ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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自由都市エウネメス

 太陽の照り付ける砂漠を、数時間ほど“神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)”を使用して……俺達は漸く、自由都市“エウネメス”に到着した。

 街の外から見える湾口には、“フネ”のマストが何本も見える。

 丁度東西の接する地点にあるため、排他的な“エルフ”の都市の中では唯一、“ハルケギニア”や、“東の世界(ロバ・アル・カリイエ)”との交易も盛んに行われている都市である。

 街は頑丈そうな石造りの市壁に囲われている。この市壁は、何百年も前に、“ハルケギニア”の軍隊と争った名残である。その市壁に設けられた、大きな門の前で、駱駝に荷を積んだ承認達が列をなしている。“エルフ”だけではなく、ヒトの姿もそこにはある。

「へえ、ホントにヒトと交流してるんだな。自由都市っつても、流石に、もっとコッソリやりとりしてるもんだと想ってた」

「ここが特別なだけよ。この街は、元々“エルフ”の流刑地だったの」

 驚く才人に、アリィーに支えられて歩くルクシャナ答えた。

 才人は、眠っているティファニアを背負って歩いている。

「流刑地?」

「ええ。部族の掟を破った者達の行き着く、最後の場所よ」

 門に着くまでの間、ルクシャナは“エウネメス”のことを話してくれた。

 “エルフ”からすれば、ここは“砂漠(サハラ)”の外れ、“大いなる意思”から見放された場所とされている。なので、罪を犯した“エルフ”の多くは、昔から此の地に追放されて来たのである。当然ながら、“砂漠”の“エルフ”達は此の街の住民を蔑み、決して交流を持とうとはしなかった。そのように孤立した場所で生き抜いて行くためには、結果“ハルケギニア”のヒト達とも交流する他なかったのである。

「まあ、流刑地だったのは、大昔の話ではあるんだが……今でも“砂漠”の民のほとんどは、ここに近寄ろうとはしない。もちろん、“純血主義”の“鉄血団結党”の連中なんかは、1人もいないだろうな」

 アリィーが言った。

「俺達、街に入れるのか? 御尋ね者だろ?」

「ビダーシャル様から手紙を預かっている。先ず大丈夫だろう」

 訊ねる才人に、アリィーが言った。

「それに、“評議会”はおまえ前達が脱走したことを、まだ公表していないはずだ。“悪魔”の末裔を逃したとあっては、“評議会”の沽券に関わるからな」

 手形を手にしたアリィーは、門の衛兵と話した後、直ぐに戻って来た。

「許可が出たぞ。先ずはルクシャナの知り合いの施療院に向かおう」

 ティファニアは、暑さにやられてしまっており、才人に背負われている。

 ルクシャナをアリィーが背負い、“魔法”で眠ったままのファーティマをマッダーフが抱える。

 イドリスと俺は“武器”などを詰め込んだ荷物袋を手に持った。

 “エウネメス”の大通りは、賑やかな活気に満ちている。“魔法学院”のある“トリステイン”とも、“アルビオン”の“ロンディニウム”、“エルフ”の首都“アディール”のような人工都市とも違う、異国情緒溢れる街並みであるといえるだろう。ふと好い匂いがするかと想えば、大きな串に刺した肉を焼いている店や、砂糖菓子の店などがあり、さながら御祭のようである。

 露店を出しているのは、ヒトの商人が多い。“エルフ”の街であるにも関わらず、自然に溶け込んでいる。“ハルケギニア”の人間はあれほどまでに“エルフ”を恐れ、“エルフ”の方はヒトのことを“蛮人”と蔑んでいるというのに。

「なんだよ……戦争なんて、する必要ないじゃねえか」

 才人は呟いた。もちろん、そのような単純な問題ではない、ということを理解した上でだ。だがそれでも、眼の前にあるこの光景に、ついそんな希望を抱いてしまったのである。

 いや、いつか未来でこのように恐れることも蔑むことなどもなく、共に暮らせる未来を観た気がしたのであろう。

「あそこよ」

 と、アリィーに背負われたルクシャナが言った。

 ルクシャナの知り合いのいる施療院は、通りの集まる広場にあった。白い漆喰の塗られた2階建ての建物であり、看板にはなにか生の葉のような模様が描かれている。

「僕達は、ここまでですね」

 イドリスが荷物袋を地面に置き、マッダーフが眠ったファーティマを入り口の側の壁に横たえさせた。

「ああ。おまえ達、良くやってくれた」

 背中のルクシャナをソッと下ろし乍ら、アリィーが言った。

「ここで別れちまうのか?」

 才人が尋ねる。

「ああ。元々“蛮人”の、ヒトの国へ行くのは、僕とルクシャナだけの予定だったしな。それに、旅は少人数の方が都合が良い」

「そういうことだ。俺達も御尋ね者であることに変わりはないが、おまえ達や、隊長ほどじゃない。熱りが冷めるまでどこかに隠れていれば、ビダーシャル殿がなんとかしてくれるだろうさ」

 マッダーフが言った。

「その、ありがとう。俺達を救けてくれて」

 アリィーの部下である2人に、才人は礼を言った。そもそも、才人とティファニアを誘拐したのはここにいる“エルフ”達であるのだが、命を救われたことに変わりはないこともまた事実であり、それを才人はしっかりと理解しているのである。

「おまえ達のためじゃないぞ、隊長のためだ」

 マッダーフはフンと鼻を鳴らした。

「では、ここでしばしの御別れだ。“鉄血団結党”の追跡には気を付けろよ」

「隊長こそ、気を付けて」

「ルクシャナさんと、喧嘩しないようにして下さいね」

「ああ……うむ」

「君達に幸運のあらんことを。アリィーとルクシャナの無事は約束するから、おまえ達も無事でいることだ」

「生意気だな。だが、頼んだぞ。“イブリース”、いや、セイヴァー」

 俺は、イドリスとマッダーフそれぞれと軽く別れの握手をする。

 マッダーフとイドリスは軍人の敬礼を取ると、その場を去った。

 才人は(なんだかアッサリしてるな)と感想を抱いたが、湿っぽい雰囲気で別れるよりはマシであることもまた理解した。

「サイト、2人を中に運ぶぞ」

「ああ」

 

 

 施療院の中に入ると、ムワッとした妙な臭いが鼻を突いた。どうやら、御香のようなモノを焚いているらしい。建物の中は見掛けよりも広く、沢山のベッドが整然と並んでいる。ベッドは余り埋まっていない様子だ。

 アリィーが入り口に掛かっている呼び鈴を鳴らすと、直ぐに裾の長いローブを着た、妙齢の女“エルフ”が奥から出て来た。

 女“エルフ”は、アリィーに抱えられたルクシャナを見て、驚きの声を上げた。

「おや、ルクシャナじゃないか! どうしたんだい?」

「久し振りね、サーラ」

 ルクシャナは力無い声で言った。

「ふうむ、今日は“蛮人”の研究で来た訳じゃなさそうね」

 サーラの目が光った。ルクシャナが怪我をしていることに気付いたのであろう。

「2人を治療して欲しいんだ。金ならある」

 そう言って、アリィーはルクシャナをベッドに下ろした。

 才人も、隣のベッドにティファニアをソッと横たえさせる。

「傷を診せてみな」

 サーラは、ベッドに寝かされた2人の身体をつぶさに観察した。

「へえ、こっちの娘はハーフなのかい? こりゃあ珍しいね」

 と、ティファニアのことを、サーラはジロジロと眺めた。

 人間との交流のあるこの街でも、“ハーフエルフ”はやはり珍しいのである。

「なんだい、この可怪しな胸は?」

 サーラはティファニアの胸を、ツンと突いた。

「ひゃうっ……な、ないをするの?」

 と、グッタリとしていたティファニアが、小さく悲鳴を上げた。

「おや、この可怪しな胸を治療するんじゃないのかい?」

「ち、違うわ!」

 ティファニアは涙目になって、才人と俺の方を見た。

「サイト……セイヴァーさん……わ、私の胸、そんなに変かしら?」

「へ、変じゃねえよ。とても……ステキなおっぱいだと想います」

 才人は慌てて言った。

「そうだな。別に可怪しな所はない。ただ、他の女性陣と比べて少しばかり大きいだけだ」

「本当……?」

「ああ、本当だ。俺達が言うんだから、間違いねえ」

「でも、御医者様は、可怪しな胸だって……」

「お、可怪しな胸なんかじゃねえって。テファの胸は、世界に誇れるおっぱい、ナイスおっぱいだ!」

「ナイスおっぱい?」

「ああ、ナイスおっぱい」

「そう、ナイスおっぱい……」

 才人がグッと親指を立てると、ティファニアは少しばかり恥ずかしそうに俯いた。

「貴方達、なにやってるの?」

 そんな2人を、ルクシャナがジト目で睨む。

「ソッとしておこう」

 ルクシャナのマトモな反応に、俺は静かに言葉を返す。

 と、傷を診ていたサーラの目が、急に鋭くなった。

「この傷、ひょっとして、銃弾かい?」

「…………」

 ルクシャナは当然口を噤んだ。

「なにがあった?」

「訊かないでおいてくれると嬉しいわ」

 ルクシャナが苦笑いを浮かべると、サーラは呆れたように呟いた。

「全く、あんたって娘は……」

 それから、薬草の置かれた棚の方へ歩き、サーラはテキパキと準備を始める。

「俺もなにか手伝うよ」

 才人が声を掛けると、「あんたは医者か? それとも“メイジ”かい?」とサーラは振り向いて才人をジロリと睨んだ。

「違うけど……」

「じゃあ、できることはなんもないよよ」

「“精霊の力”を借りる“儀式”をするんだ。僕達は邪魔なだけだ」

 アリィーが才人の肩に手を乗せた。

「私は大丈夫よ、サイト。セイヴァーさんと一緒に外で待っていて」

「……理解ったよ」

 ティファニアにも促され、才人は仕方なくといった様子で施療院の外に出た。

 入り口の前では、ファーティマが壁にもたれかかったままの姿勢で眠っている。

「僕は今晩の宿を探して来る。おまえ達はここでそいつを見張ってろ」

 アリィーは一方的にそう告げると、サッサと通りの方へと消えてしまった。

 

 

 

「見張ってろ、って言われてもなあ……」

 才人は、(入り口前に寝かせたままは不味いな)と想い、眠ったままのファーティマを抱き抱え、広場にある長椅子(ベンチ)の上に寝かせた。

 俺は、手荷物を“レビテーション”で浮かせて移動し、才人の隣へと座る。

「……罪のない顔しやがって」

 穏やかな寝顔を間近で見ていると、本当にティファニアに良く似ていることが判る。一族の中でも、2人は特に近い親類なのである。

 だが、顔は似ていても、2人には一箇所だけ大きく違う所があった。

 その大きく違う所を見て、才人はルイズのことを頭に想い浮かべた。

「ルイズ……」

 才人は、(なんだか、ルイズの可愛らしく小さな胸が……御主人様のちっぱいが懐かしい。なにせ、ここの所ずっと、テファの胸ばかり見てたもんなあ……なんと言うか、俺の中のスケール感が可怪しくなってる気がするんだ。ルイズ、待ってろよ。絶対に戻ってやるからな……)と想った。

 眼の前の広場では、“ハルケギニア”から来た商人と“エルフ”達が盛んに売り買いの言葉を交している。

 その雑多で猥雑な雰囲気は、才人が子供の頃に連れて行って貰った、“アメ横”を想起させる。

 才人は、長椅子に手を掛け、(ここじゃ、“エルフ”と人間は仲良く暮らしてるんだ……だったら、他の場所でも、同じことができるんじゃないのか……?)と考えた。それから、異国の空を見上げ、(“ハルケギニア”の空も、きっと同じ空だ。“地球”の空は、どうだろう……?)と遠い故郷に想いを馳せた。

「なあ、相棒」

「ん?」

「なんか、“エルフ”の嬢ちゃん、起きたみてえだぞ」

 才人はハッとした。

 同時、隣で寝ていたファーティマがパチッと目を開き、「“悪魔”の末裔共め、死ぬが良い!」、と脇に置いてあるデルフリンガーを掴み、才人へと斬り掛かった。

「おわっ!?」

 才人は長椅子から跳び上がり、間一髪のところ、その一閃を躱した。

 だが、ファーティマは再び剣を振り被り、猛然と才人へと斬り掛かった。

「相棒、すまねえ、避けてくれ!」

「理解ってるよ!」

 “ガンダールヴ”や“シールダー”の力がなくとも、才人にはアニエス直伝の喧嘩体術があった。ヒラリと身を躱すと、デルフリンガーを振り下ろしたファーティマの手首を素早く捻り上げた。

「くっ、は、離せっ……!」

 ファーティマは恨めし気に才人を睨んだ。どうやら、眠ったふりをして、才人を襲う隙を窺っていたのであろう。

「このっ!」

 才人がデルフリンガーを取り上げると、次にファーティマは徒手空拳で掴み掛かった。

 流石に軍人であることもあって格闘の心得はあるのだろうが、“武器”を手にした“ガンダールヴ”の敵ではない。

 才人は簡単に配い、あっと言う間に組み伏せてみせた。

「くっ……千載一遇の機会を……!」

 ファーティマは悔しそうに唸った。

「こんな所で暴れるなって」

 ファーティマを地面に押さえ付けたまま、才人は言った。

 広場の“エルフ”達が、才人の方をジロジロと眺めている。

「えっと、気にしないでください……」

 才人は一先ずファーティマを解放し、パーカーの誇りをパンパンと払った。

 ファーティマは、流石に“武器”を持った才人には敵わぬということを理解し、抵抗を諦めた様子を見せる。そして、ふと気付いたように周囲を見渡し、問うた。

「おい、ここはどこだ……?」

「“エウネメス”って街だ」

 才人は言った。

「“エウネメス”だと!?」

 途端、ファーティマは苦い顔になった。

「まさか……2度と戻るまいと想っていたのに……」

「2度と?」

 と、才人がその言葉を訊き咎めようとした、その時である。

 ぎゅるぅ~~~~と、なんとも間抜けな音が響き渡った。

「おまえ、御腹空いてたのかよ」

 才人は言った。

 先程のファーティマの動きは軍人でありながらも力がなく、空腹であったがために力が出なかったのであろうと推測することができた。

「と、違う……今のは、違う!」

 ファーティマは顔を真赤にして怒鳴った。

「へー」

「違うと言ってるだろう!」

「ほー」

 ニンマリと意地悪な表情を、才人は浮かべた。

 がしかし……実の所腹が減っているのは、才人も一緒であった。なにしろ、砂漠を歩いている間は、ほんの少しの水しか口にしていなかったのだから。

 街の広場には、食べ物の店は山程ある。

 だが、1つだけ問題があった。

 “エルフ”であるアリィーやルクシャナ達に攫われてから、才人はずっと無一文であるのだ。金を持っているアリィーもいない。そおそも、アリィーに金を借りることに、才人は強い抵抗があった。

 と、そのような才人の考えていることを察したのだろう、「相棒、金を稼ぐ方法ならあるよ」、とデルフリンガーが言った。

「ホントか、デルフ?」

「おうよ。1番大きな通りを見てみな」

 才人は、広場から見える大通りに目をやった。

 通りの中央に、なんだか大勢の人集りができているのが見える。良く見れば、なにやら“ハルケギニア”から来たと思しき旅の学芸師達が、ナイフ投げなどを披露しているようである。

 正直、それほど大した芸ではないのだが、“エルフ”達からの評判は良い。

 根っからの御調子者である才人は、(あれなら、俺の方が上手くできるんじゃねえか?)と想った。

「良し、あそこの通りでやってみるか」

 才人はファーティマの方を振り向いた。

「おまえも手伝えよ」

「誰が貴様などの手伝いをするものか」

 ファーティマは吐き捨てるように言った、その瞬間。

 ぎゅぅる~~~~、とまた大きな音が鳴る。

「くっ、ち、違う……!」

「ほら、そんなんじゃ、俺達を殺すこともできないだろ?」

 才人は足元の小石を幾つか拾うと、ファーティマに押し付けた。

「なんだ?」

「俺にその石を投げるだけで良いからさ」

「ふざけるな!」

 ファーティマは、両手に抱えた石を投げ捨てようとして……ふと、なにかを想い付いた様子を見せた。

「ふん、まあ、良いだろう」

 不敵な笑みを浮かべると、道に落ちた石を熱心に拾い始めた。

 

 

 

 通りの中央に立った才人は、デルフリンガーを振り被って大声を上げた。

「さあさあ、皆様方! これより異国の剣舞を御覧に入れますよ!」

 道を歩く“エルフ”や“ハルケギニア”の商人達が、なんだなんだ? と立ち止まる。

 やがて小さな人集りができると、才人はデルフリンガーを手に跳び回った。

「やっ! はっ! とりゃあ!」

 パチパチと疎らではあるが拍手が起こる……だが当然、この程度では、大して受けることはない。

「今のはほんの小手調べ」

 才人は、コホンと咳払いをすると、ファーティマにヒョイヒョイと合図を送った。

 ファーティマの澄んだ碧眼が、才人を睨む。

「死ね、“悪魔”め!」

 ヒュンッ、とファーティマは、才人の顔目掛け、本気で石を投げた。

「おわっ!」

 だが、才人は“ガンダールヴ”であり、また、“サーヴァント”としての力も持つ。ひょいと身を撚ると、デルフリンガーを一閃し、小石を叩き斬ってみせた。

 これには流石に、周囲の観客から大きな拍手が上がる。“エルフ”の子供達が目を輝かせた。

 才人は、ふう、と額の汗を拭った。

 “エルフ”は娯楽の沸点が凄く低いのである。“ハルケギニア”よりも娯楽が少なく、そういう種族なのである。

「くっ、万全の体調であれば、貴様など……」

 才人の抹殺に失敗したファーティマが、悔しそうに呟く。

「おまえ……殺す気かよ?」

「おう、次はこれも斬ってみてくれよ!」

 出店で果物を売っていた親父が、大きな椰子の実を投げた。

 両手で受け止めたファーティマの唇に、小さな笑みが浮かんだ。椰子の実を抱えたまま、ブツブツと小声でなにかを呟き始める……。

「相棒、ヤバイ」

「なにが?」

「ありゃあ、“先住魔法”だ」

「げっ!」

 ファーティマの周囲に、轟々と強烈な風が渦巻く。

「遍く“風”の“精霊”よ、我が仇敵を打ち砕き給え!」

 瞬間、猛烈な風をまとった椰子の実が、弾丸のようなスピードで才人へと向かって飛んだ。しかも、高速でスピンしているために、当たってしまえば、ただでは済まないであろう。

「お、おおおおおっ!」

 才人は軽く深呼吸をしてデルフリンガーを振り抜いた。

 スパーンと乾いた音がして、真っ二つになった椰子の実は明後日の方へと飛んで行く。

 弾けた汁が、才人の顔をビショビショに濡らした。

「ガ、“ガンダールヴ”、舐めんなよ……」

 才人は震える声で言った。

「危なかったね、相棒」

「おのれ、なんて奴だ……」

 ファーティマは悔しそうに地団駄を踏んでいる。

「すげーぞ、あの兄ちゃん、“エルフ”の“魔法”に勝ちやがった!」

「こんな凄い剣士は見たことがないぞ!」

 やがて周囲の人集りから、盛大な拍手が沸き起こり、金やら果物やらが次々と投げ込まれる。

「でも、“伝説の使い魔”の力を大道芸に使うなんて、ちょっとブリミルさんに悪いな」

 才人がそう言うと、デルフリンガーは懐かしそうに呟いた。

「いやいや、サーシャもブリミルも、昔は似たようなことやってたもんさ」

 

 

 

 投げ込まれた御捻りを集めると、才人はまた、俺が荷物番をしている広場に戻って来て、長椅子へと腰掛けた。

「結構儲かたな……お、銀貨もある」

 長い葉っぱのような形をした“エルフ”の通貨に、“トリステイン”で使われている“ドニエ硬貨”も沢山ある。果物の中には、才人がこれまで見たこともないような、奇妙な形のモノも幾つか見受けられた。

「これ、どうやって食べるんだろ?」

 潰れたアンモナイトのような形の果物を見て、才人は首を捻った。

 取り敢えず、と才人は齧ってみるが……当然、硬くて歯が立たない。

「それは皮だ。馬鹿か」

 ファーティマが冷たく言った。

「おまえも食えよ。ちゃんと働いたんだから」

「ふん、“蛮人”の施しなど要らん」

「あっそ」

 才人は素っ気なく言うと、硬い皮を剥ぎ取り、その果物を食べ始めた。

 シャリシャリとしたスポンジのような食感であり、水分が少ない上に、大して甘くもなく、御世辞にも美味しいとはいえない食べ物である。

 それでも才人は我慢して、然も美味そうに食べるところをファーティマに見せ付けた。

「美味え! こんな美味いもん、食ったことねえよ、なあデルフ! セイヴァー!」

「良かったね、相棒」

「ああ、一仕事終えた後であれば、嘸かし美味いだろうな」

「ふん、私の一族は、パンさえも満足に売って貰えなかった。だが、“エルフ”の誇りはあった。こんな物乞いのような真似だけは絶対にしなかった……」

 ファーティマはゴクリと唾を呑み込み、外方を向いた。あくまで、意地を張り通すつもりのようである。

「ああ、そうかよ。じゃあ、俺等が全部食っちまうからな」

 才人はムキになって、果物を手当たり次第にガツガツと食べ始めた。

 ファーティマは、しばらく、外方を向いていたままだったが……。

「くっ……寄越せ、“蛮人”!」

 とうとう我慢の限界が来たのであろう。ファーティマは、才人の手から果物を奪い取ると、貪るように食べ始める。余程腹が減っていたのであろう、軍服が汚れるのも御構いなしといった様子でむしゃぶりついた。

 やがて、御腹一杯になると、才人はふう、と息を吐いた。

 陽は落ち掛かり、夕暮れ時が近付いているが、広場は増々賑わっていくようである。

「良い街だな。なんだか活気があって」

 才人は言った。

 “エルフ”の首都“アディール”は、物凄く立派な都市ではあったが、取り澄ました感じがあり、余り好印象を抱くことができなかった。

 才人も俺も、どちらかというとこういった街の方が好みなのである。

「ふん……“エルフ”の誇りを忘れた者達が集う、不愉快な街だ」

 ファーティマは、吐き捨てるように呟いた。

「なあ、おまえ……ひょっとして、ここに住んでたことがあるのか?」

 才人は、先程ファーティマが「2度と戻るまいと想っていたのに」と口にしたことを想い出し、尋ねた。

「…………」

 わずかな間があった。

 それから、ファーティマは独り言ちるように言った。

「昔のことだ」

 てっきり無視されるとばかり想っていたのであろう、才人は少しばかり驚いた様子を見せる。

「シャジャルの罪を背負い、部族を追放された私の一族は、長く砂漠を彷徨った末に、古来より流刑の地とされる、この街に辿り着いたのだ」

 ファーティマは震える声で言った。

「そして、一族のほとんどは、この街に留まることを選んだ。流刑民の街と蔑まれ、“蛮人”共におもねりながら生きるこの街に……だが、私は違う。私はエスマイール様に見出され、この街を捨てたのだ」

 エスマイール。

「でも、あいつ等、おまえごと俺達の船を沈めようとしたんだぜ。そんな奴のこと、信じるのかよ?」

「なに?」

 ファーティマが眉を顰める。

 “エルフ”の水軍からの攻撃を受けていた時、ファーティマはアリィーの“魔法”で眠らされていたために知らないのである。

「嘘を吐くな、そんなはずはない」

「ホントだって。だから俺達、船を捨てて逃げて来たんだよ。そのエスマイールって奴さ、たぶん、おまえのこと都合良く利用してるだけだと想う……」

「違う! 例えそれが事実だとしても、エスマイール様は、私がおまえ達と一緒にいることを知らなかったのだ!」

 才人は、(いや、それはないんじゃないか……)と想ったが、口を噤んだ。

「なるほど。確かに、エスマイールは、おまえが俺達と一緒にいたことを知らなかったのかもしれない。いや、知っていたとしても、“悪魔”である俺達への対処を優先したのかもしれぬな」

「そうだ! “悪魔”は殺す。エスマイール様はなにも間違ったことはしていない!」

 俺の言葉に、ファーティマは強く真っ直ぐな瞳で言った。

 ティファニアと同じ紺碧の瞳は、どこまでも真っ直ぐに、そのエスマイールを信じ切っている。

 ファーティマは、子供の頃から迫害され、何度も酷い目に遭い続けて来たのである。その結果、ただただ憎しみなどの心だけを、ずっと育てて来てしまうことになってしまったのであろう。

 才人は、そのことに気付き、ファーティマのことがなんだか可哀想に想えて来た。もちろん、ティファニアにしたことを赦しはしないのだが。

 才人は目を瞑り、ううん、と腕組みをした。そして、俺へと目配せをする。

 俺が首肯いたのを確認すると、才人は、先程稼いだ金の入った袋を、そっくりファーティマに押し付けた。

「なんのつもりだ?」

 ファーティマは怪訝そうな顔をした。

「行けよ」

「なに?」

「早く行けって。アリィーが戻って来ると面倒だからさ」

 ファーティマの顔が怒りに染まった。

「おのれ“悪魔”が、この私に情けを掛けようというのか!?」

「ちげーよ。単なる厄介払いだっつーの。正直、おまえをずっと見張ってるの面倒くせーのよ。油断したら直ぐに殺しに掛かって来るしさ。そんな訳で、じゃあな」

 才人は長椅子から立ち上がると、ヒラヒラと歩き出す。

 俺は、才人のその後ろを歩いた。

「貴様等、後悔するぞ……」

 ファーティマは唸るように言った。

 才人はピタッと足を止め、「ただし、またテファを狙うようなことがあったら、今度は赦さねえ」と振り返って睨みながら言うと、ファーティマはビクッと竦み上がった。

「甘いね、相棒、セイヴァー」

「かもな」

 才人は肩を竦めて言った。

 

 

 

 それから、才人はまた通りで大道芸を披露して、小金を稼いだ。

「なあデルフ、俺達大道芸の才能あるんじゃないか? これで食べて行けるよ」

「どうだろうな。“エルフ”の連中は、普段から娯楽に飢えてるからね。大体、相棒はもう立派な領主様じゃねーか。あくせく働かなくたって、食うには困らんよ」

「それはそうなんだろうけどさ」

 この世界の“貴族”と呼ばれる者達は基本、大して働きもせずに良い暮らしをしているように見える。

 だが、問題なのは、才人が“地球”に帰った時のことである。やはり、今のうちに、(手に職付けておいた方が良いんじゃないだろうか……?)とついついそんなことを才人は考えてしまうのであった。

 才人と俺が“ハルケギニア”の世界に“召喚”されてから、もう1年半近くも経つ。

 “地球”と“ハルケギニア”の時間の流れは少しばかり違うが、ほぼ同じであるといえるだろう。すると、今頃“日本”では進路指導などの時期である。

 才人は、(と言うか、受験勉強とか全然してないけど、大丈夫なんだろうか……?)と異世界の異国の地で、遠い故郷の事を懐かしく想っていると、「おお、やっぱり、見間違えじゃねえ! “トリステイン”と“アルビオン”の“大英雄”様だ!」とどこからか大声が聞こ得て来た。

 振り向くと、通りの向こうから、重そうな荷物を担いだ男が走って来た。

 “エルフ”ではない、商人の格好をした50絡みの親父である。

「いやいや、こんな所で出逢うとは、全く奇遇ですな!」

「そうだな。本当に奇遇だ」

「誰……?」

 商人の親父が驚き、俺が首肯く中、才人は首を傾げながらデルフリンガーの柄を握った。“エルフ”ではないが、油断はできない、といった様子である。才人は以前、“貴族”が雇った刺客に命を狙われたことがあるのだから。だが同時に、見覚えがあるその顔を前に、才人は想い出そうと頭を捻った。

 生前――“前世”での俺であれば、記憶力が悪かったために、見覚えすらもないと感じてしまっていただろう。が、今の俺は記憶力が良く、しっかりと覚えていた。

「ええっ、旦那、もしかして、あっしを御忘れになっちまったんですかい?」

 親父はショックを受けた様に言った。

「えっと、御免為さい」

「嗚呼、之だから“貴族”様ってのは……ほら、あっしでさあ、“トリステイン”の“ブルドンネ街”で、あの御喋りな剣を売った」

「ああっ、あの武器屋の親父さん!」

 才人はようやく想い出した。

 その親父は、デルフリンガーを買った店の店主で在る。

「おうおう、御喋りな剣で悪かったな、このぼんくら店主!」

 デルフリンガーが文句を言った。

「お、な、なんだおまえ! ひょっとして、あの御喋り剣なのか? でも、あん時売ったのとは形が違うじゃねーか」

「煩え、こちとら色々あったんでい!」

 親父は才人が手にしたデルフリンガーを、ジロジロと眺めた。

「旦那、そんな喧しい御喋り剣で良いんですかい? なんだったら、もっと旦那に相応しい剣を格安で御譲りしますぜ?」

「おう、喧しい御喋り剣で悪かったな!」

 デルフリンガーが怒った。

「いや、こいつは物凄い掘り出し物だったよ。何度も命を救われたんだ」

 才人はデルフリンガーの柄をポンと叩き、首を横に振った。

「へえ、そうですかい。まあ、旦那がそう言うなら……なんたって、旦那方は110.000の軍を止めた“トリステイン”と“アルビオン”両国の“英雄”、“シュヴァリエ・ド・ヒラガ”様と、セイヴァー様ですからな。あん時は、家の剣を買った“平民”が“英雄”になったって、街の皆に自慢したもんでさあ」

 親父は揉み手をしながら言った。

「ところで、なんで親父さんがここに?」

「“聖地回復連合軍”に着いて来たんでさあ。なんと言っても、てめえでもは武器を商っておりますからな。“エルフ”と戦争が起きれば、商売のチャンスってことで、へえ」

「“聖地回復連合軍”だって?」

 才人は驚いて訊き返した。

「おや、旦那方は御存知ないんですかね? つい先日、“ロマリア”の教皇様が中心になって組織されたでさあ、いよいよ“聖地”を取り戻す準備ができたとかで、へえ」

「悪い、もっと詳しく聴かせてくれ」

「へえ、構いませんが、あっしも詳しい内情までは知りませんぜ」

 “ロマリア”による“聖地回復連合軍”が組織されたのは、才人達がアリィー達に誘拐されてから、数日後のことである。教皇であるヴィットーリオは、それはもう鮮やかな手並みで“ハルケギニア”諸国を纏め上げ、“砂漠(サハラ)”への侵攻を開始したという。

「俺達が捕まってる間に、そんなことになってたのかよ……」

 才人は呆然として言った。そして、(あの教皇、とうとうやりやがったんだ……俺達を取り戻すために、軍を動かしたのか? ……いや、きっと最初から準備を進めていたに違いない)と考えた。

「それで、“ハルケギニア”の軍隊は今どこに?」

「“アーハンブラ”に宿営地を設けたと聞きました、へえ」

 “アーハンブラ”、

 才人はその街の名前に心当たりがあった。タバサ母娘が幽閉されていた、砂漠の国境沿いの街である。

 そのことから、もう直ぐそこまで迫って来ていることが推測できる。

「ここも戦場になるのか?」

「それはないでしょう。戦略上、そう重要な場所って訳でもありませんしね」

 この街が戦火に巻き込まれ心配はないと判断し、才人は一先ず安堵した。と、そこで、あることに気付く。

「なあ、もしかして、姫様……アンリエッタ様も近くに来てるのか?」

「へえ、“トリステイン”軍の先頭で、指揮を執っておられるという噂でさあ」

「本当に?」

 アンリエッタが近くに来ている、ということは、才人にとって願ってもない朗報で在るといえるだろう。

 また、ヴィットーリオが本気で“聖地”を奪うつもりであるのならば、当然、“虚無の担い手”であるルイズ達も連れて来ているはずである、と。

 才人は、(俺、もう直ぐルイズに逢えるのか……!)、と“愛”する御主人様――“愛”する恋人、のことを考え、それだけで胸が一杯になり、涙を溢れさせ、流した。

「あ。あの。御願いがあるんですけど!」

「お、おお、あっしにできることなら、なんでも」

 詰め寄る才人に、親父は当然少し困惑気味に首肯いた。

「アンリエッタ女王に、俺達がここにいることを伝えてくれませんか?」

 

 

 

 さて、その頃……“エルフ”水軍の艦隊は、俺達が乗っていた“海竜船”を沈めた辺りの入江で、大規模な捜索を続けていた。

 艦隊の中でも一際巨大な“鯨竜艦”の甲板に、水中に潜っていた水兵達が上がって来る。

「どうだ、“悪魔”と裏切り者の死体は見付かったか?」

 上級将校の服に身を包んだ、ギラギラした目の“エルフ”が口を開いた。

 “鉄血団結党”の最高権力者、エスマイールである。“竜の巣”での抹殺任務失敗の報告を受けたエスマイールは、“アディール”の海軍司令部から、自前の艦隊を率いてここまでやって来たのである。

「はっ、“悪魔”共の船は、我が軍の水雷攻撃のよって大破しておりました!」

 水兵の1人が、“鉄血団結党”式の敬礼を取りながら報告した。

「それで、死体はあったのか?」

「そ、それが……」

「どうした? 私はおまえに、死体はあったのかと尋ねているのだ」

 エスマイールの眼光に射抜かれ、水兵は震える声で報告した。

「それが、船の中は蛻の殻でした!」

「……ふむ、そうか」

 エスマイールは静かに首肯くと、「御苦労であったな、しばし身体を休めるが良い、同志達よ」と水兵達に労いの言葉を掛け、艦隊司令室のある船室へと足を向けた。

 水兵達の間に安堵の空気が流れた。

「上機嫌ですな、同志エスマイール。“悪魔”を取り逃がしたというのに」

 と、水軍将校の1人が声を掛けた。艦隊副司令官のサルカン提督である。ヒトの海賊船を何隻も沈めて来た、歴戦の古強者である。

「“悪魔”の末裔だ。あの程度では死なんだろうとは想っていたさ」

 エスマイールは唇の端に笑みを浮かべた。

「脱出した“悪魔”共は、どこに向かうと想う?」

「“エウネメス”……あの流刑民の街でしょうな、恐らく」

 サルカンは顎髭に手を当てて言った。

「そう、生きてるとすれば、あの街に向かう筈はずだ」

「直ぐに追手を差し向けましょう」

「その必要はない」

「と言いますと?」

「“蛮人”の軍隊が、“サハラ”の国境付近に迫っているそうだな」

「は……」

 唐突に話題を変えられ、サルカンは戸惑った。それから、(“蛮人”の大軍勢がこの“砂漠(サハラ)”に攻め込もうとしている今、最早“悪魔”を追っている場合ではないということか……?)と考えた。

「“蛮人”共に、アレ、の威力を見せ付ける、好い機会ではないか」

 エスマイールはニヤリと笑った。

「実験にちょうど良いと想わんかね、あの“流刑民の街(エウネメス)”は?」

「同志エスマイール、まさか、あの街に“火石”を使われるおつもりですか?」

 豪胆なサルカンも、流石に冷や汗を浮かべた。

 ヒトの国の内乱で、“火石”が使用され、艦隊を一瞬で焼き尽くしたという報告は、当然、首都“アディール”にも届いているのである。

 その報告を聴いたエスマイールは、部下達に命じ、密かに“火石”を爆発させるための研究を進めさせていたのである。

「なにか問題があるかね?」

 エスマイールは、ゾッとするほど温度の低い声で言った。

「確かに名案ですな。しかし、あの街には”エルフ”も住んでおりますが?」

「それもちょうど良い。“エルフ”の誇りを捨て、“蛮人”と取引するゴミ共だ」

「なるほど、それもそうですな」

 サルカンは同意した。

 ヒトの絶滅と“エルフ”の純血主義を掲げる“鉄血団結党”にとって、ヒトとの交易を続けるあの街は、ずっと目の上の痣瘤のようなモノであったのだ。

「そう言えば、“悪魔”共は、同志ファーティマを人質に取っているようですが」

「ファーティマ?」

 エスマイールは一瞬眉を顰め……ああ、とつまらなさそうに口にした。

「あれは任務に失敗したのだ。所詮は裏切り者の一族の出身。少しは見所があるかと想ったが、結局、使い物にならんかったな」

 エスマイールはマントをひるがえすと、甲板の水兵達に向かって大声で命じた。

「ありったけの“火石”を用意しろ。盛大な花火を打ち上げるぞ!」

 

 

 

(“火石”で街を吹き飛ばすだって? 冗談じゃないよ!)

 物陰に隠れ、話の一部始終を聴いていた“エルフ”の顔が青褪めた。

 先程、甲板でエスマイールに報告した水兵である。

 その顔がグニャリと歪み、たちまち美しい女の顔に変化する。相方に掛けて貰った“風”の“スクウェア・スペル”の“フェイス・チェンジ”の“魔法”である。

 その正体は、ヴィットーリオの依頼で才人とティファニア達を捜していた、“土くれのフーケ”である。数日前から、“エルフ”の水兵になりすまし、“鉄血団結党”に潜入していたのである。

 だが、あんな話を聴いてしまった以上、ここにいる場合ではない、とフーケは考えた。

 才人達は兎も角、もう1人の保護対象であるティファニアは、フーケにとって、実の妹の様な存在なのである。

(急いだ方が良さそうだね……)

 フーケは水軍の軍服を脱ぎ捨てた。すると、ピッタリした布地に包まれた、スラリとした肢体が現れる。

 フーケは海に飛び込むと、船を離れた泳ぎ始めた。

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