ルイズ達が“エルフ”の本拠地に乗り込んでいた、ちょうどその頃……才人とアリィーは、激しく暴れる“エルフ”の少女を、船室の床に押さえ付けていた。
「大人しくしてろって!」
「むぐぐ……は、放せ、この“悪魔”共!」
アリィーに後手を取られたファーティマは、釣り上げられた魚のようにジタバタと跳ね、罵りの言葉を喚き散らした。
「今直ぐ私を開放しろ、さもないと……」
「さもないと、どうするんだ?」
アリィーが冷ややかに言った。
「くっ……」
ファーティマは悔しそうに唇を噛んだ。
“エルフ”が用いる“精霊の力”は、“メイジ”が扱う“魔法”選りも遥かに強力である。が、どのようなモノにもメリットとデメリットなどは当然存在し、どこでも無制限に使えるほど便利なモノではないのである。この船の“精霊”と“契約”しているのはアリィーなので、今の彼女では大した力を行使することができないのである。
「別に解放しても構わんが、ここは海の中だぞ」
「なんだと?」
ファーティマは船室の丸窓を見た。
窓の外は真っ暗な闇である。
「“海竜船”か……」
「そうだ。海に放り出されたくなかったら、余計な口を噤むことだな」
「そう脅してやるな、アリィー。彼女だって色々とあるのだ。ただ、事実などを教えてやるだけで良い。気持ちは理解るがな」
「…………」
アリィーは黙り込み、ファーティマはようやく暴れるのを止めて大人しくなった。
「私は人質という訳か……」
「まあ、そうだな」
アリィーは言った。
「流石裏切り者、卑劣な手を使う」
「なんとでも言えよ、おまえ達みたいな狂信者よりはマシだ」
「貴様、党を侮辱するか!?」
ファーティマは顔を上げて叫んだ。と、その視線が、ベッドに眠るティファニアの姿を発見した。
「シャジャルの娘……まさか、生きているのか?」
「ああ、よくもテファをあんな目に遭わせてくれたな」
才人は言った。
「ふん、当然の報いだ」
「なんだと……!?」
才人はカッと成った。1度は抑えた激しい怒りが、(こいつが……こいつがテファを撃ったんだ)とまた沸々と湧いて来る。
「よせ、才人」
才人はファーティマを憎らしげに睨んだ。
「“悪魔”、め、私が憎いか? ならば殺してみるが良い、このまま生きて恥を晒すくらいなら、その方がマシだ!」
「テメエ……!」
才人は喉の奥で唸った。だが、すんでのところで思い留まってみせた。強がるファーティマの目に、微かな怯えの色が浮かんでいることに気付いたのである。
才人は大きく深呼吸をした。
「そんなこと、しねえよ。テファが悲しむからな」
才人は、(無抵抗の相手に復讐なんて、それじゃ、こいつ等と一緒になっちまう……)と一旦気持ちを落ち着けることで、怒りよりも、(なんで、こいつはここまでテファを憎むんだ?)と気に掛かった。
“エルフ”とヒトが何千年にも亘って対立して来たのは事実である。
“ハーフエルフ”であるティファニアを、混じり者、裏切り者、などと言うのも、“エルフ”の目から見れば当然のことなのである。ヒトに好意的な、ティファニアの母親やルクシャナのような“エルフ”は本当に特殊な例である。
だが、それ等を抜きにしても、ファーティマのティファニアに対しての想いは尋常ではないといえるだろう。
「おまえさ、テファになんの恨みがあるんだよ?」
「恨みだと? あるとも、その混じり者の母親の所為で、私達の一族がどれほど辛酸を舐めて来たと想っている!?」
「一族……」
才人はハッとした。
「おまえ、まさか、ティファニアと同じ一族の出身なのか?」
才人は、前にティファニアから聞かされた、彼女の生い立ちを想い出した。
ティファニアの母親は、“エルフ”の国から単身、“ハルケギニア”にやって来たのである。そして、“アルビオン”の大公である、シオンの父親の弟の御妾になったのであった。
才人は、(そうか、テファの親戚なのか。道理で、顔立ちが良く似ている訳だ……)と感想を抱いた。
「そうだ。私の一族は、そいつの母親の所為で街を追放されたのだ。貴様等には理解るまい。裏切り者を出した一族が、“エルフ”の中でどのような扱いを受けるか……同胞に罵られ、街を追放され、辺境の砂漠を彷徨い、泥水を啜る生活を送って来たのだ!」
ファーティマは血が滲むほどに唇を噛み締めた。
余りに激しいファーティマのその憎悪に、才人は想わず気圧されてしまった。そして、(そうか……だから、こんなにもテファのことを恨んでるのか。そして、たぶん、その憎しみを“鉄血団結党”とかいう連中に利用されたんだろう)と考えた。
「“エルフ”が“蛮人”、ヒトと交わりを持てば、それは“民族反逆罪”になるからな」
アリィーが言った。
「でも、それはテファの所為じゃないだろ」
ファーティマの境遇は、確かに同情に値するモノである。
だがそれは、シャジャルの娘であるティファニアには関係のないことである。恨みを打つける筋合いはないといえるだろう。
だがそれでも、恨みを持つ側からすると、それこそ関係のないことである。
「ふん、裏切り者の娘として生まれたこと、それ自体が許されざる罪なのだ。聞けば裏切り者の叔母は、おまえ達“蛮人”の地で“貴族”の愛人になったそうだ。その娘は、私の一族が受けた屈辱のことなど知ることもなく、嘸や温々と育って来たのであろうな!」
その言葉に、当然才人は、(テファが、なにも知らずに温々育って来ただって?)とカチンと来た。
「ふざけんな。おまえこそ、テファのこと、なんも知らねえだろ」
「なに?」
「“エルフ”が人間の土地で暮らすんだぞ? どれだけ大変だったと想う? “エルフ”だってことは、絶対に隠さなきゃならない。誰かに正体がバレたら即座に殺される……テファは、そんな中で子供の頃を過ごして来たんだ」
「ふん、そんなモノ、一族の受けて来た侮辱に比べれば些細なことだ」
「テファの御母さんは、人間に殺されたんだよ」
「なんだと?」
ファーティマは紺碧の目を見開いた。
「テファと御母さんの住んでた、”アルビオン”って国の王様に、2人のことがバレたんだ。テファの御父さんは2人を逃がそうとしたけど、結局、見付かちまって……テファは、クローゼットの中で震えながら、自分の御母さんが殺される音を聞いていたんだ」
「
ファーティマは、放心したように呟いた。そして、その事実を噛み締めるように口にして……突然、笑い出した。
「そうか、死んだか……叔母が……は、はは、は……自業自得だな、“蛮人”の男に甘い言葉で誘惑されて、アッサリ捨てられるとは、裏切り者に相応しい末路だな!」
「おまえ……!」
その余りな物言いに、才人が口を開こうとした、その時である。
「……ちが……う……わ……」
聞こ得て来たその声に、才人はハッと振り向いた。
「テファ!」
全身に包帯を巻かれたティファニアが、ベッドの上で半身を起こしていた。
苦しそうに喘ぎながらも、ファーティマを真っ直ぐに見詰めている。
「テファ、起きちゃ駄目だ! 寝てないと……」
才人は慌ててティファニアの側に駆け寄った。
「ううん、大丈夫よ……ありがとう、サイト」
と、ティファニアは弱々しく首を振る。
「なにが違うと言うのだ? シャジャルの娘」
ファーティマが憎しみを込めた目で、ティファニアを睨んだ。
「父は、母を“愛”していたわ」
「嘘だ! “蛮人”と“エルフ”が本気で“愛”し合うことなど、ありえる訳がない!」
「本当よ。“エルフ”と人間は、ちゃんと理解り合える……“愛”し合うことだってできる、その証拠が、私だと想うの」
「そうだな。おまえ達“エルフ”が持つ常識からすると、ありえないことだろう。が、彼女の存在がそれを物語って居るのは事実だ。どのような存在であろうと、未知の存在には恐怖などを抱く。過去の出来事もあって、おまえ達互いには歩み寄ることをやめてしまった、それ故、互いが未知の存在となり、余計な尾ひれが付き、より大きな恐怖の対象になった。これは、人間側にも問題はあるが、おまえ達“エルフ”にもある。ヒトを“蛮人”と呼び見下す考え、選民思想、事勿れ主義……そう言ったモノがこういったことを呼んだ。ファーティマ、おまえはさっき“自業自得だ”と言ったな?」
「それがどうした!?」
「シャジャルの行動の結果、殺された。それが自業自得であるのは事実だろう。だが……であれば、おまえ達が追放され、泥水を啜ることになったのも、家族を見放した結果によるモノだろう。自業自得だ」
「なんだと!?」
ファーティマは怒りの色を強く現し、俺を睨む。
「おまえ達の考えに沿って言うのであれば、シャジャルがヒトの男と結ばれたのも、俺達がこうして“ネフテス”に来て脱走したのも、“虚無”――“悪魔”が復活したのも、全て“大いなる意思”によるモノだろうさ」
ティファニアは、ベッドの端に手を掛けた。
「うっ……」
「テファ、動いちゃ駄目だって!」
転がり落ちそうになるティファニアの身体を、才人は慌てて支えた。
「大丈夫、よ……これくらい、は……」
ティファニアは首を振ると、ユックリとベッドから下りて、床に跪いた。
「……あ、く……うう……」
「テファ!?」
「なんおつもりだ……?」
ファーティマが不審そうに尋ねる。
「けれど……母が掟に外れたことをして、貴女の一族が辛い想いをして来たのは事実よ。娘として、母の罪を謝罪するわ……ごめんなさい」
その言葉を、喘ぐように言って、ティファニアは頭を下げた。
「な……!?」
ファーティマは目を見開き、それから、ギリッと奥歯を噛んだ。
「今更……今更そんなモノで、一族の受けた屈辱が晴れるモノかっ!」
ファーティマはアリィーの腕を強引に振り解き、ティファニアに跳び掛かった。
「やめろ!」
才人が素早く反応し、ファーティマの身体を押さえ付ける。
「くそっ……離せ、“悪魔”め!」
「離すかよ!」
暴れるファーティマの腕を押さえ込む才人。
アリィーがなにか“呪文”の様な言葉を唱え、ファーティマの頭に手を翳す。
と、その時である。
才人の身体に、その異変が起きたのは……。
「……あ、あれ?」
突如、才人の全身に異様な虚脱感が襲ったのである。体温が一気に下がり、身体中の筋肉が震え始める。
才人は、(え……?)などと想う間もなく、ドサッと床に倒れてしまいそうになった。
が、俺が抱え止める。
才人は、(……何だ? 俺、どうしちまったんだ?)と想った。そして、最初は、ファーティマがなにかをしたのかと想い、彼女へと目を向けた。
が、ファーティマは既に、アリィーの“精霊の力”によって気を失っている。
「おい、どうした“蛮人”」
アリィーが才人の異変に気付き、肩に手を乗せた。
「サイト?」
ティファニアが心配そうに呟く。
だが、そんな2人の声は、才人本人には殆ど聞こ得ていなかった。
酷い目眩がして、才人の身体から力がドンドン抜けて行く。体温が奪われ、身体が冷たくなっていくのが理解る。だが、そんな中で、燃えるように熱くなっているところがあった。
胸が……胸が、焼けるように熱く成っており、才人はその熱さに気付いた。
「なん……だよ、これ……!?」
迸る灼熱の激痛に、才人は胸を掻き毟った。
「サイト、胸が光ってるわ!」
ティファニアが叫んだ。
「なんだ……って……?」
才人は自身の胸を見下ろした。
才人が着込んでいるパーカーの下で、青く輝く文字が、激しく明滅している。
「もしかして、“使い魔”の“ルーン”?」
ティファニアはハッとした。“竜の巣”で“サモン・サーヴァント”の“呪文”を唱え、才人と“使い魔”の“契約”をしたことを想い出したのである。
「でも、可怪しいわ。サイトはルイズの“使い魔”なのに」
「“二重契約”だよ……俺、ティファニアの“使い魔”にもなったんだ……」
才人は喘ぐように言った。全身にビッシリと汗の玉が浮かんでいる。
「そんな、そんなことって……私、どうしよう……」
ティファニアの顔が、ショックを受けたように青褪める。
「あ、あ、あああ……」
激痛と苦しみの余り、才人は床をのた打ち回った。
痛みだけではない……力もドンドン抜けて行くのである。ただ体力が失われるモノとは違い、もっと根源的な、まるで存在そのものが乱暴に剥ぎ取られて行くかのような、痛みや恐怖などが才人を襲う。
才人は、(ヤバイ、俺……このまま死ぬのか? ルイズに逢えないまま、こんなとこで死んじまうのかよ……)と想った。
「なんてこった……ちくしょう、やっぱり、相棒がそうなのか!」
突然、才人の耳にそんな声が聞こ得て来た。
才人がハッと目を開いたそこに、壁に立て掛けた“日本刀”があった。
「デルフ……?」
朦朧とした意識の中で、才人はその名前を呟いた。
沈黙を続けていた相棒が、ようやく目を覚ましたのである。
「デルフ……なんだよ……やっぱりって、どういうことだ……?」
才人は、息も絶え絶えに尋ねる。
「相棒、落ち着いて聞いてくれ。相棒の胸で光ってんのは、そりゃあ、“リーヴスラシル”の“ルーン”だ」
「リーヴ……スラ、シ……ル……?」
「最後の“使い魔”だよ。“リーヴスラシル”は、その命を使って、“担い手”に力を与える」
デルフリンガーは言った。
「な、なんだよ。それ……じゃあ、この虚脱感は、俺の命が使われてるってのか?」
「ああ……“リーヴスラシル”と“契約”した“担い手”は、その命を消費することで、自分の“精神力”を使うことなく、強力な“虚無”を幾らでも使うことができるようになる。詰まり、相棒の身体は、“担い手”の嬢ちゃんの“魔力供給機”になったのさ」
「冗談だろ……」
才人は、ゾッとした。そして、俺の方へと目を向ける。
俺は目を瞑った。
“虚無”の“担い手”のための“魔力供給機”。“ガンダールヴ”や“ヴィンダールヴ”、“ミョズニトニルン”とは、その役割が全く違う。主人のために命を消費する……最後の“使い魔”の能力。
――“記すことさえ憚れる……”。
才人は、そのことを想い出すと同時に、1つ腑に落ちないことに気付いた。
「でも、テファは今、“虚無”の力なんて……」
「相棒と“契約”してる“虚無”の“担い手”は、もう1人居る」
「……まさか、ルイズ?」
「そういうこった。相棒は、元々ピンクの嬢ちゃんの“使い魔”なんだ。例え“二重契約”になったとしても、あっちの嬢ちゃんとの絆が消える訳じゃねえ」
「サイト、ごめんなさい。私が“使い魔”にした所為で、サイトが……」
ティファニアの目に波が浮かぶ。
「違う……テファの所為じゃないよ」
才人は必死にそんな言葉を口にした。
そして、デルフリンガーの話を聞いた才人は、(……あれ? ルイズが今“虚無”を使ってるってことは、あいつ、ひょっとして、凄えピンチなんじゃねえの?)と想い当たった。
なにしろ、“
そして、(だったら、良いか……今の俺は、“ガンダールヴ”として駆け付けることができねえんだから、この力が結果敵にルイズを守ることになるんだ。それはそれで、良いじゃねえか……)と全身を襲う虚脱感の中で、才人はボンヤリとそんなことを想った。
才人の意識が、段々と遠退いて行く……燃えるような胸の激痛も、もう感じなくなっていた。痛みを感じる感覚そのものが、麻痺しているのかもしれない。
「デルフさん、セイヴァーさん、どうすれば良いの? 此の儘じゃ、サイトが死んじゃう!」
ティファニアが涙混じりの声で言った。
「落ち着け、“エルフ”の嬢ちゃん。相棒はまだ大丈夫だ」
「え?」
「命を使うと言っても、“虚無”の1発や2発は耐えられる……はずだ。セイヴァーがなにもしてないってことはそうなんだろうさ」
「おい、一体なにが起こってるんだ? さっぱり理解らんぞ」
アリィーが困惑した様子で言った。
「相棒、なんとか耐えろ。そう長くは続かねえはずだ」
「んなこと、言われても……」
床に倒れたまま呻く才人。
すると突然、才人の頭がティファニアにソッと抱き締められた。
「テファ……?」
ホッソリとしたティファニアの両腕が、才人の頭を優しく包み込む。そして、不思議な弾力のある、メロンのような胸が、才人の鼻先に押し付けられた。
普段の才人であれば、胸の感触にドキドキしているところであったが、今はそのような気力も沸かなかった。ただ、ティファニアの胸の感触に、才人は懐かしいような安らぎを覚えた。
俺は、ソッと才人の手を取る。
そのまま、才人がティファニアの胸に頭を埋めていると……やがて、胸の“ルーン”の輝きが消え、あの脱力感も消えていた。
「サイト、大丈夫?」
と、ティファニアが心配そうに声を掛ける。
「あ、ああ……もう、大丈夫だと想う」
ティファニアがユックリと腕を離すと、才人は床にグッタリと寝転んだ。
「なんだよ、“リーヴスラシル”って……こんなの、聞いてねえぞ」
才人はデルフリンガーと俺に文句を言った。
「すまねえ、相棒、目覚めるのが遅くなっちまってよ」
デルフリンガーは申し訳なさそうに謝った。
「そうだな。謝罪することしか俺にはできない。この先にも起こるであろう痛み、死への恐怖……すまないが、しばらく堪えてくれ」
「おい、なにがあったんだ? 僕にも詳しく説明しろ」
1人蚊帳の外であったアリィーが俺達に詰め寄った、その時である。
突如、物凄い爆音が鳴り響き、船が大きく揺れた。
「――きゃあっ!?」
ティファニアがバランスを崩して床に倒れそうになるが、どうにか俺が支える。
爆音と振動は一度だけではなく、何度も轟いた。
「今度はなんだよ?」
「不味いな、水軍の船に発見されたようだ」
アリィーが舌打ちをした。
「なんだって?」
「こいつは水中爆雷による攻撃だよ。衝撃で爆発する、“エルフ”の“魔法兵器”だ」
「隊長、水軍の艦隊が迫って来ました!」
イドリスとマッダーフが、慌てて船室に飛び込んで来た。
「くそっ、人質ごと沈める気か」
アリィーは、床に転がるファーティマを苦々しく見下ろした。
“鉄血団結党”は彼女を見捨てたようである。
「隊長、どうします?」
イドリスが指示を仰いだ。
アリィーはクッと歯噛みした。
応戦することは不可能ではないが、難しいであろう。この“海竜船”は戦闘のために装備を載んではいないために、水軍の“鯨竜艦”が相手では、先ず勝ち目はないに等しい。
「どうもこうも、このまま全力で逃げ切るしかないだろう」
「逃げ切れますかね? 相手は水軍の艦隊ですよ」
「やってみなけりゃ、判らん」
「無理よ、落ち着き為さい」
と、何処からか冷静な声がした。
俺を除く全員が、声のする方へと振り向いた。
「ルクシャナ!」
と、アリィーが叫んだ。
ティファニアと同じく、ずっと意識を失っていたルクシャナである。
ベッドの上で半身を起こしていたルクシャナは、気怠げに金髪を掻き上げた。
「もう、落ち落ち寝てもいられないじゃない」
「ルクシャナ、起きて大丈夫なのか?」
アリィーが心配そうに尋ねる。
「今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
ルクシャナは痛みに顔を顰めるつつ、そう答えた。
俺はソッとルクシャナに近寄り、彼女の肩に触れる。
ルクシャナの表情から少しばかり痛みが消え、「このまま逃げ切るのは無理よ。ここで船を乗り捨てましょう」と彼女は、俺へと会釈してから言った。
「まさか、海岸まで泳ぐのか? それは危険過ぎる」
「海の中で沈没するよりはマシだわ」
轟音が響き、また大きく船が揺れた。
「確かに、君の言う通りかもしれないな……」
と、アリィーは覚悟を決めたように首肯き、才人の方を見た。
「“蛮人”……確か、サイトと言ったな? ハーフの娘を背負って、海岸まで泳げるか?」
「ああ、大丈夫だ……」
才人は立ち上がり、答えた。
あの脱力感は既に消えている様子であり、才人は(不思議だ……体力そのものは、それほど消費してる感じはしないな。じゃあ、奪われたのは体力ではなく、なにか別のモノなのか……?)、と考えたが、首を横に振った。
「良し、決まりだ。船を捨てて脱出するぞ」
“エルフ”の統領テュリュークを人質に取ったシオンとルイズ達は、急いで“オストラント号”に戻ることにした。
ホールから出る間、ずっと“エルフ”達の強い敵意を打つけられ、ギーシュなどは足が震えていた。
「なあ、マリコルヌ、僕達大丈夫だよな?」
「さあ、どうだろうね」
テュリュークの喉に“杖”を突き付けたまま歩くタバサに、キュルケが声を掛ける。
「タバサ、御手柄だったわね」
「違う」
「え?」
「後で説明する」
淡々と呟くタバサに、キュルケは怪訝そうな顔をした。
対して、シオンは、成る程、といったように首肯いた。
「もう少し、ユックリ歩いてくれんかのう?」
「駄目。下手な真似したら、その立派な御髭燃やすわよ、長耳さん」
キュルケが、テュリュークの背中にグイッと“杖”を突き付けた。
「やれやれ、なんと野蛮な連中じゃ」
「駄目だよ、キュルケ」
シオンはキュルケを窘める。
「サイト達の元へ案内してくれたら、ちゃんと解放して上げるわ」
ルイズが言った。
「それで、サイト達が向かった“竜の巣”っていうのは、どこにあるの?」
「ここからかなり離れた場所じゃ。だが、あの2人はもうおらんじゃろうな」
「どういうこと?」
ルイズはテュリュークを睨んだ。
「“竜の巣”は、“エルフ”の水軍が砲撃したそうじゃ」
「なんですって!?」
ルイズはテュリュークに詰め寄った。
「あんた達、“虚無”の“担い手”は殺さないんじゃなかったの?」
「“評議会”の命令ではない。“鉄血団結党”のしたことじゃよ」
「“鉄血団結党”?」
「水軍を牛耳っておる、“評議会”の主戦派共じゃ。ヒトとの、おまえ達との全面戦争をも辞さぬと言う、そんな勢力じゃよ。連中は“悪魔”の、“担い手”の復活を恐れないからの」
「それじゃあ、サイト達は……」
「うむ。ひょっとすると今頃、海の藻屑になっているかもしれんのう」
テュリュークはユックリと首を横に振った。
「そうなってたら、絶対に赦さないわ」
だが、そんな話を聞いても、ルイズは然程取り乱すことはなかった。(サイトは、生きてるわ。さっき、“虚無”を唱えた時に流れ込んで来た、あの不思議な力……あの力には、確かにサイトを感じたもの。遠く離れた場所にいても、サイトは私を助けてくれた……)、という想いと確信があったためである。
また、“サーヴァント”とその“マスター”には特殊な繋がりがあり、“マスター”は自身が“契約”している “サーヴァント”の安否を認識することができる。そのことから、繋がりが消えていないということもまた理解るのでsる。
「きゅいきゅい! 御姉様達、戻って来たのね!」
“フネ”の衝突で崩れた壁を這い上ると、塔の中腹に突き立った“オストラント号”の甲板で、シルフィードが出迎えた。
「ミス・ヴァリエール、ミス・エルディ! ああ、良かった……無事だったんですね!」
タラップを上がり、“フネ”の中に戻ると、シエスタがルイズに抱き着いた。
「ちょ、ちょっと、なによもう……」
ルイズは顔を赤くして、シエスタを引き剥がす。
シエスタは戻って来た一同を見回して、キョトンとした。
「あの、サイトさんとミス・ウエストウッド、セイヴァーさんは?」
「ここにはいないわ。とっくの昔に、別の場所に逃げたって」
「逃げたって、どこにですか?」
「判らないわ。でも、“エルフ”の軍隊に追われてるみたい」
「そんな……」
シエスタは口元を押さえた。
「大丈夫何ですか? 3人は無事なんですか?」
「大丈夫よ、サイト達は生きてるわ」
ルイズはシエスタの肩に手を乗せた。
「そんなの、どうして判るんですか?」
「サイトは私の“使い魔”よ。だから、理解るの」
ルイズは自信満々に控えめな胸を張った。
正直、そのようなことを言われても、当然シエスタはなにも安心できなかった。
が、ルイズのその妙に自身溢れる態度には、希望を抱かせるなにかがり、シエスタは首肯いた。
「理解りました。私、ミス・ヴァリエールを信じます」
ルイズ達は斜めに傾いた“オストラント号”の廊下を歩いた。
すると、白衣を真っ黒な煤だらけにしたエレオノールが出て来た。
“杖”を突き付けられたまま連れて来られたテュリュークを見て、エレオノールは目を丸くした。
「驚いた。本当に“エルフ”を人質に取るなんて」
「“フネ”は出せそうかね? ミス・エレオノール」
コルベールが尋ねた。
「ええ。なんとか。でも、“水蒸気機関”が不安定になってるわ」
「それはなんとかしよう。“風石”の備蓄が心配だが……」
「先生、早く、その“竜の巣”に向かいましょう」
ルイズが言った。
その時である。
「そういう訳にはいかぬ」
テュリュークが突然、口を開いた。
「あら、どういうことかしら?」
キュルケがスッと目を細めた。
「おまえ達には、儂を“蛮人”……そこの女王以外の人間達の代表の所に案内して貰わねばならん」
「なんですって?」
テュリュークの言葉に、シオン以外のルイズ達は眉を顰めた。
「話をする前に、先ずは、その物騒なモノを退けて貰おうかのう、ほい!」
テュリュークが声を発すると、シオンとタバサを除いた全員の“杖”が一斉に明後日の方へと吹き飛んだ。
「なっ!? ……あ、あんた!」
「そう警戒するでない。儂は、わざとおまえ達に捕まったのじゃよ」
「え……?」
その場の全員がキョトンとした。
いつもと変わらぬ様子を見せているのは、シオンとタバサだけである。
「あの石の巨人は、確かに見た目は派手じゃ。だが、おまえ達を倒すだけなら、もっとスマートな方法が幾らでもあったわい。例えば、業火で跡形もなく灼き尽くすこともできたんじゃからのう」
中々の演技だったじゃろう、とテュリュークはペロッと舌を出した。
「ど、どういうこと?」
「そこの“ガリア”の姫君と協力して、一芝居打たせて貰ったのだ」
と、いつの間にか、1人の“エルフ”の青年が“フネ”の中に姿を現した。
ルイズ達はその“エルフ”に見覚えがあった。
「あ、あんた、“アーハンブラ”にいた……!」
“ガリア”王ジョゼフに仕え、タバサを救出しに行ったルイズ達を、“精霊の力”で翻弄した、ビーダシャルである。
「芝居って……タバサ、本当なの?」
キュルケが尋ねると、タバサはコクっと首肯いた。
「“エルフ”の統領殿、これはどういうことですかな?」
コルベールが厳しい眼差しをテュリュークに向けた。
「悪巧みなどしとらんよ。儂はの、おまえ達と和平を結びたいと想っておるのだよ」
「なんですと!?」
シオン以外の全員が驚きに目を見開いた。
「無論、全面戦争になれば、先ず我々“エルフ”が勝つことじゃろう。だが、おまえ達があの“悪魔の
「だったら、最初からそうすれば良いじゃない。貴男、1番偉い“エルフ”なんでしょ?」
ルイズがそう言うと、テュリュークとシオンが同時にヤレヤレと首を横に振った。
「確かに1番偉いのかもしれないけれど、それじゃ駄目なの、ルイズ。立場っていうのは権利がある代わりに、義務とかも付き纏って来る。そして、それは自由を縛る鎖になることもあるの」
「儂はあくまで“評議会”の代表じゃ。人間の王達のように、全ての決定権がある訳ではないのじゃよ。そして、“評議会”の議員のほとんどは、人間と和解することに理解を示さぬ。ことに“鉄血団結党”の連中は、徹底抗戦を唱え続けるじゃろう」
「故に、我々は“評議会”を謀る必要があったのだ」
と、ビダーシャルが付け加えた。
「おお、では統領殿は、本当に和平を望まれているということで、よろしいですな?」
コルベールは念を押すように言った。
「それはまだ判らぬ。少なくとも、“ハルケギニア”の代表達の考えを知らなくてはならぬ。何故ここに来て、“
「……なるほど。しかし、それは、おお、“始祖”に感謝しなければ」
コルベールは想わず、呟いた。
“エルフ”の塔に乗り込んだことは、この場にいる皆にとって予想外の結果をもたらすことになった。
もし、このテュリュークと、“ロマリア”教皇の会談が実現すれば、“エルフ”との全面戦争を回避することができる可能性が出て来るのだから。
「で、でも、今は急いでサイト達を捜さないと」
と、ルイズが口を挟んだ。
「そうです、サイトさん達、追われているんでしょう?」
シエスタもルイズに同調する。
だが、テュリュークは首を横に振った。
「それは無駄じゃろう。広大な海で人を探すのは、砂漠の中で一粒の金を探すようなモノじゃ。それよりも、一刻も早く和平を結び、“鉄血団結党”の暴走を抑えた方が、おまえ達の仲間を救出出来る可能性は高まるのではないかな?」
「そ、それは、そうかもしれないけれど……」
テュリュークの言葉は、確かに理に適っているといえるだろう。
ルイズは反論することができず、口を噤んだ。
そんなルイズに、コルベールが声を掛ける。
「ミス・ヴァリエール、焦る気持ちは理解が、“フネ”には“風石”の備蓄もないし、この状態では長くは飛べない。 “ガリア”に帰り着くのが、精一杯だろう」
続けて、シオンが口を開く。
「大丈夫だよ。ルイズ、シエスタ。才人は大丈夫。セイヴァーが着いてるから、ね?」
「理解ったわ……」
コルベールとシオンのその言葉に、ルイズは消沈した様子で首肯いた。