“ガリア”の首都“リュティス”。
郊外に位置した、“ヴェルサルテイル宮殿”では、“聖地回復連合軍”を組織するための会議が行われている。
広い会議室の上座に座るのは、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ。その後ろには、補佐官としてジュリオが影のように立っている。
自身の城であるにも関わらず上座をヴィットーリオに譲り、向かって右側に座っているのは、“ガリア”新女王として即位したばかりのジョゼットである。だが、彼女は今、“シャルロット女王”としてこの席に座っている。ジョゼットが、シャルロットことタバサの双子であるということは、混乱を避けるためにまだ公にはしていない。この事実を知る者は、家族――姉であるタバサ、母親であるオルレアン公夫人、タバサの“使い魔”であるシルフィード、タバサの“サーヴァント”であるイーヴァルディ、オルレアン一家の執事であるペルスラン、才人やルイズを始めとしたタバサとの交友関係を持つ“魔法学院”の面々、そして、この場にいるヴィットーリオとジュリオ、また、彼等2人の直属の部下だけである。
ヴィットーリオの左に座っているのは、アンリエッタである。
更にその左には、“ゲルマニア”皇帝、アルブレヒト3世の姿が見える。
そして、各国の将軍や文官達が、末席へと続いて行く。
が、この会議室の中に“アルビオン”女王の姿はない。代わりに、ホーキンスが出席している。
会議は重苦しい雰囲気に包まれている。その沈黙を破るように口を開いたのは、“ゲルマニア”のアルブレヒト3世であった。
「聖下に御伺いしたいのだが、よろしいかな?」
尊大な態度を崩そうともせずに、アルブレヒト3世が口を開いた。
「どうぞ」
「“聖地回復連合軍”を組織すると言われるが、単刀直入に勝ち目はあるのですかな?」
「勝ち目がある、ないではありません。我々は住処を失おうとしている」
「斯と言って、戦は闇雲に仕掛ければ良いというモノではない。下手に手を出して、逆に滅ぼされたらなんとする? 滅亡を早めるようなモノですぞ?」
「我々には切り札があります」
「ああ」
と、アルブレヒト3世は鼻白むような表情を浮かべる。
「なんですかな? 使者の方より聞きましたが、真の“虚無”が復活したとか?」
「その通りです」
「“虚無”と言えば伝説の“系統”。もしそれが本当なら……」
そこでアルブレヒト3世は、辺りの面々を見回した。誰もが真剣な顔をしている。ふむ、と髭を扱きながら、アルブレヒト3世は首肯いた。
「本当のようですな」
アルブレヒト3世のその顔が、厳しいモノへと変わる。
「驚かれないのですか?」
アンリエッタが、軽く驚いた顔で尋ねる。
「驚いて欲しかったのですか?」
今まで内心小馬鹿にしていた男にそう返され、アンリエッタは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「そりゃあ、地面が浮き上がる時代ですからな。伝説も目を醒ますと言うものでしょう。ですが、それだけで安心されよと言われても困る。私は貴方方とは違い、なるほど伝統を知らぬ田舎者。“始祖”の血を引いてはおりませぬ。で、あればこそ、伝説、などというモノに全てを賭ける気にはなりません。私はこの目で見たモノしか信じられませぬ故」
冷徹な現実主義者の顔で、アルブレヒト3世は言い放った。彼の祖国“ゲルマニア”は、野蛮な成り上がりの国と揶揄されることが多かった。だが、その格下には格下ならではの意地というモノが、その表情には漂っている。
「“虚無”の
するとアルブレヒト3世は、その質問を待っていたと言わんばかりの顔で、笑みを浮かべる。
「“アルビオン”の艦隊を吹き飛ばしてみたり、空に幻影を浮かべてみたり……確かに派手ではある。だが、それが果たして“エルフ”に通じるかどうか。未知数でありますな」
「それが“虚無”だと、御存知でしたか」
「私だって、ただ眺めていただけではありませんからな。さて、私はこうも聞いている。あの“アルビオン”艦隊を吹き飛ばした規模の“
アンリエッタは困ったように、ヴィットーリオの方を見詰めた。実のところ、アンリエッタもそれが疑問に想えてならなかったのである。ルイズやヴィットーリオが使う“虚無”。確かに強力ではあるが、“エルフ”を相手にして自由に扱えるモノであるのか、あとどれくらい放つことができるのか、という疑問を。それに加え、今は才人とティファニアが攫われ、ルイズ達はそれを救けに行っている状況である。今現在直ぐに行動できる“虚無の担い手”は、ヴィットーリオとジョゼットの2人だけである。そのような状態で、“聖地回復連合軍”を組織しても大丈夫だろうか、という疑問も、だ。
アルブレヒト3世は、追い打ちを加えるように言葉を続けた。
「戦を決めるモノがなにか、教皇聖下は御存知か? 駆け引き。策略……恐らくはそう御考えなのだろうが、そんなモノではありません。力です。単純な力こそが1番強い。我等はその力を持っているのかどうか。私が知りたいのはそれだけです」
「聖下。私も、“ゲルマニア”と同じ考えですわ」
アンリエッタも同意する。
「しかも、現在は“担い手”を複数欠いている状態です。このような状況で、“エルフ”相手に勝ち目はあるのですか?」
「その件については心配なさらぬよう。手は打ってあります」
「本当ですか?」
「ええ。手練の使い手を、派遣しております」
アンリエッタは、皆のことが心配でならなった。彼女にとって、彼等はただの戦の駒ではないのである。信頼できる友人達なのだから。それから、(望みがあるとすれば……攫う、ということは、生かして置くつもりということよね。“エルフ”の地に乗り込んで行ったルイズ達はどうなったかしら? やはり、捕まってしまったのかしら?)と考えた。次いで、(首に縄を付けてでも止めるべきだったのかしら?)と唇を噛み締めた。
「なにか進展がありましたら、直ぐに私にも報せて頂けますか?」
「もちろんです。さて、先程の皆さんの疑問ですが、“4の4”が揃わずとも、我等の“魔法”は強力です。安易に使う訳にはいかぬ故、そこは信じて頂く他はない」
「どう信じろと!?」
「ここの、“ガリア”女王であられるジョゼット殿の扱う“
「あれが、きちんと撃てると言うのか? もっと大きな規模で?」
これまで黙っていたジョゼットが、口を開いた。
「はい。いくつかの“呪文”を習得しましたが、私はまだ放っておりません。ただ、この身に宿る“精神力”の高まりは、強く感じております。その威力も……」
しばしの沈黙が流れた。
「その言葉が偽りではないという証拠は?」
するとジョゼットは、笑みを浮かべた。
「この件で、“ゲルマニア”皇帝陛下の満足が戴けなかった場合、我が国の領土を半分、提供いたしましょう。もし、のこう領土があれば、の話ですが」
アルブレヒト3世は、ジッとジョゼットを見詰めた。それから深い溜息を吐いた。
「……その御言葉、信じますぞ」
ヴィットーリオは、笑顔になると首肯いた。
「結構。我等の敵地で兄弟達を奪い返し、更に強力な陣営となりて、“エルフ”の首都“アディール”を落とし、“聖地”を取り返すことでしょう」
「そして、その地に眠る“魔法装置”を作動させ、“ハルケギニア”の危機を救う。そういうことですわね?」
「ええ」
アンリエッタは目を細めた。微妙に、ヴィットーリオの顔が曇るのを見逃さなかったのである。
「……ルイズとシオン達の帰還を待って、という訳にはいかないのですか?」
「そうできれば良いのですが」
ヴィットーリオは瞳に憂いを込めた顔で言った。
「“エルフ”側に混乱を起こし、救出を容易くするためには、軍を侵攻させるのが手っ取り早い」
ヴィットーリオの威勢の良いその言葉に、アルブレヒト3世は大声で笑った。
「なにか可笑しなことを言いましたか?」
「いやいや。やっと覇気のある言葉を聞けたことに安心したのです。なるほど、“竜の卵が欲しければ、竜の巣に入れ”という言葉もありますからな。よろしい。乗りましょう。どの道、他に手はないのですから」
「では引き続き、軍の編成をよろしく御願いします」
そう言うと、ヴィットーリオは立ち上がった。
それでもアンリエッタが心配そうな顔で見ていることに気付き、ヴィットーリオは「未だ何か?」と問い掛けた。
いえ……と、アンリエッタは首を横に振る。
ヴィットーリオは、ジュリオを連れて退出して行った。
その後に、“ガリア”女王のジョゼットも続く。
アンリエッタは、そのヴィットーリオの背を見ながら、(この人は、なにか私達に隠している。それも大事ななにかを。セイヴァーさんと同じように)と確信に近いなにかを抱いた。
ヴィットーリオは、自身に用意された部屋に引っ込むと、眉間に指を押し当てる。なにかを考え込むようにした後、首を横に振った。
そんな主人に、ジュリオは笑みを浮かべて言った。
「御疲れですか?」
「まあね」
「僕はたまに、本当のことが言いたくなりますよ」
「私もです」
「斯の地に“魔法装置”など存在しないことを。況してや“4の4”を揃えて完成する“虚無”では、この“大陸隆起”を止められないことを」
「言うべきではないですね」
「それでも我等は、“聖地”を目指す……いいえ、だからこそ、と言った方が良いんでしょうね」
「ええ」
ヴィットーリオは首肯いた。
「地獄のような戦いが、待っているんでしょうね」
「そうだね」
2人はしばし顔を見合わせると、くっくっくっく、と笑い出した。
「我等は耐えられるでしょうか?」
「それは、やってみなければ判らない」
そのような会話をしているので、当然ジョゼットは唇を尖らせる。
「2人でなにを盛り上がっているの? 今日は大事な日なんでしょう?」
「そうだったね」
ヴィットーリオとジュリオは、笑うのをやめた。真面目な顔になると、ジュリオはジョゼットに訊ねる。
「準備は良いかい?」
「私はとっくにできていますわ。でも、ジュリオ以外の人を“使い魔”にするつもりはありません」
ヴィットーリオは、優しく諭すように言った。
「ジョゼット、ジュリオは既に私の“使い魔”なんですよ?」
「知っております。でも聖下は仰ったではありませんか。強い想いは、“使い魔”を引き寄せると」
「ええ」
「かつて、“始祖ブリミル”が最後の“使い魔”を“召喚”しようとした時……“使い魔”になっていた“エルフ”の娘が、再“召喚”された。それは、“始祖ブリミル”が、強く彼女を“愛”していたから、なんでしょう?」
「はい。そうです」
ヴィットーリオは、伝承、に書いてあったことを想い出して言った。
かつて、“始祖ブリミル”は、最後の“使い魔”を“召喚”した際、既に“ガンダールヴ”となっていた“エルフ”の少女――サーシャを喚び出したのである。
「“虚無の使い魔”は、2つの理由から“召喚”される。“運命”、次に“愛”。そうでしょう?」
「そうですよ」
「ならば私が“召喚”する“使い魔”は、ジュリオに相違ないわ。私とジュリオが、あの“セント・マルガリタ修道院”で出逢ったのは“運命”だもの。そして、私は誰よりジュリオを“愛”している。私のこの気持ちだけは、“始祖ブリミル”にも負けないわ」
「それはどうかな?」
ジュリオが、からかうように笑った。
「もう! 信じないって言うの?」
「いや……ただ、そこまで人を“愛”することは難しいってことさ。君が想っているほど、君は僕のことが好きじゃないかもしれない。恋は麻疹みたいなモノって言うだろ?」
「詰まり、私が恋に恋しているって言いたいの? 貴男へのこの気持ちは、“愛”じゃないって。そう言いたいの?」
「そうじゃない。そこまで強いモノじゃないかもって。そういうことさ。あのねジョゼット。僕は君を気遣って言ってるんだぜ? もし、喚び出したのが僕じゃなかったら、君は傷付くだろうからね」
するとジョゼットは、真顔になった。
「傷付く? もし、喚び出したのが貴男ではなかったら、私は死ぬつもりよ」
「おいおい、ふざけたことを……」
ジュリオはそこまで言って、ジョゼットの顔がどこまでも真剣なことに気付いた。
「ふざけてなんかないわ。人を“愛”するってそういうことでしょう? 私はあの“セント・マルガリタ”を出る時に決めたの。一生貴男に着いて行くって。貴男を“愛”していたからよ。貴男への“愛”が、本物でないとうことならば、私の決心も嘘になる。そんな私に、生きる価値なんかないわ」
ジョゼットは、裾に隠し持っていた短銃を取り出した。
「おいおい、ジョゼット。そんなモノはしまうんだ」
「もし、喚び出したのが貴男でなかったら。この場所に“召喚のゲート”が開かなかったら。私はこれで頭を撃ち抜くわ」
ジュリオは無言でそんなジョゼットから短銃を取り上げようとした。
「近付かないで。それ以上近付いたら、私、今直ぐに自分の頭を撃ち抜くわよ」
ヴィットーリオが、微笑を浮かべて言った。
「貴男の負けですね。ジュリオ」
するとジュリオは、困ったように首を横に振った。それからするりと腰から剣を引き抜く。
「理解った。もし、喚び出したのが僕でなかったら、僕はおの剣で己の喉を貫こう」
「貴男は関係ないじゃない。これは私の“愛”の問題なのよ?」
「理解らない娘だな。君の“愛”の問題は、僕の問題でもあるんだぜ? そこまで言ってくれた君の“愛”が嘘なら、僕にだって生きる価値はない」
すると、ジョゼットの目から涙が一筋、溢れた。感極まった声で、ジョゼットは呟いた。
「貴男を“愛”しているわ。ジュリオ」
「僕も君を“愛”しているよ。ジョゼット」
ジョゼットは、左手で短銃を頭に突き付けたまま、“呪文”を唱え始めた。その口から“召喚”の“呪文”が紡がれて行く……。
“呪文”が完成するまでの間、ジュリオもヴィットーリオも口を開かなかった。
“呪文”が完成すると、ジョゼットはユックリと“杖”を振り下ろした。
時間にすればわずかに数秒の出来事ではあるが、ジュリオもジョゼットも、その間を永久の時のように感じた。
ブワッと、そんな重い空気を押し退けるようにして、ジュリオの前に“ゲート”が開いた時……ジョゼットはユックリと床に崩れ落ちる。
「ジョゼット!」
ジュリオは慌ててジョゼットに駆け寄った。その身体を抱え起こすと、ジョゼットの目が薄く開いた。
「安心したら、気が抜けたの……」
ジュリオはジョゼットの手から短銃を取り返すと、部屋の隅に放った。
「馬鹿な娘だ! もし、開かなかったら、本気で死ぬつもりだったのか?」
「本気よ」
ジュリオは立ち上がると、その“ゲート”を潜る。直ぐにジョゼットの前に現れるので、ただ光の鏡を潜ったたけに見える。
ジョゼットは、そんなジュリオにキスをしようとしたが、ジュリオはそれを制した。
「どうしたの?」
だが、ジュリオはそれに答えず、ヴィットーリオの方を見詰めた。
「もし、“胸”に“ルーン”が現れたら、そういうことなのでしょうか?」
「そういうことだね。でも、その可能性はないと言っても良いでしょうね。ジョゼットは、ジョゼフ王の代わりとなる“担い手”。となれば、“使い魔”もそれに準じるでしょう」
「ミス・ヴァリエールが、“ガンダールヴ”を擁するように?」
「ええ」
「……安心しましたよ。殉教はやぶさかではないが、まだやりたいことがありますので」
キョトンとした顔で、ジョゼットが尋ねる。
「どういう意味?」
しばらくジュリオは黙っていたが、そのうちに首を振る。
「いや、なんでもない。ジョゼットが心配しなくても良いことだ。続けよう」
ジョゼットは、“呪文”を唱え始めた。
「我が名は“ガリア”女王ジョゼット。“5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の“使い魔”となせ……”」
そしてジョゼットは、ジュリオに口吻した。
ジュリオは額に焼けるような熱さを感じ、押さえた。
「ジュリオ、大丈夫?」
ジョゼットは、ジュリオに縋り付いた。
「平気さ……なに、胸に現れることに比べたら、額にこの痛みなんかなんでもないよ」
その額の痛みは、ジュリオが“リーヴスラシル”ではないということを示すモノであった。どれほど熱く焼けようが、詰まりは生の痛み……。
その生の痛みに耐えながら、ジュリオは呟いた。
「我等は確実に、“始祖ブリミル”の偉業を
「ええ。最初の“召喚”は“運命”。次は“愛”。己の“使い魔”を“愛”してしまった、“始祖ブリミル”の足跡を、私達は
満足げに、ヴィットーリオは首肯いた。
「となると、残るはティファニア嬢の“使い魔”……皮肉なモノですね。心優しい彼女の“使い魔”が、1番残酷な“運命”を担うことになろうとは」
「全ては、我等“マギ族”のためなのです。民のためとあらば、我等はどんな残酷な“運命”をも、受け入れねばなりません」
ジュリオは目を瞑ると、唄うように言った。
「まさに残酷な“運命”ではありますね。殺しても何度でも蘇る“虚無”」
ヴィットーリオがそれを受けて呟く。
「蘇るのを止める方法は1つだけ」
「だからこそ、彼で成ければ成ら成い」
「ああ。彼ならば必ずや、サーシャの愚は犯さないと信じています」
「ですね」
と、ジュリオは首肯いた。
「心配はしていません。彼はミス・ヴァリエールの為に、110,000の前に立ち塞がった男の1人ですから」
「謂わば、必ずや“愛”に殉じる男」
ジュリオは、東に面した窓を見詰めて言った。
「上手く救出できれば良いのですが」
「そうだね。ホントに、そうだ」