ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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白の国――浮遊大陸アルビオン

 裏口の方へと才人たちが向かったことを確かめると、キュルケがギーシュに命じた。

「じゃあおっ始めますわよ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ?」

「揚げ物鍋のことかい?」

「そうよ。それを貴男の“ゴーレム”で取って来てちょうだい」

「お安い御用だ」

 ギーシュは、テーブルの陰で薔薇の造花を振った。

 花弁が舞い、“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”が現れ、それはピョコピョコと厨房に走った。

“ワルキューレ”目がけて矢が放たれるが、柔らかい青銅の鎧に何本もの鋼鉄の鏃が減り込み、よろめく。が、なんとかカウンターの裏の厨房に辿り着き、油の鍋を掴んだ。

「それを、入口に向かって投げて?」

 キュルケは、手鏡を覗き込んで、化粧を直しながら呟いた。

「こんな時に化粧をするのか。君は」

 ギーシュが呆れた声で言いながら、“ワルキューレ”を操り、言われた通りに鍋を入口に向かって投げ入れさせる。

 それと同時に、キュルケは“杖”を掴んで立ち上がる。

「だって歌劇の始まりよ? 主演女優が素っぴんじゃ……」

 油を撒き散らしながら空中を跳ぶ鍋に向かって、キュルケは“杖”を振る。

「締まらないじゃないの!」

 キュルケの“魔法”で鍋の中の油が引火して、“女神の杵亭”の入り口の辺りに炎を振り撒いた。

 それにより、どよめきが起こる。今仕方、突撃を敢行しようとした傭兵の一隊が、突然現れた燃え盛る炎にたじろいだ。

 キュルケは色気たっぷりの仕草で“呪文”を“詠唱”し、再び“杖”を振る。

 すると炎はますます燃え盛り、入り口でたたらを踏んだ傭兵たちに燃え移る。炎に巻かれて、傭兵たちはのた打ち回った。

 立ち上がったキュルケは、優雅に髪を掻き上げ、“杖”を掲げた。

 そんな彼女目がけて矢が何本も飛ぶが、タバサの“風”の“魔法”が、その矢を逸す。

「名もなき傭兵方。貴方方がどうして、あたしたちを襲うのか、まったくこちとら存じませんけども」

 降りしきる矢嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼した。

「この“微熱のキュルケ”、謹んでお相手仕りますわ」

 

 

 

 巨大“ゴーレム”の肩の上で、フーケは舌打ちをした。

 眼の前の青年とその主である少女による足止め、突撃を命じた一隊が炎に巻かれて大騒ぎになっているのである。

 隣に立った仮面に黒マントの“貴族”に、フーケは呟いた。

「ったく、やっぱり金で動く連中は使えないわね。あれだけの炎で大騒ぎじゃないの」

「あれで良い」

「あれじゃあ、あいつらをやっ付けることなんかできないじゃないの!」

「倒さずとも、構わぬ。分散すれば、それで良い」

 仮面に黒マントの“貴族”は俺を見ながら、そう口にした。

「あんたはそうでも、私はそうはいかないね。あいつらのおかげで、恥を掻いたからね」

 フーケの言葉に、マントの男は応え無い。

 そして、男は耳を澄ますようにして立ち上がると、フーケに告げた。

「良し、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」

「私はどうすんのよ?」

 フーケは呆れた声で言った。

「好きにしろ。そいつらを相手にするのも、残った連中を煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」

 男はヒラリと“ゴーレム”の方から飛び降りると、暗闇の中に消えるようにして離れて行く。まsない、闇夜に吹く夜風のように、柔らかく、それでいてヒヤッとさせるような動きだと言えるだろう。

「ったく、勝手な男だよ。なに考えてんだが、ちっとも教えてくれないんだからね」

 フーケは苦々しげに呟き、俺たちを警戒している。

『さて、どうする“マスター”?』

『当然――』

「ええいもう! 頼りにならない連中ね!」

 フーケはそう怒鳴り、“杖”を振る。

 それに従い、岩で出来た“ゴーレム”がもう一体出現し、それが酒場の入り口へと近付く。そして、拳を振り上げて、入り口にそれを叩き付けようとした。

 

 

 

 酒場の中から、キュルケとタバサは炎を操り、外の傭兵たちを散々に苦しめた――撃退した。矢を射掛けて来た連中も、タバサの風が炎を運び始めると、弓を放り出して逃げて行くのだ。

「おっほっほ! おほ! おっほっほ!」

 キュルケは勝ち誇って、笑い声を上げた。

「見た? わかった? あたしの炎の威力を! 火傷したくなかったらお家に帰りなさいよね! あっはっは!」

「良し、僕の出番だ」

 良いところがまったくなかったと言えるギーシュだが、炎の隙間から浮足立った敵目がけて“ワルキューレ”を突っ込ませようと立ち上がった時……。

 轟音と共に、建物の入口がなくなった。

「――え?」

 モウモウと立ち込める土埃の中に、巨大“ゴーレム”2体の姿が浮かび上がった。1体は倒れており、もう1体は奥の方にいる。

 倒れていた“ゴーレム”の躰はボロボロと崩れ去り、元の岩どころか無数の砂粒へと変わる。

「あちゃあ。忘れてたわ。あの業突く張りのお姉さんがいたんだっけ」

 キュルケが舌を出して呟いた。

「すまない。加減を間違えた」

「大丈夫」

 店の中にいるだろう皆へと、俺は聞こえるだろう程度の大きさの声で謝罪の言葉を投げる。

 それに返事をするタバサの声、そして感じ取れる情報から本当に問題はないのだろう。

「調子に乗るんじゃないよッ! 小僧どもがッ! 纏めて潰してやるよッ!」

 “ゴーレム”の肩の上に立っているフーケが、目を吊り上げて怒鳴る。

「行って」

「良いのか?」

「大丈夫」

 タバサは短く、俺とシオンに、先に行った3人と合流するように促した。

 確認の言葉にも。短く応えるタバサに俺は首肯き、空間を“置換”し、シオンと共にこの場を離れる。

 

 

 

「どうする?」

 キュルケは、タバサの方を見た。が、彼女は両手を広げ、首を横に振る。

 ギーシュは、巨大“ゴーレム”を見て、激しくパニックに陥ったのだろう、喚き出した。

「諸君! 突撃だ! 突撃! “トリステイン貴族”の意地を今こそ見せる時である! 父上! 見ててください! ギーシュは今から男になります!」

 “ゴーレム”に向かって駆け出したギーシュの足を、タバサが“杖”で引っかけ、彼は派手にすっ転んだ。

「なにをするんだね!? 僕を男にさせてくれ! 姫殿下の名誉の為に、薔薇と散らせてくれ!」

「良いから逃げるわよ」

「逃げない! 僕は逃げません!」

「……貴男って、戦場で真っ先に死ぬタイプなのね」

 タバサは近付く“ゴーレム”を見て、なにか閃いたのか、ギーシュの裾を引っ張る。

「なんだね?」

「薔薇」

 ギーシュが持った薔薇の造花を指さすタバサ。そして、彼女はそれを振る仕草をして見せた。

「花弁。沢山」

「花弁がどーしたね!?」

 ギーシュは怒鳴ったが、直ぐにキュルケに耳を引っ張られる。

「良いからタバサの言う通りにして!」

 その剣幕に、ギーシュは造花の薔薇を振った。

 大量の花弁が宙を舞い、タバサが“魔法”の“呪文”を唱え、舞った花弁が彼女の風の“魔法”に乗り、“ゴーレム”に絡み付く。

「花弁を“ゴーレム”にまぶしてどーするんだね? ああ綺麗だね!」

 ギーシュが怒鳴るが、気にした風もなくタバサはポツリと呟き彼に命じた。

「“錬金”」

 “ゴーレム”の肩の上に乗っているフーケは鼻を鳴らし、「なによ。贈り物? 花弁で着飾らせてくれたって、手加減なんかしないからね!」と叫び、“ゴーレム”に拳による攻撃を命じる。一撃でキュルケたちが盾代わりにしているテーブルごと彼女らを潰すつもりであった。

 その時、纏わり付いている花弁が、ヌラッとなにかの液体に変化し、油の匂いが立ち込める。

 即座に状況を見抜き、「やばい」とフーケは思ったが、手遅れであった。

 キュルケの唱えた“炎球”が、フーケの“ゴーレム”目がけて飛ぶ。

 そして、一瞬で巨大“ゴーレム”はブワッと炎に包まれた。燃え盛る炎に耐え切れず、“ゴーレム”が膝を突く。暫くためらうようにして暴れる“ゴーレム”だが、そのうちに地面へと崩れ落ちた。

 自分の雇い主が敗北したのを見届けると、蜘蛛の子を散らすように傭兵たちは逃げ散って行く。

 キュルケたちは手を取り合って喜ぶ。

「やったわ! 勝ったわ! あたしたち!」

「ぼ、僕の“錬金”で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちましたよ!」

「タバサの作戦で勝ったんじゃないの!」

 キュルケが、ギーシュの頭を小突く。

 轟々と燃え尽きようとする“ゴーレム”をバックに、物凄い形相のフーケが立ち上がった。

「よ、よくもあんたら、2度までもこのフーケに土を付けたわね……」

 見るも無残な格好と言えるだろう。長く、美しかった髪はチリヂリに焼け焦げ、ローブは炎でボロボロになっている。顔は煤で真っ黒になり、美人が台なしといった体であった。

「あら、素敵な化粧じゃない。おばさん。貴女には、そのくらい派手な化粧が似合ってよ? なにせ年だしね」

 キュルケは、とどめとばかりにフーケへと目がけて“杖”を振った。が、先ほどまでの戦いで、“魔法”を唱える“精神力”は消耗し切っているのだろう、ボッと小さな炎が飛び出て直ぐに消えたるだけである。

 キュルケは、頭を掻いて「あら、打ち止め?」と呟く。

 それはタバサもギーシュも同じようであり、フーケも同様であった。“魔法”を唱えずに、真っ直ぐに向かって歩いて来るのだから。

「年ですって? 小娘が! 私はまだ23よッ!」

 フーケは拳を握り締め、キュルケに殴りかかる。そして、キュルケもまた思い切り殴り返す。

 2人はあられもない格好で殴り合いを始めた。

 タバサは座り込むと、「もう興味はない」といった風に本を読み始める。

 ギーシュは、美人同士の殴り合いを、ほんのりと顔を赤らめて見守った。

 遠巻きにその様子を見ていた傭兵たちは、早速どちらが勝つかで賭けを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュルケがフーケと殴り合いをしている頃、桟橋へと才人たちは走っていた。

 月明かりで道は明るい。

 とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上り始める。

「桟橋なのに、山を登るんですか?」

 才人は質問するが、ワルドは答えない。

 長い、長い階段を上ると、丘の上に出る。

 現れた光景を見て、才人は息を呑んだ。

 巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしているのだ。大きさは山程あるだろう。夜空に隠れて、頂上を見ることはできない。

 そして……目を凝らすと樹の枝にはそれぞれ、大きななにかがぶら下がっているのが判る。“フネ”である。飛行船のような形状で、枝にぶら下がっているのであった。

「これが桟橋? そしてあれが船?」

 才人が驚いた声で言うと、ルイズが怪訝な顔で訊き返した。

「そうよ、あんたの世界じゃ違うの?」

「桟橋も船も、海にある」

「海に浮かぶ船もあれば、空に浮かぶ“フネ”もあるわ」

 ルイズは事もなげに言った。

 ワルドは、樹の根本へと駆け寄る。

 樹の根本は、巨大なビルの吹き抜けのホールのように空洞になっている。そのことから、枯れた大樹の幹を穿って造ったモノらしいことがわかる。

 夜ということもあって、人影はない。

 各枝に通じる階段には、鉄で出来たプレートが張られている。駅のホームを知らせるプレートのようなモノだろう。

 ワルドは、目当ての階段を見付けると、駆け上り始めた。

 木で出来た階段は、一段ごとに撓り、手摺が付いてはいるものの、老朽化しており心許ない。

 階段の隙間、闇夜の眼下に、“ラ・ロシェール”の街の灯りが見える。

 途中の踊り場で、後ろから追い縋る足音に才人は気付いた。

 才人が振り向くのと同時に、黒い影がサッと翻って彼の頭上を跳び越し、影はルイズの背後に立った。

 才人はデルフリンガーを引き抜くと同時に、ルイズに怒鳴る。

「ルイズ!」

 ルイズが振り向く。が、一瞬で影――男はルイズを抱え上げた。

「きゃあ!?」

 ルイズは悲鳴を上げた。

 才人はデルフリンガーを振り被ったが、このまま振り下ろしてしまえばルイズを叩き斬ってしまうために躊躇した。

 その隙を見逃すことなく、男は軽業師のようにルイズを抱えたまま後ろへと、そのまま地面へと落下するような動きでジャンプする。

 才人は動くことができず、そのまま立ち竦む。

 その横でワルドが、引き抜いた“杖”を振る。

 仮面の男は、以前才人が吹き飛ばされたのと同じ風の槌に強かに打ち据えられ、ルイズから手を離した。

 男はそのまま階段の手摺を掴んだが、ルイズは地面に真っ直ぐ落下して行ってしまう。

 間髪入れずにワルドは階段の上から飛び降りると、ルイズ目がけて急降下した。それから、落下中のルイズを抱き留め、空中に浮かんでみせる。

 白仮面の男は、再び階段の上に身体を撚って飛び乗り、才人と対峙した。

 背格好はワルドと同程度であり、彼は腰から黒塗りの“杖”を引き抜く。

 才人はルイズの無事を確かめると、デルフリンガーを構える。

 男は“杖”を振り、彼の頭上の空気が冷え始め、ヒンヤリとした空気が才人の肌を刺す。

 男はなおもくぐもった声で“呪文”を唱えた。

「“ライトニング・クラウド”!」

 才人はデルフリンガーを振り被ったが、それと同時にデルフリンガーが叫んだ。

「相棒! 構えろ!」

 “呪文”の正体に気付いたデルフリンガーが叫ぶ。

 が、才人が身構えたその瞬間、空気が震えた。バチン! と弾け、男の周辺から、稲妻が伸びて、才人の身体に直撃する。したたかに身体に通電し、才人は階段に崩れ落ちてしまう。

「ぐぁああああああああ!」

 才人は呻いた。電撃の痕だろう、彼が着ている服の左腕部分が焦がされ大火傷をしており、痛みと驚きで彼は失神した。

 ルイズを抱き抱えたワルドが“フライ”の“呪文”を唱えつつ、階段の上に降り立つ。

「サイト!」

 倒れた才人を見て、ルイズが叫ぶ。

 ワルドは舌打ちすると、仮面の男に向かって、“杖”を振った。風の槌――“エア・ハンマー”の“呪文”である。

 空気が目に見えぬ塊となり、仮面の男を吹き飛ばす。が、彼は宙でクルリと身体を回転させ、見事に着地をした。

「――!?」

 が、そこに俺が射った“魔力”の矢が、仮面の男に命中し、彼は意識外からの攻撃に対処できず吹き飛ぶ。そして、階段への着地に失敗し、足を踏み外して今度こそ地面へと落下した。

 ワルドの腕から離れ、ルイズは倒れた才人へと駆け寄り、慌てて彼の胸に耳を当てる。

 しっかりと鼓動は聞こえて来ており、命に別状はないことがわかる。

 才人は「う、うーん」と呻くと同時に目を開き、苦しそうに立ち上がる。

「な、なんだあいつ……しかし、痛てぇ……くッ!」

「無事でなによりだ」

「大丈夫?」

 俺とシオンが彼へと近寄る。

 五体は満足ではあるが、火傷やそれによる痛み、一時的な気絶などからのフラつきなどもあって、まだハッキリ大丈夫とは言い切れないだろう。

「あ、ありがとう2人とも……」

 苦しそうにしながらも、才人は俺たちに礼の言葉を述べた。

「今の“呪文”は“ライトニング・クラウド”。“風系統”の強力な“呪文”だ。あいつ、相当の使い手のようだな」

「くッ! つぅ……」

 デルフリンガーが心配そうに言い、才人は苦痛で顔を歪める。

 ワルドが才人の様子を確かめる。

「しかし、腕で済んで良かった。本来なら、命を奪うほどの“呪文”だぞ。ふむ……この剣が、電撃を和らげたようだな。良く理解らんが、金属ではないのか?」

「知らん、忘れた」

 ワルド子爵の質問に、デルフリンガーが答えた。

「“インテリジェンスソード”か。珍しい代物だな」

 才人は唇をギリッと噛んだ。

 

 

 

 少し休憩して、階段を駆け上がった先は、1本の枝が伸びていた。

 その枝に沿って、1艘の“フネ”……が停泊している。空中で浮かぶためだろう、舷側に羽が突き出ている。上からロープが何本も伸び、上に伸びた枝に吊るされているのが見える。

 俺たちが乗った枝からタラップが甲板に伸びている。

 俺たちが船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。

「な、なんでぇ? おめぇら?」

「船長はいるか?」

「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」

 男はラム酒の壜をラッパ飲みにしながら、酔って濁った目でワルドの質問に答えた。

 ワルドは応えずに、スラリと“杖”を引き抜いた。

「“貴族”に2度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

「き、“貴族”!」

 船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んで行く。しばらくして、寝惚け眼の初老の男を連れて戻って来た。

「なんの御用ですかな?」

 船長は胡散臭げにワルド子爵を見詰め、質問する。

「女王陛下の“魔法衛士隊”隊長、ワルド子爵だ」

 船長の目が丸くなり、相手が身分の高い“貴族”と知り、急に丁寧な言葉遣いへと変えて言った。

「これはこれは。して、当船へどういった御用向きで……?」

「“アルビオン”へ。今直ぐ出港して貰いたい」

「無茶を!」

「勅命だ。“王室”に逆らうつもりか?」

「貴男方がなにしに“アルビオン”に行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」

「どうしてだ?」

「“アルビオン”が最もここ、“ラ・ロシェール”に近付くのは朝です! その前に出港したんでは、“風石”が足りませんや!」

「“風石”って?」

 才人が尋ね、船長が「“風石”も知らんのか?」といった顔付きになって答えた。

「“風”の“魔法力”を蓄えた石のことさ。それで“フネ”は宙に浮かぶんだ」

 それから船長は、ワルドに向き直った。

「子爵さま。当船が積んだ“風石”は、“アルビオン”への最短距離分しかありません。それ以上積んだら足が出ちまいますゆえ。従って、今は出港できません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」

「“風石”が足りぬ分は、僕が補う。僕は“風”の“スクウェア”だ」

「私も手伝います。“風系統”に関しては“ラインクラス”ですが……」

 ワルドとシオンの言葉を受けて船長と船員は顔を見合わせ、船長はワルドへと向き直り首肯いた。

「ならば結構で。料金は弾んで貰いますよ」

「積荷はなんだ?」

「硫黄で。“アルビオン”では、今や黄金並みの値段が付きますんで。新しい秩序を建設なさっている“貴族”の方々は、高値を付けてくださいます。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」

「その運賃と同額を出そう」

 船長は小狡そうな笑みを浮かべて首肯いた。

 商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下す。

「出港だ! 催合を放て! 帆を打て!」

 ブツブツと文句を言いながらも、良く訓練された船員たちは船長の命令に従い、“フネ”を枝に吊るした催合網を解き放ち、横静索に攀じ登り、帆を張った。

 戒めが解かれた“フネ”は、一瞬、空中に沈んだが、発動した“風石”の力で宙に浮かぶ。

 帆と羽が風を受け、ブワッと張り詰め、“フネ”が動き出す。

 ワルドが「“アルビオン”にはいつ着く?」と尋ねると、船長は「明日の昼過ぎには、“スカボローの港”に到着しまさあ」と答えた。

 才人は舷側に乗り出し、地面を見た。

 大樹の枝の隙間に見える“ラ・ロシェール”の灯りが、グングンと遠くなって行くことからも、結構なスピードを出していることが理解る。

 ルイズが才人に近寄り、彼の肩に手を置く。

「ねえサイト、傷は大丈夫?」

 ルイズが心配そうに覗き込む。

「触るな」

 が、才人はその手を跳ね除けた。

「なによ! 心配して上げてるのに!」

 ルイズは顔色を変え、声を荒げる。

 そんな2人の元へ、ワルドが寄って行く。

「船長の話では、“ニューカッスル”付近に陣を配置した王軍は、攻撃囲されて苦戦中のようだ」

 そんなワルド子爵の言葉に、ルイズはハッとした顔になり、シオンは自分の眼の前でそれが起きて危機に直面でもしているかのような表情を浮かべた。

「ウェールズ皇太子は?」

 ルイズからの質問に、ワルドは首を横に振った。

「わからん。生きてはいるようだが……」

 ワルドのその言葉に、シオンはどうにか胸を撫で下ろした。

「どうせ、港町は全て反乱軍に押さえられているんでしょう?」

「そうだね」

「どうやって、“王党派”と連絡を取れば良いのかしら?」

「陣中突破しかあるまいな。“スカボロー”から、“ニューカッスル”までは馬で1日だ」

「反乱軍の間を摺り抜けて?」

「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然と“トリステイン”の“貴族”に手出しはできんだろう。隙を見て、包囲戦を突破し、“ニューカッスル”の陣へと向かう。ただ、夜の闇には気を付けないといけないがな」

 ルイズは緊張した顔で首肯き、そして尋ねる。

「そう言えば、ワルド、貴男の“グリフォン”はどうしたの?」

 ワルドは微笑み、舷側から身を乗り出し口笛を吹く。

 すると、下から“グリフォン”の羽音が聞こえて来た。そして、そのまま甲板に着陸し、船員たちを驚かせた。

 才人は「“フネ”じゃなくって、あの“グリフォン”で行けば良いじゃねえか」と言うが、「“竜”じゃあるまいし、そんなに長い距離は、飛べないわ」とルイズが答えた。

 才人は舷側に座り込み、深く目を閉じた。

 俺は、ワルドの“使い魔”である“グリフォン”を撫でながら、これから起こるであろう出来事に関する記憶や知識などを整理する。

(今のところは、問題ない……)

 次いで、自身の身体の状態を確認する。

 “マスター”であるシオンとの繋がり問題にない。“サーヴァント”である自身の身体を構成している“架空第五元素”である“エーテル”もまた問題なし。疑似神経である“魔術回路”にも問題ない。全“スキル”の使用問題なし。“宝具”の使用問題なし。

 詰まり、“マスター”であるシオンの“使い魔”としての能力に問題などないということである。

 異常という異常は無い。

 そうしていると、“フネ”を動かす船員たちを除いた皆は就寝し始める。当然、シオンやワルド、ルイズも、だ。

 俺は、自身の身体を“霊体化”させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の眩しい光が発せられ、“千里眼”を使わずに視認するのであれば、遠くにボンヤリとだが何かが浮かんでいるのが見える。

「“アルビオン”が見えたぞ!」

 船員たちが声を上げ、その声でようやく目を覚ましたのだろう才人が舷側から下を覗き込んで白い雲を見ている。そうして、寝惚け眼を擦った後にルイズを起こし始めた。

「どこにも陸地なんてないじゃないかよ」

 才人がそう呟くと。ルイズが「あそこよ」と俺が見ている方向へと指さした。

「はぁ?」

 ルイズが指さす方へと振り仰ぐ才人だが、彼は圧倒されたのだろう息を呑んだ。

 そこに浮かんでいるのは、巨大としか言えないモノだ。雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いているのである。視界の続く限り伸びており、地表には山が聳え、川が流れているのが見える。

「驚いた?」

 ルイズが才人に言った。

「ああ、こんなの、見たことねえや」

 才人は口をポカンと開けて、間抜けのように立ち尽くした。

 無理もないことだろう。“地球”では、空を飛ぶモノは幾つもありはするが、島が、況してや大陸が浮かんでいるなどということはない――物理的な理由などからしてありえないのだから。

 だが、この世界――“ハルケギニア”は“地球”と比べて“魔力”が、“地球”の“神代”の時のモノほどではないにしろ多く、濃い。これくらいはあってもなんら可怪しくはないだろう。

「“浮遊大陸アルビオン”。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨っているわ。でも、月に何度か、“ハルケギニア”の上にやって来る。大きさは“トリステイン”の国土ほどもあるわ。通称“白の国”」

 才人の疑問に、ルイズは大陸を指さして言った。

 そこでは、大河から溢れた水が、空に落ち込んでいるのが判る。その際に、白い霧となって、大陸の下半分を包んでいたのである。霧は雲となり、大雨を広範囲にわたって“ハルケギニア”の大陸に降らすのである。そう簡単にルイズは説明をした。

「地上から約3,000メイル、“始祖ブリミル”が子息が興された国……首都“ロンディニウム”、王城“ハヴィランド宮殿”……」

 そんなシオンの呟きに、才人は驚いた表情を浮かべ、彼女へと振り向いた。

 その時、鐘楼に上っている見張りの船員が、大声を上げた。

「右舷上方より、“フネ”が接近して来ます!」

 才人を始め、ルイズとシオンを含めた3人は言われた通りの方向を見る。

 そこから、“フネ”が一隻近付いて来ており、その大きさはこの“フネ”と比べ一回り大きい。舷側に空いた穴からは、大砲が突き出ているのが見える。

「へえ、大砲なんかあるんか」

 才人は惚けた声で感想を漏らした。

 が、ルイズとシオンは眉を潜める。

「嫌だわ。反乱勢……“貴族派”の軍艦かしら」

「…………」

 

 

 

 後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を執っていた船長は、見張りが指さした方向を見上げた。

 黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う艦を想起させて来る。こちらにピタリと20数個ほどもある並んだ砲門を向けて来ているのが見えるだろう。

「“アルビオン”の“貴族派”か? お前たちの為に荷を運んでいる“フネ”だと、教えてやれ」

 見張員は、船長の指示通りに手旗を振った。がしかし、黒い“フネ”からはなんの返信もない。

 副長が駆け寄って来て、青褪めた顔で船長に告げた。

「あの“フネ”は旗を掲げておりません!」

 その言葉を聞いた船長の顔もまた、見る見るうちに青褪めて行く。

「して見ると、く、空賊か?」

「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」

「逃げろ! 取舵一杯!」

 船長は“フネ”を空賊と思しき“フネ”から遠避けようと命令を下す。が、時既に遅しというモノであり、黒船は併走をし始めている。

 脅しだろう1発を、こちらの“フネ”の針路目がけて放ったのだろう。ボゴン! と鈍い音がして、砲弾が雲の彼方へ消えて行く。

 黒船のマストに、四方の旗旒信号がスルスルと登る。

「停船命令です、船長」

 船長は苦渋の決断を強いられた。

 この“フネ”だって武装がない訳ではない。が、移動式の大砲が、3問ばかり甲板に置いてある程度に過ぎないのである。

 20数問も片舷側にズラリと大砲を並べたあの“フネ”の火力からすれば、役に立たない飾りのようなモノであると言える。

 助けを求めるように、隣に立ったワルド子爵を見つめる。

「“魔法”は、この“フネ”を浮かべるために打ち止めだよ。恐らく彼女もそうだろうね。あの“フネ”に従うんだな」

 ワルドは、落ち着き払った声で言った。

 船長は口の中で「これで破産だ」と呟くと、命令をした。

「裏帆を打て。停船だ」

 

 

 

 いきなり現れて大砲を撃っ放した黒船と、行き足を弱め停船した自船の様子に怯えて、ルイズは思わず才人に、シオンは俺に寄り添った。

 彼女たちは不安そうに、後ろから黒船を見つめている。

「空賊だ! 抵抗するな!」

 黒船から、メガホンらしきモノを持った男が怒鳴った。

「空賊ですって?」

 ルイズが驚きと恐怖を混ぜた声で言った。

 対するシオンは、男性の声に懐かしさを覚えているといった表情を浮かべる。

 黒船の舷側に弓やフリントロック・ピストルを持った男たちが並び、こちらに狙いを定めた。鈎の付いたロープが放たれ、俺たちの乗っている“フネ”の舷側に引っかかる。手に斧や曲刀などの獲物を持った屈強な男たちが、“フネ”の間に張られたロープを伝ってやって来る。その数凡そ数十人だ。

 才人はデルフリンガーを握ったが、昨晩の戦いで怪我した腕が痛むのだろう、力が入らないでいる様子だ。

「サイト……」

 ルイズが呟く。

 才人はその声で、なんとか剣を握り締め、左手の“ルーン”が光る。が、こちらに来たワルドが、彼の肩を叩き制止する。

「やめておけ。敵は武器を持った水兵だけじゃない。あれだけの門数の大砲が、こっちに狙いを付けているんだぞ。戦場で生き残りたかったら、相手と己の力量を良く天秤にかけ弁えることだな。おまけに、向こうには“メイジ”がいるかもしれない」

 前甲板に繋ぎ留められていたワルドの“グリフォン”が、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、ギャンギャンと喚き始めた。その瞬間、“グリフォン”の頭が青白い雲で覆われた。それにより、“グリフォン”は甲板に倒れ、寝息を立て始める。

「眠りの雲……確実に“メイジ”がいるようだな」

 ドスンと、音を立て、甲板に空賊たちが降り立った。

 その中には、派手な格好をした空賊が1人いる。元は白かったようだが、汗とグリース油によるモノか汚れて真っ黒になったシャツの胸を開けさせ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いている。ボサボサの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精髭が顔中に生えており、丁寧に左目に眼帯が巻いてある。

 周囲の空賊たちの様子から、彼が頭らしい。

 そして、その男性を目にしてシオンは、シオンを見た彼は、互いに表情を大きく驚愕に染めるが、それは一瞬だけのことであった。

「船長はどこでえ?」

 空賊(?)の男は荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。

「私だが」

 震えながら、それでも精一杯の威厳を保とうと努力をしながら、船長が手を挙げる。空賊(?)の頭は大股で船長に近付き、顔をピタピタと抜いた曲刀で叩いた。

「“フネ”の名前と、積荷は?」

「“トリステイン”の“マリー・ガラント号”。積荷は硫黄だ」

 空賊(?)たちの間から、溜め息が漏れた。

 空賊(?)の頭の男はニヤッと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分が冠った。

「“フネ”ごと全部買った。料金は……てめえらの命だ」

 船長が屈辱で震える。

 それから空賊(?)の頭の男は、今仕方甲板に佇むシオンとルイズ、ワルド、才人と俺に気付いたかのような態度を取り、近付いて来る。

「おや、“貴族”の客まで乗せてるのか」

 ルイズに近付き、顎を手で持ち上げ、彼女とシオンへと問いかける。

「こりゃあ別嬪だ。お前ら、俺の“フネ”で皿洗いをやらねえか?」

 空賊(?)の男たちは下卑た笑い声を上げた。

 ルイズはその手をピシャリと撥ね付け、燃えるような怒りを込めて、空賊(?)の頭の男を睨み付ける。

「下がりなさい。下郎」

「驚いた! 下郎と来たもんだ!」

 空賊(?)の頭の男は大声で笑った。

 才人がデルフリンガーを抜こうとするが、ワルド子爵がソッと止め、耳元で囁いた。

「なあ、“使い魔”君。君はどうにも冷静になれないようだな」

「で、でも……ルイズが……シオンが……」

「ここで暴れてもどうにかなるか? ルイズも、シオンも、君も、ここにいる全員が“魔法”と大砲と矢弾で蜂の巣だ」

 才人はハッとした様子を見せる。

「君はルイズたちの安全を願わないのか?」

 才人の心を深い後悔が包んだのか、俯く。

 空賊(?)の頭の男が、ルイズとシオン、ワルド、そして俺たちを指さして言った。

「てめえら。こいつらを運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」

 

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