ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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エルフの塔

 “カスバ”に突入したルイズ達一行は、コルベールを先頭にして通路を突き進んだ。

 壁の両脇に掲げられた、藍丹の様ような“魔法装置”が、扉の並ぶ通路を薄暗く照らしている。建物の内部は、彫刻や絵画など、無駄な装飾や遊びなどの一切が排除されており、“ハルケギニア”の宮殿とは全く異質な雰囲気を感じさせて来る。

 建物に低いサイレンの音が響く。

「足音はなるべく立て無いように。ここからは、私の指示に従ってくれ給え」

 コルベールは小声で言った。その額にジワリと汗が滲む。これまでの人生で感じたことのない、凄まじい緊張感を今覚えているのである。見取り図もない状態での、敵地への潜入。かつて、“魔法研究所(アカデミー)実験小隊”の小隊長であった頃には様々な作戦を指揮して来たコルベールではあるが、このような無謀な作戦は初めてであるのだから。しかも、相手は“エルフ”である。

 コルベールは、(果たして、生きてここから出られるだろうか? 最悪、もし作戦の遂行に失敗したとしても、生徒達だけでも逃がさなくては……)と表情を一層険しくした。

「“エルフ”達は、どこにいるのかしら?」

「そりゃあ、御偉いさんの集まる場所は大抵、建物の上の方にあるんじゃないかね?」

 小声で囁くルイズに、ギーシュが答えた。

「まあ、“ハルケギニア”では、そうね」

 更に進むと、通路の交差する広間のような場所に出た。

 コルベールは足を止め、後に続く生徒達を“杖”で制した。

「ジャン、どうしたの?」

「“エルフ”だ」

 簡潔なその言葉に、全員が息を呑む。

 通路の先に姿を現したのは、衛兵の制服を着た“エルフ”達である。“エルフ”は、たった1人でも、ヒトからすると一騎当千の戦士である。それが、3人もいた。

 既にルイズ達に気付いている様子であり、抜き取った刀剣を手に、走り込んで来る。

 コルベールは即座に“フレイム・ボール”を唱えた。

 “スクウェア・クラス”の“メイジ”の放つ炎の4乗。“炎球”選りも二回りほど大きい炎の塊が3つ、緋色の尾を曳き、“エルフ”達に襲い掛かる。

 爆発。次いで、轟音が連続して空気を震わせ、通路を激しい炎が荒れ狂う。

 温厚なコルベールの印象は掛け離れた、容赦の一切ない攻撃に、背後のルイズ達は息を呑んだ。

「人質にしなくて良いんですか?」

 マリコルヌが問うた。

「衛兵では人質にならないだろう。それに……」

 コルベールは険しい表情で、燃え上がる炎の向こうを睨む。

「手加減できる相手ではなさそうだ」

 ゴウッと風の吹くような音がした。

 すると、炎はまるで大きな渦に吸い込まれるかのようにして、たちまち消滅してしまった。

 “エルフ”の戦士達は、火傷1つ負っていなかった。

「あれが“エルフ”の“先住魔法”か……とんでもない力だ」

 コルベールは唸った。

 “エルフ”の戦士達は“エルフ語”でなにか言葉を叫んだ。

 “悪魔(シャイターン)”という単語が聞こ得て来ることから、ルイズ達は罵りの言葉であることを理解した。

「ここは僕に任せ給え」

 ギーシュが勇ましく前に出て、薔薇の“杖”を振った。7枚の花弁が宙を舞ったかと想うと、短槍を手にした7体の“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”が出現し、“エルフ”の前に立ちはだかる。

「行け、僕の“ワルキューレ”!」

 ギーシュが号令を放つのと同時に、“聖堂の戦乙女”達は真っ直ぐに突撃した。

 だが、武器を手にした“エルフ”達は当然軽々と跳躍すると、縦横無尽に剣を振るい、“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”の軍団をたちまちバラバラにしてしまった。

「おいおい、嘘だろう?」

 ギーシュの顔が目に見えて青くなった。

 コルベールの額にも冷たい汗が浮かぶ。

 華奢な“エルフ”の身体に、とてもそのような力があるようには見えない。

 そのことから、武器も肉体も、“精霊の力”で強化しているであろうことが簡単に想像できる。

「こりゃあ、逃げた方が良さそうだね」

「私も賛成だ」

 マリコルヌの提案に、コルベールが首肯く。

 ここで徹底抗戦をする意味はないのである。ルイズの“虚無”や“サーヴァント”の力であれば通用するであろうが、このような所で切り札を切る訳にもいかないのである。

「こっちにも通路があるわ」

 ルイズが反対側の通路を指指した。

「良し、急ぎ給え。ここは私が足止めする」

 コルベールがスッと“杖”を突き出した。

 その尖端から、巨大な炎の蛇が躍り出る。

 生徒達の前では決して見せることのない、感情のない冷たい笑み。

 コルベールのその触れば火傷しそうな気配に、キュルケとシオン、ハサン以外の全員がゾクリと背筋を震わせた。

 “炎蛇のコルベール”。その“二つ名”を象徴する炎の蛇は、鞭のようにしなると、“エルフ”の戦士達へと襲い掛かる。

 猛り狂う炎の蛇に、流石の“エルフ”の戦士達も、蹈鞴を踏んだ。まさか、ヒトの“メイジ”にこれほどの使い手がいるとは予想だにしていなかったのであろう。

「先生!」

「早く、行くんだ!」

 コルベールの鋭い声に、ルイズ達は慌てて通路の奥へと駆け出した。

 コルベールは後退しながら、2匹目の炎蛇を出現させた。無論コルベールは、ここでいつまでも踏み留まることができるなど、想ってはいない。なにしろ、相手は“エルフ”なのだから。

 コルベールは一瞬、通路の天井に視線を移した。そして、冷徹に計算をする。(もう少し、引き付けるべきだな)、と考え、2匹の炎蛇を絡み合わせ、執拗に獲物を追い立てる。

 攻めあぐね、業を煮やした“エルフ”の1人が、なにか“呪文”を唱え始めた。

 それがどのような種類の“魔法”であれ、完成すれば当然コルベールに勝ち目はない。強力な“精霊の力”の前では、小手先の“魔法”など通用しないのである。

 コルベールは、(そうはさせんよ)と炎蛇を消滅させると“炎球(ファイアーボール)”の“呪文”を唱えた。次いで、立て続けに3発、天井の亀裂へと向かって。

 爆発。

 天井は轟音と共に崩落し、真下にいた“エルフ”達を押し潰した。

 恐らく、“オストラント号”が衝突した時に出来たモノで在ろう。

 コルベールは後退しながら炎蛇を巧みに操り、“エルフ”達をその亀裂の下へと誘導していたのである。

 コルベールは“杖”を振り、崩れ落ちた瓦礫の山に“土魔法”の“錬金”を掛けた。

 瓦礫の山はたちまち固まり、1つの大きな塊になってしまう。

 “エルフ”達はもちろん“精霊の力”を用いて肉体を強化していた。瓦礫の山に押し潰されたくらいでは、死にはしない。だが、多少の足止めにはなるであろう。

「急がねばな」

 コルベールが急いでルイズ達の後を追おうとした、その時である。

 “錬金”で固めたはずの瓦礫の山が、まるで生き物のように、ヌルリと動いた。

 

 

 

 階下の衛兵を足止めするために、別行動を取ったタバサとイーヴァルディは、“オストラント号”の砲撃によって破壊されたバルコニーの残骸に、降り立った。

 “エア・ハンマー”でガラスの窓を叩き割り、塔の中へと侵入する。衛兵の注意を引き付けるため、わざと派手な音を立てたのである。

 タバサとイーヴァルディが足を踏み入れたのは、“魔法”の藍丹の灯りに照らされた、円形のロビーのような空間である。奥に大きな金属製の扉がある。

 と、次の瞬間、その扉が勢い良く開いた。

 現れたのは、武器を手にした6人の“エルフ”達である。

 タバサは即座に、“ウィンディ・アイシクル”の“魔法”を放った。

 鋭利な5本の矢が、“エルフ”達目掛けて飛んで行く。

 しかし、氷の矢が目標に到達することはなかった。“エルフ”達の周囲に吹く、竜巻のような風に、アッサリと弾かれてしまったのである。

 “風”の“精霊の力”である。

 だが、もちろんそれはタバサも予測していた。その腕、相手の力を確かめるために、敢えて威力の低い“魔法”を放ったのである。

 敵の中に、あの恐るべき“反射(カウンター)”の使い手はいない、と……タバサはそう判断した。

 あれほどの“精霊の力”を扱うことができるのは、“エルフ”の中でも極一部なのである。

 タバサは“杖”に“ブレイド”の“呪文”を掛ける。

 イーヴァルディが切り込み、その次にタバサも素早く斬り込んだ。

 “エルフ”の反応は鈍かった。ヒトの“メイジ”は大仰な“詠唱”をして、隙だらけ……それが“エルフ”達の常識であるためだ。素早く動き、敵に唇の動きを見せずに戦う、そんな暗殺者のような“メイジ”と戦うことなど無論、“サーヴァント”との戦闘など初めてであるのだ。

 “杖”の尖端から延びる真空の刃が、“風盾”ごと、リーダー格の軍服を切り裂く。

 “エルフ”が驚愕の表情を浮かべた。

 タバサは“杖”を素早く回転させ、至近距離で“ジャベリン”を放った。

 巨大な氷の槍が胸当てに直撃し、リーダー格の“エルフ”は吹き飛ぶ。

 “杖”を引き戻しながら、(先ず、1人)とタバサは冷静にカウントした。

 本来のタバサの戦闘スタイルは、遠距離から手数の多さで圧倒するモノである。“ブレイド”を用いた接近戦は然程得意ではないのだ。

 だが、強力な“精霊の力”を使う“エルフ”と正面切って戦っても、タバサだけでは勝ち目など絶対にない。

 故に取り得る戦法は、先手必勝。ヒトの“メイジ”を侮っている油断を突き、混乱しているうちに、倒し切ってしまうというモノだ。

 それでも駄目なら、イーヴァルディを頼る……タバサは、自身の“サーヴァント”を信頼していた。

 “杖”に更なる“魔力”を込めながら、タバサは心が冷たく凍て付いて行くのを感じた。精神が極限まで研ぎ澄まされ、周囲がスローモーションのように見える。目を見開く“エルフ”の表情までもが、今のタバサにはハッキリと知覚することができた。

 あの頃の――“北花壇騎士団(シュバリエ・ド・ノールバルテル)”の7号、“雪風”のタバサ、と呼ばれていた……あの頃の、冷徹な、絶対零度の心に戻る必要を感じ、戻ってみせたのである。

 が、それだけではなかった。

 今のタバサには、背中を任せることができる存在がいる、守りたい者達がいる、救いたい人がいる。

 故に、冷徹で絶対零度の心でありながらも、奥底には暖かいモノがあり、かつてのそれよりもはるかに素早く靭やかに、強く動くことができていた。

 タバサは背後に微かな気配を感じた。それは、長年、影の始末屋として勘を磨き続けて来たタバサだからこそ感じ取ることができた、ほとんど直感のようなモノである。

 タバサはとっさに身を屈めた。頭上をスレスレを剣の軌跡が薙ぐ。

 振り向き様に、背後に回り込んだ“エルフ”に“ジャベリン”をタバサは撃ち込んだ。

 吹き飛ぶ“エルフ”を視界の隅に確認し、タバサは残る4人へと目を向ける。

 そのうちの3人は既にイーヴァルディが昏倒させており、タバサは残る1人に斬り掛かった。だが、敵も然る者であり、不可視の刃の尖端を紙一重で躱し、“精霊の力”を行使するために“魔法”を唱え始める。

 タバサの心に、微かな焦りが生まれた。

 “メイジ”の“魔法”は基本、“精霊の力”には太刀打ちできない。

 タバサは追撃を掛けようと前に出た。

 だが、それが相手の狙いであった。

 違和感。足が沼に沈むかのような感覚。

 タバサは咄嗟に“フライ”の“呪文”を唱えた。だが、間に合わない。床から這い出て来た腕に足首を捕まれ、地面に引き摺り倒されてしまった。

 “エルフ”は何かを叫び、刀を振り下ろした。

 タバサは素早く転がり、イーヴァルディがそれを剣で受け止める。

 眼の前に刃がある。

 それが、タバサのブルーの瞳を微かに揺れさせ、凍て付いた心に恐れの感情を忍び寄らせた。

 “エルフ”の恐ろしさは、他ならぬタバサ自身が良く識っている。“旧オルレアン邸”に、たった1人で母親を救けに行ったあの時……タバサは“エルフ”に全く歯が立たなかったのであった。

 イーヴァルディが“エルフ”と鍔迫り合いをして居る。

 態勢を立て直しながらタバサは、(ここまでか……)と覚悟をして目を瞑る。

 その時、タバサの脳裏に浮かんだのは、密かに想いを寄せる少年の顔であった。

 其そ姿が、タバサが読んでいた本に出て来る、自身の“サーヴァント(イーヴァルディ)” ――主人公と重なる。

 “イーヴァルディの勇者”。

 それは、タバサが幼い頃に憧れた、物語の“勇者”である。

 タバサが読んでいた、心を失った母親に読み聞かせていたあの本……タバサの救かりたい心、母親を救けたい心、才人達のタバサを救けたい心と勇気……それ等を“触媒”とし、喚び声に応じて“召喚”された少年(イーヴァルディ)

 タバサは、(あの時は、私が勇者に救われる御姫様だった。でも、今度は、私があの人を救う。“イーヴァルディの勇者”になる。こんな所で、死ねない)と目を開き、“呪文”を唱えた。

「“ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース”……」

 “杖”の先が光を放ち、強力な風が生まれる。

 “エルフ”の顔に動揺が浮かんだ。追い詰めたはずの獲物が、再び牙を剥いたのである。いや、鍔迫り合い手の“相手(イーヴァルディ)”に負けそうなところに、更に追い打ちを掛けるような“魔法”だ。当然、動揺どころではなく、焦り冷静な判断を下すことが難しくなる。

 その結果、“エルフ”は、刀に更なる力を込め、イーヴァルディを押しやり、タバサを斬ろうとする。

 が、当然“エルフ”の思惑通りにことが運ぶ訳もなく、タバサはもう恐れることはなかった。

 タバサは冷徹な声で、“呪文”を唱え続ける。

 周囲の空気が揺らぎ、一瞬で凍り付いた。凍った空気の束が2人の周囲を回転する。

 “エルフ”は、信じられない、といった顔で目を見開いた。この距離でそのような“魔法”を使えば、タバサ自身も無事では済まないためである。

 だが、タバサはためらうことはしなかった。一切の恐怖を凍て付かせ、“呪文”を完成させた。

 “氷嵐(アイス・ストーム)”。

 “スクウェア・クラス”の威力を持つ“トライアングル・スペル”である。触れたモノを一瞬で両断する氷の刃がロビーを吹き荒れる。

 強烈な氷の竜巻が、タバサの小柄な身体を勢い良く弾き飛ばそうとする。

 が、そこにイーヴァルディが、剣を払うことで鍔迫り合いを即座に終わらせ、タバサの元へと移動し、御姫様抱っこの形でタバサを抱き抱えて後ろへと跳躍する。そして、手にした剣に力を込め、左手甲を光らせる。

 イーヴァルディが手にしている剣が、タバサに近付く氷の刃を吸い込んで行った。

「ありがとう」

「怪我がなくて良かったよ。“マスター”」

 タバサはユックリと目を開け、周囲を見回した。

 甲冑をズタズタに切り裂かれた“エルフ”の戦士が、床に倒れている。“呪文”を回避しようと咄嗟に離脱したのであろう、イーヴァルディの判断で離れことなきを得たタバサよりも、返ってダメージが大きかったようである。

 タバサは、イーヴァルディに降ろされ立った。それから、(倒した“エルフ”は6人……これほどの手練が、あとどれくらいいるのだろう?)と想い、“暗視”の“魔法”を掛け、ロビーの外の通路へとイーヴァルディと共に出た。階下から来る衛兵を、倒すとあでは行かずとも、足止めをする必要があるためである。

 その時、通路の奥で靴音がした。

 靴音は1つ、ユックリとタバサ達へと向かって歩いて来るのが判る。

 タバサは“杖”を、イーヴァルディは剣を構えた。

 と、暗闇の中から、フード付きのローブを着た“エルフ”が姿を現した。

 タバサの額を冷たい汗が流れ落ちた。

 先程の“エルフ”達とは、気配が明らかに違うためである。

 端的にいうと、先程の彼等よりも強い。

 タバサの歴戦の戦士としての勘が、そう告げたのである。

 “エルフ”がタバサ達に気付き、足を止める。

 タバサは無言で“ウィンディ・アイシクル”を放った。

 だが、タバサの放った氷の矢は“エルフ”の胸元に届く寸前で方向天下すると、タバサ目掛けて襲い掛かった。

 “反射(カウンター)”である。

 イーヴァルディは剣をユックリと払い、氷の矢を弾く。

 タバサは、即座に“ブレイド”を唱え、駆け出した。

 その後に、イーヴァルディも続く。

 ローブ姿の“エルフ”がユックリと手を掲げる。“精霊の力”を借り、“魔法”を行使するつもりであろう。

 “魔法”が完成すれば、タバサの命は危なくなる。

 タバサは風のように疾走り込み、真空の刃を纏う“杖”を、“エルフ”の首に振り下ろした。

 だが当然、真空の刃はアッサリと弾かれ、タバサは吹き飛ばされる。

「無駄だ。いかなる刃も、私の“反射”を貫くことはできない。例外があるとすれば、あの“イブリース”達くらいだ」

 フードから覗く紺碧の瞳が、床に倒れたタバサを見下ろした。

 イーヴァルディがタバサを庇うように、前に立つ。

「貴男は……!」

 タバサは固まってしまった。其の氷の様な表情に、驚きの色が浮かぶ。

「その髪、その目……“ガリア”の姫君か」

 ビダーシャル。

 “アーハンブラ”でタバサ母子を、ジョゼフの命令により閉じ込めた、“エルフ”であった。

 

 

 

「ふぅ、ふぅ……ま、待ってくれよ!」

「君、もっと早く走れないのかね? “エルフ”に追い付かれるぞ」

 早くも息を切らし始めたマリコルヌに、ギーシュが声を掛ける。

「僕は走るのは苦手なんだよ」

「床を転がった方がマシなんじゃない?」

 キュルケが言った、その時である。

 背後で轟音が轟いた。

 ルイズ達はその場で足を止め、後ろを振り向く。

「コルベール先生?」

 ルイズは心配そうに呟いた。

 鳴り続けるサイレンの音が、皆の不安を増大させる。

 だが、しばらくすると……軽快な足音が聞こえ、通路を走って来るコルベールの姿が見えた。

「ジャン……」

「“エルフ”を足止めできたのね」

 走ってコルベールの姿に、ルイズ達はホッと安堵した。

 だが、皆、(先生はどうして、あんなに必死な顔で、全力疾走しているんだろう?)と直ぐにその様子が可怪しいことに気付く。

「あ、あれは、なんだね?」

 ギーシュが青い顔で、コルベールの背後を指さした。

 全員、そこにあるモノを見て、目を丸くした。

 巨大な石の腕が、逃げるコルベールを追って来ているのである。

「な、なによあれ!?」

「なにって、“エルフ”の“先住”に決まってるだろ!」

 ギーシュが自棄糞気味に叫んだ。

 逃げて来たコルベールが、声の限りに怒鳴った。

「君達、走り給え! あれは“メイジ”の“魔法”ではどうにもならん!」

 ハサンが短剣を投げる。

 が、それは容易く弾かれてしまった。

 そもそもハサンは、“暗殺者”であり、命を奪うことに特化しているのである。“ゴーレム”を始めとしたモノには無力なのであった。

「駄目ですな……」

 ハサンのその言葉と同時に、言われるまでもなくルイズ達は一斉に通路を駆け出した。

「ど、どこまで追って来るのかしら?」

「そりゃ、僕達を潰すまでだろ」

 引き攣った顔で尋ねるルイズに、マリコルヌが言った。

「どうするのよ!?」

「なあ、ルイズ、良い作戦を想い付いたんだがね」

 ギーシュが息を切らしながら言った。

「どんな作戦よ?」

「皆で謝ろう。“エルフ”だって、話せば理解ってくれるかも……」

「そんな訳ないでしょ、“フネ”で突っ込んでるのよ? 大体、私達、誰も“エルフ語”を喋れないじゃない」

「名案だと想ったんだがなあ」

 ギーシュは走りながら、天を仰いだ。

「扉があるぞ!」

 と、マリコルヌが前方を指さした。

 通路の奥に、小さな扉がある。横道はなく、行き止まりのようである。

「あそこに逃げ込むしかないみたいだな」

「そうね……」

 背後から迫る、恐ろしい轟音は、ドンドン近付いて来る。

 ルイズ達は扉を目指して、一気に駆け込んだ。

 逸早く扉の前に辿り着いたギーシュが、思いっ切り扉を押し込んだ。

「開かないぞ。鍵が掛かってるのか?」

 引き戸であるか、横にスライドさせるのか、などと確かめている時間もない。

「退きなさい」

 キュルケが“杖”を抜き、“ファイア・ボール”の“呪文”を唱えた。

 扉が盛大に吹き飛ぶ。

 扉の奥にあったのは、数人ほどしか入ることができなさそうな、円形の小部屋であった。

 キュルケは落胆した。

「どちらにせよ、行き止まりみたいね」

 ルイズ達は背後を振り返った。

 “精霊の力”で生み出された巨大な腕は、通路の壁に引っ掛かりながらも、物凄い勢いで迫って来る。

 このままでは、皆仲良くペシャンコになってしまうであろうことは、皆簡単に想像できた。

「嗚呼、偉大なる“始祖ブリミル”よ、か弱き我等を御守りください」

「ちょっと、ギーシュ!」

 “杖”を放り投げ、床にへたり込んだギーシュの耳を、ルイズが引っ張る。

 コルベールは真剣な顔で、コベやの床に屈み込んでいた。

「ジャン、どうしたの?」

「これは“昇降機”だ」

 尋ねるキュルケに、コルベールは言った。

「“昇降機”?」

「“風石”の力を利用して、人を運ぶ“魔法装置”だ。“トリスタニア”の“魔法研究所(アカデミー)”に、似たようなモノがある」

「“エルフ”じゃなくても動かせるの?」

「ああ、なんとかなるかもしれない」

 コルベールは、床の円盤を丹念に調べ始めた。

「コルベール先生、早く!」

 ギーシュが叫んだ。

 ズシン、ズシン、と床が大きく揺れる。

 巨大な石の腕は、もう眼の前に迫っている。

 マリコルヌは立て続けに、“エア・ハンマー”を、キュルケは“ファイア・ボール”を放った。

 ギーシュは”土”の”魔法”で、眼の前に大きな壁を造り上げる。

 シオンは、ギーシュが造った壁超しに、交互に“エア・ハンマー”や“ファイア・ボール”、“ジャベリン”を放つ。

 だが、どの“魔法”も通用しなかった。

 腕は意図も容易く壁を打ち壊すと、指を開き、怯えるルイズ達を、纏めて鷲掴みにしようとする。

「うわあああああ!?」

「動いたぞ!早く乗り給え!」

 コルベールの大声に、全員、シオンを最後にして慌てて昇降機に乗り込み、ハサンは“霊体化”する。

 6人が乗り込むと、昇降機の中はたちまち、ぎゅうぎゅう詰めになった。

 コルベールが“魔力”を使って“風石”を起動する。

 ブンッ、と一瞬の浮遊感があり、円板が下降を始めた。

「た、救かったのね……」

 降りて行く昇降機の中で、ルイズ達はホッと安堵の溜息を吐く。

 だが、それも束の間であった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と低い唸るような音が、頭上から聞こ得て来る。

「なんだか、嫌な予感がするぞ」

 ギーシュが言った。

「奇遇ね、私もよ」

 ルイズは恐る恐る、上を見上げた。

 その瞬間、昇降機を強い衝撃が襲った。天井がグニャリとひしゃげて変形する。

「ひっ!?」

 ギーシュが頭を抱えた。

 衝撃が2度、3度と続く。

 とうとう天井が吹き飛んだ。

 同時に、昇降機がピタッと停止した。

「早く、外に!」

 コルベールが叫ぶ。

 ルイズ達は転がるように外に出た。

 直後、轟音が響き、乗っていた昇降機が、石の腕に押し潰されてしまい、ペシャンコになる。

「しつこい奴ね!」

 キュルケが毒吐いた。

「私がやるわ」

 ルイズが前に出て“杖”を構えた。

 目を閉じて、ルイズは精神を集中させた。そして、瞼に“愛”する“使い魔”の顔を想い浮かべた。(サイト……今、どこにいるの? 何をしているの?)、とルイズの脳裏に、サイトとの想い出が次々と浮かんでは消えて行く。楽しかったこと、悲しかったこと、優しくして貰ったこと、喧嘩したこと……“ヴェルサルテイル”の中庭で生まれたままの姿で抱き合ったこと……タバサと間違われてしまったこと、屋敷の地下でアンリエッタとキスをしていたこと……。が、想い出していくうちに、ルイズの中で、(あ、あいつってば、ティファニアとイチャイチャしてるんじゃないでしょうね……?)と怒りが込み上げて来た。

 大きくうねる感情の波が、渾然一体の“精神力”となり、ルイズの身体中を駆け巡る。何度も唱えた“虚無”のリズム、そのリズムに身を任せ、“呪文”の調べをルイズは解き放った。

 “呪文”が完成して、ルイズは“杖”を振り下ろした。

 シオンは、その直前に、“礼装”を用いて、自身の“精神力”から生み出される“魔力”を、“魔術回路”で生み出される“魔力”へと変換させ、ルイズの能力強化を行う。

 “エクスプロージョン”。

 “杖”の先から放たれた閃光が、派手な轟音を立てて石の腕を打ち砕いた。

「おお、やったじゃないかね、ルイズ!」

 ギーシュが快哉の声を上げた。

「やはり、ミス・ヴァリエールの“虚無”は、“エルフ”の“先住”にも通用するようだね」

「ええ、でも、もう余り使えないわ」

 肩で息をしながら、ルイズはその場にへたり込んでしまった。かなり無理をしたためである。

 そんなルイズをシオンは抱き上げ、キュルケが心配そうに声を掛ける。

「ちょっと、大丈夫?」

「ええ、平気よ・・・・…ありがとう」

「それにしても、ここは、どこなのかしら?」

 キュルケは“杖”の先に火を灯し、周囲を見回した。

 そこは、先程のような通路ではなかった。

 天井の高さが20“メイル”ほどもある。ただっ広いホールのようであった。

「どう遣ら、会議をする場所のようだね」

 コルベールが言った。

「もしかすると、ここで“エルフ”の“評議会”が開かれているのかもしれない……ふむ、だとすると、あの“昇降機”は、ここへ来る直通のモノだったのか」

 と、その時である。

 ルイズ達の真上に、突如、大きな光球が生まれ、ホール全体を照らし出した。

「え?」

 次の瞬間、目に飛び込んで来た光景に、ルイズ達は愕然とした。

「“悪魔”の(わざ)、しかと見せて貰ったぞ」

 周囲を、数十人の“エルフ”達にグルリと囲まれていたのである。

 

 

 

 階段状になった席からルイズ達を見下ろしているのは、いずれも裾長のローブに身を包んだ、身分の高そうな“エルフ”達である。そして、ホールの中心にある壇上には、立派な髭を生やした1人の老“エルフ”が立っていた。

「エ、“エルフ”が、こんなに……」

 ギーシュの声は震えていた。

 無理もないことである。ここ数百年の間に、“ハルケギニア”の“貴族”で、これほど大勢の“エルフ”を見た者は、片手で数えるほどしかいないに違いない、といえるだのから。

 そして、当然生きて帰った者はもっと少ない。というよりも、1人もいないといって良いであろう。

「なに、“エルフ”と言っても爺さんばかりじゃないか」

 マリコルヌがわざと明るい声で言った。

「1人位は、人質にできるんじゃないか?」

「そ、そうだね、見たところ武器も持ってないようだし」

「馬鹿ね」

 キュルケが呆れた声で言った。

「“エルフ”の“先住魔法”は、長寿になればなるほど強力になるのよ。詰まり……」

「詰まり?」

「ここにいる連中は皆……特にあの1番偉そうな老“エルフ”は、とんでもない行使手ということよ」

 ギーシュとマリコルヌは、ゴクリと息を呑んだ。

「”アディール”へようこそ、“蛮人”達よ」

 壇上に立つ老“エルフ”が、朗々と声を発した。

 “エルフ語”ではなく、“ハルケギニア”の公用語である。流暢な“ガリア語”であった。

「しかし、まさかこんな乱暴な方法で乗り込んで来るとはのう」

「貴男は?」

 と、コルベールが尋ねた。

「儂は“最高評議会(カウンシル)”の統領、テュリューク」

「統領……!」

 コルベールは、思わず唸った。

 “エルフ”の大物を人質に取り、才人とティファニア達とを交換する……そういう計画ではあった。がしかし、統領とは……幾らなんでも大物過ぎた。

 “エルフ”の統領であるテュリュークは、ルイズ達を見下ろしながら、諭すように言った。

「愚かな“蛮人”よ、大人しく投降するのじゃ。さすれば無碍には扱わん」

「ですってよ、ルイズ?」

 キュルケが肩を竦め、ルイズに振り向く。

 ルイズは鳶色の瞳で、テュリュークを気丈に睨んだ。

「投降はしないわ、サイトとティファニアとセイヴァーを返して」

 テュリュークは首を横に振った。

「“悪魔”の(わざ)の“担い手”と、その守り手達か。悪いが、その要求をは呑めぬ。こちらとしても、おまえ達にとっての切り札を揃わせる訳にはいかぬのじゃ」

 テュリュークのその言葉に、ルイズは少しだけではあるが安心した。“エルフ”達は、“虚無”が何度も復活することを知っているのである。そのことからも、少なくとも才人とティファニア達が生かされているということが判ったためである。

「だったら、交渉の余地はないわ。私達は、3人を助けるために来たんだもの」

 ルイズは答えると、テュリュークに対して真っ直ぐ“杖”を向けた。そのまま、後ろの4人に向かって尋ねる。

「それで良いわね?」

「訊かれるまでもないわ」

 キュルケは艶然と微笑み、“杖”を抜き放つ。

「ツェルプストーの辞書に、降伏の二文字はありませんの」

「生徒を守るのは、教師の務めだからね」

 コルベールが“杖”を抜き、ギーシュとマリコルヌもそれに続く。

 ハサンは“実体化”し、短剣を構える。

「皆、ありがとう」

 ルイズが目尻を拭った。

「別に、貴女のためじゃなてよ、ルイズ」

「ここで友を見捨てたら、僕に“貴族”を名乗る資格はないからね」

「そういうこと」

 テュリュークが残念そうに首を振る。

「それがおまえ達の返答か」

「待って」

 そこで、これまで黙っていたシオンがようやく口を開いた。

「シオン?」

「御初に御目に掛かります。“最高評議会”統領、テュリューク殿。私は、“アルビオン王国”王女、シオン・エルディ・アフェット・アルビオンと申します」

 シオンは、女王としての威厳を前に出し、一礼してテュリュークへと話し掛けた。王としての対話、ヒトの代表としての対話……皆を不安にさせぬように必死に勇気を振り絞り毅然として強く振る舞う。

「まさか、“蛮人”の王が直接此処に来るとはのう」

「少しばかり貴方方と御話がしたく、声を上げさせて頂きました。しかし、その前に1つ、“蛮人”と呼ぶのをやめて頂きたいのです。我々には、ちゃんとした名前があります。貴方方が我々を見下すのも無理はありませんが、それでも我々を“蛮人”ではなく、ヒト、人間として扱って頂きたい。貴方方も、逆にそういったことをされたりすると、嫌でしょう?」

 “エルフ”達が明らかに見下した様子を見せ、口を開こうとする中、テュリュークはそれを制した。

「黙っていなさい。で、話とは?」

「はい。貴方方がそうであるように、我々も1枚岩ではありません。私の国は、別に“聖地”、貴方方が言うところの“シャイターンの門”には興味はありません」

「ふむ」

「ですが、“アルビオン”の民を始め“ハルケギニア”に住む者達に対しての想いは誰にも負けないと自負しております。故に、東に向かいたいのです。“ロバ・アル・カリ・イエ”へ……」

「な!?」

 ルイズ達が驚いた様子を見せる。

「そのために、ここ“砂漠(サハラ)”や“アディール”を始めとした“ネフテス”を通過することを許可を頂きたい」

「…………」

 テュリュークは依然黙ったままである。

「彼女の“使い魔”ともう1人の“担い手”……2人のことは、私が責任を持って“シャイターンの門”にこれ以上近付かないようにします。彼女も同様です。どうしょう?」

 テュリュークは迷っている様子ではあるが、チラリと他の“エルフ”達へと目を向ける。それから、溜息を大きく吐いた。

「残念じゃが、それは叶わぬ」

「そう、ですか……御互い立場というモノには苦労しますね」

「そうじゃのう……本当に、難儀なモノだ」

 テュリュークはとても残念そうに首を振り、シオンと顔を見合わせて苦笑し合った。それから、壇上からフワリと飛び上がり、シオンとルイズ達のいる下の階に降り立つ。

「仕方あるまい。ここをおまえ達の墓標とするが良い」

「それは叶いませんよ。私達は必ず2人を連れ戻し、無事に帰るのですから」

 シオンは悲しそうな笑みを浮かべながらも、強く言い、“杖”を握る。

 テュリュークは両手を上げると、“精霊の力”による“魔法”を唱え始めた。

「石の“精霊”よ、固き我等の守り手よ……」

 床が激しく振動する。

 石の床が剥がれて捲れ上がり、次々と宙に浮かび上がった。

 その石の塊が、激しく打つかり合い、1つの大きな塊になる。

 シオン達の眼の前に現れたのは、全長10“メイル”ほどもある、石の巨人であった。

「な、なんだね、あれは!?」

 ギーシュが悲鳴を上げた。

「とんでもない化物ね」

 キュルケの顔から、余裕の笑みが消える。

「これが、おまえ達が不遜にも“先住”と呼ぶ、“精霊の力”じゃ。おまえ達が“蛮人”と呼んで欲しくないのと同様に、我々もまた同じくそのように呼んで欲しくないのう」

 テュリュークが拳を握って振り下ろすと、石の巨人が足を踏み鳴らした。

 床が振動し、天井から石の破片がパラパラと落ちて来る。

 議員席から見下ろす“エルフ”達の間にも、動揺が広がった。

「諸君は退がっているが良い。大いなる“精霊の力”の巻き添えになりたくなければな!」

 テュリュークが告げると、“エルフ”の議員達は慌ててホールの端に避難した。

「ミス・ヴァリエール、まだ“虚無”は唱えられそうかね?」

「1発くらいは……なんとかなると想うわ」

 ルイズは言った。だが、それが強がりであることは、誰の目にも明らかであった。

「あたし達で時間を稼ぐわ。なんとかして」

 キュルケが言った。

「頼むぞ、ルイズ。君の“虚無”だけが頼りなんだ」

 ギーシュが唇を舐める。

「ええ、理解ってるわ」

 ドンッと地響きを立てて、石の巨人が跳躍した。“ゴーレム”などとはまるで次元が違う、本物の生き物のようななめらかな動きである。それが、“ミョズニトニルン”が造り出した、あの“ヨルムンガンド”と同等かそれ以上の力を持つことを簡単に理解させた。

 ズウウウウウウウンッ! と落下して来た巨人の足が床に減り込み、粉塵が勢い良く舞い上がる。

 動きを止めた巨人の頭部目掛けて、コルベールは“フレイム・ボール”を撃ち込んだ。誘導機能を持つ炎球が3発、尾を曳いて飛んで行き、直撃する。

 だが当然、爆発は起きなかった。

 巨人の表面に淡い光が輝いたかと想うと、炎球は真っ直ぐに、コルベールの方へと向かって飛んで来る。

「ジャン!」

 キュルケが咄嗟に、同じ“フレイム・ボール”の“魔法”を放った。

 炎球同士が空中で衝突し、爆発する。

「あの巨人“反射(カウンター)”が掛かってるわ」

「“ワルキューレ”、あいつの動きを止めるんだ!」

 ギーシュが薔薇の“杖”を振った。

 巨人の周囲に“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”が現れ、短槍を投げ放った。

 しかし、その短槍も、アッサリと弾かれてしまう。

「無駄じゃよ。その巨人は“カスバ”に宿る“精霊の力”そのもの。傷1つ付かん」

 テュリュークが冷淡に告げた。

 巨人は眼下を睥睨すると、“青銅の戦乙女”を玩具のように掴み、ギーシュ目掛けて勢い良く投げ付けた。

「うわああああ!?」

 慌てて身を屈めるギーシュ。

 ギーシュの頭の上を、“青銅の戦乙女”の残骸が掠め、壁に打ち当たって粉々になる。

 巨人は咆哮すると、頭を下げて突っ込んで来た。

「散るんだ!」

 コルベールが叫んだ。

 ギーシュ達は慌てて“フライ”を唱え、空中に飛び上がる。

 巨人は頭から突っ込み、ホールの壁を粉砕した。

「自分達の建物ごと壊す気なのか?」

 2階石に降り立ち、ギーシュが言った。

「どうせ“先住魔法”で、直ぐに直せるんだろうさ」

 マリコルヌが額の汗を拭い言った。

「“精霊の力”、だよ」

 土煙の中から、シオンがそれに訂正を入れる。

「ねえ、ルイズは?」

「え?」

 キュルケは慌ててルイズの姿を探した。と、舞い上がる土煙の中に、その姿を発見する。

 ルイズは、巨人の足元に立っていた。

 その直ぐ前にはシオンがいる。

「ミス・ヴァリエール、ミス・エルディ! 早く逃げるんだ!」

「そう言えば、あの娘、“フライ”が使えないんじゃ……」

 言い掛けたキュルケは、ルイズの表情を見て、(違う……逃げられなかったんじゃないわ。あの娘は敢えて逃げなかったのよ。そして、シオンはサイトの代わりにルイズを守るために)とハッとして気付いた。

 ルイズは、巨人を見上げたまま、真っ直ぐに“杖”を構えた。

「私を殺す訳には、いかないんでしょう?」

「確かに、おまえを殺せば、“悪魔”の(わざ)の“担い手”はまた復活してしまうじゃろう。だが、命を奪わずとも、心を操り、意のままにする方法は幾らでもあるぞ」

 石の巨人はルイズとシオンの身体を掴もうと、腕を伸ばす。

 シオンは即座にルイズを抱き抱えて後ろへと跳躍するのと同時に、ルイズは“魔法”を放った。

「“エクスプロージョン”!」

 巨人の胸が小さく爆発した。

 だが、それだけであった。

 やはり、“精神力”が足りないのである。

「も、もう1度……」

 ルイズは再び“虚無魔法”、シオンは迎撃するために“魔法”を唱えようとした。

 だが、間に合わない。

 ルイズとシオンの小柄な身体は、巨人の手に捕まってしまった。

「ルイズとシオンを放せ!」

 ギーシュが“魔法”を唱え、巨人の頭上に土壁を次々と落下させた。

 マリコルヌが“風”の“魔法”を唱え、巨人の腕に撃ち込んだ。

 コルベールとキュルケも、同時に“炎”の“トライアングル・スペル”を放つ。

 ハサンが、短剣を投げ、斬り掛かる。

 だが、5人掛かりの攻撃も、“エルフ”の“反射(カウンター)”を貫くことはできなかった。

 跳ね返った“魔法”に撃たれ、マリコルヌが弾き飛ばされる。

「あ、ぐ……」

 ルイズとシオンは巨人の手の中で激しくもがいた。

 だが、当然その程度ではビクともしない。

「“悪魔”の(わざ)も、満足に撃てないようじゃな」

 そう呟くテュリュークの声には、軽い失望の響きさえあった。

 巨人が力を込める。

 ルイズは恐怖に震えた。

「サイト、救け……」

 ルイズは思わず、“愛”する“使い魔”の名前を呼んでしまった。がしかし、(私はサイトを救けに来たのよ……それなのに、救けを求めるなんて)と想い、直ぐに唇を噛み締め、口を噤む。

 だが、“虚無”を撃つことはできない。

 今ので本当に、最後の“精神力”を使い果たしてしまったのである。

「た、救けてくれええ!」

 悲鳴が聞こ得た。

 見ると、ギーシュがもう片方の腕に掴まれているのである。

 コルベールとキュルケが3人を救おうと突っ込んで来るが、羽虫のように叩き落とされてしまう。

 ルイズの心に、(苦しい……呼吸ができない。このまま意識を失えば、きっと、心を奪われる。大切な記憶も想い出でも、なにもかも消されて、もう2度と、サイトに逢うことはできなくなる)と絶望が広がった。

「大丈夫、だよ。ルイズ……なんとかなる。なんとか、してみせるから……だから、諦めない、で……」

 シオンは痛みや絶望などに耐えながらも、同じ手の中で掴まれているルイズに言葉を掛ける。決して、諦めない……前を向き、最後には希望を見付け、掴み取るために。

「ごめんなさい、サイト……」

 遠退く意識の中で、ルイズは呟いた……その時である。

 ルイズは、ある変化に気付いた。

「え……?」

 身体の奥底に、なにか得体の知れない力が湧き上がるのを、ルイズは感じ取ったのである。

 ルイズは、(なに、これ……?  “虚無”を唱えるための“精神力”は、とっくに尽きてるはずよ。なのに、滾々と溢れ出て来る、この“精神力”はなんなの? まるで、どこか別の所から、流れ込んで来てるみたい)と疑問を抱いた。

 ルイズの鼓動がドクン、ドクン……と脈打つ。

 ルイズは、(なに? 一体、なんなの?)と戸惑った。

 堰を切ったように流れ込んで来る“精神力”が、その出口を求め、ルイズの中で暴れる。意識をしっかりと保たなければ、流されそうになってしまうほどの、圧倒的な力の奔流が。

 同時に、なにか強いモノに守られているかのような安心感を、ルイズは覚えた。

 ルイズは、その感覚に心当たりがあった。

 そしてルイズは、(この感じ、サイトだわ……)と確信した。

 これは才人の力である。

 “使い魔”の絆……それとも、なにか別の“魔法”かなにかか。もしくは両方か。

 ルイズは、(どんな方法か判らないけど、兎に角、サイトが力を貸してくれている……)と確信した。

 巨人が、ルイズとシオンを掴む手に力を込めた。このまま失神させるつもりなのであろう。

 ルイズは、(そうはさせないわ)と目を閉じて、“虚無”を唱えた。

 と、次の瞬間、巨人の腕から、ルイズとシオンの姿が忽然と消えた。

「――なんじゃと!?」

 テュリュークが驚きの声を上げる。

 上階から見下ろす“エルフ”の議員達も、どよめいた。

「一体、どこに消えた?」

「ここよ」

 ルイズの声は、テュリュークの遥か頭上から響いた。

 スクッと背を伸ばしたルイズとシオンが、天井から吊り下がる照明の上に立っていた。

 “テレポート”の“魔法”を使い、ルイズとシオンは一瞬で移動したのである。

「“悪魔”の(わざ)か……!」

 ルイズは“杖”を真下に向け、朗々と“呪文”を唱え始めた。

「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”……“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”」

 無限に湧いて来る“精神力”が……“虚無”の“呪文”となって、ルイズが持つ“杖”の一点に集中する。

 これまでに感じたことのない高揚感に、ルイズは戸惑った。(でも、サイトを側に感じる……)、とそれだけで、なにも怖くはなかった。今であれば、どんな“魔法”も使える気がするほどに……。

「“ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」

 何度も唱えた“呪文”の調べを、心の赴くままにルイズは紡ぐ。

 ルイズは、(恐ろしくなんてない。あんなのは、ただの石塊よ)と石の巨人を見下ろした。

「”ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル”……」

 “呪文”が完成する。

 ルイズは“杖”を振り下ろした。

「“エクスプロージョン”!」

 豆粒のような小さな光が、巨人の胸の辺りで一気に膨れ上がり、炸裂した。

 “虚無”の“爆発”は“エルフ”の“反射(カウンター)”を貫き、10“メイル”はあろうかという巨人を粉々に破壊した。

 砕け散った残骸が次々と落下して、床に大きな穴を開けた。

「おお、ルイズ。や、やったな!」

 巨人の腕から解放されたギーシュが、快哉の声を上げた。

「なによ、凄いの使えるんじゃない。力を温存してたのね」

 ルイズは首を横に振った。

「私じゃないわ、サイトが力をくれたの」

「どういうこと?」

 キュルケが、キョトンとした顔で尋ねる。

 皆が開催の声を上げる中、シオンとハサンだけは暗い顔をしていた。

「おお、これが“悪魔”の(わざ)か……なんと恐ろしい……」

 テュリュークが唖然とした様子で呟く。

 ルイズは動揺する“エルフ”達に向かって、サッと“杖”を向けた。

「動かなで。今のをもう1発、撃っ放すわよ」

 “エルフ”達は当然固まった。“反射”さえをも貫く、“虚無”の威力。あれと同じモノを放たれてしまえば、いかに強力な“精霊の力”であろうとも防ぎ切ることは至難の業なのだから。

 だが、彼等はこうも疑っていた。(本当に、今のような”魔法”を、もう1度放てるモノだろうか……?)、と。

 事実、ルイズは虚勢を張っていた。あれほどまでに身体を満たしていた“精神力”は、今の“エクスプロージョン”で、もう空っぽに成ってしまったのである。

 数秒間……ルイズと“エルフ”達は、巨人の残骸を挟んで対峙した。

「ふむ、頃合いかのう……」

 テュリュークが目を瞑り、誰にともなく呟いた。

 その時、突然、ホールの上にある窓が砕け散った。

 現れたのは、小柄な人影である。

 その人影は“エルフ”達が反応するよりも早く、ハサンに匹敵するほどに素早く飛び掛かり、テュリュークの首元に“杖”を突き付けた。

「タバサ!」

 ルイズは声を上げた。

「動けば、命はない」

 タバサは首元に“杖”を突き付けたまま、冷徹に言った。

「これは参った。伏兵がいたとはのう」

 テュリュークはアッサリと両手を挙げた。

「サイト達はどこ?」

 タバサは尋ねた。

「ここにはおらんよ」

 テュリュークは、首を横に振った。

「あの“蛮人”、人間達なら、“担い手”の娘と、“イブリース”……“サーヴァント”である男と一緒に、とうに逃げたわい」

「なんですって!?」

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