ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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破滅の精霊石

 教皇の一行は、速過ぎず遅過ぎずのペースで、”ロマリア”を目指していた。恐らくは3日ほどの行程であろう。 “竜籠”を用いればそれはもちろん1日で着くだろうが、教皇の行幸というモノはそう単純なモノではないのである。立ち寄った先々での“ブリミル教徒”との触れ合いもまた、教皇しての大事な仕事であるためだ。

 何せ、立ち寄った街で説教の1つでも行えば、街の人間達にとっては末代までの語り草になるであろうし、赤子に祝福を授ければ、親戚一同”始祖”と教皇の御為ならば、死をも辞さない神の戦士になるほどである。

 詰まるところ、“聖戦”を遂行しようとしている“ロマリア”にとって、この行幸は大きな政治的意味合いを持つのである。

 従って、どこに行っても教皇は当然街の人間に囲まれることになる。というより、教皇の一行が、だ。

 それが、俺を除いた皆からすると、救出作戦を難しく感じさせていた。

 下手にタバサとシルフィードを救い出そうとすれば、詰まりは、“聖堂騎士”だけではなく、街の住人までをも敵に回すことになる可能性が多いにありえるのだから。また、暗殺を恐れてだろう、“聖堂騎士”の警護は、正に蟻が忍び込む隙間もないといった風情である。流石の“北花壇騎士”にしても、その警備の編みを潜るのは不可能であるといえるだろう。“アサシン”であるハサンや俺を除けば、であるが。

 道中も、また難しかった。

 先回りして罠を仕掛ける余裕もなかったし、街道の周りはほぼ開けている。森の中で奇襲を掛けようにも、実力はあれども手勢は少ないであろう。

 救出は、粗手詰まりであるといえるだろう。

 “リュティス”を出発して2日目……。

 翌日には、“虎街道”の入り口に、教皇一行が達しようというその日……近くの宿屋で、俺達一行は作戦会議を行っていた。

 辺りは、教皇に逢いに来た住人で溢れている。修道服姿の一行など、珍しくもないために、ただ群衆に紛れる分には好都合であった。

「絶対に失敗は赦されない、って難しいわね」

 キュルケが、テーブルに肘を突いて言った。

「だが、ここ等で何としてでも救わねばならない。“ロマリア”に入られたら、取り返しが着かないからな」

 真剣な顔で、レイナールが言った。

 才人は、やきもきしながら頭を捻らせていた。

 目と鼻の先に、タバサとシルフィードがいるというのに手がないのである。

 隣では、ルイズも目を瞑り、一生懸命に何かを考え込んでいる。それでも、良い知恵は出ないのであろう様子だ。

「やはり、正面から乗り込むしかないのかな? 皆で打つかれば、1人くらいタバサとシルフィードの所に辿り着くんじゃないの?」

 マリコルヌが、首肯きながら提案した。

「そんなの無理だよ。仕方ない。なあ、セイヴァー……良い案はないか?」

「ある。が、まだ動く時ではない。動く必要がない」

 才人の問いに、俺は首を横に振りながら言う。

「こうなったら、囮作戦だ」

「囮作戦?」

「ああ」

 皆が頭を捻り考える中、才人は思い付いた作戦を口にし、首肯いた。

「俺が、他所で暴れて気を引く。その隙に、おまえ等タバサとシルフィードを……」

 すると、後ろから声がした。

「そんなことをしても無駄ですよ」

「え?」

 才人が振り返ると、屈強な身体付きの男が立っていた。

 俺とシオンとハサンを除いた皆の手が、一斉に修道服の中に潜ませている“杖”や刀へと伸びる。

「私です。“地下水”です」

 男は言った。

「男じゃないのよ!」

 ルイズが叫ぶと、「いえ。その者は紛れもなく、“地下水”です」と後ろからイザベラが現れた。

 イザベラのその後ろにもう1人、背の高い男がいる。修道服を着込み、目深にフードを冠っている。

 男がフードを取ると、才人は「あっ」と小さな声を上げた。以前、“リネン川”の中洲で決闘を装ってタバサへの手紙を渡して来た男であったためである。

 男は才人を見ると、ニヤッと笑みを浮かべた。

「久し振りだな」

「貴男は……」

「“東薔薇騎士団”団長、バッソ・カステルモール殿です」

 イザベラが、彼を全員に紹介した。

 カステルモールは、「初めに、聞いた時は信じられなかったのだがな」とイザベラを冷たい目でチラッと見詰めた。

「だが今現在、冠を冠っている少女を見て、確信せざるをえなかった。あれはシャルロット様ではない。是非とも本物のシャルロット様を取り返し、再び玉座に据えねばならぬ。“トリステイン”と“アルビオン”の騎士でありながらの助太刀を、いたく感謝する」

 カステルモールは、俺や才人達へと向かって深々と一礼した。

 イザベラは、一同を見回した。

「さて、我が方の戦力を改めて説明します。先ず私が率いる“北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”が、私とここにいる“地下水”を含めて7名。、残りは、全て教皇一行の監視に当たっています。そして、 カステルモール殿率いる“東腹騎士団”、此方が20名」

「まだ実戦を経験していない者もいるが……いずれも私に忠誠を誓う者ばかりだ」

 例によって俺とシオンとハサンを除外いた集まった一同は、静かにではあるがどよめいた。

「そして、“トリステイン水精霊騎士隊”の皆さんが、グラモン隊長以下4名。そのうちの1名は、“アルビオンの英雄”ことシュヴァリエ・ヒラガ殿。“アルビオン”の女王陛下とその“サーヴァント”……かつ、ヒラガ殿と同じく“アルビオンの英雄”――“黒光の騎士”、セイヴァー殿。そして、陛下の御友人が2名。そして、もう1人の“サーヴァント”。総勢、36人以上もの“メイジ”と剣士が、こちらの手勢です」

「ちょっとしたモノだな」

 ギーシュが、感心した声で言った。

「さて、それでは指揮官として……私が指揮官で問題ありませんね?」

 イザベラは、厳しい顔で問うた。

 その場の全員が、首肯く。特に異論が有ろうはずもなかった。これは、他の元来騎士が行うような作戦ではない。“北花壇騎士団”団長という、裏の仕事に長けた人間に任せるのが1番であるのだから。

「では作戦を述べます」

 イザベラはテーブルの上に地図を広げた。

「ここで、全力をもって教皇の一行に攻撃を仕掛けます。目指すは教皇の馬車のみ。そこに辿り着いた者が、馬車の中から陛下とその“使い魔”であるシルフィードを救い出します。その後は、街の外れに用意した“グリフォン”を使って、陛下に“リュティス”まで逃げて頂く」

 唖然とした顔で、ギーシュが言った。

「“聖堂騎士”二個中隊に、“サーヴァント”がいるとはいえ、これだけの人数で攻撃を掛けるって?」

「そうです」

「全滅だよ! いや、そうならないだろうけど、どう考えたって不可能に近いよ!」

「我々は、緊密なチームではありません。それぞれ国も別、組織も別の寄せ集めです。緻密な救出作戦など立てようもないし、また連中が引っ掛かるとも想えません。兎に角馬車に取り付き、誰かが救い出す。そしてその誰かは、陛下を守って“リュティス”まで逃げる」

「確かにそれしかあるまいな」

 カステルモールも首肯いた。

「我等は騎士隊だ。正面から攻めるしか、能のない連中ばかりだ。下手に策を弄せば、逆に策に溺れることになるのが関の山だ」

 それまで考え込んでいた才人は頭を上げた。

「俺は反対だな」

「と、申しますと?」

「無駄な犠牲が出る。タバサを救けるために、皆が死んじまったら元も子もnあ無い」

 才人のその言葉に、ルイズも首肯いた。

「サイトの言う通りだわ」

「仕方ないんじゃない?」

 キュルケが、首を傾げて言った。

「何が仕方ないのよ?」

 ルイズが、そんなキュルケへと向き直る。

「だって、ここでタバサを取り返せなかったら、大変な戦になるかもしれないじゃない。そしたら、もっと沢山死ぬでしょ」

 才人とルイズは、ハッとして、その場にいる全員を見回した。

 俺とシオンとハサンを除いた皆は、何気ない顔といえはするが、誰もが真剣な色をその目に浮かべている。先程は、焦った顔をしていたギーシュやマリコルヌでさえ、そうである。

 才人は、(こっちの人間じゃない俺はやっぱり甘い。彼等は、アッサリと覚悟を決めてるんだ)と想った。何だか無性にルイズの手を握りたくなり、ソッと手を伸ばしはしたが、才人は引っ込めた。(この場にいる連中 だって、今この瞬間、誰かの手を握りたいに決まってる。俺だけがそれをするのは、何だか不公平だよな)と想ったためである。

 それから才人は、(でも、この戦、どう何だ? 勝ち目はあるのか?)と考え、心の中で、(無理だ)と首を横に振った。

 本来、10倍の敵を相手にして、勝てる訳がないのである。その上、相手はあの“聖堂騎士”である。これまでの戦いで得た経験を総動員して、才人は彼我の戦力を冷静に計算する。

が、(……どう足掻いても無理だ。馬車に近付く前に、“魔法”で蜂の巣になってしまう。10人近くは生き残ることができるかもしれねえ。でも、タバサを連れて逃げることは……“聖堂騎士”は“ペガサス”に跨っている。“グリフォン”を使おうが、空から追われて、逃げ切れるものか……ほぼ不可能に近い。でも、可能性はなくはない。もしかしたら幸運が重なり、タバサを連れ出せるかもしれない。そのわずかな可能性に、彼等は賭ようというんだよな。流石は“ハルケギニア”の“貴族”。覚悟を決めれば、そういうモノなんだろう。でも、俺は……)と才人は考えた。

 才人は次いで、ルイズを見た。アッサリではないだろうが、死を覚悟してしまった仲間達を見た。才人は彼等を見て、(死なせたくない。死んで欲しくない)と想った。

 そう想うことで、気付けば、才人は自然と口を開いて居た。

「駄目だ。そりゃあれだ。自棄っぱちって奴だ。ここで皆死んで、確実に“聖戦”が止められるってならありかもしれないけど……成功しないかもしれないだろう。いや、ほとんど無理だろ。そんな危険な博打には賛成できない」

「110,000に立ち向かった男の言葉とは想えんね」

 ギーシュが呆れた声で言った。

「あん時とは事情が違う。俺とセイヴァー2人だけじゃない。皆の命が賭かっている。理屈じゃ理解るよ。もっと大変なことになるかもしれないって。でも、だからと言って、見す見す仲間を犬死させられるもんか」

 再び沈黙が訪れた。

「では、どう仕様と言うのです?」

 沈黙を破るようにして、イザベラが尋ねた。

 その時、才人は他ならぬ教皇ヴィットーリオの、「我等は力を背にして、“エルフ”と交渉するのです」という言葉を想い出した。

 もちろん、交渉が決裂してしまえば戦となるであろう。

 だがそれでも、話をする余地はあるのである。それは、教皇自身が認めていることなのだから。

 才人は決心したように口を開いた。

「交渉してみる」

「無理だ! 何を材料に交渉しようというのだ? しかも、“聖戦”を発動してるんだ。向こうは聞く耳など持たないぞ」

 カステルモールが言った。

 才人はしばらく考えていたが、そのうちにルイズに尋ねた。

「“イリュージョン(幻影)”で、大軍を創れないか?」

「そりゃ、創れるけど……」

 良し、と才人は首肯いた。

 

 

 

 

 

 翌朝……。

 宿場街を出発した教皇一行の前衛を務めるのは、カルロ・トロンボンティーノ率いる“アリエステ修道会”付き“聖堂騎士隊”であった。

 街を出て、1時間もすると、周りは荒涼とした荒れ地となって行く。

 そろそろ“火竜山脈”も近い。

 “ロマリア”と“ガリア”を繋ぐ、“虎街道”も、もう直ぐであった。

 カルロは、憎い“エルフ”共を、聖なる“魔法”で焼き尽くす様を想像することで、胸の奥から熱い想いが膨れ上がって来るのを感じた。

 そんな風に、カルロがとんでもないといえる妄想に浸っていると、部下が震えながら前方を指さした。

「隊長殿……あ、あれ……」

「何だ? 狼狽えるな。“聖堂騎士”の風上にも置けん奴め」

 そう言いながら前方に目をやると、カルロもまた同じく目を丸くした。

「何だ? あれは……」

 彼等からして前方500“メイル”ほどの場所にいるのは、数千以上の軍勢であった。騎兵や大砲の姿も見える。

「止まれ! 止まれ!」

 カルロが“ペガサス”の歩みを止めると、隊列は当然停止した。直ぐに教皇の元へと遣いをやった。

「一体、どこの馬鹿共だ? 恐れ多くも教皇聖下の歩みを止めるとは……」

 目の利く部下の1人が、軍勢の幟に気付く。

「あれは……“ガリア南部諸侯”の紋章です!」

「南部諸侯だと?」

 この前の王継戦役でも真っ先に味方になった連中であることを想い出し、カルロは(一体、自分達を止める何な理由があって立ちはだかろうというのだ?)と考えた。

 すると、軍勢の中から、4騎が前へと出た。白旗を掲げ、教皇一行へと近付き駆けて来る。

「軍使ですぞ」

「何だ、戦のつもりか? 我等神の軍団に戦を仕掛けるつもりか!? 罰当たりめ!」

 怒りに震えながら、カルロは“軍杖”を引き抜いた。

 眼の前までやって来た4騎士は、カルロの前、20“メイル”ほどの距離で立ち止まる。真ん中の1番背の高い騎士が、ツイッと前に進み出る。

「教皇聖下の御一行と御見受けする! 我は“東薔薇騎士団”団長、バッソ・カステルモールと申す者! 教皇聖下に伺いたい議があり、こうして参った次第! 御取り次ぎ願いたい!」

 怒りに震えながら、カルロは言葉を返した。

「教皇聖下の歩みを遮るとは、不敬であろう! それに、その背後の軍勢は何なのだ!? 我等に戦を仕掛けるつもりかッ!?」

「己の主人を取り返すために集まった軍勢です。大人しく我等の主人を返してくだされば、逆に国境まで貴方方を護衛して差し上げましょう」

「寝言を申すな! どんな理由が有ろうが、我等に“杖”を向ければ、貴様等は異端ということになるぞ!」

「我等を異端となじる前に、御訊かせ願いたい。聖下はどなたを馬車に御乗せになっているのだ? 誰か其の御方を御国に連れ帰る許可を与えたのだ? 返答如何では、私はこう振り上げた腕を、前に下ろさねばならぬ」

「それは脅しか? 貴様は、教皇聖下を脅そうというのか!?」

 カルロは、“軍杖”を構えたまま、一歩前に出ようとした。

 その時、カルロの背後から声が響いた。

「何を騒いでいるのです?」

「聖下……」

 カルロは思わず膝を突いた。

 教皇ヴィットーリオは、落ち着いた表情で、カステルモールと才人と、俺と“地下水”を見詰めた。

 

 

 

 教皇ヴィットーリオに見詰められた才人は、心の底まで見透かされたかのように感じられ、(バレたか?)と想った。

 背後の軍勢は、ルイズが創り出した“幻影(イリュージョン)”である。

 才人は、(本物ソックリにしか見えないのだが、幻に過ぎない。同じ“虚無の担い手”であるヴィットーリオには、見破られてしまうんじゃないか?)と不安に駆られた。

 そうなってしまえば、そこかしこに隠れているギーシュや“ガリア”の騎士達、“霊体化”しているハサン達が、強襲を仕掛ける手筈になっている。もちろん、奇襲の効果は望めない。成功率は更に低くなるであろうことは明白である。

 思わず、才人は冷や汗を流した。

「聖下」

 才人は、冠っていたフードを脱いた。

 才人の顔を見て、カルロの顔が歪んだ。

「貴様……!」

 しかし、ヴィットーリオの表情は変わらない。

 才人は言葉を続けた。

「タバサ……シャルロット女王陛下を返してください。彼女は、貴方方の戦いに関係ないはずだ」

 ヴィットーリオは否定せずに、笑みを浮かべた。

「貴方方が、我々に協力してくださると言うなら、御返ししましょう」

 才人は言葉に詰まってしまった。

「御存知でしょう? 私は何も、“ガリア”が欲しい訳ではありません。キッチリと“4の4”の足並みを揃えたいだけなのです」

「どうして“聖戦”なんかするんですか!? 何も不自由なんかしてないじゃないですか! “聖地”なんか放っとけば良いじゃないですか!」

 ヴィットーリオは、一瞬だけ俺の方を見た後、再び笑みを浮かべて言った。

「我々には、“聖地”を必要とする理由があるのです。良ければ、1日御付き合いしてくださいませんか? 話したいことと、見せたいモノがあるのです」

 才人は、(丸め込むつもりだな)と想った。

 その時であった。

 左端に立っていた“地下水”が、いきなり“魔法”を放った。掌から、眩い光が溢れ、辺りは閃光に包まれた。

 思わず才人は目を押さえた。カルロと周りにいた“聖堂騎士”も、同じように眩しさで顔を覆う。

 どうやら“地下水”と打ち合わせをしていたらしい、カステルモールだけが素早く動いてみせた。流石は“風”の“スクウェア”ということができ、一瞬で20“メイル”の距離を詰めると、ヴィットーリオを羽交い締めにして、その首に“杖”を突き付けた。

「動くな!」

 慌てて“杖”を引き抜こうとする“聖堂騎士”達に、カステルモールは叫んだ。

「“杖”を捨てろ!」

 それから、血相を変えて集まって来た“聖堂騎士”達に向かって、カステルモールは命令した。

 ためらうように、“聖堂騎士”達は、教皇と己の“軍杖”を交互に見詰める。

 教皇ヴィットーリオは、薄い、いつもと変わらぬ温かな笑みを浮かべたままである。

「“杖”を捨てるように命令してください。さもないと、私は聖下の御命を奪わねばなりません」

 ヴィットーリオは、口を開いた。

「皆さん。この方の言う通りにしてください」

 “聖堂騎士”達は、教皇のその言葉で“軍杖”を地面へと投げ捨てた。

 素早く“地下水”が駆け寄り、其の“杖”に、“錬金”を掛けて溶かして行く。

 カステルモールは、呆然としている才人に向かって叫んだ。

「早く! 馬車から陛下を御救いしろ!」

 才人は、カステルモールのその言葉で我に返ったといった様子を見せる。(相手を人質に取ることの是非なんて、問いたっても始まらない。これは戦いなんだ。目的のためなら、手段を選ばない非情さ……俺はある程度、そのことを学ばないと、誰も救けられない)、と想い、「わ、理解りました!」と叫び、馬車へと駆け寄った。それから、馬車のドアを開く。

 中では、タバサとシルフィードが並んで腰掛けていた。

「貴男……」

 唖然としているタバサに向かって、才人は言った。

「救けに来た! 急げ!」

「きゅい! きゅいきゅい! 信じられないのね!」

 シルフィードが叫んで、才人に抱き着く。

「シルフィード、“竜”に戻ってタバサを乗せるんだ」

「了解なのね!」

 と、シルフィードは元の姿へと戻る。そして、ヒョイッとタバサを咥えると、其その背に乗せた。

 “聖堂騎士”達を尻目にして、シルフィードは空へと駆け上がる。

 その頃になると、隠れていたルイズやキュルケを始め、“水精霊騎士隊”の仲間達が駆け寄って来る。

「サイト! 大丈夫?」

「ややややや! や! やったな! サイト!」

 “北花壇騎士”や“東薔薇騎士団”の騎士達は、次々“聖堂騎士”達の“軍杖”を取り上げ、“錬金”で溶かしたり、折ったりなどをし始める。

 カルロが、苦々しげに呟く。

「貴様等……異端どころではないぞ。おまえ達のみならず、親族一同、宗教裁判に掛けてやるからそう想え。一族全員、皆殺しだ」

 そんなカルロに向かって、ヴィットーリオを人質に取っているカステルモールは嘯いた。

「生憎、私には身寄りがなくってね」

 仲間達は、1本ずつ“杖”を使用不能にしていたが……何せ二胡中隊からなる騎士達が持つ“杖”である。使い物にならなくするだけでも、かなりの時間が必要となる。

「一箇所に纏めて、燃やそう」

 追撃をされたら堪らない、といった理由などからの判断であろう。また、こちらが優位のうちに、徹底してことを運ぶ必要があるのだから。

 “聖堂騎士”から“杖”を集めようとした時……。

 上空からシルフィードの悲鳴が聞こ得た。

「きゅいきゅい!」

 見上げると、遥か上空から稲妻の様に急降下して来た1匹の“風竜”が、シルフィードに体当たりをしたところであった。

 “風竜”は、よろけたシルフィードを追い回し、その背からタバサを奪い取ろうとする。

「ジュリオ!」

 その背に跨った人物を見て、才人は叫んだ。

 “全ての獣を操るヴィンダールヴ”。“神の右手”と呼ばれる“使い魔”が操る“風竜”は、“ライダー”の “サーヴァント”が持つ“クラススキル”の“騎乗スキル”も相俟って、鮮やかかつ繊細、物理学を半ば無視したかのような動きで、シルフィードを一気に捕まえようとする。

「こっちに逃げろ!」

 才人のその声が届いたのかどうか、シルフィードはタバサを乗せたまま急降下しようとした。だが、やはり上手く行かない。

 素早い動きで、ジュリオが駆る“使い魔”の“風竜”――アズーロは、シルフィードの背からタバサを咥えて奪い取ってみせた。

 “杖”を持たぬタバサは、ただの少女である。一応、腕輪型の“礼装”を所持し着用して身体強化を行うが、抵抗という抵抗を行うこともできずに、されるがままであった。

 タバサを咥えたアズーロは、力強く羽撃き、“ロマリア”の方へと飛び去る。

「きゅいっ!」

 シルフィードが、才人の前に滑り込んで来る。

「くそッ!」

 才人はそう叫んで、シルフィードの背に跳び乗る。

「私も行く!」

 飛び立とうとしたその瞬間、ルイズも跳び乗って来た。次いで、キュルケも跳び乗る。

「3人は多いよ!」

「“レビテーション”も使えない貴方達だけで、どうするのよ!?」

 確かに、と才人は首肯き、怒鳴った。

「シルフィード! 追え!」

 きゅいっ! と喚いて、シルフィードは上昇した。

「急げ! “ロマリア”に逃げ込まれたら面倒なことになる!」

 シルフィードは力強く羽撃いた。

 ジュリオのアズーロは、既に遠くの点となっている。

 地上でその様子を見ていたカステルモール達や、“聖堂騎士”達と教皇の一行はしばらく呆然としていたが……それぞれ馬や“ペガサス”に跨ると、2匹の“風竜”と“韻竜”を追い掛け始めた。

 

 

 

「くそ! あいつ等速いな! シルフィード! もっとスピードは出ないのかよ!」

「これで全力なのね!」

 シルフィードは、“韻竜”であり、アズーロと同じ“風竜”と同等の速度で飛行することができる。が、彼女はまだ幼生である。才人とルイズとキュルケがそれぞれ腕輪型の“礼装”でシルフィードの身体能力を強化させるが、それでも“ヴィンダールヴ”のジュリオに操られた“風竜”に追い付くことは不可能に近いといえるだろう。

「これじゃあ、国境を超えられちゃうわ!」

 前方に、巨大な山の連なりが見えて来た。

 “火竜山脈”である。東西に延びて、“ハルケギニア”を分断する山脈……あの山脈の向こうは、“ロマリア”なのである。

 “火竜山脈”が見えた瞬間3人と1匹にとって恐ろしいことが起こった。ポロッと、アズーロの口からタバサが落ちるのが見えたのである。

「サイト! タバサが!」

 ルイズが悲鳴を上げた。

 アズーロは旋回して急降下すると、再びタバサを咥えた。

 が、無理に旋回したためであろう、アズーロは大幅に速度を落とすことになった。

「あの娘、わざと暴れて落ちたわね」

 キュルケが呟く。

 キュルケのその洞察と言葉に、才人は心を熱くした。

 もしかすると、地面に墜落していたかもしれない……というのに、タバサは空に身を躍らせたのである。

 才人は、(命賭けで作って貰ったチャンスを逃がす訳には行かない)と想い、「行け! シルフィード!」、と叫んだ。

「了解なのね!」

 グングンと、シルフィードは距離を詰めた。

 アズーロは加速して逃げ切ろうとするのだが、速度が上がることはない。

「シルフィード! 打っつけろ!」

「理解ったのねー!」

 シルフィードは、思いっ切り体当たりを噛まそうとした。

 しかし、アズーロはヒラリと躱す。

 だが、其の瞬間、刀を引き抜いた才人はジャンプしていた。左手でアズーロの爪を掴み、アズーロの旋回に合わせて身体を持ち上げ、背中へと飛び乗る。

 ジュリオの反応より速く、首を掴んで刀を突き付けた。

「下りろ!」

 しかし、ジュリオは涼しい顔である。

「丁度良い。君も見物して行けよ」

「ふざけるな!」

 才人は怒鳴った。

「全く……君はどうしてそう、人の話を聞かないんだ?」

「おまえ達が、勝手なことばかりするからだ。“聖戦”だの何だの、寝言ばっかり言いやがって! 良いから下ろせ!」

 ジュリオは、やれやれと首を横に振ると、アズーロを降下させた。

 地面に降り立った才人は、タバサに駆け寄る。

「タバサ!」

「……平気」

 タバサをキュルケに預け、才人は再びジュリオへと向き直る。

「なあジュリオ」

「なんだね?」

「話があるんだ」

「良いね。僕の方でも、1度君とユックリ話したいと想っていたんだよ」

「なんで“聖戦”なんかやらなくちゃいけないんだ? “聖地”なんか放っとけば良いじゃねえか」

 するとジュリオは、成績の悪い友人に教え諭す様なようになって、言った。

「僕等は1つに纏まる必要があるからさ。考えて御覧よ。どうして僕等は、6,000年も戦争を繰り返して来たんだ? 元はと言えば、皆同じ民族なのに、不毛な土地争いや面子で、随分と血を流して来た」

「知るか」

「心の拠り所を失くした状態だったからさ。“聖地”が、異教徒に奪われた状態で、一体何を信じれば良いんだ?」

「だから“エルフ”相手に戦争するって言うのか?」

「ああ。彼等は本来僕達のモノであるべき土地を不当に占拠している」

「……ったく。そんな理由で。セイヴァーだって、言ってただろ? その“聖地”ってのは誰のモノでも無えって」

 しばらくジュリオは才人を見詰めていたが、いきなり笑い出した。

「あっはっは! そんな顔するなよ!」

「なに笑ってるんだよ!?」

「いやなに。ホントは、僕もそう想うんだ。そんな理由で戦争していたらキリがないってね。“聖地”なんか放っときゃ良い。そんなことより、女の子と遊んでる方が、100倍も1,000倍も楽しいじゃないか」

「何だと?」

 才人は、(こいつは……ふざけてるのか?)と想い、青くなった。

「今までの“聖戦”だってそうさ。訳も理解らず、兎に角“聖地”を取り返さなくちゃってんで、何度も“エルフ”相手に戦いを仕掛けた。そんな面子だけで勝てる訳がない。何回僕等の御先祖様は、見っともない負けっぷりを晒して来たんだろうな」

「おまえ……馬鹿にしてるのか?」

 才人は、カッとしてジュリオを殴ろうとした。

 しかし、ヒラリとジュリオは才人の拳を躱す。

「おいおい、このくらいでそんなに怒るなよ。先が想いやられる」

 才人は、憎々しげに、ジュリオを睨んだ。

「おまえ等は……人を何だと想ってるんだ? いっつもふざけて小馬鹿にしやがって! 周りの人間を全部、自分達の駒だとでも想ってやがるのか?」

「まさか。そんなこと想っちゃいないよ」

「嘘吐くな! あのタバサの妹って娘……冠冠ってる娘だよ。あの娘は何て言って騙したんだ? 自分の姉を裏切らせたんだ。薬でも使ったんだろ!?」

 するとジュリオは、わずかにではあるが真顔になった。

「薬? 馬鹿を言うな。そんなモノ使うもんか」

「じゃあ、どうしたんだ? それとも、まさか……」

 才人は、ギリッと唇を噛んだ。

「惚れさせて、言うこと利かせてるんじゃねえだろうな?」

 するとジュリオは、両手を広げた。この青年にしては珍しく、必死な様子で繕ったかのような態度であるといえるだろう。

「だったらどうだって言うんだ?」

 憎々しげにそう言うジュリオに、才人は激高した。

「てめえ……最低だな。自分に惚れてる女の子を、利用するなんて……最低じゃねえか。おまえ等の神様が聞いたらなんて言うだろうな?」

 するとジュリオの顔色が、傍から見ても判るほどに変わった。

「なんだと?」

 目の色が変わり、ジュリオからいつもの冷笑が完全に消え失せた。

 才人は、軽蔑するかのように唇の端を持ち上げて言った。

「おまえ等の、良心、とやらはどこに行ったんだよ? それとも神様のためなら、自分に惚れてる女の子を利用しても良いってのか?」

 ジュリオは素早く動くと、思い切り才人を殴り付けた。

 才人は後ろに派手に吹き飛んだ。

「なにすんだてめえ!?」

 立ち上がり様に、才人は刀に手を掛けた。

「やる気か?」

「僕の良心がどうしたって?」

 ジュリオは全く臆した風もなく、才人を再び打ん殴った。

「てめえ……」

 刀を引き抜こうとして、才人はジュリオの顔からその様子に気付いた。

 今のジュリオは、怒りに我を忘れているといった様子である。いつもの人を小馬鹿にしたかのような口調も消えている。

「おまえ、“ガンダールヴ”の俺と、素手でやろうってのか? 獣も使わないで」

 才人は、訳も判らなくなった。ただ、判ることは、ジュリオは前後も判らなくなっているらしい、ということ。そして、兎に角素手の相手に武器を使う訳にも行かないということだけである。

 才人は立ち上がると、刀を放り上げた。

 それを、慌ててルイズが拾い上げる。

「サイト……」

「てめえなんかに俺の良心の何が理解るって言うんだよッ!?」

 ジュリオの口調や言動は、以前の――幼い頃の、ガキ大将だった頃のモノに戻っていた。

 才人はジュリオの拳を、左腕でガードした。そして、間髪入れずに右手で殴り付ける。才人は、格闘訓練もまたそれなりにではあるが行って来た。また、潜り抜けて来た実戦の数もある。“ガンダールヴ”の力を使わずとも、そこ等の奴に殴り合いで負けるつもりも、負けることもないであろう。

 だが、ジュリオもまた体術は相当なモノであるといえるだろう。才人の拳を難なく躱し、蹴りを放ったのである。

 才人はジュリオのその足を掴むと、思い切り押し倒す。馬乗りになって、ジュリオの端正な顔に拳を叩き込む。

 しかし、才人の優位も続かない。

 ジュリオは足を持ち上げると、器用に才人を引っ繰り返してみせた。

 延々と、2人は殴り合った。

 その剣幕と迫力に何も言えず、ルイズとキュルケとタバサとシルフィードは困ったように見詰めるだけであった。

 

 

 

 クタクタになるmで殴り合ったジュリオと才人は、ほぼ同時のタイミングで地面に打っ倒れた。

 ジュリオも才人も2人とも悲惨なことになっている。

 才人の顔は膨れ上がり、左目が見えなくなってしまっている。

 ジュリオは鼻から派手に血を垂れ流し、これまた頬が膨れ上がっていた。

 素手で殴り合っていたモノだから、御互いの手も膨れている。2人とも小指なんか倍くらいになってしまっており、上手く握ることもままならない状態になっている。

 荒く息を吐きながら、才人は言った。

「……可怪しいんじゃねえのか? おまえ、なにキレてるんだよ?」

 するとジュリオは、苦しそうに口を開いた。

「良いな君は」

「何がだよ?」

「何も悩まずに、人を好きになれて」

「どういう意味だよ?」

「僕が、何も感じないと想ってるのか? 必死に好きにならないように努力して……それでも、好きになっちまって。そんでも利用しなきゃいけない。そんな僕の気持ちが、おまえなかに理解るか?」

「じゃあ、利用なんかしなきゃ良いじゃねえか」

「馬鹿野郎」

「何だよ?」

「誰のためにやってると想ってるんだ? 皆、全部おまえ等の……この碌でもない土地の上に棲んでるおまえ達のためにやってることじゃないか」

 それからジュリオは泣いた。ぐしっ、ぐしっと目頭を拭い、見っともなく泣いた。

 ジュリオが泣くところなど想像したことも無かった才人は、途方に暮れてしまった。

 しばらく泣いたジュリオは、ムクリと起き上がる。

 困ったような顔をしたキュルケとタバサが近寄り、才人と2人に、拙いながらも“癒やし”の“魔法”を掛ける。どちらも痛み止め程度でしかなかったのだが、少しばかり2人とも気持ちが落ち着いたといった様子を見せる。

 ジュリオは、ポツリと言った。

「もう良いよ。おまえ等なんかどうとでもなっちまえ。ここに棲んでる連中もどうでも良い。精々、数少ない土地でも奪い合い、争って死んじまえ」

「ジュリオ、どうしたの? 何を言ってるの?」

 ルイズが、怪訝な声と様子で尋ねる。

「見てりゃ理解るよ」

 憮然とした声で、ジュリオは言った。

「何が理解るんだよ!?」

 才人がそう、ジュリオに詰め寄ったその瞬間……地面が揺れた。

 

 

 

 ヴィットーリオを人質に取ったまま、カステルモール達は才人達を追い掛けていた。騎乗した彼等の後ろから、少しばかり離れて“聖堂騎士”達も着いて来る。

 “遠見”の“呪文”で、才人達が乗っていた“風竜”を追い掛けていた“貴族”が、「おい! 着陸したぞ!」、と叫んだ。

「良し」

 と、カステルモール達は、馬の速度を速めた。

 そんな早駆けを始めてから十数分後……。

 激しく地面が揺れ始めた。

「――うわ!? 地震だ!」

 馬が足をもつれさせてしまい、次々に足を止めざるをえなくなった。何騎かが勢い余って転んでしまうほどの大きな揺れである。

「激しいぞ!」

 揺れはしばらく続き……唐突に止んだ。

「随分激しい地震だ。こんなの、生まれて初めてだ」

 カステルモールがそう呟いた時、彼の前に“魔法”のロープでグルグル巻きにされて、馬に跨っていた教皇ヴィットーリオが口を開いた。

「始まりましたね」

「何だと? 何が始まったんだ?」

「“大隆起”ですよ」

「何だそれは?」

 カステルモールが尋ねた時、再び激しい揺れが始まった。

 今度の揺れは、1回目の比ではなかった。とてもではないが、余震と言える規模ではない。

 馬は次々地面にしゃがみ込むかたちで倒れ、徒歩の人達もまた立っていることができなくなってしまった。

 それほどに激しい地震が始まったのである。

「くっ!」

 カステルモールは、跨っていた馬から放り出されてしまう。

 ヴィットーリオも、地面に転げ落ちてしまった。

 カステルモールは這いながら、ヴィットーリオの元へと向かう。

 まるでうねる海のように、地面は揺れ続けている。

「一体、之は何々だ!?」

 ヴィットーリオは答えない。ただ、真面目な顔である方角を凝視していた。

 カステルモールも、そちらの方を向いた。

 今度はもう、言葉は出なかった。

 

 

 

「な、何だこりゃ!?」

 ギーシュやマリコルヌ達も、激しい揺れで、地面に手を突いていた。側にいたレイナールが、呆然として前方を見ていることに、2人は気付いた。

「レイナール。どうした?」

 レイナールは応えない。言葉の代わりに、ユックリと指で前を指し示す。

 その光景を見て、2人はあんぐりと口を開けて、次いで御互い顔を見合わせた。

 それから、どちらからともなく手を伸ばし、御互いの頬を抓り合う。

「痛え!」

 ギーシュとマリコルヌは、泣きそうな声で言った。

「……夢じゃない」

 

 

 

 “東薔薇騎士団”、“北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”、“聖堂騎士”達は、御互いを警戒することすらも忘れて、面前で繰り広げられている、巨大な自然の惨劇に見入ってしまっていた。

 1人の騎士が、ポツリと、誰に言うでもなく呟いた。

「そ、そう言や、“アルビオン大陸”も、元は“ハルケギニア”の一部だって……」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という腹の底に来るような響きが耳に届く。

 揺れは一向に治まりそうにない。

 ボンヤリとした声で、才人は言った。

「山が……浮いてる」

 遠くに見える“火竜山脈”……其の山脈が、見える範囲全て、空へと浮かび上がって行く。壮大、という言葉さえも、陳腐に想えてしまうほどの光景であるといえるだろう。

 ロケットが打ち上がるように、山脈それ自体が空へと浮かぼうとしているのである。

 その頃になってようやく、猛烈な砂埃が届き、辺りは夜のように薄暗くなる。

「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”」

 7枚の花弁が、壁となり、砂埃を弾き飛ばす。

「何だよあれ……どうなってんだよ?」

 ジュリオが、才人に説明した。

「“大隆起”だ。徐々に蓄積した“風石”が、周りの地面ごと持ち上がってるのさ」

「“風石”が?」

「……ああ。この“ハルケギニア”の地下には、大量の“風石”が眠ってる。平たく言うとだな、“風石”ってのは、“精霊の力”の結晶さ。徐々に地中で、“精霊の力”の結晶化が進み、数万年に1度、こうやって地面を持ち上げ始める」

「持ち上げ、始める?」

 ジュリオは、疲れた声で言った。

「そうだ。ここだけじゃない。今は“ハルケギニア”中に埋まった“風石”が、飽和している状態なんだ。いずれパンケーキを裏返すみたいに、“ハルケギニア”の地面はあちこちで浮き上がる。理解ったかい? 僕等が“聖地”を目指さなくちゃいけない訳が」

「どうして黙ってたんだよ?」

 吐き捨てるようにジュリオは言った。

「これだけ頭の固いおまえ達が、僕等の話を素直に信じるか? 馬鹿は現物を見なきゃ信じないだろうが。だからセイヴァー、君だってあまり話そうとしないんだろ?」

「…………」

 

 

 

 揺れが治まった30分後、教皇ヴィットーリオが、“聖堂騎士”やカステルモールやギーシュ達と一緒に、才人を始め俺達の元へとやって来た。

 “火竜山脈”で、本日このようなことが起こるのは、“聖堂騎士”達も当然知らされていなかったために、皆、一様に呆けた様子を見せている。

「驚かれましたか?」

 スッカリ気を抜かれた才人達に、ヴィットーリオは言った。

「そりゃ……山が持ち上がるところなんて、初めて見ましたから」

 才人がそう言うと、ヴィットーリオは笑みを浮かべた。

「浮き上がった大地は、徐々に“風石”を消費して、再び地に還ります。“アルビオン大陸”はかつての“大隆起”の名残なのです」

「本当に、“ハルケギニア”の大地全部が、捲れ上がってしまうのですか?」

 焦った顔でルイズが尋ねると、ヴィットーリオは首を横に振った。

「いえ……全ではないでしょう。ただ、私達が独自で行っている調査では、ほぼ5割の土地が、こうして浮き上がるとの予測が出ています。誤差があるにしても、相当の被害を被るでしょう。数十年の間にわたって、この現象は各地で続きます」

「じゃあ、住む所が失くなるってことですか?」

 唖然とした声で、ギーシュが言った。

「そうです。今日明日という訳ではありませんが、将来、この“ハルケギニア”の半分はヒトの住める土地ではなくなります。そうすれば残った土地を奪い争う、不毛の戦が始まるでしょう。それを喰い止めるために、我々は“虚無”に覚醒めたのです。そのために我々は、“異教(エルフ)”に奪われし、“聖地”を取り戻すのです」

「“聖地”には……何があるんですか?」

 アッサリと、ヴィットーリオは言った。

「“始祖ブリミル”が建設した、巨大な“魔法装置”です。“先住の力(精霊の力)”を打ち消すことができるのは、“虚無”の力のみ。我々は“4の4”を携え、“聖地(魔法装置)”を奪還する。そしてこの地の“精霊の力(風石)”を払うのです」

「こんな……こんな大事を、どうして今まで黙ってたんですか!?」

 才人は、理解していながらも、拳を握り締めて叫んだ。

 するとヴィットーリオは、先程ジュリオが言った言葉を繰り返すだけである。

「このような話を、誰が信じるというのです? 現物を見なければ、人は信用しませんからね。それに、話せば貴方方が誰かに言うでしょう。“この話は本当なのか?” って。噂は広がり、余計なパニックを引き起こす」

 そうかもしれない、と才人は想った。

 現実として、山脈が持ち上がるところを目にしなければ、このような話を聞かされても、信じる気にはなれなかったであろう。

「言ったじゃないか」

 ジュリオが、呆れた声で言った。

「僕達は、本気、なんだって。死に物狂いなんだって。“聖地”を取り返すためなら、何だってやるんだって。あの言葉は、嘘でも何でもなかったんだぜ。全く、君達は頑固だな! ホントなら、もっと初めから協力して欲しかったんだ。今日の“大隆起”は詰まり、僕達の切り札さ。君達に信用して貰うためのね」

 ヴィットーリオは、才人と俺の手を握る。

「協力してくれますね? “ガンダールヴ”と、その主人、偉大なる“英霊”よ。我々は、そう遠くない未来、子孫達に安心して過ごせる土地を残したい。“聖戦”と言っても、初めは交渉します。平和裏に“エルフ”が“聖地”を返してくれるなら、何も問題はない。そうでなければ戦いになりますが、それは仕方ない。我々にだって、生き延びる権利はあるはずですから」

 才人とルイズ達は顔を見合わせた。

 イザベラも、カステルモールも、ギーシュにマリコルヌ、そしてレイナール、タバサとキュルケも、どうして良いのか判らないといった様子を見せている。あまりにも話が大き過ぎるのであろう、意外過ぎて、頭が上手く着いて行かないといった様子である。

 だが……山脈は実際に浮き上がり、見上げると雲のような大きさで空に浮かんでいる。その光景は、事実として皆の胸に飛び込んで来る。

 だが、だからと云って、直ぐに納得できる話でもないのもまた事実である。

 今まで、“ロマリア”がして来たことを考えることで、おいそれと「協力します」、とは言い切ることはできないのだから。

 そうやって才人が悩んでいると、ルイズが才人の手を握った。

 そして、ルイズは、ヴィットーリオに向き直る。

「私達の一存では返答できません。考慮する時間を頂きたく存じます。でもその前に、条件がいくつか」

「どうぞ」

「先ず、之から私達に隠し事はなさらぬように御願い申し上げます」

「約束しましょう」

 それから、ルイズはタバサを見詰めた。

「次に、正統成る“ガリア”女王に、冠を返還すること」

「それはできません」

「何故ですか?」

「“ガリア”は大国。女王が“担い手”でなければ、末端までの士気が上がりませぬ」

 どこまでも冷静な声で、ヴィットーリオは言った。

「じゃあタバサは……」

 才人がそう言うと、タバサ自身が答えを出した。

「私は、貴方達と行動を共にする」

「良いのか?」

「初めからそのつもり。元々、冠を冠ったのも、貴方達に協力するため。私にそうしろと言ったのは、“ロマリア”の寄越した偽物だったけど……」

 そう言うとタバサは、才人の手を握った。

「“アルビオン”としても、やぶさかではありませんし、問題はありません」

「では決まりですね」

 シオンの答えを聞き終えたヴィットーリオは、周りを見回した。

「ここにいる全員が証人だ。我々は、ここで初めて真実を分かち合い、真の兄弟となった。我等の前途に、神の加護がありますように」

 周りにいた“東薔薇騎士団”と、“聖堂騎士”達は、それぞれ御互いを怪訝な顔で見ていたが、そのうちに手を取り合い、抱擁し始めた。

 才人達は、なんだか納得し難いといった様子を見せながら、そんな様子を眺めていた。

 顔を擦りながらジュリオが、そんな才人に向かって言った。

「なんだ、釈然としないって顔だな」

「そりゃそうだ。と言うか、おまえ等の筋書き通りに動かされたってのがなんだか気に入らん」

 才人は、俺の方を見て、呟く。

「そう言うなよ。これでも、こっちだって随分と我慢してたんだ」

 そんな才人の言葉に、才人の視線の先や言葉の意味に気付いていない様子で、ジュリオが言葉を返した。

「どういう意味だよ?」

「僕達は、君達を始末して、新しい“担い手”に賭けたって良かったんだぜ」

「何でそうしなかったんだよ?」

 才人がそう問うと、ジュリオは溜息を吐くように言った。

「情が湧いたんだよ」

「は?」

「一緒に戦ったり、対立したりしてるうちにね。大を生かすために小を切る。いつもそう割り切れるほど、僕達だって強くない。ったく、強くなれば、ちっとはマシだったんだろうさ」

 才人はジュリオを見詰めた。

 随分と酷い顔だといえるであろう。ところどころが腫れ上がり、血がこびり付いている。いつものクールかつハンサムさなどは、どこも見当たらない。

 そして……先程の「何も悩まずに、人を好きになれて」というジュリオの言葉を、才人は想い出した。それから、先程のジュリオの幼子のように泣いて流していた涙もまた想い出し、(こいつは……俺と変わらない年の癖に、 こんな真実に秘めたまま、あんなに飄々と振る舞ってたのか)と想った。

「畜生」

 と、才人は言った。

「何が畜生なんだよ?」

 ジュリオが、ジロッと才人を睨んで言った。

「取り敢えず、さっきはすまなかった。なんだ、おまえの良心がどうのこうのなんて。でもおまえも悪いんだからな。人を騙しやがって」

「もう騙さないよ」

 憮然とした声でジュリオは言った。

 才人は横を向いたまま、ジュリオに手を差し出した。

「なんだこれ?」

「握手だ。でもまだ協力するって決めた訳じゃないぜ」

 ジュリオはしばらくその手を見詰めていたが、やはり外方を向いていた。が、確かに、その手を握り締めた。

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