ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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レイシフト

「……イト……サイト!」

 才人を呼ぶルイズの声が遠ざかり、才人の視界が一瞬、真っ暗になる。

 そして、次に目を開けた時……才人の眼の前に広がっていたのはただっ広い砂漠であった。

「……うう……ん……うん?」

 才人は目を擦り、呆然と呟いた。

「は? なんだ? どこだよ? ここ」

 才人は、(俺は、ルイズ達と一緒に、海の底にある“聖地”にいたはずだ。そんでもって、“ゲート”が開いたり、教皇が“マギ族”がどうとか、“地球”を侵略するだとか、無茶苦茶なことを言い出したりして……)と想い出そうとした。

「それがなんで、こんな訳の判んねえ場所にいるんだよ……?」

 才人は、(つうか、ルイズ達はどこよ? ティファニアは? 姫様は? シオンは? セイヴァーは? 教皇やジュリオは……?)と考えるが、頭を横に振る。それから、半身を起こし、グルリと辺りを見回した。

 才人が今いるのは、太陽の照り付ける砂漠のど真ん中である。後ろを向くと、遥か遠く、揺らめく陽炎の向こうに、途方もなく大きな山が見えた。

 その裾野には、立派な城壁に囲まれた、真っ白な都市がある。

 だが、あのような都市を、才人は見たことがなかった。

 “ハルケギニア”の都市ではなく、誘拐されて連れて来られた“エルフ”の国の都市とも違う。

 そのことから、才人は、この状況についてますます訳が理解らなくなり、(一体、ここはどこなんだ?)とその場にドッカリと座り込み、腕組みをして考え込み始めた。

 才人は、(俺が気絶している間に、砂漠に捨てられた? いやいや、そんなはずはないだろう……だって、こんな所で、死なれたら、“ロマリア”の連中だって困るはずじゃねか。ルイズに“虚無”を使わせるにしたって、“使い魔”である俺は必要である訳で……)と直ぐに、浮かんだ考えを否定する。

 それと同時に、(そうだ。胸の“ルーン”はどうなった?)と想い出したように別の疑問が浮かび上がり、才人は、パーカーの下のシャツをズラし、自身の胸元を覗き込んだ。

 “リーヴスラシル”の“ルーン”は、もう光っていない。あの生命力を根こそぎ奪わるような、恐ろしい虚脱感も、今は綺麗サッパリ消えていた。

 そのことから、才人間は、(ひょっとして、俺、死んだのかな? でもって、ここは、“ハルケギニア”に於ける、死後の世界ってやつなんだろうか? いやいや、死んでる場合じゃねえだろ、俺)と考えてしまった。

 才人は真っ青な顔で首を横に振り、(あの教皇はルイズの“虚無”の力を利用して、“地球”を侵略しようと企んでるんだ。早く戻らないと、大変なことになっちまう……でも、どうすれば戻れるんだろう……?)と考えた。

 取り敢えず、才人はデルフリンガーの柄で、自分の頭を打ってみることにした。夢であればこれで覚めるはずだ、と。

 ゴッと鈍い音がして、才人の眼の前がチカチカとした。

「……ちくしょう。夢成のに痛えじゃねえか」

 こめかみを押しながら、才人は悪態を吐いた。

 普段通りであれば、ここでデルフリンガーが「おめえは馬鹿だね、相棒」などと突っ込んでくれるところではあるが、才人のお喋りな親友は、相変わらず口を閉ざしたままである。

 才人は、(つうか、いい加減、なにかしゃべってくれよ)と想った。

 “エウネメス”の街で、才人が倒れてからこっち、デルフリンガーはうんともすんとも言わなくなってしまったのである。

「はあ、なんなんだよ、ったく……」

 才人は溜息を吐くと、腕組みをして考え込んだ。そして、(待てよ。なか前にも、こんなシチュエーションがあったような……)とふと想い出した。

 なんとなくではあるが、今のこの状況に、才人は妙な既視感を覚えていた。

 才人は、(確か、ずっと前にも、こんな奇妙な夢? を見たことがあるはずだ。そう……あれは、“水の都アクイレイア”で、ルイズに眠らされた時……)と、“使い魔”の“ルーン”の中に眠るモノを通して、“魂”だけで6,000年前に“レイシフト”してみせたのである。

「……ってことは、俺はまた6,000年前に?」

 才人は、(きっと、そうに違いない)と確信した。

 以前、才人が“レイシフト”した時は、“ガンダールヴ”の“ルーン”を通したモノであった。もしこれが“使い魔”の“ルーン”に刻まれた“魔法”に類するモノであれば、今ここにいのは“リーヴスラシル”の“ルーン”によるモノだろう。

 背筋をゾッとするような悪寒が奔るのを、才人は感じた。

 不安に想いながら、その場にしばらく座り込んでいると、大きな砂丘の向こうから、こちらに向かって歩いて来る人影に、才人は気付いた。

 才人は、(誰だろう?)と警戒しつつ、デルフリンガーの柄を握った。

 豆粒のような人影が近付いて来るに連れ、徐々にその輪郭がハッキリとして来る。

 それは、裾を引き摺るような長いローブを身に纏った、小柄な男であった。

 撫で付けた金髪に、少し冴えない、真面目そうな風貌。

 才人は、その姿に見覚えがあった。

「ブリミルさん!」

 才人が声を上げると、ローブ姿の男が気付き、ユックリと歩いて来た。

 才人は、(やっぱり、今のこの時代、ここは、6,000年前なんだな)と確信した。

 やがて、眼の前まで来たブリミルの顔を見て、才人は想わず、息を呑んでしまった。

 ブリミルは、少し老けており、頬が痩せこけ、前に才人が見た時とは別人のようである。

 才人は、(あれから、何年か経っているのかもしれないけど、それにしても、この変わりようは……一体、なにがあったんだろう?)と考えた。

 ブリミルは、才人の顔をマジマジと見詰めると、首を傾げた。

「……ええっと、君は? 前にどこかで逢ったかな?」

「覚えてないんですか? 俺ですよ、平賀才人です」

 才人は言った。それから、(それにしても、前って、どのくらい前なんだろうか? そもそも、このブリミルさんは、前に俺が逢ったブリミルと同じブリミルさんなのか?)と考えた。

「うん、確かに逢った気がするんだが、どこだったかなあ?」

 と、才人の頭に、(そうだ、これを見せれば……)というある閃きが浮かんだ。

 才人はデルフリンガーを握り、左手甲に光る“ルーン”を見せた。

 すると、ブリミルは目を見開いて、叫んだ。

「“ガンダールヴ”! そうか、想い出した……君は、あの時の少年か!」

「はい、その節はどうも」

 才人がペコリと頭を下げると、ブリミルはほんの少し笑みを浮かべた。

「いや、すまない。あれは、僕等が放浪生活を続けてた頃だから、もう何年も前のことだね。うむ、君はあれから歳を取ったようには見えないが、実に不思議だ」

「俺は、6,000年後の世界から来た人間何です」

「そうだったね、ああ」

 ブリミルはとぼけたように笑いながら、相槌を打った。

「それで、こんな所でなにをしてるんだ? 君の主人は?」

「俺は、その、ちょっと砂漠で迷子になって……あの、ブリミルさんこそ、こんな所でなにをしてるんですか? 村の皆や、サーシャさんは?」

 才人が尋ねると、ブリミルは一瞬、表情を強張らせて言った。

「彼女は、もう直ぐここに来るはずだよ」

 

 

 

 それから、才人がブリミルに着いて歩いて行くと、木の疎らに生えた小さなオアシスのような場所に辿り着いた。

 辺りにはテントの骨組みや壊れた井戸、馬だか駱駝などの大きな動物の骨が放置されている。それ等から、捨てられた村であることが判る。

 ブリミルは、山が在るのとは反対の方向を指さして、言った。

「ここから、北に行けば、ヒトの住む土地がある。早くここから逃げた方が良い。この辺りは、直に海の底に沈むからね」

「海に沈む? どういうことですか?」

 才人は驚いて言った。

「良いかい? 先住の民? である君達は、まだ知らないかもしれないが、この世界は今、恐ろしい滅亡の危機に瀕しているんだ」

「え?」

 才人は、(滅亡の危機に瀕してるって、どういうことだ? 滅亡の危機にあるのは、6,000年後の俺達の世界じゃないか?)と想い、ポカンと口を開けた。

 そんな才人に、ブリミルは、噛んで含めるように言った。

「君は、“精霊石”と言うモノの存在を聞いたことがあるか?」

「えっと、“風石”とか“火石”とかのことですよね?」

 才人が答えると、ブリミルは、ほう、と驚くように呟いた。

「流石、“ガンダールヴ”だ。良く知ってるね。君の主人から教わったのかい?」

「まあ、そんなもんです」

 才人は曖昧な顔で言った。

「それなら、話は早い。“精霊石”と言うのは、言ってみればこの世界の“精霊の力”が凝縮したモノだ。そのほとんどは地中深くに眠っていて、先ずお目に掛かることはない」

 へえ、と才人は想った。

 ブリミルが生きているこの時代には、“精霊石”を採掘する技術は、まだないのである。

 と、ブリミルは足元の地面に目をやった。

「その地中に眠る“精霊石”の力が、今世界中で爆発しようとしているんだ」

「なんだって!?」

 才人は、(まさか、6,000年前の“ハルケギニア”でも、“風石”の暴走があったのか……?)と、想わず大声を上げた。

「そんなことが起これば、大地は引っ繰り返り、人の住む場所は失くなってしまう」

 ブリミルは暗澹たる表情で言った。

 才人は、(こっちでも、6,000年後の“ハルケギニア”と同じことが起きるって言うのかよ……ひょっとして、ルクシャナ達が言った、“エルフ”の半数が滅びたって言う“大災厄”の正体は、“風石”の暴走のことか……?)と考えた。

「でも、そんなことにはさせない。絶対に」

 ブリミルは険しい顔をして、立ち上がった。

 ブリミルのその視線は、山脈の裾に広がる都市を見据えていた。

「あれは……?」

「“エルフ”の都市だよ。“大いなる意思”に守られた、偉大な都だ」

「“エルフ”の都市、あれが……」

 そびえ立つ白亜の城壁は、山脈を囲む様に造られている。洗練された“地球”のビルディングを想起させ、“ネフテス”の“アディール”とはまた違う印象を与えて来る。

 才人は、(そりゃあ、6,000年も経てば建築様式も変わるよな)と想った。と同時に、(それにしても、6,000年も昔に、あんな立派な都市を築くなんて、やっぱり、“エルフ”は凄い)と感心した。

 その“エルフ”の都市に向かって、ブリミルは両手を突き出した。

「なにをするつもりなんですか?」

「一族が生き残るために、すべきことをする。僕はそのためにここに来た」

 ブリミルは、固く強張った表情で言った。

「生き残るために……」

 才人は繰り返すように呟き……そして、ハッと気付いた。

 ブリミルが、何故ここにいるるのか、これからなにをしようとしているのか。

 才人は、(生き残るためにすべきこと……それは詰まり、6,000年後の“ハルケギニア”で起きていることを同じじゃないのか? 住む土地の奪い合い。それが、6,000年前の世界でも起こったのだとしたら……“エルフ”の半数が滅びた、と言う“大災厄”の言い伝え。そして、デルフリンガーが言った、“ガンダールヴ”のサーシャがブリミルを殺した……と言う言葉の意味)と考え、全てが繋がったことに気付いた。

 才人は、今更ながらに、砂漠の向こうにそびえる大きな山脈の正体に気付いた。

 “地球”の“武器”が流れ着くあの場所は、数千年前には陸地であった。何千年も昔に、周囲の地形を変えてしまうようななにかがあって、“聖地”と呼ばれる場所は海の底に沈んだのである。

「ブリミルさん、貴男は、“エルフ”の都市を滅ぼすつもりなんですか!?」

「そうだ。力なき我が氏族が生き残るには、もうこれしかないんだ」

 ブリミルは唸るような声で言った。

「やめてください。そんなことしたら……この後何千年も続く戦争になるんだ!」

「君は、セイヴァーと同じことを言うんだね。いいや、逆か……でも、そうはならないよ。今日、全ての“エルフ”は地上から姿を消すのだから」

「ふざけんな……サーシャさんだって、“エルフ”じゃねえか!」

 才人がサーシャの名前を口に出すと、ブリミルは一瞬苦渋に満ちた表情を浮かべ、力なく首を横に振った。

「全てはもう、遅過ぎたんだ。これしか道はない」

「どうして……?」

 ブリミルは手を翳し、“虚無”の“ルーン”を唱え始めた。

 その瞬間、才人の胸に激痛が奔った。

 才人は呻き声を上げ、その場にうずくまる。

「……く、そ……また……」

 “ルーン”を唱えるブリミルの頭上に、眩い光が生まれた。

 才人は、(この光……ルイズの“爆発(エクスプロージョン)”そっくりだ。いや、ルイズのが似てるんだよな)と想った。

 だがそれは、“爆発”では無い……もっと、ずっと恐ろしいモノである。

 “虚無”の“使い魔”の本能とでもいうべきモノが、才人にそれを感じ取らせた。

 これが放たれてしまえば、都市など簡単に消し飛んでしまうだろう、ということを。

「どう……して……?」

 薄れ行く意識の中で、ブリミルの声が嫌にハッキリと、才人には聞こえた。

「理解り合えないからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイト……お願いよ、目を覚まして、サイト」

 ルイズは泣き腫らした目で、ベッドに横たわる才人の手を握っていた。

 “オストラント号”の中にある、才人とルイズの部屋である。

 才人が倒れたあのあと直ぐ、ルイズとティファニアはグッタリした才人を抱え、ビダーシャルの造った“魔法”の泡に包まれて、海の上に上がったのである。

 甲板にいたコルベール達は、衰弱した才人を見て、当然ビックリはしたが、シエスタが直ぐに担架用のシーツを持って来て、皆で部屋に運んだのであった。

 それから、ルイズは才人の側で、付きっ切りで看病をしている。才人が倒れてから、もう、30分も経つが、まだ意識を取り戻す様子はない。

 ただの疲労や病気ではないということは誰の目から見ても明らかである。才人が倒れた直後、直ぐにアンリエッタが“ヒーリング”を唱えたのだが、全く効果が無かったためでもあった。

 今、ルイズにできることは、こうして、手を握ることだけであった。

 もう胸の“ルーン”の光は収まっている。だが、才人の手は、生きた人間の手とは想うことができないほどに冷たい。

 ルイズは、(どうして、こんなことになってしまったの……?)と想った。

 才人が「“リーヴスラシル”の力は、“虚無の担い手”の“魔力供給機”だ」と言っていたことを、ルイズは想い出した。“契約”した主人が“虚無”の“魔法”を使う時、“精神力”を供給するのだと……。

 だからこそ、ルイズは、(“虚無”さえ唱えなければ大丈夫だ)、と安心して居たので在る。だが、あの時は、ルイズもティファニアも、“虚無”の“魔法”を使ってなどいなかった……。

 ヴィットーリオは、「“ゲート”の近くにいたから」と言ったが、ルイズからすると、やはり、あれが本当のことであるのかどうか正直疑わしいことであった。

 そういったことから、(きっと、“最後の使い魔(リーヴスラシル)”には、まだ私の知らない秘密があるんだわ……)とルイズは考えた。

 その時、ルイズが握る才人の手が、ピクッと動いた。

「サイト!」

 ルイズは慌てて、才人の顔を覗き込んだ。

 

 

 

 才人は、「う、うわあああああああああっ!?」、と絶叫して、跳ねるように起き上がった。

 その瞬間、なにかにゴツンと頭を打つけてしまう。

 打つかったなにかは、ふぎゃっ!? と潰れた猫みたいな悲鳴を上げ、そのまま後ろに引っ繰り返った。

「あ、あれ……?」

 と、我に返った才人は、周囲を見渡した。

 そこは、6,000年前の砂漠などではなく……見慣れた”オストラント号”の船室であった。

 才人が、(ブリミルさんは? 俺、あの光に呑み込まれて、どうなっちまったんだ?)と混乱していると、ベッドの下で、う~~~~っ、と恨めしげな声が聞こえて来た。

「あ、あ、あんたね、なにすんのよ!?」

 ベッドの下から這い出て来たのは、額を押さえ、涙目で才人を睨むルイズであった。

「ル、ルイズ……ごめん!」

「急に倒れたと想ったら、ずっと目を覚まさないし、こ、ここ、この……」

 ルイズはワナワナと震える拳を振り上げた。しかし、そこで、堪えていたモノが一気に溢れ出したのであろう。鳶色の瞳に一杯の涙を溜め、グスグスと泣き始めた。

「馬鹿、ひっく、馬鹿、馬鹿、馬鹿! 私、どんだけ心配したと想ってるのよぉ!?」

 ルイズは振り上げた拳で、ポカポカと才人の胸を叩く。

「ルイズ、おまえ……」

 才人は、(こいつ、ひょっとして、俺が倒れてからずっと、付きっ切りで看病してくれてたのか……)と感動した。そんなルイズのことが、もう兎に角“愛”しくて、才人はルイズの背中を抱き締めた。

「サイト……」

 ルイズは急に大人しくなると、そのまま、安心したように才人の胸に頭を預けた。

 桃色のブロンドの髪が、才人の頬の辺りをくすぐる。小柄で、痩せっぽっちなルイズの身体は、才人の腕の中に丁度良く収まった。

 ルイズが落ち着くのを待ってから、才人はようやく話し掛けた。

「……なあ、俺、どのくらい気を失ってたんだ?」

 ルイズは泣き腫らした顔をグシグシと擦り、恥ずかしそうに目を逸らした。

「30分くらいよ……胸の“ルーン”が消えた後も、あんた、ずっと魘されてたわ」

「なんだ、そんなもんか」

 才人は拍子抜けた声で言った。取り乱したルイズの様子から、もっとずっと長い間眠っていたモノだとばかり想っていたのである。

「ちょっと、なんだとはなによ……? 心配、してたのに」

「ごめん、心配かけちまって」

 才人は頭を掻きながら謝ると、天井を見上げて言った。

「……俺、また、“レイシフト”してたみたいなんだ」

「また?」

「うん、まあ……」

 首肯き、才人は額の汗を拭った。

「また、“始祖ブリミル”が出て来た……いや、逢った……」

 才人が言うと、ルイズはハッとして、途端に真剣な表情になった。

「もしかして、 “ロマリア”での時と同じ?」

 才人は首を横に振った。

「いや……あの時よりも、後の時代だった」

 ルイズは、才人の横にチョコンと座った。

 才人は、夢を通して“レイシフト”した先のことをルイズに話した。

 6,000年前にも“風石”の暴走があったこと。“聖地”が海の底に沈む前は、そこに“エルフ”の都市があったこと。そして、“始祖ブリミル”が、“エルフ”の都市に向かって“虚無魔法”を唱えたこと……。

 才人の話を聞き終えたルイズは、悲しげな顔をして呟いた。

「それじゃあ、“始祖”は、“エルフ”の土地を手に入れるために“虚無”を放ったのね」

「ああ、たbん。自分の一族が生き延びるためには、仕方ないことだって」

「それが、“エルフ”の伝承に伝わる“大災厄”の正体だったのね」

「うん……」

 ふと、才人は、前にデルフリンガーが「“ガンダールヴ”のサーシャが、ブリミルを殺した」と言っていたことを、想い出した。(”エルフ”のサーシャさんは、復讐のためにブリミルさんを殺したんだろうか? “使い魔”が 自分の主人を殺す……一体、どんな気持ちだったんだろう? 例えば、俺がルイズを殺すなんて、そんなこと、考えることもできない……)と想った。

「俺、ブリミルさんを説得しようとしたんだけど、駄目だった」

 才人は、悔しさを滲ませた声で言った。

「それはそうよ。ただ、“ルーン”に刻まれた記憶を通して“レイシフト”? したってだけでしょ? もう起こってしまった出来事なんだから。それを変えられる訳ないじゃない。できたとしても、また別の世界、へいこうせかい、が増えるだけよ」

「そうか……そりゃそうだよな」

 才人は、溜息を吐いて、項垂れた。

 と、その時、ルイズがなにかに気付いたように首を捻った。

「でも、ちょっと、変ね。計算が合わないわ」

「なにが変なんだ?」

「“風石”の暴走が起きるのは、数万年に1度だって、前にジュリオが言ってたじゃない。“始祖ブリミル”の時代から、まだ6,000年しか経ってないはずのに、どうして、今になって暴走が始まったのかしら?」

「さあ?」

「さあ……? って、なによ?」

 憮然とするルイズ。

「いや、判んねえ。セイヴァーに訊いてもどうせはぐらかされるだろうし、また今度逢った時にでも、ブリミルさんに訊いてみるよ」

「今度って、いつよ?」

「さあ?」

 才人の返事に、ルイズは呆れた様子で溜息を吐いた。

 ルイズは、(まあ、サイトの夢……“レイシフト”したってことは、間違いないわね。だとすると、また同じように“レイシフト”するかもしれないわね……でも、“使い魔”の“ルーン”はどうして、サイトを“レイシフト”させたのかしら?)とそのような疑問を抱くのであった。

 少しばかりシンミリとした空気になった後……才人は大事なことを想い出した。

「……そうだ。あれから、どうなったんだ?」

 才人が尋ねると、ルイズは短く首肯いた。

「ええ、“聖地”の“ゲート”は、直ぐに閉じたわ。教皇聖下は“精神力”を溜めて、軍隊が通れるような、もっと大きな“ゲート”を開くつもりみたい。たぶん、“聖地回復連合軍”の本体と合流したら、直ぐにでも、あんたの世界に侵攻を始めるつもりなんだわ」

「本当に、“地球”と……俺の住んでた世界と戦争する気なんだだな」

 才人は無力感に打ち拉がれた。

 “聖地”の奪還は、教皇であるヴィットーリオの悲願である、ということは、才人にも十分に理解できていた。どのように説得を試みようとも、今更考えをひるがえすことなどない、ということもまた理解していた。

「大丈夫、そんなことはさせないわ。絶対に」

 だが、ルイズはキッパリと、言い放ってみせた。

「ルイズ……」

「確かに、私は“トリステイン”の“貴族”で、敬虔な“ブリミル教徒”だったわ。でも、“ハルケギニア”を救うために、サイトの世界を侵略するなんて、絶対間違ってる。私は、神と“始祖”の御心よりも、私自身の心に従うわ」

 そう言って桃色のブロンドの髪をサッと掻き上げたルイズを見て、才人は(凄え……俺のご主人様、かっけえ)と感動を覚えた。同時に、(やっぱり、ルイズは出逢った頃と、随分変わったんだな)とも想った。

 少し前のルイズは、なによりも“貴族”としての誇りと名誉を大事にしていた。“トリステイン王家”に尽くし、“始祖”の教えを守ることが、一番大事なことだと信じていたのである。あの頃のルイズであれば、先程のような言葉は、例え天地が引っ繰り返ろうとも口にはしなかったはずである。

 才人は、(ルイズの心意気は素直に嬉しい)と想っていた。が、同時に、1つ心配事があった。

 例えルイズが拒んだとしても、教皇は、どんな手段を使ってでも、ルイズに“最後の虚無”を撃たせようとするであろうということである。例えば、“エルフ”の秘薬を使って、ルイズの心を想うままに操るなど……。

 才人がそんな心配を口にすると、ルイズは少しばかり考えてから言った。

「それは、たぶん大丈夫だと想うわ」

「どうして?」

「だって、“虚無”の“魔法”は、心の震えが力になるのよ? 薬なんかで心を壊してしまえば、“虚無”を唱えることはできなくなるわ」

「そっか……それなら、“ロマリア”の連中もそんな無理はできないな」

 才人は、(教皇もルイズと同じ“虚無”の“担い手”である以上、そのことは理解しているだろうしな)と想い、一先ず安心した。

「それに、もし教皇聖下が、そんな手段に訴えようとするなら……」

 ルイズは、覚悟を決めたような、張り詰めた表情で言った。

「私、サイトの故郷を滅ぼすくらいなら、自分の喉を突いて死ぬ方を選ぶわ」

「な、なに言ってんだよ!? おまえ……馬鹿なこと言うなよ!」

 才人は慌ててルイズを窘めた。

 だが、ルイズは首を横に振り、「私は本気よ」と、真顔で言い切った。

 ルイズは本気である。

 才人にはそれが理解った。ルイズは以前、才人が“アルビオン”で、110,000の軍に突っ込んで死んだと想い込み、本当に死のうとしたことがある。あの時は、ギーシュの作った像のおかげで、なんとか救かったのだが……。

「そんなの、駄目だ。そんなことしたら、俺も死ぬよ」

「だ、駄目よ、そんなの。あんたが死んだら、意味ないじゃない」

「じゃあ、死ぬなんて言うなよ。馬鹿」

「ば、馬鹿じゃないもん……」

 ルイズは拗ねたように唇を尖らせた。

「前に約束しただろ? 死ぬ時は一緒だ、って」

「う、うん……」

 才人が真剣な顔で見詰めると、ルイズは頬を赤く染めて首肯いた。

 2人はベッドの上で見詰め合い、やがて、どちらからともく、唇を交わした。

「んっ……」

 お互い、背中を抱く指に力を込め、唇を押し付け合う。

 ルイズは目を瞑り、才人の腕の中で従順に身を任せた。先程の才人の真摯な言葉は、意図せずして、(や、嫌だ、こいつってば、“俺も死ぬ”だなんて……ちょっと、格好良いじゃないの。そんでもって、ちょっと、私のこと好き過ぎるんじゃないの、ねえ?)とルイズの胸をときめかせることに成功したのである

 そんな感じで軽くテンパっているうちに、ルイズは優しくベッドに押し倒された。

「だ、駄目よ……こ、こんな時に」

 と、ルイズはか細い声で言った。

 もちろん、本気で抵抗している訳ではない……が、ルイズにだって、プライドと云うモノがあるのである。(そんな簡単な女だと想われては、ラ・ヴァリエールの3女としての沽券に関わるわ)と想ったのである。

「こんな時だからだよ」

「へ?」

 才人は、ルイズの顎をクッと持ち上げて言った。

「こんな時だから、ルイズのこと、しっかり抱き締めていたいんだ」

「はう……」

 真剣な声と表情で才人にそう囁かれることで、たちまち、ルイズの全身から力が抜けてしまった。

 もう、“貴族”のプライトだとかそういったモノが、全部どうでも良くなってしまったのである。

 ルイズは、(な、なによこいつ。ホント狡いわ。もう……そんなこと言われたら、私、簡単な女になっちゃうじゃないのよ……)と唇を尖らせた。

 アッサリと降参したルイズは、ウットリと目を閉じて、唇を重ね合わせる。

 さて、才人はここに来て、(ま、なんだよ、俺のご主人様、可愛過ぎだろ……)と自分の台詞が、ルイズの心をどうにかしたということを理解した。

 だが、先程のあの言葉は、全く嘘偽りのない、才人の本心であった。

 才人は、(ルイズも守るためなら、死んだって構わない。ルイズが死ぬ時は、俺も死ぬ。クルクルと良く動く鳶色の目。瞼を彩る長い睫毛。軽く上唇を噛む、その仕草。可愛らしい小さな胸。意地っ張りで、怒りっぽくて、誰よりも真っ直ぐで、誇り高い女の子……そんなルイズの総てを、命懸けで守護りたい)と想った。

「好きだよ、ルイズ」

「ホントに?」

「当たり前だろ」

「もっと言って」

「ルイズ好き、大好き」

 ルイズの桃色の髪を撫でながら、才人は耳元で何度も囁いた。

 才人は、(このまま、ずっと、大切な恋人の体温を感じていたかった。好きな人が側にいる……それだけで、身体の中から力が湧いて来る。“聖地”の奪還を目論む、“ロマリア”教皇の野望……でも、ルイズと一緒なら、今の状況だってなんとかできる)とそう想うことができた。

 

 

 

 2人はベッドの上で、何度も唇を重ね合った。

 そして、最後に、とんでもなく長いキスをした後、ルイズは言った。

「ねえ、サイト……」

「うん?」

「私、もう1度、教皇聖下の所に行くわ。聖下を説得してみる」

 才人はルイズの手を握り、首を横に振った。

「無理だよ。それに危険過ぎる」

「大丈夫よ。教皇聖下にとって、私は最重要の手駒なんだから。少なくとも、話は聞いてくれるはずだわ」

「でも……」

 言い掛けて、才人は口を噤んだ。(“レイシフト”した先で見たあのこと……あの6,000年前に起こった悲劇のことを、教皇に話すべきかもな)と想ったためである。

 ブリミルが“エルフ”の都市を滅ぼしたことが原因で、その後、数千年に渡る“エルフ”との戦争の種が撒かれてしまった。

 才人は、(もしかすると、あの“レイシフト”は、そんな悲劇を2度と繰り返さないようにと言う、警鐘なのかもな)と考えた。

「……理解った。じゃあ、俺も一緒に行くよ」

「駄目よ、あんたは寝てなくちゃ。まだ動ける身体じゃないでしょ?」

 ベッドから起き上がろうとする才人を、ルイズは押し留めた。

「私に任せて」

 

 

 

 

 

 さて、その頃。

 “ロマリア連合皇国”の旗艦である、教皇専用の御召艦“聖マルコー号”の執務室では、“トリステイン”女王アンリエッタが、毅然とした態度で、教皇ヴィットーリオと対峙していた。

「聖下、どうか今一度お考え直しください。ようやく“エルフ”との和平がなったというのに、貴男は“ハルケギニア”の民を、更なる戦争へ駆り立てるおつもりですか?」

「“聖戦”への参加は、“ハルケギニア”に住む全ての“ロマリア教徒”に課された、神聖なる義務。それを遂行せぬとあれば、それは“始祖”への裏切りです」

 ヴィットーリオは表情1つ変えない努力をし、静かに首を横に振ってみせた。

「“始祖”のために命を投げ出すのは、貴方方狂信の徒だけで結構ですわ」

 アンリエッタはヴィットーリオを睨み付け、精一杯の皮肉を投げ掛けた。

 非公式の場とはいえ、“ロマリア”教皇の御前である。”宗教庁”が聞き咎めれば、例え”トリステイン”の女王であっても、異端の罪で裁かれる恐れのある言葉であるといえるだろう。

 だが、ヴィットーリオ気分を害した様子もなく、ただ淡々と言葉を返した。

「狂信で結構。さもなくば、“ハルケギニア”を救うことはできません。“風石”による、土地の“大隆起”は、現実問題としてそこにあるのです。それとも、貴女は“ハルケギニア”の民よりも、見知らぬ、異世界の隣人を救えとおっしゃるのですか? なるほど、“博愛”の精神は素晴らしい。ですが、それを示せるのは、生きている者の特権です。我々自身の生存が脅かされているというのに、相手のことを慮れるというのは、それこそ、狂信というべきではありませんか?」

 アンリエッタは唇を噛んだ。

「では、お訊ねしますが、聖下のおっしゃる“聖戦”が、この“ハルケギニア”に“大隆起”以上の災厄をもたらさぬと、どうして言えるのですか? サイト殿とセイヴァー殿もおっしゃっていたではありませんか。向こうの世界には、恐るべき“武器”があると」

「確かに、“ヴァリヤーグ”の力は強大です。それは認めましょう、ですが、こちらには切り札がある。ミス・ヴァリエールの覚醒めた“最後の虚無”は、“ヴァリヤーグ”を滅ぼし尽くすでしょう」

「ルイズに、手を汚させるのですね」

 アンリエッタは鋭く言った。

「否定はしません。ですが、“ハルケギニア”を救うには、これしか手立てがないこともご理解頂きたいのです。本当に、都合の良い“魔法装置”などというモノがあればと、私も想います。ですが、そんなモノは存在しない。私達に与えられた選択肢は、滅びるか、滅ぼすか、それだけなのです」

「ですが……」

「アンリエッタ殿、これをご覧になってください」

 と、必死に喰い下がろうとするアンリエッタの前に、ヴィットーリオは執務机の上に置かれた、小さな小箱を差し出した。

「これは?」

 アンリエッタは怪訝な顔をした。

 小箱の中に入っていたのは、“聖人”と呼ばれる眼の前の人物が持つには、似付かわしくないモノ……拳銃であった。

 だがそれは、アンリエッタが見たこともない造りであった。アニエス達“銃士隊”に支給されている銃は、“トリスタニア”の工房で製作された最新式のモノであるが、それとも全く違うことが判る。材質は金属であろうが、しかし、ただの鉄とも違う……。

「“聖地”で見付かった、あちらの世界の“武器”です。私達の造るモノより、遥かに高度な技術で造られています」

 アンリエッタは、才人と彼が使う“武器”を想い出した。幾度もの戦争で、“トリステイン”に勝利をもたらした、“竜の羽衣(ゼロ戦)”や“鋼鉄の怪物(タイガー戦車)”……。

「それが、どうかしたと言うのですか?」

 ヴィットーリオは、重々しく首肯いた。

「かつて、“ヴァリヤーグ”は、この世界に自然発生した“ゲート”を利用し、この“ハルケギニア”に侵攻して来たことがありました。今はまだその兆候はありません。ですが、いずれは“虚無”の秘密をも、その恐るべき技術で解き明かし、この世界に再び“ゲート”を開くことでしょう。そうなれば、“ハルケギニア”の国々は疎か、“エルフ”でさえ、太刀打ちすることはできません。それだけは、なんとしても回避しなくてはならない……彼等が“虚無”の力の全てを手にするより先に、此方から攻め込んで滅びし尽くす。それこそが、“始祖”と神が私達に与えた使命なのです」

「そんなことが……」

「ない、と言い切れますか? 民の命に懸けて」

「…………」

 教皇にそう問われ、アンリエッタは口を噤まざるをえなかった。

「では、向こうの世界と交渉することはできないのですか? 仇敵であった“エルフ”とも和解できたのです。そう。それこそ、あちらの世界から来たサイト殿を、大使に立てれば良いではありませんか? 彼ならばきっと、役目を熟してくれますわ」

 ヴィットーリオは首を横に振った。

「相手が交渉に応じなければ? 我々の存在を知られてしまった時点で、敗北は必至でしょう。“ハルケギニア”の民は皆殺しにされ、為す術もなく蹂躙される。我々は貴重な先制攻撃の機会を失うことになるのです。それに、例え一時の和平がなったとしても、それが永続するとは限りません」

「ですが、聖下……」

 アンリエッタはなおも反論しようとした。民の多くが犠牲になる戦争だけは、なんとしてでも回避したいのである。だが、ヴィットーリオのどこまでも透き通った、狂気と紙一重の信仰を宿した目を見て、彼を説得しようという意志は、(この御方には、もう誰の言葉も届かないんだわ……)と敢えなく折れてしまった。

「“トリステイン王国”は、この“聖戦”から撤退しますわ」

 アンリエッタは言った。

「それを許す訳には参りません。今は“ハルケギニア”の全ての国が、一致団結すべき時なのです。さもなくば、勝てる戦も覚束きません」

「許せぬ、とはどういうことでしょう?」

 アンリエッタはヴィットーリオを睨んだ。

「“トリステイン”は、聖下の国ではありませんわ」

「その通りです。ですが、この“聖戦”を前に、“ハルケギニア”に内乱を招くとあれば、貴女の祖国は神の敵になるでしょう」

 それは、明白な脅迫であった。

 “トリステイン”は小国である。その上、度重なる戦争で大きく疲弊している。

 大国“ガリア”を手中に収めた“ロマリア”に歯向かえば、“トリステイン”という国はたちまち地図から消えることになるであろう。周辺諸国に寄って集って羽をもがれ、縊り殺された“神聖アルビオン共和国”のように……。

 アンリエッタは悔しげに唇を噛むと、声を震わせて言った、

「教皇聖下、力で人を従えることはできても、心まで従わせることはできません。私は、親友を、ルイズとシオンを信じますわ。何か目論見がおありのようですが、彼女達は、貴男の意のままには、決して成りません」

「もちろん、存じておりますよ」

 ヴィットーリオは言った。

「心を従わせることはできません。人の心にこそ、神は住んでおられるのですから」

 

 

 

 アンリエッタとの謁見の後、ヴィットーリオは1人、専用の礼拝堂に入った。

 ここで朝晩、神と“始祖”に祈りを捧げるのが、彼の日課であった。

 ヴィットーリオは、“始祖の円鏡”の前に跪くと、額に汗を流し、苦渋の表情を浮かべ、自身の罪を告白した。

「“始祖”よ。尊き神の代弁者たる“始祖”よ。我を導く偉大なる“始祖”よ。この罪深き貴男の僕を、どうかお赦しください。私は余りに多くを謀って来ました」

 ヴィットーリオが告白したのは、虚偽の罪であった。

 例え、大義のためであったとしても、その罪が赦される訳ではない。

 しかし、“ロマリア”の歴史とは、即ち虚偽の歴史の積み重ねであるといえるだろう。

 歴代の教皇達が、清廉潔白などとはほど遠い人物であったということは、“宗教庁”に秘蔵された書を紐解けば、直ぐに理解る。それどころか、“ロマリア連合皇国”の成り立ちすらも、真実ではないのである。

 初代教皇であり、ブリミルの一番弟子であった、“祖王フォルサテ”は、「“ロマリア”こそが“始祖”の没した地である」と喧伝したが、それは事実とは異なる。

 “始祖ブリミル”は、まさにこの“聖地”で、“使い魔”である“エルフ”の“ガンダールヴ”サーシャに殺されたのだから。

 だが、今ヴィットーリオが胸のうちに秘めていることは……そのような、“ロマリア”の積み重ねて来た罪全てより重いといえるだろう、“ハルケギニア”全土の民に対する裏切りといっても良いモノである。

 この“聖地”に、“風石”の暴走を止める“魔法装置”があるという話は、ある意味では本当である。それは、長きに渡り“悪魔(シャイターン)の門”の管理者であった、“エルフ”達でさえ知ることのない、“聖地”その物に関する重大な秘密である。

 ルイズの覚醒めた“虚無”の力を用いれば、差し迫った大陸の“大隆起”を止めることはできるであろう。

 しかし、それを話す訳には行かなかったのである。“始祖ブリミル”の悲願である“再征服(レコン・キスタ)”をなし遂げ、そして、全ての“マギ族”の未来を守るために。

 それは、あのジュリオにも話していないことであった。

 その秘密を聞いたところで、彼が心変わりすることはないであろう。だが、秘密を聞けば、同じように罪の意識に苦しみ苛まれてしまうことは簡単に予想できてしまう。

 “ロマリア”の孤児院で育ったジュリオは、生来、血まみれの陰謀になど向いた性格ではない。大人びて見えはするが、純粋で、傷付きやすく、真っ直ぐな心根を持つ少年なのだから。

 ヴィットーリオは、(この罪を背負うのは、私1人で十分でしょう。地獄のような戦いになるでしょうね。あの“トリステイン”女王アンリエッタ殿、そしてサイト殿とセイヴァー殿の言葉は正しい。異世界との、“地球”との“聖戦”が始まれば、“ハルケギニア”は“大隆起”以上の血が流れることになる……負けてしまう)と想った。

 それを想うと、余りの罪の大きさに、ヴィットーリオの総身が震えた。

 それでも、民を導く教皇として、“始祖”の遺した使命を果たさなくてはならない、と考えているのである。

 祈りを終えると、ヴィットーリオは、母の形見である“炎のルビー”を見詰めた。

「“始祖”よ。貴男は祈るべき神が不在であったことに、絶望していたのでしょうか?」

「そのとおりだ」

「――!?」

 突然の俺の声掛けに、ヴィットーリオは驚いた様子で振り向いた。

「驚かせてすまないな。だが、おまえの言う通り、ブリミルは、あいつは、祈るべき神がいないことに絶望していたよ」

「と、言いますと?」

「あいつは元々、才人と同じ“地球”出身だ。そして、あいつの故郷の神に、あいつ等“マギ族”は“魔法”を授けて貰った。神々の代理戦争(陣取りゲーム)の駒としてな。そして相手である“ヴァリヤーグ”の能力は、“武器”や数はかなりのモノで、苦戦を強いられ、ここ“サハラ”へ、そして“ハルケギニア”へと“ゲート”を使い逃げる他なかった」

「ええ、その話は前に聞きました」

「ああ。そうするとどうなる? あいつ等が信仰する神は“地球”にいる。ここは、あいつ等にとって異世界だ。異郷の地だ。当然、その神からのバックアップなど受けることなんてできやしない。残されたモノは“魔法”だけだ。そして、力があるだけに、それ相応の責任なども自然と生じる。故に、だからこそ、あいつは……」

「…………」

 

 

 

 

 ヴィットーリオが祈祷を終えて執務室に戻ると、扉の前で左右瞳の色の違う青年が待っていた。

 ジュリオである。彼はヴィットーリオに一礼し、報告した。

「聖下、例の“槍”の引き上げ準備ができました。海母なる“韻竜”には、少し手古摺りましたが、なんとか……“ヴィンダールヴ”の力がなければ、危なかった」

「殺してしまったのですか?」

「いえ、“聖堂騎士”隊に囲まれると、どこかへ退散して行きましたよ」

「それは良かった。あの“韻竜”は、長い間、私達に代わって、この“聖地”を守って来てくれたのですから、命を奪うのは偲びないと想っておりました」

 ヴィットーリオは安堵するように、胸を撫で下ろした。

「それで、やはり、あれは私の考えた通りのモノでしたか?」

「はい、恐らくは、そうだと想われます」

 ジュリオは声を潜めて言った。

「あれは、“始祖”の“虚無”に極近い性質を備えた“武器”。世界を形創る極小の粒に作用して、途轍もない爆発を引き起こすモノのようです。その威力は、想像することしかできませんが……“ガリア”王の使った“火石”の威力を遥かに上回るでしょう」

 それを聞いたヴィットーリオは両手で顔を覆い、苦悶の表情を浮かべた。

「おお、最も恐れていたことが起きてしまいました。“ヴァリヤーグ”は、ついに“虚無”の力を手に入れてしまったのですね」

「はい、まさかとは想いましたが……余りに早過ぎる」

 ジュリオは、顔に緊張の色を浮かべて言った。

「その“武器”は、貴男には、扱えそうですか?」

「いえ、この“神の頭脳(ミョズニトニルン)”の知識をもってしても、その余りに複雑な仕組みまでは判りませんでした。ですが、“ガンダールヴ”や彼ならば、あるいは……」

 ジュリオが言うと、ヴィットーリオは悲しげに呟いた。

「誠に罪深きことですね。私達は、そのような仇敵の“武器”を使ってでも、勝利を収めなくてはならない。この“聖戦”は、どちらかが滅亡するまで、戦い抜くしかないのですから」

「本当に、そう想いますよ」

 重い溜息を吐くジュリオに、ヴィットーリオは、先程アンリエッタに見せた拳銃を……仇敵の造り出した“武器”を手渡した。

「余り、銃は好きではないのですが」

「貴男は“メイジ”ではにあ。そのようなモノでも、身を護る役には立つでしょう」

 ジュリオは拳銃を受け取ると、外套の下に隠した。それから、窓の外に停泊する“オストラント号”の船体を見詰める。

「……あの2人は、無事に、役目、を果たしてくれるでしょうか?」

「私は、そうあってくれると信じております。彼は“愛”に殉じる男。6,000年前のサーシャの愚は犯さぬでしょう」

 ヴィットーリオは、(いえ、本当に愚かだったのは、サーシャではなく……自分の“使い魔”を“愛”してしまった、彼の方なのかもしれませんね。だが、6,000年前と同じ悲劇は、もう繰り返させない)と心の中で独り言ちた。

「“使い魔”への“愛”故に、彼女は世界にとって、正しい選択、をするでしょう」

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