ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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聖地の謎

 陽光の射さ無い、真っ暗な海の底を、円筒形の船がユックリと進んで行く。

 “海竜”の引く、“海竜船”だ。

 水面を走るのではなく、水の中を進む、“潜水艦”のような船である。

 今から数時間ほど前……“エルフ”の水軍に追われた俺達は、ルクシャナを追って来たアリィー達に救出されるかたちで……“竜の巣”から抜け出した。

 アリィーは、“エルフ”の“評議会”に死刑を宣告されてしまったルクシャナを保護して、“ガリア”に亡命するつもりでいるのである。だが当然、“エルフ”だけで“ハルケギニア”に乗り込むということは、流石に無理がある。なので、彼等は“ガリア”王室に顔の利く俺や才人を交渉役にして、亡命を手引きして貰おうという腹積もりでいるのである。

 ゴトゴトと揺れる薄暗い船室の中で、才人はずっと、ベッドに横たわるティファニアの手を握っている。

 ティファニアの身体は“エルフ”の治療装置に繋がれ、全身を包帯で巻かれている。ティファニアは、“鉄血団結党”のファーティマに拳銃で撃たれてしまい、瀕死の重傷を負ってしまったのであった。

 “竜の巣”を脱出してから、もう随分と経つが、ティファニア達はまだ目を覚ます様子はない。

 ティファニアは時々、うわごとのように才人の名前を呟くだけである。

 才人はティファニアの手を握り、声を掛け続けた。

「テファ、ごめん……俺、テファのこと守れなかった」

 ティファニアの側に寄り添いながら、才人は何度も、(テファが撃たれたのは俺の所為だ。少し考えれば、水軍の砲撃が囮だってことくらい、予測できたはずなのに……あの時、せめてテファを一緒に哨戒艇に乗せてれば良かった。なのに、足手纏いだとか、非道いこと言って、テファを突き放してしまった……その結果が、これだ。畜生、なにが“ガンダールヴ”だ、なにが“シールダー”だよ。肝心な時に、大切な人を守れなくて……ちょっと力があるからって、俺、自分のこと過信してたんだ)と自分を責めた。才人は、何かが起こった時、他人を責めるよりも先ず、自分を責めるタイプであるようだ。

 そのことに、俺は少しばかり親近感を覚えると同時に、才人同様に自分を責めざるをえなかった。

 才人は顔を上げると、船室の奥に寝かされた、もう1人の少女を睨んだ。

 ティファニアと顔立ちの良く似た“エルフ”の少女。ティファニアを撃った張本人であるファーティマである。激昂した才人に肩を砕かれ、昏倒していたところを、アリィー達によってこの船に運び込まれたのである。

 ファーティマはあどけない寝顔で、スゥスゥと穏やかな寝息を立てている。

「そう自分を責めるな。そして、彼女を恨んでやな。才人」

「セイヴァー……」

 俺は気持ちを切り替え、実体化し、才人へと出来る限り優しく言葉を掛ける。

「彼女も色々と事情を抱えている。ティファニアと良く似た顔立ちから大体のことは想像できるだろう?」

「…………」

「それに、真に責められるべくは、俺だ。“セイヴァー”などと名乗っていながら、なに1つ救ってはいない。そもそもの話、詭弁ではあるが、救世主は、救う対象が居て初めて意味をな為し、存在しえるモノだ。俺は、やはり“英霊(彼等)”の様に上手くやれないようだ……なにより、俺は全てを識っていながらも、全く動かなかったしな……」

「なんだよ、それ……?」

 才人は声に落胆などを滲ませながら、俺に対して呆れた調子で言葉を返した。それから、奥歯を噛むと、怒りなどを落ち着けるように、深呼吸をした。(彼女はテファを殺そうとして、傷付けた。絶対に赦せない。もし……もし、あの時テファが殺されていたら……俺はきっと、怒りに任せて復讐を……でも、なにはともあれ、テファは一命を取り留めたんだ。セイヴァーの言ったように、なにか理由があるのかもしれないし。もう、やめよう。そんなことをしたって、テファが悲しむだけだ)、と考えた。

「……サイト、ねえ、サイト……セイヴァー、さん……そこにいるの?」

 ティファニアが目を瞑ったまま、唇を微かに動かした。だが、意識を取り戻した訳ではない。先程から、もう何度も、熱に浮かされたように才人と俺の名前を呼んでいるのである。

「才人、手を握ってやれ」

「ああ……大丈夫、俺は、俺達はずっとここにいる。俺は……テファの“使い魔”だから」

「サイト……」

 そんな才人の声に安心したのだろう、ティファニアはまた、穏やかな寝息を立て始めた。

 才人は握る手をそっと離すと、小さく溜息を吐いた。

「……“使い魔”、か」

 呟いた途端、胸の“ルーン”がズキリと疼いたように、才人は感じた。

 才人の胸には今、新たな“使い魔”の“ルーン”が浮かんでいるのである。

 生死の狭間にあったティファニアが、薄れ行く意識の中で唱えた“召喚”の“呪文”。その喚び掛けに応じて、才人はティファニアの元に喚び出されたのである。

 才人は、ティファニアの「私、嬉しいの……“召喚”を唱えたら、サイトが来てくれた。私の居場所……あったんだって。私とサイト、ちゃんと絆で結ばれてたんだって……」という言葉を想い出した。

 本来、既にルイズの“使い魔”となっている才人の前に、“召喚”の“ゲート”が開く道理はない。だが、才人を想うティファニアの願いは、そのような“魔法”の“(ことわり)”すらも超えて、才人を新たな“使い魔”として再“召喚”してみせたのである。いや、そもそもの話――。

 “使い魔”を“召喚”するために必要なのは、“運命”……そして、“愛”。

 だが、同時に才人の頭には、幾つもの疑問が浮かんで来て居た。

 才人の左手甲には、“ガンダールヴ”の“ルーン”が刻まれたままである……ということは、才人はルイズの“使い魔”でありながら、ティファニアの“使い魔”でもあるということになる。

 才人は、(“使い魔”の二重“契約”……本当にそんなことがありえるのか? 4番目の“使い魔”の能力って、一体どんなモノなんだ? “ガンダールヴ”は“武器”を自在に扱い、“ヴィンダールヴ”は生き物を操る、そして“ミョズニトニルン”は汎ゆる“魔法の道具(マジック・アイテム)”を使うことができる。じゃあ、4番目の“使い魔”は?)と考えた。

 鈍く疼くような痛みに、才人は何だか、妙に不吉な予感を覚え、(俺達、これからどうなっちまうんだろう?)と想った。

 才人は、船室の窓から見える、真っ暗な海に目を凝らし、(今は一体、どこを進んでいるんだろう? もう“エルフ”の国の国境を超えた頃だろうか……?)と考えた。

「ルイズ達、きっと心配してるよな……」

「だろうな」

 “ド・オルニーエル”に残して来てしまったかたちになったルイズのことを想い出し、才人は胸が苦しくなった。(ルイズ、俺の可愛い恋人。クルクルと動く深い鳶色の目。桃色掛かったブロンドの髪、透き通るような白い肌、それに、小さく控えめな胸……なにもかもが“愛”おしい。早くルイズに逢いたい……逢って、思い切り抱き締めたい)、と“ネフテス”に来てから未だ数日しか経っていないというのに、そのような強い想いが込み上げて来たのである。それから、(ルイズだけじゃない。シエスタに、タバサやキュルケ、シオン、コルベール先生、姫様、ギーシュ、マリコルヌ、それに“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の仲間達……皆に逢いたい。そうだ。俺、“ハルケギニア”に戻ったら、皆に“聖地”の事を報告しないと)、と仲間を想うのと同時に、大事なことに想い当たり、頭を抱えた。

 “聖地”。“始祖ブリミル”が最初に降り立ったといわれる土地。“エルフ”が“シャイターンの門”と呼ぶ場所。教皇ヴィットーリオ曰く、「そこに“大陸隆起”を止めるための、“魔法装置”がある」という。

 その“聖地”を巡って、“ハルケギニア”の民と“エルフ”は幾度となく戦って来た。

 才人には、(”聖地”は、あの海母の棲む”竜の巣”だ)、という確信があった。それは、”ガンダールヴ”の”槍”が”聖地”の直ぐ近くで発見される、あの”竜の巣”には“戦車”や“戦闘機”を始め“小銃”や“ロケットランチャー”を始めめ“原子力潜水艦”などの”地球”の”武器”が沢山あった、といったことから得た確信である。

 あの場所――“聖地”は、6,000年前は陸地であったのである。

 才人は、(でも、そのことを素直に話してしまって、本当に良いんだろうか? 教皇もジュリオも、なにかを隠してる気がしてならないし、“風石”の暴走による“大陸隆起”によって、“ハルケギニア”は滅亡する……それは本当だとしても、まだ、どうしても拭い切れない不信感が……もしかして、教皇は“聖地”の場所なんて、とっくに知ってるのかもしれない……あそこには、本当はなにがあるんだ? 海母は、あの海の底にある洞窟が、ただのゴミ捨て場だと想ってたみたいだし。あの場所に本当に“魔法装置”なんてモノがあるなら、それを海母が知らないのは可怪しい。セイヴァーは、きっと総てを識ってるだろうけど……訊けば教えてくれるか?)と考え、俺へと目を向けた。

 開かれつつある“聖地”の謎。新たに刻まれた“使い魔”の“ルーン”。そして、初代“ガンダールヴ”であったサーシャが、ブリミルを殺した理由……。

 そして、(6,000年前にあの場所でなにがあったのか、その謎を解き明かさ為きゃ、“ハルケギニア”を本当に救うことはできない……)と才人には何故か、そのような気がしてならなかった。

 その6,000年前のことを1番良く知っていそうな者は2人ほどおり、才人の相棒の方はもう何時間も前からずっと沈黙したままである。

 才人は、傍らの壁に立て掛けてある“日本刀”に話し掛けた。

「なあ、デルフ、頼むから起きてくれよ。おまえに相談したいことが山程あるんだ」

 だが、デルフリンガーからの返事はない。才人の胸に、4番目の“使い魔”の“ルーン”が浮かんでから、うんともすんとも返事を返すことがなくなったのである。意識を失ってしまっているのか、それとも、ただ寝たふりをして居いるだけなのか、才人には判らなかった。

「なんなんだよ……これ、そんなにヤバイもんなのか?」

 才人は増々不安になって、自分の胸元を見下ろした。それから、俺へと質問をしようと口を開く。

 その時、船室の扉が乱暴に叩かれた。

「入るぞ、“蛮人”、“イブリース”」

 扉を開けて入って来たのは、朝食の皿を2つほど手にしたアリィーであった。

 アリィーは床に座る才人と壁にもたれ掛かる俺へと一瞬目をやり、それから直ぐに、ティファニアの頭側のベッドに寝かされているルクシャナに視線を移した。

「彼女の様子はどうだ?」

 才人は首を振った。

「まだ起きてない。でも、苦しんではいないみたいだ」

「そうか」

 アリィーはルクシャナのベッドに歩み寄ると、辛そうに唇を噛んだ。

「僕に、“治療魔法”の素養があれば良いんだがな」

 ルクシャナの負った傷は深く、“エルフ”の使う“精霊の力”をもってしても、簡単には治療することができないほどであった。また、アリィー達は戦士としての訓練を受けた“エルフ”であるということもあって、治療に関しては余り得意ではないのである。

「ハーフの娘の容態はどうだ?」

「テファはずっとうなされてる。なあ、この治療装置で本当に大丈夫なのか?」

「僕達も手は尽くしたさ。でも、この船に積んであるのは、あくまで応急用の装置だからな。どこかで、もっとまともな治療を受けさせないと」

「なあセイヴァー。どうにかならないのか?」

「可能だ。今の俺には無限とも言える“英霊”達の力がある。当然、傷の治療など朝飯前だ」

「なら……」

「だが、俺は“イブリース”だからな……こいつ等がそれを受け入れるかどうか、話はそれで決まる」

「…………」

 俺と才人の会話を聞いて、アリィーは葛藤しているのだろう、苦しそうに唇を噛んだ。

 アリィーは才人の横に腰を下ろすと、朝食の皿を仏頂面で差し出した。

「イドリスが作った朝食だ。食べ給え」

 それは、薄いクレープのような生地に、炙った肉とスライスした玉葱、たっぷりの野菜の葉を挟み、赤色のソースを掛けた食べ物である。

 “ハルケギニア”では見たことのない料理ではあるが、才人はこれに良く似た食べ物を知っていた。

「“地球”の“ケバブサンド”に似てる」

「ケバブ? なんだそれは?」

 アリィーは怪訝そうな顔をした。

「俺達の故郷に似た料理があるというだけの話だ。だが、まさか俺の分まで用意してくれるとはな。“サーヴァント”に食事は要らないが、それでもモチベーショ維持の為に欲しいと想っていたところだ。感謝する」

 俺の言葉に、アリィーは面喰らった様子を見せた。

「悪いけど、食べてくれ。今は食欲がない」

 才人は首を横に振った。正直なところ、才人は今物凄い空腹を感じていた。だが、(眼の前でティファニアが苦しんでいるってのに、俺達だけが食べる訳にはいかない)と想ったのである。

「駄目だ。無理にでも腹に詰め込んでおけ」

「後で食べるよ」

「また水軍の連中と戦闘になるかもしれないんだ。おまえが動けないと、僕達も困る」

「そうだぞ、才人。腹が減っては戦はできぬ、と言うだろう? それに、食べずにいて、ティファニアが目を覚ました時に、逆におまえが倒れていては話にならん」

「……理解ったよ。食べれば良いんだろ」

 アリィーと俺の説得に、才人は不承不承といった様子でそのケバブサンドのような食べ物を掴んだ。それから、大きく口を開けて齧り付き、自棄になったかのように口の中に詰め込むと、水筒の水で、んぐ、んぐ……と一気に流し込んだ。

「んぐ、ぐ……美味え!」

「ふむ。確かにこれは……なかなかに」

 そのケバブサンドに似た食べ物は、とても美味しいといえる。甘辛のタレで味付けされた肉を野菜毎噛み千切ることで、肉汁が口の中に溢れ、玉葱の甘みと、たっぷり効かせた香辛料の香りが強烈に広がるのである。

 久々に口にした食べ物に胃が刺激されたのであろう、才人の腹はたちまちギュルギュルと鳴り始めた。まるで、自分の身体が、空腹であったということを突然想い出したかのように。

「全く、野蛮な食べ方だな。これだから“蛮人”は。そこの“イブリース”……セイ、ヴァーとかを見倣ったらどうだ?」

「うるせ。“地球(あっち)”ではこうやって食べるんだよ」

 指に付いたソースを舐め取りながら、才人は憮然として言い返した。

 

 

 

 朝食を腹に収めて一息吐くと、ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのであろう、才人の気持ちは少しばかり落ち着いた。

 才人は窓の外の暗闇を見詰めながら、アリィーに尋ねた。

「俺達、今どの辺りにいるんだ? もう国境を超えたのか?」

「まだだ。軍船と違って、この“海竜船”はそんなに速度を出せないからな。それに、最短の海路には、水軍が網を張っている」

「連中、まだ俺達を追って来てるのか?」

「当然だろう。おまえ達は“悪魔”で、僕達は“エルフ”の裏切り者だ。水軍を牛耳っているあの“鉄血団結党”の連中は、兎に角“悪魔”を殺すことに命を賭けてるんだ。どこまでも追って来るに違いない」

 それから、アリィーは、奥のベッドで眠るファーティマに目をやった。

「人質になるかもしれないからと想って連れて来たが、正直、役に立つかどうかは判らないな。“悪魔”を殺せるとなれば、仲間でも見殺しにするだろう、そういう連中だ」

 才人は不安そうに船室の天井を見上げた。

「じゃあ、俺達、これからどうするんだ?」

「“エウメネス”を中継して、陸路で“ガリア”に向かう」

「“エウメネス”?」

「“砂漠(サハラ)”の最南端にある街だ。“蛮人”と“エルフ”が交易している」

「ヒトと“エルフ”が? そんな場所があるのかよ?」

 当然、才人は驚いた。

 基本プライドが高い“エルフ”は、ヒトと交流などを持つことがない……持とうとはしないのである。

 そのために、才人からすると、にわかには信じることができないことであったのである。

「“評議会”は認めていないがね。国境付近では、まあ、そういうこともあるのさ。ルクシャナが“蛮人”……おまえ達ヒトを研究するために、しばらく出入りしていた街だ」

 アリィーはルクシャナに視線を移した。

「“エウメネス”には、“エルフ”の治療施設がある。そこで2人を治療しよう」

 その時、船室が大きく揺れ、船のスピードがガクンと落ちた。

「どうしたんだ?」

「“海竜”の機嫌が悪いようだ。様子を見て来よう」

 アリィーは立ち上がった。

「おまえ達も少しは寝ておけ。いざという時に戦えるようにな」

「良いよ。テファが目を覚ました時、起きてないとな」

「ふん、頑固者の“蛮人”め」

 アリィーが呆れたように肩を竦める。それは、アリィーが毛嫌いしていた、“蛮人”――人がよくする仕草であった。

 と、ベッドの上で、呻くような声が上がった。

「……ん、うう……」

「テファ!?」

 才人はハッとして、顔を上げた。だが、直ぐに、その声の主がティファニアではないということに気付く。

「この、“悪魔”ど、もめ……!」

 美しい透き通るような金髪が揺れる。

 ベッドから起き上がったファーティマの碧眼が、俺と才人を憎々しげに睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “砂漠(サハラ)”の夜が白々と明けて行く……黒い煙を激しく噴き上げながら、ルイズやシオン達を乗せた“オストラント号”は全速力で飛び続けた。

 “フネ”を止めるモノは、もうなにもなかった。

 戦艦10隻と巡洋艦6隻からなる、“エルフ”の空軍艦隊は、ルイズの放った“爆発(エクスプロージョン)”によって、1隻残らずに撃沈したのである。もちろん、殺すことなく、“フネ”と“風石”のみに干渉をして。

 だが、激しい戦闘を潜り抜けた“オストラント号”もまた、既に満身創痍の状態であるといえるだろう。装甲には大きな穴が幾つも空き、無理をさせ続けていた“蒸気機関”は今や壊れる寸前である。こうして無事に飛んでいるのが、奇跡とも想えるほどである。

「ジャン、見えて来たわ!」

 キュルケが船縁から身を乗り出して言った。

「あれが“エルフ”の都市、“アディール”か」

 “エルフ”の国、“ネフテス”の首都“アディール”。

 砂漠を囲む海に突き出すような形で造られた、巨大な人工都市である。

 整然と立ち並ぶ白壁の建物。縦横に走る巨大な運河。周辺の海上には、同心円状の埋立地が幾つも浮かび、その間を多くの“フネ”が行き交っている。

 その余りの規模に圧倒され、コルベール達は想わず、溜息を漏らした。ルイズとシオンも、これ以上の大きさなどをしたモノを、夢で見たことがある。が、それでも、実際に目の当たりにしてしまうと、溜息を吐く他なかった。

 “ハルケギニア”の都市とは全く異なるその光景は、“エルフ”とヒトとの圧倒的な技術力の差を、まざまざと見せ付けているといえるだろう。

 同時に、コルベールは、(私達はこれから、こんなモノを造る連中を相手にしなくてはならない……)、といった暗澹たる気持ちになった。

 海に突き出した“アディール”の中心部に、巨大な白塗りの塔がそびえている。目測で200“メイル”近くもあるその塔は、“ハルケギニア”にあるどの建築物とも似ていない。一切の無駄な装飾を廃した、機能的な外観をしている。その建物こそが、“エルフ”の最高権力機関“評議会(カウンシル)”のある、“カスバ”である。

 “アディール”の中心部まで、後十数“リーグ”……。

 全員が緊張する中、ギーシュが口を開いた。

「コルベール先生、質問があるのですが」

「なんだね? ミスタ・グラモン」

「僕達は、どこに着艦するのですか?」

 塔の屋上には、“風竜”の発着場らしきモノがあるが、とても大型の“フネ”が着艦できるようには見えない。

「あの塔に突っ込む」

 コルベールはキッパリと言った。

 シオンは、やっぱり、といった様子を見せる。

 が、ギーシュ達は耳を疑った。隣のキュルケまでもが目を丸くする。

「ちょっと、正気なの?」

 操舵輪を握るエレオノールが叫んだ。

「もちろん、こんなのは正気の沙汰ではない」

「は?」

「だからこそ、“エルフ”を少しは混乱させられる可能性がある」

 コルベールは大真面目に言った。

 敵の裏を画く奇策、などという立派なモノではない。だが、“エルフ”と正面からまともにやり合ったところで、ヒト側には万に1つも勝ち目などないといえるのである。だからこそ、万分の1の可能性に賭ける、といった方法しか、コルベールは想い付かなかったのである。

「幾らなんでも、無謀過ぎるわよ!」

「“エルフ”の本拠地に乗り込むという時点で、既に無謀の極みでしょう」

 コルベールは言い返した。

「も、もし、失敗したら?」

「そりゃあ、木っ端微塵だろうなあ」

 マリコルヌが愉しそうに言った。

「あ、あんたね……下手すれば死ぬのよ?」

「だから、責任重大っすよ。御姉さんの操縦次第なんだから」

「甲板から蹴り落とされたいの?」

「まあ、美人の御姉さんと一緒なら、心中もそんなに悪くないですけどね」

「それは絶対、嫌よ」

 マリコルヌを船縁に転がすと、エレオノールは、覚悟を決めたように操舵輪を握り直した。

「こんな所で死ねないわよ。まだ結婚だって諦めてないんだから」

 “オストラント号”は、進路を真っ直ぐ“カスバ”へと向けた。

 険しい表情で甲板に立つコルベールの側に、キュルケがそっと寄り添う。

「ジャン、あたしは貴男に着いて行くわ。例え地獄の果てまでも」

「ありがとう、ミス・ツェルプストー」

 キュルケはふと、甲板の隅に座る青い髪の親友のことが気になった。

「呆れた。貴女、こんな時にまで本を読んでいるの?」

 タバサは本に目を落としたまま、コクリと首肯いた。

「本当、マイペースな娘なんだから」

 キュルケは、(なにがそんなに面白いのかしら……?)とタバサの背後に忍び寄り、表紙のボロボロになったその本を覗き込んだ。そして、怪訝そうに首を傾げる。

 タバサが読んでいるのは、挿絵の付いた、子供向けの本である。

「珍しいわね。いつもは小難しい本を読んでる癖に」

「大切な本」

 タバサのその言葉に、側にいるイーヴァルディは微笑む。

「ふうん」

 キュルケは興味を失ったように呟くと、今度は船首の方へと目を向けた。

 そこではシエスタの膝の上で、ルイズが眠っている。そして、その近くでは、シオンとハサンが2人を見守っていた。

 ルイズは、“エルフ”の艦隊に特大の“エクスプロージョン”を放ったことで、“精神力”が底を突き、その場で眠り込んでしまったのである。

「可哀想に。次の目覚めは騒々しくなりそうね」

 

 

 

「“蛮人”がここに攻めて来るだと?」

「アムラン上将はなにをしていたのだ!?」

 その頃……“カスバ”の“評議会”は、混乱の真っ只中であった。

 なにしろ、本国の空軍艦隊が壊滅し、ヒトの“フネ”が直接この“アディール”に乗り込んで来るのだから。長年に亘る“エルフ”とヒトとの戦争の歴史の中でも、前代未聞の大事件であるといえるほどである。

「ふむ、我々はどうやら、“蛮人”の野蛮さを少し侮っていたようじゃな」

 議長席に座る老“エルフ”テュリュークの呟きに、議員達は渋い顔になった。

「笑い事ではありませんぞ。統領閣下。連中はきっと、あの“悪魔の担い手”共を取り戻しに来たのでしょう」

 議員の1人が言った。

「まさか、この“カスバ”に乗り込んで来るつもりですかな?」

「ここにはわずかな衛兵しかおりませんぞ」

「なに、“蛮人”共など、乗り込んで来たところでなにができる」

 若い“エルフ”の議員が嘲笑い、何人かがそれに同調した。

 確かに、評議会の“エルフ”は、その1人1人が強力な“精霊の力”の行使手である。ヒトの“メイジ”に遅れを取ることなど先ずありえない。故に、そう侮るのもまた無理のないことであった。

 侃々諤々の議論の中で、テュリュークは1人、(全く、度し難い阿呆共じゃ)と内心で頭を抱えていた。

 なにしろ、この期に及んで、まだのんびりと会議をしているためである。

 数百年に亘る平和と安寧が、“評議会”を腐敗させてしまった。その挙げ句に“鉄血団結党”の如き狂信者達の台頭を許してしまったのだから。また、これは、彼等“エルフ”の民族的意識や性格……言い方はキツめだろう が、選民主義やヒトを見下す考え方などが、こういったことを招いたともいえるであろうが。

「相手が“蛮人”とて、油断は禁物じゃ。現に本国艦隊は全滅したのじゃからな」

 テュリュークが議論に水を差すと、全員が気不味そうに口を噤んだ。

「兎に角、余り“蛮人”を侮らぬ方が良いということじゃ。連中は、我々の想いもよらぬ方法で攻めて来るやもしれんからのう」

 そんなテュリュークの言葉にも、議員達は納得しかねている様子を見せる。

 テュリュークは溜息を吐くと、難しい顔で虚空を睨み、何かをジッと考え始めた。

 

 

 

「ミス……ミス・ヴァリエール、起きてください」

「う、ううん……」

 シエスタが優しく方を揺すると、ルイズは寝返りを打った。

「……サイト、だ、駄目よ、御庭で首輪なんて……もう、なに考えてるのよ……?」

「なんて夢を見てるんですか」

 シエスタはジト目になった。

 シオンは苦笑する。

「寝惚けてないで、早く起きてください。“エルフ”に対抗できるのは、ミス・ヴァリエールの“虚無”と“サーヴァント”だけなんですから」

「……ん……もう、赦せないわ……絶対、赦せないんだから。き、“貴族”の私に、そんな恥ずかしい格好、させるなんて……」

 シエスタは溜息を吐くと、ルイズの耳元に顔を寄せた。

「本当に起きてくださいよ。ほら、起きて……起きてください。起きろ、胸無し。貧乳。俎板。“タルブ”の大平原」

 シエスタが口を開くたびに、寝ているルイズの身体はピクッピクッと動く。

「ぺったん、ぺったん、ぺったん御胸~~」

 耳元で謎の歌を歌い始めたシエスタの声に、ルイズの耳がピクピクと反応をする。

「ミス・ヴァリエールの御胸はぺったんたん~、すっとんとんのぺったんたん~」

 とうとう……当然、ルイズはガバッと起き上がった。

「メイド、あ、あ、あんたね!」

「あ、やっと起きましたね。ほら、突っ込みますよ、準備してください」

「突っ込む?」

「はい。あの塔に、“フネ”ごと体当たりするらしいです」

「は?」

 ルイズの眠気が一気に吹き飛んだ。

「なに? なに言ってるの? 意味が理解らないわ」

 その時、“オストラント号”の甲板が大きく斜めに傾いた。

「――ちょ、ちょっと、なに……きゃああああああっ!?」

 ルイズとシエスタは抱き合たまま甲板の上をゴロゴロと転がり、シオンは身体能力を強化してしっっかりと足を着け、ハサンは“霊体化”している。

「突入するぞ! ミスタ・グラモン、“フネ”の舳先に“硬化”を!」

 コルベールが号令を掛ける。

 ギーシュ達は必死に船縁に捕まりながら、腕輪型の“礼装”を用いて自身や“魔法”の威力を強化し、“硬化”の“呪文”を唱え始めた。

 “魔法”の光が“オストラント号”を何重にも覆って行く。

「総員、近くの手摺に掴まれ!」

 “オストラント号”は斜めに傾いたまま、グングンと高度を下げて行く。

「ふん、こうなったら、やってやるわよ! 行かず後家の意地を見せてやるわ!」

 エレオノールが操舵輪を握りながら、自棄糞気味に叫んだ。

「その意気っすよ、御姉さん」

「御黙りなさい!」

 エレオノールはまたマリコルヌを舷縁に蹴り転がした。

 塔の“エルフ”達も、ようやく、“オストラント号”の行動の意図に気付いた様子を見せる。バルコニーに出て来た“エルフ”の衛兵達が、慌てて“精霊の力”を用いて“魔法”を唱え始める。無数の火球や光の矢、風の刃が放たれ、“オストラント号”の装甲が剥がれて行く。これだけの巨大質量を撃ち落とすことは無理であっても、せめて進路を逸らそうというのであろう。

「子豚、あれを吹っ飛ばしなさい」

「はいはい、でっかいの御見舞してやりますよ、っと」

 マリコルヌは転がるように前甲板の主砲に取り付くと、ペロッと舌を舐めた。

 砲塔にペイントされた、342、の数字。

 “オストラント号”の主砲は、もちろんただの大砲ではない。コルベールが無理矢理改造して搭載した“タイガー戦車”の“88mm砲”である。

 レンズを覗き込み、“エルフ”のいるバルコニーに照準を定めると、マリコルヌは発射レバーを思い切り引いた。

 ガウンッ!

 と、轟音が鳴り響く。

 砲身から勢い良く煙が噴出し、巨大な薬莢が排出される。同時に、真っ直ぐに飛んだ砲弾が、塔のバルコニーを粉々に粉砕してみせた。

「やるじゃない、ぽっちゃり!」

 衝撃波で吹き飛んで来たマリコルヌの頭を踏みながら、エレオノールが操舵輪をグルングルンと回す。

 マリコルヌは幸せそうな顔で踏まれるがままである。

 巨大な“カスバ”の威容がグングンと迫る。

 50”メイル”、40”メイル”、30”メイル”、20”メイル”……。

「打つかる!」

 ギーシュが叫んだ。

 次の瞬間、“オストラント号”の舳先が、塔の壁に衝突した。

 ドオオオオオオオオオオンッ!

「――きゃあああああああッ!?」

 予想以上の衝撃に、ルイズとシエスタは想わず船縁から手を離してしまった。

 “フネ”の外に2人の身体が放り出される。一瞬の浮遊感を覚え、(あ、落ちる……)と想ったその瞬間、なにかに襟首を掴まれ、グンッと持ち上げられた。

「え?」

「きゅいきゅい、全く、ちび桃は世話が焼けるのね!」

 ルイズは恐る恐る目を開けた。

 タバサを乗せたシルフィードが、ルイズとシエスタの襟首を爪で引っ掛けていたのである。

「あ、ありがとう」

 ルイズが呟くと、タバサは無表情でコクリと首肯いた。

 盛大に舞い上がった土煙が晴れる。

 巨大な“オストラント号”の舳先が、塔の中腹に埋まっていた。

 装甲の大部分は破損したものの、動力はなんとか無事なようである。もし、木造の“フネ”であれば、例え強化した“硬化”の“魔法”を掛けていようとも、ポッキリと折れていたに違いない。

「全員、無事のようですな」

 コルベールが咳き込みながら立ち上がった。

「ミス・エレオノール、実に素晴らしい操舵でしたぞ」

「もう、無茶苦茶よ……」

 エレオノールが咳き込みながら文句を言った。

「さて、これより“エルフ”の総本山へ乗り込む。君達、覚悟はできているかね?」

 コルベールの言葉に、誰もが無言で首肯くと、其々“杖”や“剣”を引き抜いた。

「よろしい」

「では、コルベール殿。行きましょうか」

「ええ。ハサン殿も、準備はよろしいようで」

 コルベールとハサンが先陣を切って、“フネ”の甲板から飛び降りた。続いて、ルイズ、シオン、キュルケ、ギーシュ、マリコルヌ、タバサ、イーヴァルディとそれに続く。

 “メイジ”ではないシエスタ、そして操舵手であるエレオノールは、“エルフ”を人質に取った後、直ぐに飛び立てるように“オストラント号”に残った。

「気を付けるのね、おちび、きゅいきゅい!」

 心配そうに鳴くシルフィードに、タバサは「大丈夫」と首肯いた。

 船縁から身を乗り出したシエスタが、ルイズ達に声を掛ける。

「ミス・ヴァリエール、ミス・エルディ、絶対にサイトさんとミス・ウエストウッド、セイヴァーさんを連れて 帰って来てくださいね。約束ですからね」

「ええ、約束するわ」

「ミス・ヴァリエールも、無事に帰って来なきゃ駄目ですよ」

「もちろんよ」

「絶対、絶対にですよ!」

「理解っているわ」

「もし……もしミス・ヴァリエールが帰って来なかったら、私、サイトさんを取っちゃいますから」

「それは駄目」

 ルイズが即答すると、シエスタはニコッと微笑んだ。

「あら、足が震えてるわよ、ギーシュ」

「なに、これは武者震いと言う奴さ」

 からかうキュルケに、ギーシュは嘯いた。

「相手が“エルフ”だからなんだ。サイトは僕の“ゴーレム”に、何度叩き退めされても立ち向かって来た。“平民”が“メイジ”に立ち向かったんだ……いや、ちきゅう、出身だから“平民”とは違うのか?。まあ、それに比べれば、“エルフ”と戦うくらい、大したことはないさ」

 ギーシュは“杖”をグッと握り締めた。

「なにしろ仲間を救うために戦うんだ。そして、絶対に皆で無事に帰る。これは、名誉の戦い、だぜ? 君」

「そうそう、仲間と……おっぱい“エルフ”ちゃんだ。最高じゃないか。“ロマリア”の連中の唱える“聖戦”なんかより、よっぽど単純で好いね」

 マリコルヌが言った。

「ああ、ついでに世界も救うんだからな。君、もしここから生きて帰って来ることができたら、僕達は大層モテるんじゃないかね?」

「ギーシュ、君にはモンモンがいるだろ」

「それはそれさ。モテて困ることはなにもないだろう?」

「まあね」

 2人は不敵に笑い、肩を叩き合った。

「あんた達ね……」

 そんな2人を、ルイズがジト目で睨む。

 コルベールがコホンと咳をした。

「突入したら、なるべく、身分の高そうな“エルフ”を人質に取るんだ。そして、サイト君達との人質交換を申し出る」

「身分の高そうな“エルフ”を、どうやって見分けるの?」

 と、ルイズが尋ねる。

「少なくとも、衛兵の格好をしていない“エルフ”だ」

 “アーハンブラ”にいた“エルフ”――ビダーシャルみたいな奴ね、とルイズは勝手に想像した。

「下から上って来る衛兵は、私が引き受ける」

 タバサが言った。

「1人で大丈夫なの?」

 ルイズが心配そうに声を掛ける。

「大丈夫。単独行動は慣れてる。それに、今は……」

「1人じゃない。僕も着いている」

 イーヴァルディが剣を構え、強く言った。

「気を付けてね」

 タバサは小さく首肯くと、“フライ”の“呪文”を唱え、塔から飛び降りた。

 それに続いて、イーヴァルディが跳び降りる。

「ミス・ヴァリエール、“虚無”はあとどれくらい放てそうかね?」

「多分、数回くらいは使えると想うわ」

 ルイズは強がったが、当然、艦隊を沈めたあの特大の“エクスプロージョン”を使ったことで、“精神力”はほとんど突きている状態である。だが、絶対にサイトを救うのだ、というその想いが、ルイズの心を震わせていた。心の震えは、“虚無”を唱える“精神力”そのものであるといえるだろう。怒りよりも、喜びよりも、悲しみよりも強い……サイトを想う、その心の震えがある限り、大抵のことはどうとでもできるのである。

 それからルイズは、(サイト、待ってて……私、必ず貴男を救けるわ。もしかしたら、“エルフ”に記憶を奪われているかもしれない、私のこと、忘れてしまっているかもしれない。そうだとしても、絶対に諦めないわ。だって、私は“使い魔”であるあいつの御主人様で、こ、恋人なんだもの……そうよ、あいつと再逢したら、今度は目一杯抱き締めて貰うわ。そんで、キ、キスだってして貰うんだから……)と想った。

「ちょっと、なにぼーっとしてるのよ?」

 キュルケが怪訝そうに眉を顰める。

「ぼ、ぼーっとなんてしてないいわ!」

 ルイズの顔が真っ赤になった。

 ルイズの其の様子に、シオンは優しい笑みを浮かべる。

「では行こう。サイト君とティファニア嬢、セイヴァー君を救うために」

 コルベールが“杖”を真上に掲げて言った。

 全員、無言で“杖”の先を合わせると、塔の中に突入した。

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