ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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屋敷の地下室

 “トリスタニア”の西の端に、“魔法研究所(アカデミー)”の塔はある。その名の通り、“魔法”に対する、様々な研究を行う場所である。

 ただ、それは実用的な研究というよりは、純粋に“魔法”の効果を探るモノが多いといえるだろう。

 例えば、“火”の“魔法”を用いて街を明るくしようとか、“風魔法”を利用して大量に荷物を運んだりとか、そういった研究は下賤ではしたないモノとされ、どのような“火”の形より、“始祖ブリミル”が用いたモノに近いのとか、“降臨祭”に飾られる蝋燭を揺らすための風は、どの程度が良いのかなど、“聖杯”を作るための“土”の研究など、大凡生活には役に立たないであろうモノばかりであった。ここでいう“聖杯”とは、“聖杯戦争”の賞品とでもいえる“聖杯”とはまた別のモノであるのだが。

 多くの研究は、神をより理解しその御心を探るための学問……神学の域を出なかった。変わった研究は直ぐに異端のレッテルを張られ、追放されたり研究停止になってしまうのである。

 エレオノールは、この“魔法研究所”の30人からいる主席研究員の1人である。彼女の専攻は“土魔法”……それを使用して、美しい聖像を造るための研究に従事している。

 夕方、“ド・オルニエール”から帰って来たエレオノールは、塔の4階にある自身の研究室に入ると、机に肘を突いて溜息を吐いた。

 末の妹のモノと似た、色気のあまり感じさせない研究一辺倒の部屋である。様々な土や触媒の入った壺が、壁際に並び、棚の間に御先祖の肖像画が飾られている。装飾らしい装飾はそれくらいである。

 扉がノックされ、エレオノールは顔を上げた。

 エレオノールが「どうぞ」と促すと、扉が開いて、黒髪を引っ詰め、眼鏡を掛けた妙齢の女性が姿を見せた。手には羊皮紙の束を持っている。

 エレオノールの同僚であるヴァレリーである。エレオノールと同じ、主席研究員の彼女は当年録って26歳である。彼女は、“水魔法”を用いての、“魔法薬(ポーション)”の研究をしている。

 ヴァレリーは、エレオノールの様子を見て口を開いた。

「あら? とんでもなく御機嫌斜めね。エレオノール」

「妹が……と、貴女に愚痴っても始まらないわね。ヴァレリー」

「貴女の妹さん? 陛下の女官になられて、“ガリア”でも活躍したという話じゃないの。あの……何だっけ? “平民”出の近衛騎士と一緒に」

「そう。次は “その平民出と一緒に暮らす”なんて言ってるから、御説教して来たのよ」

「あら!? 御結婚するの?」

 結婚という単語に、エレオノールはやはり敏感に反応を示した。電光石火の早業ともいえる速度で立ち上がると、ヴァレリーの喉を締め上げたのである。

「私の前で、その縁起でもない単語を軽々しく口に出さないでくださる?」

「ご、ごめん……ごめんなさい……赦して……」

「結婚は人生の墓場、と仰い」

「け、けっこんはじんせいのはかば……」

「良くってよ」

 エレオノールはそこでヴァレリーを離すと、不機嫌な顔のまま、椅子に座る。

 ヴァレリーは、ゼェゼェ、と息を切らした後、気を取り直したように言った。

「ま、まあ……女だてらにこう言った研究生活をしていると、結婚から遠退いてしまうのも致し方ないわね」

「そうよ。決して私に難がある訳ではないの。ところで、何の用かしら?」

 するとヴァレリーは、少しばかり声を潜めて言った。

「実はね、ちょっと相談があるのよ」

「相談?」

「ええ。これ、私が最近評議会から命じられた研究なんだけど……」

 評議会というのは、“魔法研究所”の意思決定機関である。研究員から選抜されたここの評議会員によって、“魔法研究所”は運営されているのである。

 エレオノールは羊皮紙に目を通した。次いで、その眉間に皺が寄る。

「何よこれ?」

「ね? 変でしょう? 体内の水の流れを変えて、“魔力”を増す“ポーション”の調合なんて……」

「これ、異端じゃないの? 大体、神の御業である“魔法”を強めるために、薬を使うだなんて……冒涜と言うモノだわ」

 顰めっ面のままエレオノールがそう言うと、ヴァレリーも首肯いた。

「私もそう想って、評議会に尋ねてみたのよ。でも、“神に近付くためだ”、の一点張りで……」

「で、造ったの?」

 エレオノールはヴァレリーを見詰めた。

 “精神力”及び“魔力”を強める、などという“魔法薬(ポーション)”は想像も着かなかったのだが……“水”の“スクウェア・クラス”であるヴァレリーは、国でも並ぶ者がいないと言われるほどの使い手であるということを、エレオノールは知っている。汎ゆる“秘薬に”精通し、医術の心得もあるヴァレリーであれば、もしかすると可能かもしれない、などと想わせるほどである。

 コクリと、ヴァレリーは首肯いた。

「実は昔……若い時分に造ってみたことがあるの。若気の至りって奴ね」

「まあ!? じゃあこれって……」

「ええ。元々私が造っていたモノよ。でも、その時は、“異端だ”って言われて、直ぐに研究をやめてしまったわ。それにあまり出来の良いモノじゃなかったし」

「どういうこと?」

「確かに“魔力”は高まるのだけど……ほら、“魔力”って感情に左右されるじゃない?」

 エレオノールは首肯いた。

「感情をも強めてしまうのよ。怒り、喜び、悲しみ……普通の“精神力”じゃ耐えられないくらいに、感情を昂ぶらせてしまうの」

 どうやら、かつてのヴァレリーはそれを自分で試したであろうことが、その言葉から推測できる。

 狂ってしまうかと想ったわ、と自嘲気味にヴァレリーは呟いた。

「そんなこんなで御蔵入りになっていた薬何なんだけど、最近になって再び研究と調合を命じられて……一体何があったのかしら?」

 エレオノールも首を傾げた。

「評議会の運営方針が変わったのかしら? それにしては、何も聞いてないし……」

 2人は、評議会のメンバーが変わったという報告も受けてはいない。今まで、異端とされていた研究を、今になって命じる理由が、2人には判らなかった。

「貴女も変に想うでしょう?」

「そうね」

「何か気付いたことがあったら、私に教えて欲しいの」

「理解ったわ。兎に角、注意して頂戴。事が事だけにね……私の方でも、調べてみる。何か判ったら、直ぐに報告するわ」

 有難う、とヴァレリーは多少肩の荷が下りた調子で研究室を出て行った。

 1人残されたエレオノールは、(異端とされていたhずの研究が、何故今になって再開されたのかしら?)と考え込んだ。

 エレオノールは立ち上がると、研究室から窓の外を眺めた。

 郊外の森に囲まれたエレオノールの職場……“魔法研究所”。

 ここから少し離れた所に、“トリスタニア”の市街が広がり……その先に王宮が見える。

 先程の話を聞いたためか、エレオノールには、いつもと変わらない風景であるのにどこか違って見えた。

 “アカデミー”の研究方針は、基本神学に乗っ取ったモノだが……たまに知的好奇心が勝り、暴走することもある。芳しくない結果に終わることの多かった、そういった幾つかの研究を想い出し、(まあ、余り気にする必要はないのかもしれないわね)と考え、(今回もその程度の暴走なら、心配はないのだけれど……)とエレオノールと想った。が、それでも、妙な胸騒ぎが収まることはなかった。

 何か良くないことが、身近な場所で起こっている。

 そんな予感に、エレオノールは身震いした。

 

 

 

 

 

 “タニアリージュ・ロワイヤル座”の2階奥に、“ボワット()”と呼ばれる特別な観賞席がある。横に長く。10席ほどが並んでいる。そこを使用することができるのは、国内でも有数の大“貴族”のみであるといえるだろう。

 開演と同時に、仮面を着けた“貴族”達が、1人、2人とフラリと現れて席に着いて行く。御互いに挨拶すらしない。

 其の内に劇が始まった。演目は、此の前と同じ“アルビオンの剣士”で在る。

 2人の剣士が、次々に“メイジ”を斬り伏せて行く場面を見詰め、右端に座っている“貴族”が、ポツリと感想を漏らした。

「昨今は……歌劇もつまらなくなったモノですな」

 冠った“魔法”の仮面は彼の声を拾い、同じ仮面を着けた“貴族”達に、その声を届ける。

 耳から届く、同志の声に、左端の“貴族”が応える。

「このような下らぬ剣劇が、伝統ある“タニアリージュ”で催されるとは……真、世も末ですな」

 右端の“貴族”が再び口を開く。

「つまらないのは、歌劇だけではありません。昨今の陛下の治世……下賤な成り上がりを近衛に取り立てるばかりのみならず、領地まで下賜になられたとか」

「私は、先々王の頃を想い出しますよ。“貴族”が“貴族”らしかったあの時代……全てのモノが、己の分を弁え、礼儀が重んじられた時代……好い時代でしたな! だが、最近では“平民”共までが調子に乗り始めているというではありませんか」

「真に然様。我等がしっかりせねば、祖国の土台が揺らぐことにもなりかねません」

 10人ほどの身なり卑しからぬ“貴族”達は、一頻り現王政府に文句を吐けた。

「だからこそ、私は皆さんに御集まり頂いたのです」

 “貴族”の背後から、声が響いた。年配の男の声である。

 一斉に“貴族”達は振り返る。

 カーテンの隙間から現れたのは、見事な黒いマントを粋に着熟した長身の“貴族”であった。

 その隣には、美しく着飾った婦人の姿もある。

 2人共、“貴族”達と同じマスクを着用に及んでいる。

 不意に誰かが、その年配の“貴族”の名を呼びそうになった。

 すると年配の“貴族”は、しっ! と声を遮るように唇に指を当てた。

「手紙に書いた通り、ここでは私をその名で呼んではいけません。私が、決して貴方の本名を口にしないように……」

「申し訳ありません。“灰色卿(グリ・シニヨール)”」

 “灰色卿”と呼ばれた“貴族”は、満足げに首を振った。

「さて、こうして集まって頂いたのは他でもありません。それぞれが名のある……あり過ぎると言っても差し支えのない、王国にとって重要な方々です。“ハルケギニア”でも優秀の旧く尊き祖国の、伝統と知性の守護者たる貴方方に、是非とも私の御話を聴いて頂きたく、手紙を認めた次第」

 前書きは良い、と言わんばかりに1人の“貴族”が手を振った。

 しかし、“灰色卿”は言葉を続ける。

「今現在……祖国の状況は目を覆わんばかりです。御若い陛下は、その衝動の赴くままに全てを破壊しようとしている。祖国がこれまで培って来たモノ……伝統、制度、そして名誉……そう言った全てのモノに唾を吐こうとされている」

 一斉に、“貴族”達は首肯いた。

「では、卿は陛下に諫言されると申されるのか?」

 “灰色卿”は首を横に振った。

 一同に、(まさか、自分達に反乱を促しているのだろうか? 先立って、“ガリア”で起こった玉座の交代劇……あれに触発されて、アンリエッタを亡き者にしようとしているのだろうか?)と緊張が奔る。

 1人の“貴族”が、重々しい声で告げた。

「“灰色卿(グリ・シニヨール)”。この名前で呼べと仰るから、そう呼ぶが……何だかこの貴方の呼び名のように、どうにもハッキリしない御話ですな。まさか、我等に反乱を唆けるつもりではありますまいな?」

 再び“灰色卿”は首を横に振った。

「では、貴方方に問いたい。我等“貴族”の名誉を保障するのは何か?」

 何を言うのだ、と言わんばかりに“貴族”達は顔を見合わせた。

 “灰色卿”は答えを待たずに、口を開いた。

「陛下です。この国の王足るあの方が、私達の名誉を保障してくださるのです。陛下あっての我等。そのことには些かの曇りもない」

 安堵したように、一同は肩を落とす。

「ですから、何より大事なのは、陛下の名誉。その名誉が発する光が、我等の頭上をも照らしてくださるのですから……詰まり、陛下の名誉にこそ、些かの汚れも赦されませぬ、それは引いては、我等全体の曇りに繋がるのですからな」

 やっとのことで、集まった“貴族”達は話の趣旨を理解した。

「“灰色卿”。詰まり、貴方は……」

「そうです。陛下の穢れを取り除いて差し上げたい。この国の伝統を守るべき、旧い“貴族”の我々の手でそれを行ってこそ、忠義と申すべきモノではありませんか?」

「その穢れとは?」

「御存知でしょう? あの“平民”の小僧です」

 “灰色卿”は、面前で行われている芝居を見詰めながら言った。

 ここに集っている“貴族”達に、異論があるはずもなかった。

 銃士隊長のアニエスも“平民”の出ではあったが……若い女の割に然程市民達に人気がない。警邏の最中の、全く愛想の感じらることができない厳しい顔付きと、苛烈なその勤めぶりは、“トリスタニア”中に広まっているのである。

 一方、才人の人気は鰻登りである。今やこのように劇まで作られる始末である。“トリステイン”大部分の大“貴族”達にとっては、まさに喉に刺さった魚の小骨のような存在であるといえるだろう。“貴族”達からすると、生死に関わるということはないものの、甚だ鬱陶しいことこの上ないのである。そして、想い出したようにチクリと彼等のプライドを刺して行くのであった。いなくなって貰うことができるのであれば、彼等からしてこれ以上のことはないであろう。

 その場の全員が、そう想っていた。

「成る程……だが、誰があの“ドラゴン”のような男を除くというのです? 2人でとは言え“アルビオン”で110,000を止め、“ガリア”では10人以上も“貴族”を抜いたという話ではありませんか。噂では、ヒトとは想えぬ動き取るとか。生半可な使い手では、返り討ちに遭うでしょう」

「理解っています。従って、一流の掃除人を用意しました」

「掃除人?」

「ええ。こういう仕事に向いた連中です。仕事は一流、依って値も張る。詰まり、皆さんにも出費を願おうと。こういう次第なのです」

「暗殺者を雇おうというのですな。だが、どれほどの使い手なモノか!?」

 そうだそうだ、と“貴族”達は声を上げた。変な傭兵を雇って、失敗でもされてしまえば水の泡であるのだから。場合によっては、自分達に雇われたということをバラす可能性だってある、と考えたのである。そうなってしまえば、ここにいる“貴族”達は皆身の破滅同然であるといえるだろう。

「ならば、その腕前を御覧に入れましょう」

 自信たっぷりに、“灰色卿(グリ・シニヨール)”は言った。

「ここでですか?」

「いえ……場所を変えましょう」

 “貴族”達は立ち上がった。

 背後の扉の向こうに、1階に下りる大きな階段がある。そこには、それぞれ連れて来た控えの騎士達が控えているのである。御忍びといえども、それぞれ名のある大“貴族”なのである。常に身辺の警戒をおこたるということはないのである。30名からの 騎士が、そこにはいる……はずであった。

 扉を開いた大“貴族”達は息を呑んだ。

 自分達の連れて来た騎士が、1人残らず、踊り場に、階段に、豪華な彫刻が施された手摺りに寄り掛かり、斃れているのである。

「これはどうしたことだ!?」

 1人の“貴族”が、場所も弁えずに大声を上げた。

 驚きはもっともであるといえるだろう。どれも名のある使い手であったのだ。御前試合で優秀な成績を残した者さえもいる。いずれも、戦場の埃を被り、数多の決闘を潜り抜けた猛者達ばかりであった。それが、まるで河岸に上げられた魚のように、床に転がっているのだから。

「死んではおりませんよ。ただ、気を失っているだけです」

「貴方の仕業か!?」

 1人の“貴族”が、“灰色卿”に詰め寄った。

「正確に言うならば、私の雇い人ですな」

 貴族達は、(では……30人からの騎士を、これほどの短時間に倒して退けたのは、“灰色卿”の言う掃除人であるのか!)と戦慄した。

 やすやすとという訳かどうかは判り難いが、それでもどういった技を使ったモノか……手練の騎士を30人も倒したのみならず、直ぐ隣の部屋にいた“貴族”達に、その戦いの音さえ届けていないのである。そのことから、相当な腕前であるということが判るだろう。

 しかし、その腕前は、陽の射さないモノであった。

 騎士達が倒れたその光景に、何やら闇の臭いを大“貴族”達は感じ取ったのである。深い闇である。その中を好んで歩く、見たこともない夜行性の生き物の姿を想像して、大“貴族”達は震えた。

「御覧の通り、名誉の欠片もない戦い方を身上とする連中です。“平民”上がりを料理するには、打って付けかと」

「“灰色卿”の仰る通りだ」

 1人の大“貴族”が言った。

 その時……終劇の合図が鳴った。

 1階の演劇席に通じる扉が開き、観客達が雪崩れ込んで来る。

 彼等は、2階に通じる階段などに倒れている騎士達を見て、当然悲鳴を上げる。

 だが、そのような悲鳴に全く動じることもなく、“灰色卿”は言葉を投げ掛けた。

「静まれ。静まれ。私は“アルビオンの剣士”を見て感動したのだよ。ちょっとそのシーンを再現してみたくなってな! このように、伴の騎士に付き合って貰ったのだ」

 観客達の驚きと恐怖の顔が、ホッとしたような笑顔に変わる。次いで、爆笑と拍手の渦が巻いた。

「いやぁ! 旦那様も粋なことをされますなあ!」

「こりゃあ傑作だ!」

 散々“メイジ”をやっつける筋書きを見て興奮した市民達は、スッカリその余興に満足したらしい様子を見せる。口々に階上の“灰色卿”達に向けて賛辞の声を投げ掛けた。

 そんな市民達を見て、大“貴族”の1人が呟く。

「下郎め! 調子に乗りおって!」

「なあに。ここは劇場です。誰もが夢に見る場所ではありませんか。民に暫しの夢を与えるのも、高貴の者の務めと言えましょう。だが、“メイジ(貴族)”が剣士(平民)に斃れされるのは、舞台の上だけで十分。私はそう想うのですよ」

 そう言うと、“灰色卿”は階下の観客達に対して、優雅に一礼した。

 

 

 

 

 

 ルイズの、才人を立派な“貴族”にする、という教育は、熾烈を極めているといえるだろう。

 才人は当初こそ、厳しいマナーでも仕込まれてしまうのかと身震いしたのだが、やはりことはそう単純ではなかった。

 基本、食事の際のマナー1つだけしかなかった。ワインを呑む前に口を拭く、である。その他、銀の食器を使う時に音を出さなければ、ルイズから特に文句を言われることはなかったのである。

 才人にとって何より大変だったことは、社交時のマナーというよりも態度であった。その立ちい振る舞い、ダンスの申し込みの仕方、暇乞いの際の丁重な仕草……其の様な何気ないといえる仕草にこそ、“トリステイン貴族”としての品が生まれるとされている。だが、才人は“地球”の“日本”で生まれ育った。そのため演技の1つも、先ず学芸会くらいでしかしたことがなかったただの人である。基本など備えようがないのである。

 ルイズから、「何でそんな風に足を動かすの?」、だの、「もっとユックリ歩け」だの、「手の挙げ方が下品だ」、などと散々に言われて、才人は参ってしまった。これならば、才人からして、未だ食事の時にフォークの使い方やらやいのやいの言われる方がマシだというモノである。

 ルイズの教育は生活一般……詰まりベッドを出てからまた入るまでの全ての時間に対して行われたのだから……。

 それでも、初めは才人も頑張ったといえるだろう。何とかルイズ……引いてはエレオノールが満足行くような、雅な動きを身に着けようと努力したのだが、物事には不可能に近いモノがある。生まれ付き持っていないモノを、身に着けるのは到底不可能に近いことであるといえるだろう。できることとできないことというモノには、明確に線が引かれているモノであり、才人にはどうにもその線を超えることが難しく、困難を極めているのであった。

「ねえ、何度言ったら理解るの? あんたの動きは、まるで牛が草をのんびり食んでいるようなモノよ。まるで品位ってモノがないわ」

 特訓を始めて5日後……そこまで言われ、才人は憤慨してしまった。

「仕方ないだろ! 御前の言ってるのはな、鶏に飛べって言うようなもんだ! そんななあ、気品たっぷりになんて言われても理解んないし、土台生まれ付き無理なんだよ! それでもやらせようとするなら、もっと理解りやすく言ってくれよ!」

「理解りやすく言ってるじゃない! ほら、こういう感じに、一礼するの」

 ルイズは、才人の前で、手本として優雅に一礼して見せた。まるでダンスでも踊っているかのような、滑らかで、それでいて止まるべきところではピタリと止まる、見事な動きであるといえるだろう。見る者全てを感じ入らせるかのような、“ハルケギニア”の“貴族”の歴史が、そして魂が込もったような一礼であるといえる。

 次に、才人がやってみせる。才人本人は、ルイズの動きをソックリ真似ているつもりであるのだが、いかんせん、先生であるルイズの方からはそうは見えないらしい。

「駄目! 全然駄目! そんなんじゃ、エレオノール姉様を納得させることなんかできないわ!」

「あのなあ……」

 才人は、そこで言い淀むと、この数日というモノわだかまっていた感情をルイズに打つけた。

「俺と一緒に暮らすのは誰なんだ? エレオノール姉様じゃないだろ。御前だ。その御前はどうなんだ? 俺に、そんな動きをさせたいのか? 勿体ぶった仕草で、御機嫌ようマダム、とか、そんな台詞を言わせたいのか?」

「そうじゃない。そうじゃないわ」

「だったら良いじゃねえか。こんなの、何の役に立つって言うんだ? そりゃ、マナーは守るし、礼儀は払う。でも、生まれ持った仕草まで変えろだなんて、そんなの可怪しいよ」

 ルイズは不満げに唇を噛んだ。

 ルイズの方では、自分の恋人が……将来伴侶となるべき男が、家族に馬鹿にされるということが堪らなく嫌なだけであるのだ。勿論、カトレアは、そういったことを気にすることはないだろうが。

 才人の方では、どうにもそれに気付いていないようである。

「私は……あんたが家族に馬鹿にされるのが嫌なだけよ」

 こう言われて、納得するどころか才人は逆にムカッとしてしまった。才人は、元々負けん気の強い方である。(なんで俺が、そこまで合わせんきゃならんのだ?)、と頭に来たのである。

「そんな動き1つで馬鹿にされるんならそれで結構。それが“貴族”だって言うんなら、御前等で勝手にやれば良いよ。でも、それに俺が合わせる必要はないだろ。別に生まれが“貴族”だって訳じゃないんだから」

「理解らず屋ね!」

「どっちが理解らず屋だよ!」

「あんたは私と暮らしたくないの?」

「そんなことは言ってなだろ! ただ、暮らすに当たって、そこまでしなくちゃいけないってのが可怪しいって言ってるんだ!」

「私と暮らすなら、ちゃんと“貴族”らしくして! そんなんじゃ、恥ずかしくって舞踏会のエスコートも任せられないわ!」

 その台詞は、ハンマーで叩かれたかのような衝撃を、才人の心に与えた。

「何だよそれ……御前は、俺の気持ちより、他の連中の目を気にするのか?」

 そんな2人を見て、シエスタはオロオロとするばかりである。

 先程まで給仕をしていたヘレンなどは、とばっちりを恐れて早々に退散してしまっている。

 結局、それ以上ルイズは何も言わず、目に一杯涙を溜めて立ち上がる。それから、走り去ってしまった。

 才人は追い掛けたが、ルイズが向かった先は寝室で、入るなり中から鍵を掛けられてしまった。

 疲れた顔で才人は食堂へと戻って来ると、ドカッと椅子に腰掛けた。

 シエスタが、緊張した顔で突っ立っている。

 気不味い雰囲気が漂う。

「なあシエスタ……今のどう思う?」

「正直申し上げれば、サイトさんの言うことももっともだと想います」

「も?」

「でも、ミス・ヴァリエールの気持ちも理解るんです」

 そう言われても、ルイズの言う「高貴の仕草」などというモノを身に着けるのには、今の才人からするとどうにも無理な相談であった。今のままでは、もしかすると1年間それに集中することでなんとかなるかもしれない、と想わせるほどである。

 だが、御勤めもあるから、掛かりっ切りになる訳にもいかないというのが現状であった。

「私だったら、そんなの全然気にしませんけど……“貴族”の方は色々と大変なんですねえ」

「ホントだよ。全く、こんな面倒なことになるんなら……」

「なるんなら?」

「“貴族”になんかになるんじゃなかった。なまじっか“貴族”になんかなちまったもんだから、あいつだってやいのやいの言うんだろ」

「まあ!?」

 と、シエスタは目を丸くした。

「どうした?」

「そんな滅多なことを、軽々しく口にするもんじゃありませんわ。“平民”から“使い魔”、そして“貴族”……大出世じゃありませんか」

「出世? 俺は別に……皆と仲良くできればそれで良いんだ。何も着飾って舞踏会に出たり、糞長い挨拶や言いたくもない御世辞を並べたりしたい訳じゃないんだから」

 見ると、才人は激しく落ち込んでいるようであった。

 ルイズも半泣きで部屋に引っ込んでしまった。

 そのため、根が陽気なシエスタはどうにもこういう重い空気が我慢できなくなり、台所からワインを1本持って来た。

「まー、兎に角こういう時は呑みましょう。それが1番です」

 シエスタがグラスを握らせ、そこに注ぐと、才人は一気に呑み干した。

「平和になったら平和で、大変なことが沢山あるんだなあ……」

 ボンヤリと才人が呟くと、シエスタも首肯く。

「そりゃそうですよ。戦は大変ですけど、敵がハッキリしていますから、でも、平和な時は厄介です。何が敵で、何が味方なのか、サッパリ判りませんからね」

 才人は、シエスタを感心し切った目で見詰めた。

「何だか大人なことを言うなあ」

「母の受け売りです」

 照れ臭そうに、シエスタは言った。

「それに……こういうのんびりした時には、自然と耳も目も鋭くなるモノですわ。今まで気にも留めなかった些細なこと……例えば、食事の時に立てる音とか、ドアの開け閉めとか……そう言う細かいことに我慢できなくなったりするものです。私、“学院”の使用人寮にいた時がそうでした。入寮した当初には、緊張もあってあんまり気にならないんですけど……慣れて来ると、同室の娘の歯磨きの音とか、洗濯物の扱いとか、そういうのが無性に気に障ったりしたものです」

「成る程なあ」

「でも、サイトさんのためなら私は平気ですけど」

 シエスタはニコッと笑うと、才人へと凭れ掛かった。

 才人がどぎまぎとしていると、シエスタは次なる攻撃を繰り出して来た。

「わぁ」

「な、何だ!? どうした!?」

 慌てた顔で、シエスタは胸を押さえた。

「む、虫が……」

「虫?」

「はい……シャツの中に入っちゃいました。取ってください」

「な、何で俺が!?」

「だって……私虫苦手で……」

 モジモジとシエスタは、シャツの第一ボタンを外した。

 それでも才人は動かない、

 シエスタは、次に、2つ目のボタンを外した。

「…………」

「どぅ!」

 そんな掛け声と共にシエスタが目を吊り上げて3つ目のボタンも外したために、才人は流石に止めた。

「無理あるから」

 はぁ~~~っとシエスタは溜息を吐いた。

「私、そんなに魅了ないですかね……? 普通ここまでしたら、虫居ないの承知で手を入れないですか?」

「違う。そうじゃないけど……」

 言い難そうに才人が呟く。

「理解ってます。ミス・ヴァリエールがいますもんね。まあ、そんなサイトさんだから好いんですけどね。でも、私に感謝してください。今の作戦は、本気じゃないですから」

「……作戦? 本気?」

 ジトッと、とシエスタは冷たい目で才人を睨んだ。それから、ゴニョゴニョとシエスタは才人の耳元で囁く。

それは、才人の妄想ほどではなかったが、一見清楚なシエスタの口から飛び出ると、無双の威力を誇るモノであった。

 才人は思わず鼻を押さえたが、つぅぅと奥から何かが垂れる。

「何考えてんのさ……?」

「“学院”での寮の、ど、同室の娘に教わったんです! 流石に私もこりゃないわって想いましたけど! はい!」

 シエスタも顔を真っ赤にして、立ち上がる。

 沈黙が2人の間に漂う。

 それから、シエスタは意を決したように息を吸うと、スカートの裾を持ち上げ、それで口元を隠しながら囁いた。

「でも、ちょっと試してみます?」

 才人は、(見てえ)という欲求を覚えた。だが、何とか才人は心の中のそんな欲求に打ち勝った。自分の太腿を抓り上げ、怒ったルイズを想像したのである。

 シエスタは愛らめると、自分のコップにドボドボとワインを注いだ。

 しばらく2人は大人しくワインを呑んでいた。

 そのうちにシエスタはテーブルに突っ伏して寝息を立て始める。

 才人は部屋から毛布を持って来て、シエスタの上に掛けてやった。それから、(さて、そろそろルイズの機嫌も直った頃かな)と想って部屋に向かったのだが、相変わらず鍵は閉じられたままである。

 段々と頭が冷えて来ると、(ちょっと短気だったかな? 間が悪かったのかな……?)と才人は思い始めた。だが、(俺と暮らすと決めたなら、家族の気持ちより俺の気持ちを優先して欲しい)とも想うのであった。

 才人としては、あそこでルイズに、エレオノールに対して「成り上がりでも、サイトはサイトです! 私が一緒に暮らすと決めた男です! “貴族”っぽくなかろうが、そんなのはどうだって良いじゃありませんか!」とこう言って欲しかったのであった。

 だが、ルイズの台詞は違った。「立派な“貴族”にしてみせます!」であったのだ。しかも、才人の立ちい振る舞いに、エレオノールが納得しなければ、ルイズは「実家に帰る」とまで言い切っているのである。

 それは詰まり……と才人は落ち込んだ。

 才人は、(俺の総てを受け入れることはできないって意味だよな……)とそんな風に落ち込み始めると、何だか底なしで、どんどんと自分の中から自信が逃げて行くように感じられた。

 最近は変わって来たとはいえ、ルイズは所詮“ハルケギニア(こちらの世界)”の人間である。“貴族”としての生き様は、骨の髄まで染み込んでいるのであろう。

 ワインを注ごうとして、瓶が空っぽになっていることに、才人は気付いた。

「もうちょっと呑みたいな……」

 才人は燭台を持って立ち上がると、キッチンに向かった。辺りの戸棚なんかを漁ってみはしたが、ワインは見付からない。

 キッチンは、ヘレンとシエスタに任せっ切りであるために、どこに何が在るのか才人には判らないのである。そうなると、余計に呑みたくなる才人であった。

 ゴソゴソとキッチンを探していると、才人は思いもよらぬモノを見付けた。

「何じゃこりゃ?」

 戸棚の奥から出て来たのは、古木瓜た鍵であった。

「鍵? どこの鍵だ?」

 その時、才人の頭に閃くモノがあった。

 階段の真下の、地下への入り口……。

 才人は、(あそこ、確か、鍵が掛かってて入れなかったんじゃなかったけ?)と想ったのである。

 取り敢えず地下はしばらく使う予定がなかったために、修繕の際にも「そこは無視してくれ」と言ってあったのである。費用を安く上げたかったという理由もあるのだが。

 真鍮のその鍵は、かなりの年代物であることが判り、随分と色褪せている。

 才人は、階段の下の扉へと向かった。それから、恐る恐る鍵を、鍵穴へと差し込み、捻る。

 すると、ガチャリ、と音が響いた。

「開いた……」

 扉を引くと、階下へ通じる階段があった。

 才人は、(一体、地下室には何があるんだろう?)と目を凝らして見る。

 階段の下は、深い闇に包まれている。

 護身用に持ち歩くようになった、“アクイレイア”の“カタコンベ”から持って来た“日本刀”の柄を、才人は思わず掴む。危険に備えるといった意味で、デルフリンガーを持ち歩かない時は、この“日本刀”と“自動拳銃”を常に携帯しているのである。当然、デルフリンガーは散々文句を言ったが、屋内で大剣を振り回すことはできないため、仕方ないとえいるだろう。

 左手甲の“ルーン”が光り、才人は少し安心した。直ぐに手を離す。“シールダー”としてであれば兎も角、“ガンダールヴ”としての力を使用できる時間には限りがあるためである。同時に、そんな風に怯えた自分を、才人は恥じた。

 理屈では、ただの地下室じゃねえか、と想う才人であるのだが、やはり何だか怖くて堪らないといった様子である。そんな恐怖が赦せず、酔った勢いも手伝ったのだろう、(幽霊だろうが“吸血鬼”だろうが、何でも出て来い。やっつけてやる。まあ、セイヴァーやイーヴァルディも幽霊みたいなもんだけど……)、と才人は階下へと1歩踏み出した。

 階段は然程長くはなかった。あっと言う間に、地下室へと着いた。蝋燭の灯りに照らされる範囲で見る限り、何てことのないただの開けた場所であることが判る。物置として使われていたのであろう。壊れた樽やら、板やら、庭の手入れ用の道具などが埃に塗れて転がっているのである。

 才人は、(もしかしたら旧いワインでもないか)と考え、ガサゴソと辺りを探ってみた。

 だが、出て来るのは埃やガラクタばかりであり、目星いものは何もない。

 どれもここを掃除しなくちゃいけないな、と考えていると……才人は、壁の隙間に、妙な突起があることに気付いた。

「何じゃこりゃ?」

 どうやら、その突起は中に沈み込むようにして動くようである。

 才人が思わず押し込むと……ズズズズ……と低い唸りを上げて目の前の壁がズレて行く。

 どうやら“魔法”を使った仕掛けであるらしいことが判る。

 才人はそこを見て、重々しく首肯いた。

「こりゃあ……あれだな。秘密の財宝の隠し場所って奴だ」

 流石は“屋敷”だと、才人は感心した。溜め込んだ財宝を隠すために、こういった仕掛けを造ったに違いない、と才人は考えた。

 才人は、(成る程。やっぱり神様は凄い。領地がしょぼかったから、こうやってその埋め合わせを用意してくれている。一体どんな財宝が……)とワクワクしながら、その中を蝋燭で照らして見た。

 そこは、石で補強された、人1人が少しばかりしゃがむことでようやく潜ることができるほどの大きさと広さの通路であった。

「この先に、隠し部屋があるってことだな」

 不気味なほどに、真っ暗であるのだが……好奇心と欲が勝り、才人は背を屈めて歩き出した。

 10“メイル”、20“メイル”……と進むと、突き当りに扉が在った。

 才人はゴクリと息を呑み……其処の扉を押した。

「……何だこりゃ?」

 其処は……才人の、“日本”人の感覚からして、10畳ほどの部屋であった。

「寝室?」

 地下に現れたにしては、可怪しな造りをしているといえるだろう。部屋の真ん中には天蓋付きのベッドが置かれ、その隣には箪笥などの幾つかの調度品が在る。

 その造りが矢やたらと豪華であることに、才人は気付いた。

 ベッドのカバーにはレースが飾られ、小物には宝石が鏤められているのである。

「確かに財宝には違い無いけど、何か変だな」

 才人は、(こんな地下で、誰が生活を送っていたんだ?)と考えた。

 最近まで使われていたのだろうか、部屋には荒れた様は見受けられない。屋敷の地下室は荒れていたのに対し、偉い違いであるといえるだろう。

「それとも、“魔法”かな……?」

 才人は、(“固定化”の“呪文”を使って、部屋を保全していたのか?)と推測した。

 どう遣ら、そちらの方が正解のようであり、部屋は荒れてこそないが人の生活の空気……そういったモノが一切感じられないのである。

 部屋の壁に、大きな姿見が設けられていることに、才人は気付いた。才人の身長ほどもあろうかという、大きな姿見である。

 才人は鏡に蝋燭を近付けた。

 すると……どうしたことか、鏡がキラキラと輝き始めた。いつぞやの“ゲート”の様に、鏡全体が光り出したのである。

「…………」

 どうやら、この鏡は“魔法”の“ゲート”であるということに、才人は気付いた。

 才人は、(どうしよう? 潜ってみるか? いや……)と首を横に振る。以前、才人はそれで“この世界”にやって来たのである。また、ルイズと“使い魔”としての再“契約”を行う際にも潜ったのだが……。

「ということは、その逆も……」

 才人は、(もしかしたら、自由に行き来ができる“ゲート”かもしれない)と少しばかりの期待を抱き、その鏡を見詰め続けた。

 

 

 

 

 

 

 寝室で、アンリエッタは物思いに沈んでいた。

 先程、マザリーニとマリアンヌがやって来て、先日の結婚に対しての返事を訊きに来たのであった。

 祖国の未来は考えることができても、自分の将来のことなど、アンリエッタは考えたことはなかった。だが、その2つは今や結び付き、抗い難い鎖となってアンリエッタの身体と心を縛っているといえるだろう。

 確かに国の未来を考えれば、マリアンヌやマザリーニの言う通りにすべきであろうろう。そのことを、アンリエッタは理解していた。事実、1年ほど前、アンリエッタは言われるがままに“ゲルマニア”へと嫁ごうとしていたのだから。

 だが、今のアンリエッタは1年前とは違う。自分で決めて、その決定に従うことを覚えてしまった――成長したのである。例え、それが、他者から見て間違いだったとしても……。

 アンリエッタは、(では、自分が結婚したくない理由は何かしら? 特に恋人がいる訳でもないわ。ならば問題はないじゃないの。“愛”している男がいるから?)と考える。

 そこまで考えて、アンリエッタは思考を止めた。それから、(あれは、愛ではない)とそう言い聞かせる。

だが。

 アンリエッタは、(たった1つだけ、この自分の進退に対し我儘が許されるならば……彼等に決めて欲しい。自分自身で決めることを教えてくれた、あの少年達に決めて欲しい)とも想っていた。

「……何て我儘な女かしら」

 唇を噛み締めて、アンリエッタは立ち上がった。そのような想像が、恥ずかしくなったのである。

 アンリエッタは、女官を呼ぼうとしたが、考え直す。なんとなく1人のままでいたくて、部屋着を脱ぎ捨てて、クローゼットへと近寄った。それから、引き出しを開けて、中から寝間着を取り出そうとした時……。

 ギギギギギ……と何やら重たいモノが動く音がしたことに、アンリエッタは気付いた。

 アンリエッタが思わず振り返ると、驚くことに壁の一部が動いていた。

「え?」

 アンリエッタが呆気に取られて見詰めていると、壁の一部はまるで回転ドアの様にグルリと反転した。

 その奥から誰かが姿を見せた。

 アンリエッタは、悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 光る“ゲート”を潜った才人が目にしたのは……石壁であった。背後にある、入って来た“ゲート”のボンヤリとした明かりで、どうやら1“メイル”四方ほどの石壁に囲まれた場所に出たということが判ったのである。

「どこだここは?」

 才人が思わず手を伸ばすと、眼の前の壁が動いた。力を入れて押し込むと、壁はグルリと回転した。

 直後、才人の目に飛び込んで来たのは……蝋燭の灯りに照らされた、女性の姿であった。

「え?」

 その瞬間、女性が悲鳴を上げる。

「きぃやああああああ!?」

 その声と、薄っすらと見える顔に、才人は見覚えがあった。

「ひ……姫様?」

 アンリエッタの方でも、その声で才人に気付いたらしい。

「サ……サイト殿?」

 才人は、混乱した。“ド・オルニエール”の自身に下賜された屋敷で、地下室を見付け、そこでまたまた妙な地下通路を見付けたのである。更に、その先で今度は変な寝室を発見して、そこにあった姿見が光ったために好奇心に負けてしまって潜ってみたら……。

「何で姫様が……?」

 才人は、ボンヤリ、と呟く。

 アンリエッタはアンリエッタで、訳も判らずにポカンと口を開けるのみで在る。

 混乱する2人の耳に、アニエスの怒号が響いた。

「陛下! どうされました!?」

 ガチャガチャと、アニエスが扉を開けようとする音でアンリエッタは我に返り、才人の手を取り、ベッドへと押し込んだ。兎に角、夜更けに才人が此処に居る事を見られてしまうと、不味いことになるためである。例え、相手がアニエスであっても、だ。

 才人に布団を冠せるのと同時に、扉が開いて剣を抜いたアニエスが飛び込んで来る。

「陛下!」

 アンリエッタは才人を押し込んだベッドに腰掛け、何喰わぬ風を装った。

「陛下の悲鳴が聞こ得ましたので……駆け付けましたが……」

 アンリエッタの何でもないといった様子に当惑した顔で、アニエスが尋ねる。

「驚かせて申し訳ありませぬ……鼠がいたもので、つい大声を上げてしまいました」

 アンリエッタは、そのような言い訳を述べた。

「然様ですか……」

 アニエスは多少呆れた様子で去って行く。だが、退出する際、アニエスは何かを察した様子を見せた。

 アンリエッタは、そんなアニエスの様子に気付くことなく、ホッと安堵の溜息を漏らし、ベッドの中から才人を引き出した。

「一体どうしたのです? こんな夜中に……」

 才人ももう、何が何やら訳が判らず、目を白黒とさせるのみで在った。が……薄明かりの中、アンリエッタが肌着1枚切りであることに気付き、思わず横を向いた。

 薄いレースの下着が、アンリエッタの凸凹と女性らしいラインをした身体をクッキリと象っている。

「あ……」

 アンリエッタは頬を染めると、先程脱ぎ捨てたガウンの様な部屋着を纏った。

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