1週間程が経つと、“トリスタニア”の王宮に、手紙の返事と共に“水精霊騎士隊”の面々が集まり始めた。「ルイズを見なかったか?」という才人からの問い合わせに、驚いて飛んで来たのである。
“トリステイン”の西の端にあるグラモン領からやって来たギーシュは、家の“竜籠”を使って飛んで来たために、それほど遅れずに到着した。
宮廷の前庭に降り立つと、今や全“魔法衛士隊”の隊長と成ったド・セッザールが、ギーシュを出迎えた。
「グラモン殿。良いところに来られた」
「一体、何が在ったんです? 何でも、ルイズがいなくなったとか……」
「私にも何が何だか……取り敢えず彼女はほら、国家の機密に関わる人物だろう? 従って、内密に捜査を命じられたのだが……」
「見付かってないんですね?」
コクリと、ド・セッザールは首肯いた。
「で、サイト達はどこにいるんです?」
「はぁ、で、貴殿の副隊長なのだが……それがちょっと参っておってな」
「何やら中庭で、怪しげな儀式を行っているのだよ。当人は、煩悩がどうのこうのと言っておるが……」
ギーシュは首を捻った。(一体、サイトまでどうしてしまったというんだ?)とそうぞういながら、取り敢えず事情を詳しく訊くために、ギーシュは先ず中庭へと向かった。
ギーシュが中庭に着くと、そこにはマリコルヌとレイナールとギムリがいた。彼等の実家は近いということもあり、早々に到着したらしい。
「やあ君達。サイトはどうしたね?」
とギーシュは尋ねると、マリコルヌが指さした。
中庭の真ん中に、才人が頭に白い鉢巻を巻いて正座をしている。その才人の周りには、丸太が何本も立っている。少しばかり離れた所で、シエスタが神妙な顔でやはり正座をしている。
「あいつは、何をしているんだね?」
「僕にも良く理解らん。何でも、心身を鍛えるためとか何とか」
しばしの時間が流れた。
見守るギーシュ達の間にも、何やら張り詰めた空気が届く。
ゴクリ、とギーシュが唾を呑み込んだ瞬間……才人の肩がピクリと動き、その右手が左腰に提げられていいる刀へと伸びた。
手が刀に触れたその刹那……才人は上体を起こし、片膝立ちになった。
同時に、才人の右手が、ギーシュ達から消えて見えた。
ヒュンッ! と何かが空を切る音が聞こえ、才人の四方に置かれた丸太が震えた。最後に、チン、と乾いた音がした。刀を抜いたかと思いきや、鞘に収まったままである。
ほんの瞬きをするくらいの間の出来事であったために、一体何が起こったのか、見物をしていたギーシュには全く判らなかった。
「何だね? あれは」
「あいつ、目にも留まらぬ速さであの剣を抜いて、丸太を斬ったんだ」
斬られた丸太の上半分は地面に落ちることなく、その下半分の上に鎮座している。が、上半分と下半分がわずかにズレていることから、4本の丸太が見事に切断されたことが判る。
「抜いた? だが、剣は、鞘に収まったままじゃないかね?」
恍けた声でギーシュがそう言うと、レイナールは首を横に振った。
「剣を抜いて、丸太を斬って、鞘に収めたんだよ。何でも、あいつ等の国の剣技らしい。居合い、とか……」
「まあ、凄いと言えば凄いが、その剣技の失踪と、煩悩とが、どう関係しているんだね?」
「知るもんか」
次に才人は正座へと戻る。
シエスタが立ち上がり、ととと、と駆け寄って額の汗を拭う。
そろそろ良かろうと、ギーシュ達は才人に近付いた。
「やあサイト。一体何があったんだね? ルイズが消えたそうじゃないか」
「いつも背負ってる剣はどうした? 何だか見たことのないい剣を提してるけど……」
才人は唇を噛んだ。
「デルフ……あいつは……俺を庇って……くそっ!」
「庇って? どういうことだ?」
「ああ……戦いの最中、“魔法”を吸い込み過ぎて……」
「何だ何だ!? セイヴァーの言った通りになったってのか!? 穏やかじゃないな! 一体誰に襲われたんだ!?」
少年達は、才人に詰め寄った。
「判らん。ただ、“メイジ”の2人組だった……もしかすると、“元素の兄弟”かも……」
才人がそう答えると、少年達は、むむむ、と首肯いた。
「ふむ、誰かの雇った刺客だろうな。全く、最近の君には何だか敵が多そうだからなあ……」
「有名人だしな」
「それと、ルイズの失踪は関係してるのかい?」
ギムリが、心配そうな声で尋ねた。
一同は神妙な顔になって、才人を見守る。
才人は拳で地面を叩いた。
シエスタが、才人の代わりに口を開いた。
「いえ。サイトさんが襲われた事と、ミス・ヴァリエールの失踪は全くの無関係です」
「じゃあ、ルイズはどうして姿を消したんだね?」
「サイトさんがとある高貴な女性と、唇を重ねている所を、ミス・ヴァリエールが目撃したのです」
シエスタはその自分の言葉で、何やら逆上してしまった。ギロリと才人を睨むと、しゃがみ込みその顔を覗き込んだ。
「ねえ、サイトさん。気持ち好かったですか?」
「心頭滅却煩悩退散心頭滅却煩悩退散心頭滅却煩悩退散心頭滅却煩悩退散……」
才人はブツブツとそのようなことを呟き続けている。
「好かったに決まってますよね。あの御方、あんなに綺麗なんだものね。あんなに色気が凄いんだものね。わ、私選り胸だって大きくってスタイルも宜しくいらっしゃるものね」
シエスタは、才人の首を締め上げた。
「う、浮気は私だけにして下さいねって! 言ったのにッ! 約束したのにッ! 何でサイトさんは高貴が好き何ですかぁ!? 野に咲く可憐な花での良さだってもっと知るべきですッ!」
「その辺にしておけ、シエスタ。才人は猛省している。故に、こうやって」
「セイヴァーさん……」
突然姿を現したといっても良い俺に、ギーシュとマリコルヌとレイナールとギムリは少しばかり驚いた。
「で、一体相手は誰何だ?」
キョトンとした顔でギーシュが尋ねた。
シエスタは、(ギーシュさんが真実を知ったら卒倒するに違いないわ)と想い、目を細め、タラリと冷や汗を流した。
俺達が答えないため、やれやれとギーシュは両手を広げた。
「ま、誰でも良いさ。君はホントにどう仕様もない男だなあ。少しは僕を見倣い給え。少しは」
ギーシュがそのようなことを言ったために、レイナールが呆れた声で突っ込みを入れた。
「君を見倣った日には、ルイズは毎日家出をしなきゃいけないだろうよ」
才人はシエスタを往なすと、ユックリと立ち上がった。それから、ギーシュ達に対して、ペコリと頭を下げる。
「兎に角、わざわざ来てくれて有難う」
泣き出しそうな苦しい笑顔で、才人は言った。努めて爽やかさを演出しています、といったようなそのような声である。
「いや、まあ、どうせ暇だったし……」
「で、ルイズはおまえ達の所に行ってないんだな?」
「ああ」
「これで今のところ全滅か……シエスタ、“トリスタニア”の宿は全部当たったっけ?」
「はい。修道院も。全部」
この7日間というモノ、才人は居合で精神を清めたつもりになった後、“トリスタニア”の宿という宿を捜し回っていたのである。暇な兵隊も駆り出されたのであるが、ルイズの影さえ掴むことはできなかった。それもそのはずであり、ルイズは“トリスタニア”とは逆方向の街道を行ったのだから……。
才人が出した、「ルイズを見なかったか?」という手紙の返事も、芳しくないモノばかりであった。一様に、「見ていない」とのことであった。
カトレアからの返事も届いていた。彼女には隠し立てをするつもりなかったために、才人は全てを正直に書いた。彼女からの返事も、「こっちには来ていない」という内容であった。より具体的には、「ルイズの身を案じていること、両親にも報告したところ、“あの娘の事だから、直ぐに戻って来るだろう”と楽観していること、でも、事が事だけに自分にはそうは想えない。早くルイズを何とか見付け出して欲しい……」といった内容の手紙であった。その返事を読んだ時、才人は涙を流した。取り立てて才人を責める様ような言葉は書かれていなかったためである。
自分のしでかしたことで、色々な人達に心配などを掛けてしまったのだ、ということが才人の肩に重く伸し掛かって来ていた。
そんな才人は「自分達だけで捜します」と言ったのだが、アンリエッタは当然取り合わなかった。ルイズはただの女官ではない。“トリステイン”のみならず、“ハルケギニア”にとってその存在自体が重大な、“虚無の担い手”であり、また、“聖杯戦争”に参加している“マスター”である。もし、“ロマリア”を始め、誰かに攫われでもすれば、一大事であるためだ。従って、手隙の警邏の“貴族”も使って、捜索隊が編成されたのである。
彼等は“トリスタニア”市街と、主立った街道沿いを探索している。
そのような立場などを考えれば、ルイズは自分の行動に対してもっと重大さを自覚するべきであるといえるだろう。
かといって、才人もアンリエッタも、ルイズを責めることはしなかった。いや、責められるはずもなかった。今回のこれは、今回の非は、明らかに2人にあったのだから……。
「なあ、セイヴァー……教えてくれ。ルイズは今何処にいるんだ? おまえなら知ってる、観えてるんだろ?」
「そうだな。だが、教えることはできん。捜索を手伝いはするがな……」
「……理解ったよ……良し。となると、“トリスタニア”にはいないということか……じゃあ、次は街道沿いの宿を当たろう。捜索隊が、見過ごしたかもしれないし……」
才人がそう言うと、シエスタも首肯いた。
「僕達も手伝うよ」
心配そうな顔でそう言ってくれた友人達の手を、才人は強く握った。
「悪い……ホントすまない、救かる。恩に着る」
その時、渡り廊下から柔らかい叫びが聞こ得て来た。
「サイト~~~!」
振り返ると、いつもの緑のワンピースに身を包み、大きな鍔の付いた帽子を冠ったティファニアが駆け寄って来る。
「はぁはぁ、ルイズがいなくなったって……本当なの?」
ティファニアは、夏休みの間中、“トリスタニア”の孤児院で、かつて“ウエストウッド村”で一緒に暮らしていた子供達と過ごす予定であったのだが。
「皆とピクニックに行っていたら、いきなりあんな手紙が届いたものだから、ホントにビックリしちゃって。一体何があったの?」
さて、何と言おうかと俺以外の皆がジットリと汗を流していると、次にコルベールとキュルケが正門の方からやって来た。
「いやいや、やっとあの、せんしゃ、の運用方法を考え付いて、ミス・ツェルプストーの家で改装を行っていれば……ミス・ヴァリエールがいなくなったと言うではないかね。一体、どうしたのだね?」
コルベールにも尋ねられ、才人は苦しそうに言った。
「俺が……その、他の女性と、その……唇を合わせているところを……」
コルベールは一瞬だけポカンとしたが、やおら腕を組むと、ウンウンと首肯いた。
「成る程。そういうことか……まだ若い君だからしょうがないと言えばしょうがないんだが……それは傷付いただろうなあ」
キュルケが、両手を広げて言った。
「全く、だからちゃんと忠告して上げたのに。女で苦労しそうよ、って」
ティファニアは、怒りを含んだ目で才人を見詰めた。
マリコルヌが近付き、ティファニアに恭しく一礼した。
「ミ・レィディ。この件についての感想をどうぞ」
ポツリと、ティファニアは言った。
「サイト最低。ルイズが可哀想」
才人は思わず地面に膝を突いた。
「あ、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼……嗚呼あ……」
「もっと言って上げてよ。モテねえ奴が、たまたま手柄を上げてちょっとモテるようになるとこれだからさ。ウッカリ浮かれて大騒ぎだかんな! おいおい田吾作、自分の立場忘れてんなよゥ……この成金野郎がァ……」
マリコルヌは目を吊り上げて。ゲシゲシと才人を踏み付けた。実にモテ話に厳しいマリコルヌである。
あぐ、ひぐぅ……と才人は情けない声を上げるばかりである。落ち込む時はトコトン落ち込む才人である。
「“天の鎖”よ」
マリコルヌは、落ち込む才人をなおも蹴り続け、更に追い詰めようとする。
俺は“
“
キュルケが、首を傾げて言った。
「でも……一体浮気の相手は誰なの?」
「それがこいつ、言わないんだよ」
マリコルヌは、縛り上げられ空中に浮かびながら、才人を見下ろして言った。
「でもさ、あのルイズが家出したのよー。何のかんの言ってさ、メイドとイチャつく位じゃそんなに怒らなかったじゃないの。だから、気になるのよね。もしかして、よっぽど近い相手……とか?」
そこでギーシュやレイナールの目の色が変わった。
「君、もしやモンモランシーじゃあるまいね?」
「ブリジッタじゃないだろうな?」
「ア、アニエスさんじゃないだろうね?」
ギムリが、そんなレイナールに突っ込んだ。
「君はああいうのが好きだったのか」
「ち! 違う! ちょっと訊いてみただけだ!」
顔を真っ赤にして、レイナールが叫んだ。
そのような騒ぎを他所にして、才人は力なく首を横に振った。
「……違う」
「じゃあ誰なんだね!? 何だか気になるじゃないかね~~~!」
ギーシュ達に詰め寄られる才人を見て、キュルケは首を傾げた。
「どうしたね?」
隣にいるコルベールが、キュルケのその様子に気付き尋ねる。
「いや……もしかしたらって、女の勘なんだけど」
「君の勘は当たるからね。言ってみなさい」
キュルケは、コルベールの耳元でゴニョゴニョと想い付いた名前を告げた。
「まさか!?」
「いや……だってあのルイズがそれだけのことをするには、余程信頼を寄せてた人物じゃないかなーって想うのよね」
流石に苦いモノを噛んだような声でキュルケがそう言ったために、コルベールもまた(何だかそうではないだろうか? でも、まさか……仮にも天下の女王陛下に限って、そんな!? でも、昨今のサイト君の人気を鑑みるに、あながちありえない話でもないような気がして来たぞ。女王とはいえ、陛下は未だ18歳の瑞々しい乙女ではないか。巷で大人気の騎士に心が動いたとしても、仕方がない。そして……ミス・ヴァリエールはその陛下と大の仲良しではなかったか? となると、彼女が家出をやらかしたのも、サイト君達が決して名前を言わないのも納得できる。流石に、その名前は口に出せないだろう)、と考えた。
自分が歴史的なスキャンダルに立ち会っているかもしれない、ということに気付いたコルベールは、ジットリと粘っこい汗が首の後で流れるのを感じた。それから、俺へと視線を向け、首肯き合う。
このことが公になってしまえば、命を落とす者も現れるであろう。そのくらいに“王族”の醜聞というモノは、油断ができないモノである。
少年達は、「一体誰だ!?」、「吐くんだ!」、と騒ぎ立てている。
そんな少年達に向かって、コルベールは冷静さを装いながら、ポンポンと手を叩いて言った。
「あー、諸君。今は相手が誰だろうが、良いじゃないかね? 取り敢えずミス・ヴァリエールを捜すのが先決だ。そうは想わんかね?」
まあそれもそうだな、と少年達は首肯き合う。それから、厩の方へと歩き出した。
膝の埃を払い落としている才人に、ギーシュが、ポリポリと頭を掻きながら言った。
「なあサイト」
「何だ?」
「捜すのは良いんだが。もし見付かったとして、どーするんだね?」
「どーするって?」
「いやなに、ルイズにはルイズの気持ちがあるだろうさ。君とはもう一緒にいたくないってキッパリ言われたらどーするんだね?」
才人は、しばし考えた。それから、寂しそうな声で言った。
「そん時はそん時だ。兎に角、今は逢って謝りたい」
しばらくギーシュは黙っていたが、あまり気乗りしない顔で、「まあ、それしかないんだろうなあ」と言った。
さて、その頃ルイズは、“シュルビス”の“陸の白鯨亭”で、ジャネットと共に、彼女の兄弟を待っていた。
“陸の白鯨亭”は、特に上等という訳ではなく、それほど安い宿でもない、身を隠すには打って付けの宿であるといえるだろう。
2人は、そこの部屋を1室借り切っていた。
ルイズは酒を呑んで、ジャネットに愚痴の限りを尽くしていた。堰を切ったかのように、ルイズは想いの丈を打ち撒けた。
ジャネットはジャネットで、そんなルイズを楽しげに見詰めながら話を聞いてやっていた。
「でね? ジャネット聞いてる?」
ルイズの声は、スッカリ打ち解けた調子である。2日間という時間は、短いながらも、酒の力も手伝ったのであろう、ルイズから緊張と疑いをスッカリ奪っていたのであった。
「聞いてるわ」
「あいつね。私に言ったんだから。“俺が好きなのはおまえだけだ!” って! 何度も! こぉーんな顔して! それなのに! 選りにも選って私の親友とキスするってどーゆーこと? ねえッ!?」
「ほーんと、そんな奴死んだ方が良いわね」
ジャネットが、笑みを浮かべながら言うと、ルイズはウンウンと首肯く。
「そー思うでしょ? あ、あ、あ、あの犬ッ! わ、わ、わ、私の、こ、こ、こと、こ、ここ、こぉーんな顔して、も、もも、求めて来た癖にッ! よ、よよよよ……! よ!」
ルイズはそこで、怒りの余り激しく咽てしまった。
ジャネットが隙かさずワインの瓶を手渡す。
ルイズはグビグビと飲み干すと、目を回して後ろに打っ倒れてしまう。
5分ほどピクリとも動かなかったが、やおらムクリと起き上がり、「よ、他所の女にもおんなじことしてたんだわぁ~~~ッ! わ、私だけって言った癖にッ! もうホントに想像しただけで私の頭はでんぐり返っちゃうのよッ! あの嘘吐きぃ~~~ッ!」と叫び、それからルイズは再び後ろに打っ倒れる。
ジャネットは立ち上がり、テーブルの上にある水差しを引っ掴む。それから、ルイズの顔の上からドボドボと水を掛けた。
するとルイズはまたムクリと起き上がり、据わった目でジャネットを見詰めるのである。
「ねえジャネット。私、何だか恥ずかしいことを沢山言ってしまった気がするわ」
「そんなことないわよ」
と、涼しい顔で、ジャネットは言う。
「それなら良いんだけど」
ルイズは深い溜息を吐く。
「で、いつになったら貴女の兄弟は来るのよ? いい加減、待ち草臥れたわ」
ジャネットの兄弟が、ヒッソリと暮らせる場所、とやらを知っているために、ルイズはこうやって待っているのである。が、そろそろ2日が経とうとしていた。
「良いじゃない。ユックリ待ちましょう」
少し酔いの覚めたルイズは、少しばかり疑問に想ったことをジャネットに尋ねることにした。
「でも、どうして見ず知らずの私のために、そこまで親切にしてくれるの?」
「貴女が気に入ったからよ」
ジャネットは微笑を浮かべた。本当に人形のように美しい顔であるといえるだろう。そして、人形のようにその印象はどことなく冷たい……ヒトとは違う何かを感じさせて来るのである。
それからジャネットは、ツイッとルイズの顎を持ち上げた。
「だって、こんなに可愛いんだもの、生意気そうで、でも傷付きやすそうで、それでいて真っ直ぐな目……ただ可愛いだけじゃなくって、どうにも侵し難い気品があるんだもの」
「え? え? え?」
ルイズが目を丸くしていると、ジャネットはルイズの髪を摘む。それから、ルイズのその髪の先で、ジャネットは自分の鼻を擽った。
「それにとても細くて……綺麗な髪ね。まるで御人形みたい。貴女みたいな娘を、ホントの美少女って言うんだわ」
ルイズは、「人形みたいなのは貴女じゃないの」と言おうとしたが……言葉にならなかった。前にも感じた疑問が、ルイズの中で膨れ上がって来たためである。それから、(この娘……やっぱり例の特殊な趣味の娘じゃないかしら?)と考えた。
女の子で在るのにも関わらず、同性である女の子が好き。そういう特殊な人物が存在するということを、ルイズは知っていた。“魔法学院”でも、何度かそういった噂を耳にしたことがあるのである。
それからルイズは、(だから、こんなに私に親切にしてくれるんじゃないの? まあ、見るからに“ロマリア”の手の者ではないし……)と考えた。
ジャネットは、神や信仰とは、1番遠い所に位置しているように思える雰囲気を纏っているのである。
そのことからやはり、(それなのに、私に親切にしてくれる。となると……やっぱり……特殊な趣味の人?)といった疑惑がルイズの中で浮かび膨れ上がるのであった。
「…………」
ルイズは横目でジャネットを見詰めた。
ジャネットの容姿……白い肌はまるで夜の砂漠のようであるといえるだろう。そして2つの細長い翠眼は、月明かりを受けて光るオアシスだと例えることができるだろう。
何て綺麗なんだろう、とルイズは一瞬だが見惚れてしまう。
するとジャネットは、いきなり真顔になって、「食べても良い?」などと訊いて来るのである。
ジャネットのその言葉はあまりにも無邪気で「此の御菓子食べても良い?」くらいの調子の言葉であるため、ルイズは思わず首肯きそうになってしまった。
「だ! 駄目よ! 何言ってるの!?」
するとジャネットは、きゃはははは! と大声で笑った。
「あー可笑しい! 貴女、本気にするんだもの! もう、ホント貴女って駆け引きができないタイプね。増々気に入ったわ」
からかわれたということに気付いたルイズは、ムスッとして、「どうせ私は単純よ」と呟いた。
その時、扉がノックされた。
ジャネットの顔に緊張が奔る。
「……貴女の兄弟?」
ジャネットは首を横に振り、油断なくテーブルの上に置かれた小振りな“杖”に手を伸ばす。
「王軍の巡視隊だ! ここを開けろ!」
その声で、ジャネットはルイズの方をチラッと見詰めた。
ルイズは、酔いが覚めたような顔をしている。
唇の端に笑みを浮かべ、ジャネットは立ち上がると扉を開いた。
其処には、王軍の士官服に身を包んだ2人の“貴族”が立っていた。
1人の“貴族”が、「2人組か……」と小さく呟いた。
「一体、何事ですの?」
ジャネットが尋ねる。
「いや……然る重要人物を捜索しておりましてな」
ジャネットが握る“杖”から“貴族”と見当を着けたのだろ、丁寧な物腰になって男は言った。
「然る重要人物? 穏やかではないですわね」
「レディ、貴女はここで何をしておられるのかな?」
「侍女と一緒に、兄達を待っておりますの」
素知らぬ顔でジャネットが言うと、巡視の“貴族”はルイズを見やった。
彼等は顔を見合わせる。
「……桃色がかったブロンドの“貴族”の少女ということだったな」
「しかも1人切りだそうだ。こちらのレディは、侍女を連れている」
それでどうやら、自分達の捜している人物ではないと2人の“貴族”は判断したらしい。
失礼を致しました、と頭を下げ、巡視の“貴族”達は部屋を出て行った。
ルイズは、ホッとして思わず溜息を吐いた。それから、(間違いなく、今の“貴族”は私を捜してた。髪を染めたり、下賤な格好をした甲斐があったというモノだわ。やはり……姫様は私を捜すために捜索隊を出したのね。私が“虚無の担い手”だから? それとも、友人だから?)、と考えた。
そう想うことで、(それならば……あいつに手なんか出さないで欲しかった)とルイズの中で沸々と冷たい怒りが湧いて来るのである。
次いで、(今頃、姫様もサイトも、後悔しているのかしら?)と想い、恐らく必死になって自分を捜しているだろう2人を、ルイズは想像した。それでも、やはり……戻る気にはなれなかった。
「貴女、随分と御偉い人なのね」
「な? 何を言ってるの?」
ジャネットは、ルイズの髪を弄りながら呟いた。
「染めてるのね。元の色は、何色かしら……? ブロンド? 赤毛? それとも……桃色がかったブロンド?」
「……そ、それは」
「あの人達、貴女を捜してたんでしょ? 感謝して欲しいわ。話を合わせて上げたんだから」
直ぐに気持ちが顔に出てしまうルイズは、唇を噛んで俯いた。
「良いのよ。貴女が何者だろうが、私にとってはどうでも良いこと。兎に角貴女は逃げ出して来た。それで良いじゃない。私は気にしないって言ってるの」
ここまでは言われては仕方がないと想い、ルイズは小さく、「有難う」と御礼を言った。
そんな素直なルイズを見て、ジャネットは笑みを浮かべた。
「ホント、貴女みたいな純な娘がいながら、浮気する男が信じられないわ」
「だからね? 別に純じゃないわ。これでもちょっとは知られたヴァネッサ姐さん……」
「もうそれは良いって言ってるじゃないの。でも、どうして逃げ出して来たの? 貴女くらい可愛かったら、男なんて直ぐに戻って来るわよ。現にああやって、巡視まで駆り出して一生懸命貴女を捜してるじゃないの」
ルイズは俯き、目を瞑ると寂しそうな声で言った。
「……その人、私の何倍も魅力的なの。だから良いの。それにあいつには、敵が多いの。その人だったら……私の 何倍も上手にあいつを守れるわ」
ジャネットは、ルイズを愛おしそうな視線で見詰めた。
「貴女、その人のことが本当に好きなのね。一体どんな人なのかしら? 気になるわぁ……」
ルイズは、ワインの瓶を掴むと、今まで使わなかった盃に注いだ。それを呑み干し、物憂げに肘をテーブルに突いて、呟いた。
「好きじゃないわ。ホントに、全然好きなんかじゃないの」
ルイズの目から、ポロッと涙が溢れた。そのまま、グシグシとルイズは目の下を擦る。
「好きじゃないもん。好きじゃ……」
ジャネットは、そのように泣き出してしまったルイズの肩を優しく抱いた。
「本当に変な娘。貴女、どうしてそんなに自信がないの? こんなに可愛いのに……そして……」
ジャネットは、ルイズの首筋に唇を近付けた。そして、軽くペロッと舐め上げる。
「……味で理解るわ。貴女、本当にとんでもない力を持ってるのね。1目で惹かれるはずだわ」
泣きじゃくるルイズに、ジャネットのその声と言葉は届かなかった。