ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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小舟の3人

 “エルフ”の国である“ネフテス”の首都“アディール”を脱出した俺達は、海豚が引く小舟で航海を続けていた。

 “エルフ”達に囚われていた才人とティファニアは、“心神喪失薬”を呑まされそうになったところを危うくルクシャナに救われたのである。ルクシャナの婚約者であるアリィーに襲われる――再び捕縛されそうになるも、復活したデルフリンガーの力もあり、窮地を脱することができたのであった。

 小舟の上で、才人は愛用の“日本刀”に魂を乗り移らせたデルフリンガーと、様々なことを話した。

 デルフリンガーが壊されてしまった、“元素の兄弟”と戦った晩からのこと……。

 デルフリンガーは全部を知っており、そんたびに、「あん時は……」などと相槌を打った。だが、“エルフ”のこととなると、口を閉ざしてしまうのである。

 “ガンダールヴ”であるサーシャがブリミルを殺した。

 そのことをポツリと呟いた切り、押しても透かしても、全部を想い出してしまったデルフリンガーは昔のことを語ろうとはしない。ただ、なにか深い悲しみから逃げるように、他愛のないことを饒舌に語るのである。

 

 

 

 夕方になると、デルフリンガーも軽口を叩くのをやめ、黙りこくってしまう。

 ルクシャナは小舟の上で横になり、寝息を立て始める。

 陽が落ちて、夜の海を照らすのは双の月だけとなる。

 夜の海は、月明かりで満ち、漣に反射して銀色に光る。

 そんな光景を見て、ティファニアがポツリと呟く。

「まるで光が畑になったみたい」

「ホントだ」

「そうだな」

「これから、私達、どうなるのかしら?」

 ユッタリとした“エルフ”の服に身を包んだティファニアが呟く。

「先ずは“聖地”を探す。そこになにがあるのか、突き止めるんだ。その情報を持って、ルイズ達の元に帰る」

 才人はルクシャナを見て言った。

「ルクシャナには悪いけど……それが俺達のやるべきことだと想う」

 ティファニアは、そんな才人をジッと見ていたが、そのうちに膝を抱えて腕の間に顔を埋めた。

「サイトは偉いな」

「え? なんで?」

「だって、こんな状況なのに、しっかりやることが理解ってる。私なんか全然駄目。怖くてなんにも考えられなくて……」

 そう言うとティファニアは、首を傾げて目を瞑った。どうやら、また落ち込んでしまっているようである。

「そりゃ、ティファニアは女の子だから、こんな時はしょうがないだろ」

「ルイズだって、シオンだって、アンリエッタ女王陛下だって女の子だわ。私、どうしていざって時に勇気が出ないのかな? 昨日だって、怖くてなんいもできなかった」

「なんいもってことないだろ! 俺はおかげで……」

 才人は、昨日のシャッラールとの一戦で見たティファニアの凶悪ともいえる革命的な胸を想い出し、鼻を押さえた。(正直、見てはいけないモノだと想った。ただ大きいだけではない。なんと言うか、テファのそれはバランスが絶妙だ。あの細いウエストの上に、これ以上大きいのが乗ったら漫画になる。その微妙なラインを超えずに存在しているんだ。だから恐ろしい。だからこそ、忘れられない。脳裏に焼き付いちまう……)、と想った。

「私、それだけなのかな……?」

 ティファニアの其の一言で、才人は我に返った。

「そ、そんなことないよ!」

「良いの。理解ってる」

 ニッコリとティファニアは笑みを浮かべた。

「どうしてサイトとセイヴァーさんはそんなにしっかりしてるの? 冷静に戦えるの? やらなくちゃならないことが判るの?」

 真剣な声で、ティファニアは尋ねて来た。

 才人は顎に手を置いて、考え込んだ。

「全然冷静じゃないよ。俺」

「ううん。そりゃ怖い時もあると想う。でも、サイトは、いっつもちゃんと戦ってる。自分の世界のことじゃないのに……」

 才人は顔を少し上げて、遠くを見詰めた。

 月明かりに照らされた海は、昼間見るそれとは違って神秘的な印象を与えて来る。

「たぶん、好きな人がいるからだと想う」

「ルイズのこと?」

 才人は首肯いた。

「あいつが困った顔は見たくないし、あいつの故郷は俺の故郷みたいなもんだ。それを守るためなら、命だって賭けけられる。怖いけど、震えるけど、でも、なんとか立ってられる。じゃなかったら、とっくに俺も逃げ出してると想う」

 そっかぁ、とティファニアは、理解ったといったよう様に首肯いた。

「私は、好きな人がいないから、怖くなっちゃうのかな?」

「いや……皆が同じ理由で戦う必要はないと想うよ。ただ、俺がそうだってだけで」

「もし、好きな人ができたら、私もサイトみたいに勇気が出るようになるのかな?」

「別に……テファは今のままで良いんじゃないかって想うけどな」

 ティファニアを慰めるつもりで、才人はそう言った。

「私ね、こう想うの。他の人にない力を持ってるのに、私にしかできないことがあるのに、そこから逃げることはやっぱり卑怯なんだって」

 才人は黙ってしまった。自身でもそう想って居た為で在る。

「テファは逃げてないじゃないか」

「おんなじだよ。なんにもできなくて、震えてるだけ。そっかぁ、好きな人かぁ。好きな人って、どうやったら判るの?」

 無邪気にそう尋ねられて、才人は困ってしまった。

「そ、そうだな……先ず一緒にいるとドキドキする」

「うん。それで?」

「なんか抱き締めたいって想うな」

「うん。それで?」

「抱き締めたら、ずっとこのままでいたいって想う」

 両耳を摘み、ティファニアは目を瞑った。

「……じゃあ、やっぱり私、サイトのこと好きなのかな?」

「え? ええええ? ええええええええええ!?」

 才人は慌ててティファニアを見詰めた。

 ティファニアは泣きそうな顔になって、才人を見上げた。

「だって、私、サイトの隣にいるとドキドキするんだもの」

「だから、それは今混乱してるだけで……」

「それにね、それにね……それにね?」

 ティファニアは顔を真赤にして首を振った。

 なんだかやたらと胸が大きなハーフ“エルフ”が隣でそういったことをするので、才人は劣情でどうにかなりそうになってしまった。

「見せるの、そんなに嫌じゃなかったの……」

「い、言ってたね。ホントにそうだったんだ」

「うん……最初は混乱してるからそう想うのかもって想ってたけど、冷静になって考えてみても、やっぱり嫌じゃない。ドキドキするんだけど、でも嫌じゃない……」

 隣でそんなことを言われるものだから、段々と才人も頭の中が煮えて来てしまった。

「そ、それは……好きの一歩手前と言う奴かもな」

「それ、好きとどう違うの?」

「あ、あんまり変わんないかも……」

 才人はそう言ってから、ハッとした。でも、嘘は吐けなかった。吐くことができなかった。

「じゃあ、好きってこと?」

「かもしれないってこと」

「…………」

 ティファニアは、自分の胸に手を置くと、溜息を吐いた。

「きっと好きなんだわ。これ……どう仕様? でも、サイトはルイズが好きなんだよね?」

「うん……」

「じゃあ、私の好き、駄目な好きじゃない。私、悪い女の子なんだわ。友達の恋人が好きだなんて、そんなの大自然と神様が赦さないに決まってる」

 才人は慌てた。

「そんな!? 駄目な好きなんかあるもんか! そんなの、自分じゃどう仕様もないことだよ。むしろ大自然と神様がそう言ってるんだ!」

 言ってから、しまったと才人は想ったが、他に言いようがなかった。世の中に好きに成っちゃいけないなんてことがある訳もないのだから。

「でも、ルイズが許さないし。サイトだって私のこと、好きじゃないでしょ? じゃあ、この気持ち、どこに行けば良いのかしら……?」

 そんなティファニアを見ていると、才人は葛藤に襲われてしまった。(好きじゃない、なんてことはない。テファより魅力的な女の子なんてそうそういない。だけど、そんな自分の気持ちを認める訳にはいかない。もう絶対にルイズを悲しませることはしないと決めたんだ)、と考えた。アンリエッタとの一件を想い出し、才人は心の中で首を振った。同時に、(だが、好きじゃない、と言うのもまた嘘だ。だって正直、好きは好きだ。テファは、そんくらい魅力的だ。本能には抗えない気持ちと言うモノも存在するし、それを否定するのもなんか違うような……)と感じた。そして、(となると……方法は1つ。テファの気持ちを、冷めさせないといけない。俺はこんなにどう仕様もない奴なんだと想って頂いて……)とか考えた。

「なあテファ」

「な、なあに?」

「言っとかんきゃ、ならないことがある」

「言って」

 才人はグッと拳を握り締め、苦しそうに、吐き出すように呟いた。

「俺、変態なんだ」

 しばらくティファニアは才人をジッと見詰めていたのだが、ほぼ俺と同時に噴き出した。

「ホントだって! いやそれが、マジモンで……! 兎に角格好とシチュエーションに拘りがあり過ぎると言うか……」

「有難う。サイト優しいね」

「え?」

「私がサイトを嫌いになるように、そう言ってくれたんでしょう?」

 真っ直ぐに見詰められ、才人は恥ずかしくなった。

「いや……後半はホントで……それが変態かどうかは個人の主観に委ねられると言うか……」

「大丈夫。ホントに。なんか話したらスッキリしたし。私ね、自分で頑張る。サイトのことが好きかもしれないけど、ううん、多分きっと好きなんだと想うの。でも、それと私の使命はやっぱり別」

「テファ……」

 才人は泣きそうな目で、ティファニアを見詰めた。健気な気持ちに心動かされ、ティファニアの胸とかに劣情を抱いた自分を恥じ、同時にこんなに胸が凄かったらどう仕様もないだろ、と弁護し、弁護した自分をも恥じ、気付くとティファニアの手を握っていた。

「わ」

 其の時、波を超えて小舟が揺れた。

 才人は横に倒れそうに成り、握って居たティファニアを引っ張る格好に成ってしまった。

「…………」

 才人の眼の前には、ティファニアの顔があった。

 火照った頬が、月明かりに眩しい。

 ジッとティファニアは、才人を見詰めている。

 ティファニアの青い瞳が軽く潤んでおり、才人は息が止まりそうになった。

 双つの月が雲に隠れて、辺りは暗闇に包まれる、

 すると、耳が研ぎ澄まされ、小舟が波を掻き分ける音が耳に届く。

 ふいに熱い吐息が近付き、次の瞬間、才人の唇に柔らかいモノが押し当てられる。ユックリと髪が撫でられ、才人は今ティファニアがなにをしているのかを理解した。

 唇を重ねている間、ティファニアはズッと無言であった。

 雲の切れ間から再び突きが姿を現そうとした時……スッとティファニアは身体を離す。光が辺りに戻った時には、前と同じ格好で、海を見詰めていた。

「テファ」

「気の所為だよ」

 と、どことなく満足げな顔でティファニアは答えた。

「き、気の所為には想えなかったんだけど……」

「御月様が見てない時は、夢の中のことなの。ちょっとでも夢を見られたから、もう大丈夫。平気。私、頑張るね」

「え?」

「サイトから勇気を貰ったから」

 才人は、小さく首肯くと海の向こうを見詰めた。

 海はどこまでも静かに、見守ってくれている。

 そして才人も、(頑張ろう。自分のために。ルイズのために。皆のために。そして、隣で見詰める、“ハーフエルフ”の女の子のために……)と想った。

「えっと……セイヴァーさん、ごめんなさい。貴男にも相談乗って貰おうと想ったんだけど……」

「気にすることはない。解決、はまだしていないだろうが、楽になったのだろう? なら、問題はないはずだ。それに……」

「それに?」

「なんだかんだ言って、おまえ達は強い、ということを改めて理解できた」

「私達が? サイトは強いけど、私は……」

「いやいや、俺もそんなに強くないよ。強さなら、おまえの方が上だろ」

「腕っぷしの話なら、そうだろうな……だけど、俺が言いたいのは内面の話だ。弱くて自分が嫌いで、そんな自分を変えたくて……だからこそ、“世界との契約”といったかたちで、“神様転生”をした俺とは違って、おまえ達は強い」

「なあ、いつもおまえには相談とか乗って貰ってるけどさ……おまえの方はどうなんだよ?」

「どう、とは?」

 才人は真面目な顔をして、問い掛けて来る。俺のことを慮って。

「そうだな……俺の“宝具”と“スキル”に関係することだが、全て俺の性格や星座などを拡大解釈や昇華させたモノだ。故に、流れるモノ……情報と言う情報、在りと汎ゆる情報を識り、操作することができる。そして、“根源”と繋がっている。“起源”だってそうだ。俺の“起源”は、“流転”、そして“虚無”……」

「なあ、話の腰を折って悪いけど、“起源”って……?」

「“そのモノの原初の方向性” 、“そのモノがそのモノであることを足ら占めるモノ”、“根源の渦から生じた混沌衝動”。“この世の全てのカタチあるモノは生まれた時からなにかしらの起源があり、その起源に沿って行動する”んだ。例を挙げれば、“剣という起源の持ち主は無意識に剣に対して強い執着心を持つようになり、刃物を集めて見惚れるようになったりする”、“禁忌という起源の持ち主は人間だろうと獣だろうとその種の道徳と定められたモノから外れた行為を好むようになる”、といった具合にな……“起源とはその持ち主の本能とも言えるモノで、そうであるように、仕組まれている絶対命令”と言い換えることもできるだろうな」

「それで、“起源”がどうして関係して来るの?」

「自身の“起源”を自覚し、覚醒することで、“起源覚醒者”と呼ばれる存在になるんだ。そして、その結果、“人格に歪みが生じる”。“たかだかヒトとして生きる間しか持続しない人格など、原初の始まりより生じたその存在自体の方向性の前には容易く塗り潰されるから”な。俺の“起源”はさっきも言った通り、“流転”と“虚無”だ。“虚無”は“根源”と接続していることで、“生の実感を得ることができない”……なにをしても達成感を得ることができない、とかな。“流転”の方も方で、“常に動き続ける”……“変わり続ける”……“考えが、言動が一定ではない”……」

「それって……」

「簡単に言えば、自分を持たない。流されるがまま……周囲の考えや感情、風潮、自身の感情に常に振り回されるってことだ。まあ、これが先ず1つ目の悩みだな。にしても、口を開けば出るは出るは……嫌になるな」

「で、他にもあるのか?」

「当然。いつも俺はおまえ等に講釈垂れてるがな……俺は自分を持たない。それ故に、他人の言葉ばかりを使う。中身がないんだ。言葉も行動も、言動全てが空っぽ、だ」

「でもさ、それだけ色んなモノを吸収して、広めることができるってことだろ? 偉人の言葉だって、それだけ深く、おまえの心に染み渡ったってことじゃないのか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まあ、答えは既に出ているし、識っているがな。兎に角、告白はこれで終了だ。話して楽になれたよ。有難な。わざわざ訊いてくれて」

 俺はできる限り笑みを浮かべ、2人を安心させるように言う。

「俺もヒトの子だ。悩みの1つや2つは当然ある。まあ、おまえ等のそれと比べると、下らないモノだろうがな。それでも、隣の芝生は青い……月の光で、狂気に陥れるならどれだけ楽か……いや、当の“本人”からするとそうでもないだろうがな」

 

 

 

 

 

 眩しい朝の陽光で、才人は目を覚ました。

 隣では、ティファニアがあどけない顔で寝息を立てている。

 昨日の夜の出来事を想い出し、才人は顔を赤らめ、直ぐに真面目な顔になる。(テファが夢の中のこと、と言ってくれたんだ。それに、セイヴァーも……)、とこちらへと目を向けて来る。

 と同時に、ティファニアも目を覚ました。昨日のことなどなにもなかったかのように、爽やかに挨拶を寄越してくれた。

「御早う」

「うん。御早う」

「ああ、御早う。好い朝だ」

 才人と俺がニコリと笑い掛けると、ティファニアもまた笑い掛けて来る。

 なにか言おうと想いはしたが、なにも言わない方が良い気がして、才人は水平線の方を眺めた。

 すると、水平線の向こうから、いくつもの突起が見えて来て、才人は驚いた。

「なんだありゃ!?」

 小舟を引くイルカを操りながら、ルクシャナが答えた。

「あら、起きたの? あれはね、“竜の巣”と呼ばれる群島よ」

「群島? 島にゃ見えねーぞ」

 確かにそれは島と呼ぶには、異様なモノである。細長く、畝々と動く触手のような形をした巨大な岩が、水面からいくつも伸びているのである。1つ1つが、数十“メイル”はあろうかという高さを誇っている。岩は競い合うように、四方八方に伸びている。それが延々と続いている様は壮観であるといえるだろう。

「ここに、御友達、が住んでるんですか?」

 ティファニアが尋ねると、ルクシャナは首肯いた。

「そうよ」

「ヒトや“エルフ”が住んでるようには見えないけどな」

「其りゃ、“エルフ”は住めないわ。こんな所」

「じゃあ、友達、って誰?」

 するとルクシャナは、ニヤッと笑った。

「着いてからの御楽しみ」

「なんか嫌な笑い方……」

 才人がジト目で言うと、腰に提げたデルフリンガーが茶々を入れた。

「とんでもない化物だったりして」

「え……?」

 ティファニアが、青い顔になった。

「すんごいでっかくて。目なんか青いのが4つも5つも付いてて」

「剣さん、やめて」

 ティファニアは、口元をハニャッと崩れさせ困ったような顔になる。

「蛸の10倍くらい、触手が付いてて、そいつでこうハーフの嬢ちゃんをガシッと捕まえてだね」

「ひう……」

「おいデルフ! やめろよ! テファが怖がってるだろ!」

「でーじょーぶだよ。そんなことになっても、相棒が守ってやるってばよ」

「そ、そうだよね」

 ティファニアは、ホッとしたような顔で才人を見上げた。

「なあに。相棒はやる。そういう男だ。なに、どんな化物が現れようが、嬢ちゃんのその爆発物を一発見せりゃあ……」

 デルフリンガーは最後まで言えなかった。

 目を見開いたティファニアが、顔を真っ赤にして柄を掴んで震え始めたからである。

「んっ! んっ! んっ! んっ!」

「く、苦しい……嬢ちゃん、やめて……」

 それでもティファニアは、強くデルフリンガーを締め上げた。知っての通り、デルフリンガーは今は才人の腰に提げられている。

 狭い小舟の上だということもあり、そういった行動を取ると結果、ティファニアの身体が才人に密着することになる。

 するとそのいけない2つの果実が、才人の腕や背中に当たり捲くるのである。

 才人は、(これはなにの罰か?)と泣きそうな頭の中で考えた。(俺が一体なにをしたというんだ!? 神様が俺が憎いのだろうか? そうに違いない。そうじゃなかったら、こんな悩ましいいけない2つの果実を、俺の腕や背中に打つけるなんてことはしないはずだ。だってこれは触ってはいけないモノだから……届かない永遠の地平線だから。それなのに、こうやって押し当てるということは……天罰だ)、と想い、空を見上げた。

「サイト……どうしたの?」

 才人が青い顔で、ブツブツと「天罰だ、これは天罰だ、神に見捨てられた俺は“堕天使ルシフェル”だああ、欲望の業火がこの身を燃やすよ」だのと呟いているので、ティファニアは心配になったのである。

「嬢ちゃんの所為だよ」

「え? 私?」

「そう。嬢ちゃんが、あんなモノを見せるから……」

「だ、だって剣さんが! 見せろって!」

「ホントに見せるとは想わなかった。いやはや結果オーライ。あと、おりゃあちゃんと名前が有っから……え!? ちょっと!? ちょっと待った!」

 目に珍しく怒りの炎を激しくチラつかせたティファニアが、デルフリンガーを引き抜き、海面にジャブジャブと漬け始めたのである。

「やめて! 錆びる! 錆びるから!」

 それでもティファニアは無言のまま、デルフリンガーを海水で洗い続けた。

 そんな様子を見て、ルクシャナが呆れた声で言った。

「貴方達、私の友人をなんだと想ってるのよ。失礼ね」

「じゃあ言ってよ! 気になんだよ! こんな海の果てまで連れて来てもったいぶんな!」

 才人がそう言うと、ルクシャナは、ん~~~、と首を傾げた。其れからニッコリと笑みを浮かべる。

「やっぱり、着いてからの御楽しみ」

「なんじゃそりゃ!」

「だって貴方達を見てると面白いんだもの。ヒトってホント可笑しいわね」

「こいつ等は特殊! だから錆びます! 嬢ちゃん!」

 デルフリンガーが悲鳴混じりの声を上げた。

 

 

 

 海は凪いでいる。

 ギラギラと照り付けて来る太陽を反射して、水面は鏡のように輝いている。

「此の辺りはね、巨大な火山島が沈んだ辺りなの。巨大な噴射口の上に、私達はいるって訳」

「へえ。だからこんなに波が穏やかって訳か」

 才人はそう言うと、ルクシャナは目を丸くした。

「貴男、海を知ってるの?」

「いや……別にそん成に詳しくないけど。そのくらいは学校で習うよ」

「“異世界”から来たって言ったわね? へえ、学校なんてあるんだ」

「そりゃあるさ」

 蛸の触手のような岩の間をいくつも抜けると、一際高く聳えた岩が見えて来た。

 ルクシャナなはイルカに命じると、小舟を止めた。

「着いたわ」

「は? ここ? まだ海のど真ん中じゃねえか」

 友達と言うからには、島かどこかにいるモノとばかり想っていた才人が怪訝そうな声で言った。

「だから蛸の御化けだって言ってるじゃねえかよう。きっとこのハーフの嬢ちゃん捕まえて触手でニュルニュルだよう。でもその凶悪な胸がまろび見えた途端、相棒奮起の大活躍……うご!? もが!? ごべ!?」

 ルクシャナは、説明するのも面倒だ、というような調子で言った。

「海の中からじゃないと入れないのよ」

「は? じゃあ、今から海に潜るの? どうやって?」

「もう……一々煩いわね。泳ぐことくらいできるでしょ?」

「そりゃ、できるけどさ……」

 才人は、(水泳くらいならできるが、潜るとなると話は別だ。素潜りなんかしたことない)と考え、海を覗き込んだ。

 ティファニアを見ると、ブンブンと左右に首を振っている。

「私、“アルビオン”育ちで、海なんか入ったこともない!」

「もう、しょうがないわね」

 ルクシャナは目を閉じると、掌に海水を掬い、口語の“呪文”を唱えた。

「“水”よ。身体を司る“水”よ」

 すると、ルクシャナの掌の海水が光り始める。

「これを呑んで」

 才人とティファニアは身を屈めると、ルクシャナの掌から海水を呑んだ。塩辛い味が口内を刺激する。

「で?」

「これで水中でも息ができるわ。効果は限られるてるけど」

「おい! 俺にもなんか“魔法”を掛けてくれ! この身体、錆びやすいのよ!」

「世話の焼ける連中ね……」

 するとルクシャナは、再び“呪文”を唱えた。

 鞘に包まれたデルフリンガーの刀身が、赤く輝いた。

「これで海水に触れても大丈夫よ。で、貴男はどうする? セイヴァー」

「自分でどうにかするさ。と言うか、どうとでもできる」

「そう。助かるわ」

 そう言うなりルクシャナは、ガバッと服を脱ぐと下着姿になった。細く靭やかな肢体が陽光の元に露になる。そのまま、ドボン! とルクシャナは海に飛び込んだ。

「早く貴方達も来なさいな。“水中呼吸”の効果は限られてるんだから」

 ティファニアは、心配そうに才人と俺とを交互に見詰めた。

 しょうがない、というように首を振ると、才人は服を脱いでパンツ1枚切りになった。

 それを見て、ティファニアも決心したのであろう、ユッタリとした“エルフ”の服を脱ぎ捨てる。

 キャミソールのような下着のみになったティファニアは悩ましいなどというモノではなく、才人は目を逸らした。(あれの生を)、とか考えてしまうだけで気絶しそうになるために、才人は必死になってルイズの裸体を想像した。だが、それはそれhで素晴らしいモノであるために、才人の煩悩は膨れ上がってしまい、ルクシャナにどやされる結果になった。

「良いから早くって言ってるでしょ!」

 才人は慌てて海に飛び込む。

 だが、ティファニアは中々飛び込め無い様で、ボートの上から海を恐々と覗き込んでいる。

 海面から顔を出した才人は、そんなティファニアに手を伸ばした。

「大丈夫。俺達が着いてるから」

 才人のその言葉で、ティファニアはコクリと首肯き、海に飛び込んだ。

 ティファニアの手を握り、才人は海に潜る。

 俺もまた、3人の跡を追い掛けるようにして飛び込む。

 海面から直ぐ下は陽の光が通っていて明るいのだが、少し下の方は黒々とした闇が広がっている。

 才人は、(どれだけの深さがあるのだろう?)と疑問を抱いた。

 そんな恐怖はティファニアも同じらしく、ギュッと才人の手を握る。

 才人は右手でデルフリンガーの柄を握った。すると、身体がスッと軽くなり、力が漲ってくる。だが、“ガンダールヴ”の力を借りる必要がないことが直ぐに判る。

 小舟を引いていたイルカが、ハーネスを外して、側にいたのである。

 ルクシャナは、海豚の背鰭にしがみ付き、こっちよ、と手招きをしている。

 イルカの胴に巻かれたベルトを、才人とティファニアは掴んだ。

 すると、猛烈な勢いでイルカは泳ぎ始めた。

 そんなイルカに、俺はただ泳ぐだけで追い付き、並泳する。

 ルクシャナの“魔法”のおかげであろう、才人とティファニアの2人は水中でも息ができているようである。水を吸い込むと、喉の辺りでそれがなんと見事に空気へと変わるのである。タバサ達が、空気の泡を作り出して頭を覆ったりするそれよりも、こちらの方がスマートであろう。

 最初こそ激しい違和感を覚えさせるモノであったが、才人とティファニアの2人は直ぐに慣れた。

 水中の旅は、想ったより長くはない。

 数分も泳ぐと、眼の前に黒々と海底から伸びる石柱が見えて来る。先程小舟の上から見た、一際大きい触手地味た岩であろう。

 イルカは真っ直ぐに、その中腹へと進んで行く。

 才人が、(なんだ激突すんのか!? 大丈夫かこのイルカ!?)、と慌てながら目を凝らすと、中腹に大きな穴が空いているのが見えた。

 ルクシャナが跨っている居るかが、その中へと消えて行く。

 どう遣らあの中に、ルクシャナの友達がいるらしいことが判る。

 次いで、才人とティファニアが跨るイルカが、その次に俺、と後に続く。

 

 

 

 穴の中は闇である。

 だがイルカは、超音波を利用して、暗闇であろうとも迷うことなく、一直線に進んで行く。

 上が明るくなる。

 イルカはその光に導かれるように、泳いで行く……。

 ザバンッ! と子気味良い音と共に、俺達は海面から顔を出した。

 目に飛び込んで来たのは、ちょっとした劇場ほどはあるだろう巨大な空間である。海藻の腐ったような、磯の臭いが猛烈に鼻を突く。

「なんだここは……?」

 才人は、辺りを見渡し、呟いた。

「さっきの岩の中よ」

「空洞になってたのか」

 巨大な触手のような岩の中にいるのである。

 俺達が浮かんでいるのは、井戸の様にぽっかりと口を開けた水面で、他は平らな陸地になっている。壁が淡い光に包まれているのは、発行性の苔が生えているからであろう。

 ミシッ……。

 空洞の奥から、なにか巨大なモノが蠢く音がした。

 ティファニアは、ビクッ!? として才人に寄り添った。

 咄嗟に才人も背中に吊ったデルフリンガーに手を伸ばす。

「大丈夫よ」

 ルクシャナはイルカの背から降りると、岩に手を掛けて陸地に上がった。

 すると、闇の奥から、低い大きな声が響いた。

「一体誰だえ? この妾の眠りを妨げるのは……」

「私よ。海母(うみはは)

「うみはは?」

「ああ、ナガミミの跳ねっ返り。妾の娘。良く来たね」

 ズシ、と何か巨大なモノが起き上がる気配がする。

 ミシミシ、と地面を踏みしだく音と共に、闇の中から紺色に輝く巨体が姿を現した。

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