ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ビダーシャルとの再逢

 才人とティファニアが眠った後、俺はまだ泉の畔にいた。

 泉と家の周りに張られている結界のような“魔法”を通り抜け、俺は砂漠へと出る。靴を履いているが、それでも砂の感触を感じ取り、油断をすると足を取られそうになる。

 結界の外は、砂漠であるために、昼と夜の気温差は激しい。昼は暑く、夜は寒いのである。

 が、“サーヴァント”であり、特殊な服を着込んでいることもあって、全く苦にはならない。

 しばらく歩いた後、立ち止まり、深呼吸をする。

「さて、始めるか……」

 身体を軽く解し、構える。

 “ボッカタオ”、“バッコム”、“ダンベ”、“シラット”、“アルニス”、“パプキドー”、“カラリパヤット”、“ムエタイ”、“忍術”、“パンクラチオン”……“千里眼”や“根源接続”によって手に入れた在りと汎ゆる格闘術や武術の知識や動きを想い出し、それを再現する。

 次いで“王律鍵バヴ=イル”を”投影”し、それを使用して“バビロニアの宝物庫”へと繋げる。

 少しばかり離れた場所の空間と“バビロニアの宝物庫”を繋ぎ、その空間に2つ穴を開く。その2つの空間の穴を利用して“バビロニアの宝物庫”内の宝物――刀剣類を行き来させ、加速させる。

 加速した刀剣類を、自身の周囲360℃に展開し、射出する。

 その速度は、才人に対して行った時の優に10倍ほどの速度であろうか。

 俺は、飛んで来る刀剣類の尽くを躱すように心掛ける。が、やはり全てを躱すということは難しく、幾つかが肌を掠める。

 掠めたことで、肌に傷が付くが、“十二の試練(ゴッド・ハンド)”や“被虐の誉れ”などによって再生し、耐性を獲得する。

「今日はこのくらいにしておくか……さて、出て来たらどうかな?」

「気付いてたんだ……で、さっきの剣とかってなに!? “魔法”で出したの? あれ全部“マジック・アイテム”!?」

 木の陰からルクシャナが出て来て、俺へと質問攻めをして来る。彼女の目は既に好奇心に輝いており、流石学者と驚嘆せざるをえない様子である。

 ルクシャナの格好は、朝に見たモノと同じだと言える。恐らく、同じ服を何着か持っているのであろう。

「そうだな、どこから話したものか……才人と俺はこことは違う国、もちろん“ハルケギニア”にある国とは違う所から来たんだが、そこにある“魔術”や“魔法”を用いて出し入れした。先程の刀剣は全て伝説上のモノの“原典”……“英雄王”が集めた物だ」

「“魔術”? “魔法”とは違うの?」

「そうだな。この世界の“魔法”とも、この世界の、才人の故郷にある“魔法”とも違う……“魔術”は基本等価交換だ。そして、その時代の技術でいかようにでも再現できる術の1つ……才人の世界の“魔法”は、どの方法を用いても再現が難しい、たった1つしか存在しないとか言い換えることもできるだろうモノか……」

「“魔術”か……」

「そうだ。おまえ達“エルフ”が信奉する“大いなる意思”だが……“魔術”的観点から考察すると、“ガイア”だろうな」

「“ガイア”?」

(世界)にも意思があると考えた場合のことだがな。ヒトには集合的無意識と言うモノがある。それを“阿頼耶(アラヤ)”と言うんだが、他の生命にも当然あるだろうな。そして、(世界)の場合、その意識のことを“ガイア”と呼ぶ、のだが……まあ、ザックリと、簡単に言えば、だがな」

 この世界の、“ハルケギニア”に於ける“アラヤ”だが、ティファニアを始めとした“ハーフエルフ”や“元素の兄弟”などといった存在がいることから、純粋なヒトだけの集合的無意識ではないだろう。

「へぇ……面白いわね。“魔術”に、“魔法”……“ガイア”ね……」

「そう言えば、俺のことが怖くないのか?」

「え? なんで?」

「俺は、おまえ達“エルフ”が恐れる“イブリース”とやらだぞ。その中でも、最も強いと言えるだろうな。自分で言ってて恥ずかしいし、それ以上に申し訳なさが勝るが」

「そうね。そう言えば貴男“イブリース”だったわね。でも、それがどうしたの? 貴男からは脅威とか全く感じないわ。それどころか、友達って感じね」

「友達、か……」

「貴男は寝ないの?」

「そうだな。俺は寝る必要がないからな。話は変わるが、あいつ等はかなりしぶといと言うか、しつこい。1度決めたことを曲げることはないだろうからな。朝には面白いことを言うだろうさ」

「そう? 期待しとくわ」

 ルクシャナはそう言って、家の中へと入って行く。俺が、砂漠にいても問題がなにことに驚いた様子もなく、逃走する能力があることを理解しながらも逃げる可能性を全く考慮していない。いや、しないと理解しているのであろう。

 

 

 

 

 

 翌朝……。

 窓から射し込む陽光で、才人は目を覚ました。ベッドはティファニアに貸して、ソファの上で寝ていたのである。流石に二晩続けてティファニアと同じベッドで寝る訳にもいかないと考えたのである。

 ティファニアは、「御友達だから良いの」と言ったのだが、そういう問題ではない。

 才人は、(例えば、寝返りを打った隙に手が触れたとする。麻薬の様な其の感触に脳裏が焼かれてしまい、其の瞬間に、自分と言うモノを失ってしまうで在ろう事は自明の理で在る)、と考えたので在る。

 だからソファで寝たのだが、ティファニアのその谷間を見るたびに、才人は(自分の判断は正しかった)と想うのであった。

 ティファニアはというと、すやー、とあどけない顔で寝息を立てている。寝返りを打った時に、ユッタリとしたローブの胸元から、暴力的なまでの谷間が見えた。

 才人は目を逸らそうとしたのだが、(これは神様からの励ましだ)と想い、10秒間だけ好意に甘えるように見た。(なにせ、俺達はこれから大変な仕事をしなくてはいけないのだ。でも、好意を受け取るのは俺だけで、テファとセイヴァーは損するのではないか?)、と考えた。それから、(テファが損する……だったら代わりに俺っちのを)と考えたが、才人は直ぐに首を横に振った。

「それは、違うな」

 ティファニアは、ううん~~~、と悩ましげな声を上げると、再びゴロンと才人の方に向けて転がった。ユッタリとしたローブの首元は更にずり下がり、グランドキャニオンが現れた。

 才人は、ある種の感動を覚えて泣きそうになり、両手を合わせた。

 すると、ティファニアが、ううん~~~、と唸り、目を覚ました。開けた自分の胸と、才人の視線に気付き、頬を染めて手で隠した。

 その瞬間、才人は自分の行為に気付き、強く恥じた。それから、(ただの覗きじゃねえか! 今の俺を知ったら、ルイズがどれだけ悲しむことか……)と心の中で、恋人に向けて頭を下げた。また、(“愛”の更に下に、本能はあるんだろうか? そんで俺は人間である以上、本能には逆らえないんだろうか? だとしたら、人間てのは悲しい生き物だな)とも想った。そして、(いや、悲しい生き物なのは俺だな)と想い直す。次いで、心の中のルイズに、(もう見ないね。僕は、ルイズが1番だから……)と拳を握って、心の中で誓った。今日のルイズとの約束、その1である。(逢うことができない分、毎日約束して強く生きよう)、と心に誓った才人であった。

 才人がそんな風にしていると、ティファニアが半泣きで呟いた。

「……変だよね。絶対、私の胸可怪しいよね。気になるよね。ぐすん」

「違う! だからそうじゃないんだってば!」

 と、才人は慌てて首を振った。

「何を騒いでいるの?」

 扉が開いて、ルクシャナが姿を見せる。

 その瞬間、才人は真顔になった。

 ティファニアも、ゴクリと唾を呑んで、緊張した面持ちになる。

 次いで才人は、ティファニアに目配せをする。それから、“霊体化”している俺にも一瞬だけ目を向ける。

 ティファニアは、コクリと首肯いた。

 俺は、答える代わりに“実体化”する。

「朝御飯は食べた? この辺にある物、食べて良いわよ」

 才人は、スッと手を伸ばして、ルクシャナを制した。

 ルクシャナは、才人とティファニアの様子を見て、笑みを浮かべる。

「ん? どうしたの?」

「話がある。と言うか、交渉かな」

「なにを交渉するの?」

 キョトンとした顔を作り、ルクシャナは問うた。

「“エルフ”の偉い人と、話をさせて欲しい」

「なあに? また“シャイターンの門”が見たいとか、“魔法装置”がどうのって言うつもりなの?」

「その通りだ」

「だからやめなさいって言ったじゃないの」

 才人は、真顔のまま言い放った。

「それならば、俺は死ぬ」

「はい? なにを言ってるの?」

 次いでティファニアが、(良いの?)と言うように才人を見詰めた。

 コクリ、と才人は首肯いた。

「あ、あのっ! この人、やるって言ったらやります!」

「ああ、俺はやる」

「やるんです! 止めても無駄だよね!? ねえサイト!?」

「ああ。無駄だ」

 これが、昨日3人――主に才人とティファニアの2人で考えた作戦である。“エルフ”側からすれば、才人とティファニアが死ねば困るのである。ここでずっと生かしたままにしておかなければ、意味がない。その時に、ティファニアの“魔法”は切る札として温存しようという打ち合わせであった。人の記憶を消すことのできる、というアレである。

 そんな2人を交互に見詰め、次いで俺へと視線を向け、ルクシャナは大声で笑い始めた。

「あっはっは! 可笑しい! 貴方達って変なこと考えるのね!」

 才人は、笑い出したルクシャナを見て、顔を真赤にさせた。

「笑ってる場合か? おまえ達、俺が死んだら困るんじゃないのか? 新たな“虚無の担い手”が……」

「目を見れば判るわ。本気で死ぬつもりなんか更々ないんじゃないの?」

 そう言われて才人は、ぐっ、と言葉を詰まらせた。

 ルクシャナは、才人をジッと見詰めた。

「そんなこと、他の“エルフ”の前では絶対に言わない方が良いわよ。自殺するなんてね。言ったら貴男、心を奪われるわ」

「え?」

 心を奪われる……その言葉で、才人はタバサの一件を想い出した。“エルフ”が作成した薬を呑まされそうになったタバサ……間一髪のところ、“アーハンブラ”から救い出さなければ、彼女は心を失った状態にされるところであった。

「感謝して欲しいわ。“評議会(カウシル)”の御爺ちゃん達、貴方達の心奪えって大騒ぎしたのよ。そっちの方が安全だって。でも、私と叔父様が一生懸命反対したから、貴方達はそうやって自分達の頭で物を考えることができるのよ」

 ティファニアと才人は、青くなった。

 同時に、ルクシャナが出したもう1人の名前に、才人は引っ掛かりを覚えた。

「どうして、あいつが俺を庇うんだ?」

「さあ? 何だか、貴方達に興味を持ったみたいね。色々訊きたいことがあるって言うから、そのうちに逢わせて上げる。私の叔父様、あれでも偉いのよ。一応、望みは叶えられるってことで、あんまり変なこと考えないでね」

 才人とティファニアは、恥ずかしそうに顔を見合わせた。

 ルクシャナは再び、才人とティファニアに色々と質問をした。今日の質問は、主にティファニアに向けてのモノで在る。

「貴女の母君は、どういう方だったの? 何故、貴女が生まれたのかしら?」

 ティファニアは再び才人と俺に、伺いを立てるように見詰める。

 才人と俺は首肯いた。別に隠すことでもない、と想ったためである。そして、何よりも、これはティファニア自身が考え、決めることなのだから。

 ティファニアは、怯えた顔でユックリと自分の生い立ちを語り始めた。“アルビオン”の大公と、その妾だった“エルフ”の女性との間に生まれたこと。それを嫌った叔父王――シオンの父親が差し向けた手勢に、父親と母親が殺されてしまったということ。逃がれた森での暮らし。そして、出逢い……。“虚無”に覚醒めたこと以外は、全てを語った。

 ルクシャナは、なにやらメモを取りながら、ティファニアの話を興味深かそうに聴いていた。

「母君の名前は、なんていうの?」

「父はシャジャルって呼んでました」

 すると、ルクシャナは笑みを浮かべた。

「私達の言葉で、真珠って意味よ。きっと、美しい方だったんでしょうね」

 するとティファニアは、はにかんだような笑みを浮かべた。

「ええ。とても綺麗でした。と言っても子供の頃だったから、ボンヤリとしか覚えてないんだけど……」

「調べて上げるわ。そっちに行った“エルフ”なんて珍しいから、たぶんなにか判るんじゃないかしら?」

「本当ですか?」

 ティファニアの顔が輝いた。

「ええ。もしかしたら、貴女の親戚が見付かるかもね」

 そこでティファニアは、再び哀しそうな顔になった。

「あの……ルクシャナさん。私、想うんですけど……」

「なあに?」

「私の母と父はとても中が睦まじくって。御互い“愛”し合っていました。だから、ヒトと“エルフ”って理解り合えると想うんです」

「そりゃあ、理解り合えるでしょ。こうやって話だってできるんだから」

「だったら! 御願いです! 私達を、“聖地”に連れてってください! このままだったら、沢山の人が死んじゃうんです! 残った人も、住む所が失くなって大変なことになるんです!」

 するとルクシャナは、真面目な顔になった。言おうかどうか悩んだ素振りを見せた挙げ句に、口を開いた。

「正直に言うとね、私もそうしたって良いんじゃない、って想うわ。そりゃ“大いなる意思”の思し召しかもしれないけど、やっぱり見殺しにするのは気分が良くないもの。でも勘違いしないでね。そう考える“エルフ”はホントに少ないのよ」

「ホントですか?」

「有難う御座います!」

 ティファニアと才人は身を乗り出した。

「でもね、私達だって6,000年間、“シャイターンの門”を必死に守って来たの。そこが解放されたら、酷いことになるって言われてね」

「酷いことって、なにがあったんですか?」

 才人が尋ねると、ルクシャナは目を大きく見開いた。

「“大災厄”」

「何すかそれ?」

「6,000年前、“シャイターンの門”に、“悪魔”が現れた時に起こったとされる出来事よ」

「なにがあったんですか?」

「当時、半分の“エルフ”が死んたと言われてるわ」

 ゴクリ、と才人は唾を呑んだ。

 ティファニアも、青い顔になる。

「それ、ホントなんですか?」

「さあね。信じてない“エルフ”もいる。なにせ大昔のことだしね。でも、おかげで私達の間では、“シャイターンの門”を守ることは絶対になったわ。貴方達も大変かもしれないけど、私達も必死なのよ」

 才人とティファニアは、顔を見合わせた。そして、ずしーん、と心に重しが伸し掛かったかのように、2人は感じた。

 その時、扉の向こうから、バッシャーン! と大きななにかが着水する音が響いた。

「アリィーだわ」

 ルクシャナは立ち上がると、婚約者を迎えるために扉を開けた。

 才人達もそちらを向いた。

 大きな“風竜”が1匹、桟橋に向かって泳いで来るのが見える。

 その背には、“エルフ”が乗っているのもまた見えた。

 

 

 

 大股で入って来た“エルフ”を見て、才人は眉間に皺を寄せた。

 “エルフ”やヒトという種族の差を差し引いても、いけ好かないといえる顔をしているからである。

 線の細い顔には高慢の色が浮いており、こちらを見る目は、動物を見る時のそれである。

 そんな様子を見て、此処に居るルクシャナが随分マシだったと云う事を、才人は想い知った。

 アリィーは、部屋の様子を見て不機嫌な声で言った。

「おい、“蛮人”共に、僕のベッドを使わせているのか?」

 するとルクシャナは、唇を尖らせた。

「別に貴男のって訳じゃないわ。御客用よ」

「どの道、“エルフ”が使うベッドに、“蛮人”を寝させるってのは感心しないな」

 チラリと、アリィーは俺達を横目で見て言った。

「おいおまえ達。出掛けるぞ。用意しろ」

 才人は、(こいつが、昨日ルクシャナが言ってた婚約者か。恐らくは、こいつが俺を眠らせ、そしてルイズやタバサを……)と考え、怒りを抑えられなくなってしまった。ここで怒ってもなにも始まらない上、自分達の立場が危うくなるであろうことを理解してはいたが、我慢ができなかった。

「この野郎」

 そう叫んで、才人は殴り掛かる。

 そんな攻撃を予想していたのであろう、アリィーはすっと身を動かし、躱してみせる。次いでカウンターで才人を殴り倒した。プロボクサーのような見事な動きで、更には“サーヴァント”に匹敵する素早い身の熟しである。

 才人は派手に後ろに転がった。

 慌ててティファニアが抱え起こす。

 アリィーは、殴った拳を取り出したハンカチで拭った。

「ちょっと! アリィー! 乱暴はやめて!」

「先に手を出して来たのは彼だよ」

 才人は立ち上がろうとした。

「てめえ、よくもルイズやタバサを……」

 しかし、ティファニアが才人の腕をガッチリと掴んだ。

「やめて。サイトやめて!」

 そんな2人を無視して、アリィーはルクシャナに言った。

「僕にも、防御が反応するようにしておいてくれよ。君の家に来るたびに、こうやって襲われたんじゃ適わないぜ」

 才人は刀の柄に手を掛けた。

 それを見て、アリィーは困ったような顔になった。

「おい“蛮人”。やめておけ。それを抜かれたら、僕だって手加減できないぜ」

「おまえが、ルイズとタバサを怪我させたのか?」

「ルイズ? タバサ? ああ、確かに君を連れて行こうとしたら、邪魔して来た奴等がいたが。1人は“悪魔”の末裔だったから、殺しはしていない。安心しろよ」

 まるでそうできないことが残念だ、とでも言うような口調でアリィーは言った。

 才人は、くぬ、と唸ると、再び飛び掛かる。

 アリィーは、参ったな、というように体を撚ると、鋭い蹴りを放った。

 だが、その蹴りを才人は両手で止めた。そしてそのまま引っ繰り返し、その上に伸し掛かる。

「よくも俺の恋人に怪我させやがったな」

 才人は思い切り、アリィーの頬を打ん殴る。

 丹精なアリィーの顔が、苦痛に歪んだ。

「これはタバサの分だ!」

 再び、その頬を打ん殴った。

 アリィーは、うぬ、と呟いて“呪文”を唱えようとした。

 が、いきなり天井からぶら下がった朝が開いて落ちて来て、アリィーと才人の頭にスポッと冠さった。

 その傘を取ろうとして2人はもがいたのだが、傘はぴっちりと閉じており、中々開かない。

「貴男達、いい加減にしなさいよ! ここは私の家よ! 喧嘩なら他所でやって頂戴!」

「君は“蛮人”の味方をするのか!?」

 顔を傘で覆われたまま、アリィーが叫んだ。

「そういう訳じゃないわよ。貴男、人の家で“精霊の力”を使おうとしたじゃないの」

 ルクシャナは、ジロリとアリィーを睨んで言った。

「すまないな、ルクシャナ。才人が無礼をした」

「おい、セイヴァー! なんで謝るんだよ!?」

 謝罪する俺に対し、才人はアリィー同様に傘に顔を覆われたまま叫んだ。

「当然だろ。ここは彼女の家だ。衣食住を提供してくれている上に保護もしてくれている。なら、礼を尽くすのが当たり前だろう」

「兎に角、私の家では争わないって約束して。じゃないと、2度と扉は潜らせないわよ?」

 パチンとルクシャナが指を弾くと、スルスルと傘は天井へと戻って行く。

 アリィーは怒りを抑えられない顔で、才人に向き直った。

「貴様、覚えておけよ」

 才人も興奮治まらぬ様子で、何か文句を言おうとしたが、ティファニアに窘められた。

「気持ちは理解るけど……落ち着いて。御願い」

 ティファニアのその言葉で、才人は我に返った様子を見せ、首肯いた。

「御免、テファ、セイヴァー……」

「こんな危険な連中を飼っていて、平気なのかい? 君は」

 アリィーにそう言われ、ルクシャナは首肯いた。

「もちろんよ。沢山楽しい話を聴かせて貰ったわ」

 するとアリィーは、更に不機嫌な顔になった。

「“蛮人”被れも、いい加減にして欲しいものだな」

「それはこちらの台詞だ」

「なに?」

 俺の言葉に対し、アリィーは睨みを利かせながら向き直る。

「こいつは、恋人と友人に怪我を負わされたことで怒っているんだ。おまえだって、大切な友人や家族、ルクシャナが怪我をさせられたら怒るだろ?」

「……う……兎に角貴様等、表の“竜”に乗れ。ビダーシャル様が御呼びだ」

 

 

 

 

 ルクシャナのオアシスから、数十分も飛ぶと、砂漠の向こうに海が見えて来た。

 その海岸に突き出る形で位置した“エルフ”の国“ネフテス”の首都“アディール”は、才人の視界を圧倒した。

 海上には幾つもの同心円状の埋立地が並び、その間を無数の船が行き交っている。

 その大きさと規模に、才人は目が眩むようであった。

 隣では、ティファニアが目を丸くしてその光景に見入っている。

 中世然とした“ハルケギニア”の都市に比べると、その技術力が2歩も3歩も抜け出ているということが、肌で感じられる。

 そんな“アディール”の光景は、中東の人工都市を、才人に想い浮かべさせた。

 才人は、(海の上に浮かんだ都市……あの国は、なんと言ったっけ?)と遠くなりつつある“地球”の記憶を懐かしんだ。

 “風竜”の首の付け根には設けられた鞍に跨ったアリィーが眼の前に見える。

 才人はその背を憎々しげに睨んだ。そして、(まあ、こんだけ技術力が離れてりゃ、“ハルケギニア”の人間を“蛮人”と侮るのも無理はないのかもしれないな。でも、“地球”の技術はもっと凄いんだぜ。あの海上都市、中には背の高い建物も見えるが、“東京”とか“ニューヨーク”とかあんなもんじゃねえからな。見たら泣くかんな、この長耳野郎め、あんま調子に乗んな)と心の中で独り言ちた。

 隣にいるティファニアが、アリィーの背中を見詰めて唸る才人を見て、その手を握る。

「もう乱暴は駄目だよ。サイトが怪我したら、ルイズだって悲しむよ」

 だが、才人は中々怒りを抑えることが難しい様子である。同時に、才人はルイズとタバサのことが心配になった。(怪我をさせられて、大丈夫なんだろうか? セイヴァーは大丈夫だって言ったけど。今直ぐにでも、飛んでルイズの元に駆け付けたい……でも、こうやって“エルフ”に囚われている身ではそれも叶わない。もしかしたら、もう2度と逢うことができないかもしれない)とそんな想いが不意に胸を過り、才人は首を振った。(変なことを考えるな。絶対にまた逢える。信じろ才人……)、とそんな想像を追い出した。

 才人の様子を見て、ティファニアは安心させるように握る手に力を込めた。

「大丈夫だよ。サイト。また皆に逢える。絶対。そうだよね」

 自分に言い聞かせるような口調でティファニアは言った。

 才人はティファニアを見詰め、次いで俺へと目を向ける。ティファニアのその手を強く握り返した。

「もちろんだ」

 才人達の後ろに座ったルクシャナが、才人と俺の様子を見て言った。

「あんまり驚かないのね。空から“アディール”を見たヒト達は、余り多くないはずだわ」

 才人は、“エルフ”への反発も手伝い、大袈裟に言い返した。

「俺とセイヴァーの故郷じゃ、もっと高い建物がバンバン建ってるぜ。あんなもんで威張んなよ」

 アリィーは、(なにを言ってるんだ?)といった顔を見せる。

 が、ルクシャナは興味深そうな表情を浮かべる。

「面白そうね。どういうこと?」

「あの真ん中の建物より、3倍は高い建物とか余裕であるね」

「へえ。一体貴男達はなんていうの生まれなの?」

「“地球”。“日本”って国だ」

 ニヤリ、と才人は笑った。

 ルクシャナはキョトンとした。

「どこ? 聞いたことないわ。“ロマリア”近くの、都市国家群の1つ? 私、忘れっぽいからなぁ……」

「こことは違う、別の世界だよ」

 才人が言うと、とティファニアがその袖を引っ張った。

「サイト」

「ん? まあ、今更隠したってしょうがないし」

「別の世界? どういうこと?」

 ルクシャナは興味を引いたらしく、身を乗り出した。

「おい、ルクシャナ。“蛮人”の言うことなんか真に受けるな」

 振り向いて、アリィーが不機嫌そうな声で言った。

 べぇーっと舌を出すと、ルクシャナは才人へと向き直り小声で言った。

「その話、後でユックリ聴かせて頂戴」

「良いよ。ちゃんと信じてくれるんならね」

 アリィーの操る“風竜”が下降を始めた。

 グングンと“アディール”の中心に位置する“カスバ”が見えて来る。“エルフ”の国“ネフテス”を動かす“評議会”が置かれている場所である。

 屋上に着陸すると、何人もの“エルフ”の戦士達が俺達を出迎えた。物珍しそうに俺達を見詰め、時折ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 誰かがティファニアを指さし、一斉に“エルフ”達は驚いた顔になった。どうやら、“悪魔”の末裔と想われている才人よりも、ハーフであるティファニアの方が驚くべき対象であるらしい。

 ティファニアは、恥ずかしそうに耳を掴んで隠した。

 1人の“エルフ”が近付いて来て、ティファニアに文句を言った。が、早口の“エルフ語”で在るために、才人とティファニアには良く理解できなかった。

 ティファニアがキョトンとして居ると、“エルフ”の1人が手を掴もうとして来た。

「おい、なにすんだ?」

 才人が割って入ろうとすると、次々に“エルフ”の手が伸びて来て、押さえ込まれてしまう。

 “エルフ”達は口々に喚いた。「“シャイターン”!」、との叫びが聞こ得、どうやら罵られているということに才人は気付いた。

 1人の“エルフ”が、腰に提げた短剣を抜こうとする。

「“天の鎖”よ」

 “天の鎖(エルキドゥ)”を用いて、短剣を抜こうとした“エルフ”の身動きを封じる。

 “エルフ”達は驚き、一瞬だけ動きを止める。もちろん、アリィーも例外ではない。

 ルクシャナは興味深そうに俺と“天の鎖(エルキドゥ)”とを交互に見やる。

 我に返った“エルフ”達が一斉に短剣を抜こうとする中、ルクシャナが“エルフ語”で強い調子で叫んだ。

 しばらく言い合いになり、アリィーが間に割って入る。

 すると、“エルフ”の戦死達は憮然とした顔で矛を収める。

 俺もまた、“天の鎖(エルキドゥ)”を戻し、縛り吊るしていた“エルフ”を解放する。

 直ぐ様、“エルフ”達は離れて行った。

 ティファニアは、怯えた顔で才人の後ろへと隠れた。

「なんだ、こいつ等は?」

 と、才人がルクシャナに尋ねる。

「貴男を殺せって騒いでるのよ」

 と、なんでもない調子でルクシャナは答えた。

「成る程。過激派みたいなモノか」

 俺の言葉に、ルクシャナは首肯いた。

 才人は青い顔になる。

「俺を殺したら逆に困るんじゃなかったのか?」

「そう言ったわ。でも、貴男はここでは“悪魔”なのよ。それを忘れないでね」

 “エルフ”達の俺達を見る目には、激しい敵意が滲んでいた。

 “ハルケギニア”に来た頃の才人は、侮られこそすれ、このような目で見られたことはなかった。そのおかげであろうか、(嗚呼、敵地に来たんだ)ということを、生まれて初めて生々しく感じることができた。そして、(一体、ビダーシャルはどんな用事で俺達を呼んだのだろう? どんな話をするつもりなんだろう?)、と急に不安が高まって行くのを覚えた。

 

 

 

 ビダーシャルの執務室に通されると、警護の戦士達は姿を消し、再びアリィーとルクシャナだけになった。

 この“カスバ”という建物は、綺麗な塗り壁でできている。所々、硬く焼いた淡い色のタイルが幾何学模様を描き、殺風景な部屋に彩りを与えている。殺風景ではあるが、“ハルケギニア”では余り感じることのない清潔感に溢れているといえるであろう。

 だが、才人はどことなく居心地の悪い心持ちになった。余り生活感を感じないのである。それは、ゴチャゴチャとした“ハルケギニア”の家屋敷での生活に慣れたということもであるであろう。

 しばらく待つと、扉が開いて、懐かしのとでもいえるビダーシャルが姿を見せた。再逢するのは、“アーハンブラ”での対決以来のことであろう。

 才人は、冷や汗が流れるのを覚えた。強力な“カウンター(反射)”を使い、才人とルイズ達を苦しめた“精霊の力”の使い手である。そして、“ガリア”の“両用艦隊”を燃やし尽くした“火石”の作成者でもある。

 だが、眼の前のビダーシャルは相変わらず穏やかな態度であり、まるで恐ろしい存在には見えない。若い“エルフ”の戦士達とは違い、以前戦った才人と俺を前にしても、表情1つ変えない。

 まるでこの前の死闘がなんでもなかったことであるかのように、ビダーシャルは口を開いた。

「久し振りだな。“蛮人”の戦士達よ」

「ああ、久し振りだな。ビダーシャル。元気そうでなによりだ」

「君の方も相変わらずだな」

「おまえはルクシャナと同様に、俺達と話が落ち着いてできるから言っておきたいのだが……」

「なにかな?」

「ヒトを前に話をする時は、“蛮人”と呼ぶのではなく、個々人の名前で呼ぶべきだ。ルクシャナにも言ったが、”精霊の力”を”先住魔法”などと言われると不快に想えるだろ?」

「…………」

 ビダーシャルと俺は挨拶を交わし、また会話もした。

 アリィーが俺の言葉に対して文句を言おうとするが、ビダーシャルはそれを制した。

 才人は、ビダーシャルを前にして、(一体、なにを訊かれるんだろう?)と想わず身構えた。

 ビダーシャルは椅子に腰掛けると、俺達にも座るように促した。

 そこにあった椅子に俺達が腰掛けると、ビダーシャルは質問を開始した。

「では、単刀直入に尋ねよう。先ずは、おまえ達の……“虚無”と言ったか?」

「ああ、合っている」

「その力を持つ者の氏名を全て述べて欲しい。我々の方でも幾人かは確認しているが、全てと言う訳ではないし、確実性が欲しいのでな」

 才人は呆れた声で答えた。

「仲間のことを話す訳がないだろ」

「いくらでも聞き出す方法はあるのだ。無駄な労力を掛けるな」

 それでも才人達が黙っていると、ビダーシャルは人を呼んだ。

 入って来たのは、白いローブを纏った若い“エルフ”の女性であった。手になにかを握っている。

 どうやら、何かドロリとした液体であることが見て判る。

 なにかを呑まされる、そう直感した才人は、ティファニアの腕を引いて逃げ出そうとした。

 だが、直ぐに湯からから手の形をしたなにかが伸び、才人の足首は掴まれてしまう。次いで、壁から無数の腕のような触手が伸び、才人の身体を絡め取る。

「ぐ……」

 触手に、才人の口を抉じ開けられ、其の中に白衣の“エルフ”がドロリとした液体を流し込む。「くそ……」と呻いたが、どうにもならない。そのうちになんだか熱を持ったかのように、頭がボンヤリとして来た様子を見せる。

 ビダーシャルが再び尋ねると、もう才人には抵抗できなかった。問われるままに、“担い手”の名前を口にしてしまう。

 教皇聖下であるヴィットーリオとジュリオ、ルイズと才人、“ガリア”のジョゼット、そして隣にいる……。

「なんだ、彼女も継承者だったのか!」

 ティファニアの名前が出た時に、アリィーが叫んだ。

 ビダーシャルの顔も、成る程といった具合に変化した。

 ルクシャナが、へえ、と言い乍ら、ティファニアを見詰める。

 ティファニアは、ボンヤリとした顔の才人に駆け寄り、必死にその身体を揺さ振った。

「サイト! ねえ、大丈夫? サイト!」

 しかし才人から返事はない。ただ呆然と、視点の定まらない目で前を見詰めているだけである。

「“エルフ”の血を引く者に、“悪魔”の力が宿るとはな……」

 ビダーシャルは溜息を吐くように言った。

 ティファニアは、そんなビダーシャルを憎々しげに見詰めた。

「私、ずっと想ってた。“エルフ”は、母の様に優しい人達だって!」

「優しさ、と一言で言うが、様々な種類がある。“エルフ”のために必要と想うことを、私はしているだけだ」

「人間達だって大変なのよ? 貴方達が“蛮人”と呼ぶ種族……確かに貴方達“エルフ”に比べたら、文化も技術も劣っているかもしれない。でも、彼等にだって生きる権利がある。そうじゃない?」

 ティファニアは必死になって訴えた。

 だが、ビダーシャルの答えは決まって居た。

「“シャイターンの門”を開くことはできぬ。再び“大災厄”を引き起こすことは赦されぬ。我々はずっとそれを守って生きて来た」

「そんなの、やってみなくちゃ判らないじゃない! 伝統かなにか知らないけど、昔と今は違うわ!」

「そのような危険な賭けに、一族を晒すことはできぬ。“シャイターンの門”を封じ続ける。それは伝統などと言う生易しいモノではない。我々の義務なのだ」

「どうして自分達のことしか考えられないの? ねえ、どうして?」

 ティファニアは、(こうなったら、ここにいる連中の記憶を奪って……)と考え、胸の隙間に刺した“杖”を引き抜いた。

 だが、そんな慣れぬ冒険は直ぐに遮られてしまう。

 壁から伸びた触手に、一瞬で絡め取られてしまい、ティファニアは全く身動きが取れなくなってしまった。

「これは預からせて貰う。“悪魔”の末裔と判った今、この“杖”は危険だからな」

 ビダーシャルは、ティファニアのその手から“杖”を奪い取る。

 

 

 

 才人は、眼の前で起こっている出来事を理解することはできた。が、なんだか膜に覆われているかのように感じられたのである。その膜は、才人と眼の前の現実とを切り離し、まるで映画のワンシーンであるかのように感じさせた。

 隣ではティファニアが、壁から伸びた触手に掴まれて泣きそうな顔になっている。

 部屋の中には何人かの“エルフ”がいる。

 そのうちの1人……背の高いビダーシャルが、床にべったりと座り込んだ才人に向かって尋ねた。

「ヒトの戦士よ。私はおまえ達と戦って以来、我々の“聖者アヌビス”と、おまえ達が信じる“ガンダールヴ”の共通点に興味を抱いていてな。色々と調べていたのだ」

「はい」

 才人は、淡々と答えるのみである。意味は理解できるのだが、なんの感情も湧き上がって来ない様子である。

「“聖者アヌビス”は、光る左手を持ち、“大災厄”をもたらした“悪魔(ブリミル)”を斃して退けた。だからこそ、聖者として名を遺したのだが……もし、“聖者アヌビス”とかつての……初代“ガンダールヴ”が同一人物ならば、興味深いことだな」

 その時、扉が開いて書記官らしき“エルフ”が姿を見せた。

「ビダーシャル卿。“評議会”から、決定事項です」

「なんだ?」

 書記官から渡された書類に目を通し、ビダーシャルはわずかに眉根を潜めた。

「そうか」

「叔父様。どうしたの?」

 心配そうな表情で、ルクシャナが尋ねた。

「彼等に、“心神喪失薬”を呑ませることが決定した」

 その言葉で、ルクシャナの顔色が変わった。

「話が違うわ! 彼等は私が預かるってことで、決着したんじゃないの?」

 書記官が申し訳なさそうな顔でルクシャナに告げた。

「“評議会”の決定なんです。ルクシャナさん。やはり、汎ゆる危険性を排除したいとのことで」

「学術的見地からすると、愚かな行為としか言えないわね」

「兎に角、決定は決定なんですよ。処置は一週間後。それまで彼等は、ここに監禁されます」

 ティファニアは、その会話を聞いて、(心を奪うですって? 私とサイト、セイヴァーさんの?)と震え出した。次に想い出したのは、母の顔である。(母のような優しい“エルフ”が暮らす、夢の国……私は混じり物だから、当然差別はあると想っていた。恐らくは歓迎されないことも……でも)、と、ここまでのことは想像しなかったティファニアは、自分の中に流れる“エルフ”の血を、生まれて初めて呪った。

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