6,000年前、“ハルケギニア”がまだ
大平原の丘の上にある、“ニダベリール”という小さな村の外れで、ローブを纏った青年が、1人の娘に別れを告げていた。
裾余りの長いローブを引き摺った小柄な青年は、温厚そうではあるが、なんだか冴えない容姿をしている。
一方、草色の服を身に纏った、黄金色の髪の娘の方は、神々しいまでの美しさである。
それもそのはず……娘は、生粋の“エルフ”なのだから。
「サーシャ、道中はくれぐれも気を付けてくれよ。君の容姿は目立つから」
「あのね、私を誰だと想ってるの?」
サーシャと呼ばれた“エルフ”の娘は、呆れたようにそう言うと、左手甲に光る“ルーン”を見せた。
「私は、貴男の“ガンダールヴ”なのよ。それに、セイヴァーにも鍛えて貰ったし」
「ああ、そうだね」
青年は苦笑した。
確かに、取り越し苦労であるかもしれない。彼女に宿る“ガンダールヴ”の力があれば、あの恐るべき“ヴァリヤーグ”に襲われたとしても、1人で切り抜けることができるだろう。
「頭の固い長老達を説得して、直ぐに戻って来るわ」
「頼む。我が氏族の未来は、君に賭かっているんだ」
青年は真剣な表情で言った。
今起こりつつあることは、あの“ヴァリヤーグ”の脅威をも上回る。この世界そのものを滅亡させかねない、“大災厄”なのだから。それを回避するためには、どうあっても、“エルフ”達と手を取り合う必要があるのだ。
「僕の方もセイヴァーと一緒に、主戦派の連中を抑えておく。最悪の事態だけは避けなければ」
「ええ、頼んだわよ」
サーシャは首肯き、それから、ソワソワと視線を泳がせた。
「どうしたんだ?」
「もう、この唐変木」
不思議そうに尋ねる青年に、サーシャは不満そうに頬を膨らませた。それから、細い腕を素早く、互いに首の後ろに回し、口吻する。
しばらくして……2人はユックリと、唇を離した。
「“愛”してるわ、ブリミル」
「僕もだ、サーシャ」
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。
後の時代に“始祖”と呼ばれ、“ハルケギニア”全土の民に崇拝されることになる青年は、サーシャの体を強く抱き締めた。
ブリミルは、“愛”する恋人の暖かな体温を感じながら、(嗚呼、僕は、なんということをしてしまったんだろう……)と想った。
今、サーシャの身体には、“ガンダールヴ”だけではなく、新たな“ルーン”が刻まれている。
“リーヴスラシル”。
“愛”故に“召喚”され、最も過酷な“運命”を担う、“
ブリミルは、(もし、“エルフ”との交渉が決裂した、その時はセイヴァーが言った通り……神より賜りし、この恐るべき力を行使することになるのだろうか……? いや、そんなことは決してなるまい……交渉はきっと成功するはずだ)とサーシャを抱き締めながら、そう、自分に言い聞かせた。
「サイト達、遅いな……潜ってから、もう随分経つぜ?」
「ううむ、鮫にでも食べられてるのかもしれないなあ」
心配そうに呟くギーシュに、マリコルヌはノンビリと欠伸を返した。
“
“竜の巣”の在る海峡に停泊した“オストラント号”の甲板上で、“水精霊騎士隊”の仲間は、才人達が帰るのを待っていた。
“自由都市エウネメス”で、才人とルイズが再逢してから、2日が経つ。才人とルイズ、ティファニア、シオン達は、“ロマリア”教皇ヴィットーリオ等と伴に、“始祖ブリミル”の遺した“魔法装置”が眠るという、海の底の“聖地”へと向かったのである。
“虚無の担い手”たる“4の4”が揃い、その“魔法装置”を手に入れることさえできれば、“ハルケギニア”に破滅をもたらす“風石”の暴走を止めることが……。
穏やかな風がそよぐ大海原に、双つの月の光が反射して、銀色に輝いている。
「君、少し不謹慎じゃあないかね? こんな時に」
と、真面目なレイナールが眉を顰めた。
「ただの軽口だよ。でもちょっと、遅過ぎやしないかい?」
マリコルヌが言った。
「いや、なにしろ、“始祖”の遺した“魔法装置”だからね。起動するにも、色々と時間が掛かるんだろうさ……まあ、気長に待とう」
そんな生徒達の会話を聞きつつ、(“始祖”の“魔法装置”か……)と甲板に立つコルベールは眉間に皺を寄せた。“エルフ”との和平が成立し、“聖地”に到着することができた。もう心配すべきことは、“聖杯戦争”の決着だけで、他にはなにもない……そのはずであるのだが、何故か、妙な胸騒ぎを覚えたのである。
なにせ、コルベールは“ハルケギニア”では珍しい、現実主義者である。“風石”の暴走を止める“魔法装置”などと、そのような都合の良いモノが存在するとは、どうにも、信じることができないのであった。
「ジャン、どうしたの? 難しい顔をして」
隣に立つキュルケが、気遣わしげに顔を覗き込む。
「いや、少し、考え事をしていてね……」
「あら、髪なんてなくても、貴男は世界一の男よ、ジャン」
キュルケは軽く背伸びをすると、コルベールの額に接吻した。
「ミス・ツェルプストー、私はそんなことを考えていた訳では……うむ」
そんな2人の足元では、タバサが舷側にもたれかかって座り、頭の上に“
「サイトのことが心配?」
キュルケが悪戯っぽく尋ねる。
「…………」
タバサは頬を赤く染め、本で顔を隠した。
無口な親友のそんな可愛らしい仕草に、キュルケは苦笑した。
「皆さん、軽食をお持ちしました」
と、甲板の上に上がって来たシエスタが、皆に声を掛けた。沢山のサンドウィッチを乗せた大皿を両手に抱え、甲板にいる“水精霊騎士隊”の隊士達に配って回る。
キュルケとコルベールも、ありがたく頂くことにした。
「あの、ミスタ・コルベール」
シエスタは、才人達の潜った海の方を見て、言った。
「これで、“ハルケギニア”は救われるんですよね? “エルフ”とも仲良くすることができたんですし、もう戦争なんて、起きないんですよね?」
「うむ……教皇聖下のおっしゃることが本当だとすれば、そうだね」
シエスタはホッと安堵の息を漏らした。
「嗚呼、良かった。本当に……じゃあ、ミス・ヴァリエールは、あの恐ろしい力を使わなくても良いんですよね?」
「ああ」
コルベールは、複雑な表情で首肯いた。
ルイズが新たに覚えた、“虚無魔法”……それは、あの“エルフ”の艦隊を一撃で吹き飛ばしてみせた“
コルベールの中では、(私の生徒が、そんな恐ろしい力を使うことにならなくて良かった……)と安心する、一方で、なにか言いようのない微かな不安があるのもまた事実であった。
そんなコルベールの不安を他所に、ギーシュ達“水精霊騎士隊”の面々は、暢気に釣りをしながら軽口を叩き合っている。
「まさか、あの落ち零れのルイズが、“ハルケギニア”を救うことになるなんてな」
「我等が副隊長もだよ。“トリステイン”に帰ったら、シュヴァリエどころか、爵位だって下賜されるかもな。“平民”が爵位を授けられるなんて、これはとんでもないことだぜ?」
「男爵……いや、子爵でも驚かないな。実際、サイトはそれだけのことをしたんだし」
「セイヴァーだってそうだ。まあ、あいつは“アルビオン”の客将だから、爵位とかはないだろうけど、それでも、かなりの報酬を貰っても良いはずだ」
「おいおい、“学院”に帰れば、僕達だって、“英雄”だぜ?」
ギーシュは、夜空に掛かる双つの月を見上げた。
「“学院”か……嗚呼、懐かしいなあ。“トリステイン”を発ったのは、ほんの2週間ほど前のことなのに、遥か昔のことに想えるよ」
それから、「嗚呼、早くモンモランシーに逢いたいなあ……」と切なそうに呟いた。
「これこそ、“始祖”の悲劇、“マギ族”が帰還すべき“約束の地”です」
“ロマリア”教皇、ヴィットーリオの穏やかな声が、海底の大空洞に響き渡った。
才人は、光り輝く“ゲート”の前で、呆然と立ち尽くしていた。
無理もないことである。
なにしろ、ヴィットーリオが指さして“約束の地”と呼んだモノ……それは紛れもない、才人の故郷、“地球”の姿なのだから。
才人は、(なんだよ、これ……どういうことだよ……)と想った。“風石”の力を消滅させる“魔法装置”の話が嘘であるということは、才人もなんとなくではあるが勘付いてはいた。皆からすると想定外と云いえるヴィットーリオの言葉に驚くのと同時に、(だから、ブリミルさんは“地球”出身だったのか)とも想っていた。だがそれでもやはり、動揺を隠すことはできないでいる。
ルイズとティファニアは目を見開き、アンリエッタも絶句していた。ジョゼットは驚きの表情を浮かべ、ジュリオに視線を向けるが、テュリュークとビダーシャルは全く動じた様子を見せないでいる。
シオンは一瞬驚いた様子を見せはしたが、直ぐにいつもとなんら変わらない様子へと戻る。
才人は息を吸い込むと、震える声を吐き出した。
「どういうことですか? “地球”が……俺の故郷が、“約束の地”って……」
「え?」
と、才人の言葉に、ルイズが反応する。
「サイトの故郷? あれが?」
才人は無言で首肯いた。
アンリエッタは、まあ、と口元を押さえた。
才人の視線を受け止めたヴィットーリオは、眉1つ動かすことなく、言った。
「“約束の地”とは、そのままの意味です、サイト殿。貴男達の故郷である、あの地こそ、私達、“ハルケギニア”の民にとっての本当の“聖地”なのです」
「…………」
どこまでも澄んだヴィットーリオの目は、一切の嘘を含まない、敬虔さと熱意に満ち溢れている。
そのような教皇の視線に、才人は想わず気圧されてしまう。
「おそれながら、教皇聖下」
アンリエッタは物怖じしない態度で、ヴィットーリオを睨んで言った。
「どうか、私達にも理解できるよう、ご説明ください。聖下には、その義務がおありになりますわ」
「もちろんです。そのために、貴方方をここへお連れしたのですから」
ヴィットーリオは、“地球”の姿を映す“ゲート”の前に立つと、全員の顔を見回した。それから、ユックリと口を開く。
「さて、“聖地”の真実を明かす前に、1つお訊ねしましょう。アンリエッタ殿、現在、この“ハルケギニア”に、“魔法”を使うことのできる者と、使うことのできぬ者、即ち、“貴族”と“平民”がいるのは、何故でしょうか?」
「……?」
その質問になんの意味が……? とアンリエッタは眉を顰めるが、直ぐに答える。
「“貴族”とは、“始祖ブリミル”の血を引く者のことですわ」
「そう、その通りです。この“ハルケギニア”に存在する“系統魔法”の力は、6,000年前、“始祖ブリミル”の光臨によってもたらされた」
ヴィットーリオは首肯いた。
「では、その偉大なる“始祖”は、どこから来訪したのでしょう?」
「聖下、ここで神学の問答をするつもりはありませんわ」
アンリエッタは、厳しく言った。
だが、ヴィットーリオは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
「いええ、神学問答ではありません。アンリエッタ殿、私はセイヴァー殿の代わりに、“ハルケギニア”の長い歴史の中に消えた真実……6,000年前の真実を明かそうとしているのです」
「…………」
「6,000年前の真実?」
「そうです。これまでの長きに渡り、“ロマリア”の“宗教庁”が隠蔽し続けて来た、真実を」
ヴィットーリオの声が、大空洞に殷々と響き渡る。
「“始祖ブリミル”は、神が天依より遣わされた……と、教典にはそう書かれていますわ」
ルイズが言った。
それは、“トリステイン魔法学院”はもちろん、“ハルケギニア”のどの国でも、広く教えられている。
「ええ、“ロマリア”の教典には、確かにそうありますね……ですが、真実は違う」
そう言うと、ヴィットーリオは“ゲート”に視線を移した。
才人は、そのヴィットーリオの言葉と仕草に、ビクッと身体を震わせた。
そんな才人の様子に、ルイズとアンリエッタも、ピンと来たようである。
「お察しの通りです。我等の“始祖”は、この“ゲート”の向こうに存在する、あの世界より光臨された。詰まり、“始祖ブリミル”はサイト殿と同じ、異世界の住人だったのです」
「なん……ですって……!」
ルイズは、正直なところ、才人が言っていた「ブリミルと“エルフ”が手を取り合っていた」という発言に関しては信じていた。が、ブリミルが“地球”出身であることに対しては半信半疑であったため、驚かざるをえなかったのである。
アンリエッタとティファニアが顔を見合わせる。
「“始祖ブリミル”が、俺と同じ“地球人”だってことは理解りました。でも……」
「正確には、ブリミルとその氏族、“マギ族”と呼ばれる者達ですが」
「“マギ族”?」
その言葉は、ルイズ達にとっては、耳慣れぬ言葉であった。
しかし、才人には、なんとなく、その言葉に聞き覚えがあるような気がした。そして、俺の方へと目を向けて来る。
俺は、小さく首肯いた。
「“マギ族”は、“魔法”の力を扱うことに長けた、少数民族でした。彼等は6,000年前、“始祖ブリミル”に導かれ、この世界に移住して来たのです。その“マギ族”こそが、私達“ハルケギニア”の民と先祖なのですよ」
「私達の先祖が、サイトと同じ世界の人間……」
ルイズが鳶色の目を見開いたまま、呟く。
「お言葉ですが、聖下。そのような話、にわかに信じることはできませんわ」
アンリエッタが、動揺を押し殺した声で言った。
「それは承知しております。私も、これを人に伝えられたのであれば、荒唐無稽な御伽噺だと一笑に付したことでしょう。ですが、“始祖”と神に誓って、これは“ロマリア”の祖である“聖フォルサテ”の時代より、“始祖の円鏡”によって伝えられて来た、紛れもない歴史の真実なのです」
ヴィットーリオは、胸の前で聖印を切った。それは、敬虔なる“ブリミル教徒”が、“始祖”と神に誓いを立てる時の仕草である。聖印を切った上で、虚偽を語ることは、“ブリミル教徒”にとって最大の罪であるとされている。
「サイト、君も気付いてたんだろ? “始祖ブリミル”の贈り込んで来る“ガンダールヴ”の“槍”は、みんな君の故郷からもたらされるモノだ。それこそ、“始祖”が君の故郷の人間であったという、なによりの証拠さ」
ジュリオの言葉に、才人はグッと押し黙った。
「そうだな……おまえ達の言う通りだ。ブリミル……あいつは、“地球”から来た」
ヴィットーリオとジュリオの言葉を肯定するように俺がそう言うと、それが確定したとばかりに皆黙り込んでしまう。
海底の大空洞に、シン、とした静寂が訪れた。
ヴィットーリオの口から明かされた、驚くべきといえるだろう真実に、ルイズもアンリエッタも、もう口を利くことができなかったのである。
そんな中、怖ず怖ずと声を上げたのは、ティファニアであった。
「あ、あの……」
「なんでしょう? ミス・ウエストウッド」
「その……ブリミルさんは、どうしてこの世界にやって来たんでしょう?」
「もちろん、それには理由が有ります」
ヴィットーリオは首肯きつつ、言った。
「“マギ族”は、故郷の世界、“地球”に於いて、“魔法”の力を持たない“ヴァリヤーグ”と呼ばれる、もう1つの種族に迫害されていました。“ヴァリヤーグ”は“魔法”の力を持たぬが故に、“マギ族”を恐れたのです。斯の者達は“マギ族”を消し去ろうと、徹底的な迫害を加えました。“ヴァリヤーグ”は“魔法”こそ使えなかったものの、圧倒的な数と、優れた技術によって造られた、恐ろしい武器を持っていた……いかに“魔法”の力があるとはいえ、少数民族に過ぎぬ“マギ族”に、勝ち目があるはずもありませんでした。その迫害から逃れるために、“始祖ブリミル”は“ゲート”を開き、一族を率いて、この“ハルケギニア”へ脱出して来たのです」
ヴィットーリオは言葉を切ると、俺達一同の顔を見回した。
「詰まり、“ゲート”の向こうにある、あの世界こそ、私達の故郷にして、魂の拠り所。“始祖ブリミル”と“マギ族”の子孫である、我々“ハルケギニア”の民には、あの“聖地”に帰還すべき、正当な権利があるのです。さて、セイヴァー殿、間違いはあったでしょうか?」
「そうだな。幾つか勘違いをしているところがあるようだな。大まかなところは合っているが、先ず“ヴァリヤーグ”は“マギ族”を迫害などしていない。戦争をしていたんだ」
「戦争、ですか……」
「ああ。神様の代わりに戦う、代理戦争だ。駒、だったんだよ、あいつ等は。“ヴァリヤーグ”には技術という力を、一方“マギ族”には“魔法”という力を与えてな」
「そんな……」
ティファニアの顔が蒼白になる。
ルイズもアンリエッタも、今初めて明かされた歴史の真実に、ただ呆然とするばかりである。
「我々“エルフ”の“
“エルフ”の統領テュリュークが、静かな口調で言った。
「おまえ達ヒトが、“
「ま、待ってください!」
と、才人は大声で叫んだ。
「帰還するって……まさか、“ハルケギニア”の住人を、皆“地球”に送り込むってことですか?」
「もちろん、全ての民を移住させるつもりです。“貴族”も“平民”も、富んだ者も、貧しき者も、皆等しく、故郷に帰還する権利がある。血統の薄さ故、今はまだ“魔法”の力に覚醒めていない、“平民”と呼ばれる人々も、いずれ“マギ族”の血を引くことに変わりはありませんから」
「それは……そんなことは、無理なんです!」
才人は必死に言った。
「無理、とは?」
「だって、そんな、“ハルケギニア”の全住民が住めるような場所なんて、“地球”には、もうどこにもないんです!」
“ハルケギニア”の住人がどれくらいいるのか、才人にはそれは判らなかった。だが、今の“地球”に移住して、新しい国を造るなどということは、とてもではないが無理であるといえるだろう。まあ、不可能ではないのだが……。
余り学校の成績が良くなかった才人ではあるが、それでも、(きっと、とんでもないことになる……)とそのくらいのことは簡単に想像し、理解することができた。
だが、ヴィットーリオは、表情1つ変えることなく言った。
「もちろん、それは存じております。共存は不可能でしょう」
「それじゃあ……」
「ですから、正確には、帰還、ではありません。そう、あの“アルビオン”の叛徒達の言葉を借りるならば、“
「なんだって!?」
「聖下、それは一体、どういうことですか!?」
アンリエッタが鋭く尋ねた。
「私達は、正当な権利の元に、“聖戦”によって、故郷の土地を取り戻す。ということです。それこそ、“始祖”が我々に与えし、“
ヴィットーリオは、平然と口にした。いや、そのように見えるように、言ったのである。
「“聖戦”……“ハルケギニア”の軍隊で、“地球”と戦うって言うのか!?」
才人は、ヴィットーリオの澄んだ目を見て、(この人は、本気で“地球”を征服するつもりなんだ……)と愕然とした。それから、この静かな狂気を宿した男をどうにか説得しようと、頭を振る回転させた。
「無理だ。“ハルケギニア”の軍隊じゃ、勝ち目なんてある訳ない。“地球”の武器がどんなモノか、知ってるでしょう? あの、“戦車”や“ゼロ戦”、それだけじゃない。もっとずっと恐ろしい武器だって、沢山……」
あるんだ……と言い掛けて、才人は口を噤んだ。
才人の脳裏に過ったのは、この“竜の巣”の海底に沈む“原潜”のことであった。あれのことは口にしない方が良い、と想ったのである。
「そう、確かに、ここ数十年の間に、“ヴァリヤーグ”の“武器”は、目を見張るほどの進化を遂げています。故にこそ、彼等がもっと破滅的な力を手に入れる前に、滅ぼさなくてはならないのです」
「だから、無理なんです! 幾ら強力な“魔法”が使えたって、関係ない。“地球”の武器は、“メイジ”が“杖”を抜く前に、簡単に殺せちまうんだ!」
才人は必死に声を上げた。
実際、“ハルケギニア”の“聖地回復連合軍”が、今の“地球”を攻めたところで、簡単に返り討ちに遭い、悲惨な結果になるだけである。
「確かに、“ヴァリヤーグ”は恐るべき敵です。ですが、神と“始祖ブリミル”は、それに対抗するための力を、我等にお授けになりました」
ヴィットーリオの言葉に、ルイズがハッとして顔を上げた。
ヴィットーリオは穏やかな微笑みを浮かべ、首肯いた。
「そうです。それこそが、ミス・ヴァリエールに授けられし、“最後の虚無”」
「そんな……」
ルイズが、愕然とした声で言った。
“
恐るべき破滅をもたらす、“最後の虚無”は……“火石”を使う“エルフ”に対抗するためではなく、“地球”を征服するための切り札である。
「私を、謀ったのですね、聖下!」
ルイズは声を震わせ、ヴィットーリオとジュリオに、怒りに燃える目を向けた。
「あの“虚無”の“魔法”は、“エルフ”が“火石”を使って来た時の対抗手段だったはずですわ。“エルフ”と和解した以上、あの“虚無”を使うことはないと……」
「ミス・ヴァリエール、私は、虚偽を口にしてはおりません。ですが、全ての真実を伝えなかったことは、謝罪しましょう」
平然といえる態度でもって頭を下げるヴィットーリオに、ルイズは唇を噛む。
「お言葉ですが、聖下。私がサイトの故郷を滅ぼすなどと、そんなことをするとでも、本気でお想いなのですか? でしたら、それは見当違いと言うモノですわ」
ルイズはキッパリと言った。
「私は、ラ・ヴァリエールの家名に懸けて、約束したんです。サイトを、必ず元の世界に帰して上げって」
「ルイズ……」
そんなルイズの健気な言葉に、このような時であるにも関わらず、才人は(嗚呼、ルイズ、“愛”するご主人様……)と妙に感動した。
アンリエッタも、毅然とした態度でヴィットーリオに対峙する。
「聖下、貴男は、“ハルケギニア”の民に、また多くの血を流せとおっしゃるのですか?」
だが、ヴィットーリオは静かに首を横に振った。
「では、お訊ねしますが、このまま滅びを受け入れよと?」
「それは……」
アンリエッタは、言葉に詰まった。
依然、“ハルケギニア”に横たわる大問題をどうするのかと、ヴィットーリオは問うて来たのである。
「“風石”の暴走は、近い将来、必ず起きるでしょう。“ハルケギニア”中の大地が捲れ上がり、残ったわずかな土地を巡って、不毛な戦が続く……貴方方“貴族”は、生き延びることができるかもしれません。ですが、この地に住まう、多くの民はどうなるのですか?」
「確かに、“風石”の問題は、なんとかしなくてはなりません。ですが、そのために、サイト殿の故郷を征服するなどというのは、断じて、正しき行いではありませんわ」
「正しさの問題ではありません。アンリエッタ殿。滅びに瀕した私達は、どんな方法を使ってでも、生き延びるしかないのです」
ヴィットーリオの目には、ただ決然とした意志だけがあった。
「貴男はどう考えますか? セイヴァー殿」
「どう考えても、“ハルケギニア”側の敗北だろうな。おまえはまだ、“地球”の技術についての知識がない。“戦車”や“戦闘機”、それ等に類する兵器……おまえが切り札として掲げている“生命”だが、それに匹敵する“武器”を、あっちは幾つも持っている。そして、“精神力”を溜める必要などなく、使うことができるからな。更に、例えばではあるが、“アルビオン”から“ロマリア”に直接攻撃できるほどの遠距離攻撃すら可能な“武器”も存在する。まあ、そもそもの話、おまえ達は決定的な勘違いをしている」
「それでも、ですよ」
ヴィットーリオは、静かに強い意志で首肯いた。
「そうか……それだけの覚悟があるのだな」
「ええ。もう止まれませんから……」
才人は、これまで幾人もの敵と呼べる者と対峙して来た、フーケ、ワルド、シェフィールド、ジョゼフ、エスマイール……だが、その純粋さに満ちた目を見て、これほどまでに恐ろしい、と想った人はいなかった。
そして才人は、(止めないと……この男は、余りに危険だ。“地球”を征服なんて、そんなこと、させて堪まるかよ!)と背中のデルフリンガーを抜き放った。
才人の左手甲の“ルーン”が光る。
「サイト!?」
ルイズが叫んだ。
ジュリオが腰のサーベルを抜き、ヴィットーリオを守るように立ちはだかる。
「馬鹿なことはやめろ。“ガンダールヴ”」
「退けよ、ジュリオ」
才人は唸るように言った。もちろん、才人に、ヴィットーリオを殺す気など微塵もない。ただ、(一先ず、この場は人質に取って、なんとか想い留まらせよう……)と考えたのである。
そう考え、才人が目の前のジュリオを昏倒させようとした、その時である。
「――あ……ぐ……!?」
突然、才人の身体に異変が起こった。胸に鋭い痛みが奔ったのである……かと想うと、全身を強烈な脱力感が包み込む。
デルフリンガーが手から落ちた。
才人は、膝から崩折れ、地面へと倒れ込んだ。
「サイト、ちょっと、どうしたのよ!? サイト!」
「サイトさん!?」
ルイズとティファニアが、両側から才人の身体を抱き上げる。
才人は、全身を巡る血液が、凍った様に冷たくなって行くのを感じた。
「聖下、サイトになにをしたんですか!?」
才人の腕を抱いたまま、ルイズはヴィットーリオを睨んだ。
「私は、なにもしておりません」
ヴィットーリオは、才人に、憐れむような目を向けた。
「サイト殿は“聖地”の奪還に於いて、最も重要な役目を持つ“最後の使い魔”。“聖地”の“ゲート”が開けば、それに反応するのは必然でありましょう」
ルイズがハッとして、才人の胸を見た。
パーカーの下で、“リーヴスラシル”の“ルーン”が、光っており、その光からは不気味さを感じさせる。
「そんな……私もテファも、“虚無”の“呪文”を唱えていないのに……サイト、ねえ、しっかりして、サイト!」
ルイズの泣き叫ぶ声が、才人には遠く聞こ得た。
才人の視界がドンドン暗くなる。なにか見えない手に心臓を鷲掴みにされ、命そのものがゴッソリと奪われて行くような、そのような恐ろしい感覚に、才人は襲われた。
「…………」
俺は、苦しむ才人の頭に軽く触れる。
そして、才人の表情から苦しみが消え失せた。
が、それでも命を消費しているのだから、意味はない。ただ、一時的に痛みを消しただけである。
声にならない叫びで「ルイズ……ルイ……ズ……!」と叫びながら、才人の意識は真っ暗悩みの中に落ちて行った。