「“蛮人”共め、一体なにを考えてるんだ? 自分達の大地が失くなってしまうっというのに、同族で争ってやがる」
そう呟いたのは、薄茶色の髪に、白とも灰色とも着かない目を持つマッダーフである。彼は37歳であるのだが、ヒトの目から見ると10代後半にしか見えないであろう。
“エルフ”の寿命は、ほぼヒトの倍近いのである。彼等の成人は遅いのだが、その分だけ、高度な教育を長い間行うことができ、受けることになる。“エルフ”がヒト達を、“蛮人”、と侮るの理由の1つは、こんなところにもあるのである。
「多分に、近視眼的なのだろうな」
興味がなさそうに、一行の隊長であるアリィーが言った。彼はとっとと任務を済ませて砂漠に帰りたいのである。線の細い顔立ちをしており、神経質に見える。細い身体からは、彼が歴戦の戦士であるということを想像し難いモノにしている。彼は40歳になるのだが、やはりヒトでいうところの20歳ソコソコにしか見えないであろう。
「と言うと?」
アリィーの言葉に、マッダーフが続きを促す。
「未来の大きな危機より、現在の小さな対立に目が向くんだ。要は動物なんだよ」
アリィーは軽蔑を含んだ声で言った。
彼が率いる“エルフ”の戦士小隊は、才人達の乱闘を、近くの茂みから見守っていた。夜の闇も、彼等にとっていささかのこともない。彼等は、“精霊の力”が組み込まれたゴーグルを着けていた。生物の体温を感知して、表示することのできる装置である。
俗説で、“エルフ”は夜目が効く、などと言われているのだが、そういった伝説を始めとした話の数々は、こういった優れた“魔道具”によるところが大きいといえるであろう。
「そのサイナントカって奴は、どいつなんだい?」
マッダーフに尋ねられたアリィーは、婚約者の叔父――ビダーシャルから聴いた特徴を持つ少年を探し出した。
才人はちょうど、ジャネットに捕まったルイズを救けようとしているところである。
「あいつだな。剣を持っている。“蛮人”の“メイジ”は、武器を持たない。間違いないだろう」
「で、どうする?」
この場にいる人間達を全員敵に回すというのは、流石に“エルフ”といえども得策ではないといえるであろう。見たところ、中々に強力な使い手達もいることが判るのだから。
アリィーが決断しかねていると、側にいたルクシャナが頼み込むような声で言った。
「ねえアリィー」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃないの」
ルクシャナは吊り上がった薄いブルーの瞳を、更に吊り上げて言った。細身の美しい顔立ちに、怒りの色が浮かぶ。その怒り顔はなんともストレートで、そのまま心の中身を打ち撒けたようである。だが、そのストレートさのおかげであろう、見る者を不快にさせることはない。なんとも判りやすく、また魅力的な表情であるといえるだろう。
結局、アリィーはそんなルクシャナの素直さに参っているのである。
「どうせ、この辺りを探検したいとか言い出すんだろう?」
するとルクシャナは、軽く舌を出した。
「だから、“蛮人”の仕草はやめろって」
「だって、さっきからジッとここで様子を窺っているだけじゃないの」
「あのなあ、しょうがないだろ。なかなか良いタイミングが掴めないんだ。他にも“メイジ”がいるかもしれないし」
するとルクシャナは、得意げに言った。
「じゃあ私が、ちょっと周りを探って来るわ。偵察隊って訳ね」
「おいおい」
「大丈夫よ」
こうなってしまうと、ルクシャナはアリィーの苦言を絶対に利くことはないといえるだろう。
アリィーは仕方なしに首肯いた。
「危険だと感じたら、絶対に逃げて来いよ。イドリス、頼む」
イドリスと呼ばれた“エルフ”は、コクリと首肯いた。丸い顔に細い目が、生真面目そうな雰囲気を醸し出している、若い“エルフ”である。
「何よ? 護衛なんか要らないわよ。1人で平気」
「イドリスは護衛じゃない。見張りだよ」
イドリスは苦笑を浮かべた。
「了解です。隊長殿。全力で婚約者殿を御守りさせて頂きます」
ルクシャナは、イドリスを伴うとプリプリ為乍ら暮明へと消えて行った。
マッダーフが心配そうな顔で、「良いのか?」と尋ねた。
「どうせ止めても行くんだ。あいつは」
困った声で、アリィーはそう言った。
その時であった。
才人達が戦っている辺りで、突然の変化が起こった。いきなり地面が液化し、まるで湖のようになったのである。戦っていた連中は、水に呑み込まれて慌てた声を上げている。
「なんだあれは?」
驚いた声でマッダーフが言った。
アリィーは全く表情を変えずに、マッダーフの疑問に言葉を返す。
「“蛮人”共の“魔法”だろう。恐らくは、“錬金”、という奴だ。土を水に変えたんだ」
「大したもんじゃないか。かなりの面積を水に変えてるぞ」
「中には、強い奴もいるんだろうさ」
アリィーは、願ってもないこのチャンスを逃して堪るか、と“呪文”を唱え始めた。
「水よ。尊き命の水よ。あの者に、安らかなる眠りを与えよ」
指で丁寧に印を切り、アリィーは“呪文”を解放した。
木に掴まっている才人の元へと“呪文”は届き、周りの水を触媒として強力に作用した。
「マッダーフ、ここを確保しておいてくれ」
「理解った」
アリィーは立ち上がると、フードを深く冠り直し、ガックリと首を落とした才人の元へと駆け出した。ジャバジャバと水の中に入って行き、泳いで側へと寄る。
アリィーは、右手に握った刀を気に突き立てた少年をマジマジと見詰めた。
“魔法”により、才人が深い眠りに陥っていることが理解る。その口からは軽やかに寝息が漏れており、その寝顔にはまだあどけなさが残っている。
アリィーは、(こんな“蛮人”の少年が、あのビダーシャル様を負かして退けたとは……これが“悪魔の力”という奴か。かつて自分達の先祖を苦しめた、ブリミルの末裔。“虚無”の盾こと、“ガンダールヴ”)と想い、思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
ピクピクと才人の耳が動いていることに気付き、アリィーは苦笑した。
「参ったな。この僕が怯えてる」
アリィーは、才人の腕を掴んだが、ガッチリと刀を握っていて離れない。
仕方なしに、アリィーは刀を木から引き抜こうとした。
しかし、刀は木に食い込んでいる。なかなか引き抜くことはできない。
モタモタしている暇はないが、アリィーは余り“魔法”を多様することを避けたかった。“精霊の力”を借りるのにも、ヒトが扱う“魔法”と同様に“精神力”が必要なのである。
アリィーの背後から“魔法”が飛んで来たのはその時であった。氷の矢が、アリィーの背中へと飛んで来た。
だが、アリィーは身体の周りに、風の“精霊の力”を掛けていた。目には見えないが、まるで竜巻のような空気の流れが存在する。
矢は、風に逸らされてしまい、明後日の方に飛んで行く。
振り向くと、青い髪をした小さな少女が、アリィーへと大きな“杖”を向けていた。
次いで矢が放たれる。次の矢は、防御の竜巻をきちんと意識したモノである。回転する空気の流れに横から入って行くと、高速でアリィーの周囲を回りながら、一瞬で内側へと向かって来る。
「!」
アリィーは咄嗟に首を竦めた。
氷の矢は間一髪頬の側を掠めて、木の幹へと突き立つ。
だが、無事ではない。掠めた矢でフードが脱げて、長い耳が露わになった。
青い髪の少女の表情が変わる。
アリィーはためらわずに枝を操り、何本もの矢を飛ばした。得意の“
タバサは咄嗟に風を操り、数本を逸らせて退けた。だが、突然現れた“エルフ”に動揺してしまったらしい。 背後から飛んで来た矢を避け切ることができない。
そんなタバサの背後に向かう枝矢を、イーヴァルディは剣で弾く。が、体勢が悪かったのだろう、タバサを突き飛ばしてしまう。
倒れるタバサを、泳いでいたシルフィードが見付けて抱え起こす。
「御姉様!」
「参ったな。急がないと」
アリィーは、“魔法”を使うと、才人の刀をやっとのことで木から引き抜いた。そして、抱き抱えると“水”の“精霊の力”を使い、高速で泳ぎ切った。
騒ぎを聞き付け、ルイズ達が泳いでやって来た。
「どうしたの?」
「大変なのね! “エルフ”が! 貴女の“使い魔”を連れ去ったのね! でもって御姉様が!」
「サイトが!?」
「あっちに行ったのね!」
シルフィードはきゅいきゅい喚きながら、闇の一角を指さした。
キュルケとコルベールが、気を失ったタバサを抱え上げた。
「ルイズ、ここは私達に任せて、サイトを追って!」
キュルケが叫ぶように言った。
地面が水に変わるのと同時に、襲い掛かって来ていた“元素の兄弟”は姿を消していた。
ルイズは、(なにが一体どうなってるの? どうして“エルフ”が? この場所に?)と当然のことだが混乱した。だが、考えるのをやめた。
才人が、“エルフ”に攫われた。
そのことから、(成る程、向こうから仕掛けて来たんだわ)とルイズは想った。
「絶対に逃さない」
ルイズは“エルフ”が去ったと思しき場所に向けて、“テレポート”で飛んだ。
才人を抱えて、アリィーは地面へと攀じ登ろうとした。“錬金”で変えられた水面と、地面の境界線は脆く、登ろうとするとボロボロと土が零れ落ちる。
「……ったく。なんで僕がこんな苦労を」
泥だらけになりながら、アリィーはマッダーフに手伝わせて才人を引き上げた。
「派手な騒ぎになったな」
アリィーがやって来た方向を見て、マッダーフが言った。
「しょうがないだろ。計画に齟齬は付き物だ」
それからアリィーは、辺りを見回した。
「ルクシャナ達は?」
「まだ戻って来ていない」
「全く……ホントに困った奴だな!」
「どうする?」
「取り敢えず、キャンプへ向かおう」
アリィー達は、こことは違った場所に、秘密のキャンプを造っていた。森の中に“精霊の力”を利用して結界を張り、そこで寝泊まりしてチャンスを窺っていたのである。
才人を背負い、アリィーは歩き出した。
其の時、背後から爆発音が響き、アリィー達は3“メイル”も吹き飛ばされ、地面に転がった。“魔法”を含む飛び道具から身を護る為の“風盾”では在ったが、爆風には意味を為さ無かった。
仕方なしに木に身体を打ち付けたアリィーは、顔を顰めて立ち上がった。
「動かないで!」
アリィーとマッダーフがユックリと振り返ると、桃色の髪をした少女が厳しい顔で“杖”を突き付けていた。全く気配を感じさせず、彼女はまさに背後に突然現れたのである。
少女のその全身から発される“魔力”のオーラは、小柄な身体とは裏腹に、恐ろしいまでの圧力を誇っている。
「サイトを離しなさい」
少女は“エルフ”を見ても、怯えた様子を見せないでいる。その鳶色の瞳には、強烈な怒りが渦巻いていることが判る。
アリィーは、直ぐに自分が連れて行こうとしている少年と、この少女の関係に気付いた。
「“悪魔”の末裔め」
ルイズは、十分以上に美しい少女といえるであろう。“エルフ”にだって、彼女ほど美しい顔立ちをした者はなかなかにいないといえる。
その意志の強さと顔立ちは、アリィーに何故かルクシャナを想い出させた。初めて見る仇敵の姿は、アリィーの想像から余りにも掛け離れていたのである。
だが、その美しい外見とは裏腹に、彼女はかつて“大災厄”をもたらした“
「もう1度言うわ。サイトを離して、此処から立ち去りなさい」
“悪魔”の末裔――“虚無の担い手”であれば、殺す訳にもいかないであろ。もし、殺してしまえば、再び別の者に力が宿るのだから。
だが、先程の“魔法”を見るに、逃げ出すことも適わないということを、アリィーは理解する。
アリィーは、マッダーフに目配せをした。
「こいつを頼む」
マッダーフは、才人を抱えると、首肯いた。
アリィーは素早く“呪文”を唱えると、“枝矢”を飛ばした。
ルイズは咄嗟に、“
アリィーは一瞬で間合いを詰めると、爆風の隙間からルイズに向けて蹴りを放った。ただの蹴りではない。蹴りがルイズの鳩尾に決まるのと同時に、電撃が迸る。
ルイズはただの一撃で全身が痺れ、気を失い、地面へと崩れ落ちる。
アリィーは拍子抜けした。
「“魔法”は強力だが、戦いは得意じゃないようだな」
ルイズの戦い方は、まるで素人のそれである。詰まりは砲台のようなモノで、攻撃力は確かにあるが、1度懐に潜り込まれてしまうと無力化してしまうのである。
だからこそ“使い魔”を使役して護衛に当たらせたりするのであろう、と戦いとも言えないこの短い時間の間でアリィーは推察した。
“エルフ”は、“精霊の力”の行使だけではなく、戦士としての訓練も十分に受ける。その戦士としての教育が、ヒトの全員には行き渡っている訳ではないのである。
「なんだ、“悪魔”も大したことないじゃないか」
やはり1発でルイズの正体を見抜いたマッダーフが、笑いながら言った。
「彼等を分離させる、というビダーシャル様の判断は正しかったな」
アリィーは首肯くと、マッダーフと共に眠る才人を連れてキャンプへと向けて歩き出した。
才人達と戦った辺りから、数百“メイル”離れた森の奥に設置されたキャンプは、森の“精霊の力”を利用して結界が張られている。一辺10“メイル”四方ほどの空間が、外からは見えないように、また他の者が入ることができないように処理されている。
なにも知らない者が近付いても、気付かぬうちに微妙に歩く方向がズレ、決して入り込むことができないという仕組みである。
アリィー達が決壊に近付くと、ゼリー状の空間に押し入るかのように、風景が歪んだ。
アリィー達は中へと入り込む。
そこには、ここ数日生活した跡が残っている。
アリィーは、才人を自分のテントの中へと運び、寝床の上へと横たえさせた。
才人の様子から、後しばらくの間は目を覚まさないであろうことが理解る。
アリィーは、(こうやってなんとか捕えることができたのは、いきなり現れた水のおかげだ。地面が水に変わらなかったら、これほど強力な眠りを掛けることはできなかっただろう)と考え、この地の“大いなる意思”に感謝を捧げた。
時間は少しばかり遡り、大きめの“竜籠”が空を飛んでいる。
その“竜籠”の中には、ティファニアとシオン、俺とハサンがいる。“トリスタニア”で1度合流し、同じ“竜籠”で“ド・オルニエール”へと向かっているのである。
もうそろそろ到着し、降り立つという時……地面が水に変わってしまったことに気付き、降下地点が変更になった。
そして、降りるのと同時に、2人の“エルフ”と遭遇することになったのである。
しばらくすると、結界が開いてるクシャナとイドリスが姿を見せた。
アリィーは驚いた声を上げた。
「おいルクシャナ。誰だ、その2人は?」
イドリスは、1人の少女を背負っていた。
少女は気を失っているらしい。イドリスが才人の横に横たえさせても、ピクリとも動かない。
ティファニアである。
アリィーは直ぐに、彼女のその耳に気付いた。
「“エルフ”! “エルフ”じゃないか!」
「いや、純血の“エルフ”じゃないわ。たぶん、ハーフね。瞳の形が“蛮人”だわ」
ルクシャナが、学者の顔で言った。
「どこで見付けたんだ?」
「屋敷を調べようとしたら、この娘とその男達が降りて来たのよ。恐らく、彼等の仲間なんかじゃないの?」
「おいおい、ハーフだって?」
マッダーフが叫び声を上げた。ヒトとの混血――“ハーフエルフ”。それは、“エルフ”達にとって、忌むべき生き物の象徴であった。彼等からすると、自分達の血が汚されたかのような、そのような気持ちになってしまうのである。
「“エルフ”の面汚しめ!」
マッダーフが、ティファニアに“魔法”を撃ち込もうとした。
ルクシャナが、それを押し止める。
「ちょっと! 止めて!」
「どうして止める? “蛮人”の血が混じった“エルフ”なんて、恥以外の何者でもないじゃないか?」
「彼女は貴重なサンプルよ。“蛮人”世界で生きて来た“エルフ”。これ以上の研究対象はないわ。兎に角、彼女に手を出すことは私が許さないから。それに、もし本当に手を出そうとしていれば、貴男達、彼に殺されていたわよ?」
ルクシャナのその言葉に、3人は一斉に俺の方へと視線を向けて来る。その目には、侮蔑を始めとした感情が明らかに込められていることが判る。だが同時に、侮蔑や軽蔑を始め軽く見ながらも、俺のことを畏れていることもまた判る。
彼等“エルフ”は、ヒトの姿をしている俺に対して、理性ではヒトと同じく“蛮人”として見ていながらも、本能とでもいえる部分では俺のことを“精霊”やそれに準じた存在に近いか、それ以上の存在として認識しているのである。
「この男が? ありえないね」
「そう想うなら、そう想ってくれて構わない。考えなどは自由だからな。で、自己紹介に入らせて貰いたいだのだがね」
「……どうぞ」
アリィーは、俺の特徴から、何かを想い出した様子を見せる。が、口を挟もうとはしない。
「では、名乗らせて頂こう。セイヴァー、と呼ばれている。いや、そう名乗ったと言った方が正しいな。ここでの“真名”など元からないのだから。名乗った名前が“真名”になるだろうしな。それじゃ、よろしく頼むよ。“エルフ”の諸君」
「おい、もしかして着いて来るつもりか? ルクシャナ! サイナントカだけではなく、この娘もこの男も連れて行くつもりか!?」
「もちろんよ。研究対象というだけじゃない。沢山訊きたい事があるもの。“エルフ”の血を引く者が、彼等と一緒にいた。どんな理由があるんだか、調べないといけないわ。この男、セイヴァーのこともそうよ。一体、どういった経緯でこれだけの力を手にしたのかを訊きたいもの」
理解った、とアリィーは首肯いた。
「管理は君に一任する。だがもし、危険なことになるようだったら、彼女と彼は置いて行く。良いな?」
「良いわ」
ルクシャナは、満足げに首肯いた。
「で、隊長殿。これからどうするんですか? 僕たちが彼等を攫ったことは、相手にバレてしまったんでしょう? “蛮人”共だって間抜けじゃない。今頃、大騒ぎになってますよ。無事に“
最年少のイドリスが心配そうな声で言った。
「この娘とセイヴァーが乗って来た“竜”を使えば良いじゃない」
アッサリとルクシャナが言った。
アリィーは首を横に振った。
「空は1番目立つ。直ぐに“蛮人”の“竜騎兵”に見付かってしまうよ」
「見付かって、なにか不味いことがあるの? もう私達の仕業だってことはバレてるんだから、1番早い方法で帰れば良いじゃない?」
「これだけの人数を乗せてかい? 空じゃ“精霊の力”も余り当てにはならない。賛成できないな」
アリィーに言い負かされて、ルクシャナは唇を尖らせた。
「じゃあどうするのよ?」
アリィーは、相手に自分達の存在が知られてしまった場合の脱出手段を想い出した。単純ではあるが、効果的な方法を。
だが、他の2人が納得するかどうかが問題である。
「詰まりだな、“変化”で“蛮人”に化けるんだ」
その言葉で、イドリスとマッダーフの顔が青くなる。
「“蛮人”に化けるだって? 冗談じゃない!」
「来る途中は変装して来たじゃないか」
こちらも余り乗り気ではない声で、アリィーは言った。
“エルフ”にとって、顔形まで“蛮人”になり切るということは、相当の抵抗があるらしい。
「良いじゃない。私、1度やってみたかったの」
楽しげな声で、ルクシャナが言った。
「ごめんだな! 僕は!」
それでも、プライドの高いマッダーフは吐き捨てるように言った。
「マッダーフ、“評議会”から与えられた僕達の任務は、彼を無事に連れて帰ることなんだぜ? そのためには、汎ゆる方法が正当化される。“大いなる意思”だって、御許しになるさ」
しばらくマッダーフは、考え込んでいたが、そのうちに苦々し気に“呪文”を唱えた。
「我を纏う風よ。我の姿を変えよ」
淡い光がマッダーフの全身を包み、中年の地味な男性の顔になった。
「良い具合じゃないか。“蛮人”を良く観察しているな」
“エルフ”達は、次々に“変化”の“呪文”を唱え、姿を変えた。
ルクシャナが化けた姿を見て、アリィーは思わず口を押さえた。
「なによ? なにが可笑しいのよ?」
「いや、君らしいと想ってさ」
ルクシャナは、人間達の道化としての顔になっていた。白粉を塗りたくり、目の周りには丁寧に青く塗り潰されている。
アリィーも、ヒトの顔貌を変えた。とはいっても、耳を縮めたくらいであり、骨格を始め余り表情は変わっていない。
「見事なモノだな。では、俺も姿を変え、2人の顔立ちなども変化させるか」
俺はそう言って、自身の姿と才人とティファニアの姿を変化させる。
その言葉と“変化”した姿に、“エルフ”達は驚愕と感嘆の声を漏らす。
仲間達がそれぞれ化けたことを確認すると、アリィーは一同に告げた。
「では、直ぐに出発する。イドリス、このセイヴァーを除いた“蛮人”達に、常に“睡眠”を掛けて、目を覚まさせあいようにな」
その日の昼頃……。
ルイズが目を覚ますと、“ド・オルニエール”の屋敷の寝室であった。部屋の中には、心配そうな顔で覗き込んで来ている仲間達の姿がある。
ルイズの横には、タバサが寝かされている。
大きなベッドなので、2人並んでいても未だ余裕がある。
タバサの胸には、包帯が巻かれて居る。
「大丈夫だ。急所は逸れてる。命に別状はない」
コルベールが言った。
「サイトは? サイトはどこ?」
コルベールは隣にいたキュルケと顔を見合わせ、ルイズを安心させるように言った。
「ギーシュ君達が追っている。“王政府”にも報らせた。直ぐに追っ手が出るだろう」
ルイズは立ち上がろうとして、再びベッドに倒れ込む。“エルフ”に流された電流のおかげで、身体が未だ言うことを利かないのである。
「ジッとしていたまえ」
「こうしちゃいられません! サイトが攫われたんです!」
「理解ってる。でも、今の君は動ける状況じゃない。ギーシュ君達や、“王政府”に任せ給え」
コルベールがそう言ったのだが、ルイズはベッドから転がり落ちると、這ってドアを目指し始めた。
コルベールは苦しそうな表情になると、“呪文”を唱えた。
“
ルイズの頭の周りに薄い霧の様なモノが現れ、ルイズはクラリと頭を垂れると、寝息を立て始めた。
キュルケが、そんなルイズを抱えてベッドに横たえさせる。
部屋の扉が開いて、ヘレンが姿を見せた。
「御食事を御持ちしましただ」
この屋敷で唯一、昨晩何が起こったのかを知らずに済んでいるヘレンは、テーブルの上に簡単な料理を並べ始めた。
「ねえ、ティファニアは見付かった?」
キュルケが尋ねると、ヘレンは首を横に振った。
実のところギーシュ達は、才人の捜索には向かっていない。才人を攫った“エルフ”の追跡は、“王政府”に任せていた。闇雲に追い掛けても、少人数ではどう仕様もないと踏んだのである。
ギーシュ達とシエスタは、ティファニアの捜索に当たっていた。あの後直ぐ放置された“竜”と“竜籠”が見付かり、その近くシオンとハサンがいたのである。そして、今朝には到着するはずであったティファニアの姿は消えていた。
ヘレンが退出した後、キュルケはコルベールに尋ねた。
「やっぱり、ティファニアも“エルフ”に攫われたのかしら?」
「そう考えるしかなさそうだな」
「ええ。ティファニアは“エルフ”に攫われたわ」
2人の考えを、シオンが肯定する。
「ねえ、シオン。訊きたいのだけど、セイヴァーはどうしたの? どうしてハサンと一緒にいたの?」
「簡単に説明をするけど、ティファニアとは“トリスタニア”で落ち合い、一緒に“竜籠”に乗ったの。で、到着と同時に、“エルフ”と出会したわ。ティファニアは“エルフ”に掴まって、私はハサンに連れられてその場から離れたの。セイヴァーが一緒にいるし、“
シオンの言葉に、キュルケとコルベールは一時的ではあるが安堵の溜息を漏らす。
「君達は以前、“エルフ”と戦ったことがあると言ったね?」
「ええ。でも手も足も出なかったわ」
キュルケの返事に、コルベールは溜息を吐いた。
才人を攫った理由はなんとなくではあるが、この場にいる皆には簡単に想像できた。真の言葉“虚無”の復活を恐れての行動であろう、と。
“エルフ”の素早い行動と、その鮮やかな手並みに、コルベールは恐怖を覚えた。不意を突かれたとはいえ、呆気なく才人とティファニアを奪われたのである。
コルベールは、(自分達は勝てるのだろうか? サイト君を攫った連中だけではない。“エルフ”という種族は、その全てが強力な“先住魔法”の使い手であり、優れた戦士なのだ。恐らくは、王軍の追跡も空振りに終わるだろう)と冷静な戦士としての部分が、それ以外の結論を許さなかった。がそれと同時に、(彼が側にいるのだから安全ではあるだろうが……)と信頼と安心などもまた感じていた。
ルイズは、苦しそうな寝息を立てている。責任感の強いこの少女は、目を覚ますのと同時に、才人を救い出す為に飛び出すであろうことは簡単に想像できる。
コルベールは、(心苦しいことだが、自分はそれを止めねばならない)と考えた。
ルイズをも失う訳にはいかないためである。
コルベールは、(準備が整わ無ければ、“エルフ”に手出しは出来無い……でも、準備と言うのは何を指すのだ? 何の様な準備をすれば、“エルフ”に抵抗出来るのだ? 切り札のサイト君、そして“担い手”の1人で在る ティファニア嬢が攫われた状態で、一体どんな準備が意味をなすと言うのだ? かと言って、手をこまねいている時間もない。彼がいるとは言え、いつまでも2人が無事でいるという保証もない。あの教皇には、なにか良い策があるのだろうか……?)と引くことも押すこともできない状況に押し込められたということを実感した。それから、(兎に角今は、サイト君達の無事を祈るしかない)と窓の外を眺めた。
明るい陽射しが、カーテン越しに射し込んでいる。
今日は快晴である。
だが、コルベールの心に掛かった暗雲は、晴れる兆しを見せなかった。