ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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即位祝賀園遊会

 “アンスール(8月)”の第一週、“フレイヤ”の“ハガル(2)”の曜日のこと。

 園遊会出席のために“ヴェルサルテイル”へと向かう、“トリステイン王”政府一行は“ガリア王国”の港町、“アン・レー”へと到着した。

 大きな湖を利用して造られた港には、“ハルケギニア”各国からの“フネ”が並び、実に壮観であるといえるだろう。

 “ヴュンセンタール号”を降りたアンリエッタ女王一行は、シオンを始め俺達“アルビオン王国”の面々と合流し、それぞれ馬車を利用して4時間ほど離れた“ヴェルサルテイル”へと向けて出発した。が、容赦なく照り付ける 夏の陽射しには堪えかね、“ラ・ヴァレ橋”を超えた辺りで休息を取ることになった。

 しかし、“ガリア”からの迎えの使節も合わせれば、数百人からの大所帯である。街道沿いの其の空き地は当然の如く、まるで御祭り騒ぎとなった。先ずはアンリエッタ女王やシオンの天幕が設えられ、小姓や兵士達は近隣の家々を回って藁束を仕入れて来るのである。それを敷き詰めると、臨時のソファができあがる。

 近所の農民達が、焼き立てのパンや果物などを籠に詰めて売りに来る。ワインを売りに来る者の姿も見られる。

 あちこちで、陽気な笑い声や、歌声が起こり始める。

 “水精霊騎士隊”の少年達もまた、ワインやつまみを買って来ては、陽気に騒ぎ始めるのである。女王陛下の一行といえども、街中でもなければあまり格好を付けることなどしない。

 況してや、しばらく続いた戦も終わったばかりである。多少の羽目外しは御咎めなしであった。

 だが、そんな御祭り騒ぎの中、浮かない様子を見せる少年の姿もある。

「はぁ~~~」

 才人である。

 2週間もの間、ルイズを捜索したのだが、初めに立ち寄った宿場街から、プッツリとルイズの足跡は、彼等からして途絶えてしまったのである。捜せども、捜せども、ルイズの姿が見付かることはなかったのである。

 流石に不安になったようで、ルイズの実家であるラ・ヴァリエールの方でも捜索隊を編成したようであった。カトレアから、そのような手紙を、才人は梟便で受け取った。

 才人は、(挨拶に行こうか)と考えたが、カトレアの手紙に「父様が貴男を殺してしまってはいけないから、 なるべくラ・ヴァリエールには近付かないように」と結ばれていた。

 兎に角、「捜索は自分達に任せて、貴男は仕事に戻れ」と言われたこともあり、才人はこうやって“トリステイン”使節の一行に加わっているのである。

 それは仕方ないといえるだろう。

 才人は、ルイズの分まで、交渉官として働く必要がある。だが……2週間捜してもルイズが見付からなかったことで、(もう2度とルイズに逢えないんじゃないか?)と、そういった想いに囚われ、才人は既に公務どころではなくなってしまっていた。

 ガックリと才人は項垂れ、一行から離れた場所で、小枝を拾うと地面を突き始めるのである。

 ルイズに逢うことができない。

 そう想うことで、才人は、もう何もかもがどうでも良くなってしまうのである。自分を狙っていた連中を取り逃がしてしまったことも、今から行われる園遊会も、“聖杯戦争”も、何もかもがまるで現実感のないテレビの向こう側の出来事であるかのように、今の才人にそう想わせるのである。

 とうとう才人は、地面にルイズの顔を描き始めた。

 暗いを通り越し、才人は幼稚園の御遊戯の時間で歌った童話の歌詞を変えながら、ルイズの顔を想い出し、地面に描いていた。が、その絵は、最早ルイズではなく、宇宙人か、または、別の何かだとしか言いようがない。才人には絵を書く才人がないようである。

「桃髪のー、綺麗なー、おーんなーのーこー、だーれかさんにー、つーれられーて、いーっちゃった~~~」

 今の才人の姿を始め言動を目の当たりにしてしまえば、流石のシエスタも引くに違いないといえるだろうほどである。そのくらい、才人の堕ちっぷりといってしまえばなかったのである。

 それでも、シエスタであれば、即座に気を取り直し、才人に慰めの言葉などを掛け、共に悩むであろう。その シエスタは、今“ド・オルニエール”に戻り、残っている。

 コルベールも、もしルイズが戻って来た場合に備えて、シエスタと一緒に残っている。

「景気の悪い顔してるな! 取り敢えず呑めよ」

 マリコルヌが近付き、そんな才人の口にワインの瓶を差し込んだ。

「――ふもごごごごごごごご!?」

 ワインの瓶が一気に空になって行く。

 プハッと口を離し、才人は怒鳴った。

「何すんだ!?」

「そんな面してたってなあ、もうルイズは戻って来ないよ。諦めろ」

「そ、そんな……」

「完全に愛想を尽かされたんだよ。もう逢いたくないって。そういう意思表示なんだよ」

 才人は地面に膝を突くと、プルプルと震え始めた。

 流石に見かねたギーシュ達が、マリコルヌを才人から引き離そうとする。

「お、おい。マリコルヌ、やめろよ……」

「何言ってんだおまえ等!?」

 そんな少年達に向かって、マリコルヌは絶叫した。

「今はな、サイトが男になれるかどうかの瀬戸際だぞ? 男はな、別れを自分のモノにして、大きくなって行くんだよ。今こそ、こいつは現実を見なくちゃならないんだ」

 マリコルヌは、ウンウンと首肯いてみせた。

「何か中途半端に立派なこと言ってるけど」

 久々にタバサに逢いたいと言ってくっ着いて来たキュルケが、隣のティファニアに言った。

「ホントに困った人ですね」

 ティファニアがそう言うと、マリコルヌは首を横に振る。それからマリコルヌは、ティファニアへと神妙な面持ちを浮かべて近付く。

 サッと、ティファニアは両手を胸の前で組み、警戒心を露わにした。

「ミス・ウエストウッド、実は……」

 マリコルヌがそう言った瞬間、ティファニアは隙かさず首を横に振った。

「嫌」

「まだ何も言ってないじゃないか」

「どうせ変なこと言うんでしょう?」

 するとマリコルヌは、寂しげな笑みを浮かべた。

「参ったな……まあ、いつもの言動がああでは、仕方ないけどな……今回はちょっと真面目なんだ」

 流石にそこまで言われては仕方がない、といった風にティファニアは首肯いた。

「言ってみて」

「あいつにさ、そのでっかい胸、見せてやってくんないかな?」

 何が嫌かというと、マリコルヌが声が実に爽やかであったことである。声のトーンには、友達のためにという響きが込もっていることが判る。その顔には、純粋に友達を案じるモノが浮かんでいた。

 が、ただ言葉だけが最悪であった。

「やっぱりさ、落ち込んでいる時には胸。それもでっかい奴。それしかないんだよね。実際にはさ、胸なんて……なんて言う奴もいるけど、そんなのはミス・ウエストウッドのそれを知らないモグリであってさ」

 流石にティファニアは、(これは“虚無”かな?)と“杖”を振り上げた。

 しかしマリコルヌは言葉を止めない。

「おや? “魔法”かい? 君はあれか? サイトに元気になって欲しくないのか? 君はそれでもサイトの友達か!? 僕はだな! 純粋にサイトのためにだね!」

「えい」

 小さく“呪文”を唱え、ティファニアは“杖”を振り下ろした。

「僕、ピーヨコのピヨちゃん。ピーヨピヨ」

 パタパタと両手を振って、マリコルヌは歩き出す。

 ティファニアは才人の元へと向かった。

 ブツブツと、廃人のように才人は何かを呟いている。

 そんな才人を見ていると、ティファニアは無性に悲しくなってしまった。

「大丈夫よサイト。絶対にルイズは戻って来る。セイヴァーはそれを識ってるから何も言って来ないんじゃないかな? 戻って来たら……そしたらちゃんと謝ってね? 理解った?」

「ホントに、戻って来るのかな……?」

 才人のその言葉に、ティファニアは強く首肯いた。

「大丈夫。ルイズは、自分の仕事を放り出したりしない。絶対に、そのうち戻って来るから……」

 ティファニアは、何度もそう言って、才人を慰めた。

 

 

 

 “トリステイン”女王の天幕では、アンリエッタが早馬で到着したアニエスの報告に耳を傾けていた。

「参りましたね」

 そう言って、アンリエッタは溜息を吐いた。

 才人は、“シュルビス”の街で自分を襲って来た一味を発見したとの報告を受けて、アニエスを調査に向かわせていたのである。

 だが、その報告は芳しくないモノであった。

「“シュルビス”近辺を隈なく捜索しましたが……目当ての輩は見付かりませんでした。なお、同時にシュヴァリエ・ヒラガ殿に対し含むところを持つ“貴族”を調査しましたが……」

 アニエスの困ったような調子で、アンリエッタは察した。

「多過ぎる、そう言いたいのでしょう?」

「その通りです。“平民”上がりの風当たりについては理解しているつもりでしたが、想像以上でした。民衆からの人気が、そのまま嫉妬に跳ね返ったようです。“魔法学院”生徒を持つ家以外……全てに動機が存在すると見ても、強ち間違いではありませぬ。率直に申し上げて、御手上げですな」

 アンリエッタは首肯いた。同時に、(男爵の位を与えていたら、今頃どうなっていたことか……)と身震いした。

「ですが、1つ有力な手掛かりを得ました」

「仰って下さい」

「裏の世界で名の通った連中が、最近“トリステイン”に潜入したとか」

「裏の世界?」

「ええ。どうやら汚れ仕事を専門にやっていたようです。かなりので腕っこきで、“ガリア”はあの……“北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”に所属していたとか。こたびの政変で、“トリステイン”に流れて来たようです」

 “北花壇騎士”。“ガリア”の非公式の騎士団である。

 アンリエッタもその存在は耳にしたことがあった。

 重宝、暗殺……そういった闇に位置する仕事を生業とする騎士らしからぬ騎士といえる騎士団である。

「連中、と申しましたね?」

「ええ。“元素の兄弟”と申す連中です」

 アンリエッタは、才人の言葉を想い出した。

 女の方が、男の方を、「兄様」と呼んでいたと……。

「恐らく、彼等で間違いないでしょう」

「実は私も、かつて何度かその名前は耳にしたことがあります。神出鬼没。狙った獲物は逃さない。そして……依頼された任務は失敗したことがない」

「でも、サイト殿に止めを刺さなかったのは……」

「理由は判りませぬ。脅しのみだったのかも知れません」

「それなら、まだ良いのですが」

「次は脅しでは済まないかもしれませぬ」

 アンリエッタは悔しげな顔で、首を振った。

「いっそのこと、国中の要職に“平民”を登用して上げようかしら?」

「面白いとは想いますが、内乱になるでしょうな」

 アンリエッタは、(やはり、国内の有力な“貴族”と結婚するべきなのかしら? 全く、女王などと言いながら、自分には何の力もないではないの。近衛の騎士1人が守ることができないなんて!)と想い、このような時に姿を晦ましたルイズを、初めて恨めしく想ってしまった。

「……貴女は良いわね。恋、だけに生きられて」

「何か?」

「いえ……何でもありませぬ」

 アンリエッタは、(少しは私の立場を考えてくれたって良いじゃないの。私には何もないんだから。ほんの少しの慰めも。心休まる時も……)、と想った。

 それからアンリエッタは、「あの娘(シオン)が羨ましいわ。どうやって国中の“貴族”達と“平民”達との間を上手くやっているのかしら?」、とアニエスには聞こえないように呟いた。

 

 

 

 

 

 “ヴェルサルテイル”に到着した一行は、直ぐ様迎賓館に案内された。とはいっても、部屋が容易されるのは、アンリエッタやシオンを始め大臣達などいった各国の要人のみであり、護衛を務める兵士や騎士達は周りに仮設された天幕で寝泊まりするのである。

 “ガリア”の使者は、「明日から行事が目白押しでありますから、本日はごゆっくり御休み下さい」と言い残し、迎賓館の玄関から去って行く。

 女官やアニエスを下がらせると、アンリエッタはようやく1人になることができた。

 さて、この園遊会の出席には、アンリエッタにとって様々な目的があるといっても良いであろう。

 だが、中でも1番の目的は、新女王シャルロットの真意を掴むことである。“ロマリア”の協力を得て戴冠した シャルロット女王…… “ロマリア”と協調して “聖戦”を遂行するつもりなのかどうかを見極める必要があるのである。

 そのような大事な時であるというのにも関わらず……“トリステイン”国内は纏まっていない。“平民”出身の騎士に嫉妬を抱き、あまつさえ殺し屋を雇って排除しようとしている“貴族”がいる。

 ルイズはルイズで、色々なことが重なり合った結果ではあるが、自分の任務を放り出してどこかに雲隠れしてしまっていた。

「皆自分勝手だわ。誰のために頑張っていると想っているの?」

 アンリエッタは才人を呼んで、散歩でもしようと想った。

 “ガリア”女王との会見について打ち合わせをする必要があるのは確かであり、才人を襲った連中について知らせる必要もあるのだから。

 だが、1番大きい理由は……。

 アンリエッタは、(逢いたい。なんとなく、顔が見たい)と色々理由は付けたけれど、結局それだけであるかのように想えた。

 呼び鈴を鳴らして、アンリエッタは召使いを呼んだ。

「しばし散歩をしたいから……そうね、打ち合わせすることもあるので、“水精霊騎士隊”のシュヴァリエ・ヒラガを呼んで下さい」

 召使いは、直ぐに外から才人を連れて来た。

 グッタリと、疲れた顔で才人は言った。

「御呼びだそうで」

「散歩をしたいのです。護衛を命じます」

 才人は、直立すると恭しく一礼した。

 それなりに様になっていることもあり、アンリエッタは何だか少しばかり可笑しいと想うことができた。

 

 

 

 迎賓館を出る迄のアンリエッタは厳格な女王としての様子を見せ、一歩下がって後ろから着いて来る才人に目もくれなかった。

 “ヴェルサルテイル”の迎賓館は、既に社交場と化していた。あちこちで、豪華な衣装で、着飾った大“貴族”や大使達が、ニコヤカに談笑しているのである。

 アンリエッタが通り掛かるたびに、彼等は慌てて居住まいを正して礼を寄越すのであった。

 まるで空気のように、アンリエッタはそれ等を無視して歩く。公式の場でなければ、彼等に挨拶をする必要はなく、また、実際無視していても、全く厭味には見えない。

 そうと意識したアンリエッタは、全くもって見事な女王であり、1人の人間ということを忘れてしまうだけの威厳を辺りに振り撒いている。

 後ろから着いて行く才人などには、誰も見向きもしない。

 そんなアンリエッタのことを、あの時の安宿での出来事……そして、“ド・オルニエール”の地下室で見た人物だと同じであるとは、才人には想えなかった。

 外はそろそろ、陽の落ちようかという時間になっている。

 迎賓館の外も、大勢の外国からの客でごった返している。

 アンリエッタは、ローブのフードを深く冠る。そうすると、そこにいるのがアンリエッタだとは、咄嗟には判らなくなった。

 アンリエッタは無言のまま、ドンドンと歩いて行く。

 “ヴェルサルテイル宮殿”は広く、ちょっとした街くらいの大きさである。

 そのうちに、迷路のように花壇が並んだ場所に出る。名前も知らない青い夏の花が、咲き乱れている。

 アンリエッタは、真っ直ぐにその中へと入って行く……。

 その迷路状の中庭の途中には、小さなベンチがあった。

 そこに腰掛けると、アンリエッタはフードを取った。

 咽るような花の香りと、湿気に包まれたアンリエッタの顔からは、先程見せた厳格さは既に消えていた。まるで村娘のように、伸びをする。それから、「貴男も御掛けなさいな」と朗らかな声で言った。

 才人は、アンリエッタの隣に腰掛ける。

「誰かに聞かれたくなかったモノですから」

 それから、アンリエッタは軽く慌てた様子で、「いえ、その、深い意味はありませんの」と言った。

 才人も、ぎこちなく首肯いた。

 最近、2人はずっとこのような風である。御互いに、あの出来事を話題に上げはしない。

 最初に口を開いたのはアンリエッタである。

「明日のことですが……前にも説明申し上げたように、取り敢えずシャルロット女王に、素直に御訊ねください。“ロマリアと、どのような関係を結ぶつもりなのか?”」

「理解りました」

 才人の声はどこか虚ろで、元気がなかった。

「それと……貴男を襲った者達の件ですが。“元素の兄弟”と言うそうです。“ガリア”から流れて来た、裏の仕事に長けた連中とか……」

「そうですか」

 力のnい声で才人は言った。

「何だか、他人事のようですわね。しっかりして頂かないと困ります」

「すいません。でも……何だか、力が出ないって言うか。それじゃいけないって理解ってるんですけど……」

 アンリエッタは眉を顰めた。何だか、自分が責められているかのように感じたのである。

「まるで私が悪いような言い方ですわね」

「え?」

 才人は驚いてアンリエッタを見詰めた。その目に怒りの色をハッキリと感じ取り、才人は慌てた。

「そ、そんな……違います。いけないのは俺です。俺が……」

「私達は、悪いことをしたのですか?」

 唇を尖らせて、アンリエッタは言った。

「それは……」

「ルイズがいなくなった。仕方ないではありませんか。私達はそれだけのことをしたのですから。自分の意志で、それを行ったのですから。それとも貴男は、意に沿わぬことをしたのですか? それなら、私が1人でこの罪を被りましょう。でも、もし……そうではないのなら……」

「ないのら?」

「貴男には、そのように苦悩する権利はないと想いますわ」

 才人は俯いた。

「……意に沿わなかった訳ではないのです」

 するとアンリエッタは、冷たい目で才人を睨んだ。

「……男らしくないですわね」

「な、何ですって?」

「夢中だったではありませんか? まるで私が誘惑したみたいだわ。非道い人」

「そ、そうじゃないですか!?」

「どこがそうなのか、仰ってくださいまし」

「“こんな風に求めて来たのですよ!?” って言ったじゃないですか!?」

 するとアンリエッタは、更に目を細めた。

「あれはただ、貴男の真似をしただけですわ。誘惑した訳ではありません」

「俺は、あんな風にした覚えはないですよ! あんな色気たっぷりで……」

「色気に迷っただけだと。そう仰りたいのね?」

 すると才人は、再び力なく肩を落とした。

「……何て言うか、失くしてみて、初めて理解ったんです。いかに自分がルイズに依存してたのかって。いかにルイズのことが好きだったのかって。俺は“トリステイン”を救けるために、110,000に突っ込んだ訳じゃない。ルイズを救けるために突っ込んだんです。ルイズがいるから、こっちの世界に残ることにしたんです」

「では、ルイズがいなくなったから、貴男も全てを放り出して、元の世界に帰えると仰るの?」

 才人は首を横に振った。

「いえ……それは俺の理由です。理由は理由に過ぎません。兎に角俺は一旦引き受けました。だからちゃんとやります。落ち込んですいません」

 するとアンリエッタは、少しばかり驚いた様子を見せ、次いで恥ずかしそうに頬を染めた。

「……申し訳ありません。私、つい夢中になり過ぎたみたいですわ」

「……いえ」

「あまり頼れる人がいないモノですから。つい、甘えてしまうのです。きっと、貴男にも、ルイズにも甘えていたのですわ」

 しばし、2人は見詰め合っていたが……どちらからともなく顔を逸らす。

 ポツリと、才人は言った。

「俺……向こうの世界にいる時ですけど……とってもテキトウに生きて来ました。悪いことはしなかったけど、善いこともしませんでした。何かに夢中になることもありませんでした。毎日はなんとなく過ぎて行って、ある日突然大人になって、それでも大して変わらずに、のほほんと過ごすんだろうなあ、あんて想ってました。そして、それで良いって想ってました」

「…………」

「でも、こっちの世界に来て、初めて見付かったんです。生きる意味、俺がこの世に存在する意味。すっごく単純でした。ルイズです。あんな可愛い娘見たことなかった。生意気で、我儘だけど、見てるだけでどうにかなりそうになりました。ルイズを助けるうちに、色々と手柄も立てて……皆から必要にされて、もっとその理由が大きくなりました。皆から必要とされるって、とっても嬉しかったんです。だって、今までそんなことなかったから」

 アンリエッタは、黙って才人の話を聴いていた。

「だから俺、ちょっと浮かれてたのかもしれません。浮かれて、1番大事なモノを忘れてたのかもしれません。ルイズやデルフを失って初めて、それに気付いたんです。こうなって理解ってたのに……」

 しばらくアンリエッタは黙っていたが……ユックリと目を閉じた。

「……そろそろ戻りましょうか」

「はい」

 2人は立ち上がると、迎賓館に向かって歩き出した。

 何時しか双月が現れ、夜の花壇を優しく照らしていた。

 そんな月明かりを見詰めながら、(俺がこの世界にいる意味って何だ? 自分の存在する意味。こっちの世界に来るまでは、そんなモノが……意味、なんてモノが存在すること自体、知らなかった。多分、向こうの世界にいたら、俺は恐らくそれを考える間もなく大人になり、そして死んで行っただろうな。ちょっと前まで、それは明確だった。ルイズのため。見ていると、胸のドキドキが治らなくなる女の子を守るため……でももう、彼女はいない。自分の前から姿を消してしまった。自分はこっちの世界に来て、色んなモノを見付けた。東京で過ごしている間には決して見付からなかったモノを……でも、今は何が目的何か判らなかった。世界はどうにも灰色で、何をすれば良いのか判らなかった。それでも、しなければならない仕事がある。降り掛かる危険がある)と色々と考えた。

 アンリエッタに対しては、「やります」と言った。が、そのどちらも上手く熟すことができるかどうか、才人は自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から、大々的に即位祝賀園遊会が開催された。

 朝から盛大な花火が打ち上げられ、楽師達は引っ切りなしに音楽を演奏する。

 完成なった“新王宮(ヌーベル・グラン・トロワ)”の前庭に集まった各国の指導者や名士達は、これほどの短期間でこれだけの王宮を造り上げてしまう“ガリア”の底力に、感嘆せざるをえなかった。

 玄関の扉が開き、シャルロット新女王(?)が新王宮から姿を見せた時、集まった名士達はその幼さに驚いた。彼女は16歳であるということを耳にはしていたが、どう見ても2つか3つは幼く見えたためである。

 また、彼女が着ている衣装も目を惹いた。

 このような場合、普通は派手で綺羅びやかな衣装を着るモノが通例である。大国“ガリア”の女王ともなれば、一流の仕立て屋が腕を振るった素晴らしい衣装を纏うであろう。現に居並ぶ貴婦人達は、新女王が身に纏うであろう、贅を凝らした衣装が一目見たくて集まったようなモノである。“ガリア”女王の衣装は、“ハルケギニア”の流行を左右するといっても過言ではないのだから。

 しかし……新女王が羽織っている衣装は、妙と言えるモノであった。

 まるで修道女が着るような、白い、簡易で質素な服である。宝石も何も鏤められていない。胸には、申し訳程度に“聖具”が描かれているのみである。

 左右に控えた御付の“貴族”が、恭しく一礼すると、芝居掛かった口調で、“ディテクト・マジック”の“呪文”を唱えた。

 これは、大事な儀式である。

 皆の前にいるのが、正真正銘の新女王であるのかどうか、証明するためのモノであるのだ。

 “魔法”を感知した反応はない。

 集まった名士達から、静かな溜息が漏れる。

 之で、女王は正真正銘、本人であるということが確認されたのである。

 新女王は、それから前庭に用意されたテーブルの最上座に向かい、そこで各国の名士達から、御祝いの言葉を受け取る段取りになっている。

 ユックリと階段を下りて来る女王の姿を、皆が想像した。

 だが……新女王は、其の場に立ったまま、何かを告げるように、右手を上げた。

 名士達からざわめきが漏れた。

「“ガリア王国”を統べる女王として、皆様方に宣言いたします。“ガリア王国”は神と“始祖ブリミル”の良き下僕として、“ロマリア皇国連合”の主導する“聖戦”に、全面的に協力いたします。“ハルケギニア”に“始祖”の加護があらんことを」

 一瞬、会場は静まり返った。それから、波のようにざわめきが広がって行く。「やはり、新政府は“ロマリア”の家来なのだ」、とか、「このために“ロマリア”は“ガリア”に侵攻したのだ」、との囁きが、会場を揺らして行く。

「何と言う……」

 会場でその宣言を聞いたアンリエッタは、顔を蒼白にして倒れ込んでしまった。

 側に控えていたアニエスとギーシュが、慌ててアンリエッタのその身体を支える。

 一歩離れた場所で、(今の言葉はどういうことだ? タバサが、“ロマリア”に協力するなんて!?)と、“水精霊騎士隊”を率いていた才人も青くなった。

 まさに、寝耳に水であったのだ。

 一瞬、才人は、(あれはタバサではなく、別の誰かだろうか? それとも、何か薬を使って……)と考えた。が、いや、と首を横に振る。

 先程、“ディテクト・マジック”で確認されたのだから、新女王本人であることだけは確かである。

 才人は、(となると、あれは正真正銘のタバサ……)と想った。

「何で修道女みたいな格好してるのかなんて思ってたら……あのちびっ娘、やっぱりそういう思惑があったのか……」

「妙だと想ってたんだよ。“ロマリア”の言うがままに即位を決め込むなんて。“ロマリア”め、上手いこと説得しやがったな」

 マリコルヌとギムリが、そのようなことを言った。

「違う」

 才人は、呟くように言った。

「何が違うんだ? 現にあいつは、“聖戦に協力する”って言ってるぜ」

「タバサがそんなこと言う訳がない!」

「そう、君に約束でもしたのかい?」

 そう問われて、才人は、ハッ、となった。考えてみれば、タバサの口から直接「“聖戦”に反対する」などという言葉は終ぞ聞いていなかったのである。才人は、自分と当然同じ考えだとばかり想い込んでいたのだが……。

「あのなあ君。政治信条と友情は別物だぜ。彼女は確かに君と仲良しだったのかもしれないが、君と考えが違ってたって可怪しくはない」

 レイナールが慰めるように言った。

 才人は、足元がグラつくかのような錯覚を覚えた。

 当の新女王は、階段を下りて、御祝いの言葉を受けるためのテーブルへと向かって行った。

 才人は駆け出した。

 

 

 

 テーブルに着いた“ガリア王国”新女王の前に、各国の名士達が順番に並んで挨拶をしている。

 膨大な列が出来ているが、才人は構わずに割り込もうとした。

 当然、他の“貴族”に窘められる。

「おい! どこの田舎者だ!?」

 才人はヤキモキしながらも仕方なくといった様子で最後尾に並ぶ。

 遠目に見る新女王に、可怪しなところは見受けられない。才人からして、多少雰囲気が変わった様子に見えるが、気の所為とも想える範囲であった。また、新女王が化粧をしていることに、才人は気付いた。

 唇に紅を差し、睫毛を巻いた程度の軽いモノであったが……雰囲気が違うように感じさせるのは、その顔に施された化粧のおかげでもあるだろう。

 1時間もすると、ようやく才人の番が来た。

 才人は眼の前の新女王を見詰めた。

 チラッと女王も才人を見詰める。

 が、その目にはかつて感じた親愛の色や懐かしいといった感情が欠片もない、と才人は想った。

「“トリステイン王国大使”、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールと申します」

 仕方なしに、取り敢えず通り一遍の作法で、才人は挨拶をした。

「御久し振り」

「お、覚えてくれてたのか?」

 当たり前じゃないかと思ったが、新女王のそのような態度を前にして、才人はついそのような間抜けじみたことを言ってしまう。

「覚えてる」

 その妙なやりとりに、周りの“貴族”達が怪訝な顔になった。

 だが、新女王の後ろにいる男が、周りに説明するように言った。

「ここなシュヴァリエ・ヒラガ殿は、陛下の御学友だった御方です。気さくに御声を掛けて頂ければ、陛下も喜びましょう」

 陽気な雰囲気を持った、神官服を着た男であった。若いのであろうが、妙に年齢が判り辛い。ガッシリとした顎が、意志の強そうな雰囲気を放っている。

 才人の視線に気付き、男は一礼した。

「宰相のバリベリニと申します。以後御見知り置きを。“虎街道”の“英雄”殿」

 才人もまた礼を返した。それから、「シャルロット女王陛下に、御話があるのですが……」と言った。

 するとバリベリニは慇懃な態度で首を横に振った。

「申し訳ありませんが、陛下は御忙しいのです」

「ええと、俺は一介の騎士ではありません。このように、“トリステイン王国”の正式な大使であり、交渉官です」

 と、才人は真面目な顔で、アンリエッタの御墨付を見せたが、バリベリニは首を横に振る。

「残念ですが……」

 取り付く島もないとはこのことであろう。

 才人は、新女王に向き直った。

「話があるんだ」

 だが、それでも新女王はキョトンとした様子で才人を見詰めるのみである。

「ヒラガ殿。失礼ですが……」

 割って入ろうとしたバリベリニに、才人は言った。

「貴男に尋ねてるんじゃない。俺はタバサに……陛下に尋ねてるんです。なあ、御願いだ。訊きたいことがあるんだ」

 だが、彼女の返事は素っ気ないモノであった。

「忙しい」

 才人は慌てた。

「なあ、さっきの言葉は本当成のか? “聖戦”に協力するって……」

 新女王は、(それがどうしたの?)と言わんばかりの様子で、コクリと首肯いた。

「おまえ……どうした? 一体何があったんだ?」

「どうもしない」

 その頃になると、妙な様子に周りの“貴族”達が騒ぎ始めた。

「大使殿。後が仕えております。御話なら、後で私が伺いましょう」

「なあタバサ! どういうことだ!? おまえ、“ロマリア”に何か吹き込まれたのか!? どうなんだ!?」

 なおも詰め寄ろうとする才人に、バリベリニは冷たい声で言った。

「それ以上、何か仰れば、貴男に異端の疑いを掛けねばならなくなりますぞ」

 それでも才人は何か言おうとした。

 だが、才人のその口が背後から押さえられる。

「ほらサイト! 行くぞ! 皆様方、御騒がせしました!」

 ギーシュである。

 見ると、周りには“水精霊騎士隊”の少年達が集まっている。

 そっと、ギーシュが才人の耳元で囁くように窘める。

「……気持ちは理解るが、自重し給え! ここは“トリステイン”じゃないんだぞ!」

 ギーシュのその言葉で、才人はどうにか落ち着いた様子を見せる。が、それでも感情などは大きく揺り動いており、どうにもままならないといった風である。

「……すいませんでした」

 が、それでも、ペコリと頭を下げて、才人は“水精霊騎士隊”の面々と共にその場を後にした。

 園遊会会場は、先程の新女王の発言に関することで持ち切りであった。

 ほとんどの“貴族”は、困ったような表情を浮かべている。

 当然のことであろう。

 彼等の記憶には、犠牲者が出なかったとはいえ、“カルカソンヌ”で“両用艦隊”を焼き尽くした炎が焼き付いているのだから。“エルフ”が用いる“先住魔法”が生み出した、巨大な炎の玉……。

 それに、“エルフ”と戦うことほど愚かなことはない、と彼等は教えられて育って来たのである。

 だが……面と向かって“ロマリア”や“ガリア”女王に逆らうことができる“貴族”などいるはずもない。

 会場内の“貴族”達は、「本当に“エルフ”と戦になるのですかなあ?」などとまるで他人事の様子に話し合うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 その日の夜……。

 “新王宮”の女王の寝室。

 ジョゼット改め名実共にシャルロット女王となった少女と、“ロマリア”の神官であるジュリオはそこで談笑をしていた。

 談笑とはいっても、今日の出来事についての話、今後についてのジュリオからの提案と説明と指示……などといったモノであるのだが。

「理解った。それで御兄様が助かるなら」

「良い娘だ」

 ジョゼットは首肯き、ジュリオは笑みを浮かべる。

「ふむ……確かに、良い娘だ。実に好い。それに、中々に面白いモノを見させて貰ったよ。ジュリオ」

「……!?」

 部屋の隅で俺は実体化し、2人の前へと姿を曝す。

「御兄様……」

「大丈夫だよ」

 突然の闖入者を前に、ジョゼットは怯え、ジュリオへと縋り付く。

 ジュリオは、安心させるようにジョゼットへと微笑み掛ける。

「女性の寝室に無断で入って来るなんて感心できないな。セイヴァー」

「それは御互い様だろう? つい先日、見事に入れ替わりをしてみせたようじゃないか。なあ、女王陛下……いや、 ジョゼットと呼んだ方が良いかな?」

「…………」

 俺の言葉に、ジュリオは笑みを崩し、硬い表情を浮かべる。

 ジョゼットは怯えと困惑の表情で、俺を見詰めて来る。

「……何故、と訊きたいのだろう? そうだな。俺は総てを識っている。例えば、“虚無”について……“4つの4”、“大災厄”……“風石”……」

「君は、何を……どこまでを知っているんだい?」

 珍しく、ジュリオは警戒心を露わに、また、怯えを含めて俺を見詰め、問い掛けて来る。

「言っただろ? 総てだ。“サーヴァントの力を手に(転生)”してからは、文字通り“根源”と繋がり、総てを識ることができるようになった。まあ、それでも知ろうと想ったことしか識れず、不器用なところとかは変わっていないみたいだがね……まあ、安心してくれ。過程は違えど目的は同じだ。だから、最終的には手を取り合うことができるだろう。ただ、今こうしてここに来たのは、園遊会の時に挨拶ができなかったからでね。それじゃ、また逢おう」

 俺は2人に背を向け、再び“霊体化”し、場を離れた。

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