砂漠の向こうに陽が沈む……夕暮れ時になっても、“エウネメス”の街は静かになるどころか、増々喧騒を増して行くようである。
大通りからは、店の掛け声や、賑やかな楽の音が響いて来る。同じ“エルフ”の街でも、“アディール”の静謐な雰囲気とはまた違う、猥雑な活気があった。
才人と俺が施療院に戻ると、ティファニアとルクシャナは、もう手助けなしでも歩くことができるほどまでに回復していた。2人を治療した“エルフ”によれば、傷は塞がったものの、やはりかなりの体力を消耗しているため、砂漠を旅するのには、まだ静養の必要があるとのことである。とはいえ、ヒトの“メイジ”であれば、三日三晩は“水”の“魔法”を掛け続ける必要があったということもあって、流石は“エルフ”だといえるだろう。
しかし、実際そう何日も、この街に留まっている訳にはいかないだろう。
才人は、(例の“鉄血団結党”は、俺達の捜索をまだ諦めていないだろうし、ルイズ達が直ぐ近くに来てるなら、なるべく早く合流して、“聖地”のことを伝えないと)と想った。
「テファ、俺達、甘かったのかな? あいつ、テファのこと非道い目に遭わせたんだし」
ベッド脇の椅子に腰掛け、才人は呟いた。
アリィーが手配した宿の一室である。それほど上等な部屋ではないが、シーツはちゃんと選択されていて清潔である。窓際のベッドにはティファニアが横たわり、奥のベッドでは寝間着に着替えたルクシャナがスゥスゥと寝息を立てている。
アリィーは砂漠を旅するのに必要な駱駝を調達するため、また直ぐに街へと出て行った。
「ううん、才人とセイヴァーさんは優しいのよ。才人のしたことは、間違ってないと想う」
ティファニアは首を横に振った。
「そうかな……?」
才人は自信なさそうに言った。それから、(あの時は、ファーティマを逃がすのが正しいことだと想った。でも、逃したファーティマが、もしまたテファを狙うようなことがあったら……それでもし、テファが傷付いたり、命を落とすようなことにでもなったら……本当に正しかったのか?)と考えた。
「でも、ちょっと残念ね……あの娘とは、もっと話したいことが色々あったけど」
「いつか、話せる日が来ると良いな」
「うん……」
静かに、力強く首肯くティファニア。
そんなティファニアを見ていると、(いつか本当に、“エルフ”とヒトは仲良く出来るんじゃないか? そう、この街だって、ちゃんと“エルフ”とヒトが共存してるんだ。“聖地”を巡る争いなんてモノが終われば、きっと……)と才人は想うことができた。
「喜べ、少年少女。話す機会は近いうちに来る。種族関係なく、仲良く暮らすことができる日もそう遠くないうちに来るだろう」
「でも、それってさ……そうなるからこそ、“剪定事象”になるとか?」
俺の言葉を聞き、才人は、かつて俺が言った“剪定事象”についてを想い出し、指摘して来た。
「さてな……おまえはどう想うんだ? 関係していると想うか?」
「はぐらかすなよ」
気が付けば、ティファニアは窓の外の夕暮れを見詰めていた。
「“ハルケギニア”の軍隊は、もう近くまで来ているのね」
ティファニアはポツリと言った。
「ああ、たぶん、ルイズ達も一緒だと想う」
「それじゃあ、サイトとセイヴァーさんとの旅も、ここで御終いなのね」
寂しそうに呟いて……ティファニアは慌てて首を横に振った。
「あ、その……ううん、こんなこと、考えちゃ駄目だよね? 遣っと皆の所に帰れるんだもの。それに、ルイズもサイトのこと、シオンもセイヴァーさんのこと、心配しているわ」
「テファ……」
澄んだ垂れ気味の碧眼が、才人と俺を潤んだ目で見詰めて来る。
才人は想わず、ドキッとした。
「サイト……あの、ごめんね」
「え?」
突然、そんな風に謝られて、才人は、(ごめんね、ってどういうことだろう……?)と困惑した。それから、ちょっと考えてから、嗚呼、と気付いた。
「ひょっとして、俺を“使い魔”にしたこと、まだ気にしてるのか?」
ティファニアは首を横に振った。
「ううん、違うの。あのね……」
ティファニアは勇気を奮い起こすように、小さく息を吸い込み、言った。
「サイトを、好きになっちゃったこと」
「な……!?」
「うん、ホントはいけないことだって理解ってるの、だって、サイトにはルイズがいるんだもの。でも、どうしても駄目だったの。抑え切れなかったの」
ティファニアは泣きそうな顔で言った。
「テ、テファ……」
ティファニアの切ない表情に、才人は胸がギュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
才人はドギマギと視線を逸らした。このままティファニアの顔を見詰めていると……才人の方がどうにか成ってしまいそうだったためである。
それから才人は、(でも、仕方ないよな……なんだってテファは、最高に魅力的だもん。健気で、優しくて、胸が凄い。それに、気立てが良くて、胸が凄くて……そんな女の子が、俺のことを好きだと言ってくれている……ドキドキするなって言う方が無理な話だ。でも……)と想った。
「理解ってるわ、サイトにはルイズがいるってこと」
「……う、うん」
と、気不味そうに首肯く才人。
「だからね、私一生懸命考えたの。どうすれば良いかって」
「うん」
「えっとね、私の母も、大公の御妾さんだったわ」
「うん?」
ティファニアの言葉に、才人は大きく首を傾げた。
「私、サイトの2番目で良い、ルイズが1番で良いわ」
「えっと、テファ、冗談だよな?」
才人は聞き返す。
だが、ティファニアの顔は真剣そのものである。
「ううん、ちゃんと真剣に考えたわ。それに、子供の頃、母に聞いたことがあるの。昔の“エルフ”の王様は、後宮に御妾さんを一杯囲っていたって……」
「ちょ、ちょっと待った!」
才人は慌てて遮った。
御妾さん、愛人、二号さん……ドラマの中でしか聞いたことのないような、そんな単語が才人の頭の中をグルグルと駆け回る。
才人は、(今までちゃんと考えたこともなかったけど、そう言うやり方もあるのか。それなら、ルイズもシエスタも、タバサも姫様も、そしてテファも、誰も悲しまないで済む……かもしれない。もちろん、道義的には駄目だ。駄目だけど……あれ、本当に駄目なのか? “地球”にだって、そういうことが許される国はあるって聞いたことがあるし……)、と一瞬、そのようなことを考えたみたものの、直ぐにブンブンと首を横に振る。
大切な恋人の……ルイズの顔が想い浮かんだのである。
才人は、(なに考えてんだよ、俺。そんなの、駄目に決まってるじゃないか。姫様との一件以来、ルイズが悲しむことは絶対にしないと、心に誓ったじゃないか)と考えた。
才人は、コホン、と咳払いをして言った。
「だ、駄目! 御妾さんは、駄目!」
すると、ティファニアは悲しそうな顔になり、問うた。
「駄目なの?」
「う……」
上目遣いに、才人を見詰めるティファニア。
才人の心が想わずグラつきそうになる。それでも、才人は心を鬼にして首を横に振った。
「どうして?」
ティファニアの尖った耳が、テロン、と垂れた。透き通った紺碧の瞳が、涙で潤む。
「えっと、それは……」
そのように、ティファニアに悲しそうな顔をされることで、才人はしどろもどろになってしまった。(ルイズを悲しませたくはない。でも、それじゃあ、テファが悲しむのは良いのか? ちゃんと話せば、ルイズだって納得してくれるんじゃ……いや、ても……)、と考える。
「サイト、私が愛人じゃ、駄目?」
「あ、愛人って、そんなの、テ、テファはそれで良いのかよ……?」
「うん、良いの、それで良いの。私、サイトの愛人になりたいの」
「テファ……」
顔が近い。
ティファニアの熱い吐息が、才人の頬をくすぐる。
自然と互いの唇が触れ合いそうになった、その時。
「ねえ、いつまでやってるの?」
目を覚ましたルクシャナが、呆れた声を上げた。
「はー、嫌だわー。嫌だ嫌だ、これだから“蛮人”わ。貴男も、そう想わない?」
「…………」
「“蛮人”すみません、ホントすみません」
呆れて両手を上げるルクシャナに、才人はただひたすら謝った。
ティファニアは恥ずかしさの余り、自身に宛行われたベッドの上でシーツを冠って居る。
ルクシャナの問い掛けに、俺は必死で笑いを堪えることで応える。
「ホント、“蛮人”って、“蛮人”よねー。所構わずイチャイチャ、ちゅっちゅ」
「ちゅっちゅはしてねえよ!」
「なに? 逆ギレ?」
「ゴメンナサイ」
才人はシュンとなって土下座した。
「ま、良いわ。貴方達ヒトのそういう行動も、私にとっては興味深いし」
ルクシャナは肩を竦めて苦笑する。それから、急に真面目な顔になると、「それで、そのヒトの軍隊とやらは、もうこの近くに来ているのね?」と小声で尋ねて来た。
才人は顔を上げて首肯いた。
「ああ、そうみたいだ」
「“聖地”を奪いに来たのかしら? それとも、貴方達を取り戻しに?」
ルクシャナの表情が僅かに険しくなった。
部屋の空気が変わったことを察したティファニアが、隠れていたシーツから顔を出す。
「たぶん、両方だと想う」
「貴方達を引き渡せば、軍隊は止まる?」
「たぶん……いや、判んねえ」
才人は正直に言った。
「あのね、私は自分の信念と、ちょっとした学術的好奇心で貴方達を救けたわ。でも、“悪魔”の復活に協力する気はないし、もし、貴方達の仲間が“エルフ”の同胞を傷付けるなら、その時は、もう救けることはできないわよ」
ルクシャナは、先程までとは打って変わって真剣な様子で言った。
「理解ってる」
才人は強く首肯いた。
「なんとか、戦争を回避するように全力を尽くすよ。約束する」
ルクシャナは目を瞑った。
「理解った。一先ず、貴男を信じて上げる。ヒトの軍隊の所に向かいましょう。それからのことは、後で考えるわ」
「ありがとう」
ルクシャナが自分の言葉を信じてくれたことに、才人は感謝した。
「で、いつまで笑ってるのかしら?」
「そうだな……この世から愉しみが失くなる時まで、か? ……さて、答え合わせには早いが、少しばかり教えてやろうか」
「随分と上から目線ね」
俺の言いように、ルクシャナはからかうように言った。
「それはすまないな。さて……“ハルケギニア”の連中が言うところの“聖地”、“エルフ”が言うところの“
俺が、簡単な説明と指摘をしようとしたその時である。
宿のドアが勢い良く開かれた。
「おい、不味いことになったぞ!」
街に出ていたはずのアリィーが、血相を変えて飛び込んで来た。
「どうしたの?」
「“エウネメス”が“鉄血団結党”に包囲されてる」
「なんだって?」
才人は驚きの声を上げた。
「俺達がここに潜伏してることがバレたのか?」
「そうに決まってるだろ。きっと、おまえ達の逃したあの女が報告したんだろうさ」
アリィーは、ジロリと俺と才人を睨んだ、
「それは……」
「それにしては動きが早過ぎるわよ。どのみち、私達が“エウネメス”に来ることはバレていたんでしょうね」
「バレていた、というよりも、検討を着けていた……いや、あの場所から近い街はここだけだから、当然だな」
言葉に詰まる才人に、ルクシャナと俺は助け舟を寄越した。
「兎に角、早くこの街を出た方が良さそうね」
「そうだな。宿を虱潰しにされると不味い」
その時、アリィーの耳がピクッと動いた。
「誰か来る」
「え?」
才人の耳にはなにも聞こ得ない。
だが、アリィーは鋭い目でドアの方を睨んでいる。
「アリィー、貴男、跡けられたんじゃない?」
「注意を払っていたつもりだったんだがな」
「テファ、俺の後ろに隠れてろ」
ティファニアが首肯く。
才人は壁に立て掛けたデルフリンガーを掴んだ。左手甲の“ルーン”が光り、才人の全身の感覚が研ぎ澄まされる。すると、才人にもその微かな足音が聞こ得た。宿の従業員のモノではないということが判る。明らかに、なんらかの訓練を積んだ者の足捌きであることが、才人にも理解できた。
才人はデルフリンガーを手にしたまま、ソッとドアの側に近付いた。瞬間、才人はドアを開き、侵入者の腕を掴んで引き寄せると、その首元にデルフリンガーの刃を当てた。電光石火の早技だといえるだろう。
「お、おまえ……」
刃を首元に当てたまま、才人は口をあんぐりと開けた。
ティファニアも両手を口に当てて目を丸くする。
「ふん、中々随分物騒な挨拶じゃないか、なあ、坊や?」
フードを冠ったその女は、才人を見てニヤリと笑った。
“ハルケギニア”の大盗賊、“土くれのフーケ”であった。
「なんだ、知り合いか?」
と、アリィーが才人に尋ねた。
「まあな……」
才人は警戒しながらもデルフリンガーの切っ先を一旦下ろした。正直、ただの知り合いというには、色々と因縁のあり過ぎる相手ではあるのだが、ここには彼女を慕っているティファニアもいるために、才人はフーケの素性について口を閉ざしておくことにした。
才人が、(でも、なんでこんな所にフーケが?)と訝しみ、俺の方へと目を向けるのと同時に……ティファニアがシーツを跳ね除けて叫んだ。
「マチルダ姉さん!」
「嗚呼、ティファニア、無事で良かった」
フーケはホッとしたような微笑を浮かべると、駆け寄って来たティファニアを抱き締めた。ティファニアの髪を優しく撫でるフーケの顔に、あの冷酷な盗賊の面影は無く、2人はまるで実の姉妹のようである。
そんな2人の再逢を邪魔するのは、少しばかりためらわれるが、「で、なんであんたがここにいるんだ?」、と才人はフーケに尋ねた。(理由によっては、また剣を抜く必要があるかもしれない)、とデルフリンガーに手を掛ける。
「ふん、御挨拶だね。“ロマリア”の依頼で、あんた達を救けに来てやったのさ」
「“ロマリア”の?」
才人の脳裏に、あのヴィットーリオとジュリオの顔が想い浮かんだ。才人は、(なるほど、俺とセイヴァーは兎も角、テファは“虚無の担い手”だしな。“エルフ”に攫われてしまったとなれば、それはもちろん、連中は血眼に成って取り戻そうとするだろうな)、と想った。
「どうせ救出に失敗したら、そん時は殺せって命令だったんだろ?」
「御名答。まあ、そこのセイヴァーがいる限りは、失敗なんてしやしないだろうけどね」
フーケと俺はニヤリと笑った。
才人は溜息を吐いた。“ロマリア”のやり口は、もうウンザリするほどに識っているのである。(今更腹を立てても仕方ない)、と考えた。
「さて、そんな訳で、無事に逢えたことを喜びたいところだけど……生憎、旧交を温めてる時間はないよ。一刻も早くこの街を出るんだ」
「“鉄血団結党”が、俺達を捜してるんだろ?」
「それだけなら、まだ良いんだけどね」
フーケは声を潜めて言った。
「連中、この街を丸毎吹き飛ばすつもりさ」
「なんだって!?」
才人が目を見開く。
「おい、聞き捨てならないぞ。どういうことだ?」
アリィーがフーケに詰め寄った。
「水軍に潜入してる時、“鉄血団結党”の御偉いさんが話してるのを聞いたのさ。連中は大量の“火石”を用意して、この街ごと、あんた達を消し去るつもりだよ」
「う、嘘だろ……!?」
才人は愕然として呻いた。
あの“ガリア”の“両用艦隊”を一瞬にして消し飛ばした“火石”。確かに、あれを使えばこのような街くらい、簡単に灼き尽くすことができるであろう。
「信じないなら、ここに残れば良いさ。ティファニアは連れて行くけどね」
「でも……この街には“エルフ”だって住んでるんだぜ?」
才人がそう言うと、アリィーも同意するように首肯いた。
「“鉄血団結党”はイカれた連中だが、流石に同胞を殺すようなことはしないだろう」
「それはどうかしら?」
と、ルクシャナが言った。
「“エウネメス”はヒトと交易する街よ。それに、元々は罪を犯した流刑民の地。連中にとっては、ずっと目の上の痣瘤だったんじゃない?」
「それはそうだが……いや、あのエスマイールなら、やりかねんか」
アリィーは顎に手を当てて唸った。
「全く、“エルフ”ってのは、随分と、文明的な、連中だね」
「一緒にしないで。“エルフ”は平和と知性を愛する種族よ」
皮肉を口にするフーケに、当然ルクシャナは抗議した。
「まあ、どんな種族にだって、色々な奴がいるということだな」
と、俺が言うのと同時に、フーケはティファニアの手を取って言った。
「ま、兎に角、連中がここに大量の“火石”を運び込んでるってのは事実だよ。この街と心中したくなけりゃ、さっさと逃げることさ」
だが、ティファニアはその場を動かず、静かに首を横に振った。
「駄目よ……」
「私達の所為で街が巻き添えになるなんて、そんなの、絶対に駄目!」
「あんたの気持ちは理解るよ、優しい娘だね、ティファニア」
フーケは諭すように言った。
「でも、あの人数の“エルフ”相手じゃ、どう仕様もない。ここに残ったところで、無駄死にするだけさ」
「でも……」
「できねえよ」
と、才人がポツリと呟いた。
「サイト……」
「この街を見捨てて、俺達だけが救かるなんて、そんなことできる訳ないだろ」
才人は声を震わせた。賑やかな通りを行き交う商人、才人の素人芸を楽しんだ街の人達、“エルフ”の子供達の顔が、才人の脳裏に浮かぶ……。
才人は、(この街を消し飛ばすなんて、そんなこと、絶対に許す訳にはいかない。この街は、ヒトと“エルフ”が仲良くなるための希望なんだ)と想い、デルフリンガーの柄を握り締めた。左手甲の“ルーン”が輝き、力が溢れて来る。主人を守るための“ガンダールヴ”の力、“盾の英霊”としての“シールダー”の力。才人は、(もし、自分にこんな力がなければ……“地球”にいた頃の俺なら、きっと一目散に逃げてだろうな……誰だって死ぬのは怖い。きっと誰かが、大人達がなんとかしてくれる……そう想って。でも、もう逃げることはできない。だって、こっちの世界の俺には力がある。だったら、やらなきゃ駄目だよな)と想った。想うことができた。
「“火石”は俺とセイヴァーでなんとかする。テファはフーケと一緒に街の外に逃げてくれ。だろ? セイヴァー」
「是非もなし、だな」
「私も行くわ」
出て行こうと為る才人の腕を、ティファニアが掴んだ。
「駄目だ。危険過ぎる」
才人は首を横に振った。
だが、ティファニアは掴んだ手を離さない。
「御願い、サイト。1人で行くなんて、そんなの駄目だよ。私にも、なにかできることがあるかもしれないわ。それに、もう離れ離れになるのは嫌なの」
「テファ……」
ティファニアは切無さそうな顔で、才人を見詰めた。
才人は悩んだ。(確かに、これまで、テファに、危険から救われたことは何度もあった。それに、“竜の巣”では、彼女を置いて行った所為で、命に関わる大怪我まで負わせてしまったのだ……もうあんな後悔は2度としたくない)、と考えた。
「理解ったよ。どの道街は包囲されてるんだし、逃げるのも危険だもんな」
「サイト!」
ティファニアの顔が嬉しそうに晴れる。
「おい、僕も行くぞ。流石に、同胞の危機は放って置けないからな」
「もちろん、私も行くわよ」
アリィーとルクシャナも立ち上がる。
「おいおい、君も来るのか?」
アリィーが心配そうに眉を顰めた。
「平気よ。貴方達みたいに剣を使うことはできないけれど、“精霊”の行使に関しては、それなりに自信があるわ」
アリィーは溜息を吐いた。
「止めても、無駄なんだろうな」
「ええ。でも、貴男、そんな私に惚れたんでしょ?」
「む……」
アリィーはグッと言葉に詰まった。
「ああそうだよ、君には逆らえないな、全く! だけど、絶対に無理はさせないぞ。君になにかあったら、僕がビダーシャル殿に殺されちまう!」
「好きよ、アリィー」
ルクシャナはアリィーの頬に軽くキスをした。
アリィーの顔がたちまち真っ赤になる。
そんな2人を見て才人は、(嗚呼、やっぱり尻に敷かれそうだなこの人……)と想った。
「あんた達、正気かい?」
フーケが呆れたように言った。
「まあ、あんた達がどうなろうが、こっちは知った来っちゃないけどね。ティファニアは駄目だ。あたしが連れて行くよ」
と、才人からティファニアを引き剥がそうとする。
「フーケ!」
「マチルダ姉さん、御願い……マチルダ姉さんだって、本当は街を見捨てたくなんてないでしょう?」
「そりゃあ、私だって寝覚めが悪いよ。でも、私はこの街よりも、ティファニア、あんたの方が大事なんだ」
「テファは俺達が守るよ、絶対に」
困ったように肩を竦めるフーケに、才人は言った。
「その言葉を信じろってのかい?」
「ああ」
才人とフーケはジッと睨み合った。
緊張が部屋を包む。
しばらく、沈黙の時間が流れ……。
やがてフーケは、大きな溜息を吐いた。
「やれやれ、110,000の軍を止めた”英雄”さんには、なにを言っても無駄さね」
「良いのか?」
「その娘が自分で決めたことだからね。ただし、もしティファニアになにかあったら、この私があんた達を殺すよ。良いね?」
「ふむ。その心配はない。才人は“盾の英霊”だ。そして、俺は“セイヴァー”……守ることと救うことに関しては、この世界の中で一二を争うだろうな」
「全く」
才人とティファニアの真っ直ぐな瞳、俺の言葉に、フーケは感心と呆れた様子を見せた。
「それで、連中は“火石”をどこに運び込んだんだ?」
宿のテーブルの上に街の地図を広げ、作戦会議が始まった。地図はフーケが水軍から盗み出したモノである。
「前に叔父様が言ってたんだけど、“火石”を爆発させるには、途方もなく強い“精霊の力”が必要になるはずよ」
ルクシャナが言った。
彼女の叔父であるビダーシャルは、ジョゼフの元で実際に“火石”を造っていたのだから、その辺りのことに詳しいのは当然のことである。ジョゼフは、“虚無”を使して“火石”を爆発させたが、本来、“火石”にはとても強力な結界があり、“エルフ”の“精霊の力”をもってしても、その結界を壊すことは至難の業であるといえるのである。
「この街で、それほど大きな力を集めようと想ったら……そうね、ここしかないわ」
ルクシャナが指したのは、旧市街の外れに在る巨大な建物である。
“ソフィア大祭殿”。
灌漑工事をする時や、日照りが続いた時に雨を降らせるなど、大きな“精霊の力”を借りたい時に使われる特別な施設である。
「時間はまだあるのか?」
才人は尋ねた。
「ええ。“火石”を爆発させるには、大掛かりな“儀式”が必要になるわ。それに、“儀式”が完了してから、実際に“火石”が爆発するまでの時差もあるはずよ。幾ら連中がイかれてるって言っても、流石に、この街と心中する気はないでしょうし」
「じゃあ、今のうちに街の人に知らせて、避難させたりは出来ないか?」
「無理よ。そんなことをしてる時間はないし、そもそも、“エルフ”の同胞がそんなことをするなんて、信じる訳ないわ」
「そんなことをしてたら、私達が先に連中に捕まっちまうよ」
フーケが言った。
「やっぱり、その“大祭殿”に乗り込むしかないのか……」
「しかし、街には“鉄血団結党”の連中がウジャウジャ居るぞ。どうするんだ?」
アリィーが口を挟む。
「仕方ないね……私が囮になるよ」
「フーケ、大丈夫なのかよ?」
「ふん、私は“土くれのフーケ”だよ。なに、“エルフ”相手にまともに戦おうなんて想っちゃあいないさ。私は撹乱の方が得意なんだ」
確かに、フーケの“ゴーレム”は、屋内への潜入作戦には向かない。であれば、派手に暴れて注意を引き付ける方が良い。
「理解った。頼む」
「任せときな」
「で、だ。セイヴァー。他になにかあるか?」
「いや、特にないな。おまえ達が決めた方法で問題はないだろう。だが、そうだな……打てる手は打っておいた方が良い。戦いとは常に2手3手読むべきだ。そして、指針を決め行動するのであれば、常に悪い方へ考え、その対策を練る必要がある」
「どうするんだ?」
「決まってる。俺が、おまえ等をサポートするだけの話だ。それ以上でも以下でもない」
方針が決まった。
才人はテーブルの上の地図を丸めると、静かに立ち上がった。
「行こう」
俺達一同は首肯き、旅装束のフードを目深に冠る。
ふと、フーケが窓の外に目をやり、ポツリと呟いた。
「本当はあいつと合流したいところだけど……全く、どこで油を売っているんだか」