才人がアンリエッタから下賜された“ド・オルニエール”の領地は、“トリスタニア”の西、馬で1時間ほどの距離にある。“魔法学院”から行けば、“トリスタニア”へと行くのも、“ド・オルニエール”へと行くのも時間はほとんど変わらない距離にある。
夏休みが始まる直前の週、才人とルイズは早速その領地を検分しに出掛けた。
2人で行くつもりにしていたルイズであったのだが、当然の如く連れが増えた。
「全く……これじゃ大名行列だわよ」
膨れっ面で、ルイズが言った。
才人が領地を下賜された、ということもあり、ゾロゾロと着いて来たのはギーシュを筆頭とした“水精霊騎士隊”の少年達に、“アクイレイア”から帰って来ないコルベールを待ち草臥れてしまったキュルケである。
勿論シエスタも、掃除道具を山のように抱えて着いて来ている。彼女は逸早く、未だ見ぬ“ド・オルニエール”の屋敷を1から10まで知り尽くしたいのである。
「“ド・オルニエール”ってどんな土地なんだい?」
道中、マリコルヌが興味津々の顔で尋ねて来る。
「知らないよ。俺が知る訳ないだろ」
才人が答えると、レイナールが神妙な顔で問う。
「その土地の
アンリエッタの言葉を想い出し、「12,000“エキュー”」と才人は答えた。
一同が息を呑む音が聞こ得る。
「諸君! 僕はサイトを我が隊の会計主任に推薦したいと想う!」
レイナールがそう叫ぶと、一同から「異議なーし!」と声が響いた。
「会計主任って何だ?」
と才人が尋ねると、ルイズが「取り敢えずあんたに集ろうって言うのよ」と苦々しい声で言った。
「良いよ、俺は副隊長で」
と、才人はやんわりと断りを入れる。
が、「サイト、実は御揃いの隊服を作ろうと想うんだが……」とギーシュが小声で呟いて来た。
「隊長のおまえが何とかしろよ。名門グラモン家なんだろ?」
「知ってるじゃないか! 僕ん家は遠征で金を使い果たして……」
「知るか。と言うかおまえ、モンモンが使っちまったあん時の500“エキュー”返せよ!」
皆がガッカリした顔になったために、才人はやれやれと言わんばかりに言い放った。
「そんな顔すんなって。理解ってるよ。独り占めなんかにしないってばよ。別に俺1人の手柄じゃないからな。毎年、何割かは隊に入れるよ。それで良いだろ?」
「幾らだ? 幾らだサイト!」
レイナールが勢い込んで尋ねる。
「幾らなら良いんだ?」
レイナールが全員と顔を見合わせ、神妙な顔で言った。
「5,000“エキュー”」
「理解った。その額を毎年回すように手配しとく」
“水精霊騎士隊”の全員が、おおおおお! とどよめいた。
才人がとんでもなく太っ腹なところを見せたために、ルイズは青い顔になった。
「ちょっと!? あんた! ほとんど半分じゃないの!」
「別に良いだろ。俺、そんなに使わ無いし。こっちのモノなんてそんなに欲しくないし。ああ、おまえが使うのか?」
「あんたねえ、近衛の副隊長で領地持ちなんてことになったら、色々と御金が出て行くんだから! 況してや貴男は、家柄もない、後ろ盾もない、成り上がりなのよ! 張る見栄はきちんと張っとかないと、馬鹿にされるじゃないの」
才人は、ブツブツと文句を言い続けるルイズを見詰めた。
最近のルイズは、才人から見て何だか妙に怒りっぽいのである。出逢った当初からそうであったといえるのだが、最近は兎に角見るモノ聞くモノ全て気に入らないといった風情を、ルイズは見せているのである。
才人は(シエスタがいる所為かな?)と最初こそ想ったのだが、どうやら少しばかり違うようであるということが判った。
下見に行った時はギスギスとしていたルイズであるが、スカロンに何かを言い含められたらしく、その件については何も言わなくなったためである。
だが……アンリエッタから下賜されるとなったら、再び機嫌を悪くした――何かを想い詰める様子を見せるようになったのである。
才人は、(何で? 只だから良いじゃないか! しかも12,000“エキュー”なのに!)とルイズの御機嫌斜めの理由が判らなかった。だが、冷静になって考えてみると……(もしやルイズ、姫様との仲を、まだに邪推しているんじゃないだろうな?)と考えた。以前、舞踏会の折……カーテンの陰で姫様とのキスを見られたことを想い出したのである。それから、(だけど……あの時の姫様は普通ではなかったって言えるしな。寂しくて、誰かに側にいて欲しくて、その時たまたまそこにいたのは俺だっただけで……もちろんルイズもそれを理解ってて、でも、何だか納得できてないのかもしれないな。もし、逆の立場だったら。例えば、ルイズのそんな場面を見てしまったら? 俺もそう想うかも……)と自身も相当な焼き餅妬きである才人は独り言ちた。そして、(ホントに姫様とは、何でもないんだ。何でも……)、と考えた。
そこまで考えた時……才人は、胸にわずかにチクリと何かが刺さったかのような気がした。
一瞬、才人は、(へ? そんな馬鹿な。姫様は寂しくて、俺はあの高貴な色気に噎せ返っただけで……)と想った。
だが、そんなしこりのような棘は、妙なわだかまりとして才人の胸に残る。
そして、(おい、一体俺は何を悩んでるんだ?)と、才人はブルブルと頭を横に振った。
「あんた、何やってるのよ?」
ルイズに言われ、才人は我に返った。どうやら悩んだ御蔭で挙動が不審になってしまっていたようである。
「な、何でもない! ホント!」
更にルイズが問い詰めるようとすると、キュルケが茶々を入れる。
「あらルイズ。才人の御金の使い方に文句を付けるなんて、すっかり奥方気取り? 何よ貴方達、卒業したら結婚でもするつもり?」
その言葉で、才人への疑問がルイズの中から吹っ飛んでしまう、
周りの連中がニヤニヤと笑みを浮かべて自分達を見詰めていることに気付き、ルイズは列の最後尾までキュルケを 引っ張って行く。次いで、誰にも聞こ得無いように小声で囁いた。
「……あのね! そ、そういう訳じゃないわ。ただ私は、同居人として……」
「結婚もしないで、一緒に暮らすの? 貴女、そんなことしたら悪い評判が立っちゃうわよ?」
「ほ、他の人に何言われたって関係ないわ! 私、そんなの気にしないもの!」
「違うわよ、ルイズ」
キュルケは、ルイズを細い目で見詰めて言った。
「サイトの方によ」
「ど、どういう意味よ!?」
「あのねルイズ。サイトは今や、“救国の英雄”で、女王陛下から領地を直接下賜されたほどの人物よ? 成り上がりかもしんないけど、その成り上がりっぷりはまさに伝説級。だって、この貴女の御国じゃ、“平民”が“貴族”になることさえほとんど不可能なんでしょ? それが貴女、近衛の副隊長になるわ、領地まで下賜されるわ、おまけに劇まで作られちゃうわで、大変な騒ぎじゃないの。そんな有名人が、結婚もしてない女の子と一緒に暮らし始めたら、そっちがスキャンダルだわ。いくら貴女が公爵家でもね」
そこでキュルケは、おっほっほ! と笑い転げた。
ルイズは前から気にしていた部分を不意に突かれ、声を荒らげる。
「何よ!? 私じゃサイトと釣り合わないって言ってるの?」
「わ、冗談じゃないの。そんなに怒らないでよ」
唖然とした顔で、キュルケが言った。
それでも、ルイズの苛立ちは収まらない。図星を指された気分で、どうにもこうにも気持ちが沈んで行くのである。
「そうよね……あんたの言う通りだわ。私、ちっぽけだし。胸なんかあんたの10分の1くらいしかないし。色気ないし。それに、自分で言うのも何だけど怒りっぽいし。半分はあいつの所為だけど嫉妬深いのかもしんないし。顔は可愛いけど性格可愛くないし。相当アレとか言われてるし……」
ブツブツとルイズは呟き始めた。
そんなルイズを見て、呆れ顔でキュルケが言った。
「確かに、あんたみたいな変わった娘より、似合いの娘がいるかもね。今なら、家柄も性格も器量も良い、そんな娘が選り取り見取りかも」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! あんな成金、相手にする“貴族”の娘なんかいる訳ないでしょ! あんたの御国とは違うだから!」
「判っんnあいわよー。“英雄”で土地持ちと言うことになれば、是非家の娘を……と言って来る“貴族”はいるかもよ? 世の中、何が起こるんだか判んないんだから」
キュルケは、ニヤッと笑って言った。
その言葉で、ルイズは青くなった。そうすると、(そう、“ガリア”や“トリステイン”や“アルビオン”の “貴族”だけではないわ。例えば“ハルケギニア”に幾つか存在する“クルデンホルフ”のような“大公国”が、そんな才人に目を着けて……“是非家の婿に!”、なんてと言い出したらどうしよう? “行く行くは王様にしてやる”なんて、そんな台詞を言われたら? まあ、“アルビオン”にその可能性はないけど……あの御調子者は、ついつい調子の乗ってしまうかもしれないわ)といった悪い想像がルイズの頭の中を駆け巡るのである……。
才人の内心は結構穏やかではないのだが、ルイズからすると、人の気なんかしらないで先頭で皆に囲まれてワイワイと騒いでいるように見えるのである。
「何よ何よ。公爵家の娘じゃ満足できないって訳? ふんだあんたも偉くなったものね。大したもんだわ! でもね、そんな“大公国”の御婿になんかになったら大変なんだから。毎日鎖で繋がれて、好きな所なんか行けないんだから。浮気なんかした日にゃあんた、地下牢に閉じ込められて毎日折檻されちゃうんだから、そのうちに飽きられて路頭に迷うのが関の山だわ」
そんな風に呟いてルイズを見て、キュルケが言った。
「あんたの扱いとあんまり変わらないじゃないの」
「か、変わるもん」
「どんな風に?」
「私、浮気したら地下牢じゃ済まないもん」
ピキピキッ、と肩を強張らせながらルイズが言った。
「あんたの方が大公家より窮屈じゃないの」
やれやれと、両手を広げてキュルケが言った。
そうこうする内に、“ド・オルニエール”の土地らしき場所に着いたのであるのだが……。
「見渡す限り荒野が続いてるんだけど」
ルイズが訝しげに言った。
成る程、年収12,000“エキュー”の土地にしては、何だか可怪しい、といえるだろう。豊かな畑も、牧羊地も、養魚池も、何も見当たらないのである。
田舎道の左右には、雑草が生えた荒涼とした更地が続いているばかりである。
「ここの名物はぺんぺん草なのか?」
才人が呟く。
そこに、荷馬車を引いた農夫らしき男が通り掛かる。
「彼に訊いてみよう。おおい!」
ギーシュが、農夫に手招きをした。
「何で御座いましょう? 旦那様」
ヨボヨボの馬に劣らず、貧相といえる格好をした老人であった。
「ちと尋ねたいんだが……ここは“ド・オルニエール”の土地かね?」
「然様で御座います」
王都に近いだけあって、老人は訛りのなく綺麗な言葉遣いで言った。
「年収12,000の土地にしては、随分と荒れ果てているように見えるんだが」
すると老人は、ははぁ、といった顔付きになった。
「先代の領主様が亡くられたのは、はぁ、10年も前のことで。跡継ぎもおらず、この土地は御国に召し上げられることになりましたが……若い者は土地を捨てて街に出て行ってしまい、老人ばかりになってしまいました。今となっては年寄りばかりが数十人、細々土地を耕している次第で御座います」
一同は青い顔になり、その後、同情を含んだ目で才人を見詰める。
「や、屋敷はどこなんだ?」
「御屋敷ですか? あちらで御座いますが……どうせ暇ですから、御案内差し上げましょう」
鬱蒼とした森の中に、土地に劣らず荒れ果てたその屋敷はあった。
10年というモノ、手入れもされずに放ったらかしになっていたであろうことが一目で判る、昔は中々立派な構えの“貴族屋敷”であったのだろうが、全ては夢の跡、窓ガラスは割れ、扉や屋根には蔦が絡まり、壁には罅が入っている。
「これは掃除のしがいがありますわね……」
シエスタが、唖然とした声でどうにか呟く。
「女王陛下も、とんでもない物件を押し付けたもんだな」
マリコルヌが言えば、レイナールが首を振る。
「いや、きっと陛下は知らなかったんだよ。一々ちっぽけな領地のことなんか覚えてないよ。サイトに下賜することになって、適当な領地を探してたら、誰かに“ここにしろ”と吹き込まれたんだろう」
その話を聞いて、(まあ、姫様ならありそうなことだわ)とルイズも心の中で首肯いた。
アンリエッタに悪気はないということは、皆理解している。ただ、やはり女王、所詮雲の上の人の感覚であるといえるのであった。誰かに「ここを用意しました」と言われたら、もうそれで終了である。「年収12,000」と言われたら、「ではここで良きに計らえ」となるであろう。自分で確かめようと想うことなど、先ずありえないのである。
同時に、(こんな領地を寄越すくらいだから、ホントにサイトのことはただの家臣としてしか見てないのね。いくら姫様でも、好いた男に領地を下賜するなら、その土地を下見するくらいのことはするはずだもの)とルイズは何だかホッとした。
何のかんの言って、ルイズはやはりアンリエッタに警戒心を抱いていたのである。才人の身にあまる厚遇……その寵愛。(こないだは否定したけど、やっぱり裏があるんじゃないかしら?)、と内心ドキドキとしていたのであった。
だが、それは杞憂であったといえるだろう。
そう想うと、ルイズは何だか心がウキウキして来るのを感じた。
すると、(姫様は兎も角、そんじょそこ等の“貴族”や“平民”如きに、私が負けることなんてありえないことじゃないの。何せ私は、国でも3本の指に入る公爵家3女。立ちい振る舞いの優美さでは、右に出る者はいないと自負していたし、そりゃ胸はないかもしんないけど、天下に冠たる美少女じゃないか。いくら“救国の英雄”だからって、サイトに負い目を感じる必要はないわ。そりゃもう、断じてないのよ)といった風に、やっとのことでルイズの中で自信が生まれて来るのであった。
ルイズは薄ら笑いを浮かべ、(馬鹿言ってんじゃないわよ。この私が、一緒に暮らして上げるって言ってんの。感謝されこそすれ、負い目を感じるなんてちゃんちゃら可笑しいわ)と先程までの自分を恥じ、考えた。
「これ、住めんのかよ……?」
才人がガックリとした顔で言った。
ルイズは、その肩をポンポンと叩いた。
「いーじゃなーい。あんたには十分じゃなーい」
「はい?」
才人が振り返ると、何故か勝ち誇った顔のルイズがいた。先程まで元気がなくブツブツと呟いていたのが、嘘であったのではと想わせるほどの心境の変化ぶりである。
「どうしたんだ? おまえ……」
「どうもしないわ。ちょっと曇ってた天気が晴れただけ」
才人は激しく訝しんだ。だが、そのようなルイズを見ていると、先程悩んでいたことなどを始めとしたそういったことがどうでも良くなり……才人も何だか楽しい気持ちになって来た。
「ボロくたって良いじゃない。私なら別に平気よ」
「そ、そうだよな! 住めば都って言うもんな!」
「掃除すればなんとかなるでしょ」
「ちょっと大変だけどな! あっはっは!」
「ねえ、ホントにここで暮らす気?」
キュルケが、呆れた、といった顔で2人に尋ねた。
「折角姫様から戴いた領地に御屋敷よ。ちゃんと暮らさなきゃ罰が当たるってもんだわ」
「なあサイト。城買おうぜ城。こんな幽霊屋敷は売っちゃってさ!」
“水精霊騎士隊”の少年達も、そう言って促したのだが、もう才人は聞いていない。
「いや……考えてみれば、城なんか買ったら御金なくなっちゃうもんな。生活費どーすんだよ? 城なんつったら維持費だって馬鹿になんないだろ?」
「そこは君、一杯手柄を立てて稼げば良いじゃないか」
「そーだそーだ」
“貴族”の坊っちゃん達は、まるで“地球”に於けるちょっと売れ始めた芸能人みたいなことを言い始めた。
「怪我したりしたらどーすんだよ? それに、手柄を立てるチャンスなんか、そうそうある訳ないだろ。結局、しっかり入って来るのは“シュヴァリエ”の手当の600“エキュー”だけなんだからさ。そんなの、ルイズと俺が生活して、御手伝いさんとかに給金払ったらなくなっちまうじゃねえーか」
才人は、ボロボロの屋敷を見上げて言った。
「まあ、少しはこの土地だって実入りはあるんだろうし。良いよここで。なあルイズ」
「うん」
ルイズも首肯いた。
シエスタは、才人と暮らすことができるだけで満足であるために、先程からニコニコとしている。
年5,000“エキュー”の収入が、夢と消えた“水精霊騎士隊”の少年達だけが、ガックリと肩を落として項垂れた。
ルイズと才人とシエスタは街の業者に頼み、1,000“エキュー”掛けて屋敷を修繕することにした。
見た目は酷かったのだが、造りがしっかりとしているために、しっかりと手を入れれば十分住むことができるとのことであった。
夏休みが始まる頃には、何とか暮らすことができるレベルにはなるらしいとの話である。“貴族”らしい体裁を構えるには、もう1月2月は掛かるとの話であったのだが。
屋敷は2階建ての、“トリステイン”で昔流行ったタイプの石造りである。玄関前には扇状に広がる階段があり、重い樫の扉を潜ると、広々としたホールがある。入って右手に20人は座れることができるであろう食堂があり、その奥には厨房が控えている。左手には応接間兼書斎が置かれている。途中で左右に分かれた階段を上ると、2階に着く。そこには6つの部屋がある。
そこの部屋を1つ、取り敢えず寝室にすることにして、才人達は大きなベッドを新調した。
庭には馬小屋と、猟犬用の澱があった。前、ここを使っていたド・オルニエールは狩猟が好きだったらしく、どちらも立派な造りであることが判る。
階段の下には、地下室に通じる扉があった。だが、そこは固く閉ざされている。鍵がどうにも見付からず、そこは取り敢えず放っておくことにした。
領民達は本当にほとんどが老人ばかりであったが、それでも土地からの収入は2,000“エキュー”は確かにあった。かつての勢いはないが、痩せた土地成ので良い葡萄が採れるであろう。
老人達はワインを造るのが上手く、少量だけ生産されるそれが、通の間では割と評判との話である。
ルイズと才人とシエスタの3人は平日を“魔法学院”で過ごし、週末になると“ド・オルニエール”の領地へとやって来ることにした。
修繕が進む屋敷を見るのは、3人にとって楽しいことであり、のんびりとした“ド・オルニエール”は、やっと訪れた平和な気分を満喫するにはピッタリであったのである。
才人とルイズは、週末訪れるたびに、シエスタと一緒に屋敷を掃除したり、家具を揃えたり、辺りを散策したりした。荒れ果てた野原にしか見えなかった“ド・オルニエール”の土地も、良く目を凝らせば楽しいモノに満ち溢れていることが判るだろう。森の中の小さな泉や、谷や、野に咲く可憐な花などを、眺めながら散歩するのは、中々に楽しい暇潰しであるといえるだろう。
夕方になると、領民達が、新しい領主様が来たというので挨拶に来る。自慢のワインや、畑で採れた作物や、焼き立てのパンや御菓子などを御土産に持って来るためしばらくは料理をする必要がなかった。
散歩をしていると,領民達は気さくに才人とルイズ達へと声を掛けて来る。“”平民出身の近衛騎士ということもあり、まるで孫の出世を喜ぶかのように、才人に接してくれるのである。
「もしもし、是非我が家に御寄りください、若殿様」
そんな風に声を掛け、才人とルイズ達を、貧しいながらも御茶や酒や御菓子なんかで持てなしてくれるのである。そして、才人の手柄話を聞くと、目を丸くして喜び、「今度の領主様は大したもんだ」と感心するので、才人は すっかり得意に、また調子に乗ってしまった。
近所に住む、ヘレンと云う名前の御婆さんがいるのだが、彼女は身寄りがない。そのため、才人は彼女を御手伝いとして雇い入れた。年の割にはしっかりとした御婆さんであり、平日、才人達が留守の間、屋敷をきちんと守ってくれているのである、年の功とは言ったものであり、家事も上手な御婆さんである。
それほど大きくもない屋敷であるということもあって、シエスタとヘレンの2人だけでも十分に手も行き届く。
寝室のテーブルの上に、才人は“こっちの世界”に持って来る形になった“ノートパソコン”を置いて、毎日それを眺めた。今のところ、家族に自分のこの状況を知らせることができないのが、少しばかり残念なことであったのだが……それさえ除けば満足の行く生活が待っているように、才人には想えた。
才人は、(いつか、“虚無の担い手”の誰かが……テファかルイズか判らないけれど、“
才人は、(俺はいつか帰れる。でも、そんな時が来ても……俺はもうこっちの生活を捨てることはできない)と隣ですやすやと気持ち好さそうに眠っているルイズを見るたびに、才人はそう想うのであった。
また、(“聖戦”は問題ないだろうけど……“聖杯戦争”はどうなるんだろうか?)といった漠然とした疑問が、才人の中にはあった。
夏休みに入ると,ルイズと才人はシエスタと共に“ド・オルニエール”の領地へとやって来た。休みの間、ここで暮らすのである。卒業後の予行練習とでもいえるような、そんな時間である。
まるでこれまでの1年が嘘であったかのような、平和で、のんびりとした生活に、ルイズと才人達は段々と慣れて行った。
そんな時間は、張り詰めていたルイズの気持ちを、徐々に解き解して行った。
夏休みにはいって数日目のこと……。
才人とルイズとシエスタの3人は、「行ってらっしゃいまし」と、ヘレンに見送られ、いつものように森の中を散歩していた。
焼けるような陽光が、木々に遮られて心地好いといえるだろう。小鳥の囀り以外には何も聞こえない中、才人と ルイズはブラブラと森の小道を行くのであった。
後ろからは、シエスタが、籠を持ってニコニコと着いて来る。
眺めの好い、気の利いた場所を見付けると、そこで昼食が始まる。
御腹が一杯になると、シエスタは木陰で寝てしまう。
すると、ルイズはシエスタを何度か木の枝で突き、本当に寝たのかどうかを確認するのである。
シエスタの寝付きは実に素晴らしく、まさに天才的であるといえるだろう。何せ、1度寝入ったら1時間は絶対に起きないくらいであのだから。
どうにもこうにも起きないということを確認すると、ルイズはまるで猫のように才人に凭れ掛かって来るのである。それから唇を尖らせて悩ましげに髪を弄り始める。
どこで覚えたのだろうか、そのような仕草が、才人の脳天を激しく刺激するのであった。(嗚呼、こいつ、やっぱり可愛いなあ)なんて想っていると、ルイズはそんな才人の心を読んだかのように、更なる攻撃を繰り出して来るのである。
「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「い、いや……そういう訳では」
「じゃあ、どうしてジロジロ見てるの?」
ルイズはこのような一連の台詞を、蔑むかのような細い目で才人のことを見詰めながら、興味がなさそうに冷たく言うのである。
そうされるともう、才人は、網に掛かってしまった魚同然とでもいえ、更にルイズに対して夢中になってしまうのである。
ワナワナと震えた声で、「か、可愛いなあと想って……」などと、才人はどうにか呟く。
才人は兎に角、面と向かって女の子を褒めるということに慣れて居ないために、妙に自信が着いている時は兎も角、こういった不意打ちをされてしまうとしどろもどろになってしまうのであった。
するとルイズは、更に得意になって言い放つ。
「当ったり前じゃない、知ってる? 私より可愛い娘なんていないのよ」
「そ、そう想うよ。俺も……」
兎にも角にも、得意げになっているルイズは、当に鬼に金棒とでもいえる状態である。鬼が得意げで、金棒がルイズである。
そのような態度がこれほどに似合っているといえるのは、“ハルケギニア”と“地球”を合わせても、ルイズだけであった。少なくとも才人が知っている中ではの話だが……。
「あんたは幸せね。そんな私の側にいられるんだから」
「そ、そうだね」
「そうだね?」
「その通りで御座います」
ルイズは更に調子に乗り始め、優位たっぷりといった流し目を、才人へと送り始める。
すると才人はもう、何だか我慢ができなくなってしまい、(何て自分はちっぽけな虫に過ぎないのだろう?)と自問を始め、次いでその自問がルイズへの熱い衝動へと切り替わり、思わずキスをしようと唇を近付けるのであった。
「何よ? 何するつもり?」
「キ、キスゥ……」
「誰が、誰と?」
「俺が、ルイズと」
「じゃあ言うこと利いて頂戴」
ルイズは立ち上がると、両腕を組んだ、今のルイズは激しく調子に乗っているといえるだろう。毎回、「レモンちゃん」だの、「小さいにゃんにゃん」だの、と信じられないことを言わされていたということもあって、(今日は自分が言わせる番だ)と想ったのである。だが……(何、言わせようかしら?)と別に言って欲しい台詞などないということに、ルイズは気付く。ただ、優しくロマンチックに抱き締めて貰って、「好きだよ」……くらいのこと事を囁いで貰えれば、ルイズにとってそれで十分であるためだ。他には何も要らないといった具合である。自分のそんな欲のなさを、ルイズは多少恨んでみたが、しょうがないことである。
それでもルイズは、それだけのことを言うのに、頬を染めて恥ずかしげな顔になった。
「ロ、ロマンチックにキスして」
「それだけ?」
「……うん」
才人は、ルイズが想像するロマンチックというモノが判らなかったため、仕方なしに大真面目な顔をしてみせた。それから、ルイズの顎を持ち上げ、「まるで宝石のようだネ」と言ってみた。緊張していたということもあり、声は裏返り、目は明後日の方向を向いている。
才人は(こりゃ駄目だ)と想ったのだが、ルイズはもう目をキラキラと輝かせ感動に潤ませていた。
そんなルイズを見て、才人は、(薄々と感じてはいたが……なんて難易度の低い女なんだ)とある意味感心した。同時に、そんな難易度の低いルイズが堪らなく可愛く見えて、才人は思わず抱き締め、ルイズにキスを噛ました。
ルイズも両腕を才人の首に巻き付け、ウットリと目を閉じる。
すると……。
ポキン、と何かを折る音が聞こ得て来た。
ポキン、ポキン、ポキン、ポキン。
恐る恐る2人が横を向くと、シエスタが物凄い形相で、枝を折っているのである。
「な、何よ!? あんた起きてたの!?」
「ええ。誰かさんと誰かさんのやりとりで、目が覚めちゃいました」
ニッコリと笑みを浮かべ、シエスタは言った。直後、眉間に皺を寄せ、両手で握り締めている枯れ枝を打ち折った。
「な、何してんのよ!?」
「焚き火をして、御茶でも淹れようかと思いまして……」
ルイズは、コホンと咳をして、立ち上がる。照れ隠しに、スカートの裾に付いた土などを払う。
才人とルイズが気不味そうに固まっていると、シエスタは籠から何かを取り出した。
「御二方、御存知ですか? ティーにレモンを垂らすと、美味しくなるんです」
シエスタが握っているのは、黄色の果実である。
「へ、へぇ……」
誰に聞いたのかまでは知らない2人であるが、この前のレモンちゃんを当て擦っているということだけは、理解できた。
ルイズが(何このメイド。舐め過ぎ。私のこと舐め過ぎ!)とワナワナと震えていると、「いけない」とシエスタはハッとした顔になって手を口に当てた。
「な、何がいけないのよ? 仰い」
「共食いじゃないですか……いや、共飲み? この場合」
ルイズはそこで、くえ、と唸り声を上げた。ズンズンとシエスタに近付き、レモンを取り上げると、シエスタのその口の中に捩じ込む。
シエスタはユックリとレモンを口から出すと、包丁でスパッと切り裂き、半分に切ったその果汁をプシュッとルイズの顔に振り掛けた。
2人はニッコリと笑うと、直ぐ様真顔に戻り、いつもの無言の取っ組み合いを開始するのである。
才人はオロオロとしながら、その光景を見詰めるのであった。
美少女が穿いているスカートが翻る、男性からして何とも素晴らしいといえるショーなので、そのうちに才人は夢中になって魅入った。
そんな才人の視線に気付いた2人は立ち上がり、「何見てんのよ? 誰の所為だと想ってんのよ?」、とか、「良い加減どちらか選んでください」などと喚きながらルイズとシエスタは、才人を蹴りまくるのである。
するとルイズはシエスタを睨んで、「それは結論出てるのよ」などと勝ち誇る。
シエスタも負けじと、「いやまだ決まってませんから」と言い放つ。
で以て、2人は睨み合い乍らも、才人を惰性で蹴り続けるのであった。
才人はもう、色々と諦めていたために、(まあこのくらいで済むんなら)と黙って蹴られ続ける。そして、(シエスタにしろルイズにしろ、とんでもない美少女だしな。そんな2人と暮らすことができるのだから、これは御色気税だな)、と妙な納得をするのであった。
さて……夜になると、ルイズは昼間の疲れから、早々に寝てしまう。
相変わらずベッドは1つだけである。
表向きの理由は御金が勿体ないからであるのだが、裏――本当の理由はぶっちゃけ一緒に寝たいからである。
そのベッドを買う時、ルイズは言い訳がましく「2つ買ったら高いから……」、とか、「2つのベッドは縁起が悪いから……」、などと、散々ありえないといえる理由をブツブツと並べ始めたのであった。
その割にシエスタのベッドはしっかりと買ったために、シエスタはとうとう頭に来た。シエスタが「要りません」と言ったら、「仕事に疲れてるあんたに、寝床も用意しなかったら悪いじゃないの」とルイズは嘯くのであった。勿論、誠ではあるが、同時に別の理由などがある。
そんなこんなで、シエスタは夜になると才人とルイズの寝室にやって来て、当然とばかりに才人の横に潜り込むのであった。
朝起きたルイズは当然怒る。「あんたにベッドちゃんと買って上げたでしょーが!」、と怒鳴るのである。
それでもシエスタはしれっとして、「何かのベッド硬くて眠れ無いんですー」、とか、「あの部屋御化けっぽいのが出て怖いんですー」、などと言い訳を並べ立てるのである。これもまた、勿論嘘である。
「御化けっぽいのって何よ?」
ある朝、ルイズが目を吊り上げて尋ねると、シエスタは目を泳がせて言った。
「えーっと、何かですね。白くてですね、フワフワして、宙に浮いてるんです。すっごい怖くて……」
「嘘吐かない」
「じゃあ、今晩でも私の部屋を御使いになって、御自分で御確かめになられたらどうですか? でも、ミス・ヴァリエールじゃ幽霊怖がって出て来ないかもしれませんけど!」
「理解った。泊まるわ」
ルイズは、ぐぎぎぎぎぎ、と歯軋りを為ながらシエスタを睨み言った。
その夜、本当にルイズは、シエスタの部屋に泊まった。幽霊が出なければ、シエスタを取っちめてやるつもりで、だ。ルイズは「サイトも来なさい」と言ったが、「2人いたら幽霊出ません」とシエスタが言った。
しょうがなくルイズはその晩1人で泊まった。(どうせつまらない嘘でしょうが、さて、今頃サイトに悪戯噛ましてる頃ね。こっちから出向いて取っちめてやるわ)、と起き上がった瞬間……。
白い物体がユラリと部屋に入って来て、ルイズは跳び上がった。まさか本当に出るとは想っていなかったために、ルイズは死ぬほど驚いた。
「きぃっやああああああああ!?」
気絶しそうになった瞬間、ルイズの大きな悲鳴に躊躇いだ白い物体は転んで、中の姿が露わになった。
それは、シーツを頭から冠ったシエスタであった。
「あ、あんたねぇ……」
「か、軽いジョークじゃないですか」
ルイズは怒り狂ってシエスタを追い回した。思わず“魔法”を撃っ放してしまい、ベッドへと命中した。
結果、勿論のことベッドはバラバラになり、その晩からシエスタは本当に当然といった顔で枕を抱いて、ルイズと才人の部屋にやって来るようになったのである。
ルイズは才人に、「ベッドを買え買え」とせがんだのだが、「また壊されたら適わん」と外方を向かれた。
そういったこともあり、才人とルイズとシエスタは、“魔法学院”での時と変わらず、同じベッドで眠ることになったのである。
騒がしい日常ではありはしたが、才人自身としては、それほど酷い毎日ではなかった。何といっても、今は平和なのである。精々、女の戦いが屋敷の内外で繰り広げれているだけである。人死などは当然にあ。それにルイズとシエスタも、それぞれ微妙に境界線を作ったのだろうか、それなりの所までは目を瞑ってくれているのであるる。それが証拠に、ルイズだってシエスタが同じベッドで寝ることを最終的には拒否しなかったのであるからして。
このように、才人とルイズとシエスタの3人……いや、今やヘレンを合わせた4人は、まあまあ上手くやっていたのだ が……。
その平和的な日常は呆気なく破られる日がやって来た。
夏休みに入って、ちょうど1週間目のある日頃、とある訪問客が訪れたのである。
いつものように散歩から帰って来た才人達は、玄関の前でオロオロとするヘレンを見付けた。
「ヘレンさん、どうしたの?」
才人が尋ねると、「旦那様、大変で御座います。大変で、御座います」と気の良さそうな丸い顔を焦りで歪ませ、ヘレンは3人へと近付いた。
「御客様で御座います。でも、それが貴男、何とも怖い若奥様で御座いまして……どこぞの名のある御方の奥方と御見受けしましたが、これがまあ、怖いの何の。眉間にこう皺を寄せて、この私をジロリと! まさにジロリと睨んだので御座いますよ!」
「怖い若奥様?」
と、ルイズが尋ねる。
「はい。ええと、御顔立ちはルイズ様に良く似ております」
「……髪は?」
「見事な金髪で」
才人とエレオノールは、「エレオノール姉様だ!」と顔を見合わせた。
「ヘレンさん、あの方は独身よ。名のある御方の奥方なんて、冗談でも言わないことね。耳をちょん切られるわよ」
ヘレンは震えながら、“聖具”の形に印を切った。
1階の応接間で、エレオノールは一同の帰りを待っていた。
ルイズが入って行くと、エレオノールはやおら立ち上がり、ルイズのその頬をぎゅ~~~、っと激しい勢いで抓り上げた。
「ちび! ちびルイズ!」
「痛い~~~」
「貴女はもう、また勝手なことをして! 聴いたわよ! け、け、けけ、けほぉ……」
エレオノールは、そこで、ぜぇはぁ、と息を切らした。
「み、みず……」
慌ててシエスタが、水を汲んで来てエレオノールへと差し出した。
エレオノールはその水を飲み干し、言葉を続けた。
「結婚前の男と女が一緒に暮らすなんて!? 一体貴女は何を考えているの!? 勝手に戦争に行ったかと思えば、今度は同棲ですって? 貴女、そんなの私、絶対に認めませんからね!」
エレオノールにそう言われ、ルイズはショボンと項垂れた。
「そ、そんな……同棲なんかじゃありません! ほら、“使い魔”と主人だから……仕方なしに一緒にいるって言うか……」
「駄目よ。世間様はそう見ないわ。ラ・ヴァリエール家の3女が、どこの馬の骨とも知れない男と暮らし始めたりなんかしたら、国中の笑いモノよ!」
「でも、でも……!」
エレオノールはそこで真顔になると、「……ルイズ。貴女、伝説の力を得てるんでしょう?」とルイズに問うた。
ルイズはコクリと首肯いた。
以前、ラ・ヴァリエールの領地で、そのことは家族に話していたのである。
「ええ。だから、父様からは“己の信じた道を行きなさい”と言われたわ。姉様も聞いていたでしょう?」
「それは好き勝手しても良いってことではないわ。貴女はね、自分の器以上の力を得てしまったのよ」
「それは理解ってるわ」
「理解ってないじゃないの。貴女の力は貴女だけのモノではないのよ。祖国の命運を左右する、大変な力じゃないの。自重しなさい。ルイズ」
「でも……もう平気よ。大変なことにはならないわ」
「どうして?」
ルイズは、才人の方を窺った。
才人は、まあ良いんじゃないか、と首肯いた。
“ロマリア”のヴィットーリオ達が掲げる野望が潰えたと想われる以上、昔ほど隠し立てする必要もないのである。しかも相手はエレオノール、ルイズの姉であるのだから。
ルイズは、エレオノールに、この前の“ロマリア”と“ガリア”での一件を説明した。
「……そんな訳で、“始祖”の“虚無”の復活は妨げられて……“ロマリア”は“聖戦”を続けられなくなったの。私の持つ力が大き過ぎることには変わりはないかもしれないけど……だからと言ってそこまで自重する必要があるとも想えないわ」
それに、とルイズは言葉を続けた。
「姉様の言う通り、私の力を守るためなら、なおさらサイトが必要だわ。こいつ以上に、私を上手く守れる奴なんか居ないんだから」
感動した面持ちで、才人も首肯いた。
言い包められたエレオノールは、とうとうルイズを怒鳴り付けた。
「屁理屈を述べないで頂戴!」
「違うわ! 屁理屈を並べているのは姉様の方よ! 何よ、伝説の力なんてホントはどうでも良いんでしょ? 兎に角、私がすることなすこと、気に入らないんでしょう? 私だって、いつまでも小さいルイズじゃないんだから!」
そんな風にルイズに言われ、エレオノールの目が吊り上がる。確かに、ルイズの言う通り、伝説の力云々は言い訳であるのだろう。だが……結局、自分の掌の上だとばかり思っていた末の妹が、自分に何の相談もしてくれないで進路を決めてしまったということが、癪に障てしまっているのであった。いや、それだけではないだろう。エレオノールは、ルイズを“愛”している。故に、どうしても心配なのであった。が、どうにもこの姉妹、やはり不器用であった。
なおも喰い下がろうとするルイズの首根っこを掴むと、エレオノールはズルズルと引き摺り始めた。
「じゃあ、今みたいな言い訳を、父様と母様にも聞いて頂きましょう。さあ、ラ・ヴァリエールに帰るわよ」
才人は思わず、その前に立ちはだかった。
「あ、あの! 御姉さん!」
「何よ? 貴男に御姉さんなどと呼ばれる筋合いはなくってよ」
ジロリと、エレオノールに睨まれ、才人は震えた。この圧倒的なオーラを前にすると、どうしても身も心も震え上がってしまうのである。
「何やら、少々手柄を立てられたようで、調子に乗っているようだけど、私の妹を誑かすなんて、赦しませんからね!」
「で、ですから! そのうちにきちんと御家にも御挨拶に伺おうと……」
「御挨拶!? 貴男が? どんな挨拶? まさか、け、け、け、結婚の申し込みとか言いませんわよね!?」
「い、いや……その……」
「あんたみたいな馬の骨に、ラ・ヴァリエールの娘が嫁ぐですって!? そんなの私、絶対に認めませんからね!」
「ま、待って!」
ルイズが口を挟んだ。
「姉様! サイトは馬の骨なんかじゃありませんわ! 今では陛下の近衛隊の副隊長だし、しっかりこのように領地も戴いたのよ! 今じゃ、立派な“貴族”……ほらサイト! フルネーム!」
才人は精一杯に威厳を取り繕うと、胸を張って名乗りを上げた。
「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールと申します。御姉様」
「男爵の爵位もない、ただの平“貴族”が気取るんじゃないの。兎に角! 伝説だろうが何だろうが、ぽっと出の“貴族”に、ラ・ヴァリエールの娘を嫁がせることはできません」
そこまでエレオノールが言った時、ルイズの目が光り始めた。
「ならば……どこに出しても恥ずかしくない“貴族”に仕立て上げれば、文句はない訳ですわよね?」
「はぁ? 貴女、何を言っているの?」
「私がサイトを、立派な“貴族”にしてみせます」
「立派な“貴族”ぅ?」
ルイズは首肯いた。
エレオノールは才人をチラッと見詰めた。
才人は、どこからどう見ても、ただの異国の少年である。
“トリステイン”に於ける“貴族”というモノは作法1つ、仕草1つ取っても“平民”とは違うのである。生まれながにしての気品というモノであろうか、そういった空気じみたモノを何より重要とするのである。
エレオノールほどの名門生まれともなれば、生半可な付け焼き刃など直ぐに見破ってしまうであろう。
だが……ルイズももう、1度口にしたからには、何が何でも後に引くつもりはないようである。
エレオノールは、(この娘、ホントに私に似て来たわね……)と小さく口の中で呟いた。
「理解ったわ。今度来る時までに、“貴族”の作法を叩き込んで置きなさい。もし、私が満足行かないようだったら、ルイズ、貴女は直ぐに私と一緒に実家に帰るのよ」
「結構ですわ」
エレオノールは、そこで、ふん、と踵を返すと、才人に挨拶をすることもなく出て行った。
「嫌われたもんだなあ……」
と、才人は、呆けっとした声で呟く。それからルイズの方を振り向き、「なあルイズ。おまえ、俺に“貴族”の作法を仕込むって言ってたけど……」と口を開く。
が、そこでビシッと鞭が唸った。
ルイズが、いつの間にか取り出した乗馬鞭でもって、床を叩いたのである。
「な、何すんだよ!?」
「“ミス・ヴァリエール。私に作法を一から仕込んでください”でしょ?」
「え? え? も、もう始まってるの?」
「ったり前でしょ。次にエレオノール姉様が来るまでに、あんたを爪先から頭の天辺迄まで、誰にも文句付けようのない“貴族”に仕込んで上げるわ!」