ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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才人の絶望とルイズの逃避行

「うう……」

 才人が目を覚ますと、そこは屋敷のベッドの上であった。

 窓開からは昼の陽光が漏れている。

「大丈夫ですか!? サイトさん!」

「俺……」

 朦朧とした声で才人がそう言うと、シエスタが焦った声で尋ねた。

「一体、昨日何があったんですか?」

 蒼白な顔のまま、逆に才人は尋ね返した。

「シエスタ、俺、どうなってた?」

「どうなってたって? あんまりにもサイトさんの帰りが遅いから、私捜しに行ったんです。そしたら、街道の横にサイトさんが倒れてて……ミス・ヴァリエールは見付かったんですか?」

 ズキッと、才人は後頭部に鈍い痛みを感じた。その痛みで、才人は昨晩の出来事をありありと想い出すことができた。ルイズを捜しに屋敷を飛び出したこと。“元素の兄弟”と名乗る2人の男女に襲われたこと。ドゥドゥーが操る、恐ろしいほどの巨大な“ブレイド”。そして、その“ブレイド”を吸い込んだことでバラバラに弾け飛んだ……。

「デルフ……」

 才人は、ベッドの横に立て掛けられている“日本刀”を見て、呟いた。

「デルフさん? あの剣ですか? そう言えば、どこにもありませんでしたけど……」

「もう居無い。バラバラに成っちまった」

 才人は気の抜けたような声で言った。

 シエスタは、まあ、と叫んで両手で口を覆った。あの“インテリジェンスソード”を、才人の仲の良さは、シエスタも良く知っているのである。

「そんな!? デルフさんが、し、死んじゃったんですか……?」

 才人は、シエスタに、昨晩のことを語り始めた。

 1人で呑んでいたら、台所で鍵を見付けたこと。

「ほら、あの……入れない地下室あっただろ? そこの鍵だったんだ。地下室の御国はちょっと小奇麗な部屋があって……そこは御城と繋がてって……その先には……」

 “トリスタニア”の城と繋がっていた。

 その言葉で、シエスタは察したらしい。ハッと驚いた顔になり……それから思案する様に首を傾げた。

「もしかして……?」

「じょ、女王陛下がいたんだ……」

「アンリエッタ様……ですよね。女王陛下、他にいませんものね」

 ジロリと、シエスタは才人を睨んだ。

「ああ、それで、2人してその地下室に興味を持って……見に行ったんだ。で、2人でその部屋を見物してるところ、どうやらルイズに……」

「見てただけじゃないでしょう?」

 そう強い調子でシエスタに言われれて、才人は首肯いた。

「何、したんですか?」

「キス……」

 話をそこまで聞いたシエスタは、急に厳しい顔付きになると、才人の頬を思いっ切り叩いた。

 バァーンッ! と乾いた音が、寝室に鳴り響く。

「これはミス・ヴァリエールの代わりです」

 ボンヤリとした才人の目が、驚きに見開かれた。

「で?」

「でって……?」

 ショックからまだ立ち戻ることができず廃人のような状態である才人は、ボンヤリとした声でシエスタに尋ねた。

「それからです」

 才人が訊かれるがままに、再び語り始めた。

 ルイズの置き手紙を見付け、慌てて追い掛けたこと。

 途中で妙な“貴族”らしき兄妹に出会したこと。彼等の馬に同乗すると、いきなり「君を殺しに来たんだ」と言われたこと。

 その兄の方との戦いの最中、“魔法”を吸い込み過ぎたデルフリンガーがバラバラに弾け飛んでしまったこと……。

 デルフがバラバラに……と言った瞬間、才人の中でそれが、現実になってしまった。ショックのあまりボンヤリとしていた記憶が固まり、親友の喪失が才人の心を満たして行く。

 才人の目から、ポタポタと涙が零れ落ち、頬を伝った。

「う……シエスタぁ……デルフが死んじゃったよぅ……あんな、あんな好い奴だったのに……」

 シエスタも目に一杯に涙を溜めながら、慟哭する才人の頬を再び張った。

 才人は、驚いた顔でシエスタを見上げた。何かを言おうとして、才人の口が止まる。

「なに泣いてるんですか?」

「え? だ、だって……」

「泣いてる暇なんかないじゃないですか」

 ぐしっぐっしとシエスタは、目の下を擦りながら言った。

「私だって、泣きたいです。でも、泣いてる暇なんかないから、泣きません。ミス・ヴァリエールを捜がなくちゃ駄目じゃないですか。サイトさんが襲われたってことは、もしかしたらミス・ヴァリエールにも危険が及んでいるかもしれないってことです」

 才人は、ハッ、とした。

 シエスタの言うことはもっともであるのだから。

「私……ミス・ヴァリエールとサイトさんを取り合っている仲ですけども、それでもミス・ヴァリエールが大好きです。正直憎らしい時もありますし、性格は御世辞にも良いとは言えないですけど、私はあの人が大好きです。だってあの人、“貴族”なのに私が同じベッドで寝ても何にも言わないんですよ? 恋敵の私なのに」

 才人は、ギュッ、と拳を握り締めた。握り締めた拳で、目の下を拭う。

「デルフさんが死んじゃって、私だって悲しいです。でも、ミス・ヴァリエールに万一のことがあったら、デルフさんに怒られるんじゃないですか? “相棒、何やってるんだ?” って」

 才人は首肯くと、ベッドから起き上がった。デルフリンガーの最後の「娘っ子に、ちゃんと謝るんだぜ……」と 云った言葉が、才人の胸の中で蘇る。

「……シエスタの言う通りだ。こうしてる場合じゃない」

 精一杯に力を込めて、才人はそう言った。だが……それでもやはり声は震え、身体は倒れそうであった。必死になって、(こうしている場合じゃない)、と才人は自分に言い聞かせる。次いで、ベッドの側の“日本刀”を握り、ベルドに提し込んだ。

 シエスタは、そんな才人の手を握った。

「そうです! それこそサイトさんです!」

「でも、ルイズが一体どこに行ったのか……見当も着かないからな……」

「取り敢えず、行きそうな所を片っ端から当たってみましょう」

 

 

 

 

 才人とシエスタは、素早く身支度をする。

 すると、ヘレンを呼び留守番を頼んだ。

 2人の様子にただならぬ雰囲気などを感じ取ったヘレンは、真剣な顔で首肯いた。

 ルイズが向かったと想われる方向へと、2人は街道を歩いた。

 しばらく歩くと、昨晩、ドゥドゥーと戦った辺りまで来た。

 所々地面が深く抉られており、ドゥドゥーの“魔力”の強さなどを窺わせて来る。

 才人は、デルフリンガーの破片を探したのだが……見付からなかった。そのことから、完全に溶けてしまったことが判ってしまう。

 才人は、(一体、あの兄妹は誰に頼まれて俺を襲ったんだ? だが、まあ考えてみれば俺は有名人だ。俺が知らないだけで、誰かの恨みを買ってるのかもしれねえ。と言うか、“平民”の俺がここまで出世しただけでも、妬む“貴族”は多いだろうしな。セイヴァーの言ってた通りになっちまったな……)と考えた。

 才人は、“日本刀”の柄を握り締めた。誰が襲わせたかなどを、今考えることではない、と想ったのである。何が襲って来ようとも、降り掛かる火の粉は払うだけであるのだから。

 才人は、(でも……今俺は戦えるだろうか? ルイズもデルフもいない。そんな状態で、ドゥドゥーのみたいな強力な敵に掛かられたら?)と考え、身体を恐怖と絶望が包んだ。

「……デルフ、俺、おまえに頼りっ切りだったんだな」

 才人は、(何だか、自分の身体が自分のモノじゃないみたいだ。身体の芯が、ぽっかり抜け落ちたようだ)と想った。

 

 

 

 駅まで歩き、馬を借りた才人達は、取り敢えず“トリスタニア”までやって来た。

 “魅惑の妖精亭”に顔を出すと、夜の仕込みを行っている最中であった。

「あーらサイト君にシエちゃんじゃないの!」

 そう言って出迎えてくれたスカロンであったが、才人とシエスタの顔を見て顔色を変える。

「一体、何があったの?」

「……ルイズを見ませんでしたか?」

 才人が今にも死にそうな顔でそう尋ねると、スカロンは目尻を下げ。にやりと笑みを浮かべた。

「あらあら。予行練習でもう怒らせちゃったの? それじゃ、卒業後のスイートホームなんて絶対に無理ね!」

 その言葉で、才人は膝を突いた。兎に角もう、必死に奮い立たせていた心が、スカロンのその一言でアッサリ バッサリと折られてしまったのである。

 才人の弱さを責めることはできないであろう。所詮は、まだ少年であるのだから。いや、少年であろうとなかろうと、今のような状況や状態であればこうなるのは仕方のないことだといえるだろう。

「そうです……こんなんじゃ、新生活なんて絶対に無理です……ラ・ヴァリエールの御両親に認めて貰うなんてできないし。俺、一体何やってるんだろう……? まさか、こんなことになるなんて……」

「全く。どうせ他の娘に鼻の下伸ばしたんでしょ? だから浮気はシエちゃんだけにしときなさいって。いっつも言ってるじゃないの。あらん、言ってなかったかしらん?」

 更に追い打ちを掛けようとしたスカロンを、シエスタが止めた。

「スカロン伯父さん! 止めて! サイトさんは今、親友迄失ってボロボロ何です!」

「親友って?」

「あの喋る剣さんです。サイトさん、昨晩誰かに襲われたんです」

 シンミリとした声でシエスタが言うと、スカロンも真顔になった。

「成る程……やっぱり、心配した通りになったって訳ね」

 スカロンは、なまこのように床にのたくる才人を見下ろして言った。

 “救国の英雄”といえども、こうなってしまえば唯の碌でなしであるといえるだろう。

「だから、一刻も早くミス・ヴァリエールを捜がさないと……」

 うん、とスカロンも首肯いた。それからテキパキと指示を飛ばす。

「さてさて、では先ず梟便でルイズちゃんの行きそうな所に、片っ端から手紙を出すのよ。クラスの御友達、そして騎士隊の皆、それから御実家に……王宮ね!」

 王宮と聞いて、シエスタの肩がピクンと震えた。

「……王宮には、いないと想うけど」

「どうして? アンリエッタ女王陛下とシオン女王陛下は、ルイズちゃんと幼馴染じゃなかったの?」

 それからスカロンは、床に突っ伏して「もう駄目だ。俺は駄目だ。この世に生まれるべきではなかった。時代の継子だ。“ド・オルニエール”の泥団子だ。腐った蜜柑だ。あ! My蜜柑は柳沢きみおだ。あれは面白かった」などと訳の理解らない自虐の言葉をブツブツと呟いている才人と、シエスタを交互に見詰める。それから、カパッと唇を菱形に開き、脂汗を流して小刻みに震え出した。

「も、もしかして……サイト君の浮気の相手って……いやまさか……でも昨今のサイト君の手柄を見るに……国1番の騎士と、御姫様の密会なんてよくある話で……でもそれが現実となると……嗚呼トレビアン!」

 スカロンは、感極まったようで、後ろに引っ繰り返ってしまった。

「伯父さん! しっかり! しっかりぃ!」

 シエスタに揺さ振られ、スカロンは夢見るような声で呟く。

「ミ・マドモワゼルは歴史の裏舞台に立ち逢っちゃいました! 嗚呼、トレビアン!」

 それからスカロンは、スクッと立ち上がり、シエスタの肩をポンポンと叩いた。

「シエちゃんも、もしかしたら歴史に遺るかもしれないわ。そうなったら、伯父さんに色んな御話をしてね。伯父さんそれを戯曲にして、世に出るから」

「いい加減にして! もう!」

 シエスタがそう叫ぶと、裏で洗い物をしていたジェシカが、すっ飛んで来た。

「どうしたの? 何があったの?」

 スカロンが、斯く斯く然々と説明をする。

 するとジェシカは、目を丸くして才人を見詰めた。

「ええええええええええええッ!」

 スカロンとジェシカは、密々と、「これは“トリステイン王国”最大のスキャンダルよ」だの、「この事が世に出たら“王政府”が引っ繰り返る」だの、と口々に呟き始めた。

「だから、誰にも言っちゃ駄目だからね! 戯曲にするなんてもっての外よ!」

 シエスタが、きっ! と睨むと、スカロンとジェシカの2人はやっと大人しくなった。

「そうね……なんだか命が幾つあっても足りないような事耳にしちゃったわ。誰にも言わないから安心してね?」

「そうして」

「まあ、それは兎も角、女王陛下にも御報せしておいた方が良いわ。ミス・ヴァリエールは陛下の女官なんだから、いやはや、これはもう大変なことになっちゃったわね!」

 そのような訳で、才人は何通もの手紙を書くことになった。ルイズがそっちに行ってないか? とったような内容である。

 今は夏休みであるために、生徒達はそれぞれの実家に帰っている。ギーシュ達“水精霊騎士隊”の面々もまた例外ではない。

 ルイズの実家では、才人の話をマトモに聴いてくれそうなのはカトレアくらいなモノで、才人は彼女宛に手紙を書いた。カトレア宛に手紙を書いていると、才人は胸が痛んでどう仕様もない気持ちになった、カトレアに、「ルイズは俺が守ります」と約束したのにも関わらず……逃げられてしまった――家出をさせる理由を作ってしまったためである。

 “トリステイン”には、郵便制度こそないが、梟を使った“日本”でいう宅配便のような業者が存在する。彼等が手紙や荷物などを届けてくれるといった制度であるのだ。

 “トリスタニア”にあるその梟便の事務所の1つに手紙を預けることにした。2~3日中には配り終えるができるとのことである。

 悩んだ挙句、才人は直接アンリエッタの元に赴くことにした。誰かに襲われた、ということもまた報告する必要があるためでもある。

 

 

 

 才人は、シエスタを“魅惑の妖精亭”に残し、王宮へと向かった。

 近衛の副隊長であるということもあって、才人は直ぐに謁見待合室に通されることになった。

 才人は待っている間、(一体、どんな顔をして姫様と顔を合わせれば良いんだ? いや……俺はどういう態度を取れば良いんだろう? 俺は姫様が好きなのか?)と考えていた。

 アンリエッタを見て、美しい、と思わない男はいないであろう。恋の経験が少ない――ルイズに対してのそれが初恋である才人にだって、アンリエッタの魅力が並外れたモノであることは理解できる。

 でも、と才人は想い、(そんなのはただの言い訳だ。だから、その魅力に抗えなくてもしょうがない、と俺は言いたいのか? そんなの最低じゃないか)と考えた。

 謁見待合室の扉が開き、衛士が才人を呼んだ。

「女王陛下が、“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”副隊長ヒラガ殿を御召です」

 才人は立ち上がると、扉を潜った。

 そこにいたアンリエッタは、才人の想像とは違った姿を見せていた。なにやら思い詰めているような顔で、椅子に腰を掛けており、1通の手紙に見入っている。

 その隣に、シオンと俺がいる。

 才人が現れたことに気付いたアンリエッタは、顔を上げ、ニッコリと笑みを浮かべてみせた。が、その笑みには、昨晩見せた艶のある何かは含まれていないことが判る。単純に、副隊長の足労を労う笑みである。が、同時に何か悩み事も含んだ複雑な笑みでもあった。

 才人も、硬い表情を作り浮かべた。

 アンリエッタは、軽く手を振ると人払いをした。

 扉の側に立った衛士が退出して行く。

 衛士が立ち去ったことを確認すると、アンリエッタは深い溜息を吐いた。その美しい横顔には、憂いが宿っていることが一目で判るだろう。

「良かった。ちょうど貴男を呼ぼうと想っていたのです」

「俺を?」

「はい……実は先程、ルイズからこのような手紙が届いたのです。いきなりどうしたのだろうと想いまして……」

 才人は、嫌な予感を覚えた。手紙を読んで、その予感が的中したことを知る。

 そこには、「自分を“ガリア”王との交渉官から外して欲しい。及び司祭の職を返上する」との旨が記されていた。

「そして、永久に御暇を戴きたいと……」

 ルイズが、本気で姿を消すつもりであることが、それ等から理解することができた。

「実は……」

 才人がそう切り出すと、アンリエッタの肩がピクリと震えた。唇を噛み締め、恥じ入るかのように硬く身を強張らせる。そうすることで、女王としての威厳が消え失せ、歳相応の少女としての顔になるのである。そういった時のアンリエッタは、才人から見てどう仕様もないくらいに魅力的であった。

「あの部屋での一部始終を、ルイズは見ていたんです」

「そう……」

 やっぱり、といった顔で、アンリエッタは切なげに目を伏せた。

「悪いことはできないモノね」

 そんなアンリエッタの魅力から逃れるかのように、才人はキッパリと言った。

「……今日はルイズがいなくなったことを報告しに来たんです。でも、自分から姫様に家出を告げたんですね」

 才人は手紙を見詰めた。

 そこには、アンリエッタを非難するような言葉はもちろん一言も書かれてはいない。ただ、暇乞いと、今までの厚遇に関する礼が述べられているだけである。

 これを書いたルイズの気持ちを想像すると、才人は胸を締め付けられるかのような気がした

 才人は、(もう、これっきり逢えないのか?)と想うと、才人はどう仕様もない気持ちになってしまった。

「ルイズが行きそうな場所に心当たりはありますか? 一応、クラスメイトや仲間や、ラ・ヴァリエールには手紙を書いたんですけど……」

 想い詰めたかのような顔で、アンリエッタは言った。

「……女性が身を隠すとなれば、修道院と相場は決まっております。国内の修道院に触れを出して、ルイズらしき女性が門を叩かなかったかどうか尋ねてみます」

「俺は、取り敢えず……国中を捜してみます」

 そう言うと、アンリエッタは苦しそうな声で応えた。

「……ですが、国事は国事。“ガリア女王即位祝賀園遊会”までには、戻って頂かないと」

 しばし考えたが、才人は首肯いた。が、(仕事は仕事だ。それは、やらなくちゃいけないことだ。ルイズの分まで、俺が頑張らなきゃいけない。でも、もしルイズが見付からなかったら……)と不安になった。そのような状態で、上手く仕事を務めることができるのかどうか、自信がないのである。だが、(まあ、以前通りのタバサなら、俺に胸襟を開いてくれるだろう)と考えた。

「はい。取り敢えず、期日までには戻ります。それまでに見付かれば良いんですが……海に落ちた宝石を見付けるようなモノですから」

 宝石という言葉を聞いた時、アンリエッタはしめやかに目を閉じた。それでも、落ち着いた声で言った。

「そうですわね。ルイズにとって、貴男は宝石……そして貴男にとっても。私は過ちを犯したのですわ。でも……」

 アンリエッタは顔を上げると、キッパリと言い放った。

「後悔はしておりませんわ」

 才人は思わず息を呑んだ。

 アンリエッタは嫋やかな手を胸の上に置き、彫刻の様に形の良い唇を鮮やかに結んでいる。あの時才人が感じた妖艶な色気が微塵も感じることはできない。ただ、強固な意思の力が……女王として鍛えられた精神の強さが、その全身から発せられているのである。

 アンリエッタの凛々しく毅然としたその態度に、才人は激しく心打たれた。

 太陽の明かりの下で見るアンリエッタは、“聖女”のように美しいといえるだろう。

 才人は、(この人は、夜と昼の顔を持っている。自分の意思とは関わらずに、その2つを自由に引き出せるのだ。こんな魅力的な女性がいるんだろうか?)と想った。

 が、はっ! と才人は気付き、そう感じた自分を強く恥じる様子を見せる。

 才人は、(自分のこの気持ちが……ルイズを失わせたんじゃないか……最低だ。俺は最低だ)と心の中で呟き、そう想いながらも、眼の前の女性に惹かれる自分を赦すことができなかった。

「それで、その……何で、シオンとセイヴァーはここに?」

 想い出したかのように、才人は俺達へと問い掛けて来る。

「シオンとアンリエッタは会合を行っていたんだ。で、俺はシオンの護衛。にしても……“一休宗純を称えるテーマソングだって、好き好き好きと連呼した挙句、あ・い・し・て・る、と愛にまみれている”。“まさにアガペー。無償の愛であり、普及の愛でもあり、愛が多いからゼウスも浮気する。これにはヘラも激怒”」

「何だって?」

 空気を読まない風を装った俺の言葉に、皆首を傾げ、才人が問い掛ける。

「まあ、何だ……俺もそうだが、おまえ達は“愛”されている、恵まれているということだ。“照顧脚下”。“他に向かって悟りを追求せず、先ず自分の本性を良く見詰めよ。転じて、他に向かって理屈を言う前に、先ず自分の足元を見て、自分のことを良く反省すべきこと。即ち、足元に良く気を付けろという意味であり、先ずは身近なところから気を付けることを言う”のだが、これは問題なかろう。行動に移すだけだからな。で、ルイズの件だが……彼女は無事だ」

「どうして、そのようなことがが判るのです?」

「護衛を着けているからな。あ、因みにだが、先程の言葉も、あの“間が悪かった”という悟りに辿り着いた坊さんの言葉だ」

 アンリエッタの疑問に、俺は何でもない風に答えた。

 

 

 

 

 

 ルイズはトボトボと街道を歩いていた。屋敷を出る時に乗って来た、才人の愛馬は、“ド・オルニエール”を出る時に、近くの農家に預けて来たために、徒歩であるのだ。

 “トリスタニア”と、 “西シャンルー地方”に出る“ヴェル・ヱル街道”の分岐点にて、ルイズは一旦迷った。首都の方が身を隠しやすいのだが、誰に出逢うとも限らないのである。地方に向かえば、目立ってしまうが行き先がバレる心配はないといえるだろう。

 従ってルイズは、西“シャンル―地方”へと足を向けることにした。

 才人達は、“トリスタニア”へと向かったために、この分岐点はまさに運命の分かれ道であるともいえるだろう。

 夜通し歩き続けて、日が昇ると、ルイズは街道沿いの木陰で眠ることにした。

 目を覚ますと、ちょうど昼頃であり、さんさんと照り付けて来る太陽を見て、ルイズは激しい悲しみに襲われた。

 ルイズは、(もう、私が帰る場所はないんだ。サイトも、姫様も……誰も私を必要としていない。当然だわ。“虚無の担い手”などといわれながら、私はほとんどそれに値する仕事をしてない。いつも足を引っ張ってばかり。おまけに随分とサイトを困らせることもした。愛想を尽かされるのも、当然だわ)と想った。

 実際には、そのようなことは全くない。が、昨晩の才人とアンリエッタの姿を見てしまったことで、もうルイズには自分を信じることができなくなってしまっていたのである。

 ただ、大きな無力感と悲しみだけが、ルイズの全身を包んでいた。

 俯いて、ルイズは涙をポロポロと流し続けた。

 通り掛かった農夫が「大丈夫ですかな? 御嬢さん」と問い掛けて来たが、ルイズは返事もせずにただ泣き続けた。

 通り行く農民や旅人が、そんなルイズを怪訝そうに見詰めては言葉を掛けたり、掛けなかったりと、幾人も通り過ぎて行った。

 夕方頃には、悲しみは深い虚無感へと変わって行った。

 今のルイズには、帰る場所もなければ、行く宛もない。実家に戻ることは論外であった。というよりも、ルイズは知人に逢いたくなかったのである。

 かといって、ここにい続けても仕方がないであろう。

 すっかり気の抜けた調子で、ルイズはまた歩き出した。

 “ド・オルニエール”から離れるために……。

 

 

 

 その日の夜に到着した最初の宿場街で、ルイズは宿を泊った。ボロボロの旅籠ではあったが、一応個室があった。

 3日ほど、ルイズはそこで泣いて過ごした。

 そのうちに、涙も出なくなる。

 3日目の朝、ルイズは冷たい水で顔を洗った。そうする事ことで、頭が少しばかりスッキリとするのである。

 全てのポケットを探ると、100“エキュー”程御金が入っていることに、ルイズは気付き想い出した。他に持って来たのは着替えが少しと、僅かな日用雑貨。それと“杖”と“始祖の祈祷書”と“水のルビー”、そして腕輪型の“魔術礼装”のみである。

 この木賃宿の宿代は1日半“エキュー”である。食事代は切り詰めてその半分。となると、4ヶ月くらいはここで暮らすことができる計算になる。が、一箇所に留まり続ける訳にも良かないであろう。

 ルイズは、(やはり、どこかの修道院にでも潜り込むのが、1番良いのかしら?)と考えた。

「でも、そんなの直ぐに見付かっちゃうわ」

 ルイズは深い溜息と共に、呟いた。

 ルイズは、生活のために御金を稼いたことはないといって良いだろう。やってみたことがあるといえば、情報収集のために“魅惑の妖精亭”での仕事くらいである。

 ルイズは、(家出をしてみたけれど、どうやって生活すれば良いのかしら?)と考えた。

 が、そこまで考えて、ルイズは首を横に振った。

「どーでも良いわ」

 ルイズは、(そう。もうどうでも良い。こうなったらなるようになってやる)と想い、ゴソゴソと荷物の中から手鏡を取り出して覗き込んだ。鳶色の目は鈍よりと濁っており、乾いた涙が頬にこびり付いてしまっている。髪はヨレヨレであり、ここ数日櫛も入れていなかったために所々が軽くカールした状態になっている。唇は色を失っており、着たっ切りのシャツはヨレヨレである。こうなっては、天下の美少女も台なしである。

「……散々ね。ルイズ・フランソワーズ」

 ルイズは、深く溜息を吐いた。

「貴女の、渾名にピッタリの顔じゃないの。“ゼロ”。“ゼロのルイズ”……そうね、元々私は“ゼロ”だったんだわ。何もなかった。初めっから、こうだったのよ。“伝説の担い手”だの、“アクイレイアの聖女”だの、散々持ち上げられた私なんて、所詮はこれだけの女なんだわ」

 ハハン、とルイズは嘲笑った。

「其そりゃ、サイトも姫様に靡くってモノよね」

 そう呟くことで、どう仕様もない虚無感がルイズの心を覆って行く。寂しいのだが、何だかもう、心がピクリとも動かないといったようである。

「取り敢えず、御酒でも呑もうかしら……」

 

 

 

 ルイズは、階下の居酒屋で酒を呑むことにした。

 流石は木賃宿である。ギシギシと床は軋み、テーブルは埃と食べ滓だらけである。椅子の間を鼠が走り回っているのも見える。

 どう見てもやんごとない身分に見えるルイズはこの宿で、既に噂になっていたらしい。

 そこにた客達は一斉にルイズを見詰め、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

 そのような視線を意に介した風もなく、ルイズは初老の酒焼けをした主人に、ワインを注文した。

 主人は胡散臭気にルイズを見詰め言った。

「3日も御泊りになって頂いて言う台詞じゃねえが、この宿は“貴族”の御嬢さんが、御使いになられるような場所じゃありませんぜ」

 ルイズはそこで、改めて周りを見回した。

 好奇心剥き出しといった風情の顔で、碌でもないといえる男達がルイズを見詰めているのである。

 このような所で酔っ払っていれば、あっと言う間に噂は広がるであろう。そしてそれは、ルイズがここにいるということを宣伝しているのと同じことである。

 ルイズは、「全く、御酒を呑むのも大変だわ……」とブツブツ呟きながら宿を出た。

 

 

 

 次にルイズが立ち寄った場所は、“トリスタニア”から2日ほど歩いた距離にある、“シュルビス”という宿場街である。

 伯爵が治めるこの街は、何個かの街道が繋がる、“トリステイン”の中でも有数のかなり大きな街の1つであるといえるだろう。しばし身を隠すには打って付けであるといえる場所である。

 その宿場町で、ルイズは一計を案じた。

 宿を泊ると、持って来た衣装の中で、1番派手なモノをルイズは取り出した。そして、“魅惑の妖精亭”にいた時に買い求めた化粧道具を用いて、いかがわしいということができるメイクを自身に施した。化粧道具の底に、タバサを救い出す際、変装するために使った“魔法”の塗料が残っていることに気付き、ルイズは目立つ桃色がかったブロンドの髪を、くすんだ茶色へと変えた。

「これで、私も立派な夜の女だわ」

 衣装も化粧も、全く似合ってはいないが、それでもルイズは(これで誰も、私が“貴族”の娘だなんて想わないわね)と満足した。

 夕方になると、シャナリシャナリと、ルイズは腰をクネラせながら酒場へと向かう。それからワインを注文した。

 主人は胡散臭げにルイズを見やったが、それでも黙って注文の品を寄越した。

 ルイズはコップにワインを注ごうとしたが、(今の私は“貴族”の御嬢様なんかじゃない。大人しく酒を呑みたかったら、それなりの演技をせねばならないわね)と想い直した。

「そうそう。私みたいな碌でなしは、瓶から呑むのよ」

 ワインの瓶を掴み、ルイズは直接口を付けて、そのままグビグビと飲み干した。一気に3分の1ほどを呑み干し、激しく咳き込んだ。

「げほ!? ゲホゲホ!」

 あっと言う間に、ルイズの顔が真っ赤になって行く。あまり酒に強くない――弱いルイズは、恨めしげにワインの瓶を見詰めた。そうしていることで……才人の顔が幻想として、ワインの中に浮かび出したようにルイズには想えた。

「あんたなんか大っ嫌い」

 目を細めてそう呟き、ルイズはワインを再び一口流し込んだ。だが、酔いが回り始めると、想い出すのは、やはり才人との楽しかった日々ばかりである。

 喚び出した日のこと……“ゴーレム”から救い出して貰ったこと……初めて踊った晩餐会……そして、初めて唇を重ねたこと。

 胸躍る想い出が、鮮やかに蘇って来て、ルイズは切なくなってしまった。

「忘れるわ。忘れなくっちゃ。碌でなしは、想い出でなんかに縛られないのよ」

 ルイズは、再びワインを一口呑んだ。

 奥の方で、若い酔った男が立ち上がり、そんなルイズへと近付いた。あまり人相のよろしくないといえる顔をした男である。

「御嬢ちゃん、好い呑みっ振りじゃねえか。俺にも一杯くれねえか?」

 酒臭い息でそう言われ、ルイズの目は吊り上がる。

「あっちに行きなさいよ」

 ままそう言わずに……と肩を掴んで来た男を、ルイズは思いっ切り蹴飛ばした。

「この私を誰だと想ってるの!? 恐れ多くもこうしゃ……」

 そこまで言って、ルイズは言葉を切った。“貴族”であるということがバレてはいけないのである。

 いきなり蹴飛ばされてしまった男は、目に怒りを宿らせてルイズを睨んだ。

「恐れ多くもなんでえ?」

「た、ただの夜の女よ。碌でなしとも言うわね。うおっほん」

 ルイズは手を曲げて、顎の下に置き、精一杯に夜の女を演じてみせた。

「だったらなおさら酒の相手をしろって言うんだ」

「ふざけないでくださる? 誰があんたの酌なんか……きゃっ!?」

 ルイズは悲鳴を上げた。

 男が、ルイズの手を掴んだのである。

「離して! 離しなさいよ!」

 “魔法”を唱えようにも、“杖”は部屋に置いて来てしまっている。ジタバタと暴れたが、屈強な男の力に抗う術はないといえるだろう。いや……“礼装”を使用すれば話は別である。が、今のルイズは酔いが回っているため、そこまで頭が回らないでいた。

「どこのガキだか知らねえが、生意気な娘だ。少しばかり御仕置きしてやる」

 男は、ズルズルとルイズを酒場の外へと引き摺って行こうとした。

 主人や他の客は、トバッチリを恐れてだろう見て見ぬ振りをしている。

 とうとうルイズは、酒場の外まで連れ出されてしまった。

「離しなさいってばあ!」

 ルイズは、そう叫ぶと男の手に思い切り噛み付いた。脂臭い手の味に、ルイズは思わず吐気を覚えた。

「あ痛ッ!? 何しやがんでぇ!?」

 男は跳び上がり、ルイズに向かって拳を振り上げた。

「救けて! サイ……」

 思わず才人の名前を叫びそうになってしまい、ルイズは怒りに燃えた。

「あんたなんか大っ嫌い!」

「上等だ!」

 男の拳が飛んで来たため、ルイズは身を竦めた。

 だが、男の拳がルイズを襲うことはなかった。

 空気の塊に弾き飛ばされ、男は地面に転がったのである。

「見てられませんわ。見てられませんわ。見てられませんわ」

 そんなことをブツブツと呟きながら、暗がりの中から1人の少女が現れた。白いフリルが沢山付いた黒のドレスに身を包んでいる。黒い頭巾の中の、人形のような白い顔の中、鋭い翠眼が光っている。

「な、なんでぇ!? 貴様!?」

 男は立ち上がり毒吐いたが、少女が握っている“杖”に気付いて顔色を変えた。

「き、“貴族”……」

「あら? 私は“貴族”じゃありませんわ。でも、“メイジ”だから“魔法”が使えるの。貴男にとって見れば、どちらでも同じことでしょうけど」

 ニヤッと少女は笑みを浮かべた。すると、鬼気迫る何かがその端正な顔に浮かび上がる。

 男は、「くそっ!」と舌打ちをすると、その場を離れて行った。

 ルイズはしばらく呆けた顔をしていたが、慌てて少女に頭を下げた。

「あ、危ないところを有難う……」

「良いのよ? 大丈夫? 怪我はありませんこと?」

 ルイズは首を横に振り、無傷であることを教える。

「貴女、ここで御酒を呑んでいらしたの?」

 少女は、酒場を指さした。

 ルイズは、コクリと首肯いた。

「じゃあ、私もここで戴こうかしら? 貴女、付き合ってくださる? 1人の御酒って、何だか気が滅入るじゃない?」

「え?」

 一瞬ルイズは戸惑ったのだが、返事をする前に少女はツカツカと店の中へと入って行った。そのため、ルイズは慌てて後を追い掛けた。

 

 

 

「私はジャネットというの。貴女の御名前は?」

 乾杯の後、じゃネットはルイズへとそう尋ねた。

 ルイズはジャネットを、ジット見詰めた。

 ジャネットは、まるで血が通っていないかのような白い肌をしている。人形のような顔立ちに、その服装。年の頃は、ルイズとあまり違わないように見えるのだが。

 だがジャネットは……“魔法”を使うことはできるが“貴族”ではない。

 だが、その格好から見ても、とても傭兵には想うことはできない。

 ルイズは、(一体、何者かしら?)と想った。

 ルイズが胡散臭げに自分を見ていることに気付き、ジャネットは笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。貴女をどうこうしようなんて想っていませんわ。私はただ、ちょっと暇潰しの相手が欲しいだけなの」

 怪しいことは怪しいのだが……確かにジャネットのその様子から、他意がないということが理解る。兎に角、ルイズのことを知っているようには見えないことだけは確かである。

 それにルイズは、この少女――ジャネットの纏う、どことなく危険な空気に惹かれてしまった。年はルイズとあまり変わらないように見える少女であるが、このようないかがわしい酒場でも臆する風もなく落ち着いている。

 周りの客も、チラチラとたまにルイズとジャネットを盗み見ている。が、ジャネットが持つ雰囲気に呑まれてしまっているのか、先程のように絡んで来る輩はいない。

「私は……ヴァネッサ」

 流石に本名を名乗る訳にもいかず、ルイズは偽名を名乗った。かつて流行った女優の名前である。

 ちょうど、壁に幾人もの女優に交じって、彼女の肖像画が貼られている。

 ジャネットは、ルイズの顔を覗き込んだ。

「何だか、どこかで逢ったような気がするんだけど……気の所為よね?」

 つい5日ほど前、ルイズとジャネットは、“ド・オルニエール”の街道ですれ違っている。

 ジャネットを始め“元素の兄弟”の目標(ターゲット)であった才人が追い掛けていた少女、それがルイズである。

 だが、中止になった任務のことなど、ジャネットの頭の中から既に消えていた上、ほとんど髪の色しか覚えていなかったということもあり、“魔法”の塗料で髪を茶色に染めた眼の前の少女があの時の少女と同一人物であるということに、ジャネットは気付かなかった。

「そうだと想うわ。私、貴女のこと全然知らないもの」

 ルイズは、(何らかの理由で、私を捜しに来た人物かしら?)と考えた。(“ロマリア”の密偵か、サイト達が私を捜すために放った探偵の類かしら?)と見当を着けたのである。だが、それであれば「逢ったような気がする」などとは言わないはずである。あくまで無関係を装おうとするであろう。

 ジャネットのその言葉が、逆にルイズの信頼を得ることになった。

 その上……ルイズは誰かテキトウな話し相手が欲しかったのである。それほどに寂しさが募っていたということもあり、また、1人酒にもウンザリであったのだ。

 眼の前の気さくでミステリアスな少女が、暇潰しの話し相手には打って付けのように、ルイズには想えた。

「もう1度、御名前を伺っても良いかしら?」

「ヴァ、ヴァネッサ」

「偽名ね? 貴女、嘘を吐くのが相当御下手の様ね」

「ぎ、偽名じゃないわ……碌でなしのヴァネッサ。札付きの悪女よ。この辺りじゃちょっとしたもんなんだから!」

 澄ました顔で、ルイズはワインを呑んだ。

「貴女、“貴族”じゃないの?」

 ルイズは、ぶほっ! とワインを噴き出した。

「違う。悪女! あ! く! じょ!」

「全然悪女なんかには見えなくってよ。だって貴女……」

 ジャネットは、ルイズの頬をペロッと舐め上げた。

「殿方も知らないでしょ? 匂いと味で判りますわ。箱入りの“貴族”娘の味がするもの」

 ルイズは更に顔を真っ赤にさせた。(味で判るって……どういうこと?)、とジャネットのその妙な鋭さなどに感嘆したが、質問による羞恥がそのような疑問を上回った。

「し、知ってるもん! 毎日一緒に寝てたもん!」

「でも、抱かれたことはないんじゃなくって?」

 更に、ジャネットはルイズへと顔を近付けた。

「そんな“貴族”の貴女が、こんな所で妙な格好をして、御酒を呑んでいる。ということは、詰まり貴女はその殿方に振られた。それとも、浮気の現場でも目撃しちゃった? いやいや、もしかしたら貴女の片想い? いても立ってもいられなくなって思わず家を飛び出した。捜索隊の眼を晦ますために、そんな格好で変装したつもりになってる。そんなところじゃなくって?」

 ズバリ言い当てられてしまい、ルイズの頭は真っ白になってしまった、それでも、必死に取り繕おうとする。

「ば、馬鹿じゃないかしら? 占い師なら間に合ってるわ。他所でやりなさいよね」

「誤魔化さなくても良いじゃない。年頃の娘が家出をするなんて、理由は2つ。失恋か、御両親と喧嘩したか。そのどちらかしかありえなくってよ、で。御両親と喧嘩では、自棄酒とはいかないわね。詰まり失恋、でしょう?」

 ジャネットは、きゃっはっは、と大声で笑った。どうやらの黒白美少女は、かなり鋭いようである。

 ルイズは、フン、と外方を向いた。

「だったらどうだって言うの? この阿婆擦れのヴァネッサ姉さんは忙しいの。あんたみたいな暇人を相手にしている場合じゃないのよ。さっきは有難う。それじゃ、失礼するわ」

 何やらその鋭さに、ルイズは妙な不安を覚え、立ち上がろうとした。すると、ジャネットに腕を掴まれた。

 ジャネットはただジットルイズの目を覗き込んで来るだけである。

 その絡み付くような眼光に、ルイズは気圧されてしまった。

「貴女、気に入ったわ」

 ルイズの胸が、思わず一瞬だが高鳴った。その高鳴りを、(な、何よ……? 相手は女の子じゃ成いの……)とルイズは必死に抑えた。

 それでも、ジャネットはある種の魅力を放っている。危険性の中に、人懐っこい何かがあるのである。

 そのような人間に逢うのは初めてあったルイズは、改めてジャネットに興味を覚えた。

 ルイズは、(危険だろうが何だろうが、関係ないじゃない。もう、どうなったって構わないもの)と再び椅子に座った。

「じゃ、乾杯」

 ジャネットは、盃を合わせた。

 

 

 

「へえ、そう。親友だと想ってた御友達に……それはショックだわね」

「そうよ。あの女……色気だけは一人前なのよ。仕事は大してできない癖に、大したタマだわ! そしてあの馬鹿……ああいう危険な色気には馬鹿みたいに弱いのよ。まあ、馬鹿だからしょうがないのよね」

 ヘロヘロになりながら、ルイズはありのままをある程度誤魔化しはしながらも語った。既に、アンリエッタの事は、あの女呼ばわりである。

「こ……こうやってベッドの上で抱き合ってたわ。こうやって! ガッシリと! 冗談じゃないわ! んな、な、なんなのよぅ~~~ッ!」

 ルイズは、ガシガシと床を踏み付ける。

「それからこ、ここ、こんな風に唇を……どーなってんのよぅ~~~ッ!? あんなウットリしてぇ~~~ッ! 信じられないッ! 慾も……慾も慾もあの女……“親友”とか散々言ってた癖にぃ……どこが親友なのよ。男盗るのが親友だってんなら確かに親友ね。とゆーかあっちこっちでフェロモンを散蒔いてんじゃないわよ。正直迷惑なのよ。そんな暇あるなら仕事しなさいよ。そう言うのは1人部屋にいる時だけおやんなさいよ。ああおうよ。御好きなだけ散蒔きなさいってもんよ」

 沸々と、ルイズの中で怒りが湧いて来る。話し始めると、ルイズはもう止まらなかった。次から次へと、呪詛の言葉を吐き出し続けるのである。

 次いで怒りを宥めるように、ルイズはワインを喉に流し込む。

 それでも、ベロンベロンになったからといっても2人の名前を言うほど愚かでも酔い潰れている訳でもなかったが。

 ジャネットは、そんなルイズをニヤニヤとしながら見詰め、言った。

「女同士の友情なんて、儚いモノだわ」

「そうね……ホントにそうね」

「良いじゃない、私が御友達になって上げるわ」

 ジャネットは、ルイズに顔を近付けた。

 ルイズは、(この娘……まさか、違うわよね? 何か、話に聞くじゃない? 女なのに、女の子が好きな……)、と少しばかりたじろいだ。

「あ、貴女は何をしている人なの?」

 話題を変えるように、ルイズは尋ねた。それにまた、これもまた気になっていたこともあるのだ。

「そうね……何と言ったら良いのかしら? まあ、何でも屋みたいなモノかしら?」

「何でも屋?」

「ええ、そうよ。頼まれれば、大抵のことは引き受けるわ」

 意味有りげに、ジャネットは笑った。

 ルイズは、(何でも屋? 何それ? 一体何者なんだろう?)と疑問を抱きながら、「1人でやってるの?」と尋ねた。

「兄弟でやっているわ。今もちょうど、上の兄達が仕事の交渉をしているの。私はこの宿場街で1人で待つように言われたのよ。全く! 兄様達ったら、未だ私が子供だと思っているのよ! 失礼な話だわ!」

 ジャネットは剥れてみせた。

 そのジャネットの様子に、ルイズは、(自分も、家族達に子供扱いされて怒ったことあったっけ……)と親近感を覚えた。

 だが、そのようなことも、今のルイズには遠い昔のように感じられた。涙を流し尽くした後は、そういった想い出達も……誰かの物語の中の事であるかのように感じられるのである。

 物想いに耽って居るルイズに視線を戻し、楽しげな声でジャネットは言った。

「貴女、何かして欲しいことある?」

「え?」

「例えば、復讐とか……貴女、気に入ったから特別に安くして上げる」

「何言ってるの? 冗談言わないで」

「冗談じゃないんだけどなぁ……じゃあ、貴女はこれからどうしたいの?」

 ルイズは、溜息混じりに呟いた。

「そうね……誰も私のことを知らない土地に行って、誰にも邪魔されずにヒッソリと過ごしたいわ。でも、そんなの難しいわよね」

 するとジャネットは、「ちょっと待って」と言って考え込み始めた。

「んー、確か、そんな場所があったと想うけど……どこだったかしら?」

「ほ、ホント?」

 思わずルイズも喰い付いた。

「昔、そこにとある“貴族”の隠し子を運んだことがあるのよ。きっと、貴女の言う“ヒッソリと暮らしたい”という条件にピッタリの場所だわ」

「何処に在るの?」

「んー、どこだっけ……? 良く覚えてないのよ。兄様達に訊けば判ると想うわ。2~3日の間に来ると想うから、ここで待っていましょう」

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