ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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襲撃

 “ニイド(8)”の月の“第三(エオロー)”の週、“第四曜日(マン)”。

 “ド・オルニエール”は蒸し暑い日が続いていた。

 “ハルケギニア”の夏は、どちらかというと乾燥して居り、余り暑さは苦にならないのであるが、たまに今日のように暑くて堪らない日もある。

 何せクーラーなんてモノがない世界である。“水魔法”で冷気を送るような装置もあることにはあるのだが、高い割には途中で止まったりで性能がすこぶる悪い。“魔法”を常時放出して制御するということは難しいのである。止まるならまだしも、途中で暴走でもした日には命に関わるということもあって、部屋を冷やす目的には余り使われていないのが現状であった。

 そんな訳で、この“ド・オルニエール”の屋敷の天井には大きなファンが取り付けられている。以前から備えられていたモノを、改装の時に修理したのである。

 “魔法”で回るその羽が風を送ってくれるのだが、ルイズは寝付くことができずにいた。

 ううう……と、ルイズは額に掻いた汗を拭った。

「眠れないわ」

 この2~3日の間、ルイズは上手く眠ることができないでいた。ルイズは恨めしげに天井で回り続けるファンを見詰めた。

 その理由は、暑いからというだけではなかった。

 ルイズは、自身の左側を見詰めた。

 そこでは、黒髪の少女が口を半開きにしてくぅくぅと寝息を立てている。シエスタである。彼女は趣味が昼寝と言い切るだけのことはあり、寝付きの天才であった。世の中にもし寝付き選手権などというモノがあれば、間違いなく彼女は、上位に入るであろうほどの寝付きの良さである。寝る前は、「あー、なんか蒸し暑くて嫌ですねー」などとぶつくさ言っていたというのに、コテンと横になるなり寝息を立てたのである。凄いとしか言ようがないであろう。

 シエスタのその手首にはロープが巻かれ、ルイズの手首と繋がっている。これは、船を桟橋に繋ぎ止めておくための催合網のようなモノである。これをしておかないと、シエスタという船はこの港を離れ、別の部屋で寝ている才人という港へとフラフラ航行してしまうためであった。

 ルイズからして、全くもって、そういうのは、なしにして欲しかった。なにせ、無駄な暴力を振るわねばならなくなるためである。3人にとって実に不幸な事態というモノだ。

 ルイズは手首のロープを見詰め、それはしっかり結わえられているということを確認すると、次に右を向いた。

 そこでは青髪の少女が、両手を胸の前で組んでスヤスヤと眠っている。タバサである。彼女の寝付きもまた素晴らしいといえるだろう。成る程、過酷な日々を送って来た彼女にとって、このノンビリとした“ド・オルニエール”はまるで天国のように感じられるであろう。その手にも、やはりシエスタと同じようにロープが括り付けられており、ルイズのもう片方の手と繋がっている。彼女は1人でのこのことベッドを抜け出すということはしないのだが、強力な助っ人がいるために全くもって油断ができないのであった。

 ルイズはそれから天井を見上げ、深い溜息を吐いた。次いで、(全くこれからどうなっちゃうんだろう?)と考え、首を横に振る。

 “ハルケギニア”の地下に眠る“風石”が暴走して、此の大地が捲れ上がる。

 ルイズは、(嗚呼、もし、寝ている隙にこの地面が盛り上がったら……私は、地面ごと空に持ち上がってしまうのかしら?)と考え、それから、シオンが治める“アルビオン”のような浮遊大陸がいくつも空を漂っている様を想像した。また、そのうちの1つ……小さい浮遊島に、自分と才人が並んでいる様を想像した。小さな、100“メイル”ほどの小島である。

 小ぢんまりとした御屋敷に、小さな池……空の上であれば、左側で眠るメイドはもう忍び込むことはできないであろう。(クスクス。精々下から見上げるが良いわ!)とそこまで考え、ルイズは己の想像を恥じた。

 ルイズは、(そんな呑気な妄想をしている場合じゃないわ。住む所が失くなってしまうって、どういうことかしら?)と考え、大きな不安が彼女を包み込んだ。そうすると、もうどうにもならなくなってしまい、ルイズは才人の側へと行きたくなって仕方がなくなってしまうのである。何せこうしている間にも、地面は盛り上がり、ルイズ達を遥かな空の高みへと運んでしまうのかもしれないのだから。

 結婚前に同じベッドで寝るのは許さない、という、エレオノールのもっともな言い付けで、離れて寝ることになったのだが、結局、ルイズの不眠はそれが原因なのである。

 昔は、ルイズの寝付きだって相当なモノであった。ベッドに入るなり、寝息を立てられた。それが、才人と一緒に眠るようになり、それが当たり前になった時、自分でも気付かないうちにルイズの寝付きにはあの“使い魔”が必要不可欠になってしまっていたのである。

「エレオノール姉様も非道いわ。私、あいつがいないと眠れないのよ。このままじゃ寝不足で参っちゃうじゃないの。医学的見地から、そんなこと許されないわ」

 ブツブツとルイズは隣の部屋で寝ている姉に、小声で文句を言った。それから、ふむー、と目を瞑り、パッと開いた。

 ルイズは、(無理。眠れない。暑いし、サイトがいないんだもの。どうしたら眠れるのかしら?)とそこまで考え、軽く頬を染めた。

 それから、(キス。そうよ。軽くで良いの。ソッと触れるくらい。だって、最後にキスしたの3時間前よ3時間前。それじゃ、御休みの効果も薄れるってモノだわ。決めた。ちょっと忍び込んで、5分くらい優しくして貰おう。あいつ馬鹿だから、ゴロにゃんとか言ったら、きっと夢中になって私に激しく優しくしてくれるわ。ええと、激しいのか優しいのかどっちなのかしら……? ううん、どっちもが好いわ)と考え、激しい方の想像をして、また激しく頬を赤らめた。

「駄目よ。エレオノール姉様に殺されるわ。あの人、そう言うの許せない人だから」

 ルイズは、(兎に角5分くらいなら神様も姉様も許すべきだわ)とかなんとか想いながら、ロープを外しに掛かった。

 すると、扉がパターンと開いて陽気な声が響き渡った。

「はい。どうもなのね」

 きゅいきゅいかくかくと首を振りながら近付いて来たのは、シルフィードで在る。主人と同じ青い髪を靡かせ、タバサとルイズを繋ぐロープをパクっと咥えると、歯でもってガシガシと切り始めた。

「なにしてるのよ?」

 ルイズが目を吊り上げて問うた。

「決まってるのね。御姉様を連れて行くのね」

「どこによ?」

「おまえの“使い魔”の部屋なのね」

 ルイズは立ち上がろうとして、自分が縛ったロープに引っ張られてしまい、再びベッドへと倒れ込んだ。

 シルフィードはシルフィードでロープを上手い具合に噛み切ることができないようである。

「きゅい! なんなのねこのロープ! おいちび桃!」

「なにその呼び方?」

「髪が桃で、ちびだから」

 ルイズはカッとして、ロープをクイッと引っ張った。

 再びロープを齧り切ろうとしていたシルフィードの歯が対象を失い、ガチン! と鳴った。

「なにするのね?」

「獣の分際で、人間様の部屋に軽々しく入って来ないで頂戴」

「人間風情がなにを言ってるのね? 我々“韻竜”は、泣く子も黙る古代の眷属なのね。所詮おまえ達とは歴史や文化や積み重ねて来たモノが違うのね。意見を述べることができるのは、“英霊”達くらいなのね」

「どこが違うのよ!? ロープを歯でガシガシ切ろうとしてる癖に良く言うわ! と言うかやめなさいよッ!」

 ルイズはロープを引いた。

 流石にそれで、タバサとシエスタが目を覚ました。

「……なに?」

「なんですか? なんですか?」

 シルフィードは嬉しげにきゅぃっと鳴いてタバサに抱き着いた。

「わ! 御姉様やっと目を覚ましたのね! 兎に角これで安心なのね。シルフィが御姉様を無事解放して、行きたい所へと運んで上げるのね。背中を押して」

「どういうことですか? “貴族”同士の密約ですか? 1日交替とかそういうアレですか?」

 シエスタはルイズへと詰め寄った。

「そこの馬鹿“竜”が、勝手に余計なことをしようとしただけよ」

「余計なことじゃないのね。主人の気持ちを代弁しているだけなのね!」

「代弁しなくて良いから、外に戻りなさい。“竜”は外で寝る生き物です」

 ルイズとシルフィードが睨み合っている横で、シエスタはタバサに尋ねた。

「で、あのトンチキな“竜”は、ミス・タバサの意思を代弁してるんですか?」

 するとタバサは軽く唇を噛んで頬を染め、横を向いた。

 シエスタは、「失礼します」と頭を下げると、タバサの胸や顎の下などを両手で探り始めた。

「ミス・ヴァリエール」

「あによ?」

 シルフィードと額を押し付け合っていたルイズは、不機嫌な唸り声を上げた。

「ミス・タバサなんですが」

「あによ?」

「明らかに発情してます」

 タバサは、ハッといた顔になり、また、泣きそうになる。それから自由な方の右手で“杖”を握って、“サイレント”の“呪文”を唱え、またなにか言おうとしたシエスタの口を封じた。それだけでは飽き足らず、身振りでなにかを伝えようとしたシエスタの頭を、ポカポカと殴り付ける。

 ルイズは顔を真赤にすると、意を決したように首肯き、タバサの耳元で二言、三言、なにかを呟いた。

 するとタバサは目を大きく見開いて、ルイズの顔を見詰めた。

 そんなタバサに向かって、ルイズは大きく首肯く。

 それから再びタバサの耳元で、ゴニョゴニョとルイズは呟く。

 すると今度は、タバサの顔から冷や汗が流れ、ワナワナと震え、口がポカンと開かれた。

「理解ってるの? 貴女、こんな夜中にサイトの部屋なんかに行ったら、私と間違えられて色々されちゃうのよ。いや、あいつ本物だから、今以上ね。あくまで私と間違えて、だけどね。そんなことされたい?」

 タバサは身体を強張らせた。

 ルイズのゴニョゴニョは、まだ初心なタバサには刺激が強過ぎたのである。

「まあ、御姉様も卵を産む年頃なのね。頑張って産むのね」

 なにも気にせずに、シルフィードはロープを齧り切ろうとする。

 それから、「だから切るんじゃない馬鹿“竜”」、だとか、身振り手振りで「ミス・タバサ、良い本貸して上げましょうか?」、とかなんとか大騒ぎになった時に、扉がバターン! と開かれる。

 そこには、目を吊り上げた長い金髪の女性がいた。

「エレオノール姉様!?」

 ルイズが悲鳴のような叫びを上げた。

 ネグリジェ姿のエレオノールは、眼鏡を忙しなく弄りながら、3人と1匹を睨み付けると、大声で怒鳴った。

「貴女達! 今何時だと思ってるの!?」

 ルイズはその声にビクンと震え、背筋を伸ばして固まった。

「おや。また煩いのが来たのね」

 エレオノールはツカツカと近付くと、ビビビビビビとシルフィードを殴り付けた。

「なにするのね!?」

「御座り」

 ジロリとエレオノールが睨むと、シルフィードはなんだか怖くなってしまい大人しくなった。なんというのであろうか、エレオノールが怖かったのである。生理的に、凄く。

「こんな夜中に、一体どんなパーティを開いていたの?」

「パーティなんか開いてません」

 ルイズが空恍けて言いはしたが、エレオノールは当然聞いていない。

「さっき、発情、という単語が聞こ得たわ。ど、どういうことかしら?」

「そ、それはこのメイドが勝手に騒いだだけで!」

 シエスタは発言の必要を感じ、タバサを見詰めた。

 仕方なしに、タバサは“呪文”を解除する。

「ぷはっ。嫌だ。ミス・ヴァリエールは非道い人ですわ。貴女のためにミス・タバサのそれを報告したんじゃありませんか」

 タバサは無言でシエスタをポカポカと殴り付けた。

「兎に角、貴女達は、“貴族”の、いえ、淑女としての自覚が足りないようね」

「御言葉ですがエレオノール様。私はただのメイドで御座います」

「黙っらっしゃい」

「シルフィ何か“竜”なのね」

「御黙り」

 エレオノールは腕を組むと、緊張でかしこまるタバサを見て溜息を吐いた。

「“ガリア王族”の御方を当家で御預かりする以上、教育の責がこの私目には御座ます。朱に交わって赤くなられては、ラ・ヴァリエールの長女としての立場がありませぬ。ビシバシ行きますので、どうか御覚悟を」

 エレオノールは、スサッ! と腰から乗馬鞭を取り出すと、それで床を思い切り叩いた。

 どうやら、姉妹揃って、なにか躾や教育を誰かに施しなす時は、乗馬鞭を用いるようである。

 その場の全員が、ヒウッ!? と悲鳴を上げた。

「メイドだろうが“竜”だろうが“王族”だろうが、この家で暮らす以上、レディとそれに仕える侍女としての当然の作法を身に着けなさい。兎に角貴女達を纏めて教育して上げる。返事は?」

「は、はいッ!」

 その場の全員が、背筋を伸ばして返事をした。

 

 

 

 エレオノールの、教育、が終わったのは、それから2時間後のことであった。

 作法の教育とはいっても、眠りを邪魔されたエレオノールの憂さ晴らしであったといっても過言ではないであろう。

 取り敢えず歩き方の練習をさせられたのだが、4人共散々エレオノールの小言を浴びせられた。

 ルイズはそういう“貴族”らしい振る舞いには自信があったのだが、今日のエレオノールの御眼鏡に適わず、何度もやり直しを命じられた。

 先ずシエスタとシルフィードも眠くなったらしく、その場に倒れて寝息を立て始めた。すると、エレオノールも眠くなったらしく、自分の部屋に戻らずルイズ達のベッドへと倒れ込んだのである。次にタバサが倒れ込み、その横で眠り始めた。

 あと1時間もすれば、夜明けがやって来るであろう。

 ルイズは、(とんでもない夜だったわ)と独り言ち、やっと煩い連中が眠ったことに気付いた。

 ルイズはそっと部屋を抜け出すと、才人の部屋へと向かった。

 扉を開くと、才人はベッド代わりのソファに腰掛けていた。

「起きてたの?」

「ああ。なんか眠れなくてな。おまえもか?」

 ルイズは、コクリと首肯いた。

 才人は、先程まで考え事をしていたようで、余り見せない真面目な顔をしている。

 その様子を前に、ルイズは、才人が自身より2つも3つも年上に見えた。

 ルイズは、(確か私より1つ上でしかないのに。サイト達の世界の1年は、こっちの1年よりほんの少し短いんだっけ? でもって、1日の長さは、体感では変わらないらしいわね。人が住む場所と言うのは、どこも余り変わりがないのかもしれないみたいね。兎に角。それから行くと、私とサイトはほぼ同じ年ということになるかしら? それなのに、さっきの考え事をしているサイトは随分と大人びていたわね)と想った。

 今まで同年代の少年達が、大人っぽく見えたことは、ルイズには1度もなかった。男の子という生き物は、自分達女の子よりずっと子供で在る、と想っていたのである。いつも馬鹿なことばかり言って、単純で、ガサツで、デリカシーがない生き物、だと。だからこそ、才人に逢うまでの間、ルイズは幼馴染の間での約束事以外では、恋愛などには興味を持てずに生きて来た訳なのだが……。

 ルイズにとって、才人もまた少し前までは、馬鹿な男の子の1人に過ぎなかった。気になってはいたし、好きは好きであったのだが……大人っぽく見えるということはなかったのである。

 女の子は、確かに同年代の男の子よりは大人になる時期が早いであろう。大人になる速度は、絶対とは言い切ることはできないかもしれないが、大抵男の子選り早いのは確かである。

 だが……。

 ルイズは、(男の子は、一瞬で大人になっちゃんだわ。何が切っ掛け成のだろう? 様々なことが今までにあった。でも、今回の危険は今までのことに比べて遥かに大きい。なにせ、住む所が失くなってしまうのだから。そうした危機感 が、サイトにこんな顔をさせるのかしら?)と考えた。

「どうした? 何か話があるんじゃないのか?」

 ボーッと、自分を見詰めてなにも喋らないルイズを見て、才人が促した。

「え? あの、違うの。大した話がある訳じゃないんだけど……」

 すると才人は、キョトンした顔で言った。

「ああ、俺に逢いたかったのか?」

 以前までのルイズであれば、このように言われると、ついムキになって「そんなんじゃないわよ!」などといったことを言っていたであろう。

 だが、今は違う。

 恥ずかしげに、ルイズはコクリと首肯いた。

「俺もちょうど逢いたかった。なんつうかさ、ずっと一緒に寝てたから、いざ別々ってなんか変だよな。慣れないって言うか」

 ルイズは才人の隣に腰掛けると、最近よくするようにソッと寄り添った。そして、手を握る。

 それが合図だったみたいに、最近はルイズの顎を持ち上げた。

 それがスイッチであったかのように、ルイズは目を瞑る。

 唇が重なり合い、それと共にルイズの中に安心感が満ちて行く。

 しばらく重ねた後、ルイズは才人に尋ねた。

「なにを考えていたの?」

「そりゃ、“聖戦”や“聖杯戦争”のことだよ」

 才人は、なにやら解せないといった顔で言った。

「納できないの?」

 ルイズは心配そうな声で言った。(そりゃあ、私だって“エルフ”と戦うなんてことはしたくない。交渉が失敗すれば、戦いになる……でも、仕方ないの。そうしなければ、“ハルケギニア”の民の半分は住む場所を失う。残った人間だって、今まで通りに生活することはできないでしょうし)と想った。

「いや、教皇達の言うことは理解る。住む所が失くなっちまう。これ以上大変なことはないよ。でもさ、あんだけ強い“エルフ”達を相手にするんだ。今のままで大丈夫なのかな? って」

「そうね」

 ルイズも真面目な顔になった。

「交渉って、要はこっちにビビってくれなきゃ話にならない訳だろ? そんじょそこ等の“魔法”じゃ駄目だと想うんだけどね」

 その辺りのことは、ルイズも考えていなかった。

 だが、才人の言うことも一理あるであろう。

 ルイズは、(“4の4”が揃えば、なにか強力な“魔法”を私達は使えるようになるのかしら?)と考えた。それから、“始祖の祈祷書”に書かれた“始祖ブリミル”の言葉を想い出した。

 

――“必要があれば読める“。

 

「その時が来たら、たぶん、使えるようになると想うわ。今までがそうだったから」

「そうか……」

 才人はそう言って、少し哀しそうな顔をした。

「どうしたの?」

「ちょっとね」

「訊いても良い?」

 すると才人は、困った声で言った。

「ティファニアのことだよ。あいつ、ほら、御母さんが“エルフ”だろ? 自分の母親の国と戦わなくちゃいけないかもしれないって、辛いだろうなって」

 ルイズは、ハッとした。(確かにそうね。私達にとっては、“エルフ”は仇敵。そりゃあ確かに戦いたくはないわ。でも、感情だけで言えば、それほどの拒否感はないもの。でも、ティファニアは違うかもしれない。でも、かといってティファニアを外す訳にもいかないし)、と想った。

 才人は立ち上がると、テーブルの上から1通の手紙を取り上げ、ルイズに見せた。

「さっき、ティファニアから手紙が来たんだ」

「手紙?」

「ああ。梟で届いた」

 ルイズはその手紙を広げた。

 そこには、教皇からの指示で、「“ド・オルニエール”に向かえ」と言われたことが書いてある。

「明日、来るんだ。シオン達と同じ日に……え? ここで“使い魔”を“召喚”するですって!?」

 ルイズは驚いた声で言った。

「驚くことでもないだろ。“4の4”を揃えるってそういうことだろ。いよいよ本格的に動き出すってことだよなー。でもって、とんでもない“魔法”が使えるようになるんだろうな」

「そうだけど……」

 ルイズは、心配そうな声で言った。理解ってはいたのだが、本格的な“聖戦”がいよいよ近付いて来た、ということを実感したのである。

 “トリステイン”でも、再び外征軍の編成が始まるという。立て続けの戦続きだったということもあり、余りスムーズにことが運ぶとは考え難い。

 当たり前のことではあるが、ルイズや才人達が戦の要になるであろうことは明白である。

 ルイズは、(こんな小さく頼りない私の身体に、“ハルケギニア”の未来が……今度はホントのホントに、未来が賭かってる)と想い、緊張した。

 ルイズはなにかを言おうとした。だが、上手く言葉が出て来ない。

 そんなルイズを見て、才人が安心させるような声で言った。

「全く、“エルフ”と上手く交渉できないもんかね。あいつ等が、大人しく“始祖ブリミル”が作った“魔法”装置とやらを返してくれればそれが1番良いんだからさ」

 ルイズはなんだか自分が恥ずかしくなった。そういった事態だというのに、余り真面目に考えていなかったためである。正直に言うと、怖いのである。(どうせセイヴァーや教皇達にはなにか策があるんだわ)などと想って、考えるということを放棄していたように想えたのである。

 だが、ルイズから見て、才人は違った。才人が、自分が出来る範囲で考えている、というように見えた。そう感じられた。

 ルイズは、(これは、私達のことなんだ。誰も、なにも答えてくれない。教えてくれない。もしかすると、セイヴァーが解決策を知っているかもしれないけど……頼っては駄目。まあ、どうせ理由があって教えてくれないだろうし……私達でやらなきゃならない)と想った。

「私、“エルフ”のことを調べてみるわ」

 ルイズは言った。

 兎に角相手のことを良く知らねばならないのだから。

 その時、哀しそうな才人の顔に、ルイズは気付いた。

「戦うのは嫌?」

 すると才人は、首を横に振った。

「仕方ないだろ。そりゃ嫌だけどさ、こうなった以上、俺の好き嫌いなんか関係ない。そりゃ、先ずは”エルフ”達に俺達はこんな大変なことになってますってちゃんと説明するさ。そんでも”エルフ”が”そんなの知るか。勝手に滅びろ”なんて言うようだったら」

 才人は目を細めて言葉を続けた。

「俺は戦う。自分と仲間の幸せのためにね。そんくらいの覚悟はできてるよ」

「有難う」

「なんで礼なんか言うんだ?」

「だって、サイトに関係ないじゃない。“こっちの世界(ハルケギニア)”の人間じゃないし……」

 すると才人は、呆れた声で言った。

「未だそんな事言うのか」

「ううん。ちょっと言ってみただけ。でもホントに有難う」

 ルイズは、才人の胸に頬を埋めた。

 才人は優しくその頭を撫でる。

 しばらくそうやって撫でられていると、ルイズは(ここが私の居場所なんだ)と強く感じることができた。もちろん、そのようなことを口に出すことはないのだが。

 ルイズは、(私も戦う。この居場所を守るために)と想った。

 そして、やっとのことで眠気がルイズを襲った。

 

 

 

 

 ルイズを寝かし付けた才人は、はぅううううう、と溜息を吐いた。ルイズに言えない心配事が、まだまだあったためである。

 才人は、自分の膝の上で、あどけない顔で寝息を立てるルイズを見詰め、ポツリと呟いた。

「“エルフ”をビビらせるような、とんでもない“魔法”が使えるようになるだって? そんなの、こいつの小さい身体で耐えられるのか?」

 それが、今の才人にとって1番心配なことであった。なにせ、ルイズ達の“虚無”は“精神力”を派手に消耗するのである。あの“エクスプロージョン”でさえも、“精神力”がきちんと溜まっている状態でないと、強力なのはそうそう撃てないのだから。

 “エクスプロージョン”でそれなのである。

 “エルフ”達を屈服させることができるような“魔法”となれば、どのくらいの精神力を必要とし、消耗するかは想像に難くなかった。

 才人は、(どれだけの負担が掛かるのだろう? もし身体が危険なことになっても、ルイズは唱えようとするだろうな。自分の故郷を守るために……)と眠るルイズを見ながら考えた。

「その時になったら、俺、おまえに“止めろ”って言えるのかな……?」

 才人は、“始祖の祈祷書”に書かれた“時として虚無はその強力により命を削る”という文句を知らない。それでも、直感とでもいうべきモノで、危険ではないだろうかと考えていた。そもそも、強大な力には原則としてなにかしらの代償や制限、デメリットといえるモノが存在するのだから。

 そして、妙に責任感の強いルイズは誰が止めようとしても、例え命を失うことになろうとも、唱えるべき時はその危険で強力な“呪文”をとなるであろうこともまた簡単に想像することができる。

 そんなルイズだからこそ、才人は増々好きになったのであろうが……。

 才人は、(危険な橋は渡って欲しくない。どうすれば善いんだろう?)などと考えるのだが、いくら頭を捻っても答えは出ない。それから、(まさか唱えたら死ぬと決まった訳じゃないし。もしかしたら杞憂に過ぎないのかもしれない。セイヴァーだってなんも言って来ないじゃないか)と自信に言い聞かせるように考える。

 だが才人の中で、(でも、でも……)と、何かが危険だと、直感のようなモノが教えてくれていた。

 才人は、(俺が“ガンダールヴ”だから、“サーヴァント”だから、“使い魔”だから、そういった危険を感じるんだろうか? もっと勉強しときゃ良かったな……いや、学校の勉強あんまり関係ないな)とか考えていると、空の向こうが白々と輝きが見えた。

「ん?」

 その時。

 何か、窓の外から妙な気配がすることに才人は気付いた。

 唇の端を歪め、ソファに戻ると才人は無銘の“日本刀”を握り締める。左手甲の“ルーン”が輝き出す。

 窓を開き、才人は地面へと飛び降りた。

 着地と同時に、才人へ向かって様々な方角から“魔法”が飛んで来る。氷の矢、そして炎の球……。

 その攻撃を予想していた才人は、直ぐに飛び跳ねてそれを躱した。

 炎の球が、才人に着地した辺りに着弾して、爆発を起こす。花火のように火花が散り、辺りには煙が立ち篭める。

 氷の矢が、屋敷の壁に突き刺さり、漆喰を飛び散らせた。

 才人は姿勢を低くすると、“魔法”が飛んで来た方角に目を向けた。

 感じた怪しい気配が、敵なのか味方なのか、いるとしたらどこにいるのか、何人なのか、そういったことを確かめるためにわざと派手に2階から飛び降りたのである。

 “魔法”の威力からして、相当な使い手であることが理解る。

 ということは……。

 直ぐに才人は、(今、俺を狙う連中はあいつ等くらいなモノだ)、と相手の検討を着けた。

 才人は暮明に向かって、大声で叫んだ。

「おい! おまえ達だろ!? “元素の兄弟”!」

 しばらくの沈黙があって、返事があった。

「そうだ! 神妙に勝負しろ!」

 ドゥードゥーの声であった。

 才人は、はぁ~~~、と溜息を吐く。それから、「取り敢えず出て来いよ。話があるんだ」と声を掛けた。

 前方の茂みから、1人の少年が姿を見せた。

 そして、右側の茂みからもう1人。以前ドゥードゥーと一緒にいた少女である。名前は、ジャネット。

 その後ろからは、前にガリア”で戦った巨体の男もまた姿を見せる。

「おまえ……」

「よお」

 大男は、屈託のない笑顔を才人へと向けた。それは、才人と戦った後“ガリア”で捕まっているはずのジャックであった。

「おまえ、捕ってたんじゃないのか?」

「俺を閉じ込めておける牢獄なんて存在しないよ」

 ジャックは豪快に笑った。それもそうであろう。この“元素の兄弟”達は、いずれも相当な使い手である。“系統魔法”だけではなく、身体能力などもなんらかの“魔法”――“精霊の力”に似たなんらからの力を利用して強化されているのだから。ただの監獄では、拘置しておくのは難しいであろう。

「行くぞ! 正々堂々と勝負だ! “杖”を抜け!」

 ドゥードゥーが、顔に朱色を滲ませて叫ぶ。

 才人は頭を掻いた。

「やめとくよ」

「そうか。それならば、勝手に死ね」

 ドゥードゥーは“呪文”を唱えようとした。

「あのなあ……おまえはデルフの仇だから、俺もやりたいのは山々だけれど、正直それどころじゃないんだよ。折角だから教えてやるが、今“ハルケギニア”は大変なことになってる」

 するとジャネットが、つまらなさそうに言った。

「“大陸隆起”でしょ」

「なんだ、知ってたのか。“火竜山脈”だけじゃないぜ。この辺りもヤバイんだ」

「それがどうした!? 僕には関係ない!」

「大ありだわよ。もう、ドゥードゥー兄様、いい加減にしてよ。おかげでこの国の“貴族”共は、出兵で御金がなくなっちゃって依頼はキャンセル。只働きしてどーすんのよ?」

「やっぱり、“トリステイン貴族”の差金か」

 才人は切ない声で言った。才人の中で、(俺達は、そんな連中も救けるために、“エルフ”と戦わなくちゃいけないのか)と怒りが湧いた。

「依頼人を明かすなよ!」

 ドゥードゥーが怒った声で言う。

「あら? もう依頼人じゃないわ。どうでも良いじゃないの」

 そんなやりとりに、才人は頭が痛くなった。

「兎に角、おまえ達も逃げる準備でもしろよ。正直言ってな、おまえ達に関わり合ってる暇なんかないんだ。俺達は、そんな状況をなんとかするために働かなくちゃいけないんだよ」

 それでもドゥードゥーは聞き分けがない。

「おまえとの勝負はまだ着いてないんだ! 良いからその剣を抜け!」

 そんな自分勝手なドゥードゥーを見ていると、才人の中の怒りが増々湧き上がった。それから、(こんな奴に、デルフを殺されたなんて……今直ぐ駆け寄って、その胸を思い切り抉ってやりたい。でも、そんなことをしたら周りにいる2人が黙っていないだろう。それに、屋敷で寝ている皆も起きて加勢しに来るに違いない。そうなったら派手な戦いになる。派手だが意味はない)と考えた。

「あのなあ、いい加減にしろよ。おまえの妹や兄貴だって呆れてるんだろ?」

 才人は、苦い顔をしたジャネットとジャックを指さした。

「まあね」

 ジャックは、頭を掻きながら言った。

「だったら逃げ場所でも探せよ」

「いやぁ……どこにいたって変わらんさ。それに、どんなことになったって、俺達は生き残れる自信があるんでね」

 それは嘘ではないであろうことが、才人には理解った。同時に、(もしかして、“貴族”のほとんどもそう考えているんじゃないだろうな? どんなことになっても、自分達は大丈夫、と。全く、どいつもこいつも自分のことしか考えていない。だからたかが人気が出たくらいで、俺を殺そうと考えたんだろう。“貴族”は良い。でも、“平民”達はどうなる? “貴族”より、そっちの人数の方がずっと多いんだ)と考えた。

「6,000年だっけ? そんだけのほほんと暮らしてりゃ、なにが大変でそうじゃないかってのが、理解らなくなっちまうのかな」

「なにか言ったか?」

「別に。全く、下らない勝ち負けに拘ってどーすんだよってね」

「下らないだと? 僕はこの世界最強の“メイジ”になるんだ。その夢を下らないって言うのか!?」

 言うなり、ドゥードゥーは“杖”を抜き放ち、才人へと躍り掛った。

「やっぱ駄目か。でも、それは叶わない願いだと想うぜ。なにせ、“始祖ブリミル”やセイヴァーがいるんだからな」

 才人は、(まあ、説得してどうにかなる相手じゃない)と想い、刀を構えた。

 ドゥードゥーが振り下ろそうとしている“杖”には、以前見た時と同じような強烈な“魔法”の刃が輝いている。

 才人は横に飛んで躱す。

 同時に、ドゥードゥーは光のような速で才人の懐へと飛び込んで来た。

 だが、この前とは違って、才人の動きは更に素早かった。今の才人には迷いなどなく、屋敷にはルイズ達がいる。また、才人は腕輪が使い、“魔術”と“魔法”で身体能力を上昇させている。

 才人は後ろに飛んで躱して、ジャネットとジャックに注視した。

 2人共、腕を組んで見守るのみである。

 そんな2人の様子から、才人は、(だが、ドゥードゥーがヤバくなったら加勢するだろう。ということは、ドゥードゥーを追い詰めてはいけない)と考えた。

 そのように冷静に判断できる自分に、才人は驚いた。

 詰まり、ここは……。

「逃げるが勝ちだな」

 才人は踵を返すと、駆け出した。

「待てッ!」

 ドゥードゥーが驚いた声で叫ぶ。

 才人は、「待つ訳ねえだろ」と呟き、屋敷とは反対方向の森へと駆け抜けようとした。

 後を追おうとしたドゥードゥーの前に、青い影が立ち塞がったのはその時である。

「な、なんだおまえ達は!?」

 “杖”を構えたタバサである。逸早く騒ぎに気付き、文字通り飛んで来たのであった。

 そして、その横には“実体化”したイーヴァルディもいる。

 ネグリジェ姿のまま、タバサは目を怒りに光らせて立て続けに“呪文”を放つ。

 “ウィンディアイシクル(氷の矢)”が、タバサの怒りを具現化したような数でドゥードゥー目掛けて飛んだ。

 タバサの怒りは相当なモノであるようであり、現れた氷の矢は数十本に達している。

 それが一斉に飛び掛かったのだから堪らないであろう。

 ドゥードゥーは“杖”で矢を弾き、咄嗟に躱してみせた。が、不意打ちであったために数本を身体に喰らってしまう。

「ぐっ!」

 そう叫んで地面に転がったドゥードゥーに、タバサは“杖”を突き付けた。

「動いたら殺す」

 そう淡々と告げた声は、なんの気負いも感じられない。

 だが、その全身から漂う、氷のような冷気が、ドゥードゥーにその言葉が決してハッタリでもなんでもないとうことを教えてくれた。

 タバサは見た目は幼い少女であるが、相当の修羅場を潜って来たであろうことを感じさせる構えをしていることが判る。

 また、その隣にいる革鎧を着た青年の実力も、ドゥードゥーは理解することができた。本能的なモノであろう。鎧を着た青年は、一見無防備に見えるが、それでいて全く隙がない。

 しかしドゥードゥーも然る者である。相当の攻撃を喰らう覚悟を決め、“呪文”を放つ。“杖”の先から、猛烈な閃光と共に、稲妻が飛んだ。

 高位の“風呪文”、“ライトニング(稲妻)”である。“ライトニング(稲妻)”は、どこに飛んで行くのか予想を着けるのが難しいために、使い難いといえるであろう。撃った自分に向かって飛んで来る場合もあるためである。だから通常は、“ライトニング・クラウド”を唱え、小さな雲を作り出し、遠隔的に発射するのである。

だが、何の躊躇もなしにドゥードゥーは、稲妻を撃って退けたのである。こちらも相当な手練dえあるといえるだろう。

 タバサは咄嗟に“杖”で庇おうとする。

 が、その前に、イーヴァルディが剣を抜き放ち、稲妻から、マスターであるタバサを守護る。

 イーヴァルディが持つ剣が避雷針のように“ライトニング(稲妻)”を引き寄せるのと同時に、タバサは“呪文”を唱える。

 吹き荒ぶ風が、ドゥードゥーを吹き飛ばす。

 時間にすれば、わずか1秒程の攻防であろう。そして、3人は、十数“メイル”の距離を於いて対峙した。

「全く……だから言わんこっちゃないのよ。この屋敷には“メイジ”が一杯詰めてるからやめろって言ったのに……」

 そんな様子を見ていたジャネットは、溜息を吐く。それから、ドゥードゥーを助けるために“呪文”を唱えようとした。

「――きゃあ!?」

 だが、その瞬間、ジャネットの眼の前で爆発が起こり、彼女は後ろに吹き飛ばされる。

 濛々と立ち篭める土埃の向こうに、月の灯りに照らされ、やはりネグリジェ姿をした桃髪の少女が目付きでジャネットを睨んでいた。

「あれ? 貴女……ヴァネッサ?」

「違うわ。ルイズよ。やっぱり貴女、サイトを狙う殺し屋だったのね」

 ジャネットは、ニッコリと微笑んでみせた。

「今は違うわ。兄の付き合いで来ただけよ」

「どっちにしろ、殺しに来たんでしょ。そんなの、絶対に私が許さない」

 キッパリとルイズは言い切った。

 するとジャネットは、大袈裟に溜息を吐いてみせた。

「なぁんだ。結局、赦しちゃったんだ」

「う、煩いわね」

「なんだっけ? 親友とキスしてたんでしょー? あのサイトとか言うの。で、それが赦せなくって修道院にまで入っちゃったのに、ちょっと優しくされたら赦しちゃうんだ。へー」

 挑発するように言われて、ルイズの髪が逆立った。

「か、かんけーないじゃない、貴女に」

「かんけーあるわよ。だって私、そんな貴女のために、わざわざ修道院迄案内して上げたんだから。それなのに、こんな簡単に仲直りなんて。興冷めだわ」

「御黙り」

「安い女ね」

 呆れた声で言われて、ルイズは再び“呪文”を放った。

 パンッ! と派手な音が響いて、“エクスプロージョン”が炸裂した。

 閃光が消えた後に、ジャネットの姿はそこにはなかった。

「あれ?」

 キョトンとしたルイズの耳元に、声が響く。

「絶対に赦さないって、頑なになってる貴女が好きだったになー」

「な!?」

 ルイズは、(このジャネット、どうやって私の爆発から逃げて、側に来たの? 人間とは想えない身の熟し……“サーヴァント”に匹敵する?)と驚きながら考えた。

 そんな考え事をしていると、ルイズはヒョイッと腕を掴まれて、慌てた。

「な!? 離しなさいよ!」

「ねえ。あんな男のどこが好いの? 私、貴女のことかなり気に入ってたのよ。だってこんなに……」

 ジャネットは、ヒョイッと舌を伸ばしてルイズの頬を舐め上げた。

「凄い力持ってるんだもの」

「馬鹿にしないで!」

 ルイズは怒りに任せて、自由な方の左手でジャネットを叩こうとした。

 だが、その手もグイッと握られてしまう。

 それでもルイズは得意の蹴りを叩き込もうとしたのだが、それもまた呆気なくガードされてしまう。

「ホント面白い娘!」

 ジャネットは、満面の笑みを浮かべるとルイズに抱き着いた。

「だから離しなさいってば! この!」

 

 

 

 ジャックはいきなり現れた加勢の娘達を呆れた顔で見詰めていたが、ルイズの加勢に向かおうとしている才人に気付き、“呪文”を唱える。

「森の木々よ。我に仇なす者を捕らえよ」

 野太い声で紡がれるそれは、口語の調べであった。

 ジャックの口から出でる“先住”の“呪文”は、立ち木の枝を動かし、才人の足に絡み付いた。

 

 

 

 才人は、現れたタバサとルイズとイーヴァルディを見て一瞬驚いた顔になった。次いで、その顔が感動に歪む。(あいつ等、やっぱりいざって時には頼りになるなあ)などと目頭が潤んだ。それから、(でも、彼女達を巻き込む訳にはいかない。あいつ等が狙っているのは俺なのだから)と想った。

 タバサとイーヴァルディはドゥードゥーを押さえてくれている。だが、ルイズは……と見ると、ジャネットに両手を押さえられもがいていた。

 ルイズは大きな大砲みたいなモノだと例えることができ、唱える“呪文”は当然強力である。が、戦闘が得意という訳ではない。誰かが周りを守ってやらないと、その威力を発揮させることはできないといっても良いだろう。

「あいつめ!」

 才人は怒りに震えて駆け出した。

「――うわっ!?」

 しかし、いきなり伸びて来た木の枝に、才人の足が絡め取られてしまう。派手にすっ転んだ先に、ジャックの巨体があった。

「おまえ……これって“先住魔法”? なんで?」

「まあ、どうでも良いじゃねえか。まあ、俺はおまえになにも含むところはないが、弟想いなんでね」

「ホントいい加減にしろっての。地面が捲れ上がっちまう時に、人間同士で争ってどーすんだよ!?」

「そんなの知ったことか」

 才人は素早く跳ね起きると、ジャックを袈裟懸けに斬り下ろそうとした。

 が、巨体を軽やかに動かし、ジャックはそれを避けてみせた。

「おい、俺の相手はおまえじゃないぜ」

 そう言いながらも、才人を攻撃しようと“杖”を構えた瞬間、ジャックの周りで炎の球がいくつも炸裂した。

 そして、たっぷりと色気を含んだ声が闇から響く。

「大丈夫? サイト」

「キュルケ!」

 “呪文”を唱えようとしたジャックに、炎の形をした蛇が絡み付く。

 コルベールが炎を鞭のように操り、ジャックを牽制した。

「サイト君! ここは我々に任せろ!」

 才人は首肯くと、ルイズの元へとすっ飛んで行った。

 

 

 

 ジャネットは、暴れるルイズを愉しそうな顔であやしていた。両腕を封じ、キスをするように頬を舐め回す。

「だから離しなさいってば!」

 ルイズは抵抗しようとしたが、ジャネットはルイズのそんな抵抗を物ともしない。

 そこに才人が駆け付けて来た。

「大丈夫か!? ルイズ!」

「救けて! 此の娘妙成の! 何か変成の!」

 才人とルイズを、ジャネットは交互に眺めて、愉しそうに舌舐りをした。妙に妖艶な雰囲気が辺りに漂う。

「貴男に、この娘は勿体ないわ。私が貰って人形にするわ」

「はあ? なに言ってんだよ!?」

 才人が刀を構えると、ジャネットは笑みを浮かべた。

「おっと。それ以上近付いたら……」

「人質なんて卑怯だぞ!」

「危害なんて加えないわよ。馬鹿ねえ。この可愛いネグリジェ、取っちゃうだけよ」

「そんなの脅しになるかッ!」

 才人は怒鳴り付けて近寄ろうとするのだが、ルイズが叫んだ。

「駄目ーッ!」

「はぁ? そのくらい我慢しろよ! 今はそれどころじゃ……」

 そう才人が言うと、ルイズが恥ずかしそうに首を横に振った。

「他の人に見られるのが嫌なの……」

 才人は口をあんぐりと開けた後、顔を真赤にさせた。

「そ、そうだよね……」

 そんな2人を見て、ジャネットは唇を尖らせた。

「なんなの? 貴方達」

 

 

 

 さて、spの頃タバサはイーヴァルディと共に、ドゥードゥーと獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。

 いや、イーヴァルディはあくまでもサポートや露払いといった様子である。

 ドゥードゥーは、タバサの“ウィンディアイシクル”で得た負傷を物ともせずに、暴れまくる。まるで痛みを感じていないかのようである。

 だが、タバサとて、かつては音に聞こ得た“北部花壇騎士(ノーブル・シュヴァリエ)”の7号である。ヒト以上の力やスピードを持つ連中との戦いなら慣れている。最初こそ多少戸惑いはしたものの、ドゥードゥーの人間離れしたスピードにも着いて行くことができるようになった。なにせ、タバサには、才人を守護る、という強い想いがあるのだから。

 その想いが、タバサの“風”を何倍にも強力にさせていた。ドゥードゥーの大振りの攻撃を躱し、わずかな隙を狙って氷の矢を叩き込む。

 そのたびにドゥードゥーは、命中部位に“硬化”を掛けて、矢を弾いた。

 だが、いかなドゥードゥーの体術をもってしても、軽やかに風を使って飛び回るタバサ、そして“サーヴァント”中“ハルケギニア”随一とでもいえる有名で“知名度補正”を得ているイーヴァルディヲ前にしては、捕まえることもダメージを与えることも難しかった。

 だが、タバサの攻撃も、ドゥードゥーを追い詰めているとは決して言い難い。タバサの弱点は、その“呪文”の威力である。立て続けに唱えるために、1発の威力に欠けるのである。弱点を狙ったとしても、その場所に“硬化”を掛けられてしまうがために、致命傷を与えることができないでいるのである。

 そんな中、イーヴァルディは変わらずにマスターを立てるかのように最低限の動きなどしかしない。タバサが避け切ることができない攻撃などを防ぎ、たまにドゥードゥーの注意を引き付けるといった具合である。

 故に、3人の戦いは、将棋で例えるならばまさに千日手という状況に陥っていた。

 

 

 

「さてと。いやはや、凄いことになってるね。どうも」

 森の茂みの中、そんな乱闘を見守る、小さな影があった。まるで12歳くらいの子供にしか見えないが、目付きは子供のそれとは明らかに違う。

 “元素の兄弟”の長兄、ダミアンである。

 彼の手には、奇妙なモノが握られていた。

 一見したところ、それは巨大な管楽器のようにも見えるだろう。カタツムリのように、真鍮でできた管が、いくつも合わされ、先はラッパのように広がっている。

 ダミアンは、管楽器であれば吸口に当たる部分にあるスイッチを入れると、先を地面へと向けた。

 低い唸りと共に、管楽器のようなそれはビリビリと震え出した。管の内側が光り出し、中から強烈なオーラが迸り出した。ラッパの先が向けられた地面が、わずかに輝き始める。迸ったオーラが地面に当たると、そこがグンニャリと変化を始めて行く。

「常時“錬金”を放出する装置か。凄いね。どうも」

 ドゥードゥーと睨み合うタバサの元に、とととと、とシルフィードが駆け寄った。

 タバサが首を横に振る。

「加勢は要らない。危険だから、貴女は空で見ていて」

「違うのね。もっと重大なことなのね」

 シルフィードは焦った顔で言った。

「あそこを見るのね」

 タバサは、(戦闘中になにを言うのだろうか?)と疑問に想いながらも、言われるがままに、シルフィードが指さす方を横目で眺めた。

 月灯りの下、ルイズがジャネットに捕まり、ネグリジェを捲くられそうになっている。才人が、「やめろ」や「放せ」などと、大騒ぎをしていた。対して、ジャネットは、なんだか愉しそうに笑みを浮かべている。

 こうやってドゥードゥーと対峙している自分達とは全く違う温度差に、タバサとイーヴァルディは拍子抜けしてしまった。

 どうやら、本気で殺り合いたいのはこのドゥードゥーだけであり、他の2人はそうでもないらしいことが判る。

「御姉様に足りないのはあれなのね!」

「え?」

「良くも悪くも、御姉様は強過ぎなのね! こういう時は、弱いところを見せて救けて貰うのね。あの娘みたいに! きゅい!」

 タバサは、ハッとした。

 才人が夢中になってルイズを救けようとしているのを見て、タバサは(私……強過ぎる?)と想ってしまった。

「なに余所見をしてるんだ!?」

 ドゥードゥーが叫んで、“杖”を振り払った。

 イーヴァルディがその攻撃を直接当たらないように防ぐのだが、風圧を防ぐことはできなかった。

 タバサは反応が遅れて、ドゥードゥーの“ブレイド”による風圧に煽られてしまい、バランスを崩した。

「貰った!」

 そこにドゥードゥーは、“杖”を叩き込もうとする。

 だがそこに間一髪で、シルフィードの叫びを聞き付けていた才人が二足飛びに駆け付け、イーヴァルディより早くドゥードゥーの“杖”を斬り落とす。

「あっ!?」

「あっ、じゃねえよ。おまえ、ホント前しか見えてねえのな。さて、神妙にしろ」

 どうやら才人は、ルイズを救ようとしながらも、しっかりと周りに注意を払っていたらしい。

 タバサは、そんな才人を眩しげに見上げた。

「くそ! こんな奴にまた遅れを取るなんて! くそ!」

 悔しげに地面を叩くドゥードゥーに、刀を突き付け、才人は言った。

「さて、誰に頼まれて俺を狙ったんだか吐けよ」

 兎に角、国の“貴族”に狙われるのは、才人からして、そうでなくとも御免であった。“エルフ”とやり合う可能性が高いというのに、後ろから狙われるのでは溜まったものではないのだから。

「くそ! くそ! なんなんだ! どうしてこの僕が!」

 だが、ドゥードゥーは才人の言葉など耳に入らない様子。まるで幼子のように、悔しいと騒ぎ立てるだけである。

 なんだか、ドゥードゥーのその姿が、この国の“貴族”達と被って見えてしまい、才人は溜息を漏らした。(俺達が救けようとしている人間の中には、こういう連中も混じっている。と言うか、この国の上層にいるのは、こういった自分のことしか考えない連中なんだろうな。姫様も大変だな)、と才人は独り言ちた。

 その時……。

 地面がグラリと揺れた。

「何だ!? 地震か!?」

 才人は、(まさか、“大陸隆起”か?)と顔が蒼白になった。

 次の瞬間、才人の身体が沈んだ。

「え? なに? 沈んでる? って言うか水? 海? なんだぁ?」

 いつの間にか、地面が水面に変わっていたのである。しかも、随分と深い。

 才人は、(こんな所に池なんかあったっけ? それとも、一瞬で移動した? 背が立たない!)と焦った。

 そんな才人の手が、何かに触れる。

 才人は、(木だ! ということはは屋敷の直ぐ側の、木立の中だ。ということは、地面が水に変わったんだ)、と気に掴まり、考える。それから、即座に周りを見回すと、月灯りにキラキラと水面が輝いているのが見えた。それを見て、昔テレビで見た、雨季のアマゾンの森の中を、才人は想起した。

 次いで、才人は、「どうなってんだ……?」と呟くのと動じに、頭の中に霞が掛かったかのような感覚に襲われた。

 才人は、(ヤバイ。こんな時に寝たら溺れ死ぬぞ)と想い、刀を木に突き立てて、柄頭に付けた縄で手首に固定した。なんとかぶら下がる格好になった時に、眠気に耐え切ることができずに、才人はガックリと項垂れてしまった。

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