ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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出港迄の休みと魔術の基礎講座

 “ラ・ロシェール”で1番上等な宿である“女神の杵亭”に泊まることにした俺たちは、1階の酒場で、くつろいでいた。いや、1日中馬や“グリフォン”に乗っていたということもあって、ほとんどがクタクタになってしまっている様子である。

 “女神の杵亭”は、“貴族”を相手にするということだけあって、豪華な造りをしている。テーブルには、床と同じ一枚岩からの削り出しで、顔が映るくらいにピカピカに磨き上げられているのである。

 そこに、“桟橋”へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰って来た。

 ワルドは席に着くと、困ったように言った。

「“アルビオン”に渡る“フネ”は明後日にならないと、出ないそうだ」

「急ぎの任務なのに……」

 ルイズは口を尖らせている。

 それを聞いて、シオンを除き、才人たちはホッとした様子を見せた。

「あたしは“アルビオン”に行ったことないからわかんないけど、どうして明日は“フネ”が出ないの?」

 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。

「明日の夜は月が重なるだろう? “スヴェルの月夜”だ。その翌日の朝、“アルビオン”が最も、“ラ・ロシェール”に近付く」

 そう簡単な説明をして、ワルドは話題を変えた。

「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った」

 ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「シオンとセイヴァー、キュルケとタバサ、ギーシュとサイトがそれぞれ相部屋だ」

 ギーシュと才人は睨み合う。

「僕とルイズは同室だ」

 才人はギョッとして、ワルドの方を向いた。

「婚約者だからな。当然だろう?」

 ルイズがハッとして、ワルドの方を見る。

「そんな、駄目よ! わたし達、まだ結婚してる訳じゃないじゃない!」

 ルイズのその言葉に、才人は首肯く。

 が、ワルドは首を横に振って、ルイズを見つめて言った。

「大事な話があるんだ。2人切りで話したい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、早速だが、“魔術”について簡単にではあるけど教授しようか。まずは座学からだ」

「待ってたよ」

 宛行われた部屋はとても綺麗なモノであり、「流石は“貴族”御用達の宿」と素直に賞賛の言葉を送ることができるほどである。

 防寒、防音などもほぼ完璧といった具合であり、“魔力”などで聴力などを強化するか、何かしらの“魔法”を使用してわざわざ聞き耳を立てるなどをしない限り、中での話などは漏れることはまずないだろう。まあそれでも、“サーヴァント”となった俺の聴力は常人のそれではないこともあって、他所の部屋の物音や話し声が聞こえるのだが。

 そうして今、この宿に到着するまでの間、馬上で話していた“魔術”についての講義を始めようとしているところである。

「そうだな。まずは、“魔術”とは、“魔力を用いて人為的に神秘や奇跡などを再現する術の総称”だということを理解して欲しい」

「“神秘”?」

「そうだ。だが、これはこの世界に於いてはあまり意味をなさないから気にする必要はないかもしれないがな」

 この世界――“ハルケギニア”には“魔法”が存在し、一般大衆にも知れ渡っており、“平民”と比べ数は少ないだろうがそれでもかなりの数の“魔法使い”――“メイジ”たちがそれを使用している。対して、“地球”に於ける“魔術”は、その稀少性や知る人が少ないということから“今の時代の一般常識から外れた、巷に流布してはいない、秘匿された知識とその成果”――“神秘”性などを保有し、効果を発するモノが多い。

 そういったことからも、今この段階――この世界のこの時代に於いてはあまり気にする必要はないかもしれない、と言っても良いだろう。

「簡単な原理や仕組みなどの説明だけど、こちらの“魔法”とほぼ同じだな。違う点を上げるとすれば……使用するのは“精神力”ではなく“魔力”。“魔術回路”から生み出される“魔力(オド)”だ」

「“魔力(オド)”に、“魔術回路”って?」

「“魔術”を始めとしたある現象を起こすのに必要なエネルギー、生命が生み出すそのエネルギーが“魔力”だ。そして、“魔力”には基本的に2種類存在する」

 質問をするシオンに、俺は脳内で情報を整理しながら説明をする。

 既に知っていることではあるが、改めて考え直すこと、整理し他者に教えるということは勉強のし直しであり、これまで気付かなかったことに気付くことや新たな疑問点を抱き、それについて考えることなどができる。

「まず、この世界は生きているという前提を持っての考えだが、世界が生み出し保有する“魔力”を“マナ”、ヒトを始め個々人の生命力として生み出される“魔力”を“オド”と呼ぶ」

「なるほど……“魔術回路”って?」

「“生命力を魔力へと変換する炉”、“基盤となる大魔術式と繋がる路”だ。これの本数によって、大体の実力などが決まってしまう可能性がある」

 そうして簡単にではあるが“魔術”に関しての座学を、“魔術師”たちからすると触り程度どころかスタートラインにすら立っていないいと言われてしまうかもしれないだろう内容を、シオンへと教える。

「ねえ、そろそろ“魔術”を使ってみたいんだけど」

「……君は呑み込みが早い分、扱いが難しいな」

「……?」

「“魔術”を使う者、であり、“魔術”を探求する者……“魔術使い”の一歩としてまず教えて置くべきことがある」

 彼女は“魔術師”として生きて行くことはない。

 “総ての始まりであり、終わり”――“0と1”、“物質、概念、法則、空間、時間、位相、並行世界、星、多元宇宙、宇宙の外の世界、無、生命、死などの汎ゆるモノがここより生まれ、存在しているとされる場所”に到達する為に“魔術”を扱う者ではないのだから。

 彼女に対し、最初に教えることは“お前がこれから学ぶことは、全てが無駄なことなのだ”といったモノではない。

 人の道を外れさせる訳にはいかないのである。

 例え、この世界の人たちが、“神や先祖から一族が途絶えるまでその使命に殉じさせる呪いじみた絶対遵守の始まりの命令や命題”――“冠位指定(グランドオーダー)”があろうとも。

「まず、最初に必要なこと、するべき覚悟は、“死を容認する”ことだ……」

「“死を容認”……?」

「“魔術”を扱う際、“魔術回路”を使用する――躍起させるのだが、それ行う際かなりの痛みが身体を奔る。最悪の場合は死に至るだろう」

「そう、なんだ……」

「だが、その心配は君には不必要だろう」

「どうして?」

「君は、私を、“サーヴァント”を“召喚”してみせたのだから……“サーヴァント”の“召喚”も“魔術”の1つに含まれている。ゆえに、問題はないと俺は思うよ」

 それは、彼女の身体と“魂”に“魔術回路”があり、“魔術回路”を開いている――オンオフ自由にできているということなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、シオンが自身の部屋ほどではないにしろ、疲れからもあってグッスリと眠っている中、扉がノックされる。

 もちろん、彼女をわざわざ起こすことはせず、俺は扉の方へと向かい、開けた。

 そこには、羽帽子を冠ったワルド、そして不機嫌そうな才人の姿があった。

「お早う、もう1人の“使い魔”君」

「ええ、お早うございます。どうしたんだ? こんな朝早くに」

「実は、あの“土くれ”を捕まえた君たちの腕がどのくらいのモノだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」

 そう口にしたワルドの後ろにいる才人は、デルフリンガーを握っている。

 どうやら、口車に乗せられたかなにかあったのだろう。

「構いませんよ。少し、待っていてください」

 俺はそう言って、部屋の中にある羊皮紙に「用事があり少し出る」と書き置きをし、眠るシオンに一瞥をする。

 そして、外で待っているワルドと才人に合流をした。

 

 

 

 才人とワルド、そして俺はかつて“貴族”たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場に到着した。

 才人とワルドは、20歩ほど離れて向かい合っている。

 練兵場は、今ではただの物置となってしまっており、樽や空き箱が積まれ、かつての栄華を懐かしむかのように、石で出来た旗立台が、苔生して佇んでいるのみである。

「昔……と言っても君たちにはわからんだろうが、斯の“フィリップ3世”の治下には、ここでよく“貴族”が決闘したモノさ」

「はぁ」

 才人は、背負ったデルフリンガーの柄を握った。そして左手の“ルーン”が光り出す。

「旧き良き時代、王がまだ力を持ち、“貴族”たちがそれに従った時代……“貴族”が“貴族”らしかった時代……名誉と、誇りを賭けて僕たち“貴族”は“魔法”を唱え合った。でも、実際はくだらないことで“杖”を抜き合ったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」

 才人は真顔になり、剣を引き抜く。が、ワルドが手で制する。

「どうした?」

「立ち会いには、それなりの作法というモノがある。介添人がいなくてはね」

「介添人?」

「安心したまえ。もう、呼んである」

 才人の質問に、ワルドがそう答えると、物陰からルイズとシオンが現れた。

 ルイズは2人と俺との3人を見ると、ハッとした顔になった。

 対するシオンは、俺たち3人を目にし、「もしかして」といった表情を浮かべる。彼女は、どうやらルイズに呼ばれた様子であり、そして剣を抜いている才人を見て察したのだろう。

「ワルド、“来い”って言うから、来て見れば、なにをする気なの?」

「彼らの実力を、ちょっと試したくなってね」

「もう、そんな馬鹿なことはやめて。今は、そんなことをしている時じゃないでしょう?」

「そうだね。でも、“貴族”という奴は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」

 ルイズは才人を見る。

「やめなさい。これは、命令よ?」

 才人は答えず、返答代わりにワルドを見詰める。

「まあ、待てルイズ。一緒に行動するのに互いの実力を知っておいて損はない。なにせ、問題が起きた時に連携を取る必要があるだろ? 互いの実力が理解できていないと、それはかなり難しくなる」

「なんなのよ! もう!」

 ルイズは憤慨した様子を見せるが、俺の言葉に理解はしたのかこれ以上はなにも言わなかった。

「では、介添人たちも来たことだし、始めるか」

 ワルドは腰から、“杖”を引き抜いた。フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。

「俺は不器用だから、手加減できませんよ?」

 才人がそう言うと、ワルドは薄く笑った。

「構わぬ。全力で来い」

 才人はデルフリンガーを引き抜き、一足跳びに跳んで、斬りかかる。

 対するワルドは“杖”で、才人の剣を受け止めた。細身の“杖”であるにも関わらず、ガッチリとデルフリンガーを受け止め、ガキーンと、火花が飛び散る。

 ワルドはそのまま後ろに退がったかと思うと、シュシュと風切り音と共に、才人へと向かって“杖”を突き出す。

 才人はワルドの突きを、斬り上げた剣で払った。

 “魔法衛士隊”の黒いマントを翻らせて、ワルドは優雅に飛びすさり、構えを整える。

「なんでぇ、あいつ、“魔法”を使わないのか?」

 デルフリンガーは惚けた声で言った。

「お前が錆び錆びだから、ナメられてんだよ」

 才人は唸った。

 ワルドは、“ガンダールヴ”としての力を少しばかり解放させ“ルーン”を光らせている才人とほぼ同程度の速度を出している。いくらか前に決闘をした、ギーシュとは格が違うことは明白であった。

 そして、恐ろしいことなのか、ワルドはまだ全力ではない。

「“魔法衛士隊”の“メイジ”は、ただ“魔法”を唱える訳じゃないんだ」

 ワルドは羽帽子に手をかけて言った。

「“詠唱”さえ、戦いに特化されている。“杖”を構える仕草、突き出す動作……“杖”を剣のように使いつつ“詠唱”を完成させる。軍人の基本中の基本さ」

 才人は低く身構えると、風車のようにして長剣であるデルフリンガーを振り回した。

 ワルドは才人の攻撃を、難なく躱して見せる。見切り、“杖”で受け流し、それでいて息1つ乱さない。

「君は確かに素早い。ただの“平民”とは思えない。流石は“伝説の使い魔”だ」

 ワルドは才人の突きを躱し、後頭部に“杖”の一撃を叩き込む。

 それにより、ズシン! と音を立て、才人はドサッ! と地面に崩れ落ちてしまう。

「しかし、隙だらけだ。速いだけで、動きは素人だ。それでは本物の“メイジ”には勝てない」

 才人はバネが弾けるように立ち上がり、斬り上げ、薙ぎ払った。

 しかしステップ、ジャンプと云ったふうに、ワルドは風のように攻撃を躱す。

「つまり、君ではルイズを守れない」

 初めてワルドは攻撃に転じた。レイピアのように構えた“杖”で以て、突きを繰り出して行く。常人では目で追うことすら難しいほどのスピードである。

 才人は、それをどうにか受け流す。

「“デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ”……」

 閃光のような突きを何度も繰り出しながら、ワルドは低く小さく呟いている。

 よくよく観察していると、ワルドの突きが一定のリズムと動きを持っているということに気付くだろう。

「相棒! いけねえ! “魔法”が来るぜ!」

 デルフリンガーが叫んだ。

 才人がワルドの呟きに気付き、それが“呪文”の“詠唱”だと悟った時……。

 ボンッ! と空気が撥ねた。

 目に見えない巨大な空気のハンマーだろうモノが、横殴りに才人を吹き飛ばしたのである。10“メイル”以上も吹き飛ばされ、才人は積み上げられた樽に激突し、樽はガラガラと崩れ落ちた。

 樽に打つかった拍子に、才人はデルフリンガーを落としてしまった。

 拾い上げようとする才人だが、ワルドがガシッとデルフリンガーを踏み付け、彼へと“杖”を突き付けた。

 踏まれているデルフリンガーが「足をどけやがれ!」と喚いているが、ワルドは気にした風もなく口を開いた。

「勝負あり、だ」

 立ち上がろうとする才人だが、痛みで痺れてしまっているのだろう上手く立ち上がることができないでおり、額から血が流れ出ているのが見える。

 ルイズが恐る恐るといった顔で彼へと近付く。

「わかっただろう? ルイズ。彼では君を守れない」

 ワルドが、しんみりとした声で言った。

「……だって、だって貴男はあの“魔法衛士隊”の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの!」

「そうだよ。でも、“アルビオン”に行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれた時、君はこう言うつもりかい? “私たちは弱いです! だから、杖を収めてください”って」

 ルイズは黙ってしまった。それから、才人をジッと見つめる。

「ルイズ、少し考える時間を上げよう」

 そう言ったワルドの言葉に、ルイズは少しためらうように唇を噛んだが、ユックリとこの場を離れて行く。

 そんな彼女を、シオンは追いかけて行った。

「君もだ、“使い魔”君。少し気持ちの整理でもして来ると良い」

 ワルドにそう言われた才人は、半ば放心状態といった様子で、トボトボと足取り覚束ない状態で歩いて行く。

「次は君の番だ。謎の“使い魔”君」

 そう言うワルドは笑顔こそ浮かべてはいるが、雰囲気は穏やかなそれではなく、険呑……それでいて警戒心を剥き出しにしたモノになっている。

 才人や介添人であるルイズとシオンがいなくなったこともあって、ワルドは手にした“杖”を構え、あからさまに敵意を剥き出しにして向けて来る。

「君の存在は不安要素でしかない。試させて貰うよ」

 こちらの実力を信じ、そして知る為だろう。そう言って、こちらが構えを取ってもいないのにワルドは問答無用と言わんばかりに向かって来る。

「おいおい、連戦で大丈夫か?」

「むろん、軟な鍛え方はしていないつもりだよ」

 俺の問いかけに、ワルドは笑みを浮かべて答えた。

 俺はバックステップし、朱色をした魔槍“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”を“投影”して、“杖”で刺突しにかかって来たワルドの攻撃を往なす。

「それは……!?」

 ワルド子爵の顔が驚愕に大きく歪む。

 どこからともなく、槍が出て来たのだから驚くのは当然のことだろう。

 さらに、この朱い魔槍からは膨大かつ高密度な“魔力”が発せられており、周囲の空気や空間を震わせ、歪めているといっても良いだろうか。

 それが間近にあるということもあって、肌で感じ取ることができるほどであり、“宝具”を知らない彼からすると未知の脅威その物であると言えるだろう。

「まあ、安心すると良い、ワルド子爵。俺は“マスター”さえ守ることができれば特にちょっかいを出しはしない。ついでに言えば、ルイズたちもだ。彼女らに手を出すのなら」

「ど、どうすると言うのかな?」

「この槍が、貴様の心臓を貫くだろうさ」

 俺の言葉に、ワルドは冷や汗を流す。

 そして――。

「ハハッ、嫌だな。別になにもしないよ。僕はただ、ルイズの婚約者として……」

「なら良い。で、続けるか?」

「いや、止めておくよ」

 乾いた笑い声を上げるワルド。

 彼の身体は大きく、恐怖などから震えてしまっているのがわかる。

 失禁しないだけでも、彼は十分に強い存在だと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその夜……。

 2つの月が重なる晩の翌日、“アルビオン”が“ラ・ロシェール”に1番近い場所に来るという理由から“フネ”が出港する。

 次の日の朝は早いということもあり、シオンはベッドに横たわっているが、流石に時間が早い訳で、眠れずにいる様子だ。いや、それだけではないのだろう。

 寝よう寝ようとしているのだろう、先ほどから「うんうん」と唸り続けている彼女だが、やはり眠ることができないでいる。

「無理に寝る必要はない。そのうち、気付いた時には寝てしまっていたなんて状態になるだろうさ」

「そう、なのかな……?」

 俺の言葉に、小さな声で反応を返すシオン。

 やはり、単純に時間が早いから眠れないというだけでなく、他にもなにか気がかりなことがある為に眠ることができない様子を見せているのがわかる。

「ルイズと才人、そして“アルビオン”にいる彼らのことか?」

「うん……」

 そうして話を聞こうとするのだが、そこで周囲の“魔力”などの流れが変化する――何者かが近付き、そして“魔法”を使用したことを感じ取る。

「シオン」

「どうしたの?」

「何者かが……いや、見知った顔の、お呼びでないお客さんが来たようだ。準備をしろ」

 俺の言葉に、首肯き服を着替え、シオンは“杖”を握った。

 そうして少しばかり経つと、「うわ!?」といった才人の驚く声が聞こえて来た。

 俺とシオンは窓の外へと目を向けると、月明かりをバックに、動いている巨大ななにかを目にする。

 30“メイル”ほどはあるだろう巨大な土“ゴーレム”であり、それだけ大きな“ゴーレム”を操ることができる“メイジ”はそうそういはしない。そして、そんな“メイジ”を俺たちは知っている。

 巨大“ゴーレム”の肩の上に、長い髪を風にたなびかせながら誰かが座っているのが見えた。

 そして、才人とルイズのほぼ同時の「フーケ!」といった叫び声が聞こえて来た。

 俺は空間を“置き換え”、俺とシオンは宿屋の外――フーケの“ゴーレム”の前へと転移をする。

「感激だわ。覚えててくれたのね」

「お前、牢屋に入っていたんじゃあ……」

 “ゴーレム”の肩の上に座った人物――フーケが嬉しそうな声で言い、才人はデルフリンガーを握りながら言った。

「脱獄か……」

「――!? いつのまに……貴男たちも久し振りね。そう。親切な人がいてね。私みたいな美人はもっと世の中の為に役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」

 フーケは俺とシオンが現れた事に驚きはしたものの、即座に気持ちを切り替え嘯いて言った。

 フーケの隣に黒マントを纏った“貴族”らしき男性がいる。状況などからすると、彼がフーケを脱獄させたのだろう。

「……お節介な奴がいるもんだな。で、なにしに来やがった」

 才人は左手でデルフリンガーの柄を握り、彼女らへと問いかけた。

「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たんじゃないの!」

 フーケの目が吊り上がり、狂的な笑みを浮かばせる。

 それと同時に、フーケの巨大な“ゴーレム”の拳が唸り、才人とルイズがいるだろう部屋にあるベランダの手摺を粉々に破壊した。

 硬い岩でできた手摺だが、岩でできた“ゴーレム”から繰り出される拳の威力の方が高く強い。どうやら、以前のそれより強化されているようである。

「ここらは岩しかないからね。土がないからって、安心しちゃ駄目よ!」

「誰も安心してねえよ!」

 才人はルイズの手を掴むと、駆け出す。部屋を抜け、1階へと階段を駆け下りた。

 それをただ見送るということは当然なく、フーケの岩“ゴーレム”はもう1度彼らのいる部屋へと拳を向ける。

 が、俺は即座に“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”と“必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)”を“投影”し、それと同時にその両方に“風王結界(インビジブル・エア)”を纏わせ、不可視の槍へと変化させ、一跳躍し、“ゴーレム”の拳を弾く。

 “ゴーレム”の、“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”に触れた部分は元の岩の塊へと戻り、ゴロゴロボロボロと地面へと落ちた。

「な、なに!? いったいどういう?」

 その様子を前に、フーケは驚きの声を上げ、動揺を隠せずにいる。彼女の隣にいる男性“メイジ”も同様だ。

 

 

 

 才人とルイズが下りた先の1階もまた、修羅場と言える状況になっていた。いきなり玄関から現れた傭兵の一隊が、1階の酒場で呑んでいたワルドたちを襲ったようである。

 ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドが“魔法”で応戦しているが、やはり多勢に無勢であり、どうやら“ラ・ロシェール”中の傭兵が束になってかかって来ているらしく、手に負えない様子である。

 キュルケたちは床と一体化したテーブルの足を折り、それを立てて盾にして、傭兵たちに応戦している。

 歴戦の傭兵たちは、“メイジ”との戦いに慣れているのだろ、初戦でキュルケたちの“魔法”の射程を見極めると、まず、“魔法”の射程外から矢を射掛けて来たのである。暗闇を背にした傭兵たちに、地の利があり、屋内の一行は分が悪いと言えるだろう。

 “魔法”を唱えようと立ち上がろうものなら、矢が雨のように飛び降って来る。

 才人とルイズはテーブルを盾にしたキュルケたちの下に、姿勢を低くして駆け寄って、上にフーケがおり、シオンたちが応戦していることを伝えた。しかし、巨大“ゴーレム”の脚が、吹き晒しの向こうに見えており、伝える必要はなかったのだが。

 他の“貴族”の客たちは、カウンターの下で震えてしまっている。

「参ったね」

 ワルドの言葉に、キュルケが首肯く。

「やっぱり、この前の連中は、ただの物取りじゃなかったわね」

「あのフーケがいるってことは、“アルビオン貴族”が後ろにいるということだな」

 キュルケが、“杖”を弄りながら呟いた。

「……奴らはチビチビとこっちに“魔法”を使わせて、“精神力”が切れたところを見計らって一斉に突撃して来るわよ。そしたらどうすんの?」

「僕の“ゴーレム”で防いでやる」

 ギーシュが少し青褪めながら言うが、キュルケは淡々と戦力を分析して言った。

「ギーシュ、あんたの“ワルキューレ”じゃあ、1個小隊くらいが関の山ね。相手は手練の傭兵たちよ?」

「やってみなくちゃわからない」

「あのねギーシュ。あたしは戦のことなら、貴男よりちょっとばっか専門家なの」

「僕はグラモン元帥の息子だぞ。卑しき傭兵如きに遅れを取ってなるものか」

「ったく、“トリステイン”の“貴族”は口だけは勇ましいんだから。だから戦に弱いのよ」

 ギーシュは立ち上がって、“呪文”を唱えようとした。が、ワルドがシャツの裾を引っ張って、それを制した。

「良いか諸君」

 ワルドは低い声で言い、才人たちは黙って彼の声に首肯く。

「このような任務は、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる」

 この時でも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じ、ワルドの方を向き、自分とキュルケと、ギーシュを“杖”で指して「囮」と呟いた。それからタバサは、ワルドとルイズと才人を指して、「シオンとセイヴァーと共に、桟橋へ」と呟く。

「時間は?」

「今直ぐ」

 ワルドがタバサに尋ね、彼女は即答をする。

「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

「え? え? ええ!?」

 ルイズと才人は驚いた声を上げた。

「今からここで彼女たちが敵を惹き付ける。せいぜい派手に暴れて、目立って貰う。その隙に、僕らは裏口から出てシオンとセイヴァーと合流し、桟橋に向かう。以上だ」

「で、でも……」

 才人はキュルケたちを見た。

 キュルケが魅力的な赤髪を掻き上げ、つまらなさそうに、唇を尖らせて言った。

「ま、仕方ないかなって。あたしたち、貴方たちがなにしに“アルビオン”に行くのかすら知らないもんね」

 ギーシュは薔薇の造花を確かめ始めた。

「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな。死んだら、姫殿下とモンモランシーには逢えなくなってしまうな……」

 タバサは才人とルイズに向かって首肯いた。

「行って」

「でも……」

「良いから早くから行きなさいな。帰って来たら……キスでもして貰おうかしら」

 キュルケは才人を促し、ルイズへと向き直る。

「ねえ、ヴァリエール。勘違いしないでね? あんたの為に囮になるんじゃないんだからね」

「わ、理解ってるわよ」

 ルイズはそれでも、キュルケたちにペコリと頭を下げた。

 才人たちは低い姿勢で、歩き出した。

 矢がヒュンヒュンと飛んで来るが、タバサが“杖”を振り、風の防御壁を張って防ぐ。

 

 

 

 酒場から厨房に出て、才人たちが通用口に辿り着くと、酒場の方から派手な爆発音が聞こえて来た。

「……始まったみたいね」

 ルイズが言った。

 ワルドはピタリとドアに身を寄せ、向こうの様子を探った。

「誰もいないようだ」

 ドアを開け、3人は夜の“ラ・ロシェール”の街へと躍り出た。

「桟橋はこっちだ」

 ワルドは先頭を行く。ルイズが続き、才人が殿を受け持つ。

 月が照らす中、3人の影法師が、遠く、低く伸び、そのしばらく後に2つの影が追った。

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