「一体、何を悩んでいるんだね?」
珍しく海母が尋ねて来たのは、才人が“潜水艦”を見付けた翌日の朝のことである。その日も、才人はボンヤリと悩んでいたのである。というよりも、(“核”はねえよ)と気を滅入らせていたのである。
「いや……実は俺って伝説の“使い魔”で」
「おやおや」
「“汎ゆる武器を扱える”能力なんてもん持ってて」
「そりゃ凄いね」
海母は、抑揚のない調子で言った。
「真面目に聞いてくれよ」
「聴いてるよ。ただね、妾くらい長生きすると、大概のことでは驚かなくなるモノさ」
馬鹿デカイ“竜”にそのようなことを言われる事ことで、才人は、(俺が抱える悩みってちっぽけなモノかもな)と想った。
「でね、俺の御主人様の大昔の御先祖がね、そんな俺のために“武器”を贈ってくれるんだよ。なんか知らんけど“魔法”でね。俺の世界の“武器”をね」
「で、その見付けた“武器”のことで悩んでいるのかね?」
「ああ」
「兎に角、おまえのために贈ってきてくれたんだろう? 嬉しいんじゃないのかね?」
「威力が問題なんだよ。俺の世界でも最強っつうか。使ったら最後みたいたな。そんなの、もう“槍”でもなんでもねえや」
「へえ。一体、どんなモノなんだね?」
「“潜水艦”って言って。ここからイルカで10分くらいの所に沈んでいるよ」
「ああ、あれかい? おまえ達の造る建物みたいな鉄の塊」
「知ってるのか?」
「そりゃそうさ。この辺りの海のことで、知らないことなんてないからね。なるほどねえ。ああいうのは、おまえさんの世界とやらの武器だったのかい」
才人は、「ああ言うの」という海母の言葉に引っ掛かりを感じた。
「他にもあるのか?」
「ああ。見るかい?」
「見るかい? って……」
「ゴミだと想って集めていたんだけどね。まさか、“武器”だったとはね」
海母が示したのは、洞窟の奥である。
そこには、海水が満ちた直径20“メイル”ほどの別の穴があった。
「この先だよ」
「水の中なの?」
「いや、この先には同じような場所があるんだよ。連れて行って上げるから、妾の背に御乗り」
妙な胸騒ぎを、才人は感じた。言われるままに、才人は海母の背に跨る。
「サイト、どこに行くの?」
すると、才人の側で寝ていたティファニアが目を覚ました。
「どうやら、他にも“武器”が在るらしいんだ」
「私も行く」
直ぐにティファニアは起き上がる。
そんな2人の様子を見て、イルカと戯れていたルクシャナもやって来た。
「貴方達、どこに行くのよ?」
「いや、なんか海母が、俺の世界の“武器”をもっと持ってるって言うんだ」
「なにそれ? 私も見る。と言うかなんで私に教えてくれなかったのよ?」
驚いた調子でルクシャナが言った。
「ゴミだとばかり想っていたからね。おまえ達“エルフ”や人間達が捨てた……」
「ゴミなんか捨てないわよ」
ルクシャナはぷりぷりとしながら海母の鱗を掴んでその背に跨った。
「で、貴男はどうする? セイヴァー」
「暇だから着いて行こう。まあ、“霊体化”してだがね」
俺はルクシャナの問いにそう答えて、“霊体化”する。
俺が目視できなくなったことで、ルクシャナは当然大きく驚いた様子を見せる。
「消えた!? どうなってるの? “サーヴァント”って皆ああいうことができるの? あんたはしないの?」
「えっと、“アサシン”とかならできるだろうけど……俺は、“サーヴァント”の力を持つただの人間だし無理だな」
ルクシャナの言葉に、才人は頭を掻きながら言った。
「まあ良いわ。ほら、その場所に連れてって。早く」
ティファニアも、ルクシャナを真似て海母の背に攀じ登る。
全員が乗ったことや準備ができたことを確認すると、海母はユックリと大儀そうに奥へと歩き出し、海水が満ちた穴に入って行く。
末広がりのこの岩山の内部は、まるで蟻の巣のように洞窟が伸びているようである。潜って数十秒ほどで、別の洞窟へと浮かび上がる。
海水が打ち寄せる外へと通じる穴があったので、比較的明るいといえるだろう。
才人は、昔雑誌やテレビで見た、胎内巡りなどで有名な鍾乳洞を想い浮かべた。
だが、海母に連れられて遣って来たここは、そのような神秘亭な雰囲気とはほど遠い場所である。
そこは、生々しい現実の品々で溢れていた。
才人は想わず息を呑んだ。
様々な“武器”が並んでいる。
銃、大砲、戦車……そして“戦闘機”……。
才人は、ジュリオに連れられて行った“カタコンベ”を想い出した。あそこにも、大小様々な“武器”が並んではいたが、ここの量には遠く及ばないといえるだろう。
しかし、見付かったのが海中だからであろう。
そのほとんどは当然残骸で、錆に塗れて朽ち果てている。“ロマリア”が回収して来たモノは、陸地で発見されたモノであろうことが想像できるだろう。
錆びでザラザラになったどこの国のモノとも判らない戦車を、才人は撫でた。
饐えた鉄の臭いが鼻を突く。
その臭いは不意に才人に、郷愁と哀愁を覚えさせた。故郷を追われ、遠い世界でなんおやくにも立てずに、朽ち果てて行く兵器達……。
それはある意味幸せなことかもしれない、と才人に想わせても来た。誰も傷付けずに済んだ、喜ぶべきことであるかもしれない……と。
そんな兵器と、自分が重なるように、才人には想えたのである。(俺もここに喚ばれてやって来た、“兵器”のようなモノだ……)、と感じたのである。同時に、(でも、俺は、道具じゃない。意思があり、心がある。あんな途轍もない破壊力を行使できる力を与えられて、一体、どうすれば良いんだ? こうやって、錆び付いて朽ち果てて行くのが、1番の幸せなんじゃないだろうか?)とそんなことまで考えてしまう。
そんな風に才人がブルーに成って居ると、ティファニアがソッと才人の手を握った。
振り返ると、ティファニアは真剣な顔で才人を見詰め、首を振る。
ティファニアのその目は、(朽ち果てる方が幸せ)などと考えた才人を恥じ入らせるだけの力を持っていた。
「1人で悩んじゃ駄目だよ?」
優しい声で、ティファニアは言った。
「ごめん。ちょっとね」
「どうしたの?」
「いや、俺もここに並んでる兵器をおんなじなんじゃないかって。そんな風に想っちゃってさ」
すると、ティファニアは首を横に振った。
「サイトは道具なんかじゃないよ。人間じゃない。ただの人間じゃなくて……」
それからティファニアは、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「私の大事な御友達、じゃない」
「その通りだ。おまえは立派な人間、“
「そうだな。ありがとう」
ティファニアの気持ちと言葉、そして意地の悪い俺の言葉と気持ちに対し、才人は嬉しさからだろう笑顔を浮かべた。
才人は、自分を奮い立たせるようにして、(なにか使えそうなモノを探すためだ。これからどうなるのか判らないけど、武器は必要だ)と考え、残骸の側へと進んで行った。
ティファニアも才人と一緒になって、残骸の山を漁り始めた。
ルクシャナは俺と一緒に、ボケっとそんな2人の様子を見詰めている。
「おまえ達は手伝わないのかえ?」
海母に尋ねられ、ルクシャナは首を横に振った。
「あいつ等、私達の敵なのよ? 私達を殺すための“武器”を探すなんてこと、手伝える訳ないじゃない」
「救けて逃げて来たんじゃないのかえ?」
「それは、“評議会”のやり方が気に入らないからよ」
「おまえ達もどうしてどうして複雑な生き方をしてるねえ」
と、ノンビリとした声で海母は言った。
「そうだな。“評議会”の連中とは直接逢ったことはないが、考えや行動が駄目、だと言えるかもな。それに、あいつは、才人は余程のことがない限り殺しはしないさ。あれはあくまでも自衛や防衛のための道具として見てる。なんてったって、“アルビオン”で100,000程の軍勢と相見えた時を始め、そういった危機的状況ですら、不殺を貫いてみせたからな。武器は向けても、殺しはしない。あいつは、“盾の英霊”だからな」
ルクシャナは、海母と会話をし、俺の言葉を聞きながらも、ウズウズとした様子を見せている。
「一緒になって探したいという顔をしているよ」
「興味あるのよ。ああいうのに。嗚呼もう! 見てるだけだからね!」
と、海母に指摘され、ルクシャナは駆け出した。そして、一緒になって、“武器”を漁り出した。
ほとんどは錆々ののグシャグシャとでもいえる状態であるのだが、いくつかは無事なモノを見付けることができた。それはビニールでパッキングされていた“小銃”だったり、“ステンレス”製の“リボルバー”など、そういった防水処理をされているモノだ。
一体なにに使うつもりであったのか、防水布に包まれた“ロシア”製の“ロケットランチャー”も数本出て来た。“手榴弾”や“発煙手榴弾”が1パック、“プラスチック”のケースごと出て来た時、才人は驚いた。濡れないように、と処理をされた“武器”がこれほどあるとは知らなかったのである。
そして、1番の驚きは、1艘のボートである。
“タイガー戦車”や“ゼロ戦”のように旧いモノではない。精々数年前に建造されたであろうそれは、まだ外観を保ち、外海と繋がる洞窟の端に浮かんでいた。
全長は10“メイル”ほど。普通に浮いていれば、ただのボートにしか見えないが、船首の方に“機銃”が積まれている。そのことから、恐らくは港湾などを警戒するための“哨戒艇”であろうと判るだろう。
「それは最近見付けたんだよ」
何故か嬉しげな声で、海母は言った。ゴミと言いながらも、楽しんで集めて居いたようである。コレクションを褒められた子供のような声である。
その“哨戒艇”がどこのモノかは、悩む必要もなかった。キャビンの壁に黒い字で大きく、“U・S・NAVY”と書かれているためである。
グレーに塗られた船体は色褪せ、所々錆び付いてはいるが、動きそうに見える。
“哨戒艇”に乗り移り、キャビンの壁に触れることで、才人の左手甲の“ルーン”が案の定輝く。
「こいつ、生きてる」
才人はそう呟き、操舵席へと向かった。
ブリミルからのプレゼントであれば軍事用のはずであるのだが、あまり厳しい雰囲気はしない。レジャー用のボートのような、そのような気安さが漂っている。
車のハンドルに似た操舵輪を、才人は握った。同時に、この艇のスペック、操作法などが鮮明なイメージとなって、才人の頭の中に流れ込んで行く。
“ディーゼル”と、ウォータージェットで動くことが、才人には理解できた。最新型らしく、“ゼロ戦”や“タイガー戦車”の時のような苦労はないといえるだろう。機械というモノは、日々便利になるように進化している、といえるのである。
燃料計を見ると、軽油がたっぷりと入っていることが判る。
才人は“エンジン”始動の操作を行った。
セルの回る音がして、“エンジン”に火が掛かる。見掛けこそ華奢ではあるが、流石は軍用だといえるだろう。整備零でなおかつしばらく放置されていたというにも関わらず、耐久性は抜群である。
いきなり動き出した“エンジン”の音に驚き、海母が跳び上がる。
「なんだね? それは!?」
「“エンジン”の音だよ」
いつの間にかルクシャナとティファニアが乗って来ており、物珍しそうに辺りを眺めている。
ルクシャナがまたもや悔しそうな顔をしているので、才人はなんだか嬉しく成った。
「どうですか? “エルフ”さん。この“哨戒艇”は」
「どうって言われてもね。ところで、この音はなんの“魔法”なの?」
「“魔法”じゃないっすよ。科学です。“エンジン”って言うんですけどね。貴方方の技術はなるほど大したもんですが。こんなモノ造れますかぁ?」
才人のその言葉や言い回しに、俺は溜息を吐く。
「その言い方やめて。なんか腹が立つわ」
憮然とした顔でルクシャナは言った。それから取り澄ました顔で、「動かしてみて頂戴」と言い放った。
「なにが、頂戴、だ呆け。その上からどうにかしろ」
「なによ!? “蛮人”!」
2人は言い合いに成った。
そんな2人をティファニアがオロオロしながら見詰めている。
「まあまあ、2人共! でもサイト、これ凄いね。どうやって動かすの?」
才人はティファニアに、操縦の方法を教えた。とはいっても、ほとんどオートマチックであるために簡単である。車の運転と然程変わらない。それでも、人間を始め汎ゆる生物や個人個人には得手不得手というモノがあるのだが。
才人は、(できれば走らせたかったが、なるべく目立つことは避けたい)とそれを控えることにした。
2人で楽しそうにしている才人とティファニアを見て、ルクシャナがまたもつまらなさそうに呟く。
「ふん。偉そうに。なにが科学よ。まともなのあこれくらいじゃないの。あとはガラクタばっかり」
「はぁ? これだけじゃないだろが! ほら! あのように銃や“ロケットランチャー”だって! 沢山!」
「そのくらいなら“エルフ”だって造れます!」
「どこにあるんだよ! 見せてみろ!」
しかしルクシャナは、遠くを向いて口笛を吹き始めた。
「“エルフ”にも造ることはできるだろうな。まあ、必要がなかったから、他の方法で可能なことがあったから、こう言ったモノを造る発想などが浮かばなかっただけだろうさ」
「そうよ。その通りよ。理解ってるじゃない。セイヴァー」
俺の言葉に、ルクシャナは口笛をやめて機嫌を良くした様子を見せる。
「腹立つ奴……」
しかし、そこで才人ははたと気付いた。(どうしてこんなに沢山の“地球”の“武器”が? 海中なんかに?)、と疑問を抱くが、“カタコンベ”で聞いた「このような、“武器”は、主に“聖地”の近くで発見される……」というジュリオの言葉を想い出した。
ジュリオのその言葉と、この“武器”の山が、才人の頭の中で結び付く。そして、(そうだ。ここはあれだけの大きさの“原子力潜水艦”まで、運ばれて来るような場所……“聖地”と言うからにはてっきり陸地とばかり想っていたけど……6,000年も経てば、地形も変わる。陸地だった場所が海に沈むことだって。デルフだって、ブリミルさんが来た場所は陸地で、地形が変わってるって言ってたじゃないか。と言うことは、ここは、“聖地”なんじゃ……? それともその近く……?)と考えた。一旦はそのような想像を(いやまさあ。そんなはずは)と打ち消そうとするが、やはり、(でも……もしかしたら)という想像を拭うことができずにいた。
「なあデルフ」
「あんだね?」
大儀そうに、腰に吊り提げられているデルフリンガーが口を開く。
「おまえ、言ってたよな? “聖地”の場所。“昔と地形が違うから判んね”って」
「ああ、言ったね」
「あの……海母さん」
「なんだい?」
「この辺りって、昔、陸地だったりしない?」
「妾が生まれた頃から、ここ等は海だったよ」
「それって、いつ頃?」
「1,000年前くらいかねえ」
「もっと前」
「ああ、そう言えば、妾の祖母が言ってたような気もするねえ。祖母の祖母がいた頃は、この辺りは陸地だったって……」
才人の中で、予感にも似た確信が膨れ上がる。
ルクシャナが呆れた声で言った。
「馬鹿じゃないの? ここが“シャイターンの門”だって言うの? あのね、ここは“竜の巣”。誰からも忘れ去れた場所。もしここが“シャイターンの門”だって言うなら、軍が守ってるはずだわ。こんなにやすやすと私達がやって来られる訳が……」
「そんな沢山の軍隊で守ってたら、ここです、と言ってるようなもんだろ?」
「でも、だからと言ってここに私達がいることを知ってたら、こんなにノンビリ……」
「だから変なんだ。あまりにも簡単に逃げ出せ過ぎたんだよ! 俺達!」
遠くから爆発音が響いたのはその時であった。
なんだ? と顔を見合わせるのと同時に、海母の住処であるこの巨大な石柱の外壁に、硬いなにかが打つかる音が聞こ得て来る。まるで地震のように、洞窟内は激しく振動した。
才人は、その音の正体が、直ぐに判った。
“アルビオン”で、“ガリア”で、幾度となく聞いた炸裂音。
大砲。
その音は、才人の想像を確信へと変えた。
「しまった……!」
才人は、(もっと早く……あの“潜水艦”を見付けた時点で気付くべきだった)と想った。それから、俺を睨む。
「え? なに? なにごと?」
ルクシャナが慌てた声を上げた。
ティファニアは怯えた顔で才人に寄り添う。
「どうやら俺達、泳がされてたみたいだな」
焦りを浮かべた顔で、才人は言った。
「命中、3か。少し精度が甘いのではないですか? 同志艦長」
艦橋に立ったファーティマが、着弾の様子を眺めて言った。凛然として佇むその様は、“ハルケギニア”の伝説に遺る戦乙女のようである。
彼女が率いる“鯨竜艦”は、全部で4隻。それぞれが回転式の砲塔を持ち、艦橋を挟んで前後に1つずつ搭載されている。
その砲塔の基部は、“鯨竜”の鰭を改造したモノで在る。詰まり、“魔法”などの動力を使わずに、頑丈な砲塔を旋回させることができるのである。
おまけに、其の砲塔が搭載する後装式の大砲は非常に強力なモノである。50年ほど前に登場したその大砲の内部には、“
どんぐりのような形をした砲弾に回転を加えることで砲弾の射程と威力を数倍にもすることができるその大砲の存在で、“エルフ”の水軍は“ハルケギニア”各国の海軍や海賊達に幾度となく勝利を収めて来たのである。
“ハルケギニア”の空海軍が用いる戦列艦は、百門以上の砲を持つモノもありはするのだが、そのいずれもが前装式の大砲である。“
「こんなモノだよ。同志上校。8門の斉射で、命中3。上出来だ」
艦長は、遠眼鏡で目標の様子を観察しながら言った。
4隻の“鯨竜艦”が、それぞれ2門ずつの大砲を発射したのである。
「さて、これから我々はどうするのかね?」
そう尋ねた艦長に、ファーティマは答えた。
「“評議会”から下された命令は、“奴等を生かしたまま捕縛せよ”だが」
「いや、党意だ」
この艦長もまた“鉄血団結党”の一員である。
「我等“
ファーティマは答えの代わりに党是を口にした。
満足げに艦長は首肯くと、命令を口にする。
「砲撃続行。全門一斉射撃。ありったけの鉄と火薬を奴等に撃ち込んでやれ。ここが誰の土地か、教えてやるんだ」
砲撃は休むことなく続けられた。
「ちょっと!? いきなり撃つなんてどういうことよ!?」
何発もの砲弾が岩壁に撃つかり、天井からはパラパラと岩の破片が落ちて来る。
直ぐ側の壁に砲弾が撃ち当たり、ぶら下がった槍のような鍾乳石が、才人達の眼の前に落ちてバラバラに砕け散る。
「取り敢えず外に出よう」
才人はガバッと服を脱ぐと海の中に飛び込む。
ティファニアとルクシャナも下着だけになると、才人の後に続いた。
その後に、俺も続く。
イルカに跨り、洞窟を出ると、俺達が出た出入り口とは逆の方から砲声が響く。
「あっちだ」
俺達は潜水すると、反対側に回り込んだ。そして、海豚の背から首だけを出して、辺りを伺う。
数キロ“メイル”離れた海上に、低い喫水の艦が4隻、単縦陣で並んで砲撃を加えているのが見える。
「水軍の砲艦だわ!」
「あれが砲艦?」
あれが“エルフ”の軍艦成のか、と才人は軽く呆れた。
「そうよ! って言うか! 私までいるのにボンバカ撃つってどういうことー!?」
「其りゃ、裏切り者だからだろ。どっちかと言うと、死んだら困るのは俺達なんじゃにあの?」
才人がそう言うと、ルクシャナが首肯いた。
「そうかもね。悔しいけど」
その時砲弾がヒュルヒュルと飛んで来た。
流れ弾が1発、俺達の近くに着弾する。
巨大な水柱が立ち上がり、衝撃が水中の俺を除いて才人達を揉み苦茶にした。
「ぐわッ!?」
ルクシャナが目に爛々と怒りの光を湛えて、大声で叫ぼうとする。
が、才人は彼女の足を引っ掴んで水の中に引き摺り込んだ。
「もがっぷ!? なにすんのよ!?」
「見付かるだろ! 馬鹿!」
「一言言ってやらないと気が済まないわよ!」
「兎に角逃げるぞ!」
俺達は洞窟に戻ると、才人達は直ぐに逃げ出す準備を整え始めた。とはいっても荷物などというものなどほとんどないのだが。
「どこに逃げるの?」
ルクシャナが才人に尋ねる。
「知るか。おまえに任せる」
「任せるって言われても」
ルクシャナはそう言いばがら、助けを求めるように俺に目を向けて来る。
才人は、ティファニア達をイルカが引いた小舟に乗せると、自らは“小型哨戒艇”に乗り込んだ。そして、先程見付けた“武器”を手当たり次第に“小型哨戒艇”に積み込んで行く。
「なによ!? 自分だけそっちの舟で逃げる気?」
「違うよ! 俺が先に出て、あいつ等を引き付けるから、数分経ったら反対方向に逃げろ!」
「わ、私も一緒に行く!」
ティファニアが驚いた顔で、“小型哨戒艇”に乗り移ろうとした。
しかし、才人は首を横に振る。
「駄目だ。テファはそっちで逃げるんだ。セイヴァーが守ってくれる」
「サイト1人を囮にすることなんてできないよ!」
泣きそうな顔で、ティファニアは才人の手を握った。
困ったように才人は首を振る。
「駄目だ」
「御願い!」
「俺1人ならなんとかなる。上手くあいつ等を引き付けて、テファ達の後を追うことだってできる」
「私だって、なにかできるよ!」
それでもティファニアは、食い下がろうとした。
再び、岸壁に砲弾が着弾し、パラパラと天井から岩の欠片が落ちて来る。
「だからな! テファには危ない仕事だって言ってるの!」
「危なくたって平気! 私にだって、出来るなにかがあるはずだわ。その“武器”の使い方を教えて!」
才人は、(正直、こんなこと言いたくねえ。でも、今はこんな問答をしている時間がないんだ。テファは、冷静な判断ができなくなってる)と想い、厳しい顔になった。そして、苦しい声で、才人は言った。
「足手纏いなんだよ」
「え?」
「ハッキリ言う。居たら邪魔なんだ。逃げてくれないと困るんだ」
ティファニアは、(邪魔? 私が?)と呆然とした。
才人は其のそに、ティファニアも“小型哨戒艇”の上から突き飛ばた。
「ルクシャナ、セイヴァー、テファを頼む」
そう言い残し、才人は“小型哨戒艇”の“エンジン”を掛けた。
キュルキュルとセルが回り、“エンジン”が掛かる。
「おーい! イルカ共! こいつを回頭させてくれ!」
才人は、海面から顔を突き出してそんな様子をジッと見詰めていたイルカに声を掛ける。
直ぐにイルカ達は才人の意を汲み取り、器用に鼻面でもって“小型哨戒艇”を回頭させた。
才人は、ティファニアがルクシャナの助けで小舟に引き上げられたことを確認すると、小さく「ごめん」、と呟いて片手で拝んでみせた。
通じたかどうかを確認するまでもなく、才人はスクリューのスロットを入れる。
ユックリと“小型哨戒艇”は動き出した。
洞窟の外に出ると、才人はウォータージェットのスロットルを全開にした。
スクリューとウォータージェット、二軸の推進力を与えられた“小型哨戒艇”は猛烈な勢いで加速を始めた。
「相棒、非道いこと言うねえ」
「だって、ああでも言わなきゃ……気持ちは嬉しいけどさ。できることとできないことってあるだろ?」
「まあね」
巨大石柱を回り込むと、あっと言う間に先程顔を出した場所まで到達する。
4隻の“鯨竜艦”が、才人の目に飛び込む。
「さてと、こっちに注意して貰わなきゃな」
才人は一直線に艦隊に突っ込んで行った。
グングンと艦隊が近付く中、才人は冷静などこかで、“聖地”についてを考えていた。(もし。ここが“聖地”なら……ここには一体、なにがあるんだ? 教皇は、“聖地”に巨大な“魔法装置”が眠ると言ってたっけ? その“魔法装置”って一体なんなんだ?)、となんだか教皇達の言うことに納得できない自分がいることを、自覚した。教皇達が間違いなくなにかを隠しているであろう、ということも才人は確信した。
そして、サーシャがブリミルを殺した。
デルフリンガーは、“エルフ”が造ったモノ。
才人に、(6,000年前に、一体、なにがあった?)とバラバラの謎が襲い掛かる。そして、(その謎を解き明かさないことには、真の意味で“ハルケギニア”を救えない気がする)と予感に近いなにかを感じ取り、(この微妙な違和感にケリを着けたい)とも想った。
「なあデルフ」
「あんだね?」
「ここ、“聖地”なんだろ?」
「言ったじゃねえか。それは判んねえって。ホントだよ」
「おまえって、“エルフ”が造ったもんなんだよな?」
「ああ。ルクシャナが言うには、そうみてえだね」
“鯨竜艦”が近付く才人に気付き、砲塔を回転させる。
それを視界に留めたまま、才人は質問を繰り返す。
「てえことは、あのサーシャが造ったってことだよな?」
「物心着いたら、確かにあいつに握られてたね」
発射音が轟き、砲口が光る。一瞬遅れて黒い煙が立ち篭める。
才人は操舵輪を回転させた。
“小型哨戒艇”は、鋭く進路を変えた。
砲弾は明後日の方向に着弾した。
派手に水柱が噴き上がるが、それだけである。
「これは俺の想像だけどな。おまえが忘れっぽいのは、“エルフ”が造ったもんだからじゃないのかな?」
「どういう意味だね?」
「詰まり、“エルフ”にとって都合の悪いことは、あんまり想い出せないようになってるんじゃないかって」
「サーシャがそうしたって言うのかい?」
「かもしれないって。想像だよ。意図的にか、偶然か。“魔法”のことだから俺には良く理解んねえけどさ」
「もしそうだったら、どうするね?」
「どうもしねえよ。ただ、無理矢理訊いたら悪いかなって想うだけだ」
デルフリンガーはカタカタと震えた。笑っているらしい。
「やっぱりおめえは俺の相棒だね。おめえに握られて、おりゃあ幸せもんだね。でもそうかもしれねえ。話そうとすると、妙にブレーキが掛かる。なんか黙っちまうのさ」
“鯨竜艦”が、数百“メイル”に迫る。
前後に配置された主砲の他に、小口径の大砲が並んでいるのが見える。
「さて、取り敢えず御喋りは終わりだ。眼の前の仕事を片付けるぞ。デルフ」
「あいよ相棒」
ピカッと光り、舷側に並べられた小口径の砲達が斉射を放つ。
才人は操舵輪を操り、小型哨戒艇を急回転させる。
バッシャーン! という音と共に、先程まで“小型哨戒艇”があった場所に、小さな水柱が幾つも立った。
才人はスロットルを固定して、側にあった“ロケットランチャー”を引っ掴み、操舵席から立ち上がる。才人は、(確かこいつは、“ロシア”製の“RPG7”という奴だよな。繁くゲームに出て来た)と想い、足で操舵輪を支えながら、赤く 塗られた弾頭を“鯨竜艦”に突き付ける。砲塔を狙おうとも考えたが、1個潰したくらいではどうにもならないであろうと思い直し、艦橋に狙いを付けた。
「“
“アーハンブラ”や“虎街道”で戦った折に、才人は全ての攻撃を跳ね返すというその“呪文”に苦しめられたのである。
“タイガー戦車”の主砲であれば、“反射”の効力を上回る威力を出すことができたが……。
「でーじょぶだ。あれは相当の手練くらいしか掛けられねえ」
才人は、(その相当の手練がいたらどうするんだよ)と想いながら、艦橋を狙って“RPG7”を発射した。
シュバッ! とずっと速い速度で弾頭が飛んで行く。艦橋に撃ち当たる。
幸いなことに、“カウンター”は掛かっていなかった。分厚い“鯨竜”の鱗に、“成形炸薬弾”は難なく穴を穿ち、中に飛び込む。爆発音が響き、中から煙と炎が噴き上がる。
だが、巨大な“鯨竜艦”からすれば、焼け石に水である。速度が落ちる気配など当然なく、攻撃の手が緩むこともない。
「大して効かねえな」
「いや、こっちに注意を向けてくれればそれで良いんだ」
才人は再び操舵席に座り、スロットルを入れた。加速を開始した“小型哨戒艇”は、小さな波に打つかってジャンプしながら、“鯨竜艦”の鼻先へと躍り出る。
「来い、来い……此方だ」
“鯨竜艦”の進路が変わり、“小型哨戒艇”に艦首を向けようとして居るのが判る。
「やった」
才人は笑みを浮かべると、“自動小銃”を取り上げた。操舵輪を片手で握りながら、後ろに向けて小刻みに連射する。こうしていれば、“エルフ”の艦隊は、才人に向けて1個の砲塔しか向けられない、といった寸法である、このまましばらく引き付けて、煙幕を焚いて全速力で逃走する。それが才人が描いたシナリオである。
2門の大砲が光り、砲弾が近くに着弾する。
才人は操舵輪を匠に操り、水柱を躱す。
「あんにゃろ。しっかり狙っていやがる」
脅しにしては、狙いが正確過ぎるといえるだろう。
そのことから、才人は、(俺達を殺したら不味いはずではなかったか?)と疑問を抱き、同時になんだか嫌な予感というモノも覚えた。
「そろそろかしら?」
ルクシャナは呟いた。
才人が出撃をしてから数分が過ぎている。
砲声は聞こ得て来るものの、石柱に撃つかる音は聞こえなくなった。
詰まり、才人は“鯨竜艦”を引き付けることに成功した、ということである。
「ほら! しっかりして! 行くわよ!」
呆然として小舟の上に座り込むティファニアを、ルクシャナは叱咤した。
「私、やっぱり役立たずなんだ……」
才人の言葉の意味を理解はしているのだが、やはり感情ではそうは上手く行かないといった様子をティファニアは見せている。
「あのねえ! 今はそんなこと気にしてる場合じゃ……」
「ない」
良く通る声が、背後から響いたのは其の時で在った。
ルクシャナは想わず振り返る。
見ると、水軍の士官服に身を包んだ、髪の長い女を先頭にして、“エルフ”の一部隊が立っている。手には銃のようなモノが握られている。
火薬ではなく、“風石”を利用して弾を撃ち出す“風銃”である。単発であることは“ハルケギニア”の銃となんら変わらないが、威力は段違いである。おまけに水に濡れても問題な無い。
彼等はどうやら、水中からやって来たらしい。全身が濡れていることから、恐らくはイルカかそれに類した生物を使ったのであろうことが判る。
「逢えて嬉しいよ。“
「艦隊を囮にしたって訳?」
「だろうな」
その士官服の腕に光る“鉄血団結党”の腕章に気付き、ルクシャナは青くなる。
ルクシャナは咄嗟に“魔法”を唱えようとした。
バシュッ! と空気が炸裂する銃声が幾つか響いた。
俺は即座に、“干将莫耶”を“投影”して、それを弾き飛ばす。
「ぐッ……」
が、全てを弾き飛ばすことはできず、ルクシャナは撃ち倒されてしまった。
その音で、ティファニアは我に返った。倒れたルクシャナに跳び付き、傷を確かめる。
押さえた腹から血が流れ、赤く滲んで行く。
「なにをするの!? 貴方達!」
「裏切り者を処刑しただけだ」
冷たい顔でファーティマは言い放つと、小舟に飛び乗って来た。次いで、ティファニアの耳を見て、苦々しい表情になる。
次いで、ティファニアから俺へと視線を向け、言った。
「貴様が“悪魔”の1人、そして貴様が“イブリース”だな?」
「“悪魔”じゃないわ。ティファニアって言うの。ティファニア・ウエストウッド。早くこの人の傷を手当して頂戴! 死んじゃうわ!」
「其奴は死んで当然だ」
ティファニアは、何とかルクシャナの患部を看て止血しようとする。シャツを捲くり、傷跡に押し付ける。俺も手伝うが、傷は深く、噴き出る血の勢いが激しい。“宝具”を使用すれば直ぐに傷は塞がるのだが、このあとの展開のことを考えると使用する気にはなれない。
ファーティマは、銃を構えた水兵を従えながら近付いて来る。
「“悪魔”め」
「私達を殺したら困るんじゃないの!?」
「ふん。御前達は何度殺しても別の者に力が宿り、力のみは蘇るそうだな。だが蘇るなら、そのたびに殺すまでだ」
「くく……くははははははッ!」
「なにが可笑しい?」
俺は想わず口角を上げて笑みを零し、大声を上げて笑い出してしまった。
「これが笑わずにいられるか。正気か? 貴様等。いや、正気を問うても無意味だな」
「馬鹿にしているのか?」
「いやいやまさか。他人に言えるような立場ではないが、敢えて言わせてもらうぞ。上から目線も程々にしておけよ。でないと、滅ぶぞ?」
俺が言い終えるのと同時に、ティファニアは立ち上がって胸に手を置いた。
「目的は“虚無”なんでしょう? だったら私を殺して。この人は関係ない。救けて上げて!」
「裏切り者は“悪魔”以上に赦せぬ!」
ファーティマは、ティファニアの耳を掴みに掛かろうとした。が、俺が武器を持ち立ち塞がっているために、近寄ることができないでいる。ファーティマは近寄らず、ティファニアの耳を目を凝らして見た。
「“悪魔”の1人に、“エルフ”の血が混じっていたというのは本当のようだな。“悪魔”でありながら、“
その時、ファーティマはティファニアの指に光っているモノに気付く。ティファニアの母の形見である、指輪の台座である。
「どうして貴様が、その指輪を持っている?」
「母の形見よ! 貴女なんかと違って、とっても優しい人だった! きっと母の一族も、優しい人達だわ!」
ファーティマは、ギリッと唇を噛んだ。その唇から血が流れる。
「貴様か。貴様がそうなのか! 貴様が……貴様が!」
ファーティマは、激しい憎悪を瞳に浮かべ、ティファニアを睨み付ける。
「その、母の一族、がどれほどの苦労をして、どれほどの侮辱を受けたのか、貴様は知らんのだろうなッ! 泥を啜るような暮らしを余儀なくされた一族! 部族全体から裏切り者の出た家だと罵られ、満足にパンも買えなかった一族のことをッ!」
ティファニアは青褪めた。
「貴女……まさか?」
「“大いなる意思”よ。この地で“
「母の一族……ッ!」
ティファニアはなにかを言おうとしたが、銃声が響き掻き消される。
同時に、俺がそれを弾くが、続いて何発も発射される。
ファーティマの銃撃を合図に、他の“エルフ”等も発射し、俺はそれ等を捌くことに専念せざるをえなかった。
右足に激痛が奔り、ティファニアは蹲る。鮮血が溢れ、小舟の上に流れて行く。
ファーティマは、腰から引き抜いた短銃を構えており、再び弾を装填する。
「これは叔父の分だ」
発射音が響く。
左足の腿に受け、ティファニアは激痛を感じた。
「安心しろ。直ぐには殺さん。我が一族が被った侮辱を1つ1つ味わって、ユックリと死ね」
再び銃声が響き、ティファニアは腹に激痛を感じた。が、これ以上はショックからだろう、痛みを感じなくなった。脳裏に霞の様なボンヤリとした膜が掛かって行くかのように感じられ、眼の前のことが現実とは想うことができなかった。ただ、鈍い絶望だけが、(私の味方はどこにもいないのね。母の一族にさえ、このような扱いを受けて……どこに行けば良いのかしら? いいえ、行き場所は決まってるわ。死の世界よ。このまま弾を撃ち込まれて、私は死ぬ)という想いだけであった。
「その辺りでやめておいてくれないか? あらかじめ、観て、知って、理解して、覚悟を決めていたとは言え、それでも眼の前のこれを……これ以上堪えることができそうにないんだ」
「安心しろ。こいつの次は貴様を殺す。そう感じるのも今だけだ」
俺の言葉に、ファーティマは明確な殺意と敵意をもって言葉を返して来た。
「そか。なら、死ぬ覚悟は決まっているか? ……彼の“英雄王”が集めし、“王の財宝。その一端を見せてやる”。そして、疾く往ぬと良い」
俺は、“鍵剣バブ=イル”を“投影”し、“バビロニアの宝物庫”と空間を繋げる。
俺の背後の空間は歪み、金色一色に光り輝き、そこから色取り取りの剣や槍、斧……“武器”の数々が顔を出している、その全てが一級品であり、また、“宝具”の“原典”である。
“エルフ”達は例外なく息を呑み、驚愕と畏怖の念を抱いた様子を見せる。
「――な……!?」
俺が“エルフ”達と相対している時、ティファニアは自身が負った傷から、死を明確に感じ取り、(嫌だ。死にたくない)と想った。泣きそうな気持ちで、そう想った。(死にたくない。サイトに逢いたい。死にたくない)、と。
そして、無意識の内に、ティファニアは“杖”を引き抜き、“呪文”を唱えていた。呆然とした意識の中で、ただ、(サイトに逢いたい)と考えているのである。死んでしまう前に、単純に、好きな人に逢いたい。それだけを、考えているのである。
そんな状態だからこそ、ティファニアは唱えたのかもしれない。冷静な状態であれば、絶対にといっても良いほどに唱えないであろう、その“呪文”を。
なにせ、世界中にどれだけの人がいるのかも判らず、その中で、どういう導きによるモノか判らない上でその人が選ばれる確率は、砂漠でたった一粒紛れた砂金を探し出すのと等しいほどである。
いや、その可能性が“
「我が名はティファニア・ウエストウッド。“5つの力を司るペンタゴン”……」
ティファニアが“呪文”を唱える間にも、恐怖に怯える“エルフ”達に依る銃声は響き続ける。が、其れがティファニアや俺に届くことはなく、剣などに遮られる。
これ以上喰らうことはないが、それでもティファニアは死に体であるといえるだろう。それであっても、“呪文”を唱え続けた。意志の力だけが、彼女を動かしているのである。
そんなティファニアを目にし、俺に次いで、“エルフ”の水兵達は彼女に対しても怯えた様子を見せ始める。
「“悪魔”め! なんの“呪文”を唱える気だ? やってみろ! 1度、“悪魔”の
ファーティマは叫んだ。
ティファニアは力を振り絞り、後半の言葉を紡ぎ出した。
「“我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ”!」
“呪文”が完成した。
小舟の上に、光るなにかが現れ、ファーティマ達は思わず目を伏せる。
ティファニアは薄れ行く意識の中で、(救けて。サイト……救けて)と呟いた。
いきなり現れた光の“ゲート”を避けることもできず、“小型哨戒艇”を操っていた才人は其の中へと飛び込んだ。
才人は、(何だ?)と想う暇も無く、ティファニアの居る小舟の上へと瞬間移動をした。
小型哨戒艇の速度――30ノットの速度のまま現れたために、才人は、“ゲート”の真ん前にいた俺に打つかりそうになる。
が、俺は即座に避けた。
そのため、才人とファーティマが打つかる羽目になり、激突してしまう。そのまま一緒に海に雪崩れ込んだ。
「何事だ?」
水兵達が、ざわめいた。
才人が、ガバッ! と水中から顔を出す。
水兵達の反応は速かった。咄嗟に、才人に向けて銃を放つ。
「――うわっ!?」
訳も判らず、才人は潜ることで躱してみせる。
「なんだ!? 一体なんだ!?」
「ありゃ、さっきの洞窟だねここ」
デルフリンガーが恍けた声で言った時、水中にいたイルカが、才人をボールのように跳ね上げた。
ザバーン! と飛沫を上げて、才人は小舟の上に降り立った。
そこに広がる光景を見て、才人は息を呑んだ。
先ず、才人の目に飛び込んで来たのは、腹を押さえてうずくまるルクシャナの姿である。そして、血まみれになって倒れている……。
「テファ!」
才人の中から、(どうして俺が、“小型哨戒艇”の上から一瞬でここに来られたのか)などといったそのような疑問も吹き飛ぶ。思わず飛び付こうとしたその時、再び水兵達が銃を撃つ。
当然、俺が遮っているために当たるはずもないのだが、才人は一瞬だけそちらへと目を向け、再びティファニアへと戻す。
どう仕様もないほどの怒りが、才人を包んでいた。(こいつ等は、艦隊を囮にして、ここに少部隊を回して来たんだ。考えが足りなかった。セイヴァーがいるから、と安心し切ってた)、と後悔するが、後の祭りであることもまた理解する。
情けなくて、悔しくて、でもどうにもならなくて、才人達は“エルフ”達を睨んだ。
「赦さねえ」
小舟の上から、才人は一足に跳んだ。着地と同時に1人の“エルフ”を斬り下ろして殺そうとした其の時、ティファニアの叫びが脳裏に響いた。
「殺しちゃ駄目! 私達、ホントに悪魔になっちゃう!」
才人は咄嗟に太刀筋を変え、銃を切り落とした。
“エルフ”は次いで“魔法”を唱えようとしたが、才人に思い切り柄頭を鳩尾に叩き込まれ、悶絶する。
残りの水兵達は銃を捨てて、曲刀を抜き放った。
才人は、(テファはまだ生きてる!)、と喜びを感じ、幾分か冷静になることができた。
どの道、“エルフ”の水兵が握った曲刀では、“ガンダールヴ”の人達すら受けるのは不可能で在るのだが。
10秒も経た無い内に、“エルフ”の水兵達は獲物を叩き落とされ、這々の体で海の飛び込み、逃げ出した。
才人はティファニアに駆け寄ろうとしたが、小舟の上に攀じ登ったファーティマが、瀕死に近いティファニアに銃を突き付ける。
「動くな! その剣、と妙な武器を仕舞え!」
その“エルフ”の少女――ファーティマはティファニアに顔立ちが似ている、とうことに才人は気付いた。
「ちょっとでも動いたら、こいつを撃つ」
「動かなくっても、撃つんだろ?」
「おまえの銃撃と、こちらの射出。どちらが速いか比べるか?」
冷静な声で、才人は言った。
「良いか? 長耳。良く聴け。ティファニアを撃ったら、俺はおまえを絶対に殺す。なにがあっても、絶対に殺す!」
「この!」
ファーティマは才人に銃を突き付けた。
その瞬間、才人は跳躍した。
その跳躍が余りにも素早いモノであったために、ファーティマには視界から才人が消えたように見えた。肩に衝撃が奔り、ファーティマは小舟の上に崩れ落ちる。頭上から、才人に依る一撃を受けたのである。
峰打ちではあるが、肩の骨を砕くには十分であるといえるだろう。
激痛で、ファーティマは昏倒する。
それには目もくれず、才人はティファニアに駆け寄った。
「テファ!」
ティファニアが負っている傷は酷かった。身体中に銃弾を撃ち込まれ、虫の息である。
慌てて治療を施そうとするのだが、才人は自分がなにも持っていないということに気付く。
才人は、ティファニアを抱え起こした。
後悔と、哀しみが一緒に襲って来て、(俺が、もうちょっと頭が良かったら……陸戦隊を寄越すことなんて簡単に予想できたのに……ちょっと冷静になってみれば判ることなのに。焦って、冷静な判断ができなくなっていたのは俺だ。せめて、せめてさっき……ティファニアの言う通りに連れて行ってれば……)と才人はどうにもならなくなってしまった。
「テファ! テファ!」
才人が必死に呼び掛けると、ティファニアの目がユックリと開いた。ホッとしたのも束の間、その目から急速に生の光が消えて行く。
「しっかり! しっかりしろ!」
そんな月並みな台詞しか口にできないほど、今の才人は、焦りと哀しみなどが綯い交ぜになり、訳が理解らなくなっていた。
「良かった……間に合って……」
「間に合ってないよ! 俺……馬鹿だ。テファを守れ無いで……何が“ガンダールヴ”だ! なにが“
「違うの……そうじゃ無いの。私、嬉しいの……“召喚”を唱えたら、サイトが来てくれた。私の居場所……あったんだって……私とサイト、ちゃんと絆で結ばれてたんだって……」
才人の目から涙が溢れた。(そこまで俺の事を)、と想ったことで、もうどうにもならなくなったのである。
「居場所なんか、どこにだってあるよ! だから、だから……」
ティファニアは、咳込みながら“呪文”を唱え始めた。
「我が名はティファニア・ウエストウッド……い、5つの力を司るペンタゴン……こ、この者に祝福を与え……我の“使い魔”と……なせ……」
弱々しくティファニアは才人の頭を抱えた。
ティファニアのその目を見た時、どうして自分の前に“ゲート”が開いたのかを、(普通で在れば。本来で在れば……別の誰かの“使い魔”になっている俺の前に、“ゲート”は開かないだろう。でも、テファの想いは、そんな理を撃ち壊したんだ。ただ、俺との絆を得たい、という想いが、“魔法”の理を超えたんだ)と才人は理解した。
ティファニアが首を傾げる。
才人はユックリと、その唇に自身のそれを押し当てた。そうしなければならなかった。
才人からすると、(之はティファニアの、最期の願いだから。此処迄俺の事を)、と其の気持ちがとても意地らしく、ティファニアの事が此の上無く“愛”しく感じられたので在る。また、それしかできないことがとても悲しく、もどかしくも感じられた。心の中で、何度も詫びた。涙が次から次へと溢れ、ティファニアの頬をも濡らして行く。
ティファニアは唇を離すと、小さく「ありがとう」と呟き、目を閉じた。
「テファ……!」
そう呟いた時、なにかが焼け付くような、刻印が刻まれるような激痛を、才人は感じた。
激痛と心が潰されるような悲しみに耐え切ることができず、才人は気を失った。