ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ジョゼットと園遊会

 “女王即位記念園遊会”が開かれて3日後……。

 “ヴェルサルテイル”の宮殿の中庭には、大きな舞台が設えられていた。

 本日はダンスの披露会であるのだ。

 着飾った“ガリア”の“貴族”達が、演目“始祖の降臨”を演舞するのである。降臨する“始祖ブリミル”を模した、歌劇のようなモノであるといえるだろう。舞台の上では、“始祖”を迎え入れる天使に扮した“貴族”達が踊っている。

 楽士達が、軽やかな曲を奏でる中、ジョゼットは袖裏の天幕の中で震えていた。

「やっぱり無理だわ。あんな、皆が見てる場所で踊るなんてできない」

 ジョゼットの役は……この演舞劇の主役――“聖女”の役である。

 傍らに控えた美貌の神官は、そんなジョゼットの頭を優しく撫でた。

「大丈夫。昨晩、一緒に練習したじゃないか」

「そうだけど……」

「皆、新しい女王のダンスを心待ちにしてるんだ。彼等の期待を裏切ってはいけないよ」

 次第に曲のテンポが上がり始める。

 いよいよジョゼットの番がやって来たのだが、それでも彼女は一歩を踏み出すということができずにいた。己が身を包む青いダンス衣装に、ジョゼットは目をやる。

 大胆に、背中と胸元が開いたドレスである。

 まるで子供のような、華奢な自身の身体に似合っているとは、ジョゼットには到底想うことができなった。この衣装も、一歩を踏み出すことができずにいる理由の1つである。

 踊っている“貴族”の女性達は、誰もが女性らしいラインに恵まれている。

 ジョゼットは、そんな女性達を見て、(あんな所で踊ったら、比べられてしまうようで嫌だ)と想っているのである。

「安心するんだ。女王のダンスにケチを付ける奴なんていないよ」

「周りの人にどう想われたって構わない」

 キッパリと、ジョゼットは言った。

「じゃあ、良いじゃないか」

「貴男に、見っともないところを見られるのが嫌なの。皆、上手だわ。皆、綺麗だわ。あんな場所で踊ったら、貴男きっと、私を見っともない女の子だって想うもの」

「まさか。君より素敵な娘なんていないよ」

 ジュリオはそう言うと、優しくジョゼットの頭を撫でた。

 もうそれだけで、ジョゼットは胸が一杯になったように想えた。

「じゃあ、僕も一緒に踊ろう」

「え?」

 驚く間もなく、ジュリオはジョゼットの肩を抱いて、舞台の真ん中へと躍り出た。

 それまで踊っていた“貴族”達が一斉に退き、観客達からは歓声と大きな拍手が飛んだ。

 その歓声だけで、ジョゼットはもう竦んでしまった。

 だが……眼の前でジュリオが踊り始めることで、その歓声がピタリと止んだ。それほどに、ジュリオの踊りは素晴らしいのである。

 ジョゼットもまた目を見張った。軽やかにステップを踏みながら、ジュリオはジョゼットに手を差し出した。

 導かれるままに、ジョゼットもダンスを踊り始めた。

 ジュリオの踊りを見ていると、ジョゼットの心の中に、温かい何かが満ちて行くことを自覚した。徐々にウキウキと心が弾んで行くことが、ジョゼット自身理解った。

 ジョゼットの頬が赤く染まって行く。

 スッと、ジュリオが頬を寄せ、「素敵だよ」と呟いた。

 ジョゼットは、(そうか)とその胸の高鳴りの正体に、気付いた。

 5秒ごとに襲って来る不安の正体。

 失いたくないと想う、この瞬間。

 軽やかな音楽。

 周りから聞こ得て来る、歓声と拍手。

 ジョゼットからして向こうに見えるのは、自分の髪の色と同じ、青い壁石で造られた綺羅びやかな王城。

 ジョゼット眼の前には、最愛の男性がいて、自分に微笑みを向けてくれている。

 頬に伝うのは涙。

 このような感情を、ジョゼットは1度として感じたことはなかった。

 ジョゼットは、(最近、時々感じるこの気分……何て言うのか判らなかった。でも、やっと今、その感情の名前が判ったわ。私、幸せなんだ)と想った。

 

 

 

 

 万雷の拍手に包まれ、ジョゼットは天幕の中へと戻って来た。

 額を伝う汗が、今のジョゼットにはとても心地好いモノであった。また、(こんなに身体を動かしたのは、いつ振りだろう?)と考えた。

「上手じゃないか」

 ジュリオが、そう言ってジョゼットを褒めた。

 ジョゼットは、はにかんだ顔で言った。

「ジュリオが一緒に踊ってくれたからよ。私、連られて踊ってただけだもの」

「皆満足しているよ。いやぁ、大したもんだ」

「次はどうするの?」

「僕達の女王陛下に於かれては、ダンスの労を癒やす休憩の時間が与えられる。その後は晩餐会さ」

「ジュリオも一緒?」

 すると、「もちろんだとも」と言ってジュリオは首肯いた。

 天幕を出ると、取り巻きの“貴族”達がワッとジョゼットを取り囲む。伴に着いているジュリオに、訝しむ目を向ける者達もいたが、当然表立って文句を付ける家臣はいない。

 自分達の女王が、誰の助けを得て冠を冠っているのか、彼等は良く理解しているのである。冠を冠る少女が“ロマリア”の傀儡であっても、旧オルレアン派の自分達を、再び陽の当たる所に連れ出してくれたということに変わりはないのである。

 そんな女王の“聖戦”支持についても、彼等のほとんどは何とも想っていなかった。相手が誰であろうとも、戦場で血を流すのは、自分達ではないためである。

 宮廷の入り口で家臣団と別れ、居室に着くと、ジョゼットはベッドへと飛び込んだ。

 それから起き上がり、チョコンとベッドに腰掛け、ジュリオに向けて両手を伸ばす。

 ジュリオはそんなジョゼットを抱え上げると、強く抱き締めた。ジョゼットがねだるように首を傾げると、ジュリオは彼女の唇にキスをするのである。

 唇を離した後、「幸せだわ」とジョゼットは思わず呟いた。

 ジョゼットは、(この世に、私より幸せな女の子はいるんだろうか?)と想った。

 こうグルリと部屋を見回してみても、素晴らしいといえる調度品が揃っている。“セント・マルガリタ”の教導部屋とは、まさに雲泥の差である。そして、ジョゼットの持ち物は、それだけではない。この宮殿。そして、引いてはこの“ガリア王国”が……。

 その瞬間……。

 ジョゼットの脳裏に、3日前の記憶が蘇る。この部屋に立っていた、自分と同じ顔の少女……双子の姉。

 ジョゼットは、(自分が感じているこの幸せは……)とそう想った瞬間、何か黒いモノが心に滑り込んで来た。それは今感じている幸せと当量の、罪悪感である。

 ジョゼットは、(そうだ、今私が感じている幸せは……)と想った。

 急に顔を曇らせたジョゼットを見て、ジュリオは首を傾げた。

「どうしたんだい?」

「私、こんな幸せを、姉さんから奪ってしまったんだわ」

 するとジュリオは、コクリと首肯いた。

「そうだよ」

 ジョゼットは、ハッキリとそう言ったジュリオを真っ直ぐに見詰めた。

「君は、姉から冠を奪ったんだ。自分の幸せのためにね」

「ハッキリ言うのね」

「嘘を吐いて欲しかったのかい? それとも何か、綺麗なことを……そうだな、幸せってのは、誰かの不幸の上に成り立っているとか、そんな碌でもないことを言って、慰めて欲しかったのかい?」

 ジョゼットは唇を噛んだ。それから、目に一杯涙を溜めると、言い放った。

「私は薄汚い泥棒よ。どんな罪深いことをしても、貴男に嫌われるのが嫌なの。そのためには、何だってするって決めたの。後悔なんてしてないわ」

 ジュリオは、しばらくジョゼットを見詰めていた。それから、小さく、「良く言った」と呟いた。

「知ってるわ。貴男が、ちっとも私のことなんか愛してないってこと。ただ利用するためだけに、私にキスしたんだってこと。それでも私良いの。側にいられるだけで幸せなの」

 ジュリオは目を瞑った。珍しく、肩が少し震えて居た。

 

 

 

 

 

 

 ジョゼットを寝かし付けた後、ジュリオは居室を出た。次いで、右手の甲を見やり、そこに刻まれた文字を見てしばし目を瞬かせた。それから、口をへの字に曲げ頭を掻くと歩き出した。

 眼の前から1人の女性が歩いて来るのに気付き、ジュリオは立ち止まる。

 長い、青い髪を持った若い女である。

 まるで侍女のような、質素な服に身を包んだその女は、ジュリオに一礼すると側を通り過ぎようとした。

 その背に向けて、ジュリオは声を掛ける。

「イザベラ殿下ではありませんか」

 イザベラは立ち止まると、振り向いた。

「何か私に御用ですか?」

「ジュリオ・チェザーレと申します。貴女と1度、ユックリと御話をしたいと想っていたのです」

「“ロマリア”の神官様にそう仰って頂けるとは。光栄で御座いますわ」

 優雅に一礼したイザベラに、ジュリオは単刀直入に切り出した。

「貴女は、騎士団を御持ちと聞ましたが?」

「騎士団? また、御冗談を!」

 イザベラは笑い出した。

 しかし、ジュリオは笑わない。

「“北花壇騎士団”。“ガリア”の“花壇騎士”は、それぞれの方角に位置した花壇の名前が付いておりますが……北側には花壇が存在しません。でも、その名前を付けた騎士団は存在する……その道では有名な話ですね」

「で、私がそこの団長だと仰る訳ですね?」

「そうです」

 ジュリオは、これ以上の問答は面倒だ、とでも言うようにイザベラを見詰めた。

 その視線を真っ向から受け止めながら、イザベラは迷った。

 それから、(彼は完全にこっちの正体を掴んでいる。そして多分、女王が入れ替わったことにこちらが気付いているのでは、と疑っている。ならば……)とイザベラは脳内で計算を巡らせた。

 結論が出はしたが、それでも口にすることは憚られた。

 それは賭けであるためだ。

 イザベラは、(これを口にすれば、自分は消されるかもしれない。だが、相手の信用を得るにはこれしかない)と考えた。口の中が乾き、鼓動が速くなることを自覚する。抑えようかとも考えたが、(これで良い。こちらを、与しやすい、と想ってくれた方が多分上手く行く)と想い直した。

 イザベラは、無理に笑みを浮かべた。無理して強がっている風になったが、それもまた計算のうちである。

「では、私も1つ、質問させて頂いてよろしいでしょうか?」

「まだ、私の質問に答えて貰っていませんよ」

 それを無視して、イザベラは言った。

「今現在、冠を冠っておられるのは、どなたなのです?」

 それは同時に、ジュリオの問への返答でもあった。

 ジュリオは、ニッコリと笑った。

「貴女だけは誤魔化せないと想っていたのですよ」

「誤解なきよう。そのことで貴方方を責めるつもりはありませんの。むしろ、感謝捧げたいくらいですわ」

「何故でしょう?」

「御存知の通り、私は全王ジョゼフの娘です。謂わば、シャルロット女王の仇の娘……その上、私はシャルロット女王が私の騎士団に所属していた際、その死を願ってかなり危険な任務に投入いたしました。従って、相当に恨みを買っております故」

 それは全く本当の話であるといえるだろう。どこまで事情を知っているのかまでは判らぬ現状では、この話を信じない理由はないであろう。

「いつ、処刑されるのかとビクビクしておりました。貴方方は、命の恩人と言っても差し支えありませんわ」

「となると、話は早い。貴女に、我々の味方になって頂きたいのですよ。もちろん、莫大な報酬と相当な地位を約束しましょう」

「興味深い御話ですわ」

「では、御味方になってくださるのですね?」

 首肯きそうになったが、イザベラは堪えた。

「その前に条件を1つ」

「何でしょう?」

「具体的な報酬の額を御訊かせ願いたいわ」

「理解りました。では、貴女が得ていた報酬の2倍を約束しましょう」

 イザベラは首を振った。

「3倍です。貴方方は、私に祖国を裏切れと言うのですから」

 ジュリオは、しばらく値踏みするようにイザベラを見詰めていた。が、コクリと首肯いた。

「良いでしょう」

「強欲な女だと想わないでくださいまいし。狂王の娘にとって、この王宮は住み好い所ではありませんの」

「いえ。ハッキリ仰って頂いた方が、こちらもやりやすいですから。では早速、貴女に頼み事をしたい」

「なんなりと」

「滞在している“トリステイン”人と“アルビオン”人の動向を伺って欲しいのです。女王から、1騎士に至るまで、全員です。特に、シュヴァリエ・ヒラガ殿と、ミス・ヴァリエール、セイヴァー殿、シオン殿……この4人からは監視の目を外さないで頂きたい」

「先日、“トリステイン”からの刺客に襲われた連中ですね。意外なことに、襲ったのは私の元配下の騎士でした。傭兵紛いのことをしていたようでしたわ」

 才人を襲ったのは、あの“元素の兄弟”の1人である。

 そのことを想い出し、イザベラは世間話のように振ってみた。

「そうだったのですか。世間は狭いですね。では、見張りの件、御願いします」

 と、ジュリオの返答はあまり興味がないように感じられた。

 そういった様子などから、どうやら、あの“元素の兄弟”と、ジュリオ達は何ら関係がないことが判る。

 イザベラは、コクリと首肯いた。

「御任せ下さい。あの融通の利かない“聖堂騎士”よりは、マシな仕事をして差し上げますわ」

「それは楽しみだ。では、御機嫌よう」

 そう言うと、ジュリオは去って行った。

 その背が完全に見えなくなった後、イザベラは大きな溜息を吐いた。

 あのジュリオは、華奢な見掛けとは裏腹に、刃のような斬れ味を秘めているのである。そのことから、女王を入れ替えるなどという大胆不敵な陰謀を任されるだけのことはあると理解るであろう。

 囁くような声で、イザベラは呟いた。

「上手く出し抜いたかしら? “地下水”」

 すると、腰に差した”インテリジェンス・ナイフ”の声が響く。

「まあまあの演技で御座いましたな」

「さて。じゃあ、動きやすくなったところで、陛下の居所を探るわよ」

 

 

 

 アニエスを連れて、アンリエッタは“ヴェルサルテイル”の中庭を散歩していた。

 シャルロット女王が“ロマリア”の陰謀で何者かに入れ替わり、“聖戦”を支持したことで、アンリエッタは意気消沈していた。

 今のところ、“トリステイン”側に打つ手はないといえるであろう。イザベラ達が、タバサの居所を捜し当てて来るのを待つしかないのだから。

 アンリエッタは、(もし、タバサ殿……シャルロット女王陛下の居所が判らなかったら……それはあまり想像したくないわ。このまま“ガリア”は、“ロマリア”の意のままになってしまうのかしら?)と考えた。

「園遊会も、後1週間ほどで終わってしまいますわね」

 アンリエッタがそう言うと、アニエスが首肯いた。

「そうですな」

「それまでに、何とかシャルロット女王を捜し出し、再び女王の座に据えねばいけませぬ。そして、“聖戦”支持を撤回して頂かねば……」

「そうですな」

 再び、アニエスは気のない調子で首肯いた。

「貴女は気楽ですわね。隊長殿」

 ジロリと、アンリエッタはアニエスを睨んで言った。

 しかし、それでもアニエスは涼しい顔である。

「貴女、之って大変なことなのよ。もしかしたら、“エルフ”達と戦になるかもしれないのよ?」

「今は待つしかありませぬ。気を揉んでみても、何かが変わる訳ではありませんからな」

「それはそうだけど……」

「気を張り詰めてばかりいたら、いざという時戦えませぬ。女王たる者、ユッタリと御構えになってください。こう言っては何ですが、人は所詮、“運命”には逆らえぬのですから」

 そう言われて、アンリエッタは、はぁ、と小さく溜息を吐いた。

「やはり、頼り甲斐がありませんか?」

「ですから、臣下にそういう質問をするのがいけないのです」

 するとアンリエッタは、唇を尖らせた。

「私だって、たまに本音を漏らしたいわ。心を許せる相手が欲しいのです」

 それでもアニエスは、澄ました顔で横を向いている。彼女は、仕えるべき主人との距離感について、己の持論があることが判る。

 アンリエッタは、(誰か、心許せる相手はいないのかしら……?)と考えた。それから不意に、心当たりを想い出す。

 “異世界”からやって来た、“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の副隊長、そして“アルビオン”の客将。

 アンリエッタには、想えば彼等には何でも打ち明けられたような気がした。それから、(どうしてなのかしら?)と想い、なんとなくその理由に思い当たった。それから、(それは……たぶん彼等がこの世界の人間じゃないからだわ。彼等は今では私達の騎士として働いてくれているし、何度も手柄を上げ、私と祖国や他国を救って来た。でも、彼等はこの世界の人間ではない。まだに、異邦人、としての雰囲気が、身体から滲んでいるもの。そんな彼等だから、逆に安心できるのかもしれないわね。だから何でも話せるのかもしれない。でも、そんな彼は、親友ルイズの恋人、そしてシオンの騎士よ。寂しいから、心許せるからとって、甘えてはいけないわ)と考えた。

 先日、幼い頃のようにルイズと殴り合った後、アンリエッタは深く反省したのである。そんな昔からの友達を、傷付けるような真似はしてはいけない……と。

 そんな風に首肯きながら歩いていると、アンリエッタはとある東屋のある場所へと出た。

 茨が絡まった、感じの好い場所であるといえるだろう。

 そこのベンチに、見慣れた2人が座っているのを見て、アンリエッタは目を見開いた。

「おや。ルイズとサイトではないですか」

 アニエスが、声を掛けようとすると、アンリエッタはそれを制した。

「……んな、どうしたのですか?」

 怪訝な顔のアニエスに、アンリエッタは指を立ててみせた。

 

 

 

 ルイズと才人は、ベンチに2人並んで腰掛け、何をする訳でもなくジッと前を向いていた。何やら……2日前の夜の出来事から不器用な訓練以来、恥ずかしさからであろう御互い口を利いていないのであった。

 才人は、隣でジッと膝の上で拳を握り締めているルイズを見詰めた。

 ルイズは、わずかに頬を染め、口をへの字に結んでいる。着たっきりであった修道服を脱ぎ捨て、アニエスから借りた私服に着替えている。すっぽりと頭から冠るタイプの麻のシャツに、堅い綿の半ズボンである。

 その、地味といえる衣装の下に、眩いばかりの裸体が隠れているということを、今の才人は知っている。そう想うことで、白い何でもないシャツが、ルイズの肌を引き立てる無垢なカンバスに、才人には想えて来た。

 才人は、(嗚呼嗚呼……)と心の中で呻きを上げた。肌を見ると、いうことは、かなり距離を縮めたということになるのだが……こうやって隣りにいるというだけでも、何やら激しく緊張するのである。隣にいる女の子が、いつものルイズとは想うことができないのである。

 胸の形と色を想い出す。そして、臍の下、御尻の形など……。月明かりに照らされた、そのような部分などを想い出し、才人は息がカラカラになるかのような想いを味わった。

 何を話せば良いのか判らず、かといってそれ以上ルイズを見ているということもできずに、才人は目を逸らした。

 しかし、才人が目を逸らしたその瞬間、頭の中に飛び込んで来るのは、瑞々しいルイズの裸体であった。それが脳裏にチラチラとしてしまう自分が、何だか汚い生き物になったかのように感じてしまい、才人は無理矢理にでも別のことを考えようと試みる。

 そこで才人は、(そうだ。今はそんなことを考えてる場合じゃない。タバサと、その双子の妹とやらが入れ替わって、大変なことになってるんだ。それに、俺を襲う連中の存在……”元素の兄弟”とか言ったっけ? 考えなきゃいけないことは山程ある。それなのに、頭の中をグルグル回るのは、ルイズの裸だけだ)と考え、頭を抱えて、「のぉおおおおおお」などと唸り始める。

 そんな才人を見て、ルイズは少しばかり拗ねたような声で言った。

「何唸ってるのよ!?」

「え? いや……な、何でもない」

 誤魔化すようにそう言った才人に、ルイズは拳を握り締めて震え始めながら言った。

「……く、比べてるのね? 今まで見て来た女の子と、比べてるんだわ」

 才人は、勢い良く首を横に振った。

「え? 違う! 違うよ!」

「じゃあ、どういう感想を抱いたのか、ちゃんと話しなさいよね」

 前を見て、フンフンと鼻を鳴らしながら、ルイズが言った。

 才人は、仕方なしといった風に、感想を述べることにした。

「え、えっと……色が兎に角綺麗で……」

「色? 何の?」

「胸のさ……」

 そこまで言ったら、パンチが飛んで来たために、才人は横に転げてしまう羽目になった。

「な!? 何すんだよッ!?」

「恥ずかしいじゃないの! 何でそういうこと言うのよ!?」

「御前が訊いたんじゃないかよ!」

 う、とルイズは振り上げた拳を下ろし、ブツブツと呟き始めた。

「そうね、私訊いたわね。でも、言いようってあるわ。そう言うのは大事なの、凄く」

 そして再び、ルイズは俯いて拳を握り締めた。

「でも、良いのかな……?」

 才人は、ポツリと言った。

「ん? 何が?」

「いや……こんなに俺、幸せで良いのかなって」

「どう言う意味?」

「だってさて、今すっごい大変じゃないか。タバサは攫われてるし、“聖戦”だって始まっちまっうかもしれない。それなのに……セイヴァーだって、“佳境に入った”って言ってたし……」

 と、才人は頭を抱えた。

「良いじゃない、私達は、“ガリア女王の入れ替わりに気付いていない”振りをしなくちゃいけないのよ。逆に、こうやって十分に油断しているところを見せんきゃいけないわ。タバサの居所が判るまではね」

「違う。あのな、俺、不謹慎にも幸せなんだよ。幸せな気分で一杯なんだ」

「どんな時だって、幸せな時は幸せな気分になるモノよ。それに一々罪を感じてたら切りがないわ。って言うか、一体何がそんなに幸せなのよ?」

「御前が俺を認めてくれたってことだよ。こんなにも嬉しいなんて。嬉しくって、どうにかなっちまいそうで、どう仕様もないんだよ」

 才人はそう言うと、ルイズも口を開いた。

「認めって何よ? ちゃんと私、あんたのこと認めて来たじゃない」

「違う。俺、理解ったんだ。女の子が、男を認めたって、それしかないんだ」

「それって詰まりその、身体を許すってこと?」

「そう。いや、まだ何吐うかした訳じゃないけど。御前は良って言っただろ? ハッキリ。それが嬉しいんだ。凄く」

 ルイズは更に顔を真赤にさせた。才人がこれほどに喜ぶなどと想ってもいなかったのだから、仕方がないといえるだろう。今更、「許す」などとハッキリ言ったくらいで……。

「だから、俺、良いのかな? って。俺1人、こんなに幸せで良いのかな? って。何か不幸だったり、苦労してる人達に、すまなく想うんだよ」

 ルイズはそこで、才人の手を握った。

「良いんじゃない」

「良いのかな……?」

「私ね、たまに想うの。だって私達だって、そういう危険の上にいるのよ。今は良いけど、もしかしたら明日、タバサを救けに行った先で死ぬかもしれない。“ロマリア”の陰謀で命を落とすかもしれない。“アヴェンジャー”に殺されてしまうかもしれない……まあ、そこ等辺は、セヴァ―達が何とかしてくれるかもしれないけど……それでもよ」

 それから、ルイズは才人へと寄り添った。そして、その腕に頬を埋めて、小さな声で言った。

「だから、貴男に肌を見せたのは、私の気持ちはきっと何があっても変わらないってことだけじゃないの。時間を大事にしたいの。2人でいられる時ってあんまりないし、それにいつ死ぬか判んないから。後悔したくないの」

 ルイズのその言葉に、才人は電気で打たれたかのような感覚を覚え、思わずルイズを抱き締めた。

「あのね、別に私達が死ぬかもなんて想ってないのよ。慎重にならなきゃいけないのは理解るけど、絶対に死なない、何があっても大丈夫って、そう想ってる。でも、何て言うか、その……」

「一瞬一瞬を大事にしたいって。そういうことだろ?」

 ルイズは、才人の胸の中で首肯いた。

「うん。そういうこと」

 才人は、ゆっくりルイズの唇に自分のそれを重ねる。熱いルイズの吐息が混じったキスは、才人を夢見心地にさせた。

 息が止まるかのような幸せな時間の中で初めて、才人は、(仲間や、周りの人達にも、こんな幸せな気持ちになって欲しい)とハッキリと想うことができた。

 次いで、才人は、(だから、タバサは絶対に助ける。だから、“聖戦”は絶対に止める。“聖杯戦争”も終わらせるんだ)と想った。

 その時……不意に、昨日と同じ不安が、(でも、俺にそんなことができるのか? “元素の兄弟”に、2度も遅れを取った俺に……)という気持ちや考えなどが才人を襲った。

 それから、才人はルイズから身体を離す。

「どーしたのよ? 昨日から変よ。あんた」

「いや……」

「何よ? 私といるのに不満なの? やっぱりあんた……」

「違う違う! そうじゃない!」

「じゃあ、ちゃんと言いなさいよ」

「いやね?」

 才人は首を振りながら言った。

「俺、ちょっと弱すぎじゃねえかなって……“元素の兄弟”とかいう連中に、2回も遅れを取っちまったし……俺がもうちょっと強けりゃ、デルフを失うこともなかった。ジャックに負けて、御前にあんな見っともないところを見せることもなかった」

「誰だってたまには負けるわ。人間だもの。しょうがないじゃない」

 ルイズがそう言って慰めようとすると、才人は首を横に振った。

「いやいやいやいや。そんな呑気なこと言ってる場合じゃねえ。セイヴァーだっていつも俺達のことを守ってくれる訳じゃ無え。負けたら死んじまうだろ? 御前のことだって守れない」

「私が助けて上げるわよ」

 キョトンとした顔でルイズが言ったら、「それじゃ駄目なんだ!」と才人は強い調子で言った。

「な、何よ? 良いじゃない。“使い魔”と“メイジ”はパートナー。“マスター”と“サーッヴァント”はパートナー。そうでしょう?」

「情けねえじゃねえか」

 ルイズは、唇を尖らせてそう言う才人を見詰めた。

 折角の甘い雰囲気がどこかに行ってしまったために、ルイズは頬を膨らませた。

 才人は、こういったことをする傾向が強いといえるであろう。大好きな女の子と一緒にいるという癖にも関わらず、直ぐに自分の世界に入ってしまうという点である。

 だが、ルイズはそこで怒ったりなどはしなかった。少し前までであれば、このようになってしまえば頭に血が上っていたものだが……。

 ルイズは、(肌を見せ合ったからかもしれないわ。更に絆が深まった気がするのかしら……? だからもう、このくらいで怒ったりしないの……)、と想った。それから、ソッとルイズは、才人の肩に頬を乗せた。

 その間、才人は、(俺……もっと強くなりたい)とジッと考え続けた。負けた悔しさなどが、今頃になって膨れ上がって来て……才人はグッと拳を握り締めた。

「だからこそ……セイヴァーは、あいつは……俺等に活を入れるためにあんなことをしたってのか? にしても、不器用にもほどがあるだろうが……」

 

 

 

 才人とルイズ、その2人のそんな様子を見た後……アンリエッタはコッソリと立ち上がった。

 小さな声で、「仲がよろしいこと」と呟く。

 アニエスは、何も言葉を発さずに涼しい顔である。

 アンリエッタは元来た道を引き返すように歩き出す。

 わずかに硬い声で、アンリエッタはアニエスに尋ねた。

「何としてでも、“聖戦”は止めねばいけませんね」

「そうですな」

 と、アニエスも首肯いてみせた。

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