ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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最後の槍と評議会(カウンシル)

 才人は、ルクシャナとティファニアと俺と一緒に、沈んだ“潜水艦”を探索することにした。

 藤壺や海藻の生えっ振りからして、10年以上前からここにあるとルクシャナと俺は結論付けた。

 “潜水艦”の全長は120“メイル”ほど。葉巻型の船体に、昔のドロップの缶を少し細くしたような艦橋が乗っている。

 才人は、なんとかこれが自分の世界のモノであるということを説明しようとしたのだが、水中なので埒が明かない。当然、身振り手振りでは限界がある。

 すると、ルクシャナは苛立たしげに“呪文”を唱えた。

「“水中話術”よ。これで水中でも言葉が通じるわ」

 感度の悪いスピーカーのような声であったが、身振り手振りよりは数段とマシであるといえるだろう。

「そんなのあるなら最初から使えよ」

「はぁ? 必要ないのに、“呪文”を使うあんて、冒涜だわ」

 才人は、取り敢えず艦橋の上部に付いた貝を剥がし始めた。中に入ってみたくなったようである。

「これ、サイトとセイヴァーさんの世界の物なの?」

 ティファニアが尋ねた。

「そうだよ」

「凄いね。これ、船なの?」

「船と言うか……海に潜るための船だな」

「鉄でできてるんだよね、これ。鉄でできた船が浮かんだ。サイト達の世界って、こんな凄いの造っちゃうの?」

 すると側で熱心に船体を観察していたルクシャナが、したり顔で言った。

「ふん。鉄でできてたって、中が空洞だったら浮かぶでしょ。無知ね。こんなの全然凄くないわ。こんなんで私達“エルフ”をどうにかしようだなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ」

 その態度が癪に障ったのであろう、才人は言い返した。

「あのな、この船は浮かぶだけじゃないんだぞ。水の中を疾走ることができるんだ。なあ? セイヴァー」

「ああ、そうだな。他にも色々な機能があるが、先ずはそれだな」

「え?」

 ルクシャナの目が丸くなった。

「あのなー、“エルフ”さんよ。エルエルさんよ、あんた達ヒトを“蛮人蛮人”言って馬鹿にしてますけどね、こんなおっきな“潜水艦”、造れますか?」

「才人、そこで挑発しない」

「潜る必要なんかないじゃない!」

 ルクシャナは悔しそうに言い返す。

「どうして海の中に潜るの?」

 ティファニアが尋ねたので、才人は知っている知識を漁り、俺に確認をしながら言った。

「敵に見付からないようにするため」

「敵?」

「戦争に使う船なんだよ。だから俺の“ルーン”が光るんだ」

「海に潜ってまで戦争するんだ」

「俺の世界は、そう言う世界なんだよ」

 そこで才人は、少し可怪しなことに気付いた。これほどまでに錆々であるというのにも関わらず、ボロボロの船体が活きている訳がない、ということに。詰まり、この“潜水艦”はもう“武器”としては役に立たないはずなのである。で、あるにも関わらず、才人の左手甲の“ルーン”が反応を示したのである。

「なんで“ルーン”が光ったんだ?」

 するとデルフリンガーが、才人に告げた。

「さっきセイヴァーが言った通り、潜ったり疾走ったりする以外にもあるんだろ? こいつの中に入ってみれば判るよ。どうやらこの船自体は死んじまってるみたいだが、中にあるモノがまだ生きてるみてえだね」

「中にあるモノってなに?」

 ティファニアが尋ねた。

「さあね。おりゃあ、そこまでは判らん。でも、なんか途轍もねえモノということは理解る。流石の俺も震えるくらいにね」

 

 

 

 ほぼは粗方剥がし終えはしたが、ハッチは錆び付いており、艦橋に張り付いていた。

 ルクシャナが“魔法”を唱えると、錆がペリペリと剥がれて行く。

「“水”を震わせて、細かい振動を加えてるの」

 そのうちに、ボゴッ! とハッチの蓋が外れて下に沈む。どうやら錆び切ってボロボロになっていたようである。

 ポッカリと開いた潜水艦の穴は、冥界への入り口のようにも見える。中から、どうにも禍々しい雰囲気が漂って来るのである。

「入るの?」

 心配そうな顔でティファニアが尋ねて来る。

 才人は首肯いた。

 ルクシャナの“魔法”の明かりを頼りに、俺達は“潜水艦”の中に入って行った。

 染み出して来た海水で、中も同様に錆びて廃墟のようになっている。

 明かりの中に浮かび上がる、いくつも並んだ計器やハンドルや止水弁やパイプを見乍らティファニアが唐突に尋ねた。

「この船も、サイトの持ってる、ひこうき、とおんなじ理屈で動いているの?」

「どーなんだろ?」

 才人は少ない知識を漁って答えようとしたが、判らない様子である。

「違うね。こいつは油なんかで動いちゃいないね」

 デルフリンガーが才人と俺の代わりに答えた。

「お、流石伝説。引っ付いてりゃ、大概のことは判るんだっけ?」

「こいつはあれだね。物質を構成する小さい粒が、小さい粒に打つかって起こるエネルギーで動いてるのさ」

「ほう。良く理解ったな」

 才人はデルフリンガーのその台詞でとある単語を想い出した。

 たまにニュースや新聞やネットで見掛ける文字で在る。

 “原潜”。

「“原子力”!」

「え? それなに?」

 才人は、(えっと、“原子力潜水艦”は確か“原子炉”で動いてるんだっけ? でも、その“原子炉”がこんな風にボロボロになってるってことは……)と想い、“放射能漏れ”という単語が脳裏に浮かんだ。

 “被爆”。

 “チェルノブイリ”。

 そういった恐ろしい単語が、才人の頭の中で瞬時に並んだ。

 才人は慌てて叫んだ。

「テファ! ルクシャナ! セイヴァー! 出ろ! ここにいたらヤバイ!」

「え? なに? どうしたの?」

「えっとな! 簡単に言うと、毒が一杯なんだよこの辺は!」

 ティファニアとルクシャナは、才人の必死さにキョトンとしていた。当然であろう。毒が一杯だ、と言われても、そういった知識がないのだから。

 才人は2人の手を握ってその場から飛び出そうとする。

 が、勢い余って才人は、計器に頭を打つけてしまう。

「いでッ!? でも“放射能”を浴びたら! こんなもんじゃなくって!」

「でーじょぶだよ。相棒」

 そんな才人に、デルフリンガーがとりなすように言った。

「なにが大丈夫なんだよ? おまえ、放射能の怖さをなんも知らん癖に!」

「いや、おりゃあ確かにそのホウシャノーとやらは理解らんけど、大丈夫だってのは判る。確かにこの船はその力で動くんだけどよ、その燃料を供給する棒っ切れがないみたいだね。だから、セイヴァーは落ち着いている。そうだろ?」

「そうだ」

「じゃあ取り敢えずは“被爆”はしないってことか」

「多分そういうこと」

「まあ、そうなるな」

「でも流石のおまえも震えるくらい、セイヴァーも認めるくらいの危険性を誇るんだろ? ここにあるもんは」

「まあね」

 “潜水艦”の内部は、幾つもの隔壁で仕切られている。

 俺達はそれを潜り、奥へと進む。

 途中で見付けたプレートに書かれた文字を見て、才人は気付く。

 それは、“ロシア”の“キリル文字”であった。

「これも“ロシア”製か」

 そして……奥へと進むに連れ、壁に触れるたびに、才人の左手甲の“ルーン”の輝きが強くなって来る。同時に、才人の胸騒ぎもまた強くなって来る。

 奥へと辿り着くと、驚いた事に其処には未だ空気が残って居た。どう遣ら、後部が持ち上がる様な格好で沈んで居る為、其処に空気が溜まったらしい。

 そこにもやはり、隔壁があった。錆びてはいるが、ルクシャナの“魔法”で振動を加えることでハンドルが回った。ボロボロと錆を落としながら、隔壁の扉を開けると、そこはいくつもの計器やスイッチやハンドルやらが並んだ、発令室のような場所であった。駅の喫茶店で見るような円形の小さな椅子や、4つばかりコンソールの前に並んでいる。

 電源が落ち、長年海の底にあっても、冷えた空気に閉じ込められ、そこは一種の静謐さを保っている。

 才人の左手甲の“ルーン”の輝きが増し、もどかしそうに点滅する。

 ここにあるモノの大きさに、想わず才人は震えた。とある予感が膨れ上がったのである。

 才人は、(ここにあるのは……もしかして……)、と錆と水滴に塗れたコンソールに触れる。同時に、このコンソールの奥にある、いくつか並んだ長方形の隔壁に収められたものの、扱い方、そして威力が伝わった。

 その威力に、才人は震えた。“ゼロ戦”や“タイガー戦車”などとは一緒にできない。できるはずもない。この奥にある、円筒形の“槍”は、そんなモノとは次元の違う威力を秘めているのである。

 この地での“魔法”が玩具に見えるほどである。

 青い顔で立ち竦む才人を見て、ティファニアとルクシャナが心配そうに声を掛ける。

「ねえサイト。どうしたの? 大丈夫?」

「どうしたってのよ? 一体」

 こういった“原子力潜水艦”に載まれる兵器の名前を、才人は想い出した。

 東西冷戦の遺物。

 人類が創り出した最強の“槍”。

 爆発すれば街1つ、まさに消滅させることが可能な、破壊力の塊。

「ブリミルさんよ。こんなモノで一体俺になにをしろって言うんだ?」

 ブリミルが遺した“魔法”でやって来た最後の“槍”の名前を、才人は呟いた。

「“核兵器”だよ。これ」

 

 

 

 

 

 探索を終え、洞窟に帰って来ると……才人は膝を抱えて隅に蹲ってしまった。見付けたモノの大きさとその可能性に、悩んでしまったのである。才人は、(……もし、あれを交渉の道具に使ったら?)とそんな考えで一杯になってしまうのであった。

 また才人は、(頑なな“エルフ”達の態度、そして、“両用艦隊”を吹き飛ばした“エルフ”の“火石”……これくらいのモノを持って来なきゃ、同じ土俵には立てないんじゃないか? でも、こんなモノを“エルフ”との交渉の道具にする訳にはいかない。なにせ、こんだけ無慈悲な兵器もない。使えば最後、なにも残らない。でも、でもでも。自分達だって大変なんだ。なにせ住む所が失くなってしまうんだ。背に腹は変えられない。ここは積極的に交渉の場に持ち出して……でも。でもでもでも。“エルフ”が断ったらどうする? そん時は、撃っ放すのか? あれを……?)と考えた。頭の中で、先程流れて来た爆発までのシステムを反芻した。流石にあの中から“弾道ミサイル”を発射することはできない。ただ、いくつかの安全装置上の問題をクリアして、直接爆発させることが可能である。

 左手甲の“ルーン”が、その方法を才人に教える。

 なんらかの方法で、サイロに詰められた“弾道弾”を運んで直接起爆させる……。

 そこまで考え、才人はハッとして掌を見詰めた。(やばい。なに考えてるんだ? 俺。そんなことをしたらあのジョゼフと同じになっちまう。どうすりゃ良いんだ?)と想い、盛大に溜息を吐いた。

 そんな様子を、ほっぺたに両手を当てて、体育座りで見詰めていたルクシャナが言った。

「あのへんちくりんな廃墟がそんなに凄いの?」

「凄いなんてもんじゃない。あ、いや……」

「ん? どっちなのよ?」

 そこまで言って、ルクシャナに言っても良いのかどうか、才人は迷った。あれだって立派なカードである。“エルフ”の手に渡ったら、と想ったのである。そこまで想い、才人は自分の考えを恥じた。

 ルクシャナは“エルフ”の中では珍しく、ヒトに寄り添っているとはいえ、才人とティファニアに協力してくれているのである。もちろん、目的は違うのだが。隠し事をして良い相手ではない。

「凄いよ」

「どのくらい?」

「街1つ……否、街どころじゃないな。都市1つ吹き飛ばせるくらい」

「そのくらい“エルフ”の“魔法”にだってあるわ。ただ、使わないだけで」

「理解ってないな。今までそっちだけ持ってたモノを、今度はこっちも持ってるってことだ。こっちがその気に成ったら共斃れなんだぜ?」

「それだけではない。爆心地を、不毛の地へと変貌させる。数十年から1世紀、もしくはそれ以上もの間、草木すら生えない土地へと変え、他の生命には癌を始めとした病気を患わせる」

「あら? そんな恐ろしいモノを使う気?」

 ルクシャナは、才人の目を覗き込んで言った。

「ああ」

 と、才人も言い返す。

 そのまま2人はジッと見詰め合っていたが、そのうちに才人が折れた。

「なんてね。そんなの使える訳ないだろ。ありゃ、封印だ」

 そのまま才人は、頭の後ろで手を組んで後ろに倒れ込んだ。そうして、(そうは言ったものの……“エルフ”に “聖地”を明け渡して貰う方法はないものか? やっぱり力を誇示しないと。でも、威嚇にせよあんな恐ろしいモノを使う気にはなれないし)と想い、「全く。こんな判断、俺には荷が重い過ぎる」と呟いた。そして、(ルイズだったら、どんな答えを出すだろうか? 多分、俺と同じで迷うだろうな。与えられた力を使わずに、眼の前の現実から目を逸らすのは卑怯なことだよな。多分ルイズも同じ考えだろうな。でも、いくら自分達が生き残るためだからと言って、あんなモノを利用するのは赦されるんだろうか? 下手したら、“エルフ”も自分達も吹き飛んでしまうような、“槍”を使うことは赦されるんだろうか?)と考えた。心のどこかが「赦されない」と言い、また別のどこかは「非常時だ。ためらうな」とも言う。だが、最終的には決める必要のることである。なにせあの“槍”を使用できるのは、扱うことができのは……“ガンダールヴ”である才人なのだから。

 そのことが、重く肩に伸し掛かって来て、才人は想わず呟いた。

「なんで俺なんだよ?」

 

 

 

 さて一方、ティファニアはそんな才人が心配でならなかった。

 才人が見付けた“潜水艦”に積まれたモノは、凄いモノで、どうやら“エルフ”の“魔法”にも対抗できる、もしくはそれ以上の力を発揮するような代物である。

 だが、その力が才人を苦しめているのである。

 なんとかして才人を元気付けてやりたいのだが……一体どうすれば良いのか判らなくて、ティファニアはちょっと離れた所でウロウロと行ったり来たりを繰り返していた。

 ティファニアは、ユッタリとした“エルフ”の服を持ち上げ、自身の左右の果実をチラッと見詰める。それから、(あ、これを見せて上げたら……)と考えたが、そのような考えに頬を染めた。

「駄目よ。なにを考えてるの? 私……」

 ティファニアは、(非常時には、なんかテンパってついつい見せたりしてしまったけど、きちんと冷静に考えてみれば、そういうことはしてはいけないわ。普通に考えて)と想い直した。そして、(でも、なんとかサイトに元気を出して欲しい。だって、サイトはいつも私が大変な時に救けてくれたから……どうすれば良いのかしら? こんな時に、慰めたり力付けたりして上げられるのは、やっぱり恋人だよね。ルイズがいればな)と考えた。(ルイズならきっと、サイトを上手に元気付けられる。でも、ルイズはここにはいない。遠い“ハルケギニア”で、きっと私達のことを心配してくれてる)、と想った。

「私がサイトの恋人だったらな……」

 そう呟いて、ティファニアは、(自分は、なんと大それたことを考えるのかしら?)と想い、再び頬を染めた。(あの晩……月が雲に隠れた晩。暗闇の中、そっとキスした時に、これで十分、って想ったはずじゃない。それなのに……なんだか、私が私じゃないみたい)、とティファニアは自身の胸を押さえた。そして、(前からボンヤリとした好意はあった、けど……呆気なく、人って人のこと好きになっちゃうものなのね。そう、だって……なんだか私、いっつもサイトのこと考えてる。キスしてから、ずっと、そうだ。一緒に海で泳いで過ごしたこの数日、ホントに幸せを感じてる。想ったら駄目なことも考えてしまった。ずっとこのままでいたい、なんて)と想った。

「こんな大変な時なのに」

 ティファニアは、このような自分の弱さではない弱さが嫌いであった。(皆苦労してる。自分だけ、のほほんと幸せ気分に浸っている場合じゃない。自分にできるようなことはなにかないかしら?)、と考えた。

 そして、はた、とティファニアは閃いた。

 ティファニアは、(そうだわ。“使い魔”だわ。私はまだ“使い魔”を“召喚”していない。もしかして、“使い魔”を“召喚”すれば……もっと役に立つ存在になれるんじゃないかしら? こんな状態なのに、喚んだらその人が迷惑? とも想うけど、どっちにしろ、いつかは喚ば為くてはいけないし、それに喚ぶことで今の状況を打開する手掛かりになるかもしれない。どんな人物が現れるかしれないけど、“ハルケギニア”の住民であるなら、迷惑だなんて言ってられないはず。だって、なにもしなければ自分達が滅んでしまうかもしれないんだし)と考えた。

 そう決心したら、ティファニアの行動は早かった。

 ティファニアは、そっと洞窟の隅に向かうと、授業で習った“召喚”の“呪文”を反芻した。“系統”に属さない、“コモン・マジック”の“スペル”を口にする。

 “魔法学院”の先生が、「口語の調べであるが故に、“呪文”の文語は自由度が効く。言葉そのものではなく、そう強く願う事が大事なのだ」と授業の際に言っていた。

 “魔法”の力は意志の力。

 言葉、その意志に意味付けをするモノに過ぎない、とも……。

 そして、今“使い魔”を“召喚”するもう1つの理由。

 “使い魔”は、“運命”が引き寄せる存在。だから才人とルイズは、あんなにも固い絆で結ばれているのである。御世辞にも性格が合うとは言えない2人ではあるが、御互いを掛け替えのない存在(もの)として意識をしているのである。

 ティファニアは、(私にも、そんな存在がいたら。そしたら、サイトへのこんな気落ちも消えるんじゃないかしら? 透明な泡になって、この海の中に吸い込まれてくれるんじゃないかしら……?)と想い、深呼吸をして“杖”を掲げる。

「我が名はティファニア・ウエストウッド。“5つの力を司るペンタゴン”……」

 “呪文”を唱えようとしたが、そこでティファニアは、(之って、逃げることなんじゃないの? 自分の気持ちから……こんな気持で“召喚”される“使い魔”も可哀想だし、良い信頼関係を築けるとも想えないわ。そんんなんじゃ、誰かの役に立つなんてこと、できそうにない)と想い直し、ボンヤリと膝を抱えた。そうしていても、当然悩みことが解決する訳もない。

 気付いたら、ティファニアは右手に挿した指輪を見詰めていた。母親から貰った指輪である。以前、そこには光る“精霊石”が嵌まっていたのだが、今は失くなり銀の台座だけになってしまっている。“アルビオン”で才人の傷を癒やすために、その“精霊石”を使ったためである。

 母の形見ということもあり、ティファニアは台座だけでも指に挿しているのである。台座は細かい網目模様が幾重にも織り込まれた独特の形をしている。恐らくは“エルフ”が築き上げた文明や文化のデザインであろう。

 指輪を見詰めていることで、ティファニアが決まって想い出すのは、母の顔であった。幼い頃に、自身を庇って、騎士の“魔法”に撃たれ斃れた母……。

 “ハーフエルフ”であったティファニアには、遊び相手もおらず、家から出ることも禁じられていた。だからいつも母が遊び相手であった。そんな母は、よく故郷である“砂漠”の話を、ティファニアにしていたのである。オアシスや大きな都市……このようなかたちで訪れることになるとは想わなかった母の故郷。

 “エルフ”は、ティファニアの母のように優しい人達ばかりではなかった。そのことを想うと、ティファニアは心が痛むかのように想えた。(“エルフ”の世界にも私の居場所はない。ヒトの世界には、私の居場所はあるのかしら? 仲間はいる。でも、でも……初めて好きになった人の側には、私の居場所はないわ。そこは、もう他の娘がいるから。固い絆で結ばれた、女の子がいるから。ヒトの世界にいても、辛い気持ちになっちゃう)、と考えた。

「私の居場所……」

 ティファニアは、(もしかしたら、母の一族なら……優しい人達かもしれない。そここそが、本当の私の居場所なんじゃないかしら? 母の一族の“エルフ”に逢いたい)と想った。

 

 

 

「放って置いて良いの?」

 少し離れた場所で、才人とティファニアの様子を見ながらルクシャナは俺に問うた。

「なに、口出す必要などないよ。2人は、自ずから解決への道を歩く」

「ふーん……信じてるの?」

「もちろんだとも。それに、なにより……俺がいなくとも、なんとかなる。やれる奴等だ。俺がいることでなにか影響を受けているかもしれんがな……まあ、そもそもの話、俺は傍観者であり、諦観者だ。脇役だ。主役はあいつ等なんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “エルフ”の国“ネフテス”の首都“アディール”。

 “評議会本部(カスバ)”の最上階にある、“評議会(カウンシル)議会室”。

 鏡合わせのように、左右の議員席が階段状に並んでいる。議会室の上座には、演台が設えられており、議長の“エルフ”が困ったような顔で左右の議員席を見詰めていた。

 向かって右の議員席に座った“エルフ”が、大声で糾弾の言葉を吐き出した。

「さて、ビダーシャル殿。このたびの失態について、どう弁明されるのだ?」

 勝ち誇った顔でそう言ったのは、評議会員の1人で在るエスマイールである。

 ビダーシャルより幾分若い彼は、短い前髪の下の吊り上がった目をギラギラと輝かせながら、政敵の失態を殊更に強調した。

「“悪魔”共を逃がしたのは、貴男の姪と言う話ではないか」

「あの“蛮人”齧れの!」

 直ぐ様、同調するような野次が飛ぶ。

 左側の議員席の真ん中ほどに腰掛けたビダーシャルは微動だにしない。表情もいつもと変わらぬ涼しいモノである。

「さて平和と秩序を重んじる議員の皆さん。これは由々しき事態ですぞ! “悪魔”の管理責任は、ビダーシャル殿、彼にある。その上、逃したのはその姪とあっては、我々は陰謀を疑わざるをえない」

 我々、という単語に力を込めるエスマイールは言った。

 するとビダーシャルは顔を上げ、言い放つ。

「我々と言うのは、具体的に誰を指すのだ?」

 エスマイールは一瞬言葉に詰まったが、辺りを見回した後に冷笑を繕う。

「ここにおられる議員の方々だ」

「だから、その、方々、と言うのは誰と誰なのだと問うている」

 エスマイールは、助けを請うような顔で、50人ほどの議員が並んだ議会室を見回した。

 先程野次を飛ばした1人が、そうだそうだとばかりに首肯いた。

 他に数人ほど、エスマイールを長とする党の党員達が手を挙げる。

 例の連中だ、とビダーシャルは頭が痛くなった。

 停滞と大敗に陥った祖国に現れた、狂信者の集団。自分達が正しいと想い込み、その他の全ての価値や思想を認めない、自我の化物……。

 “鉄血団結党”、その名が頭を過り、ビダーシャルは心の中で唾を吐く。

 だが、他にエスマイールに助け舟を出す者はいなかった。

「エスマイール殿。どうやら貴男と、その御友達だけのようだが」

 そう皮肉たっぷりでは言ったが、皆別に自身の味方をしている訳ではないということをビダーシャルは理解していた。

 ここに並んだ議員達のほとんどは、自分の任期が無事に終わることしか考えていない。その間、波風を立てないようにしたいだけであるのだ。部族の代表としてここに座っている議員達は、なにか失点があれば、すなわちそれが部族の不利益となるためである。従って、自分の行動でなにか責任を取るらされることを最も嫌うのである。

 これが数千年に及ぶ歴史を誇る、“評議会(カウンシル)”、の現実である。

 ビダーシャルは、(ヒトのことを、“蛮人”と嘲笑えないな)と想った。

 誰もが、誰かに決めて貰いたがっている、のである。

 ビダーシャルは、姪の顔を想い出した。それから、(昔の自分に良く似ているな)と独り言ちる。

 ルクシャナがヒトに興味を持つのは、なにかの変革を求めているからであるといえるであろう。

 発展もなく、驚きもない。

 ただ同じように続けば良いと考えているほとんどの“エルフ”達が、心のどこかで赦せないためである。

 ビダーシャルは、毅然とした態度で言い放った。

「とは言っても、まあ、確かにエスマイール殿の言う通りだ。“悪魔”の管理責任は“対蛮人対策委員”長である私にあるし、姪であるルクシャナの監督責任も私にある。その上、彼女を教育したのは私だ。罪を問うならば私のみに御願いしたい」

 エスマイールは、弱った獲物を見るような、意地の悪い笑みを浮かべた。

「そういう訳には参らぬ、どう考えてもこれは重大な“民族(エルフ)反逆罪”だ」

「それを決めるのは、司法局の仕事ではないのかな?」

「いやいやいやいや。貴男の姪御の逃げた先は御存知だろう? これはどう見ても、単なる“民族反逆罪”では収まらない。世が世なら……我々がまだ秩序を知らぬ時代なら、一族郎党全てが首を刎ねられていたところだぞ?」

 エスマイールのその言葉で、議員達からザワメキが漏れた。

「まさか……それは真だと言うのか?」

「いかにも議員諸君。ほら、このように水軍からの報告が届いておる」

 エスマイールは、傍らの鞄から書類を取り出した。

 隣の議員がそれを読み、目を丸く見開いた。

「なんと! “悪魔”を連れて! “竜の巣”に!」

 議会室は騒然となった。

「直ちに軍を派遣して……」

「いやはや! しかし“悪魔”を殺せば、再び復活するというではないか!」

「だが、“竜の巣”に“悪魔”を置いたままにしたらどうなるか判らぬ!」

 議会の面々の目は、それでも涼しい顔のビダーシャルに注がれた。

「これで彼の姪が犯した罪が、尋常なモノではないことが御理解頂けたかな?」

 エスマイールは、勝ち誇った顔でビダーシャルを見詰めた。

「さて、これほどのこととなると、この件が単なる頭の可怪しい少女の暴走とも考え難いのだ。ビダーシャル殿は全てを知った上で、彼女の手引きをしたのではないのかな?」

「聞き過ごせませんな。どういうことですかな?」

 アジャールが、主人の言葉を促す。

「詰まり、ビダーシャル殿は“蛮人”共と手を組み、この“サハラ(エルフ世界)”を我が物にしようとしているということだ」

「そう言えば彼は、“蛮人”の王の臣下となったこともありましたな!」

 溜息が議員達から漏れた。

 ビダーシャルは1人、話にならぬ、と首を横に振る。

「兎に角彼の一族は危険だ! 私はここに、斯の一族の追放を提案する!」

「異議なし!」

 アジャールが叫んだ。

 党員達も、当然同調する。

 残りの議員達は、どうしたものかと顔を見合わせた。腑抜けた顔ばかりが並んでいる。

 変革を嫌った者達の末路だ、とビダーシャルは想った。

 そういう意味ではまだしも口から唾を飛ばして喚いているエスマイールの方がマシであるといえるだろうか。彼は恐ろしい思想に凝り固まってしまったいわゆる狂信者ではあるが、自身で判断し、行動しているのである。だが、その思想には全く賛同などできるはずもないのだが。

 倦怠がビダーシャルを包む。

「では、私とその一族が職を辞せば、貴男は満足されるのか?」

 呆気なくビダーシャルが白旗を上げたために、エスマイールは面喰らった顔になってしまった。

「わ、私が満足すれば良いと言うモノではない。ここにおられる議員達が……」

 その時、1人の老“エルフ”が議会室に現れた。

 それまでジッと黙っていた議員達が、「遅刻ですぞ」と苦々しい声で言い放つ。

 老“エルフ”はペロッと舌を出すと、頭を掻いてみせた。

 ビダーシャルを除いた一同は、当然驚いた様子を見せる。

「“蛮人”の仕草ではありませんか」

 老“エルフ”は、悪怯れた様子も見せずに、言い放つ。

「ビダーシャル殿の姪御に教わったのじゃ。あの娘は実に“蛮人”共の作法や慣習を知っておる」

 さてと、と老“エルフ”は辺りを見回した。

「議員諸君。やりとりは見ていた。だが、儂としては、議会の諸君がビダーシャル殿の罷免決議をしようが、このたびの拒否権を発動させて貰う」

「横暴ですぞ!」

 エスマイールが叫んだ。

「これは法に基づいた統領権限じゃ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、現“ネフテス”統領テュリュークは言い放った。

「さて、聡明なる議員諸君。ビダーシャル殿を罷免すると騒いでおるが、“蛮人”世界に彼より通じている議員の方はおられるのかな?」

 一同は、ぐ、と黙ってしまった。

「彼は、“悪魔”と一戦を交えたり、“蛮人”の王にも仕えたことがあるほどの“蛮人”通じゃ。敵を知らねば戦には勝てぬ。彼より“蛮人”の扱いに長けた方がおられるのならら、今直ぐ名乗り出て欲しい」

 その言葉で、エスマイールを始め、議員達は黙ってしまった。

 ビダーシャルは、気不味そうな顔で見詰める。

 そんなビダーシャルに向けて、テュリュークは言葉を続けた。

「そう言う訳じゃ。ビダーシャル殿。まだまだ君には苦労して貰わんといかん」

 エスマイールは黙っていたが、ユックリと立ち上がる。

「良いでしょう。ですが、“竜の巣”の管轄は水軍にあります」

「君と仲の良い水軍のかね?」

「当然でしょう。私の一族と、党、が育てたようなモノですから」

「で?」

「ビダーシャル殿は、引き続き“蛮人”の、対策、をなされば宜しい。私は眼の前の危機に対処すべく、現実の力を行使させて頂く」

 

 

 

 

 

 会議が終わり、議会室を出たビダーシャルの元に、戦支度に身を包んだアリィーが駆け寄って来る。

 周りを気にしたような表情を浮かべたまま、アリィーはビダーシャルと並んで歩き出す。中々ビダーシャルが口を開こうとしないので、「で、どうなりました?」と促した。

「私は引き続き、“蛮人対策委員”長を務めることになった」

 アリィーは一瞬ホッとしたような表情を浮かべたが、直ぐに不安気な顔になる。

「で、貴男の姪は?」

「君の婚約者の“民族(エルフ)反逆罪”はこれはもう、確定だな」

「どうにもなりませんか」

 アリィーの顔から、表情が消えた。

 “民族(エルフ)反逆罪”は、いわゆる死罪であると言い換えることもできる。

「逃げた場所が問題だ。これはもう、申し開きはできん」

「あいつはなにも知らないんですよ? まさか、選りにも選って、“竜の巣”とは……」

「知らぬ存ぜぬでは、通らない場所だよ。君も理解ってるだろう?」

「随分と冷静なんですね。貴男の姪が、死んでしまうかもって時に!」

「君の婚約者が、な」

 2人はそのまま、並んで歩いた。

「全く! 逃げ出したことを知っていたんなら、直ぐに捕まえれば良いだけの話じゃないですか! それなのに見す見す泳がしたりするものだから……」

 アリィーは、あの日……逃げ出したルクシャナを補足していたのは“カスバ”の敬語任務に就いていた自分達だけだ、と想っていた。が、事実は違った。キッチリと、水軍がマークしていたのである。

「背後関係を知りたかったそうだよ」

 溜息を吐きながあら、ビダーシャルは言った。

「なんですか? それ」

「ルクシャナの単独犯行とは想えなかった、そうだ」

「で、貴男を吊し上げ、ですか」

「ああ」

 アリィーは、心底呆れたといった様子を見せる。

「なんなんですか? “大災厄”がまた起こるかもしれないって時に。部族同士での足の引っ張り合い……」

「それが現実なんだよ。我々のね」

「兎に角、やってくれましたね。貴男の姪は……」

「君の婚約者が、な」

「で、水軍はどうするつもりなんです? あの、エスマイール殿の忠実な番犬達は」

 皮肉たっぷりの口調で、アリィーは言った。

 “エルフ”の水軍は、エスマイールを長とする一派・……“鉄血団結党”の私兵集団となっていることはもう、公然の秘密であった。

「もちろん、“鉄血団結党”の親愛なる同志諸君は“民族(エルフ)”の誇りを賭けて、“竜の巣”に隠れている“悪魔”と、裏切り者、を引っ捕らえに向かうだろう」

「引っ捕らえる?」

「先程下された議会の命令はそうだが。だが彼等は、拡大解釈、を行うだろうな」

「彼等御得意の」

「その通り」

 アリィーは再び溜息を吐いた。

「“悪魔”を捕らえて、生かしたまま置いて置く。そんな考えを持っているテュリューク統領や貴男は穏健派。そしてエスマイールの率いる“鉄血団結党”は……」

「兎に角“悪魔”は皆殺し、の強弁派だね」

「復活しようがなにをしようが、そのたびに殺す。いくらでも殺す。兎に角“悪魔”は殺す。裏切り者も殺す……“砂漠の民(エルフ)”の敵は兎に角殺す。そして彼等の砂漠の民はその勢いを買って、“悪魔”共を皆殺し……その理屈から行くと、“竜の巣”は血の色に染まる訳だ」

「まあ一理はあるね。なにせ、なにも考えずとも良い」

 アリィーは、「で」、とビダーシャルを見詰めた。疲れた色は掻き消え、真剣な何かが浮かんでいる。

「僕はどうすればよろしいので?」

 ビダーシャルは立ち止まると、「君はルクシャナを“愛”しているかね?」と尋ねた。

 アリィーは遠い目をして言った。

「ここで、はい、と言えたら格好良いんでしょうけどね」

「まあな」

「正直、頭に来て判りません。ただ、言いたいことが山程あって、それを言わずに死なれたら、怒りの行き場が失くて、僕はどうにかなっちまいます」

 アリィーは、直ぐにでも“竜の巣”に向かうつもりなのであろう。そのための戦支度であろうことは、彼等の関係を知る者が見れば一目で判るだろう。水軍が到着する前に……だが、救い出した後のことはなにも考えていないであろうこともまた、直ぐに判る。

 ビダーシャルは笑った。

「さて、そんな騎士(ナイト)な君にプレゼントだ」

 ビダーシャルは懐から1通の封筒を取り出し、アリィーに手渡す。

「何ですか? これ」

「見ての通りの紹介状だ。私がヒトの国……“ガリア”で仕事をしていた際に、知り合った人物だ」

 アリィーは目を見開き、なにかを叫びそうになったが、なんとか堪えた。辺りを見回し、声を潜めて言った。

「……貴男は僕達に亡命をさせる気ですか?」

「そうだ」

「しかも“蛮人”の国に!」

「この件が片付くまでだ」

「いつになるんですか!?」

「さあな。兎に角私の姪を、よろしく頼んだよ。騎士殿(ファーリス)

 

 

 

 

 

 アリィーを見送った後、ビダーシャルはテュリュークの執務室へと向かった。

 ノックもせずに、ビダーシャルは“ネフテス”の最高権力者の部屋の扉を開ける。

 中では、テュリュークが1人、椅子に座って書物を開いていた。

「用事は済んだかね?」

「ええ」

「何事にも、保険、が必要じゃからな」

「こうするしかないでしょう。しかし、エスマイール殿にも困ったものだ」

「あれは一生懸命な男じゃよ。言うことなすこと、全く同意はできんが」

「私がもう30ばかり若かったら、彼の言葉に酔えたかもしれませんが……」

「儂は昔から、酔うのは酒だけだと決めておる」

 テュリュークは引き出しから酒瓶を取り出すと、杯に注いでビダーシャルに手招きした。

 ビダーシャルは杯を受け取ると、一気に呑み干す。

「さてと、統領閣下。本当の訳を御話し頂けますかな?」

「本当の訳、とはなんじゃ?」

「全く。そういった惚けはなしにして頂きたい、どうして私を“蛮人”世界に、ヒトの世界に御遣わしになったのか。“悪魔”との直接対決をここまで忌避するのは何故なのか」

「臆病なんじゃ、儂は、戦は嫌いなんじゃ」

「知っております。私も無益な戦は好きではない。ですが、エスマイールのような主戦派をこれ以上抑えるのは難しいですぞ。彼等は少しずつ、党員を増やしておる。そのうちに彼等の不満は他の部族にも伝染する。我等“エルフ”はヒトに負けたことがにあ。それなのに、どうして統領は戦に打って出ようとしないのだ? と」

 するとテュリュークは、ユックリと耳を弄り始めた。考え事をする時の癖である。意を決したように、口を開く。

「君は、“竜の巣”の正体を知っておるだろう?」

 “ネフテス”の一部の“評議会”議員は、“竜の巣”の本当の呼び名を知らされる。だがその秘密は当然十分に管理され、決して表に出ることはない。

「ええ。恐らくですが、彼も知っているでしょう」

「彼?」

「“悪魔”、“サーヴァント”の一騎、セイヴァー」

「“悪魔”が、救世主を名乗るとはな」

「で、”竜の巣”に話は戻るが、あの辺りでたまに見付かるガラクタのことは?」

「はい。槍や剣。鉄砲や大砲などの、ヒトの武器ですな。たまにヒトの間者がやって来て、拾っては帰って行く……」

「数十年までは、それは確かにガラクタだったのじゃ。だから我等も大して関心を払わんかった。余り警戒して、向こうを刺激するのもつまらんでな」

「どういう意味です?」

 ビダーシャルの目が光り出す。

「この数十年で、其の、“武器”、が恐ろしいほどの進歩を遂げておるのじゃ」

「初耳ですな」

「だろう。誰もが唯のガラクタとばかり想っていたのじゃから」

 テュリュークは引き出しから、なにかを取り出した。

「これは?」

「最近、見付かったモノじゃ」

 ビダーシャルは、黒光りするそれを手に取った。

 “拳銃”である。

 だが、“ハルケギニア”のそれとも、“エルフ”のそれとも違う。一目見ただけで、その技術が尋常ではないということが伺い知ることができる。

「その銃は、引き金を引くだけで連射ができるのじゃ、発射の際のガスを利用してな」

「良く出来ておりますな。だが、この程度では、我等が恐れるほどのことも……」

「それだけではにあ。もっと大きな……もっと複雑な機械も多々見付かっておる。我等には、それをどうやって使うどころか、どんな目的によって造られたモノなのかすら理解できんのじゃ」

 ビダーシャルは、(そう言えば、彼等は、妙な“魔法武器”を使い、“悪魔”同士の戦いに幾度と無く勝利を収めて来たという……たった2人で、“竜騎士”の群れを打ち破ったり、100,000ほどの軍勢を足止めしたり。果ては、私が造った“ヨルムンガント”の隊をも破壊して退けた。“悪魔”の“魔法武器(宝具)”が、それに準ずるモノの仕業だとばかり想っていたが……)、とヒトの世界で出逢い、ここに連れて来た少年、着いて来た青年のことを想い出した。

「それ等の“武器”にはなんらの“魔法”も掛けられていない。この意味が理解るかね?」

 ビダーシャルは首肯いた。

「我等はヒトの、ヒトの“魔法”などは恐れませぬ。ですが……」

「そう。技術は、恐れるのじゃ。なにせ、技術は万人が扱える。此の様な“武器”で武装した軍と、“悪魔の業(虚無と英霊)”を相手にして、我等は勝てるのかね?」

「それは……判りませぬ」

 ビダーシャルは正直な感想を口にした。

「“悪魔”を皆殺し、か。果てさて、威勢は良いが……皆殺しに合うのは、我等かも知れんのじゃ」

「ですが、奴等の軍はこのような精巧な“武器”で武装してはおりませんでしたぞ」

「それは当然じゃ。これは、奴等が造ったモノではないのだから」

「では誰が?」

「“竜の巣”……ええいまだるっこしい。君と儂しかおらんのだから、口にしても構うまい」

 ビダーシャルはゴクリと唾を呑み込んだ。緊張が彼を包んでいる。

「“悪魔(シャイターン)の門”の向こうにおる連中じゃ」

 其の事を口にする事は、最大の禁忌で在った。

 かうて、そこから連中が……“悪魔”共――ブリミル達が、この地にやって来た時……“大災厄”が起こったのだから。

「ビダーシャル君。本当に儂が恐れるのは、西の地におる“蛮人”共ではない」

「……では、なにがなんでも、“門”を開かせる訳には参りませぬな」

 するとテュリュークは首を振った。

「ことここに至っては、それが難しいことを認めねばならぬ。我等は一枚岩ですらない。そのように、国を造り上げたのは、我々なのじゃ」

 ビダーシャルは、エスマイールの顔を想い出した。

「さて、話を戻そう。西の地の“蛮人”、ヒト達……奴等は住処を失おうとしておる。先ずは、そんな奴等の目的を知らねばならぬ。本当の目的を」

「先程の議会室で仰られた、苦労、とはそれですか」

「そうだ。これは君にしかできん仕事だ」

 ビダーシャルは先程別れたアリィーの顔を想い出した。(再逢は、意外と近いな)とそんなことを想った。

 

 

 

 

 

 “アディール”の水軍司令部は、市街の中心に位置した巨大な塔、“カスバ”から、水路を使って10分ほどの場所にあった。

 白壁の建物の上には、三角の旗が幾つもひるがえっている。1番上にはためく青と黄色のモノは、此の建物が水軍司令部であることを示すモノである。青は海、黄色は砂漠を表す。2つの地を制す、“エルフ”水銀ならではの旗である。

 桟橋では、水軍の軍艦が並んで居る。“ハルケギニア”の人間が見たら、軍艦とは想え無い形をして居る。

 実際のところ、それは艦ではないといえるであろう。

 全長100“メイル”にも及ぶ、巨大な鯨のような姿をした“竜”……“鯨竜”と呼ばれる生き物である。青光する鱗を除けば、見た目はほとんど鯨と変わらない。

 水面から背中を出した状態で、桟橋に大人しく繋がれている。生き物を手懐けることに長けた、“エルフ”ならではの(わざ)であるといだろう。

 その背の上には、石を”魔法”で積み上げた艦橋が載っている。古代の”エルフ”の城を模したような、白い構造物である。”エルフ”の伝統が最も色濃く出た組織……それが”ネフテス”水軍成のである。

 その水軍の桟橋では、1人の“エルフ”の少女が厳しい目付きで、燃料補給、の作業を監督していた。

 美しく透き通るような金髪に、これまた澄んだ垂れ気味の碧眼。そうして立ってい居ると、とんでもない美少女にしか見えない。だが、済んだ瞳は冷たいなにかに彩られている。そして、氷のようにその表情は動かない。身体にピッタリとフィットする水軍ならではの士官服に身を包んだその姿は、“鉄血団結党”の理想とする、万物の指導者樽可く鍛え上げられた“砂漠の民(エルフ)”そのものであるといえるであろう。

 水兵は、そんな彼女を恐ろしげに横目で見詰めながら、軍艦に燃料を補給していた。とはいっても、相手が生き物であるので、もちろん餌であるのだが。

 巨大な盥に入れられた魚を、数に掛かりで車輪の付いた大きな脚立の上まで持ち上げ、パカッと口を開いた“鯨竜”の口に流し込むのである。

 脚立の上には滑車が付いている。それで重たい盥を上まで持ち上げるのだが、作業には熟練を要する。というと、こうした作業にはほとんど“魔法”は使われないのである。水軍では、“魔法”というモノは戦闘の際に温存をして置くモノであり、軽々しく使うモノではないと教育されるのである。

 1人の水兵が緊張に耐えかねて滑車の操作を誤ってしまい、盥を引っ繰り返してしまう。

 近くの養魚場で育てられた餌の魚が、桟橋の上でピチピチと跳ねた。

 その瞬間、士官の少女の目が吊り上がる。

「なにをしているか!?」

「ひう!? も、申し訳ありません!」

 水兵は、直ぐ様頭を下げる。

 士官の少女はツカツカと近寄ると、腰に手を置いたまま、頭1つ分大きい水兵を見上げた。

「弛んでいるから、このようなことになるのだ! 誇りある“砂漠の民”としての意識があれば、そんな単純なミスはしない!」

「以後、気を付けます!」

「そんなことで、“蛮人”共に遅れを取ったらどうする? 戦場では、ミスは命取りだぞ」

 その時、側にいた水兵が、含み笑うような仕草を見せた。古参の水兵である。

「なにが可笑しい?」

「いえ。なんでもありません。ファーティマ・ハッダード少校殿」

「言わねば、情感侮辱罪でこの場で処断する」

 ファーティマと呼ばれた少女は、腰のサーベルに手を掛けた。

 水兵は、彼女が“鉄血団結党”の党員であることを想い出す。それが脅しではないということを理解している彼は、困ったような顔で口を開いた。

「いや……少校殿は、実戦を知っておられるのかな? と想いまして」

「貴様は、知っているのか?」

「私はこれでも水軍に仕えて50年。“蛮人”の海賊相手の海戦を幾度も経験しました」

 ファーティマは冷たい顔のまま、言い放つ。

「私は“エルフ”の誇りがある。それに基づいた訓練も行って来た。その2つには、実戦の経験を超える価値があるのだ」

 そう強く信じている顔で、ファーティマは言った。

 水兵は何かを言おうとしたが、同僚に制された。

 そこに息せき切って走って来た伝令が、ファーティマを呼んだ。

「ファーティマ・ハッダード少校殿!」

「なんだ?」

「エスマイール様が御呼びであります!」

 ファーティマの顔が輝いた。そのまま、伝令伴い駆け出して行く。

 その背を見送り乍ら、水兵は溜息を吐いた。

「昔の水軍は、もうちょっと風通しの良い場所だったんだがな……」

「あいつ等が幅を利かせ始めてから、なにか可怪しくなりましたよね」

 

 

 

 ファーティマが向かった先は、司令部室であった。

 そこではエスマイールが窓の外を眺めていた。

「御待たせいたしました。エスマイール同志議員殿」

 ファーティマは水軍のそれではなく、腕を胸に当てる、党の敬礼をしてみせた。

 エスマイールは振り返ると、笑みを浮かべた。

「君に仕事を持って来た。同志小校」

「何成りと」

「“竜の巣”に向かった“悪魔の末裔”と、そいつ等を逃した裏切り者を捕まえて欲しいのだ」

 ファーティマの頬が紅潮する。

「光栄至極であります! そのような大きな任務を私めに御任せくださるとは……」

「まだ君の忠誠に疑問を抱く輩も居るからね」

 すると、ファーティマは悔しげな顔になった。

「叔母は、我が部族の恥であります。しかしながら、私は叔母とは全く違います。私は……」

「知っておるよ。君の才能と党への忠誠心は抜きん出たモノがある。私としては、そんな君に部族の汚名を返上する機会を与えたいのだ」

「有難う御座います!」

「さて、議会から水軍に与えられた命令は、“竜の巣に赴き、悪魔と裏切り者を捕らえろ”と言うモノだが……君のように“砂漠の民(エルフ)”としての自覚と誇りに溢れた若者なら、私の言いたいことは理解るだろうね?」

「はい」

 力強く、ファーティマは首肯いた。

「“悪魔”と裏切り者には死を」

「そうとも、我等鉄の団結を誇る“砂漠の民”は、“悪魔”を滅ぼし続けるのだ。復活するというなら、何度でも。それこそが、“大いなる意思”の御心に沿うことにもなろう」

「ですが……私の指揮下の隊だけでは、戦力が心許ありません」

「君は切り込み隊だったね?」

「はい」

「君達を運び、支援するための艦隊を1つ預けよう」

「私は小校に過ぎませんが?」

「では昇進だ。君は今日から上校だ。そして、この作戦の指揮を執るのは君だ」

「それでも、艦隊司令は私の上官ということになりますが?」

「忘れたのかね? 水軍では、党の序列が軍の階級に優越するのだよ」

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