ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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港町ラ・ロシェール

 朝靄の中、俺とシオン、才人とルイズ、そしてギーシュの5人は、馬に鞍を付けていた。

 才人は、デルフリンガーを背負っている。かなりの長剣であることもあって、腰に提げる訳にはいかないのである。

 シオンとルイズはいつもの制服姿だったが、長期間乗馬するだろうということもあって、乗馬用のブーツを履いている。

 そんな風に出発の用意をしていると、ギーシュが困ったように言った。

「お願いがあるんだが……」

「あんだよ?」

 才人は、馬の鞍に荷物を括り付けながら、ギロッとギーシュを睨み付ける。どうやらまだ、自分を痛め付けた彼のことを赦している訳ではない様子だ。

「僕の“使い魔”を連れて行きたいんだ」

「“使い魔”なんかいたのか?」

「いるさ。当たり前だろ?」

 中々に辛辣な言葉を口にし、才人はルイズと顔を見合わせる。それからギーシュの方へと向いた。

「連れてきゃいいじゃねえか。って言うかどこにいるんだよ?」

「ここ」

 そんな才人の質問に、ギーシュは地面を指さした。

「いないじゃないの」

 ルイズが、乗馬鞭を片手に、澄ました顔で言った。

 ギーシュはニヤッと笑うと、足で地面を叩いた。すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が、顔を出した。

 ギーシュはスサッ! と膝を突くと、その生き物を抱き締めた。

「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」

 才人は心底呆れた声で言った。

「なにそれ?」

「なにそれ、などと言って貰っては困る。大いに困る。僕の可愛い“使い魔”のヴェルダンデだ」

「あんたの“使い魔”って“ジャイアントモール”だったの?」

 それは、巨大モグラだった。大きさは小さい熊程度ほどはあるだろう。

 そんな“ジャイアントモール”――ヴェルダンデへと、シオンは近付き撫で、ヴェルダンデは目を細める。

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ。君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。“ドバドバミミズ”は一杯食べて来たかい?」

 モグモグモグと、嬉しそうに鼻を引く付かせるヴェルダンデ。

「そうか! そりゃ良かった!」

 ギーシュはヴェルダンデに頬を擦り寄せる。

「お前って、実は言うほどモテないだろ?」

 才人は呆れた声で言った。

「ねえ、ギーシュ。駄目よ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?」

「そうだ。ヴェルダンデはなにせ、モグラだからな」

「そんなの連れて行けないわよ。わたし達、馬で行くのよ」

 ルイズは困ったように言った。

「結構、地面を掘って進むのは速いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 ヴェルダンデは、うんうんといった風に首肯く。

「わたし達、これから“アルビオン”に行くのよ? 地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、駄目よ。と言うか無理よ」

 ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝を突いた。

「お別れなんて、辛い、辛すぎるよ……ヴェルダンデ……」

 そう言って悲しげな表情を浮かべるギーシュ。

 その時、ヴェルダンデがクンカクンカといった風に鼻を引く付かせた、ルイズへと擦り寄る。

「な、なによこのモグラ?」

 そんなヴェルダンデを見て、才人は「主人に似て、女好きなんかな?」と言った。

「ちょ、ちょっと!」

 巨大モグラはいきなりルイズを押し倒すと、鼻で彼女の身体を弄り始めた。

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!?」

 ルイズは身体をモグラの鼻で突き回され、地面をのた打ち回り、スカートが乱れ、派手にパンツを曝け出し、暴れる。

 才人はなんだかその光景を、眩しいモノを見るように見守った。

「いやぁ、巨大モグラと戯れる美少女ってのは、ある意味官能的だな」

「その通りだな」

 才人とギーシュは、腕を組んで首肯き合った。

「馬鹿なこと言ってないで助けなさいよ! きゃあ!」

 巨大モグラは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見付けると、そこに鼻を摺り寄せた。

「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっ付けないで!」

 ギーシュが首肯きながら呟いた。

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

「嫌なモグラだな」

「嫌とか言わないでくれたまえ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕の為に見付けて来てくれるんだ。“土系統”の“メイジ”の僕にとって、この上もない、素敵な協力者さ」

「そのへんにしておくと良いぞ、ヴェルダンデ」

 そんな風に説明をするギーシュ。

 足音、空気の流れ、“魔力”の流れなどから、誰かが近付いて来るのがわかる。

 そして、止めに入る俺の言葉に対し、それでもヴェルダンデは夢中になっているのだろう、ルイズが指に嵌めている指輪に鼻を擦り寄せ続けており、彼女は抵抗しようと暴れる。

 そんな風にルイズが暴れていると……。

 一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱き着いているヴェルダンデを吹き飛ばした。

「誰だッ!?」

 ギーシュは激昂して喚いた。

 朝靄の中から、羽帽子を冠っている1人の長身の“貴族”が現れた。

「貴様、僕のヴェルダンデになにをするんだ!?」

 ギーシュはスッと薔薇の造花を掲げた。対して、羽根帽子の“貴族”が一瞬速く“杖”を引き抜き、バラの造花を吹き飛ばす。

 それによって、造花の花弁が宙を舞う。

「僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することに命じられてね。君たちだけではやはり心許ないらしい。しかし、お忍び任務であるゆえ、一部隊付ける訳にもいかぬ。そこで僕が指名されたって訳だ」

 長身の“貴族”は、帽子を取ると一礼した。

「女王陛下の“魔法衛士隊”、“グリフォン隊”隊長、ワルド子爵だ」

 文句を言おうと口を開きかけたギーシュは相手が悪いと知って項垂れた。

 “魔法衛士隊”は全“貴族”の憧れの存在だ。ギーシュもまた、その例外ではなく、彼らに憧れを抱いている。

 ワルド子爵(以降ワルドと呼称)はそんなギーシュの様子を見て、首を振った。

「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね」

 そんなワルドの言葉に、才人はあんぐりと口を開き、身体が固まる。

「ワルド様……」

 立ち上がったルイズが、震える声で言った。

「久し振りだな! ルイズ! 僕のルイズ!」

 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱え上げた。

「お久し振りでございます」

 ルイズは頬を染めて、ワルドに抱き抱えられている。

「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだね!」

「……お恥ずかしいですわ」

「ああ、シオンも久し振りだね」

「ええ、お久し振りです。ワルド様」

 ルイズを地面に下ろし、振り向くと同時にワルドはシオンへと挨拶をし、彼女もまた挨拶の言葉を返す。

「彼らを、紹介してくれたまえ」

 そうして、ワルドは再び帽子を目深に冠って言った。

「あ、あの……ギーシュ・ド・グラモンと、“使い魔”のサイトです」

「私の“使い魔”のセイヴァーです」

 ルイズは交互に指さして言い、ギーシュは深々と頭を下げ、才人はつまらなさそうに頭を下げた。

 そして、シオンは俺の側へと駆け寄り、紹介をしてくれる。

「君がルイズの“使い魔”、そして君がシオンの“使い魔”かい? ヒトとは想わなかったな」

 ワルドは気さくな感じで、俺たちへと近寄る。

 改めて、ワルドを見て見る。目付きは鋭く鷹のように光り、形の良い口髭が男らしさを強調している。“メイジ”にしては逞しい身体付きをしており、“魔法”なしでもそれなりに戦うことができるだろう。

「僕の婚約者がお世話になっているよ」

「そりゃどうも」

 ワルドの言葉に、才人は溜息を吐いて応えた。

 そんな才人の様子を見て、ワルドはニッコリと笑うと、ポンポンと肩を叩いた。

「どうした? もしかして、“アルビオン”に行くのが怖いのかい? なあに! なにも怖いことなんかあるもんか。君はあの“土くれのフーケ”を捕まえんたんだろう? その勇気があれば、なんだってできるさ!」

 そう言って、アッハッハ、とワルドは豪傑笑いをした。

「君も、だ。彼女がお世話になっているみたいだね」

「いやいや、逆に色々と世話を焼いて貰っている。なにぶん俺たちはここの出身ではないからな。短い間だろうが宜しくお願いするよ、ワルド子爵」

 それから、ワルドは俺へと向き直り、挨拶をくれた。

 馴れ馴れしいだろうが、言葉遣いに気を配ることはせず彼へと簡単な挨拶をする。

 対して、彼はまったく気にした素振りを見せることなく、爽やかな笑みを浮かべてくれている。

 そうして簡単な自己紹介などを済ませ、ワルドが口笛を吹く。

 すると、朝靄の中から“グリフォン”が現れた。鷲の頭と上半身に、獅子の下半身が付き、立派な翼が生えている“幻獣”である。

 現れた“グリフォン”はギロリと、待ち続けている数頭の馬を睨み付ける。

 ワルドはヒラリと“グリフォン”に跨ると、ルイズに手招きをした。

「おいで、ルイズ」

 ルイズは少しばかりためらうようにして、俯いた。その仕草はまさに、恋する少女と言えるモノだろう。

 ルイズはしばらくモジモジとしていたが、ワルドに抱き抱えられ、“グリフォン”に跨った。

 そうして、俺たちもそれぞれに宛行われた馬へと跨る。

「では諸君! 出撃だ!」

 “グリフォン”が駆け出し、ギーシュもまた感動した面持ちで後に続き、才人もガックリと肩を落として後に続いた。もちろん、シオンと俺も後へと続く。

 

 

 

 

 

 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。

 目を閉じて、手を組んで祈る。

「彼女たちに、加護をお与えください。“始祖ブリミル”よ……」

 隣では、オスマンが鼻毛を抜いている。

 アンリエッタは、振り向くと、オスマンに向き直った。

「見送らないのですか、オールド・オスマン?」

「ほほ、姫、見ての通り、この老耄は鼻毛を抜いておりますのでな」

 アンリエッタは首を振った。

 その時、扉がドンドンと叩かれた。

 オスマンが「入りなさい」と呟くと、慌てた様子のコルベールが飛び込んで来た。

「いいいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」

「君はいつでも一大事ではないか。どうも君は慌てん坊でいかん!」

「慌てますよ! 私だってたまには慌てます! 城からの報せです! なんと! “チェルノボーグの牢獄”から、フーケが脱獄したそうです!」

「ふむ……」

 オスマンは、口髭を撚りながら唸った。

「門番の話では、さる“貴族”を名乗る怪しい人物に“風”の“魔法”で気絶させられたそうです!  “魔法衛士隊”が、王女の御伴で出払っている隙に、何者かが脱獄の手引をしたのですぞ! つまり、城下に裏切り者がいるということです! これが大事でなくてなんなのですか!」

 アンリエッタの顔が蒼白になった。

 オスマンは手を振ると、ミスタ・コルベールに退室を促した。

「わかったわかった。その件については、後で聴こうではないか」

 ミスタ・コルベールがいなくなると、アンリエッタは、机に手を付いて、溜息を吐いた。

「城下に裏切り者が! 間違いありません。“アルビオン貴族”の暗躍ですわ!」

「そうかもしれませんな。あいたッ!」

 オスマンは、鼻毛を抜きながら言った。

 その様子を、アンリエッタは呆れ顔で見つめた。

「“トリステイン”の未来が賭かっているのですよ。なぜ、そのような余裕の態度を……」

「既に“賽は投げられた(杖は振られた)”のですぞ。我々にできることは、待つことだけ。違いますかな?」

「そうですが……」

「なあに、彼らならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」

「彼らとは? あのグラモン元帥の息子さんが? それとも、ワルドが?」

 オスマンは首を横に振った。

「ならば、あのルイズの“使い魔”の少年かシオンの“使い魔”の青年が? まさか! 彼らはただの“平民”ではありませんか!」

「姫さまは“始祖ブリミルの伝説”をご存知かな?」

「通り一遍のことなら知っていますが……」

 オスマンはニッコリと笑った。

「では“ガンダールヴ”の件はご存知か?」

「“始祖ブリミル”が用いた、最強の“使い魔”のこと? まさか彼らのどちらかが?」

 オスマンは喋り過ぎたことに気が付いた。

 “ガンダールヴ”のことは彼自身自分の胸1つに収めているのである。(アンリエッタ王女のことを信用できない訳ではないが、まだ“王室”の者に話すのは不味いじゃろうて)とそう思っていたのだ。

「えーおほん、とにかく彼らは“ガンダールヴ”並みに使えると、そういうことですな。ただ、彼らは異世界から来た少年たちなのです」

「異世界?」

「そうですじゃ。“ハルケギニア”ではない、どこか。ここではない、どこか。そこからやって来た彼らならばやってくれると、この老耄は信じておりますでな。余裕の態度もその所為ですじゃ」

「そのような世界があるのですか……」

 アンリエッタは、遠くを見るような目になった。

「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」

 アンリエッタは、唇を指でなぞって目を瞑ると微笑んだ。

(見極めさせて貰うぞ、セイヴァーとやら……)

 オスマンも微笑みを見せ、目を瞑り、再び鼻毛を抜く作業へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “港町ラ・ロシェール”は、“トリステイン”から離れること早馬で2日、“アルビオン”への玄関口である。港町でありながら、狭い峡谷の間の山道に設けられた、小さな街である。人口はおおよそ300ほどだが、“アルビオン”と行き来する人々で、常に10倍以上の人たちが街を闊歩している。

 狭い山道を挟むようにして唆り立つ掛けの一枚岩を穿って、旅籠やら焦点が並んでいた。建物の形をしているが、並ぶ建物の1軒1軒が、同じ岩から削り出されたモノであるということが近付くとわかる。“土系統”の“スクウェアクラス”の“メイジ”たちの匠の技だと言えるだろう。

 峡谷に挟まれた街だということもあり、昼間でも薄暗い。狭い裏通りの奥深く、更に狭い路地裏の一角に、跳ね扉の付いた扉があった。

 酒樽の形をした看板には“金の酒樽亭”と書かれている。金どころか、一見するとただの廃屋にしか見えないほどに小汚い、壊れた木製の椅子が、扉の隣に積み上げられている。

 中で酒を呑んでいるのは、傭兵や、一見してならず者と思われる風体の者たちだった。彼らは酔いが回って来ると、些細なことで直ぐに口論をおっ始める。理由は下らないおとばかりであった。俺の杯を受けなかった、とか、目付きが気に入らないとか、そんなことで肩を怒らせ、相手に突っ掛かって行くのである。

 喧嘩騒ぎが起こるたびに、傭兵たちは武器を抜くので、死人や怪我人が続出する。見かねた主人は、店に張り紙をした。

 

――“人を殴る時はせめて椅子をお使いください”。

 

 店の客たちは、主人の悲鳴のようなこの張り紙に感じ入り、喧嘩の時には椅子を使うようになった。それでも怪我人は出たが、死人が出るということはなくなっただけマシだというモノである。それから、喧嘩のたびに壊れた椅子が扉の隣に積み上げられるようになったのだ。

 さて、本日の“金の酒樽亭”は満員御礼であった。内戦状態の“アルビオン”から帰って来た傭兵たちで店は溢れているのである。

「“アルビオン”の王さまはもう終わりだね!」

「いやはや! “共和制”ってやつの始まりなのか!」

「では“共和制”に乾杯!」

 そう言って乾杯し合って、ガハハと笑っているのは、“アルビオン”の“王党派”に付いていた傭兵たちである。彼らは、雇い主の敗北がほぼ決定的になった会戦の折、逃げ帰って来たのであった。別段、恥じる行為ではない。敗軍に最後まで付き合う傭兵などほとんどいはしないのだから。職業意識より、命の方が惜しい、ただそれだけの話なのである。

 そして、一通り乾杯が済んだ時、跳ね扉がガタンと開き、長身の女性が1人、酒場に現れた。女は目深にフードを冠っているので、顔の下半分しか見えなかったが、それだけでもかなりの美人に見える。このような汚い酒場に、こんな綺麗な女が1人でやって来るなどというのは珍しい。結果、店中の注目が、彼女に注がれる。

 しかし、女はそんな視線を意に介したふうもなく、ワインと肉料理を注文すると、隅っこに腰かけた。酒と料理が運ばれて来ると、女は給仕に金貨を渡した。

「こ、こんなに? よろしいんで?」

「泊まり賃も入ってるのよ。部屋は空いてる?」

 上品な声であった。“貴族”のようなイントネーションだったが、街の垢が付いた物言いであった。

 主人は首肯いて、去って行った。

 幾人かの男たちが、目配せをしながら立ち上がり、女の席に近付いた。

「お嬢さん。1人でこんな店に入っちゃいけねえよ」

「そそ。危ねえ連中が多いからな、でも、安心しな。俺たちが守ってやるからよ」

 そして、下卑た笑いを浮かべながら、男の1人が女のフードを持ち上げた。ひょお、と口笛が漏れる。女が、かなりの美人だったからだ。切れ長の目に、細く、高い鼻筋。

 女は“土くれのフーケ”であった。

「こりゃ、上玉だ。見ろよ。肌が象牙みてえじゃねえか」

 男の1人がフーケの顎を持ち上げるが、その手がピシャリと撥ねられた。

 フーケは、薄ら笑いを浮かべる。

 そして、男が立ち上がり、彼女の頬にナイフを当てた。

「ここじゃ刃物の代わりに、椅子を使うんじゃなかったかしら?」

「脅すだけさ。椅子じゃ脅しにならねえだろ? ま、格好つけんな、男を漁りに来たんだろ? 俺たちが相手してやるから」

 ナイフに物怖じした様子も見せず、フーケは身体を捻り“杖”を引き抜いた。

 一瞬、“呪文”を唱える。

 男の持っているナイフが、ただの土塊に変わり、ボトボトとテーブルの上に落っこちた。

「き、“貴族”!」

 男たちは、ようやく彼女が“メイジ”であることに気付き、後ずさった。マントを羽織っていなかったというもあり、気付かなかったのである。

「私は“メイジ”だけど、“貴族”じゃないよ」

 フーケは嘯くように言った。

「あんたたち、傭兵なんでしょ?」

 男たちは呆気に取られて、顔を見合わせた。(“貴族”でないんなら、取り敢えず命を落とす心配はなさそうだな)と。今仕方のようなことを“貴族”にしてしまうと、それはもう、殺されたって文句は言えないのだから。

「そ、そうだが。あんたは?」

 年嵩の男が口を開いた。

「誰だって良いじゃない。とにかく、あんたたちを雇いに来たのよ」

「俺たちを雇う?」

 男たちは、当惑した顔でフーケを見詰めた。

「なんて顔してるの。傭兵を雇うのが、可怪しいの?」

「そ、そうじゃねえけど。金はあるんだろうな?」

 フーケは金貨の詰まった袋をテーブルの上に置いた。

 中を確かめて、男の1人が呟いた。

「おほ、“エキュー金貨” じゃねえか」

 バタンと跳ね扉を開いて、白い仮面にマントの男が現れた。フーケを脱獄させた“貴族”だ。

「おや、早かったね」

 フーケが男を見て呟く。

 傭兵たちは、男の妙な成りを見て、息を呑んだ。

 仮面の男は短く、「連中が出発した」とフーケに言った。

「こっちもあんたに言われた通り、人を雇ったよ」

 白仮面の男は、フーケに雇われた傭兵たちを見回した。

「ところで貴様ら、“アルビオン”の“王党派”に雇われていたのか?」

 傭兵たちは薄ら笑いを浮かべて応えた。

「先月まではね」

「でも、負けるような奴ぁ、主人じゃねえや」

 傭兵たちは笑った。そして、白仮面の男も笑った。

「金はいい値を払う。でも、俺は甘っちょろい王さまじゃない。逃げたら殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 “魔法学院”を出発して以来、ワルドは“グリフォン”を疾駆させっ放しであった。

 才人たちは途中の駅で2回、馬を交換したが、ワルドの“グリフォン”は疲れを見せずに疾走り続ける。

「ちょっと、ペースが速くない?」

 抱かれるような格好で、ワルドの前に跨ったルイズが言った。

 雑談を交わすうちに、ルイズの喋り方は昔の丁寧な言い方から、今の口調に変わっていた。ワルドがそうしてくれ、と頼んだという理由もあるのだが。

「ギーシュも才人も、へばってるわ」

 ワルドは後ろを向いた。

 確かに、2人は半ば倒れるような格好で馬にしがみ付いており、今度は馬よりも先に2人が参ってしまいそうな様子である。

「“ラ・ロシェールの港町”まで、止まらずに行きたいんだが……」

「無理よ。普通は馬で2日かかる距離なのよ」

「へばったら、置いて行けば良い」

「そういう訳には行かないわ」

 冗談を言うワルドに、ルイズは小さくそれを否定した。

「どうして?」

 ワルドからの質問に、ルイズは困ったように後ろへと――先ずシオン、次いで俺、ギーシュ、才人へと目を向けながら答えた。

「だって、仲間じゃない。それに……“使い魔”を置いて行くなんて、“メイジ”のすることじゃないわ」

「やけにあの3人の肩を持つね。ギーシュ君と才人君、どちらかが君の恋人かい?」

 ワルドはからかうように笑いながら言った。

「こ、恋人なんかじゃないわ」

 ルイズは顔を赤らめた。

「そうか。なら良かった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。

「お、親が決めたことじゃない」

「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」

 昔と同じように、戯けた口調でワルドは言った。

「もう、小さくないもの。失礼ね」

 ルイズは頬を膨らませた。

「僕にとってはまだ小さな女の子だよ」

「嫌いな訳じゃない」

 ルイズは、ちょっと照れたように答えた。

「良かった。じゃあ、好きなんだね!」

 ワルドは、手綱を握った手で、ルイズの肩を抱いた。

「僕はずっと君のことを忘れずにいたんだよ。覚えているかい? 僕の父が“ランスの戦”で戦死して……」

 ルイズは首肯いた。

 ワルドは、想い出すようにして、ユックリと語り始めた。

「母もとうに死んでいたから、爵位と領地を相続して直ぐ、僕は街に出た。立派な“貴族”になりたくてね。陛下は戦死した父のことを良く覚えていてくれた。だから直ぐに“魔法衛士隊”に入隊できた。最初は見習いでね、苦労したよ」

「ほとんど、ワルドの領地には帰って来なかったモノね」

 ルイズもまた思い出すように、目を瞑った。

「軍務が忙しくてね、未だに屋敷と領地は執事のジャン爺に任せ放なしさ。僕は一生懸命、奉公したよ。おかげで出世した。なにせ、家を出る時に決めたからね」

「なにを?」

「立派な“貴族”になって、君を迎えに行くってね」

 ワルドは笑いながら、そう口にした。

「冗談でしょ。ワルド、貴男、モテるでしょう? なにも、わたしみたいなちっぽけな婚約者なんか相手にしなくても……」

 ワルドは、「旅は良い機会だ」と落ち着いた声で言った。

「一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」

 

 

 

「もう半日以上、走りっ放なしだ。どうなってるんだ。“魔法衛士隊”の連中は化け物か」

 グッタリと馬に身体を預けた才人に、隣を行くギーシュが声をかけた。才人と同様に馬の首にグッタリと上半身を預けている。

「知るか」

 才人は疲れた声で短く返した。

 ギーシュは、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、才人をからかうように口を開いた。

「ぷ、ぷぷ。もしかして、君……焼き餅を妬いているのかい?」

「あ? どーゆー意味だ!?」

 才人はガバッと馬から身を起こした。

「あれ、当たった? もしかして図星?」

 そんな才人を前に、ギーシュは更にニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「黙ってろ。モグラ野郎」

「ぷ、ぷぷぷ。ご主人さまに、適わぬ恋を抱いたのかい? いやはや! 悪いことは言わないよ。身分の違う恋は不幸の元だぜ! しっかし、君も哀れだな!」

「うるせえ。あんな奴、好きでもなんでもねえや。ま、確かに顔はちょっと可愛いけど、性格最悪」

 ギーシュは前を向くと、驚いた声で言った。

「あ、キスしてる」

 才人はギョッとして、前を見た。

 そして、ギーシュの方は口を抑えて笑いを堪えていた。

「ぬお」

 才人は唸り声を上げてギーシュへと飛び掛かる。

 2人は馬から転げ落ち、取っ組み合いを開始した。

 そんな2人に、「こら、置いてくぞ!」とワルドが怒鳴る。

 ギーシュが慌てて馬に跨る。

 才人は、ルイズと目が合いはしたが、直ぐに顔を背けた。

 

 

 

 “専科総般スキル”で獲得したA+++ランクの“騎乗スキル”を活用し、馬を疾走らせながら、俺は“千里眼”でこの先起こるであろう出来事を確認する。

 特に問題という問題は見当たらず、俺はそのまま馬を疾走らせる。

 周囲からは、空気や“魔力”などの流れ、疾走ることによる蹄や空気の音、主に才人とギーシュに因る喧騒、ルイズとワルドの雑談などが聞こえて来る。

「ねえ、セイヴァー。あの時、フーケの“ゴーレム”を倒した時のことなんだけど……」

「なにかな?」

「あの時持っていた剣って、セイヴァーの“宝具”?」

「ああ、そうだ。厳密には違うが、俺の“宝具”で生み出し取り出した疑似“宝具”、“投影宝具”とでも言うべきか。“英雄”たちが “英霊”となり、時空間の離れた異空間である“英霊の座”におり、“サーヴァント”として“召喚”される際に持つ彼ら彼女らの人生や逸話の表れである“宝具”……それを無断でコピーし、再現し、使用したモノだ」

 “英雄”たちの人生などの表れであるそれらを無断でポンポンと使用するその様を、彼ら彼女ら本人が、本人でなくとも“サーヴァント”として喚ばれた彼ら彼女らや彼ら彼女らに憧れている者からすると、「ふざけるな!」と怒るだろうモノだ。

「そうなんだ」

「厳密には、“スキル”と“宝具”の両方を組み合わせることで使うことができているんだ」

「この前も訊いたと思うんだけど……セイヴァーほどじゃないだろうけど、私にも“魔術”は使えるのかな?」

「ああ、要練習だが使えるだろうな」

 こちらの世界――“ハルケギニア”の住人たちは、おそらくだが“魔術”を扱うことができるだろう。

 “魔術”を扱う、使用するために必要な“魔術回路”を、本数や質などはピンきりだろうが持っているはずなのである。

 “魔術回路”。“魔術師”が体内に持つ疑似神経であり、“生命力を魔力へと変換する炉”、“基盤となる大魔術式と繋がる路”だ。最初は眠るように止まっているが、修練によって起こす――開くことで、自由自在にオンオフによる使用ができるようになるだろう。そして、生きている間は肉体にあるそれだが、本来は“魂”に付属するモノであり、誰か1人でも先祖が持っていたのであれば、どこかで失ってなどいない限り、受け継いで来ているはずの代物である。

 この世界のヒトの先祖たちは“魔術回路”に良く似たモノを所有していたため、“魔法”を使用でき、それゆえ、“魔術”もまた使用できる。

「簡単なモノからだと、やはり“強化”だな。今度、教えるよ」

「うん、期待してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬を何度も替え、飛ばして来たので、その日の夜に“ラ・ロシェール”の入り口に到着することができた。

 そして、才人は怪訝そうに辺りを見回した。港町だというのに、ここはどう見ても山道なのである。彼の常識からすると、まだここは途中という認識なのだろう。

 月夜に浮かぶ、険しい岩山の中を縫うようにして進むと、峡谷に挟まれるようにして街が見えた。街道沿いに、岩を穿って造られた建物が並んでいるのが見える。

「なんで港町なのに山なんだよ?」

 才人がそう言うと、ギーシュが呆れたように言葉を返した。

「君は、“アルビオン”を知らないのか?」

 既に才人もギーシュも、体力の限界であったが、これで一息吐けるという安心感からだろう饒舌になっていた。

「知るか」

「まさか!」

 ギーシュは笑ったが、才人は笑わない。それに対して口を挟まず聞いている俺もまた、笑いはしない。

「ここの常識を、俺の常識と思って貰っちゃ困る」

 その時だ。

 不意に、俺たちが跨っている馬目掛けて、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。

 松明は赤々と燃え、俺たちが馬を進める峡谷を照らす。

 ギーシュが「な、なんだ!?」と怒鳴るように驚きの声を上げる。

 いきなり飛んで来た松明の炎に、戦の訓練を受けていない馬が驚き、前脚を高々と上げたので、シオン、才人とギーシュの3人は馬から放り出されてしまう。

 そこを狙って、何本もの矢が夜風を裂いて彼女らへと向かい飛んで来た。

 だが、それらを俺は。“騎乗”で驚く馬を制御し、紅槍“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”と黄槍“必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)”を“投影”し、場上から弾き飛ばす。

 スカッ、そしてカンッと軽い音を立てて、矢は地面に突き刺さる。

 それでよやく事態を呑み込んだギーシュは「奇襲だ!」と喚く。

 才人は慌てて、背中に背負っているデルフリンガーを握ろうとする。が、ヒュンヒュンと次の矢が飛んで来る。

 幾本もの矢が、才人とギーシュ目掛けて殺到する。

「――わっ!」

 最早これまでと、2人が目を瞑った。その時……。

 一陣の風が舞い起こり、彼ら2人の前の空気が歪み、小型の竜巻が現れる。

 竜巻は飛んで来た矢を巻き込むと、明後日の方に弾き飛ばした。

 目を向けると、“グリフォン”に跨ったワルドが、“杖”を掲げているのが見える。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……」

 ワルドの質問に、どうにか答える才人。

 才人は、背中のデルフリンガーを引き抜き、左手甲の“ルーン”が光る。

「相棒、寂しかったぜ……鞘に入れっ放なしはひでえや」

 才人は崖の方を見つめたが、今度は矢は飛んで来ない。

「野盗か山賊の類か?」

 ワルドが呟いた。

 ルイズが、ハッとした声で言った。

「もしかしたら、“アルビオン”の“貴族”かも……」

「“貴族”なら、弓は使わんだろう」

 その時……バッサバッサと、羽音が聞こえた。

 その音に、俺たちは顔を見合わせる。

 どこかで聞いたことのある羽音である。

 崖の上から男たちの悲鳴が聞こえて来る。どうやら、いきなり自分たちの頭上に現れたモノに、恐れ、慄いている声であった。

 男たちは夜空に向けて矢を放ち始めた。が、その矢は“風”の“魔法”で逸らされてしまう。

 次に小型の竜巻が舞い起こり、崖の上の男たちを吹き飛ばした。

「おや、“風”の“呪文”じゃないか」

 ワルドが小さく呟いた。

 ガランガランと、弓を射っていた男たちが崖の上から転がり落ちて来る。

 男たちは、硬い地面に体を強かに打ち付け、呻き声を上げた。

 月をバックに見慣れた“幻獣”が姿を見せ、ルイズが驚きの声を上げた。

「シルフィード!」

 確かにそれはタバサの“ウィンドドラゴン”(化)であった。

 地面に降りて来ると、赤い髪の少女が“ウィンドドラゴン”(化)――シルフィードからピョンと跳び降りて、髪を掻き上げた。

「お待たせ」

 そう言ったキュルケに対し、ルイズが“グリフォン”から跳り降りて、彼女に怒鳴った。

「お待たせじゃないわよッ! なにしに来たのよ!?」

「助けに来て上げたんじゃないの。朝方、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして跡を着けたのよ」

 キュルケはシルフィードの上にいるタバサを指さした。

 寝込みを叩き起こされたらしく、タバサはパジャマ姿をしている。

 それでもタバサは気にした風もなく、本のページを捲っている。

「ツェルプストー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」

「お忍び? だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃ理解らないじゃない。とにかく、感謝しなさいよね。貴方たちを襲った連中を、捕まえたんだから」

 お忍びなのだから口にするもなにもないのだが……とシオンは苦笑した。

 キュルケは倒れた男たちを指さした。

 怪我をして動けないでいる男たちは、口々に罵声を俺たちへと浴びせかけている。

 ギーシュが近付いて、尋問を始めた。

 ルイズは腕を組むと、キュルケを睨み付ける。

「勘違いしないで。貴女を助けに来た訳じゃないの。ねえ?」

 キュルケはしなを作ると、“グリフォン”に跨っているワルドに躙り寄った。

「お髭が素敵よ。貴男、情熱はご存知?」

 ワルドは、チラッとキュルケを見つめて、左手で押しやった。

「あらん?」

「助けは嬉しいが、これ以上近付かないでくれたまえ」

「なんで? どうして? あたしが好きって言ってるのに!?」

 取り付く島のないといったワルドの態度に、キュルケは口をあんぐりと開けて、彼を見つめた。

「婚約者が誤解するといけないのでね」

 そう言って、ルイズを見つめるワルド。

 その視線を受けて、ルイズの頬が染まる。

「なあに? あんたの婚約者だったの?」

 キュルケはつまらなさそうに言った。

 ワルドは首肯き、ルイズは困ったようにモジモジとし始めた。

 そして、もう1度キュルケはワルドを見つめた。

 そして彼女は次に、デルフリンガーと会話をしている才人を見つめ、抱き着いた。

「ホントはね。ダーリンが心配だったからよ!」

 才人は驚いた顔をしたが、直ぐにキュルケから顔を背けた。

「嘘吐け」

 唇を尖らせ、才人は言った。

「可愛い。可愛いわ! 貴男、焼き餅妬いてるのね?」

「別に……」

「ごめんなさいね! あたしが冷たくしたもんだから、怒ってるんでしょう?」

 キュルケはそう言ってきゃあきゃあ騒ぎながら、才人の額に、自分のメロンのような胸を押し付ける。

「赦してちょうだい! ちょっと余所見はしたけれど、あたしはなんたって貴男が1番好きなのよ!」

 ルイズは唇を噛んだ後、怒鳴ろうとする。

 が、ソッとワルドが彼女の肩に手を置き、彼女へとニッコリ微笑みかける。

 そこに男たちを尋問していたギーシュが戻って来た。

「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言ってます」

「ふむ……なら捨て置こう」

 ヒラリと身を翻して“グリフォン”に跨ると、ワルドは颯爽とルイズを抱き抱えた。

「今日は“ラ・ロシェール”に一泊して、朝1番の便で“アルビオン”に渡ろう」

 ワルドは、俺たち一行へと提案をする。

 拒否する理由も、代案もないのだから、俺を含め皆当然首肯く。

 そして、キュルケは才人の馬の後ろに跨って、楽しそうにきゃあきゃあ騒ぐ。

 ギーシュも馬に跨る。

  “ウィンドドラゴン”(化)に跨っているタバサは、相変わらず本を読んでいる。

 道の向こうに、両脇を峡谷で挟まれた、“ラ・ロシェール”の街の灯りが怪しく輝いているのが見えた。

 

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