ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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我が家

「そうそう。あ! 駄目じゃない! もっと注意して操作しなさい!」

 “トリステイン”の南部に位置する“モンス鉱山”。1番深い、16番坑道の最奥部で、作業着に着替えたエレオノールが騒いでいた。

 彼女の前では、“水精霊騎士隊”の少年達が、一生懸命何かの機械を弄っている。そは、地中に眠っている“風石”の鉱脈を探す“魔法装置”であった。地中を掘り進み、“風石”の鉱脈を見付けると、こちら側のランプが光るのである。

 先端から土を取り込み、後ろから排出するのである。ミミズを参考にして造られたこの装置は、通常、200“メイル”ほどの深さを探ることしかできない。だが、この“風石探査装置”は、“土”の“アカデミー”主席研究員である、エレオノールが改造した特注品である。

 ほぼ1“リーグ”の深さまで掘り進み、“風石”を探ることができるのである。だが、その代わりにとはいってなんだが、何人もの“メイジ”が、絶えず“遠隔操作”の“呪文”を唱え続ける必要がある上、その操作は慎重さを極める。そうでないと、途中で壊れたり、動きが止まったりなどしてしまう恐れがあるためである。

 “水精霊騎士隊”の少年達は、緊張の汗を額に浮かべながら、“呪文”を唱えていた。兎に角、臨時の調査隊指揮官が怖くて堪らないのである。

 長い距離の先にまで、“遠隔操作”を伝わらせないといけないために、連携の取れた“詠唱”が必須であり……このような繊細な“詠唱”に当然慣れていない騎士隊の少年達は、先程から失敗を何度も繰り返してしまっているのである。

「ったく! なにが秘密任務よ! せめて“アカデミー”の助手くらい使わせてよね!」

 苛々としながらエレオノールは言った。

 園遊会から帰るなり、アンリエッタは“アカデミー”に“風石鉱山”の調査を命じたのである。しかも、かなり深く堀って調べろとの命令であった。その上極秘任務であり、助手には“水精霊騎士隊”の少年達を使えとのことである。

 そういったこともあり、こういった学術調査は素人である少年相手に、エレオノールは苛々しっぱなしであった。

「エレオノール様……止まってしまいました」

 マリコルヌが、プルプルと震えながら、エレオノールに告げる。

 瞬間、エレオノールの目が怒りに光る。

「はぁ? 貴男! さっきもトチ狂ったじゃなの! またなの!? どういうつもりなの!?」

 すると、更にマリコルヌは弱々しい声を出した。

「だって……僕、昨日寝てないし……それに、こ、こういう作業は得意じゃないし……」

 エレオノールの額が、ピクッ! と動いた。

 ギーシュが、(何言ってるんだこいつは)といった様子で、2人を見詰める。

 今し方のマリコルヌのような言い訳を並べると、エレオノールみたいな女性は更に怒る傾向がある。

 鈍感には自信があるギーシュにだって、そのくらいは判るのである。流石にギーシュが何か言おうと想って身を乗り出すと、レイナールに止められた。

「彼の顔を見るんだ」

「はぁ? 貴男! 今日の任務は聴いていたじゃないの!? それなのに寝てないってどういうこと!? 弛んでる証拠だわ!」

 ギーシュはマリコルヌの顔を見て、う! と呻いた。

 マリコルヌの表情は確かに震えているが、目元に浮かんでいるのは……歓喜であるということが傍目から見ても判るだろう。

「わざと怒らせてるんだ。凄いテクニックだよ」

 レイナールが顔を引き攣らせて言った。

 マリコルヌは、それから、「生まれてすいません」とか、「何だかダルいです」とか、更にエレオノールを怒らせるような台詞を連発してみせた。

「……僕、疲れちゃいました。休みくださいよ。御姉さん」

 当然のようにエレオノールは激昂した。おもむろに“呪文”を唱えると、“杖”の先に、ピキーンと鞭が伸びた。それで散々にマリコルヌを叩き始めた。

「このッ! この能なしの豚がッ! マトモに仕事もできない穀潰しがッ! “疲れた”ですってッ!? “疲れた”ですってぇえええッ!?」

「はぎッ! う、生まれてッ! 申し訳ありませんッ!」

「おまえみたいなァ! 豚の死骸はァッ! 土に還れッ!」

「ぶ、豚はッ! つ、土にッ! 地は塩にッ!」

 そのようにプレイが始まった時……坑道の上から才人が帰って来た。空のトロッコをガラガラと押している。“礼装”なしでは“魔法”を使えない才人は、排出された土石を外まで運ぶという仕事をしているのである。才人1人がやっているために、かなりの重労働であるといえるだろう。

 しかし、疲れているためによろけてしまい、才人は思わずエレオノールに打つかってしまった。

「きゃっ!?」

 勢い余って、エレオノールは頭から地面へと突っ込むかたちで倒れてしまう。

「す、すいません!」

 才人は直ぐに謝罪した。

 エレオノールは、ユラリと立ち上がる。その顔に、泥がビッチリとこびり付いている。

「うわぁ!? 女帝の御顔が! 女帝様の御尊顔に泥がッ!」

 マリコルヌが余計なことを騒ぎ立てる。

 エレオノールはユックリと顔を拭う。

 エレオノールのその雰囲気に、才人はただならぬモノを感じ取って思わず後退る。

 昔のルイズを、10倍にして100を掛けて、容赦ないという単語をスパイスにして振り掛けたかのような恐怖が、才人を襲う。

「貴男……ホントに苛々するわね」

「も、申し訳ありませんッ!」

 気付いたら才人は土下座していた。そうしなければいけない、また、そうしなければ死ぬ、という原始的な恐怖に全身を貫かれ、動かされたのである。

「そういえば、貴男には言いたいことが沢山あったわ。ラ・ヴァリエールの娘を娶りたいなんて大それた欲望を、い、いいいいいい、いだ、いだだだいて、ふぉ、ふぉ、ふぉおおおおきながら……」

 エレオノールの声が震え出したために、才人は(死ぬ)と想った。

「う、うわ、浮気をするだなんて……信じられないですけど………どうして男ってこう、“平民”も“貴族”も、さ、さささいっていなのかしら……」

「御姉さん……あの……それはその……」

「成り上がりがッ! 成り上がりの分際で浮気までしてッ!」

 エレオノールは才人を思い切り叩き始めた。

 次に現れたのはルイズである。ほとんどの“魔法”を“礼装”なしでは使用できず、

 “虚無”と“コモン・マジック”しか使えないルイズもまた、こういう時は雑用である。外から昼食の籠を持ってやって来たのであるが、才人を叩いているエレオノールを見て、驚き、駆け寄った。

「姉様! エレオノール姉様! 落ち着いてください!」

 そのように、ルイズは勢い良く、エレオノールの腰へと飛び付く。

 するとエレオノールは、ジロリと末の妹を睨み付けた。

「ルイズ! 良いところに来たわね! ちょうど良いわ!」

「ひ、ひう!?」

 ルイズはエレオノール睨まれて、びくん! と直立した。

「貴女にはプライドってモノがないのッ!? こんな野良犬に浮気されてッ!」

 その瞬間、ルイズは凍り付いた。

「ねえルイズ。貴女ね、仮にも公爵家の娘が、こんなぽっと出の!」

 エレオノールは才人を指さした。

「“シュヴァリエ”風情に舐められたのよ!」

 するとルイズは、ワナワナと震え出した。だが、勇気を振り絞って、言い放った。

「エ、エレオノール姉様には関係ないことなの。これは私達2人の問題なの。もう私、子供じゃないの」

 子供じゃないの、そう言ってから、ルイズはわずかに頬を染めた。

 その染め具合に、何かピンと来たのだろうマリコルヌが言った。

「ありゃ。子供じゃないってさ」

 “水精霊騎士隊”の少年達は熱り立った。

 慌ててエレオノールは詰め寄った。

「ルイズ! 貴女まさか! 私より先に!」

 ルイズは頬を染めたまま、横を向いた。

 才人は、緊張のあまり死にそうになった。

 そう叫んだ瞬間、エレオノールは、周りの少年達が自分をジッと見ていることに気付き、激しく顔を赤らめた。

「……な、何を見てるのよ!?」

 それからキッとなって、エレオノールは叫んだ。

「良いからほら! 作業を再開しなさい!」

 

 

 

 そうい云った一連のやりとりの後、再び“魔法装置”は動き始めた。

 エレオノールは、操作盤に取り付き、そこに置かれたいくつもの計器を見始めた。

 300……400……500……とユックリと、時間を掛けて、装置の先端は地中に潜り込んで行く。

 そして、800を過ぎた時、エレオノールの目がピクリと動いた。

「姉様?」

 不安げに顔を近づけたルイズで在ったが、エレオノールの顔は真剣そのものである。

「止めて、」

 “遠隔操作”で操っていた少年達は、一斉に手を止める。

 エレオノールは“魔法”を唱え、細やかな操作をし始めた。

 微妙に動く計器の針を見守るその顔が、見る見るうちに青くなって行く。

 その場の全員が、固唾を呑んでエレオノールを見守った。

「なにこれ……こんな大きな“風石”の鉱石が育ってたなんて……」

「ということは、やっぱり……」

 ルイズは、そして“水精霊騎士隊”の少年達は顔を見合わせた。

「深い場所に、これだけの鉱脈がもし眠っていたら……チョットしたショックで、大陸ごと持ち上がるわ」

 冷や汗を流しながら、エレオノールは言った。

 馬鹿騒ぎで恐怖心を押し殺していた少年達は、我先にと逃げ出そうとする。

「こら! 逃げない! 今日明日って訳じゃないわよ! 恐らくは、数十年……まあ、とんでもなく運が悪けりゃ数年っていうか!」

 エレオノールは、「まあ、そんでもこれはちょっと困ったわね。と言うかホントにどうしたモノかしら?」と呟き始めた。

「……こんな深くまで採掘することは不可能だし……縦しんばできたとしてもこれだけ大量の“風石”を運ぶことだって」

 少年達は、「嗚呼嗚呼嗚呼! どうしようぉおおおおお!?」と頭を抱えて絶叫を始めた。

 ルイズと才人は、そんな仲間達の様子を見詰めて、どちらからともなく手を握り合った。

 

 

 

 

 

 才人達の報告を受けたアンリエッタは、ガックリと肩を落とした。

「……この“トリステイン”でも、同様の事態が起こっているということは、やはり教皇聖下の話は本当なのでしょうか?」

 2週間ほど前、アンリエッタは帰還して来た才人達から、“火竜山脈”で起こった恐るべき事態を聞かされたのであった。

 アンリエッタは、半信半疑であったのだが……3日後、空の彼方に現れた、120“リーグ”もの長さの、新たな “浮遊島”を見るにつけ、信じざるをえなかったのである。

 現在、その“浮遊島”の帰順を巡って、“ロマリア”と“ガリア”は係争中であるという。

 才人とルイズに挟まれたかたちのエレオノールは、恭しく一礼する。

「恐らくは間違いないと想われます」

「そうですか」

 と言うなり、アンリエッタは黙ってしまった。

 “火竜山脈”で、山並みが宙に浮く、といった事件は、既に“ハルケギニア”中を巡っていた。“ハルケギニア”の市民達には、“風石”の暴走である、と真相が伝えられている。ただ、それが“ハルケギニア”全体に渡って起こり得る事件なのだということは、慎重に伏せられている。

 アンリエッタは、しばらく考えていたが、そのうちに顔を上げると毅然とした顔付きになった。

「よろしい。“トリステイン王国”は、“ロマリア”に協力することにいたします」

 それなりの葛藤は確かにあったであろう。だが、考えている暇はない、といえるであろう。ことの是非を問うても始まらないのだから。

 住む場所がなくなる。

 この事実だけは、全ての倫理に優先されたのである。

 一旦決断すると、アンリエッタの行動は早かった。

 アンリエッタは、手早く、大臣や将軍を集め、協議へと移った。

 “聖戦”を支持するからには、再び外征軍を組織する必要がある。“ロマリア”や“ガリア”や“アルビオン”、そして“ゲルマニア”、各烈強が文化統治する“アルビオン”に向けて、密書が飛んだ。そして、教皇 ヴィットーリオに向けて、近い内に各王を集めての会議の開催を打診した。

 

 

 

 3日ほど、王宮でアンリエッタの雑事を手伝ったルイズと才人は、クタクタになって“ド・オルニエール”に帰って来た。

 暦の上では、既に“アンスール(8月)”の月も半ば過ぎている。

 来月から新学期が始まるのだが、もう既に2人共、ノンビリと学院に通っていられるよう身体ではなくなってしまっていた。

 屋敷に着くと、シエスタが面々の笑みで迎えてくれた。

「御帰りなさい! サイトさん! ミス・ヴァリエール!」

 ヘレンも奥から出て来て、ペコリと頭を下げた。

「おやおや御帰りなさいまし。旦那様方」

「美味しい料理を沢山作ってってましたからね!」

 成る程、シエスタの言葉通り、食堂には大量の料理が並んで居る。そしてそこには、新しい顔もあった。

 1人の青い髪の少女が、厨房から皿を持ってやって来たのである。

 きゅいきゅいきゅい、と楽しげに唄いながら、少女のその後ろから同じように大きな鍋を頭に乗せた、長い青髪の女の子もまた現れる。

「美味しい料理~。美味しい料理~。楽しい料理~。楽しい食卓~。」

 タバサが無言でテーブルに皿を置くと、シエスタが慌てて駆け寄った。

「ミス・タバサ! 御止めになってください! そんな“ガリア”の“王族”の方に……」

 すると、タバサは首を横に振った。

「もう、私は“王族”じゃない。この家に仕える召使い」

 そうである。

 タバサは、“王族”としての権利を捨てて、本当にジョゼットに王権を委譲したのであった。シャルロットという名前と共に……。タバサの母も、イザベラも、タバサに翻意を促した。だが、タバサはこちらでの生活を選んだのである。しかし、もちろんのところ、条件は付いていた。“聖戦”が終わるまで、才人の手伝いをする。その後は“ガリア”へと帰る。が、再び冠を冠るのかどうかはまだ決めていない。しかし、双子の片方が、いなかったことにされる慣習、それだけは廃そうと決めていた。

 タバサの意を受けたイザベラが、その悪習を断ち切るために、“ガリア”で奮闘していた。ジョゼットも“ロマリア”もまたそれに対し、否定する理由もないので、容認した。“セント・マルガリタ”からは、順次少女達が生まれた家へと戻るための準備をしているところであろう……。

 “ガリア”が生まれ変わる手伝いならしても良い、とタバサは決めていた。だが、先ずは才人達の冒険を手伝うことが、タバサにとって優先され、先決であった。

 それでもオロオロとするシエスタに向かって、シルフィードがニコニコ笑いながら言った。

「気にすることないのね。御姉さまは好きでやってるのね。ほらおちび。例のアレを披露して御覧?」

 タバサはコクリと首肯くと、手に持った皿を上に放り投げた。上に乗った大きなローストビーフの塊が宙に舞う。

 シルフィードと、“霊体化”しているイーヴァルディを除いたその場の全員が、うわぁ!? と叫んだ。

 その瞬間、タバサは“杖”を振った。

 するとローストビーフが薄く切れ、それぞれの皿の上へとパタパタパタと乗っかって行く。

「凄い! 良くできました! なのね!」

 パチパチパチとシルフィードが拍手した。

 タバサは相変わらず起伏の乏しい表情である。

 才人が面白がって手を叩いた。

「やるなあ。凄いよ!」

 するとタバサの頬が、軽く上気した。

 それで調子に乗ったのかどうか判り難いが、次にパンを取り上げた。

「はい!  はい!  はい! おちびがパンをどうにかします! 成のね!」

 タバサは細長いパンを上へと放り投げた。次いで、“杖”を振る。

 すると今度は、縦に分かれて、細長いスティックとなり、次々にグラスへと刺さって行く。

 ルイズが「なんで縦なの?」と問うたら、シルフィードがグラスにクリームを注ぎ始めた。それから、「こうやって食べるのね!」、とシルフィードが美味しそうに、パンのスティックの先にクリームを付けて食べ始める。

 成る程、と感心していると、扉が開いて陽気な声が響いた。

「あら? 貴方達、やっと帰って来たの?」

「おやおや、君達帰って来ていたのかね?」

 キュルケとコルベールだった。彼等は、王政府からの依頼で、“オストラント号”の整備を行っていたのである。きたるべき“エルフ”との“聖戦”に、“オストラント号”は正式に参加することになったのであった。

「かなり色んな装備を見付けたぞ。後でユックリ披露しよう。君の、ひこうき、も運用できるようになっている他、戦車の大砲も取り付けた」

 と、コルベールは才人の肩を叩いた。

 コルベールは、“タイガー戦車”の大砲も、ソックリ艦載したのである。

 現在、“オストラント号”は近くの湖に浮いている。このド・オルニエールが、現在母港ということである。

 キュルケとコルベールの着席を待って、シエスタがワインを注ぎ始めた。

「では、皆さん! サイトさんとミス・ヴァリエールの無事帰還を祝って!」

 かんぱーい! と唱和が重なった。

 楽しい会話がしばらく続いたが、そのうちにコルベールがポツリと呟いた。

「で、王政府は決定したのかね?」

 才人はコクリと首肯いた。

「成る程。ではまた慌ただしくなるなあ」

「一体、次はどんな御仕事なんですか? また御家を空けるんですか?」

 シエスタが、キョトンした顔で才人間へと尋ねた。

「もしかして、あの噂になっていた、“火竜山脈”の浮き上がり事件が関係してるんですか? 驚きですよねー。山脈が浮いちゃうんですもん。全く自分で住んでますけど、この世界ってどうなってるんでしょうね? たまにとんでもないことが、サラッと起こりますよね」

 才人は青くなった。

 シエスタには、“聖戦”のことはまだ話していないのである。余計な心配を掛けたくなかった上、この件は極秘であるのだから。

 そのような妙に重い空気を感じ取ったのであろう、シエスタが明るい声で言った。

「まあ、なんてことないですよ。どんなことがあったってサイトさん達なら解決しちゃいます。だって今まで、大変なこと沢山あったけど、どうにかなって来たじゃないですか。だから今度の御仕事も、きっとそうです。大丈夫ですよ」

 シエスタのその言葉で、その場の全員が、なんだか救われたかのような表情を浮かべた。

「ま、暗くなっても始まらないわよね。今を愉しまないと……ね? ジャン、そうでしょ?」

 そう言うとキュルケは、コルベールの頭にクリームを掛けた。

「君は、なにかと言うと私の頭に、食べ物を載せるが……趣味なのかね?」

 タバサは黙々と食事を続けている。

「おまえは、怖くないのか?」

 と、才人がタバサへと尋ねる。

 タバサは、コクリと首肯いて答えた。

「イーヴァルディとセイヴァー、そして貴男がいる」

 そうか、と才人は首肯いて、なんだか嬉しくなった。

 隣のルイズを見ると、ワインを一口含み、ホワーッ、と息を吐いていた。それから、何かを反芻するかのように、ウットリとした顔で宙の一点を見詰めている。

 才人は、(もしかして、この前の夜を想い出しているんだろうか?)と想い、胸が熱くなるのを覚えた。

 色んな人間の顔が、才人の頭を過る。

 才人は、(そうだ。昔はいがみ合った連中だって、こうやって仲良くなれる。“エルフ”だって、きっとこっちの現状を知れば、協力してくれる。きちんと説明すれば……)と考えた。

「良し、食べるぞ!」

 才人は、夢中になって料理を食べ始めた。

 そして、シエスタに注がれるままにワインを呑み干して行く……。

 

 

 

 そのうちに才人は酔い潰れてしまった。疲れているところに流し込んだモノだから、仕方ないといるだろう。

 キュルケが欠伸をし始め、「さあジャン寝ましょ」と言って首根っこを掴んで2階の部屋へと消えて行く。

 ヘレンも、「じゃあ、あたしゃそろそろ」と言って、帰り支度をしてサッサと出て行ってしまった。

 するとシエスタは、「ほらサイトさんしっかり」と言って、腕を掴んで起き上がらせる。

「ほげ……」

「うわぁ、もう、ベロンベロンですね」

 シエスタは、才人を背負うと、よっこらしょと乙女に似合わない言葉を吐いて、2階の寝室へと運び込んだ。

「今日は久し振りですから、私が御借りしちゃいますね! ミス・ヴァリエール!」

 部屋に入って来たルイズに、シエスタは満面の笑みで告げる。

「そ。理解ったわ」

 と、ルイズは平気な顔で、髪をブラシで梳き始めた。

 シエスタは一瞬、キョトンと目を丸くした。

「じゃあ、御言葉に甘えて……」

 シエスタは寝かせた才人へと抱き着き、「きゃあきゃあ! きゃあきゃあ」と派手に喚いて頬を寄せた。

 シエスタはチラッと窺うようにルイズの方を見たが、それでもルイズに動じた様子はなく髪を梳き続けている。

 シエスタは、(どういうこと? なんでミス・ヴァリエールは平気なの?)と目を細めた。

「サイトさんにキスしちゃいますよー」

 シエスタは、寝ている才人へと唇を近付けた。

 それでもルイズは、ピクリとも動かない。

「……なに余裕噛ましてるんですか?」

「え? 別に」

 ルイズは、「どうしたの?」と言わんばかりに応えた。

 鋭いシエスタは、直ぐに何かに勘付いた。

「“ガリア”で何かありましたね?」

 そこで、ルイズはスサッと足を組んだ。そして髪を掻き上げ、心底余裕を演出する声で、「別に」と言った。

 もう、それだけでシエスタは頭に血を昇らせた。ルイズに近寄り、「何したんですか?」と目を三百眼にして言い放った。

「ホントに、何にも、なくってよ」

 シエスタは、ルイズを睨んだ。

 そんなシエスタを、ルイズは哀れみの色を含んだ目で見詰めて、言った。

「あのね? 私達、理解り合っちゃったの。何て言うの?」

「身体で?」

「下品なこと言わないで」

「合わせてしまったんですか?」

 するとルイズは、軽く唇を噛んで、横を向いた。

「軽く? 入っちゃった?」

 女同士ということもあって、言葉を選ばないシエスタである。

「馬鹿ね! してないわよ! その……」

「途中まで?」

「っん。まあ、そんなところね」

 そこでシエスタは、凶悪な笑みを浮かべた。

「なによ?」

「そのくらいで勝ち誇れるミス・ヴァリエールが可愛いです。流石は、おこちゃまの中のおこちゃま。キングオブおこちゃまですわ」

「煩いわね。余計な御世話よ。私がおこちゃまなら、あんたは色呆けメイドじゃないの。1年中発情期。もうホント、なんであんたみたいな盛りの付いたメス犬に、給金なんか払わなくっちゃいけない訳?」

「文句は女王陛下に仰ってくださいまし。あと、私が牝犬なら、差詰めミス・ヴァリエールはメスネズミですわね」

「あんたね、“貴族”捕まえてネズミはないでしょうが」

「ちゅうちゅう」

「わんわん」

 2人は御互いの声を真似て、睨み合った。

「ちゅうちゅうって言ってください。ちゅうちゅうって」

「わんわんって言いなさいよ」

 それから2人は、額を思い切り押し付け合った。

「ま、兎に角今日は私の番ということで」

 シエスタはペコリとルイズに一礼すると、才人の横へと潜り込んだ。

 ルイズはそれを見て、(やっと大人しくなったわ)とホッとした。

 と同時に、「せいっ!」とそのような掛け声が聞こ得て来た。

「はぁ?」

「とうっ!」

 見ると、シエスタが派手に下着を脱ぎ捨てている。

「ちょっとッ! あんた何してんよッ!?」

「見れば理解るじゃないですか。こういうのはおあいこですから」

「なにがおあいこよッ! メイドとしての分を弁え為さいよッ!」

 ルイズは慌ててシエスタへと跳び掛かり、ぐぐぐ、とその顔を押さえて才人から引き離そうとした。

 裸で抱き着かれ並ばれてしまうかたちになる。

 その時である。

 ばたん! と扉が開き、枕を持ったタバサがシルフィードに背中を押されて入って来た。

「はいっ! そんな修羅場に御姉様も交ぜてなのねー!」

「…………」

 ルイズとシエスタが、呆気に取られて見ていると、シルフィードはタバサを脇の下から持ち上げて、才人の隣へと押し込んだ。

「なにやってんのよ!? 馬鹿竜!」

「馬鹿竜じゃないのね。“韻竜”なのね」

「どっちだって良いわよ! あんた達には部屋を1個貸してるでしょー!」

「だって……御姉様が眠れないって……」

「言ったの?」

「いや、言ってないのね。でも、態度で判るのね。なんかモジモジして、たまにそっちの方の部屋見て……」

 そこまで言った時にタバサは“杖”でポカポカとシルフィードを殴り付けた。

「痛いのね―! 痛いのね! と言うか“使い魔”としてちゃんと御役目果たしてるだけなのねー!」

「良いから、部屋に戻りなさい」

「戻って下さい」

 と、ルイズとシエスタはタバサとシルフィードを睨んだ。

「…………」

 それでもタバサは、動かにあ。ただジッと、才人の隣で身動ぎ1つしない。

「何よ? タバサ、貴女もしかして……」

 ルイズがそう言うと、タバサはわずかに頬を染める。

「ガチじゃないですか」

 シエスタが呆れた声で言うと、タバサは恥ずかしくなったのであろう、とうとう毛布の中へと潜り込んだ。

 ルイズの目が吊り上がる。

「シエスタはまだしも、私と被る娘だ駄目」

「どーゆー基準ですか」

 ルイズは毛布を引っ剥がそうとしたが、タバサはガッシリと毛布を掴んで離さない。

「うわ、御姉さま! 正直過ぎて可愛いのねー!」

 シルフィードが嬉しそうに、きゅいきぃ喚きながら部屋の中をグルグル回り始める。

「まあ、安心するのね。桃髪ペッタン娘」

「誰が桃髪ペッタン娘よ? 馬鹿竜。調子乗ってると自然に還すわよ」

「御姉様は、おまえ達と違って、まだ初なおこさまなのね。発情期のおまえ等と違って隣で眠れるだけで幸せって年頃なのね」

「一々苛っと来る“竜”ですね」

「はい。メイドは黙っとけなのね。でも、御姉様は可哀想な娘なのね。ずっと1人で寂しい想いをして来て、やっと得られた安住の場所なのね。隣で練るくらい、我慢して上げるのね。それが大人の女の優しさってモノなのね」

 む……とルイズは唸った。確かに、今更タバサに隣で寝られたくらいで、今の才人と自分の絆がどうにかなる訳ではない、という確信と自信があった。また、ここでムキになるのも大人げない、とも想った。

 そう考えたルイズは仕方なく認めることにした。

「しょうがないわね」

 そして、才人の右側は取られてしまったために、仕方なしといった風に左側に潜り込もうとしたら、シエスタに首を振られた。

「今日は、私の隣です」

 ぐぬぬ、とルイズは唸ったが、まあ良いわと首を振る。(ま、今日くらいは我慢して上げよう)、と考えた。

 

 

 

 深夜……才人は、頭を振りながら目を覚ました。

 かなり呑んだためであろう、頭が痛い……そのことから、酔い潰れベッドに寝かされたことを、才人は理解した。

 隣から、スゥスゥと女の子の寝息が聞こ得て来る。

 才人の左側で、ピトッと腕に頬を寄せて寝ているのは、どうやらシエスタのようである。

 なんだか“愛”おしくなって、才人はシエスタの頭を撫でた。

 そして……右側から聞こ得て来る小さな寝息を聞き、才人は(ルイズだろう)と想った。そして、ソッと手を伸ばし、小さな手に触れた。(嗚呼、やっぱりルイズだ……)、と想い、更に大きな“愛”しさが才人の中に込み上げる。

 この前の……噴水での肢体を想い出し、更に才人は心を震わせた。それから、(ちょっとで良いから……触りたい。良いよな。そのくらい。あれ以来、ゆっくり2人の時間も持てなかったし)とか何とか、様々な理由を付けながら、才人は右側で眠っている少女に触れることにした。

 そろそろと才人は手を伸ばし、少女が着るネグリジェへと触れた。次いで、思い切って、胸に手を伸ばす。

 そのネグリジェ越しに伝わる感触に、(平原……だけど、なんか前はもっとあったような気がする。でも、あんまり触ったことないし)と想い直し、直に触りたい欲望に負けて、首の隙間から手を射し込んだ。

 すると、びくっ! と少女の身体が震えた。

 小さな声で、「……起きてる?」と才人が尋ねると、少女はコクリと首肯いた。

 そんな少女の反応を前にして、(やばい。キスしたい)と想い、才人は素直に言葉にした。

「……キスしたいんだけど」

 すると、しばらくの間があって、今度はためらうように小さくコクリと首肯く気配がした。

 才人はソロソロと手を伸ばし、顎と思しき部分に触れた。そのまま引き寄せる。そして、唇を重ねる……。

 どうやら少女は激しく緊張しているようであり、とても強張った雰囲気が、唇から伝わって来る。

 抱き締めたくて、才人は少女の腰に手を伸ばした。細い腰に右手を伸ばすと、少女は身体を近付けて来た。なんだか夢中になって来てしまい、才人は思わずネグリジェをたくし上げようとしてしまう。

 すると、ビクッ! と少女は震えた。そして、手を伸ばして抗おうとするのである。

「……恥ずかしいの?」

 すると少女は、コクリと首肯いた。

「……良いじゃん。1回見たんだから」

 しばらくの間があって、少女の手から力が抜けた。

 そのままゆっくりと、才人はネグリジェを託し上げた。

 小さく、少女の身体が小刻みに震え出す。

 そんな恥じらいがまた“愛”しく想え、才人は再びキスをした。

 今度は、先程よりは強張っていなかった。才人が舌を差し込むと、怖ず怖ずといった風ではあるが小さな舌を絡めて来る。

 右手を、少女の控えめな胸に当てた瞬間……。

 ビクンッ! と少女の身体が震えて、唇から声が漏れた。

「あ」

 才人の頭の中で、疑問符が巡る。

 才人は、(今の声は? ルイズのじゃない。だ、誰?)と想い、思わず少女の頭に手を伸ばす。

 髪が短い。

「タ、タバサ!?」

 思わずそう叫ぶと、「なになにどうしたのよ?」、「なんですかなんの騒ぎですか?」、とルイズとシエスタの声が左側から響いて来る。

「わ! なんでも! なんでもない!」

「なによ……もう、なにがあったのよ?」

 ルイズがそう呟きながら、“魔法”のランプを灯ける。

「…………」

 灯りの中に浮かんだのは、ネグリジェを託し上げられ、ピクピクと震えて目を瞑るタバサと、そのタバサに覆い被さるようにして腰を抱いている才人の姿であった。

 寝惚けたルイズの目が、一瞬で凶悪なモノへと変わる。

「……なにやってんの? あんた」

「い! いや違う! おまえと間違えて!」

 思わず才人が叫ぶと、タバサが(え?)といった顔になる。しばらくそのまま表情は固まっていたが、そのうちに、目から涙が1粒ポロリと落ちる。

「…………」

 無言で自分を見詰めるタバサの視線に耐え切れず、才人は首を振った。

「え? いや! そうじゃない! おまえも最高!」

 ルイズの全身が震え出す。

「な、なな、なにしてももう逃げ出さないし、あ、ああ、諦めるって言ったけどぉ……」

「ちが! ちが! ちが!」

「わ、わわ、私と被ってる娘だ駄目。立場ないじゃない。た、たた、立場が……」

「いやぁ、考えてみればミス・ヴァリエールは中途半端ですわね」

 シエスタが、両手を広げて感想を述べた。

 才人は這って逃げ出そうとしたが、ルイズに捕まってしまった。

「間違った、だけ、なのに……」

「不幸な事故ね。理解ってる。でも、やっぱり気が済まないから」

 才人の絶叫が、屋敷中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照り付ける陽射しが、砂漠(サハラ)の大地を焼いていた。

 どこまでも続くかのように感じられる砂の海の中、ぽっかりと島のようにその泉はあった。

 直径は100“メイル”ほどであろう。周りをちょっとした森に囲まれた泉の畔には、小さな小屋がある。きめ細やかな白い塗り壁であり、ほぼ正立方体に近い形をしている。“ハルケギニア”では、先ず見ることがない造りをした 小屋である。

 小屋の前からは桟橋が延び、泉の中ほどまで続いている。その桟橋の先向こう、1人の少女がプカプカと浮かんでいる。

 なに1つ、身体に纏ってはいない。細い身体は少年っぽくも見え、中性的であろうか。だが、すんなりと伸びた手足と、長い透き通るような金髪が、彼女に健やかな色気と、妖精のような雰囲気を与えている。恐らく“ハルケギニア”の民が彼女を見れば、美の妖精の化身と見紛うような姿である。

 ユラユラと水面に浮いたまま、彼女は眠っているかのように目を瞑っている。焼け付く陽射しに炙られているというのに、彼女の肌は染み1つない白を保っている。その秘密は漂う空気にあった。

 “風石”と“水石”……時に“水精霊の涙”と呼ばれる“先住”の結晶を使った“魔法”装置により、この“オアシス”を包む空気は、余計な日光を遮断し、その上、快適な湿度と温度を保っているのである。“先住”の“魔法”――“精霊の力”の扱いに長けた、“エルフ”ならではの技術であるといえるだろう。

 水面に漂う少女の耳は、ピンと伸び、ヒトと比べると幾分鼻も高い。

 少女は、“エルフ”である。

 その目が、突然パチリと開く。薄いブルーの瞳で、空の一点を凝視する。

 空の一角に小さな点が現れ、グングンと大きくなって行く。

 それは、1匹の“風竜”であった。“ハルケギニア”で確認されている“風竜”より、幾分か大きい。

 少女の視界の中、“風竜”は徐々に大きくなり、翼をはためかせながら少女の近くへと着水した。

「――!」

 派手な水飛沫が上がり、“エルフ”の少女の身体は波に翻弄される。水の中で派手にもがいた後、水面から顔を出して、ぷは、と息を吐いた。

「ちょっと! アリィー! なにすんのよッ!?」

 少女の口から、甲高い声が響いた。

 “風竜”の上には、線の細い雰囲気の若い男の“エルフ”が跨っている。

「急いでるんだ! こんな所で寝ている君が悪い!」

 アリィーと呼ばれた男は、少女の姿を見て顔を真赤にした。

「おい! ルクシャナ! おまえ、その格好はなんだ!? ムニィラ様が知ったら大変だぞ!」

「あら? 良いじゃない。だってここは私の家よ。母様に文句を言われる筋合いはないわ」

「突然、誰かが訪て来たらどうするんだ!?」

「ここに? 貴男くらいしか来ないわよ」

 キョトンとした顔で、ルクシャナは言った。

 するとアリィーは更に顔を真赤にさせた。

「僕達はまだ婚姻前だぞ! “大いなる意思”が、御許しにならない!」

「あら貴男。じゃあ私の肌を見たくないの?」

「そ、それは……理解らない! 煩い! 大体、そんな格好でいて良い訳があるか! 我々は、この世界を管理するべく選ばれた高貴なる種族で……いつでもその自覚を持ってだな!」

 ルクシャナは、やれやれと両手を広げた。

「全く! 婚約者の貴男まで、そんな“評議会”の御爺ちゃんみたいなことを言うの?」

 するとアリィーは、増々声を荒げた。

「その仕草はなんだ!? “蛮人”のジェスチャーじゃないか!」

 すると、ルクシャナはキョトンとした顔で言った。顔の横で広げた両手を見詰め、ニコッと笑った。

「これ? 呆れた時にするんですって。この前、近くに来た“蛮人”の行商人に教えて貰ったのよ。一杯愉快な仕草を教えて貰ったわ。例えばね……」

「もう良い! 早く服を着て、出掛ける用意をしろ!」

 アリィーが怒鳴ると、ルクシャナは、つまらなさそうに唇を尖らせ、そのまま桟橋の上に上がろうとした。

「だからそのまま上がるな!」

 フンッ、と澄ました顔で、ルクシャナはアリィーを無視して桟橋を歩き出した。胸を張って堂々と桟橋を歩く様は、まさに砂漠を滑る妖精としての気品と自信に満ち溢れている。

 濡れた金髪の先から、水滴が落ちて、妖精の足跡を彩った。

 白壁の小屋の中は、様々なモノで溢れている。ベッドに机、そして奥には炊事部屋に通じるドアが見える。

 それ等の造りは“エルフ”の独自文化によるモノらしく、余り装飾の見られない、小ざっぱりとしたモノである。だが、“エルフ”の一般家庭にあるモノはそれくらいであり、後はいわゆる蛮人達の雑貨で溢れている。

 1番目に付くモノは、壺や皿などの食器である。“エルフ”が見たら、彼等彼女等からして下品な装飾としか思われない、宝石がゴテゴテ付いたネックレスやティアラなども無造作に壁に飾られている。

 奥の壁には本棚がある。御情けのように置かれた“エルフ”の図鑑や歴史書に並んで、“人間世界(ハルケギニア)”で書かれた雑多な書物が大量にある。1番多いのは、通俗的な小説や、戯曲の類である。“イーヴァルディの勇者”から、今“ハルケギニア”で流行の“バタフライ夫人シリーズ”まで並んでいる。

 床には“エルフ”が好む絨毯の代わりに、“ガリア”産のレースのカーテンが敷かれている。良く見るとカーテンだけでなく、使い方が誤っている品々が沢山あった。何故か箒が天井から大量にぶら下がっているし、傘は開かれたまま裏返しにされ、ゴミ箱になっている。

 壁際に置かれたレイピアに突き刺さっている干した果物を一切れ摘み取ると、ルクシャナはそれを咥えたまま、身体を布で拭き始める。

 肌着を着けると、アリィーが部屋に入って来て、眉を顰めた。

「……全く、いつ来ても“蛮人”の部屋のようだな」

「良いじゃない。私、“エルフ”のモノより好きよ。こうなにから、ゴテゴテしてて」

 ルクシャナは、服を着終わると、羽飾りの沢山付いたローブを頭からスッポリと冠った。

「で、評議会が一体私に何の用なの?」

「ビダーシャル様が、“蛮人”世界から帰って来たんだ」

「叔父様が!?」

 ルクシャナは、目を見開くと駆け出した。

 そして、オアシスに浮いて水を飲んでいた“風竜”に跳び乗った。

「おい! 待てよ! 僕を置いて行くな!」

 アリィーは慌ててその背を追い掛けた。

 

 

 

 “風竜”に乗って30分ほども飛ぶと、鮮やかなエメラルドブルーの海が見えて来た。そして、海岸線から突き出た、巨大な人工都市の姿が視界に浮かぶ。

 同心円が幾重にも重なったような形をした、直径数“リーグ”にも及ぶ人工島……“エルフ”の国“ネフテス”の首都、“アディール”である。

 その同心円の中心目指して、“風竜”は飛んだ。

 中心には、巨大な……としか形容ができないであろう、白塗りの建築物があった。200“メイル”近い高さのそれは、塔というよりは“地球”で言うビルディングに近い形をしている。もちろん、これほどの高さを誇る高層建築物は、 “ハルケギニア”には存在しない。

 “風竜”は、その建物の屋上に降り立った。

 そこでは、何頭もの“風竜”が繋がれて、絶えず誰かが下りたり、また、乗ってどこかに飛び立ったりなどをしている。

 この建物こそが、“ネフテス”の評議会本部……通称“カスバ”と呼ばれる“エルフ”世界の中枢である。国境という概念を持たない“エルフ”達は、数多くの部族に分かれ、広大な砂漠の各地で暮らしている。その部族達は、自分達の代表をこの首都へと送り、その種族代表で構成される評議会によって、この“ネフテス”は成り立ち動いているのである。

 そして評議会の中から数年に1度、代表達の入れ札に依り、統領を選ぶのである。

 ルクシャナとアリィーは、“風竜”から下りると、屋上にある階下へと降りるための“昇降装置”へと飛び乗った。

「42階」

 と告げると、昇降装置は動き出し、2人を目的の階へと運んで行く……。

 その階には、評議会の議員達が、それぞれ執務を行う部屋が並んでいる。

 その一室の前で、アリィーは声を荒げた。

「ビダーシャル様。ルクシャナを連れて参りました」

 すると扉が開いて、ビダーシャルが顔を見せた。

「久し振りだな。ルクシャナ」

「叔父様!」

 ルクシャナは満面の笑みで、ビダーシャルへと跳び着いた。

「ねえねえ、“蛮人”世界はどうだった? 聴かせて! なにか珍しいモノは見た? 触った? 持って来た?」

 対してアリィーは、「どうでした?」と心配そうな顔である。この婚約者の叔父が、かなり大変な経験をして来たのだということは、噂に聞いていたのである。

「テュリューク統領に、ことの次第を報告したばかりなんだがね」

 ビダーシャルは苦笑を浮かべた。そして、2人に語り始めた。

 

 

 

 話を聴き終わった2人は、顔を見合わせた。それから、信じられないというように首を振る。

「ホントに、その“蛮人”の王は、叔父様が造った“火石”で、何千人もの“蛮人”を焼き殺したの?」

「そうだ」

「どうしてそんなことをするのかしら?」

「知らぬ。私が訊きたい位だよ」

 ビダーシャルは溜息を吐いた。

「そして、その男は自分の“使い魔”に殺されたのね。でも、可怪しいわ。“蛮人”の“魔法”使いの“使い魔”って、主人に忠誠を誓うって聞いたことがあるわ。どうして?」

「私だって理解らんよ」

「もう。叔父様ったら、理解らないことばかりね。一体、なにをしに“蛮人”の国に行ったのよ?」

「だからな、私は交渉をしに行ったのだ。さっき言っただろうが」

「そして、“蛮人”の王の家来になっちゃったんでしょ? 情けない!」

「ルクシャナ」

 アリィーが、ルクシャナを窘める。

 ビダーシャルは苦笑した。

「まあな。だが、抗えぬ妙な迫力を持った男だったよ。“悪魔の力(虚無と英霊)”の使い手だけのことはあった、と言うべきかな」

「でも、その交渉の相手が殺されてしまったということは……」

「そうだ。詰まり、交渉は失敗したのだ」

 ビダーシャルの言葉に、アリィーは青褪めた。

「さて、新たなる“悪魔の力(虚無と英霊)”を得た連中は、遅かれ早かれ“この地(サハラ)”にやって来るだろう。“シャイターンの門”を開きに……」

「困りましたね……」

 悩んでしまった2人を見て、ルクシャナは首を傾げた。

「どうして困るの? また交渉しに行けば良いじゃない」

「もう、交渉する相手がおらぬのだ。で、本日おまえを呼んだ訳だが……」

 するとアリィーは、青い顔になった。

「嫌ですよ! 僕は!」

「まだ何も言ってないではないか」

「判りますよ! ビダーシャル様と、統領閣下の御考えになることなど、こちとら御見通しです!」

「なら話は早い」

 と、ビーダシャルは満足げな様子を見せる。

 1人、話の展開が見えないでいるルクシャナだけが、交互に2人の顔を見詰めて言った。

「一体、なにがどうなっているの? 私にも理解るように説明して」

「君の叔父君は、この僕に戦士小隊を率いて、“蛮人”の国に乗り込めと仰っているのだ」

「流石は、その年で“ファーリス(騎士)”の称号を得ただけのことはあるな」

 ビダーシャルは、笑みを浮かべて言った。

「え? なにそれ!? 素敵じゃない!」

 ルクシャナは夢中になって叫んだ。

「素敵なもんか! それで、“悪魔”を1人攫って来いって言うんでしょう?」

「そうだ。この仕事は、君のように若く勇気に溢れた青年にこそ相応しい」

「どうして、“悪魔”を攫う必要があるの?」

「今は……“悪魔”の復活の時代なのだ。だが、“4の4”が揃わねば、あやつ等はその真価を発揮できぬ。また、殺してしまう訳にもいかぬ。新たな“悪魔”が生まれるだけだからな」

「それで、攫うって訳?」

「ああ。生かして置くうちには、あやつ等は手詰まりになる」

「凄い! 大冒険だわ!」

 夢中になって、ルクシャナは手を叩いた。

 するとアリィーは、また眉を顰めた。

「ルクシャナ! また、君は“蛮人”の仕草なんかを……」

「ねえアリィー。それってホント素晴らしいことよ! “蛮人”世界を見られるなんて機会、そうそうあるもんじゃないわ!」

「おいおい、君はホントに無邪気だな! ビダーシャル様、私は絶対に“蛮人”世界なんかに行きませんからね! “悪魔”を攫って来いなんて命令、断固拒否します!」

「おや、それは困ったな」

 すると隙かさず、ルクシャナが言った。

「私も連れてって! アリィー! 良いでしょう?」

「君! なにを言うんだ!? ただの学者の君が参加できるような仕事じゃないんだよ!」

「なによ? 貴男、叔父様の命令が利けないっていうの?」

 ジロリとルクシャナはアリィーの顔を睨んだ。

「利けないよ! 断固拒否権を発動するね! 命がいくつあっても足りないよ!」

「そう」

 ルクシャナは腕を組んで、外方を向いた。

「良いわ。じゃあ貴男との婚約は解消ね。恋人から最大の楽しみを奪う男なんて赦せないわ。私も拒否権を発動します」

「な、なんだって!?」

 アリィーは唖然としてルクシャナを見詰め、それから何気なく窓の外へと目をやっている婚約者の叔父へと視線を移した。

「……ビダーシャル様。嵌めましたね?」

「なんのことだ? 1人の大人であるルクシャナが決めたことだ。私に口を挟める問題じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “アルビオン”の”ロサイス”にて、調査隊が編成されていた。

「良いか諸君。君達がこれから行う調査は、諸君等の知っての通り、浮遊した山、そしてこの“アルビオン大陸”内に眠る“風石”の調査だ。これは、“ハルケギニア”の歴史に於いてこの先重要となるであろうモノだ」

 調査隊が、それぞれあてがわれた箇所へと行き、また、別の調査隊は浮遊した山へと早速向かった。

「調べる必要はあるの? セイヴァー。調べるまでもなく、既に識ってるんじゃ?」

「勿もちろんだ、シオン。“根源接続者”である俺は、この世の始まりであり、終わりでもある“根源”と繋がっている。詰まりは、総てを識っていると言っても良いだろう。調べる必要なんてない。だが、これはあくまでポーズだ。他の国や民達に、判らないといったことを見せる必要がある」

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