ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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夢迷宮の出口

 己の放った“火石”が、弟の名を冠された“フネ”を旗艦とする艦隊を跡形もなく焼き払った時も、ジョゼフは何らの感慨もその顔に浮かべなかった。いや、浮かべることも、抱くこともできなかったのである。

 ただ、つまらなさそうにジョゼフは呟くのみである。

「あの艦隊を整備するのに、幾ら掛かったのであったかな?」

「“両用艦隊”は、10年前、“アルビオン”艦隊に対抗するために配備が開始されました。5年かもの間、大凡国家予算の半分を投資して建造されたと聞いております」

 シェフィールドが、淡々と答えた。

「それほどの大金が、わずか数分で灰と消えたか。呆気ないモノだな」

「御心が……痛みますか?」

「困ったな。父に勝手貰った玩具の船を池で失くした時の方が、余程心が痛んだわ。そうそう、シャルルと何度競争させたかしらんが、終ぞ俺が1度も勝てなかったな」

 “ガーゴイル”に身体の自由を奪われたアンリエッタが、苦しそうな声で水を差した。

「あれだけの艦隊……何人の……何人の人間が乗り込んでいたと御想いですか? 10,000、いいえ、数万です。貴男はそれだけの数の人間を、一瞬で灰にしてしまったのです。それを、それを池で失くした玩具に喩えるとは……悪魔でさえ、貴男の前では慈悲深く見えることでしょう」

「御前に何が理解る? 御前に、俺の心の深い闇の何が理解る? 輝かしい勝利の中、全てに祝福されながら冠を冠った御前に、一体俺の何が理解るというのだ?」

 ジョゼフは憎々しげに、アンリエッタを踏み付けようとした。

「それは止めておけジョゼフ。アンリエッタを踏んだところで、御前の心に何かが生まれる訳もない。なあ、アンリエッタ。こいつは、ジョゼフはただ……」

 俺の言葉にジョゼフは足を止め、アンリエッタは下を向いた。

 これから起こるであろう悲劇を前にして、とうとうアンリエッタの心は哀しみに押し潰されてしまったのである。心を支えていたある種の絶望が折れれ、感情の奔流が流れ込み、アンリエッタは涙を流した。

「悲しんでおるのか? 御前は……胸が痛むのか? 羨ましいことだ」

 ジョゼフはアンリエッタの頬を、掴み、持ち上げた。

「御前のその哀しみを俺にくれ。俺にくれよ。そうすれば、御前の望むモノを何でもやろう。全てだ。この王国も、世界も、全てを御前にくれてやろう」

「神よ……どうか、どうかこの男を止めてください。後生です。世界がなくなってしまう前に。全てが灰に沈む前に……」

「成らば神に見せてやろう。その世界が、灰になる様をな」

 ジョゼフは“火石”の最後の1個を、シェフィールドから受け取った。

 それは今までの2つより一回り大きい粒であった。

 ジョゼフは愛おしげに、其の“火石”を手の中で持て遊んだ。

 透明な器の中に蠢く火の結晶が妖しく輝き、ジョゼフの掌を彩っている。

 これを地面に向けて使えば……半径10“リーグ”以上の土地が、ただの焼け野原になることは容易に想像できるだろう。草も木も、人も動物も……地上に動くほとんどを燃やし尽くし、ただの塵へと還すことができるだろう。

 今もなおジョゼフに忠誠を誓う軍も、シャルルのただ1人の娘であるシャルロットも、その中には含まれる。

 ジョゼフはその情景を想像し、(俺は泣けるだろうか?)と何度も己に問うたその質問を、心の中で呟いた。それから、(今度こそ、俺は泣けるだろうか? 世界を燃やし尽くした後に……それでもなお涙が流れぬとすれば……俺はどうすれば良いんだろう?)と考えた。

 そこにあるのは……漠然たる、字義通りの虚無の世界であった。涙も、虚しさも、空しさも、哀しみも、悲しみもない、ただのゼロであった。

 アンリエッタに言われずとも、ジョゼフは理解していたのである。

 ジョゼフは、涙を流して悲嘆に暮れるアンリエッタを見下ろしながら、(別にそんなモノは見たくない。ただ……俺は……)と想い、次いで俺へと視線を向けた。そして、(俺を止めることができるのは……シャルルとこの男くらいのモノだろう。あいつの悔しそうな……俺に対する劣等感が欠片でも見えたら……俺はこんなことをしなくて済んだのに)とも想った。

 だが、神であっても無理な相談であった。シャルルはもう、この世にはいないのだから。逢うことができる可能性があるとしても、それは“サーヴァント”を始めそういった霊魂となった状態のシャルルと逢うくらいしかできないであろう。そして、この“聖杯戦争”中には無理であろうということもまた、ジョゼフは理解していた。

 ジョゼフには理解っていた。本当は知っていた。世界を灰に変えようが、己が涙を流すことなど、ありえぬ、ということに。

 だが、一抹の望みを覚えずにはいられないのもまた事実であった。

 他に、ジョゼフには方法が想い付かないのである。

 絶望を世界に撒き散らすジョゼフを動かすのは……希望、であった。他の人々が抱くそれとは違った、闇色の希望だけが、ジョゼフを前に歩かせているのである。その巨躯を支えて。

 ジョゼフは、再び“虚無”の“呪文”を唱え始めた。

 今度の“火石は”粒が大きい。結界よりも強力である。かなりの力の“エクスプロージョン”でなければ、傷を付けることは適わないであろう。

 その時。

 “フネ”が揺れた。

 ジョゼフは空の一方向を見遣る。

 青い鱗を煌めかせた“風竜”

 が、“ペガサス”を何騎も引き連れ、急速な勢いで此方へと向かって来るのが見える。

 どうやらその“ペガサス”に跨っている1騎の“聖堂騎士”が、このフリゲート艦に向かって“風魔法”を唱えたらしい。

 シェフィールドが主人の“詠唱”時間を稼ぐべく、幾体もの“ガーゴイル”を放った。“ミョズニトニルン”に操られ、その性能の限界まで引き出された“ガーゴイル”は、不粋な闖入者へと襲い掛かる。

 あちこちで、“ガーゴイル”と“聖堂騎士”の空中戦が始まった。

「さ、ジョゼフ様……」

 ジョゼフは再び“詠唱”を開始しようとした。

 が……その瞬間、眼の前で起こった爆発でジョゼフは吹き飛ばされた。後ろに吹っ飛び、フリゲートの舷縁に叩き付けられてしまう。

「ぐむ……」

 “火石”がジョゼフの手から離れ、甲板の上を転がった。

 爆発は甲板の上で、アンリエッタを押さえ付けていた“ガーゴイル”をも吹き飛ばした。

 突然自由になったアンリエッタは、甲板に転がる“火石”に気付き、それを口に咥えた。

 アンリエッタが振り返ると、“風竜”に跨ったルイズと才人とシオンが見えた。

 今の爆発は、ルイズの“呪文”によるモノだろうということが判る。

 アンリエッタは、(有難う)と心の中で呟き……甲板から身を踊らせた。

「姫様が!?」

 落下するアンリエッタを見て、ルイズが叫ぶ。

 纏わり付く“ガーゴイル”を振り払い、シルフィードが急降下する。その口に咥えようとした瞬間……素早く飛んで来た“ガーゴイル”に、その身体を横取りされてしまった。

 アンリエッタが口に咥えた“火石”を、鉤爪の付いた手で毟り取ると、もう用はないとばかりに、“ガーゴイル”はアンリエッタのその身体をポイッと放り捨てた。

 そのアンリエッタの身体を、シルフィードがやっとの想いで咥え上げた。

「御無事ですか!?」

 再逢を喜ぶ暇もなく、ルイズが叫んだ。

 シルフィードの背に持ち上げられたアンリエッタは、蒼白な顔で叫んだ。

「私選りも! あの“火石”を! 早く!」

 ルイズは首肯くと、再び“詠唱”し始めた。

 “エクスプロージョン”だ。

 先程放ったばかりであるために、余り大きなモノは撃つことはできない。あれが、限界であったのだ。この“聖戦”で、ルイズは“魔法”を使い過ぎていたのである。

 それでも必死に“精神力”を振り絞り、“虚無”の“ルーン”をルイズは口遊む。

 だが……やはり十分な威力を発揮できるところまで、“詠唱”は続かない。

 “聖堂騎士”が押さえ切れなかった“ガーゴイル”が、何体も現れ、シオン達に襲い掛かり始めたのである。

「――きゃあ!?」

 アンリエッタとルイズが悲鳴を上げる中、才人は近寄って来た“ガーゴイル”目掛けて“AK小銃”のトリガーを引き、シオンは“魔術”の1つである“ガンド”を放つ。

 才人が持つ“AK小銃”による3点の連射で、“ガーゴイル”の頭部は撃ち抜かれて行く。だが、あっと言う間に弾が切れてしまう。弾倉はこれで最後だったのである。

 シオンは、“ガンド”でどうにか近付けないようにし、上手く当たった“ガーゴイル”は地上へと落下して行く。

 空の上では、剣は役に立たないため、才人は歯噛みした。

 取り敢えず自分達の身を守るために、ルイズは“エクスプロージョン”を使わねばならなかった。小規模な爆発が、シルフィードの周りに響き、“ガーゴイル”を吹き飛ばす。

「早く! ルイズ! あの狂った男を止めるのです! 然もないと……然もないと全てが灰になってしまいます!」

 アンリエッタが叫んだ。

「俺が行く。シルフィード、あの“フネ”の甲板の上に出てくれ!」

 きゅい、と一声鳴いて、シルフィードが了解の意を示した。

 ルイズは小さなフリゲート艦を見詰めた。

 ちっぽけなフリゲート艦に乗った、者達によって、あの“両用艦隊”は灰になったのである。眼下、合計150,000以上もの“ロマリア”と“ガリア”両軍、そして民達は、今まさにその“両用艦隊”と同じ運命を辿ろうとしているように想わせる。

 “先住”の“魔法”。

 “始祖”が決して勝つことができなかったとされるその力。

 そして、それに“虚無”が組み合わさった時の破壊力……。

 その真の恐ろしさに、ルイズは恐怖した。

 

 

 

 甲板の上に、“詠唱”を続けるジョゼフの姿が、才人には見えた。

 その周りは、“ミョズニトニルン”であるシェフィールドが操る数十体もの“ガーゴイル”が守っている。

 初めて間近で見る、ジョゼフの姿であった。

 タバサと同じ青い髪……その大柄な身体。見た目は美しい。まるで彫刻のような美丈夫であった。

 その男の口からは、“呪文”の言葉が吐き出されて行く。

 皮肉なことに、その“詠唱”を聞いていると才人の心に勇気が漲って行く。自分の身体のその反応を、才人は嫌悪した。

 あの“詠唱”が完成されたらどうなってしまうのか。

 才人は、先程の火の玉を想い出し、背筋に氷の棒を突っ込まれでもしたかのような気分になった。

 シルフィードから身を踊り出し、才人は甲板へと着地した。

 間髪入れずに、シェフィールドが操る“ガーゴイル”が、才人へと襲い掛かって来る。

 “ガーゴイル”は、羊のそれのような角を生やし、筋骨隆々の肩を持ち、蝙蝠の翼を持った、禍々しい姿をしている。

 その“ガーゴイル”の姿に、才人は、ジョゼフの本質を見たような気がした。

 才人の心が、(こいつがこの心が……あの火の玉を生み出した!)と震えた。

 左手甲の“ルーン”が光り出す。

 才人は襲い掛かって来た“ガーゴイル”を、横殴りの要領で斬り払う。

 1匹の“ガーゴイル”は胴を両断され、甲板に転がった。

 1匹の“ガーゴイル”を跳ね除けたデルフリンガーで縦に斬り裂き、振り下ろす剣筋で別の1匹の頭を叩き割る。

 何な達人であろうとも見切ることができないほどの、高速の振りである。見切ることができるモノがいるとすれば、“サーヴァント”やそれに準ずる存在、また、それに匹敵する存在くらいであろう。

 怒りが沸点に達した才人の動きは切れ味鋭く、次々に“ガーゴイル”を斬り裂いて行く。数十体もの“ガーゴイル”は、僅か十数秒ほどの間に、全滅した。

「御前の武器はなくなったみたいだな」

 才人は、デルフリンガーを構えたまま、油断なくシェフィールドへと近付いた。

 だが……絶体絶命とも思えるシェフィールドの笑みは消えない。

「なッ!?」

 次に才人が目にしたのは……恐るべき光景であった。

 猟団され、転がった“ガーゴイル”の上半身と下半身が近付き、粘土人形のように繋がり、再び立ち上がったのである。

 ジョゼフの前に立つシェフィールドは、眩いばかりの妖艶な笑みを唇に浮かべてみせた。

「この“ガーゴイル”はただの“ガーゴイル”じゃない。“水”の力に特化させたんだよ。“ヨルムンガント”ほどの力はないけど、不死身に近い、どれだけ斬り裂こうが、無駄というモノさ」

 再び、複数の“ガーゴイル”は、才人へと襲い掛かる。

 倒しても倒しても、復活するのだから始末に負えないといえるだろう。

 才人は、防戦一方になってしまった。

「どうした!? やはりあの奇妙な“槍”がないとマトモに戦うことすらできないのかい!? 情けない話じゃないか!」

 そうシェフィールドが絶叫した時……軽やかな銃声が響いた。

 いつしか、才人は左手で“自動拳銃”を握り、シェフィールドに突き付けていたのである。

 “ロマリア”の“カタコンベ”にあったモノだ。

 “AK小銃”だけでなく、一丁だけ拳銃を才人は隠し持っていたのである。才人が防戦一方になったのは、シェフィールドを油断させるためでもあったのだ。

 肩に弾を喰らったシェフィールドは、その場にうずくまってしまう。

 周りの“ガーゴイル”が、シェフィールドによるコントロールを解かれ、糸の切れた人形のように甲板に崩れ落ちた。

 空の上で“正統騎士”やルイズ達と戦っている“ガーゴイル”は自動で動くが、こちらの方は強力であるが故に、シェフィールドから供給される“魔力”なしでは、動くことができないようである。

 才人は疲れた声で言った。

「そうだな……こんな“槍”がなくっちゃ、俺は戦うことができない。でも、それは御前も同じだろ、“ミョズニトニルン”」

 痛みに呻くシェフィールドを無視して、才人はジョゼフへと向き直った。

 そこで、才人は、俺がいることに気付いた。

「セイヴァー……何で?」

「ああ、俺はアンリエッタとアニエスを護衛していったって訳……まあ、下手に動くとどうなるか判ってたから隣に立っていただけだがな」

「何で、こんなことになる前に止めなかったんだ!?」

 才人が感情を爆発させ、俺へと問うた。

「そうだな。俺はただ、こいつの、ジョゼフの最期を見守るだけだ。故に、手を出さない」

「人が死んでるんだぞ!」

「いや、問題はない。先程の爆発などで、人死は出ない」

 俺がそう言った後、才人は再びジョゼフへと向き直る。

 ジョゼフは、剣戟を避けるために、後甲板の鐘楼の上で“詠唱”を続けていた。が、“詠唱”を中断し、才人の方へと振り返った。

「やあ。“ガンダールヴ”」

「その石から手を離せ。じゃないと撃つ」

 “自動拳銃”を突き付け、才人は言った。

 この男――ジョゼフが、今まで散々に才人やルイズ達を苦しめて来たのである。それは事実である。

 だが……不思議と、才人は直接相見えたことで、憎むことができなくなった。理屈では、脳裏の一番上では、燃えるような怒りが眼の前の男目掛けて渦巻いているというのに。

 才人は、(どれだけのことを、この男は自分達に、タバサ達に、“ハルケギニア”の民に行って来たのか? 何万、何十万という人間を其の手に掛け、今もなおその数を増やそうとしている悪魔のような男……どんな憎らしい顔をしているのだろうか? どれほどふてぶてしい態度で自分を威圧するのだろうか? そんな覚悟をして来たのに……)、とジョゼフを前にして想った。

 だが現実のジョゼフの顔に浮かんでいるのは、一種の寂しさであることが、才人を理解した。やっとのことで相見えた憎い仇の顔に、(“ハルケギニア”を揺るがす事件を次々引き起こした狂王とは……こんなに小さい、情けない奴だったのか?)と才人は当惑した。

「まだ若いな。幾つだ?」

 親しげに思える調子で唐突に年を訊かれ、才人は思わず返事をしてしまう。

「17……いや、18だ」

「眩しいくらいに、真っ直ぐな目をしているじゃないか。全く顔は違うが、どことなくシャルルに似ているな」

「石から手を離せ!」

 だが、ジョゼフは応じない。それどころか、懐かしむように、言葉を繰り出して行く。

「俺にも御前のような頃があったよ。己の中の正義が、全てを解決してくれると想っていた頃が……大人になれば、心の中の卑しい劣等感は消えると想っていた。分別、理性……何だろう? そういったモノが解決してくれると信じていた」

 才人は、ジョゼフの手に狙いを定めた。

 ジョゼフは“詠唱”をすることすらもせず、更に言葉を続けた。

「だが、それは全くの幻想に過ぎなかった。年を取れば取るほどに、澱のように沈殿して行くのだ。自分の手で掴み取ってしまった解決の手段が……いつまでも夢に出て来て、俺の心を虚無に染め上げて行くのだ。迷宮だな。まるで、そしてその出口はないと、俺は知っているのに……」

「全く。ジョゼフ。解決策は、あると言ってるだろう」

 俺がそう言った直後、才人は引き金を引いた。

 銃弾がジョゼフ目掛けて飛んだ。

 だが、その瞬間にジョゼフの姿が、才人の視界の中から掻き消えた。

「こんな技を、幾ら使えたからと言って、何のたしにもならぬ」

 才人の背後からジョゼフの声がする。

 才人は反射的に振り返り、右手で握っているデルフリンガーを振り払う。

 だが……そこに、ジョゼフの姿はない。

 今度は、マストの上にジョゼフは移動していた。

 カステルモールの手紙に書かれていた「ジョゼフは……寝室から、一瞬で中庭に移動して退けた」という一文を、才人は想い出した。

 才人はそのことを、夢中になっていて、忘れてしまっていたのである。己の迂闊さを、才人は呪った。

「この“呪文”は、“加速”と言うモノだ。“虚無”の1つだ。何故神は俺にこの“呪文”を託したのであろうな。皮肉なモノだ。まるで、“急げ”、と急かされているように感じるよ」

 

 

 

 

 才人はジョゼフを追い掛け、“拳銃”を撃ち、デルフリンガーを振り回した。だがそのたびに、ジョゼフは“加速”で逃げ去り、攻撃が掠ることすらない。ヒトを遥かに超えた、そのスピードは、“サーヴァント”のそれに匹敵しているといえるだろう。その速度の前では、“ガンダールヴ”や“シールダー”の力でも追い付くことが難しかった。

 徐々に才人の息が上がって行く。

「不味いな……相棒。実に不味い。厄介な“呪文”を相手にしちまったね」

 デルフリンガーが呟く。

 いつか戦った、ワルドの“偏在”を、才人は想い出した。その“呪文”が作り出す幾つもの分身の方が、未だしも組みやすいといえるであろう。幾ら数がいるようとも、己の握る“武器”の攻撃範囲に収めることができるのだから。

 だが……ジョゼフの“呪文”は違う。一瞬で移動されてしまえば、“武器”など何の役にも立たないといえるのである。

「中々楽しかったぞ。少年。俺には俺の仕事があるのだ。そろそろ終わりにさせて貰う」

 ジョゼフはスラリと短剣を引き抜いた。

 その妖しい輝きに、才人は恐怖した。汎ゆる“武器”のエキスパートということができる才人が、“メイジ”が握る短剣に恐れ慄いている……。強力な“魔法”や“魔道具”や“幻獣”を相手に打ち勝つことができて来た才人であるが、こうなってしま得ば、1本のちっぽけな短剣に手も足も出ないのである。

 速度。

 それを制された“ガンダールヴ”は、無力な存在へとなり下がってしまう……。

「参ったな」

 “ガンダールヴ”の力により、幾ら常人とは違う反射神経を持っていようとも、あの短剣を防ぐことは難しいであろう。才人は、それを肌で理解したのである。

 才人は、(ならば……)と目を瞑った。

「ほう、覚悟を決めたか。潔いな」

「あ、相棒? 目を瞑ってどういうつもりだ?」

「俺の生まれた世界には、“心眼”って言葉があってね! 掛かって来いジョゼフ! 御前の動きなんか心の目で見切ってやるぜ!」

 才人は、己の神経を研ぎ澄ませた。これからやって来る、瞬間、のために……。

「面白い。ならばやってやろう」

 ジョゼフの気配が、才人へと迫る。

 才人は、狙った1点に向けて剣を振った。

 

 

 

 硬い刃が、横腹に深々と突き刺さる感触を覚え……才人は目を見開いた。

「大した心眼だな」

 才人の左の方から、ジョゼフの声が響く。

 才人の横腹には、ジョゼフが握る短剣が埋まっていた。

 目を瞑って繰り出した才人の剣は、当然ジョゼフにかすることはなかった。

 ジョゼフは難なく剣筋とは反対側から回り込み、容易く才人の腹に短剣を突き立てたのである。

 鈍い痛みと共に、才人の身体が力が抜けて行こうとする。だが、才人は笑みを浮かべた。

 1秒あれば、それで十分なのだ。

 そう

 才人が欲っしたのは、闇の中敵を斬り裂く心眼ではなく、光の中、敵に剣を突き立てるその1秒であった。

「捕まえた」

 そう言って、才人はジョゼフの手を掴む。

 “心眼”というモノは確かに存在するが、今の才人にとってそれはハッタリも同然であった。両の目で捉え切ることができないモノを、心で捉えることはかなり難しいのである。才人は、どのような状況であっても目を見開き、物理的な視界で得らえれる状況を冷静に判断して、勝利を収めて来たのだから。

 才人は右手で握ったデルフリンガーを、左手側にいるジョゼフに突き立てようとした。

 だが……ジョゼフの表情は変わらない。

 才人の全身を痺れが包み込んだのは、その瞬間であった。

 才人は、(しまった!)と、短剣の刃に毒が塗られていたことに気付いた。才人の全身を喩ようのない脱力感が包んで行く……。

 デルフリンガーから、才人の右手から落ちた。

 ジョゼフを掴んだ手から力が抜け、才人はガクリと膝を落とし、甲板へと転がった。

 痺れと共に、苦い敗北の味が、才人の口の中に広がって行く……。

 群がる“ガーゴイル”に阻まれてしまい、シルフィードも“聖堂騎士”も、ジョゼフの“詠唱”を邪魔することができないでいる。

 ジョゼフは、“杖”を振り上げた。

 眼下で慌てふためく、150,000の人間。

 それ等が、灰に還る様を、ジョゼフは想像した。何もかも燃え尽きて……地に還る様を想像した。

 だが……それでもやはり、ジョゼフの心は震えなかった。

 何らの感慨をも、ジョゼフは抱くことができないのである。

 甲板に転がりながらも荒い息で見詰めて来る才人へと、ジョゼフは目をやった。

 横腹に短剣を突き付けられてもなお、毒が全身を犯し始めていてもなお、怒りの炎は才人のその目から消えていないということが判る。

 才人は、唇を噛んだ。ジョゼフを止められぬことが、どうにも悔しくて堪らぬ様子である。

 才人へと近寄り、ジョゼフは短剣が刺さっている横腹を踏み付けた。

「がッ……」

 才人の口から、激痛に耐え切ることができず、呻きが漏れる。

「やめろ、ジョゼフ。それ以上は、そいつが負った怪我が広がり悪化してしまう」

「悔しいか?」

 そんな俺の静止の声を無視して、ジョゼフは才人へと問うた。

「ああ……悔しい。何人もの人が殺されるのを止められない……」

 泣きそうな声で、才人は顔を歪めた。

「どうだ? 勝てるかも、と想った直後の絶望の味は。御前達は、自分達が守るべきモノを守り切れずに、その絶望の中で死ぬのだ」

 才人は痺れが限界に達した身体を騙しながらも何とか躙り寄り、俺へと目を向けながら、転がった拳銃へと手を伸ばそうとする。

 だが、ジョゼフは、(こいつめ、まだ俺に噛み付く気でいるよ。眩しいくらい、自分が正しいと信じているよ。羨ましいなあ。嗚呼シャルル、俺は……俺は何をやっているんだろうな? どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろうな? 戻れるならば……戻りたい。もし、やり直せるモノならば、やり直したい)と想いながらその拳銃を甲板の向こうへと蹴りやった。

「だがもう……戻れぬ。出口のない迷宮を、俺は彷徨い続けるのだ」

「いいやジョゼフ。それは違う。戻ることができないのは確かだが、止まることも、方向を変えることもできる。出口へと向かうことはできる。出口はあるのだ」

 俺の言葉を聞き流し、ジョゼフは“詠唱”を再開する。“呪文”を完成させ、“火石”に“杖”を振り下ろそうとしたその瞬間……右手に嵌めた“土のルビー”が光り出した。

「ん?」

 茶色に光る“指輪”から、ジョゼフの心に記憶が流れ込んで来た。

 

 

 突然ジョゼフが放り込まれたのは、夢ということができる世界であった。

 そこは、今は亡き“ヴェルサルテイル宮殿”の本丸……“グラン・トロワ”の一室であった。

「父の執務室じゃないか」

 そこは、ジョゼフの父であるかつての王。その王が使用していた執務室であった場所である。

 家具の並びを見るに、どうやら父王が崩御するほんのわずか前の様子であることが、ジョゼフには判った。

「何だ? 一体、これはどんな冗談なのだ?」

 ジョゼフは今まさに、“エクスプロージョン”を唱えようとしていたところであった。眼下の軍勢や市民達を、ただの塵芥に変えるために……。

 それであるのに、どうしてこのような所にいるのか、ジョゼフは理解できなかった。

 だが、ジョゼフの中に焦りはなかった。ただ、ジョゼフにとって匂うような懐かしさが、そこには溢れていた。

 自分がそのような気持ちになったということを不思議に想う間もなく、誰かの足音が響くのが聞こえ、ジョゼフは咄嗟にカーテンの陰へと隠れた。何故か、姿を見せてはいけないような気がしたためである。

 現れた人物を見て、ジョゼフの目が丸くなる。

 それは……シャルル・オルレアン。ジョゼフ自らその手に掛けた、弟の姿であったためだ。

「……シャルル」

 ジョゼフは、呆然として呟く。

 その姿を見た瞬間、(どうしていきなりこんな場所にいるのだ?)といった疑問が、ジョゼフの中から吹き飛んだ。

 ジョゼフは、(一体、シャルルは父王の執務室に何の用があるというのだろう?)と想い、シャルルを見遣る。

 シャルルは、何やら険しい表情を浮かべている。

 そんなシャルルの顔を見たことがなかったジョゼフは、軽く驚いた。

 シャルルは、カーテンの陰に隠れているジョゼフには気付かずに、父王の執務室の引き出しを引いた。乱暴にそれを引き出すと、中身を全部床へと打ち撒けたのである。

 父王が所有していた宝石や、勲章や、書類などが床に散らばった。

 シャルルはその上に突っ伏すと、低い嗚咽を漏らし始めた。

 泣いているのだ。

 ジョゼフは、(どうした? 一体、何を泣いているのだ?)という疑問を抱き、飛び出して行って問い詰めたいという欲求に駆られた。

 だが……直ぐにその答えを、シャルルは吐き出した。

「……どうして? どうして僕じゃないんだ」

 ジョゼフは、そのシャルルの言葉に驚きを隠すことができなくなってしまった。

「父さん。どうして僕を王様にしてくれなかったんだ? 可怪しいじゃないか。僕は兄さんより何倍も“魔法”ができるんだぞ。家臣だって、僕を支持する奴ばかりだ。それなのに……どうして? どうしてなんだ? 訳が理解らないよ!」

 シャルルは、1個の指輪を手に取った。

 “ガリア王家”に伝わる秘宝……“土のルビー”である。

 ジョゼフが慌てて自分の手を見遣ると、同じモノが指で光っている。

 それ等を前にして、ジョゼフは、(これは……一体どういうことだ?)と疑問を抱いた。

 その時……ジョゼフの脳裏に声が響いた。

『ジョゼフ殿』

 その声に、ジョゼフは聞き覚えがあった。

「教皇? ヴィットーリオ? 貴様か!? 何だ、この茶番は。貴様の仕業か!?」

『違いますよ。茶番でも何でもありません。実際に起こったことです。私はその記憶を引き出す御手伝いをしただけです』

「何だと?」

『これは私の“虚無呪文”です』

「どういう意味だ?」

『“リコード(記録)”です。対象物に込められた、強い記憶を……念というべきモノを鮮明に脳裏に映し出す“呪文”です、今回はたまたま貴男が指に嵌めている“土のルビー”に宿る記憶を……強い念を映し出させて頂きました』

『戯けたことを。俺を止めたいならば、素直に殺せば良いだろうに』

『それでは貴男の魂は救われないではありませんか』

「これが実際に起こった光景だと? 馬鹿な!」

『貴男なら……私と同じ“虚無の担い手”なら、嘘か真か、判るのではありませんか? これが“魔法”による虚像なのか。それとも、紛うことなき事実なのか』

 ジョゼフは感覚を研ぎ澄ませた。

 ヴィットーリオの言葉は、事実であった。

 ジョゼフの眼の前の光景は、過去の出来事そのままであるのだ。ジョゼフはそれを、説明しようのない感覚で理解した。

 ジョゼフの心が、(実際に起こったことだと? では……眼の前のシャルルは、本物のシャルルなのか?)と疑問に想い、騒ぎ始めた。

 そのシャルルは辺りを憚ることもせず、両の手で指輪を胸に押し付け、再び泣き始めた。

 ジョゼフの頭の中から、教皇の存在すらも一瞬で飛んだ。

 眼の前のシャルルに、ジョゼフの意識が吸い込まれて行く。

「兄さんに勝つために、僕がどれだけ努力をして来たと想ってるんだ。僕の方が優秀だと証明するために、僕が見えない場所でどれだけ頑張って来たと想ってるんだ。全て今日の為、今日と言う日のためじゃないか!」

 ジョゼフは、ここでようやく理解した。

 これは……父王が崩御する間際の出来事である、ということを。

 あの日、父王は2人を枕元へと呼び、「次王はジョゼフと為す」と言い遺したのである。

 その後、直ぐ、シャルルは屈託のないといえる笑顔で、ジョゼフにこう言った。

 

――“兄さんが王に成ってくれて、本当に良かった。僕は兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。一緒にこの国を素晴らしい国にしよう”。

 

 ジョゼフは、その言葉を、全く裏表のないシャルルの本音である、と想っていたのである。どう足掻いても勝てぬその心の清らかさに打ち呑めされたジョゼフは、シャルルを激しく憎んだ。そして、とうとうその手に掛けてしまったのである。

 だが、シャルルのあの言葉は本音ではありはしたが、それが全てはなかった。自分の嫉妬を見狭いとした、シャルルの必死とでもいうことができる抵抗であったのだ……。

 ジョゼフの目から、滂沱とした涙が溢れた。

 気付くと、ジョゼフは1歩前へと踏み出していた。

「……兄さん?」

 シャルルの顔が驚愕に歪む。次いで、直ぐ様慌てた様子で、「違う……違うんだ。父君の荷物を整理していたら、慌ててしまって……」とどうにか取り繕おうとする。

「良いんだ」

 どこまでも優しい声でジョゼフは呟き、弟の肩を抱いた。

「兄さん……」

 全てを見られたということを知り理解したシャルルは、とうとうその端正な顔を泣き顔に歪めた。

「ごめんよ。僕は悔しい。どうしても悔しい。理解らないよ。どうして僕が王様じゃないんだ? 父さんはどうして、僕を王様にしてくれなかったんだ? どうして兄さんが王様なんだ? どうしてだい? 本当に理解らないんだ。僕がどれだけ頑張って来たのか、兄さんや父さんは知らないだろうね。僕がどれだけ……」

「知ってる。理解ってるよ。だからもう泣くなシャルル。俺もそう想う。どう考えたって、王に相応しいのは御前だ。だって、御前はあんなに“魔法”ができるじゃないか」

「兄さん。兄さん……」

「だからな、俺が御前を王様にしてやる。なに、父上の言葉は御前と俺しか知らぬのだから、どうとでもなるよ。御前が王様だ。俺は大臣となって、御前を補佐しよう。そうしよう。な? シャルル。それが善い。だろう?」

 ジョゼフは何度もシャルルにそう言い聞かせた。

「兄さん。ごめんよ。僕はどう仕様もなく欲深い男だよ。家臣達を焚き付けたのは、僕なんだ。僕が根回しをして、家臣達を味方に着けたんだ。裏金も使った。兄さんはそんなことしなかったのに……僕は……」

「もう良い。良いんだ。俺と御前は同じだった。それで俺には十分なんだ。だから良いんだ。もう何も言うな」

 心から、ジョゼフはそう言った。

 爽やかな気持ちが溢れ、ジョゼフの心を満たして行く。それが喜びである、ということを知り、理解するのに、ジョゼフは幾分か時間を必要とした。

「俺達で、この“ガリア”を素晴らしい国にしようじゃないか。なあシャルル。俺達で、世界をもっと良くしようじゃないか」

 溢れる涙を頬に感じながら、ジョゼフは何度も繰り返して言った。

「俺達で、この“ガリア”を素晴らしい国にしようじゃないか。俺達で、世界をもっと良くしようじゃないか。俺達成らできるよ。なあシャルル。なあシャルル」

 

 

 ジョゼフの手から、“火石”が滑り落ちた。

 膝を突き、ジョゼフは両手で顔を覆った。

「シャルル……俺達は、世界で1番愚かな兄弟だなあ」

 自分が泣いているということに気付き、ジョゼフは笑みを浮かべる。

「何だ。俺は泣いているじゃないか。ははは……あれほど疎ましく想っていた“神の力(虚無)”が出口を見付けるとは、呆気なく、何とも皮肉なモノだ。ああ、セイヴァー……御前が言った通り、出口はあったよ」

 涙は焼けるほどに熱く……ジョゼフの心を幾重にも包んで行った。

 

 

 

 

 

 タバサがやっとの思いで“聖堂騎士隊”を振り払い、“フライ”の“呪文”で駆け付けた時には、全てが終わっているといっても良い状況であった。

 小さなフリゲート艦の上では、ジョゼフが甲板に座り込み、周りを“聖堂騎士”達が囲んでいる。

 傍らに、倒れて腹に包帯を巻かれている才人の姿を見付け、タバサは顔色を変えた。

 ルイズが心配そうに見詰める中、アンリエッタが“水魔法”でその傷を癒やしていた。

 タバサは、ホッとした。

 アンリエッタが使う“治癒魔法”は強力であるといえるだろう。あの様子であれば、命に別状はないだろうことが判る。

 ジョゼフを取り囲んでいる“聖堂騎士”達は、タバサの姿を認めると、一斉に輪を開いた。

 タバサは硬い表情で、憎き叔父王の前へと進み出た。

 だが……そこにいたのは、何やら憑き物が落ちたかのような、ジョゼフの姿であった。その顔には、深い満足感などが描き出されていることが判るだろう。

「シャルロットか」

 ジョゼフが、タバサを見上げて呟いた。

「似合いじゃないか。天国のシャルルも喜んでいるだろう」

 “王族”の衣装を着込んでいるタバサに、ジョゼフはそのような感想を告げた。

 タバサは、(一体、この叔父に何があったというのだろう?)と訝しんだ。

 これまでの彼とはまるで別人であるかのように、ジョゼフは晴れやかな顔をしている。

 ジョゼフは冠を脱ぐと、それをタバサの足元に置いた。

「長いこと、大変な迷惑を掛けた。誠にすまなく想う。詫びの印にもならぬが……受け取ってくれ。御前の父のモノになるはずだったモノだ。それと……御前の母のことだが。“ヴェルサルテイル”の礼拝堂に1人“エルフ”がいる。御前は顔を覚えているはずだ。そいつに、俺からの最後の命令だと言って、薬を調合させろ。それで、母の心は元へ戻るはずだ」

「……何があったの?」

「説明はせぬよ。御前の父の名誉に関わることだからな。だがもう、終わった。全ては終わったのだ。俺はもう、地獄を見る必要はなくなった。後は、御前が俺を気の済むように扱えば、それで良い」

 ジョゼフは笑みを浮かべた。そして、タバサの前へと首を差し出す。

「この首を跳ねてくれ。それで、本当に全て終わりだ」

 タバサは、本当に叔父王の変心の理由が理解らなかった。ただ……彼は、「全て終わった」と言う。何があったのか、理由などまでは知らないが、それでもジョゼフの目的が何らかの方法などで達成された、ということをタバサは理解した。

 兎に角、父を殺した憎い仇の首が……あれほどまでに跳ねたいと想っていた首が、タバサの眼の前にあった。それだけは疑いようのない事実である。

「話して。一体、何があったというの?」

「どうしても知りたいのであれば、“オルタネーター”、いや、セイヴァーに訊くと良い」

 だがもう、ジョゼフはそういって口を開こうとはしない。ただただ、首を姪へと差し出すのみである。

 タバサは首を横に振った。ぎこちない怒鳴り声が、その喉から絞り出た。

「一体、何があったというの!?」

 “聖堂騎士”達が、そんなタバサを促した。

「さ、御早く」

 タバサは“杖”を構えた。

 “聖堂騎士”達が1歩、後ろへと退がる。

 タバサは厳しい顔付きになると、“呪文”を唱え始めた。

 だが……その“詠唱”は途中で止まる。

 自分をジッと見詰めて来る、イーヴァルディや才人達の視線に、タバサは気付いたのである。

 タバサは、(この人達の前で、ヒトを殺したくない)とそのような想いが、胸の中に広がって行くのを自覚した。

 ルイズが、首を横に振りながらタバサに言った。

「タバサ……御願い。“杖”を収めて。復讐は何も生まないわ」

 それまで黙って成り行きを見守っていたアニエスも、口を挟んだ。

「……その通りだ。貴女はこれから、“ガリア”の王となられるべき人物だ。御手を汚される必要はどこにもない。この男は、法に照らし合わせ、その法律で裁くべきだ。じゃないと……いつまでも続く鎖に引き摺られるぞ」

 “聖堂騎士”達は、(何を言うんだ?)と言わんばかりに2人を睨み付ける。

「余計なことを申すな。御心変わりがあったら何とする?」

「何よ!? あんた達、タバサを人殺しにしたいっていうの? それじゃ、この男と同じになっちゃうじゃない! 自分の目的のために、何人もの人を手に掛けた……」

 1人の年配の“聖堂騎士”が進み出た。

「“トリステイン”の御嬢さん。同じではありませぬ。シャルロット様はこれから治世を行わねばならぬ御方です。御自分の手で決着を着けねばいけないのです」

「それは詭弁だわ!」

 “聖堂騎士”と、ルイズ達は言い合いを始めた。

「止めろよ!」

 それまで黙っていた才人の声が、そんな諍いに水を差した。

 一斉に、一同は才人へと目を向ける。

「タバサは神様や死んだ人達のために復讐する訳じゃねえだろ!? 俺……良く理解んないけど、復讐って、自分のためにするんじゃないのか? そんな理屈じゃ気が済まないからするんだろ? 同じになっちまうとか、治世を行わねばならぬとか、そんな理由で止めたりやったりするもんじゃねえだろ」

 そこまで言って、才人は甲板に倒れ込みそうになる。

 慌ててアンリエッタがその身体を支えた。

 “水”の“魔法”が傷のほとんどを消し去りはしたものの、才人の身体には未だ毒が多少残っているのである。

 その場の一同は、才人のその剣幕を前に口を噤んだ。

 才人はアンリエッタの手を払い、ヨロヨロとタバサへと近付く。そして、真っ直ぐに見詰めて言った。

「やれよ。やりたっかたら、やれ」

 ルイズが、才人を窘めようと口を開く。

「あんた、何言ってるのよ!?」

 苦しそうな顔で、フラフラと才人は立ち上がった。

「横から口出すなよ。これはタバサの問題なんだよ。復讐するのも、それをやめるのも、タバサが決めることだ。そりゃ、天国の父さんは喜ばないかもしれない。手は汚れるかもしれない。復讐は何も生まないかもしれない。でも、それを決めるのはタバサだ。俺達じゃない」

 才人は、キッパリと言った。

「決めるんだ。タバサ。俺はどっちでも、御前の考えを尊重する」

 才人のその言葉に、“霊体化”しているイーヴァルディ、そして俺は首肯く。

 タバサはユックリと“杖”を構え……“呪文”を唱えた。氷の矢が、“杖”の先に渦巻いた。だが……それを振り下ろすことはない。硬直したように、タバサの手は固まって動かないのである。

 才人達が、しっかりと自分を見詰めて来ているということに気付き……タバサは結局、“杖”を下ろした。「殺せ」と言われて、殺すことができる訳がなかったのである。才人の言う通り、それはもう復讐でも何でもない、ただの死刑執行に過ぎないモノになるのだから。

 タバサは、復讐者であったかもしれない。だが、死刑執行人では、ないのであるる……。

 “杖”を下ろしたタバサを見て、才人は安堵の溜息を吐いた。

 結局……全てを終わらせたのは、“ミョズニトニルン”であった。一部の者達以外からは注意を払われていなかった彼女は、甲板の隅から不意に起き上がる。次いで、動く腕で転がった短剣を掴み、それでいきなりジョゼフの胸を貫いたのである。

 ジョゼフの口から鮮血が溢れ、アンリエッタが悲鳴を上げた。取り押さえようとした“聖堂騎士”に向けて、“ミョズニトニルン”は握った“火石”を突き付けた。

「動くな。私とて“虚無の使い魔”。全ての“魔道具を操るミョズニトニルン”だ。この“火石”をただ爆発させるだけなら可能だ」

「お、落ち着け……」

 1人の“聖堂騎士”がそう呟いたが、“ミョズニトニルン”はもう聞いていない。鮮血が溢れ出すジョゼフの口に己の唇を近付け、そこに押し当てた。

 暫く唇を重ねた後……シェフィールドは唇を離した。

 ジョゼフの血に彩られた唇から、シェフィールドの絞り出すような声が響く。

「唇を重ねるのは、“契約”以来のことですわね。ジョゼフ様……貴男はどうして最後まで、この私を見てくださらなかったのです? 私はただ少女のように、それのみを求めていたというのに……」

 ジョゼフはもう答えない。満足げな表情で、ただ、既に事切れていた。

 シェフィールドは、ジョゼフに顔を向けたまま、一同へと告げた。

「去れ。2人切りにさせてくれ」

 慌てふためいた“聖堂”騎士が、1人、また、1人と“ペガサス”に跨って“フネ”から下りて行く。

 才人達も……そのうちにシルフィードの背に乗った。

 タバサは身動ぎをすることもなく、“虚無”の主従を見詰め続けていた。

 才人はそんなタバサに何か言葉を掛けようとして、ルイズに止められる。

 そのうちに踵を返すと、タバサはシルフィードに跨った。

 誰も、タバサに声を掛ける事をはばかった。

 シルフィードは、“フネ”から離れた。

 俺もまたそこから離れる際、シェフィールドが小さく呟くようにして言った。

「108体の“ヨルムンガント”が起動したわ。ジョゼフ様が死ぬと動くように設定していたの……自律的に動くわ……頼める立場ではないのは理解ってるけど、頼めるかしら?」

「ああ。理解ったよ。“キャスター”……いや、シェフィールド」

 

 

 

 遠くの空に、才人は1匹の“風竜”を見付けた。

 ジュリオのアズーロである。

 その背に、教皇ヴィットーリオの白く長い帽子を見付け、(ジョゼフの変心を引き出したのは、あいつ等の“魔法”だ。恐らく……“虚無”、たった1つの“魔法”のみで、あいつ等はあのジョゼフを変えたんだ。何とも恐ろしい連中だ)と想い、才人は顔を歪めた。

 ジョゼフとシェフィールドを乗せたフリゲート艦は、大空の高みへとグングンと上昇して行った。最後に点のようになり……大きな爆発音と共に炎の玉に包まれて、見えなくなった。

 タバサは、その火の玉を、ボンヤリと見詰めていた。

 気付くと、タバサの両の目からは涙が溢れている。

 タバサは心の中で、(父様。終わったわ。父様。あいつは死んだ)と亡き父親へと話し掛けた。

 

 

 

 

 

 ジョゼフと父の間には、自分の入り込めない何かがあったことを、タバサは知り、理解していた。

 ジョゼフの、シャルルに対する愛憎とでもいうべきモノ……。

 その強さ、そしてその深さ。

 タバサは、(ジョゼフは父を殺したのには……何か退っ引きならない理由があったのだろう、自分には多分一生理解できない、そしてもう知る術のない理由が……だからと言って、ジョゼフを赦すつもりもない。もし、それを知ったとしても、自分は復讐を止めなかっただろう)と考えた。

 だが、それでも涙が溢れるのであった。

 タバサは、(どうしてだろう?)と疑問に思い、その理由もまた一生判らないに違いない、と想像った。それから、手にした冠を見詰め、(私は、あの火の玉を忘れないだろう)と想い、いつまでも涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 地上では、シェフィールドの言葉通り、起動した“ヨルムンガント”が108体地下から姿この街で動き始めた。この街の地下で製造されていたモノである。

 住民達を始め、それを目にした“貴族”達は“アクイレイア”でのトラウマを想い出し、恐慌状態になった。

「さて、と……彼女の最期の頼みなんだ。まあ、手向けじみたモノなんていうつもりはないが……まあ、派手にやりますかね」

 俺は、眼の前の数体を睨む。

 そして、“乖双弓槍剣アヴルドゥク”を“投影”する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、これを御覧ください。紛うことなき、ジョゼフ王の冠です。先程の巨大な火の玉は、小さなフリゲート艦でやって来た彼の仕業なのです。彼は“エルフ”と手を組み、あの凶悪な炎の玉を造り出し……“両用艦隊”を壊滅させたのです。それのみならず、“アクイレイア”への襲撃時に使用されたあの騎士人形なども使用し、皆さんごとこの私を葬り去ろうとしたのです」

 “ガリア”軍に対する、教皇ヴィットーリオの演説は続いていた。

 先程、ジョゼフが放り出した冠を持つヴィットーリオの演説は見事の一言であり、徐々に“ガリア”軍の混乱を収めて行く。

 何といっても、ジョゼフの冠は動かぬ証拠であるのだから。

 初めは信じることができないでいた“ガリア”軍の将兵達も、“エルフ”と手を組んでいるというジョゼフの噂を想い出し、然もありなんと想うようになって行った。

「だが、その狂王は、先程天に召されました。皮肉にも、己が作り出した炎の玉によって……これを天罰と言わずして、何と言うのでしょうか?」

 突然ジョゼフ王の死を持ち出され、流石に“ガリア”軍はヴィットーリオの演説に疑いを抱いた。

 だが、それが本当だと知るに、然程の時間は必要とはしなかった。首都“リュティス”へと問い合わせると、「ジョゼフが、女官1人を着けてフリゲート艦に乗って出撃した」との返事が返って来たためである。

 事ここに至っては、もう、戦にならない。抱くべき王が死んでしまったのだから。それも、自分達ごと、“ロマリア”軍を葬り去ろうとして……。

 既にジョゼフに忠誠を誓う将兵は1人もいなかった。

 とうとう“ガリア”軍はその矛を収め、次々と“ロマリア”軍の下へと下って来たのである。

 ヴィットーリオの演説は続く。

「御安心を。私は皆さんの罪を問うつもりはありません。また、“ロマリア”軍の捕虜として扱うつもりもありません。皆さんはこれまで通り、栄誉ある“ガリア”王軍の一員です。我々の聖なる友人です。“聖敵”とは、先程巨大な火の玉に呑み込まれたジョゼフ王のみに向けられる言葉なのです。決して皆さん相手に用いる言葉ではないのです……」

 そんなヴィットーリオの言葉を、苦々しげに才人達は聞いていた。

 ヴィットーリオの演説は未だ続く。

「我等の真の敵は誰か? “エルフ(異教徒)”です! 彼等こそが、“無能王”を唆し、世界を恐怖に陥れたのです!」

 不安げに、ティファニアがフードを深く冠る。

 才人達は、そんなティファニアに対して、安心させるように強く首肯いた。

 あれだけの傷でありながら、才人は立つことができる程度には回復していた。

 “王族”の“治癒魔法”に、才人は感謝した。

「大丈夫。彼奴等の思い通りになんかさせるもんか」

「でも結局、“ロマリア”の思い通りになっちゃったわね」

 ルイズが、冷たい目で呟く。

「まあね。あいつ等、“魔法”1つでジョゼフの変心を引き出した。ホント油断がならねえ」

 才人も言った。

「それホント?」

「ああ。俺は見てんだ。“エクスプロージョン”を唱えて、ジョゼフがそいつをあの“火石”と遣らに掛けようとした瞬間……いきなり棒立ちになったんだ。あん時、何かの“呪文”を掛けられたに違いないよ」

「まあ、そのおかげで私達は救われたんだけどね」

「そうだけど。全部あいつ等の掌の上ってのは、どうにも気に入らないな。まあ、それでも……これもまたセイヴァーの計画通り……いや、“抑止”の存在在ってこそって奴かもしんないけどさ」

「参ったな。役者が上過ぎる。今度の教皇は、もしかしたら“聖戦”を成功させるかもしれないな」

 ギーシュがそんな恍けたことを呟く。

「おい、ギ~~~シュ~~~!」

 才人が睨むと、ギーシュは首を振った。

「冗談だよ。あの巨大な火の玉……“エルフ”の“先住魔法”なんだろ? あれこそ冗談じゃない! 良くもまあ、僕達の御先祖は、あんな恐ろしいモノを作り出せる連中と戦をする気になったもんだ!」

「教皇の計算違いがあるとしたら、そこね。そして……」

 キュルケが言った。

「どういう意味だい?」

「“ロマリア”、“ガリア”両軍150,000の将兵は、そんな恐ろしい“エルフ”の力を間近で見てるのよ。幾ら説教上手な教皇に焚き付けられたって、その気になるかしら?」

「それにもう1つ」

 ルイズも言った。

「“虚無”の本当の力の復活のためには、“4の4”が必要なはずよ。でも、“ガリア”の“担い手”は、“使い魔”ごと死んじゃった。3の3じゃあ、流石に“エルフ”には勝てないでしょ」

 ルイズとキュルケは、「そうだ! 間抜けな話ね!」と笑い合う。

 だが……才人はそのような気になることができなかった。

 ジョゼフの死は、ヴィットーリオも計算に入れているはずだと、知っているのである。何せ、ジュリオが「あの王は、決して味方にならない」と言ったのだから。

 才人は、(それでも、彼等は“聖戦”を遂行することができる目算があるんだ。間違いない)と考えた。

「ま、そんな訳で! 僕達の“聖戦”は終わった訳で! 後は勝手に“ロマリア”やってろって感じで! 何か言われたら、ごめんなさい、遠征する御金ないですぅ~~~! で! 恐ろしい“ガリア”の王様もいなくなった訳で! 国に帰ったらパァ~~~ッとやろうじゃないかね!? サイトの稼いだ金で! パァ~~~ッと!」

 “水精霊騎士隊”の少年達は、ギーシュの言葉に陽気に笑い合う。

 才人も肩を叩かれて、笑みを浮かべた。

 それから才人は、(確かにヴィットーリオの陰謀は、まだその全貌が見えてない。あいつ等は油断ならない連中だ。そして、俺もまだまだだ。さっきだって、折角カステルモールさんが“気を付けろ”と書いて寄越してくれたのに……状況に呑まれてジョゼフの“呪文”の存在を忘れてしまってた。教皇の“虚無”がなければ、俺も含めた十数人の人間が灰になってたかもしれないんだ。おまけにまだまだ強い奴は沢山いて……)と想った。そして、(でも)と才人は想い直す。(俺には仲間がいる。そして……ルイズがいる)と想った。

 才人は、ルイズの肩に手を回した。

「心配すんな。これ以上、あいつ等の好きにさせるもんか」

「そうね」

「任せろ。絶対に止める。次は油断しねえ。そして、屋敷を買おうぜ。小ぢんまりした奴」

 マリコルヌが茶々を入れた。

「レモン畑も忘れるなよ」

 ルイズは顔を真っ赤にさせた。

「おいおい、レモンはねえよ。やっぱり」

 才人がそう言うと、ルイズに思いっ切り尻を蹴り上げられた。

「いてえ!? 怪我人だぞ!」

「あんたが言えって言ったんじゃないのよ!」

「やっぱそこは抵抗しろよ!」

 言い合いを始めた2人に、マリコルヌが更に言葉を投げた。

「やめてよォ~~~、そう言う予定調和は~~~!」

「予定調和って何よ!? 本気なんだから!?」

 ルイズが怒鳴ると、マリコルヌは鋭く指摘した。

「おや? だったらどうして股間を蹴らないの? 何で尻成の? 理解ってる。風の妖精さんは理解ってるよ。股間蹴ったら、レモンちゃんできなくなるからでしょ?」

 ルイズは、かは、と息を吸い込むと、才人の股間を蹴り上げた。

 悶絶して、才人は地面へと転がった。

「御前……意地で蹴るなよ」

「手加減したわ!」

 そう怒鳴った後、ルイズは更に顔を真っ赤にさせた。

 確かに、ルイズは手加減をしたようであり、思わず悶絶したものの才人は感じるはずの痛みという痛みを感じなかった。

 地面に転がりながらも、才人は、(この仲間達と力を合わせれば……“ロマリア”の陰謀だって止められる。絶対に)と想った。

「良し! 取り敢えず、三日三晩は呑み明かそうぜ!」

 才人が腕を振り上げると、おおおおお~~~―っと、歓声が沸いた。

 だが、その空気をキュルケの一言が粉砕した。

「でも、タバサはどうする気かしら? シオンみたいに、ホントに”ガリア”の王様になっちゃうの? 何かさっきの見てると、もう後には引けない気がするんだけど……」

 一同は顔を見合わせた。

 才人は、タバサがいきなり戴冠を引き受けたことに対しての疑問を、想い出した。

「まさかホントに、“ロマリア”の傀儡になる気じゃあるまいね?」

 レイナールが呟く。

 一同は、本気で心配になった。

 

 

 

 

 

 

 このヴィットーリオの演説が終わり次第、先程中断したタバサの戴冠式が再開される手筈となっていた。

 ジョゼフが先程冠っていた王冠が、そのまま使用されるのである。

 壇の後ろに造らえれたテントの中で、タバサはジッと手を握り、先程の才人の「決めるんだ。タバサ。俺はどっちでも、御前の考えを尊重する」という言葉を想い出していた。

 あのような台詞をあの場所で口にすることができる少年が、タバサに戴冠を勧めるはずもないのである

 タバサはそこで、2晩に渡ってやって来た才人(偽)が本物ではない、ということに対して確信を得た。

 何らかの“魔法”……いや、聡明なタバサにはもうその見当が着いていた。

 “スキルニル”。

 タバサ自身も使ったことがある、古代の“魔法人形”。血を使い、対象者ソックリの姿を作り出す“魔道具”である。

 タバサの心の中を、怒りが満たして行く。

 “二つ名”の“雪風”の様な……冷たい、触れたモノを凍て付かせるような怒りである。

 タバサは、(あいつ等は、私の初めての……を利用した)と想った。

 そこに、ジュリオがテントの中へと入って来た。

「準備が出来ましたよ。シャルロット姫殿下。さて、殿下、と御呼びするのも、これが最後ですね」

 タバサは首肯くと、立ち上がった。そして、(今は踊って上げる。貴方達の望むように。そして……)と考え、かつての自分の名前を反芻した。

 “北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)”。

 タバサは、(誰に陰謀を仕掛けたのか、教えて上げる)と想いながら、ユックリと、光と歓声が溢れる場所へと歩き出した。

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