ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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アンリエッタの外交案

 “竜籠”が“ガリア”の王都“リュティス”の上空に到着した際も、アンリエッタは毅然と前を見詰めて居た。

 向かいの席では、銃士隊隊長のアニエスが、ソワソワと腰に提げた拳銃を確かめて居る。

「どうしたのです? 隊長殿」

「いや……流石に落ち着かないモノでして」

 参った、という調子を隠すこともせずに、アニエスが言った。

 それでもアンリエッタは涼しい顔である。

 4隅を“竜”を利用して吊るした籠の窓の向こうには、併走する“ガリア竜騎士”の姿が見える。物々しい出で立ちのその“竜騎士隊”は、護衛という名目で着けられてはいるが、油断なくアンリエッタ達の“竜籠”を見張っている。

「しかし陛下……これはもう、無謀を通り越して、蛮勇、とでも言うべき事態ですな。先日、交戦した国に単身訪れるとは……」

 アニエスは溜息を吐きながら言った。

「あら? 先立って国境付近で我が騎士隊が交戦したのは、“ガリア”の反乱軍ですわ。その上、“ロマリア”が“聖戦”を発動したとはいえ、我が祖国はまだ“聖戦”を布告しておりません。従って公式には“ガリア王国”と交戦中ではありませぬ」

 アンリエッタはやはり涼しい表情を崩さずに言った。

 だが……アンリエッタのその手は微かに震えていることを、アニエスは見逃さなかった。

 気丈を装ってはいるアンリエッタではあるが、やはり不安で堪らぬのであろう。

「“水精霊騎士隊”は? “アクイレイアの聖女”に祭り上げられたミス・ヴァリエールは? 今や“ロマリア”軍の看板ではありませんか。その存在を指摘されたらどのように申し開きをするおつもりですか?」

「彼等は“ロマリア”に貸与した騎士隊ということにすればよろしいわ。例がなかった訳ではありません、ルイズは、そうね、信託により亡命した巫女、ということにいたしましょう。ええ、どのようにでも申し開きは可能です」

 アニエスは唇をへの字に曲げ、頭を横に振った。

 他に伴の姿は見えない。

 アンリエッタは、アニエス1人だけを連れたまさに、徒手空拳、でもって、今や、敵国、ともいうことができる“ガリア”に擬似的な単身乗り込みを行っているのである。

 “ロマリア”によって突然発布された“聖戦”で、“トリステイン”は上を下への大騒ぎであった。ほとんどの“貴族”や重臣は、当然眉を曇らせた。

 余程の狂信者でもない限り、“聖戦”とは悪夢と同義であるといえるモノである。国中の“貴族”が掻き集められ、槍を握ることができる若者は兵隊にされ、国庫を空にしてしまう戦であるのだから。そして……万一勝利したとしても、得るモノといえば現技術では開拓しようのない砂漠と、名誉だけである。それでは腹を満たすことはできない。

 そして、“サーヴァント”がいようとも、勝利より敗北の方が……可能性は高いのである。そう、秘密を知る者達のほとんどは考えていた。

 “聖戦”に敗退した後、潰れた小国は数に限りがない。元はといえば“ゲルマニア”が生まれたのも、“聖戦”に疲弊した諸侯が反乱を起こした結果であるのだ。

 見たこともない“聖戦”より、誰もが目先の生活で一杯であった。

 アンリエッタは帰るなり、「この“聖戦”を私が止めてみせます」と言い放ち、執務室に篭りっ切りになって“ガリア”に対する外交案を練り始めたのであった。

 1週間後、全ての計画を造り上げたアンリエッタは、重臣を集めて、「この私が、直接“ガリア”王と交渉いたします」と言い放ったのである。

 勿論、“トリステイン”の重臣やマザリーニ、引いては母后のマリアンヌまで、アンリエッタの“ガリア”行きには反対した。無理もないことであろう。これほどにきな臭い政治関係にある他国に国王自ら単身交渉しに赴くなど、“ハルケギニア”の長い歴史の中でも類を見ない冒険といえる行動であるのだから。

 アニエスが頭を抱えるのも、無理からぬことであるといえるだろう。

 アンリエッタは、「この“ガリア”行きを認めねば、王冠を脱ぐ」とまで言い張り、国内の重臣達に認めさせたのであった。

「陛下……1つだけよろしいですか?」

「なんなりと」

「“聖戦”発動に責任を感じておられるのは理解ります。ですが……陛下の御身はもう、陛下1人のモノではありませぬ。陛下に万一のことがあれば、祖国は滅茶苦茶になりますぞ。そして、その可能性は低くないのです」

「“ガリア”を斃した“ロマリア”は、“ハルケギニア”で“聖地”回復軍を組織しようとするでしょう。軍の供出を拒否すれば、私など、呆気なく追位させられてしまいますわ。詰まり、どのみち滅茶苦茶になります。それも、もっと酷い状態に……貴女は過去の“聖地回復連合軍”が、どれだけ“ハルケギニア”を疲弊させたか御存知?」

 アニエスは言葉に詰まってしまった。それは、アンリエッタの退位1つとは全く釣り合わない重大な事態であるためであった。

「私がいなくとも、国は動きます。マザリーニ枢機卿も母君も、家臣団もまだ健在なのですから。ですが……“エルフ”との大規模な戦になったら、例え“サーヴァント”がいようとも、“ハルケギニア”は潰れます」

 アンリエッタは、震え手をギュッと握り締めた。

「私の首1つで……この賭けに参加できるなら、安いモノと申さねばなりません」

「どうやら言い負かされたようですな」

 つまらなさそうに言ったアニエスの様子に気付き、アンリエッタは顔色を変えた。

「あ、すみませぬ。貴女の命をも危険に晒してしまいましたね」

「構いませぬ。軍務に服した時より、とうに覚悟は着いております。ただ、私は陛下の近衛隊長ですからな。陛下の安全を願わずにはいられないので」

「でも、負ける賭けをしに来たつもりはありませんよ。それなりの用意はして参りました。ジョゼフ王にとってのこの申し出は破格と言えましょう」

 アンリエッタは書類が詰まった鞄を握り締めると、キッパリと言い放った。

 そこに詰まった“ガリア”に対するこの外交案は、ほとんどの重臣達が反対した内容である。

 重臣達は、「ありえませぬ」と言下に切って捨てたのである。

 だが、たった1人賛成票を投じた人物がいた。

 枢機卿のマザリーニである。彼は不眠不休でこの草案を練り上げたアンリエッタの前に膝を突き、「御成長を嬉しく想います」と短く告げたのであった。

 眼科には巨大な敷地を誇る“ヴェルサルテイル宮殿”が見えて来ると、国境よりアンリエッタの“竜籠”を護衛して来た“竜騎士”達が、一斉に中庭へと着陸して円陣を描いた。

 その真ん中に、アンリエッタとアニエスを乗せた“竜籠”がユックリと着陸をする。

 控えた衛兵達が駆け寄り、扉を開いた。

 その出迎えの簡潔さに、アニエスは驚いた。

 儀仗兵もいなければ、楽団もない。“ガリア”といえば、“ハルケギニア”一の大国である。幾ら戦時とはいえ、仮にも女王を迎えるのだ。それなりの格好などがあるといえるだろう。

 が、国の半分に裏切られるということは、詰まりこういうことであるのだ、とアニエスは実感した。

 アンリエッタを見ると、まるで無表情で、“ヴェルサルテイル宮殿”をユックリと見回している。その目が一点に留まり、動かなくなった。

「どうなされました?」

 アニエスもそちらの方を見遣り、う、と息を呑むんだ。

 中庭の向こうに見えるのは、ジョゼフが暮らしているはずの本丸、“グラン・トロワ”の残骸であった。青く、美しかった宮殿は崩れ、唯の瓦礫と化しているのである。

「反乱騒ぎが起こったとの噂ですが……その所為ですかな」

 アニエスが小さな声で耳打ちをした。

 周りを囲む騎士達は、皆一様に無表情であったが、歴戦の勇士で在るアニエスには、その仮面の下の本音が見と取れた。そこにあるのは、恐怖であった。

「……交渉は吉と出そうですな」

 国は反乱に喘ぎ、数少ない騎士達の士気も下がっている。これほど“ガリア”が困窮しているのであれば提案に乗って来るに違いない、とアンリエッタは判断した。

 騎士の輪の中から、フードを冠った女性が現れた。全身黒尽くめのその姿は、見るからに怪しい雰囲気を放っている。

「ようこそ“ガリア王国”へ。アンリエッタ女王陛下の行幸を歓迎いたします」

 慇懃に膝を突き、女は一礼した。一国の主の前であるというのにも関わらず、その女性はフードを取りもしない。

 アンリエッタは礼を返す必要を感じず、女を空気のように無視した。

「こちらへ。我が君が御待ちで御座います」

 女は全く意に介さずに、立ち上がり歩き出した。

 仕方なく、アンリエッタは歩き出す。この無礼な扱いに想うところはありはするのだが、いつぞやの諸侯会議でのジョゼフの態度を想い出し、納得した。

 女の声に聞き覚えのあったアニエスは、わずかに眉を顰める。(どこだったか?)と記憶の底を漁り、それに想い当たった。

「御連の方は、以前御逢したことがあるようですわね」

 女は振り返り、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべて寄越した。

「“アルビオン”だったかね」

 アニエスは低い声で返した。

 アンリエッタが、アニエスを覗き込む。

「……ラ・ヴァリエール嬢達を幾度となく襲った女です。恐らく、あの巨大騎士人形の軍団も」

 アンリエッタは、そこで初めて厳しい顔付きになった。

「あれは“ヨルムンガント”と言うのです」

 悪怯れもせずに、女は告げた。

 

 

 女王と騎士隊長が連れて来られたのは、迎賓館の晩餐会室であった。

 長いテーブルの奥にジョゼフは腰掛け、アンリエッタ一行を待っていた。

 召使も、侍従も、衛兵すらもいない、殺風景な光景であった。テーブルの上には料理1つも用意されていない。

 フードを冠った女―― “ミョズニトニルン”――“キャスター”はジョゼフの後ろに影のようにして控える。それから、身動き1つ見せなくなった。

 アニエスが、ジョゼフの向かいの席を引いた。

 アンリエッタはそこに腰掛ける。

 ジョゼフは挨拶の代わりに、大きな欠伸をした。

「御早う。アンリエッタ殿」

「御機嫌よう。ジョゼフ殿」

 長いテーブルを挟んで、2人の王は対峙した。

 挨拶らしい挨拶はそれだけであり、直ぐに会談が開始される。

 事前に、本日の訪問については伝えてあるのである。それにしても、型通りの世間話すらもない。議事すらも書記官もない、寂しい会談であるといえるだろう。

 アニエスが、アンリエッタが持って来た鞄から書類を取り出す。其れでも礼を失わ無いジョゼフの元へと赴き、恭しく彼の眼の前に置いた。

 ジョゼフは無造作にその書類を手に取った。乱暴な流し読みで、1枚ずつ紙を捲って行く。顔色1つ変えずこともなく読み終えると、テーブルに肘を突き、アンリエッタへと向き直った。

「凄い提案だな。“ハルケギニア”列強の全ての王の上位として、“ハルケギニア”大王と言う地位を築く。そして他国の王はそれに臣従する……“ロマリア”を除いて」

「ええ。“ロマリア”教皇聖下に於かれては、我等にただ“権威”を与える象徴として君臨して頂きます」

「その初代大王に、余を推薦すると書かれているが、真かね?」

「はい。その条件はただ1つ。“エルフ”と手を切る。これだけですわ。何故貴男が“エルフ”と手を組んだのか? ジョゼフ殿、貴男はこの“ハルケギニア”の全土を我が物にしたいのでしょう? 全ての王として、君臨したいのでしょう? その望みを叶えて差し上げようと言うのです」

「まさに破格の申し出だな。しかし、“ゲルマニア”が首を縦に振るかね?」

「元より王としては、格下ですわ。皇帝、などと烏滸がましくも名乗るのは、卑しい自尊心の表れです。そんな田舎者が、“トリステイン”と“ガリア”と“アルビオン”の連合に意を挟める訳はありますまい」

「驚いたな。アンリエッタ殿。“ロマリア”と手を組んで我が国に侵攻したと想えば、逆の手で我等に連合を持ち掛けるとは! 貴女は大した政治家だ! 見損なっていたよ!」

「御褒め頂き恐縮ですわ。“エルフ”ではなく、私が貴男を“ハルケギニア”の王にして差し上げましょう」

 ジョゼフは笑みを浮かべた。

「目的は何だね?」

 アンリエッタは一瞬、迷いの表情を見せた後、キッパリと言い放った。

「貴男が“エルフ”と手を切れば、“聖戦”はここで止まります。世界を舞い込む戦選り、“無能王”を抱く方がまだ赦せるというモノですわ」

「“ロマリア”に正面から余を打つけるか。毒をもって毒を制す、という訳か?」

「同じ地獄でもまだマシな方を選びたいのです」

 ジョゼフは、満足げに首肯いた。

「政治の本質だな。宜しい。では、こちらも条件を1つ提示したい」

「なんなりと」

「余の妃となれ」

 アンリエッタの目が、大きく見開かれた。

「おや? こちらは正直だな」

 アンリエッタは、唇を噛んだ。この場で初めて見せる強い憎しみを目に宿し、アンリエッタは首肯いた。

「承りました」

「陛下!?」

 隣でジッと聞いていたアニエスが叫んだ。

 アンリエッタはそれを手で制すと、再び首肯いた。

「私で良ければ、喜んで」

 そこには力強い覚悟が満ちていることが判るだろう。

 アニエスは、この“聖戦”を止めるためなら何でもするというアンリエッタの決意が本物であるということをようやく完全に理解した。

 愉しそうにジョゼフは、そんなアンリエッタを眺めていた。が、直ぐに破顔一笑した。

 ジョゼフの笑い声が、晩餐会室に響き渡る。

「うわっはっっは! 本気にするな! 余はこれでも、気小さい方でね。好かれてもな無い女と臥所を共にするなど、できんのだよ」

 アンリエッタは、屈辱で顔を真っ赤にさせた。

 ジョゼフは立ち上がると、アンリエッタの側へと歩いた。その大きな手で、華奢なアンリエッタの顎を掴む。

 剣を抜き放とうとしたアニエスは、音もなく忍び寄って来た“ガーゴイル”に、後ろから羽交い締めにされてしまった。

「女狐ね」

 どこまでも愉しそうな声で、ジョゼフは言った。

「初夜の晩に、余の首を掻き切るつもりであろうが」

 精一杯の虚勢を張り、アンリエッタは言い返す。

「……ご、御慧眼であらせられますこと」

 ジョゼフの笑みが、引き攣るようなモノへと変化した。

「増々気に入った。増々気に入ったぞ。余は貴女を小娘などと侮っていた! とんでもない見損ないだ! 古代の大王達にも引けを取らない策士ぶりではないか! おまけに勇気と覚悟も折り紙付きだ。貴女は良い王になるだろう。アンリエッタ殿」

 ジョゼフは自分の玉座へと取って返すと、再びそこに座り込んだ、ピン、と指を弾く。すると、アニエスを押さえていた“ガーゴイル”が、その腕を解く。

 苦しそうにアニエスは咳をする。

 アンリエッタはチラッとアニエスを見遣った後、口を開いた。

「……では、早速触れを御出し下さい。“トリステイン”と“アルビオン”と“ゲルマニア”を統べる王が後ろにいるとなれば、“ロマリア”はその大義を失うでしょう」

 しかし、ジョゼフは答えない。

「ジョゼフ殿?」

 額に手をやり、どう切り出そうか迷ったような仕草を見せた挙句、ジョゼフは口を開いた。

「んー。だがな。その提案には乗れるのだよ。残念ながらね」

「何が足りないと仰るのですか? “世界(ハルケギニア)”を手に入れてなお、まだ足りないのですか?」

「余がただの欲深い男なら……1も2も無く貴女の提案に乗ったのであろうな。だがな、そうではない。そうではないのだ」

 ジョゼフは首を横に振った。それから、まるで街人の様な伝法な物言いで言い放った。

「俺は別に世界など欲しくはないのだよ」

「どういう意味ですか?」

 心の隙間に不安と云う水が忍び込み、胸の中を満たして行くように、アンリエッタは感じた。子供の頃読んで震えた、他愛もない怪談話が何故かアンリエッタの胸に蘇る。

「だが、読み違えた、などと、自分を恥じる必要はない。貴女の提示した条文は、文句の付けようのない正解だろう。俺にもこれ以上の世界は想い付かぬ。見事の一言だ。ただな……残念なことに前提が違っているのだ。恐らく神であっても、その前提は読めぬであろうよ。唯一、異邦人……こことは違う世界の人間ではない限りな」

「何を仰っているのですか?」

「貴女は先程言われたな? “同じ地獄なら、まだマシな方を選びたい”、と」

「ええ」

「俺はその地獄が見たいのだよ」

「御戯れを」

「戯れではない。俺は単に地獄が見たいだけなのだ。耐えようのない地獄が。誰も見たことのない地獄が。この胸を蝕んで止まぬ地獄が見たいだけなのだ」

 アンリエッタの全身から力が抜けて行く。

 倒れそうになるその肩を、アニエスが慌てて支えた。

 アンリエッタとアニエスの2人には、ジョゼフのその言動の意味が理解らなかった。ジョゼフは虎視眈々と“世界(ハルケギニア)”を狙う欲深い男だと、そう想っていたためである。だから何度も“虚無”を狙い、“エルフ”を手を組み、反乱軍を装って“ロマリア”に侵攻したのだと想い込んでいたのである。

 しかし眼の前の男は違う、とここでようやく2人は気付いた。

 そうではないと言う。

 ただ地獄が見たいだけ、などとアンリエッタを始めほとんどの他の者達からすると理解不能な台詞を、ジョゼフは言い放ったのである。

 だが……それが本気であるということだけは、アンリエッタは痛いほどに伝わって来て、理解した。真顔でそう言うジョゼフの顔は、どこか悲しげですらあったためである。

「だから、“聖地”などと児戯に想える地獄を創り出すことにした。貴方達の活躍の結果だよ。どうせだから見物して行き給え。アンリエッタ殿」

「成る程な。やはり、そうであったか」

「セイヴァー、さん?」

 “霊体化”を解き、俺はアンリエッタとアニエスとジョゼフとシェフィールドの4人の前へと姿を現す。

「どうしてここに!?」

「“陣地作成”が甘いぞ、“ミョズニトニルン”。これでは、“キャスター”の名が泣くではないか」

 俺は、驚くシェフィールドへと言葉を掛ける。

「おお、これはこれは!」

「こうして直に相見えるのは、あの“会議”依頼だな。久し振りだなジョゼフ王」

「そうだな。君の事はミューズから聞いているよ。“代替者(オルタネーター)”……セイヴァーと呼んだ方が良いかな?」

 ジョゼフは、突然姿を現した俺に対し、長年逢うこともなかった親友と再逢したかのように顔をほころばせ言った。

「別に、好きなように呼んでくれて構わないよ、ジョゼフ王。にしても……」

「何だね?」

「いやなに……御前を見ていると……こうして直に逢ってみると、ある男、神父のこtを想い出してしまってね」

「ほう。その男はどういった者なのだ?」

「そうだな……持って生まれた己が性に懊悩し、苦しんだ青年時代を送った男だ。晴れることのない懊悩を抱えたまま、“聖杯戦争”の開始に先立ち、父と親交のあった人物を聖杯戦争の勝者とすべく、“魔術師”として弟子入りした。アゾット剣で師を殺害。万人が美しい感じるモノを美しいと思えない破綻者。生まれながらにして善よりも悪を愛し、他者の苦痛に愉悦を感じる。悪党ではないが悪人。非道ではないが外道。若い頃は自身の本質を理解しておらず、この世には自分が捧げるにたる理念も目的もないと考え、目的を見付けるのが目的、という生き方をしていた。汎ゆることを他人の数倍の努力をもって身に着け、しかしそこに情熱はなく、時が来ればアッサリとそれを捨てて次に挑む、という繰り返しをしていた男のことをな」

「ほう……それは、どこか、妙な親近感を覚えるな」

「だろうな。今の御前は、自分というモノを捜している……いや、御前はどうすれば自分が悲しむことなどができるのか、感情が動くのか模索、探しもがいている。まあ、詰まりは……“愉悦”を知らない、と言ったところか」

「“愉悦”、だと?」

「そうだ。俺もそうなのだがね。“愉悦”とはな、“謂うならば魂の容だ。有るか無いかでは無く、識るか識れ無いかを問うべきモノだ”……“求める所を、為すが良い。其れこそが娯楽の本道だ。そして娯楽は愉悦を導き、愉悦は幸福の在処を指し示す”、とな」

「それを理解していながら、御前もその自身の“愉悦”が判らぬと言うのか?」

「そうだ。意外にも自分のことであるにも関わらず……いや、自分のことだからこそ判らないことだってある」

「興味が湧いた。で、先程の話の男はどういった“愉悦”を識ったのだ?」

「さてな」

「で、その、先程の話の男――神父は最終的にどうしたんだ? どうなったのだ?」

「そうだな……ある世界では、師に送られた短剣を、その師の娘へと渡し、その10年後に正義の味方を夢見る青年によってその短剣で突き刺され死んだ。また別の世界では、世界に破滅をもたらすであろう存在の誕生を促し祝うべく行動した後、例によって正義の味方を夢見る青年によって斃された」

 そんな俺とジョゼフの会話を、アンリエッタとアニエスとシェフィールドはただただ静かに聞き、見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 其の頃……“カルカンソンヌ”。

 最初の晩の才人と昼間の才人はやはり別人であった。夜のことなど何事もなかったかのように、食堂で屈託のなくタバサへと朝の挨拶をした。

 事実、才人は昨晩のことなど知りはしないのである。

「やあタバサ。御早う」

 タバサは本に目を通し、ただ小さくコクリと首肯いた。

 それから直ぐに才人は、“水精霊騎士隊”の中へと交じり、ワイワイと騒ぎ始める。

 ルイズは、ティファニアとシオンと一緒にパンを齧っていた。

 その2人を、コッソリと見詰め、タバサは溜息を吐いた。昨晩の才人は何者かが“魔法”で変装した別人であるということを理解はしているが、それでもルイズに対して申し訳ないと想うのと同時に、何故か嬉しいという感情もまたあったためである。

 タバサは、(もしかして、昨晩のことは夢ではないだろうか?)と考えた。だが……夢ではない証拠に、タバサ自身の首筋には、熱い感触がまだ残っている。才人(?)の唇が(なぞ)った部分が、未だに焼け付くような痛みにも似た熱さを放っているのである。別人であると理解していてもなお、どうしてもタバサの少女としての部分が、それを感じさせ、覚えさせているのである。

 また、タバサが視線を向けると、“霊体化”してはいるイーヴァルディが首肯いていることからも、昨晩のことは現実であったとうことが理解できる。

 いつしかキュルケがやって来て、そんなタバサの隣へと座り込む。親友はタバサの微妙な変化に一瞬で気付いたらしい。とうとう我慢し切れなくなったのだろう、耳に顔を寄せ、小さく尋ねて来た。

「ねえ貴女。そろそろ言いなさいよ。一体何があった訳?」

 タバサは首を横に振った。

「……別に」

 王冠を冠る決意をしたことは……況してや昨晩の出来事などキュルケに話すことができるはずもなかった。

「あたしに隠し事はなしよ。理解ってるでしょうね?」

 タバサは親友からの問い詰めを無視すると立ち上がる。今はそっとして置いて欲しいのである。

 

 

 

 

 

 スッカリ見慣れた“カルカンソンヌ”の街は、朝の陽光に包まれて輝いている。

 そんな陽光の中で、タバサはやっと自分が陽の当たる場所へと出て来られたのだと、だが、それでも未だ影の中にいるという中途半端な状態であるということを理解していた。

 タバサの心は逸り、今はただ夜が待ち遠かった。これから訪れる戴冠より、心の全部を占めていた復讐より、その喜びや戸惑いや疑問などが大きくタバサの心を占めている。

 道端に花壇を見付け、タバサは立ち止まった。

 薄いブルーに色付いた見事な“ガリアアイリス”が、何本も咲き乱れている。殺風景な自分の部屋を想い出し……タバサは1本のアイリスを手折った。自分の髪の色と良く似たブルーの花弁を見詰め、タバサは頬を染めた。

 

 

 

 

 

 その夜も扉は叩かれた。

 タバサは寝息を立てているシルフィードに、更に深い眠りをもたらすべく、眠りの雲の“魔法”を掛けた。

 シルフィードの鼾が大きくなる。

 イーヴァルディは普段通り“霊体化”している。

 もどかしげに、といった様子をわざわざ見せるようにして、音を立てながら移動し、タバサは扉を開いた。

 昨晩と同じ格好の才人(偽)がいて、いきなりタバサを抱き締める。

 タバサはその胸に、思わず顔を埋めてしまった。

 才人(偽)は何も言わずにタバサの顎を持ち上げ、唇を押し当てた。

 タバサは、相手が才人本人でないことから拒否したい気持ちではあったが、どうにか堪え目を瞑る。それから、なされるがままに身を預けた。

 才人(偽)は軽々とタバサを抱き抱えると、ベッドへと横たえさせた。

 テーブルの上の、ワインの瓶に飾られたアイリスに気付き、才人(?)は笑みを浮かべた。

「花なんかどうしたんだ?」

「……だって、この部屋何にもないから」

「こうした方が良いよ」

 才人(偽)は瓶からアイリスを抜き取ると、ソッとタバサの髪に刺した。まるで御下げを1個作ったように、アイリスはタバサの髪に溶け込んだ。

 タバサがはにかんだ様子を見せていると、スッと才人(?)によって眼鏡が取られた。

「……眼鏡」

「ない方が可愛い」

「何も見えない」

「恥ずかしくって、目なんか開けてられないんじゃないか?」

 才人(?)は覆い被さるようにして、タバサに唇を重ねて来た。

 しばらくキスをすると、は立ち上がる。

「……え?」

「そろそろ行かないと。時間がないんだ。大丈夫。心配なことは何もないよ」

 そして、来た時と同じように、才人(偽)は唐突に去って行く。

 後に残されたタバサは、ジッと才人(偽)の背を見送った。

 それから、イーヴァルディへと目を向け、互いに首肯き合う。

 しばらくして、再びドアがノックされる。

 喜び勇んだ様子をできる限り見せるようにしてタバサが扉を開くと、立っていたのはジュリオであった。

 タバサの顔が、自然と目に見えて険しくなる。

「御似合いですよ。シャルロット姫殿下」

 タバサは、思わず頭に手をやった。そこにあしらわれたアイリスを手に取り、瓶へと戻す。

 ジュリオは真顔になると、恭しく一礼した。

「御迎えに参りました。話はサイトから御聞きになっていると想いますが……」

 タバサは、昨晩才人(偽)が「いずれ“ロマリア”の密使がやってくる」と言っていたことを想い出した。

 そして、ジュリオの言われるがままに、タバサは、(白々しい)と想いながらも首肯いた。

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