ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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 同時刻……迎賓館。

 アンリエッタの部屋の摩で警護の任を行っていた才人は、中からアンリエッタに呼ばれた。

「……サイト殿」

 アンリエッタは、疲れたような声を出し、才人を呼んだ。

 才人は、一緒に立っているギムリへと目配せをし、中へと入って行った。

「御呼びですか?」

 アンリエッタは、寝間着姿のまま、ソファに凭れ掛かっている。あの、新女王の宣言を聞いてから、ずっとこうやって茫然自失の体といえる様子なのである。やっとのことで、人と話す余裕ができた、といった様子を見せている。

「……シャルロット女王に御逢いしましたか?」

 才人は首肯き、アンリエッタに説明をした。全く、取り付く島がなかったということを……。

「まるで人が変わったようでした」

「そうですか。となると、想っていたより、事態は厄介ですわね」

「一体、何があったんでしょうか?」

 才人は尋ねた。

 すると、アンリエッタは唐突に顔を押さえた。

「姫様?」

「もう沢山。沢山ですわ! なんて狡猾で巧みな連中でしょう! 嗚呼、難なく“ガリア”を手懐けてしまうなんて……」

「ですが、“虚無の担い手”は1人欠けた状態です。まだ“聖杯戦争”の途中ではありますが……諦めるのはまだ早いですよ」

 そうは言ったものの、才人の中には(もしかしたら“ロマリア”は……それもとっくに解決しているのかもしれない)といった不安があった。

 才人が(自分が死ねば、代わりの“使い魔”を“召喚”できるように……“担い手”もまた、代わりがいるんじゃないのか?)といったことを考えていると……窓が叩かれた。

 アンリエッタはビクッと身体を震わせると、才人へと寄り添った。

 才人は、(ここは2階のはずだけど……)と考え、先ず、小声でギムリを呼んだ。

 怪訝な顔で部屋に入って来たギムリにアンリエッタを任せ、才人は、刀の柄に手を置いて窓へとユックリ近付く。

 ガンガン……。

 再び、カーテン超しに窓が叩かれる。

「誰だ?」

 そう才人が尋ねると、声が響いた。

「……“トリステイン”女王陛下に宛てて、我が主人より言伝を持って参りました」

 若い女の声が返って来た。

「言伝? どうして窓から来るんだ?」

「扉より入ることができないからで御座います。現在、“ガリア”王政府は混乱を極めております。その混乱について、是非とも“トリステイン”の助力を仰ぎたいのです」

 才人は、アンリエッタの方を振り返った。

 コクリ、とアンリエッタは首肯いた。

 才人は窓を開けた。

 スルリと、まるで滑り込むかのようにして女が1人入って来た。どこからどう見ても、ただの若い街女にしか見えないであろう容姿をしている。薄茶色の服に、淡いベージュ色のスカート。だが、“メイジ”ですらないのにも関わらず、彼女は器用に壁に張り付いていたのである。驚くべき体術であるといえるだろう。

「私は、“地下水”、と申します」

 随分と妙な名前であったが、何かの通り名であろう、とこの場の3人は判断した。

 “地下水”は、懐から1通の手紙を取り出した。それを恭しく、アンリエッタへと手渡す。

 アンリエッタは、其れを一読すると眉を顰め、才人へと手渡した。

 そこには、簡単にではあるが、こう記載されていた。

 

――“畏れながらトリステイン女王陛下に申し上げます”。

 

――“ガリア王政府に政変あり”。

 

――“王は、シャルロット様では御座いません”。

 

――“詳しい話をさせて頂きたく存じます”。

 

――“この者が案内差し上げます故、使者を御遣わしくださいますよう平に御願い申し上げます”。

 

「じゃあやっぱり、あのタバサは……タバサじゃないんだな?」

「一体、差出人は誰ですか? 何故、“トリステイン”に助力を請おうというのですか?」

「詳し話は、主人依り御伺いくださいませ。さ、急がねばなりません。使者を」

 この場の皆からすると、疑わしいし、もしかすると罠かもしれないと、考えられる。だが、迷っていられる訳もなく、他に手がないのは事実であった。

 アンリエッタは、才人を見詰めた。

「御願いできますか?」

「望むところです。ギムリ、ギーシュを呼んで来てくれ」

 おっとり刀で駆け付けて来たギーシュ達に、才人は掻い摘んで説明をした。

「と言う訳で、俺はちょっと行って来る。ここは任せた。レイナール、一緒に来てくれ」

 才人は、伴にレイナールを選んだ。

 こういった任務などには、ペアで行うのが基本となっている。

 また、レイナールは腕が立ち、知恵もあるための人選であった。

 緊張した様子で、レイナールは首肯いた。

 才人は準備を整えたことを、“地下水”、に報告した。

 コクリ、と女は首肯いた。

 

 

 

 才人とレイナールは、“地下水”に続いて迎賓館の窓から外へと出た。

 そこは壁と建物に挟まれた、狭い場所である。両脇を立ち木に塞がれ、周りからは死角になっている。

 才人とレイナールの2人は、(一体、ここからどう動こうというのだろう? “ロマリア”が暗躍しいるならば、当然自分達には監視の目が光っているはずだ。城壁を越えようとしたら、直ぐに衛士が飛んで来るだろう)と考え、首を傾げた。

 だが、“地下水”は、そうはせずに、地面にしゃがみ込む。

 そこには、鉄の扉があった。恐らく、下水道か何かに通じる入り口であろうことが推測できる。

 音を立てないように、“地下水”は、扉を開くと、中へと入り込む。

 続いて、才人が、その次にレイナールが続いて入った。

 梯子で5“メイル”ほど下りると、ヒンヤリと冷たい空気が淀む場所へと出た。足元に水の感触があることに、才人とレイナールの2人は気付く。そして、汚水の臭い……。

 “地下水”は、側にあったカンテラを摘み、短く“コモン・ルーン”を唱えた。

 “魔法”のカンテラに灯りが灯る。

 確かにここは、下水道である、ということがその灯りで判る。

「此方です」

 入り組んだ迷路のような下水道を、全く迷う素振りも見せることなく“地下水”は歩いた。どうやら、己の住む街であるかのように、この下水道を把握しているようである。

 右、左、真っ直ぐ……1“リーグ”ほども歩いた頃であろう。

 1本の鉄の梯子があり、“地下水”はそこを攀じ登り始めた。

 そこが目的地であろう。カンテラの灯りを消し、3人は外に出た。

 月明かりに浮かぶそこは、どうやら打ち捨てられた寺院の中庭のようであった。“ヴェルサルテイル宮殿”は、 “リュティス”の郊外に位置している。遠くに……500“メイル”は離れた場所に、その宮殿の灯りが見える。

 寺院の中に、“地下水”は入って行く。

 ここの礼拝堂は随分と使われていないようである。中は真っ暗であるために判り辛いため、“地下水”は才人とレイナールの手を握って案内した。

 礼拝堂には、地下へと下りる階段があり、そこを下りると扉がある。

 “地下水”は、その扉の前に立つと、小さく言葉を告げた。

「“地下水”です」

 鍵が外れる音が聞こえ、扉が開いた。

 カンテラの灯りが目に飛び込んで来る。

 そこは寺院の司祭がかつて使っていたのであろう、居室で在った。ベッドと、机が置いてある。

 一行を迎え入れたのは、フードを深く冠った若い女であった。

 口元だけを覗かせ、女は才人とレイナールに向かって礼をした。

「“トリステイン王国”からの御客様ですわね?」

 女の喋り方は、“貴族”のモノであるということが判る。どうやら彼女が、“地下水”の主人のようであるということも同時に判った。

「“トリステイン王国水精霊騎士隊”のシュヴァリエ・ヒラガです。こちらは同騎士隊所属の、レイナール」

 すると女は、フードを下ろした。

 カンテラの灯りに、長い青髪が舞う。

 彼女は、焦った声で2人に告げた。

「“ガリア王国北花壇騎士団”団長の、イザベラ・マルテルと申します」

「“北花壇騎士団”だって?」

 才人とレイナールは、(それは確か、タバサが所属していた“ガリア”の秘密騎士団ではないか? 政府の汚れ仕事を一手に引き受けていたという……)と顔を見合わせた。

「御存知ですか。ならば話は早い。時間もありませぬ故、急いで御説明差し上げます。先程手紙にも書いた通り、今現在、“ガリア”女王を名乗っている娘は、シャルロット様ではないのです。別の者が入れ替わっております」

「どういうことですか?」

「私も事情は存じません。ただ、3日前の朝、シャルロット様に拝謁した際に、私は直ぐにその娘がシャルロット様ではないことに気付きました。同時に、これは何かの陰謀だと理解したのです」

「……そうだったのか」

「ですが、私はそれに気付かない振りを致しました。あの娘が、シャルロット様であるように振る舞ったのです。何か事情を知らぬかと、太后陛下にも御目通りしようと考えましたが、病に伏せたとの仰せ。仕方なしに、手持ちの騎士を用いて秘密裏に調査を開始したのです。まだ、有力な情報は集まってはいませんが……敵に気付かれる訳にはいけませんから慎重にならざるをえません。でも、恐らく“ロマリア”の手引きによるモノと想われます」

 才人は、(やはり……あのタバサはタバサじゃなかったんだ。“聖戦”を目論む、“ロマリア”の陰謀だったんだ)と理解した。

「ちくしょう……やっぱりあいつ等、碌でもないことを考えていやがったな……そしてタバサは? どこに?」

「それも判明しておりませぬ。ただ、全力をもって調査中です」

「理解りました。で、俺達は何をすれば良いんですか?」

「取り敢えず、何もしないでください。迂闊に動くことは危険です。私達に多少の利があるとすれば……入れ替わったことに気付いたことを、向こうが知らないことです。ですから、貴方方も、気付いていない振りをしてくださいますよう。では、アンリエッタ女王陛下に、良しなに御伝えください」

「理解りました」

「何かあれば、手紙で御報せします。ですが普通の手紙では、敵に渡った際に対処の仕様がありません。これを御使い下さい」

 それは、数字を利用した暗号表であった。

 才人は首肯くと、それをポケットに捩じ込んだ。

「では、貴女も気を付けて」

 そう言い残し、才人はレイナールを連れて外へと向かおうとした。

「御待ちください。“地下水”が案内します」

「あ、そうか」

 あの下水道を、案内なしに帰ることは難しい、というよりも、無理だといえるだろう。

 だが、そう言った後もイザベラは何か言いたそうな顔をしている。

「何か?」

 そう尋ねると、イザベラは才人にペコリと頭を下げた。

「私は……前“ガリア”王、ジョゼフの娘で御座います。父に代わって、御詫びを申し上げます」

 才人の身体が固まった。髪の色から、イザベラが“王族”縁の者であるということに関しては見当を着けてはいはしたのだが……。

 顔色を変えたレイナールが、何かを言おうとして、口を開く。

 才人は、スッと、それを制した。

「サイト」

 才人は、言い直そうとするように口を噤んだ。そして、しめやかな声で呟くように言った。

「御悔やみ申し上げます」

 イザベラは、ハッとしたように目を開き、深々と頭を下げた。

 

 

 

 3人が外に出ると、双月が炯々と陽光っていた。

 下水道の入り口に向かおうとすると、いきなり呼び止められた。

「おい」

 才人は、その呼び掛けに振り向いた。

 瓦礫に腰掛けていた男が立ち上がる。

 月明かりに浮かんだ其の顔を見て、才人は絶句した。

「お、おまえ……」

 そこにいたのは、“シュルビス”で才人が見た顔であった。ドゥードゥーと一緒にいた巨漢の男……。

「いやぁ、懐かしい場所だな。そう言いやなあ、俺も昔頻く、ここで依頼を受けたもんだよ。もしかしたら、おまえも“北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”なのか? いや、まさかな……」

「ここで何をしてるんだ?」

 才人がそう問うと、男――ジャックは頭を掻いて答えた。

「野暮な質問するない。理解るだろ? やっと値段の折り合いが着いてなあ」

「こいつ、何者だ?」

 レイナールが呟くように、才人へと問い掛ける。

「俺を襲った奴の仲間だ」

「じゃ、じゃあ……刺客?」

「もっと格好良い言い方はないもんかね?」

 レイナールは青くなり、次いで顔を真っ赤にさせて“杖”を抜いた。

「おいおい、やめておけ。俺は何だ、そういうことはしたくないんだ。何だほら、目撃者を全員殺す、とかな。良いじゃねえか見られるくらい。減るもんじゃねえし」

 才人はポケットの中から暗号表をレイナールへと手渡した。

「お、おい……」

「後は頼む。こいつを陛下に届けてくれ」

「で、でもな……」

「こいつは俺にだけ用があるんだ。そうだろ?」

 才人がそう言うと、ジャックは首肯いた。

「ああ。その通りだ。他の連中に興味はねえよ。おまえさん達がここで何を企んでるのかもな」

「サイト……」

「早く。“地下水”さん、頼む」

 “地下水”はコクリと首肯くと、レイナールの腕を掴み、下水道の中へと消えた。

 才人はジャックへと向き直った。こう強がりはしたものの……いざ対峙すると、才人の身体は恐怖で竦みそうになった。次いで、“シュルビス”で、散々な目に遭ったことを、想い出す。まさか、“ガリア”に来てまで襲われることになるとは想わなかったのである……。

 一瞬、逃げ出そうかとも、才人は考えた。

 だが、ジャックは依頼を受けて来ている。ここで逃げても、いつか再び襲われることだけは確かである。

 それに、先程の言葉から、ジャックはこの辺りには詳しいのだろうことが理解る。

「さてと、何だあれだね。おまえさんも、よっぽど恨まれたもんだね。外国まで追っ掛けて殺してくれなんざ……まあ、そっちの方が都合が良いのかもしれねえけどな。こっちで殺りゃあ、国内の調査は及ばねえ。でも、まさかこんな所で出逢うとはな! 隠れ家に丁度良いと想って来てみりゃ、ターゲットのおまえさんにばったり出逢すなんざ、俺も付いてるぜ」

 才人は、(くそ、逃げても無駄だ)と覚悟を決めた。そうなると、腹を決める必要がある。

 だがどうしたことか、勇気を出そうとしても身体に力を入れることが、今の才人にはできなかった。引き攣ったように、手足は強張っている。まるで子供の頃、初めて喧嘩をした時のようである。

 才人のその様子を目にして、ジャックは怪訝な顔を見せた。

「おいどうした? 元気がねえな。この前が我武者羅に向かって来た癖に」

「な、何でもねえよ」

 ジャックは笑った。

「そうかい。そりゃ良かった。怖じ気付いた相手と闘っても面白くねえしな。さてと、俺はおまえさんを殺しに来た訳だが、恨んでくれるなよ。こりゃ仕事なんだ。好きでする訳じゃねえし、おまえさんが憎い訳でもねえ。なんだ、キッチリ引導は渡してやるから、諦めるんだな」

 才人は腰に提げた刀を抜き放った。左手甲の“ルーン”が、光り出す。

「おいおい! 死に急ぐなよ! まだ話は終わってねえ!」

「ゴチャゴチャ言わないで掛かって来いよ」

 強がってはみたものの、刀の切っ先が震えていることに才人は気付く。

「さてと、先ずはおまえさんの値段を教えてやる。俺はな、いつも仕事をする前に、そいつの値段を教えてやるのよ。自分にそれだけの価値があったと想えば、少しは気が晴れるんじゃねえかと想ってさ。おまえさんの金額は何と140,000“エキュー”だ! こいつは豪気だぜ。小振りな城が3つも4つも買える値段だ! おまえさんほどの値段の着いた奴ぁいなかった。誇りに想いな」

 才人は、そんなジャックの言動に、(ふざけた野郎だ。たぶん、失敗するなんて夢にも想って無いに違いないな)と想った。

「1人で大丈夫なのかよ?」

「まあね。この前の手合わせで、俺1人で十分だと想ったからな。言って置くが、俺はドゥードゥーの何倍も強いぜ。さてと、ホントのホントにこれで最後だ」

 首の後から冷や汗が流れて背中を伝うのを、才人は感じ、(踏み込めねえ。どうにもこうにも隙がない。こいつの威圧感は何々だ……?)と考えた。

「何か最期にやりたいことがあったら言ってくれ。この場でできることだったら何でも構わねえ。遺書だって良いぜ。まあ、書かれたら不味いことは消しちまうがね」

 才人は無言で飛び込んだ。一足跳びで距離を詰め、ジャックの足を薙ぎ払おうとしたのである。

「ったく! せっかちな奴だな!」

 しかし、ジャックは巨体に似合わぬ軽やかな動きで難なくジャンプして、足払いを躱す。

 だが、その動きを読んでいた才人はそのまま、掬い上げるようにして刀を振り上げた。

 才人はそのスピードには自信があり、(貰った!)と思った。(こいつ等は身体の各部に“硬化”を掛けて銃弾や刃を防ぐのが得意だったな。だけど、この速さでは“硬化”を掛ける暇もないに違いない)、と考えたのである。

「おお、いやぁ、凄い速さだなあ」

 しかし、才人は手応えを感じなかった。

 驚くことに、ジャックは才人が振るった刀を右手で摘んでいたのである。

「くっ!」

 クルリと器用に回転して、ジャックは地面に降り立つ。

「さて、次は俺の番だ」

 ジャックは“呪文”を唱えた。

 才人は身構えた。次いで、この前の、ジャックの攻撃を想い出す。

 ジャックは、“シュルビス”にて“土魔法”を使い、壁や礫を操っていた。

 だが……“土系統”はあまり、攻撃には向いていないといえるだろう。

 対処できる自信が、才人にはあった。

 才人は、(何が来る? 足を掬おうとする土の手か? それとも“ゴーレム”でも造り出すか? それとも、拳を固めて殴って来るのか?)と考えた。

 だが、ジャックの攻撃はそのどれでもなかった。石転を1つ取り上げた。それを無造作に、才人に向かって投げ付けたのである。

 投げるとはいっても、ただの投擲による速度ではない。ジャックのそれは、まさに戦車砲のような速度と精度を持った投石であるといえるだろう。

 デルフリンガーの、「あいつ等は、“先住魔法”を身体の関節部に……」といった言葉を、才人は想い出した。

 才人はその石を、何とか刀で弾くことに成功した。

 だが、次の瞬間、ジャックは才人の懐へと飛び込んで来ていた。

 ジャックのその拳が、才人の腹に減り込む。

 才人は刀を放り出し、吹っ飛んでしまった、

「いやぁ、おまえ、中々だったよ」

 地面に横たわった才人に、ジャックは素直な感想を口にした。

 遠くに刀が転がっているのが見える。

 才人の全身を、(負けた。こんなにも呆気無く。あいつは、“魔法”らしい“魔法”すら使っていないっていうのに……)と諦めと無力感が包んで行く……。

 やはり……どうにも才人の心が震えないのである。かつて背後にあの“詠唱”を聞いていると、幾らでも沸き起こった心の震えが全く起こらないのである。

 才人の全身を、(自分は……ルイズが居無ければ、どうにもならにあ。そりゃそうだ。“ガンダールヴ”は、主人の“詠唱”の時間を稼ぐために生み出された“使い魔”……主人がいなければ、その本分を見失うのは道理だ。駄目だ)と諦めが包んで行く。

 突き付けられる“杖”を、才人はボンヤリと見詰めた。

「さてと……じゃあもう1度尋ねてやる。何か最期にしたいことはないか?」

 死が現実に迫って来た、と才人は感じた。

 というよりも、眼の前にそれは既にあった。

 才人は、(死んだら、ルイズに逢えない。逢って、謝ることもできない)と想った。

 そう想うことで……才人は、どうにもならなくなってしまった。

「……たくない」

「何だって? 聞こえないぞ?」

「……死にたくない」

 ジャックは困ったように首を横に振った。

「そりゃあいかん。俺も仕事なんでな。他の奴にしてくれよ」

「逢いたい」

「逢いたい? 誰に?」

「ルイズに逢いたい」

「そいつもできない相談だな」

「ルイズ……」

 とうとう、才人は泣き出してしまった。

 すると、ジャックの顔に怒りの色が浮かんだ。

「な、何だ? おまえ……戦い終わって泣くのか? こ、この……俺達の戦いを侮辱するつもりか?」

「ルイズ……ごめん……俺……」

「やめろ! 泣くな馬鹿者! 140,000“エキュー”に相応しい最期を見せろ!」

 感極まり、才人は絶叫した。

「ルイズゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!」

 虚しく、才人のその絶叫は闇夜に吸い込まれて行く。

 ジャックの顔に、幾重にも青筋が浮いた。

「き、貴様……この期に及んで泣きながら女の名前を呼ぶとは……うぬ、と何という軟弱。何という貧弱。何という柔弱……」

 ジャックは“杖”を振り上げ、“呪文”を唱える。

 地面の土塊が持ち上がり、強力な“錬金”によって火薬へと変化した。

 才人は泣きながらも、這って逃げようとした。

 ジャックはその火薬を才人目掛けて放った。

「塵も残らぬようにしてくれるわ!」

 その瞬間であった。

 宙に舞った火薬の中心で、小さな爆発が発生した。

 その爆発は、才人へと向かう前に火薬を引火させた。

 巨大な爆発音が響き渡り、ジャックは爆発に巻き込まれ、後ろに吹き飛ばされてしまった。

 濛々と、煙が立ち籠める。

「…………」

 白い煙が晴れた後に……呆然と這い蹲る才人が見たモノは……。

「あんた何やってんのよ?」

 月の明かりに眩しい、桃色がかったブロンドであった。“杖”を握り、スックと背を伸ばし、自分の前に立つ、“虚無の担い手”の姿を、才人は目にした。

 才人を守るようにして、ルイズは立っている。

 才人からすると俄には信じることができないことであった。まるで奇跡のように、ルイズは一瞬で眼の前に現れたのだから。

 修道服を身に纏い、“杖”を構えたルイズのその姿は……奇跡のように神々しいといえるだろう。

 その姿を見ているだけで、才人の両目からは涙が溢れた。

「ルイズ……」

「情っけない“使い魔”。全く、私ってば、ホントついてないわ。あんたみたいな弱っちいのが“使い魔”だなんて。ったく、これじゃ、世界、を救えないじゃないのよ」

「ルイズ!」

 才人は思わず抱き着こうとするのだが、顔に蹴りを入れられてしまう。

「懐いてる暇があるんなら、サッサと剣を拾って来なさいよ! まだ、勝負は着いてないわ」

 その通りであった。

 ユラリと、煙の向こうから立ち上がる影がある。

「ぐ……何者だ? 貴様……」

「何者? 御挨拶ね。生憎と、あんたみたいな傭兵風情に名乗る名前はないわ」

「ば、馬鹿にしおって……良かろう、おまえも纏めてヴァルハラに送ってやる」

 そう言ジャックの顔に、ルイズは見覚えがあった。それから、(あいつ確か……“シュルビス”で私に“セント・マルガリタ修道院”の場所を教えてくれた男じゃないの。どうしてあの男が、サイトと戦っているのかしら? まあ、そんなことは後でサイトに訊けば良いわね)と考えた。

 刀を拾い側に戻って来た才人に、ルイズは言った。

「あんた、あんなのに負けたの?」

「あんなのって……あいつ、強いんだぜ?」

 するとルイズ、事もな気に言った。

「どこが?」

 ジャックはルイズに向けて“錬金”で造り上げた無数の鉄の矢を放った。

 軽く“杖”を降り、ルイズはその前に幾つもの、“エクスプロージョン(爆発)”を発生させる。

 鉄の矢は、吹き飛んだ。

 バラバラと地面に落ちる鉄の矢を見て、ジャックは呆然とした。

「そ、その“呪文”は何々だ……?」

 目を凝らすルイズには、ジャックが纏う“魔力”のオーラとでもいえるモノが見えた。

 成る程、確かに並ではない。だが……その“魔力”は不自然なモノであることが判る。人為的に与えられたモノ……。

 確かにその“魔力”は強力であろう。

 ルイズは、(でも、私の敵じゃない)と同時にそれもまた、理解することができた。

 今のルイズには、底なしとでもいえる“精神力”が溜まっているのであった。アンリエッタと才人の一件が、ルイズに今までで1番の感情の昂ぶりを与えてくれているのである。そう、人生の中でコツコツと溜めて来た“精神力”と同等とでもいえるほどの量が、一瞬でプールされるくらいの、感情の昂ぶりを……。

 今のルイズであれば、どんな巨大な“魔法”でも放つことができるであろう。

 同時に、“セント・マルガリタ修道院”からの脱出行……結局、最寄りの海岸までは、10“リーグ”も離れていた。が、途中まではルイズが小出しにした“瞬間移動(テレポート)”、“アサシン”の手を“精神力”が回復するまでの間だけ借りもしはしたが、そのほとんどを自身の“魔法(瞬間移動)”でもって渡り切ったのである。

 途中でハサンの手を借りはしたが、その経験がルイズに絶大な自信を与えていた。

 ルイズは、(私は、“虚無”を扱える。振り回されてなんかいない)、と自信を持つことができていた。

 沸々と、ルイズの心の底から何かが湧き上がって来る。“精神力”が“魔力”となって、ルイズの身体の中をうねっているのである。

「誰も認めてくれなくたって、私があんたを認めて上げるわ。ルイズ・フランソワーズ」

 

 

 

 眼の前に立つ桃色のブロンドの少女を見て、ジャックは目を丸くした。

「あいつ……あの時の……」

 眼の前の少女が、ジャネットが“セント・マルガリタ修道院”に送って行った少女であるということに、ジャックは気付いた。髪の色が違うが……間違いない、という確信がジャックの中にはあった。それから、(どういうことだ? 結局、向かわなかったのか? それとも、あの牢獄から脱出して来たというのか?)と疑問を覚えた。

 が、同時に、(兎に角、何という“魔力”だろう)、と眼の前の少女が放つ“魔力”に、ジャックは驚いた。

 ジャックもまた相当な使い手であることは確かである。だからこそ、ルイズの力を理解することができた。

 次いで、(あの、“常時錬金を放出する装置”とやらを持って来れば良かったな。だがあれは……ダミアン兄さんの夢に必要なモノだ。こんな所で使ってしまう訳にはいかない。となると……)とジャックは考えた。

「簡単なことだ。命と引換えにすれば良い」

 ジャックは“呪文”を唱えた。

 地面がボコボコと盛り上がり、大量の“ゴーレム”が出現する。

 それを眼の前の主従であろう少年と少女目掛けて、ジャックは“ゴーレム”達を放った。

 だが、それはただの時間稼ぎに過ぎない。

 再びジャックは“呪文”を唱え始めた。

 数十体にも及ぶ“ゴーレム”を見詰め、ルイズは、才人に命令を、“アサシン”に頼み事をした。

「ほら。雑魚が沢山。あんた達の相手よ」

 才人は首肯くと、刀を握って飛び出して行く。

 大量の“ゴーレム”が相手である。

 流石はジャックの造り上げた“ゴーレム”だといえ、動きが、ギーシュの操る“ワルキューレ”や他優秀な“メイジ”達が操る“ゴーレム”の比ではない。まるでジャックの分身であるかの様に素早く、手強い動きで才人を翻弄しようとした。

 だが……。

「“ウル・スリサーズ・アンスール・ケン”……」

 背後からルイズが“呪文”を読み上げる声が、才人の耳に届く。

 その響きは、才人に絶大なる勇気を与えてくれた。先程とは大きく違う種類の涙が、才人の目から溢れそうになる。

 響くルイズの声が、美しい鈴の音のように、才人の心に染み込む。

 才人は、(この声。そしてその姿。ルイズは美しい。この世の誰よりも美しく、俺の心を打つ)と想い、“ゴーレム”の動きの先を読んだ。未来位置を予測し、そこに刀を打ち込むのである、先程はそのような動作を想像することすらできなかった。

 だが……ルイズの“詠唱”を聞いていると、才人は何でもできるように想え、不思議であった。まるで背中に羽が生えたかのように、才人の身体が動くから不思議である。

「何だよ! 止まって見えるよ!」

 的確に“ゴーレム”を斬り裂きながら、才人は絶叫した。

 

 

 

 ルイズの耳に、ジャックの“詠唱”が届く。

 それは“錬金”であることが判る。

 研ぎ澄まされたルイズの精神が、ジャックの意図するところを正確に判断したのである。

 そして、ルイズに唱えるべき“呪文”を、自ずと教えてくれる。

 “呪文”を唱えるルイズには、もう辺りの喧騒は一切届かない。世界と或る意味切り離され、この世でたった1人になったかのような、そのような感覚がある。それでも精神と切り離された五感は、ルイズの意志とは別の所で情報を探知し続けている。

 意識の隅で、ルイズは己の“使い魔”を意識する。

 眼の前で、刀を振るい、襲い掛かろうとして来る“ゴーレム”を次々斬り伏せている“使い魔”を。

 ルイズは、(私を守るために……)と想ったその時、自分達が恋人という絆よりも、より強いモノで結ばれていることを識った。

 それは、“運命”の鎖であるといえるだろう。別れようにも、2人は別れようがないのである。どちらが欠けても、大義は果たせない……。

 ルイズは、(姫様達にジョゼットの存在を伝えに“ヴェルサルテイル”までやって来た自分が、サイトの絶叫を耳にしたのは偶然だったのかしら? 闇の中、私を呼ぶ声が、ハッキリと届き……辛くもその危機を“瞬間移動(テレポート)”と“アサシン”の跳躍で駆け付け、救うことができたのは、“運命”だったのかしら?)と考えた。

 また、それは良いことなのかどうか、自分はそれを望んでいたのかどうか、などルイズが今現在抱える様々な想いが交差し、その震えを受けてオーラが輝く。

 “虚無”のうねりが、ルイズを包む。

 “呪文”が完成した。

 

 

 

 時間を掛けて練り上げた“錬金”を、ジャックは地面に向けて放った。

 ブワッと、ジャックを中心にした同心円状に、“錬金”の効果が広がって行く。

 ジャックの強力過ぎる“錬金”は恐るべき効果をもたらした。

 半径100“メイル”ほどの空間の土が、表土10“サント”ほどの量の土が……一瞬で火薬へと変わる。残りの“精神力”を使い切って、練り上げた“錬金”である。

 これだけの量の火薬であれば、半径数“リーグ”にも爆発の影響は及ぶであろうことが推測できる。もちろん、その中にいるヒトは逃げようがない。木っ端微塵になるであろうことは明白であった。

「兄さん! 後は任せたぜ!」

 そう叫び、ジャックは“着火”を唱えようとしたその瞬間……。

 ルイズが“杖”を振り下ろすのが、ジャックには見えた。

 地面が光り輝き……火薬に変わった土が、一瞬で元の土へと変わって行く。

 “解除(ディスペル)”である。

 ボッ、とジャックが放った“着火”が虚しく地面に瞬いた。

 ジャックは、(なんという“魔力”だろう。“精神力”を使い切った……増強剤で増幅された俺の“魔力”を用いた“錬金”の効果を上回るなんて……)、と驚愕と感心を覚えながら、白目を剥いた。次いで、“精神力”を使い果たしたことで、ジャックは地面に崩れ落ちた。

 辺りに、静寂が戻った。

 

 

 

 

 

 レイナールがアンリエッタや“水精霊騎士隊”の面々を連れて来たり、“ガリア”の官憲が大挙して押し寄せて来たりしたために、辺りは一躍騒然となった。

 気を失ったジャックは、彼自身の言葉通りどうやら“北花壇騎士”らしいとのことで、取り敢えず“ガリア”の官憲が拘禁するとのことになった。

 才人は、“ガリア”の官憲に「どうしてこんな場所にいたのだ?」と尋ねられたが、ルイズを迎えに来て道に迷ったのだとはぐらかし、説明をした。以前の件も正直に話し、国内の“貴族”に命を狙われているらしいとのこともまた、合わせて付け加えた。

 急いで駆け付けて来たアンリエッタは、先ずは才人を見て、ホッとしたような表情を浮かべた。

 そして、ルイズを加えた一同は迎賓館へと戻って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタは、自分の部屋に才人とルイズのみを呼んだ。

 先ずは、情報を生理したかったためである。

 才人は、先ずこの数週間に起こったことをルイズに掻い摘み理解りやすくより正確に説明した。ルイズを追い掛けていたところ、“元素の兄弟”と名乗る一味に襲われて、デルフリンガーが砕け散ったということ。

 デルフリンガーが砕け散ったということを聴いて、ルイズも当然涙を流した。

 しばらく、シンミリとした時間が流れた。

 だが、泣いている暇はない、と才人は次々とルイズに語った。

 そして今現在、タバサが誰かと入れ替わっているらしいということ。そのシャルロットとして振る舞う女王は、“ロマリア”の手の者らしく、“聖戦”を支持する表明を発表したと云う事。

 そして才人は、アンリエッタに、改めて先程のイザベラとの会見についてを説明した。

 話を聴き終わった後、アンリエッタは溜息を吐いた。

「全く……次から次へと、よくもまあ問題が降り掛かるモノですわ……まさか、“ガリア”にいる間を狙って来るなんて!」

「どうやら“ガリア”の秘密騎士だったようです、この辺りの方が殺りやすいと感じたんでしょう」

 才人がそう言うと、アンリエッタは首肯いた。それから、少し厳しい顔になってルイズへと向き直る。

「それでは、貴女が何をしていたのかを説明してください」

 ルイズは、才人とアンリエッタに語り始めた。

 飛び出して、毎日呑んだくれていたこと。

 “シュルビス”という宿場街で、妙な少女に出逢ったこと。

 その少女の兄と名乗る人間に、秘密の修道院の場所を教わったこと……。

「ジャックという大男だったわ。で、驚くことに、そいつはさっきあんたを襲った奴だったのよ」

「ということは、おまえを“シュルビス”で匿ってたのは……」

「あんたを始末するように依頼された連中だったって訳ね。まあ、セイヴァーは全てを知ってたみたいだけど……」

 意外な繋がりに、3人は驚いた。

 そして、“セント・マルガリタ修道院”での“運命”の出逢いも、当然ルイズは話した。

「そこで仲良くなったジョゼットっていう娘が、ジュリオに連れて行かれるのを見たの。恐らく彼女が新しい“虚無の担い手”だわ」

 アンリエッタは激しく驚き、才人は(やっぱり、新しい“担い手”が……)といった様子をそれぞれ見せた。

 アンリエッタは、(やはり……“虚無の担い手”には代わりがいるのね。だからこそ、“ロマリア”はジョゼフが死んでも“聖戦”を遂行しようとしていたんだわ)と理解し、怒りと絶望が混じったが……どうにかそれに堪えた。

「となると、あのタバサそっくりの奴は……」

「恐らくはそのジョゼットで間違いないでしょうね。その修道院では、特殊な“聖具”を着けるの。それを着けると、顔が変わってしまうのよ。多分あの娘……タバサの双子の姉妹なんだわ」

 ルイズは、「それを報告するために、私は修道院を飛び出して来たの」と言った。

 話が終わった後……ルイズはスックと立ち上がった。どうにもこうにも事務的な態度であるといえるだろう。

「では、話も終わりましたので、私は失礼します。どこの部屋を使えば良いのでしょうか?」

「俺の個人天幕なら、外にあるよ。小さいけど」

 するとルイズは、ジロリと才人を睨んだ。

「どうしてあんたの天幕で寝なくちゃいけないのよ?」

「そ、それは、だって……」

 才人は、ルイズの怒った様子を前に、(嗚呼、やっぱり……戻って来たとはいえ、ルイズはあの一件を赦してはいないんだな。まあ、当然なんだけど……)としどろもどろになってしまった。

 すると、アンリエッタがコホンと咳をして、澄ました声で言った。

「部屋などあまっておりませぬ。ここは外国ですよ」

「そうですか。ならば、“リュティス”に宿を泊ることにいたしますわ」

 その冷たい態度に、アンリエッタは想うところがあったのだろう、才人へと向き直る。

「ではサイト殿。貴男の天幕をルイズに与えてください」

「え? じゃあ、俺は……?」

「私の部屋に寝泊まりなさればよろしいわ」

 アンリエッタは澄ました顔で言い放ってみせた。

 ルイズの肩がピクン、と動いた。

「えええ? でも!? そんな!?」

「私達は今、とんでもない危険に晒さられています。手練の護衛が欲しいのです。大変でしょうが、夜通し私を御守り下さい」

「で、でも……」

「良いですわね? ルイズ」

 するとルイズは、引き攣った顔で首肯いた。

「良いも悪いもないではありませんか。陛下の御衣のままに。そんなので良ければどうぞ。謹んで進呈いたしますわ」

 するとアンリエッタも、わずかに眉を動かした。

「そんなのとは……どういう意味かしら? ルイズ」

「私の御下がりの犬で良ければ、という意味ですわ」

 アンリエッタは、落ち着きが失くなって来たように髪を描き上げた。それでも何かを言ってしまえば女王の尊厳が損なわれてしまうと考えたのだろう。ユックリと才人へと向けて笑みを浮かべた。

「ではサイト殿。主人の御許しも出たことだし、そうするがよろしいわ。でも、あんなことを聴いた後なので、もしかしたら私、上手く寝付けないかもしれません。多少、御酒に付き合って頂けるかしら?」

 首肯くべきなのかどうか。というよりかもう、こういう冷たい女の闘いになるともう、才人は、どうして良いのか判らないのである。まさに火薬樽が並んだ真ん中に、松明を持って立っているかのような気分を、才人は今味わっている。迂闊に動いたら大爆発といった状況である。

 怒りに震える声で、ルイズは言った。

「姫様はおいくつになっても全く御変わりありませんわね。昔からそうよ。私が御人形で遊んでいると、“あらルイズ! 可愛いじゃない。貸して頂戴!”。そして私から平気な顔で御取り上げなさいますわね」

「子供の頃のことなど、良く覚えていますわね」

「嫌になるくらい、いつもでしたから。でもサイト、精々気を付けることね。この姫様、取り上げることが楽しいだけ。直ぐに飽きてポイなんだから」

 慌てた声で、アンリエッタは叫ぶ。

「殿方と人形を一緒にするなんて! ルイズ、貴女はどうかしていますわ」

 2人は、バチバチと火花を散らし合う。

「そ、外で寝ます。外で。姫様とルイズはそれぞれ部屋と天幕を御使いください」

「まあ! そんなことを許すことはできません。兎に角貴男には、この私の護衛を命じます。そうです。いついかなる時も。ええ、ベッドの中でも、ですわ」

 とうとうルイズは爆発した。ピクッピクッと肩を震わせ、ポツリと何事かを呟いた。

「……ったく。本当に……だけは一人前」

 アンリエッタは、ユックリとルイズに視線を向けた。その表情が、全くの無表情になっている。

 才人は、(王宮で見る顔だ)と思った。

 一触即発の空気が漂い始める。

 才人は、確かに、導火線が燃える匂いを嗅いだ、ように感じられた。

「何か言いましたか?」

「無駄な色気だけは一人前だと。そう申し上げたのです」

 アンリエッタはプルプルと震え出した。

「貴女、自分が何を言っているのか理解しているのでしょうね?」

「その御色気と同じくらい政治も上手なら、祖国も安泰でしょうに……」

 ルイズは芝居掛かった仕草で、身を捻ってみせた。

 とうとうアンリエッタは怒り心頭に爆発したらしく、ルイズの頬を叩こうとする。

 だが、ルイズはそれをヒラリと身を動かし、躱す。

「ほーんと、王様なんか御辞めになって、“タニアリージュ・ロワイヤル座”で、女優でもなさるがよろしいわ! 満員御礼祖国安泰! 全て丸く収まりますわ!」

 次にアンリエッタは、ルイズに足払いを噛ました。往年の御転婆っ振りを偲ばせる、見事な動きであるといえるだろう。

 引っ繰り返ったルイズは、ユックリと立ち上がる。それから、ジットリとした目でアンリエッタを睨んだ。

「良いのかしら? 姫様。言っておくけど、今までの成績は私の27勝25敗2分けですわ」

「いいえ。私の29勝24敗1分けのはずよ」

 2人は、「この阿婆擦れ!」、だの、「馬鹿女!」、「能なし女王」、だの、「胸なし巫女」、だのと、聞くに堪えない罵りを加えながら、散々に取っ組み合いを始める。

「やめろ! やめてください!」

 才人は見ていられなくなって、2人の間に割って入ろうとした。アンリエッタの拳が腹に減り込む。ルイズの蹴りが後頭部に飛ぶ。

 才人は、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 才人が気絶してしまった後も、熾烈な女の戦いはいつまでもといえるほどに続いた。

 そのうち2人は息が切れ、同時にベッドの上に横たわる。

 荒い息を吐いていたが……どちらからともなく口を開いた。

「27勝25敗3分けですわね」

「29勝24敗2分けよ」

 アンリエッタは、それから呟くように言った。

「貴女、相当非道いことを言いましたね」

「姫様も、相当非道いことを私にしましたわ」

 アンリエッタは、ポツリと言った。

「サイト殿を、彼の天幕に運んで御上げなさい」

「嫌です」

 ルイズも、意地を張って言った。

「あのですね、ちょっと、1人になりたいのです」

 シンミリとした声でアンリエッタは言った。

 

 

 

 才人が目を覚ますと、そこは自分の個人天幕であった。

 ベッドの側に折り畳み椅子にルイズが腰掛けてボンヤリと天幕の窓から外を見ていることに、才人は気付き、目頭が熱く成った。

 ルイズのその姿は、神々しいほど美しい、といえるだろう。地味な修道服を身に纏ってはいるが、それは全くルイズの魅力をスポイルしていないのである。

 ルイズは、何かを決心したように、軽く吊り上がった目を窓の外に向け、形の良い口を一文字に結んでいる。

 溺れてしまうかのような色気を持つアンリエッタも確かに魅力的である。

 だが……。

 アンリエッタの美貌が魔性であるならば、ルイズが持つ魅力は、聖、ということができるであろう。それは、才人にはいつもは見えないモノであった。ただこうやって……何かを決心した時、勇気を奮う時、ルイズはそれ等をチラッと、見せるのである。

 色気のある女の子は沢山いる。

 だが、このような顔を見せくれる女の子は才人からして、ルイズの他にはいないのである。

 喉から、絞り出すかのような声で、才人は言った。

「ルイズ……」

 すると、ルイズは振り返った。

「なに泣いてるのよ?」

「いや……だって……おまえが帰って来てくれたことが嬉しくて……」

 才人は、単純な事実に気が付いた。

 自分が、“この世界”に残ろうと決めた理由。

 ルイズがいるから。他に理由などないのである。

 そして才人は、ルイズに惹かれた理由にもまた同時に気付く。

 今まで、ずっと才人は生きるということに退屈さを感じていた。“東京”にいる時は、のほほんと、ノンビリと特にこれといったことを考えることもせずに生きて来たのである。

 だが、ルイズに出逢ったことで、才人は色々なことを知ることができた。

 楽しいこと。嬉しいこと。悲しいこと。辛いこと……。

 初めてダンスを踊った時……(可愛いな)と想うのと同時に、才人は確かにワクワクしたのである。胸を躍らせたといえるだろう。

 そして、ルイズがいなくなった途端、才人は、未来、を考えることができなくなってしまった。

 才人は、(ルイズは、俺をどこかに運んでくれそうな気がするんだ。ここじゃないどこか。今じゃないいつか。胸躍る、素敵な世界へ……)と想った。

 それは気の所為かもしれないであろう。ただの勘違いである可能性だって多いにありえる。

 だが、才人にはそう考えることが、そう想うことができたのである。感じられる。予感がする。それは何より貴重なことであるといえるだろう。

 才人は立ち上がると、ルイズを抱き締めようとした。

 だが、スッとルイズに遮られてしまう。

「甘えないで。あのね、私が戻って来たのは、別にあんたに逢いたいからじゃないわ。皆に、“虚無の担い手”が復活したってことを、報せないといけないと想ったからよ」

 冷たい声でルイズにそう言われても、ルイズに再び出逢えた事ことの喜びが、才人の中で勝った。

 才人は、ルイズをギュッと抱き締めた。

 もちろんルイズは派手に足掻く。殴ったし、蹴りもした。

 それでも才人は、強く抱き締めた。

 ルイズは、(もう。なんなのよこいつ? ホント。姫様とあんなことした癖に。私がちょっと優しくして上げたら、掌を返したようだわ。ホント不愉快。赦せない)と想った。

 だが……才人に抱き締められることで、ホッとする自分がいるということに、ルイズは気付いた。

 まるで自分がパズルの1ピースにでもなったかのように、才人のその腕の中にルイズはピタリと嵌まり込むのである。

 そして、まるで本能のように、(キスしたい)などとルイズは想ってしまうのである。

 ルイズは、(これじゃ舐められるわ。そりゃ浮気されるわ。だって、私、絶対に赦しちゃうんだもの)と想った。

 それは、ルイズにとって、泣けるほどに悔しい、事実であった。

 才人が唇を近付ける。

「駄目。嫌だ。絶対」

「好き。大好きなんだ」

「あんた姫様にもおんなじことしたじゃにあ。だから絶対に嫌だ」

 そうルイズが言うと、才人は泣きそうな顔になる。

 ルイズは、そんな才人を見て、(なんて顔してんのよ)と想った。

「御願い」

「絶対に赦さない」

「理解ってる」

「理解ってないわ。絶対に私忘れない。あんたと姫様のこと、一生忘れない。一生赦さない」

 才人は首肯き、ルイズと唇を重ねた。

 ルイズは、(こいつ、絶対に理解ってない)と想った。だが、そのキスを拒むことはできなかった。

 いつしか、夜が明けていたらしい。

 窓から黎明の陽光が射し込んで来て……ルイズの黒い修道服を瑠璃色に染め上げた。

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