ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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海母

 俺達の眼の前に現れたのは、巨大な“水竜”である。昨日戦ったアリィーのシャッラールよりも、遥かに大きい。立ち上がったその姿は、15“メイル”はあるだろう。紺色と見えた鱗は、良く見るとくすんだ銀色をしている。滑らかな銀色の鱗は、光の加減で様々に色を変えているのである。頭からは珊瑚の様な2本の角が生え、その付け根には巨大な藤壺がいくつも付いている。手足の間には、分厚い水掻きが見える。

「一体、何事だえ?」

 巨大な“水竜”のその口からは、明瞭な言葉が流れて来た。

 こんな風に喋る“竜”を、才人は想い出した。

「“韻竜”!」

 タバサの“使い魔”のシルフィードが、“風韻竜”である。“魔法”を操り、人語を解する“古代竜”……。

「あら。良く知ってるわね」

 ルクシャナが感心した顔付きで言った。

「いや、友達が“使い魔”にしてるんだ」

 才人がそう言うと、海母と呼ばれた“水韻竜”が笑い声を上げた。

「妾の眷属を“使い魔”にするとは……大した者じゃの」

 白い目で、海母は才人とティファニアを見据えた。

「御友達って、この大きな“竜”だったのね」

 ティファニアが、感心した様に海母を見上げる。

 すると、海母は目を細めた。

「おや、綺麗な娘じゃの。あんたは、“エルフ”とヒトの血が混じっているようだの」

「判るんですか?」

 ティファニアが驚いた顔で言うと、年老いた“水韻竜”は首肯いた。

「長く生きていると、大抵のことは判るようになるもんじゃ、でも、“エルフ”の娘やおまえさんがなにを考えているのかだけは、この海母にも判らぬ。おまえは本当に気紛れだから」

「じゃあ言うわね。私達を、しばらく匿って欲しいのよ」

「おやおや! この跳ねっ返りめ! また悪戯をしたんだね? 今度はなにをして怒られたんだい? また叔父上の本や道具を勝手に持ち出したのかい?」

「そんなことしないわよ。私はもう、子供じゃないもの」

 海母は、わずかに目を細めると、首をルクシャナに近付けtあ。

「でも、なにかを持ち出したんだね?」

「ええ。彼等をね」

 ルクシャナは、才人とティファニアを指した。

 海母は、才人とティファニアへと顔を近付ける。

 ティファニアは、ビクッと震えて、才人の背の後ろに隠れた。

「安心おし。おまえ達を食べるほど、悪食じゃないよ」

 海母はしばらく才人とティファニアを見詰めた後、「おやおや! どうやら普通のヒトじゃないようだね!」と言った。

「“悪魔の末裔”……“虚無の担い手”とその“使い魔”よ」

 ルクシャナが得意げな顔で答えた。

 海母は無言で才人とティファニアを見詰めた。

 才人は、(“この悪魔め!” とかなんとか言われて食われてしまうんじゃないだろうか?)と考え、緊張した。

 だが、海母は、「良く来たね」、と言っただけである。

「貴女は、私達が憎くないの?」

 ティファニアが尋ねると、海母は首肯いた。

「あんた達の御先祖が、この土地になにをしたのかは良く知っておるよ。そして、あんた達が再びなにをしようとしているのかも、大体判る」

「なんでそこまで知ってるの? こんな磯臭い洞窟に住んでる癖に」

 ルクシャナがそう問うと、海母は息を激しく吸い込んだ。どうやら笑っているらしい。

「祖母から“悪魔”の話は聞いたからね。それにこんな洞窟に住んで居ても、長い年月の間には色んなことが判るようになるもんじゃ」

「祖母から聞いた? 6,000年前のことを?」

「そうじゃ。祖母がまだ娘の時分にの」

 才人は、(いやはや、こいつ等長生きなんだな)と眼の前の“水韻竜”を見て深い感慨に囚われた。あのシルフィードも、何千年も生きることでこのような貫禄を出すことができるようになるかもしれない。

「だが、“悪魔の末裔”……ヒトの子等よ。妾はおまえ達が、別に憎くはないのじゃ」

 海母はそう言って、ティファニアに鼻を近付けた。

 ティファニアがスッと手を伸ばし、その鼻面に振れる。

 気持ち好さそうに、海母は目を細めた。

「へえ。流石は“韻竜“。”評議会“の御爺ちゃん達とは物分りの度合いが違うわね」

 ルクシャナがそう言うと、海母は首肯いた。

「おまえ達“エルフ”とは違い、妾は滅び行く種族。この世の全ての出来事は、“大いなる意思”の思し召しと受け止めておるのじゃ。滅び行くことも。新たなる客を迎え入れることも……あの“大災厄”でさえもじゃ」

「なにそれ? 私にはただ諦めているようにも想えるわ」

 憮然とした顔でルクシャナは言った。

「ふぇふぇふぇ。長耳の娘。妾の娘。おまえは妾に、“悪魔”を憎んで欲しいのかい? それとも、味方になってやれとでも言う気なのかえ?」

「どっちでもないわ。ただ、取り敢えず身を隠す場所が欲しかったことが1つ。そして、もう1つあるんだけど」

 そして、アッサリと、ルクシャナはその言葉を口にした。

「“シャイターンの門(聖地)”に行ってみたいの」

「おまえ達“エルフ”の方が、詳しいだろうよ」

「一部の“エルフ”しか知らないのよ。でも、貴女なら場所を知ってるでしょう? だって、この辺りの生き字引じゃない」

「そうじゃが……確かに妾は物知りじゃが、そこまでは知らぬよ」

 才人とティファニアがガッカリした。

「おいルクシャナ。話が違うじゃないか」

「なによ。別に保証した訳じゃないわよ。ねえ海母。“シャイターンの門”の場所を知ってそうな心当たりはいないの? “エルフ”以外で」

「もう付き合いの有る者も少なくなったしのう」

「使えない“古代種”ねー」

「使えないとはなんじゃ。いつしか助けてやった恩を忘れたのかえ? まあ、そこの“守護者”なら知っておるだろうよ。なあ。久しいのう、異世界からの“守護者”よ」

「俺はもう“守護者”ではない。“世界”と“契約”はしたが、“宝具”と“スキル”をフルに活用して、契約破棄してやったさ。力だけを手にし、仕事はボイコットってな。良くある例外って存在だ」

 海母は立ち上がった。

「しばらくいるのは構わん。好きなだけいるが良い。おまえ達には匂いがキツかろうが」

 そして再びミシミシと音を立てて、海母は洞窟の奥へと戻って行った。

 

 

 

 そこかしこに落ちている乾燥した海藻を燃やして俺達は暖を取り、イルカが捕まえて来てくれた魚や貝を焼いて食べた。

 洞窟内のかなりの磯臭さに閉口するだろうが、才人とティファニアにはそのうちに慣れて来た様子を見せる。ヒトという生物は、大抵のことには慣れてしまう傾向があるのだが、“ハーフエルフ”も例外ではないようである。

 そうして一息吐いていると、ルクシャナがポツリと言った。

「さてと」

「なんか良い考えがあるのか?」

 貝を食べていた才人は身を乗り出した。

「寝ましょ」

「おい!? こら! 長耳! 之からどーすだよ!?」

「どーすんだって言われてこれ、しょーがないでしょ。海母も知らないって言ってるし、セイヴァーは話す気がないみたいだから」

「……全く。こんなとこでモタモタしてる時間なんかないっつうのに」

 するとルクシャナは目を細めて、才人を見詰めた。

「暇なら、昨日の続きでもすれば良いじゃないの」

 ルクシャナのその言葉で、ティファニアが、ブホッ!? と食べていた魚を噴き出した。

「な!? な!? な!?」

 顔を真赤にして、才人は慌てた。

「チュッチュチュッチュ、してれば良いじゃないの」

「み、見てたんか!?」

「人が寝てる側でまあ、良くまあ、人の小舟の上で。セイヴァーやデルフリンガーだっているのに。やっぱり貴方達って、恥じらいってモノがないのねー」

 ルクシャナは両手を広げて言い放つ。

 ティファニアは真っ赤に成った顔を押さえて、嫌々をするように首を振る。

「覗き見すんなよ!」

「はぁ? なに言ってるの? あんな狭い場所で覗きもなんいもないもんだわ」

「俺も見てた」

 腰に提したデルフリンガーがそう言って、ティファニアが卒倒した。

「寝てろよ!」

「いやはや……相棒のね、そういうところは知ってるつもりだったけどね。今回のはないわ。ピンクの嬢ちゃん聞いたら殺されるどころじゃ済まねえわ」

「ば、馬鹿……あれは友情の一環と言うか……」

「へえ、ヒトって、友人とああいうことするんだー。へー」

「セフレって奴だな、うん」

「ち、ちが」

 その時、ティファニアがガバッと起き上がり、首を振った。

「わ、私が勝手にしたの! サイトは悪くないの!」

「どうして、あんなことをされたんですか?」

 何故かインタヴュー口調の恍けた声で、デルフリンガーが尋ねた。

「なんか! サイトの顔見てたら! なんか! 胸の中になにか溢れて! なんかもう! どう仕様もなくて!」

「惚れちゃったんですね。相棒悪い男」

「女誑しだな」

「理解んないの! ホントに!」

 ティファニアは顔を押さえた。

 俺もそうだが、デルフリンガーは更に追い打ちを掛ける。

「そんなに愛を散蒔いてどうするの?」

「散蒔いてないよ! と言うかそんな話してる場合かよ!? ったく、“聖地”って一体どこにあるんだよ……?」

「そっちでは“聖地”かもしれないけど、私達にとっては“シャイターンの門”であるということを忘れないでよ。全然“聖地”なんて良いもんじゃないらしいし」

「どっちだって良いよ……あ!」

 才人は腰に提げたデルフリンガーを引き抜いた。

「おいデルフ! おまえそう言や、“全て想い出した”って言ったよな? “聖地”の場所も判るんじゃないのか?」

「あれだろ。ブリミルが“ゲート”でやって来た場所だろ? うん、想い出したよ」

「おおおおおおおお! 早く言えよ!」

「でも、1つ問題が」

「なんだよ!? ほら皆用意しろ! 行くぞ!」

「此の辺り、砂漠っつうの? 海っつうの? 兎に角昔とかなり地形が変わってるっぽいんだよ。だから、場所が判んね」

「あれま……」

 才人はガックリと膝を突いた。

「どんな場所だったの?」

 ティファニアが尋ねた。

「そうさな……取り敢えず砂漠で、なんか岩が一杯あったような……」

「そんな場所、山程あるんだけど」

 ルクシャナが困ったような顔で言った。

「無駄に6,000年も生きやがって。糠喜びさせんな」

「でも、“エルフ達が守ってる”って言ったわよね? そんな場所で、岩山っぽい所ないのかしら?」

 ティファニアがそう言うと、ルクシャナは両手を広げた。

「大っぴらに守ったりする訳ないじゃない。“評議会”のやることよ。表向きはなんでもないような場所で、その実辺りは厳重に警備されてるに違いないわ」

 そう言うとルクシャナは乾燥した海藻を伸ばして、その上に横になる。

「なにしてんの?」

「御腹が一杯になったから、寝るのよ」

「ホントに、之からどーすんの?」

「知らないわよ。兎に角、寝て起きたら良い案も浮かぶんじゃないの?」

 ルクシャナはそう言うと、直ぐに寝息を立て始める。

 才人とティファニアは、顔を見合わせた。それから、仕方なしに、2人もルクシャナを真似て横になった。

 

 

 

 

 

 そのままなにもしないうちに3日が過ぎた。“聖地”の場所が判らない以上は、才人達にできることはなにもないのである。

 才人は「外に出て情報収集しよう」と提案するが、当然「そんなことをしたら直ぐに捕まっちゃう」とルクシャナが却下する。

 もちろん、一般の“エルフ”が知らされてない情報を、敵である才人達が集めようとしたって無理であろう。

 “ハルケギニア”に帰ることもできあに。なにせここは絶海の孤島のような場所であり、ルクシャナは小舟の使用を認めないであろう。陸地に着いたところで、ティファニアを連れて砂漠を突っ切るのは無理といっても良い。

それに、「逃げ出したりしない」と約束をした以上、また、一応体を張って助けてくれたルクシャナを裏切ることもまたできないのである。

 そうは言っても、このような洞窟で一日中なにもせずにジッとしていると、なんだかもう身体が疼いて仕方がないのであるる。底辺な時なのに、なにもできないという焦りなどが、才人をヤキモキさせるのであった。

 食べる物はイルカが捕まえて来てくれる。水は雨水でどうにでもできる。しかも、ルクシャナの“魔法”の御蔭で、美味しく飲むことができるのである。どうしても、もう少し上等なモノを食べたいというのであれば、“バビロニアの宝物庫”から失敬することだって可能である。

 才人が「ここにいたって、そのうちに誰かに見付かるんじゃないか」とルクシャナに言ったが、「この辺りの海はね、潮の流れが複雑で、“エルフ”達は余り近付かないの。いいえ、おまけにたまに大荒れするから、近付けない、と言った方が正確ね。私達だって、あの子達が船を引っ張ってくれなかったら、来ることはできないのよ。そういう場所だから大丈夫」と念を押して返された。

「私だって、どうしーよかな? とは想ってるわよ。でもね、なにも想い付かないの。こういう時は、大人しくしてるのが一番。そのうちに良い考えが空から降って来るわ」

 そしてそんなことを曰うのである。

 

 

 

 才人はすることがないので、海の中に繁く潜った。身体を動かしていない、となんだか気が滅入ってしまうのである。

 季節は夏がようやく終わる頃であろうが、海は南国のように暖かい。ルクシャナは、「“精霊の力”のおかげよ」と言った。この辺りは、“地球”でいうところの“真エーテル”が“ハルケギニア”を始めとした他の場所と比べて濃いために強いのである。だからこそ、“古代竜”である海母もここを住処にしているのであった。

 その所為だろう、ここ等の海はまさに生物の宝庫だといえるであろう。海底から伸びた石柱の周りには、様々な珊瑚がこびり付き、色取り取りの魚達が泳いでいる。

 ユッタリと泳ぐ、巨大なエイのような魚もいた。魚達は、ヒトを知らないようであり、才人達が寄って行っても、一部を除き逃げなかった。

 泳ぐことがなかったために泳ぎが苦手なティファニアも、才人に「教えて上げる」と言われて、一緒になって泳ぎ始めた。ルクシャナの“水中呼吸”のおかげもあるだろう、ティファニアは飲み込みが早く、直ぐに自在に泳ぐことができるようになった。どうやらこの“ハーフエルフ”の少女は、“水”と相性が良いらしい。

 陽光に透き通る海の中を泳ぐティファニアは、まるで人魚のようである。スゥーッと伸びやかに、ティファニアは泳ぐのである。身に纏った小さなキャミソールが水に揺らめき、実に悩ましい。

 才人は、(人魚みたいだけど、あんなに胸の大きな人魚はいない)と想った。

 

 

 

 

 

 その日も才人とティファニアは一緒に自由気ままに泳いでいた。

 俺も泳いでみようと想い、2人の側にいる。

 そのうちに、ティファニアがスイっと、才人の側に寄った。そして、ニッコリと微笑み、俺の方にも視線を向け、チョイチョイと海底の方を指した。

「そこまで行ってみない?」

 才人は首肯いた。

 この辺りは、水深凡そ20“メイル”ほど。底まで透き通って見える。

 問題などないので、俺ももちろん首肯いた。この後の展開を知った上で。

 ティファニアは、才人の手を握り、軽やかに海水を蹴った。

 ルクシャナのイルカが、そんな2人を守るかのように後ろから着いて来る。

 2人と2匹の後を、俺は追い掛けるようにして泳ぐ。

 海底に辿り着くと、まるで花畑のように珊瑚が溢れている。四方八方に枝を伸ばした珊瑚が咲き乱れる様は壮観である。

 そんな珊瑚の間を、色取り取りの魚達が蝶の様に泳ぎ舞っている。なんだかこのような光景を見ていると、“聖戦”や“ハルケギニア”滅亡、“剪定事象”などということが夢の中の世界のことであるかのように想われて来る。

 ティファニアは珊瑚の間になにかを見付けたらしく、手を伸ばしてそれを捕まえた。ティファニアが捕まえたのは、極彩色の殻を持つ大きな海老である。

「今日の昼御飯だよ」

 才人も負けじと、珊瑚の間をなにか美味しそうな物はないかと探し始めた。青い殻を持つ大きな巻き貝を見付けて、手を伸ばす。

 

 

 

 ティファニアは、そんな才人をジッと見詰め、次いで俺と顔を見合わせて微笑んだ。

 蒼く澄んだ水の中で、このようにノンビリと3人で過ごすことができる時間が、何だかとても“愛”おしく感じられたのであろう。

 ティファニアは、(ずっとこのままだったら良いのに。“聖戦”も、“ハルケギニア”も……全部忘れて、ここでサイトとセイヴァーさんと3人で、一緒に過ごせたら……)と想った。が、思わずそんなことを考えてしまった自分を恥じた。

 その時、手を珊瑚の奥に突っ込んでいた才人が、ジタバタと慌て始めた。

 ティファニアは咄嗟に泳ぎ寄った。

「大丈夫!?」

 ティファニアが肩に手を掛けた瞬間、才人は勢い良く後ろに転んだ。

 ティファニアも一緒に成って水の中で一回転してしまう。

 見ると、才人は指先を、大きな蟹に挟まれていたのである。

 ティファニアは想わず笑った。

 才人も笑う。

 そして同時に、寄り添う形でいるために、顔が近いことに気付く。

 ティファニアの頬が見る見るうちに染まって行く。そして、思わず顔を伏せた。このまえの晩はあのような大胆なことができはしたが、いざ明るい場所にいると、どうにもならなくなってしまうのである。

 才人も同じらしい。頬を染め、困ったといった顔で鼻何かを掻いている。

 そんな顔を見ていたら、ティファニアは、(勇気を貰ったからもう大丈夫なんて言い訳だわ)と想った。彼女の中で膨れ上がった気持ちはそんなモノでは収まりが着かなくなってしまっていた。ティファニアは、(勇気じゃなく、ギュッて抱き締めて、好きだって耳元で囁いて欲しい。キスして欲しい)と自分の中のそんな本能のような気持ちに気付き、泣きそうになってしまった。

 そうしてティファニアが悲しそうな表情を浮かべたために、才人は(俺の所為……なのか?)と慌てた。

 あの晩のキス以来、才人は努めて友達としての態度を取って来たといえるであろう。

 才人は、(だって、多分テファには、こういう状況で頭がテンパってるから、俺なんかが好く見えちゃう訳で……兎に角、俺はルイズを悲しませるようなとは2度としない、と誓いを立てた身だ。どんなにテファが魅力的でも、グラッと来る訳には行いかない)と想った。そして、なにかを言って誤魔化そうにも、水の中なので言葉が伝え難い。身振り手振りで意志を疎通し合うにも当然限界はある。

 そして、念話という方法を互いに忘れてしまい、その結果、見詰め合ってしまう。

 ティファニアは、まさに完璧な美少女だといえるであろう。少し垂れ気味の青い瞳を見ていると、保護欲が刺激されて守ってやりたくなるのである。

 ティファニアのその瞳が、悲しみに彩られているのだから、その想いは才人の中で更に募って行くのである。

 才人は誤魔化すように、そして精一杯の気持ちを込めて、ティファニアの頭を撫でた。

 するとティファニアは、意を決したように目を瞑ると、唇をツイッと突き出したのである。

 磁石のように、才人の唇は、ティファニアのそれに吸い込まれそうになる。だが、堪えてみせた。

 するとティファニアは目を開き、想わず取った自身の行為に気付いたのであろう。更に頬を染めるのである。その様子から、気付いたらそんな行動を取ってしまったのであろうということが判る。

 そんなティファニアが更にいじらしく想え、可愛らしく感じられて、才人は増々胸が締め付けられるような感覚を覚えた。一種の拷問であるとさえ、想えてしまうほどに。

 そんな2人を俺は、少し離れた場所から、見守る。声を掛けずに。そして、どうしても“愛”としいと感じてしまう。

(……青春、だな)

 そんなどうにもならない時間に終わりを告げたのは、頭に響くデルフリンガーの声である。

「相棒、なんか来たぜ」

 キョロキョロとあたりを見回して、才人はギョッとした。向こうから、大きな魚影の群れがこちらにやって来るのが見えたのである。

 ティファニアが、ビクッ!? と震えて才人を見詰める。

 だがその頃には、魚影の群れは才人達の頭の上まで到達していた。

 その魚のシルエットを見た瞬間、才人の背中に旋律が奔る。

「鮫だ!」

 それは紛れも無い、“地球”で見る鮫のような形をした魚であった。

 だが、頭の上には大きな突起物が出ている。まるで金槌のような形をしたその突起を振りながら現れた鮫状の魚は数十匹。

 俺は、ソッと才人とティファニアの元へと近付く。

 ティファニアは、なにあれ? と頭上を泳ぎ回る鮫を指した。海のない“アルビオン”で育ったために、鮫を知らないのは当然であろう。

 説明をしている暇がない、と才人はティファニアの頭を掴んで伏せさせる。

 その時になって、口から覗く鮫の牙に気付き、ティファニアは怯えた顔になった。才人に、ヒシと寄り添う。

 先程までの熱い空気など、どこかに消し飛んでしまった。

 俺達の頭上で、鮫達はクルクルと回転し始めた。

 あれだけの鮫が、こちらを餌だと認識してしまえば……俺は兎も角、ティファニアは勿論、水中ではいかに“ガンダールヴ”や“シールダー”の力を持とうとも生身である才人には敵わないであろうことは明白である。

「あの魚、怖いの?」

 身振り手振りで、ティファニアが尋ねる。

 才人は首肯いた。

「とても怖い」

 そのうちに、1匹の鮫が、海底にいる俺達に気付いた。どうやら頭の突起から音波かなにかを出して、意思疎通を行っているらしい。

 一斉に鮫がこちらを向いた。

 才人はティファニアを背中に隠すようにして前に出て、背中に吊ったデルフリンガーを抜いた。あれだけの数の鮫を相手にできるとは考え難いが、それでもやるしかにあ、と覚悟を決めた様子である。

 先手必勝とばかりに才人が斬り掛かろうとしたその時、横から2匹のイルカが素早く飛び掛かり、1匹の鮫に体当たりをした。

 まるで魚雷のようなタックルであり、その一撃で鮫は昏倒してしまったらしく、フラフラと円を描きながら海底に落ちて来る。

 イルカ達は次々と、鮫に体当たりを噛ました。

「イルカ強いな」

 才人、は、平和そうな顔をしたイルカの想いもよらぬ強さに驚いた。

 鮫は散り散りになって逃げて行く。

「おまえ等やるなあ!」

 デルフリンガーが、そんな才人に解説をした。

「イルカは鮫なんかより全然強いのよ。なんせ身体が柔らかいからね」

 そうだったのか、と才人は恩人たるイルカを抱き締めるべく浮上した。

 しかし、感動の抱擁はならなかった。

 2匹のイルカはなにかの接近に気付いたらしく、いきなり鮫が現れた方角へと首を向けた。そして、ダッシュで逃げ出したのである。

「なんだ?」

 そちらの方を見て、才人は、ギョッ!? とした。

 なんと、蛇のように身体をのたくらせた大きな生き物がこちらへとやって来たのである。

「鮫はあれから逃げようとしてたみたいだね」

 と、恍けた声でデルフリンガーは言った。

「なんだありゃ!?」

「“海竜”だよ」

「海母の仲間?」

「いんや。獰猛で気が荒くて、知能なんか持ち合わせちゃいねえ。でもこ、この辺りの海の中じゃ最強だろうなあ」

 現れた“海竜”は全長10“メイル”ほどの大きさをしている。鰐のような胴体に、鰭に成った四肢が付いている。細長い口吻の間には、鋭い牙が並んでいる。

 その“海竜”はジロリとこちらを見た。

「餌じゃない! 餌じゃないから!」

 才人はそう叫びはしたが、説得もなにも言葉すらも通じない。

 “海竜”はユックリと近付いて来た。

 ティファニアが才人の前に出ようとした。

「テファ、なにしてんの!?」

 才人がその肩引っ張ると、「私が囮になるから逃げて」などとティファニアは言った。

「良いから後ろに隠れてろ」

 するとティファニアは、顔を真赤にしてキャミソールに手を掛けた。

 2人共そこまで身振り手振りであるために、なんだかコントか漫才のように見える。だが、状況の方は2人からすると漫才とはほど遠い。こんなところで足止め喰らっておまけに暇潰しで海に潜っていてそれで喰われてしまうかもしれない、のだから。

「まあ、待て。囮はもちろん俺が行く」

 俺がスッと前に出ようとするが、それよりも速く才人はデルフリンガーを引き抜いて“海竜”と対峙した。

 アリィーが飼っていた“水竜”が“竜”のような姿をしているのと比べると、こちらの“海竜”はより海に適応した姿である。完全に鰭になった四肢、そして、流線型の身体付き、陸上に上がることはできないであろうが、水の中での機動力は“水竜”以上であろうことは簡単に理解る。

 詰まり、“ガンダールヴ”である才人が持つ第2の武器である機動力が水中であるために封じられており、相手の方はというとそれを存分に使えるということである。

 “海竜”は威嚇もせずに、大口を開けてこちらへと突っ込んで来る。大きな口の中には、鋭い牙がいくつも並んでいるのが見える。

 才人はティファニアを押さえ付けるようにして身を伏せ、“海竜”の牙を躱した。

 俺は、海水を蹴り、泳ぐようにして回避する。

 “海竜”はクルリと反転すると、再び突っ込んで来る。

 才人はデルフリンガーを構えた。

「この水ん中じゃ、振っても斬れねえ。突くしかないね」

 と、デルフリンガーが言った。

「理解ってる。セイヴァー、テファを頼む」

 才人はギリギリまで“海竜”を引き付けると、上に向かって跳んだ。身体を回転させて、“海竜”の目と目の間に、デルフリンガーを突き立てる。

 無理な体勢と身体を縛り付ける鎖のような水の抵抗のおかげで、突きには威力がない。結果、硬い鱗を貫くことができず、刃は滑った。

 “海竜”は其の場で身を捻らせると、尻尾を思い切り振った。

 才人は、その尻尾に強かに身体を打ち付けられてしまう。

「ぐばっ!?」

 海水と混じり、くぐもった声が喉から漏れる。

 “海竜”はグルグルと才人の周りを回り始めた。

「こりゃ、相当に分が悪いやね」

「陸上なら、あんな奴……」

「残念! ここは水中だかんね」

 その時、才人の足が引っ張られた。

 下を見ると、ティファニアが、超が付くほどに真剣な顔で才人を見ている。

「テファ?」

 ティファニアはおもむろにキャミソールに指を入れると、ツイッと引き伸ばした。

 才人からすると上から覗き込む形で、左右、例の危険な果実が露になる。

 才人の鼻の奥に、ツン、と鉄の臭いが広がる。

 ティファニアは顔を真赤にしながら、それでもどこまでも真剣な表情で、「私の全部、上げる」と言い放ってみせた。

 身振り手振り、そして口の動きでそれ等の単語が、才人の脳裏にキッカリと刻み込まれる。そして、才人の中で、(上げる……だと? 良いのか? 良い訳ねえ。でも、生きてて良かった。心底そう想う。あんなに妖精みたいな。美の化身みたいな。誰より胸の大きな。細身の身体にそれだから、強調されてもうどう仕様ないような。それでいて気立てが良くって。優しい、夢のような存在の女の子。客観的に見たら、恐らく“地球”と“ハルケギニア”を足しても最高の女の子が。俺を好きだと言っている。おまけに全部上げるとか言っている。もちろん貰う訳にはいかねえ。ル、ルイズがいるから。いるから。いるから? いるから、しょうがない! でも、でも……兎に角、俺は宇宙一の幸せ者だ。あんな海生爬虫類に良いようにやられてる場合じゃない)となにかが沸騰した。

「死んで溜まるか」

 そう口の中で、才人は呟く。

 “海竜”は大口を開けて、再び突っ込んで来る。

 興奮と冷静さが入り混じる中、才人は海流の動きを見定め、見極めてみせた。タイミングを見計らい、噛み付かれる寸前に身を沈め、デルフリンガーを突き上げた。

 “海竜”の勢いが、突きの威力を数倍にする。

 デルフリンガーの鋭い切っ先は、“海竜”の下顎を深々と貫いた。

「遣った!」

 だが、喜びも束の間である。

「抜けねえ!」

 かなり深く突いたのであろう。抜けなくなってしまったようである。

 “海竜”は痛みで暴れた。

 デルフリンガーを握った才人は一緒になって揉み苦茶になってしまう。

 次に“海竜”は、デルフリンガーが突き刺さった儘、激しい勢いで泳ぎ始めた。

「おい! こいつ! どこに行く気だよ!?」

「相棒。御願いが」

「なんだよ!?」

「手を離さないでくれよ。こいつに刺さったまま、残りの生涯を過ごすなんて嫌過ぎる」

 今ここでデルフリンガーを“海竜”に刺し放しにしてしまえば……この広い海の中で再び出逢うことは、先ず叶わないであろう。

「理解ってるよ!」

 “海竜”はもがきながら、元来た道へと向かい始めた。

 才人は、デルフリンガーを握る手に力を込めた。強く握っていないと引き離されてしまいそうになるのである。

 10分ほど、才人とデルフリンガーは“海竜”と一緒に海中を進んだ。その間、才人はなんとかデルフリンガーを抜こうとはしたのだが、硬い鱗がギュッと窄まっているのであろう刀身を挟み込まれ、どうにも抜けないでいた。また、力を込めようにも、“海竜”は泳いでいるために、水の抵抗に阻まれてしまい、踏ん張ることすらも難しい状況である。

「いやぁ、参った。こいつめ、一体、どこまで行く気だね?」

「俺が知るか! と言うかなんで抜けないんだよ!? これ!」

「相棒が深く刺すから……」

「おまえもちょっと加減しろよ」

「ありゃあ、動けねえのよ。知ってるだろ?」

 珊瑚が疎らになり、砂地になって来た。陽光が射し込み、砂地は青白く輝いている。そのうちに、砂地の向こうに岩山が見えて来た。

「あの岩に向かっているみてえだね」

「こいつの巣なんかな」

 “海竜”は真っ直ぐに岩山へと向かう。

 岩山にはビッシリと巨大な藤壺や海綿や、見たことのない生き物が生え、周りを大小の綺羅びやかな魚が舞っている。砂山の中、そこだけ生物のマンションのようになっているのである。

 “海竜”の泳ぎがユックリになったので、才人は足を掛けて踏ん張り、やっとのことでデルフリンガーを引き抜くことができた。

 “海竜”はチラッと才人の方を見詰めた。が、そのまま目を逸らして、岩山の向こうへと泳ぎ去って行った。

 才人は、溜息を吐いて、デルフリンガーを鞘に収めた。

 ホッとしたのも束の間であり、才人は、自身が随分と遠くまで来てしまったということに気付いた。ここまで泳いで戻ることを想像するとゲンナリとしてしまうほどの距離である。

 才人は、少し休もう、と想い、岩場に腰掛けた。

 すると、その瞬間に、左手甲の“ルーン”が光り始めた。

「あれ? なんで光るんだ?」

「俺は鞘に入ってますよ!」

「知ってるよ。いや、この岩に手を突いたら……」

 才人は、その時に気付いた。今迄、岩山だと想っていたモノが、実に奇妙な形をしているということに。

 自然物にしてはありえないほどに、形が良く、きちんとした円筒形をしている。そして、塔のようなモノが真ん中から生えている。

「これ……人工物だ」

 ビッシリと海綿やら藤壺やら海藻やらで覆われているために、それとは気付かなかったのだが、こんなラインを描く岩山などそうそうあるはずもないのである。

 才人の胸が、急速に鼓動を速めて行く。そして、自身の左手甲の“ルーン”が光るということから……これが“武器”であるということに思い至る。また、この形と大きさからいうと、“ハルケギニア”のモノではないことは明白であった。

 才人は、(これは。これは……)、と自身が座っているモノの正体を見極めようと目を凝らす。

 全長は100“メイル”ほどである。葉巻のような円筒形。そして、突き出たビルのようなモノ……。

「“潜水艦”だ」

 “地球”の“武器”。

 ブリミルからのプレゼント。

 “ガンダールヴ”の長い“槍”。

「ブリミルさん。“槍”にしちゃ、デカ過ぎだぜ……」

 その時、チョンチョンと才人の背中が突かれる。振り向くと、イルカの姿が見えた。

 その円な瞳が申し訳無さそうに窄まっている。

「お、追い掛けて来てくれたのか」

 その背にはティファニアも跨っており、イルカの後ろには俺もいる。

 ティファニアは、ガバッとイルカから飛び降りると、泣きそうな顔で、「大丈夫だった?」と尋ねた。

 才人はコクリと首肯いた切り、ジッと潜水艦の残骸を見詰めた。 

 海の底にヒッソリと佇む“潜水艦”は、主人の到着をジッと待ち続ける、巨大な番犬のようにも見えた。

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