ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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囚われの2人と1人、そしてアリィーとの対決

「くそ……どう仕様もねえ」

 才人は扉を叩いて言った。

 ここに監禁されてから2日が過ぎたが、その間食事が運ばれて来るのみであり、俺達は全くの放置といっても良い状態である。

 “自白薬”により、ビダーシャルの言いなりになってしまい答えていた時の会話の内容を、才人はしっかりと覚えているのである。ここに監禁されてから薬のその効果は切れはしたが、時既に遅し、である。

 “魔術礼装”である腕輪を始め、“武器”も“杖”も取り上げられてしまい、才人とティファニアにはもうなす術もないといっても良いであろう。

 閉じ込められた牢屋代わりの部屋の設備は悪くないといえる。ベッドもしっかりと3つ用意されており、椅子も机もしっかりとある。もちろん、トイレもある。

 だが、才人とティファニアにとって、ここは監獄そのものであった。

 地下に設備されているこの部屋は、“ハルケギニア”の旧態然としたモノとは違い、ガッシリとした鉄の扉がピタリと壁に埋まり、その壁もしっかりと分厚い塗り壁である。

 どうにかして扉を開ける方法はないものか、と才人は血眼になって探したのだが、当然抜け道になるようなモノなど全く見付けることができない。

「サイト、やめた方が良いよ。疲れちゃうよ」

 ベッドに腰掛けているティファニアが、心配そうな声で言った。

 そうかも、と想い直し、才人はその隣に腰掛けた。

「本当に、心を奪われちゃうのかな……?」

 ティファニアが泣きそうな声で言った。

「やるって言うからには、やるだろ」

 才人は、もどかしい気持ちで一杯になった。心を失った状態でこのような所で一生暮らす……それは、余程の者でない限り、ゾッとする事態であり、状態である。

 才人は、(そうなったら、ルイズ達の足を引っ張ることになる。”ハルケギニア”の民は、一体どうなるんだろうか? どうにかして、ここから脱出しなくちゃいけない)と頭を捻った。

 1日2回、食事が運ばれて来るのだが、下の小さな扉からソッと食器が差し込まれるだけである。そのため、“エルフ”をどうこうするということもできやしないのである。

 才人は、(いっそ自分の命を……)、と考えたが、直ぐに首を横に振り、(それは絶対にしてはいけない。俺やセイヴァーだけじゃなく、テファだっているんだ)と否定する。だが、当然、中々に良い考えというモノは浮かんで来ない。

「“エルフ”ってのも、随分と容赦ない生き物だな!」

 そうポツリと呟いた後、才人は慌てて手を振って否定した。

「いや、テファは違うから!」

「良いの、ホントにそうだから。母と同じ種族だからって、私も優しい人達を勝手に想像してた」

 ティファニアは、寂しそうな表情を浮かべ、言った。

「ふむ……優しい“エルフ”だっているさ。現におまえの母親がそうだろ? 十人十色……それに、“エルフ”のほとんどは、容赦がないというより、高慢で保守的……訳が判らずに、理解らないからこそ“虚無”を恐れているだけだ」

 俺の言葉に、2人は首肯きはするが、やはり意気消沈としている。

「やっぱり心を失う前に……」

「変なこと考えんなよ。駄目だってば」

「でも……心を失うのって、死んでるのと同じことじゃないの?」

 ティファニアにそう言われて、才人は、「そうじゃない」と言えず、言葉を失ってしまった。

「どうせ死んじゃうんなら、皆の役に立った方が良いんじゃないかなって想うの。そりゃ、私だって、死ぬのは怖いし、善くないことだと想う。でも、それが皆の利益になるなら……そちらを選ぶべきじゃないかなって」

 2人からすると、ここから逃げ出すことができる可能性は0であり、縦しんば逃げ出すことに成功しても砂漠を越える手段がない。“エルフ”の“魔法”は強力であり、“武器”のない才人では、抵抗しても仕方がない、といったところであろう。

 そもそも、どうにかなると既に識っていることの方が可怪しいのである。

「私達が死ねば、ルイズ達は新しい“担い手”を得ることができる。でも、ここで私達がずっと心を失った状態でいたら……“ハルケギニア”に住んでる人達が皆不幸になる」

「テファ……」

「別にね、偉いことしようとか想ってる訳じゃないの。そんなね、聖女やなにかになりたい訳じゃない。なんて言うの? こう言うの、殉教者? そういうつもりは全くないの。ただ……単純に計算しただけなの。何千何万って人の幸せと、自分の命。どっちが重いのかなんて、理解り切ったことじゃないかなって」

 才人が何も言えず、俺が黙っていると、ティファニアは「私ね」と言葉を続けた。

「ホント言うとね、この力……“虚無”。ずっと重荷に感じてた。世界を救うだなんて、私には無理だと想ってたし、ううん、今でも想ってる。でも、この力のおかげでサイトやセイヴァーさんや皆に逢えたし、外の世界を見ることもできた。そういう意味では感謝してるけど……でも、私、なにもできなかった。皆が大変な時も、ただ見てるだけだった。だからね、最期くらいは役に立ちたいの。最期くらいは、“ティファニア、良くやったな”って褒めて貰いたいの」

「そんなことねえよ。役に立ってないだなんて……」

「ううん、良いの。理解ってるから。皆と仲良くなれたけど……やっぱり人間の世界も私の居場所じゃない。“エルフ”との戦いが激しくなれば、やっぱり私は疎まれる。そして、“エルフ”の世界でも居場所はなかった。最期くらい、居場所が欲しいの」

 才人は、そんなことを言うティファニアのことが可哀想に想えて仕方がなくなった。

 いつもオロオロとしているだけに見えるが……ティファニアはティファニアなりに色々なことを考えていたのである。そして、皆と仲良くなってはいても、やはりどこかで一線を引いていたのである。

 思わず才人は言った。

「居場所ならある」

「どこ?」

「俺達がテファの居場所になってやる」

 ティファニアは、キョトンとした顔になった。

「サイトにはルイズが、セイヴァーさんにはシオンがいるわ」

 才人は慌てて言った。

「ち、違……そう言うのじゃなくて。なんだその、友達として。友達だって、居場所の一種だ。違うか?」

 ティファニアは、あはは、と笑った。

「有難う。でも、友達より恋人が良いわ」

 サラリという訳でもないだろうが、ティファニアがそう言ったため、才人は面喰らってしまった。

 言ってから、ティファニアもその意味を理解し、慌てて手を振った。

「違うの。違うのよ。サイトと、セイヴァーさんと恋人になりたいって訳じゃ……ただ、私も恋人がいたら良いなあって。普通にそう想っただけで、別に、2人が良いって言うんじゃ……」

「そ、そうだよな!」

 才人は、妙な空気を振り払うようにして言った。

「あ、違うの! 違う違う言ってばかりだけど、2人が魅力ないとかそういう訳じゃないから!」

「有難う。でも、自分の程度は自分が1番良く知ってるから良いよ」

 才人は、あっはは、と笑って言った。

 ティファニアは少し怒ったような声で言った。

「あのね、駄目だよサイト」

「なにが?」

「こういう時、優しいこと言ったら駄目なんだよ」

「どういう意味?」

「……なんか、頼りたくなっちゃうから」

 ティファニアは、ローブの裾を摘んで、恥ずかしそうに言った。

「良ーいから頼れって!」

 才人は、思わずティファニアの肩を抱いた。それから、ハッとして気付く。

「いやごめん。今のなし」

 そう言って才人はパッと手を離したが、ティファニアはその手に縋った。

「ちょっと!? 不味い! テファ! ……テファ?」

 ティファニアは、泣いていた。

「……怖いよ。心が失くなっちゃうのも、死ぬのも、どっちも怖い。私、何もしてないのに……どうして? ねえサイト、セイヴァーさん? どうして?」

 ティファニアは、ずっと溜め込んで来たであろうモノが堰を切って溢れたような、そんな激しい泣き方をする。

 そんなティファニアの姿を見ていると……才人の中で、(3人で絶対に脱出してやる)という気持ちが膨れ上がった。

 才人は、(良し)と決心して、ティファニアを俺の方へと突き飛ばした。

 突き飛ばされたティファニアを、できる限り優しく抱き止める。

 唖然とした顔で、ティファニアは才人を見詰める。

「サイト?」

「痛!? 痛ででででッ!」

 才人は、腹を押さえてうずくまった。

「どうしたの? ねえサイト! 大丈夫?」

「駄目だ……腹が痛てぇ……たぶんさっき食べた料理だ……“エルフ”の食い物だ、俺には合わなかったんだ……」

 脂汗を流しながら、才人はそう言った。

 ティファニアは大声で叫んだ。

「誰か! 大変! サイトが!」

 すると、扉の向こうから見張りの声が響いた。

「どうした?」

「なんだか苦しがって……」

 見張りは、「待ってろ」と告げると、なにやら扉の横に付いている装置を弄り始めた。

 それを見て、才人は、(鍵を外してるな? 良し、入って来い……“武器”を奪って、おまえを人質に取ってやる。そして、ここから脱出する……その後のことは、その後で考えれば良い)と内心、北叟笑んだ。

 だが、響いて来たのは扉の開く音ではなく、笑い声である。

「おい“蛮人”。足りない頭で考えたようだが、こっちはおまえの体調を、備えられた“水”の“魔道具”できちんと把握してるよ。死んで貰っちゃ困るんでね。ついでに言うなら、私は“武器”を持っていない。おまえの能力は、ちゃんと理解ってる」

 才人は、くそ! と呟と立ち上がった。

「サイト?」

 どうやら本気で才人の仮病に騙されてしまっていたらしいティファニアがキョトンとした声で言った。

「ほーう……そうか、そこにあるのは体調を知るための“魔道具”か……だが、知っているか?」

「なんだ?」

 外にいる“エルフ”へと、俺は話し掛ける。

「病気と言うのは、心から来ることもある。心因性の病気については何も知らないのだな、おまえ達は」

「心因性? そういうモノもあるのか。だがそうであっても基本出すことはできない。それに、だ。感謝して欲しいモノだな。いきなり心を奪わないのは、我々のせめてもの慈悲なのだぞ? おまえ達に残されたのは、あと6日。その時間を、精々愉しむが良い」

「そりゃ、随分と御優しいことで」

 厭味たっぷりに才人は毒吐いた。それから、ガバッとベッドの上に横になる。

「なにを決めたの?」

 ティファニアが、心配そうな声で尋ねる。

 すると才人は、キッパリと言い切った。

「諦める!」

「え?」

「心を失うって言たって、元に戻る方法がない訳じゃない。現にタバサの母さんは、戻ったしな。“ハルケギニア”の将来のために、俺とテファが死ぬ。美談かもしれねえ。でも、俺はやっぱりそんなのは嫌だ。想い残すことがあり過ぎる。冗談じゃない」

「でも……」

 すると、才人は真っ直ぐに天井を見詰めて言った。

「信じようぜ。皆を、あいつ等、絶対に俺達を救けてくれる」

 才人の言葉は、なんの根拠もないといえるであろう。

 だが、そんな才人のセリフは、何故かティファニアの張り詰めた気持ちを、初めて解き解してみせた。

「居場所がないなんて、2度と言うなよ。あいつ等だって、テファの居場所なんだ。だって、皆テファのことが大好きなんだから」

「そうだね。サイトの言う通りだわ」

 ティファニアは涙を拭うと、才人に抱き着いた。

「うわっ!?」

「あのねサイト」

「な、なに? どったの?」

「大好き。有難う。セイヴァーさんも大好き。」

 ティファニアは、いきなり才人の頬にキスをした。

 当然、才人は慌てる。

「え? ええ? え? え?」

 そんな才人の様子で、ティファニア、とんでもないことを言ってしまったということに気付き、顔を赤らめた。

「あ、違うの! そうじゃなくって! 私って、直ぐ想ったことそのまま言っちゃうの。だから、その、そういう意味じゃなくって……」

 再びティファニアは、ひう、と呻いた。

「想ったこと、そのまま言ったら、詰まりその通りよね……私、サイトとセイヴァーさんのことが好きなのかな……? もしそうだったら私、ルイズとシオンに合わせる顔がないわ」

 ティファニアの長い耳が、テロンと下に垂れた。そのことから、かなり気にしているらしいことが判る。

「ま、まあ、気の迷いだよ。場所が場所だし。場合が場合だし。こう言う時は、隣にいる男が良く見えるって言うし……」

「吊り橋効果というモノだな。其れに、好き、と言っても色々と種類分けする事も出来るだろう。友達として好き、家族として好き、異性として好き、恋人として好き、親から子への好き、子から親への好き、性的対象としての好き、趣味嗜好での好き……まあ、理解り切ったことだがな。まあ、俺はおあえ達を“愛”しているぞ」

 才人とティファニアは、俺のそんな言葉に目を丸くした。

 それからティファニアは生真面目な顔で首肯いた。それでも、ティファニアは才人に抱き着いたままである。

 才人の胸には、メロンの大きさと質量を持ちとマシュマロの柔らかさを兼ね備えた奇跡じみた物体が押し付けられている。

 そんなティファニアの胸の感触は、(不思議なもんだな。とんでもなく綺麗な女の子が側にいると……どんな絶望的状況でも、なんとかなる、って想える。ここは諦める。どう仕様もねえもんな。でも、諦めねえ)、と自信と考えを才人に与えた。

 そんな2人を見守り、そして邪魔をせぬように、俺は“霊体化”する。

 そんな俺を見て、2人は、「あ!」となにかに気付いた様子を見せた。

 

 

 

 

 

 其それから6日過ぎた朝……。

 才人とティファニアは、扉が開く音で目が覚めた。

 “エルフ”の戦士が3人、部屋に入って来て、俺達を促した。

「起きろ。時間だ」

 才人とティファニアはベッドから起き上がると、顔を見合わせた。

 才人は“エルフ”達を見詰めた。

 “戦士”達は誰も“武器”を持っていない。

 才人は素早く1人に組み掛かった。無駄とは理解っていても、「諦めた」とは言いはしたが、それでも無抵抗に甘んじるつもりなどないのである。

 向こうも才人が抵抗するということに気付いていたのであろう。直ぐに反応して取り押さえようとした。

 才人は1人の腹に拳を叩き込む。

 が、腹に拳を喰らった1人が悶絶したところで、“魔法”が飛ぶ。

 空気のロープで雁字搦めにされてしまい、才人は床に転がった。

「サイト!」

 ティファニアが駆け寄るも、直ぐに同じく“精霊の力”を用いたロープで、身動きを取ることができなくなってしまう。

 才人が、「くぅ……」と呻いた先に、ツンとキツイ柑橘系の香りがするカップが才人とティファニアの2人の口元に押し付けられる。

 そのことから、ここで直ぐに呑まされるということが理解る。食事に入れる真似をしなかったのは、確実性を期してのことであろう。

 才人は必死になって口を結んだのだが、当然鼻を摘まれてしまい、堪らずに口を開ける。

 ティファニアは恨めし気に、自身を押さえ付けている“エルフ”を睨んだ。

 “エルフ”の男は、ティファニアに向かって、「“エルフ”の面汚しめ」と呟いた。

「貴男は生き物の面汚しだわ」

 “エルフ”の男は、顔に朱を滲ませ、ティファニアの口に液体を注ぎ込んだ。

 生温かくドロリとした感触に、ティファニアは咽そうになったが、無理矢理に呑み込まされてしまう。

「相手が“ハーフ”だからと下に見て、自分が同じことを言われると怒るのか……子供だな」

「なんだと!?」

 俺の挑発に、ティファニアに暴言を吐いた“エルフ”の男は俺を睨み付ける。

 俺は睨み返し、その男だけに殺気を打つける。

 すると、“エルフ”の男は、顔を青くし、1秒と待たずに意識を手放しクラリと倒れた。

「おい、どうした!?」

 “エルフ”の1人が、倒れた“エルフ”へと近付き確認をする。

「ななd? 気でも失ったか? それとも立ち眩みか? 貧血か?」

 俺はわざとニヤニヤとした笑みを浮かべながら、“エルフ”達に問う。

 当然、“エルフ”達は俺を睨み付けて来る。

「こいつに対しての対応はどうだったか……?」

「こいつ等を人質にし、常に監視、だったか……?」

 “エルフ”達は、互いを見やり、俺の処遇についてを話し合う。

 その間、才人は吐こうとしたのだが、口に含まされた瞬間に思い切り腹を殴られてしまったこともあって、想わず呑み込んでしまう。

 そのまま才人とティファニアは床に横たわり、心が失くなる瞬間……を、諦観の念で待った。

 が……。

 1分ほど経ったが、2人の身体にも心にも変化はない。

「なんだ? まだ効かないのか?」

 1人の“エルフ”が当惑の声を上げたその瞬間、部屋に備え付けられた“魔法”のランタンの灯りが消えた。

 同時に、「ぐッ!?」、「ぐおッ!?」、などと2人の“エルフ”の呻きと、床に崩れ落ちる音が聞こ得た。

 才人達が何事かと呆然としていると、小さな女の声が響いた。

「……来たか」

「ええ……静かにしてて。今、縛めを解くわ」

 ルクシャナの声で在る。

 短く“呪文”を唱える声が聞こ得、才人とティファニアは自由に体を動かすことができるようになった。

「どうして君が?」

 そう尋ねた才人に、ルクシャナは闇の中から指示を出した。

「良いから。急いで彼等の服を着て」

 才人は、手探りで床に転がっている“エルフ”のローブを脱がすと、頭から冠った。ティファニアに呼び掛けると、こちらはまだなにが起こったのか理解らずにボンヤリとしている様子であり、次の“エルフ”のローブを脱がせ、ティファニアに着るように告げた。

「あ、うん。有難う」

「貴男は着ないの?」

 才人とティファニアがローブに着替えている時、ルクシャナが俺に尋ねて来る。

「そうだな。必要がないからな。俺の服は“エーテル”で編んでいる。詰まり……ちょっと弄れば直ぐにローブへ変わる訳だ。まあ、そもそもの話、“霊体化”すれば良いのだかね」

 俺はそう言って、自身が纏っている黒い服を“エルフ”が着用していたローブへと変化させる。

 次いでルクシャナは、才人とティファニアに、取り上げられていた刀と“杖”を手渡した。

「なんで俺達を救ける?」

「貴男達、別の世界から来たって言ったわね?」

「うん」

「ああ」

「とっても興味があるのよ。それに“評議会”のやり方にも納得行かないしね」

「礼を言う可き何だろうな。有難う」

「1つ約束して。良い?」

「良いも悪いもないだろ。俺達に選択肢なんかあもんか」

「あら? そこのセイヴァーに助けを求めれば直ぐにどうとでもなるでしょうに。まあ、良いわ。話を戻すわね。私は学術的好奇心から貴方達を救けるけれど、“悪魔”の復活に協力するつもりはないの。だから、必ず私と行動を共にすると貴方達の神様に誓って。決して逃げ出したりしないと」

 思い詰めた真剣な声で、ルクシャナは言った。

 才人はしばし迷いはしたが、コクリと首肯いた。

「理解った。約束する」

「ああ、“武器”は返すけど、絶対に“エルフ”を殺さないでね。それも誓って」

「約束するよ」

「じゃあ、急いで」

 才人とティファニアは、ローブのフードを深く冠り、ルクシャナに続いて廊下へと出た。その後に、俺も殿の形で続く。

 部屋を出たそこは、全体がコンクリートのような塗り壁で出来た通路である。入って来た部屋のような扉が幾つも並んでいる。

「こっちよ」

 ルクシャナは、堂々と先頭に立って歩き出す。

 角を曲がり、しばらく歩くと、前方から偉そうな服を着た5人ほどの“エルフ”が前後に護衛の騎士らしき“エルフ”を従えて現れた。

 才人とティファニアは激しく緊張しているようだが、ルクシャナは落ち着いて立ち止まり、才人達に小声で囁いた。

「“評議会”の御爺ちゃん達よ。絶対に口を開かないで。私と同じタイミングで、頭を下げて」

 ルクシャナは、通路の壁を背にして直立した。

 才人とティファニアと俺も、横に並ぶ。

 先頭にいる初老の“エルフ”が、擦れ違い様に声を掛けて来た。

「済んだか?」

「はい」

 と、ルクシャナは堂々とした態度で一礼し、それに俺も続く。

 慌てて、才人とティファニアも頭を下げた。

「そうか。御苦労」

 そして一行は、才人達が囚われていた部屋へと向かい去って行った。

 視界から一行が消えると同時に、ルクシャナは俺達に告げた。

「走るわよ」

 ルクシャナは駆け出した。

 才人とティファニアは、緊張した顔で後を追う。

 そんな、3人の後ろを俺は早足で歩く。

 通路の突き当りに、“魔法”で動くエレベーターがある。

 ルクシャナはそこに飛び乗ると、「1階」、と口にする。

 ブン! と何だか“地球”のエレベーターとは全く違う浮遊感があり、俺達が乗った円板は上昇を始める。

 エレベーターの周りは、急に明るくなった。大ホテルのロビーのような、広大な空間が眼の前に現れる。

 俺達と入れ替わるように、何人もの“エルフ”の戦士達が円板に乗り込む。

 その時になって、ロビーに低いサイレンの唸りが鳴り響いた。

「気付かれたわ」

「まあ、そうなるな」

 ルクシャナが言い、俺は首肯く。

 あちこちから、“エルフ”の叫び声や怒号が響いて来る。

「なんだ? なにがあったんだ?」

 だが、“評議会”本部にいる“エルフ”のほとんどは事情を報らされてはいないらしい。その反応は鈍い。何人かの騎士や戦士達が走り回る中、キョトンとした顔で佇んでいる。

 ルクシャナは、真っ直ぐに何人もの“エルフ”が行き来している出口へと向かう。

 大きな石造りの玄関に近付くのと同時に、背後から声が響いた。

「玄関を封鎖しろ!」

 戦士が2~3人、玄関へと駆けて来てそう叫んだ。

「はぁ? 一体、なんの騒ぎだ?」

 玄関で受付をやっていた文官が、眼鏡を持ち上げた。

「良いから、封鎖しろと言っている! “評議会”からの命令だ!」

「命令書はあるのかね?」

「呑気なことを言うな! 急げ!」

 その間にも、当然“エルフ”の出入りは止まなかった。

 俺達は、そんな(エルフ)の流れに身を任せて、外へと出た。

 玄関を出ると、才人は一瞬其の壮麗な光景に息を呑んだ。

 巨大な円筒である“評議会”本部の周りを取り囲むように石段が伸び、その先は公園の様な空き地になっている。そこにはいくつもの花壇や植木があり、散策する“エルフ”の姿がある。

 俺達がいる石段から100“メイル”ほど向こうに、城下町が見える。

 “評議会”本部の巨大な円塔を中心として、バームクーヘンの様に街並みと運河が次々と続いている。

「凄え」

 空から見た時も驚きはするだろうが、こうやって地上で目の当たりにすることで、この街の美しさは群を抜いているといった感想を、才人に抱かせた。

 “地球”にだって、これほどに美しい街はあるかないか怪しいであろう。城下の建物はもちろん“ハルケギニア”のモノとは違っているのだが、“地球”のモノともまた違う。基本、白壁であるのだが、窓際は淡い青、屋根はオレンジで塗られている。形はそれぞれ違うのだが、程好く統一感があり、目を愉しませてくれる。

 3階建ほどの、そんな建物がズラリと並んだ様は、才人を感動させた。

 街の間を縫う運河には、小舟が幾つも行き交っている。鳥や魚、そして稲妻など、自然物を象って造られた小舟は、なんだかテーマパークのアトラクションの1つであるように想わせる。

「ほら、なにボーッとしてるの!? 早く!」

 ルクシャナに急かされ、才人とティファニアは歩き出した。

「目立たないように。走らないで。でも、急いで」

 緊張した声で、ルクシャナは言った。

 “評議会”本部を中心として、四方八方に街路は延びている。

 その1つに、ルクシャナは入り込んだ。

 街路は車道と歩道が分かれ、車道では“竜”に引かせた車が何台も行き来している。

 ガラス張りの商店がいくつも並び、才人は目移りがした。

 近世と中世が入り混じったかのような、不思議な光景であるといえるだろう。

「これが“エルフ”の街……」

 行き交う“エルフ”達は、ローブを着て深くフードを冠った俺達に気付く様子もない。

「どこへ俺達を連れて行くんだ?」

「私の旧い友人が住む屋敷よ」

 ルクシャナは、才人の質問に答えながら、通りの横から伸びる運河へと通じる階段へと足を運んだ。

 強い潮の香りが鼻を突く。

「滑りやすいから、気を付けて」

 海水が掛かる運河の道には、成る程青黒い海藻が生えている。

 何度も転びそうになるティファニアは、そのうちに才人の腕をガッシリと掴んで来た。

 バカでかい胸が腕に当たるが、今の才人にはそれを気にしている暇はなかった。

 通りの喧騒とは裏腹に、ここに“エルフ”の姿はない。

 ルクシャナは、キョロキョロと辺りを見回した。

「どうした?」

「ここに、私が用意した小舟があったんだけど……」

「ないじゃん」

「参ったわ。盗まれたのかしら?」

 15“メイル”ほど離れた運河の向こう岸から、声が響いたのはその時であった。

「小舟なら、押収させて貰ったよ」

「アリィー!」

 ルクシャナが、悲鳴のような声を上げた。

「なにをやってるんだぁああああああああああああッ! 君という女はぁああああああああああああッ!」

 アリィーは、端正な顔を歪ませて、大声で叫んだ。

 ルクシャナは、ヤレヤレと両手を広げて言った。

「だって約束したじゃない。彼等は私が預かるってね」

「“評議会”の決定なんだ! それがコロコロ変わるのは君だって良く知ってるじゃないか!」

「知ってるわ! でも、納得してる訳じゃないわ」

 堂々とした声で、ルクシャナは言い放った。

「小舟を返して頂戴」

 まるで少し前までのルイズのように、なにがあろうと自分が正しい、と言わんばかりの態度をルクシャナは見せる。

 そんなルクシャナを前に、アリィーは益々苛立ちが募った様子を見せる。

「なあルクシャナ。君は自分がなにをしているのか理解っているのか? これは重大な“民族反逆罪”だぞ? 大人しく彼等を引き渡すんだ。そうすれば、君の事は言わないでおいてやる。今なら、僕と一部しかこのことは知らないんだ」

「嫌よ」

「もう、なんなんだ君は!?」

 才人は、敵ながら、(きっと、我儘なルクシャナに振り回されっぱなしなんだろうな……まるで俺とルイズのようだ)とアリィーに同情した。

「兎に角、腕尽くでも彼等を引っ張って行くからな」

「もし、そんなことしたら、婚約解消よ。恋人の貴重な研究対象を奪う男なんて、恋人じゃないわ」

 アリィーは呆然とした顔になったが、堪えた。

「僕はこれでも、“ファーリス”の称号を持つ騎士だ。私事と使命はごっちゃにしない」

「立派ね! 私より使命の方が大事だって言うの?」

「問答無用」

 アリィーは、腰から円曲した剣を引き抜いた。朝の陽光に照らされて、まるで鏡のように刃面が輝く。

「“蛮人”、いえ、サイトだったかしら? 出番よ」

「おいおい」

「言っとくけど、絶対に殺しちゃ駄目よ。あれでも、私の大事な婚約者なんだから」

 才人は、(兎に角、あいつをどうにかしないことには逃げられないようだ)と想い、刀を引き抜いた。ギラリと、刃が陽光を受けて妖しく輝いた。

 アリィーはなにや「ら”呪文”を唱えると、一飛びに運河を越えて来た。そして、一気に剣を振り下ろして来る。

 才人はその剣を刀で受けずに、後ろに跳んで躱す。

「おい、殺すつもりか!? 俺が死んだら困るんじゃないのか?」

 するとアリィーは、冷たい声で言い放つ。

「困る。でも、勢いが余ることもあるし、もしそうなったらまた“悪魔”を連れて来るだけだ!」

 才人は、刀を構えた。それから、“エルフ”との対戦を想い出す。

 ビダーシャルとの対戦は、“反射(カウンター)”に苦戦した。また、あのようなモノを使われてもすれば、ルイズのいない今では才人に勝ち目はないであろう。

 才人は、(その前に片を付けてやる)と“呪文”を唱えさせる間もなく剣を奪い相手を気絶させるために、一気にアリィーの懐へと飛び込む。それから、怒涛の剣戟を繰り出した。

 アリィーも相当な剣士ではあるのだが、“ガンダールヴ”や“シールダー”としてのスピードは、“エルフ”の戦士を圧倒的に上回る。

 防御一辺倒に追い込まれてしまったアリィーは、あっと言う間に剣を跳ね飛ばされてしまう。

 ピキーン! という音と共に、剣が跳ね。アリィーの背後へと落ちた。

 才人はアリィーに向けて刀を突き付けた。

「勝負ありだな。さて、小舟を返して貰おうか」

 するとアリィー、ニヤリと笑った。

 ルクシャナが、あ、と気付いたような顔になり、大声で叫んだ。

「気を付けて!」

「――ぐッ!?」

 才人は呻いた。

 見ると、右肩に深々と曲刀が突き刺さっている。それは才人の肩から離れると、宙を飛んでアリィーの手に戻った。

「僕は君達“蛮人”のように、手で扱うのが得意じゃなくってね。どうやら、“彼等”の意思に添わせた方が良さそうだ」

 するとアリィーの背後から、隠し持っていたであろう別の曲刀が4~5本も浮かび上がった。其れから、フワフワとまるで蝶の様に曲刀はアリィーの周りを舞う。

「好きにやり給え。君達のやりやすいように」

 アリィーの周りを舞う曲刀達は一斉に才人に向かって飛んで来た。

 才人は刀を左手で握ると、飛んで来る剣を払った。

 だが、数が多い上に、曲刀は才人の死角を狙って飛んで来る。

 尋常ではないスピードで才人は刀を振るった。が、防戦することには成功しても、攻撃する隙を見付けることが難しいようである。

「くそッ!」

 矢のように直線的に攻撃して来るのであれば大したことはないのだが、アリィーの曲刀達は違った。それ自体が意思を持っているように、自在多彩な攻撃を繰り出して来る。まるで5人もの手練の戦士を相手にしているようなモノである。しかもその戦死は実体を持たない。

 文字通り見えない相手である。

 詰まり、才人からするとほぼ無敵の相手である。

 苦戦する才人を見詰め、ルクシャナが困った声で言った。

「あら……やっぱりアリィーの、“意思剣”が相手では分が悪いのかしら?」

「呑気なこと言ってないで、サイトを助けて!」

 ティファニアがそう言うと、ルクシャナは首を横に振った。

「無理よ。今、この辺りの“精霊の力”は、全部アリィーに取られちゃっているわ。あの人、あれで強力な“行使手”なのよ。私が割り込む隙なんかないわ。私には、ね」

 左手一本で、才人は必死な様子で戦っている。

 ティファニアは泣きそうになった。(なにか私にできることはないかしら? なにか……と言っても、私が使える“魔法”は、“忘却”だけ。近付かないと唱えられない。でも……近付いても、大丈夫なの?)と考えた が、あの剣戟の中に飛び込む勇気が出ずに、ティファニアは躊躇してしまう。

「あ、不味い」

 ルクシャナが、困ったような声を出した。

「え?」

「アリィーってば、“眠り”を使う気だわ」

 アリィーは“呪文”を唱え始めた。小さく印を切る仕草をした後、才人に向かって手を突き出す。

 すると、才人の目がトロンとし始めた。

 ティファニアは、(私が捕まった時も、多分あの“呪文”で眠らされたんだろう)と強力な睡魔を想い出し、震えた。

 才人は、今必死で耐えている。が、アリィーは更に“呪文”を強力なモノにすべく、“詠唱”を続けている。

 このままでは、才人は眠ってしまうで在ろう。

 ティファニアは勇気を振り絞って駆け出した。そして、“杖”を取り出し、“虚無”の“ルーン”を唱えようとした。

 が……。

 

――“やめときな”。

 

 その瞬間、そんな声がティファニアには聞こ得た。

「はいっ?」

 ティファニアは、キョロキョロと辺りを見回すは。しかし、運河には自分達以外の、誰の姿も見えない。

 再び声は、『あいつに“眠り”だの“忘却”だの精神系の“魔法”は効かねえ。そういう訓練を積んでいる。下手に“魔法”を唱えたら、あの曲刀が1本飛んで来て、嬢ちゃん串刺しにされちまうぜ』とティファニアの頭の中に直接響いた。

「え? え? え?」

 更に声は響く。

『眠らせねえように工夫をしなきゃいけねえ』

「どうすれば良いの?」

 ティファニアは、(取り敢えず疑問に感じてる場合じゃない)と、必死になって尋ねた。

『どーすっかな。あ、ホントに眠りそうじゃねえか。ったく、調子に乗ってねえ時はホント弱い奴だな』

「早く! なにか良い方法があるなら教えて!」

『あ、想い付いた。これだな』

 声は、ティファニアに指示を出した。

「え? はい? なにそれ?」

『まあ、効くと想うよ』

 

 

 

 才人は必死になって眠気に耐えながら、刀を振るった。少しでも気を抜くと、そのまま意識を失いそうになる。当然、動きは鈍って来る。とうとう1本の曲刀を捌くことも避け切ることもできず、右足に激痛が奔る。

「くっ!」

 激痛が奔りはしたが、眠気は覚めない。むしろ、痛みで急速に才人の意識は遠くなる一方である。

 才人が、(ヤベぇ……)と想った瞬間……。

「サ、サ、サイトッ!」

 ティファニアが声を掛けた。

 才人は、(なんだ!? テファがやられてるのか?)とそちらに目を向けると……。

「……なんだ、と?」

 才人の目に飛び込んで来たのは、2つの果実であった。巨大で、白く……そして神々しいばかりに輝かん……。

 なんと、ティファニアはローブを託し上げ、ついでに下に着ている下着も託し上げ、兎にも角にも託し上げ、惜しげもなくその巨大な胸をさんさんと輝く陽光の下に曝け出しているのである。

 しかも、ティファニアは恥ずかしげに横を向き、ワナワナと唇を噛んでいる。

 その表情と相まって、才人は思わず感動の言葉を漏らした。

パーフェクト(完璧)だ」

 才人の頭から睡魔が、朝靄が晴れるように掻き消えて行く。

「どこを見ている!?」

 アリィーの声が響き、四方から才人に向けて一斉に曲刀が斬り付けて来た。

 だが、あの胸を見て、本能で才人は、(死ねない)と想った。(心を失いたくない)とも感じた。(この甘美な記憶が失くなる。それはある意味、生命に対する冒涜だ)、と想った。想うことができた。

 是非は兎も角として、才人の左手甲の“ルーン”が輝く。ルイズ達が知れば、泣いたり怒るだろうが、輝いた。

 刀を握った才人の左手が、まるで吸い込まれるように曲刀達を迎え撃つ。

 ピキンッ! と音を立てて、曲刀達は両断された。

 ツイッと鼻血を垂らしながら、才人は呟いた。

「有難うテファ。吐か、生きてて良かった。あとルイズごめん」

 感動と感謝と謝罪を述べながら、曲刀を失ったアリィーに、才人は詰め寄ろうとした。肩からは血が流れ、右足を引き摺りながらで在る。詰め寄りながら、(もし、後ちょっと押されてたら……と想うと、冷や汗が流れる)と考えた。

 だが、その瞬間……横の運河から、潜水艦が浮上するかのように、ゴボゴボゴボとなにかが浮き上がった。

「な……なんだありゃ……?」

 ブハッ、と息を吐きながら現れたのは、銀色の鱗を持つ巨大な“竜”である。キラキラと光るその姿は、“火竜”や“風竜”なんかより、2回りは大きい。

 “水竜”は、いいなり才人目掛けて細い水流を吐き出した。

 諸に喰らい、才人は運河の壁に叩き付けられてしまう。

「今の君じゃ、このシャッラールには勝てないよ。諦めて降参するんだな」

 

 

 

「な!? あの“竜”! なに?」

 ティファニアが叫ぶとルクシャナがつまらなさそうに言った。

「なに? 貴女。“水竜”も知らないの? 海に棲んでる“竜”よ。“竜類”の中では最大。でもって最強。空は飛べないけどね。あれはアリィーが飼ってるシャッラールだわ。と言うか貴女、大きいのね」

 ティファニアは、ハッ! として託し上げたローブを戻した。

「わ、私ずっと空の上に住んでたから」

「そっか。そう言や、ヒトの世界じゃ、あんまり知られてないって聞いたわ。貴方達、余り海を利用しないもんね。でも、私達の間ではポピュラーな生き物よ。と言うか貴女、大きいね」

「どうやったらあんなのに勝てるの?」

「ちょっと分が悪そうね。成獣した“水竜”が相手では、私達“エルフ”だって中々勝てないわ。と言うか貴女、大きいのね。偽物だと想ってたわ」

 ルクシャナはどうにもティファニアの胸が気になるらしく、自分のモノとを交互に見詰めてそう言った。

「胸はもう良いじゃない! 兎に角! どうなっちゃうの!?」

「あの“水竜”をなんとかしないことには、水路を使って逃げるのは無理ね。参ったわ」

「参ってる場合じゃないでしょ!」

「ところで、ヒトの世界って、応援する時にそうやって胸を見せる訳?」

「そ、そんな訳ないわ! なんか声が聞こ得て……」

「声?」

「そうよ。“相棒には、そいつが1番だ”って……」

 ティファニアは、はたと気付いた。

 

 

 

 才人は、潮臭い石畳の上に転がり、荒い息を吐いていた。眼の前では、巨大な“水竜”――シャッラールが、口を開けて才人に狙いを定めている。

 流石の騒ぎになってしまったために、運河の上から幾人もの“エルフ”が覗き込んで来た。

「なんの騒ぎだ?」

 するとアリィーは、そんな連中に向けて手を振った。

「なんでもないよ。ちょっと僕の“水竜”が暴れただけだ。なんだか機嫌悪いらしくてね」

 アリィーにしても、騒ぎが大きくなって他の戦死や役人を呼ばれると不味いのである。もしそうなってしまえば、ルクシャナを庇うことができなくなってしまうのだから。

 かといって、才人とティファニアとルクシャナが絶体絶命なことに変わりはない状況である。

 アリィーは勝ち誇った顔で、才人に告げた。

「“蛮人”にしちゃやるな。でも、ここまでだ。さあ、その剣を捨てろ」

 だが……キッパリと才人は言い放った。

「断る!」

「なら、倒すまでだ! 恨むなよ」

 “水竜”がカパッと口を開けた。そして、喉の奥から迸る流水が見えた瞬間……。

 才人の身体が、本人の意志とは関係なく、勝手に動いて横に転がった。

 水流は石壁に打ち当たり、まるで雨の様に周りに降り注ぐ。

 才人は、(なんだ? どうした?)と疑問を感じた。

 その時、握っている刀から声が響いた。

「なにやってんのよ?」

「え?」

「折角、半分“エルフ”の嬢ちゃんが、とんでもない御宝を見せてくれたってのに倒れてる場合じゃねえーだろ」

 馬鹿にするような聞き慣れた甲高い声を聞いた瞬間、才人の目から涙が溢れた。

 懐かしい声。

 いつも戦いの時に、側にいてくれた声。何度も共に窮地を乗り越えて来た声……。

 才人にとって、まさに戦友と呼ぶべき存在……。

「デェエエエエエエルフゥウウウウウウウウウウッ!?」

 そんな声で才人が叫ぶと、恥ずかしそうな声が響いた。

「まあ俺も人のことは言えんな。あん時、この刀に乗り移ったまでは良いが、完全に乗り移るまでに時間が掛かっちまった。なんせこいつめ、何重にも鉄が折り畳まれてできってからよう……扱い難いのなんのって」

「デルフ! デルフ! おまえ、生きてたのか! なんで!?」

 興奮し切った声で、才人は叫んだ。ティファニアの胸よりも、才人にとってその衝撃は大かった。

「まあ、話は後だ。兎に角あの“水竜”をなんとかしねえとなあ」

 噴射した海水の所為で、辺りは霧が掛かったかのようになっている。

 才人は気力を振り絞って立ち上がった。デルフリンガーが生きていた、という事実が才人にそれを可能にさせた。

「あいつの弱点を教えろ。デルフ!」

「えっと、頭と心臓。生き物だかんね。でも、硬い鱗で守られています」

 霧が晴れた。

 シャッラールは、才人が生きているのを知ると、いきなり尻尾を振り上げ、叩き付けて来た。

 才人は横に転がって躱す。

 ビダンッ! と腹に響く音が響き、運河の石畳が割れ、破片が飛び散った。

 隙かさずシャッラールは、その尻尾を払った。

 才人は飛んで躱そうとしたのだが、切られてしまった右足が痛んで上手く動かすことができない。

「!?」

 だが、フワリと才人の身体は宙に浮いた。

「不足な分は、俺が助けてやる。でも、全部って訳には行かんぜ」

「助かるよ!」

 才人はそう叫びはしたが、依然どうすれば良いのか判らない。“ガンダールヴ”の強さは、やはり“武器”に依存し、“シールダー”の強さは、“盾の英霊”として守護るべき対象がいて初めて強く発揮される。

 必然的に、才人は防戦一方に追い詰められてしまった。というよりは、必死に攻撃を躱しているだけである。

 いずれこのままでは、やられてしまうであろうことは手に取るように判るであろう。

 

 

 

 才人は必死になってシャッラールの攻撃を躱し続けた。

 水のブレス、そして尻尾の叩き付け、薙ぎ払い、爪……重戦車を想起させる攻撃の数々である。

「サイト! “エルフ”の“魔法”に注意して!」

 ティファニアの叫びが才人の耳に届く。才人の視界の片隅で、アリィーが“呪文”を唱えているのが見えた。

「ヤバえ! デルフ!」

 アリィーは“呪文”を完成させ、才人に向けて手を差し伸ばした。バチバチバチ、とその手に強烈な電撃が爆ぜているのが見える。

 ルイズを一撃で昏倒させた“精霊の力”、“ライトニング(稲妻)”である。

 アリィーはこの一撃に全てを賭けたのである。持てる“精神力”の全てを使って、才人をこの“ライトニング(稲妻)”で気絶させるためである。

「くそ!」

 才人はその“魔法”を何とか躱す可く、身を縮めた。

 だが、デルフリンガーの指示は、それとは正反対であった。

「躱すな! あの電撃を俺で受けろ!」

 デルフリンガーは気付いたのであろう。

 アリィーの手から、強烈な電流が迸る。一瞬で電撃は、才人の元へと伸びた。

 電撃は、避雷針に伸びる稲妻のようにデルフリンガーに絡み付いた。デルフリンガー()が帯電して、青白く輝いた。迸る電撃が、刀の表面で爆ぜる。

「今だ! 俺を“水竜”のドタマに突き立てろ!」

 シャッラールは、再び噴射するべく、頭を才人に向けて突き出している。

 1番、シャッラールの頭が近付くその瞬間、才人は力を振り絞り、宙へと跳んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 才人は絶叫と共に、シャッラールの頭へとデルフリンガーを突き立てる。

 分厚い鱗に阻まれて、中迄突き通すことはもちろんできない。

 だが、デルフリンガーが突き立った瞬間、デルフリンガーは自分の身体に吸い込んだ電流を解放する。

 強烈な電流が、シャッラールの身体に流れ込んだ。

 ピタッと、シャッラールの動きが停止した。バチバチ、とシャッラールの全身で、迸る電流が青白く輝く。

 強かに電撃を流し込まれたシャッラールは、気絶して白目を剥いた。そして、ユックリと、水面に崩れ落ちる。

 派手な水飛沫が立ち上がり、仰向けにシャッラールは運河に横たわる。

「サイト!」

「やるじゃない! サイト!」

 ティファニアとルクシャナが駆け寄った。

 トン、と運河の横の石畳に着地した才人は、ヨロヨロになりながら、呆然と立ち竦むアリィーに向けて剣を突き立てる。

「おまえの負けだ。小舟を返してくれ」

 アリィーは、信じられない、というように首を横に振る。

「まさか……シャッラールが“蛮人”にやられるなんて……」

「良いからアリィー。早く小舟を返してくれないと、婚約を解消するわよ?」

 ショック状態のアリィーは、ルクシャナのその言葉で口笛を吹いた。

 すると、運河の向こうから、バチャバチャと波飛沫を上げて、イルカに引かれた小舟が現れた。

 2匹のイルカは、ルクシャナを見ると、キュイキュイキューイ、と楽しげな鳴き声を上げた。

「さあ、乗って!」

 ルクシャナは、俺達を促した。

 才人は痛む身体を引き摺って、小舟に乗り込む。興奮が覚めたことや状況が落ち着いたこともあって、ドッと痛みが溢れ、才人は小舟に横たわる。

 そんな才人を、ティファニアが介抱する。

 小舟に乗り込むルクシャナに、アリィーは言った。

「……君はホントに我儘だな。もう知らんぞ。僕は」

「あら? そこが好いんじゃないの? 兎に角この件が片付いたら、結婚しましょうね! “愛”しているわ! アリィー!」

 呆然としているアリィーを尻目に、ルクシャナはイルカの鼻面に繋がった手綱を握った。

 

 

 

 

 

 2匹のイルカに引れた小舟は運河を疾走した。

 派手な水飛沫が飛び散り、擦れ違う小舟に乗っている“エルフ”達が、驚いた顔でこちらを見て来るが、ルクシャナは全く気にした素振りを見せない。

 才人、蘇ったデルフリンガーに夢中の様子である。

 蘇ったとはいいはするのだが、元々精神自体は刀に宿っており、中々喋ることができる程度の“精神力”が膨らまなかっただけであった。“魂”を移動させ、定着させることに苦労していたということであろう。

 ティファニアも、そんな喜ぶ才人を見ていると、連られて嬉しくなった。

「あれから色々あったんだぜ」

「知ってるよ。喋れねえだけで、意識自体はあったからね」

 さて……と、才人は真面目な顔になった。それから、(いつまでも浮かれていられない。デルフが復活したからって、現状が好転した訳じゃないしな。依然俺達は“エルフ”の勢力圏のど真ん中にいるし、ルクシャナだって完全に俺達の味方という訳じゃないだろ。まあ、セイヴァーがいてくれるからどうにかなるだろうけど……いや、そもそもの話、これも“原作”ってやつの展開通りなのか?)と考えた。

「なあルクシャナ」

「ん? なに?」

「で、俺達をどこに連れて行くつもりだ?」

「言ったじゃない。旧い友達の所よ」

「どこだ?」

「それは着いてからの御楽しみよ。まあ、セイヴァーは既に知ってるみたいだけど」

 ルクシャナは、ニッコリと笑みを浮かべて言った。

「おまえの言う、研究とが終わったら、俺達をどうするつもりなんだよ?」

「そうね。なにも考えてないわ」

「なんだって?」

「性格なのよね。私って、どうも想い込んだら一直線なのよ。後先のことを考えたことなんか1度もないわ」

 ルクシャナは、あっはっは! と大声で笑った。

「行動力の化身というやつだな」

 才人は、笑うルクシャナを見て、それから俺の言葉を聞いて、(なんて奴だ)と呆れた様子を見せる。

「いっそのこと、俺達に協力しろよ。既に完全な裏切り者だろ? おまえ、下手したら死刑なんじゃないの?」

 才人がそう言うと、ルクシャナは目を細めて笑みを浮かべた。

「アリィーがなんとか言い繕ってくれるわ。あの人、私にべた惚れだもの」

 才人は、苦労人っぽいアリィーの顔を想い出し、(あいつも大変だな……敵だけど)と軽く同情した。

「でも、そうね。確かに私も“シャイターンの門”になにがあるのか、興味が出て来たわ。完全に協力する訳にはいかないけど、調べるくらいなら付き合って上げても良いわ」

 ルクシャナは、才人を細い目で見詰めた。

「ま、“エルフ”のあんたにそれ以上望んだら贅沢だよな」

 才人は首肯いた。

「じゃあ、同盟成立って訳ね」

 ルクシャナは、スッと手を差し出して来た。

 才人は怪訝な目でその手を見詰めたが、少事なしに握り返す。

 次いでルクシャナは、ティファニアにも手を差し出した。

「貴女、色々言われたようだけど、私は貴女をちょっと羨ましく想わ。ヒトとの混血なんて、素敵じゃない」

「そ、そう?」

 ティファニアは、怖ず怖ずと手を差し出した。

「ええ。“エルフ”達の非礼は代表して御詫びするわ。でも恨まないでね。そういう風に教育されて来たんだから。仕方ないのよ」

 コクリ、とティファニアは首肯いた。

「でもホントに、貴女の。凄いわね。ヒトの血が混じると、こんなになっちゃう訳?」

 ルクシャナは軽く目を細めると、ティファニアの胸をハッシと掴み、グリグリと捏ね回した。

「ひう!? あう! やめて! やめて!」

 才人は先程堪能したティファニアの胸を想像して、再び頭に血を昇らせた。想わず鼻を押さえる。ティファニアと目が合ってしまい、逃げようとしたら視線は下へと向かい、そこでローブの上からでも判る巨大な山脈に行き着いてしまった。そして、(さっき、ほんの数十分前、俺はこれを……)とそんな想像が巡り、更に頭に血が昇り、才人は、(歌でも唄わねば)と訳の理解らない感情などに襲われ、そこでティファニアが顔を真赤にさせていることに気付き、頭を下げた。

「テファ……その、さっきは、あのその、有難う……おかげで、その……救かった」

「い、良いの……お、御友達だから良いの」

 と、ティファニアはなんだか納得いかないといった顔で、言った。冷静になるとなかろうとも、流石に友達だからという理由はないであう、と彼女自身感じていたのである。

「良かったな相棒! あんだけ見たかった嬢ちゃんの胸をマジマジと見ることができて!」

 デルフリンガーがそんなことを言ったので、ティファニアは更に顔を真赤にさせ、俯いてしまった。

「ば、馬鹿! なに言ってんだよ!? それじゃ俺が、ずっと前から見たいって想ってたみたいじゃねえか!」

「あれ? 違うの?」

 絞り出すような声で、ティファニアが言った。

「……そ、そうだったの? 前から、見たかったの?」

 才人は泣きそうな顔になった。(嘘は嫌いだ。人間、正直に生きなければいけないのである)と想った。

「で、貴男はどうなの? セイヴァー」

 ルクシャナの面白そうだといった表情からの問い掛けに、俺は首肯く。

「そうだな。ティファニアも君も非常に魅力的な女の子だ。世の男達は、釘付けになるだろうな。が、一部そうでもない男もいる。余程のメンタルを持つ者か、枯れている男か……そういった類の男だが……」

「で、貴男はどっちなのよ?」

「どう想う?」

 そんな会話を俺とルクシャナがしていると、才人は身を切られるかのような想いといった様子で言った。

「は、はい。見たいと想ってました! 生まれてごめんなさい! ルイズごめん! でも、それはしょーがないよ! それは反則だから!」

「身体だけって訳? 最低な男ね」

 と、ルクシャナが才人に追い打ちを掛けた。同時に、俺にも鋭い目を向けて来る。

「違う! そういう訳じゃ! 断じて!」

「まあ嬢ちゃん。また相棒がピンチになったら、そいつ見せて上げてよ。こりゃあ、最高の特効薬だ」

 ティファニアは、プルプルと震え出した。それから、振り絞るような声で、才人に尋ねた。

「お、御友達だから、見たいんだよね?」

「はい。そうです」

「御友達? 性的に興味があるからでしょ」

 容赦なくルクシャナが指摘し、ティファニアは泣きそうになった。兎に角もう、ティファニアには刺激が強過ぎる会話であるんだった。なんだかもう、頭がこんがらがり、初心なティファニアはどう仕様もなくなってしまったのである。あわわと震えながら、ティファニアは喋り始めた。

「どうかしてるの私かもしれないわ」

「テファ?」

「だってこないだは、なんか想わずサイトとセイヴァーさんのこと大好きって言っちゃうし。デルフさんに言われるままに、胸とか見せちゃうし。普通そんなことしないし。大体あれで目覚めるなんて信じられなかったし。でも、それでも良いわって想った私がいたし。御友達だからって、そんなのありえないし。御友達には見せないモノであることくらい、鈍い私にだって理解るし」

「えー、貴女、モテるじゃないの」

 ルクシャナが茶々を入れた。

 ティファニアの半泣きの独白が続いた。

「でもサイトにはルイズがいるし、セイヴァーさんにはシオンがいる。好きになっちゃいけないし。と言うか好きかどうかも理解んないし。周りに中の良い男の子がいなかったからそう想ってるだけかもしれないし。でも兎に角肌見られちゃったし。母様の言い付けを守るなら、御婿さんになる男性以外には見せてはいけないモノだし。となるとどっちかに御婿さんになって貰わないと困るし。でもサイトにはルイズが、セイヴァーさんにはシオンがいるし。どうしたら良いの……?」

「テファ」

「落ち着いて。御願い」

 うん、と一手ティファニアは首肯いた。

「良く理解んないけど、貴方達“聖戦”なんか止めてこっちで一緒になったら良いじゃないの。住む所くらい世話して上げるわ」

「ふざけたこと言うな。バカ“エルフ”」

 才人は憮然とした声で言ったが、ティファニアは「ひう!?」と呻いて後ろに倒れた。気絶したのである。

 

 

 

 気絶したティファニアは、そのうちに寝息を立て始めた。

 才人は、(色々と疲れてたんだろうな)と想い、ティファニアをユックリと寝かせてやることにした。頭の下に、手近にあった毛布を丸めて押し込み、枕代わりにした。

 小舟は、運河を抜けていつの間にか外海に出ている。エメラルドブルーの海が、陽光を受けて輝いている。水平線の向こうに、綿の塊のような入道雲が浮いているのが見える。

 才人は、(こんな時じゃ無かったら、バカンス気分で最高の眺めだったのにな)、と感想を抱いた。

 デルフリンガーを見て、ルクシャナが興味深そうな顔で言った。

「そう言えばこの剣、“インテリジェンスソード”だったのね」

「そうだよ」

「全く。真似しないで欲しいわ」

「え? 真似?」

 才人がキョトンとして言葉を返すと、ルクシャナが得意げな声で言った。

「そうよ。“インテリジェンスソード”……と言うか、剣やモノに意思を付与するのは、私達“エルフ”の十八番なのよ。さっきのアリィーの“意思剣”だってそうよ。その剣って、作ったのは“エルフ”でしょ?」

「へ? なに言ってんだ? この剣は日本刀だ。我が“扶桑日ノ本”の“武士”の魂だっつの」

 と、才人は時代劇で覚えた言葉で言ってみた。

「はあ? 容れ物の話してるんじゃないわよ。中身よ中身。そのデルフリンガーって名前の意思。そうでしょ? 違う?」

 するとデルフリンガーは、小さな声で言った。

「……そうだよ。確かにおりゃあ、おまえさん達“エルフ”が造ったもんさ」

「へ? そうなの?」

 そう言った後、才人は“レイシフト”した時のことを想い出した。“ロマリア”で、ルイズに睡眠薬を仕込まれてしまい、眠っていた時に、意識だけ6,000年前に“レイシフト”した時のことを。

 サーシャという名前の、“エルフ”の“ガンダールヴ”。

「そう言や、初代“ガンダールヴ”だったけ? おまえって、あの夢に出て来たサーシャが造った剣なのか」

 するとルクシャナは目を丸くして才人に詰め寄った。

「なんですって? 初代“ガンダールヴ”って、“エルフ”なの?」

「そう、だと想うけど……夢を見たんだ。でも、その夢が現実に起こった出来事なのかどうか……どうなんだ? セイヴァー」

「何度も言っているが、あれは現実だ。おまえの意識、“魂”だけが、“レイシフト”したんだ。本来、“魂”だけが“レイシフト”するなんて、死んだ状態くらいでしか不可能だと言えるが、まあ、いつもの“例外”だろうな」

 するとルクシャナは、更に興奮した様子を見せる。

「あのね? 私達の聖者で、“アヌビス”っていう人がいるんだけど、その聖者も、光る左手を持っていたの。だから、私の叔父様なんかは、“ガンダールヴ=聖者アヌビス説”を唱えて、学会から白い目で見られたりしてるわ。でもその話がホントなら、その説は俄然信憑性を帯びるわね」

「へえ。そう言やビダーシャル、そんなことを言ってたな。興味深いとかなんとか。もったいぶって」

「別にもったいぶってなんかないわよ。叔父様の悪口は赦さないんだから」

「でも、俺はそんなこと信じられないな。だって“聖者アヌビス”は、“始祖ブリミル”を斃したんだろ? だから聖者なんだろ? “ガンダールヴ”が、“始祖ブリミル”を斃すはずないだろ。守るのがその役目なのに」

 するとそれまで黙っていたデルフリンガーが口を開いた。

「そうだよ」

「はい? なんつったおまえ?」

「ブリミルを殺したのは、“ガンダールヴ”だ」

 その場の空気が固まった。

「はい? 何? ってじゃあ、あのサーシャが? “始祖ブリミル”を殺したって言うのか? 嘘だろ?」

「嘘なもんか。嫌だね、此処で悶々として居る間に、全部想い出したよ。ったく、ずっと忘れて居たかったぜ。なあ、セイヴァー」

「…………」

 デルフリンガーは、心底悲しそうな声で言った。

「あいつの胸を貫いたのは、他でもねえ。この俺だからな」

「おいデルフ! どういうことだ? それ!?」

 しかし、それっ切りデルフリンガーは口を噤んでしまった。

 ルクシャナと才人は、顔を見合わせた。

「……一体、6,000年前に、なにがあったんだ?」

「そんな大昔のこと、私だって知らなわよ。でも、俄然興味が湧いて来たわ。ねえ、教えてくれるかしら? セイヴァー」

 才人は、震えた。

 “エルフ”の半分が死滅してしまったという、“大災厄”。

 こちらでは“悪魔”と呼ばれている“始祖ブリミル”。

 “エルフ”であり、“ガンダールヴ”でもあるサーシャ。

 そのサーシャが、“始祖ブリミル”を殺したのである。今、ここにいるデルフリンガーを使って……。

 6,000年前の出来事が、現在、あで続いて影響を及ぼしている。そのことが、今ここにいる俺達や……“エルフ”を含む、“この世界”の全員を動かしている。

 才人は、それを肌で感じた。そして、なにか恐ろしい現実が、ヒタヒタと近付いて来る予感を覚えた。それを知った時に、冷静でいられるかどうか、今の才人には自信がなかった。

 嬲る潮風の中、才人は、桃髪の美しい御主人様で在るルイズを、“愛”らしい恋人であるルイズを、想った。(俺があのルイズの胸を貫くところなんて、想像できない。一体、なにがあったんだ?)、と想った。

 

 

 

 刀に意思を宿したデルフリンガーは、嬲る潮風に身を任せていた。想い出した全ての出来事が、デルフリンガーを悲しくさせていた。

 デルフリンガーは、(もしかしたらまた……あんな悲しいことが繰り返されるのか? 冗談じゃねえや。そうは想っても、剣……詰まり、道具に過ぎない俺にはなにもできやしねえ)と想った。

 そこに、俺は念話で話し掛ける。

『まあ、そう落ち込むな』

『今は、1人に……話し掛けねえでくれねえか。セイヴァー』

『ああ、理解った。だが、これだけは言わせてくれ。確かに、悲しい出来事や辛い出来事は沢山あった。だがな……同時に、同じくらい、嬉しいことや楽しいこと、そして美しいモノはあったはず。なによりも、今からこの先そう言ったモノを沢山見れるだろうさ』

『…………』

 視界に飛び込んで来るのは、真っ青な空である。

 空は6,000年前となんら変わらない。

 総てを見守るかのように、どこまでも鮮やかな青が続いていた。

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