ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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アンリエッタの憂鬱と、ルイズの不安と、才人の出世

 “トリステイン王国”首都“トリスタニア”の郊外……“ロシュローの森”を過ぎた辺りの一角。

 “トリスタニア”で“貴族”を始めとした裕福な商家などを相手にする不動産業を営む、ヴェイユ氏は頭を抱えていた。“貴族”相手の商売とはいえ、彼が扱うのは爵位が就いた所謂“領地”持ちなどではない。裕福な商人や、官職“貴族”でも買えるただの土地を扱っているのである。故に、本日の客がフラリと表れた時、ヴェイユは小躍りをして喜んだ、何せ、国でも3本の指に入る大“貴族”が相手であったためである。このような名士を客に持った、ということになれば、彼の店の名も上がるモノである。

 上手く取引を成功させれば、新しい顧客を紹介して貰うことができる可能性だってあるのだ。そろそろ事業の拡大を考えていた、遣り手のヴェイユは喜び勇み物件を扱う書類を漁った。

 だが、この大“貴族”の主従とくれば……。

「気に入らないわ」

 腕を組んで、ヴェイユが紹介した屋敷に文句を付けたのは、そのラ・ヴァリエール公爵家の3女、ルイズ・フランソワーズであった。

 彼女達が“ブルドンネ街”のヴェイユのオフィスへとやって来たのは、今朝の8時で在る。彼等は到着するなり、こう言い放った。

「屋敷を紹介してください」

 彼等は、「主従2人の生活のために、小ぢんまりしたモノでも構わない」と言った。

 その言動から、どうやら世を忍ぶ若い恋人同士、結婚前の住居を構えるつもりであろう、とヴェイユは推測した。身分違いの恋人同士が、このような隠れ家を求めに来るということは何も珍しいことではないのである。

 直ぐ様幾つかの物件を、ヴェイユは見繕い、案内に応じた。

 だが、どうにもルイズが御気に召す物件は現れないようであった。桃髪美少女の公爵家3女は、ヴェイユの紹介する物件という物件に、文句を並べているのである。

「どこが好くないんだよ? 言ってみろ」

 憮然とした声で、そう言ったのは、ラ・ヴァリエールの御伴の黒髪の少年。

 だが、ただの少年ではないということを、ヴェイユは知っていた。

 着込んだマントには銀色のシュヴァリエとしての紋が縫い込まれている。

 彼が、街で噂の、平民出身の騎士隊副隊長ヒリガル氏である、ということをヴェイユは即座に理解したのである。

 才人は“この世界”に於ける平民出だということだけはあり、ヴェイユにとって与しやすい客であるといえるだろう。ヴェイユが紹介する物件に、彼はいつも賛同の意を示していたのだから。

「別に、これで良いんじゃないの?」

 だが、彼がそう言うたびに、ルイズの眉は吊り上がるのであった。やれ「壁の色が好くない」だの、「普請がボロい」だの、「向きが好くない」だの、ついには庭に植わっている木にまで文句を付け始める始末である。

 ヴェイユにも勿論プライドというモノがある。ついには取って置きとでもいうことができる物件を選び出し、見せた。

 今、現在、才人達の前に広がっているのがその物件である。

 流石に、これに文句を付けるとはどういうことか、とヴェイユは震えた。

「若奥様。気に入らないとは、どういったことでしょう? この屋敷を普請いたしましたのは、斯の高名な建築家、“ロッサリーニ”氏で御座います。とある芸術好きな大“貴族”の依頼を受けまして、彼はその全霊をもって設計、建築したので御座いますよ!」

 確かに、その屋敷は芸術的な造りをしているといえるだろう。今まで見た屋敷が、どことなく普通のデザインであるといえるのに対して、随分と変わった形をしているのである。半球形に石が積まれ、真ん中には大きな吹き抜けと中庭がある。その中庭が森を切り取ったような風情をしていたのである。壁には花壇が造られ、様々な花が植えられている。さながら、屋敷自体が、森を切り取った風情をしているのである。

「凄いよ。何て言うかな、自然と一体化してる。うん。これは凄い」

 才人はそう言って首肯いた。

 ヴェイユはその言葉に大きく首肯いた。

「でしょう? 流石近衛騎士殿は御目が高い! これが貴男、10,000“エキュー”とは、破格も破格! これ以上の屋敷は、“トリステイン”中を探したって見付かりませんよ!」

 確かにそうかもしれない、と想っていた才人は、ルイズを促した。

「いやぁ、これ何のかんの言って凄いんじゃないの?」

「呆れた。あんたは、こういうのが好いの? どこが良いのよ? まるで花瓶じゃないの」

「面白いじゃないか」

 ルイズは呆れた顔で溜息を吐いた。

「ばっかじゃないの? そんな理由で住居を選ぶなんて、あんたはやっぱり趣味が下品ね!」

「何だと?」

 そのような言い争いを、後ろで黙って見ていた黒髪の少女が諌める。

「まあまあ、御二人共、喧嘩なんかしないでくださいな! 折角、素敵な御屋敷を探しに来たんですから……ねっ?」

「……っさいわね。あんたには関係ないじゃない」

「関係あります。だって、家事をするのは私なんですから。きちんと見ておく必要があります」

 澄ました顔で、黒髪の少女――シエスタは言った。

 ヴェイユは、ハラハラし始めた。桃髪の“貴族”少女であるルイズの機嫌が悪いのは、この黒髪少女シエスタの存在が大きいようであるということに気付いたのである。

 シエスタが屋敷を褒めると、ルイズの顔が険悪になる。そして、兎に角壁の色まで憎らしいと言わんばかりにルイズは文句を並べ立てるのである。それを少年騎士である才人が宥めると、ルイズは更に不機嫌になる。

 先程から、その繰り返しで、ヴェイユはスッカリ頭が痛くなってしまっていたのである。

 

 

 

 

 

「サイトさん! 見てください! この御屋敷の台所、とっても広くて素敵ですね~~~!」

 キャッキャッと嬉しそうに、屋敷の中を見て回る才人とシエスタの後ろを、ブスッとした顔でルイズは着いて回った。

「……メイドは雇わず、と言ったのに」

 昨晩言った通り、シエスタは堂々とくっ着いて来たのである。

 ルイズが、才人へと文句を言うと、「シエスタ以上の御手伝いさんがいるのか?」と返されたのである。

 確かに、考えてみれば、シエスタほどテキパキと火事を熟してみせるメイドは中々いないといえるだろう。その上、ホントにメイドを雇わない訳にもいかないのである。男には任せることができない仕事というモノがあるのだから。

 ルイズは、(どこの馬の骨とも知らないメイドを雇うよりは、マシなことも確かだけど)と考えた。

 だが……こういうのは理屈ではないのである。

 ルイズは、薔薇色の生活がどんどん曇って行くようにに感じられた。

「凄い、釜戸なんかこんなに大きいです! これはもう、何でも作れちゃいますね~~~。サイトさんは何が食べたいですか?」

「そうだな……でも、シエスタが作るモノだったら、何でも美味しいと想うよ」

 ルイズは、(何よあれ!? まるで新婚さんの会話じゃないの! 誰と暮らすつもりなのよぉ~~~!?)と想い、きぃ~~~、とハンカチを破れてしまうのではと想えるほどに、噛み締めた。

 何か激しく負けているような気がしたために、ルイズは頑張ることにした。辺りを探し、ルイズは絶好のモノを見付けた。

「えー。こほん。こほんこほん」

「ん? どうした?」

 才人の注目が向いた。

 ルイズは想い切り澄ました顔で、天井の一角を指さした。

「素敵なシャンデリアね。成る程、流石に芸術嗜好の“貴族”が建てさせただけあるわ。随分と前衛的な造りじゃない。でも、質素な中に気品があるわね」

 もっともらしい顔で、うんうんとルイズは首肯いた。

「……それ、野菜を干すための籠ですよ?」

 シエスタが、ぷぷぷと笑みを浮かべながら言ったために、ルイズは耳まで真っ赤にした。

「御前、面白いこと言うな。俺にだってあれは籠にしか見えなかったぜ」

「全く、ミス・ヴァリエールに任せてたら、御屋敷は選べませんね」

「常識がないからな。“貴族”だし」

 ルイズはいた堪れなくなって、床に付いた扉を開けた。

「と、地下室があるわ」

「貯蔵庫だろ? そこ」

「そ、そうとも言うわね。ねえサイト、入って見ない?」

「見ない」

 才人は膠もなく拒否すると、再びシエスタの説明に聞き入り始めた。

 すっかり屋敷選定の主導権をシエスタに握られてしまったルイズは、仕方なしに貯蔵庫に1人潜り、そこで膝を抱えて座り込んだ。

「ねえサイトさん! このオーブン最高です! 最新の造りですわ! 風穴の造りが工夫されてますの! ほら!」

「何らか理解らないけど、シエスタがそう言うんなら凄いんだろうな!」

 ルイズは、1人鼻歌を歌ったが、当然誰も聞いちゃくれない。

 そうしていると、ルイズの眼の前にピョコンと何かが不意に現れた。

「カ! 蛙―!」

 蛙が嫌いなルイズはパニックに陥り、思わず“魔法”を撃っ放してしまった。

 辺りに悲鳴と煙が舞い上がる。

 煙が晴れた後、ヴェイユは一同へとこう告げた。

「申し訳ありません。私には、ラ・ヴァリエール様を満足させるような物件を御紹介することはどうにも不可能なようです」

 

 

 

 

 

「で、結局、どこも見付からなかったって訳ぇ?」

 スカロンが、やれやれ、と両手を広げて言った。

 ルイズ達は、ヴェイユに愛想を尽かされた後、憂さを晴らすべく“トリスタニア”の“魅惑の妖精亭”までやって来たのである。

「そう何すよ。こいつがもう、我儘ばっかり言うもんだから。おまけに、終いにゃ“魔法”まで撃っ放すし。屋敷の修繕費だって、200“エキュー”も取られましたよ」

 才人が憮然として言うと、ルイズは恥ずかしそうにそして申し訳なさそうに俯いた。

「わ、私そんなに悪くないもん」

「あのな、どういう屋敷なら、文句ないんだよ?」

 心底疲れた声で、才人が尋ねた。

 メイドがいなければ何でも良かったルイズであるが、そのようなことを言ってしまえば自分の負けを認めるようなモノである、と想った。

 仕方なしにブツブツ、とルイズは間取りがどうのと、陽の入り具合がどうのと、言い始める。

 そんなルイズの様子をスカロンの側で見ていたジェシカが、重々しく首肯いた。

「詰まり、シエスタが一緒なのが気に入らないんでしょ? ルイズは」

 その場の空気が、ジェシカの敢えて空気を読まずに挟んだ言葉によって、固まった。

 才人は、薄っすらとではあるが(そうかもしれない)、と想っていたために、堪らずに青くなった。何と云うので在ろうか、後ろめたい部分にスポットが当てられてしまったような気分になったのである

 だが……ルイズとシエスタは、その辺りなんとかやるとも、才人は想っていたのである。(シエスタは純粋に自分に魅力を感じていて、詰まり恋愛感情的な好きとかそう言うのを昇華した次元であって……)、などと考えていたのである。

 そんな風に才人がしどろもどろになりながら、ルイズとシエスタを見ると、何だか冷ややかな空気が漂っている。

「さ、最近は仲良いじゃないか。キミタチ」

 ポツリとそう呟くと、スカロンがポンポンと才人の肩を叩いた。

「サイト君は、ホントに女心が理解ってないのねぇ~~~。そんなの、今だけだからじゃないの」

「え? え? ええ?」

 クネクネと動きながら、スカロンは言葉を続ける。

「いざ御屋敷を買うってことは、そこで本格的に生活が始まるってことじゃない。安心が欲しいのよ。ルイズちゃんは。でも、それはシエちゃんもおんなじね」

 いつの間にか、2人がジッと自分を見詰めているということに才人は気付いた。

 じとーっと細い目で、才人に何かを訴え掛けて来ている。

 で、どーすんの?

 2人の目の中にあるのは、そのような問い掛けである。

 最近になってやっと、ルイズの気持ちが自分に向いているということを理解できるようになった才人である。だからもちろん、ルイズ以外の女の子を見るつもりは、才人はなかった。たまに生理的に余所見をしてしまう可能性は、なきにしもあらずではあるのだが……。

 ひるがえってシエスタ。彼女のことも、才人は好きである。ただそれは、ルイズに対するそれとは明らかに違うのである。だが、彼女は「それでも良い」と言ってくれている。彼女が才人に対してしてくれたことだって、どれだけ感謝しても足りないくらいなのである。(自分の側でメイドの仕事がしたいと言うのなら、そんな願いを無碍にすることはできないしな)と想っているのである。そのようなことをしてしまえゔぁ、人としての大事な何かを踏み外してしまうような気がしているのである。

 そんなこんなで、才人はどうにもこうにも決めることができなかった。

 そんな3人を見て、スカロンはポンポンと手を打った。

「さてと、じゃあ大人な解決」

「大人な解決?」

「そうよ。このままじゃ、どうにも結論出ないじゃない」

 3人は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「えっとね。サイト君は御屋敷を買う。ルイズちゃんと暮らす。シエちゃんも雇う。これで万事解決」

 シエスタの顔が輝き、ルイズの目付きが険しくなった。

 才人は、胃がある場所を押さえた。

「どうしてそうなるのよ!?」

 ルイズが怒鳴ると、スカロンは冷ややかな目でルイズを見詰めた。

「あのね、ルイズちゃん。サイト君は今や救国の“英雄”様じゃないの」

 ルイズは、そこではたと気付いた。店の外に、見物客が沢山鈴鳴りになっているということに……。また、街に来る途中も、そのような目でジロジロと見られていたのである。

 その視線の先にあったのは……。

 見物人の中から、1人の中年女性が飛び出して来て、才人の前で膝を突いた。

「え? 何!? 何々!?」

 才人が慌てる。

「あの……貴男様はもしや、陛下の“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”副隊長、ヒリーギル様では……?」

「や。ヒラガですけど……」

 すると、見物人からどよめきが沸いた。

 ルイズ達はその迫力に恐れをなし、思わず身震いをした。

「御逢いできて、か、感激です! “平民”出身ながら、数々の大手柄! 貴男は私達の太陽です! 是非是非、この子の名付け親になってくださいまし!」

 そんな風に叫ぶ女性の後ろから、商家のなりをした男性が飛び出して来て、才人の手を握った。

 集まった人々は、口々に才人の活躍を口にし、褒めそやした。

「“アルビオン”での退却戦!」

「“虎街道”での大活躍!」

「そして、“リネン川”での100人抜き! 貴男の活躍を聞いて、我等“トリスタニア”市民はどれだけ勇気付けられたことか!」

「いや、10人ちょっとですけど……」

「それでも大変なことです! “貴族”を10人も抜いただなんて! いや! 今では貴男様も“貴族”な訳ですが!」

 どうやら才人の活躍は、尾ひれまで付きまくっているらしい。“ガリア”の“貴族”まで知っていたくらいであるのだから、“トリステイン”で才人の活躍が知れ渡っていても、何ら不思議ではないのである。

 兎に角、この前の“アルビオン”での活躍で才人の名前は――間違って伝えられながらも有名になり、今回の“ガリア戦役”でとうとう人気に火が点いたのである。

 詰まり、“魔法学院”の食堂での待遇が、街規模に、否国規模になったといえるのである。

 才人は、何だかもう照れ臭いやらどうして良いのか理解らないために、頭を掻いた。

 群がる民衆に弾き飛ばされる格好になったルイズに、スカロンが囁いた。

「ルイズちゃん、これで理解ったでしょ? 今やサイト君の人気は、この“トリスタニア”じゃ凄いんだから。多分、1人じゃ街を歩けないくらいにね」

「な、何でいきなり、こんな大人気に……?」

 こほん、とスカロンは咳払いをすると、食堂の壁に張られた広告を指さした。

 それは……“タニアリージュ・ロワイヤル座”での公演ポスターであった。

 演目を見て、ルイズは目を丸くした。

「……“アルビオンの剣士”?」

 ポスターには、剣を持った2人の男が、恐ろしげな格好をした“アルビオン”兵に立ち向かう様が描かれている。男は革の道義を着込んだ立派な偉丈夫であり、才人とは似ても似つか無いといえるだろう。

「どうせだから、皆で見物に行く?」

 ルイズは、スカロンの提案に、冷や汗を流しながら首肯いた。

 

 

 

 

 

 

「悪辣非道な“アルビオン”軍め! 掛かって来るが良い!」

 眼の前で繰り広げられている歌劇を、才人達は呆然と見詰めていた。

 剣を握った黒髪の役者と金髪の役者が、“竜”の着包みや“貴族”の格好をした役者達を前に立ち回りをしているところである。

「敵は110,000! だが我等は2人! しかし、神と“始祖ブリミル”は“トリステイン”を御見捨てにならなかった!」

 小さな声で、才人が突っ込んだ。

「11人じゃねえか」

「そんなに舞台の上に乗る訳ないじゃないの」

 冷静な声で、スカロンが言った。

「この祖国の危機に、親愛なる両女王陛下は我等を遣わされた! “風の剣士”、ヒリーギル・サートーム!」

「“光の剣士”、セイヴァー!」

「“風の剣士”て」

「名前が凄いことになってるわ」

 舞台の上の才人役らしい男達は、次に剣を振り回した。

 舞台上の着包みや、敵の“メイジ”役の役者達が、その剣を受けてバッタバッタと倒れて行く。

 1人倒れるたびに、観客から猛烈な歓声が沸いた。見ると、客のほとんどは、成る程“平民”であることが判る。

 そのうちに、するすると上から2人の歌姫を乗せた籠が下りて来て、2人の剣士を称える歌を歌い始めた。

「“トリステイン”のゆうしゃ~~~、私の勇者~~~」

 その歌に合わせて、まるで学芸会であるかのような殺陣は続くのである。

「酷いチャンバラ劇だな……」

 切ない声で才人が感想を述べた。

「批評家には偉い酷評されてるけど、市民達には大人気なの」

 そういった内容にも関わらず、成る程観客達の熱狂は収まる様子がない。口々に剣士2人を称える声が飛んでいる。

 才人は深くフードに顔を埋めた。

 剣を外してフードで黒髪を隠しているために、観客達はここにいるのが才人であることは判らないようである。

 シエスタは、そんな劇と才人を交互に見詰めながら、頬を染めてウットリとしている。

「サイトさんが出てますよ。ほら。ほらほら。やん……私のサイトさん、とうとう舞台の上にまで出ちゃいましたわ」

「俺じゃないよあれ……別の何かだよ」

「わぁ。格好良い! あんな風にして“アルビオン”をやっつけたんですね……」

 だが、そんな才人の言葉を気にした風も無く、シエスタは夢中になっている。

 舞台の上の2人の剣士は、とうとう最後の“メイジ”を協力して打ち倒した。

 すると興奮した客達は立ち上がり、大きな喝采を贈り、劇場内を木霊する。

 本来、剣士が活躍するような筋書きは、このような大劇場で催されたりはしない。道端での大芸道や、人形劇などに限られるのである。だが、この“剣士ヒリーゲル”達は“救国の英雄”ということもあり、検閲を通ったのである。

 観客の熱気に気圧されたルイズが、ポツリと呟いた。

「す、凄いわね……」

 何というのか、まるで教祖のような人気である。事実、才人の人気は、平民の間では王様以上のモノがあるだろう。

「ほら、あっちを御覧?」

 スカロンは、観客席の一角を指さした。

 そこでは、少なく無い数の若い女性が、顔を赤らめている。

 彼女達の興奮した声が、ルイズ達の元へと届いた。

「素敵ね……剣士なのに“メイジ”をやっつけちゃうだなんて。でも、所詮劇の中の御話よね」

「あら貴女、何を仰るの? ちゃんとこの主人公には実在のモデルがいらっしゃるの。彼等のおかげで、“トリステイン”軍は救われたそうよ」

「しかも、今度は“ガリア”でも華々しい武功を立てられたとか!」

 そんな御方と御近付きになりたいわあ、と女性客達は首肯き合うのである。

 ルイズは、ワナワナと震えた。いや……理解ってはいたのである。“アルビオン”で、そして“ガリア”で才人達が上げた手柄の数々……その結果がもたらすであろうモノを、ルイズはしっかりと理解していた。だが、いざそれをしっかりと目の当たりにするまで、実感がなかった……脳裏から消していたのである。

「理解るでしょ? メイドを雇おうが雇うまいが、何も変わらないの。今やもう、サイト君を狙う平民女性は星の数。そうよねえ、あれだけの手柄を立てまくって、騎士隊の副隊長にまでなっちゃったんだもの」

 それからスカロンは、声を潜めてルイズに言った。

「それだけじゃないのよ」

「え?」

「あちらを御覧なさい」

 スカロンが目をやる先には、カーテンで仕切られた2階ボックス席があった。大“貴族”達は通常、ああいった席でコッソリと観劇するのである。

 カーテンの隙間から見えるその“貴族”の顔は、明ら様に不快そうに歪んでいる。“平民”出身の剣士が、かつての敵国とはいえ“貴族”をやっつけるという筋書きつまらない……気に喰わないのであろう。

 ルイズは思わず目を細めた。

「ね? 理解るでしょ? 人気が出れば、それを面白く思わない人達だって出て来るのよ。ウッカリ知らない人間なんかを雇った日には、食事に何を混ぜられるのか知れたもんじゃない。“ガリア”の王弟殿下もそうだけど、斯の“オーギュスト伯”だって毒入りのパンで死んだんだからね。サイト君には、シエちゃんみたいに絶対に信頼できる召使が必要なの。雇い人達の間で、善からぬ企みが行われた時に、直ぐに報告してくれるようなホントの御友達がね」

 ルイズは、どうしてスカロンが「シエスタを雇え」と言うのかを、ようやく理解できた。

 崇拝者が増えれば、その同じ数だけの敵も生まれるのである。これから才人とルイズは、そういった敵からも自分達を守らねばならないのである。

「スカロン店長の言う通りだわ」

 つまらぬ嫉妬で、危険を呼び寄せてはいけない。そう想うことで、才人の隣でキャッキャと劇に興じるシエスタが、ルイズには何とも強力な味方に想えて来るのだから、不思議である。彼女であれば、何があっても才人のことだけは裏切ることはないであろう、とルイズは確信を持てた。

 ルイズがそんな変心をしつつある横で、自分自身をモデルに造られたであろうオペラを、才人は感慨深い気持ちで魅入っていた。

 才人は、(そかぁ、俺もとうとう有名人かぁ……今の状況を、“地球”の家族や友達が見たら何と言うだろう? 呆れるだろうか、喜ぶだろうか……?)と想った。

 

 

 

 

 

 劇が終わった後、才人はフードを更に深く冠って劇場を出た。ルイズ達はそんな才人の周りを囲むようにして、辺りを警戒する。まるで芸能人のような扱いであったが、まさに今や才人はこの“トリスタニア”に於いて、“地球”でいうところのスターのような位置にいるのである。

 周りでは、観劇に来た“平民”達が、興奮冷めやらぬ様子で劇の事を話し合っている。

 その間を擦り抜けるようにして、大通りに出ると……。

「おや!? ルイズじゃないか!」

 聞き知った声が響いた、

 振り向くと、それは早速“シュヴァリエ”のマントを羽織ったギーシュであった。

 隣には、“水精霊騎士隊”の面々も見える。

 こんな所で騒ぎを起こす訳にはいかないと、才人を押しやり、ルイズ達はその場から逃げ出そうとする。

 が、ギーシュ達は満面の笑みを浮かべ、近付いて来た。

「おいおい! どこに行くんだ!? 訊きたいことがあるんだよ! サイトはどこに行ったんだ!? 奴さん、今朝から姿が見えないんだ!」

 レイナールが、眼鏡を持ち上げながら呟く。

「ルイズ、知ってるなら教えてくれ。早いところサイトを見付け出さなくちゃならないんだ。驚くなよ! 良い城が見付かったんだ!」

 その名前を聞いて、何人かの市民達が反応をした。

 ヒリガル・サイトンや、ヒリーギルだのと、妙な呼ばれ方をしている才人ではあるが、発音は似ているのである。

 才人が更にフードを冠り、スボッと顔全体を隠す。

 それに合わせて、ルイズは恍けた。

「し、知らないわ。そんな奴……」

「何を言ってるんだ? 君、もしやまた記憶を消したとか言わないよな? 忘れたなら僕達が想い出させて上げようじゃないか。“アルビオン”での撤退戦! 誰かの代わりに立ちはだかった男達がいた!」

「や、やめてっ!」

 更に市民達は集まり始めた。

 ギーシュは観客が増えると、調子に乗るタイプの少年である。それはもう、圧倒的に。

 この時も、才人がそんな風に街で噂になっているなどと知らないモノだから、身振り手振りを交え、演説調でギーシュは打ち上げ始めた。

「奴の武功はそれに留まらない! “リネン川”での一騎討ち! 初手は“ガリア”で天下無双の使い手と謳われたソワッソン男爵だった! だが! サイトは一顧だにしなかった! ヒラリヒラリと逃げ回るソワッソン男爵に、風のように飛び掛かり、見事一刀でその“杖”を両断して退けた!」

 観客からどよめきが沸いた。

 それを、自分の話っぷりに感心していると勘違いしたギーシュは、更に語気を強めた。

「2番手も中々だった! だから僕等“水精霊騎士隊”は……って、もげ!?」

 ルイズは、ギーシュへと飛び掛かり、その口を押さえた。

「あんた、いい加減にしなさい」

「な!? どうしてだね!? あいつの活躍を話して何が悪いんだね!?」

 そうだそうだと野次が飛ぶ。

 シエスタとスカロンとジェシカが、才人をコッソリと連れ出そうとした時……妙に目敏いマリコルヌが、フードに包まれた才人を発見してしまった。

「おや! サイト、いるじゃないか! 何で顔を隠してるんだ? 変な奴だな!」

 そしてマリコルヌは才人に飛び付き、冠っているフードを無理矢理に上げた。

 集まった人々から、嵐のようなどよめきが沸いた。

「こ、この御方が、斯の“水精霊騎士隊”副隊長、サイトン・ヒリギット様で?」

「いかにも」

 マリコルヌが首肯くと、市民達は才人へと群がり始めた。“魅惑の妖精亭”の時とは、比べ物にならないほどの騒ぎである。

「祝福を! 祝福をくださいまし!」

「御手を触らせてください!」

「何事だ?」

 まさか、劇まで創られているほどの人気とは知らないギーシュ達は、目を丸くする。

 才人は、群がる市民達に揉み苦茶にされてしまう。

「ちょ!? どこ!? どこ触ってるの!? やめてくれ!」

 “水精霊騎士隊”の少年達も、負けじと才人へと詰め寄った。

「あっはっは! 偉い人気で何より! ところでサイト、君が儲けたあの身代金だが、まだ使っておるまいね? 屋敷なんて寝惚けたこと言わないで、城を買おうじゃないか! 凄い物件を見付けたぜ! 60“アルパン”の土地が付いた、由緒ある古城だ! 何、ちょっと幽霊が出るらしいが、そんなモノ僕達の勇気の前では些かのことでもない!」

「嫌だよそんな城! 大体なあ、御前等にも金、分けただろ!」

「ほんの2,000“エキュー”じゃないか! ほら、財布を出せ!」

「だって……あれは俺が稼いだ……って!? うわ!?」

 城を買おうと言う“水精霊騎士隊”の少年達と、ヒリガル様を連呼する市民達に挟まれ、才人は更に大変なことになってしまった。

 こうなってはもう、誰にも止めることはできない……いや、難しいであろう。津波に呑まれたようなモノであるのだから。

 才人は、“サーヴァント”の力をもってすればどうにか抜け出すことはできるだろうが、周囲は民草であるために動くに動けずにいた。

 ルイズはその様子を呆れた顔で見詰めている。

 シエスタはウットリとした顔で見詰めている。

 ジェシカとスカロンは面白そうだと見物し始めた。

 さて、人の力では到底止めることができそうにないそんな津波のような騒ぎは、1本の鋼鉄の剣によって終止符を打たれた。

「こらぁ! 何の騒ぎだ!? 直ちに解散しろ!」

 そう叫びながら、騎乗の一団が通りの向こうから駆けて来たのである。

「何でぇ! 引っ込んでろ!」

「何だと?」

 先頭の女騎士が剣を抜いた。

「陛下の“銃士隊”だ! 逆らう奴は捕縛するぞ!」

 “銃士隊”といえば、ここ“トリスタニア”に於いて、泣く子も黙る女王陛下の近衛隊である。

 若い女性だけで構成されているが故に、舐められてはならん、と隊士達は考えているのであろう。その激烈さは富に高名である。

「良し! 1人残らず“チェルノボーグの監獄”に放り込んでやる!」

 “チェルノボーグ”という名前と、その迫力あるアニエスの怒号に、市民達は蜘蛛の子を散らすかのようにして散り散りになって逃げ出し始めた。

 荒い息を吐いて地面に膝を突く才人に、アニエスが言った。

「何だ御前達か。ちょうど良かった」

「おかげで助かりました……え? ちょうど良かった?」

 アニエスは馬から下りると、才人へと1通の書状を手渡した。

「今、御前にこれを届けに行こうとしていたところだったのだ。“トリスタニア”にいたのか。手間が省けた」

「何すかこれ?」

 才人は息を呑んだ。

 “トリステイン王家”の花押が、手紙には押されているためである。

「陛下の思し召しだ。直ちに宮廷に参内しろ」

 

 

 

 

 

 アンリエッタは執務室で、1人物思いに耽っていた。“ガリア”での一件が、忘れようにも忘れられないのである。信頼を寄せていた教皇ヴィットーリオの本性を目の当たりにし、そして彼の裏切り的行為を受けてしまったのだから。いや、文字通り裏切られたという訳ではない。アンリエッタが、ただ見損なっていた――想い込み一方的に信じ込んでいたのだが。

 そして、“虚無の担い手”であった前“ガリア”王――ジョゼフ。その暗い、果てのないとでもいえる井戸の底のような暗黒の心――根本はシャルルへの嫉妬心などからではあるが、その深い虚無性に一瞬触れただけでも……アンリエッタの心は砕けそうになったのであった。その深い“虚無”と、“エルフ”の“先住”が組み合わさった“魔法”の威力は、アンリエッタ達の想像を絶していたのである……あの場から生還できたことや犠牲者が出なかったことなどが、アンリエッタには奇跡のように想えてならないのである。

 だが、そんなジョゼフは死んだ。詰まり、“虚無の担い手”が1人欠けた以上、同時にヴィットーリオの野望も潰えたことになる……“聖地”を取り戻す、という彼の大きな野望……そう、アンリエッタは想った。

「全く……“エルフ”との戦ななて、本当に馬鹿げているわ」

 アンリエッタは、小さな声で呟いた。

 “フネ”の上で見たあの巨大な炎の玉を想い出すたびに、アンリエッタは身震いをしてしまうのである。“エルフ”の“先住魔法”の結晶……あのように恐ろしい“魔法”を使う連中と戦をするということに、“サーヴァント”という切り札を持ってなお。それでもアンリエッタは恐怖しているのである。

 アンリエッタは、(だけど、“虚無の担い手”が欠けている以上、教皇聖下も“聖戦”など諦めたに違いないわ)と考えた。

「……あの“狂王”が天に召され、教皇の野望は潰えた」

 そう口に出して呟くと、やっとのことでわずかだが安心感がアンリエッタの身体の中を巡るのである。まるで酒の酔いのように、その安心を使って心を騙し、アンリエッタは“トリステイン”にとっての戦後の処理を再び考え始めた。そうでないと、自分もあの深い闇に囚われてしまうような……そのような気持ちにアンリエッタはなってしまうのだから。

 兎に角先ず新王となった“ガリア”のタバサ改めシャルロット女王との早急な会議が必要であるといえるだろう

 彼女が、つい先日まで“魔法学院”の生徒だったということを、アンリエッタは覚えている。故に、(そんな彼女が、どうしていきなり即位を承諾したのかしら?)、という疑問を抱かざるをえないのであった。

 “カルカソンヌ”では、“ロマリア”の目もあったために、アンリエッタは即位に対する祝の辞しか述べることができなかった。タバサの真意を早々と見極める必要があるのだが……“ロマリア”の操り人形――傀儡か、それとも……何か別の思惑があってのことなのかを。

 シャルロット女王の忌憚のない、真っ更な心をアンリエッタは知りたいと想った。そのためには、心を許して貰う必要があるのだが。それは……アンリエッタの力だけでは叶わないことである。

 緩衝となる人材が必要であった。

 そして、緩衝として打って付けの人物達を、アンリエッタは知っていた。その彼等を想い出すと、アンリエッタの中で必ず何かの感傷が残るのである。彼等は“ガリア”でも、アンリエッタを救ったのだから。

 あの“船”の上、ジョゼフの“詠唱”を止めたのは、やはり才人であった。

 アンリエッタは、(そのように、何度も何度も窮地を救って貰ったから、胸が震えるのだわ。それに彼はルイズの想い人じゃない。こんな風に考えること自体、冒涜と言うモノ……その上、私は彼に約束した。これからは女王の顔しか見せませぬと……)と考え、何だかもどかし気に、唇を噛んだ。

 でも……戦が終わり、わずかな安心が心に染み込んで来ると熱い情熱がアンリエッタの中で蘇って来るのである。“トリスタニア”の安宿で、“魔法学院”のカーテンの陰での焼けるように熱いキス……。

 多忙の極みの中で、それだけが清涼剤のようにアンリエッタを癒やしてくれるのである。アンリエッタは、(何故かしら?)と独り言ちた。

 アンリエッタは、(多分……きちんとした決着が着いてないからだわ)と想った。御互いの気持ちを確かめ合った結果ではなく、女王という立場、そして親友の気持ちを鑑み、アンリエッタは身を引いたのである。だが、そんなことでは、やはり一旦燃え上がった心の中の炎を消すということはできないようである。

 夜を重ねるに連れ、あのわずかな情熱の時間を、アンリエッタは想い起こさずにはいられないのである。(もし、サイト殿の気持ちが私に向いてないのであるとすれば……諦めも着くであろう、忘れもする)、とアンリエッタは想った。

 アンリエッタは、(でも、どう何だろう?)と考え、あの時のキスの表情を想い出し、クスリと笑みを浮かべた。コケットで、堪らぬ魅力が溢れる笑みであった。品の良さと色気が交り合った、全ての男を虜にしてしまうであろう香りを放っているといえるだろう。

「私に夢中だったような気がいたしますわ」

 そう言ってから、アンリエッタは顔を赤らめた。思わず辺りを見回してしまう。今のような顔を他人に見られてしまえば、大変なことになるのだから。

 それから、今仕方の自分の想像を、アンリエッタは深く恥じた。アンリエッタは女王で、才人は近衛の副隊長である。其の様な噂が立ってしまえば、洒落では済まないのだから。ただの醜聞では終わらないのだから。

 その上、才人は親友(ルイズ)の恋人……。

 アンリエッタは震えを抑えるように、己の身体を抱き締めて呟く。

「私も結局は街女や宮廷の煩い女雀達と、何ら変わるところがないのね……」

 すると、ノックの音が響いた。

 アニエスがする叩き方ではない。

 アンリエッタはわうかに顔を曇らせると、「どうぞ」と声を掛けた。

 扉が開き、入って来たのは母のマリアンヌ大后と、宰相のマザリーニ枢機卿であった。この2人が連れ立ってやって来ることは珍しい。

「御呼び頂ければ、こちらから参りましたものを」

 アンリエッタがそう言うと、老いてなお美しいマリアンヌは首を横に振った。40を幾つか過ぎたばかりであったが、その美貌は未だ輝かしい。アンリエッタからすると、母の容姿は10年前から変わっていないように想えた。

「それには及びませんよ。貴女は女王なのですから、用事があるならば、私が伺うのが筋というモノ」

「用事?」

 母后がアンリエッタに用事とは珍しいといえるだろう。

 マリアンヌは、伺いを立てるようにマザリーニを見遣る。

 彼が首肯いたのを確認すると、マリアンヌは先ず娘の頬に接吻をした。

「なんだか痩せたようね。食事はきちんと摂っているの?」

「はい。夜に果物を食べるようにしております。目覚めが良いのです」

「では心労と疲労ね。貴女は働き過ぎですよ。何でも自分でやろうとするから、こういうことになるのです」

 アンリエッタは、(母は一体何を切り出すつもりなのかしら? 何と返事をしたものか?)と迷った。

 すると、マリアンヌは唐突に切り出して来た。

「結婚なさい。アンリエッタ」

「え?」

 それは余りにも、予想外の言葉であった。

 アンリエッタが(結婚? 私が?)と戸惑いを隠せずにいると、マリアンヌは更に強い調子で言い放つ。

「貴女は世継ぎを設けなくてはなりませぬ」

「でも……」

 そこでマザリーニが、間に入って来た。

「母君の言うことはもっともですよ。陛下」

「結婚など……第一私は女王ではありませぬか」

「王配ということになりましょう。勿論、しかるべき身分でなければなりませんが……良いですか、アンリエッタ。貴女はどうにも極端なところがあります。若さ故と申しましょうか。どうにも向こう見ずなところがあって、それがとても心配なのです。貴女は、自ら危険を呼び寄せているようなモノではありませんか」

 この前の“ガリア”行きの件を言われていると想ったアンリエッタは、拗ねたような口調で言った。

「ですから、この前は警護の騎士を一名伴ったのみで“ガリア”へと向かいましたわ。万一の時も、彼女と私1人の犠牲で済みますもの」

「私が心配しているのは、貴女の身ではありません。王を失った祖国がどうなると御想いですか? 果てのない内戦……内戦です! 私は、この“トリステイン”を“ガリア”のようにはしたくないのです。弟から奪った王冠が、その娘である姪に取り返される……血を分けた肉親でさえそうなのですから、継承権を持つ“貴族”達の間で、骨肉の争いが繰り広げられるのは必死と言えましょう」

 アンリエッタは、言葉を失ってしまった。

 マリアンヌは、アンリエッタがいなくなってしまった時の可能性のことを考慮しているのである。

「娘である貴女の身を案じない訳ではありませんよ。ただ、私は太后として、“トリステイン”の母として、貴女に言わねばなりません。万一に備え、世継ぎを設けなさい。それは国王としての義務なのですよ」

「これからは、なるべく自重することにいたします」

 それでこの話は勘弁して欲しい、と言外に匂わせる口調で、アンリエッタは言った。

 マリアンヌは溜息を吐いた。

「枢機卿殿。私の口からは申し上げ難いことなので、貴男が仰って頂けませんか?」

 マザリーニは軽くマリアンヌを睨むと、澄ました顔で言った。

「陛下の御結婚には、もう1つの目的が御座います」

 アンリエッタは、(目的……“愛”し合う2人が結び付くのに、どうして目的などという言葉が出るのかしら?)と顔を顰めた。

 だが、その言葉に皮肉を投げるほど、アンリエッタはもう幼くはなかった。自分の結婚が、政治の目的以外で行われることなどありえないということを、アンリエッタは理解しているのである。

「御聴かせ下さいまし」

「では、率直に申し上げますが……癇癪を起こされてはなりませんぞ! 陛下の親政に対し、一部の“貴族”の間で不満が広がっております」

「一部とは?」

「私も、誰が、と聞いた訳ではありませぬ。それを私に注進してくれた人物は、“口が堅くなければ自然、耳が遠くなってしまう”、と考えているようで。そこは私も同意せざるをえませんな」

 アンリエッタは溜息を吐いた。

「だから、結婚するというのですか?」

 その声に不満の響きを認めたマリアンヌが、娘を諌めるような口調で言った。

「貴女は今までにない前例を多数作ろうとしています。自ら敵国に乗り込んでみたり、そして……」

 マザリーニが後を引き取った。

「近衛隊に平民を多数登用してみたり」

 アンリエッタの頬に朱が差した。

「信用できる“貴族(メイジ)”が私の側におりますれば、そのようなことにはなりませんでしたわ。それに、彼等がどれだけ祖国に貢献してくれたか御存知なのですか?」

 アンリエッタの言葉はもっともであるといえるだろう。だが、それが通じるほど、国家の運営は甘くはないのもまた事実である。

 駄々を捏ねる娘を言い諭すように、マリアンヌは言葉を続けた。

「貢献の多寡ではありませぬ。旧い“貴族”と言うモノは、何より慣習を大事にするモノです。それが彼らを支えているのですから」

「私は、そう言った、旧い慣習を壊したいと考えております」

 マザリーニは、コホンと咳をすると、アンリエッタへと向き直る。

「そういった陛下の所業を、快く思わぬ“貴族”は少なくありませぬ」

「その者達を、ここに連れて来てください。彼等に、“アルビオン”や“ガリア”での戦で、何をしているのかを尋ねて上げますから」

 すると、マリアンヌは声を強めて言った。

「“ガリア”の様に、玉座を不安定にしたいのですか?」

「そうは申しておりませぬ。ただ私は……何事も公平に行いたいのです」

「で、あるならば、先ずは敵を御味方にすることから始めるべきですな」

「敵? 敵ですって? 誰が敵になると仰るのですか?」

「戦の相手ばかりが敵ではないのです。宮中には、にこやかに近付いて来る敵もいる。陛下だって、理解っておれるでしょうに。良いですか? 陛下の御成長を喜ぶからこその注進ですぞ。陛下には、残念ながら御味方が少ない。戦が終わったからこそ、それを増やさねばなりませぬ。特に、今まで祖国を支えて来た、旧い“貴族”の御味方が何より必要です。内政には、彼等の協力が必要不可欠ですから」

 ここまで2人に言い攻められ、アンリエッタは取り敢えず聞くだけは聞くといった態度で、マザリーニを促した。

「……理解りました。そこまで貴男が仰るならば、話だけは聴くことにいたしましょう。で、誰と結婚せよと言うのですか?」

「何人か候補を上げました」

 マザリーニは、バサッと書類を机に置いた。

 アンリエッタはそれを取り上げて、目を通し始める。その顔が、目に見えて増々曇って行く。

「エギヨン侯爵に、ラ・トレムイユ殿……そしてシャレー伯爵……皆、碌でなしの木偶の坊ばかりではありませんか」

 そこに書かれていたのは、家柄自体は申し分ないのだが、有能とは決して言い難い“貴族”達であった。

「そのくらいでちょうど良いのです。陛下の夫になることで満足できるような人物でなければ、何を企むのか知れたモノではありませんから」

 国内の“貴族”達の不満を抑えるべく、彼等の1人と結婚する……母と宰相が言いたいことは、詰まりはそういうことである。2人の言うことは、一々もっともであるといえるだろう。

 次いで、止めを刺すように、マザリーニは言った。

「このたびは、あの……御贔屓にされている副隊長に、爵位を授けられるとか」

 アンリエッタは、いきなり弱点を突かれたかのように戸惑った。

「え、ええ……それがどうかしましたか? 彼が“ガリア”で果たした功績を考えれば、それくらいは当然でしょうに」

「彼の肩には男爵の紐飾りは、少々荷が重そうですな」

 髭を扱きながら、重々しくマザリーニが呟く。

「何を仰りますの? 彼の祖国への貢献を考えれば、公爵の位を与えたって……」

「違いますよアンリエッタ。枢機卿殿は、彼の身を案じているの。元“平民”を男爵などにしてしまったら、どれだけ要らぬ嫉妬を買うと御想いですか? 先程この方が言われたように、宮廷にはにこやかに近付いて来る敵もいる」

 アンリエッタは、ハッとなった。

「それは……」

「何事もほどほどに。良いですね? それと、先程の件ですが、御忘れなきように」

 マリアンヌはそれだけ言うと、マザリーニを促して部屋を出て行こうとする。

 アンリエッタは一礼すると、母の手に接吻した。

「貴女は本当に良くやるってるわ。でも、もっと周りを見ることを覚えなければなりませんよ。王の仕事とは、突き詰めればどこに何を分配するのか最終的に決定するということ。慎重に行わねば、不満は溜まる一方ですからね」

 

 

 

 

 

 才人達が宮廷へと到着したのは夜の7時過ぎであった。

 ルイズと才人は、アニエスの先導で直ぐにアンリエッタの執務室へと通される。

 ドアの向こうのアンリエッタは、少しやつれたような、疲れたような顔で椅子に腰掛けていた。それでも、才人とルイズ達が姿を見せると、朗らかな顔になった。やっとのことで心を許すことができる相手を見付けた、といったそんな表情をアンリエッタは浮かべてみせた。

「良うこそ入らしてくださいました。さあ、此方へ。祖国の“英雄”を迎えるには、穢苦しい所ですが……」

 才人は辺りを見回す。

 確かに、アンリエッタの執務室は空っぽ同然である。机と椅子の他には、本棚と燭台ばかりがあるっ切りであるのだ。家具を売り払って以来、何も揃えていないようであるということが判る。

 小姓を呼び、アンリエッタはワインとあらかじめ用意された料理を運ぶように命じた。

「ごめんなさいね。“ガリア”であれだけの活躍をした貴方方を持てなすには、まるで拙い席ですが……今、宮廷にはホントに御金がないの。園遊会を開きたいと言ったら、財務卿から御小言を受けてしまったわ」

「と、とんでも御座いません!」

 ルイズは慌てて言った。

 才人も、疲れた様子で言った。

「小ぢんまりとした席の方が好いですよ。人混みは、もう沢山です」

「あら? どうして?」

 アンリエッタが尋ねると、アニエスが面白可笑しく先程の騒動の件を報告した。

「まあ! サイト殿の歌劇まで上演されているですって? すっかり人気者になられたようで、私まで誇らしいわ」

 アンリエッタは笑った。

「笑い事じゃ無いですよ。街も歩けない」

 憮然とした声で才人がそう言った時、料理が運ばれて来た。

 金がないとは言いはしたが、かなり豪華な内容の料理である。どうやらアンリエッタも、才人やルイズに御礼を言うのは、こういう静かな席の方が良いと考えていることが判る。

 

 

 

 ワインと料理が一頻り進み、話題は直ぐに“ガリア”での戦の件へと移って行った。

「ホントに恐ろしい炎の玉でしたわ……」

 感に堪えぬ、といった口調でアンリエッタが呟く。

 ルイズと才人もあの巨大な炎の玉を想い出し、切なげに瞼を伏せた。

 一歩間違えば、皆あの豪華の中で身を焼き尽くされてしまっていたのだから。

 だが、そのようなことは起きなかった。そして、爆発したあの“両用艦隊”の搭乗員達に、犠牲者はでなかったのである。

「あのような、恐ろしい“魔法”を使う“エルフ”と争うなど、これ以上愚かしいことはありませぬ」

 キッパリとアンリエッタは言った。

「私もそう想いますわ」

 ルイズも首肯いた。

 アンリエッタはワインの盃を置くと、その顔から笑みを消した。

 どうやら才人とルイズを呼び出した本題へと入るようである。

 才人とルイズも、襟を正した。

「我々の急務は、“ガリア”が“ロマリア”の意のままになることを防ぐことです」

 同じことを考えていた才人とルイズは、首肯いた。

「でも、あのタバサがそんなことをする訳がありませんよ」

「私もそう想います。貴方方の御友人だったのでしょう? その点は信用していますが……でも、この世は何が起こるのか知れたモノではありませんから」

「大丈夫ですよ。何せ、セイヴァーが動いてくれていますから」

「で……私達に話とは?」

「貴方方を、“ガリア”王との交渉官に任命します」

 アンリエッタは、才人とルイズの2人を、“ガリア”王となったタバサ――シャルロットとのパイプ役にしようと考えているのであった。適役は、この2人を置いて、他にはいないといえるであろう

「御願いできますか?」

 そう言われて、異論もあるはずもない。むしろ、2人にとって願ったりの役であった。

「喜んで御受けしますわ」

「良かった。断られたらどう仕様と想っていたのです。まあ、今はまだユックリして頂いて差し支えありません。初めの御仕事は、“ガリア”で行われる即位記念園遊会の席で、ということになりましょう」

 ニッコリと笑みを浮かべた後……アンリエッタはサラリと言って退けた。

「さて、ルイズは兎も角……サイト殿は一国の大使としては、御名前が短過ぎるように想えるのです」

「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガでしたっけ? 十分だと想いますけど」

 “日本”の感覚でいってしまえば、それであってもかなり長いのである。名簿を作る人は苦労するであろう。

「サイトは元“平民”ですから」

 当然とばかりにルイズが言った。

「ですから、私としてはその御名前を、多少長くさせて頂きたいのです」

 アンリエッタのその言葉に、ルイズは目を丸くした。

 だが、何も気付かない、というよりも知らない才人は、恍けた声で言った。

「へ? 何ですか? 詰まり名前を長くしろってことですか? ヒラガエモンとか?」

「ひ、姫様? それは、詰まりその……それは、あの、詰まり、その……」

 顔を赤くしたり青くしたりしながら、ルイズは口をパクパクとさせた。あまりのことに、思考が着いて行かないのである。

「ええ。彼に領地を与えたいのです」

 領地、と聞いて流石に才人も、噴き出した。

「はい? はい? 領地って!? 土地っすかー!?」

 はい、とアンリエッタは首肯いた。

「“トリスタニア”の西に、ド・オルニエールと呼ばれる土地があります。ほんの30“アルパン”ほどの狭い土地ですが……」

 30“アルパン”……才人は、頭の中で計算して絶句した。

 10km四方の土地である。江戸時代などであればいざ知らず、現代“日本”でそれだけの土地持ちなどそうそういないであろう。

「せ、狭くないです! 全然狭くない! そ、そんなの良いです! 勿体ないです!」

 才人は慌てて言ったが、アンリエッタはというと澄ました顔である。

「あら? 貴方方は住む所を探しているんじゃなかったの?」

 先程の話を蒸し返され、ルイズは頬を染め、才人は更に慌てた。

「何を言ってるんですか!? 寝て起きて立って座って飯食えるスペースがあればそれで十分! 中で小旅行ができそうな土地なんか要らないですよ! 掃除だって大変だし!」

「掃除など、領民を召し上げて行えば宜しいじゃありませんか」

 素で返され、才人は隣のルイズに小声で尋ねた。

「りょうみん?」

「あのね、あんたね、領地を戴ってことは、そこの土地の王様になるってことよ。詰まりあんたは御殿様」

「御殿様? お、俺が?」

「私も、ちょっと分不相応だと想うわ」

 成る程、とルイズは想った。

 ギーシュが“シュヴァリエ”になり、ルイズとティファニアには司祭としての地位が与えられた。1番活躍したといえる才人達には何もないのは可怪しいと考えていたルイズであるが……こういう絡繰りがあったとは、とルイズは驚いた。

「分不相応な訳がありませぬ。サイト殿の貢献に報いるには、これでも少ないと言えましょう。本当なら、男爵の位でも就けたいところなのですが……」

 そこで物思いに耽るようにして、アンリエッタは顔を伏せた。

「男爵だなんて!? そんな!」

 ルイズが大声を出すと、アンリエッタは首を横に振った。

「ですから、要らぬ嫉妬を買ってはつまりませんから、今回は止めておきました。でも、良い土地ですよ。狭いながらも、実入りは12,000“エキュー”にはなりましょうか。山に面した土地には葡萄畑もあって、ワインが年に100樽ほど取れるとか」

 兎に角才人は、億万長者とでも云えるモノになるチャンスが眼の前に転がっているのである。この前の10,000“エキュー”でさえも、才人は目の玉が引っ繰り返りそうになったのだが、今度はそれ以上の年収が約束されるというのだから。

「サイトに領地が経営できる訳がありませんわ!」

 ルイズがそう言うと、アンリエッタは事もなげに言葉を返した。

「あら、それならば代官を雇えばよろしいじゃありませんか。何なら“トリスタニア”に宿を取って、後は任せっ放しでも構わないでしょう? そうしている“貴族”は沢山おりますわ。何なら、優秀な代官でも紹介いたしましょう」

 そう言われると、ルイズはもう何も言うことができなくなってしまった。

 領地の経営などを放ったらかしにして、“トリスタニア”に居座り、宮廷政治に夢中になっている“貴族”などは確かに山程いるのである。中には、1度も自分の領地に足を踏み入れたことのない“貴族”さえも存在するほどである。信用できる代官さえ置けば、後は年収だけが転がり込んで来るのだから……。

「御屋敷もありますわ。卒業したら、そこで暮らすのも良いじゃないかしら? 兎に角、1度ユックリ見て来てはいかが?」

 アンリエッタにそう言われ、ルイズは首肯いた。

 隣を見遣ると、既に才人はもう上の空といえる状態であり、何事かをブツブツと呟いている。

「俺が……御殿様……どうしよう? どうしよう……?」

 ルイズは、そんな才人の足を踏ん付けた。

「あ痛ッ!?」

「御前よ。いい加減にしなさい」

 才人はそこで、冷静になって考えてみた。(いくらなんでも、領地とは……“騎士(シュヴァリエ)”の称号でさえ、何だか身に余るように感じたのに……良いのだろうか?)、と自問した。(別に自分だけが活躍した訳じゃない。“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の連中だって、テファだって、ルイズだって、シオンだって、セイヴァーだって、キュルケやコルベール先生にタバサだって……“ロマリア”軍の将兵だって、皆それぞれ苦労したし、大なり小成な御褒美を貰った訳なんだけど……何だか自分1人、過分な褒美に浴しているみたいに想えるな)と考えた。

「うーん、何か俺だけってのが納得できないと言うか……せめて仲間達にも、もうちょっと何かあれば、良いんですが」

 才人がそう言うと、アンリエッタは興味がなさそうに付け加えて言った。

「ならば、貴男の年収から、幾許かの御金を騎士隊に回せば良いではありませんか。その辺りの塩梅は、貴男に御任せします」

 そう言われては、才人に断る理由はもうないといえるだろう。

 ルイズの方は、しょうがないわね、といった顔でコクリと首肯いた。

「……理解りました。でも、良いのかなあ?」

 才人にとって、何だか雲の上の様な話であ在った。今まで才人の年収は600“エキュー”ほどであった。それだけであっても結構な額であるといえるのに……12,000“エキュー”とう金額はもう、才人の想像を絶している。

 アンリエッタは、食事の手を止め、才人へと向き直った。

「貴男にこのくらいのことをしなければ、私の良心が痛みます。私は何より、恩知らずと呼ばれる事が我慢できないのです」

 しばらくアンリエッタと才人は、視線を交えた。

 気圧されるようにして、才人は顔を背けた。

「理解りました。有難く頂戴いたします」

「そうしてください。後で書類を届けさせますわ」

 

 

 

 再び食事が始まったが……(サイトに領地? 本気で?)とルイズは何だか気が気ではなかった。

 “貴族”は大きく分けて2種類存在するといえるだろう。領地を持つ “封建貴族”と、官職を得て政府に奉職する “法衣貴族”の2種類である。名目上はどちらも同じ“貴族”であるのだが……その実入りは全く違うのである。

 国から年金を貰うばかりの “法衣貴族”や軍人達は、その殆どがあまり金持ちではない。街の商人達の方が、余程裕福なくらいだといえるほどである。

 だが、領地を持つ“貴族”となると、その土地からの莫大な利益を享受することができるのである。もちろん、そのうちの何割かは税金として政府に納める必要がある上、領地によっては全く収入の度合いは異なって来るのだが……。

 兎に角才人は一夜で大金持ちになってしまったのであった。

 先程の、スカロン店長の「人気が出れば、それを面白く思わない人達だって出て来るのよ」という言葉が想い起こされて、ルイズは何だか不安になった。

 街で“英雄”と持ち上げらえれているだけでも、“貴族”達には疎まれているというのに……領地まで下賜される運びになってしまえば、どれだけの嫉妬を生むことになるかは想像に難くないといえるだろう。

 ルイズは、(姫様はその辺り、ちゃんと考えているのかしら?)と想った。

 同時に、(もしかして……姫様は……)という別の不安もまたルイズの胸中に浮かび上がった。

 それから、ううん、とルイズは首を横に振る。

 いつかの姫様の「寂しくて、頼れる人もそうそういなくって、きっと、困らせていたんだわ」という言葉を想い出す。それから、(だから今回も、恩返しをしたい、それ以上の意味はない、はずだわ)と考えた。

 確かに、アンリエッタには其れ以上の他意はないように見える。

 だがそれでも、(……本当にそう何だろうか?)とルイズは不安を抱いた。どれほど親しい間柄であろうとも、特殊な力を持たない限り、心の底までを覗くことはできやしないのである。

 ルイズは、(心の底が見えたら良いのに)と、ついそう想ってしまった。

 ルイズはその考えを振り払うように、首を横に振った。(姫様は親友じゃない。その親友を信用しないでどうするの?)、と考えた。

 兎にも角にも、トントン拍子に出世して行く才人は、ルイズからすると眩しかった。“トリステイン”の長い歴史の中で、ただの“平民”だった男が領地を下賜されるようなことなどなかったのである。少なくとも、ルイズの知っている限りでは。

 歴史に残るべき“英雄”、とアンリエッタは言ったが、それは比喩でも何でもない。事実、“英霊の座”に登録されているのだから。

 そして……才人の眩しさの分だけ、ルイズは寂しさを覚えた。(そんなサイトに、私は釣り合っているのかしら? 伝説の“担い手”でありながら……その力を扱いかねている自分。そんな私じゃなくって、サイトには、もっと別の……素晴らしい女性の方が御似合いなんじゃないかしら?)、と考えた。

 そのようなことを考えていると、ルイルは、自分が小さく情けない生き物になってしまったかのように感じるのであった。

「どうしたの? ルイズ」

 アンリエッタが心配そうな顔で自分を見ていること気付き、ルイズは顔を上げた。

「な、何でもありません! このワイン、実に美味しいですわね!」

 慌てながら、ルイズは眼の前の盃を開ける。

「卒業したら、貴方方は結婚するのですか?」

「え? いや、そんな! そんなことできませんわ!」

 ルイズは席を立ちかねない勢いで叫んだ。

「そ、そうなのですか?」

「そんな……一緒に住むからって結婚とか……今までの延長に過ぎません。当然じゃないですか」

 その言葉を聞いて、隣の才人はガックリと肩を落とした。

 そういう意味ではない。だが……先程の想像が、ルイズにフォローの言葉を紡がせなかった。

 妙な雰囲気が漂い始め……3人は黙ってしまう。

 少しばかり重たい空気の中、(私はサイトに釣り合うような女の子なのかしら? 私はサイトを幸せにできるの?)とルイズはずっとそのようなことを考え続けた。

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