ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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教皇の告白

 暮明の中、タバサはまんじりともせずに、ベッドの上に座っていた。

 目覚めると、タバサはここにいたのである。

 タバサが目覚め、気付いてから丸一日が過ぎていた。

 至って普通といえる寝室のように見えるのだが、窓はない。1つだけある扉は、分厚い造りをしており、外から鍵が掛かる仕掛けになっていることが判る。

 部屋に置かれた調度品は、上等なモノであるのだが……どうやら貴人を閉じ込めて置くための部屋であることが、そういったことなどから判る。

 詰まりは、貴人用の牢獄である。

 扉は頑丈であり、叩いてもビクトもしない。

 “杖”を取り上げられてしまったタバサは、ただの少女に過ぎないといえるだろう。まるで、と言うよりも、事実上、無力な少女である。

 ジュリオに意識を失わされたことを、タバサはハッキリと覚えていた。その直前に見た、タバサ自身と同じ顔の女の子……のこともまた。

 “魔法”で造られた存在ではないということは、その時タバサは一目見ただけで感じ取り、理解していた。

 タバサは、(では、自分の双子なんだろうか? そのような存在は、聞いたことがないが……)と考えた。

 がその時、タバサは、チラリと聞いたことのある“ガリア王家”の禁忌を想い出した。

 双子は、どちらか片方だけが育てられる……。

 タバサは、(ではやはり、あの時見た顔は? 兎に角、“ロマリア”の陰謀に間違いはない。園遊会は一体、どうなっているんだろうか? シルフィードは? 母は? イザベラは? そして、“トリステイン”や“アルビオン”の友人達は?)と考えた。が、心配ではあるが、今はどう仕様もないのもまた事実である。

 扉を良く見ると、下の方に小さな別の扉がある事が判る。その前には、パンと干した果物と水差しが置かれている。

 タバサはそれを見て、(成る程、ここから食事を出し入れできるようになっているのか。間違いなくこの部屋は牢獄)と確信を持つことができた。

 それから、(一体、自分を捕らえた連中は何を企んでいるのだろう?)と考えた。

 が……。

 ぐぅううっと、タバサの御腹が鳴った。それにより、タバサは一昼夜まるまる何も食べていなかったということに気付き、扉の前に置かれた食べ物に手を伸ばす。

 タバサは、(毒が入っているかもしれない)と想い直し、パンを再び更に戻した。

 その時、足音が廊下で響いた。

 タバサは、びくっと身体を震わせると、後退る。

 鍵を外す音が聞こえ、ギィイイ、と重たげな軋みと共に扉が開かれた。

 現れたのは、何度か顔を合わせたことのある、美しい青年であった。

 タバサは軽く驚いた。

 タバサをここに連れて来た連中の背後に、彼がいるということは不思議ではなかった上、恐らくは彼の命令であろうことも判っていた。が、まさか直接こうやって姿を見せるとは想わなかったのである。

「先ずは御詫びを申し上げねばいけませんね」

 タバサは黙ったままである。ジッと、ヴィットーリオを見詰め続けている。

 若い教皇は、部屋着といって差し支えのない、ラフな麻の衣装に身を包んでいる。

 そのような格好で教皇がいるということは、ここは“ロマリア”が借り上げている宿か、大使が暮らす邸なのであろうということが想像できる。

 いや、邸であろう。でなければ、このような部屋を用意することはできないのだから。

 タバサの中では、別に憎しみなどは湧いて来ることなどはなかった。彼等は親切でタバサを女王に据えた訳ではないということを理解しており、それを理解した上で利用する積りで戴冠したためである。だがそれでも、何らかの手を打って来るであろうとは予想はしていはしたが、まさか大胆にも替え玉を用意するとは、ここま想像を超えて来るとはタバサには想うことができなかった。

 タバサは、(かと言って、何も抵抗できずに相手の策略に落ちるとは……油断していたことは、認めなくてはいけない)と考えた。

 次いでタバサは、隣で“霊体化”しているイーヴァルディを確認し、口を開く。

「シルフィードは?」

「隣の部屋で眠っています」

「ここはどこ?」

「“リュティス”に在る、“ロマリア”大使の邸です」

 淡々と、ヴィットーリオは告げる。まるで、“霊体化”しているイーヴァルディを気に掛けた様子もない。

 そのヴィットーリオの様子から、嘘ではないだろう、とタバサは判断することができた。そして、理解した。ここまで正直に話すということは、タバサを再び表に出すつもりは彼にはないということを。

「あの娘は誰?」

「貴女の双子の妹です」

 タバサの目が、ヴィットーリオのその言葉で見開かれた。先程の予想が現実を伴うことで、タバサが受けるショックは、(自分は一人っ娘ではなかったのだ。姉妹がいたのだ。同じ顔の、もう1人の自分が……)と予想以上のショックであったのである。

 だが、今はそのようなことを考え、感じ入り続けている場合ではないといえるだろう。

「私をどうするつもrり?」

「ちょっとした旅行に付き合って頂きたいのです」

「旅行?」

 タバサからすると、予想外の返答であった。

「そうです」

「どこへ連れて行くの?」

 冷たい目で睨んだタバサに、ヴィットーリオは変わらぬ優しげな抑揚で言った。

「“火竜山脈”です」

「そこで私を始末するつもり?」

「始末とは穏やかではありませんね。私達は、貴方方に味方になって欲しいのです。このような目に遭わせておいて、烏滸がましいとは想うのですが……」

 タバサは無言で、教皇を見詰めた。(御前達になんか、絶対に協力するものか)、という意志の光が、タバサのその目の奥には宿っていることが判る。

「嫌われたモノですね」

 と、ニッコリと笑みを浮かべて、ヴィットーリオが言った。

「狂信者に協力する愚か者はいない」

 敵意を隠すこともせず、タバサは言った。

 すると、ヴィットーリオは首を横に振る。

「私達は、“聖地”を取り戻さねばならないのですよ」

「そのために、どれだけの人が、死ぬと想っているの?」

「逆ですよ」

 アッサリと、ヴィットーリオは言った。静かな、やり切れない、といったような声である。

「どういう意味?」

「それを貴女にも理解して頂きたいから、“火竜山脈”へと向かうのです」

「私は、貴方達のすることが理解できない」

「貴女は、神話をそのまま信じるということをしていませんね……存在しはするが歪曲されたモノであることを理解し、また、本質的には信仰とも無縁だ。違いますか?」

 しばし考えて居たが、タバサは首肯いた。

「私も同じです。信仰の本質は、己の良心を他者に委ねることですから。行き過ぎれば容易く狂気になる。だが、狂気、と決め付けてしまうのも、また危険なことなのです。神話や信仰を、ただの嘘や盲目と切って捨てるのは容易い。だが、その2つは、確実に真実の一片を含むのですよ」

 タバサはジッと、イーヴァルディとヴィットーリオを交互に見やった。

「貴女は強い心を御持ちのようですね。こんな話をしながらも、彼や彼女等と一緒にここからどうやって逃げ出そうか。そして私達を止めようか、そんなことばかり考えている。そんな貴女だから、是非とも私達の味方になって頂きたいのです。なに、“火竜山脈”に向かえば、自然と私達の信仰について、御理解頂けるでしょう」

 そう言うヴィットーリオは、どこにも気負いがないといえる様子を見せている。間違いなくそうなる、と確信を持っている風である。

「何か“魔法”でも使って、心を操ろうというの?」

「私はこう考えております。神は人の心の中に住むと、神の僕たる私が、神の住処を汚す訳はありません」

 タバサは、(一体、私を説得するどんな自信があるというのだろう?)と考えた。元々掴み所がなさそうかつ人物であったヴィットーリオが、増々得体がしれない存在に想え、タバサはわずかに震えた。

『“マスター”。今は、彼の言葉に従おう。セイヴァーから接触がないということは詰まり』

『“剪定事象”……“抑止力”……“聖杯戦争”……それ等が関係している?』

『かもしれない』

 タバサはイーヴァルディと思念通話で会話し、身体の震えを抑え、顔を上げた。

 

 

 

 タバサの部屋を辞したヴィットーリオを扉の隣で待っていたのは、ジュリオであった。

 ジュリオは優雅に一礼すると、主人へと向き直った。

「聖下。“火竜山脈”の観測隊依り、報告が届いております」

「見せてください」

 書簡を受け取ると、ヴィットーリオはユックリと目を通した。

「以前の結果と、変わりはないようです」

「と言うと、後、4日後ということですね」

 ヴィットーリオは首肯いた。

「で、彼等に招待状を届けましょうか? “アルビオン”以外には見張りは一応、付けておきましたが……」

 ジュリオは真面目な顔で言った。

 するとヴィットーリオは首を横に振る。

「それには及びないでしょう」

「まだ御隠しになるのですか? これ以上、彼等に隠して、何の益があるというのですか?」

「できれば、偶然を装いたいのです。もう、これで信用して貰わねば、我々には打つ手がありません。それこそ、彼等を抹殺せねばいけなくなる」

「ふむ」

「見せたいモノがあるから、などと言えば、彼等はまた我々を疑うのではありませんか?  まあ、彼がいる以上、そうなることはないでしょうが……」

 疲れた声で、ヴィットーリオは言った。珍しく、この教皇の顔には憂いと疲労などが目に見えて浮かんでいる。

「まあ、そうかもしれませんね……」

 ジュリオも、悩むような仕草を見せる。

「放って置いても、入れ替わった友を救けるために、我等を追うでしょう」

「彼等が入れ替わりに気付いていれば、の話ですが」

「気付いているでしょう。彼等は我等の兄弟なのだから。この程度の陰謀は見破って貰わねば、この先が想いやられる」

 その時、とととと、と、料理の皿を抱えた1人の召使いの少女がやって来た。彼女は、教皇とジュリオに会釈をすると、扉板の下に付けられた小さな扉を開けて、中に料理を乗せた皿を差し込む。

 再び会釈すると、召使いの少女は元来た方へと歩き出した。

 その少女の腰には、守り刀のように、小さなナイフが光っていた。

 

 

 

 

 

 イザベラからタバサ発見の報が届いたのは、園遊会が始まって4日後のことであった。1通の手紙が、夕方アンリエッタの泊まる部屋に届けられたのである。

 差出人は当然書かれておらず、中には意味をなさない単語の羅列が踊っている。アンリエッタは、イザベラから貰った暗号表を頼りに、それを解読した。

「シャルロット女王陛下は、“ロマリア”公使バドリオの屋敷に囚われている。本日夜9時救出の計画を講じたく伺いたく候」

 末尾には、イザベラのイニシャルが踊っている。

 アンリエッタは、気分が優れないからと言って、夜の晩餐会の不参加を“ガリア”側に告げ、腹心の人物達を自室に呼び寄せて、イザベラの来訪を待った。

 アンリエッタが部屋に呼び寄せたのは、ルイズ、才人、そしてギーシュ。タバサの親友であるキュルケに、アニエスである。

 また、“アサシン”であるハサンの“スキル”と“礼装”などを駆使し、俺とシオンとハサンもまた同じ部屋で待機している。

「タバサの居場所が判ったんですか?」

 才人は入って来るなり、そう問うた。それから、俺とシオンとハサンへと目を向けた。

 アンリエッタは首肯いた。

「ええ。そうらしいですわ」

 スサッとギーシュは、立膝を突いた。

「ちびっ娘、いやさ、シャルロット女王陛下救出作戦は、この私の率いる“水精霊騎士隊”に御任せくださいますよう」

 そんなギーシュを、才人が諌める。

「おいおい、そんな大勢で行ってどーすんだよ? それに、公使の屋敷だろ? ここは外国だし、それに向こうも 詰まりは外国の大使館だ。まさか正面から踏み込む訳にはいかんだろ」

「サイトの言う通りだわ」

 と、キュルケも首肯いた。

「コッソリと忍び込んで、コッソリと救い出す……貴方達が1番苦手な仕事じゃないの?」

 うぐ、とギーシュが黙りこくった。

「そりゃ……正々堂々正面から打つかって相手を負かすのが騎士隊の本文であってだね」

「それに、こないだの“アーハンブラ”のような訳にはいかないわ。今度は街中なのよ? 派手なことをしたら、逆にこっちが捕らえられる」

 キュルケの言葉に、アンリエッタも首肯いた。

「“ガリア”官憲が全て味方という訳ではありませんからね」

 その時、ドアの向こうから声が響いた。

「イザベラ・マルテル嬢の御越しで御座います」

 扉が開き、夜会服姿のイザベラが現れた。先ずはアンリエッタとシオンに向かって、恭しく一礼をした。

「こうやって、私達を御訪ねになっても大丈夫なのですか?」

 挨拶もそこそこにアンリエッタが尋ねると、イザベラは首肯いた。

「実は、貴方方の監視を“ロマリア”側より頼まれているのです」

 部屋に緊張が奔る。

 ギーシュなどは、既に“杖”に手を掛けているほどである。

「誤解なきよう。私は皆さんの味方です。協力する振りをしているだけです。ですから、堂々とこうやって、見舞いを装って皆さんの所に入り込めるという訳ですわ」

 それからイザベラは、一同に説明した。

「ハッキリと申し上げますと、あの場所から陛下を救い出すことは不可能に近いです。調べたのですが、公使の屋敷にしては、信じられないほどの厳重な警備が施されています。“魔法”の障壁や罠が幾重にも掛けられているし、常に“聖堂騎士”一顧中隊が詰めています。正面から掛かるなら、優秀な騎士中隊が、3つは必要でしょう」

 一同は、愕然とした顔になった。こちらには”サーヴァント”という強力な存在はあるが、街中でそのような騒ぎを起こしてまえば大変なことになるのは明白である。

「その上、そこの屋敷には教皇も出入りしているようです」

「尋常じゃない警備は、彼の警護も務めているという訳ですわね」

 アンリエッタが眉を顰めて呟く。

「密かに潜入しての救出は?」

 と、キュルケが尋ねた。

「あれだけの警備では、私の部下にも不可能です。“地下水”と呼ばれる手練を1人潜り込ませるのが限界でした。しかし、彼1人では救出できません」

 しん……とした空気が流れる。

 それから才人は、俺とシオン、そしてハサンへと目を向け言った。

「なあ、セイヴァー。“アサシン”の“スキル”でなら、どうにか出来るんじゃないのか?」

「可能で御座います。ですが、我々は一応、“アルビオン”所属ですので」

 と、ハサンが実体化し、自らの立場を明確に口にした。

 それに次いで、俺とシオンも姿を現す。

 それを見て、イザベラは驚いた様子を見せた。

 それからしばらく考え込んでいた才人が、顔を上げて言った。

「そうなると、移送時を狙うしかないみたいだな」

 イザベラは首肯いた。

「そうですね。いつまであそこに閉じ込めておくつもりはないでしょう。必ずや、どこかに移動させるはず。その時を狙って、救け出す。それしかありませんね」

 その時……再び扉の外から、女官の声が響いた。

「御報せに御座います」

 その瞬間、再び俺とシオン、とハサンは姿を消す。

「何かしら?」

 ルイズが扉を開けると、焦った顔で女官を告げた。

「明日、教皇聖下が急遽“ロマリア”に帰られるそうです。突きましては、見送りの式を行うので、陛下に於かれては御来賓の栄を賜りし、とのことです」

 ルイズはアンリエッタへと振り返る。

 緊張した面持ちで、アンリエッタは首肯いた。

 扉が閉まる音と同時に、キュルケが口を開いた。

「まだ園遊会も途中なのに、国に帰るなんて妙ね」

 そこで、イザベラが何かに気付いたように言った。

「もしや……教皇と一緒に“ロマリア”へ連れて行くつもりでは……?」

 俺とシオンを除いた全員が、ハッとした様子を見せる。

「教皇と一緒なら、護衛も完璧だしね」

 困った声で、キュルケが言った。

「いつまでも“ガリア”に置いていく訳にもいかないだろうしな」

 と、ギーシュが言った。

 素早く決断を下したのはイザベラであった。

「衣装を用意しますので、皆さんは御着替えください」

「え?」

「明日の朝、見送りの群衆に紛れてバドリオ公使の館の近くに待機します。陛下が教皇の一行にいれば、好機を見て、道中救い出す。私の騎士団も全力をもって、この計画に参加します」

「なに、僕達だけでやれますよ」

 と、ギーシュが例によって安請け合いをした。

「それは無理です。貴方方は、この国の土地勘がない。連絡役として、私の腹心を御付けします。彼の指示に従ってください」

 と、キッパリとイザベラは言った。

 

 

 

 

 

「確かに、あの警護の群れを見ると、”サーヴァント”や彼等の協力なしでは、僕達だけではどうにもならなかったようだな」

 と、ギーシュが言った。

 数百人もの“聖堂騎士”が、屋敷の前に整列している様は、荘厳というには物々し過ぎるといえるだろう。

 翌朝……“ロマリア”へと出立する教皇聖下を一目見ようと、集まった“リュティス”市民でごった返すバドリオ公邸の前までやって来た才人達であった。

 才人にルイズ、そしてキュルケ、“水精霊騎士隊”からはギーシュとレイナールとマリコルヌ。アンリエッタは公式の席で教皇を見送るべく、ここから離れた貴賓席にいる。

 ギムリ率いる“水精霊騎士隊”と、アニエスが、その護衛に当たっている。

 そして、少しばかり離れた席では、シオンが、彼女の護衛として俺がいる。

 詰まり、俺達や才人達は救出隊“トリステイン”及び“アルビオン”班であるということである。

 俺達が姿を見せないと、“ロマリア”側に怪しまれてしまう可能性が多いにありえるために、イザベラが一計を案じていた。

 “スキルニル”と呼ばれる、その者の血を振り掛けることで、姿形がソックリに変身する人形を用いて、影武者を用意したということである。以前、“ミョズニトニルン”であるシェフィールドがそれを使用して、シエスタソックリの動く人形を造り出し、苦しめられたということを覚えていたルイズ達は、その人形の実力を良く知っている。滅多なことではバレないに違いないということを。

 才人を始め俺達はマントを外し、目立つことがないように修道士の格好に変装していた。すっぽりと冠るタイプの修道服は、中には隠しやすいために、こういった場合には好都合であるといえるだろう。

「ホントに、タバサも一緒なのかしら?」

 心配そうな声で、ルイズが言った。

「間違いないと想うわよ。だって、“ロマリア”にとってタバサは火薬樽みたいなモノよ。こんな外国に長く置いていく訳がないわ。教皇と一緒に“ロマリア”に運び込めるんなら、そうするはず」

 キュルケがそう言うと、ギーシュが恍けた声で皆からして恐ろしいことを言った。

「どうして生かしておくんだろう? 邪魔なら始末するんじゃないかな?」

「ギーシュ」

 才人が窘めるような声で言ったが、ギーシュは言葉を続ける。

「だって、生かしておく意味が、あまりないじゃないかね?」

「御前なぁ……」

 親友のキュルケを前にして、言うべき言葉か、と想った才人は呆れた顔で言った。

「そりゃそうだが。最悪の場合を考えて行動しておかないと、無駄な犠牲を生むことになる。死んでる人間のために、部下を危険な目に遭わせる訳にはいかんよ」

 真顔でギーシュは言った。

 う……と才人も黙りこくった。

「確かにギーシュの言う通り。でも、きっとタバサは生きてる」

「どうしてそう想うんだね?」

「そのつもりなら、とっくにそうしてるわ。それに、何か危険があったら、張り付いてる……何だっけ、“地下水”とかいう“北花壇騎士”が報せてくれるでしょ? セイヴァーだって何も言わないもの」

 ギーシュの疑問に、キュルケが自身の考えを口にする。

「もし、彼女が殺されたらどうする?」

 レイナールが、キュルケに尋ねた。

「“ロマリア”の奴等、皆殺しにしてやるわ」

 アッサリと、キュルケは言った。

「君、そうなったら戦争だぜ?」

 呆れた声でギーシュが言った。

「そしたら先頭に立って、突撃するわ」

「物騒なこと言うなあ」

「当然じゃないの」

 その言葉を聞いて、(もし、友達や大事な人間が殺されたら……俺はどうするんだろう? 例えば、ルイズが誰かの手に掛かったら?)と才人は考えた。

 才人の隣で、ルイズはジッと”聖堂騎士”の隊列を見詰めている。

 屋敷の前に、揃いの隊服を着て、左右に分かれて整列している様は、まるで玩具の兵隊を才人に想い出させた。

 才人は、(ルイズがもしあいつ等に殺されたら……俺は戦争も辞さずに仇を討とうとするだろうか?)と考えた。

 その問いの答えが出る前に、屋敷の扉が開き歓声が轟いた。

 教皇ヴィットーリオが姿を見せたのである。

 何台もの馬車が、通りの向こうから現れ、才人達の前を通り過ぎて屋敷の前に止まる。連れの書記官や秘書官と共に、1番大きな馬車にヴィットーリオは笑顔を振り撒きながら乗り込んだ。

 ユックリと隊列が動き出す。

 先導は“聖堂騎士隊”一顧中隊が務め、その後ろに大臣や神官団が乗った馬車が数台並んでいる。教皇の馬車がそれに続き、荷物を満載した馬車が5台ほど、その後から着いて行く格好になった。更にその後に、残りの“聖堂騎士隊”が続くのである。総勢500人近い、大所帯であるといえるだろう。流石は、教皇聖下御一行といった風情である。

 さながらその様子は、“日本”でいうところの、大名行列であろう。

「ジュリオの姿が見えないな」

 才人が言った。

 いつも影のようにヴィットーリオに寄り添うジュリオの姿がないのである。

「きっと入れ替わった偽物と一緒にいるんだわ。誰か着いてないといけないでしょ?」

 ルイズがそう言って、才人は納得した。

「その通りで御座います」

 後ろから声がして、才人は振り返った。

 そこには、メイド服の若い女性が立っていた。まるで見覚えのない顔である。

 隙かさずレイナールとギーシュが跳び掛かり、側の路地へと引き込んだ。

 マリコルヌが、“杖”を引き抜き、メイド少女に突き付ける。

「御前、何者だ?」

「イザベラ様より遣わされました。貴方方との連絡役を仰せ付かった者です」

「名前は?」

「“地下水”」

「怪しいなあ。特にこのスカートちゃんが……」

 マリコルヌは“杖”を舌で舐め上げた。どこぞの拷問官ですか? といった態度であったが、“地下水”が、クイッと身体を捻ると、腕を掴んでいたギーシュとレイナールは地面に転がる。

 同時に腰の短剣を引き抜くと、マリコルヌの腰に向けて一閃させる。

「ふえ? のぉおおおおおおおおお!?」

 マリコルヌのベルトが切れて、ズボンがずり下がる。

 慌ててマリコルヌはズボンを掴んだ。

「私の姿格好は、御気になさらぬよう」

 才人は、(“地下水”? この前イザベラの所まで案内してくれた娘は、こんな顔だったっけ?)と訝しみ、マジマジと少女を見詰めた。

「こないだと顔が違うんだけど」

 今の“地下水”の顔立ちは幼いといえるだろう。背も低く、髪の色も全く違う。

「まあ、深く考えないでください」

 “地下水”はニッコリと笑うと、再び真顔になった。

 才人は、(また“魔法”だ、何かの“魔法”だ、“魔法”の変装術だ)と納得することにした。

「シャルロット女王陛下と、その“使い魔”は、眠らされて既に馬車に運び込まれています。“サーヴァント”である彼は、私には見えませんが、恐らく、主である陛下の身を案じて共にいることでしょう」

「やはり」

「どの馬車だい?」

 皆、“地下水”が“サーヴァント”という言葉を口にしたことにまで気に回らないでいる様子である。

 “地下水”は、小さな声で言った。

「教皇聖下の馬車です」

 

 

 

 その頃、“ヴェルサルテイル宮殿”……。

 出立前のジュリオを、ジョゼットが心配そうな顔で見詰めていた。

「行っちゃうの?」

「直ぐに戻るよ」

 ジョゼットは、嫌々をするように首を横に振る。

「私、1人じゃ、何をすれば良いのか判らないわ」

「バルベリに卿がいる。彼が僕の代わりに、全て指示してくれる」

「ジュリオが良いの。違う。ジュリオじゃなきゃ嫌なの」

 幼子のように駄々を捏ねるジョゼットを、ジュリオは優しくあやすように言った。

「理解ってる。戻って来たら、ずっと一緒だ」

「ホント?」

「ああ。ホントだ。嫌でもそうなる」

 すると、ジョゼットは怒ったような表情を浮かべる。

「嫌なんかじゃないわ。でも、それ本当なの?」

「ああ」

 するとジョゼットは、顔を輝かせた。

「ホント?」

「本当だとも」

「それなら、我慢するわ」

 ジュリオはジョゼットにキスをすると、窓を開いた。

 青い鱗を煌めかせた“竜”が飛んで来て、キュワッ! と一声鳴き声を上げた。

 ジュリオは窓から身を躍らせ、“風竜”の背に跨る。

 “風竜”――アズーロは上昇し、あっと言う間に空の彼方へと消えて行く。

 ジョゼットは不安げな顔で、そのジュリオとアズーロを見送った。

 

 

 

 揺れる馬車の中で、タバサは目を覚ました。

 隣では、シルフィードが寝息を立てている。イーヴァルディは、近くで“霊体化”していることを感じ取ることができる。

 そして、タバサの正面には、本を読む教皇ヴィットーリオの姿があった。

「御目覚めですか?」

 ヴィットーリオは、本を閉じるとタバサへと向き直る。

 窓にはカーテンが掛かっており、外から中が見えないようになっている。

 天井に取り付けられている装置の“魔法”による淡い光が、馬車の中を照らしている。

 タバサは、寝息を立てているシルフィードの口元に手をやった。

 本から目を離さずに、ヴィットーリオは言った。

「これは忠告ですが、暴れたり、脱出しようなどとないで頂きたいです。この馬車の前後は“聖堂騎士”二個中隊が固めている。幾ら“サーヴァント”であるイーヴァルディ殿がいるからといって、“杖”なしに、そのようなことをしたら、貴女は命を失うことになる」

 タバサは視線を、ヴィットーリオが持つ本へと移した。

「これですか? これは名簿です。過去何度か、“虚無の担い手”と、その“使い魔”……そして“秘宝”と“指輪”、“4の4”は揃いそうになりました。何故だと想います?」

 タバサは首を横に振った。

「故郷を追われ、この“土地(ハルケギニア)”に移り住まざるをえなくなった“始祖ブリミル”は、この地がどのような力で動き、息衝いているのか、識っていたのですよ。貴女も御存知でしょう? “先住”と呼ばれる“精霊の力”……我々は幾つか、それを利用しています。“水の力の結晶”――“水石”。“ゴーレム”を造り出す際の、原料として頻く用られる“土石”。この前、ジョゼフ王が用いた“火石”。そして……」

 ヴィットーリオは、ポケットから何かを取り出した。

 それは、瓶に入ったキラキラと光る透明な結晶であった。

 ヴィットーリオが軽く瓶を降ると、結晶は輝き出す。すると、ヴィットーリオの手から瓶は浮かび上がった。

「この“風石”です。我々は“フネ”を浮かべるために用いていますね。“風”使いの貴女には、百も承知のことでしょうが」

 ヴィットーリオは、空を指した。

「シオン女王陛下が治める“アルビオン大陸”が浮かんでるのも、この“風石”の力によるモノであることは、御存知のことと想います。また、少しばかり脱線しますが、“サーヴァント”の力もまた、元々は“先住の力”と言って差し支えないでしょう」

 それでも、タバサは応えずに、ジッとヴィットーリオを見詰める。

「“先住の力”は、偉大であると同時に驚異なのです。その驚異の自然の力が、我々に牙を向きそうになった時に、“4の4”は復活しそうになった……でも、揃わなかった。それは驚異ではなかったからです。でも今は違う」

 タバサはわずかに口を開いた。教皇の話に、聴き入ってしまったのである。

「明確な危機となって、我等を滅ぼそうとしている。だからこそ“4の4”は復活し……我等は“聖地”を目指さねばならぬのです」

「……明確な危機?」

「そうです。それを今から、貴女に御見せしようというのです」

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