ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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突破戦と悪魔の業

 コルベールが皆に作戦を説明している間、シオンは自室で自身が扱える“魔術”を、なにかを誤魔化すように確認していた。

 シオンもまた、ルイズと同様に不安などを覚えているのである。

 繋がっていることもあり、“原作”となんら変わりのないといえる訳ではないが、限りなく近い展開が保証され、未来(原作終了までの展開)に於いても問題などなに1つないということは、シオンも理解していた。

 が、それでも……未来が、なにか1つの出来事やズレだけで、全く違うなにかに変わってしまう可能性を、シオンは恐れているのである。そしてまた、“剪定事象”であるこの世界だが、“剪定”される時期についてはまだ知らない。いつなんどき終わるとも判らないのである。が、それは決して今ではないということもまた理解していた。それでも……(バタフライエフェクトかなにかで、今にでも、明日にでも“剪定”されてしまうんじゃ……)と云った不安が、シオンを襲っているのである。

 決して目に見えない恐怖が、シオンを包み込もうとしていた。

「大丈夫……大丈夫……」

 シオンが深呼吸をすると同時に、ドアがノックされた。

 

 

 

 

 

 “エルフ”の空中哨戒艦は、“ハルケギニア”のモノとはかなり様相が違っている。“風石”で浮かぶというところは同じだが、帆走する“ハルケギニア”のモノとは違い、まるで馬車のように“竜”に牽引させるのである。

 風任せの“ハルケギニア”の船よりも、平均して1.5倍の速度を出すことができる。

 数十頭の“風竜”によって引っ張られる船体は楕円形で、水棲昆虫のような姿形をしている。舷側には装甲が貼られ、その装甲の隙間から大砲が幾つも覗いている。帆が必要ないということで空いた甲板の上には、“鯨竜艦”のように旋回式の砲塔が備えられている。

 “ハルケギニア”の“貴族”と“エルフ”達は仲が悪いが、“平民”レベルであればそれなりに交易も行っている。“エルフ”の商船を狙って、国境沿いはヒトの空賊が繁く暴れ回っている。

 この哨戒艦達の主な任務は、そういった空賊船から“エルフ”の商船を守ることである。“エルフ”は1人1人が優れた戦士ではあるが、空賊船は数隻で船団を組み、兎に角力押しをして来るのである。そういったこともあって、商船程度であれば直ぐにやられてしまうために、哨戒艦が必要になるのである。

 “未開の地”上空を遊弋する、此の“メスディエ号”もその哨戒艦の1隻である。

 “未開の地”とは、“ゲルマニア”と“砂漠(サハラ)”の間に広がる、森と荒れ地を指す。“エルフ”とヒトはほとんど住んでいない。主に、“亜人”……“トロル鬼”や“オーク鬼”、そして“翼人”が暮らす、広大な手付かずの自然が残る土地である。

 そろそろ夜の帳が下りる頃である。だが、夜とはいっても当然油断はできない。ヒトの海賊船は、“未開の土地”に秘密の港を築き、夜の闇を利用して、“砂漠(サハラ)”に侵入して、村を襲って略奪を行ったりなどをするためである。

 “エルフ”は夜目が利きはするが、それでも昼間と同じほどには見えないのである。従って、見張り達は特殊な望遠鏡を使っている。

 “魔法”を使って、月明かりを何倍にもする望遠鏡である。

 甲板に直接取り付けられた大きなその望遠鏡で、国境付近を見詰めていた見張りの1人が、大声を上げた。

「前方から、所属不明の“フネ”が接近中!」

 甲板にいた空軍士官が、そちらに暗視用の双眼鏡を向ける。

 大きな“フネ”が、“メスディエ号”へと接近して来るのが見える。

「商船ではないな」

 というよりも、実に奇妙な形をしている“フネ”であるといえるだろう。ヒトの“フネ”に必ず付いているはずの帆が見えないのである。また、左右に張り出した翼は大きく、他の“フネ”の倍ほどはある。

「速いです!」

 見張りが驚いた声を上げる。

 凄い勢いで、奇妙な“フネ”が、“メスディエ号”へと接近する。

「停船信号!」

 甲板士官の号令で、スルスルとマストに停船旗がはためき、カンテラを使って発光信号が送られる。止まれ、というサインと何度も繰り返す。

 だが、“オストラント号”は止まらないどころか、速度を緩める気配がない。

「空賊船か?」

 士官はそう口にするが、様子が違うことに気付く。

 ヒトの空賊船であれば、“エルフ”の哨戒艦に気付くと、直ぐに遁走を開始するモノである。であるというのに、真っ直ぐ近付いて来るのだから。

 甲板士官は慌てた。

「砲戦用意!」

 だが、その命令が砲院に届く頃には、更に奇妙な形をした“フネ”――“オストラント号”は近付き、“メスディエ号”の上を通り過ぎて行った。

 大きく翼を広げたようは、砂漠に生息する巨鳥のようにも見える。だが、そのスケールは、巨鳥の比ではない。

「一体なんだ、この“フネ”は!?」

 騒ぎを聞き付け、甲板に上がって来た艦長が通り過ぎる“フネ”を見て叫んだ。

「後ろに、回転する羽根のようなモノが付いておりますな。あれで推進力を得ているのでしょう」

 甲板士官が呆然として言った。

「ええい! そんなことは見れば判る! 兎に角追え!」

 

 

 

「ジャン! あいつ等、追って来たわよ!」

 後鐘楼の上から、背後を確認していたキュルケが伝声管に向かって大声で叫ぶ。

 その声は、機関室で“蒸気機関”を操作しているコルベールや、各甲板で見張りに就いているギーシュ達に飛んだ。

「なに、追い付くものか」

 コルベールは“蒸気機関”に必死になって取り付きながら叫んだ。

 “オストラント号”に全速力を出させるために、機関に相当無理をさせているのである。“魔法”を唱えたり、放り込む石炭の量を加減したりで、缶圧を調整してはいるのだが……保って1日である可能性が高い。

 コルベールは、(帰り道を考えれば……)とそこまで思考を巡らせた後、苦笑した。突入をすれば、無人になったこの“フネ”は真っ先に鹵獲されるか、破壊されるであろうことは簡単に想像できるからである。

 だが、これだけ缶圧を高めている“オストラント号”には、いかな“エルフ”の快速哨戒艦であろうとも追い付くことはできないであろう。追い付く……追い越すことができるのは、“サーヴァント”の“宝具”くらいであろう。

 そのような想いをコルベールが密かに抱いていると、悲鳴のようなキュルケの声が響いた。

「大変よ! あいつ等、“竜騎兵”を出して来たわ!」

 コルベールはギョッとして、機関室を飛び出すと、後甲板に駆け上がった。

 5騎ほどの“竜騎兵”が、近付いて来るのが見える。

「ミス・ツェルプストー。あれだ」

 あれ、と言われて、キュルケは笑みを浮かべた。

「“空飛ぶ蛇君”ね」

 コルベールは、後甲板に備えられた大きなレバーの付いたパネルに近付き、レバーを思い切り押し下げる。

 バゴンッ! と派手な音が響き、翼の下が開いて、中から円筒状の斧が飛び出した。

 コルベールが開発した、“魔法探知誘導弾空飛ぶ蛇君”は、先端に取り付けられた“魔法探知装置”を発信しながら、ロケット推進で次々と飛んで行く。

 その発射炎を見届けたキュルケは“呪文”を唱えた。巨大な火の球が、“杖”の先に現れる。その火の球を、迫り来る“竜騎兵”に向かって放った。

 真っ直ぐに“ファイアーボール”は飛んで行き、“竜騎兵”達の遥か手前で爆発する。

 巨大な光がが、夜空に現れた。

 “竜騎兵”達は、その“魔法”を嘲笑うかのように速度を上げる。

 キュルケの“魔法”に気を取られた“竜騎兵”達に、“空飛ぶ蛇君”が襲い掛かったのはその瞬間であった。

 “空飛ぶ蛇君”は、それぞれ“エルフ”が構えた“魔法武器”に反応し、高速で近付くと、手前で爆発した。

 そのような“魔法武器”を持っているなど、想定も想像もしていなかったであろう“エルフ”の“竜騎兵”達は、強力な“魔法”を使う暇もなく、爆風と破片で、“風竜”から放り出されたり、“風竜”の翼に穴が開いてしまったり、などで次々に脱落して行く。

「やったわ!」

「駄目だ。未だ2騎残ってる!」

 まだ健在な“竜騎兵”が2騎おり、そのことからかなりの使い手であろうということが判る。

 コルベールの“空飛ぶ蛇君”の一撃を躱してみせた2騎が、グングンと近付き、“魔法”を放った。

 “精霊の力”である。

 竜巻のように回転する空気の渦が、甲板に居るコルベール達を襲う。

 コルベールとキュルケは、それを咄嗟に躱した。

 ボンッ! と空気の渦は甲板に打ち当たり、大穴を穿つ。

 その威力に、キュルケは青くなった。

「これは不味いな」

 近付かれてしまうと、“魔法”で応戦する他ない。“蒸気機関”を狙われでもすれば、一巻の終わりであることは見えている。そして、“魔法”の勝負は、“エルフ”に一日の長があるのだ。

 “エルフ”の“竜騎兵”は、御互いをカバーするように、前後に連なって一旦上昇すると、勢いを付けて再び襲い掛かろうとした。

 コルベールとキュルケは“ファイアーボール(炎球)”を唱えたが、素早く飛ぶ“竜騎兵”に上手狙いを定めることができない。

 

 

 

 “オストラント号”の上空で、シルフィードに跨ったタバサは様子を窺っていた。

 戦闘が始まるのと同時に、空へと上がったのである。

 自分が此の救出隊、で唯一の“竜騎士”である、ということの意味を、タバサは良く理解していた。

 “フネ”の上では、その実力を上手く発揮することができない。

 タバサは、月明かりに照らされないように、巧みに“風”を使い、雲を引き寄せて煙幕代わりにしていた。昼の空であれば直ぐにバレてしまう偽装ではあるが、夜空であれば通用する。

 暴れ回る2騎の“エルフ”の“竜騎兵”は、タバサにまだ気付いていない。

「おちび、2騎残ってるのね!」

「理解ってる」

「早く救けないと、大変なことになるのね!」

 タバサは2騎の“エルフ”をジッと観察した。

 “エルフ”の“竜騎兵”は巧みである。1騎が“オストラント号”を攻撃している間、もう1騎士はその上を旋回して、新手を警戒しているのである。まるでダンスを踊るかのように、リズミカルに交互に入れ替わりながら、“竜騎兵”は攻撃を繰り返す。

 タバサは、(これでは、迂闊に手を出すことができない。1騎に攻撃を仕掛けたら、もう1騎に後ろに着かれてしまう……初撃は外せない。だが、中々隙を見出せない。一瞬でもあのリズムが乱れてくれたら)と考え、焦りの汗が彼女の額を伝う。

「僕が、行こうか?」

 “霊体化”しているイーヴァルディが、タバサに声を掛ける。

 が、タバサは首を振る。

「大丈夫。なんとか隙を見付ける」

 

 

 

 キュルケは、“エルフ”の攻撃を避けながら必死になって応戦しようとした。だが、三次元機動で位置を刻々と変える“竜騎兵”に、“魔法”が掠ることがない。それに引き換え、向こうの“魔法”は、大きな“フネ”に次々と打ち当たる。

 “実体化”したハサンが短剣を一投し、“竜騎兵”を掠る。が、ダメージと云うダメージが入った様子はない。

「大丈夫かね!?」

 そこに、ギーシュが駆けて来た。

「見れば判るでしょ!? 全然大丈夫じゃないわよ!」

 コルベールは、推進装置を守るために奮闘している。

 マリコルヌとエレオノールは操舵を担当して居る為に、手が離せない。

 ルイズとシオンがなにをしているのか、キュルケには判らなかった。

 現状、キュルケとギーシュ、ハサンだけで、あの“竜騎兵”をどうにかする必要があるといえるだろう。だが、ギーシュの“魔法”は“土系統”であるために、“フネ”の上ではまるで役に立たない。

 事実上、キュルケとハサンだけでなんとかする必要があった。

「一体あの娘はなにをしているのかしら!?」

 青い髪の、小さな親友に向かって、(タバサの“魔法”があれば、これほどの苦戦は……)とキュルケは毒吐いた。

 その時、ハッ! とキュルケは気付いた。手練のタバサが、このような事態で遊んでいるはずもないのである。絶対になにか策を立てているはずだ、と確信したのである。

「空ね!」

 キュルケは、夜空を見上げて言った。

 タバサは、この夜空で攻撃のチャンスを窺っているのである。

 キュルケは、(となると、私がすべきことは……)と想い、叫んだ。

「ギーシュ! 飛ぶわよ!」

「え? ええええ!? “フライ”を唱えている最中は、他の“魔法”を使えないじゃないか!」

「良いの。タバサがなんとかしてくれるわ! それに、“魔術”が使えるでしょ? ほら!」

 キュルケは、ギーシュを甲板から突き落とした。

「なにをするんだね!? うわあああああ!?」

 落下の最中、ギーシュは“フライ”を唱えると、フラフラと飛び始めた。

 キュルケもその後を追って飛んだ。

 必死になってギーシュは飛んだ。とはいっても、ヒトの身では“竜”ほど速く、また器用に飛ぶことなどできはしない。鮫と水中で戦うようなモノである。

「うわあああああああ!? 追って来た! 追って来た!」

 あたふたと、犬掻きをするようにギーシュは逃げ惑った。

 “風竜”に跨った“エルフ”が“呪文”を唱えようとして、手を振り上げるのが見える。

「やめろ! やめてくれ! 僕は泳げにんだー!」

 と、ずれた事をギーシュが喚いていると……“エルフ”が跨っている“風竜”がビクン! と震えた。

 見ると、“風竜”の首に大きな氷の矢が突き立っている。

「“ジャベリン”? 誰が?」

 ガクッと首を提げると、“風竜”は“エルフ”と一緒に地面へと落ちて行く。

 入れ替わりに空から降って来たのは、タバサとシルフィードである。

「おおおおお! タバサじゃないかね!」

 ギーシュは喜びの絶叫を上げた。

 

 

 

「流石は、天下の“北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)”ね。機を見るに敏だわ!」

 1騎の”竜騎兵”が脱落したのを見て、キュルケは呟いた。

 キュルケを追い掛ける“竜騎兵”が、驚いた表情でタバサの方に顔を向けるのが、見える。

 キュルケは間髪入れずに、“フライ”を解除した。それにより身体は一瞬で重力に捉えられて落下を開始する が、戦いに慣れたキュルケは素早く“詠唱”した。

 タバサとシルフィードに気を取られた“竜騎兵”めがけて、得意の“ファイアーボール(炎球)”を、キュルケは撃ち込む。狙い過たず、炎球は“風竜”の翼に撃ち当たり、炎上した。

 熱さに耐え兼ねて、口を開いた“風竜”の口に、深々とタバサの“ジャベリン(氷矢)”が突き刺さる。“竜騎兵”はユックリと落ちて行った。

 数秒技、ふいにキュルケの身体が持ち上がる。

 素早く飛んで来たシルフィードが、その身体を咥え上げたのである。

 ヒョイッとシルフィードの背に、キュルケは飛び乗った。

 タバサは無表情に、前を見詰めている。

「御苦労様」

 そんな小さな親友の頭を、キュルケは慈“愛”の込もった目でかいぐり回した。

 

 

 

 

 

 “竜騎兵”達を撃退してから、3時間が過ぎた。

 夜も更け、雲が双月を覆い隠し、辺りは闇に包まれた。

 交替で操舵輪を操るのは、マリコルヌとエレオノールである。

 コルベールは、“竜騎兵”の“魔法”で調子を落とした“蒸気機関”の整備におおわらわである。

 キュルケは後甲板で見張りに就いている。

 ギーシュは、前甲板で同じく見張りに就いている。

 今現在は、エレオノールが操舵輪を握っている。心配そうに、エレオノールは呟いた。

「はぁ……“エルフ”の本拠地になんかに乗り込んで、私達生きて帰れるのかしら……?」

 マリコルヌは、ボンヤリとした声で言った。

「うーん、まぁ、無理でしょうねえ。普通なら」

「そんなこと言わないでよ。男でしょ? なにか考えなさい」

「は? なに言ってんすか? どうして男だと考えなくちゃいけないんですか? こういう時は男も女もないでしょう? そういう考えがね、御姉さんを不幸にしたんですよ」

「誰がどう不幸なのよ?」

「いや、ほら。婚約解消とか」

 エレオノールの眉が、ピキッと動いた。

「今、操舵輪を握っていなかったら、あんたを立てないようにしているところよ」

「知ってます」

 と、マリコルヌは夢見るような口調で言った。

「だから言ってンすよ」

「ふざけたこと言ってないで、ちゃんと見張りなさい」

「見張ってますよ。御姉さんがちゃんと仕事してるかどうか、をネ」

 その時、前方で見張りをしていたギーシュから、悲鳴のような叫び声が届いた。

「うわあ!? 前にデッカイ戦艦が! 大砲をこっちに向けてる! うわあ!」

 哨戒艦から連絡を受けた近くにいた艦が、進路を予測して待ち構えていたらしい。月明かりに浮かぶ艦影は、夜の闇と相まって、大きく不気味に見える。実際、先程の哨戒艦とは違い、かなり大きな“フネ”である。鐘楼の前後に連装砲塔を2基ずつ、計4基搭載しているのである。連装砲塔だということもあり、砲は8門である。

 その大口径砲が“オストラント号”に向いている様は、恐怖以外の何物でもない、と“オストラント号”に乗る皆には想えるモノである。アレを喰らってしまえば、装甲などを施されていない“オストラント号”は、目に見えてバラバラになる未来しかないであろう。

「なによあれ……?」

 エレオノールはブルブルと震えた。

 マリコルヌは、そんなエレオノールを見て、息を荒くした。

「どしたの? 怖い怖い御姉さん、おっきい戦艦見て怖くなっちゃったの?」

「は? ふざけてないでなんとかしなさいよ! ポッチャリ!」

「じゃあ、“おっきい戦艦駄目~~~~~!” って言えよ」

「こんな時になにふざけてんのよ!?」

「ふざけてないよ。こんな時だから、僕は御姉さんの“おっきい戦艦駄目”が聞きたいのよ。やる気出ないじゃないですか」

「あ、あんたねぇ~~~~~~!」

「おい行かず後家。“おっきい戦艦駄目ぇ~~~~―!” はどうした?」

 真性のマリコルヌは、エレオノールの耳元で息を荒くしながら言った。

「あのねえ!?」

「良いから」

「良くないわよ!」

 マリコルヌは前を見ると、おや? といった調子で呟いた。

「あ、撃ちそう」

「おっきい戦艦駄目~~~~~~!」

 エレオノールはマリコルヌの吐息に鳥肌を立てながら絶叫した。同時に、思わず舵輪をグルグルと回転させる。

 グググ、と軋みを立てて、“オストラント号”は急回頭した。

 “エルフ”の戦艦が主砲を発射したのはその瞬間である。

 急激に進路を変えた“オストラント号”の側を、“エルフ”の戦艦の主砲弾がヒュン! と唸りを上げて通り過ぎて行く。

「躱したぞ!」

 前からギーシュの叫びが響いたが、エレオノールの耳には届かない。隣にいるポッチャリに対する嫌悪感などから卒倒寸前で、舵輪を握っているのである。

「あんたねえ!? 今度巫山戯た事言ったら……」

「ああ? ちげーだろ。おっきい戦艦駄目~~~~! だろ。ほら。この前見た戦艦とどっちがおっきいんだ!? 言ってみろ!」

 同時にマリコルヌは、エレオノールの耳に吐息を掛けた。

 エレオノールは全身鳥肌を立てながら、舵輪をグルグルと回転させる。

 同時に“エルフ”の戦艦は主砲を発射。

 だが、とんでもない急回頭をする“オストラント号”には掠りもしない。敵の主砲を躱し捲くる。まさに神業のような操舵であるといえるだろう。

 だが、“オストラント号”に乗り組んだ全員は、急回頭の度に転がり捲くる羽目に成る。

「なんていう操舵してんのよ!?」

 後甲板にいたキュルケが叫んだが、もちろんエレオノールとマリコルヌには届かない。

 “オストラント号”は次々と、主砲を躱し、鋭い速度で“エルフ”の戦艦の頭上に躍り出た。

 その素早い動きに、“エルフ”の戦艦は対応することができない。“エルフ”の戦艦は、ヒトの“フネ”に頭取られる事態など想定していないのだから当然であろう。ヒトが使う帆走の“フネ”とはまるで勝手が違う速度と機動力を持つ“オストラント号”に、“エルフ”の戦艦は翻弄される結果になるのは自明の理であった。

「今だ!」

 後甲板で、タイミングを図っていたコルベールは、別のレバーを足で上げた。

 “オストラント号”の船腹が開き、中から火薬が詰まった樽が次々と落下する。

 火薬樽は“エルフ”の戦艦の甲板に撃ち当たり、爆発した。

 撃沈には至らなかったものの、砲塔は沈黙し、至る所で火災が派生し、“エルフ”の戦艦は戦闘どころではなくなってしまった。

 燃え盛る“エルフ”の戦艦を尻目に、“オストラント号”は一路“アディール”を目指す……。

 

 

 

 船室の一室で、ルイズは震えていた。先程から砲撃音が聞こ得て来たり、急激に艦が回頭して振り回されたりなどで、怖くて堪らなかったのである。

 ルイズは、(皆戦ってる。私だけ、こんなとkろで震えている訳にはいかない)、とそう想いはするのだが、身体が動かないのである。

 ルイズは、(やっぱり、サイトがいないと駄目なんだ。私。まるで勇気が出ない)とそのようにしていると、(もう駄目だ。あの“エルフ”達が、サイトとティファニアを捕まえて放って置くはずがないわ。とっくに心を奪って、人形みたいにしちゃってる……そんなサイトは見たくない。見たら最後、私は壊れてしまうわ。必死になって戦って、この場を切り抜けたとしても……)といった当然悪い想像ばかりが頭の中を巡る。

 見るのは、壊れた才人の姿。

 ルイズは、(絶対に大丈夫)と必死になって自身に言い聞かせたが、それでも心に映るのはそのような姿ばかりである。(いっそ、そんなサイトの姿を見る前に……)などとも考えるも、その勇気と呼べるモノすらも出ないのであった

 ルイズがそのように怯えて塞ぎ込んでいると、バタン、と扉が開いた。

「シオン、シエスタ……」

 入って来たのは、シオンとシエスタである。

 見ると、シエスタは御盆を持っており、その上にはパンや肉やらワインやらが乗っかっている。

「さ! 御飯ですよ!」

 どこまでも明るい声で、シエスタは言った。

 慌ててルイズは首を横に振る。

「ご、御飯食べてる場合じゃないわ。皆戦ってるし……」

「一山超えたそうですよ。今は皆食事を摂ってます。ほら、言うじゃありませんか? 腹が減っては戦はできぬ、と」

 ルイズは差し出された料理を見詰めた。

 戦闘中に食べやすいように、フォークやナイフを使わずとも食べることができるようになっている。骨付きの肉に、一口大に切られたパン。

 それでも、ルイズは全く食欲を感じられなかった。

「気持ちだけ頂いておくわ」

 そうルイズが言ったら、シエスタは首を横に振った。

「駄目です。他の誰を差し置いても、ミス・ヴァリエールとミス・エルディ、ミス・タバサは食べなきゃ駄目です」

「どうして?」

 するとシエスタは、真剣な顔で言った。

「3人はこの救出作戦の要だからです」

 ルイズは呆然として、(私が、私達が、要……?)とシエスタを見詰めた。

「そうです。驚いてる場合じゃないです。だってそうじゃありませんか。あの恐ろしい“エルフ”に対抗できるのは、ミス・ヴァリエールの“魔法”、そして“サーヴァント”だけ。ミス・エルディは、セイヴァーさんと“契約”を結び、セイヴァーさんが“契約”しているハサンさんに、セイヴァーさんと “魔力”を半分ずつ提供しているそうです。ミス・タバサは、イーヴァルディさんと“契約”して“魔力”を提供しています。さっきは上手く逃げられましたけど、逃げるだけじゃサイトさんとティファニアさんは救けられない。そうでしょ?」

 才人の名前が出た瞬間、ルイズの両目から涙が溢れた。それが引き金となり、ルイズはしゃくり上げるように泣き出してしまう。

「救け出しても……もうサイトじゃなくなってる……“エルフ”が、サイトをそのままにして置くはずがない。ティファニアとセイヴァーと一緒に、心を奪われて……私が誰かも判らなくなってて……」

 シエスタとシオンは、そんなルイズの手を握った。

 そうしていることで、増々ルイズの泣き声は大きくなった。

「嫌だ……そんなサイト見たくない。見たくないよ……」

「良いじゃありませんか」

 優しい声でシエスタは言った。

「もし心を失ってたとしても……サイトさんはサイトさん。そうじゃありませんか?」

 ルイズはマジマジとシエスタを見詰めた。

「仲良くあの“ド・オルニーエル”で、3人で暮らしましょう。もし、それじゃ困る、命を奪って教皇聖下や皆が仰るなら……私もフライパンで戦います。ミス・ヴァリエールも戦ってください。恐らく負けるでしょうけど、そしたら皆で仲良く天国に行きましょう」

 ルイズはしばらくシエスタを見詰めていた。それから、グッと唇を噛んだ。

「そうだね。それも良いかもしれないね。もし、戦いに負けて逃げることができたら、“アルビオン”に来ると良いよ。私が匿って上げるから」

 シオンも冗談めかして言ってみた。

 それからルイズは、ゴシゴシと目の下を拭う。(シオンもシエスタだってそこまで覚悟してるのに……)、と自分は恥ずかしくなったのである。

「ごめんね。シオン、シエスタ」

「どうして謝るんですか?」

「私……“貴族”なのに、“担い手”なのに。とんでもない力を持ってるのに……」

「そう言うもんですよ。私なんか、なにもできないから、こんな気楽に言えるんです。おっきな力を持ってたら、きっとそれだけで潰れちゃいます。力って、そういうもんじゃないですか? だから私、“平民”で良かったです」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわよ? 力を持つ者にはそれ相応の責任とかも確かにあるけど、怖いとかそう言った感情や本能的なモノは、誰もが持ってるもの。“貴族”だとか“平民”だとかは関係ないわ。況してや、大事な人になにかが起きてしまうかもしれないって状況ではね。だから、シエスタも無理をしないでね」

「ありがとうございます。ミス・エルディ」

 シエスタは、シオンの言葉を聞いて、はにかんだ。

 ルイズはゴシゴシと目の下を拭いながら、立ち上がった。

「どこに行かれるんですか?」

「戦って来る。皆だけに、戦わせておけない」

 シエスタの問い掛けに、ルイズは“杖”を取り出し答えた。

 するとシエスタは、ルイズの手を握って引っ張った。

「駄目です。ミス・ヴァリエールとミス・エルディの御仕事は、先ずは御飯を食べること。そして……“精神力”を温存することです。ミスタ・コルベールに頼まれたました。元気付けてやってくれって。忘れないでくださいね。ミス・ヴァリエール達は要なんです。切り札なんです。ここぞというところで御役に立ってくれなかったら、皆困るんです」

「私が、切り札? こんな弱くて情けない私が、切り札?」

「そうですよ。情けなくて、弱いミス・ヴァリエールが切り札なんです。ミス・ヴァリエールは誰よりも弱くて情けないから、神様がとんでもない力をくれたんです。だから精々、皆の御役に立ってくださいね。そのくらいしか存在価値ないんですから」

 シエスタのその言い草に、ルイズは想わず笑った。

「私、ちっぽけね」

「そうですよ。胸も性格も存在価値も全部ちっぽけです。サイトさんは、こんな人のどこが好かったんでしょうね?」

「きっと、弱くて情けないからだわ」

「私もそう想います」

 シオンは、そんな2人の会話に対し、(そんなことないけどな……)と想いはしたが、口にはしなかった。

 ルイズは首肯くと、ガシッとパンを掴んだ。それに齧り付く。味はしない。全く食欲は湧かない。が、そでも一気に水で流し込んだ。

「ぷは」

 それが呼び水で、ルイズは夢中になって料理を平らげ始めた。

 全部食べた後、ルイズはポツリと言った。

「御腹が一杯。ありがとう」

「はい。ではですね、未来の話をしましょう」

「未来?」

 シエスタの言葉に、ルイズはキョトンとした。

「こんなに状況は絶望的なのに?」

「そうです。絶望的だから、未来の話をするんです。精々、楽しいことを考えるんです。馬鹿馬鹿しいことを、真面目に議論するんです。深刻な顔したって、状況はピクリとも変わらないんですから」

 その時、再び砲声は響く。

 “オストラント号”は急回頭。

 ルイズとシエスタとシオンの3人は、船室の壁に叩き付けられてしまう。

「こんな状況で、馬鹿馬鹿しい話?」

「そうです。楽しいじゃないですか。死んだらそれまで。でも、最期の瞬間まで、私、楽しんでやるつもりです」

 鬼気迫る憩いでシエスタは言った。

「そうね。その必要はあると想うわ。それに、ピンチはチャンスって言うしね。前向きに考える事で、良い結果を招くことになるはずよ」

 シオンも、それに同調して言った。

 ルイズが、(本気だわ、この娘達)と想った瞬間、彼女の中でなにかが弾けた。

 シエスタのその超絶楽天的能天気ぶりに、ルイズは、才人に散々「桃髪能天気」と馬鹿にされたことを想い出し、(能天気さで、負ける訳にはいかない)とシエスタに対してメラメラと対抗の炎を燃やした。

 ルイズは深く深呼吸をすると、目を爛々と輝かせて言い放った。

「あいつ……私に夢中よね?」

 シエスタとシオンは笑みを浮かべた。

「はい。ホントそうですね。どこが好いのか理解りませんけど」

「そうね。貴女はとても魅力的な女の子だだからだと想うわよ、ルイズ」

「この戦いが終わたら、私、死ぬほど優しくして貰うわ」

「どんな風にですか?」

 ルイズは、シエスタとシオンに聞こ得る程度の小さな声で囁いた。

 シエスタは、うぶ、と鼻を押さえた。

 シオンは、変わらず優しい笑みを浮かべている。

「……ミス・ヴァリエールも結構エグいですね」

 それからシエスタは、ルイズとシオンに言った。

 ルイズは耳まで真っ赤にした。

「な!? なにそれ!? あんた頭可怪しいんじゃないの!?」

「ミス・ヴァリエールだって相当なモノです。ね? ミス・エルディ。と言う訳で、元気付け代として、1週間のうち3日! 3日は私に貸して頂きます」

「はぁ? 2日よ! 3日は長いわ!」

「……けち」

「なにか言った?」

「言ってません」

「あ、あいつ私に夢中だから、3日もいないと想うけど」

「地獄に堕ちろ」

「なにか言った?」

「言ってません」

 そんなルイズと、彼女を励ますシエスタによるコントのような語らいを、シオンは微笑みを浮かべて見守る。

 砲声や爆発音が響く中、2人の乙女は恋人のことを陽気にいつまでも語り合い、それを1人の少女が見守った。

 

 

 

 

 

 白々と夜が明ける中……“ネフテス”の首都“アディール”の上空には、空軍本国艦隊が集結していた。その数は、前後に砲塔を配置した戦艦が10隻。それよりも一回り地裁巡洋艦が6隻。合わせて16隻である。

 それ等の指揮を執るのは、本国艦隊司令のアムラン上将である。居並ぶ旗下の艦を見詰め、上将は鼻を鳴らした。

「全く、なんたる様だ!」

「南海で訓練を行っている第二戦隊の到着は遅れるそうです」

 そこに副官がやって来て、アムランに報告した。

「加勢など要らん。たかが“蛮人”の“フネ”を相手に、第一艦隊の精鋭を集めるなど、水軍の連中に笑われてしまうわ」

「どうやらその水軍も、例の獲物(とりもの)を失敗したそうですが……」

 すると、アムランの顔が本の少し緩んだ。

「全く! 威勢が良いのは口だけで、相変わらずからっきしの連中だな。あいつ等に出来るのは、精々長ったらしい演説だけだ」

「ですが司令、御気を付けください。報告によると、その“蛮人”の“フネ”は恐ろしいほど速く、我が方の“竜艦”では追い付けないとか。しかも、奇妙な“魔法兵器”を扱うとか……」

「“メスディエ号”は油断していたのだ」

 先立って、沈没の報が届いた艦の名前を、アムランは口にした。

 ヒトの“フネ”に頭を取られ、火薬樽を散蒔かれて発生した火災を止めることができずに、“メスディエ号”は沈没したのである。

「その上、旧型の艦だからな。仕方あるまい」

「それでも、“蛮人”の“フネ”に二線級とは言え戦艦が沈められるなど、前代未聞ですぞ」

「まあ、運が悪かったのだ。だが、この艦隊は運ではどうにもならん」

 アムランは、己が指揮する艦隊を、満足げに見回して言った。

「“蛮人”共に、格の違いと言うモノを見せ付けてやる」

 その時、1騎の“竜騎兵”が、飛んで来る。付かず離れずの距離を保ち、“オストラント号”に接触していた“竜騎兵”である。

 “竜騎兵”は着艦すると、“竜”から飛び降りてアムランの元まで駆けて来た。

「“アディール”の北北東より、敵艦侵入しつつあり!」

 アムランは首肯き、右手を前に差し上げた。

「全巻最大船速! “アディール”の郊外で敵艦を迎え撃つぞ!」

 

 

 

 “オストラント号”の甲板では、全員が並んで前方を見詰めていた。

 偵察に出ていたタバサとシルフィードが、バッサバッサと飛んで来て甲板に着陸する。

「距離40“リーグ”。敵艦隊。16隻」

「結構な数だな」

 エレオノールがゴクリと、唾を呑み込む。昨晩は一睡もしていないのである。目の下には隈ができ、髪の毛はボサボサであり、酷い顔をしている。だが、そんなことを気にしている場合ではない、ということをエレオノールは重々に理解していた。

 この場の全員が、不眠不休で戦っているのである。

「……大丈夫かしら?」

「先生」

「なんだね?」

「ここまでは正直、運が良かったと想います。でもこれは流石に無理です。どうしましょう?」

 コルベールは、コホンと咳をした。

「それではいよいよ、彼女達の出番のようだね」

 ガバッと船室の扉が開き、現れたのはルイズとシオンである。隣には、神妙な顔をしたシエスタが付き添っている。

「この一撃のために、今までミス・ヴァリエールとミス・エルディには、休んでいて頂きました。その間、ずっと“精神力”を高めて貰っていたのです」

「ルイズ……もしかしてあの“爆発(エクスプロージョン)”を撃てるのかい?」

 恐る恐るギーシュは尋ねた。

 ルイズは、それには答えず、サラリと髪を掻き上げた。その髪の隙間から、目から、足の間から、身体中の至る所か溢れ出るのは、自信、という名のオーラである。

 そんなオーラを放つルイズは、此の上も無く美しく、頼もしいといえるだろう。

 ルイズは胸を張ると、颯爽と歩き出す。そして、擦れ違い様に、ルイズはギーシュに尋ねた。

「私は誰?」

 想わずギーシュは直立して答えた。

「ル、ルイズです!」

「フルネーム」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様です!」

「そうよね。“トリステイン”の誇る、旧く由緒ある家柄。ラ・ヴァリエールの家の3女。それが私。そうよね? エレオノール姉様」

 エレオノールは、(なに、生意気……)とは想ったが、ルイズの迫力に圧倒されてしまった。

「え、ええ! そうよ。誇りと伝統あるラ・ヴァリエールの3女!」

「ラ・ヴァリエールはこの私を輩出するためにあったと言っても過言ではないわよね?」

 流石にエレオノールは、なにかを言ってやろうかと想ったのだが、コルベールとシエスタが必死に目配せをしていることに気付き、同意した。

「ええもちろん! 貴女みたいな素晴らしい妹を持って、私ってば鼻が高いわ!」

 ルイズはツカツカと歩いて行く。そして、マリコルヌの前までやって来た。

「私は誰?」

 マリコルヌは、電撃が奔ったかのように直立をして、答えた。

「天下の美少女、ルイズ様です!」

「たりないんじゃないの? 形容」

「天下無双、三千世界に名を馳せる、美の女神も裸足で逃げ出す無敵無謬深淵の中を覗き込むほどの驚きを伴う美少女、ルイズ様です!」

「まあまあね」

 どこがまあまあなのかを気にした風もなく、ルイズは歩き続ける。今度はキュルケの前までやって来た。

「私と姫様、どっちが可愛い?」

 余りにも直球の質問で、流石のキュルケもクラクラとしてしまった。だが、ここでルイズの自信を失わせる訳にはいかない、とキュルケは理解していた。

「も、もちろんルイズに決まってるじゃないの! アンリエッタ様なんて、貴女と比べたらカボチャよカボチャ!」

「当たり前よね。私の方が可愛いわ」

 次にやって来たのは、シルフィードとタバサの前である。

「サイトが好きなのは誰?」

 タバサの眉が、ピクン、と跳ねた。根は強情なタバサである。もちろんそうではないとは想ってはいても、口にせずにはいられなかった。

「わた……」

 と、タバサがそこまで言った時、シルフィードが必死になってタバサに耳打ちをする。

「……おちび! 流石に空気読んどくのね!」

 タバサは拳をグッと握り締めて、なにかを堪えるような仕草をわずかに見せた。それから、表情を圧し殺し、「ルイズ」と言った。

「好いとこあるじゃない。飽きたら上げるわ」

 タバサは俯くと、“呪文”を唱えようとした。

 必死になってシルフィードが押さえ付ける。

「言わせとくのね! 今だけは!」

 最後にルイズは、コルベールの前までやって来た。

「先生」

「な、なんだねっ?」

「こんなに可愛い、素敵な私に想われて、あの犬ってば果報者よね? あの馬鹿、私がいなけりゃなんにもできない可哀想さんだから、しょうがなく救けて上げるんだけど。ついでにティファニアとセイヴァーも」

「ああ! サイト君は天下の果報者だな!」

「たまにティファニアの胸をチラチラ見てるけど、気の所為よね?」

「偶然だろう! うん! そうでなければ私は学者として保証するが、ただの学術的好奇心だろうて!」

「てっきりそうだろうと想ってたわ」

 ルイズは首船に到達すると、スルリと“杖”を引き抜いた。

 余りにもルイズのその動作が美しく流れるようであったために、先程の言動は兎も角、一同は見惚れてしまった。

 キュルケは、呆れた声で言った。

「あにがあったの? 一体……」

 シエスタが、耳打ちするように呟く。

「一晩中、ミス・エルディと一緒に、サイトさんがどれだけミス・ヴァリエールのことが好きかを説明して上げました」

「なんて単純な娘……」

「単純で、我儘で、“愛”に貪欲過ぎて、どう仕様もない人ですよね。でもって弱いから、自信と自嘲を行ったり来たり。でも、そんな人だから、あの人は、“聖女”、になると想いますよ。ホントの、“聖女”、に」

 どことなく晴れ晴れとした声で、シエスタは言った。

 地平線の向こうから、“エルフ”の艦隊が姿を見せる。

 その数はキッカリ16隻である。遠目にも強力そうな大砲を備えた砲塔を回転させ、“オストラント号”に狙いを付けているのが判る。

 一同は、その恐ろしげな姿にざわめいた。

 ルイズは振り返ると、そんな一同に向かって一礼した。

「皆ありがとう。大丈夫。私がなんとかするわ」

 再び、ルイズは前を向いた。昂然と顔を上げる。

「さて、長耳さん達。私の“使い魔”達を返して貰いに来たわよ」

 ルイズは全く臆した風もなく、“呪文”を唱え始めた。

 

 

 

 “エルフ”艦隊を率いるアムランは、眼の前に現れた“フネ”を見て顔を顰めた。

「なんだ? あの“フネ”は。大砲も積んどらん。あんなモノに、“メスディエ号”はやられたのか」

「でも、大した速度ですな! グングンこちらに近付いております」

「速いだけではないか。真っ直ぐこっちに突っ込んで来るとは……あれではまるで砂漠豚と変わらん」

「御気を付けください。鋭い操艦で、“メスディエ号”の砲撃を散々躱したとのこと。それにもしや、なにか策があるのかも……」

「策など……如何程のモノか。我等“砂漠の民(エルフ)”が、“蛮人”如きの策に嵌まるなどということがあるものか」

「司令、その考えは、“鉄血団結党”の碌でなし共のようですぞ」

「あいつ等が碌でもない穀潰しということと、“蛮人”は“蛮人”という事実は、相反しない」

 副官は、そんなアムランを心配そうに見詰めた。

「“悪魔”が乗っているのとは、違いますかな?」

「水軍が捕まえるのに失敗した奴か?」

「いいえ、違いますでしょう。ですが、噂によると“悪魔”は何人もいるとか」

「なにが“悪魔”だ。皆大袈裟に騒ぎ過ぎだ。“”蛮人の“メイジ”は“杖”がなければ“魔法”も使えん、出来損ないの癖に、プライドだけは一人前の木偶の坊だ。どうせ、“悪魔”とて連中に毛が生えた程度だろう」

「そのうちの1人は、水軍の包囲から脱出して退けたのですぞ。どうか御油断なさらぬよう」

「君は水軍と、我が空軍を一緒にするのかね? あの水の上を跳ね回るしか能のない鈍亀共と、“竜”の化身である我等を?」

「いいえ、そうではありませんが……」

「ふん。じきに奴を粉砕してやる。“悪魔”だろうがなんだろが、これだけの艦隊の一斉射を喰らえば一撃だ。艦隊全速! あの“蛮人”共の“フネ”を粉微塵にしてやれ!」

 “竜”を操る“操竜士”達から、「了解!」との歓声が響く。

 旗艦を頭にした蛇のように、“エルフ”の艦隊は一糸乱れずに動き出した。“竜”を操るに長けた、“エルフ”成らではの技であるといえるだろう。

 副官は心配冷め止めらぬようで、望遠鏡を取り出すと接近する“オストラント号”を見詰めた。

「おや……?」

「どうした?」

「船首に、少女が立っております」

「少女? なんだ、呪いのつもりか? 生贄を捧げているつもりか? そうすれば弾が当たらんとでも?」

 自分で言ったその言葉が可笑しいらしく、アムランは笑い転げた。

「いえ……なにやら“呪文”を唱えているような……」

「唱えさせておけ。唱えさせておけ。“蛮人”に、大砲の射程より長く強力な“魔法”を撃てるものならな!」

 

 

 

「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”」

 ルイズは“詠唱”を続けた。何度も唱えた、“エクスプロージョン(爆発)”である。

 シオンは、そんなルイズの“詠唱”に合わせて、腕輪である“魔術礼装”を使用して、ルイズの“エクスプロージョン”の効率化と強化を図る。

 “呪文”の調べは、既にルイズの一部ともいえるほどになっていた。

 古代から綿々と続くリズム。

 “始祖”の囁き。

 唱えるうちに、何故か感情が整理されて行くかのように、ルイズには感じられた。喜び、怒り、哀しみ……そして楽しかったこと。それ等の感情が入り混じり、出口を求めながら1つになって、ルイズの中でうねる。

「“オス・スーヌ・ウリュ・ラド”」

 波のような。リズムのような。

 “魔法”は感情に比例する、といわれている、そういった感情のうねりが、爆発、だとすれば……これ以上、自分に相応しい“呪文”はないだろうというほどに、彼女は感じていた。

「“ベオーズ・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」

 数“リーグ”先に見える“エルフ”の艦隊を、ルイズは見詰めた。

 既に、ルイズの中には恐怖はない。

 あの艦隊を吹き飛ばし、“愛”する“使い魔”を救う。それは確定した未来である、といえるだろう。

 “呪文”を唱えるルイズには、それが理解できた。

 わずかに熱に浮かされたかのような高揚が、ルイズを包む。

 その高揚は心地好く、ルイズを更に冷静にさせた。

「“ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル”……」

 そして、ルイズの中に不意に割り込んで来た感情があった。(私は……“聖地”に向かう)、というまるでなにかにプログラミングでもされたかのように、その単語は、ルイズの脳裏に入って来たのである。

 “聖地”。

 この“エルフ”が治める土地のどこかにある、約束の土地。

 ルイズ達の本能に刻まれた、その言葉。

 その言葉は、ルイズの感情を、この上なく落ち着かせた。全ての感情が、“呪文”に乗って、身体から出て行くかのような感覚を、ルイズは覚えた。そして、その感覚に、ルイズは身を任せる。

 “呪文”が完成して、ルイズは“杖”を振り下ろした。

 

 

 

 アムランが先ず目にしたのは、小さな光の玉であった。

 艦隊の眼の前、空の一点に現れたその光の玉は、見る見るうちに膨れ上がったのである。

 先ず、小さな太陽が現れた、と想った。

 次に、“魔法”だ、ということに気付く。

 アムランは、(“蛮人”が放った? あの船首に立つ少女が?)と疑問を覚えたのと同時に、次いで身体が猛烈な爆風に襲われた。身体を揉み苦茶にされて、アムランは甲板に叩き付けられてしまう。

「――ぐ……!?」

 アムランが痛む頭を振りながら立ち上がると、周りが滅茶苦茶になっていることに気付いた。

 至る所で火災が発生し、そこかしこで水兵が倒れている。

 あれほど従順な“竜”達が暴れ回り、てんでバラバラの方角に飛ぼうとしては、ハーネスに引き止められているために身動きが取れず、悲鳴を上げている。

 足を引き摺りながら、アムランは舷側に寄り、他の艦を見詰めた。

 艦隊の全ての艦が、勢いを失い、激しく燃え盛りながら地面へと行き先を変えようとしていた。

「……何事だ?」

 アムランは、眼の前の事態が理解できないでいた。

 先程まで、アムランの艦隊は威風堂々進撃を続けていた。ヒトの“フネ”を、一撃の下に葬り去るはずであった。

 アムランは、(それがどうして? どうしてこんなことに? “魔法”にしろ、こんな“魔法”は見たことも聞いたこともない。“エルフ”の艦隊が、“蛮人”の艦隊に遅れを取ったことなど……況してやあんな“フネ”1隻に! いや……)と考え。直ぐに首を横に振った。

「あの少女の1人に……だ」

 頭から血を流した副官が、首を振りながらアムランの方へと寄って来た。

「司令。残念ながら本艦はもう駄目です……退艦命令を!」

 副官のその言葉は、もうアムランの耳には入らない。ただ1つの単語が、アムランの頭の中を駆け巡っていた。

「“悪魔”だ。あいつめ、“悪魔”の“魔法”を放ちおった」

 アムランの座乗した旗艦が、グラリと傾いた。

 その傾き方で直ぐに気付く。

 搭載した“風石”が、軒並み消失しなければ、こういった落ち方はしないのである。

 “虚無魔法”は、“風石”から“精霊の力”を奪い取る――取り去る――消滅させたのである。

 アムランは、“虚無”の“(虚無魔法)”に恐怖した。

「“大いなる意思”よ。願わくば我等を“悪魔”の()より救い給え……」

 自分の祈りが届いたのかどうかは、アムランには確かめる術はない。

 

 

 

 “オストラント号”から、“エルフ”艦隊が落ちて行く様を見ていた一同は、声を出すのも忘れ、その様子を見詰めていた。

 この中で、ルイズの本気の“爆発(エクスプロージョン)”を見たことがあるのは、シエスタとシオンだけである。“タルブの村”で、“アルビオン”艦隊を吹き飛ばした奇跡の光……。

 ルイズの身体がグラリと傾いて、慌てて全員が駆け寄る。

「ルイズ!」

 エレオノールが、慌てた顔で妹の身体を支える。

「くぅ……」

「……寝てるわ」

 ホッとした声で、エレオノールが呟く。

「しばらく寝かせて上げよう。短い間だがね」

 コルベールがそう言って、全員が首肯く。

 “エルフ”の艦隊を吹き飛ばすことができたとはいえ、まだ終わりではないのだから。

 全速で進撃する“オストラント号”の前に、白い街並が現れた。

「あれが“エルフ”の国、“ネフテス”の首都“アディール”だ」

 コルベールが指を指して言った。

 一同の間に緊張が奔る。

「さて、いよいよ本番だ。皆準備は良いかね?」

 呆然とした顔で、ギーシュとマリコルヌが首肯く。

 エレオノールも覚悟を決めたような顔で首肯いた。

 キュルケは真っ直ぐに前を見ている。

 シエスタは、心配そうにルイズを介抱している。

 シオンは、静かに“アディール”を見詰め、それから目を閉じた。

 ルイズの“虚無”を見たためか、全員の胸には希望が生まれていた。困難ではあるが、なんとかなるのでは、という希望だ。

 もちろん、なんの根拠もない。

 ルイズは恐らくもう、しばらくの間、あのような“爆発”を放つことはできないであろう。

 だが、まだ幾つかの“呪文”は残っている。それ等は兎に角、“エルフ”に通用する。

 また、“サーヴァント”という切り札もまたあるのだ。

 そしてなにより大きいのは、ここまでやって来ることができたという事実である。

 “エルフ”は決して対抗できない相手ではない、ということを、皆理解することができたのである。

 妙な高揚と自信に包まれながら……“オストラント号”は砂漠の空気を掻き、一直線に“エルフ”の最高権力機関“評議会(カウンシル)”のある“カスバ”へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 ゴトゴトと揺れる振動で、才人は目を覚ました。薄っすらと目を開け、繭のような円筒状の船室の中にいることに気付く。才人は、壁に沿うようにして取り付けられた簡易ベッドのようなモノに寝かされていたのである。

「起きたか?」

 そう問われて、才人はガバッと跳ね起きた。

 才人の眼の前には、気難しそうなアリィーの顔がある。

「てめえ! よくもティファニアを!」

 思わず才人は殴り掛かろうとするが、隣にいるマッダーフやイドリスを始めアリィーの部下達に押さえ付けられてしまう。

「おいおい。勘違いするな。救けてやったんだぜ。まあ、ついでだけどな」

 そこで才人は、自身の反対側の壁に寝かされているティファニアとルクシャナに気付いた。

「テファ!」

 才人は想わず飛び付くように、寄り添った。

 見ると、ティファニアの全身には包帯が巻かれている。その口には“地球”でいうところの酸素吸入器のようなモノが冠せられ、全身には細い管のようなモノが取り付けられている。

 ルクシャナも同様に、ティファニアの頭側のベッドに、縦に寝かされている。

 ティファニアの目は閉じられているが、その胸は微かに上下している。

「生きてるのか?」

 才人がそう尋ねると、アリィーは首肯いた。

「ああ。後ちょっと遅かったら、ここ治療装置ではどうにもならなかったけどな。いや、こいつがいるからそんなことにはならないか。水軍の目を盗んで、君達の所に着いた時には、もう全部終わった後だった」

 ホッとしたことで、才人の目から涙が溢れた。

「良かった……良かった……」

 と、才人は何度も口にして、しばらくそのままティファニアの手を握った。

「精々、感謝して欲しいもんだな」

「どうして俺達を救けた?」

 アリィーがルクシャナを救けに来た、ということを、才人は理解した。なにせ、ルクシャナ曰く「アリィーは、私にべた惚れ」なのである。彼女が裏切り者とはいえど、彼女に対して怒りなどの感情を抱いていようとも、“愛”する婚約者が殺されることに我慢ならなかったのである。

「ルクシャナを救けたことで、僕達も既に御尋ね者だ。だから、非常に不本意なのだが、“蛮人”の国……“ガリア”に亡命しなきゃならない。でも、僕達だけで行ったら命の危険がある。君達の手引きが必要だ」

 疲れた声で、アリィーは言った。

「俺の剣は?」

 才人がそう尋ねると、アリィーはベッドの横を指さした。

 そこにはデルフリンガーと、“自動小銃”などの“武器”が幾つか置いてあった。

「おまえの“武器”も持って来た。これから必要になるからな」

「どういう意味だ?」

「水軍の企ては……おまえ達を抹殺するという企ては失敗した。今頃は血眼になって、“竜の巣”の辺りを捜索しているだろうが……直ぐに蛻の殻ということに気付く。そうなったら直ぐに追手が掛かる。いや、もう既に掛かっているだろう。楽な旅じゃないぜ。精々働いて貰うからな」

「俺達を殺したら困るんじゃないのか?」

 するとアリィーは、溜息を吐いた。

「僕達も1枚岩じゃ無いんでね。たぶん、おまえ達もそうだろうが」

 その時になって、才人は、奥のベッドに寝かされている少女に気付いた。それは、先程ティファニアに容赦なく弾を撃ち込んだファーティマであった。

「あいつもいるのか!」

「仕方ないだろう。あのままおいておく訳にはいかん」

 才人は憎らしげにファーティマを睨んだ。

 やはり意識を失っている様子で、軽く寝息を立てているだけである。

 才人は、今直ぐ跳び掛かってその細い首を締め上げたいという衝動に駆られる。だが、そのうちにファーティマの顔がティファニアに良く似ているということに気付いた。そして、(やめよう。なんにせよ、テファは一命を取り留めたのんだ。ここで怒りに任せてあの少女を切り刻んでしまえば……俺もこの娘と同じになっちまう)と才人は想った。それから、(次、なにかしようとしたら、その時は許さないけどな)と心に誓った。

 それから才人は、壁に設けられた小さな窓を見詰め、驚いた。

 窓の向こうは水である。

 そのことから、才人は、自分達が海中を進んでいるということに気付いた。

「これ、“潜水艦”かよ!?」

「せんすいかん? これは“海竜船”だ。まあ、ほとんど使われてないから、驚くのも無理はないが」

 どうやら、先立って才人が戦った“海竜”に、円筒状の船体を引かせているらしい。

 才人は、(なんでも“竜”に引かせるのが好きな連中だな)とそんな感想を抱いた。

 それから才人は、アリィーの目を見据えた。

「なんだね?」

「1つ、訊きたいことがある」

「まだ質問があるのか。面倒臭い奴だな」

 単刀直入に、才人は切り出した。

「あの“竜の巣”が、“聖地”、“シャイターンの門”なんだろ?」

 イドリスとマッダーフが、想わず立ち上がろうとした。

 が、アリィーはそれを制した。

「それを答えられる立場に、僕はいない」

 しばし、アリィーと才人は睨み合った。

 その時……ベッドに寝かされたティファニアが、わずかに口を開いた。

「サイト……」

 思わず才人は、手を握ったティファニアに向き直る。

「気付いたか? テファ!」

 だが、そうではなかった。どうやら譫言のように、才人の名前を呼んだだけのようである。

「サイト……サイト……どこ? 私を1人にしないで……」

「ここだ。ここにいるよ。もう大丈夫だ。俺が、俺達が着いてるから」

「サイト……」

 ティファニアは、再び口を閉じた。

 沈黙が船内に訪れる。

 才人は、(“ガリア”に帰ったら……“聖地”のことをルイズ達に報告しないと。アリィーやルクシャナは困るだろうが、気遣ってる場合じゃない。こいつ等もそれは承知の上で、俺達を救けたんだろうしな)と考えた。そして、ティファニアの手を握っていると、才人の胸が疼いた。恐る恐るシャツをズラして、才人は自身の胸を覗き込む。

 そこには、見慣れない“ルーン文字”が踊っていた。

「これは……?」

 才人は、先程のティファニアとの“契約”を想い出し、(“使い魔”の印、なのか……? じゃあ、あれは……本当に“使い魔”としての“契約”なのか? “二重契約”? そんなことがあるのか?)と想った。

 それから才人は、傍らのデルフリンガーを握った。左手甲の“ルーン”が光る。

 そのことから、“ガンダールヴ”としての能力はそのままであるということが理解る。

「なあデルフ。この胸の“ルーン”はなんなんだ? 俺、ティファニアの“使い魔”になっちまったっていうのか? ルイズの“使い魔”なのに?」

 だが、デルフリンガーからの返事はない。

 妙な不安が、才人を襲う。

 開かれつつある“聖地”の謎が、この胸に刻まれた“ルーン”が……どこか深い、古より続く“運命”という名前の闇の中に連れて行くような、そんな漠然とした不安が、才人を襲う。

「俺……どう成っちまうんだ? ルイズ……」

 才人は、小窓の外に向かって尋ねた。

 そこには、深い、闇のような色をした海がどこまでも広がっていた。

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