ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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シュルビス

 才人達は3隊に別れ、“トリスタニア”から延びる、3つの主立った街道をそれぞれ行くことにした。

 先ず、ラ・ヴァリエールに通じて“ゲルマニア”へと延びる“ロラン街道”。“ラグドリアン湖”や、途中で分岐して“ラ・ロシェール”方面へと延びる“グリフォン街道”。そして、海岸に出て、海沿いに“ガリア”へと延びる、“ヴェル・ヱルの街道”である。

 “ゲルマニア”へと向かう“ロラン街道”には、キュルケとコルベールが向かうことになった。“グリフォン街道”には、ギムリとレイナール。そして、“ド・オルニエール”の側を通るために1番可能性が高いと想われる“ヴェ ル・ヱル街道”は才人とシエスタとギーシュにマリコルヌとティファニア、そして俺が向かうことになった。もし、“トリスタニア”に来ていないとすれば……ルイズはこの街道を行ったと考えられるからである。

 アンリエッタからは、「2週間後には帰って来て欲しい」と、皆言われている。もし、見付からなかった場合は……諦めて素早く“トリスタニア”へと戻る必要があるといえるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ルイズがいなくなってちょうど8日目の朝、才人達はそうそうに馬で出発をした。疾駆けで来たので、昼過ぎには“ド・オルニエール”を過ぎて、1番最初の宿場街へと才人達は到着した。

 ルイズが1週間前に宿泊した宿のある街であったが、もちろん才人間達が気付く訳もない。

 小ぢんまりとした、猫の額ほどの宿場街であるために、目星い宿は直ぐに見回ることができた。

 だが、当然ルイズの情報を得ることはできなかった。

「ルイズはこの街には寄ってないのかな……?」

 ギーシュがそう言うと、ティファニアが一軒の宿屋を指さした。

「あそこにも、宿屋があるわ」

 見るからに、ボロっちいと言える木賃宿である。

 シエスタが首を横に振り、その可能性を否定する。

「ミス・ヴァリエールが、あんな汚い宿に泊るなんて想えませんわ」

「ホントだよ。冗談は胸だけにしといてタッチ」

 マリコルヌが、そう言いながらティファニアの胸に手を伸ばす。

 きゃっ!? と喚いて、ティファニアが後ろに跳び退り、マリコルヌを恨めしげに見詰める。

「ガ、ガールフレンドに言っちゃうんだから!」

「望むところだ。言うが良いさ! あの娘はむしろ、僕を取っ締める材料ができたって喜ぶだろう。ブタ、ブタ、ちっとこぉー。ブタ、ブタ、彷徨い歩けぇ……」

 マリコルヌが遠い目になって躙り寄って来たために、ティファニアは泣きそうになった。

 そんなマリコルヌの頭を、シエスタがフライパンで殴り付ける。

 コ、コ、コォ……と白目を剥いてマリコルヌはぶっ倒れた。

 そのような騒ぎを他所にして、(いつものルイズなら、こんな所には泊まらないだろう。でも、今のルイズはきっと……いつもの、ルイズじゃない)と考え、才人は木賃宿を見詰めた。

「どう想う、セイヴァー?」

「そうだな……可能性は0ではないだろうさ」

 俺は、才人の質問に対し、ぼかして答える。

「お、おい!」

 才人がズンズンとその木賃宿に向かったのを見て、ギーシュが呼び止める。

「まあ、訊くだけ訊いてみようぜ」

 

 

 

 マントを着けた才人が入って行くと、一斉に客達が振り返る。

 店の中は、安酒と焦げた肉と、男達の体臭が入り混じっており、軽く咽そうになる。そして、濛々と、パイプ煙草の煙が溢れている。

 茶色く酒焼けした店の主人は、才人をチラリと見るなり、外方を向いた。

「ちょっと伺いたいんですが。数日前に、小さな“貴族”の女の子が来ませんでしたか?」

 しかし、主人は「知らない」とでも言うように、首を横に振るだけである。

「サイト、行こうぜ」

 ギーシュがそう言ったが、才人は椅子に腰掛ける。それから金貨を1枚カウンターの上に置いた。

 その金貨に一瞥をくれると、「注文は?」と主人は漸く口を開いた。

「いや……こいつで知ってる事が有ったら、と言う意味なんだけど」

 才人が困った声で言うと、主人は無言でワインの瓶を置いた。

「家は道案内や人捜しはやってねえ」

 主人がそう言うと、店内の男達から笑い声が飛ぶ。

 才人は溜息を吐くと、ワインの瓶を取り、一気にグビグビと呑み干した。

「行こうぜ」

 才人は立ち上がった。

「待ちな」

「あんたが捜してるのは、こうなんだ、桃色がかったブロンドの小さな“貴族”娘か?」

「そう! それだよそれ!」

 才人は思わず、カウンターに躙り寄る。

「その娘なら、何だ、ここに泊ってたぜ」

「ホントですか?」

「嘘吐いてどうする?」

「何か言ってましたか?」

「何も。毎日、部屋に閉じ籠もっていたしな。流石に見かねてな、“貴族”の娘さんが泊るような店じゃねえ、と言ったら出て行ったよ。3日か4日ほど前だったかな」

「どっちに行きました?」

「そこまでは知らんね」

 才人は礼を言うと、店を出ようとした。

 その背に、店の主人が声を掛けた。

「家の酒を呑んだ“貴族”はあんたが初めてだ」

 才人は振り返ると、マントを摘んで言った。

「こんなの着てるけど、俺は結局“貴族”にゃなれませんでしたよ。だからあいつも出て行ったんだ」

 

 

 

 店から出て来た才人を、俺を除く皆が取り囲む。

「ルイズはこの店に泊まってたみたいだ」

「おおおお! でも、なんでまたこんなボロい店に……」

「金が無かったんだろ……」

 そうは言った才人ではあるが、なんとなくルイズの気持ちを想像することができた。泊まる宿すらどうでも良くなるほどに、それくらいにショックを受けたのであろう。あの気位が高いといえるルイズが……。

「この街道で間違いないと想う。急ごう。ああ、他の街道を行った皆に、梟便で報せておかないと」

 ルイズに関する手掛かりを見付け次第、梟を使って報せる手筈になっているのである。こういう時のために、“魔法”の割札を持った相手に手紙を届ける専門の梟がいるのである。

 才人は、コルベール達とレイナール達宛に、「ルイズの手掛かり発見」、と短い手紙を書いた。その手紙を、持って来た梟に括り付けて、大空に放す。

 バッサバッサと梟は飛んで行った。

「ここから馬で半日の所に、“シュルビス”って街があるぜ」

 マリコルヌが言った。

「結構大きな街だね」

 ギーシュも首肯く。

「良し。じゃあ次はそこに向かおう」

 

 

 

 

 

 途中、何度か馬を替えながら、深夜の3時に“シュルビス”に到着した時には、一行はヘトヘトに疲れ果てていた。

 無理もない、といえるだろう。この2日間というモノ、ほとんど寝ていにあのだから。

「取り敢えずどこかに泊まろうぜ。少しは寝ないと身体が保ないや」

 “シュルビス”は“ハルケギニア”のどこにでもあるような、人口が1,000人位の宿場街である。

 宿屋だけではなく、様々な地方から運び込まれた品が集まり、広場には毎日市が立って賑わっている。

 だが、やはりこの時間にはあまり出歩く人もない。

 所々焚かれた篝火だけが、頼りげなく道を照らしているだけである。

 宿屋は街道沿いに20軒ほどありそうであった。

 “トリスタニア”の夜も、東京で育った才人からすると、まるで真っ暗であったが……地方の街であればもう闇の底だと想わせるほどである。

 この闇では、ルイズを捜すどころではないといえるだろう。

「そうだな。一休みして、朝になったら宿を当たろう」

 才人達は、手近な宿に飛び込んだ、

 “貴族の羽飾り亭”という仰々しい名前の宿であったが、中は狭い。また、あまり上等とは言い難い。

 だが、それでも皆疲れていたということもあって、空いている部屋を2つ取り、男と女に分かれてそうそうに引き込んだ。

 ベッドに飛び込んでみたものの、才人は中々寝付く事が出来無かった。

 才人は、(ルイズの手掛かりを見付かったことは素直に嬉しいけど、本当に見付かるのだろうか? それに、もし見付けたとしても、ルイズが俺を赦さなかったら? 今まで、怒りこそすれ、こんな風に俺の前から姿を消したことなんてなかった。赦してくれなかったら、どうすれば良いんだろう?)と考え込んでしまい、どうにも寝付くことができず、階下へと下りて行った。

 酒場には、人の姿は当然なかったが、蝋燭の灯りが灯っている。

 才人は、ワインの棚から1本取り出し、カウンターの上に金貨を置いた。

 才人は1人、ボンヤリとワインを呷り始めた。

 そうしていると、階上から誰かの足音がしたことに才人は気付いた。

 見ると、ギーシュであった。

 ギーシュは、コップを1個カウンターの裏から持って来ると、自分でワインを注いだ。

「眠れないのかね?」

 尋ねられ、才人は首肯いた。

「ああ」

「しっかし、一体ルイズはどうするつもりなんだ? 全く、あの我儘ルイズが1人で生きて行ける訳なんかないじゃないかね。修道院にでも入るか、どこかの御金持ちの家に潜り込んで、御妾さんにでもなるしかないのになあ」

 才人は苦しそうな顔になって、「やめてくれ……」と呟いた。

「君は我儘だな! 浮気しておいて、相手がするのは許せないだなんて!」

 そう言ってから、ギーシュは悩ましげな顔になる。

「何てな。まあ、そういうもんだな。実際」

「なあギーシュ……俺って実際何々だろうな……? あれだけルイズが好きだと想ってたのに、他の女性の魅力に、コロッと参ってしまうだなんて……」

 才人が頭を抱えていると、ギーシュが呆気に取られた顔で言った。

「そんなの、当たり前じゃないかね」

「そりゃ、おまえはそうかもしれないけどな……」

「僕だけじゃない。君だってそうじゃないか。だから、その何とかっていう高貴な女性と唇を重ねてしまったのだろう?  セイヴァーは、まあ、別だろうけどさ……良いとか悪いとかじゃなく、君や僕達はそういう生き物なんだよ。一体、何を悩んでるんだね?」

 それでも才人は、首を振った。

「そ、それじゃあ、俺は嘘吐きじゃないか……好きなのはおまえだけだって、何度も言ったのに……」

「そりゃ、その時はそう想ったんだろうさ。僕だって、別に嘘を吐いている訳じゃない。いつだって、その時は本気でそう想うんだ。君が1番だ! ってね」

「でも、それは都合の好い言い訳じゃないのか?」

 すると、ギーシュは少しばかり苛ついた声になった。

「言い訳? おいおい、馬鹿言っちゃいけない。この世にはどれだけ魅力的な女性がいると想ってるんだ? その人達に感じた想いは本物だよ。それを言い訳だって? 違うね! 強い魅力の前では、人は抗えない。それだけの話じゃないかね」

「でも、でもな……」

 頭を抱えた才人に、ギーシュは言った。

「もっと正直になり給え」

「は? 俺は正直だよ! 正直にこうやって悩んでるんじゃないか!」

「ハッキリ言うがね、君は女性に対して魅力を感じたことなんかにゃ悩んでない。保証するよ。君が悩んでいるのは、たった1つ。ルイズに嫌われたくない、だ」

 才人は真っ青になった。急速に酔いが覚めていうことを自覚する。まさに、ギーシュの言った通りであったためである。

「だろ? 君はな、心のどこかで、そういうもんだ、と想ってる。いかにそういう自分を正当化しようがか、その上でどうルイズに赦して貰うのか、そればっかり考えてるんじゃないのかね?」

「そんなことねえよ! 大体、どうしてそうなるんだよ!?」

 才人は、どん! とテーブルを叩いて怒鳴った。

 するとギーシュは、真顔で言った。

「僕がそうだったからだ。僕はね、自分で言うのもなんだが、非常に女性の魅力に敏感なんだ。綺麗な人を見ると、つい我を忘れて想いのたけを打ちまけてしまう……でもな、僕だってな、そう言う自分は不味いと想ってたんだ。だって、僕にはモンモランシーがいるじゃないか! 君は僕のことを、どう仕様もない能天気でただの御調子者だと想っているのかもしれないが、それが違うんだぞ。僕だってな、悩んだんだ」

 ギーシュはそこで、一息吐いてワインを呑み干す。エンジンが掛かって来たのだろう、更に一気に捲し立て始めた。

「だから僕は一時、綺麗サッパリ他の女性を口説くことをやめた。そりゃもう見事にやめたんだ。いつだっかな……? 兎に角、君に逢う前のことさ。僕は毎日、モンモランシーのために尽くした……綺麗な女性が通り過ぎても、“お、綺麗だな”、と想うくらいで、決して言葉には出さない日々が続いた……」

 才人は身を乗り出して、ギーシュの言葉に聴き入った。

「でもな、それは不自然な行為だったんだ。僕の心は次第に枯れていった……モンモランシーに掛ける言葉さえ次第にマンネリになって行った。“その言葉、昨日も聞いたわ”なんて言われてしまう始末さ! その時僕は想ったね。もしかして、これは、不自然な状態なんではないかと! だから僕の心は枯れて行くんだ!」

 ギーシュはそこで、才人の肩を掴んだ。

「魅力、を感じるのはどこだ?」

「え? ええ?」

「魅力的な女性に、魅力を感じるのはどこだ?」

「こ、心?」

「そうだ! 己の心だ! だが、それが誰が創ったんだ? 神様だ! 己の心は神様が創ったんだ! 魅力的な女性だって、神様が創ったんだ! それを褒めて何が悪い!? そりゃ、褒めれば自然口説きになってしまう! だから、僕は想ったね! 美しいモノを美しいと感じてしまうこの気持ちが罪ならば、神様に問うべきだと! 僕はこれでも敬虔なる“ブリミル教徒”だ。神の御心に背いては相ならん。だから神様の意に沿うことにした」

「で、取り敢えず魅力を感じたら口説きまくるって訳か?」

「そうだ」

「おまえは死んだ方が良いと思う」

「何でだね!?」

「モンモランシーの気持ちはどうなるんだよ? おまえが他の女口説くたびに傷付いてるぞ。それが原因でこの前だって振られてんだろうが」

「そりゃそうだ。これは僕の理屈で、モンモランシーの理屈じゃないからな」

 ギーシュは、そこで一旦言葉を切ると、才人へと向き直る。

「だから僕は、モンモランシーを他の女性の10倍、大切に扱う。ホントは之でも、足りないくらいなんだろうな。でも、しないよりはマシだ。現にモンモランシーは、何のかんの言って僕を赦してくれる」

「何て理屈だ!?」

「おいおい、どうして他の女性に魅力を感じてしまったんだろう? 何て、どうでも良い理由で悩んでいる君の100倍はマシだと想うがね。そんなのはしょうがないじゃないか。いや、君だってホントは、しょうがない、って想ってるんだ。それより君は、ルイズに優しくしてたのかい?」

「し、してたよ!」

 才人は叫んだ。

「きっと、ルイズの方ではそう想ってなっかたのさ。君の、優しい、じゃ足りなかったんだ。だから君の元から逃げ出したんだ」

「う……」

 才人は、ギーシュの言葉と考えに何だか丸め込まれそうになった。それから、(想えば、俺は、優しくするどころか、随分ルイズに変なことをしなかったか? レモンちゃんだの小さいにゃんにゃんだの言わせてみたり……ルイズは“ロマンチックなのが好い”っていっつも言ってたのに、俺がやってたことと言えば……)と自省し始める。

「俺、ただの変態じゃねえか……」

 すると才人は、後ろから声を掛けられた。

「違うね。君は、レヴェルの高い、変態だよ」

「マリコルヌ!」

 マリコルヌは、丁寧にパジャや姿である。おまけに枕も抱えている。

「おまえな、ホテルの食堂ってのはパジャマで歩き回っちゃ……」

 と、そのような旅行の栞に記載されているような注意を、才人が言うのだが……。

「何言ってるんだ? 君達の声で起きちゃったんだよ」

 マリコルヌは、当然文句を言った。

「さて、ギーシュはどうやら、君が優しくしなかった。おかげでルイズが逃げ出したと言ってるが、僕の意見はちょっと違うね。僕が見るに、サイトは相当良くやっていた」

「そうかね? 僕にはそう見えないが……」

 ギーシュが疑問手を呈する。

「良くやっていたさ! なあギーシュ、相手はあのルイズだぜ。考えてもみろ。確かに顔はまあまあさ。そこは僕も認める。でも何だあいつ。あの身体! 細くて痩せっぽちで、まるで板じゃないか! 子供じゃあるまいし、17であれはない。ないよ。それでもちょっとは萎らしくしてればまあ可愛いさ。でも、何だあいつ!? 二言目には犬。どんだけサイトが頑張ろうが犬。おいおい、テメエの身体鏡で見てから言えっつの。テメエの性格省から言えっつの」

「むむむ……」

 ギーシュは、マリコルヌの意見を聞いて、唸り始めた。

「そんなルイズのなのに、サイトは健気だったよ。“可愛い可愛いおまえ可愛いレモンちゃん”何つって、必死で口説いてた。さて、誓って言うが、ルイズにそんだけの価値はないね」

「おまえな……人の好きな女捕まえて、そこまで言うか……」

「言うね! 僕は予々、ルイズのどこが好いんだ? って想ってた。サイト、恥じることはないよ。君は“英雄”じゃないか。どんな女だって、今の君には靡くんだ。それなのに、ルイズ一筋だった君は偉い。と言うかありえない。ちょっとの余所見で家出をするなんて、あの女、勘違いしてる」

 才人は、ガバッと立ち上がると、マリコルヌの胸倉を掴んだ。

「馬鹿! おまえな、ルイズは可愛いんだ! 何も理解ってねえ!」

「ほう? どこがどう可愛いんだ?」

「いつもは、確かに怒りっぽいんだけどな……べ、べべ、ベッドの中だと可愛いんだ。凄い従順になって、何でも言うことを利くんダ」

 上擦った声で、才人は言った。

「ホントかい?」

「ああ。おまえだって聞いただろうが? レモンちゃん」

「レモンちゃん聞いた」

「普通は言わない」

「言わないな」

「詰まりは、そういうことだ」

「ふむ」

 それから才人は、夢見るような口調になって言った。

「あいつな、昼間は確かにおまえの言う通りかもしれん……生意気で、我儘で……でも、夜のあいつは違うんだよ……“知らない!” とか言うんだけど、目は期待に燃えてるんだ。毛布をこう、鼻の下まで冠って、恥じらいと期待が入り混じった震える目で俺を見やがるんだ。それにな、ルイズは確かにまな板かもれしれないけど、何だか妙に女っぽい身体してるんだ。腰なんかこう縊れてて、背中のラインなんかまるで神様が創ったレーシングコースだぜ? 全部が小さいんだけど、取り敢えず胸以外は妙なヴォリュームがあるんだ。それはもう、言葉にゃできないけど、何だか凄いんだ。嗚呼嗚呼嗚呼! 滅茶苦茶にしてやりたい!」

「滅茶苦茶にしたの?」

「ま、まだ……」

「ぷ。情けない」

 マリコルヌが笑みを漏らしたので、才人は掴んだ胸倉を引き上げた。

「おまえだってまだだろうが! 大体いっつも邪魔したのはおまえだろうがッ!」

 そのような騒ぎを3人の少年が起こしていると、後ろからジトーッと冷たい視線が投げ掛けられて来ていることに、少年達3人は気付いた。

 振り向くと、ティファニアとシエスタが立っており、3人へと冷たい目で見ているのである。

 隙かさずマリコルヌは、コホンと咳をする。それからティファニアに向かってペコリと一礼をした。

「ミス、感想ぞどうぞ」

「サイト最低。ルイズが可哀想」

 シエスタも、冷たい声で言った。

「そんなに魅力を感じてるのに、どうして浮気しますか?」

「ミス。もっと、もっと御願いします」

「サイト最低」

 才人は、「嗚呼嗚呼……」と頭を抱えてうずくまる。

 マリコルヌが、そんな才人の頭をゲシゲシと踏み付ける。

「なあ僕ちゃん。おまえ、ホントに変態だな! そりゃルイズも逃げ出すわ!」

 自分を棚に上げてそのようなことをのたまうマリコルヌに踏み付け乍ら、(そうだ、あんなに可愛いルイズがいながら、俺は何をやってるんだ……)と才人は切ない気持ちになった。そう想うことで、才人は自分のしでかしたことが、やはりどうにも赦せなくなって来るのである。

 ティファニアが、怒った声で言葉を続ける。

「ねえサイト。そんなに大好きなルイズに同じことされたら、どう想うの? 他の男の子と、ルイズがキスしたらどうするの? 私、きっとサイト傷付くと想うな!」

 本当にその通りであり、ワルドとルイズのやりといrなども想い出し、才人は何も言い返すことができなくなった。

「ごめん……」

「謝るのは私にじゃないでしょ? ルイズじゃない!」

 それからティファニアは、ギーシュとマリコルヌに向き直った。

「貴男達も貴男達だわ! 勝手な理屈を振り回して! 女の子を何だと想ってるの!?」

 いつもは大人しいティファニアの剣幕を前に、ギーシュとマリコルヌもタジタジとなった。

「すいません」

「ティファニアさん、格好良いです……」

 そのようなティアニアを見て、シエスタは目を潤ませて言った。

「……あう。ちょっと恥ずかしいけど、言わなくちゃって。だって、男の子達、余りにも我儘なんだもの……ねえサイト」

「はい」

 ティファニアに呼び掛けられて、才人は言葉を返しながら正座した。

「あのね、ルイズはね、サイトにその……そうゆう変なことされても言わされても、全然怒ってなかったよ? あれだけプライドの高いルイズが、だよ? きっと、それだけサイトのこと信用したたんだと想うの」

「そっか……」

 熱が冷めたかのように、才人は項垂れた。確かに、改めて思い直してみるが……才人から見ても、ルイズは怒っているようには見えなかったのである。が、改めてこのように他人の口からそうだと言われることで、ルイズの健気さを始め、自分への気持ちが浮き彫りになったように、才人には感じられた。

 才人は、(どうやって赦して貰おうか、なんて考えるのはやめよう)と窓から射し込んで来る朝陽を見ながら想った。それから、(精一杯謝ろう。赦して貰えるかどうかなんてのは、二の次だ)と考えた。

 そのような爽やかとでもいうことができる決心を人知れずしている才人の頭を、マリコルヌが踏み付けた。

「何1人で理解ったような面してるんだっつの? おまえなんかただの変態だっての」

 相手が弱っていると調子に乗るマリコルヌであった。

「良く言ったティファニア。大したものだ」

「セイヴァーさん……」

 ティファニアは恥ずかしそうに俯く。

「今のように、もう少し普段から自信を持てていれば良いのだがな。さて、マリコルヌ。その辺にしておいてやれ」

「セイヴァー。こいつに言ってやってくれよ。何をしでかしたのかを……ただの変態で、それに愛想を尽かされたってことを」

「ふむ……確かに、才人。おまえが悪いのだろう」

「う……」

「だが、おまえだけが悪かったという訳ではない。要は“間が悪かった”だけなのだ」

「でも、今回は俺が……」

「考えてもみろ。先ず、ティファニアやシエスタの考える通り、男は手前勝手な理屈で女性とやりとりをする。だが、男はそういった生き物だ。対して女性も同じだ。女性も女性で色々と自身の考えを持って行動する。男がそういった生き物だ、と知っていながらも、それ以上理解しようとはせず、そこで止まり、男女共に歩み寄ろうとしない。“貴族”を始めとした立場ある者達であればなおさらだろう。プライドや凝り固まった考えなどからどうしても歩み寄ろうといった考えに辿り着くことが先ずできない、いや、難しい。そして、おまえがキスをしてしまった、然る者は、立場が立場だ。が、他の“貴族”と比べると、率先して国のため、民のために行動に移している。それ故に色々と想いが溜まってしまう。王宮とあの屋敷が繋がっていることなどといったことに気付く者もまたいなかった。それに気付いた結果、話をする機会を得たのだ。そして、その然る女性は、才人……“この世界”の常識や慣習や風習に囚われていないおまえにだからこそ、心の中の想いを打ち明けることができたのだろう。そして、たまたま、そこをルイズが目にしてしまった。タイミングが悪かったんだ。そう……“おまえ自身の選択も―――おまえを取り巻く環境も―――おまえが良しとして、しかし手に入らなかった細やかな未来の夢も。それ等全てが、たまたまその時だけ、噛み合わなかっただけなのだ。御主の人生は、それだけの話である”。ルイズにも、その女性にもこれは当て嵌まる。“御主も悪い。だが周りも悪い。要は、全てが悪かったのだ。人生とはそんなモノだ。全てが悪いのだから、悲観するのは馬鹿馬鹿しいぞ”」

「どうせ、それも受け売りなんだろ?」

 俺の言葉に、少しばかり気を取り直したといった様子で才人が言った。

「無論そうだとも。俺の前世での経験は大したモノではなかった。だが、環境自体は恵まれていた。故に、そういった色々な考えに触れることができた。受け売りだろうがなんだろうが、それに感銘を受け、影響を受け、共感したんだ。ただ、それだけのことだ。さて、宿が開かれるまでにはまだ1時間はある。1時間だけでも横になって来ると良い。少しばかり楽になるだろうからな」

 

 

 

 

 

 さて、ちょうどその頃。

 朝も雨にけぶる“シュルビス”の街の入り口に、騎乗の2人組の男が現れた。フードの付いた灰色のローブを纏った姿は、まるで修道僧の様だといえるだろう。

 だが、2人の会話の内容は信仰とはほど遠いところに位置していた。

「全く! ダミアン兄さんは欲張り過ぎるよ! 100,000“エキュー”で十分じゃないか! それが200,000“エキュー”は欲しいだなんて……」

 背の低い方が、困った調子で言った。深く冠ったフードの奥には、好奇心の強そうな少年の顔が見える。

 先日、才人を殺そうとしたドゥードゥーである。

「俺達の計画には金が要る。おまえだって知ってるだろ?」

 隣の大男が、野太い声で言った。筋骨隆々とした、まるで“メイジ”とは想わせない男である。

 ローブの上からでも膨らませたボールを皮膚の下に押し込んだかのような、はち切れんばかりの筋肉が見て取れた。

「でもね、ジャック兄さん、僕にはダミアン兄さんが急ぎ過ぎているように想えるんだよ。良いじゃないか。100,000“エキュー”だって破格だよ!」

「あいつからは、もっと引き出せると踏んでるんだ。ダミアン兄さんの交渉術は大したもんさ! こないたおまえを苦しめたターゲット、あいつ、何だっけ?」

「そう! あいつ! 意外に強いからびっくりしたよ。ヒリガルだか、ヒラガットだか……そんな名前の奴だ。剣で僕を苦しめやがった。“英雄、英雄”と持ち上げられているのも、満更嘘じゃなかったってことなんだろうな」

「そのヒリガル殿は、依頼人達にとっては、絶対に排除したい人物だ。おまけに、そいつを殺れるのは、俺達くらいなもんだ。絶対に依頼人達は折れるよ」

「そうかなあ……?」

 ドゥードゥーは、其れでも浮かない表情を浮かべる。

 ジャックはそんな弟をチラッと見やり、言葉を続ける。

「それより、ジャネットのいる宿はどこなんだ?」

「え、えっと……」

「おい! おまえ、まさか宿の名前を忘れたとか言うんじゃないだろうな? ジャネットからの手紙を読んだのはおまえだけなんだぞ!しっかりしてくれよ!」

「ま、待って呉れよ!」

 ドゥードゥーは青くなった。

「えっと、その……あの……途中まで出て来てるんだ! 確か、海だか陸だか川だか……そんな名前の宿だったような……」

「この! 待ち合わせの場所を忘れる奴があるか!? それくらいなら、ちゃんと俺達に見せてから手紙は捨てろ!」

「“資料になるモノは全て捨ててしまえ”って言ったのは兄さんじゃないか!」

 ジャックは首を横に振ると、それからドゥードゥーの頭を掴んでグリグリと動かした。

「おまえ、このことが“トリスタニア”で交渉を続けているダミアン兄さんに知られたら、大変だぞ」

 するとドゥードゥーの顔が、目に見えて青くなっていく。

「……か、勘弁してくれよ」

「だったら、早いところジャネットの居場所を捜して来い!」

 

 

 

 

 

 結局、一睡もしないままに才人は宿を当たることになってしまった。

 才人とシエスタと俺、ギーシュとマリコルヌとティファニアの2つのグループに別れ、通りの左右をそれぞれ1軒ずつ巡って行くのである。

 才人はこの前襲われたということもあり、また才人がまだ未熟であるという理由から、俺は才人とシエスタの護衛という形である。

 対して、ギーシュとマリコルヌの2人は“水精霊騎士隊”のメンバーではあり、ギーシュはその隊長であるのだが、恨みを買うほどのことはしていない。ティファニアは秘匿されてはいるが“虚無の担い手”であり、“巫女”だ。故に、そう簡単に手を出す輩はいないであろう。ティファニアに手を上げるということは、詰まり“ブリミル教徒”に喧嘩を売るどころか、戦争を仕掛けることに繋がるのだから。

 俺達は3軒ほど回ったのだが、芳しい答えは得ることができないでいた。

「この街は通り過ぎたんですかね?」

 シエスタが言った。

「どー何だろうなー?」

 才人とシエスタは4軒目に入った。

 そこは、“我々の海亭”という、大きめの宿屋である。小さなカウンターがあり、主人がパイプを吹かしている。

 才人は何度も繰り返したように、カウンターの主人に尋ねた。

「ちょっと御訊ねしますが……このくらいの背の高さの、“貴族”の女の子が泊まってませんでしたか? 年は17だけど、もっと幼く見えます。一応、人形みたいに可愛いんだけど……」

 すると主人は、うーん、と首を振る。

「ここも駄目か……」

 才人が宿を出ようとした時に、物凄い勢いで灰色のローブ姿の男が飛び込んで来た。

「うわあ!?」

 才人とシエスタを弾き飛ばし、ローブ男はカウンターへと詰め寄る。

「おい! 親父! ここに“メイジ”の女の子が泊まって為ないか? 年の頃は17で、黒白の服を着てて、人形みたいに可愛いんだ!」

 その声に、才人は思わず振り返った。

 カウンターの親父は、首を横に振る。

「“貴族”の御嬢さんの間では、一人旅が流行っているんですかな? 今し方来た“貴族”の方も、同じようなことを訊いて来ましたな!」

 ローブ姿の男は慌てて振り返り、才人と目が合った。その顔が、しまった、という具合に歪む。

 才人は、その男を見て、口をポカンを開けた。それから、(あいつは……つい9日前、デルフをバラバラにして、俺を半殺しにした連中の片割れじゃねえか!)と想い気付く。

「てめぇ……」

「サイトさん?」

「シエスタ、セイヴァーの側にいるか、皆の所に逃げろ。こないだ俺を狙った奴だ」

「は、はいっ!」

 弾かれたかのように、シエスタは皆に報せるために駆け出して行く。

 才人は刀に手を掛けた。デルフリンガーを失った時の悲しみ、そして怒りが急速に蘇り、また膨れ上がる。それにより、才人の感情を受けたことで、左手甲の“ルーン”が強く輝き出す。

 才人はあの時、柄も通れとばかりに、刀で深く腹を抉ったはずであった。がそれでも今眼の前にいるドゥードゥーは、ピンピンとしている様子である。

 そのことから才人はあの少女が“水”の使い手であり、彼女に怪我を癒して貰ったのであろうと推測した。

 ドゥードゥーの強烈な“ブレイド”といい、2人共相当な使い手であるといえるだろう。

 油断なく周りに目を配りながら、才人は腰を落とした。

「おまえに、訊きたいことが沢山あるんだけどな」

 するとドゥードゥーは、心底参った、といった具合に手を振った。

「今日は休日なんだよ」

「人を殺そうとしといて、休日も糞もあるか」

 2人から発せられているただならぬ雰囲気に、店の主人が青くなる。

「おいあんた等! 喧嘩なら他所でやってくれ!」

 その声で、才人は顎をしゃくった。

「外に出ようぜ」

 その瞬間、ドゥードゥーは瞬時に“杖”を抜き、かなりの速度で“呪文”を唱えてみせた。

 “エア・ハンマー”。

 巨大な空気の塊に、才人は宿のドアごと吹き飛ばされて、通りに転がってしまう。

「くそッ!」

 直ぐ様立ち上がるも、ドゥードゥーが脱兎の如く駆け出して行くのを才人は見た。

「待てッ!」

 才人はその後を追い掛けた。

 

 

 

 通りの向こうから疾走って来るドゥードゥーを見て、ジャックはその巨体を竦めた。

「あいつ、一体何をやってるんだ……?」

「兄さん! 兄さん! 大変だ!」

「一体何が大変なんだ? 言ってみろ」

「えっと! その、例のターゲットがいた!」

 はぁ? とジャックは口をまん丸に開いた。次いで、ドゥードゥーの後ろから猛烈な勢いで駆けて来る剣士を見て、目を丸くする。

「おまえ、何やってるんだ!?」

「僕のミスじゃないよ! 偶然だってば!」

 “魔法”を唱えようとして、ジャックは思い直す。報酬の折り合いが着いていない今、目標である少年を殺す訳にはいかないのである。殺してしまえば、報酬どころの騒ぎでは済まないであろう。只働きになってしまう可能性があるのだから。

「ったく! 面倒なことになりやがった!」

 ジャックは短く“呪文”を唱えた。

 すると、才人の足元の地面が盛り上がり、大きな土の手となって才人の足を掴もうとする。

 だが、左手で刀の柄を握っていた才人は、“ガンダールヴ”や“サーヴァント”としての、驚くべき反応速度を見せて刀を抜き放ち、その土の手を切断する。王宮の中庭で行っていた居合の成果もあるといえるだろう。

 ヒュゥ、と軽く口笛を吹いて、ジャックは次の“呪文”を唱えた。

 地面の土が、ぼごっ! と塊ごと中に浮き上がり、何体もの“ゴーレム”ができあがる。

 戦士の格好をしたその“ゴーレム”達は、途轍もないスピードで才人に躍り掛ったが、才人は難なくその“ゴーレム”達を斬り裂いて、ジャック達へと向かって来る。

「成る程、おまえが手古摺っただけのことはあるなあ……」

 馬に跳び乗ったドゥードゥーに、ジャックは言った。

「どうしよう?」

「どう仕様もこう仕様も無ないだろう。殺しちまったら元も子もない。逃げるしかないだろう」

 事も無げに、ジャックは言った。

 

 

 

 駆ける才人は、相手が2人であるのを見て取った。

 だが、何人いようと、今の才人からすると、大したことではないといえるだろう。

 才人の中で。(あいつ等……誰に頼まれて俺を狙いやがったのか知らねえが、よくもデルフを!)と怒りなどが湧き上がり、次いで(どうして俺に止めを刺さなかったんだ? 何であれほど強力な“魔法”を操れるんだ?)といった疑問は頭から飛んだ。

 強烈な憎しみや怒り、デルフリンガーを失ったことによる悲しみなどが、才人の胸中で入り混じる。それから、戦いの経験が、その2つの感情を、冷静さ、へと変換させた。

 だが……頭の中がすぅっと冷えて行った瞬間……才人の心の中に、とある感情が滑り込んで来た。

「……くっ」

 駆ける、才人の足が鈍る。

 才人の心に滑り込んで来たのは……恐怖であった。

 あの巨大な“ブレイド”。

 そして、デルフリンガーをバラバラにしてしまうほどの“魔力”……。

 才人は、もっと大きい敵と戦って来たこともある。

 才人は、もっと沢山の敵と戦ったこともある。

 だが……彼等は違った。

 今までの敵とは、何かが違うのである。

 それを心の中のそのような恐怖などが、(俺じゃ勝てない)と才人にそう教えるので在る。

 それでも才人は、その恐怖を、(何言ってるんだ。どんな敵だって、打ち破って来じゃないか。ほら才人、あの大きい奴を見ろ。“メイジ”の癖に、あんなにデカイなんて……はは、ただの的だ!)と理屈などで抑え込んでみせた。

 だがやはり、それでも才人の中の恐怖は薄れることはない。

「くそっ!」

 才人は、(何でデルフがいないんだ? 何でルイズがいないんだ?)と考えざるをえなかった。

「確かに、1人だけど……よォ!」

 才人は、(考えろ、才人。恐怖に負けるな)と自身に言い聞かせる。

 巨体の“メイジ”は、“呪文”を唱えている。

 それを見て、(何だ? 土の壁? それとも“錬金”か? “硬化”でも使って身体を硬くする? それごと斬り裂いてやる)と才人は想った。

 才人が握っている刀は、流石はブリミルからのプレゼントといえるだろう。無銘のそれではあるが本物の打刀である。その業物に、更には“硬化”と“固定化”のおまけが付いている。

 “ガンダールヴ”であり“サーヴァント”である才人が震えば、この“ハルケギニア”のモノで、斬れないモノなどほとんどないといえるだろう。

 とうとう小刻みに、才人の身体は震え出す。

「くそッ!」

 距離が15“メイル”に達した時に、才人は跳躍した。

 ジャックの前に、分厚い土の壁ができあがり、次いでそれが輝く鋼鉄となる。

 才人は両手で握った刀で、それを難なく斬り裂いてみせた。そのままの憩いで降下し、ジャックの左腕に深々と刀を突き立てる。

 だが、ジャックは顔色1つ変えない。それどころか、刀を突き立てられたまま、左腕を振り回した。

「――何だってッ!?」

 驚いた才人は、地面に叩き付けられてしまった。

 間髪入れず、ジャックの拳が才人を襲う。

 陽光により、ジャックの拳がキラキラと輝いて見える。

 才人はそれを見て、(ただの拳じゃない!)と気付き、即座に身体を回転させ、紙一重のタイミングでジャックの拳を避けた。

 地面に、やすやすとジャックの拳は減り込んだ。

「いや、おまえ、身が軽いなあ」

 ズボッと地面から抜き出たジャックの拳は、硬い鋼鉄と化していた。

 ドゥードゥーのそのようなことをしていたことから、己の身体に“硬化”を掛けることは、彼等の得意技の1つであるということが判る。

 才人は、(しかし、さっきは左腕に刀を突き立てたはずなのに……そこから血の一滴すら流れていないとは、どういうことだ?)と疑問を抱きながら立ち上がる。

 立ち上がった才人に対して、ジャックは笑みを浮かべた。

「おまえ……随分とやるなあ。でも、まだおまえと戦う訳にはいかんのだよ」

 才人が隙かさず駆け寄ろうとした瞬間、ジャックは素早く“呪文”を唱えた。

 土が盛り上がり、一瞬で細かい塵へと分解される。単純な“錬金”であるのだが、その量と緻密さなどが違う。

 才人達を中心とした、街の一角が、濛々と立ち篭める土埃に覆われた。

「くそッ!」

 視界を遮られ、呆気なく才人は戦闘能力を失わざるをえなくなった。ここは街中である。闇雲に刀を振る舞わしてしまえば、誰を傷付けてしまうか知れたものではないのだから。

 土埃が晴れた後……ドゥードゥーとジャックは既に姿を消していた。

 まさに煙に巻かれたと云える才人は地団駄を踏んだ。

「くそッ!  くそッ! 畜生!」

 唖然とした顔の通行人達を掻き分け、ギーシュ達が現れた。

「サイト! 大丈夫か!?」

「今のが、先日君を襲った連中かい?」

「逃げられたみたいだな」

 才人は刀を鞘に収めると、痛みを気にすることもなく拳で思い切り叩いた。

「そう悔しがるなよ。またチャンスはあるさ」

 ギーシュにそう慰められたが、違う。

 才人が悔しさを覚えているのは、彼等2人を逃したことが理由ではないのである。

 才人は、(逃げてくれてホッとしている自分がいる、あいつ等と戦わなくて済んだ、そのことに安心している自分がいる。デルフの仇なのに……俺は逃げようとした。何が“英雄”だ)と想っているのであった。

「くそ……! デルフ……! 俺だけじゃ、やっぱり、あいつ等に勝てそうにねえよッ!」

 

 

 

 “陸の白鯨亭”の窓から、一部始終を見物していたジャネットは、ニタリと笑みを浮かべた。

 今し方、彼女の兄弟と戦っていたのは、“ド・オルニエール”で中断することになった仕事の、目標であったのだから。

 ジャネットは、彼がどうしてこの街にやって来たのか、その理由に気付いて笑みを浮かべたのである。

「……一体、何の騒ぎ?」

 寝惚けけ眼を擦りながら、ルイズがベッドから起き上がって来る。

 そんなルイズに、ジャネットは言った。

「何でもなくってよ。ただの酔っ払いの喧嘩」

「……迷惑ね。目が覚めちゃったじゃないの」

 眠そうな目のルイズを見て、(どこかで会ったような気がすると想っていたけど……まさか、あの時すれ違った女の子だったなんてね。詰まり、この娘が逃げ出して来た相手とは……私達のターゲット。退屈な仕事だと思ってたけど……面白くなって来たじゃないの)とジャネットは増々笑みを濃くした。

「で、貴女の兄弟はまだなの?」

「来たわよ」

「え? ホント?」

 ルイズの目が輝いた。

 その時、扉がノックも無しに開かれた。

 ジャックとドゥードゥーの姿がそこにはあった。

「あら。遅かったじゃない。御兄様方」

「こいつが、宿の名前を忘れてな」

 ジャックは、ドゥードゥーの頭を小突いた。

「でも! こうやってちゃんと想い出したじゃないか!」

「だったら初めから覚えておけ!」

 兄の叱責を他所に、ドゥードゥーはルイズを見て、目を丸くした。

「女の子だ!」

 ジャックは眉を顰めた。

「おまえ、また心を操って、人形、を作ったのか?」

 ルイズは怪訝な顔で、(人形? 一体、何を言っているの?)といった風にジャネットを見詰めた。それから、いきなり現れた2人の男を見詰めた。

 灰色のローブに身を包んだその姿は、まるで修行僧のようであるといえるだろう。だが……身に着け纏っている――放たれている雰囲気が違う。握られている“杖”を見るに、“メイジ”ではあるだろうが“貴族”ではないということを、ルイズに理解させた。

「ねえジャック兄様」

「何だ?」

「いつだかほら、どこかの伯爵の隠し子を運んだ修道院があったじゃない?」

「ああ、2年前くらいの前の仕事だな」

「あの場所、覚えてる?」

 ジャックは、チラッとルイズを見詰め、それからジェネットへと視線を戻した。

「覚えてるよ」

「良かった。教えてくれる?」

「どうしてだ?」

 ある程度を察した上でジャックは尋ね、ジャネットはニッコリと邪気のない笑みを浮かべた。

「この娘が、そこに行きたいって言うから」

 するとドゥードゥーが、呆れたと言わんばかりに両手を広げた。

「おいおいジャネット! おまえ、何を言ってるんだ? 仕事で得た情報をだな、そう簡単に教えちゃって良いと想ってるのか? 大体あの修道院は、秘密の場所で……“ガリア”の王政府だって、知ってるのは数人の……」

「そんなの関係ないじゃない」

「おまえな! いつもは僕に、仕事の秘密は守れって文句言う癖に!」

 ルイズはその兄弟達のやりとりを前に、(一体、この人達は、どんな仕事をしてるのかしら? 聞くと、“ガリア”政府の秘密の仕事をしてたみたいだけど……)と何だか目眩がしたような気がした。だが、(まあ、彼等が何者だろうが関係ないわ。私が隠遁できる場所を知っている……それで十分じゃないの)と考えた。

「良いだろ。教えてやる」

「ジャック兄さん!?」

 ドゥードゥーが叫んだ。

「ダミアン兄さんが聞いたら、怒るよ! 絶対に!」

「まあ、怒るだろうな。でも、教えなかったら、ジャネットはもっと怒るぞ。だろ? ジャネット」

 ジャネットの頬は、軽く上気している。そして、嬉しそうに微笑んでいる。

「こいつ……昔っからそうだ。気に入った人間見ると、何でもしてやりたくなるんだ。良かったな、御嬢さん」

 ジャックはルイズを見て言った。

 ルイズは、ジャックの身体から発せられる圧力のようなモノに押されるように感じ、怯えた様子で首肯いた。

 ジャックは鞄から羊皮紙とペンを取り出すと、サラサラと何かをしたためた。

「“ガリア”の海沿いの街……“グラヴィル”に行って、そこの“サンドウェリー寺院”のマチスっていう司祭にこれを見せな。多分、あんたが望む場所に連れて行ってくれるはずだ」

 ルイズに渡そうとしたその手紙を、ジャネットはサラッと取り上げた。

「おい、ジャネット……?」

「送って来わ。この娘、1人じゃ国境も超えられないだろうし」

「おまえ……仕事は? どーするんだよ!?」

「どーせ、まだ交渉の決着は着いてないんでしょ? ダミアン兄さんがいないし、それに、私がいなくたって、どうにでもなるでしょう?」

「ま、その通りだな」

 ジャネットはジャックへと跳び付き、その頬にキスをした。

「有難う! ジャック兄様。1番怖い顔してるけど、1番優しいわよね!」

 そしてジャネットは、呆気に取られているルイズへと向き直る。

「ほら。急いで支度して。直ぐに出発するわよ。さてさて、ここから“グラヴィル”まで3日って所かしら?」

「は、はい……」

「ああそうだ。深いフードの付いたローブでも羽織って、顔を確りと隠してね? どこでどんな追っ手に逢うか判らな無いから……」

 コクリと首肯いたルイズに、ジャネットは真顔になって言った。

「さてと。じゃあ最後に、これだけ訊いておくわね」

「え?」

「今から貴女を連れて行く場所は、秘密の場所、なの。この意味が理解る? 詰まり、入ったらもう2度と出られないってこと。それでも良いの? もう2度と、彼には逢えなくってよ?」

 その一言で、ルイズは青褪めた。頭の中に、氷の棒を差し込まれたように感じられたのである、芯から冷えて行った。

 才人に、もう2度と逢うことができない。

 そのkとが、やはり急に現実として、ルイズに重く伸し掛かって来るのである……。

 ルイズは、(でも……私はそれを覚悟して飛び出して来たんじゃないの。だって、サイトはもう……私より上手く彼を守れる人と、愛し合っている。サイトの側だけが、唯一の自分の居場所だと想ってた。でももう、そこには戻れない。となれば……逢ったら辛いだけよ。と言うより、もうこれ以上傷付きたくない。そんな痛みには、堪えられそうにない。あの時ルイズは死んだのよ。ここにいるのは、ただの抜け殻……)と考えた。

「構わないわ」

 ルイズがそう言うと、ジャネットは再び笑みを浮かべた。

「自分の、“愛”、に殉じるのね? 良いわ、私、そういうの大好きよ」

「ほう……“陸の白鯨亭”とは、これまた、安いが中々に洒落た宿ではないか……」

 俺のその言葉に、3人の兄妹達は急いで振り返る。それから、直ぐ側にいる俺を見て、3人は驚きに目を見開き、最大限に警戒心を向けて来た。次いで、それぞれ“杖”を握る。

 俺の姿を確認したルイズは、驚愕するが、瞬時に起伏の乏しい表情へと変化する。

「貴様……何者だ?」

「ジャック兄さん、こいつ……あのターゲットと一緒にいた男だよ」

 その兄弟のやりとりに、俺は恭しく一礼し、挨拶の言葉を口にする。

「始めまして、俺の名前は、セイヴァー」

「セイヴァー? “アルビオンの英雄”、“光の騎士”……本物だと?」

「そうだ。まあ、そう警戒するな。俺は別に、おまえ達と事を構える気は全くない」

「なら、どうしてここに?」

 ジャックとドゥードゥーとの会話をする俺に、ルイズは口を開いた。

「私を連れ戻しに来たの?」

「……いいや。それは違う。俺はおまえと話がしたかっただけだ」

「貴男の“眼”なら、いつでも見れるじゃない」

「見るだけでは駄目だ。こうやって会話した方が好いだろう?」

 兄妹達3人は、“杖”を俺へと向けて来る。

 が……。

「無駄よ。その人には、貴方達じゃ勝てない。逆立ちしても」

 ルイズは、静かに言った。

 それは、この3人共肌で、本能で理解していた。圧倒的力の差というモノ、底知れぬ“根源”へと繋がる存在を認識した。

「ジャック、と言ったか……先程の“硬化”と“錬金”は中々のモノだった。流石は……いや、ここでこの名前を口にするのは止めておこうか」

「あら? 私達のことを知ってるの?」

「もちろんだとも。ジャネット。俺は、君達4兄弟のことを、正体を、目的を、俺は総てを識っている」

 ジャネットの質問に答えた俺の言葉に、ジャックとドゥードゥーの2人は更に警戒心を強める。

 が、対してジャネットの方はというと興味深そうに俺を見詰めて来る。それから、ルイズにしてみせたように、ジャネットは爪先立ちして俺の頬をペロッと舐め上げた。

「――!? 貴男、人間なの? 途轍もない力を持ってるみたいだけど」

 驚愕から、更に興味を強めたといった様子で、ジャネットは俺へと問い掛けて来る。

 俺は、そんなジャネットに対し、笑みを浮かべ、ソッと頭を優しく撫でながら答える。

 ジャネットは抵抗することもなく、ただ俺を興味深そうに見詰めながら受け入れた。

「違うな。今の俺は厳密にはヒトではない。況してや、“ラグドリアン”のあの“水の精霊”や“亜人”、おまえ達のような存在でもない」

「で、何が目的なんだ?」

 ジャックは、冷静な様子を見せ、俺へと問い掛けて来る。

「そうだな。そこの少女と会話をしたかった。そしておまえの“メイジ”としての腕前への賞賛の言葉を掛けたかった。後は……そうだな、交渉かな?」

「交渉?」

「ああそうだ。おまえ達はとある計画、目標や目的を持って行動している。それには大量の金などが必要だろうな。だが、それでも上手くことを運ぶことができなくなった時は、“アルビオン”に来ると良い。これから先の“アルビオン”は“白の国”と呼ばれるままではあるが、敵意や害意を持たない者はいつでも大歓迎する国になるからな。少なくとも、あいつはそうしようとしている。“亜人”であろうとも、その混血種でも関係ない」

「…………」

「まあ、直ぐに決めることなどできやしないだろう。それに、今のおまえ達にはちゃんと仕事があり、長兄が交渉しているだろうからな。だから、長兄に教えてやるくらいはしてみると良い。ああ、最後に……ヴァネッサ」

「な……何よ?」

 俺には名乗っていないはずの偽名で呼ばれ、ルイズは一瞬誰のことか理解らないといった様子を見せる。が、直ぐに取り繕う。

「おまえの気持ちは判る。理解るぞ。だから何も言わない。と言うより、口を挟むつもりはない。むしろ、そんなおまえが、おまえ達のことが“愛”しいとさえ想える。が……最後に、これだけは言わせてくれ。おまえは決して独りなどではない、決してな。まあ、自身の想うままに行動し、“愛”に殉じると良い」

 俺はそう言って、“霊体化”して部屋を出る。

 後に残された人は、呆気に取られた様子を見せた。

 其れからルイズは、外方を向いた。

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