ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ルクシャナのオアシス

 才人が目覚めると、そこはなんだか妙な場所であった。

 普通にベッドがあり、才人はそこに横たえられていはするのだが……。

「なんだここは……?」

 どうにも可怪しい。先ず、“ド・オルニエール”の屋敷ではないということは確かである。

 才人は、(近所の農家か? でも、それにしても様子が可怪しいな。なんと言うか……兎に角雰囲気が、変、だ)、と感想を抱きながら周囲を見回す。

 白い壁には、様々なモノが脈絡無く飾られている。絵画、人形、タペストリー、そして宝石が沢山付いた鏡などなど……。

 それ自体はなんら可怪しいモノではないのだが、なんだか妙であるといえるだろう。

 なにが可怪しい、のかと考えて、才人は結論に至った。

 飾り付けが、可怪しいのである。ありえない、と言い換えることもできるであろうか。

 帽子掛けには、何故かバケツが冠せられている。箒が逆さに立てられ、その上に今度は羽の付いた帽子が乗せられている。

 天井からは何本もの傘がぶら下がり、ドレスがカーテンの様に窓に掛かっている。

「明らかに、キテるな」

 才人は、それを見ながら、(随分と、湧いている。この部屋の持ち主は、頭がどうにかしている)といった感想を抱きながらも、(さてと、問題がある。それは詰まり、“元素の兄弟”と戦っていたはずの自分が、どうしてこんな所に寝かされているんだ、ということだ。あいつ等に自分は捕まったのだろうか? 確かに変な奴等だったしな……)と考えた。

 そんなことを才人が考えていると、ベッドの中で何かがモゾリと動いた。才人の右隣が、妙に盛り上がっているのである。

 才人は、(む。何か、いる)と考え、恐る恐る手を伸ばした。毛布の上から、膨らんだなにかに触れる。むに、と妙な感触がして、才人は面食らった。(今のはなんだろう? 随分と柔らかかったが)といった感想を抱いたが、なんだかその手触りが堪らなく好いので、というより死ぬほど素晴らしかったために、今度は強くムニムニと触ってみた。

 才人の手が減り込む。しかし、弾力があって弾き返されてしまう。そして、幸せな感覚が才人の脳内に満ちて行き、感動で才人の胸が一杯になって行くのである。

 才人は、(これは、幸せ製造機、だ)と想った。感触だけでこれほどに満ち足りた気分になれたのは、小さい頃に窓ガラスを湧くに嵌めるパテを触った時のことであり、才人はそのことを想い出した。そして、(あの感触も捨て難いがモノがあったが、この感触はもっと素敵だ。一体これはなんだろう? どこかで触ったことがある。あるんだが……どこだったろう……? そうだ。そうだ、あれは……確か、えっと、“クルデンドルフ”の御嬢様がテファを苛めた時のことだ。え? 俺、今、誰と言った? ティファニア? あの“ハーフエルフ”? でも、この感触は、そうとしか。まさか……これは。いやそんなはずはない。テファが、どうして俺の隣で寝てるんだ? そんなファンタジー、俺は決して認めねぇぞぉおおおおお~~~~! これは現実じゃなくって、夢なんだよぉおおおお!)、などと唸りながら、ガシガシとその幸せ製造機を揉み拉いた。

 その時である。

 我慢し切れなくなったように、布団の中から声が響いた。

「ひうッ!」

「え?」

 才人が思い切って布団を捲ると、驚くことに、そこには想像通りティファニアがおり、彼女はプルプルと震えていた。

「テファ!?」

 才人が叫ぶと、ティファニアは目を開いた。

「サイト?」

 才人は、(成る程、これは実にいけない幸せ製造機ではあった。触っただけで幸せになれる、こんなマジックアイテムは、他に、ない。こんなに触れて、俺は本当に幸せ者だ)、と泣きそうになった。それから、(わざとじゃないから、神様だって赦してくれる……)とも想った。

 そこまで考え、改めて才人は己を恥じた。また、(なにを言う。俺は気付いていたはずだ。薄っすらと気付いていながら、気付いていない振りをしたんだ! 何故なら……何故なら!)と想い、「触りたかったんだ! 俺は! 俺って 奴は! 大きいこれを! だから、心に言い聞かせたんだ! “これはなに? ねえサイト、これなに?” って!」といった自身を弁護する声を響かせる。

 それから才人は、(だってルイズは、こんな幸せ製造機を持っていないじゃない。あいつの胸にあるのは、現実御報せ機だ。でも、あれはあれで、悪く、ない。悪くないだろ。可愛いだろ。ルイズっぽくて。形だって、悪くないっ吐うか。むしろ色とか。でも“愛”抜きでユーズ限定なら……いけねえ)と考え、慌てて辺りを見回した。もし今の才人の行動をルイズが見ていたら、心に浮かんだ本能がなせる妄想に気付かれでもしてしまえば……間違いなく生死に関わるためである。

 だが、どこにもルイズはいない。

 才人はホッとした。でもって、直ぐに想い出す。(なに安心してんだ俺。全然安心なんかできる状況じゃねえだろ!)と考えた。

「大丈夫? ホントに、大丈夫?」

 ブツブツ呟く才人を見て、ティファニアが心底心配そうな声で言った。心配そうなのは事実であり、それは声にしっかりと出ているのは確かである。だが、それ以上に、ティファニアは今の才人を、既に変な人を見る目になっている。

 事実、今の才人は変と言うよりも、既に救急車を呼んでも問題ない、むしろ呼ぶべきレベルに達しているのだから。

 才人は素早く土下座をした。

「ごめん……! 悪気はなかったんだ! ただ、余りにも触り心地が好いモノだから……!」

「ひう……」

「待って! 泣かないで! 泣く前に弁護させて! だってしょうがない! いけない妄想製造器ですよこれは! どう考えたってテファのここは! 偽りの多幸感を感じさせる妄想製造器! でもそれは幸せの本質かもしれない!」

 才人は、ティファニアの胸を指して怒鳴った。自分でも既に、なにを言っているのか理解できずに口にしていた。

 兎に角可哀想なのはティファニアで、散々揉まれた挙げ句に、妄想製造器とまで言われたために、余計に泣きそうになってしまう。

「ヘ、変でごめんね……可怪しいよね。やっぱり可怪しいよね。どうかしてるよね。私もそう想う。だって、こんなに膨らんでる人いないもの……私、変なんだ……サイトの言う通り、変な女の子なの……ひっぐ」

「違う! 違う! そうじゃない! 変じゃない! そうじゃないんだ!」

 才人は再び、見事だといえる動きでもって土下座した。

「ただ、それを素晴らしいと認めると、俺の中でなにかが弾けるんだ。そうすると、俺が俺で……なくなって……しまうんだ……」

 心底辛そうな声で、才人は言った。(こんな狭い部屋で、テファの胸を素晴らしいと認めたら……きっと俺は、獣に近いなにかになってしまう恐れがある。それは良くないことだし、ルイズが悲しむ)と考え、頭を抱え、「俺は虫だ。さあ殺せ。いっそ潰してプチッといわしてくれ」などブツブツと呟き始める。

 そんな才人の肩を、ティファニアは揺さ振った。

「しっかりして。ところで、ここはどこなの?」

「そうそう! 虫ってる場合じゃねえや。俺も気になってたんだ! 一体、なにがあったんだ?」

「なにがって……私は普通にサイトの御屋敷に向かっていたの。ほら、今日は私そっちで“使い魔”を“召喚”することになってたでしょ? 緊張で眠れなかったから、早くに出発したの。“竜籠”は“トリステイン”の下宿に到着してたし……シオンとセイヴァーさんとも一緒に乗って……でね、サイトの御屋敷に着いて、門の前まで行ったら、なんだか急に眠くなって……気付いたらここにいたの? サイトは?」

 才人は、ティファニアに説明をした。“元素の兄弟”に襲われたこと。いきなり地面が水になったこと。溺れそうになって木にしがみ付いたら、急に眠くなったこと……。

「私と同じだわ。もしかしたら、サイトを襲った人達に捕まっちゃったのかしら?」

「うーん、それは考え難いな。あいつ等、殺す気満々だったし。次いでテファまで攫う理由もないからな」

 そこで才人は、ティファニアが纏っている衣装に気付いた。

「テファ、その服……」

 ティファニアはいつもの草色のワンピースではなく、ユッタリとしてヒラヒラが沢山付いたローブを纏っていた。

「あれ? これ……なにかしら?」

 ティファニアは、ソッとそのローブを摘んでみた。

「見たことない服だな」

「これ……“エルフ”の服だわ」

「何だって?」

 才人は驚いた声を上げた。

「母さんの形見のローブと似てるもの」

 才人が(どうして“エルフ”の衣装なんか着てるんだろう?)、と訝しむ間もなく、部屋の扉が開いてその答えが姿を見せた。

「へうえ」

 才人の口から、気の抜けた悲鳴が漏れた。

 入って来たのは、1人の“エルフ”であったためである。そして、なに1つ身に着けていなかったためである。でもってこれが1番重要かもしれないのだが、エルフは若い女性であった。吊り上がった切れ長の瞳に、無造作に切り揃えられた長い金髪。ティファニアとルイズを、足して2割ったような容姿をしている。だが、胸はどうやらルイズ側らしい。タオルの隙間から覗く緩やかな丘で、それが確認できるであろう。

 濡れた身体でタオルを拭きながら現れたその“エルフ”の姿は、まるで妖精のようであるといえるだろう。ティファニアも妖精のようではあるるが、大きな胸が妖精感を微妙に損なわせている。それはそれで、良いのだが、現れた彼女はまさに妖精という表現がシックリと来るといえる。

「あら? 目が覚めた?」

 “エルフ”の口から漏れたのは、“ハルケギニア公用語”である“ガリア語”であった。

 肌を見られても、全く意識していないようである。才人達の返事を待たずに、“エルフ”の女性は部屋の真ん中まで行き、そこに立てられたレイピアに突き立った干した果物を1つ取ると、おもむろに齧り始めた。

 女性“エルフ”のその態度に、才人には何だか見覚えがあった。

 才人が、こちらの世界にやって来た時のルイズである。

 詰まり、彼女は、才人のことを男性として見ていないのである。

 むかっ腹が立った才人ではあるが、どうにか抑えてみせた。

 ティファニアの方はというと、怯えた様に耳を押さえている。どうやら“エルフ”が怖いのであろう。

 才人は、大丈夫、というようにティファニアに首肯いてみせた。

「俺がいる。ティファニアには手出しはさせないよ」

 コクコクと何度も首肯いて、ティファニアは才人の後ろに隠れるようにして身を縮めた。

 

 

 

 しばらく才人は、呆けっと“エルフ”の女性を見詰めていた。

 それから、(コスプレ……じゃねえよな。でも、どうしてここに“エルフ”がいるんだ? さっぱりその理由が判らない)と考え、冷静さを失わないように努めながら、“エルフ”に質問をした。

「いくつか質問があるんだけど。良いかな?」

「どうぞ。なんなりと。あ、因みに私はルクシャナって言うの。よろしくね」

 ルクシャナは、ティファニアが着ているモノを同じようなローブを羽織ると、椅子に腰掛けた。

「ここはどこだ?」

「“砂漠(サハラ)”よ。私達の国、“ネフテス”」

 才人は、一瞬、呆けたようになってしまった。

「なんだって? どういうこと?」

 その瞬間、才人は気付く。ここに“エルフ”がいる、1番当たり前の理由を。そして、(詰まり……俺達は“エルフ”に攫われたんだ! でもって、その国まで連れて来られたんだ!)と考えた。

「……嘘だろ?」

 呆然と、才人は呟いた。

「嘘なんか吐いてどうするのよ?」

 呆れた声で、ルクシャナは言った。

「しょ、証拠を見せろ」

「証拠? 面白いことを言うのね」

 ルクシャナは、クスクスと笑った。

「だって、俺は“ド・オルニエール”で“元素の兄弟”と戦ってたんだぜ! それがどうして“エルフ”の国にいるんだよ!?」

「貴方達が戦っている時に、“魔法”で眠らせたんですって」

「誰が? おまえがか?」

「私じゃないわ。アリィーよ」

「アリィーって誰だ?」

「一応、私の婚約者」

 才人は、ルクシャナのその言葉で、(あの時……急激に眠くなったのは、“エルフ”の“魔法”だったんだ)と気付き、顔面から血の気が引いて行くかのような感覚に陥った。

 ティファニアが、ギュッと才人の手を握り締めた。

「“元素の兄弟”は囮、だったのか……」

「囮? 馬鹿言わないで。どうして囮なんか使うのよ。勝手に貴方達が争ってたんじゃないの。まあ、おかげで簡単にことが運んだって、アリィーは言ってたけどね」

「ホントに、ここは“エルフ”の国なのか?」

「さっきからそう言ってるじゃないの! もう、物理解りが悪いのね。窓の外でも見るか、彼にでも訊けば?」

 そう言われて、才人とティファニアは窓へと向かった。

 蘇鉄のような木々の隙間から、広大な砂の海が2人の目に飛び込んで来る。

「……砂漠だ」

 才人は、(“ハルケギニア”から何千“メイル”か知らないけど……兎に角凄い離れた場所に連れて来られてしまったのか。その上、ここは“エルフ”の国で、詰まり周りにいるのは“エルフ”ばかり。俺達は、彼等にとって忌むべき敵。そんな敵の本拠地のど真ん中まで、連れて来られてしまったのか。一体、なにをされるんだ?)と現状に気付き、震えた。混乱が才人を襲う。なにかを言いたいのだが、上手く言葉にして口から出すことができないでいる。身体が勝手に反応したのだろう、思わず立ち上がり、部屋を飛び出そうとしてしまう。

 だが、ティファニアの存在を想い出し、才人は思い留まることができた。

「……え? 彼?」

 それから、才人は、ルクシャナが口にした「彼」という言葉に気付き、首を傾げた。

「良く堪えた、才人」

「セ、セイヴァー!? どうして……?」

「何、俺も着いて来た、というだけのことだ」

 そこで俺は“実体化”し、俺に気付いた才人は驚愕に目を見開く。

 才人が俺に文句を言いたそうに為乍らも口を閉じ、振り向く。

 ティファニアは既に気絶してしまっていた。余りのことに、心が着いて行かなかったのであろう。

 才人はティファニアを抱え起こした。

「流石に女の子が着たままって訳にも良かないから、着替えさせて上げたの」

 ルクシャナがそう言ったが、才人の耳には届かない。才人自身も、どうにかなりそうであるためだ。だが、ティファニアの存在などが、才人に平常心を取り戻させたのである。

 才人は、喉に迫り上がって来るような恐怖と不安の塊を呑み干し、(しっかりしろ才人。ティファニアだっているんだ。セイヴァーもいる)と考えた。

 才人が事態を受け入れて上手く喋ることができるようになるまで、大分と時間が掛かった。

 

 

 

 やっとのことで気を取り戻した才人は、先ず何度も深呼吸をした。それから背筋を伸ばしてルクシャナと俺に向き直った。それから、(取り敢えず、この“エルフ”の女性は、俺達に危害を加えるつもりはないようだな)と考え、まだ気絶したままのティファニアをベッドの上に丁寧に横たえ、毛布を掛けた。

「さて……何から尋ねれば良いか判んないけど、兎に角質問させて貰う。良いか?」

「どうぞどうぞ。なんでも訊いて頂戴」

 才人を興味深そうに見詰めて、ルクシャナが応える。

「今日はいつだ?」

「貴方達を連れ出してから、8日後、と言ったところかしら」

 約1週間もの間、2人は眠らされていた、とうことになる。

 次に才人は、1番気になっているであろうことを尋ねた。それを訊くには、相応の覚悟を必要とした様子で口を開いた。

「俺達を攫う過程で、誰かを殺したりはしなかったか?」

 ルクシャナは首を振った。

「恐らく、殺していないはず。でも、何人かを傷付けはしたようね」

「誰をだ?」

「直接見た訳じゃないから、判らないわ。でも、女の子と聞いたわ」

 才人の心臓が、バクンと跳ねた。

「大怪我をさせたのか?」

「多分、そこまでのことはないと想う」

 才人は、ルイズかタバサであろうことに気付き、拳を握り締めた。

 2人は、必死になって才人を救けようとした結果のことであるのだから。

 実のところ、その2人はかなりの大怪我をしってしまったのだが、それをルクシャナは知らない。

 才人は確認でもするように俺へと目を向けて来る。

「そうだな。おまえの想像通り、ルイズとタバサの2人だ。軽傷ではないが、然りとて重傷と言う訳でもない。傷は深く受けたようだが、命に別状はなく、直ぐ様治療を受けた。直に回復するだろう」

「貴方達の仲間達を傷付けたのは、謝るわ。でも、其れが私達の仕事だったのよ」

 才人は、(いずれルイズかタバサを傷付けた奴に逢ったら、ただではおかない)と決心した。

 ルクシャナは、才人と俺とを興味深そうに交互に見詰めて、足を組んだ。

 スタイルの良いルクシャナがそうしていると、グラビアのピンナップのようである。だが、余りにも堂々としている所為か、色気を感じることができない。

 俺達を見ているルクシャナの目は、研究者が珍しい動物を見る時のそれである。

 ルクシャナのその様子から、才人は、(成る程、“エルフ”ってのは昔のルイズに輪を掛けて高慢な連中のようだ。普通に嫌な奴等だな)と口の中で毒吐いた。

 ルクシャナは、相変わらずそんな己の格好を気にする訳でもなく、ただジッと好奇心に光るブルーの瞳を、俺達へと向けて来ている。

 怒りを呑み込んだ声で、才人は質問を続けた。

「どうして俺達を攫った?」

「何で理解り切ったことを訊くの? 貴男、“悪魔の守り手(虚無の使い魔と英霊)”なんでしょう?」

 才人がジッと黙っていると、ルクシャナは首肯いた。

「貴方達が復活しちゃうと困るんですって。とんでもない“魔法”で、攻められたら堪んないわ」

「で、俺達を攫ったって訳か?」

「そうよ。1人でも欠けていたら、物凄い“魔法”とやらが復活しないでしょ? 貴方達。不便よね」

 ルクシャナは可笑しそうに、クスクスと笑った。

 才人が、ゴクリと唾を呑んだ。

 “4の4”が揃えば、真の“虚無”が覚醒める。

 才人は、(“エルフ”までこうして恐れるその真の“虚無”ってなんだ? どんだけ恐ろしい“魔法”なんだ?)と疑問を抱いた。

「えっと……」

「ルクシャナよ。貴男は確か、えっと、えーと、サイ、サイ……」

「才人だ」

「“蛮人”の名前は覚え難いわね」

 取り敢えず才人は、1番肝心な質問をすることにした。

「で、俺達をどうするつもりなんだ?」

 ルクシャナの答えは、才人の予想を裏切り、拍子抜けさせるモノであった。が、同時に当然の答えでもあった。

「どうもしないわ」

「どういうことだ?」

「私達は、貴方達の力が復活しなければそれで良いの。だから逆に、死んで貰っては困る訳」

「成る程ね」

 もし誰か“担い手”が死んでしまえば、“虚無”の力は別の者に宿ることになる。

 其れを、“エルフ”達は既に知って居るので在る。

「まあね。そう言う訳で、ここで貴男が大人しくしていてくれれば、それで十分。何もしないわ」

「いつまでいれば良いんだ?」

「さあ? そこまでは私には判らない」

「一生とか?」

「そうね、可能性としてはあるんじゃない? 判らないけど」

 才人の後ろで、ティファニアが、ひう、と泣きそうな呻きを上げた。どうやら気絶から目覚めて、起きて話を聞いていたらしい。

 才人は安心させるように、ティファニアの手を握る。

 すると、ティファニアも握り返した。

「どうして俺とティファニアとセイヴァーを選んだ?」

「貴方達が有名だったから。叔父様に勝ったんでしょ? 1番強そうなのを選んだってことじゃないの? あと、セイヴァーの方は、そっちから勝手に着いて来ただけよ。まあ、私にとっては願ってもないことだけど」

 才人は、タバサを救けた時に“エルフ”と戦ったことを想い出した。ジョゼフに仕え、彼が死んた後、“エルフ”に帰って行った……。

「おまえ、あの“エルフ”の親戚なのかよ?」

「そうよ。叔父様、貴方達のことを褒めてたわ。“蛮人”の癖に、大したもんだって」

「そりゃどうも。でもどうしてティファニアまで連れて来た?」

「この娘、ハーフなんでしょ?」

 いきなりルクシャナの目がキラキラと輝き始めた。

 コクリ、とティファニアは首肯いた。

「私、すぅううううううううっごい興味あるの! ああ、貴男にも、セイヴァーにもね! この部屋を見れば判るけど、“蛮人”を研究している学者なのよ。これでも」

 ルクシャナは立ち上がると、胸を張った。

 才人は、(なんだこの“エルフ”は)、と想った。それから、ルクシャナのそのスラリとした美しい肢体に、才人の目は釘付けになってしまう。先程、チラッと見た肌が脳裏に浮かび、才人は顔を赤くした。が、同時に、“蛮人”呼ばわりがどうにも赦せなかったようである。

「取り敢えず、“蛮人”ってのはやめてくれるか?」

「あら、どうして? “蛮人”って言っちゃ駄目なの?」

 キョトンとした顔で、ルクシャナは言った。

「気分が悪いんだよ」

「そうだな。ヒトと会話をする時はその相手のことを想って言葉を選ぶべきだろうな。おまえ達だって、“精霊の力”を“先住魔法”などと言われては気分が悪いだろう? 理屈や理由はそれと同じだと想えば良い」

「へえ、そう言うモノなんだ……そう。じゃあしょうがないわね。なんて呼べば良いの?」

「名前で呼べよ。知ってるんだろ?」

「理解ったわ。サーラ? だっけ?」

「サ、しか合ってねえよ。才人だ」

 

 

 

 ルクシャナはそれから、才人とティファニア、俺の3人へと質問攻めをして来た。内容のほとんどはホントにどうでも良いといえるモノばかりである。なにを食べているのか、とか、住んでいる建物の見取り図、とか、家具の形、などの生活習慣……“ハルケギニア”の“王政”についてから始まる、農業、工業、商業、などの社会構造迄多岐に渡る内容である。

 とはいっても、才人は地球出身であるために、その説明は余り要領をえなかった。ティファニアにしても、ほとんど世捨て人のような生活を長く続けていたものだから、上手く答えることができなった。結果。答えていたのは、俺だけだといっても良いほどである。

 ルクシャナは、心底ガッカリとしたような表情を浮かべたが、「まあ、そのうち想い出すでしょ」と言った。

「なんでそんなに俺達のことを訊きたがるんだ?」

「言ったじゃない。学者だからって。だから無理言って、貴方達を預かることにしたのに……拍子抜けだわ」

「そんな言い草はねえだろ」

「なにを言ってるの? 感謝して欲しいわ。ホントは貴方達、“カスバの地下牢”に閉じ込められるところだったのよ。私が引き取るってことで、それを免れたのよ」

「勝手に連れて来ておいて、なに言ってんだよ!?」

 流石にカチンと来たのであろう、才人が言った。

 が、才人のその言葉に対して、ルクシャナはまるで無視である。

「そうか。こうしてこいつ等が安全に過ごすことができるのは、おまえのおかげか。感謝する、ルクシャナ」

「え? ああ、どういたしまして。何か調子狂うわね」

 そこで俺が感謝を述べると、素直な謝礼に慣れていないのかルクシャナは顔を赤くした。

 それから彼女は、いきなりなにかを想い付いたような顔で、次の質問をした。

「ねえ貴女。ティファニだっけ? やっぱり、ハーフって苛められるの?」

 才人はティファニアと顔を見合わせる。

 どうやらこのルクシャナは、余り人の話を利かないタイプのようである。才人がこちらに来た頃のルイズに似ているが、ルイズが劣等感の裏返しによる強がりだったのに対して、こちらは素であることが判る。

 才人は、(“エルフ”は皆こんな生き物なんだろうか……? だとしたら、交渉苦労するな)と心の中で呟いた。

 ティファニアは、才人と俺とを見詰めて来る。俺達が首肯くと、ティファニアは困ったような声で言った。

「初めの頃はそういうこともあったけど、今はあんまり……」

「ふーん。成る程ねえ」

 ルクシャナは次に才人に顔を向けた。

「私達ってどのくらい嫌われてるの?」

「嫌われてるって言うか、恐れられてるね」

「どうして?」

「だって、強力な“先住魔法”、いや、“精霊の力”を使って、“ハルケギニア”の“貴族”を散々苦しめたんだろ? 恐れられて当然だろ」

「えー。だってそっちが悪いのよ。攻めて来るから、しょうがなく応戦したんじゃないの。私達だって必死だったのよ。なんせ貴方達は数が多いし……」

「だから俺達を攫ったって言うのか? 勝手過ぎるって!」

「しょうがないじゃない! そうしなきゃ、貴方達、私達の国を攻めるでしょ?」

「だから“聖地”を大人しく返却してくれれれば攻めないっての!」

「はぁ? 何言ってるのよ? あそこは元々私達の土地なのよ。貴方達が勝手に“聖地”だなんだって言ってるだけじゃないの」

 才人は、「そうなの?」と呟いて、ティファニアを見詰めた。

「ごめん……私も良く知らない」

 才人は、(確か、“始祖ブリミル”が降臨? した土地だったような……降臨、と言うことは、やって来ただけで、元々は“エルフ”の土地だったのかもしれない。まあ、歴史ってのは自分の都合の良いように解釈したりするもんだからな……)と考えながら、俺へと目を向けて来る。

「才人。おまえは……少し前に“レイシフト”しただろうが……その時に2人に出逢っただろ? ブリミルの出身世界はおまえと同じだ。降臨した、だけなんだよ。“エルフ”は先住民のようなモノだ。故に、“エルフ”が扱う“精霊の力”を“ハルケギニア”に住む者は“先住魔法”と呼んでいるんだ。と言うか、前にも言ったと想うんだけどな」

 ルクシャナは興味深そうに俺へと目を向けて来る。

 才人とティファニアは成る程といったように首肯くが、才人はそれでも(言い負かされる訳にはいかない)と想ったのであろう口を開く。

「まあ、兎に角だ。誰のもんでも良いよ。あのなあ“エルフ”さんよ。貴方達だって鬼じゃないんでしょう? 取り敢えず、俺の話を聞いてくれよ」

「言って御覧なさい」

「あのだね、俺等の土地……って言うのも変だけど、その“ハルケギニア”がだね。大変なことになってるんだ。ほら、普通地面って上に動かないだろ?」

 才人は、テーブルの上にあった皿を、ゴゴゴゴゴゴ、と口で効果音を出しジャラ重々しく持ち上げた。

「其れが、“風石”とやらの暴走で、こうやって浮き上がっちまうんだ。洒落にならないんだよ。だから、“聖地”に眠る“始祖ブリミル”が遺したという“魔法装置”が必要なんだ」

 其れでもルクシャナは、当然キョトンとした顔で在る。

「“シャイターンの門”に、そんな“魔法装置”とやらがあるなんて聞いたことないわ」

「そ、そうなの?」

「と言うかなにがあるのかなんて知らないわ。だって普通の“エルフ”は立ち入ることもできないもの」

「それはどこにあるんだ?」

「あのねえ、言える訳ないじゃない。自分の立場を考えてよ。それに訊かない方が良いわよ。知ったら貴方達、間違いなく地下牢行きよ」

 呆れた声でルクシャナは言った。

「でも俺等が大変なことは理解るだろ? そりゃ、昔は仲が悪かったかもしれないけど、同じ大地に暮らす仲間じゃないか?」

「そんな場所に住んでいるのが悪いんじゃない。と言うか、“風石”によって大地が浮き上がることも、“大いななる意思”の思し召しだわ。貴方達がこの大地に暮らす仲間だと言うなら、それも受け入れるべきね」

 才人を始めヒトの側からすると、何とも釣れ無い返事で在った。

 すると、それまで黙っていたティファニアが口を開いた。

「あんまりだわ! 私のお母さんは“エルフ”だったけど、貴女みたいに冷たい人じゃなかったわ!」

「別に私が冷たい訳じゃないわ。“エルフ”なら皆そう考えるでしょうね。貴男はその辺りのことをしっかりと理解し、考えてるみたいだど……」

 ルクシャナは俺に目を向けながらそう言うと、立ち上がった。

「さてと、じゃあ私は少し昼寝でもして来るわ。御腹一杯になったら、眠くなっちゃった。貴方達も、この辺にあるモノを勝手に食べて良いから。あと、そのベッドは貴方達に貸して上げる。1個しかないけど、我慢してね」

 ルクシャナは、「ああそれから」と振り返る。

「逃げ出そうなんて想わないでね。この周りは砂漠よ。半日で、日干しになっちゃうわ。あと、私を襲うおうなんてことも考えない方が良い。この家は、私が“契約”してる場所。私に危害を加えようとしたら、一瞬で灰になっちゃうからね。貴重な研究対象を失いたくないから、以上2点、よろしくね」

 ルクシャナがそう言って自分の部屋に去った後、ティファニアは申し訳なさそうに首を振った。

「ごめんね。サイト、セイヴァー」

「なんでテファが謝るんだ?」

 ティファニアの謝罪に対し、才人は首を傾げる。

「だって、私にも“エルフ”の血が半分流れてるもの。私、もっと母様みたいな人達を想像してた。優しくて、話せば理解るって……」

「血が半分流れてるからって、責任なんか感じる必要はないよ。“エルフ”は“エルフ”。テファはテファだろ?」

「その通りだ。気にする必要はない。ティファニア。全く、おまえ達は本当に優しく責任感が強いな」

「……うん。有難う」

 才人は、ベッドの上に仰向けで横たわり、腕を枕代わりにして天井を見詰めた。白い土壁の天井であるのだが、まるで“地球”で生産されるプラスチックのように滑らかな質感を誇っていることが判る。この部屋の壁を見ただけでも、“エルフ”の技術が“ハルケギニア”のそれを上回っていることが簡単に理解できるであろう。

「今頃、皆心配してるだろうな」

 そう才人は呟いた。

 ルクシャナが「女の子2人が怪我をした」と言ったことから、才人は(俺が“エルフ”に攫われたということは、恐らく知ってるだろうな)と考えた。それから起き上がり、外に出た。

 ティファニアも後に続いた。

 その後に、俺も続く。

 

 

 

 扉を開いて外に出ると、先ず、直径100“メイル”ほどの大きな泉が目に飛び込んで来る。照り付ける陽射しの中、水面は真っ青に輝いている。そんな色鮮やかな泉の周りを、木々や茂みが囲い、まるで夢の国とでもいえる様相であるといえるであろうか。白壁の小さな屋敷の玄関からは桟橋が、泉の真ん中迄延びて居る。木々の隙間から、砂漠が見える。

 ここは、砂漠の中にポツンと存在する島のようなオアシスだといえるだろう。

「大して熱くないじゃないか」

 才人は言った。

 泉の側だからということもあるだろうが、砂漠の熱気というモノがまるで感じられない。

「なにが半日で日干しになっちまう、だ。ちょっと先を見て来る」

「やめておけ。ルクシャナの言ったことは本当だぞ」

 俺の言葉を聞き流し、才人は駆け出し、木々の間を潜った。才人の眼の前には広大な砂漠が広がっている。次いで、う、と言葉に詰まった。どちらに行けば“ハルケギニア”に行けるのか判らないのである。

 才人は、(後で地図か何かを探し出そう。取り敢えず、ちょっと歩けばなにかが見えるかも……)、と想い、砂漠に一歩踏み出した。サクッと、細かな砂の感触が、才人の足の裏に伝わる。

 才人の後ろからティファニアが、心配そうに声を掛ける。

「大丈夫? サイト。砂漠に出て、迷ったら大変だよ?」

「平気だよ。ちょっとあの砂丘の上に登ってみるだけだから」

 と、才人は指さして言った。

 だが、歩き出して直ぐに、才人は大変なことになった。10歩ほども歩くと、いきなり上から熱気が押し寄せて来たのを感じたのである。

 砂漠の直射日光は、まるで熱線である。

「うわ!? なんだ!? いきなり暑くなった!」

 直ぐに剥き出しの頭が、焼けるように熱くなるのを才人は感じた。

 とてもではないが、才人とティファニアの今の格好では1“キロメイル”も歩くことはできないであろうことは明白である。

 才人は這々の体で引き返して来た。

「どうしたの?」

 ティファニアが、驚いた声で尋ねた。

「いきなり暑くなった! どういうこった!?」

 引き返すと先程は気付かなかった薄い膜を潜るような感覚を覚え、また快適な気温を才人は感じた。振り向くと、まるで蜃気楼のように空気の壁のようなモノが立ち上がっているのが、才人には見えた。

 その壁は、グルリとこのオアシスを取り囲んでいる。

「これ、全部“魔法”かよ」

 唖然として、才人は呟いた。

「その通りだ」

 オアシスを日光から守るために、“魔法”が掛かっているのである。まるでドームのように、空気の壁などがこのオアシスの周りを囲っているのである。

 “陣地作成”と似た“魔法”であるといえるであろう。

「なんて技術だ……」

 才人は感嘆の溜息を吐いた。

 “ハルケギニア”にも、“魔法”を利用した道具は数々あったのだが、ここまで大規模なモノを才人は見たことがなかった。

 才人は、ルクシャナの「私に危害を加えない方が良い」と言っていたことを想い出す。それから、(あれはハッタリでもなんでもない。本当のことなんだ)と想った。

 ティファニアもその“魔法”に気付き、目を丸くした。

「“エルフ”の“魔法”って凄いのね……」

 

 

 

 その日の夜……。

 才人は桟橋に座り、ジッと夜空を見上げていた。

 傍らには“日本刀”を置いている。ルクシャナのコレクションであろう、いくつもの剣に混じって、無造作に置かれていたのである。

 こうやって、才人の武器を隠す訳でもなく置いてあるということから、才人のことを全く脅威ではないと想っているのであろう。

 才人は途方に暮れた。“ハルケギニア”に帰るどころか、逃げ出すことすらできそうにないのだから。“エルフ”を言い包めることも難しい。なんとかして、皆に状況を伝えたいと考えるが、その手段もないのである。

 詰まり、八方塞がりである。

 才人は、(呆気ねえな。“聖戦”だなんだ、俺にできることはないのか? なんて悩んでいたのが馬鹿らしい。所詮俺なんて、こうやって“エルフ”に攫われて、なにもできないじゃないか。このままここで、俺は朽ち果てるんだろうか? ルイズにも、もう2度と逢えずに……)と考えてしまった。なんだか泣きそうに成り、才人は唇を噛んだ。

 そんな風に才人が1人膝を抱えていると、後ろから声が聞こ得た。

「サイト?」

 振り向くと、ティファニアがいて心配そうな顔で才人を見ている。

「大丈夫?」

 才人は慌てて笑顔を浮かべ、取り繕った。

「大丈夫大丈夫」

 ティファニアは、チョコンと才人の隣に腰掛けた。それから、足を泉の中に入れて目を瞑る。

「冷たくて、気持ち好いわ。サイトも、セイヴァーさんもやってみたら?」

 才人は胡座を組んだまま、後ろへと転がった。遮るモノはなにもない砂漠の夜空には、星が打ち撒けたビーズみたいに光っている。

 そんな星を見ていると、才人は悲しくて仕方がなくなってしまった。

「ここが、母の生まれた国なのね。1度行ってみたいとは想っていたけれど、こんなかたちでなんてね。でも願いが叶ったらから、もう良いわ」

 それからティファニアは、うん、と首肯いた。

「ねえサイト。セイヴァーさん。御願いがあるの」

「御願い?」

 才人は身体を持ち上げ、ティファニアへと問い返す。

「私を殺して欲しいの」

 才人は、はぁあああああ? と叫ぶと、ティファニアを見詰めた。

「な、なな、なななななななななななにを言うんだよ!?」

 見ると、ティファニアは目に涙を一杯に溜めていた。

「だって、そうでしょ? 私がいなくなれば、私の力は他の別の誰かに宿るんでしょ? 私、今までずっとそうだったけど、今回もなんにもできていない。とうとう捕まっちゃうし」

「お、俺だって捕まってるぜ!」

「サイトとセイヴァーさんは逃げて。2人ならできる。だって、今まであんな凄いことができたんだもの……でも、私は違う。私には無理。きっと足手纏いになっちゃうから……」

「な、なに言ってんだよ……?」

 才人はオロオロとしながらも、ティファニアの肩を握った。

「今までずっと不思議だったの。どうして私が……こんな私が、あんな伝説の力の“担い手”なんだろう? って。皆凄いのに、私は皆に助けられてばっかりで……」

「そんなことないって! 変なこと言うなって!」

「だって、私がここでのうのうと生きてたら、皆困るじゃない。地面が盛り上がって、住む所失くなちゃって。“エルフ”相手に交渉しようにも、私達がここにいたら。力だって復活しないんでしょう?」

 ティファニアは、俺達2人を見上げた。その顔は真剣である。

「テファが死んだら、皆悲しむだろ? なに言ってるんだよ!?」

「皆って誰?」

「俺とか! ルイズとか! セイヴァーも、シオンも! “学院”の皆だよ! あとテファが面倒見てた子供達とか!」

「そうかもしれない。でも、私がここにいたら、その大事な皆が大変なことになる。迷惑を掛けちゃう。だから……でも、サイトとセイヴァーさんは逃げて……御願い……」

「逃げるんなら一緒だろ!」

「私が一緒じゃ無理よ……」

 それ以上は言葉にならなかったのであろう。ティファニアは、グスングスンと泣き始めた。余り物事に動じない、ノンビリとした性格のように見えることが多い彼女だが、色々なことを考えていたのであろうが判る。そして母の種族である“エルフ”の実体を見て、色々とショックを受けてしまったのであろう。

 そんなティファニアを見て、才人は、(俺より、テファの方が何倍もショックだったに違いない。なにせ、その身体には半分“エルフ”の血が流れてるんだから……)と考え、グッと腹に力を込めた。それから、(俺がしっかりしなくてどーすんだよ……? 女の子がこんな覚悟をしてるのに、諦めてる場合じゃねえ)と想い、ばっしぃ~~~ん! と自分の頬を叩いた。次いで、ギュッとティファニアの肩を掴んだ。

「俺に任せろ」

 才人は、(自信なんかなかった。良い策なんか想い付かない。もしかしたら、ここでティファニアと俺が命を捨てるのが、1番善い策なのかもしれない。でも、そんなのは御免だ)と想った。

「うん。じゃあ、御願い……」

 ティファニアは、目を瞑ると才人に胸を突き出した。

「違う違う、違うって! そうじゃないってば!」

 才人は首を横に振って怒鳴った。

「……え?」

「俺が、なんとか“エルフ”を説得してみせる」

「でも……」

「やるんだ。テファ。俺……いや、俺とテファとセイヴァーでやるんだ。そりゃ、俺達が死ねばことの力は誰かに宿るんだろう。もしかしたら、そっちのが合理的かもしれない。でも、そんなの冗談じゃない。誰かが俺のために犠牲いなるのも御免だし、俺が誰かの犠牲になるのも御免だ。それに、俺達の代わりに誰かが力を得たって、上手行くなんて限らない」

「でも、“エルフ”はこんなに凄いんだよ。サイトも見たでしょ? このオアシスを取り巻くような“魔法”を、たった1人が住むために使っちゃうような人達なの。私達の言うことなんか利いてくれないよ。それに私は、混じりモノ、だし……」

「そんなテファだからこそ、できることがあるんじゃないのか?」

 才人は、真っ直ぐにティファニアの目を見て言った。

「え?」

「半分“エルフ”だからこそ、できることがきっとあるはずだ。今、それを利用しないでどーすんだよ? もしかしたら、俺達が“エルフ”に攫われたのはチャンスかもしれない。もし、上手く“聖地”に潜り込めて、その“魔法装置”とやらを手に入れることができたら、“聖戦”なんて行わなくても良くなるし、テファやルイズが、とんでもない“魔法”を覚えなくても済むんだからな。それになにより、セイヴァーがいる。おまえが、なにも言わないってことは問題ないってことだろ?」

「さてな……それはどうだろうか」

 才人はティファニアから俺へと視線を移し、問い掛けて来る。

 俺は恍けてみせた。

 しばらくティファニアは、才人を見詰めていた。それから、俺へと目を向けて来る。次いで俯き、唇を噛むと首肯いた。

「そうだね。ごめんねサイト、セイヴァーさん。私、怖かったの。このままここにいたら、なにか非道いことをされるんじゃないかって。そうなる前に、私……」

「言っただろ? テファにはなにもさせない。もしなにかされそうになったら、俺がこいつで、セイヴァーと一緒になんとかする」

 才人は、傍らにある刀を指指し、俺へと目配せをして言った。そこで才人は、(あ、そう言えば……)と気付いた。

「そう言や、あいつ等、テファが“担い手”ってこと、知らないんじゃないか?」

「え?」

「だって、テファを攫った理由を訊いたら“ハーフで研究目的にしようと想った”からだろ? “虚無”がどうのこうのなんて質問、一切されてないじゃないか」

「そう言えばそうだわ」

「“杖”はどうした?」

 才人の言葉に、ティファニアは首肯く。それから、キョトンとした顔で、胸の隙間から“杖”を取り出す。これもまた奪われずに済んだのである。

 才人は、(随分と舐め切ってくれたものだ)、と呆れた。次いで、(なにができるか判らない。でも、なんとかなるかもしれない)、という気持ちが強くなって行くのを感じた。

「良しテファ。そいつは切り札だ。大事に仕舞っとけ」

 コクリ、とティファニアは首肯いた。

「良いか? 俺達はなにもできないかもしれない。でも、やってみなくちゃ判らない。だから諦めない。死ぬなんてもっての外だ。理解ったか?」

 先程より深く、ティファニアは首肯いた。

「先ずは相手のことを知ろう。あのルクシャナが、俺達のことを研究したいって言うんなら、俺達も“エルフ”のことを研究してやるんだ。敵を知らなくちゃ、話にならないからな」

「理解った」

 良し、と才人は立ち上がる。

「どうしたの?」

「先ずは泳ぐ」

「ええええ? こんな夜中に?」

「ああ。どうせなら、楽しんでやってやる。もちろん、真剣にやるけどな」

 そんな事を真面目に言うものだから、ティファニアは想わず噴き出してしまった。

 才人はそのまま泉に飛び込んだ。

「こんなリゾート、“地球”にだって中々ねえや! おーい、テファもセイヴァーも泳げよ! 気持ち好いぜ!」

「理解った」

 ティファニアは、立ち上がると、ガバっと羽織ったローブを脱いた。下着姿になると、ドボン! と飛び込んだ。だが、そのまま沈み込み、中々浮かび上がって来ない。

「テファ?」

 1分経つと、流石に才人は心配になって来た。

 次の瞬間、才人の目の前に、プハッ! とティファニアは浮かび上がって来た。

「うわっ!?」

 才人が驚いた声を上げると、ティファニアは笑った。

「前より、長く潜っていられるようになったわ」

 無邪気にそんなことを言うティファニアの姿を見て、才人は(しまった)と想った。

 月明かりと、濡れた下着が、クッキリとティファニアの暴力的なまでの胸の形を浮かび上がらせているのである。

 才人が口をあんぐりと開けていることに気付き、ティファニアは顔を赤らめた。

「ご、ごめん……」

 謝る才人に向けて、ティファニアは首を横に振った。

「い、良いの。サイトとセイヴァーさん……セイヴァーは、その、御友達だから、良いの」

 しばらくそのまま、俺達は黙りこくり、才人とティファニアは俯いていた。

 それからティファニアは、ユックリと泳ぎ出した。

 月明かりの中、水を掻いて泳ぐティファニアは、まるで絵画から抜け出て来た妖精そのものであるといえ、才人はウットリとして見詰めた。

 そして、その姿は才人に勇気を与えて行った。

 才人は、(なんとかなる。いや、するんだ。俺とティファニアとセイヴァーで。皆のために……)と想いながら、泳ぐティファニアを見守った。

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