ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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再逢

 遠くで、激しい剣戟の音が鳴り響く……。

 ティファニアは後ろ髪を引かれる想いで、本殿に続く通路を直走った。

「ここから本殿に入れるはずよ!」

 ルクシャナが“魔法”で鍵を壊し、扉を開け放った。

 外角の回廊を抜けると、花の咲き乱れる庭園に出る。その庭園の中央に、円蓋に覆われた石造りの建物がある。“精霊”を祀る本殿である。

 扉の前では“鉄血団結党”の親衛隊が守りを固めている。

「“悪魔の末裔”だ! 殺せ!」

 親衛隊は俺達の姿を見付けると、“呪文”を唱え始めた。

 庭園の周囲に生える木々の枝が、無数の槍と化し、俺達へと襲い掛かる。

 だが、その槍はルクシャナの“風盾”によって阻まれる。

「ハーフの娘、君はここでジッとしていろ。セイヴァー、君は彼女を守れ」

 アリィーが、背中に隠し持っていた、4~5本の曲刀を宙に放った。“精霊”を宿した曲刀は蝶のように宙を舞い、扉を守る親衛隊に襲い掛かる。

 アリィーの得意とする、“意思剣”である。

 白刃が夜の闇に閃き、親衛隊の“エルフ”達は悲鳴を上げた。

 “騎士(ファーリス)”の称号を持つアリィーほどの実力者は、軍の中にもそうはいない。また、ビダーシャルの姪であるルクシャナも、並の“エルフ”よりは遥かに強力な“行使手”である。

「門を固めろ! 本殿を守れ!」

 暗闇の中で声が響く。

 親衛隊は扉の前で、“石壁”の“魔法”を唱えた。

 頑丈そうな石壁が、扉の前に次々と生えて来る。

「くそ、厄介だな……」

「アリィー、サイトから貰った“魔道具(マジック・アイテム)”は?」

 ルクシャナが問うた。

 アリィーは、才人から預かった手榴弾を取り出した。

「これ、どう使うんだ? “呪文”は唱えなくて良いのか?」

「貸して」

 ルクシャナは、困惑顔のアリィーから手榴弾を引っ手繰ると、才人がした手順を想い出し、ピンを引き抜いて石壁目掛けて放り投げた。

「耳、塞いだ方が良さそうよ」

 ドオオオオオオオオオンッ!

 直後、ド派手な爆音が炸裂し、石壁が吹き飛んだ。

 “精霊の力”によ依る“詠唱”よりも遥かに早く、恐るべき威力であるといえるだろう。

「凄い威力……ヒトの技術も馬鹿にできないわね」

「まあ、“地球”の、だがな……」

 ルクシャナは耳から手を離して呟いた。

 そんなルクシャナの言葉に、俺は小さく訂正を入れる。

 地面に倒れた“エルフ”達が、苦悶の呻き声を上げる。

 石壁が衝撃を吸収したため、命に別状ないが、それでも、直ぐに起き上がることは流石にできないであろう。

 本殿の扉は、爆発の衝撃で激しく損傷して居る。

 ルクシャナが“風”の“精霊の力”で“魔法”を放つと、扉は粉々になって砕け散った。

「僕が行こう」

 アリィーが自ら先頭になり、本殿の中へと足を踏み入れる。

 すると、宙に浮かぶ“魔法”の灯りの下、1人の“エルフ”が大仰な身振りで振り向いた。

「おやおや、誰かと想えば、“悪魔の末裔”と裏切り者諸君ではないか」

 

 

 

「きゅいきゅい、エウなんとかの街が見えて来たのね!」

 双つの月が見下ろす夜の砂漠を、シルフィードは全速力で飛行した。

 遠くに見える街の灯りが、段々と近付いて来る。

「あそこに、サイトがいるのね」

 ルイズは堪らなくなって、(あの街のどこかに、サイトがいる……ようやく再逢できるのね……)と涙ぐんだ。いざ想うことで、これまで押し留めていた寂しさや不安、“愛”しさなどが、堰を切ったように溢れて来たのであった。

「嫌だ、ルイズ、なに泣いてるのよ?」

「な、泣いてないもん……」

「嘘仰い。ほら、拭きなさい」

 キュルケが苦笑して、ハンカチを手渡す。

 ルイズはグシグシと目を擦った。

 シルフィードは“エウネメス”の上空に差し掛かった。

「なにかしら? 凄い騒ぎになってるわ」

 キュルケが怪訝そうな顔をして、街の一角を指さした。

 船着場の近くの倉庫街で、大きな火事が起きているのが見える。

 しかも、ただの火事ではないことが判る。“ゴーレム”達が暴れ、到る所で派手な爆発や“魔法”の光が飛び交っているのだから。“魔法”を唱えているのは“エルフ”の軍人である。

「もしかして、サイト達が?」

 ルイズがハッとする。

「あそこへ飛んで」

 タバサがシルフィードに言った。

「無茶なのね! 近付いたら、絶対撃ち落とされるのね!」

 当然、シルフィードは全力で主人に抗議した。

「大丈夫、なんとかする」

「きゅい……御姉様は本当に竜使いが荒いのね!」

 シルフィードは諦めたように鳴くと、空中でターンして、港の倉庫街へと滑空する。

 突如、舞い降りて来た“風竜”に、“エルフ”達は当然容赦などせずに“精霊の力”で“魔法”の雨を浴びせて来た。

「きゅいきゅい! やめるのね!」

 船着き場の上を旋回しながら、回避するシルフィード。

 タバサとキュルケが、それぞれ“ウィンディ・アイシクル”や“ファイア・ボール”などを放ち、“エルフ”の“魔法”を迎撃する。

 倉庫の屋根の上に、人影が見えた。

 “エルフ”ではない……ルイズは、その姿に見覚えがあった。

「フーケ! それに、あいつ等、“ド・オルニエール”の屋敷を襲った連中だわ!」

 ルイズは叫んだ。

 4人組の方は、“元素の兄弟”と云う暗殺者達である。

「もしかして、またサイトを殺そうとしているの?」

 ルイズの胸に激しい怒りが湧いた。それから、(もしそうだとしたら……“虚無”の1発でも御見舞してやるわ)、と“杖”を真下に向けた。

「待って! あの連中、“エルフ”の軍人と戦ってるみたいだわ」

 キュルケが言った。

「え?」

「“ロマリア”の雇った腕利きって、ひょっとして、あいつ等なんじゃない?」

 ルイズは、(……なるほど。確かに、その可能性はあるわね。なにしろ、“元素の兄弟”は御金でサイトの暗殺を請け負ったもの。“ロマリア”が元の依頼主以上の報酬を出せば、寝返ったとしても不思議ではないわ。それにしても、あんな奴等に捜索を任せるなんて……やっぱり、いざとなったら、サイト達の命を奪うつもりだったんだわ!)とルイズは腹を立てた。

 シルフィードは倉庫の屋根の上に着陸した。

「おや、誰かと想えば、あんた達かい!」

 フーケが驚いたように言った。

「フーケ、一体なにが起きているの? サイトとティファニア、セイヴァーはどこ?」

 ルイズはフーケに詰め寄った。

「“鉄血団結党”の“エルフ”共が“火石”でこの街ごと吹き飛ばそうとしてるのさ。坊やとティファニア、あとあの“サーヴァント”は、それを止めに行ったんだよ」

「なんですって!?」

 ルイズ達は顔を見合わせた。

 ルイズは、(あいつってば、またなんてことに巻き込まれてるのかしら……)と心配した。

「じゃあ、3人は今どこにいるの?」

「あの大きな円蓋付きの建物さ」

 フーケの指さした建物を、ルイズの鳶色の目がジッと見詰めた。

「あそこに、サイトがいるのね」

「ルイズ?」

 キュルケが怪訝そうに眉を顰める。

 と、ルイズは大きく首肯いて言った。

「タバサ、キュルケ、私ちょっと行って来るわね」

「え?」

 キュルケが訊き返す間もなく、ルイズは“虚無”の“呪文”を唱え始める。

 次の瞬間、ルイズの姿は掻き消えた。

 

 

 

「諸君、ようこそ、花火の特待席へ!」

 党首のエスマイールは、祭壇の上に積み上げられた大量の“火石”を前にして、俺達を歓迎するように出迎えた。

 アリィーが、うぬ、と唸った。

「エスマイール……貴様、本気で街を消し飛ばすつもりなのか?」

「もちろん。党の掟は至ってシンプルだ。“悪魔”は殺す。幾らでも殺す。兎に角“悪魔”を殺す。裏切り者も殺す。当然、“蛮人”と交流するこの街の連中も、皆殺しだ」

「なんてことを……!」

 とんでもないことを平然と口にするエスマイールに、ティファニアは、(この人は、狂ってる……)と心底恐怖した。

「なるほど、確かにシンプルだ」

「ほう……“悪魔”でも理解る奴はいるものだな」

「だが、それには問題点が幾つもある。そrに気付いていて気付かないふりをしているのか、それとも本当に気付いていないのか……」

 俺の肯定する言葉に、エスマイールは敵である俺に対して少しばかり表情を和らげる。が、皮肉でもって言葉を返し、それでいて殺意などは変わらない。

「どういう意味だね?」

「なに、実に簡単なことだ。実に、初歩的なことだ、友よ。先ず直ぐに想い付くことは、おまえ達が殺そうとしている“悪魔”、俺達が、おまえ等よりも遥かに強い場合、どうするのかということだ。最悪の場合、“エルフ”が全滅する未来だってある」

「貴男みたいな人がいるから、ヒトと“エルフ”は仲良くなれないんだわ」

 エスマイールの質問に俺が答えるのと同時に、ティファニアは想いを打つける。

「ほざくな、民族の裏切り者と“悪魔”が!」

 エスマイールが“呪文”を唱え始めた。

 建物の床が一気に捲れ上がり、石礫の雨と成って降り注ぐ。

「“風”よ、堅き盾となりて我等を守れ!」

 ルクシャナが咄嗟に“風盾”の“魔法”を唱え、ティファニアを守った。

 アリィーがエスマイールに向かって、“意思剣”を投げ放った。

 飛来する6本の曲刀が、隙だらけのエスマイールを斬り刻む……と想われたその瞬間、放たれた曲刀はクルリと反転し、アリィーの方へと飛んで来た。

「ぐああああっ!?」

 不意を突かれたアリィーは、咄嗟に反応できず、ズタズタに斬り裂かれてしまう。

「アリィー!」

 ルクシャナが、血まみれになったアリィーを庇う。

 だが、宙を舞う曲刀は、そのルクシャナをも容赦などなく襲う。

 悲鳴が迸った。

 背中を斬り付けられ、ルクシャナの身体が大きく仰け反った。

「忘れたか? 私がビダーシャルと並ぶ行使手だということを」

 エスマイールが嘲笑う。

 エスマイールは、アリィーの“精霊の力”を奪い、逆に利用したのである。そのことからも、エスマイールが、かなりの行使手であることが理解る。

「入り口を固めろ。“悪魔”共が逃げられんようにな!」

 エスマイールが命じると、本殿の入り口に親衛隊が集い、逃げ道を塞いだ。

「もう直ぐ、“儀式”の仕上げだ。おまえ達はそこで見てるが良い」

 エスマイールは祭壇の上に積まれた“火石”に手を翳した。

 “精霊の力”を込められた“火石”が、赤々と輝く。

 皮肉なことに、その輝きは、とても美しい。いや、破壊をもたらすからこそ、美しいともいえるであろう。

 ティファニアは、(滅びの光だわ……)と絶望した。

 アリィーもルクシャナも、傷を負って動くことが難しい。

 動くことができるのは俺とティファニアだけだが……ティファニアは、(私の知っている“虚無”は、ルイズの使うようなモノとは違う。唯一、知っているのは“忘却”の“魔法”で、でも、それは訓練を積んだ“エルフ”相手には、全く効かない……)と考えた。

 だが、それでも、一か八か、とティファニアはエスマイールに“忘却”を唱えようとする……と。

『やめておけ。おまえの死を早めるだけだ』

 突然、ティファニアの頭の中にそのような声が響いた。

 ティファニアにとって聞き覚えのある声である。

 ティファニアは、(この声……)、と“火石”の積まれた祭壇の暗がりに、ロープで縛られた“エルフ”の少女がいることに気が付いた。

 ファーティマである。

 ティファニアは、(なんで、彼女があんな所に転がされているのかしら……?)と疑問を抱いた。

『私の方を見るな。少しで良い。時間を稼げ』

 思念通話の類で在ろう、ティファニアの頭の中でファーティマの声が反響する。

 ティファニアは小さく首肯くと、紺碧の瞳で、エスマイールを真っ直ぐに見詰めた。

「貴男は、何故、そんなにもヒトを憎むの?」

 エスマイールは嘲笑った。

「“エルフ”が“蛮人”を憎むのに、なにか理由が要るのか?」

「……可愛そうな人ね」

 ティファニアはポツリと言った。

「なに?」

「最初はきっと、小さな憎しみの火種だってのでしょうね……でも、その憎しみに撒きを焚べ続けているうちに、その火種は、貴男自身をも灼き尽くす、地獄の業火になってしまったんだわ」

「“悪魔”が、私を哀れむだと?」

 エスマイールは不機嫌そうにそう呟くと、懐から拳銃を取り出した。

「“蛮人”共の使う武器だ。裏切り者の処刑にはおあつらえ向きだろう」

 エスマイールが引き金を弾き、パンッと乾いた音がした。

 銃弾はティファニアの耳を掠めた。

「うっ……」

 赤い血がポタポタと床に滴る。

 ティファニアは右の耳を押させてうずくまる。

「エスマイール! その娘を殺せば、“悪魔の担い手”は復活するのよ!」

 ルクシャナが叫んだ。

「復活すればまた殺す。何度でも殺す。それだけのことだ!」

 エスマイールのそのギラギラと燃える目を見て、ティファニアは、(この人には、もうどんな言葉も届かないのね……)と説得を諦めた。

「次は左耳だ。汚れた血の“悪魔”が、“エルフ”と同じ特徴を持っているのが我慢ならん」

 エスマイールが、再び狙いを付ける。

「ふん、それはできん話だな」

「なんだと!?」

 俺はティファニアの前へと出て、割って入り、エスマイールへと話し掛ける。

「言ったであろう? おまえは重大なミスをしている。おまえ達”エルフ”が全員一致団結して来ようとも、勝てぬ者が”悪魔の守り手”になったとしたら、どうすると言うのだ? そして、それがここにいるとすれば……?」

「まさか……」

「まあ、俺は“使い魔”であり、“サーヴァント”ではあるが、ブリミルの“使い魔”ではないがな……」

 エスマイールは口を開く代わりに、引き金を引き、銃弾を発射した。

 が、当然、俺にダメージを与えることなどできず、銃弾は俺の身体に弾かれてしまう。

「――な、なに!?」

「“神秘”の込もっていない攻撃など、“サーヴァント”には基本効かぬ。例え“受肉”していようとも、“宝具”を所有した状態での“受肉”だ。無駄なんだよ。無断コピーによるモノだが、この身は、“ヘラクレス”と“アキレウス”を始めとする“英雄”の力の集合体みたいなモノだからな」

 この場にいる皆は当然驚いた様子を見せている。

「だが、そうだな……惚けていて良いのか? この街を吹き飛ばすのだろう?」

「そ、そうだ……貴様等ごと吹き飛ばしてやろう」

「まあ、それもまた無理だがな」

 俺がそう言った瞬間、拳銃を手にしたエスマイールの腕が、突然、燃え上がった。

「――なに……!?」

 縛られたままのファーティマが、密かに“魔法”を唱えたのである。

 そのまま、ファーティマはエスマイールに体当たりした。

 バランスを崩し、エスマイールは床に倒れた。

 ファーティマは必死に叫んだ。

「今だ! 祭壇の“火石”を打ち撒けろ!」

「貴様、“儀式”を台なしにするつもりか!?」

 激昂したエスマイールは直ぐに起き上がると、ファーティマの腹を蹴り上げた。次いで、倒れたファーティマに即座に銃口を向け、引き金を弾く。

 銃弾は、ファーティマの肩に命中し、パッと鮮血が散った。

「この私に歯向かうとは……簡単には殺さんぞ」

「やめて!」

 ティファニアは駆け出すと、銃口の前に飛び出した。そして、床にうずくまるファーティマを、庇うように抱き締める。

「おまえ……!」

 血まみれのファーティマが、驚きに紺碧の目を見開く。

「ふん……では、纏めて死ぬが良い!」

 冷たい銃口が、ティファニアの後頭部に当てられようとする。

 ティファニアは想わず、目を瞑った。

 その時である。

「テファあああああああああっ!」

 入り口を固めていた親衛隊の“エルフ”達が、纏めて吹き飛んだ。

 

 

 

 才人は風のように斬り込むと、デルフリンガーを縦横に振るった。

 本殿の入り口を固めて居た親衛隊の“エルフ”達が、あっと言う間に倒れて行く。

「おのれ、“悪魔”め!」

 エスマイールは才人に拳銃を向け、即座に発砲した。

「遅えんだよ!」

 才人は倒れた親衛隊の山を飛び越えて跳躍すると、一気に距離を詰める。そして、エスマイールが拳銃を手にする腕目掛けて、デルフリンガーを振り下ろした。

 エスマイールの右手が宙に飛んだ。

「ぬうっ……憤怒の石よ、我に仇なす敵を討て!」

 エスマイールは大きく跳び上がり、“精霊の力”による“魔法”を唱えた。

 建物の石柱がグニャリ、とねじ曲がり、巨大な腕となって才人に掴み掛かる。

 しかし、才人は難なく躱してみせ、石の腕をバターのように容易く切断してみせた。

「なんだと!?」

 右手を失ったエスマイールの顔が引き攣った。

「サイト、無事だったのね!」

 ティファニアが叫んだ。

 その声を聞き、才人は、一先ず安心する。だが、同時に、彼女の片耳が撃たれていることに気付き、激昂した。

「おい、セイヴァー! なんで守ってねえんだよ!?」

「ああ、すまないな。命に関わることはないと理解していたからな。薄情者な俺をどうぞ恨んでくれ給え」

「よくもテファを……赦さねえ!」

 才人は俺の謝罪を聞いたのと同時に、エスマイールへと向けて叫んだ。

 才人の心は、激しい怒りの感情などで震えている。“ガンダールヴ”の力は、気持ちや感情などで大きく増幅することがある。

 才人は床を蹴って、エスマイールを追い詰めた。それから、肩を狙って、素早く剣を振り下ろす。

「相棒、駄目だ!」

 デルフリンガーが叫んだ。

 デルフリンガーの刃が触れそうになった、その瞬間……エスマイールの手前の空気がブワッと歪み、才人の身体は後ろに吹き飛ばされてしまう。

 激しく床に叩き付けられそうになるが、才人はしっかりと受け身を取る。

「“反射(カウンター)”か!」

 解除する手段のない才人は、(あの時はルイズがいた。でも、今は……)と考えた

「くそっ!」

 才人は立ち上がり、俺に頼ることはせず、エスマイールに向かって再び突っ込んだ。

 もちろん考えがあってのことであり、“反射”でき来る威力にも限度があることを計算した上での行動であるといえるだろう。事実、“虎街道”での戦いで、“タイガー戦車”の主砲は“ヨルムンガント”の“反射”を貫いたのだから。

「無茶だよ相棒、やめとけって!」

「うおおおおおおおっ!」

 才人が渾身の力で振り下ろした一撃は、やはり跳ね返されてしまう。しかも、力を込めた分、返って来る威力もまた倍である。

 才人は壁際まで吹き飛ばされてしまう。

「はははっ、死ね! “悪魔の眷属”め!」

 エスマイールは凄絶な笑みを浮かべ、“精霊の力”を利用して“魔法”を唱えた。

 才人の身体を、床から生えて来た幾本もの石の腕が押し潰そうとする。

 その瞬間である。

 巨大な石の腕は、才人の眼の前で爆発し、粉々に砕け散った。

「……え?」

 才人は、呆然として顔を上げた。

 才人の目に飛び込んで来たのは……桃色がかったブロンドの髪であった。たなびく百合紋章のマント、鳶色の瞳に、透き通った白い肌……“杖”を手に凛々しく立つその姿は、まるで神々しい女神のようであるといえるだろう。

「ルイズ……?」

 才人は、これが夢じゃないのかと疑うように、頬をつねった。(信じられない。姫様達と一緒にいるはずだろ? どうしてこんな所にいるんだ……?)と想ったのである。

 だが、才人の眼の前のルイズは、確かに存在していて……。

「間に合ったみたいね」

 と、ルイズは言った。

「サイト、あんたの御主人様が、迎えに来て上げたわよ」

 その瞬間、才人の両目から涙が溢れた。今の状況も、身体の痛みも、なにもかも忘れて、才人はルイズに抱き着いた。

「ル、ル、ルイズううううううう!」

「ふ、ふああっ……や、やめなさいよ、こんな所で!」

 真っ赤になって、才人を引き剥がそうとするルイズ。

 だが、才人はルイズの身体を抱き締めたまま離さない。

「ほ、本物だよな? 幻とかじゃなくて……」

 才人は不安そうに言って、ルイズの小柄な身体をペタペタと触った。

 感触はあり、幻ではない、ということが才人には理解った。

 次に、才人は匂いを嗅ぎ、ルイズの匂いを確かめた。

「ちょ、ちょっと、サイト、もう!」

 ルイズは怒ったような、困ったような顔で、いやんいやんと身体をくねらせる。

 そんなルイズの身体を、才人は確かめるようにサワサワとする。

 そして、胸を触ったところで……才人は確信した。

「本物だ」

「どういう意味よ!?」

 ルイズは才人をゲシッと蹴り飛ばした。

 才人は、(嗚呼……夢じゃねえ。本物のルイズだわ、これ)と涙ぐんだ。それから、フラフラとよろめきながらも、デルフリンガーをしっかりと握り直す。ルイズが側にいる……それだけで、身体中から力が溢れて来るのを才人は感じ取ることができた。

「嗚呼、ルイズ……」

 と、ティファニアも安堵の微笑みを浮かべる。

 そんな3人を見て、俺の頬も少しばかり緩んだ。

 ルイズはエスマイールに向かって、“杖”の尖端を突き付けた。

「さあ、観念しなさい」

 エスマイールは、ぎり、と奥歯を噛むと、憎悪を込めた目でルイズを睨んだ。

「“悪魔”め。纏めて死ね!」

 片腕を天井に振り上げ、エスマイールは “精霊の力”で一際強大な“魔法”を唱え始める。

「サイト、あたしを守りなさい!」

「おうよ!」

 ルイズの声に威勢良く応ると、才人はデルフリンガーを手に突進した。身体はボロボロで、もう限界であったはずだというのに……まるで“風”になったように。

 エスマイールの“魔法”が完成した。

 先程のモノよりも遥かに大きな石の腕が、床から次々と生み出され、才人に襲い掛かる。だが、その動きは酷く緩慢である。

 だがそこで才人は、(いや、違うか……)と気付いた。才人の感覚と身体能力が、先程よりもずっと研ぎ澄まされ強化されているのである。

 後ろで“呪文”を唱えるルイズの声が、才人に絶大な勇気を与えているのである。

 才人は、巨大な石の腕を、斬って斬って、斬り捲くる。主人の盾となり、“詠唱”の時間を稼ぐ……そんな“ガンダールヴ”の本領を、才人は遺憾なく発揮した。

「絶好調だね、相棒」

「デルフ、俺、負ける気がしねえよ!」

 縦横にデルフリンガーを振るいつつ、才人は叫んだ。

「馬鹿な……!」

 エスマイールの顔が引き攣った。

 

 

 

 ルイズは目を瞑り、“虚無”の“ルーン”を唱えた。

 ルイズの心を、(サイトが私を守ってくれてる)という安心感と幸福感が、包み込んでいた。

 そして、(サイトに、もう1度逢うことができた……)というその感情の昂ぶりが、1度は空っぽになったはずのルイズの“精神力”を、一杯に満たしていた。

 そして、ルイズの”虚無”が完成する。

 “解除(ディスペル)”。

 “杖”の先から閃光が迸る。

 同時に、デルフリンガーの刀身が淡く輝いた。

「今よ、サイト!」

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 襲い来る石の腕を斬り払い、才人はエスマイール目掛けて跳躍した。そして、狼狽するエスマイールの肩に、デルフリンガーを振り下ろす。

 “解除”の掛かった刀身が、障壁のような“反射”をアッサリと斬り裂いた。

「ぐぬぅ……!」

 デルフリンガーの刃が肩に喰い込み、エスマイールが膝を突く。

 才人は素早く刃を返し、峰打ちをしようとした。

 と、その時である。

「おのれ……この私が、“蛮人”如きに!」

 エスマイールが、片手で懐からなにかを取り出し、才人の前に突き出した。

 才人は、一瞬、拳銃かと想った。

 だが、違う。

 透明な球体の中で、赤々と輝く美しい光……それは、拳ほどの大きさをした“火石”であった。

「なっ……!?」

 才人は思わず、固まった。

 エスマイールがニヤリと唇を歪める。

「ふ、ふははっ、“蛮人”の手には掛からんぞ!」

 エスマイールは“火石”を掲げ、なにか“呪文”の言葉を呟いた。

 すると、“火石”の表面にピシッと小さな亀裂が奔り、その輝きが激しく増した。

「な、なんのつもりだよ!?」

 デルフリンガーを振り上げたまま、才人は言った。嫌な予感を覚えたのである。

 床に倒れたルクシャナが、蒼白になって叫んだ。

「貴男……まさか心中するつもりなの!?」

「なんだって!?」

「く、く、ははははははっ!」

 エスマイールは輝く“火石”を掲げたまま、けたたましい哄笑を上げた。

 その異様な雰囲気に押され、才人は想わず後退る。

「“儀式”しないと、爆発させられないんじゃないのかよ!?」

「ただ爆発させるだけなら、“精霊の力”を込めるだけで十分なのよ!」

 才人は、(そう言えば……あの“ミョズニトニルン”のシェフィールドも、そんなことを言ってたっけ? ただ“火石”を爆発させるだけなら、そう難しくはないって……実際、“虚無”の力を使うことなく“火石”を爆発させ、ジョゼフと心中したもんな……)と想い出した。

 エスマイールは、自分と親衛隊諸共、俺達を吹き飛ばすつもりでいるのである。

「て、テメエ、正気かよ……?」

 才人は喉の奥で唸った。だが、どうすることもできなかった。ここでエスマイールを斬り捨てたところで、1度反応の始まった”火石”はどう仕様もないのだから。

「同志エスマイール、なにをなさるおつもりですか!?」

「わ、我々を巻き添えにする気ですか!?」

 才人に倒された親衛隊の“エルフ”達も、ようやく、エスマイールのしようとしていることを理解して、悲鳴のような叫びを上げた。

「“悪魔”共を滅ぼすことができるのだ。諸君も本望だろう。私も諸君も、民族の英雄として、“エルフ”の歴史に長く語り継がれるぞ!」

 エスマイールは凄絶な笑みを浮かべて言った。

 祭壇に積まれた“火石”が、激しく輝き始めた。エスマイールが手にしている“火石”と共鳴しているのである。

 エスマイールが持つ“火石”が炸裂してしまえば、恐らく、他の“火石”も連鎖的に爆発するであろうことは簡単に予想できる。

「哀れな人……そんなことをしても、この世界に憎しみの連鎖を増やすだけだよ」

 ティファニアが心底哀れむように言った。

「違うな。“蛮人”がこの世界から消え去れば、憎しみの連鎖もまた消える」

「ふん、阿呆か? 貴様。ヒトが消えたとして、次は他の“亜人”と争うことになるだろうさ。そして、最終的には身内での争いになる。他の種族の血が混じる、掟を破ったという理由で、流刑し、言い分をマトモに聴きはしないことから簡単に判ることだ。それになにより、俺と才人の故郷がそれを良く理解させてくれる」

 エスマイールの言葉に、俺は直ぐ様否定の言葉を口にする。

 だが、エスマイールの気持ちもまた十分に理解できモノであるといえるだろう。そう教え込まれて来た……そして、そういうモノだと想い込み、思考と感情がそういったモノに統一し、固定されてしまったのである。

 抑々、ヒトと“エルフ”は立場上の問題などで相争うことになっただけのことであり、エスマイールを始め“鉄血団結党”の党員達もまた、被害者なのだから。

 ピチチチチチ……と“火石”が震動する。

 それは滅びへのカウントダウン、といっても良いだろう。

 結界の亀裂が広がり、封じ込められた“火”の力が、今にも暴発しようとしているのである。

「させないわ!」

 ルイズは慌てて“火石”に、“解除(ディスペル)”を掛けようとする。

「嬢ちゃん、そいつは無理だ」

 デルフリンガーが言った。

「どうしてよ!?」

「もう反応が進んじまってる。今更、“解除”を掛けても、どう仕様もねえんだ」

「“爆発(エクスプロージョン)”で消し飛ばすわ」

「そいつは1番駄目だ。“火石”が爆発しちまうよ」

「じゃあどうするのよ!?」

 ルイズは怒鳴った。

「は、は、ふはははははははっはっ! “鉄血団結党”万歳!」

 エスマイールが狂気に満ちた哄笑を上げる。

「くそっ……どうにかできないのかよ……?」

 才人は唸った。

 “火石”はもう爆発寸前である。

 その時、ふとティファニアが立ち上がり、ポツリと言った。

「……この音は、なに?」

 

 

 

 どこからか聞こ得て来る、美しいその旋律に、ティファニアは耳を澄ませた。

 透き通った音色の、ティファニアにとってどこか懐かしいような感じのする旋律であった。

 眼の前で大変な状況が起こっているというにも関わらず、ティファニアは想わず、聴き入ってしまいそうになるほどであった。

 ティファニアは、(この音は、どこから聞こ得て来るの……?)と耳を澄ませた。

「ティファニア、どうしたの?」

 と、ティファニアの様子が可怪しいことに気付いたルイズが、声を掛ける。

「ねえ、ルイズは、この音が聞こ得ないの?」

「え?」

 ルイズはキョトンとした。

「ちょっと、なによこんな時に……」

 どうやら、ルイズにも、才人にも、この旋律は聞こ得ていないようであることが判る。

 ティファニアは、俺へと疑問の目を向けて来た。

「そうだ。おまえは、どの“系統”を扱うことができるのか、想い出してみろ」

 ティファニアは、俺の言葉を聞いて、(自分だけが聴く事の出来る、不思議な旋律……私の“系統魔法”……)、と考え、その正体に想い当たった。

「“虚無”の“ルーン”だわ……」

 その旋律は、ティファニアは幼い頃に聴いた、あのオルゴールの音に良く似ていたのである。

 ティファニアの呟きを聞いたルイズがハッとした。

「ティファニア、あんた、ひょっとして……」

 ルイズは慌てて、マントの下から古木瓜た小さなオルゴール――“始祖のオルゴール”を取り出した。

 その瞬間、指に嵌めている“風のルビー”が共鳴し、ティファニアの頭の中に、唄と“ルーン”が浮かんだ。

「ティファニア、貴女、新たな“虚無”に覚醒めたのね!」

 ティファニアはコクっと首肯いた。

 “虚無”の“ルーン”が、美しい唄の旋律と成って、ティファニアの中へと染み込んで行く……。

 ティファニアには、その“虚無”のもたらす効果が、ハッキリと理解できた。

 “虚無”は、“担い手”がそれを必要とする時に与えられる。

 ティファニアは、(この“魔法”を使えば、なんとかできるかもしれない……)と想った。がしかし、今それを使うには、1つだけ、大きな気掛かりがティファニアの中にはあった。

 ティファニアは、才人の方をチラッと見た。

 ティファニアの目、と、才人の目が合う。

 才人はわずかに首を傾げるが……直ぐに視線の意味に気付いた様子を見せる。

 そう。才人は今や、ルイズの“使い魔”であるのと同時に、ティファニアの“使い魔”でもあるのだ。そして、最後の“使い魔”である“リーヴスラシル”は、“虚無”の“魔力”供給機である……。

 ティファニアが新たに目覚めた“虚無魔法”は、“忘却”とは比べものにならないほどに強力である。

 そのようなモノを使えば、才人の身体がどうなるか……。

 だが、才人はティファニアを真っ直ぐに見詰めたまま、(やってくれ……)と首を振った。

 ティファニアは静かに首肯いた。才人のその覚悟に、応えようと想ったのである。

 狂ったように嗤うエスマイールに向けて、ティファニアは“杖”を構え、“虚無”の“ルーン”を唱え始める。

「“エオルー・スーヌ・イス・ヤルンサクサ”」

 ティファニアは、美しい調べに乗せて、“虚無”の“ルーン”を謳い上げる。

 それは、ルイズの“爆発(エクスプロージョン)”の“詠唱”と良く似た“ルーン”であった。

「“オス・ベオーグ・イング・ル・ラド”、“アンスール・ユル・ティール・カノ・ティール”」

 ただし、それは対象物を爆発させるのではなく、汎ゆる物質をその形にたらしめている理そのものを忘却させる“呪文”……。

 その理屈は理解らぬものの、ティファニアはそう理解することができた。

「“ギョーフ・イサ・ソーン・ベオークン・イル”!」

 “呪文”が完成した。

 ティファニアは、真っ直ぐに“杖”を振り下ろした。

 眩い閃光が弾けるのと同時に、エスマイールが手にした“火石”が、祭壇の上に積まれた“火石”が、細かな光の粒子となって次々と消滅して行く……。音もなく、分解される際に発生するはずのエネルギーを生み出すこともなく、消滅していく。

 “分解(ディスインテグレート)”。

 ブリミルが編み出した”虚無”の”系統”は、物質を構成する極小の粒に干渉する。

 ティファニアの唱えたその“虚無”は、単に“火石”を破壊したのではない。“火石”を構成する要素そのものを、全て部室の根源である原初の粒にまで分解してみせたのである。

 そこにはなんの痕跡も、当然残るはずもない。それが、この世界に存在したという事実さえ、記憶や記録意外には残さず、跡形もなく消し去ってしまうのである。

 ある意味で、究極の“忘却”ともいうこともできる、“魔法”である。

「ば、馬鹿な……」

「だから言っただろう? おまえ等よりも強い力を持つ者が“虚無”を手にすれば、滅ぼすことなどできない、と」

“火石”の消えた祭壇の前で、エスマイールは愕然と膝を突いた。

 ティファニアの”分解”を目の当たりにした”鉄血団結党”の親衛隊も、当然、完全に戦意を喪失し、武器を投げ出した。

 “火石”を一瞬で消滅させた、”虚無”――“悪魔の業”……、(あれを自分達に向けられたら、一体どうなってしまうのだろう? この世界から、跡形もなく消滅してしまうのでは?)という恐怖は、“エルフ”達にとって、唯死ぬことよりも、ズッと恐ろしく感じられたのである。

 

 

 

「遣ったわね、ティファニア!」

 そんな“エルフ”達の想いや、“分解”の恐ろしさなどには気付かず、ルイズが快哉の声を上げた。

「やったな、テファ……」

 才人もティファニアの方を振り返り……突然、ガクッと崩れ落ちた。

「サイト?」

 ルイズはキョトンと首を傾げる。だが、直ぐに異変に気付くと、慌てて才人の側に駆け寄った。

「サイト! ちょっと、どうしたのよ!? サイト!」

「ル……イズ……」

 取り乱して叫ぶルイズの声は、しかし、才人にはほとんど届かなかった。

 “リーヴスラシル”の“ルーン”が激しく輝き、燃えるような灼熱の激痛が才人を襲う。

 才人は、泣き叫ぶルイズの声を遠くに聞きながら、(いや、痛みのあるうちは、まだマシなのかもな。自分が生きていると感じられるもんな……でも、自分の存在そのものが奪わて行くような、この感覚は……嗚呼、ちくしょう、折角……折角ルイズに逢えたってのに……)と想い、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才人が頭を振りながら目を覚ますと……其処は大きなベッドの上であった。

 いつものパーカーではなく、ユッタリとした寝間着に着替えせられている、ということに才人は気付く。

 そして、(……? つーか、俺、なんでこんな所にいるんだ?)とズキズキと痛む頭を押さえ、才人は自分の身に起きたことを想い出そうした。

 才人は、(そう、あの時……テファが物凄い“虚無”を使って、“火石”を消したんだっけ? そして、“虚無の担い手”の“魔力”供給機となった俺は、ルイズとの再逢を喜ぶ間もなく、気を失ってしまった……そこから先の記憶がない……)とそこまで考えて直ぐ、(と言うか、ここって、ひょっとして……)と部屋の中をグルリと見回した。

 そこは、見慣れた“オストラント号”の船室であった。

「どうして“オストラント号”に……」

 才人は眉を顰めつつ、ベッドから起き上がろうとした。すると、むにゅ、とした感触が手にあることに、気付いた。

「な、なんだ……? って、ルイズ!」

「ん、うう……ん……」

 床に膝を突き、才人の枕元に寄り掛かるようにして、ルイズが眠っていた。すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている……。

 頬に落ち掛かるブロンドの髪、透き通る様な白い肌。小さな胸の膨らみ。

 そんなルイズの姿を見て、才人は一先ず安心した。だが同時に、(ルイズ、どうしてこんな所にいるんだろう……?)といった疑問が浮かんだ。

 才人がそう想った時、ルイズは、ふぁ、と欠伸をして目を覚ました。

「ん、サイ……ト……?」

 ルイズは、トロンとした目を擦り、それから、ハッと成って身を起こした。

「サイト、目を覚ましたのね!」

「うわ、ルイズ!」

 ルイズはガバッと才人に抱き着いた。

「良かった……このまま儘、ずっと目を覚まさないんじゃないかって……」

「ルイズ、おまえ、ひょっとして、ずっと看ててくれたのか?」

「え?」

 才人がそう尋ねると、ルイズの顔が赤くなった。

「と、違うのよ? あ、あんたがまる2日も目を覚まさないから、その……セイヴァーは、大丈夫だって言ってたけど……」

 慌てて手を振り、誤魔化そうとするルイズ。

 そんなルイズを、才人はとてもいじらしく想った。

「それにしても、俺、そんなに寝てたのかよ……」

「そうよ。あんた、ずっと魘されてたわ」

「あれから、俺達どうなったんだ?」

 才人は尋ねた。

「街を吹き飛ばそうとしてた連中は、騒ぎを聞き付けた自警団が捕縛して行ったわ。あのエスマイールって奴もね。ちゃんと“エルフ”の“評議会”で裁かれるみたい」

 ルイズは、“エウネメス”での顛末を話した。

 ティファニアの“虚無魔法”に恐怖した“鉄血団結党”の“エルフ”達は、抵抗する意志すらも見せずに、大人しく捕まったのである。それから、ルイズ達は、“エウネメス”に行軍して来た“聖地回復連合軍”と合流し、気を失った才人を“オストラント号”に乗せたのである。負傷したアリィーとルクシャナは、“ロマリア”の救護船に収容された。

「テファは? この“フネ”に乗ってないのか?」

「彼女は“ロマリア”の救護船に移ったわ」

 ティファニアも、最初はルイズと一緒に才人を看護していたのだが、才人の様子が安定して来てからは、看護をルイズに任せて、“ロマリア”の“フネ”に収容された“エルフ”の娘の看護をしているのである。

 才人は直ぐに、その“エルフ”の娘が、ファーティマであることに気付いた。そして、(長年に渡って積りに積もった憎しみは、そう簡単には消えることはないだろうな……でも、あの優しい心を持ったテファなら、きっと、彼女の心を溶かすことができる……)と想い、「まあ、なんにせよ、良かったな……」と部屋の天井を見上げて呟いた。

 

 

 

 ルイズが一通りのことを話し終えると、部屋に奇妙な沈黙が訪れた。

 2人には、話したい事は幾らでもあった。なにしろ、ずっと離れ離れだったのである。だが、いざ話そうとすると、なにを話せば良いのか、判らないのである。

 2人はしばらく、無言のまま見詰め合い、やがて、どちらからともなく唇を重ねた。

「んっ……」

 そのまま、才人はルイズの肩を抱き寄せた。

 才人の心を、暖かな感情が満たして行く……(このまま、ルイズの総てを感じたい……ルイズの総てに触れたい)とそう想った才人の指先が、ルイズの控えめな胸に触れた。

 ルイズは小さく身動ぎする。が、特に抵抗という抵抗はしなかった。

 ユックリと唇を離し、才人はルイズの耳元で囁いた。

「良い?」

「……だ、駄目」

 と、ルイズはか細い声で言った。

「ご、ごめん……」

 才人は、(嗚呼、やっちまった……いつものアレだ。駄目な奴だ。俺、調子に乗り過ぎた。幻滅されたかも……)と想った。

「違うの。カーテン閉めて。恥ずかしいから」

 ルイズは頬を染め、シーツから覗く綺麗な脚をモジモジとさせた。

 才人は、(な、なんだ、そういうことか……)と安堵した。

「大丈夫だよルイズ、ここは御空の上だよ。誰も見てないよ」

「そういう問題じゃないわ。雰囲気よ」

 ルイズは顔を真赤にして言った。

「理解ったよ」

 才人は船室のカーテンをシャッと閉めた。

「そ、それじゃあ……」

 と、才人はゴクリと唾を呑み込み、ルイズの控えめな膨らみにソッとタッチした。

 ルイズがキュッと目を閉じる。

 才人は、(嗚呼、こんちくしょう。お、俺の御主人様は、なな、なんて可愛いんだろう……)と想った。

「ねえ、灯を消して」

「灯り?」

 ベッドの脇に“魔法”のランプが在る。

「嫌だ。消さない」

 と、才人は言った。

「どうして?」

「俺、ずっとおまえの顔を見てたいんだ」

「サイト……」

 ルイズは頬を赤く染め、上目遣いにはにかんだ。

 ルイズのそのような仕草も滅茶苦茶可愛らしく想え、才人はもう我慢できなくなる。

 才人が、制服の上から控えめな胸を軽く突くと「ひゃうっ」と甘い吐息がルイズの口から漏れる。

 才人は、そのまま、ブラウスのボタンを外そうとすると……。

『アーアー、“風の妖精さん”からの御知らせです。良い加減にしようね、キミタチ』

「わ!?」

 瞬間、才人はベッドから転がり落ちた。

 其の声は、船室の天井に在る伝声管から聞こ得て来て居る。

『うん、“風の妖精さん”もね、最初は大目に見ようかなって想ったヨ。なんと言っても、感動の再逢なんだしネ。でも、流石に、流石にネ……僕は我慢の限界だヨ?』

 其れは、怒りに震える“風の妖精さん”――マリコルヌの声であった。

「お、おまえ、全部聞いたてのかよ!?」

『うん、伝声管は全ての船室と繋がってるからネ。吐―か、そっちの声、艦橋にも丸聞こえなんだよ。キミタチは、あれかい? 御空の上でもレモンちゃんなのかい?』

「ち、違うわよ!」

 ルイズは伝声管に向かって怒鳴った。

『“カーテン、閉めて。恥ずかしいから”』

「ふああっ!?」

 マリコルヌが声真似をすると、ルイズは顔を真赤にして身悶えした。

『“ねえ、灯りも消して”』

「やめて!」

『“俺、ずっとおまえの顔を見てたいんだ”』

「お、おまえ……!」

 才人が文句を言おうとした、その時である。

「なになに? なんの騒ぎよ……あらま!」

 船室のドアが開き、キュルケとタバサ、シエスタの3人が姿を現した。

 キュルケはルイズの乱れたブラウスを見て、ニヤッと笑った。

「こんな昼間から、御盛んねえ。心配して損しちゃったわ」

「ミス・ヴァリエール、抜け駆けなんて、狡いですよ!」

 当然、シエスタは文句を言った。

「と、違っ……違うわ!」

 ルイズは慌てて乱れた服を直し始める。

「シエスタ、キュルケ、それにタバサも……来てくれたんだな」

「嗚呼、サイトさん……本当に、本当に御無事で良かった……」

 シエスタは涙ぐみ、才人のベッドへと飛び込んだ。

「ちょっと離れなさいよ、このエロメイド!」

「なんですか? ミス・ヴァリエール。1週間に3日は貸してくれる約束でしょう?」

「2日よ、2日! 勝手に増やしてんじゃないわよ!」

 ルイズとシエスタは、早速言い合いを始めた。

 そんな2人のやりとりも、随分懐かしく想え、才人は、(嗚呼、帰って来たんだなあ)と想った。

「おかえりなさい」

 タバサがポツリと言った。

「ああ、ただいま」

 才人がその頭にポンと手を乗せると、タバサの頬が赤くなった。

「やあ、本当かね? 我等が副隊長殿が目を覚ましたというのは」

 と、今度は騒々しい足音が聞こ得て来た。

 ドヤドヤと部屋に押し寄せて来たのは、ギーシュにレイナールにギムリ……“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の仲間達である。

「ギーシュ、それに皆も!」

「サイト、良かったな。本当に心配してたんだよ」

「悪かったな。心配掛けて」

 才人はギーシュと抱き合った。それから、“水精霊騎士隊”の仲間1人1人と抱擁を交わし合った。遅れてやって来たマリコルヌも、グエッと音を上げるまで抱き締めた。

「やあ、サイト君。目覚めたようだね」

「コルベール先生!」

 才人は大声を上げた。

「先生まで、来てくれたんだ」

「うむ、サイト君、君が無事で本当に良かった」

 才人のいる船室は、あっと言う間に“学院”の仲間達で埋め尽くされた。

 才人は、(皆、俺とテファ、セイヴァーのために、危険を冒して“エルフ”の土地まで来てくれたんだな……)と想い、目頭が熱くなった。

 だが、2人切りの時間を邪魔されたルイズは、やはり少しばかり不満そうであった。

「もう、なんなのよ……」

 

 

 

 ギーシュ達は才人を囲み、”エルフ”の首都”アディール”に乗り込んだ時の話をした。

 “アディール”郊外での“エルフ”の艦隊との決戦、ルイズの放った特大の“爆発(エクスプロージョン)”。“オストラント号”で“エルフ”の塔に突っ込んだという話を聞いた時、才人は、「滅茶苦茶するなあ」と苦笑した。

「“エルフ”達と戦ったりして、大変だったんだぜ」

「もう一生分の“先住魔法”を見たよなぁ……」

 と、マリコルヌが言った。

「ところでサイト、君達の方は、“エルフ”の土地で、ティファニア嬢とどんな冒険をして来たんだね? セイヴァーは、シオンと一緒に“アルビオン”の艦隊の方へ行って訊くことができないんだ」

「ああ、俺達は……」

 今度は才人が、“エルフ”に攫われたからのことを話した。

 “エルフ”の塔に監禁され、薬で心を奪われそうになったこと。塔であのビダーシャルに逢ったこと。“エルフ”の中では変わり者であるルクシャナに助けられ、ティファニアと4人一緒に塔を抜け出したこと。“水竜”との戦い。デルフリンガーが生きていたこと。そして、“竜の巣”に逃げたこと……。

 そこまで話した才人は、不意に、あることを想い出した。

 才人は、(つうか、なんで忘れてたんだろう……? こんな大事なこと)と想い、「そうだ。“聖地”だ! “聖地”があったんだよ! その“竜の巣”に!」と叫んだ。

「…………」

 一同は顔を見合わせた。

「あれ? 皆驚かないの?」

 戸惑う才人に、コルベールが言った。

「サイト君、この“フネ”は、その“聖地”に向かっているんだ」

 その後才人が、コルベールから聞かされたのは、“ハルケギニア”と“エルフ”との間で、一時的な和平が成立したことである。

 ルイズの“虚無”で艦隊が全滅したこと、本拠地である“アディール”に直接乗り込まれたという衝撃は、“エルフ”達にとって、かなり大きかったようであった。本国の“鉄血団結党”は、最後まで和平に反対し続けたようであるが、党首のエスマイールが“エルフ”の街――“エウネメス”を“火石”で吹き飛ばそうとしていた事実が露見すると、大きな非難を浴びて勢いを失った。

 一方、“ロマリア”教皇であるヴィットーリオは、“聖地回復連合軍”の大部分を占める地上軍の指揮をアルブレヒト・デューラー3世に任せ、“サハラ”の国境沿いまで退かせたのである。そして、ヴィットーリオ自身は、御召艦“聖マルコー号”に乗船し、“虚無”の“担い手”と共に“聖地”へと向かうことになったのであった。

 

 

 

「……俺達が捕まったりしてる間に、なんだか大変なことになってたんだな」

 その夜、才人は船室のベッドに仰向けに寝転がりながら言った。

 隣には寝間着姿のルイズがいる。「自分の部屋では“フネ”の機関音が煩く、どうしても寝付けない」と言うので、才人の部屋で寝ることにしたのである。

「でも、後は“聖地”の“魔法装置”さえ見付かれば、全部解決するんだよな?」

「サイトは、本当に“聖地”に“魔法装置”があると想う?」

 ルイズは訊いた。

 才人は首を横に振る。

「判んねえ。あの“竜の巣”に、それらしきモノはなかったし、セイヴァーもなにか言おうとしてたみたいだけど……」

「なにか条件でもあるのかしら? “4の4”を揃えないと、現れないとか?」

「さあ、どうだろう? でも、教皇もジュリオも、まだなにか企んてる気がする。セイヴァーもそうだけどさ……まだなにかきっとあるんだ……きっと」

 才人は真面目な顔で考え込む。

「サイト……」

「うん?」

 ルイズは才人の側に寄り添った。そうしていると、ルイズの心は安心するのである。(ここが私の居場所なんだわ……)と想うことができるのである。

「あ、逢いたかったわ……」

 と、ルイズはそう素直に口にした。

 1年以上前のルイズであれば、才人の前で、このように素直な気持ちを口にすることはなかったであろう。なんだかんだと理屈を付けて、自分の気持を誤魔化していたはずである。

 だが、今は違う。あの“ヴェルサルテイル”の中庭で、互いの肌を見せ合った時ら、もうつまらない意地を張るのはやめると決めたのだから。

「ああ、俺も、ずっとルイズのことを考えてた」

「そう……」

 ルイズは甘えるようにはにかんだ。

 ルイズは、(好きな人が側にいる……それだけで、こんなにも幸せなんだわ)と想い、才人の手をソッと握った。

 すると、それが合図であるかのように、才人はルイズの顎を軽く持ち上げた。

 2人は目を瞑り、唇を重ねた。これまで、離れ離れだったのを埋め合わせるように、夢中になって唇を押し付け合った。

 そうしているうちに、才人の手がルイズの控えめな胸に触れる。

「さ、触って良いか?」

 才人は乾いた声で問うた。

 ルイズは恥ずかしそうに、コクン、と首肯いた。

 また“風の妖精さん”に邪魔されることがないように、ルイズは伝声管にクッションを名一杯詰め込んでいた。「今日だけですからね。1週間に2日の約束ですからね」、と念を押しながらも、2人切りにしてくれると約束してくれたため、シエスタが乱入する必要もない。

 才人が、ブラウスの上からルイズの胸に手で触れる。その手がわずかに震えている。

 ルイズは、(サイトってば、緊張してるんだわ)とそれを敏感に感じ取った。そして、(でも、私は、もっとドキドキしてる……)と想った。

「さ、触るよ」

 と、才人は上擦った声で言った。

 才人の指先が、ルイズの胸にソッと触れる。

 ルイズはか細い悲鳴を漏らした。

「サイト、やっぱり、恥ずかしい……」

「は、恥ずかしくないよ。可愛いよ」

「でも、ちっちゃいし……」

「ちっちゃくないよ。可愛いよ、ちっちゃくても可愛いよ」

「本当?」

「ああ、本当だって……可愛いよ。ちっちゃいルイズ可愛いよ」

 才人は、ルイズの耳元で繰り返した。

 すると、ルイズは幸せな気分になり、くてーっとなってしまう。

 冷静に考えれば、今の才人は少しアレであり……ちょっと、というよりか、かなり気持ちが悪いといえるだろう。だが、すっかり頭の茹だってしまったルイズは、(良いの、今はそんなちょっとキモいところも好きなの……)と想うようになっていた。

 事実、2人は、御互いの良い部分を見ながらも、悪い部分から目を背けることはない。

 そのまま、才人はルイズを押し倒し、首筋にキスをしようとした。

 しの時。

 ふと、寝巻き姿の隙間から、才人の胸元の傷が、ルイズには見えた。

 “使い魔”の“ルーン”……。

 ルイズは、わずかに眉を吊り上げると、才人の唇に人指し指を当てた。

「ルイズ?」

「そう言えば、あんた、ティファニアの“使い魔”になったのよね?」

「う……」

 才人は、ぎく、と固まった。

「ということは、ティファニアと、“使い魔”の“契約”をしたってことよね?」

「それは……」

 才人はグッと言葉に詰まり、「し、しました! テファとキスしました。ごめんなさい!」、とベッドの上でガバッと土下座をした。

 其れはもう、見事な熟練の土下座、だといえるだろう。

「へえ、そう、正直者ね」

「ル、ルイズ……」

 ルイズが余裕たっぷりに呟くと、才人は困ったようにオロオロした。

 然し、才人が変に誤魔化さなかったのは、良い判断であった。

 実際、ルイズは本気で怒って居る訳では無かったのだから。

 ティファニアからその話を聞いた時は、当然だが、ルイズは正直ショックを受けていた。なにせ、才人はルイズの“使い魔”であり、(その絆は他の誰にもない、特別なモノ)だとルイズは想っていたのだから。

 だが同時に、(命の危機だったのなら、仕方ないわ)ともルイズは考えることができた。

 そして、(ティファニアはあくまで、生命に危機に陥ったから、“召喚”の“呪文”を唱えたのよね。そんでもって、たまたま近くにいた才人が“召喚”されてしまった。“召喚”されたものだから、仕方なく、“使い魔”の“契約”をしちゃったのよね……)とルイズはそう勝手に納得したのである。

 今のルイズは、単に拗ねて甘えてみせているだけなのであった。

「ティファニアの胸ってば、私のなんかより、ずっと大きいものね。あ、あんたの気持ちが移っちゃうのも、しょうがないと想うわ」

「違う、そ、そういうのじゃないんだ!」

 才人は当然、必死に否定した。

 それが嬉しくて、ルイズはつい意地悪をしてしまう。

「じゃあ、なによ? あのメロンみたいな胸より、わ、私の、ちったい、レ、レモンちゃんの方が、好きって言うの?」

「え? ああ、うん……」

 才人はコクコクと首肯いた。

「ホントはティファナのみたく、おっきくて、挟めた方が好いんでしょ?」

「挟む?」

 才人はキョトンとした。

「シエスタに聞いたのよ、洗ったりとか……そ、そんなの、私できないもん」

「ば、馬鹿……そんなの、良いんだよ。ちっちゃいおまえの胸が好きなんだ」

 才人がそう言うと、ルイズは嬉しそうな顔になった。だが、直ぐにツンと唇を尖らせる。

「嘘よ。“エルフ”の国にいる時、ずっとティファニアの胸ばっかり見てて、私のこと忘れてたんでしょ?」

「馬鹿、怒るぞ」

 才人は本気の口調で言った。

「俺、どんだけおまえのこと……」

「な、なによ? わ、私だって……むっ!?」

 その先の言葉を、ルイズは口にすることができなかった。

 才人が、ルイズの顎をクイッと持ち上げ、強引にキスをしたのである。

 ルイズは、(な、なによこいつ……狡いわ)と蕩けるような幸福感が全身を包み、ボッーとなった。

 才人はユックリと唇を離すと、真剣な顔で言った。

「おまえと離れてる間、俺、凄く寂しかった。ずっとルイズのこと考えてたよ」

「うん、私も寂しかった。意地悪なこと言って、ごめんね」

 ルイズはコクンと首肯くと、恥ずかしそうに、才人を上目遣いで見詰めた。

「あ、のね、んとね……」

「うん?」

「一杯、優しくして」

 

 

 

 ベッドの中で寄り添いながら、才人はルイズの背中を抱き締めた。

 桃色のブロンドの髪が、才人の頬をくすぐる。柔らかな肌の温もり。好きな人の体温を感じていると、優しい気持ちで才人の胸が一杯になる。

 才人は、ルイズの首筋に軽くキスをした。

 それから、才人は、ルイズが着るブラウスのボタンに手を掛けるが、とグッと思い留まる……本当はもっとルイズを感じたい、その肌に直に触れたい……が、理性を総動員して、なんとか堪えたのである。

 エレオノールとの約束もあり、(そう言うのは、ちゃんと結婚してからだ)と才人は想った。

 其れに、才人の腕の中で眠るルイズの顔が、余りに無垢であどけなく見え、そういうことをするのは、なんだかためらわれたのである。

「ねえ、サイト」

 と、目を開けたルイズが言った。

「な、なんだよ?」

「“エルフ”の塔に乗り込んだ時ね、サイトが助けてくれたような気がしたの。ひょっとしてあれが“最後の使い魔(リーヴスラシル)”の力だったのかしら?」

「ああ、そうかもな……」

 才人は、(たぶん、“海竜船”の中で、あの強烈な痛みの発作に襲われた時のことだろうな。あの時、ルイズは“エルフ”の長老相手に、強力な“虚無”を唱えていたんだろうな)と想った。

「でも、その“使い魔”の力って、サイトの“精神力”を使うのよね? 私が強力な“虚無”をドンドン使ったら、サイトはどうなっちゃうの?」

「うーん、まあ、そんなに使い過ぎたら、また倒れちまうかもしれないけど……」

 才人は咄嗟に誤魔化した。

 才人にはもう理解っていたのである。あの時奪われていたのは、“精神力”でも体力でもない。文字通り、平賀才人の命、存在そのものが、乱暴に奪い尽くされて行くような、そんな恐ろしい感覚から、理解ったのである。

 才人は、(あれがあのまま続いていたら、きっと……)、と背筋にゾッと悪寒が奔った。

「でも、もうあの力に頼ることなんてないだろ」

 と、才人はルイズの不安を拭うように、わざと明るい声で言った。

「どうして?」

「だって、“エルフ”とは和平を結んだんだろ? だったら、もう強力な“虚無”なんて、必要なくなったってことじゃねえか」

「そ、そうよね……」

 “4の4”が揃った時に現れるという、“始祖の虚無”……“生命(ライフ)”。

 それは大きな都市を一瞬で消し去るほどの威力がある。

 才人は、(まるで核兵器だ)と想った。同時に、“聖地”が沈んでいた、あの“原子力潜水艦”のことを想い出して、暗澹たる気持ちになった。

 だが、それはあくまで、“エルフ”との決戦のための“魔法”で在った。“エルフ”と和解し、“鉄血団結党”の脅威も去った今……。

「“聖地”に着けば、本当になにもかも解決するのかな?」

「どうかしら。でも、少なくとも、全部判ると想うわ」

 ルイズは言った。

 そう、“聖地”に着けば……全てが明かされる。

 ヴィットーリオの本当の目的も、6,000年前にあの場所でなにがあったのかも……。

 だというのに、才人の頭には、なにか得体の知れない不安があった。

 “ガンダールヴ”で在るサーシャが、ブリミルを殺した……。

 いつかデルフリンガーの言ったその言葉が、才人の頭に妙に頭にこびり付いていて、離れなかった。

 そのデルフリンガーは、また、沈黙してしまっていた。

 

 

 

 

 

 “ロマリア”軍の救護船に乗り込んだティファニアは、両手に果物の籠を抱え、ファーティマが入院している救護室を訪れようとしていた。

 救護室の前に来ると、ちょうど、フーケが出て行くところであった。

「マチルダ姉さん」

「ああ、ティファニア」

 フーケは束になった包帯を抱えていた。

 ティファニアは、(あの仲間の傭兵だという男の看護をしているのね)と想った。

「あの人の怪我、もう大丈夫そうなの?」

「まあね、世話の焼ける男だよ。全く」

 フーケは肩を竦めて言った。

「傷が癒えたら、あの坊や達と決闘するんだとさ。本当に馬鹿なんだから」

「止めないの?」

「なんでさ? 決闘して勝手に死のうが、私の知ったことじゃないよ」

「でも……その、恋人なんでしょう?」

 ティファニアがそう言うと、フーケは少し考えるように首を傾げた。

「さあ、どうだろうね? なんだか放って置けないだけさ」

「はあ……」

 ティファニアはキョトンとする。

「あんたこそ、坊やの側に居なくて良いのかい?」

 と、フーケはティファニアのでこを指先で突く。

 ティファニアは静かに首を横に振った。

「うん。私は、良いの」

 ティファニアは、(本当はサイトの側にいたい。でも、サイトはルイズと一緒にいるべき)と想ったのである。

 ルイズが現れた、あの時のサイトを見て、ティファニアは理解ってしまったのである。いや、それはもう、初めから理解っていたことである。 “エルフ”の国での冒険は、一時の夢の時間であったということを……だが、それは苦しいけれど、不思議と温かな感情でもあった。

 ティファニアの必死の想いを込めた“召喚”に才人が応えたことで、(だって、私は好きな人に、ちゃんと気持ちを伝えることができたんだもの)とティファニアは想うことができたのである。

 それだけで、ティファニアの想いは十分に報われた、といっても良いであろうか。

「マチルダ姉さん、好きって、とても苦しいのね」

 ティファニアの紺碧の瞳から、涙が溢れた。

 そんなティファニアを、フーケは優しく抱き締めた。

 

 

 

 フーケと別れ、救護室の中に入ると、ファーティマはもう起きていた。

「果物を持って来たわ。“フネ”の兵士さん達がくれたの」

「おまえの施しは受けん」

 と、ファーティマは目を逸らした。

 ティファニアは彼女のベッドの横に腰を下ろした。

 静かな救護室に、果物を剥く音が響く……。

「判らないんだ。今度は誰を憎めば良いのか」

 ファーティマは、ポツリと言った。

「…………」

「私は党を、エスマイール殿を憎めば良いのか?」

 紺碧の瞳が、なにかに縋るようにティファニアを見詰める。

 ティファニアは穏やかに微笑み、ファーティマの背中を優しく抱き締めた。彼女の心の奥底で燃える憎悪の炎を、優しく包み込むように。

 誰かを、なにかを、憎み続けるという行為は、本当に苦しいモノである。憎しみの炎は、燃やし続けているうちに、やがて自分自身をも灼き尽くしてしまうのだから……。

 だが、ティファニアだって、そうなっていた可能性がある。あの時間、フーケ――マチルダや、“ウエストウッド村”の孤児達と出逢わなければ、母親を殺した人間達に、憎しみを抱き続けていたかもしれないのだから。エスマイールのように、あるいは、あのジョゼフのような行動に走っていたかもしれない。

「大丈夫。もう、誰も憎まなくて良いのよ」

 軈て、堰を切ったように、ファーティマの嗚咽が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “9(ラド)”の月の“第三(エオロー)”の週、“第二日曜日(ユル)”。

 空に双つの月が昇る少し前、“聖地回復連合軍”の空軍艦隊は“竜の巣”の海上に到着した。

 水面には、数十“メイル”はあろうかという、触手のような奇岩が幾本も突き出している。

 そのうちの幾つかは、“エルフ”の水軍の砲撃で崩れていた。

「こんな所に、”聖地”があるの?」

 船室の窓から、海を見下ろしたルイズが言った。

「元々は陸地だったんだと想う。大昔に地形が変わって、海に沈んだんだ」

 “魔法装置”を取りに行くのは、教皇であるヴィットーリオとその“使い魔”であるジュリオ、“ガリア”女王ジョゼット、アンリエッタ、“虚無”の“担い手”であるルイズとティファニア、その2人の“使い魔”である才人、“エルフ”側の代表としてテュリュークとビダーシャル、シオンと俺が同行することになった。

「いやはや、“悪魔(シャイターン)の門”を訪れるのは、数十年ぶりじゃのう」

 テュリュークがそう言うと、全員が入ることができるほどの大きさの泡の球体を生み出した。

 前にルクシャナが使用した”水中呼吸”の”魔法”とは違い、服を濡らすことなく海に入ることができる。しかも、球体は仄かに光り、水中を明るく照らし出してくれている。

「娘達の水着が見れないのは残念じゃがのう」

 テュリュークは、ふぉふぉ、と笑った。

「テュリューク殿、御控えください」

 ビダーシャルが苦々しい顔で言った。

 “エルフ”の長老と聞いて、才人は、ビダーシャルやアリィーのような生真面目そうな人物を想像していた。が、この老“エルフ”は親しみやすさを感じさせる。

 才人は、(ちょっと、オスマン先生に似てるよな……)と想った。

 

 

 

 海の中を潜って行くと、色取り取りの魚が泳ぎ回っているのが見えた。

「綺麗ね……」

 ルイズが大きく目を見開いた。

「ええ。この世界に、こんな美しい景色があるなんて」

 アンリエッタとシオンもうっとりとして居る。“王家”に生まれた彼女達は、子供の頃から海に潜ったことがないのである。

 ジョゼットは、“ヴィンダールヴ”の力で手懐けた魚をジュリオに見せられ、嬉しそうに笑っている。

 才人は、そんなジョゼットを見て、(タバサが笑ったら、きっとあんな感じなんだろうな……)と想った。

 軈て、俺達は海底から伸びる、触手岩の根本に辿り着く。

 そこは、発光性の苔に覆われた、劇場ほどの大きさをした空間である。

 俺達が水面から上がると、洞窟の奥で、なにか大きなモノが動く音がした。

「サイト、この音、なにかしら?」

「ああ、たぶん……」

「全く、なんだい? 近頃は騒々しいね」

 ズシン、ズシン……と地震のような轟音を響かせて、全長50“メイル”ほどもある、巨大な“水竜”が俺達の前に姿を現した。

「ば、化物……!」

 アンリエッタが慌てて才人の背中に隠れる。

「おや? この私を捕まえて化物とは……失礼な娘だね。食べちまうよ?」

「“水竜”が喋ったわ!」

 ルイズが驚いた。

 シオンも驚いた様子を見せるが、直ぐに平静さを取り戻す。

「話しただろ? ここに棲んでる海母だよ」

「おや、おまえ達、もう戻って来たのかい?」

 海母は俺達をジロリと見下ろした。

「ヒトと“エルフ”を大勢引き連れて、今度はなにをしに来たんだね?」

「ごめん、巣を荒らすつもりはないんだ」

 才人は言った。

「ただ、見せて欲しいモノがあるんだ。異世界の“武器”の流れ着く場所に、案内してくれないか?」

「あんな場所に、なんの用があるんだい?」

「大事なことなんだ。俺達の仲間の命が賭かってる」

 才人の真剣な様子に、海母は、なにか切羽詰ったモノを感じ取った様子を見せる。

「……理解ったよ。着いておいで」

 海母はユッタリと背鰭をなびかせながら、洞窟の奥へと進んで行く。

 そこには、海水の満ちた、直径20“メイル”ほどの穴があった。

 この岩山の内部は、大小沢山の洞窟が蟻の巣のように繋がっているのである。

 穴の中を進んで行くと、やがて、別の巨大な空間に辿り着く。

 大きな劇場ほどの広さのあるその場所には、銃、大砲、戦車、“戦闘機”、など……錆び付いた“武器”が、山の様に積まれていた。

「まるで、“ロマリア”の“地下墓地(カタコンベ)”のようですね」

 ジュリオが言った。

「おお、この場所こそ、まさに“始祖”の降臨された“聖地”に他なりません」

 ヴィットーリオは、恭しく“武器”の前に跪いた。

 そんなヴィットーリオを見て、才人は、(崇拝するブリミルの訪れた地を見て、感傷にでも浸ってるのか?)と想ったが、そのような感傷に付き合うつもりなどはなかった。

「で、その“魔法装置”ってのは、どこにあるんだ?」

「…………」

 その場にいる全員が、ヴィットーリオに注目した。

 ヴィットーリオはユックリと立ち上がり、口を開いた。

「“大陸隆起”を止める“魔法装置”。ここにそのようなモノは、ありません」

 ヴィットーリオのその衝撃の発言に、しかし、ほとんど驚く者はいなかった。

 ジュリオとジョゼット、シオン。テュリュークとビダーシャルは、当然表情1つ変えることはなかった。

 才人とルイズ、アンリエッタも……なんとなく、そのような気がしていたため、表情を変えることはなかった。

 それが都合の良い嘘、欺瞞であること、を理解していたのである。

「あの、どういうことですか?」

 ただ1人、ティファニアだけは困惑していた。

「教皇聖下は、私達を謀っていた……そういうことですわ」

 アンリエッタは厳しい眼差しで、ヴィットーリオを睨んだ。

「貴方達に真実を伝えなかったことは、謝罪します。ですが、もし本当のことを伝えていれば、私達の足並みが揃うことはなかったでしょう」

「“風石”の暴走のことを隠してたのと、同じ理由かよ?」

 才人が言った。

「そうです。そしてこれより、我々が“聖地”を求めた、真の目的を御見せします」

 ヴィットーリオは、積み上がった”武器”の向こうをジッと見据えた。

「本来、この“呪文”は大きな“精神力”を必要とします。しかし、“始祖ブリミル”の降臨されたこの土地には、まだ大きな“ゲート”が残っている。それを開けば良いのです」

 ヴィットーリオは洞窟の壁に“杖”を向け、“虚無”の“ルーン”を唱え始めた。

「“ユル・イル・ナウシーズ・ゲーボ・シル・マリ”……」

「あの“呪文”は……」

 ルイズはハッとした顔で言った。

 それは、“ロマリア”の聖堂で、ヴィットーリオが会得した“呪文”である。

 “世界扉(ワールド・ドア)”。

 異世界に扉を開く“虚無”……。

 あの時の“詠唱”選りも長いことから、これが完全な形の“ルーン”であることが理解る。

「“ハガル・エオルー・ベオース・イング・マンスール”……」

 ヴィットーリオは壁の一点を狙い、“杖”を振り下ろした。

 虚空に、綺羅綺羅光る豆粒のような、小さな点が生まれた。

 その点は段々と大きく広がって行く。

 前にルイズ達が見た時は手鏡ほどの大きさであり、才人が見たモノはヒトが1人潜ることができるかどうか程度の大きさであったが……。

 眼の前に現れたそれは、まさに虚空に浮かんだ、扉、であるといえるだろう。

「あれは……!?」

 その扉の奥に映し出されたモノを見て、才人が絶句した。

 全員が見守る中……ヴィットーリオは穏やかに微笑み、振り返った。

「これこそ、“始祖”の悲願。“マギ族”が帰還すべき“約束の地”です」

 それは、才人と俺が良く知る“地球”の姿であった。

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