのであろう。

 まるで、かつて逢ったサーシャのようなピッタリとした布に包まれたティファニアのその姿に、才人は顔を赤らめた。

 薄い布1枚のみに隔てられ、巨大な胸が存在を、これでもかと誇っているようなモノである。

「メ、メロンちゃん……」

 思わず、才人は怖ず怖ずと手を伸ばしてしまう。

 ティファニアは慌てて、その手から逃れようと身を捩る。

「私がレモンで何でティファニアがメロンなのよぉおおおおおおおおおッ!?」

 怒りと恥ずかしさなどで我を忘れたルイズは、才人へと跳び掛かる。それから、才人のその背をゲシゲシと踏みまくるのであった。

 ティファニアは、訳が理解らず頭を抱えてうずくまった。

 荒い息を吐いて才人を見下ろしながら……ルイズはヘナヘナと崩れ落ちた。それから一気に4人部屋になってしまった自分達の寝室を見て、切なげに溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ルイズがベッドの中で不貞腐れてしまったために、才人は仕方なく外へと出た。入り込もうとすると、ルイズが歯を剥き出しにして唸るのである。あれだけのことがったのだから、仕方ないといえるだろう。

 眠い目を擦りながら、(朝飯にしようか)と才人は階下の酒場へと下りて行く。

 そこでは皆が御飯を食べている。

 先程目覚めたティファニアも、既に着替えてパンを齧っている。

 直ぐ様マリコルヌが吹聴したのであろう、才人を見るなり“水精霊騎士隊”の連中が、ぷ、と笑った。

「御早うレモンちゃん」

 才人は疲れた顔で隣に座り、肘を突いた。

「レモンちゃん、今日も出撃しようじゃないか」

 ギーシュが、才人の横腹を突いて言った。

「後3,000“エキュー”あれば、城だよ! 城! レモンちゃん!」

 レイナールもまた、顔を輝かせて叫ぶ。

「レモンちゃん言うなよ」

 憮然とした顔で、才人は言った。

 才人は昨日、タバサの話を聞いてしまったために、決闘騒ぎに興じるような気持ちには当然なることはできないのである。

 こうやって川を挟んで睨み合っているような暢気な状況であるとはいえ、その下では様々な陰謀が渦巻いているのだから

 “アルビオン”で見たような、泥沼のような戦が始まる。その前に、どうにかしてジョゼフ王を斃すべきなのだが……才人にはどうすれば善いのか検討も着かないのであった。

 兎に角、戦で決着を着ける訳にはいかないであろう。そうしてしまえば……勢いに乗った“ロマリア”は、更に“聖戦”を推し進めようとするだろうことは明白なためである。

 所詮、才人に“ガンダールヴ”や“シールダー”の力があったとしても、国同士のいざこざが相手となっては、城壁と石ころのような関係になるのである。相手はビクともしないであろう。

 兎に角今は国に帰ったアンリエッタだけが、この場にいるほとんどの者達にとって頼りであった。連絡1つ寄越して来ないため、どうなっているるのかは判らないであろうが。

 才人が、(一体いつまでここで時間を潰せば良いんだ……)とぼんやりと果汁を垂らした水を飲んでいると……。

「やあサイト」

 屈託のない声に、才人は呼ばれた。

 才人が振り返ると、ジュリオが立っていた。

 “カルカンソンヌ”に着いてからというモノ、どこで何をやっているのか、才人は1度もジュリオと会っていなかったのである。

 殺され掛けた記憶が蘇り、才人は激しい怒りが湧くのを覚えた。直ぐにでも殴り掛かりたい欲求に駆られたが、必死にその衝動を抑えた。

 ジュリオは、才人達からすると、“ガリア”の王様よりも油断がならない存在であるといえるだろう。

 また、アンリエッタが不在の今、面倒事を起こす訳にも行か無いので在る。

 “水精霊騎士隊”の面々は、才人とジュリオの間に奔った緊張に気付き、その御喋りを止めた。この2人の間に、何かあったらしいということは薄々と勘付いていたが、才人が決して喋ろうとしないために、その中身までは知りはしない。だが……才人の怒りっぷりを鑑みるに、相当の悶着があったにちがいない、と少年達は考えた。元々ジュリオのことが気に入らないということも手伝い、騎士隊の少年達は真顔になると一斉に立ち上がった。

「何が僕達に用でもあるのかい? 神官さん」

 ジュリオはひらひらと手を振ると、首を横に振った。

「用ってほどのモノはないよ。敵の士気をくじいてくれて頂いたとか。従って、教皇聖下から、君達にはこれを是非、と頼まれてね」

 ジュリオは傍らの鞄から、袋を取り出した。それをテーブルの上へと打ち撒ける。先代の“ロマリア”教皇が彫られた金貨が、ジャラジャラと音を立てて跳ねた。

「受け取ってくれ給え。神からの祝福さ」

 少年達は一瞬、黄金の輝きに目を見開きはしたが、直ぐに厳しい顔付きに戻った。

「坊さんの御布施なんか要らないよ。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぐさ」

 レイナールがそう言うと、ジュリオは微笑を浮かべた。

「そう言わずに取って置きなよ。金はあっても困らないだろう?」

 それからジュリオは、才人へと向き直った。

「……さてと。後は君に話が有るんだ」

「何だよ?」

「ここじゃなんだから……ちょっと外まで御願いできるかい?」

 鋭い目で、才人は立ち上がった。

 騎士隊の少年達が前へと踏み出し、ジュリオと才人の間に割って入ろうとした。

「悪いね。君達の副隊長をちょっと御借りしたいんだが……」

「僕等は騎士隊だぜ?」

 そう言ったギーシュを、才人は押し止めた。

「大丈夫だよ」

 

 

 

 

 外に出ると、驚いたことにジュリオはいきなり才人へと頭を下げた。

「何と言ったら良いか判らないが……兎に角この前はすまなかった」

 才人が気勢を削がれてしまい、ポリポリと頭を掻いた。

 才人は、(どういうつもりだ? こいつが……素直に頭を下げるなんて)と想い、油断なくジュリオを見守った。

 ジュリオは顔を上げた。その顔から、馬鹿にするような笑みが消え、目に光が宿る。

 そうすると、場は、触れただけで切れてしまいそうな、鋭い雰囲気に包まれて行く。

 いつもの陽気な態度は演技に過ぎないと、そう理解させて来る、素のジュリオであった。

「……殺そうとした癖に、謝ったくらいで赦せるかよ」

「君が大事な人達を守るためなら何でもするように、僕達も“聖地”を回復するためなら。何でもする。それと同じ事だよ」

「“聖地”ってただの土地だろ? 一緒にするな」

「ただの土地じゃない。“ハルケギニア”の民の将来が賭かった土地だ」

 ジュリオは真面目な声で言った。

「民? 神様のためなんだろ?」

「君は信仰を誤解している。信徒にとって、神様のため、という言葉は、結局、自分のために、ということと同意なんだぜ」

「確かにその通りだな。最終的には……何事に於いても、自分のため、ということになる。まあ、極論だがな」

「セイヴァー?」

 “霊体化”を解き、俺は才人とジュリオの会話へと割って入る。

「想い出してみろ、才人。歴史の授業とかで学んだはずだ。宗教が関わる戦争では、基本土地の取り合いや意見主義主張の違いなどから起きることが多い。同じ宗教でも、宗派が違う、受け取り方や考え方が違うと言うだけで相争ってしまう。だが、まあ……才人の意見もまた必要であり、大事なモノだ。“聖地”とはいうが、結局のところ、ブリミルが“ハルケギニア”に来た際最初に降り立った土地というだけのこと。本来は誰のモノでも無い。強いて言えば、元々そこに住んでいた者達のモノ。いや、そう区分すること自体が烏滸がましいのかもしれんがな」

 その妙な迫力に押され、呑まれてしまい、才人は息詰まりを感じた。説得してどうにかなるだとか、話し合えば解決するだとか、そういう次元を超えた雰囲気に、才人は気圧されたのである。

「まあ、御前等が本気なのは理解ったよ。でも、何度も言ったように、“聖戦”の手伝いなんてごめんだぜ。俺には俺の神様がいるんだ。どっちかと言うと、俺はセイヴァーと同意見だからな」

 才人は、(せめて協力してるふりをしよう)と考えていたのだが、結局正直に本音を漏らしてしまった。

「今度俺とルイズ達に変なことを企みやがったら……」

 才人は、精一杯に凄んでジュリオを睨んだ。

「構わないよ。精々この胸を君の“剣”で抉ってくれ。まあ、僕も抵抗はするけどね」

「御前なぁ……」

 そんな才人とジュリオのやりとりを前に、俺は思わず微笑んでしまう。

「兎に角、君達が“この世界”にいる限り、僕達はもう手出ししないよ。今となっては、君達は僕達“ロマリア”の大事なカードだからね」

「言っとくけど、俺達が協力するのは“ガリア”王を斃すまでだぜ。それから先は、知ったこっちゃないからな」

 ジュリオは、才人のその言動に笑みを浮かべた。

「結構だ」

「アッサリ引き下がるんだな」

「何、少なくとも、君達とは話ができるからね。説得には自信があるんだよ」

 才人は、(ホントに喰えない奴だ)とジュリオに対してそのような感想を抱いた。殺すつもりで銃を突き付けて来た癖に、あっけらかんとこのようなことを言い放つのだから……。

「さて、じゃ仲直りしようじゃないか」

 ジュリオがそう言って、才人に手を差し出した。

 才人はしばらくその手を見詰めていたが、プイッと横を向いた。

「流石に握手は無理だわ」

 まあね、とジュリオが呟いた時……才人の頬を何かが過る。

「あいでッ!?」

 鋭い勢いで飛んで来たのは、1羽の梟であった。ジュリオの肩に止まると、羽をパタパタと動かしてみせる。

「おや、ネロじゃないか。御帰り」

「何だよそいつ……?」

「僕の梟だよ。おや、いけない! 血が出てるぜ」

 ジュリオはポケットからハンカチを取り出すと、才人の頬に当てた。顔を掠めた際に、爪が触れたのだろう。

「よせよ。血なんか直ぐに止まるよ」

 そうかい、と呟いて、ジュリオはハンカチを引っ込める。

「いつまで“ガリア”と睨み合いを続けるつもりなんだ?」

 と、才人が尋ねた。

 ジュリオは両手を広げ、「さあね。でもまあ、そのうち風が吹くと思うよ」と思わせぶりな態度で、去って行った。

 

 

 

 

 

 恥ずかしくて死にそうになっていたルイズは、結局、ベッドから出なかった。だが、1人でベッドの中で色々考えていた。すると結局幸せが大きくなり……レモンちゃんでも何でも良くなってしまい、今朝才人に言われた「一緒に暮らそう」という言葉が何度も頭の中を巡る。そして、頭の中が、咲き乱れる花で一杯になるのであった。

 ルイズはしばらく嬉しそうに、毛布の中でモゾモゾとうねっていたのだが、そのうちにベッドから飛び出し、いきなり日記に何やら描き始めた。

 それは、2人で暮らすための屋敷の間取りであった。

「ここがー、寝室でー、ここが居間でー。でもってここが晩餐会室でー。たまにパーティーだってするからホールも必要でー。この辺に台所とかあってー。料理人だって10人は最低必要だからこのくらい大きくないと意味なくてー」

 ゴリゴリと羽ペンを走らせ、ルイズは御屋敷を想像しながら描いた。

 だが、やはりというか、どうにも小ぢんまり、といった風情にはならない。どう見ても立派な屋敷、もとい、城である。

 ルイズはしばらくその城の間取りを見詰めて、一体何がどうして小さなスイートホームがそんなことになってしまったのだろうか、と真面目に考え続けた。

「ま、でも、兎に角メイドは要らないわ」

 目を細めて、しかしメイドは雇わず、とルイズが一文を書き加える。

 すると、才人が帰って来た。

 ルイズは慌てて日記帳を閉じた。

 だが、才人はというと挨拶もなしに、椅子へと座り込み、肘を突いて深刻そうな表情で考え事を始めた。

「どうしたの?」

 と、ルイズが尋ねる。

「ああ。あのな、さっきジュリオと話して来た」

「……何を話して来たの?」

 ルイズも真顔になった。

 才人は小さな声で、ルイズに先程のことを話した。

「兎に角“ロマリア”は、この現状に然程危機感を抱いてない感じだな。何だか嫌ーな感じだな」

 ルイズも腕組みをすると、んー、と考え込む。

 だが、2人で頭を捻りはするのだが、一体“ロマリア”が何を企んでいるのか、想い付かないでいた。

 溜息混じりに、才人は言った。

「全く、“聖地”って一体何々だよ?」

「“始祖ブリミル”が降臨した土地よ」

「そこには一体、何があるんだ?」

「さあ……? 多分砂漠の真ん中だとは想うけど……長い“ハルケギニア”の歴史で、そこを“エルフ”から奪い返したことはないから、何があるかまでは知らないわ。“始祖”が住んでた御城でもあるのかしらね」

「そんな見ず知らずの土地が“聖地”なんてね。どうでも良いじゃ成えか」

「仕方ないじゃない。兎に角大事なモノだって教えられて来たんだもの」

 才人はベッドに横になって天井を見上げる。それから、不意に、以前の出来事を想い出した。

「あれってホントなのかな?」

「あの、“エルフ”が初代“ガンダールヴ”だったって奴? ……どうなのかしらね? やっぱあんたの妄想じゃないの? 得意だし」

「でも、セイヴァーは現実だって言ってたし……そうだ、デルフに訊いてみよう」

 才人は、デルフリンガーを鞘から抜き出した。

 訊こう訊こうと想いながら、忙しくてスッカリ忘れてしまっていたのである。

「よ。伝説」

「やあ相棒。もう、俺が寂しいと言っても、誰にも届かないんだね。思念通話的な奴で、セイヴァーが相手してくれるくらいしか、俺には慰めがないぜ」

「それはすまない。で、そう言や、俺、“始祖ブリミル”の夢を見たんだよ」

「ああ。らしいね」

「あれってホントにあったこと? それとも、俺の精神状態の襞が見せたフィクション?」

「ホントのこったろ」

 才人とルイズは、デルフリンガーの言葉に、目を丸くした。

「“ルーン”が持つ記憶がな、御前さんにその夢を見せたのさ。芝居の中に登場するみたいにね……いや、より正確に言えば、“ルーン”が持つ記憶が、御前さんの意識を6,000年前に飛ばして、セイヴァーが守ってくれてたんだろうさ」

「“始祖ブリミル”が“エルフ”を“使い魔”にしてたの? 本当なの? 何てことかしら!? 重大な歴史的発見じゃないの! 何であんたそんな大事なこと言わないのよ!?」

 ルイズは興奮して叫んだ。

「だって、訊かれなかったし。後な、俺だって忘れてるんだ。でも、相棒の言葉で想い出したんだ。そう言や、そうだったなって」

「じゃあ想い出したこと、全部話しなさいよ!」

「無理だよ……何せ断片的でな。連中が朝何食ってたとか……何時に寝てたとか。そういう詰まらないことなら覚えてるんだけどね。肝心なことはサッパリさ。因みにブリミルは大蒜が食えなかったぜ」

「ブリミルさん、何か“ニダベール”とか名乗ってたよ」

「多分、若い頃の名前だな。そりゃ。彼奴も色々あったからね」

「ねえサイト。その夢っぽい中で、もっとマシなのは覚えてないの?」

 ルイズが身を乗り出して、才人に尋ねた。

「そうだな……“エルフ”の女の人、結構怖かった」

「……う。やっぱり、ティファニアみたいなのは例外なのかしら?」

「いや、そう言うんじゃなくって。ブリミルさん、“蛮人”! とか怒鳴られて、ゲシゲシ蹴られてたよ。サーシャって人、まるでルイズみたいだった」

「何よそれ、ホントつまんないことだけ覚えてるのね」

 ルイズは憮然とした。

「ああ。懐かしいなあ。サーシャだ。長い耳の高貴な砂漠の娘……」

「そうそう。そんな名前だった。でも、御前はいなかったな」

「おりゃあ、ブリミルがその名前を名乗ってた頃は、まだ生まれてなかったんさ。兎に角、サーシャとおりゃあ、良いコンビだった。2人して、散々暴れたもんだ。真っ直ぐな娘だったなあ。ちょっと気が強くって、プライドが高くって、そんで泣き虫で……」

 デルフリンガーは、遠い記憶を“愛”しむように呟いた。

「どんな冒険したの?」

 ルイズが、好奇心を剥き出しにしてデルフリンガーに詰め寄る。何せ“始祖ブリミル”の話である。興味を引かれても仕方ないといえるだろう。

「だから、一々細けえことは覚えてねえって」

 それからデルフリンガーは、どことなく寂しそうな声で言った

「ただな。ボンヤリとな……とても悲しいことがあったのだけは覚えてる」

「何があったの?」

「……判らねえ。ただ、そういう気持ちだけ覚えてるんだ。だから正直言うとな、あんまり想い出したくねえんだよ」

 それっきり、デルフリンガーは黙ってしまった。

「あんまりデルフリンガーを苛めるなよ」

 才人がそう言うと、ルイズは、(呆れた)といった表情を浮かべた。

「何言ってるのよ!? “エルフ”を“使い魔”にしてた。詰まり、“始祖ブリミル”と“エルフ”は仲良くしてたってことじゃない! 詰まり、私達が今になって喧嘩する必要はどこにもないってことよ!」

「あ」

「全く! ホントに鈍ちんね!」

 ルイズは、得意げに指を立てた。

「でも、“始祖ブリミル”が言ったんだろ? “異教徒(エルフ)聖地を取り返せ”って」

「そうだけど、どうして“始祖ブリミル”が“エルフ”と敵対するようになったのか……その辺りのことを解き解せば、私達が憎み合う必要はなくなるんじゃない?」

「そんな昔のことを、どうやって……」

「私達にはこの御喋り剣もある。あんたが見た不思議な夢もある。セイヴァーがいる。やろうと想えばできないことじゃないわ」

 ルイズは言い放つ。

 だが、流石に神話レベルのことを解明しようというのだ。それは途方もなく難しいことにはちがいないであろう。

 それでも、そういった使命に燃えるルイズは、才人から見てとても美しかった。

 ルイズは、教えられ与えられた正義ではなく、自分で見付け決めた正義に従おうというのである。

 才人は、眩しげにルイズを見詰めて首肯いた。

「そうだな……やってみよっか」

「兎に角、この件は私達にとって、降って湧いたとんでもないカードって訳よ。上手く使えば、この“聖戦”引っ繰り返せるわ!」

 才人は、ルイズの口を塞いだ。

「馬鹿。声が大きい」

「そ、そうね」

 どこで“ロマリア”の手の者が聞き耳を立てて居るのか、判らないのである。

「……兎に角、姫様が帰って来たら、この話をしようぜ。きっと、喜んでくれるよ」

 

 

 

 

 その日の夜……。

 タバサは眠ることができずにベッドに横たわって、天井の模様を見詰めていた。

 幼い頃から眠ることができない夜は良くこうやって天上を見詰めていた、ということをタバサは想い出した。

 かつて、タバサが過ごしたオルレアン屋敷の寝室の天井には、綺麗な宗教画が描かれていた。“始祖の降臨”のワンシーンとされる絵画である。

 “始祖”が天使達に祝福を受けながら、“聖地”に降臨して来る……“始祖”の顔は深くローブに包まれており、どのような顔をしているのか判ら無い。周りにいる天使達は、そんな“始祖”の両手を支え、ニッコリと微笑を浮かべているのである。

 小さい頃のタバサ―――シャルロットは、そのフードを冠った“始祖ブリミル”に恐怖を覚えていた。夜中に……そこに光る目が現れたら、怖くて死んでしまうとまで想い詰めたりもしていたほどである。

 年を経た今でも……タバサは、その絵画を見詰めることが怖くて堪らない。だが、それは、天井に描かれた宗教画に対してではなく、自分の心に対してであった。フードの中に潜む、本当の気持ち……に気付かされてしまいそうだからである。

 タバサは、(それに気付いてしまったら、自分はどうすれば良いのだろう?)と考えた。

 キュルケにも、ヒトに化けて側の床で寝ているシルフィードにも、“霊体化”しているイーヴァルディにも、そのようなことを相談することはdけいない。「応援する」と言うに決まっている、とタバサは理解していた。

 そうしてしまえば何かが加速してしまうこともまた、タバサは理解していた。やっとのことで抑え付けている気持ちが、心の底から浮かんで来てしまうのである。

 タバサは、(確かに、ルイズの扱いは非道いと思っていた。あれだけ彼は尽くしているというのに……自分なら……あんな真似はしない。でも、今となってはルイズだって大事な友人だ。彼女は危険を顧みず、自分を救けるために “ガリア”まで乗り込んで来てれた。話を聞くと、そのために“貴族”のくらいまで投げ出したと言うではないか。共に大事な人だ。その間に自分が割り込むなんて、してはいけないのだ。それは理解っているのに……どうしてだろう?)と悩んだ。

 タバサは、(目を瞑ると、昨晩の飛行(フライト)のことで頭が一杯になるのは何故?)とも疑問に想った。

 次いで、イーヴァルディへと目を向ける。

『どうしたの? “マスター”』

『何でもない』

 イーヴァルディは、横になっているシルフィードに気を遣ってだろう、思念通話でタバサへと確認をする。

 が、タバサは思念通話で、自身に言い聞かせるようにして否定した。

 それからタバサは立ち上がると、シルフィードを起こさないように、ソッと壁に取り付けられた鏡の前に立った。

 カーテンの隙間から、皓々と双月の明かりが射し込み、鏡にボンヤリとタバサの姿を描いている。

 大丈夫、と……(自分はもう16になるというのに、こんなに小さく、痩せっぽちで、幼い身体付きをしているじゃないか。1年前のルイズより……魅力なんかある訳がない。だから……大丈夫)とタバサは首肯いた。

 それから、タバサは驚いた。

 今まで自分の魅力についてなど、考えたこともなかったためである。

 タバサは、(やっぱり自分は可怪しい。矛盾している。好かれる容姿じゃない、と安心したいがために鏡を覗いたのに……)と想い、いざその事実を知ってしまうと、悲しくて仕方がないのである。

 タバサは暫く、ジッと鏡を見詰めていたが……思い付いたように眼鏡を取ってみた。

 ボンヤリと、鏡に顔が浮かび上がる。

 タバサは、そんな鏡に映る自分の姿を見て、(少しは魅力的に見えるだろうか?)と顔を近付けると、何だか潤んだ目をした少女がそこにいるということに気付いた。

 タバサは、自分がそのような目をすることが信じられず、軽く肩を抱いた。

 その時……扉がノックされた。

 タバサは、(こんな夜更けに一体誰だろう?)と想い、期待で胸が高鳴って行くのを感じた。同時に、その高鳴りを否定する。(まさか。そんな訳はない。多分、キュルケに違いない。こんな夜中に、自分の部屋を訪れる人物が、他にいるなんて考えられない)、と想い、凍り付いたように動けずにいた。

「……俺だよ」

 その小さな声で、タバサの心は跳ね上がる。慌てて眼鏡を掛けて、扉へと駆けた。

「……どうしたの?」

 そう尋ねるタバサの声は震えている。

「……話があるんだ」

 タバサは、(何だろう?)と想う間もなく、扉を開いた。

 そこに……タバサが夢で何度も逢った顔があった。

 シュヴァリエのマントで顔を隠すようにして、才人(?)は部屋に入って来た。

 タバサは、なるべく顔を見せないように、小さく尋ねる。

「……話って?」

 タバサは、横目でチラリとシルフィードでとイーヴァルディを見る。

 シルフィードは、大きく寝息を立てている。ちょっとやそっとじゃ起きないであろうことが判る。

 才人(?)は真顔になった。

「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」

「……え?」

「ほら、タバサが王様になるって奴」

 タバサは、(一体、どうしたんだろう?)と疑問に想い、「それが?」と尋ねた。

「やっぱり、正統な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」

 キッパリと、力強い調子で才人(?)は言った。

 タバサは、わずかに顔を曇らせた。

「“ロマリア”に説得されたの?」

「違う。全部1人で考えたんだ。どうすれば、この戦が早く終わるのかなって。やっぱり……これが1番だと想う」

「一体、何があったの?」

「そろそろ“ガリア”軍の総攻撃が始まるらしい。そうなったら、ホントに地獄のような戦になっちまう。姫様の帰りを待っている暇はもうないんだ」

 タバサは目を瞑り、(何を迷っているの? 彼が決めたことに従う。自分はそう決めたじゃないか)と想った。

「理解った」

 タバサは吐き出すように、呟いた。

「貴男がそう言うのなら、従う」

 才人(?)は、タバサを真剣な目で見詰めた。

「安心してくれ。御前が俺が絶対に守る。何があってもだ」

 タバサの心を、喜びが満たして行く。

 震える声で、タバサは言った。

「違う。私が才人(あなた)を守る」

「俺は御前も守りたいんだ」

 タバサの手を握り、才人(?)は言った。

 自身の鼓動が、タバサの耳に届いた。耳の奥から響く、激しい動悸。それが自分のモノと判ると、タバサは息が止まりそうになった。

 全てが止まってしまいそうな空気の中タバサは質問の言葉を口にした。

「……どうして?」

 タバサは、自分はどうなってしまうのか、心の底の冷静な部分がそのような疑問を抱く。

 次ぎに、才人(?)の言葉を聞いたら。

 夢の中で何度も聞いた台詞を耳にできたら。

「……好きなんだ」

 現実感がなかった。まるで、どこか遠くで鳴り響く、潮騒のようにタバサはその言葉を聞いた。完全に思考が停止して、何も考えることができなくなったのである。

 自然に、夢の中の自分と同じ言葉が、タバサの口から吐いた。

「……嘘」

「嘘じゃない。気付いたら、ずっと御前のことばかり考えてた」

「ルイズがいる」

「今は……御前の方が好きなんだ」

 タバサの中で、アッサリと何かが壊れてしまった。(そんなことはない)という冷静な叫びは、歓喜の奔流によって押し流されてしまう。それがタバサを、何も疑うことのできない無力な少女へと変えてしまった。

 才人(?)の手が伸びた。タバサの顎を持ち上げ、唇を近付けて来た。

 タバサは、拒否したい気持ちがあったが、どうにか堪えて目を瞑るだけにした。

 唇を重ねる時間は、タバサにとって無限に感じられた。

 才人(?)の唇が、タバサの小さなそれを広げ、包み、自在に形を変える。

 スッと唇が離れ、次いで才人(?)はタバサの首筋にキスをした。

 タバサは軽く才人(?)を押し退けようとした。

「嫌なのか?」

 タバサは首を横に振った。

 泣きそうな声で、タバサは床で寝息を立てているシルフィード、そして“霊体化”しているイーヴァルディを指さした。

「……起きちゃう」

「そうだな……ごめん。我慢できなかった」

 才人(?)はタバサから離れると、ドアノブに手を掛けた。

「1つ約束してくれ。この計画は、極秘中の極意扱いだ。向こうに漏れたら大変だからな。だから、どこで誰が聞いているか判らないから……俺はトコトン恍ける。理解ったか?」

 タバサは、コクリ、と首肯いた。

「数日中に、“ロマリア”の密使が来る。そいつの指示に従ってくれ」

「貴男は?」

「……また、夜に来る。その時、細かい話をしよう」

 再び、タバサは首肯いた。

 疑う、といった概念すらも、今のタバサの脳裏からは飛んでいた。

 もう、その時間だけが待ち遠しく、他には何も考えられることができなかったのである。

 

 

 

 才人(?)が立ち去って少し……。

「“マスター”」

「理解ってる……あれは彼じゃない」

 タバサは、先程の才人(?)の正体を看破していた。

 が、やはり、どうにも自身の気持ちを抑えることができないでいたのである。

 才人に対する想い、そしてそれ等への否定……才人の姿をした者による行為、例え姿や言葉だけであろうとも、恋する少女からすると、抵抗が難しくなるのであった。

「敢えて、彼の話に乗る」

「そうか……なら、僕は何も言わないよ。“マスター”の意志に従う」

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