ルイズの部屋へと訪れたアンリエッタ王女(以降アンリエッタと呼称)は、感極まった表情を浮かべて、膝を突いたシオンとルイズを抱き締める。
「ああ、ルイズ、シオン、懐かしいわ!」
「姫殿下。いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて……」
ルイズが畏まった声で言う。が、彼女の表情には喜びなどが混じっているのがわかる。
「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! シオン・エルディ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! 貴女たちと私はお友達! お友達じゃないの!」
「もったいないお言葉でございます! 姫殿下」
ルイズは硬い緊張した声で言う。
シオンは言葉こそ出してはいないが、膝を突き、下を向いたままの状態だ。
対する才人はボケッと、3人の美少女が抱き合っている様を見つめている。
「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をして寄って来る欲の皮の突っ張った宮廷“貴族”たちもいないのですよ! ああ、もう、私には心を許せるお友達はいないのかしら。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、 シオン・エルディ、貴女たちにまで、そんな余所余所しい態度を取られたら、私死んでしまうわ!」
「姫殿下……」
ルイズは顔を持ち上げた。
「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」
はにかんだ顔で、ルイズが応えた。
「……ええ、お召物を汚してしまって、侍従のラ・ボルト様に叱られました」
「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、掴み合いになったこともあるわ! そのたびにシオンは止めに入ってくれるけど、とめることができなくて。喧嘩になると、いつも私が負かされたわね。貴女に髪の毛を掴まれて、よく泣いたモノよ」
「いえ、姫さまが勝利をお収めになったことも、1度ならずございました」
「思い出したわ! 私たちがほら、“アミアンの包囲戦”と呼んでいるあの一戦よ!」
「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合った時ですね」
「そうよ、宮廷ごっこの最中、どっちがお姫さま役をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! シオンがオロオロしている中、私の1発が上手い具合にルイズ・フランソワーズ、貴女のお腹に決まって」
「姫さまの御前でわたし、気絶いたしました」
「そう言えば、シオン。どうしてお話してくれないのかしら? 貴女はいつもそう、自分の意見と言うモノをハッキリと口にしないわ」
「えっと、こう見えてしっかりと意見を出す時は出していますよ」
そこでようやく、アンリエッタからシオンへと話が振られ、シオンもまた笑顔で返す。
それから3人はあはは、と顔を見合わせて笑う。
先ほどから聞いていると、彼女たち3人ともかなりのお転婆娘であると言えるだろう。
そういったこともあってか、そんな3人を前に才人は呆れた様子で見つめている。
「その調子よ。ルイズ、シオン。ああ嫌だ。懐かしくて、私、涙が出てしまうわ」
「どんな知り合いなの?」
才人が尋ねると、ルイズは懐かしむように目を瞑って答えた。
「姫さまがご幼少の砌、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ」
それからルイズはアンリエッタへと向き直る。
「でも、感激です。姫さまが、そんな昔のことを覚えてくださってるなんて……わたしのことなど、とっくにお忘れになったかと思いました」
「私もそう思ってたよ」
アンリエッタは深い溜め息を吐き、ベッドへと腰かける。
「忘れる訳ないじゃない。あの頃は、毎日が楽しかったわ。なんにも悩みなんかなくなって」
アンリエッタは、深い、憂いを含んだ声を出す。
「姫さま?」
ルイズは心配になったのだろう、アンリエッタの顔を覗き込んだ。
「貴女たちが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ、シオン・エルディ」
「なにをおっしゃいます。貴女はお姫さまじゃない」
「王国に生まれた姫なんて、籠に買われた鳥も同然。飼い主の機嫌1つで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……」
ルイズの言葉に対し、アンリエッタは窓の外の月を眺め、寂しそうに返す。
シオンもまた思うところがあるのだろう、目を瞑り物悲しそうな表情と雰囲気を醸し出す。
それからアンリエッタは、ルイズの手を取って、ニッコリと笑みを浮かべて言った。
「結婚するのよ。私」
「……おめでとうございます」
「…………」
アンリエッタのその声の調子に、なんだか悲しいモノを感じただろう、ルイズは沈んだ声で返し、シオンは目を伏せた。
そこでアンリエッタは、藁束の上に座った才人、そして端の方で立っている俺に気付いたのか声をかけて来る。
「あら、ごめんなさい、もしかして、お邪魔だったかしら?」
「お邪魔? どうして?」
「だって、そこの彼ら2人、どちらがどっちのかまではわからないけど恋人なのでしょう? 嫌だわ。私ったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をいたしてしまったみたいね」
「はい? 恋人? あの生き物が?」
「生き物って言うな」
才人は憮然とした声で言った。
「姫さま! あれはただの“使い魔”です! 恋人だなんて冗談じゃないわ!」
ルイズは思い切り首をブンブンと横に振って、アンリエッタの言葉を否定する。
「えっと、私たちの方も主人と“使い魔”の関係です」
シオンは、ルイズと才人の普段と変わらない様子を前に微笑みを浮かべながら、アンリエッタの言葉をやんわりと否定した。
そんなルイズとシオンの言葉に、アンリエッタはキョトンとした面持ちで、才人と俺とを見つめる。
「ヒトにしか見えませんが……」
「ヒトです。姫さま」
才人はわざとらしく、そして俺は恭しく礼をする。
「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、シオン・エルディ。貴女たちって方向性などは違っていながらも昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」
「好きでアレを“使い魔”にした訳じゃありません」
ルイズは憮然とし、対してシオンは笑顔を浮かべる。
そして、アンリエッタは再び溜息を吐いた。
「姫さま、どうなさったんですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……嫌だわ、自分が恥ずかしいわ。貴女たちに話せるようなことじゃないのに……私ってば……」
「仰って下さい。あんなに明るかった姫さまが、そんなふうに溜息を吐くってことは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」
「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。ルイズ、シオン」
「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! わたし達をお友達と呼んでくださったのは姫さまです。そのお友達に、悩みを話せないのですか?」
「私たちで良ければ力になるよ。それに、話をするだけでも大分と違うモノだよ」
ルイズが、そしてシオンがそう言うと、アンリエッタは少しして嬉しそうに微笑んだ。
「私をお友達と呼んでくれるのね。ルイズ・フランソワーズ、シオン・エルディ。とても嬉しいわ」
アンリエッタは決心したように頷くと、語り始めた。
「今から話す事は、誰にも話してはいけません」
それから才人と俺の方をチラッと見た。
「席、外そうか?」
才人の言葉に、アンリエッタは首を横に振る。
「いえ、“メイジ”にって“使い魔”は一心同体。席を外す理由がありません」
そして、物悲しい調子で、アンリエッタは語り出した。
「私は、“ゲルマニア”の皇帝に嫁ぐことになったのですが……」
「“ゲルマニア”ですって!?」
“ゲルマニア”が嫌いなルイズは、驚いた声を上げた。
「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
「そうよ。でも、仕方がないの。同盟を結ぶためなのですから」
アンリエッタは、“ハルケギニア”の政治情勢を簡単にだが説明してくれる。
“アルビオン”の“貴族”たちが反乱を起こし、今にも“王室”が斃れそうなこと。反乱軍が勝利を収めたら、次に“トリステイン”に侵攻して来るだろうこと、を。
それに対抗する為に、“トリステイン”は“ゲルマニア”と同盟を結ぶことになったということ。
同盟の為に、アンリエッタが“ゲルマニア”皇帝に嫁ぐ事になったということ……。
「そうだったんですか……」
ルイズは沈んだ声で言った。
アンリエッタが、その結婚を望んでいないことは、口調からだけでも明白なことだった。
そして、それらを聞いていたシオンの様子もまた、普段とは違う……我が事であるかのように、それらに落ち込み、怯え、心配をしている様子を見せる。
「良いのよ。ルイズ、シオン。好きな相手と結婚するなんて、物心付いた時から諦めていますわ」
シオンへ、そしてルイズと視線を送りながら、アンリエッタはそう言った。
「礼儀知らずの“アルビオン”の“貴族”たちは、“トリステイン”と“ゲルマニア”の同盟を望んでいません。2本の矢も、束ねずに1本ずつなら楽に折れますからね」
アンリエッタは、呟いた。
「……従って、私の婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」
「もし、そのようなモノが見付かったら……で、もしかして、姫さまの婚姻を妨げるような材料が?」
ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに呟いた。
「おお、“始祖ブリミル”よ……この不幸な姫をお救いください……」
アンリエッタは顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。
「言って! 姫さま! いったい、姫さまのご婚姻を妨げる材料ってなんなのですか?」
ルイズも連られたのか、興奮した様子で捲し立てる。
両手で顔を覆ったまま、アンリエッタは苦しそうに呟いた。
「……私が以前にしたためた1通の手紙なのです」
「手紙?」
「そうです。それが“アルビオン”の“貴族”たちの手に渡ったら……彼らは直ぐに“ゲルマニア”の皇帝にそれを届けるでしょう」
「どんな内容の手紙なんですか?」
「……それは言えません。でも、それを読んだら、“ゲルマニア”の皇帝は……この私を赦さないでしょう。ああ、婚姻は潰れ、“トリステイン”との同盟は反故。となると、“トリステイン”は1国にてあの強力な“アルビオン”に立ち向かわねばならないでしょうね」
ルイズの確認と質問に、アンリエッタは首を横に振りながら拒否をする。
そんなアンリエッタに対し、ルイズは息急って、アンリエッタの手を握った。
「いったい、その手紙はどこにあるのですか? “トリステイン”に危険をもたらす、その手紙とやらは!?」
アンリエッタは、首を横に振った。
「それが、手元にはないのです。実は、“アルビオン”にあるのです」
「“アルビオン”ですって!? では! 既に敵の手中に?」
「いえ……その手紙を持っているのは、“アルビオン”の反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、“王家”のウェールズ皇太子が……」
「プリンス・オブ・ウェールズ? あの、凛々しき王子さまが?」
ルイズが疑問の言葉を口にする。
そして、シオンの様子は先のそれよりわかりやすいモノになる。眼の前の友人と、その彼を心配する気持ち、不安など。そして、同時に鬼気迫るモノもまた。
アンリエッタは仰け反ると、ベッドに身体を横たえた。
「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、“トリステイン”は1国で“アルビオン”と対峙せねばならなくなります!」
ルイズとシオンは息を呑む。
「では、姫さま! わたし達に頼みたいことと言のは……」
「無理よ! 無理よルイズ、シオン! 私ったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! “貴族”と“王党派”が争いを繰り広げている“アルビオン”に赴くなんて危険なこと、頼める訳がありませんわ!」
「なにをおっしゃいます! 例え地獄の窯の中だろうが、“竜”の
ルイズはそう口にした後、膝を着いて、恭しく頭を下げる。
そして、シオンもまた言葉には出さないが、ルイズ同様に膝を突き、頭を下げた。
「“土くれのフーケ”を捕まえた、このわたし達に、その一件、是非ともお任せくださいますよう」
「この私の力になってくれると言うの? ルイズ・フランソワーズ! シオン・エルディ! 懐かしいお友達!」
「もちろんですわ! 姫さま!」
ルイズがアンリエッタの手を握る。そして、ルイズが熱した口調でそう言うと、アンリエッタはボロボロと泣き始めた。
「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのお友達であり、良き理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です! 感激しました。私、貴女たちの友情、貴女の忠誠と友情を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ! シオン・エルディ!」
自分の言葉に酔っているかのような、そんなルイズとアンリエッタ2人のやりとりが眼の前でおこなわれている。
それを前にして、才人はポカンと口を開けて、半分ほど呆れた気持ちを抱いた様子で見つめていた。
「ルイズ。友情を確認し合ってるところ、誠に恐縮なんだが」
「あによ?」
そんな抱き合い、演技がかったやりとりをしている2人へと、俺と才人は口を挟む。
すると、ルイズは不機嫌そうに応えた。
「戦争やってる“アルビオン”とやらに行くのは良いけど、どうせ色々やるのは俺たちなんだろ?」
「あんたに剣買って上げたでしょ。そんくらいしなさいよね」
「はい、頑張ります……」
ルイズの返答に、才人は切なそうな様子で頭を下げた。
「“アルビオン”に赴きウェールズ皇太子を捜して、手紙を取り戻してくれば良いのですね、姫さま?」
「ええ。その通りです。“土くれのフーケ”を捕まえた貴女たちなら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれると思います」
「一命に賭けても。急ぎの任務なのですか?」
「“アルビオン”の“貴族”たちは、“王党派”を国の隅っこまで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう」
ルイズとシオンは真顔になると、アンリエッタに首肯いた。
それから、シオンに、ますます焦りの様子を見え隠れさせるのである。
「早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」
アンリエッタはそれから、才人と俺の方を見つめた。
アンリエッタの、肩の上で切り揃えられた栗色の髪が、優しく泳いでいる。ブルーの瞳は、まるで南の海のように鮮やかに光っている。白く、透明感漂う肌、高く形の良い彫刻のような鼻……。
チラリと目を向けると、才人はうっとりとしてアンリエッタを見つめているのがわかる。そして、ルイズが彼へと冷たい視線を送り、見詰めている。
ルイズはフンッと才人から目を逸らし、彼もまた逸した。
そんな2人のやりとりに気付かず、アンリエッタは明るい声で言った。
「頼もしい“使い魔”さん」
「はい? 俺?」
まずは、才人だ。
「いやぁ、それほどでも。犬扱いだし」
「私の大事なお友達を、これからもよろしくお願いしますね」
そして、アンリエッタはすっと左手を、手の甲を上に向けて差し出した。
それに対し、ルイズが驚きの声を上げる。
「いけません! 姫さま! そんな、“使い魔”に御手を許すなんて!」
「良いのですよ。この方たちは私のために働いてくださるのです。忠誠には、報いるところがなければなりません」
「はぁ……」
「御手を許すって、御手? 犬がする奴? そこまで犬扱い?」
才人は項垂れる。
「違うわよ。もう、これだから犬は……犬平民はなにも知らないんだから。御手を許すってことは、キスして良いってことよ。砕けた言い方するならね」
「そんな、豪気な……」
才人はあんぐりと口を開ける。
アンリエッタはニッコリと才人に笑って見せた。民衆に見せる営業スマイルだろう。
そして、才人はアンリエッタの手を取ると、そのままグッと自分の元へと引き寄せ――。
「――え?」
アンリエッタ女の口が、驚きでポカンと開く。
才人は間髪入れずに、アンリエッタの唇に自分のそれを押し付けた。
「むぐ……」
アンリエッタは、目をまん丸に見開く。その目が白目に変わる。彼女の身体から力が抜け、才人の手を摺り抜け、そのままベッドに崩れ落ちた。
「気絶? ど、どうして?」
「姫殿下になにしてんのよッ! いいいいい、犬ーーーーーーーーーーーーッ!」
「わん?」
才人が振り向くと、ルイズの靴の裏が彼へと向けて飛んだ。
顔面にルイズの跳び蹴りを喰らい、才人は床に転がる。
「なにすんだよッ!?」
そう言った才人の顔を、ルイズは怒りに任せて踏み付けた。
「御手を許すってのは、手の甲にすんのよッ! 手の甲にキスすんのッ! 思いっ切り唇にキスしてどーすんのょッ!」
ルイズは火が点いたように怒り狂った。
「そんなこと言われてもね。お前らのルールなんか知らないもん」
顔を踏まれたまま、才人は手を広げて淡々と言った。
「こここ、この、この犬ってば……」
それからルイズの声が、激しく震え出す。
そんな一連の出来事を前に、シオンは目を丸くしていた。
そして、俺は、アンリエッタには悪いが、大声で笑うのを必死で抑えるのに必死だった。
「まったくお前は……時代劇や、中世を舞台にしたアニメとかで見たことはないのか?」
俺は小さく笑いながら、才人へと言う。
そうしているとアンリエッタが、頭を振りながら、ベッドから起き上がった。
ルイズが慌てて膝を突き、才人の顔を掴んで床に押し付けた。
「も、申し訳ありません。“使い魔”の不始末は、わたしの不始末です! って言うかあんたもほら! 謝りなさいよ!」
「すいません。でも、キスして良いって言うから」
「唇にする奴がどこにいんのよッ!?」
「ここ」
ルイズは才人をグーで殴った。
「忘れてた。誰があんたに人間の言葉を許可したの? わんだろコラ。犬。ねえ、わんって言え。ほら、犬この。バカ犬」
そして、才人の頭を踏ん付け、グリグリと床に押し付ける。
「い、良いのです。忠誠には報いるところがなければなりませんから」
努めて平静を装いながら、アンリエッタが首肯いた。
その時、ドアがバターンと開いて、誰かがと飛び込んで来た。
「貴様ーッ! 姫殿下にーッ! なにをしてるかーッ!」
飛び込んで来たのは、ギーシュである。相変わらず、薔薇の造花を手に持っている。
『気付いてた?』
『ああ、もちろん。実害はないから放っておいたが……』
「なんだお前」
才人は床に転がって、ルイズに顔を踏まれたまま言った。
「ギーシュ! あんた! 立ち聞きしてたの? 今の話を!」
しかし、ギーシュは2人の問いには答えず、夢中になって捲し立てる。
「薔薇のように見目麗しい姫さまの跡を着けるけて見ればこんな所へ……それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子を伺えば……“平民”の馬鹿がキス……」
ギーシュは薔薇の造花を振り回して叫んだ。
「決闘だ! 馬鹿珍がぁあああああ!」
才人は跳ね起きると、ギーシュの顔に拳を叩き込んだ。
「あがッ!」
「決闘だぁ? 呆けが! てめえが俺の腕折ったの忘れてねえぞ! こちとらぁ!」
才人は倒れたギーシュを散々に蹴り回し、馬乗りになって首を締め上げた。
「ひ、卑怯だぞ! こら! 痛だだ!」
「で、どうします? こいつ、お姫さまの話を立ち聞きしやがりましたけど、取り敢えず縛り首にしますか?」
「その変にでもしておけ、才人」
俺の制止の言葉に渋々といった様子でギーシュから離れる才人。
「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」
「え? 貴男が?」
「お前は寝てろ」
そんなギーシュに対し、才人はまたしても彼へとちょっかいを出し、彼の足を引っかける。
そうしてギーシュは派手に転ぶ。
「僕も仲間に入れてくれ!」
倒れたまま、ギーシュは喚く。
「どうしてだよ?」
才人からの質問に、ギーシュはポッと顔を赤らめて答える。
「姫殿下のお役に立ちたいのです……」
才人はそんなギーシュの様子で、勘付いたのだろう、ニヤニヤとした表情を浮かべて口を開く。
「お前、もしかして惚れやがったな? お姫さまに!」
「失礼なことを言うんじゃない。僕は、ただただ、姫殿下のお役に立ちたいだけだ」
だが、そう言いながらもギーシュは激しく顔を赤らめており、アンリエッタを見つめる表情もまた熱っぽい。
「お前、彼女がいただろうが。なんだっけ? あの、モンモンだか……」
「モンモランシーだ」
「どうしたんだよ?」
しかし、ギーシュは無言である。
「お前、ふられたな? さては、完璧にふられやがったな?」
「う、うるさい! 君の所為だぞ!」
食堂での香水の一件が原因だろうか。アレで二股がバレてしまい、彼はモンモランシーにワインを頭からかけられてしまったのだ。
「グラモン? あの、グラモン元帥の?」
アンリエッタが、キョトンとした顔でギーシュを見つめ問いかける。
「息子でございます。姫殿下」
ギーシュは立ち上がると恭しく一礼した。
「貴男も、私の力になってくれると言うの?」
「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」
熱っぽいギーシュの口調に、アンリエッタは微笑んだ。
「ありがとう。お父さまも立派で勇敢な“貴族”ですが、貴男もその血を受け継いているようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」
「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった! 姫殿下が! “トリステイン”の可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んでくださった」
ギーシュは感動のあまり、後ろに仰け反って失神してしまった。
「大丈夫か、こいつ?」
才人はギーシュを突く。
ルイズはそんな騒ぎに目もくれず、真剣な声で言った。
「では、明日の朝、“アルビオン”に向かって出発するといたします」
「ウェールズ皇太子は、“アルビオン”の”ニューカッスル”付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました。以前、姉たちと“アルビオン”を旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」
「大丈夫ですよ、ルイズ。地理に関しては彼女の方が」
そう言いながら、アンリエッタはシオンの方へと一瞥をする。そうして、彼女は言葉を続けた。
「旅は危険に満ちています。“アルビオン”の“貴族”たちは、貴方方の目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」
アンリエッタは椅子に座ると、机の上でルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、サラサラと手紙をしたためた。
アンリエッタは、ジッと自分が書いた手紙を見つめていたが、そのうちに悲しげに首を振った。
「姫さま? どうなさいました?」
怪訝に思ったルイズが声をかける。
「な、なんでもありません」
アンリエッタは顔を赤らめると、決心したように首肯き、末尾に一行付け加えた。それから小さい声で呟く。
「“始祖ブリミル”よ……この自分勝手な姫をお赦しください。でも、国を憂いても、私はやはり、この一文を書かざるをえないのです……自分の気持ちに、嘘を吐くことはできないのです……」
密書だというのに、恋文でもしたためた表情を浮かべるアンリエッタ。
アンリエッタは書いた手紙を巻き、“杖”を振る。すると、どこから現れたモノか、巻いた手紙にロウソクがなされ、花押が押された。彼女は、その手紙をルイズへと手渡す。
「ウェールズ皇太子にお逢いしたら、この手紙を渡してください。直ぐに件の手紙を返してくれるでしょう」
それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引抜くと、ルイズに手渡す。
「母君から頂いた“水のルビー”です。せめてもの御守です。お金が心配なら、売り払って資金に当ててください」
ルイズとシオンは深々と頭を下げ、俺もそれに続く。
「この任務には“トリステイン”の未来が賭かっています。母君の指輪が、“アルビオン”に吹く猛き風から、貴方方を守りますように」
そうして目を伏せ、顔を上げて俺の方へと向き直るアンリエッタ。
「貴男にも。どうか彼女たちを、私の大事なお友達をよろしくお願いいたします」
そう言って、アンリエッタはもう1度自身の手の甲を上にして差し出す。
俺は、ユックリと膝を突き、その手の甲へと軽く、ほんの一瞬だけ唇を触れさせた。
見上げた先にある彼女の顔は、これから俺たちが向かう先にいるだろう男性への恋慕、友人への心配と信用と信頼、戦場という生命を失いかねない場所へ友人を送り出すという罪悪感、そして揺るぎようのない確固とした決意だった
「もちろんです。この身は“サーヴァント”。主であるシオンの剣であり、盾だ。任務を全うし、全員無事に帰りますよ」