ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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始祖の虚無

 “エルフ”の統領テュリュークは、“評議会(カウンシル)”の議員達を説得するため“アディール”に向かって出立することになった。

 “アディール”では“鉄血団結党”を始めとする主戦派の議員達が、“ハルケギニア”の軍隊を迎え撃つための準備をしている頃であろう。事態は一刻を争うため、ヴィットーリオはテュリュークの移送をジュリオに命じたのであった。

 テュリュークは、見送りに来たビダーシャルに言った。

「後のことは頼んだぞ」

 ビダーシャルは静かに首肯いた。

 テュリュークも、当然ヴィットーリオを全面的に信用した訳ではない。ヴィットーリオという人物を見極めさせるべく、ビダーシャルをここに残したのである。

 ジュリオとテュリュークを乗せたアズーロが、砂漠の彼方へと飛び立ったのを、ヴィットーリオとアンリエッタ、ビダーシャル、そしてシオンが見送った。

「これで、無用な犠牲を喰い止めることができましょう。ミス・ヴァリエールが“エルフ”の国へ向かったのも、あるいは“始祖”の御導きだったのかもしれませんね」

「はい、聖下」

 アンリエッタは首肯いた。が、(“エルフ”との和平は、最も望んでいたこと。なのに、どうしてこん成にも、心がざわつくの?)とヴィットーリオが口にした“聖地の向こう”という言葉に引っ掛かりを覚えていた。

「だが、和平を実現するには、1つ問題があります」

 ビダーシャルが言った。

「と言いますと?」

「水軍を牛耳っている“鉄血団結党”だ。あの連中は、テュリューク殿の説得にも耳を貸さないだろう。“火石”を使われれば、おまえ達に勝ち目はないぞ」

「なるほど、ですが御心配なく。我々には切り札がありますので」

「ほう、切り札とは……是非御見せ頂きたいものですな」

「よろしい。アンリエッタ殿、ルイズ殿をここへ呼んで頂けますか?」

 

 

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、只今ここに」

 “ロマリア”の天幕に呼び出されたルイズは、ヴィットーリオの前で跪いた。

「ミス・ヴァリエール、貴女に渡すべきモノがあります」

 そう言うと、ヴィットーリオはルイズの前に、古びた小箱を差し出した。

「これは貴女が所有すべきモノです」

 ヴィットーリオは小箱を開いた。

 箱の中から出て来たのは、古木瓜た香炉、小さなオルゴール、そして、宝石の外れた指輪の台座である。一見したところ、ただのガラクタではある。

 しかし、今のルイズには、それがただならぬモノであることが、直感で理解った。

「これは?」

「“始祖の香炉”、“始祖のオルゴール”、そして“アンドバリの指輪”の台座、全て、あの“ミョズニトニルン”から回収したモノです」

 ルイズはハッとした。

 ジョゼフ王と心中した、シェフィールド。彼女が所有していた“始祖の秘宝”を、“ロマリア”の“宗教庁”は秘密裏に捜索し、回収していたのである。

「あの、どうして“始祖の秘宝”を私に?」

「貴女に“始祖の虚無”を覚えて貰うためです。“始祖の秘宝”は、“始祖の虚無”を発動させるために必要不可欠なモノなのです」

「“始祖の虚無”?」

「はい、貴女の“エクスプロージョン”よりも、遥かに強力な“虚無”です」

「“エクスプロージョン”よりも強力な……」

 そう聞かされても、ルイズには当然其それがどのようなモノなのか全く想像することができない。

 なにせ、ルイズの“爆発”は、“エルフ”の艦隊を一撃で灼き尽くしてみせたのである。

 それ以上に強力な“虚無”があるとすれば……。

「あの、聖下は、“エルフ”と和解されるおつもりではないのですか?」

「和平が成立するかどうかは、まだ判りません。それに、“エルフ”の中には“鉄血団結党”なる者達がいるようです。彼等は“火石”を使い、この“聖地回復連合軍”を滅ぼそうとしている。“始祖の虚無”は、その脅威から、我々を守るために必要なのです」

「なるほど。あの“悪魔の光”よりも強力な(わざ)という訳か」

 と、ビダーシャルが口を挟んだ。

「そうです、ビダーシャル殿。これが我々の切り札です」

「恐れながら……」

 ルイズは言った。その手は微かに震えている。

「どうして、私なのでしょうか? “始祖の虚無”の“担い手”となるのは、教皇聖下こそ相応しいのでは?」

「それはできません」

 ヴィットーリオは首を横に振った。

「以前、話したことがありますが、“虚無の担い手”には、“系統魔法”ほどではないにしろ、それぞれ得意な“系統”があるのです、例えば、私は“移動”、ミス・ウエストウッドは“忘却”といったところでしょうか。私は、“始祖の虚無”の使い方を知りはしましたが、実際にそれを行使することはできない。その“虚無”は、“始祖ブリミル”の遺したモノの中でも、“聖杯”と同様に特別なモノ……恐らく、“ガンダールヴ”を“使い魔”とするミス・ヴァリエール、貴女にしか唱えることのできないモノなのでしょう」

 そう言うと、ヴィットーリオは、小箱から取り出した秘宝をルイズに手渡した。

 その瞬間、ルイズのマントの中で、なにかが光った。

「ルイズ、“始祖の祈祷書”が!?」

 アンリエッタが驚きの声を上げた。

「ミス・ヴァリエール、“祈祷書”を開いてみてください」

 ルイズは不安そうな顔で、アンリエッタとシオンの方をチラッと見た。

 アンリエッタはコクリと首肯き、シオンは少し間を置いた後首肯いた。

 ルイズは“始祖の祈祷書”を、マントの下から取り出した。そして、ユックリと、ページを開く。

 すると、白紙だったページに、光の“ルーン文字”が浮かび上がった。

「おお!」

 ヴィットーリオが感嘆の声を上げる。

 “祈祷書”に浮かび上がったその文字を、ルイズは読み上げた。

「“4の4が揃いし時に現れる、最後にして最強の虚無……”」

 “生命(ライフ)”。

 初めて見るその“ルーン”のイメージが、意識の中に浸透して来るのを、ルイズは感じた。

 その余りの強大さに、ルイズは、(な、なによこれ……なんて……なんて恐ろしい……)、と戦慄し、その場で愕然と崩れ落ちた。

「ルイズ、大丈夫?」

 アンリエッタが心配そうに、ルイズの肩に手を乗せた。

「え、ええ……姫様……ちょっと、頭の中が一杯になって……」

 ルイズは恐怖から逃げるように、両手で顔を覆った。

「無理もありません。“始祖ブリミル”でさえ、この“虚無”を唱えたのは、生涯でただ1度切りだと伝えられています」

「聖下、本当に……このような恐ろしい“呪文”が、本当に必要なのでしょうか?」

 ルイズは不安になって訊ねた。

「私も、その“虚無”が必要にならぬことを祈っています。ただ、私は“ハルケギニア”全塗の民を導く者の責任として、いついかなる時も、最悪の事態を想定しなくてはならないのです」

 ヴィットーリオは、声に苦渋の色を滲ませて言った。

「ミス・ヴァリエール、今は良く休息して、“精神力”を蓄えて置いてください」

 ヴィットーリオがそう言った後、アンリエッタとルイズは、シオンの様子が可怪しいことに気付いた。

 シオンの様子は、傍から見ると余り変わりはない。が、幼馴染である2人には、判るほどの変化であった。

「シオン、大丈夫?」

「え、ええ……私は大丈夫よ。貴女達と聖下の方が心労が絶えないでしょうし、大変よ。だから、自分のことを考えなさい。そして、それを使わないで済むように考え、行動しましょう」

 シオンは笑顔を浮かべてそう言ったが、その目は“祈祷書”に浮かぶ“ルーン文字”に向いており、その顔は青かった。

 

 

 

 砂漠の果てに陽が沈む……“ロマリア”の天幕を退席したルイズは、1人、喧騒から離れた寂しい場所に座り込んだ。

 “生命(ライフ)”。

 “爆発(エクスプロージョン)”とは、比較にならないほどの破滅をもたらす“虚無”。

 ルイズは、(“始祖”はなにを考えて、こんな“呪文”に生命なんていう皮肉な名前を付けたのかしら?)と考えた。

「はあ……」

 ルイズは重い溜息を吐いた。

 ラ・ヴァリエール公爵家の3女として、ルイズは之迄、力がある者はその力を大勢のために使う義務があると教えられて来た。だからこそルイズは、(私に“虚無”と言う力があるのなら、それを“ハルケギニア”のために役立てよう)と想って来たのである……。

 ルイズは、(でも、この力は、私1人で背負うには重過ぎるわ……)と想った。

 ちっぽけなルイズ。落ち零れのルイズ。“ゼロのルイズ”。

 そのように呼ばれていたルイズが、今は“ハルケギニア”の未来を背負わされているのである。

 ルイズは、どこかにいるはずの、“使い魔”のことを想った。そして、(サイトなら、どうするかしら? こんな、世界さえも滅ぼしてしまえるような力を、突然与えられてしまったら……)と考えた。

「サイト……逢いたいわ……」

 ルイズはマントの端をギュッと掴んだ、そうしていないと、寂しくて、涙が溢れてしまいそうだったのである。

 その時、ルイズの背後で、砂を踏む音がした。

 ルイズはハッと振り返った。

 そこにいたのは……。

「タバサ?」

 呟いた直後に、ルイズは勘違いに気付く。

 眼鏡を掛けていないし、羽織って居るマントは裾の長い立派なモノである。

 そして、彼女の頭には、“ガリア”の王冠があった。

「ジョゼ……シャルロット女王陛下」

 ルイズは慌てて立ち上がり、“王族”に対する礼を取ろうとした。

「ジョゼットで良いわ。ヴァネッサ」

 ジョゼットは、ルイズを“セント・マルガリタ修道院”にいた頃の名前で呼んだ。

 ルイズはちょっと困惑した。あの修道院を抜け出してから、ジョゼットとは、マトモに話したことがなかったからである。なにしろ、ジョゼットはもう“ガリア”の女王様なのである。そして、“ロマリア”に積極的に協力する彼女に対して、なんとなく、気不味い想いもあったのである。

 そんなルイズの困惑を知ってか知らずか、ジョゼットはルイズの隣に腰を下ろした。

「教皇聖下から聞いたわ。その、“始祖の虚無”のこと」

「そう……」

「戸惑う気持ちは理解るわ。私も、あの“セント・マルガリタ寺院”から連れ出されて、今では“ガリア”の女王……そして、貴女と同じ“虚無の担い手”よ」

 ジョゼットは修道院にいた頃と同じ、親しげな口調で話し掛けた。

 確かに、境遇を比べてしまえば、このジョゼットはルイズよりも遥かに激しい“運命”に翻弄されたと云えるだろう。落ち零れながらも、名門“貴族”の3女であるルイズとは違い、彼女は、生まれた時からずっと、あの狭い世界しか知らなかったのだから。

「怖くなったの、この“虚無”の力が」

 ルイズはポツリと言った。

「そうね、そんな力を突然貰ってしまったら、誰だって怖いはずよ」

「ううん、違うの。そうじゃないの」

 ルイズは激しく首を横に振った。

「こんなにも恐ろしい力、使いたくないなら、使わなければ良い。だって、私にはちゃんと意思があるんだから。でもね、私、例えばサイトを救うためなら、きっとためらわないと想うの。いいえ、ためらいはするかもしれないわ。凄く悩むかもしれない。でも、結局は使ってしまうと想うの。それが、どんなに恐ろしい破滅をもたらすモノだとしても……私は、そんな自分が怖いのよ」

 ジョゼットは、震えるルイズの手に、ソッと自分の手を重ねた。

「理解るわ。私だって、ジュリオのためなら、きっとなんでもしてしまう。実際、あの人に言われるがままに、姉の王冠を奪ったわ。私は薄汚い泥棒よ。でもね……」

 と、ジョゼットは唇を強く噛んだ。

「でも、後悔はしていないわ。あの人になにを命令されても、私は従う。死ねと言われれば死ぬわ。それが、なにもない私が与えられる、ただ1つの“愛”だから」

「ジョゼット……」

 なにか鬼気迫るモノを感じて、ルイズはジョゼットをマジマジと見詰めた。意外な印象を受けたのである。修道院にいたあの頃のジョゼットは、臆病で気弱そうな少女だったというのに。

 ルイズは、(なにが彼女を強くしたのかしら……?)と考えた。そして、(決まってる、あの“ロマリア”の神官だわ。恋はこんなにも、人を変えてしまうんだわ……)と想った。

 それからルイズは、才人のことを頭に想い浮かべた。

 ルイズだって、才人と出逢う前とは随分と変わったのである。もし、あの時、才人と出逢わなければ……“担い手”であることに気付ずに生きるか、もしくは、“ロマリア”の言うがままに“ハルケギニア”を導く“聖女”とやらになっていた世界もあったであろう。

 ルイズは、(でも、私のサイトへの気持ちは、ジョゼットの“愛”とは、少し違う気がする……私には、彼女ほどの覚悟がないのかしら?)、とそのようなことを考えてしまい、ルイズの心はまた重くなるのであった。

 

 

 

 ルイズが沈んだ面持ちで“オストラント号”の所に戻ると、ギーシュ達“水精霊騎士隊”の面々が、焚き火を囲んで呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしていた。

「僕の“ワルキューレ”が、こう、斬り掛かって来る“エルフ”共をだね、バッタバッタと! 嗚呼、モンモンに僕の勇姿を見せたかったなあ!」

「そんでもって、僕の“風魔法”がだな、“エルフ”めの石人形を、こう、ドカーンと吹き飛ばしたんだ、ドカーンとね!」

 ギーシュとマリコルヌは、“エルフ”の塔に乗り込んだ時のことを、武勇伝にして仲間達に話しているようである。が、大分脚色が入っている……というよりも、ほとんど創作である。

 コルベールとキュルケは“オストラント号”の修理をしており、タバサは火の側で興味なさそうに本を読んでいる、イーヴァルディはタバサの側で“霊体化”しており、ハサンの姿は見えない。

 そのためか、ギーシュとマリコルヌの話に対して指摘する者は誰もいない。

 もっとも、“水精霊騎士隊”の仲間達も、単に話半分に面白がっているだけのようであるのだが。

 ルイズは、(な、なによこいつ等、私がこんなに悩んでるのに)、となんだか腹が立って来るのを感じた。

「あんた達、良い気なモノね。サイトもティファニアもセイヴァーも、まだ戻って来てないのに」

「落ち込んでれば、サイト達が戻って来るもんでもないだろ」

「そうだぜ、ルイズ。なにをするにしても、先ずは英気を養わないと」

 ギーシュとマリコルヌの反論は、もっともであるため、ルイズはぐぬと唸った。

 落ち込んで悲しんでいても、別に才人達が直ぐに帰って来る訳ではないのだから。

 だが、そう想うと、ルイズは余計に悲しくなってしまうのであった。

「ほら、ミス・ヴァリエールも食べてください。沢山頑張ったんですから」

 シエスタがルイズのために木箱のテーブルと椅子を用意し、ワインと皿に盛った肉料理、煮込みやサイトベーコンのスープを持って来た。

「頂くわ」

 ルイズはスープを口にした。余り食欲はなかったが、食べているうちに段々と御腹が調子付いて来たのであろう、あっと言う間に平らげてしまった。

「美味しかったわ、ありがとう」

「私にできるのは、料理くらいですから」

 シエスタはニッコリと笑った。

 そんなシエスタが、今のルイズの目には、とても眩しかった。

「そんなことないわよ。あんた、私なんかよりずっと、皆の役に立ってるわ」

「ミス・ヴァリエールには、素晴らしい力があるじゃないですか」

「素晴らしい力……本当にそうかしら?」

 ルイズはまた暗い気持ちに成ってしまい、俯いた。

「どうしたんですか?」

「どんな凄い力があったって、結局は、その力をどう使うかじゃない。“始祖”から授かった“虚無”の力も、使い方を間違えれば、災厄を招く力になるわ。私、怖いのよ。いつか、この力に呑み込まれて、あのジョゼフみたくなるんじゃないかって」

 ルイズは、ジョゼフの最期を想い出した。

 巨大な火の玉に包まれ、消し飛んだ“ガリア両用艦隊”……。

「大丈夫ですよ」

 と、シエスタは、あっけらかんとして言った。

「へ?」

「ミス・ヴァリエールなら、大丈夫です」

「ど、どうして、そんなことが理解るのよ? 私、そんなに強くなんてなれないわ。今だって、サイトが側にいないと、なんいもできないのに」

 ルイズは、(このメイドってば、絶対テキトウ言ってるわ……)と想い、唇を尖らせて言い返した。

「だからですよ」

 と、シエスタは言った。

「ミス・ヴァリエールは、弱虫で、ちっぽけで……だから大丈夫なんです」

「…………」

 あんまりといえばあんまりな物言いに、ルイズはキョトンとした。だが、不思議と悪い気はしなかった。なんだだか、意味もなく勇気付けられるような気がして来るのであった。

「やっぱり、あんたが来てくれて良かったわ」

 ルイズは苦笑した。

 と、その時である。

 “トリステイン”軍の天幕の方が、なにやら騒がしくなった。

 見れば、“風竜”に乗る“竜騎士”の部隊が、陣営の中に降りて来るところであった。

「なにかあったのかしら?」

 ルイズとシエスタは顔を見合わせた。

 

 

 

「それは本当なのですか!?」

「へ、へえ、確かに“トリステイン”の“英雄”、シュバリエ・ド・ヒラガ殿、“アルビオン”の“英雄”、セイヴァー殿でした」

 “トリステイン”軍の陣にあ天幕の中である。

 アニエスを始めとする“銃士隊”の面々に囲まれ、1人の商人が平伏していた。

 商人は震えていた。才人達が“エウネメス”にいることを伝えるため、馬で“トリステイン”軍の元へと向かっていたところを、斥候に出ていた“竜騎士隊”に発見され、こうしてアンリエッタの前に引き摺り出されたのである。

「どう想いますか? マザリーニ卿」

「ふむ、信憑性はあるかと」

 才人達が“エルフ”に誘拐されたことは、“トリステイン”でも極限られた者しか知ることのない秘密である。

 そして、商人のこの怯えようが……報償目当ての詐欺師とは想うことができないのであった

「女王陛下の御前で偽りを吐けば、どうなるか理解っているな?」

 アニエスが剣を突き付け、鋭く言った。

「し、“始祖”と女王陛下に誓って!」

 商人は額を地面に擦り付けた。

「本当のようですな」

「結構です、この者に500“エキュー”を与えてください」

「ご、500“エキュー”!?」

 商人――店の親父は目を丸くした。なにしろ、“平民”が1年は遊んで暮らすことができるほどの大金である。

「アニエス、直ぐに精鋭の騎士を“エウネメス”へ向かわせてください」

「はっ!」

 アニエスが首肯き、天幕の外に出ようとする。

 と、その時である。

 外でなにか揉めるような声がして、ルイズが中に入って来た。

「まあ、ルイズ! 一体、どうしたの!?」

「姫様、サイトが見付かたっというのは、本当ですか!?」

 ルイズは叫んだ。

「ええ、ここから200“リーグ”ほどの場所にある、“エルフ”の街にいると」

 アンリエッタは落ち着き払った声で言った。

「たった今、精鋭の騎士を派遣するように命じたところですわ」

「姫様、私も行かせてください!」

「いええ、それはなりません」

 アンリエッタは首を横に振った。

「どうして……!?」

「どんな危険があるか判らないからです。ルイズ、理解るでしょう? 今更の話ですが、貴女のその力は、最早、貴女だけのモノではないのよ」

「でも……」

「アンリエッタ殿の仰る通りですよ、ミス・ヴァリエール」

 と、穏やかに諭すような声が聞こ得て来た。

 天幕に入って来たのは、“聖堂騎士”を連れた、教皇ヴィットーリオである。

「教皇聖下……」

「貴女は“ハルケギニア”全土の運命を握る、“虚無の担い手”、万が一にも、危険な目に遭わせる訳にはいきません」

「そんな……サイトは私の“使い魔”なのよ」

「どうか、ここは私を信じて任せてください」

 ヴィットーリオは真摯な表情で言った。

「それから、アンリエッタ殿、騎士団を動かすのは賛成できません。目立つ行動を起こせば、サイト殿とミス・ウエストウッド達を却って危険に晒すことになる」

 アンリエッタは眉を顰めた。

「では、全て貴方方“ロマリア”に任せろと仰るのですか?」

「はい、私は既に腕利きの者達を派遣しました。この手の任務請け負って来た、専門家の中の専門家」

「まあ、手の早いこと。そう言えば、諜報と暗殺は、“ロマリア”の御家芸でしたわね」

 アンリエッタは想わず、皮肉を返してしまった。

 そんなやりとりを見たルイズは、(“ロマリア”は絶対に信用できないわ……もし、サイトとティファニアの身柄を取り戻せそうにないとなったら、その専門家とやらは、ためらいなく2人の命を奪おうとするかもしれない……セイヴァーがいてはくれてるけど、どうなるか……規格外の“サーヴァント”ではあっても全能ではないし。なにもかも、貴方達の言いなりになると想ったら大間違いよ。私はルイズ……ルイズ・フランソワーズなのよ)と勇気を出して、ヴィットーリオの前に進み出た。

「聖下、サイトは私の“使い魔”です。だから、私が迎えに行きます。それが筋と言うモノですわ」

「ミス・ヴァリエール、サイト殿は、貴女だけのモノではありません。サイト殿もミス・ウエストウッド殿も、セイヴァー殿も、“ハルケギニア”全土の民にとって重要な存在なのですよ」

「3人は聖下の道具ではありません!」

 ルイズはとうとう怒鳴った。

 だが、そんなルイズの剣幕にも、ヴィットーリオは動じた様子を見せない。あくまでやかな声で言った。

「貴女は“ブリミル教徒”。であれば、“宗教庁”に従う義務があります。さもなくば、私は、貴女を異端として告発しなくてはなりません」

「なんですって……!?」

 アンリエッタの顔色がサッと変わった。

 異端。それは、“ハルケギニア”の“貴族”にとって、なによりも恐ろしく、重い言葉であるといえるだろう。

 1度異端の認定を受ければ、その罪はルイズのみならず、姉のカトレア、エレオノール、そして公爵、公爵夫人にまで及ぶのだから。

 之には、然しものルイズも、弱気になった。アンリエッタに“貴族”の身分を返上した時とは違うのである。今度は、ルイズだけの問題ではないのだから。

 ルイズは口を噤んだまま、悔しそうにヴィットーリオを睨んだ。

 と、その時である。

「聖下、それは内政干渉というモノですわ」

 ヴィットーリオに口答えしたのは、なんとアンリエッタであった。

「姫様?」

 ルイズがハッと顔を上げる。

 宰相のマザリーニが、口をアングリと開けた。

 アンリエッタは覚悟を決めた顔で、ヴィットーリオの前に立ちはだかった。

「ルイズ達は貴方方の道具ではありません。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、私の臣下です。そして、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガは、私の臣下であり、同時に異国の民でもあります。ティファニア・ウエストウッドは、シオン女王陛下の従姉妹、“アルビオン”の姫君です。セイヴァー殿は、“アルビオン”の客将。従って、私は“トリステイン”の女王として、彼女に騎士サイト殿とセイヴァー殿、ミス・ウエストウッドを迎えに行かせることを命じますわ!」

「姫様……!」

 ルイズは思わず、目頭が熱くなった。アンリエッタが、“トリステイン”女王としての立場も顧みず、ルイズの味方をしたのだから。

「姫様、私……」

「早く御行きなさい、ルイズ。貴女の“愛”する人の元へ」

「……はい」

 ルイズはアンリエッタにふかく頭を下げると、天幕の外へと駆け出した。

「アンリエッタ殿……」

「教皇聖下、ルイズは主君である私の命令に従ったのです。裁くのでしたら、どうかこの私を、異端の罪で御裁きください」

 アンリエッタは頭を垂れ、ヴィットーリオの前で跪いた。

「…………」

 天幕の中に長い沈黙が訪れる。

 アニエスはハラハラとした様子で見守り、マザリーニは小声でなにか祈りの言葉を唱えていた。

 ヴィットーリオは静かに瞑目し、跪くアンリエッタの肩に手を置いた。

「どうか、面を上げて下さい、アンリエッタ殿」

「聖下……」

「確かに、ミス・ヴァリエールとサイト殿は“トリステイン王家”の臣下、ミス・ウエストウッドは“アルビオン王家”の姫君、セイヴァー殿は“アルビオン”の客将であり、サイト殿とセイヴァー殿は“ブリミル教徒”ではありません。我々“ロマリア”が口を挟むのは、筋ではありませんね。それに、今このようなことで、ようやく1つに纏まった“ハルケギニア”の間に、不和の種を蒔く訳にはいきますまい」

 ヴィットーリオは、いつもの穏かな微笑を浮かべて言った。

「寛大なる聖下の御慈悲に、痛みいりますわ」

 アンリエッタが一礼すると、天幕の中を、ホッと安堵の空気が流れた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ルイズ」

 天幕から飛び出したルイズのマントを、キュルケが掴んだ。

 ドテッと転んだルイズの顔が砂に埋まる。

「な、なにするのよ!?」

「貴女、まさか、この砂漠を走って行くつもりなの?」

「そんな訳ないでしょ。“テレポート”の“呪文”を使うわ」

 ルイズは顔の砂を払いながら言った。

 “セント・マルガリタ寺院”から抜け出す時に実行したモノと同じ方法である。

「馬鹿ね、街まで200“リーグ”以上もあるのよ。途中で“精神力”を使い果たしちゃうわよ」

「あ……」

 ルイズは、(言われてみれば、そうね……実際、あの時は“アサシン”が助けて呉れたし……)と想った。

 と、そこへ、バッサバッサと羽撃く音が聞こ得て来た。

 見ると、タバサが乗るシルフィードである。

「乗って」

「きゅいきゅい! ちび桃! 早くシルフィの背中に乗るのね!」

「タバサ、あんた……」

「馬よりも、こっちの方が速い」

 タバサは淡々と言った。

「ありがとう……」

 ルイズは小さく頭を下げた。

「あたしも行くわ。2人だけじゃ心配だもの」

 シルフィードは2人の襟首をヒョイッと掴むと、背中の上に器用に放り投げる。

「おーい、サイト達を救けに行くんだろ? 僕達も手伝うぜ」

 ギーシュやマリコルヌを始め“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の面々も駆け付けて来た。

「あんた達……気持ちは嬉しいけど、あんまり目立つのは良くないわ」

「シルフィはそんなに一杯乗せられないのね、きゅい!」

「ああ、そりゃそうか……」

 ギーシュは頭の後ろを掻き、それから、真面目な顔付きで言った。

「ルイズ、サイト達を頼む」

「任せて」

 ルイズは力強く首肯いた。

「私の“フネ”が飛べれば良かったんだがね」

 少し遅れてやって来たコルベールが、申し訳なさそうに言った。

「全く……この娘はもう、勝手なことばかりして!」

 エレオノールがツカツカと歩いて来ると、ルイズをギロッと睨む。

 ルイズは、怒られる……と想って首を竦めたが、エレオノールが口にしたのは当然妹を心配する言葉であった。

「気を付けるのよ、ちびルイズ」

「エレオノール姉様……」

 ルイズは想わず泣きそうになり、目をグシグシと擦る。

「ミ、ミス・ウエストウッド、待ってください!」

 両手にバスケットを抱えたシエスタが、トテトテと走って来た。

「シエスタ、駄目よ、今回は連れて行けないわ」

「理解ってます。これ、弁当です」

 シエスタはバスケットを放り投げた。

「いざと言う時、ミス・ヴァリエールの力が出なかったら困るでしょう?」

「ありがとう、シエスタ。きっとサイト達を連れて戻って来るわ」

 ルイズはバスケットを受け取ると、コクンと首肯いた。

「全速力」

 タバサが言った。

「きゅいきゅい、任せるのね!」

 シルフィードが翼を羽撃かせると、大量の砂塵が空に舞う。

 大勢の仲間に見送られながら、ルイズ達は夕暮れの空に飛び立った。

 

 

 

「先程は、中々良い啖呵でしたぞ、女王陛下。この老骨も肝が冷えました」

 天幕の外に出て来た老宰相は、アンリエッタに苦笑を齎した。

「教皇にあれほど真っ向から歯向かった女王は、後にも先にもおりますまい」

「貴男は御叱りになると想いました、マザリーニ卿」

「いえ、寧ろ頼もしく想いましたよ。先程の女王陛下を御覧になれば、マリアンヌ様も御安心なさるでしょう」

「貴男に素直に褒められたのは、初めてのような気がしますわ」

「おや、そうでしたかな?」

 マザリーニは恍けたように首を振ると、シルフィードに乗って砂漠に飛び立つルイズ達の後ろ姿を眺めた。

「彼女達は、まるで、かつての“魔法衛士隊”のようですな」

 マザリーニは昔を懐かしむような口調で言った。

「母上に仕えた、あの伝説の勇士達のことですね」

「そう、“ナルシス”、“バッカス”、“サンドリオン”……そして、ミス・ヴァリエールの母君のカリン殿。斯の者達こそ、“貴族”が最も“貴族”らしくあった時代、旧き良き時代の、真の勇士達でした」

 風に揺れるルイズの髪を見詰め、マザリーニは眩しそうに目を細める。

 “王家”に古くから仕えるこの老宰相は、あのルイズ達の背中に、固い友情で結ばれた昔日の“魔法衛士隊”の姿を重ね合わせたのかもしれなかった。

「陛下は御存知ですかな? かつて、ミス・ヴァリエールの母君がなんと呼ばれていたか」

「確か、“烈風”と……」

「そう、彼女は“烈風の騎士姫”と呼ばれていたのですよ」

 

 

 

「御互い、皆に話せない秘密を抱えていると苦労しますね。聖下」

「ミス・エルディですか。いつの間に、という質問は無意味でしょうね。苦労……そう、ですね……」

 “トリステイン”の天幕から出て、 “ロマリア”の天幕へと戻ったヴィットーリオに、シオンが言葉を掛けた。

 ヴィットーリオは疲れた表情と声で、シオンへと言葉を返した。

「ですが、貴方達の方が色々と秘密が多いでしょう? “始祖”と共にいた“サーヴァント”の主よ」

「そうですね。ええ、全く……」

「1つ、良いでしょうか? ミス・エルディ」

「なんなりと、聖下」

「貴女は、“祈祷書”に浮かび出た“ルーン文字”を読むことができる。ですよね?」

「だとすれば、どうします?」

「なにもしませんよ。ただの確認です」

 シオンとヴィットーリオは、疲れが見て取れるほどの弱々しい笑みを浮かべる。

「でも、きっとあの人の方が辛いと想う。だって、皆を“愛”し、気遣い、それでいて、誰よりも心が弱い……少しの刺激で直ぐに崩れ去ってしまいそうなほどに……だから、力を望んだ、壊されることないように受け流すことができるように……それでも、上から目線という問題点もあるけれど……」

「…………」

 ヴィットーリオは目を閉じ、少し間を置いた後、口を開く。

「サイト殿とミス・ウエストウッド、セイヴァー殿が見付かりました。ミス・ヴァリエール達が“エウネメス”へと向かっています。貴女も、行って上げてください」

「ありがとうございます、聖下。いえ、ヴィットーリオさん」

「貴方方に、“始祖”と“大いなる意思”の御加護と導きがあらんことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が沈む頃……才人に放免されたファーティマは、街の中心を通る川の橋を渡り、“エウネメス”の旧市街を訪れていた。木造の建物が密集して建つ旧市街は、元々、“エルフ”の流刑民が多く住む場所であり、かつて追放されたファーティマの一族達も、此処に居を構えていた。

 橋を渡り切ったところで、ファーティマは足を止めた。一族の復讐を遂げるまでは、もう2度と戻ることはない、と誓って決めた場所である。

 しかし、何故か自然と足が向いていたのである。

 ファーティマは、(何故、私は戻って来てしまったのだろう……?)と考え、旧市街の入り口で、頭を振った。それから、(こんな所に来ている場合ではない。早く党に戻り、あの“悪魔”共の事を報告しなければ……)と想った。

 その時である。

「これはこれは、同志ファーティマではないか」

 聞き慣れた其の声に、ファーティマはハッと振り向いた。

「ど、同志エスマイール!」

 sこにいたのは……党の親衛隊を引き連れた、エスマイールであった。

「捨てた故郷が懐かしくなったのかね? 同志ファーティマ」

 エスマイールは瞳を眇め、ファーティマをジッと見据えた。

「いえ、そのようなことは……」

 ファーティマは背筋をピンと伸ばし、党の敬礼を取った。

「ふむ、君が“悪魔”共に捕まったと聞いて、大いに心配していたのだよ」

「そ、そうでしたか、申し訳ありません」

 エスマイールの言葉に、ファーティマはホッと安堵した。だが、同時に、ふとある疑問が想い浮かぶ。エスマイールは、ファーティマが人質になったことを知りながら、船を沈めることを命令したのかどうか、という疑問が……。

 ファーティマは、(いや、そんなはずはない……)、と直ぐに胸中の疑念を打ち払った。

「それで、君がここにいるということは、もう“悪魔”共を殺して来たのか?」

 と、エスマイールは尋ねた。

「いえ……殺し損ねました」

「ほう、殺し損ねた?」

 エスマイールの目が刃のように鋭くなった。

「するとなにかね? 同志ファーティマ。君は“悪魔”共に対してなんの成果も上げることなく、おめおめとここに戻ろうとした、という訳か」

「け、決してそのようなことは……」

 ファーティマは、(同志エスマイールは、自分の忠誠を疑っている……)と想い、慌てて弁解しようとした。

「まあ良い、大事の前の小事だ。君の処遇は、花火の後で決めることにしよう」

 エスマイールは上機嫌に言った。

「花火?」

「そう、盛大な花火だよ」

 ファーティマは、エスマイールの引き連れた親衛隊が運んでいる荷車に気が付いた。

 荷車には大きな布が冠せられている。

「同志エスマイール、それはなんですか?」

「“火石”だよ」

 エスマイールはニヤリと笑った。

「“火石”? 何故そんなモノを……?」

「決まっているだろう。この街に潜む“悪魔”共を吹き飛ばすのだ」

「なっ……!?」

 ファーティマは、(一体、なにを言っているのだろう……?)、と想い、絶句した。

「お、恐れながら……“火石”の力が爆発すれば、“悪魔”は疎か、この街ごと吹き飛んでしまいかねませんが……」

「うむ、なにか問題でも?」

「え?」

 エスマイールは表情1つ変えない。

「仇敵たる“悪魔”を滅ぼせるのだ。街の1つや2つ、些細なことだ」

「し、しかし、この街には“エルフ”も大勢……」

「同志ファーティマ、この街に“エルフ”はいないのだよ」

「な……」

「この街にいるのは、掟破りの裏切り者だ。我々と同じ“エルフ”ではない」

 今度こそ、ファーティマは言葉を失った。眼の前が真っ暗になる。

 エスマイールの目は本気であり、本気でこの街を消そうとしていることが判る。

「お、御考え直しください! それは、それは余りに……」

「おや? 同志ファーティマは、“蛮人”に感化されたのかな?」

「そ、そんなことはありません!」

 エスマイールが肩を竦めると、親衛隊の“エルフ”達が冷笑を浮かべた。

「やはり、裏切り者の一族の血筋だな」

「わ、私は裏切り者ではありません!」

「ああ、君の叔母上もそう言ったに違いない」

 エスマイールが合図すると、直ぐに親衛隊がファーティマを拘束した。

「喜ぶが良い。君のこれまでの党の献身に免じて、特等席で花火を見せてやろう」

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