ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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戴冠式

 翌朝……。

 湧き上がる歓声で、才人は目を覚ました。

「何だ……?」

 隣で寝ていたルイズも目を覚ましたらしい。眠たげに目を擦りながら起き上がると、窓を開けた。

 割れんばかりの歓声が部屋に飛び込んで来る。

 壁に空いた穴の所為で、1つ部屋になってしまったマリコルヌとティファニアも目を覚ましたらしい。

「何だこの歓声?」

「一体、何がどうしたの?」

 と言いながら、ベッドから2人は抜け出して来た。

 窓の外を眺めると、この宿を始め“カルカンソンヌ”の建物のほとんどは“リネン川”を眺望に収めるkとができるギリギリの場所に建築っているために、下の様子を一望することができた。

 草原に展開した“ロマリア”軍が、一斉に歓声を上げていたのである。

「何だあれ?」

 マリコルヌが指した。

 “ロマリア”軍の真ん中に、何やら大きな櫓が出現しているのである。というよりも、祭壇のようにも見える。

 才人は、コンサートステージを想起した。

「歌劇でもやるつもりかしら?」

 ルイズが恍けた感想を述べる。

「おいおい、銃と“杖”を突き付け合っている状態なのに、オペラなんかやるかよ」

「理解んないわ。何か説教臭い宗教劇でもやって、相手の士気を削ごうという考えなのかも……」

「そんなもん見せられたら、余計に頭に来るだろ」

 そのうちに、マリコルヌが“遠見”の“呪文”を唱えた。

「おや!? 壇の上に教皇聖下がおられるぞ! 何やら説法でも行う気かな?」

 何やら嫌な予感がした一同は顔を見合わせ、“リネン川”の辺りへとすっ飛んで行った

 途中、騒ぎに気付いた“水精霊騎士隊”の少年達や、キュルケとシオンも合流した。

 だが、タバサとイーヴァルディ、そして後1人の姿がない。

 疾走りながら才人は、「なあキュルケ。タバサはどうしたんだ?」と尋ねた。

「……さあ。あたしもさっき見に行ったら、いないのよ。あの娘、こんな朝っぱらからどこに行ったのかしら?」

 才人の中で、嫌な予感が更に大きく膨れ上がった。

 

 

 

 “カルカンソンヌ”の街から草原に続く会談を駆け下りると、一段と歓声は大きくなった。

 壇上には“聖具”を黒字に白く染め抜いた“聖戦旗”の他に、“ロマリア皇国連合”の国旗もひるがえっている。

 その隣には、“2本の交差した杖”の旗が見えた。

「どういうこと? あれは“ガリア”王の旗よ」

 キュルケが言った。

 その旗の下には、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレが立ち、辺りを睥睨している。

 居並ぶ兵隊に閊えて、それ以上進むことができなくなった才人達は、そこで立ち止まって事の成り行きを見守ることにした。

 ヴィットーリオが手を挙げると、“ロマリア”軍から沸いた歓声は唐突に止んだ。それから、一斉に祈りのポーズを取り始める。

 ヴィットーリオは、その形の良い口から、朗々と祈りの言葉を吐き出し始めた。

「何よ。降臨のミサって訳ぇ? 何もこんな所でやらなくても……」

 と、キュルケが呆れた声を上げた。

 ヴィットーリオの祈りは、30分ほども続いた。

 その間、才人達も仕方ないので祈りのポーズを取った。

 祈りが終わると、ヴィットーリオは両手を広げた。

「敬虔なる“ブリミル教徒”の皆さんに、本日はこの私、嬉しい報せを携えて鞠ました」

 ヴィットーリオのその声は、“魔法”で増幅され、向かい岸に展開した“ガリア”軍にも届くように配慮されていた。

「対岸にいる、狂王に忠誠を誓う“ガリア”軍の皆さんにも、是非とも聴いて頂きたい」

 当然、川向うの“ガリア”軍から、野次が飛んだ。

「何だぁ!? 説教なら要らねえーぞ! 間に合ってらあ!」

「とっとと国に帰って豚に祈りでも聞かせやがれ!」

 そのような声に対してもニッコリと笑って無視すると、ヴィットーリオは言葉を続けた。

「“ガリア”軍の皆さん。貴方方は間違っている。貴方方が王と抱く人物は、この“ガリア”の正統なる王ではありません」

 才人は、直ぐ様ヴィットーリオのその真意と次に出る言葉を理解し、顔色を変えた。

「何だって?」

「貴方方が王として忠誠を捧げている人物は、次期王と目されたオルレアン公を虐し、玉座を奪い取った強盗のような男です。貴方方は、そんな男に忠誠を誓おうというのですか? それは神と“始祖”への重大な侮辱であることを理解して頂きたい」

「そうだとしても、糞坊主め、御前に言われる筋合いはねえや!」

「わざわざ人の国に土足で上がり込んで来た奴の台詞かよ!? 強盗は御前達じゃねえか!」

 ヴィットーリオは、ニコヤカに笑みを浮かべた。

「私は強盗ではありません。貴方達を支配するためにこの地にやって来た訳でもありません。それどころか、貴方方の祖国に正統な王を戴かせるためにやって来たのです。神と“始祖”の僕たる私は、異教徒と手を組んだ貴方方の王を、王と認める訳にはいかないのです。それは、敬虔なる“ブリミル教徒”である皆さんも、良く御存知のはずです」

 才人は、駆け出そうとした。

 ルイズ達も事ここに至って、真実に気付いた。

 だが、直ぐに“聖堂騎士隊”が現れ、才人達を羽交い締めにした。

「騒ぐな! 聖下が御話されておるのだ!」

「貴方方が抱くべき、正統な王を御紹介いたします。亡きオルレアン公が遺児、シャルロット姫殿下です」

 壇の下から、神官達を取り巻きにして、タバサ――シャルロットが現れた。いつもの“魔法学院”の制服ではなく、豪奢な“王族”としての衣装を着用に及んでいる。眼鏡を取ったその顔には、薄く化粧さえ施されていた。

 いつもとは違うその姿は、タバサの無表情の仮面の下に隠された高貴さを、否応なしに盛り上げ、比類なき“ハルケギニア”の姫の1人へと仕立て上げている。

「タバサ!」

 キュルケが怒鳴った。

 だが、その叫ぶは歓声に掻き消されてしまい、壇上のタバサには届かない。

「シャルロット様だと?」

「まさか!? あの折に暗殺されたはずでは?」

「いや、身分を剥奪されて“トリステイン”に御留学されたと聞いたが」

 “ガリア”軍から、そのような驚愕や戸惑いなどの叫びが届く。

「偽物を用意してどうしようというのだ!?」

 怒りに我を忘れ、そう叫んで中洲まで飛んで来たのは、いつぞやそこで才人と手合わせをしたソワッソンであった。

「今は亡きオルレアン公の遺児を騙るとは! 不届き千万! 我々をそこまで愚弄するか!?」

「では、偽物かどか、確かめられてはいかがかな?」

 堂々とヴィットーリオにそう言われて、何人かの“貴族”達が名乗りを上げた。いずれも、かつてシャルロットを知る“貴族”達である。

 ソワッソンを始めとする彼等は小舟で“ロマリア”軍の陣地までやって来ると、壇上に引き上げられた。

 凡そ10人ほどの“貴族”達は、ジッとタバサを見詰めた。長い時間見詰めた後……1人の“貴族”が“杖”を取り上げる。“ディテクト・マジック”を唱え、何らかの“魔法”を掛けられていないかどうかを確認すると、彼等は一斉に膝を突いた。

 ソワッソンが、絞り出すような声で呟く。

「御懐かししゅう御座います……シャルロット姫殿下!」

 割れんばかりのどよめきが、“ガリア”軍の中から沸いた。

 思わず川の中洲に飛び出して来た“貴族”達の中には、カステルモールの姿もある。

 彼は鉄仮面を毟り取ると、腕を振って叫んだ。

「私は“東薔薇騎士団”団長、バッソ・カステルモールと申す者! 故あって傭兵に身を窶していた次第! 私はここにシャルロット様を玉座に迎えての、“ガリア”義勇軍の発足を宣言する! 我と想う者はシャルロット様の元へと集え!」

 “ガリア”軍は、当然のことながら混乱した。突然の展開に、頭が着いて行っていないのである。

 戦いの大義がぐらつき始めた“ガリア”軍に止めを刺すべく、ヴィットーリオは口を開いた。

「忠勇なる“ガリア”軍の諸君。君達の聡明で勇敢な頭脳で考え給え。君達の無垢で善良なるその良心に問うのだ。この旧い、由緒ある王国に相応しい王は誰か? “リュティス”で今もなお惰眠を貪る、弟を殺して冠を奪った“無能王”か? それとも……」

 ヴィットーリオは右手を、シャルロットの肩に添えた。

「ここにおられる、これからの聖エイジス32世自らが戴冠の儀式を執り行う予定の、才気溢れる若き女王か?」

 何人かの“貴族”や兵士が、川辺りに立つカステルモールの元に集まって来た。

 だが……流石に全軍が雪崩れ込むという事態になることはにあ。皆、あまりの出来事に思考が停止してしまっているのだから。

「良く考え給え。時間はある。だが、無限という訳ではない。今にここに“両用艦隊”がやって来る。シャルロット女王陛下となられた国王を御乗せして、盗賊から“リュティス”を奪い返すために、“始祖”と神の僕たるこの私が認めた真の国王を、玉座に座らせる他に、貴方達は、賊軍の汚名を被りたいのか?」

 未だ多くはないとはいえ、カステルモールの元へやって来る兵士、“貴族”の数は次第に増え始めた。

 “ガリア”軍の至る所で議論が発生し、騒ぎは加速度的に大きくなって行く。“杖”を抜き合う様もあちこちで見受けられる。

 才人は、(タバサが? どうして?)と震えながら見詰めた。(畜生。“ロマリア”が上手いこと言ってタバサを騙したんだ。そうに違いねえ。どんな卑怯な手を使ったのか知らねえけど、とうとうタバサの心変を引き出したんだ)と想った。

 “ガリア”軍の間に奔る動揺は目に見えて大きくなって行く。

 このままでは、“ロマリア”教皇の思い通りにことが進むであろう。アンリエッタがどれだけの計画を提げて現れようが、一旦着いた勢いはもう誰にも止めることはできない。できるとしても、それは至難の業である。

「……これでは“ガリア”は“ロマリア”のいいなりになってしまうわ。そうなったらもう、“聖戦”は止められない」

 ルイズが悔しそうに呟く。

 今、“聖堂騎士”達を振り払い、タバサに駆け寄って考えを改めさせようとしても、もう遅いであろう。時既に遅しという奴だ。

 転がり始めた大きな岩を止める術は、ないのである。

 賽は投げられてしまい、杖は振られてしまったのである。

 ヴィットーリオは、南西の空の一点を指した。

 そこに、空を圧する大艦隊が見えた。

「何ちゅうタイミングだよ。バッチリじゃねえか」

 才人が、額に汗を浮かべて呟いた。

 

 

 

 旗艦“シャルル・オルレアン号”に座上した艦隊司令クラヴィルに、傍らの艦隊参謀であるリュジニャンが呟いた。

「まさか、本当の反乱艦隊になってしまうとは、目紛るしく変わる昨今の政治状況は、まさに猫の目ですな」

 皮肉も何も混じっていない、素直なリュジニャンの感想であった。

 クラヴィルは、日焼けした肌に白く光る口髭を扱きながら、「今の我等は、反乱艦隊、ではないぞ。紛うことなき“ガリア王国両用艦隊”だ」と言った。

 ほんの数週間前までは、彼等はその“ガリア王国両用艦隊”であった。それがジョゼフの意により偽の反乱艦隊となり、次いで陰謀の失敗と“聖戦”に対する恐怖から本物の反乱艦隊へと変化を遂げたのである。そして今……正当な王を用意した、と教皇聖下から聞かされ、再び“ガリア両用艦隊”へとその名を戻したのである。

 教皇ヴィットーリオ・セレヴァレが、“サン・マロン”でくすぶる“両用艦隊”に出航を命じたのは昨日のことであった。

 反乱軍とはいえ、謂わば成り行きのことであるのだ。

 どうにもかつての同胞に艦砲を向ける気にならなかったクラヴィルがようやく重い腰を上げたのは、その報が理由であった。

 正統なる王を首都に運ぶ。

 これならば大義もある、といえるだろう。

 事ここに至ってなおジョゼフから離れない連中を同胞と見做す必要もないであろう、とクラヴィル達は判断したのである。

「1周しましたな。後世の劇作家も、実に扱いに困るでしょうな。これほどコロコロ名前を変えられたのでは……ですが、本当に“ロマリア”めはシャルロット様を見付け出したのでしょうか? まさか、偽物を用意した、などと言う落ちは無用に願いたい」

「本当だろう」

 クラヴィルは首肯いた。

「城下では。暗殺された、などと言う噂が立って置ったが……どうやら外国に追いやられていたらしい。それから、どこぞの城に幽閉されたとの話を小耳に挟んだが……御健在を聞くに、上手く御逃げになられたようだな」

「“ロマリア”の手引きですかな?」

「こうなってみると、そうかもしれんな。シャルロット様は良く良く運の御強い方と見える」

 かつて己の艦隊が、「そのシャルロット様に、救われたことがある」などと、夢にも想わぬクラヴィルは言った。彼は、シャルロットと名乗っていた頃のタバサに目通りする機会がなかったのである。

「果てさて、由緒正しき“ガリア王国”は、とうとう“ロマリア”の庭となるのですかな。かつて我が祖国を部隊に暴れ回ったかの“大王ジュリオ”より偉大ですな、教皇聖下は。何せ、大王ジュリオが“ガリア”の半分を手に入れただけでしたが、あの御若い教皇はその全土を手中に収めようというのですから」

「ふん。国王の手綱を誰が握ろうが、あの“無能王”よりはマシだ。あいつめ、“エルフ”と手を組み、“サン・マロン”で怪しげな研究を行っておった。その結晶があの騎士人形だ。今も“リュティス”でどんな悪巧みをしておるのか、知れたモノではないわ。悪魔め! どこぞなりとおちぶれて勝手なことをするが良い! それとも本物の地獄に送ってやろうか!?」

 憎々しげに、クラヴィルは呟く。今や彼は、自分がその“無能王”の陰謀に乗り、神と“始祖”を裏切ろうとしたことなど忘れていた。

「父君の名が冠された“フネ”に乗り込み、シャルロット様は“リュティス”に凱旋されるのだ。これこそ御無念が晴らされるというモノだろう。その御手伝いができる。何とも名誉なことだとは想わんかね? 子爵」

「ははぁ、それはそれは名誉なことですな」

 気のない調子で、リュジニャンは答えた。

「お、そろそろ“カルカンソンヌ”が見えて参りましたぞ。何度見ても、何故あのような場所に街を開く気になったのか、実に正気を疑う様をしておりますな」

 直線距離で10“リーグ”ほどの眼下に、うねりながらその身を横たえる“セルパンルージュ(赤蛇)”を目にして、リュジニャンが言った。

 その側を流れる“リネン川”を挟み、対峙する“ロマリア”と“ガリア”両軍の姿も見える。

 計画では、戴冠を終えたシャルロット女王陛下を座上させた後、国王旗を掲げ、なお恭順を示さない“ガリア”軍残党に艦砲を向ける手筈である。流石にそれで、残った理解らず屋も手を挙げるであろう。それでも残る者を、遠慮なく叩き潰した後、丸裸になった“リュティス”に乗り込む……。

 訓練航海より楽な任務であるといえるだろう。

 だが……悲劇は突然訪れた。

 マストに攀じ登った見張りの水平が何かを見付けたのである。

「左上方! 何やら飛んで来ます!」

「何やらとは何だ? そんな報告があるか!」

 副長が叱咤する。

「“竜”? いえ、“竜”じゃありません! あれは……“ガーゴイル”?」

 要領を得ない報告であった。

 クラヴィルとリュジニャンもまた、そちらへと目をやった。

 奇妙な翼を羽撃かせた“竜”らしきモノが飛んで来ているのである。良く見るとそれは、“ガーゴイル”であることが判る。“竜”と見間違えたのも無理はないといえるだろう。“ガーゴイル”にしては、その動きが速過ぎるのだから。

「何だあれは? 偵察か?」

 クラヴィルは、(それとも何か密書を届けに来た伝令だろうか?)と思い、見詰めた。

 その灰色の、魔除けの意味で悪魔の形に造られた“ガーゴイル”は、甲板にやって来ようとはせずに、何故か艦隊の下へと潜り込む。

 嫌な予感を覚えたリュジニャンは、大声で命じた。

「あいつを叩き落とせ!」

 だが、その命令は間に合わなかった。

 ピキッッッ……!

 卵の殻に罅が入るかのように、“ガーゴイル”が握り締めた“火石”の表面に亀裂が走る。

 ジョゼフの“エクスプロージョン”によって刻まれた目に見えない傷により、脆くなっていた結界が、とうとう内から溢れようとする火の力を押せられなくなったのである。

 無理もないであろう。

 森を燃やし尽くすほどの熱量が、わずか5“サント”の結界の中に押し込まれているのである。

 亀裂の隙間から噴出した炎は、音もなく凄まじい速度で膨張する。ほんの一瞬で、炎の玉は直径にして100,000倍もの大きさへと膨れ上がった。

 “両用艦隊”の先頭数十隻に乗り込んでいた士官水平達は、悲鳴を上げる間もなく、その巨大な炎の玉に呑み込まれてしまった。

 炎の玉は、“両用艦隊”の半分もの艦を、まるで紙屑のように燃やし尽くす。

 搭載した火薬に引火して、耳をつんざくような爆発音が、空に幾つも鳴り響いた。

 残りの艦も、巨大な炎に煽られ、被害を受けてしまった。

 地獄が、そう表現のできるモノが出現したのであった。

 

 

 

 

 

「何が半径10“リーグ”だ。今のは5“リーグ”ほどではないか」

 小型のフリゲート艦に乗り込み、遥か彼方の光景を眺めていたジョゼフが呟く。

 隣に控えたシェフィールドが、主人の不満の言葉に答えた。

「只今使用したのは、1番小さな石ではありませんか。ビダーシャル卿は、こちらの2番目の大きさのモノを指して言っていたはず」

「そうだったな」

 ジョゼフは頭を掻いた。

 後手に縛られたアンリエッタは呆然として事の成り行きを見詰めていた。

 ジョゼフの「地獄を見せてやる」といった言葉の意味を、やっとの事でアンリエッタは理解することができた。

 アンリエッタの眼の前に広がるそれは全くの比喩ではなく、直接的な意味での地獄であるためである。

 アンリエッタは、“両用艦隊”の半分を一瞬で燃やし尽くした炎の玉を見て震えた。

 アンリエッタは、かつて似たようなモノを“タルブ”で見たことがあった。“タルブ”の戦での折に見た、ルイズの“エクスプロージョン”である。

 “アルビオン”艦隊を墜落に追いやったあの“魔法”も、似たようなモノでありはしたが……規模と威力とその凶悪さは全く違うといえるだろう。

 ルイズの“エクスプロージョン”は、“フネ”の積んだ“風石”を消滅させ、マストを燃やしたものの、人を殺しはしなかった。

 対して、ジョゼフが行ったモノ……。

 小型の太陽というのは、今のようなモノを指していうのであろう。

 アンリエッタは、震えながら心の中で呟いた。半径5“リーグ”もの大きさの火の玉など、アンリエッタは想像すらしたことがなかったのである。

 剣と銃を奪われ、やはり後手に縛られたアニエスもまた同じ感想を抱いたらしい。鉄のよう、と評された彼女が、目を瞑って少女の様に怯えている。

「貴男は……何と云う事をしたのですか?」

 アンリエッタの目から、涙が溢れた。

「あの艦隊に、どれだけの将兵が乗っていたと御想いになるのですか?」

「少なくとも、このちっぽけな“フネ”よりは多いだろうな」

 ジョゼフは笑いながら言った。

 あのような光景を目にしてなお笑うことができる神経が、アンリエッタとアニエスには全く理解できなかった。

「中々の威力だな……」

「そうだろうとも。何せ火の力を凝縮させた“火石”を爆発させたのだからな。あが、これではたりないな」

「何がたりないと言うのだ?」

「力も感情も……御前とやり合うにはまだまだたりない。まるでたりない。御前は、俺の人生の中で……シャルルと同じくらい、いや、それ以上の指し手だ。それは、この世界について既に識っているからか?」

「そうだな。俺は既に未来を観ている。過去も、今も、未来も……まあ、借り物の力ではあるがな」

 地獄のような光景を前にしながら、俺とジョゼフは会話をしていた。

 このフリゲート艦には、ジョゼフとシェフィールドと、アンリエッタとアニエス、そして俺、それ以外の人間は乗り込んでいない。

 “フネ”を動かしているのは、沢山の“ガーゴイル”である。シェフィールドは、“ミョズニトニルン”として、“キャスター”としての力を利用して、“ガーゴイル”をベテランの水兵で在るかのようにキビキビと動かさせ、“フネ”を操らせているのである。

 これだけの数の“ガーゴイル”を一斉に動かすなど、どれだけ手練の“メイジ”であろうとも無理であろう。それは、シェフィールドが、“ミョズニトニルン”であり、“キャスター”であるからこそできる芸当であった。

「では、こいつの大きさを試そうか」

 ジョゼフは、「此方の2番目の大きさ」と言われた“火石”を取り出す。

「貴男が……“ガリア”の“虚無の担い手”、そして“キャスター”達の“マスター”だったのですね?」

 朗々と……ルイズと同じ“呪文”を口にするジョゼフを見て、アンリエッタは“ガリア”にいる“虚無の担い手”が、ジョゼフであることを確信した。

 同じ“呪文”を唱えているというのに、まるで違って聞こ得て来る。

 いつか聞いたルイズの“呪文”には、希望が満ちていた。明日を変えることができるだろう勇気を感じさせた。

 だが、ジョゼフが唱えるこの“呪文”は“スペル”こそ同じではあるが、そのトーンには、そういったモノが欠片も含まれていない。喩えていうのであれば、絶望であった。何かを諦めたような、そのような響きを伴っているのである。

 その絶望は、何故かアンリエッタの心を幾分か和らげ、どうにか正気の世界へと繋いでくれていた。

 混乱した状態で、(どちらが本当の“虚無”なのかしら?)とアンリエッタは今となってはどうも良いといえることを考えてしまった、

 “呪文”を完成させたジョゼフは、手にした“火石”に向けて“杖”を振った。

 威力を調整された“エクスプロージョン”の“呪文”は、強固な“エルフ”の結界に、わずかな亀裂を入れた。

 ピチチチチチチチ、と“火石”が耳を覆いたくなるような振動を開始する。中に、ギュウギュウに押し込まれた、火の力が出口を見付けて暴れているのである。

 我に返ったアンリエッタは、俺に言葉を掛けることもせず、ジョゼフの元へと駆け寄り、その手に噛み付こうとした。

 だが、呆気なく“ガーゴイル”に飛び掛かられてしまい、甲板に組み伏せられてしまう。

「折角、誰も見たことがない地獄を見せてやろうというのに、何を考えているのだ? いや、御前は見たことがあるか?」

「いや、今のところないな」

「貴男は本物の狂人だわ!」

 ジョゼフに対し、アンリエッタは叫んだ、

 “カルカンソンヌ”に展開した“ロマリア”軍の中には、ルイズやティファニアを始め、“水精霊騎士達”の少年達がいる。そして才人も……。

 アンリエッタが、彼等に知らせずに“ガリア”に乗り込んで来たのは、迷惑を掛けたくなかったためである。アンリエッタがアニエスと2人だけで“リュティス”に赴いたと知れば、彼等は危険を顧みず、“リュティス”に乗り込む可能性は高い。それは、タバサが捕らわれた時のことから、簡単に想像することができた。

 だが、その判断が裏目に出てしまったのである。

 ジョゼフがこのような、ほとんどの者達からして凶悪な技を……“先住”と“虚無”を組み合わせた、凄まじい力を誇る“魔法”を使うことなど、アンリエッタを始めほとんどの者達は想いもしなかったのである。それはもう、アンリエッタの想像を遥かに超えていたのであった。

「どうせなら、俺は狂いたかったよ。せめて狂えれば、まだしも幸せだったろうに」

 自嘲の響きを含んだ声でそう呟くと、ジョゼフは“火石”を無造作に舷外へと放る。

 すると待ち構えていた“ガーゴイル”が、その“火石”をキャッチして、飛び去って行く。

 アンリエッタは、心の中に黒い絶望が満ちて行くのを感じた。

 己の心に生じた、(せめて狂いたい)というそのような誘惑を断ち切るように、アンリエッタは大声で叫んだ。

「逃げて! 皆! 逃げて!」

「大丈夫だ。大丈夫。あの“火石”の爆発も、先程の爆発でも、死人はでない」

 俺は、そんな取り乱すアンリエッタへと、静かに強く言った。

 

 

 

 

 

 遥か南西の空に現れた“ガリア両用艦隊”が、突然大きな火の玉に包まれるのを見て、“リネン川”に布陣した両軍は、一斉に言葉を失ってしまった。

 炎の玉はまるで太陽のように膨れ上がり、唐突に消えた。

 その場にあったはずの数十隻の艦も、跡形もなく消えてしまっていた。燃え尽きたのだと理解するのに、何な聡明な人物であろうとも数十秒の時間が必要であった。

 何が起こったのかを理解することすらもできずに、全軍は呆然と立ち尽くした。

 数分後、先程より大きな火の玉が現れ、生き残りの“両用艦隊”が余さず燃やし尽された時に、やっとのことで恐慌が発生した。

 “ロマリア”、“ガリア”両軍の兵士達が、算を乱して逃げ出し始めたのである。

 敵のモノであろうが味方のモノであろうが、両軍にとってはどちらも大した問題ではなかった。湧き上がる、動物としての本能的な恐怖だけが全両軍を支配しているのである。

 だが、どこに逃げようというのであろうか。半径10“リーグ”にも達するような巨大な火の玉から逃げ出すことなど、この場にいるほとんどの者達にとって、どうにも叶わぬ相談であった。

「何だよあれ……?」

 四方八方に逃げ出す将兵の中、才人は呆然と呟いた。

 “水精霊騎士隊”の少年達は、薄い笑いを浮かべて顔を見合わせた。あのような巨大な火の玉は、冗談のようにしか想えなかったのである。

 ルイズが、そんな才人の肩を揺さぶった。

「“虚無”よ! あれは“ガリア”の“虚無”! 間違いないわ!」

「あんな“魔法”があるのか? 太陽が落っこちて来たみたいじゃねえか!」

 呆然と呟く才人の頬を、ルイズは張った。

「しっかりして! 今にここもああなっちゃうわ! 兎に角逃げましょう!」

 ルイズのその言葉で、我に返った少年達が駆け出した。

「逃げるぞ! サイト!」

 その時、ガバッ! 青い影が飛び降りて来て才人とルイズとシオンの3人を掴むと、再び上昇して行く。

「シルフィード!」

 眼下を眺めて、才人は叫んだ。

「おい! 俺達だけ救けてどうする!? 皆を逃がさないと!」

「どこに逃げるのね!? きゅい!」

 シルフィードは叫んだ、

 事実、その通りであった。“魔法”を使おうがどうしようが、先ず、あれほどに巨大な火の玉から逃げることなどできやしないのである。余程大きな力を持つ存在か、同じ力を持つ存在でないと対抗することはできないであろう。

「あれは……あれは“精霊の力”の解放なのね! 恐らく“火石”が爆発したのね! 人間達の“魔法”じゃ、手も足もでないのね! きゅい!」

 焦った声で、シルフィードは叫ぶ。

「どうすりゃ良いんだ!?」

「それを止められるのは、貴方達“虚無の担い手”と“サーヴァント”だけなのね! 今の御姉様には無理なのね!」

 シルフィードはその視力で、大空を捜索し始めた。ヒトとは比べモノにならない視力を持つ“風竜”であるシルフィードは北東の方角で遊弋する1隻のフリゲート艦を見付けた。

「あそこなのね!」

 混乱の中、飛び行くシルフィードの意を理解したのだろう、“ペガサス”に跨った“聖堂騎士”が何騎が飛び上がる。

 “ペガサス”を従え、“虚無の担い手”を抱き、シルフィードはジョゼフ元へと急行した。

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