ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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2本の杖と、1つの王冠

 さて、ジュリオがジョゼットを“セント・マルガリタ修道院”から連れ出してから2日後のこと……。

 “ガリア王国”の首都“リュティス”では、“ガリア”女王シャルロットことタバサが、完成なった“新王宮(ヌーベル・グラン・トロワ)”を、家臣団と共に見上げていた。

 時は夕刻。

 そろそろ闇の帳が、壮麗なる宮殿を包み込もうとしている。それでもなお、“王家”の象徴たる青い石で組まれた宮殿は、瑞々しい美しさを誇っている。

 タバサの隣に控えたイザベラが、感嘆の声を漏らした。

「前より綺麗になったようだわ」

 タバサの代わりに、その感想を口にしたのは、その隣にいた宰相のバリベリニ枢機卿である。彼は満足げに首肯き、「新しい女王陛下を御迎えするのですから、以前のままという訳には参りません」と言った。

 イザベラは、チラリとバリベリニを見やったが、返事をしなかった。彼女は、この“ロマリア”からやって来た宰相をあまり、というより9割近く疑い、信用していないのである。

 バリベリニは、確かに仕事はできる。4日後に予定されているシャルロット“新女王即位式祝賀園遊会”の開催を取り仕切るのは、彼である。バリベリニは、古今の祭事に詳しく、出席者の招待、及び会場の席次、そして晩餐会のメニュー、果てはほぼ1週間にも渡る園遊会のスケジュールの調整から催しのダンスの演目まで、全てを卒無く熟して退けたのである。そういった作法に煩い“ガリア貴族”にも文句の付けようのない、見事な仕事ぶりである。

 だが、その隙のなさっぷりが、イザベラからすると気に入らなかったのである。有能だからこそ、油断がならないのである。下手をすると、国を乗っ取られることになる可能性だってあるのだから。

 だが……タバサの戴冠が“ロマリア”の協力なしには不可能であるということを考えると、彼を国に追い返す訳にもまたいかないのであった。そのようなことをしてしまえば、タバサは国中の寺院や信者を敵に回すことになってしまうのだから。

 当の主君のタバサはというと、そんなイザベラの葛藤知ってか知らずか、ボンヤリといった様子で新応急を見詰めている。彼女にとっては、宮殿の姿形などどうでも良いのである。

 その時、礼拝堂が、夕方6時の鐘を鳴らした。

 イザベラは、ホッとした表情を浮かべ、家臣団に向き直る。

「さて、皆様方。陛下が夕食を召し上がる御時間です」

 それは、家臣団への解散の合図でも在る。

 タバサは、晩餐をイザベラと母后の3人で摂るのが常である。そして人ではないがもう2人。タバサの“使い魔”であるシルフィード、“サーヴァント”であるイーヴァルディ。

 それ以外は、何人たりとも相伴には預かれないのである。

 大臣を始め“貴族”達は(今晩こそ招かれはしないだろうか?)と物欲しげな顔でタバサを見詰めるのだが、彼等を尻目にし、イザベラは恭しくタバサに一礼し、先に立って歩き出した。

 

 

 

 いつもの離れの食堂では、母が娘と姪の到着を待ち侘びていた。

 タバサとイザベラが入って行くと、オルレアン夫人は顔を綻ばせる。

「さあさあ娘達。席に着いて頂戴。今日は、貴女達の大好きな仔牛のフルーツソース和えですよ。ほら、ここまで好い香りが漂って来るでしょう?」

 タバサとイザベラは、オルレアン夫人を挟むようにしてテーブルに着いた。

 直ぐ様ペルスランが駆け寄り、その前に置かれた盃に、食前の発泡酒を満たして行く。

 オルレアン夫人は、ユックリと、だが確実に昔の美貌を取り戻しつつ在る。

 発泡酒が3人の高貴な女性の口を濡らして行くと、次第に口調も軽やかになる。もっぱら話題を振るのはオルレアン夫人である。余り政治的な話題に話が及ぶことはない。昔話も、余り突っ込んだモノは語られない。他愛のない、街の話や、好きなオペラの話題などといったモノが多い。

 そして、シルフィードが御得意の御喋りでキュイキュイと喚き散らす……。

 そんな様子を、ペルスランとイーヴァルディは微笑んで見守る。

 そんな時間は、イザベラから、刺さった棘のような憎しみや劣等感などといったモノを取り除いて行った。そんなモノがなくなることで、イザベラはタバサが、無二の姉妹のように感じられて仕方がなくなるのであった。

 幼い頃の一時期……本当にそう感じていたように。

 今ではイザベラは、(タバサの陰から補佐をして、その玉座を堅固なモノにすることこそが、自分の使命だ)と想えるようになっていた。

「ねえエレーヌ。よろしいかしら?」

 いつしか酔ったシルフィードがテーブルに突っ伏して寝てしまい、話題が途切れた頃を見計らい、イザベラはタバサをミドルネームで呼んだ。こういった私的な場所では、幼い頃のようにミドルネームで呼ぶのもまた常である。

「バリベリニ卿のことだけど、重要な仕事を任せ過ぎじゃないかしら? あまり、良くないことのように想うけど」

 そうイザベラが言うと、タバサは首を横に振った。

「表向きの仕事を任せているだけ」

 タバサは、肝心なことには手を触れさせるつもりはない、と言っているのである。

 その言葉に、イザベラは首肯いた。

 確かに、園遊会の式の仕切りは派手ではあるが、国政の中枢に関わるという訳ではない。

「ならば良いのだけど。あと、騎士、を使って彼の監視を行いたいのだけど、良いかしら?」

 タバサは少しばかり考えたあと、コクリと首肯いた。

「ありがとう」

 とイザベラは言った。

 が、実は既に、イザベラは何名かを彼の周囲に放っているのであった。バリベリニを訪れる客、出される手紙、果ては夕食のメニューまで、イザベラは全てを把握しているのである。

 取り敢えず今のところ、彼の周囲には怪しいところは見られないといえるだろう。だがそれでも、油断ならないのもまた事実である。“ロマリア”の光と影について、“北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”を纏めていたイザベラは、それ等を熟知して居る。彼等は伊達に“ブリミル教”の総本山として数千年に渡って君臨して来た訳ではないのだから。

「あら貴女達。また何か心配事でもあるの?」

 優しい声で叔母に問われ、イザベラは首を横に振った。

「何でもありませんわ。叔母上」

 イザベラは、(この叔母に、心配事を掛けられない)と考えていた。イザベラはこの数週間で、この叔母に対して母親の様な愛情を抱くようになっていたのである。オルレアン夫人の方でも、タバサに対するそれと同様に接してくれているのである。

「そろそろ貴女の“即位祝賀園遊会”ですね」

 オルレアン夫人は、まるで他人事であるかのように黙々と料理を口に運ぶタバサに、言った。

「母上はやはり出席しないの?」

 ポツリと、タバサが問うた。

 オルレアン夫人は首を横に振る。

「私はもう、公場には姿を見せたくないの。許して頂戴ね」

 タバサは侘びしげに、食事との手を止めた。家臣達の前では、いつもの無表情とでもいえる起伏の少ない様子を見せる。が、ここで家族と共に過ごしている時は、歳相応の表情を見せるようになって来たタバサである。

 するとオルレアン夫人は、手を伸ばしてタバサの手を握った。

「貴女なら、この母がいなくても外国の客人達の前で立派に振る舞えますよ。それに、聞いた話では、“アルビオン”の女王は、御学友だとか。色々助け合うことになるでしょうね」

 タバサは、コクリと首肯いた。

 イザベラはこの温かな晩餐の席に着くたびに、(この親娘は、私が守るのだ)とそう想うのであった。

 

 

 

 

 

 晩餐の後、タバサは完成なった“グラン・トロワ”の自室へとやって来た。

「ふわ~~~、御腹が一杯。ではシルフィは寝るのね。女王様」

 シルフィードは部屋の隅に置かれた毛布の束の上でゴロンと横になる。それから直ぐに、寝息を立て始めた。

 ベッドの上には、昼間女官が持って来た沢山の服が無造作に放り出されている。

 “即位祝賀園遊会”ともなれば、朝、昼、晩と毎日3回は着替えることになるであろう国中の一流の仕立て屋が誂えた綺羅びやかなドレスが、主人に袖を通されるのをジッと待っているのである。

 タバサは、その1つを手に取ってみた。

 細かい網の目が、無数に走ったレースのドレス。透けてしまうのではと想えるが、要所はきちんと隠れるようにデザインされている。

 なにやら前衛的なデザインのモノが多く、幼い自分の身体に似合うのかどうか、タバサはそれが心配になった。

 タバサは、(どうして心配に想うのだろう?)と考え、直ぐにその理由に気付き、頬を染めた。

 タバサは、小机の上に置かれた書類を取り上げる。それは有力な各国の出席者の名簿である。“トリステイン王国”の末席に記載されている名前に目を留め、タバサは目を細めた。

 “トリステイン外交官”及び“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”副隊長=サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。

 タバサは、才人が外交官に任じられたことから……恐らく学園での自分との交友から任命されたのだろう、と推測した。その上、才人の名前が長くなっていることから、領地を拝領したことも理解した。

 タバサは、(そこはどんな土地なのだろう? 御屋敷はあるのだろうか? どのような作物があって、どういう人達が住んでいるのだろう? そして、あの怒りっぽいルイズも一緒なのだろうか?)などとまだ見たことのない、才人が所有する領地“ド・オルニエール”を想像した。

 才人達とタバサは、“リネン川”で別れてから、随分と顔を合わせていないといえるだろう。あの時、タバサは偽の才人に唆されるかたちで、それを理解した上で、王冠を冠ることにしたのである。

 そのことは、自分で決めたことではあるのだが、それでも赦すことができず、タバサはあまり才人に関することは考えないようにしていたのだが……こうして逢えると想うことで、やはりどうにも嬉しさが先立つのであった。

 才人には恋人がいる。その娘の名前も名簿に書いてある。彼女にも、タバサは友情と尊敬の念を抱いている。彼に対する扱いに関しては、多少疑問を覚えることはあったが。

 タバサは、(そんな彼女がいたとしても……一曲くらいなら良いでしょう? そう。一曲。他国の外交官と、ダンスを踊る……外交の一環だ。どこにも、可怪しいところなんかない。その時に何を着よう?)、と考えた。

 すると、先程の、網の目のようにレースが編み込まれたドレスが、タバサの目に入る。それを両手で摘み、タバサはジッと見詰めた。

 シルフィードが寝ていることを確かめ、タバサは“霊体化”しているイーヴァルディへと目を向ける。

 イーヴァルディは、壁を通り抜け、廊下へと出た。

 タバサは、ソッと着ていた服を脱ぎ、そのドレスに袖を通してみる。

「…………」

 やはり、予想していたように、ドレスはピッタリと身体に張り付き、透けた網の隙間から下着の形が丸判りになってしまっている。

 タバサは、(一体、これをザインした職人は、どんな下着を身に着けることを想定したのだろう? これは……そうだ、寝室で着けるようなモノではないのか? 寝室……)とそこまで想像して、頬を染めた。

「私、変」

 首を振りながら、タバサは次のドレスを摘む。

 それは、今着用に及んでいるそれと比べるとマシに思えるデザインをしている。黒く輝く美しい布でできたドレスである。

 だが、着てみてタバサは驚いた。

 太腿より上から、ピッタリと身体に張り付き、身体のラインをハッキリとさせてしまうようなデザインをしているのである。

 タバサは、(これでは、自分の身体付きが露わになってしまう。まるで子供で、これではダンスの相手は幻滅してしまうに違いない。でも……あの人はそう言うのが好きかもしれない。だって、ルイズだって御世辞にも体型に恵まれているとは言えない。となると、あまり気にしなくても良いのかもしれない)とそこまで考え、微笑んだ。

 それから、(もしかして……私は今、幸せなのだろうか?)とタバサは想った。

 女王としての不安は確かにあるといえるだろう。だが、“ガリア”の家臣団は層が厚く優秀で、王が替っても問題なく機能を始めている。家族との生活は温かく、タバサは楽しい日々を想い出しつつあった。

 タバサは、(“ロマリア”は油断ができないが、今のところ目立った干渉はして来ない。そして……想い人……かもしれない人にも逢える。多分、一曲くらいは踊ることもできる)と考え、頬が綻びそうになった。が、その瞬間……不意に、父と叔父やシェフィールド達の顔が過った。

 タバサは、自分のこの穏やかで緩やかな生活が彼等の死の上になり立っているということを、想い出した。その事実が窓の外から吹き込んで来る隙間風のように、タバサの心を凍らせて行く。

 タバサは、(幸せを、自分は噛み締めて良いんだろうか……?)とそのような想いに囚われた。

 その時である。

 窓、がノックされた。

 タバサは、(風の悪戯だろうか?)と一瞬思った。

 分厚いカーテンの窓の向こうは、こちらからは見えない。だが……バルコニーはある。

 一瞬タバサは、シルフィードかと想ったが、きちんと部屋の隅で寝息を立てている。また、イーヴァルディは異変に気付き、即座に部屋の中へと戻り、実体化する。

 ガンガン……。

 もう1度、窓は鳴った。

 誰かが窓硝子を叩いているのである。

 タバサはベッドに立て掛けた“杖”を握り、イーヴァルディへと目配せをした。

 タバサは護衛士を近くにおいていない。彼女自身がそこ等の護衛士より、腕が立つという理由からである。また、護衛士自体が危険な場合は少なくないのである。それに、イーヴァルディという“サーヴァント(一番のボディーガード)”が側に控えているのだから。

 静かに近付き、タバサは無言でカーテンを捲った。

 窓ガラスの向こうにいたのは……タバサソックリの人物であった。

 一瞬タバサは、自分の姿が映っているのだと思ったが、直ぐに違和感に気付く。

 服が違う。そして、窓枠の向こうに彼女は立って居るので在る。

 同じ、青い髪。そして眼鏡。まるで自分自身の姿……一瞬、“スキルニル”かと、タバサは考えた。血を吸った者の姿に変化する“魔法人形”である。それとも、“ゴレーム”か……。

 だが、タバサには理解った。其れは、紛う事無き血の通った人間で在ると云う事が。

 タバサは、(……誰? 私?)と激しく動揺し、戦士としての勘を奪われてしまう。その結果、隣の窓が開き、そこからスッと誰かが忍び込んで来た時も反応が遅れてしまった。

 隙かさずイーヴァルディが侵入者へと、剣を向ける。

 侵入者もまた、イーヴァルディへと“杖”を向ける。

 一瞬ではあったが、その出来事で、タバサは我に返り、思わず振り返る。

 侵入者は左右色の違う“月目”を持ち、それ等が光っている。

 ジュリオである。

「……貴男」

「こんな真夜中に、貴女のように高貴の女性の部屋を訪れるにしては、無作法だったとは存じますが……」

 タバサは後ろへと跳躍し、ジュリオと距離を取る。

 イーヴァルディが剣を手にし踏み込もうとしたが、ジュリオが隙かさず“ライト”を唱え、部屋の中を一瞬だけではあるが真昼以上の光が包み込む。

 その結果、目を眩ませてしまったことで、イーヴァルディとタバサは身動きを取ることができなくなってしまった。

 その隙を逃さず、ジュリオはタバサへと瞬時に駆け寄り、彼女の顔に布を押し当てた。

 その布には“眠り薬(スリーピング・ポーション)”が染み込ませてあるようであった。

 タバサは意識を失い、床に崩れ落ちた。

 その音と光で、シルフィードはやっとのことで目を覚ました。立っているジュリオと、剣を構えるイーヴァルディ、倒れているタバサに気付き、シルフィードは慌てて駆け寄る。

「な!? 何なのね!? 御姉様に……」

 次の瞬間、窓の外から部屋に入って来た影に気付き、シルフィードは立ち止まる。

「え……? 御姉様がもう1人……?」

 そんなシルフィードにジュリオは無造作に近付いた。次いでジュリオは右手を、シルフィードの肩の上に置いた。すると、手の甲に刻まれた“ルーン”が光り出す。

「そういや君は、獣だったね。“韻竜”の“使い魔”」

「きゅ……きゅい……」

 シルフィードの身体が固まったように動かなくなる。

「僕も同じ“使い魔”だ。“ヴィインダールヴ”って言うんだ。君みたいな、獣、を操ることができる。さてと……」

 シルフィードは、ジュリオのその言葉を聞き終えるのと同時に眠ってしまう。

「“ライダー”……」

「やあ。君も“サーヴァント”だね? “クラス”は……まあ、良いか。でも、理解ってるよね? この状況」

「ああ、理解しているよ」

 イーヴァルディは剣を収め、戦意がないことを示してみせた。ただし、ジュリオのことを強く睨み、タバサを案じる。

 ジュリオとイーヴァルディは其々、タバサとシルフィードをベッドの側に横たえさせる。

 そんなジュリオに、タバサと同じ姿をした少女が、怯えたように語り掛ける。

「御兄様。一体、これは……?」

「君をあそこに閉じ込めていた連中の娘だよ」

 ジョゼットは、倒れている少女を見詰めた。

 そこにいるのは、昨日鏡の中で見た己の姿と同じだといえ、ジョゼットもタバサ同様に驚いた。

 ジョゼットは、ジュリオに連れ出された後……先ず、とある寺院に連れて行かれたのであった。

 そこでペンダントを外すように言われ、言われるがままに外したのであった。

 すると……顔から何か紐が抜けて行くかのような何とも言い難い感覚が奔り……髪が光り出した。そして、ジョゼットは、鏡を見て驚いたのである。そこに映っているのは、今までとは似ても似つかない顔であったためだ。

 ジュリオはそんなジョゼットに、「君は“魔法”で顔を変えられていたんだ」、と言った。

 昨晩、鏡で見た顔。今、眼の前に横たわる少女の顔。その2つはまさに瓜二つであり、全く違いは感じられないといって良いであろう。

 ジョゼットは鏡に映った顔を見た時、(これが私の本当の顔?)と疑問を抱いた。それが……自分の顔であるという実感を持つことができないのである。透き通るような青い髪も、何だか馴染みがないのである。

 またジョゼットは今、(そしてここはどこだろう?)と考えた。

 ジュリオの“風竜”――アズーロでやって来たこの場所は……月明かりに浮かんだこの建物は、ジョゼットの想像を遥かに超えるほどに大きく、壮麗で見事であったのである。

 “セント・マルガリタ修道院”しか知らないジョゼットには、まるで夢の国とでもいえるようなモノである。

 そして、(ここで暮らす、この自分と同じ顔を持つ少女は一体……?)、といった疑問もまたジョゼットは覚えた。

「私を閉じ込めていた?」

 ジュリオは首肯いた。

「君はこの“ガリア王国”の“王族”……正確に言えば、今は亡きオルレアン公シャルルの娘だ。そして、彼女は……君の双子の姉さ」

 ジュリオの口から信じることができない言葉が次々と飛び出し、ジョゼットは(“ガリア王国”? “王族”? 双子?)と困惑した。

 が、「私は、“貴族”の何某の忘れ形見で……」などといった、寺院で少女達と語り合ったことを想い出した。

「信じられないわ。私が、“ガリア”の“王族”だなんて……」

 “セント・マルガリタ修道院”の周りを囲んでいたのは、“ガリア”と呼ばれる国であるということを、ジョゼットは理解していた。そこが、王様や“貴族”と呼ばれる人達が統括しているということも……。

 だが、自分がそこの頂点に君臨する一家の生まれであるということは、やはりどうにも中々ジョゼットには信じることができなかった。

「そりゃ信じられないだろう。でも、ホントのことなんだよ」

「私の双子の姉妹……」

 タバサの顔を、ジョゼットは見詰めた。初めて見る肉親の顔であったのだが……何もジョゼットの心に浮かんで来ない。そうなのだ、としか想うことができないのである。

「で、一体どうするの?」

「どうもこうもない。君は、今日からこの“ガリア王国”の王様になるんだ」

 御冗談を、と言おうとするが、ジョゼットは身体を固まらせる。ジュリオの目が、全く笑っていなかったためである。

「私が、王様? 無理よ! だって、そしたらこの娘はどうなるの? 私の姉という人は……」

「勿論、代わりにあの修道院へ行って貰う。ジョゼットとしてね」

 それでもジョゼットは、考え込んだままであった。

「このために、私を連れ出したの?」

 ジュリオは、コクリと首肯いた。

 ジョゼットは、急に悲しくなった。自分の正体など、どうでも良いと、ジョゼットにはいえるだろう。ただジュリオの側にいることができれば……ジュリオも、自分と同じ気持ちだとばかり想っていたのである。だが、そうではない。ジュリオは自分を利用するために……と、ジョゼットは理解したのである。

 だがそれでも、ジョゼットはそのことを口にはしなかった。

 ヴァネッサ――ルイズの(楽しかった想い出が、嘘になってしまったから)という言葉と気持ちが、今になってジョゼットには理解できた。

 ジョゼットは、(こう言うことなんだわ)と考え、綺羅びやかな想い出が、色褪せて行くように感じられた。それから、唇を噛み締めた。だが……ここで逃げ出すこともしたくなかった。それから、(私はヴァネッサと同じになってしまう。あの時感じた私の気持ちだけは本物。それだけは譲れない。絶対に。私は、彼を信じるって決めた。例え、何があろうとも……その先に、どんな現実が待ち受けていようとも……)、と考えた。

「私は、何をすれば良いの?」

 強い意志を宿らせた目で、ジョゼットは問うた。

「何も。ただ立って、話を聞いていれば良い。言われた通りに動けば良い。何かを言わねばならない時は、前もって僕が指示する。そのままを口にすれば良い」

「そうすれば、御兄様のためになるの?」

「僕だけじゃない。君のためでも……」

 そこまでジュリオが言うと、ジョゼットは首を振った。

「違うの。私のことなんかどうでも良いの。誤魔化さないで。御兄様のためになるのかどうか、それだけで良いの」

 ジュリオは、そこで初めて口元に浮かべた微笑を崩した。

「ああ。僕のためになる。僕が望む通りになる」

「ならば良いわ。ねえ御兄様、1つ約束して。これからは全てを私には打ち明けて欲しいの。想っていることを、正直に話して欲しいの。私が傷付くとか、裏切るとかもしれないからとか、そんなことは考えないで。それだけで私には十分だから」

「約束するよ」

 ジュリオは首肯いた。

「後、もう1つ」

「何だい?」

「キスして」

 真っ直ぐにジュリオを見詰め、ジョゼットはキッパリと強く言った。

 ジュリオはジョゼットの顎を乱暴にも見えるやり方で掴むと、強引に唇を重ねた。

 ジョゼットは、されるがままに、目を瞑る。

 暫く唇を重ねた後、ジュリオは言った。

「俺の女になれ」

 本気かどうか、口調からは判らないといえるだろう。

 ジョゼットは、(私を操るための言葉なのかもしれない)と考えた。が、ジョゼットにとってはどうでも良いことであった。

 満足げに、ジョゼットは言った。

「最初から、そのつもりだったわ」

 

 

 

 

 

 翌朝……。

 オルレアン夫人が朝食を摂っていると、バリベリニがやって来た。

「御食事中に失礼いたします。太后陛下」

「何か?」

 声に冷たい調子が混じったが、オルレアン夫人はそれを全く隠そうともしなかった。この“ロマリア”からやって来たバリベリニが、あまり好きではないのである。

 その時食堂には、ペルスラン1人がいる切りであったのだが、バリベリニは軽く目配せをして、人払いをするようにオルレアン夫人を促した。

「ペルスラン、庭の花の様子を見て来て頂戴。夏の暑さで枯れ掛かっているといけませんから」

 ペルスランが部屋を出て行くと、バリベリニはとんでもないことを切り出した。

「恐れながら陛下。本日はこの私、陛下に赦免を与えるために参上しました」

「赦免? こんな朝から何を申すかと思えば! 私がどんな罪を犯したと言うのですか!? 毎日、ここでヒッソリと暮らしている私が!」

「どんな人間も、知らずのうちに罪を犯すモノで御座います。ですが、“ガリア”の太后様ともなれば、話は別で御座います。よもや、御自分の罪を御忘れに為られる訳がありますまい」

「貴男は、この私が、間違いなく罪を犯したと言うのですね?」

「はい。できれば想い出して頂きたいモノで御座います」

「おやおや、“ロマリア”の枢機卿殿ともなれば、まさに何でも御見通し! そうですわね、つい3日前のことです。 私は、育てて居る花を枯らしてしまいました。何分、このような場所に閉じ籠もっておりますと、季節の移ろいを忘れるモノです。暑さに参ってしまっている花に気付けなかったのは、罪と申すモノですわ」

「花も命で御座いますが、私が言いたいのは、もう少し大きめのモノで御座います」

「おやおや! 暑さに参ったのは、花ではなく、貴男のようですわね」

「陛下。これは冗談ではありませぬ。真面目な話で御座います」

「人を呼びますよ?」

 流石に怒りを含ませた調子でオルレアン夫人が告げると、バリベリニは首を横に振った。

「先程はああ申し上げましたが、御忘れになられても仕方がありますまい。何せ、陛下がその罪を犯したのは、もう随分昔のこと……そう、あれは確か、シャルロット女王陛下が御生まれになった時のことで御座いますから」

 オルレアン夫人は、バリベリニのその言葉を聞いて、真っ青になってしまった。

「貴男は何を言いたいのです?」

「少しばかり、当時の様子を説明させてくださいませ。6,227年の、“ティール(3)”の月、“ヘイムダル(第二)”の週、“エオー”の曜日のことで御座います。風光明媚なオルレアン公の御屋敷の太陽の間で、オルレアン公シャルル殿下は、今か今かと第一子の誕生を待ち侘びておりました」

「ええ。良く覚えておりますとも、私が娘を産んだ日ですから」

 心のうちの動揺を悟られまいとして、オルレアン夫人は努めて硬い声で言った。

「公が、輝かしい赤子の泣き声を聞いたのは、午前9時の……」

「8時です。5分と過ぎてはおりませんでした」

 徐々にオルレアン夫人の声が震えて行く。

「そうで御座いましたな。だが、赤ん坊の泣き声は1つではありませんでした。その数分後、もう1つの泣き声が響いたのです」

 オルレアン夫人は肘を突き、両手で顔を覆った。それから、何度も首を横に振る。

「私は、“ガリア王家”の紋章の意味を知っております。交差した2つの“杖”は、かつてその王冠を巡り、相争い、共に斃れた何千年もの前の双子の兄弟を慰めるためのモノ……その時より、“ガリア王族”にとって双子が禁忌となったのは自然のことでありましょう。でも、親の情愛としてはいかがなモノでありましょうか? “王家”の禁忌とは言え、同じ血を分けた姉妹を……容姿まで分かち合った姉妹を、天界と地獄振り分けるのは赦されることでありましょうか?」

 オルレアン夫人は、指の隙間から絞り出すかのような声をどうにかして紡ぎ出す。

「……貴男は何者ですか?」

「陛下。あの時その場にいた全員は、固く秘密を守り通しました。ですが、人間は罪を墓場まで持って行くことはできません。私が昨年、その死に際し赦免を与えたのは、当時陛下の御娘を取り上げた産婆で御座いました」

「貴男は、聖職者失格ですわ」

「教義とは、神のために存在します。神の御ためならば、それを曲げることは罪にはなりませぬ」

「成る程、貴男はこの私に赦免を与えると仰りました。ならば謹んで赦しを請うことにいたしましょう。どうやら貴男は全てを御存知のようですから。確かに私達夫婦はあの日、2つの命を授かりました。私達に選択は2つしか有りませんでした。どちらかの命を絶つか、それとも、決して人目に触れない場所へ送るかです! ええ。そうするより他は選べなかったのです! 私達には、“王族”であることを捨てることすら許されませんでした!」

 オルレアン夫人は、その場で泣き伏した。

「神は御赦しになられます。さて、本日参ったのは、そればかりではありませぬ。そのように捨てざるをえなかった娘に、償いをして差して上げたいとは想いませんか?」

「……え?」

 次の瞬間……オルレアン夫人の眼の前に、1人の少女が姿を見せた。

 タバサと全く変わらぬ髪型を施され、全く同じデザインの眼鏡を掛けた少女である。

 だが、一目見ただけで、オルレアン夫人は彼女の正体を理解した。

「おおおお……そんな……まさか……そのようなことが……」

 フラフラと立ち上がると、呆然と立ち竦む少女を、オルレアン夫人は抱き締めた。

「……母さん?」

「赦して頂戴……母を赦して頂戴……全く無力だった母を……貴女を救うことができなかった母を……」

 永久に逢うことはないと想っていた、もう1人のシャルロット……彼女を前にして、オルレアン夫人の目からとめどなく悔恨の涙が流れ出る。名前を付けることすらもできなかった。

 呆然と立っていたジョゼットも、母娘の情愛に動かされ、涙を流した。自分には存在しないと想っていた母……物心付いてから、1度も顔を合わせたことはなかったが、ジョゼットには眼の前の女性が母であるということを理解したのである。抱き締められると、どうにも堪らず、涙が流れるのであった。

「よくぞ帰って来てくれました。この母を赦してくれますか?」

「赦すも何も、私は何も恨んではいません。昨日、真実を知ったばかりですから」

 ジョゼットがそう言うと、オルレアン夫人は首肯いた。

「もう、“王家”と言っても、今はもう貴女の姉と、従姉妹と、この私がいるっきりです。“王家”の禁忌など、これ切りにしてしまいましょう。これからは家族仲良く暮らしましょう」

 オルレアン夫人は、感動で震える声で言った。

「宰相殿。貴男には御礼を申さねばなりません。陛下をここへ呼んで下さい。3人で朝食を摂ることにします」

 すると、バリベリニは、可笑しなことを、とでも言うように首を傾げた。

「宰相殿?」

「陛下なら、そこにおられるではありませんか」

「御冗談を」

 オルレアン夫人はそう言った。

 だが、バリベリニの顔は、ちっとも笑っていない。

「冗談など言ってはおりませぬ。そこの御方が陛下であって、どうしていけないのですか? 私には全く違いが判りませぬ」

 オルレアン夫人は絶句した。

 言われてみれば、それは本質の部分であり、正解であるのだ。シャルロットと、もう1人のシャルロット。あの日どちらがその名前を付けられ名乗っていても、全く可怪しくはなかったのである。ただ、生まれた時間が数分違うというだけで、眼の前の娘と、シャルロットはその“運命”を分けただけであるのだから。

「そして、“王家”の禁忌と言うモノを軽く御考えですな! ことを公にしたら、国中の何人の“貴族”が反旗を翻すと御想いですかな? “王族”縁と言うだけで、忠誠のためにその禁忌に殉じた“貴族”は、1人や2人ではないのですぞ!」

 震える声で、オルレアン夫人は娘に尋ねた。

 ジョゼットは首を横に振る。

「まさか! そんなことは考えておりません。ただ、私の信じる人が、そうせよと仰るのです。結局、それが1番幸せなんだって。私だって姐さんと暮らしたいわ。でも、無理なんでしょう?」

 それから、ジョゼットは逆に母へと尋ね返した。

「でも、母様がそうしろと言うなら、私は修道院へ戻ります」

 それもまた、ジョゼットの本心であったが……。

 だがやはり、オルレアン夫人には、「そうしろ」と言うことなど当然できるはずもなかった。(どうして再び、あの場所へと戻れと言えるだろう? 赤子の頃から、誰も知らないような修道院で、誰にも顧みられることなく生きて来た娘に、そんなことが言えるだろうか?)と想ったのである。

 床に膝を突いたオルレアン夫人は、バリベリニへと近付いた。

「神は常に平等であれ、と教えます。自分の娘に光のみ与えることができぬのであらば、せめて光と闇を交互に分けるべきです。そうは想いませんか?」

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