ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

15 / 163
決戦前夜

 空賊を名乗る者たちに捕らえられた俺たちは、船倉に連行され閉じ込められてしまった。

 “マリー・ガラント号”の乗組員たちは、自分たちのモノだった“フネ”の曳航を手伝わされているようである。

 才人はデルフリンガーを取り上げられ、シオンとルイズ、ワルドは“杖”を取り上げられ、船倉のドアの鍵もかけられている。“武器”のない“ガンダールヴ”、“杖”のない“メイジ”は“平民”と変わらず、ただのヒトに等しい。そういった状況から、傍から見ると“手も足も出ない”といった状況だろう。

 周りには、酒樽やら穀物の詰まった袋や、火薬樽が雑然と置かれており、砲弾もまた隅の方に積まれている。

 ワルドは興味深そうに、それらを見て回っている。

 才人は、腰を下ろそうとした時に痛みを感じたのだろう、顔を顰めた。

 そんな彼の様子を目にし、ルイズが不安げかつ心配気な表情を浮かべ、彼に言葉をかける。

「……なによ。やっぱり、怪我が痛むんじゃないの」

「なんでもねえよ」

 才人は、まだ意地を張っているのだろうぶっきら棒に応える。

「なんでもないってことないでしょ。見せてごらんなさいよ」

 ルイズは彼の腕を掴むと、服を強制的に託し上げた。

「きゃ!?」

 患部である彼の左腕、その手首から肩までにかけて巨大なミミズ腫れができてしまっており、肩はピクピクと痙攣させているのである。

「酷い火傷じゃないの! どうして放っとくのよ!」

 ルイズが叫び、立ち上がってドアを叩いた。

「誰か! 誰か来て!」

 看守の男が、ムクリと立ち上がり、こちらを覗き込んで来る。

「なんだ?」

「水を! 後、“メイジ”はいないの? “水系統”の“メイジ”はいないの!? 怪我人がいるのよ! 治してちょうだい!」

「いねえよ。そんなもん」

「嘘! いるんでしょう!」

 ワルドは呆気に取られた様子で、取り乱しているルイズを見つめている。

 才人は、そんな彼女の肩を掴んだ。

「大人しくしてろ。俺たちは捕まったんだぜ」

「嫌よ! だって、あんた、怪我してるじゃないの!」

「良いって言ってんだろ!」

 才人は怒鳴った。

 彼のその剣幕に、ルイズの顔がフニャッと崩れ、彼女の瞳が涙を深く湛える。が、彼女はウッと唾を呑み込んで、涙が溢れるのを耐えた。

「な、泣くなよ」

「泣いてなんかないもん。“使い魔”の前で泣く主人なんかいないいもん」

 才人は顔を背ける。

「わかったよ」

「……あんたの前でなんか、絶対泣かないもん」

 ルイズは、壁際まで歩くと、そこにしゃがみ込み、顔を抑えてうずくまった。

 才人は、ワルドの方へと向かうと、肩を叩いた。

「慰めてやってください」

「どうして?」

「貴男は、ルイズの婚約者でしょう?」

 ワルドは頷くと、彼女の元へと向かって、肩を抱いて慰め始めた。

 才人はその場でコテッと崩れ、顔を2人から逸した。

「罰にしちゃ、痛すぎるな。あう」

 そこで、今の今まで黙っていたシオンが口を開いた。

「……セイヴァー」

「了解した」

 それだけで十分だった。

 俺は“マスター”であるシオンの言葉に首肯き、崩れ落ちている才人へと近付き、彼の左腕へと軽く触れる。そうして、自身の“魔力”を使い、“治療魔術”を使用し、施す。

「これは……!?」

「え!?」

 すると、彼の左腕のミミズ腫れは時間を逆再生にでもしているかのようにして治って行く。

 それを目の当たりにした、才人とルイズは驚きの声を上げ、ワルドはやはり彼らに気付かれない程度の警戒心などを向けて来る。

「ここにいる皆だけの秘密で頼む……」

 俺の言葉に、首肯く才人とルイズ。そして、ワルドも続いて小さく首肯いた。

 “自分の魔術刻印の機能を用いて術者本人にかける強制の呪いは、如何なる手段用いても解除不可能な呪術契約”、そんな“自己強制証明(セルフギアス・スクロール)”の下位互換であるモノを使用する必要もないだろう。

 才人の傷を治療したその時、扉が開いた。

 太った男が、スープの入った皿を人数分持ってやって来た。

「飯だ」

 扉の近くにいた才人が、受け取ろうとするが、男はその皿をヒョイと持ち上げた。

「質問に答えてからだ」

「言ってごらんなさい」

 目を真っ赤にしたルイズが、泣きやみ立ち上がる。

「お前たち、“アルビオン”になんの用だ?」

「旅行よ」

 ルイズは、腰に手を当てて、毅然とした声で答えた。

「“トリステイン貴族”が、今時の“アルビオン”に旅行? いったいなにを見物するつもりだい?」

「そんなこと、貴男に言う必要はないわ」

「怖くて泣いてたくせに、随分と強がるじゃねえか」

 ルイズは顔を背けた。

 空賊(?)は笑うと、皿と水の入ったコップを寄越した。

 才人はそれをルイズの元へ持って行った。

「ほら」

「あんな連中の寄越したスープなんか飲めないわ」

 ルイズはそう言ってそっぽを向いた。

「食べないと、身体が保たないぞ」

 ワルドがそう言うと、ルイズは渋々といった様子を見せながらも、スープの皿を手に取った。

 4人は5つの皿から、同じスープを飲んだ。飲んでしまうと、することがなくなってしまう。

 ワルドは壁に背を付けて、なにやら物思いに耽っている様子だ。

 才人はキョロキョロと辺りを見回し、火薬の樽を見つめる。

「こんなとこで油売ってて良いのかよ? 脱出すんぞ」

「え?」

 ルイズは怪訝そうに、才人のすることを見ている。

 彼は火薬の樽を開けると、皿を使ってザラッと火薬を掬った。

 ワルドがポツリと呟いた。

「どこに脱出するつもりだね? ここは空の上だよ」

 才人は、ドスンと座り込んだ。

「でも、黙って座ってるだけじゃあ……セイヴァー、なにか案はないか?」

「ふむ、そうだな……いや、その必要はなさそうだ」

 その時、再びドアがバチンと開き、今度は、空賊の格好をした痩せすぎた男が現れた。

 男は、ジロリと俺たちを見回すと、楽しそうに言った。

「お前ら、もしかして“アルビオン”の“貴族派”かい?」

 ルイズたちは答えない。もちろん、俺も答えず口を噤む。

「おいおい、だんまりじゃわからねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺たちは、“貴族派”の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。“王党派”の味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」

「じゃあ、この“フネ”はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」

「いやいや、俺たちは雇われている訳じゃあねえ。あくまで対等な関係で協力し合ってるのさ。まあ、お前らには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? “貴族派”なのか? そうだったら、キチンと港まで送ってやるよ」

 ここでルイズたちが「自分たちは“貴族派”だ」と答えることで、何事もなく丸くことが収まるかもしれない。

 だが当然そんなことはせず、ルイズは首を縦に振らず、真っ向からその空賊(?)を見据えた。

「誰が薄汚い“アルビオン”の反乱軍なモノですか。馬鹿言っちゃいけないわ。わたしは“王党派”への遣いよ。まだ、あんたたちが勝った訳じゃないんだから、“アルビオン”は王国だし、正統となる政府は、“アルビオン”の“王室”ね。わたし達は“トリステイン”を代表してそこに向かう“貴族”なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」

 そんなルイズの言葉に、シオンは笑顔を見せる。

 才人は口をあんぐりと開けて、呟いた。

「お前、馬鹿か?」

「誰が馬鹿なのよ? 馬鹿はあんたでしょー! 怪我をそんなになるまで放っといて!」

 ルイズは才人の方へとキッと向いて、怒鳴った。

「あのなあ! 真っ正直なのは良いけど、時と場合を選べよ!」

「うるさいわね! あんたは黙ってわたしの言うことに従ってれば良いのよ!」

 そんな様子を見て、賊の格好をした痩せすぎた男は笑った。

「正直なのは確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」

「あんたたちに嘘を吐いて頭を下げるくらいなら、死んた方がマシよ」

 ルイズはそう言い切ってみせた。

「俺も?」

 才人は呆れた声で言った。

「あんたはわたしの“使い魔”でしょ。こうなったら、覚悟しなさいよね」

「頭に報告して来る。その間にユックリ考えるんだな」

 空賊の格好をした痩せすぎた男はそう言って去って行く。

 空賊の格好をした痩せすぎた男が立ち去るのと同時に、ルイズは毅然として言った。

「最後の最後まで、わたしは諦めないわ。地面に叩き付けられる瞬間まで、ロープが伸びると信じるわ」

「……それなら、嘘くらい吐けよ」

「それとこれは別。嘘なんか吐けるもんですか。あんな連中に! 」

 才人は呆れて、溜息を吐いた。

「……ごめんなさい、シオン、セイヴァー、ワルド。勝手に決めちゃって」

 だが直ぐにルイズは、しゅんと項垂れて謝った。

 ワルドが彼女へと寄り、肩を叩いた。

「良いぞルイズ。流石は僕の花嫁だ」

 才人は憮然とし、ルイズは複雑な表情を浮かべて俯いた。

 だがそこで、シオンは怪訝な表情を一瞬だけだがワルドへと向けた。

 再び扉が開き、先程の空賊の格好をした痩せすぎた男が顔を覗かせた。

「頭がお呼びだ」

 

 

 

 狭い通路を通り、細い階段を登り、俺たちが連れて行かれた先は、立派な部屋であった。後甲板の上に設けられたそこが、頭と呼ばれた空賊船(?)の船長室らしい。

 ガチャリと扉を開けると、豪華なディナーテーブルがまず視界に入り、1番上座に先ほどの派手な格好をした空賊(?)の男が腰かけている。

 彼は“メイジ”なのだろう、大きな水晶の付いた“杖”を弄っている。

 彼の周りでは、ガラの悪い格好をした男たちがニヤニヤとした笑みをわざわざ浮かべて、入室して来た俺たちを見つめて来ている。

「おい。お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」

 しかし、ルイズはキッと頭と呼ばれた男を睨むばかりであり、彼はニヤッと笑った。

「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」

「大使としての扱いを要求するわ」

 ルイズは、空賊の頭を名乗る男の言葉を無視して、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「そうじゃなかったら、一言だってあんたたちになんか口を利くもんですか」

 しかし、空賊の頭を名乗る男はルイズの言葉をまったく無視して、言った。

「“王党派”と言ったな?」

「ええ、言ったわ」

「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」

「あんたたちに言うことじゃないわ」

 空賊の頭を名乗る男は、歌うかのように楽しげな声で、ルイズに言った。

「“貴族派”に着く気はないかね? あいつらは、“メイジ”を欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

「死んでも嫌よ」

 ルイズは震えながらも毅然と胸を張り、空賊の頭を名乗る男を真っ直ぐに見つめて答えた。

 今の彼女は、心の中に大事なモノを抱え、それを打ち壊そうとする存在と戦っているのである。

「もう1度言う。“貴族派”に着く気はないかね?」

 ルイズはキッと顔を上げ、腕を腰に当て、胸を張った。

 口を開こうとしたルイズよりも先に、才人が後を引き取った。

「つかねえって言ってんだろ」

「貴様はなんだ?」

 空賊の頭を名乗る男はジロリと、人を射竦めるのに慣れた眼光をもって彼を睨む。

 だがそれでも、才人もまたルイズと同様に空賊の頭を名乗る男を睨み付けてみせた。

「“使い魔”さ」

「“使い魔”?」

「で、君たちは?」

 空賊の頭を名乗る男は、ワルド、そしてシオンへと確認の言葉を投げかける。

「彼女と同じです。私は“貴族派”には着きません」

 空賊の頭を名乗る男は、次いで俺へと確認の為の質問をして来る。

「“マスター”が拒否したのだ。私も拒否させて貰おう」

「“マスター”?」

「そうだ。彼女は私の“マスター”だ。今の俺、この身は彼女の“サーヴァント”であり、“使い魔”だからな」

 空賊の頭を名乗る男は大声で笑った。

「“トリステイン”の“貴族”は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らず共より、何百倍もマシだがね」

 空賊の頭を名乗る男はそう言って、ワッハッハと笑いながら立ち上がった。次いで、シオンも連られたかのようにクスリと笑った。

 才人とルイズ、ワルドの3人は、彼の豹変ぶりとシオンの笑みに戸惑い顔を見合わせる。

「失礼した。“貴族”に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」

 周りに控えた空賊の格好をした男たちが、ニヤニヤ笑いを収め、一斉に直立した。

 空賊の頭を名乗る男は、鬘だろう縮れた黒髪を剥いだ。そして、眼帯を取り外し、作り物である髭をビリッと剥がす。

 そこに現れたのは、凛々しい金髪の若者だ。

「私は“アルビオン王立軍大将”、“本国艦隊司令長官”……本国艦隊と言っても、既に本艦“イーグル号”しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書よりこっちの方が通りが良いだろう」

 彼は居住まいを正し、威風堂々、名乗った。

「“アルビオン”王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 その自己紹介を受けて、ルイズは口をあんぐりと開け、才人もボケッとした様子で彼を見つめ、ワルドは興味深そうに彼を見つめた。

 ウェールズ・テューダー(以降ウェールズと呼称)は、ニッコリと魅力的な笑みを浮かべると、俺たちに席を勧める。

「“アルビオン王国”にようこそ、大使殿。さて、御用の向きを伺おうか」

 が、ルイズたちは余りの驚愕などからだろう、口を利けない様子を見せている。

「では私から……どうして空賊に身を窶していたのですか?」

「そうだね。金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を断つのは戦の基本。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっと言う間に反乱軍の“フネ”に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、致仕方ない」

 シオンからの質問に、ウェールズは悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。

「いや、大使殿には、誠に失礼を致した。しかしながら、君たちが“王党派”ということが、中々信じられなくてね。シオンがいるからもしかすると、とは考えたけど……外国に我々の味方の“貴族”がいるなどとは、夢にも想わなかったんだ。君たちを試すような真似をしてすまない」

「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

 ワルドが、逸早く平静さを取り戻し、優雅に頭を下げて言った。

「ふむ、姫殿下とな。君は?」

「“トリステイン王国魔法衛士隊”、“グリフォン隊”隊長、ワルド子爵」

 それからワルドは、俺たちを紹介しようとする。

「そしてこちらが姫殿下より大使の大任を仰せ仕ったラ・ヴァリエール穣とその“使い魔”の少年、そして――」

「――ああ、必要はないよ」

 ワルドの言葉を遮り、ウェールズはシオンへと目を向ける。その目はとても優しいモノであり、親密さなどすら感じさせるモノであった。

「久し振りだね、シオン」

「はい。お久し振りです、お兄さま」

 その2人の言葉に、ルイズと才人、ワルドは驚き、あまりの驚愕からか絶句する。

「あ、貴女、今……」

「うん、黙っててごめんね、ルイズ」

 ルイズに謝罪するシオン。

「では改めて、自己紹介を。私の名前は、シオン・アフェット・エルディ・アルビオン、と言います」

 ウェールズ、彼の配下だろう男たち、そして俺を除いた皆――3人は言葉に詰まっている。

 ウェールズの血縁者。彼の言葉とシオン自身の言葉からして、彼女は妹だということがわかる。すなわち、彼女は“王族”だということである。

 ルイズは、アンリエッタ同様にシオンと幼馴染のようにして育って来たのだが、この事実――“アルビオン”の“王族”であるということを知らされていなかったようである。

 そして、3人はシオンへと態度を改めようと慌てふためく。

「普段通りでお願いね。アンもそう言ってたでしょ?」

 そんなシオンの言葉に、ルイズ、そして才人は首肯き、ワルドもまた首肯く。

「にしても、なるほど! 君たちのように立派な“貴族”が、私の親衛隊にあと10人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに!」

「お兄さま、いったい何が?」

「その話は後にしよう。して、件の密書は?」

 ウェールズの言葉に、ルイズが慌てて胸のポケットからアンリエッタから預かっている手紙を取り出した。

 彼女は恭しく彼に近付いたが、途中で立ち止まる。それから、少しばかりためらうように、口を開いた。

「あ、あの……」

「なんだね?」

「その、失礼ですが、ホントに皇太子さま?」

 最終確認。念のためといったところだろう。ルイズが質問をする。

 それに対し、ウェールズとシオンは笑い、彼は応えた。

「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズ・テューダーだよ、正真正銘の皇太子さ。なんなら、シオンの証言以外の証拠をお見せしよう」

 彼は、ルイズの指で光っている“水のルビー”を確認して言った。

 ウェールズは自身の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、“水のルビー”に近付けた。

 そして、2つの指輪にある宝石は共鳴し合い、虹色の光を振り撒く。

「この指輪は、“アルビオン王家”に伝わる、“風のルビー”だ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、“水のルビー”だ。そうだね?」

 その彼の言葉に、ルイズは首肯く。

「水と風は、虹を作る。“王家”の間にかかる虹さ」

「大変、失礼をばいたしました」

 ルイズは一礼をして、手紙を彼へと手渡す。

 ウェールズは、“愛”おしそうにその手紙を見つめると、花押に接吻する。そして、それから慎重に封を開き、中の便箋を取り出し、読み始めた。

 彼は真剣な顔で、手紙を読んでいたが、その間に顔を上げた。

「姫は結婚するのか? あの、“愛”らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」

 シオンとワルド子爵は無言で頭を下げ、肯定の意を表した。

 再び、ウェールズは手紙へと視線を落とし、最後の一行まで読むと、微笑んだ。

「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、妹であるシオンと同じくらいに大切な姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 その彼の言葉に、ルイズの顔が輝いた。

「しかしながら、今、手元にはない。“ニューカッスルの城”にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて来る訳にはいかぬのでね」

 ウェールズは笑って言った。

「多少、面倒だが、“ニューカッスルの城”まで足労願いたい」

 笑顔を見せてそう言うウェールズだが、対するシオンは親愛なる兄に再逢することができたというのに、浮かない表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちを乗せた軍艦――“イーグル号”は、“浮遊大陸アルビオン”のジグザグした海岸線を、雲に隠れるようにして航海しており、3時間ばかり進むと、大陸から突き出た岬が見えた。

 岬の突端には、高い城が聳えているのが見える。

 ウェールズは、後甲板に立っている才人とルイズ、ワルドに、「あれが“ニューカッスルの城”だ」と説明をした。

 しかし、“ニューカッスル”は真っ直ぐにそこへと向かわずに、大陸の下側に潜り込むように進路を取る。

「なぜ、下に潜るのですか?」

 才人の質問に対し、ウェールズは城の遥か上空を指さす。

 遠く離れた岬の突端の上から、巨大な“フネ”が、降下して来る途中であった。慎重に雲中を航海して来たこともあって、向こうからは“イーグル号”は雲に隠れて見えないようである、

「叛徒どもの、艦だ」

 禍々しさを感じさせる巨艦であり、長さが恐らく“イーグル号”の優に2倍ほどはあるだろうか。帆を何枚もはためかせ、ユルユルと降下したかと想うと、“ニューカッスルの城”目掛けて並んだ砲門を一斉に開き、ドコドコドッコーン、と斉射する。

 その震動が、“イーグル号”まで伝わって来た。

 砲弾は城に直弾し、城壁を砕き、小さな火炎を発生させる。

「“ロイヤル・ソヴリン号”……」

「そう。あれはかつての“本国艦隊旗艦”、“ロイヤル・ソヴリン号”だ。叛徒どもが手中に収めてからは、“レキシントン”と名前を変えている。奴らが初めて我々から勝利を捥ぎ取った戦地の名だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 シオンの口から零れ出た名称を、微笑を浮かべながら肯定して説明をするウェールズ。

「あの忌々しい艦は、空から“ニューカッスル”を封鎖しているんだ。あのようして、偶に嫌がらせのように城に大砲を撃っ放して行くんだよ」

 結構な数の大砲が舷側から突き出て、艦上には“竜”――“ワイバーン”が舞っているのが、雲の切れ間から見える。

「備砲は両舷合わせ、108門。おまけに“竜騎兵”まで積んでいる。あの艦の反乱から、全てが始まった。因縁のある艦さ。さて、我々の“フネ”はあんな化け物を相手にできる訳もないので、雲中を通り、大陸の下から“ニューカッスルの城”に近付く。そこに我々しか知らない秘密の港があるのさ」

 

 

 

 雲中を通り、大陸の下に出ると、陽の光が遮られたことで辺りは真っ暗になった。

 ウェールズは配下である男たちに指示を出す片手間、「雲の中ということもあり、視界はゼロに等しく、簡単に頭上の大陸に座礁してしまう危険性があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には決して近付かないのだ」と簡単な説明をしてくれる。

 ヒンヤリとした、湿気を含んだ冷たい空気が、俺たちの頬をなぞる。

「地形図を頼りに、測量と“魔法”の灯りだけで航海することは、“王立空軍”の航海士にとっては、なに、造作もないことなんだが……“貴族派”、あいつらは、しょせん、空を知らぬ無粋者さ」

 ウェールズは、笑いながらそう言った。

 しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。マストに灯した“魔法”の灯りの中、直径300“メイル”ほどだろう穴が、ポッカリと空いているといった、壮観と言えるだろう光景がそこにはあった。

「一時停止」

「一時停止、アイ・サー」

 掌帆手が命令を復唱する。

 その後、ウェールズの命令で、“イーグル号”は裏帆を打ち、暗闇の中でもキビキビとした動作を失わない水兵たちによって帆を畳み、ピタリと穴の真下で停船した。

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 ユルユルと、“イーグル号”は穴に向かって上昇して行き、“イーグル号”の航海士が乗り込んだ“マリー・ガラント号”が後に続く。

「まるで空賊ですな。殿下」

「まさに空賊なのだよ。子爵」

 ワルドが、そんな船員たちの手腕を前に首肯き、ウェールズは笑って返した。

 

 

 

 穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこへと吸い込まれるかのように、“イーグル号”と“マリー・ガラント号”は昇って行く。

 眩い光の先に晒され、“フネ”は“ニューカッスル”の秘密の港に到着した。

 そこは、真っ白い発行性の苔に覆われた、巨大な鍾乳の中であった。岸壁の上に、大勢の人が待ち構えているのが見える。

 “イーグル号”が鍾乳洞の岸壁に近付くと、一斉に催合の縄が飛んだ。水兵たちは、その縄を“イーグル号”に結わえ付ける。“フネ”は岸壁に引き寄せられ、車輪の付いた木のタラップがゴロゴロと近付いて来て、“フネ”にピッタリと取り付けられた。

 ウェールズは、俺たちを促し、タラップを降りる。

 背の高い、年老いた“メイジ”が近寄って来て、彼の労を労った。

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

 老“メイジ”は、“イーグル号”に続いて鍾乳洞の中に現れた“マリー・ガラント号”を見て、顔を綻ばせた。

「喜べ、バリー。硫黄だ、硫黄!」

 ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵隊たちが、ウオォーッと歓声を上げた。

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬では御座らぬか! これで我々の名誉も、守られるというモノですな!」

 老“メイジ”は、おいおいと泣き始めた。

「先の陛下より御支えして60年……こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば……」

 ニッコリとウェールズは笑った。

「“王家”の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒どもは“明日の正午に、攻城を開始す”との旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って、良かったですわい」

「して見ると間一髪とはまさにこの事! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 ウェールズたちは、心底楽しそうに笑い合っている。

 シオンとルイズは、やはり敗北という言葉に一瞬だけではあるが顔色を変えた。

「して、その方たちは?」

 バリーと呼ばれた老“メイジ”が、俺たちを見て、ウェールズに尋ねる。

「“トリステイン”からの大使殿だ。重要な用件で、“王国”に参られたのだ。そして……」

 バリーは一瞬、「滅び行く“王政府”に大使が一体なんの用なのだ?」といった顔付きになるが、ウェールズが指した先にいる少女を目にし、口をパクパクとさせた。

「ひ、姫殿下……」

「久し振りだね、バリー」

 シオンを目にして顔色を変えるバリー。周りにいる兵士たちもまた、彼女を見て驚きと喜びに大きな歓声を上げた。

「お、お久し振りです」

 言葉にならないといった様子を見せるバリー。

 だが、大使として彼女、そして俺たちを迎えるために、彼は気持ちを切り替え、改めて微笑んだ。

「大使殿、殿下の侍従を仰せ仕っておりまする、バリーでございます。遠路遥々ようこそこの“アルビオン王国”へ入らっしゃった。大したもてなしはできませぬが、今夜は細やかな祝宴が催されます。是非とも出席くださいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは、ウェールズに付き従うように、城内にある彼の居室へと向かった。城の1番高い天守の一角にあるウェールズ・テューダーの居室は、王子の部屋とは思えない、質素な部屋であった。

「お兄さま……」

「すまないね、シオン。お前の部屋もまたここと同様に質素なモノになっているだろう」

「仕方ありませんわ。状況が状況ですもの」

 ウェールズは椅子に腰かけると、机の引き出しを開いた。そこには宝石が鏤められた小箱が入っている。

 彼は首からネックレスを外し、その先に付いている鍵を、小箱の鍵穴へと挿し込み、箱を開けた。

 蓋の内側には、アンリエッタ姫殿下の肖像が描かれている。

 ルイズたちがその箱を覗き込んでいることに気付いたウェールズは、はにかんで言った。

「宝箱でね」

 中には1通の、手紙が入っていた。それは、もしかしなくとも、王女からの手紙だろう。

 ウェールズはそれを取り出し、“愛”おしそうに口吻をした後、開いてユックリと読み始めた。

 何度もそうやって読まれたらしい手紙は、既にボロボロだと言える状態だ。

 読み返すと、ウェールズは再びそれを丁寧に折り畳み、封筒に入れ直すと、ルイズへと手渡す。

「これが姫から頂いた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます」

 ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

「明日の朝、非戦闘員を乗せた“イーグル号”が、ここを出港する。それに乗って、“トリステイン”に帰りなさい」

「お兄さま……」

「シオン、お前もだ。彼女たちと一緒に“トリステイン”に行きなさい」

「…………」

 ルイズは、その手紙をジッと見詰めていたが、そのうちに決心したように口を開く。

「あの、殿下……先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 ルイズはためらうように問うた。

 対して、ウェールズは至極アッサリと答える。

「ないよ。我が軍は300、敵軍は50,000。万に1つの可能性もありえない。我々にできることは、果てさて、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」

 そんな彼の言葉に、シオンは息を呑んだ。理解はしていても、やはり辛いだろう。

「殿下の、討ち死になる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 傍でやりとりを見ている才人は溜息を吐く。

 そして、シオンは身体を震わせ始めた。

 ルイズは、深々と頭を垂れ、ウェールズへと一礼をし。口を開く。

「殿下……失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

「なんなりと、申してみよ」

「この、只今お預かりした手紙の内容、これは……」

「ルイズ」

 才人がたしなめる。が、彼女は、キッと顔を上げ、ウェールズへと尋ねる。

「この任務をわたし達に仰せ付けられた際の姫さまの御様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫さまの肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げな御顔といい、もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」

 ウェールズは、ルイズが言いたいことを察し、微笑んだ。

「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 ルイズは首肯く。

「そう想像いたしました。とんだ御無礼を、御赦しください。して見ると、この手紙の内容とやらは……」

 ウェールズは、額に手を当て、言おうか言うまいか少し悩んだ仕草をした後、口を開いた。

「恋文だよ。君が想像している通りのモノさ。確かにアンリエッタが手紙で報せたように、この恋文が“ゲルマニア”の皇室に渡っては、不味いことになる。なにせ、彼女は“始祖ブリミル”の名に於いて、“ラグドリアン”で永久の“愛”を私に誓ってくれたのだからね。知っての通り、“始祖ブリミル”に誓う“愛”は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日の下に晒されたならば、彼女は重婚の罪を犯すことになってしまうであろう。そうなれば、なるほど同盟相ならず、“トリステイン”は一国にて、あの恐るべき“貴族派”に立ち向かわねばなるまい」

「とにかく、姫さまは、殿下と恋仲であらせられたのですね?」

「昔の話だ」

 ルイズは、熱っぽい口調で、ウェールズに言った。

「殿下、亡命なされませ! “トリステイン”に亡命なされませ!」

 ワルドが寄って来て、スッと彼女の肩に手を置いた。

「ルイズ、それは……」

 ワルドに続き、シオンもまたルイズを止めようと口を開く。

 が、ルイズの剣幕は治まらない。

「お願いでございます! わたし達と共に、シオンと共に“トリステイン”に入らしてくださいませ!」

「それはできんよ」

 ウェールズは笑いながら言った。

「殿下、これはわたしの願いでは御座いませぬ! 姫さまと、そしてシオンの願いで御座います! 姫さまの手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたしは幼き頃、恐れ多くも姫さまとシオンのお遊び相手を務めさせていただきました! 姫さまとシオンの気性は大変良く存じております! あの姫さまが御自分の“愛”した人を見捨てる訳が御座いません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫さまは、多分手紙の末尾で貴男に亡命を御勧めになっているはずですわ!」

 ウェールズ・テューダーは首を横に振った。

「そのようなことは、一行も書かれていない」

「殿下!」

 ルイズはウェールズに詰め寄った。

「私は“王族”だ。嘘は吐かぬ。姫と、私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 ウェールズ・テューダーは苦しそうに言った。

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させる訳がない」

「でも、それでも、それであるなら、シオンは」

「私は、大丈夫だよ。ありがとう、ルイズ」

 ルイズの、心からウェールズを慮っての言葉に、シオンは涙を流すことなく口にし、彼女を宥める。だが、シオンの声と身体は確かに震えており、その心情は簡単に見て取れる。

 ルイズは、ウェールズ・テューダーとシオンの意志が果てしなく硬いモノを見て取ったのだろう、口を閉じた。この場で、1番止めに入りたいであろうシオンからの言葉を受けたのだから。

 ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしている。そして、臣下の者に、アンリエッタが情に流された女と思われることを避けようとしているのである。

 ウェールズは、ルイズの方を向いた。

「君は、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、好い目をしている」

 ルイズは、寂しそうに俯いた。

「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ、しっかりしなさい」

 ウェールズは微笑んで言った。

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るモノが他にないのだから」

 それから、ウェールズは机の上に置かれた時計だろうモノ――水が張られた盆の上に載った、針を見つめた。

「そろそろ、パーティの時間だ。君たちは、我らが“王国”が迎える最後の客だ。是非とも出席して欲しい」

 俺たちは部屋の外へと出る。が、ワルドは居残って、ウェールズに一礼をした。

「まだ、なにか御用がおありかな? 子爵殿」

「恐れながら、殿下にお願いした議がございます」

「なんなりと伺おう」

 ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせ、それを聞いたウェールズはニッコリと笑みを浮かべた。

「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」

 

 

 

 パーティは、城のホールで行われた。

 簡易の玉座が置かれ、その玉座には“アルビオン”の王、年老いたジェームズ1世が腰かけ、集まった“貴族”や臣下を目を細めて見守っている。

 明日で自分たちは滅びるというのにも関わらず、随分と華やかなパーティだと言えるだろう。いや、これはまさに“最後の晩餐”とでも言えるかもしれない。“王党派”の“貴族”たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のために取って置かれていいたのだろう様々なご馳走が並んでいる。

 才人たちは会場の隅に立ってパーティを見詰め、シオンと俺の2人は真ん中にいた。

 シオンの姿を目にし、この“最後の晩餐”に来るとは思わなかったのだろう驚く会場の王と“貴族”たち。

 彼女は、まだ残ってあった――残してもらっていたドレスを着用に及び、優雅に上品に振る舞い、皆へと挨拶をしている。俺は、そんな彼女の後ろにボディガードであるかのようにして控える。いや、“使い魔”であり、“サーヴァント”であることからも、ボディガード以上の存在なのだが。

 ウェールズ・テューダーが現れると、貴婦人たちの間から、歓声が飛んだ。

 彼は玉座に近付くと、父王に耳打ちした。

 ジェームズ1世は、スックと立ち上がろうとするのだが、かなりの年であることもあって、よろけて倒れそうになった。

 そこへ、ホールのあちこちから、屈託のない失笑が漏れる。

「陛下! お斃れになるのはまだ早いですぞ!」

「そうですとも! せめて明日までは、お立ちになって貰わねば我々が困る!」

 ジェームズ1世は、そんな軽口に気分を害した風もなく、ニカッと人懐こい笑みを浮かべた。

「あいや各々方。座っていてちと、足が痺れただけじゃ」

 ウェールズが、父王に寄り添うようにして立ち、その身体を支える。

 陛下がコホンと軽く咳をすると、ホールの“貴族”や貴婦人たちが、そしてシオンもまた一斉に直立をする。

「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、この“ニューカッスルの城”に立て籠もった我ら王軍に反乱軍“レコン・キスタ”の総攻撃が行われる。この無能な王に、諸君らはよく従い、良く戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。朕は忠勇な諸君らが、傷付き、斃れるのを見るに偲びない」

 老いたる王は、ゴホゴホと咳をすると、再び言葉を続けた。

「従って、朕は諸君等に暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。明日の朝、“巡洋艦イーグル号”が、女子供を乗せてここから離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしき大陸を離れるが良い」

 しかし、誰も返事をしない、

 1人の“貴族”が、大声で王に告げた。

「陛下! 我らはただ1つの命令をお待ちしております! “全軍前へ!  全軍前へ!  全軍前へ!”。今宵、旨い酒の所為で、いささか耳が遠くなっております! 果て、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」

 その勇ましい言葉に、集まった“貴族”たち、貴婦人たち全員が首肯いた。

「おやおや! 今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?」

「耄碌するには早いですぞ! 陛下!」

 老王は、目頭を拭い、「馬鹿者どもめ……」と短く呟くと、“杖”を掲げた。

「良かろう! しからば、この王に続くが良い! さて、諸君! 今宵は佳き日である! 重なりし月は、“始祖”からの祝福の調べである! 良く、呑み、食べ、踊り、愉しもうではないか!」

 辺りは喧騒に包まれた。

「姫さま! 大使殿! このワインを試されなされ! 御国のモノより上等と思いますぞ!」

「なに! いかん! そのようなモノをお出ししたのでは、“アルビオン”の恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鶏を食してごらんなさい! 美味くて、頬が落ちますぞ!」

 こんな時にやって来た“トリステイン”からの客が珍しいために、“王党派”の“貴族”たちが、代わる代わるにルイズたちやシオンの元へと向かって来る。彼ら彼女らは、悲嘆に暮れたようなことは一切言わず、皆に明るく料理を勧め、酒を勧め、冗談を言うのだ。そして、最後に「“アルビオン”万歳!」と怒鳴って去って行く。

 だが、死を前にしてなお明るく振る舞う人たちを前に、悲しみなどを感じたのだろうルイズは、頭を振り、外に出て行ってしまった。

 才人は、ワルドへと視線を向け、ワルドはそれを受けて首肯き、ルイズの後を追いかけた。才人はそれを寂しそうに見つめ、溜息を吐いて、床に蹲った。

 シオンと俺は、老王であり、彼女の親であるジェームズ1世の方へと向かう。

 ジェームズ1世は近付くこちらに気付いたのだろう、ゆっくりと俺たちに振り向いた。

「御帰りなさい、シオン」

「只今戻りました、お父さま」

 親子の再会の挨拶をし、少しばかり沈黙があった。

 先に口を開いたのは、ジェームズ1世だった。

「死ぬ前にお前と逢う事ができるとはな……だが、すまないね。帰って来たばかりだというのに、直ぐに、また“トリステイン”へ」

「わかって、おります」

 シオンの声と身体は震えている。その小さな身体に重すぎる現実。だが、彼女はしっかりとそれを受け止めているのである。

 本来であれば、いや、“地球”の同年代の子供たちのほとんどが親に甘えているだろう年齢であるにも関わらず、“王族”などに生まれたというだけで、それを甘受することができず、縛られ生きる。それ相応の権力や権利などがありはするだろうが、不自由さの方が多いかもしれないなどと思ってしまうのは、もしかすると――。

 ジェームズ1世は目を細める。

「シオン、隣の彼を紹介してくれないか?」

「はい、私の“使い魔”のセイヴァーです」

「セイヴァーと申します」

「“使い魔”か……ヒトが“使い魔”というのもまた珍しい。娘が世話になっている」

「いえ」

 ジェームズ1世の言葉に、俺は短く返答する。

 そんな彼だが、ヒトが“使い魔”になっていることに驚きは感じてはいるだろうが、それほど表情には出ていない。

「ヒトが“使い魔”になることもあるとはのう……逆に考えると、これは佳い事かも知れん。他の“使い魔”とは違い、人語を話し、コミュニケーションを取る事が出来るんじゃから」

 ジェームズの瞳はまっすぐに俺を見据えてきている。

 総てを見て知ることができる眼を持っている俺ではあるが、今この時だけは逆に俺の総てを見抜かれてしまっているのではと感じてしまった。

 ジェームズ1世はそう言って、何かを考えた後、シオンと俺とへと優しい眼差しを向けた。

「お父さま……」

「留学させて正解じゃったか……心遺りがあるとすれば、孫の顔が見れない事かのう」

 そう口にするジェームズ1世の顔はとても優しいモノであり、まるで戦争など起きてはおらず、今日この日をはじめ明日も明後日も平和な日であるかのような錯覚を与えて来る。

「…………」

 シオンはチラリと俺の方へと視線を向けて来る。が、直ぐに父親であるジェームズ1世へと戻した。

 おそらく、俺に何かを頼もうとしたのだろう。だが、彼女はそれを堪えた。

「娘を、よろしく頼む。“使い魔”殿」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラ・ヴァリエール嬢の“使い魔”の少年だね。しかし、ヒトが“使い魔”とは珍しい。“トリステイン”は変わった国だな」

 少しばかり離れた場所――部屋の隅の方で、蹲る才人へとウェールズが近付き、シオンの“使い魔”のことも思い出し、笑いながら話しかけた。

「“トリステイン”でも珍しいですよ」

 才人は疲れた声でそう返した。

「気分でも悪いのかな?」

 心配そうに、ウェールズは才人の顔を覗き込む。

 才人は立ち上がると、ウェールズに尋ねた。

「失礼ですけど……その、怖くないんですか?」

「怖い?」

 ウェールズはキョトンとした顔をして、才人を見詰めた。

「死ぬのが、怖くないんですか?」

 才人がそう言うと、ウェールズは笑った

「案じてくれてるのか! 私たちを! 君は優しい少年だな」

「いや、だって、俺だったら怖いです。明日、死ななくちゃならない戦いに出かける前の日に、そんな風に笑えるなんて思えません」

「そりゃあ、怖いさ。死ぬのが怖くない人間なんている訳がない。“王族”も、“貴族”も、“平民”もそれは同じだろう」

「じゃあ、どうして?」

「守るべきモノがあるからだ。守るべきモノの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるんだ」

「なにを守るんですか? 名誉? 誇り? そんなモノのために死ぬなんて馬鹿げてる」

 才人は語気を強めて言った。

 対して、ウェールズは遠くを見るような目をして語り始めた。

「我々の敵である“貴族派”、“レコン・キスタ”は、“ハルケギニア”を統一しようとしている。“聖地”を取り戻すという、理想を掲げてな。理想を掲げるのは良い。しかし、あやつらはそのため流されるであろう民草の血のことを考えぬ。荒廃するであろう、国土のことを考えぬ」

「でももう、既に勝ち目はないんでしょう? だったら、生き残ったって、良いじゃないですか。勝ち目があるなら、話は別ですけど……」

「いや、我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を“貴族派”に見せ付け、“ハルケギニア”の“王家”たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。奴らがそれで統一と“聖地の回復”などと言う野望を捨てると思えぬが、それでも我らは勇気を示さなければならぬ」

「どうしてですか?」

 才人には、現代“地球”の“日本”で育って来た者には、この状況に於いて“どうして、そこまでして、勇気などを示す必要があるのか”などを理解することは難しいだろう。

 ウェールズは、毅然として言い放った

「なぜか? 簡単だ。それは我らの義務なのだよ。“王家”に生まれた者の義務なのだ。内憂を払えなかった“王家”に、最後に課せられた義務なのだ」

「“トリステイン”のお姫さまは、貴男を“愛”しているんですよ。手紙にだって、亡命してって書いてあったでしょう?」

 才人がそう言うと、ウェールズは何かを思い出すように、微笑んで言った。

「“愛するがゆえに、知らぬふりをせねばならぬ時がある。愛するがゆえに、身を引かねばならぬ時がある”。私が“トリステイン”へ亡命したならば、“貴族派”が攻め入る格好の口実を与えるだけだ」

「それじゃあ、シオンは? 彼女も“王族”なんでしょう?」

「あの娘には、無責任なことかもしれないけど、“アルビオン”の復興を託すつもりだ。シオンにも、その覚悟はあるだろう」

「でも、でも……」

 才人は口籠った。

 ウェールズの決意は硬く、何があろうとここで死ぬつもりのようである。

 ウェールズは、才人の肩を掴んで、真っ直ぐに見つめた。

「先ほど言ったことは、アンリエッタとシオンには告げないでくれたまえ。要らぬ心労は、美貌を害するからな。彼女は可憐な華のようだ。君もそう思うだろう?」

 才人は首肯いた。

 ウェールズは目を瞑って言った。

「ただ、こう伝えてくれたまえ。“ウェールズ・テューダーは、勇敢に戦い、勇敢に死んで行った”と。それで十分だ」

 それだけ言うと、ウェールズは再び座の中心に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シオンと俺は、ジェームズ1世との話を中断し、才人の元へと向かう。

 そして、シオンには部屋があるから問題はないのだが、俺たちはどこで寝れば良いのか判らず、近くにいた給仕へと尋ねる。

 そうして、部屋の場所を教えてもらっていると、才人の肩を後ろからワルドが叩き、俺たちをジッと見つめて来た。

「君たちに言っておかねばならぬことがある」

 ワルドは、冷たい声で言った。

「なんでしょう?」

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 才人の言葉に返したワルドの返答を耳にし、才人の身体が固まる。

「こ、こんな時に? こんなとこで?」

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

 ワルド子爵の言葉に、才人は黙って首肯いた。

「君たちも出席するかね?」

 ワルドがそう尋ねるが、才人は首を横に振った。

「そうか。では、君たちは?」

「出席しよう、かな……?」

「“マスター”が出席するのであれば、俺も出席することになるな」

 ワルドからの質問に、シオンは頷き応え、俺もまたそれに続く。

「では“使い魔”君。明日の朝、直ぐに出発したまえ。私とルイズは“グリフォン”で……いや、君たちはどう帰るつもりだ?」

「問題はない。気にする必要はないよ、ワルド子爵」

 ワルドは途中で言葉を切って俺とシオンへと尋ねるが、俺はそれに対して答える。“宝具”を使用することで、解決できる問題だ。

「長い距離は、飛べないんじゃなかったでしたっけ?」

 そして、才人はぼんやりとしながら、小さな疑問を口にする。

「滑空するだけなら、話は別だ。問題ない」

 才人の疑問に、応えるワルド。

「では、君とはここでお別れだな」

「そ、そうですね」

 才人はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 才人は真っ暗な廊下を、ロウソクの燭台を持って歩いている。

 廊下の途中に、窓が空いていて、そこから2つの月が見える。

 そして、そこで、1人、双月を見ながら涙ぐんでいる少女がいた。長い、桃色がかったブロンドの髪……白い頬に伝う涙は、まるで真珠の粒のようである。

 ツイと、ルイズは振り向き、才人に気付き、目頭をゴシゴシと拭う。が、やはり彼女の顔は再びフニャッと崩れる。

 才人が近付くと、彼女は力が抜けたかのように、彼へともたれかかる。

「なんで泣いてんだよ……?」

 ルイズは才人の胸に顔を押し当てると、ゴシゴシと顔を押し付け、ギュッと彼の身体を抱き締める。

 才人は何も言わず、ぎこちない手つきでルイズの頭を撫でた。

 泣きながら、ルイズは言った。

「嫌だわ……あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? 訳理解んない。姫さまが逃げてって言ってるのに……恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」

「大事なモノを守るためだって、言ってた」

「なによそれ。“愛”する人より、大事なモノがこの世にあるって言うの?」

「そんなの、俺にわかるもんか。王子さまが考えることなんて、俺にはわかんねえよ」

「シオンもシオンよ。どうして何も言わないの?」

「…………」

「わたし、説得する。もう1度説得してみるわ」

「駄目だ」

「どうしてよ?」

「だって、お前は手紙を姫さまに届けなくちゃいけないだろがよ。それがお前の仕事だろ。それに、姫さまと同じくらいシオンだって止めたいはずだ。でも、してない」

 ルイズは、涙をポロリと頬に伝わせながら、ポツリと呟くように言った。

「……早く帰りたい。“トリステイン”に帰りたいわ。この国嫌い。嫌な人たちと、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も、自分の事しか考えてない。あの王子さまもそうよ。遺される人たちのことなんて、どうでもいいんだわ」

 才人は、今まで見たことのないルイズの無防備な表情を見て、硬い表情を浮かべた。

 才人のそんな顔を見て、ルイズは唇を噛んだ。

「……どうして、そんな顔するのよ。なにかいけないことした?」

「別に」

「理解ってるわよ。帰ったら、ちゃんと探して上げる。あんたが、元の世界に帰れる方法」

 ルイズは口籠りながら言った。

「……良いよ。手伝ってもらわなくても」

「どうしてよ?」

「お前、結婚すんだろ? 俺の帰る手がかりを探してる場合じゃねえだろ」

「呆れた。まだ気にしてるの? “ラ・ロシェール”の宿で言ったことね? 確かに、あの時は“結婚するわ”なんて言ったけど……でも、でも、本気じゃないわ」

 ルイズは才人から顔を背けた。

「まだ結婚なんかできないわよ。立派な“メイジ”にはなれてないし……あんたの帰る方法だって、見付けてないし……」

「良いよ。帰る方法は1人で探す。だからお前は結婚しろ」

「なによ! あんたは私の“使い魔”なんだから勝手なこと言わないで! きちんと、帰れる方法を見付けるまでは、わたしを守ってもらいますからね!」

 ルイズは、キッと才人を睨んで言った。

「俺じゃあ、お前を守れない」

 才人は肩を落とし、寂しそうに言った。

「旅をしてて、それが良くわかった。俺は、あの子爵やセイヴァーみたいに強くない。“伝説の使い魔”だ、“ガンダールヴ”だ、なんて言われたって、結局は普通の人間だ。戦い方も知らない。ただ、闇雲に剣を振り回すのが関の山だ。それじゃお前は守れない」

 ルイズは才人の頬をバチーンと叩いた。

「意気地なし!」

 才人は表情を変えずに言った。

「ルイズ、ここでお別れだ。お前は、子爵と“グリフォン”で帰れ。俺は“イーグル号”で帰る。帰ったら、元の世界に戻る方法を探す。今まで世話になったな」

「本気で言ってるの?」

「ああ」

「馬鹿!」

 ルイズは、目からポロポロ涙を零しながら怒鳴った。

 それでも才人は答えず、ルイズが震える様をジッと見つめるだけだ。

「あんたなんか嫌い。大っ嫌い!」

 才人は、目を伏せたまま呟いた。

「知ってるよ」

 ルイズはクルリと踵を返すと、そのまま暗い廊下を駆け出して行た。

 才人は頬を撫でた。

「さよならルイズ」

 小さい声で、才人は言った。

「さよなら、優しくて可愛い、俺のご主人さま」

 才人は、涙を溢れさせながら小さな声で言った。

 

 

 

 もう1人涙を湛える少女が1人いる。シオンだ。

「お兄さま……お父さま……」

 シオンは俺と2人切りになったと同時に、その華奢な身体を震わせて、両手で顔を覆っている。親兄弟、親友、“貴族”や貴婦人たちがいないということもあって、感情が爆発でもしたのだろう。

「ねえ、セイヴァー……あの時は言わなかったけど、貴男なら、“レコン・キスタ”に勝てるよね?」

「勝てる、だろうな。相手が“サーヴァント”や“幻想種”の上位に存在する“竜種”ではなくヒトであるのなら可能性がある、と言ったところだが」

「…………」

 質問をしたシオンだが、俺の回答に対して無言になる。

「ごめん、セイヴァー。今のは忘れて……」

「了解した」

 シオンの碧い目に大粒の涙を湛えて、皆が決めた事を、皆の想いを否定しないようにしようと努めている。彼ら彼女らを止めたい気持ちを抑えているのだ。

 家族が、友人が自ら死に行くのを黙って見ていることしかできない悲しみや無力感などが彼女へと襲いかかって来ているのであろう。

「……もしかしたら、この戦いの後、私はこの国を……」

 そう言いながら、シオンはベッドに横たわる。

 そして、感情によるモノと疲労によるモノからだろう。彼女はユックリと目を細め、寝息を立て始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。